Coolier - 新生・東方創想話

ぷにれいむ

2011/09/02 10:49:16
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――零番/みにれいむとであい――



 埃だらけの神社。
 ひび割れた石畳。
 境内裏の池の前。

 大きな丸い石の前に座り込む、小柄な影。
 それを見下ろすように、射命丸文は、石の上に降り立った。

 紅白の服を泥で汚した人間を前に、文は首を傾げた。
 赤い瞳を丸くして、同様に丸くなった黒い瞳を覗き込む。
 その目に動揺などはなく、文はますます訳がわからなくなった。

「ええ、と? ――人間の、“幼女”?」

 文の言葉に、人間は首を傾げる。
 まだ五つにも届かないであろう、人間の幼女。
 彼女は不思議そうな瞳で、文を覗き込んでいた。

 文がこの神社に訪れた理由を挙げるのならば、“気まぐれ”だ。
 風の静かな方へ飛び、偶然、博麗神社にやってきた。
 妖怪を蹴散らす巫女といえど、遠目で観察する分にはどうということはない。
 攻撃されたのならそれはそれで、嘘八百を書き並べて、記事にしてやればいい。
 そんな思惑がなかったと言えば、嘘になる。

「だれ?」

 人間から発せられた声は、甲高い。
 けれど不思議なほどに胸に届く、声だった。
 小首を傾げると、長く伸ばした髪が頬に落ちる。
 ――鴉の濡れ羽色。そんな言葉が、文の脳裏に浮かんだ。

「貴女、人間ね。どうしてこんなところに、一人で?」

 人間の言葉を遮って、文が訊ねる。
 彼女の言葉に真っ当な返事をするつもりは、文にはなかった。
 自分よりも遙かに“格下”の人間と、まともに会話をする気すらなかったのだ。

「みこだから。あんたは“てんぐ”でしょう? しってるわ」

 舌が上手く回らないのか、拙い口調で人間が告げる。
 けれどたどたどしくも得られた返答を、文は鼻で笑った。

「はっ。ここの巫女は貴女みたいなちびすけじゃないわよ」
「ここのみこはわたしになったのよ」
「はぁ? 貴女が……?」

 そこで文は、初めて少女の姿を見た。
 泥まみれの服、その色は鮮やかな紅白。
 それは確かに、巫女服であった。

「ここの巫女は、博麗の巫女は何処へ行ったの?」

 文は、気がつけばそう訊ねていた。
 技術を発展させて妖怪を、幻想を忘れていく人間達。
 けれどここでは、人間と妖怪は理想的な関係で在り続けられる。
 その大きな理由は、博麗大結界によるものだと彼女は知っていた。

 だからこそ、焦る。
 博麗大結界の要、博麗神社の巫女が――どこにも、いないのだ。

「そらよ」

 躊躇いなく指された空。
 その澄んだ蒼天を、文は思わず仰ぐ。

「それって」

 そうして視線を戻し、その時漸く、石の意味に気がついた。
 慌てて石から飛び降り、人間の後ろに立つ。
 何も刻まれていない石――その前の軟らかい土は、今し方埋められた部分。

「なんて、厄介な」

 文はそう、思わず呻く。
 博麗大結界の要、博麗神社の巫女。
 その大切さをよく理解しているからこそ、現状に思い至って頭を抱えた。
 万が一結界が解かれでもしたら……妖怪は幻想の中に、消滅する。

「でも、妖怪の賢者がなんとか……いや」

 幻想郷を創り出すのに深く関わった妖怪。
 幻想郷の主神である龍神と交渉をしたのも彼女――八雲紫だと文は聞き及んでいた。
 なら、こんな大事なことを、八雲紫が放って置くのか。

 そう考えたとき、文はさっさと背を向けていた。

「どこへいくの?」
「帰るのよ。まったく、茶番じゃない」

 どんな目的があったのか。
 文が真っ先に思い浮かんだのは、“見せしめ”であった。
 神社に訪れた妖怪が、幼い巫女を襲ったらどうなるか。
 その“敵役”として、偶然近寄ってきた己が選ばれた。
 文はそこまで考えて、唇を噛んだ。

 相手は強力な妖怪だ。
 そう簡単に、敵うものではない。
 だからこそ、この沈んだ心を立て直すには、さっさと帰ってまた適当な新聞を書くことが一番だと思ったのだ。

「はぁ、私の次に来る妖怪の冥福でも祈っておくわ」

 文はそう言い残すと、未だ立ち上がろうとしない人間を一瞥することもなく、飛びさった。

 風に乗って、遙か上空に飛び立つ。
 この後きっと紫が助けて、適当に相応しい者でも見つけることだろう。
 だったら、文がここで気を揉むのは、意味のないことだ。


――けれどそんな想像は、直ぐに霧散した。


 眼下に佇む神社は、静かすぎる。
 あの空間に一人残されれたら、どんな結末を迎えることになるのか。
 後追いという可能性だってあるのでは、ないか。

「……なんにしても、私には関係ない」
――けれどもし、八雲紫がなんらかの事情で、出てくることが出来なかったら?

 脳裏に浮かんで消えない言葉。
 ここで見捨てて、翌日には、幻想郷が消滅していた。
 突飛な想像だが、あり得ることだとも、理解していた。

「あー、もう!」

 踵を返し、飛翔する。
 風に乗り、風を切り抜け、風を己のものにする。
 風を操る鴉天狗は、己の心に溜まった泥を拭い去る為に、再び、博麗神社に舞い降りた。

 黒い翼が広がり、羽毛が舞い満ちる。
 変わらず泥だらけで座り込んでいた人間は、それを、呆然と見上げた。

「古来より力なき人間を導くのは、天狗の役目」
「え?」

 首を傾げる人間に、文は腕を組んで宣言する。
 一本足の下駄が大きな石の上で、カツン、と鳴り響いた。

「歓喜するがいい、人間。貴女は私の目に適ったのよ」

 そうして文は、傲慢に言い放つ。
 年端もいかない子供相手にここまでするのは、滑稽かも知れない。
 しかし彼女は、眼前の人間に対して宣言したのではない。

 ただ己に、誓ったのだ。
 一度目に適ったと言い放った人間の、面倒を見る。
 八雲紫が対策を立てるまでの間、この子供を育てようと。





 朝方の神社に、黒い光が満ちる。
 強く気高い鴉天狗と、幻想郷を担う巫女。
 妖怪と人間、退治される者と対峙する者。



 あり得ない出逢いから紡がれる短い日々の物語が、風と共に舞い降りた――。













ぷにれいむ













―― 一番一枚目/とびれいむとくろいはね――



 昼を過ぎた頃、文は人間の巫女と向き合っていた。
 適当な布で泥を拭われたが、まだしっかりとそれが落ちた訳ではない。
 ただ家に上がっても畳を汚さない程度に、文が拭っただけなのだ。

 人間は目を逸らすことなく文を見ていて、しかしそこに怯えはない。
 自分を畏れない人間に対しての接し方などわからず、文はため息を吐いた。
 自信を持って畏れないのではなく、“ただ”畏れないなんて。

 今からでも、人間の里に捨ててしまおうか。
 そうすれば確実に、人間の手に渡る。
 ただし、余裕がない家ならば、そのまま口減らしの対象になるのだが。

 外見だけ裕福に繕い、内側で貧困に喘ぐ。
 人間には、そういった者さえいる。

「まぁ、宣言した以上はやるわよ。よく聞きなさい、人間」

 文は胡座を組んだまま、目を伏せる。
 せっかくだから名乗りも、びしっと決めてやろう。
 そんな風に考えていた文は、人間の視線に、気がつかなかった。

 文の翼が右に揺れると、彼女の視線も右に揺れる。
 文の翼が左に揺れると、彼女の視線も左に揺れる。
 じっと猫じゃらしを付け狙うハンターのような視線で、彼女は身体を前のめりにさせていた。

「私は妖怪の山の鴉天狗。名を、射命丸――」

 文が目を見開くよりも、一歩早く。
 彼女の身体が加速し、跳躍した。
 一直線に目指すのは、毛色と艶の良い羽毛。

「もふもふっ!」
「――あややっ?!」

 文の頭上を飛び越えて、彼女の翼に抱きついた。
 半ばに抱きつき、滑るように根元に移動する。
 そのまま顔を埋めると、すんすんと鼻を動かした。

「ちょ、ちょっと、だめ、止めなさい、そこはっ」
「ん、いいにおい。ふわふわ、もふもふね」
「ええい、離れなさい!」

 頬を上気させた文が、大きく翼を羽ばたかせる。
 その唐突な強風に、彼女の幼い身体がふわりと浮かんだ。
 目を回しながら、空中回転。二回三回四回と、くるくる回って畳に落ちる。

「ふみゅっ」
「あ」

 ――人間は、脆弱だ。
 ちょっと小突いただけで、簡単に命を落とす。
 そのことを思い出した文は、さぁっと顔を青くする。
 脳裏に浮かぶのは、妖怪の山で晒される、残念な鴉天狗の姿だった。

「ちょ、ちょっと、大丈夫?!」

 思わず、彼女に駆け寄る。
 せめて息をしているかどうか、それだけでも知る必要があった。
 息をしていなかったら……遁走しか、ないのだが。

「あややね!」
「わわっ、生きてたっ」

 だが彼女は、吹き飛ばされた衝撃などものともせずに起き上がる。
 そして、相変わらずの無表情で、力強く頷いた。

「わたしははくれいれいむ。よろしく、あやや!」

 人間――霊夢は、立ち上がってそう告げる。
 そうして胸を張る霊夢の姿を見て、文は大きく肩を落とした。
 これでは、慌てていた自分がバカみたいに思えて、ほんの少し、落ち込みながら。

「あややじゃなくて、文、よ」
「わかったわ。あやや」

 や、が一つ多い。
 けれど文は、どうしてもそれ以上訂正する気にならなかった。
 まるで戦争でもしてきたかのように疲労感を訴えかける、身体。
 精神に依存する妖怪にとって、心の疲れと身体の疲れはイコールで繋がれるのだ。

「もうそれでいいわよ、ちび巫女」
「ちびみこじゃないわ。れいむ、よ」

 眉と頭まで落として、文が告げる。
 霊夢の言葉を当然のように無視しているのは、大人げない当てつけだった。
 これからまだまだ動き回れそうな霊夢を見ていると、どうしようもなく、“年”を感じるのだ。

「あやや、おなかへった」
「あー、食事、食事ね、はいはい……え? 食事?」

 霊夢に顔を覗き込まれて、胡乱げに返事をする。
 そうしてからゆるゆると立ち上がって……固まった。

 妖怪にとっての食事とは、人間の“感情”である。
 己に恐怖心を抱く人間を食べれば、腹が膨れる。
 文ほどの妖怪になるとまず人間には負けず、退魔師の類も返り討ちにしてしまうため、彼女は食事に困ったことがなかった。
 力の弱い頃は時代背景的に自由に人間を襲えていた為、やはり困ったことはない。
 振る舞われて食べたことがある“料理”らしきものには、人間が食べられない物が入っていた。

 そうなると、わからないのだ。
 人間が何を食べて過ごしているのか、ということが。

「……ちび巫女。貴女、普段は何を食べて過ごしていたの?」
「ごはん、おみそしる、おつけもの、やきざかな」
「そ、そう」

 霊夢に背を向けて、顎に手を当て考える。
 彼女の交友関係は、ものの見事に妖怪ばかり。
 当然と言えば当然なのだが、妖怪の中にも“仲の良い”者はいなかった。
 誰も彼も、上辺だけ。組織でも強い力を持つ文は、それでも生きていけた。

 生きていくことに、不自由を覚えたことがなかった。

「ひむろに、すこしのこってたとおもう」
「ひむろ……氷室、ね。何があるの?」
「おやさいとか、おつけものとか」

 加工はしていないだろう。
 それがわかっていたからこそ、文は呻る。
 このままでは、博麗の巫女は餓死し、残念な鴉天狗の首が山に晒される。

「それは、まずいっ」
「おいしいわよ?」

 そうじゃなくて。
 その一言を告げる前ことなく、文は立ち上がった。
 先程泥を落とした布を掴み、それを背に回すと、乱暴な手つきで霊夢を縛る。

「な、なに?!」
「いいから、掴まっていなさい!」

 適当に結んだおんぶ紐。
 そこに霊夢を括り付けると、文は翼をほとんど動かさず飛んだ。
 羽ばたいた方が早く飛べるが、人間と一緒なら、普段の速度を出すのは危険だ。
 だから文はこうして、自分の速度を抑えながら、かつ霊夢が他の妖怪に襲われないように背負うことにしたのだ。
 抱き締めるのは、気が進まなかったから。

 わからないなら、聞けばいい。
 何が食べられるかは、“その場”で霊夢に聞けばいい。

「行くよ」

 霊夢の返事は聞かず、加速する。
 哨戒天狗の目を潜り抜けて進むには、頭に入った巡回ルートを出来る限りの最速で抜ける必要があった。

 霊夢を振り落とさないように、加速、旋回。
 文の首筋に回された柔らかい手が、ぎゅっとしがみつく。
 霊夢はその速度に振り落とされないようにしがみつくのが、精一杯だった。

 風が頬を打ち、耳朶を震わせ、睫毛を揺らす。
 鴉の濡れ羽色の髪が風に靡くと、霊夢はそれを押さえようと手を伸ばし、そうしている間に風が止まった。

「到着!」
「え? ……わぁ」

 霊夢は、文の言葉で目を瞠る。
 彼女が見たのは、巨大な滝だった。
 緑に覆われた夏の山、その奥に見える巨大な滝。
 見上げてもその上流は霧に包まれていて、窺うことが叶わない。

 霊夢は文の背から降りると、ただ、呆けた表情で立ち竦む。

「さて、河童に話を聞きに行くわよ」
「かっぱ?」
「そう、河童。あの子たちは、人間は盟友だとか言っているからね」

 人間は盟友。
 人間と比較的友好的な種族である河童なら、人間の食事を知っているかもしれない。
 知っていたのならその場で聞き出せば、ミッション完了である。

「ふふふ、完璧な作戦ね。貴女もそう思うでしょう? ちびみ――あれ?」

 目を伏せて、頷いて、再び霊夢を見ようとする。
 けれどその場所に霊夢の姿は無く、ただ強風に煽られて落ちた葉だけが、哀愁を漂わせていた。

「う、嘘でしょ」

 一人取り残された文は、悲痛な声を零す。
 彼女の介錯をするのは天魔か紫か、どの道、楽に終わらせてはくれないだろう。

「何処へ行ったのよ、ちび巫女ーっ!!」

 文の叫びが、山に満ちる。
 けれど返事は、来そうになかった――。










―― 一番二枚目/とびれいむとかっぱ――



 一方、霊夢は文の直ぐ後ろを走り回っていた。
 文から離れた理由は、簡単だ。
 緑色の影を見つけて、思わず追いかけてしまった為だった。

「どこへいったのかしら?」

 ――蛙の丸焼きは、美味しい。
 一度だけ食べたことがある、鶏肉によく似たその味を思い浮かべ、霊夢は唾を飲み込む。
 文の柔らかな翼を見ていると、焼き鳥という気分にはなれない。
 だったらそれに味が近い蛙を求めて、霊夢は短い手足をせかせかと動かす。

「んしょ」

 小さなかけ声を、一回。
 草むらを潜り、木の枝で服を破り、土や泥で身体を黒く染めていく。
 文が拭った意味なんてなかったと言わんばかりの汚れ具合だが、霊夢は動じない。

 なぜなら、今の彼女はハンターなのだ。
 丸い目をぎゅっとつり上げて、霊夢は決意する。
 今日はご馳走を食べようと、子供らしい好奇の光を瞳に浮かべて。

「そうしたら、あややも」

 柔らかい翼。
 温かいものは優しいと、霊夢は教わったことがある。
 もう覚えていないほど前のこと、よく知る温かい笑顔に、教えられた。
 霞がかかったように記憶が朧気で、霊夢はその顔を思い出すことが出来ない。

 文に出会ったとき。
 霊夢は何故石の前で座り込んでいたのか、何故泥だらけになっていたのか、覚えていなかった。

「みつけたわっ」

 視界を掠めた緑に、霊夢は突撃する。
 ホップステップジャンプで跳躍。
 文の不意でさえも突いて見せたミラクルジャンプが、緑の“帽子”を掴んだ。

「ひゃあっ!?」
「あれ? なんかちがうわね」

 緑の帽子、青い髪の頭。
 そこに霊夢は、力強くしがみつく。
 四肢をフル活用したしがみつきは、子供ながらに強力だった。

「妖怪? 妖怪?! って、私が妖怪だ!?」

 霊夢に視界をふさがれて、緑と青の妖怪が、じたばたと手足を振る。
 霊夢の身体に触れて良いのか迷っているらしく、どうすることもできないようだ。
 手を出したら、喰われる。ある意味間違っていない混乱を抱いて、慌てる。
 その妖怪の動きが楽しくて、霊夢は更に強くしがみついた。

「ししし、尻子玉! 尻子玉を抜けば! 尻何処!?」
「ないわ」
「ないの?! って、あれ?」

 霊夢の声を聞いて、妖怪はぴたりと動きを止める。
 そうしてから、恐る恐る、霊夢の身体を剥がした。

「わぷ……ふぅって、人間?」
「あんた、かえる?」
「かえ……失礼な、私は河童だよ。河童のにとり」

 霊夢をゆっくりと地面に降ろすと、妖怪――にとりは名を告げた。
 友好的な口調だが、どこか怖がっているようにも見える。
 踏み込むのを躊躇ってしまいそうな、気弱な河童。

 けれど霊夢は、そんな普通でない河童に対しても、躊躇わず踏み込んだ。

「ふぅん。わたしはれいむ。はくれいのみこよ!」
「吐く霊、呑み子? すごい名前だねぇ。いや、れいむ、が名前なのかな? あれ?」

 神社で出会った文と違って、にとりはこれが初対面。
 その上、泥だらけで巫女服なんかわからなかった為、にとりは霊夢の拙い口調を聞き間違えた。

 けれどそれは、幸運だったのだろう。
 博麗の巫女と聞いて、怯えない妖怪なんかいないのだから。

「こんなところで何をやっているんだい? 間違えて妖怪に喰われたら大変だよ、盟友」

 にとりが屈んで、霊夢の視線に合わせる。
 妖怪の山で人間の子供が彷徨くなんて、自殺行為だ。
 そう真剣に語るにとりだが、霊夢の視線は泳いでいた。

「何を見てるのさ?」

 にとりが右に首を傾げると、向かい合った霊夢は左に傾げる。
 にとりが左に首を傾けると、向かい合って霊夢は右に傾ける。
 その度にぴょこんぴょこんと動く、水色のツインテールに、霊夢は夢中になっていた。

「えいっ」

 一度狙いを定めたら、必ず得物を刈り取る。
 霊夢はにとりのツインテールを、両手で掴んで引っ張った。

「ふにゃっ?!」

 思わず悲鳴を上げるも、霊夢は離れない。
 痛みはないものの、ツインテールに人がぶら下がるのは歓迎できない。
 根もとから抜けでもしたら、ショートヘアになってしまう。

「めめめ、盟友! 駄目だってばっ」
「めーゆーってなに?」
「なにって、そう! 教える! 教えるから離して!」

 下手に暴れて抜けでもしたら。
 青ざめた表情のにとりが頼むと、霊夢は漸く手を離した。
 小さな手が、ぐーぱーぐーぱー。感触の名残に、霊夢は掌をじっと見つめる。

「あややのかち」

 僅かに逡巡して、霊夢はそう呟いた。
 彼女の中で軍配が上がったのは、この場にいない鴉天狗の翼。
 文のそれの方が、もふもふで温かいのだ。

「いい、れいむ。盟友っていうのは」
「うん」

 言いかけて、にとりが止まる。
 自分の言葉を心待ちにして、きらきらと瞳を輝かせて見上げる霊夢。
 幼い彼女にわかりやすく伝えるにはどうしたらいいか……そう、少し考えて、手を打った。

「ともだち、さ」
「とも、だち?」

 目を丸くして言葉に詰まる、霊夢。
 その様子に、にとりはそっと眉を顰めた。
 ――この子は、知らないのだ。“友達”を。

「楽しいことがあったら一緒に笑って、悲しいことがあったらそれを分ける」
「にとり?」
「それが、“ともだち”さ」

 霊夢の頭に手を乗せて、にとりは笑う。
 笑顔を返さずとも、彼女はその意味を、胸に響かせていた。
 自分の中の“なにか”を分けられるのが、友達なのだ、と。

「わたしとにとりが、ともだち?」
「そう。私とれいむが、ともだちさ」

 にとりが差し出した手を、霊夢は掴む。
 河童の手は余り温かくない。けれどそれが、心地よい。
 子供特有の柔らかで温かい手、その熱が、にとりの指先をしっかり握りしめていた。

「さて、れいむはここに何をしに来たんだい?」
「あ……ええと、ごはん!」
「ごはん? 食べ物が欲しかったの?」

 にとりに言われて、霊夢は漸く目的を思い出す。
 彼女は“文と一緒に”ここに来て、食事を求めていたのだ。

「あややごはん!」
「あやや、ご飯? うん?」

 混ざっている。
 霊夢の脳裏では、どんぶりの中で仁王立ちした文が、不敵に笑っていた。
 本物よりも偉そうなのは、彼女の中のイメージである。

――…………ッ!
「うん? 何の音だろう?」

 上空から聞こえた音。
 風に乗って響いた音を、にとりは捉える。
 そうして見上げてみれば――そこには、夜叉の如く目をつり上げた、天狗の姿があった。

「見ぃぃぃぃつぅぅぅぅけぇぇぇぇぇたぁぁぁぁっっっっ!!!」
「うひぃぃぃっ!? なにか来る?!」

 立ち向かいでもしたら、舎利と海苔に巻かれていただかれてしまう。
 そんな危機感を覚えたにとりは、咄嗟に霊夢を抱きかかえ、跳躍した。
 といっても彼女はそんなに素早く動ける訳ではなく、飛んだ先で足を滑らせ転んでしまうのだが。

「あいたっ」
「おお、おもしろいっ! にとり、もういっかい!」

 しっかり抱きかかえていた為、霊夢は無事だった。
 しかし、後頭部を地面に打ち付けたにとりにとっては、それどころではない。
 河童の頭は大切なのだ。お皿的な意味で。

 痛みを堪えて漸く身を起こす。
 目尻に溜まった涙を拭うと、彼女の視線の先で、黒い羽が舞っていた。
 黒のカーテンに包まれているような、夜色。
 昼の太陽を塗り替える小さな天幕に、にとりは息を呑む。

「天狗の“物”を美味しく戴こうとは良い度胸ね、河童」

 幕の向こう側。
 漆黒の髪から覗く、血色の双眸。
 その瞳に宿るどろりとした“熱”に、にとりは声を出すことすら出来なかった。

「っ」

 ――けれど。
 肩を震わせ、足を竦ませ。

「おや、何のことですか? 天狗様」

 ――けれど、この子は。
 それでもにとりは、声を張り上げる。

「私はただ、盟友を招待しようと考えていただけですよ」

 ――けれど、この子は、“友達”だから。
 だからこそ、毅然と告げる。

 眼前に佇む凶悪そうな天狗。
 霊夢を指して自分の“物”だと言い放った文に、にとりは毅然と言い放つ。
 元来臆病で天狗には頭を下げて歩いていた、にとり。
 彼女は自分が何故立ち向かおうとしているのか、その理由を、考えた。

「だって」

 考えて、答えを掴む。

「格好悪いじゃないか――私から、“ともだち”だって言ったのに」

 妖怪は、精神に依存する。
 こんなちっぽけなプライドでも、それは彼女の“精神の在り方”であり、誇りだ。
 堂々と人間は盟友だというのなら、それくらいは貫いてみせる。

 その答えに辿り漬いたとき、にとりの瞳に力が込められていた。

「足が震えているわよ?」
「はっ、天狗様こそ、唇が震えていますよ。風邪でも引かれたのでは?」
「貴女こそ。血の気が引いて寒そうよ」

 文が一歩踏み出す度に、風が弾ける。
 大地をめくり上げ、石を砕き、草木を斬り裂いた。
 長い年月を生き抜いた、鴉天狗の実力。
 その中でもこれほどまでに強い力を持つ天狗を見たのは、初めてだった。

「れいむ。目を瞑っていて。直ぐに――終わらせる!」
「言ってくれるわね。身の程を知りなさい――河童風情が!」

 決めるのなら、一撃。
 超圧縮した水で斬り裂く――外れたら終わりの、初見殺し。
 その一撃を見舞おうと手を振り上げ、文はそれと同時に強く踏み込む。
 何かされる前に、一撃で片付けてしまおう。
 奇しくも同じ答えに行き着いた二人は、前身に妖力を巡らせた。

「はぁぁぁぁっ!!」
「シッ!!」

 ――そうして、二人が突撃する寸前。
 にとりに言われて目を瞑り座っていた、霊夢の頭上。
 そこに、風によって斬り裂かれた大木が、落ちようとしていた。

 誰も気がつかない。
 誰も気がつけない。
 その場にいる者は、誰も。

 けれど、三人以外なら、気がつくことが出来る。

「危ない!」

 耳に届いた声。
 その意味を、にとりと文は瞬時に悟る。

 にとりは圧縮していた水を背後に噴射。
 斬り裂かれた大木が、宙に舞う。
 だがそれは、霊夢に落ちるまでの時間が、ほんの僅かに延びただけだった。

 けれど、僅かでも延びたのなら――“彼女”にそれが、拾えないはずがない。

「ちび巫女!」
「わっ」

 一迅の風が、霊夢の身体を掴む。
 光も音も感触も全てその場に置いていき、ただ、熱だけが、霊夢を優しく包んだ。
 ほんの僅かな間、離れていただけなのに。
 なのにその不思議な温もりは、霊夢に確かな安心を与えてやまない。

「貴女がいなくなったら結界がどうなるかわからないのに……本当に、手間がかかる」

 霊夢を抱えたまま、ゆっくりと降り立つ。
 霊夢を助けようとしたにとりの行動を見ていた以上、文は彼女を責める気になれなかった。
 文だって、苛立ちから周囲を見失っていたのだから。

「言いたいことは沢山あるけれど、まぁ、いいわ」
「うっ……すみません。天狗様」

 にとりは素直に、頭を下げる。
 自分の“物”だとぞんざいな言い方をされて混乱してしまったが、それにしたって内情を聞くべきだった。
 二人とも、冷静になるべきだったのだ。

「さて、一応礼を言っておくわ」
「一応、ね」

 文が視線を向けると、草藪の奥から声が返る。
 そしてその影は、ゆっくりと、日差しの中に身体を晒した。

「おや、貴女は」

 文の声が、零れる。
 山に住む者なら、彼女のことを知らない者はほとんどいない。
 妖怪ですら、彼女の世話になることが多いのだ。

 赤いリボンに赤い服装、緑の髪の人形のような女性。
 厄を集める程度の神様――“鍵山雛”の、世話に。
 彼女が厄を集めてくれなければ、妖怪ですら困るのだ。

「天狗も、にとりも、落ち着けたようで何よりね」
「いや、まぁ」
「うぅ、ごめん。雛」

 生活圏内にいるのか、にとりと雛は面識があるようだった。
 文はただ一方的に知っているだけなのだが、それでも名前程度はわかる。

「そんなに上から見ていたら、記事を作るときに困るんじゃないの? 記者さん」
「むむむ……そんなことは、ああ、いや……下手に出る必要、か」

 文は雛の“忠言”に、素直に耳を傾ける。
 厄と密接な関わりを持つ彼女の言葉には、“厄を回避する”方法が込められていることがあるのだ。

「とにかく、助かったわ」
「いいえ。私は促しただけ。助けたのは、貴女たちよ」

 雛はそう、落ち着いた様子で言う。
 すると途端に、文は羞恥の感情が芽生えたのを感じた。
 先程までの自分は、あまりに“らしく”ない。

「あの、天狗様。私、勘違いをしてしまい、その」

 余裕を持とう。
 そう誓った直後、にとりに頭を下げられる。
 文にとって自分より弱い相手は、見る価値すらない。
 卑屈になって接してくる相手に、心を向ける必要は無い。

 けれどにとりは、少し違うように思えた。
 足が震え、腰が引けて、瞳を潤わせ。
 それでも歯を食いしばって立ち向かったにとりは、ただ“弱いだけ”の妖怪ではない。

「私は文。射命丸文よ」
「え? ええと、私は河城にとりと申しまして、ええと、谷河童の」
「文で良いわ。にとり」

 文がそう、手を差し伸ばす。
 これから先、霊夢を養っていく中で、一人でどうにかするのは限界がある。
 どうせ協力を仰ぐなら、有象無象の連中ではなく、自分が僅かでも認めた相手が良い。

 そんな打算と、少しの感情。
 しかしそこに、蔑みや侮蔑の類は、含まれていなかった。

「はい……ああいや、うんっ。よろしく、文」

 強く握手を交し、その冷たい“熱”に、文は苦笑する。
 その様子を見ていた雛は、少しだけ寂しそうに、微笑んだ。

「ええと、雛? 貴女も――」
「――私は遠慮しておくわ。あまり近づくと、厄が移ってしまうから」

 ――雛は、厄を集めてそれを溜め込む。
 彼女自身を不幸にすることはなくとも、彼女の周囲には不幸を与える。
 だから雛は、ある一定の距離を保っていた。

「関係ないわ」

 けれど文は、そう肩を竦める。
 厄が怖くて、風は操れない。
 人の噂も感情も、幸不幸も享楽恐怖も、風は全て運んでくるのだから。

「貴女が厄を集めるのなら、私たちに移る前に集めればいいじゃない」
「おお、それ名案だよ! 文! そうすればいいんだよ、雛!」

 簡単に言って、簡単にできることではない。
 そんな風にしてどうにかできるのなら、とうにしている。
 けれども雛は、諦めるのではなく“提案”する彼女たちの姿勢に、頬を綻ばせた。

 そんな努力をしてみるのも、面白い。
 考えつつ、どの道、直ぐに実行できることではないのだと思い至って、雛は話を逸らした。

「ところで……その子、寝てるわよ?」
「へ?」

 雛に言われて、文は自分の胸元を見る。
 服の襟をぎゅっと掴んで眠る、霊夢の姿。
 その安らかな寝顔には、不幸も苦労も含まれていなかった。

 先程までの喧噪なんて、彼女には関係ない。
 のびのびと生きるのは、子供だけに許された“特権”なのだから。

「はぁ、もう――――二人に聞きたい事があるのだけれど、良い?」

 霊夢が起きないように抱き直すと、文は二人に向き直る。
 色々と考えなければならないことはあるが……まずは、“ご飯”のことであった。










―― 一番三枚目/とびれいむとくるくるかみさま――



 どこかで、鴉の鳴き声が聞こえる。
 その音に首を傾けると、夕暮れが見えた。
 霊夢は小さな手で目元を擦り、やがて自分が布団に寝ていることに気がつく。

 温かい、場所だった。


――……から。
――な……、…ぁ…。
――…!………。……。


 騒がしい声。
 畳に伝わる、震動。
 霊夢はそれに、懐かしさを覚える。
 記憶の端で強く疼く、痛みにも似た懐かしさ。
 胸に空いた穴、閉じられた思い出、頭をよぎる――笑顔。

「お、かあ、さ、ん」

 霊夢の口が、ゆっくりと開く。
 夕暮れから目を逸らして反対方向に首を傾けると、そこにはすらりと伸びる影があった。
 霊夢の身体に優しく被さる、黒い影があった。

――起きたの? 寝坊助さんね。もうすぐ出来るから、少し待って。
「あやや? 起きた? ちょっと待ってて、もうすぐできるからっ!」

 重なった影が、薄れる。
 そこに黒い翼を見たとき、霊夢はもう何も覚えていなかった。
 ただその翼の柔らかさを思い出して、小さく頷く。

「あやや? うん」

 未だにしょぼしょぼとする目を、擦る。
 それからゆっくりと身体を起こし、改めて台所を見た。

 とんとんとん、と包丁の音。
 ことことこと、と鍋の音。
 ふわりふわり、と味噌の芳。

 柔らかい風が、そっと、霊夢の肌を撫でる。
 その心地よさに、彼女はぎゅっと目を閉じて、身体をぶるりと震わせた。

「だから、鱗は取らないと!」
「焼けば同じじゃないの?」
「雛も手伝ってよ! 文、それは違う!」
「私が触ると厄が移るでしょう? もう」

 並び立つ、二つの姿。
 文とにとりと、それから霊夢の意識が落ちる直前に名を聞いた神様、雛。
 雛は台所から少し離れた位置で見守っていて、時折霊夢の方に視線を遣っていた。
 その視線が温かくて、霊夢も思わず見つめ返す。

「ちょっと待っていてね、ええと、霊夢」
「うん。ひな、だったわよね?」
「そう、雛、よ」

 自分から大きく離れたまま、雛は近づかない。
 そのことに、霊夢は少しだけ、胸の内に“もやもや”を覚えた。
 近づかない何かを見ると、近づいてみたくなる。

 寝起きの子供の好奇心が、霊夢の心に火を灯した。

「よっと」

 立ち上がり、姿勢は前のめり。
 文が鍋を吹き零し、にとりが慌ててフォローして、雛がそれを見て苦笑する。
 その瞬間がチャンスだと、霊夢は躊躇わずに走り出した。

 チャンスの女神は、前髪の後退に悩んでいる。
 悩みを解決してあげる為には、本人が拒む暇なく後ろ髪を掴み取り、さっぱりさせてあげる必要があるのだ。

 髪がなければ、悩むこともない。

「とぉっ!」
「きゃあっ!?」

 離れていた雛に、飛びつく。
 厄だとか距離を取っているだとか、そんなことは関係なく。
 霊夢は雛の背中にしがみついた。

「ちょ、ちょっと、まずい、まずいってば、文! にとり! 霊夢がっ!」

 雛の首下で、霊夢はすんすんと鼻を動かす。
 四肢を使ってしがみつき、色々大事な物を吸い取ろうと離れない。
 身に覚えのありすぎる光景に、文とにとりは頬を引きつらせた。

「止めなさい! ちび巫女!」
「だだだ、駄目だよ! れいむ!」

 慌てて、霊夢を引き剥がしに走る。
 にとりが雛の両手を持ち引っ張り、文が霊夢の背を掴んで引っ張る。
 霊夢に怪我をさせないようにと配慮しているというのももちろんある。
 その上で、霊夢が存外強くしがみついてしまっている為、中々引きはがせずにいた。

「痛い、痛いっ! もっと、優しくっ!」
「早く終わらせたら早く楽になるわよ! ほら、もっと強くするわよ!」
「な、なんか、雛と文の会話に混ざりたくないっ」

 大岡捌きも真っ青の引き合い。
 けれど子供の筋力がそう長続きするはずもなく、霊夢は直ぐに剥がされた。
 勢いでにとりと雛、文は転んでしまったが。

「こんの……っばかちび巫女!」
「あやや、おなかすいた」
「だぁーっ、もうっ!!」

 文は口の中で何度も、結界結界結果と繰り返し呟いて己を鎮める。
 無垢そのものという瞳で見上げられて心が動いた、ということもあるが。
 けれど文はそれを、自分で認めようとはしなかった。

「あれ?」
「どしたの? 雛」

 霊夢を見て、にとりを見て、自分を見て。
 それから雛は、微かに首を傾げた。

「にとり、ちょっとごめんなさい」
「あ、うん」

 にとりに手をかざすと、黒い“なにか”が雛に集まる。
 強く触れたことでにとりに移った“厄”を、集め直したのだ。
 しかし霊夢には手を向けようとせず、ただただ首を傾けるに止めた。

「――その子、霊夢に……“厄”が移ってない。厄から、“浮いて”いる?」
『は?』

 文とにとりの声が重なり、二人は顔を合わせる。
 それから同時に霊夢に視線を向けると、彼女は再び落ちてきた瞼を擦っていた。
 動くと眠くなるのだ。

 博麗大結界の要、博麗神社
 その巫女である、博麗霊夢。

 亀に乗って妖怪を蹴散らせていた先代。
 もしかしたら、彼女よりもずっと強い力を持っているのかも知れない。

 近い将来、妖怪を根絶やしにしてしまうほどの力を持った巫女に、なるかもしれない。

 それは、考えたくない未来だった。
 こうして骨身を削って世話をしている相手が、自分たちに牙を剥くなど。
 けれど彼女が巫女である限り、その未来は避けられないのではないか。

 そんな文の暗い想像を――

「あやや? ぽんぽんいたいの?」

 ――霊夢が、遮る。

「ちび巫女…………はは、こんな小さいのが、そんな未来を作れる筈がないわ」

 霊夢の頭に手を乗せて、立ち上がる。
 そうして文は漸く、自分を心配そうに見つめる二対の瞳に気がついた。

「続き、作るわよ」
「えー、それ、文が言うの?」
「ふふ、それじゃあ私は……そうね、霊夢をお風呂にでも入れてくるわ」

 それぞれがまた、動き出す。
 文とにとりは台所へ、雛は眠たげな巫女の所へ。

 考えて悩んでいても、なにも進まない。
 今しなければならないことは、霊夢の世話。
 そう、差し当たっては、夕飯の準備なのだ。

 このとぼけた子供がその手を、暗い血で染め上げる。
 そんな未来が想像できないからこそ、文は包丁を手に取って、調理の続きに取りかかった。










―― 一番四枚目/とびれいむとほかほかごはん――



 泥だらけだった身体と服。
 それら全てを洗い落とした霊夢が、食卓の前にちょこんと座る。
 見た目はあまり良いとは言えないが、香ばしい匂いの料理。
 霊夢はそれらを、じっと見つめていた。

「ねぇ文、雰囲気違くない?」
「雰囲気は一緒よ、にとり。違うのは――」
「――外見ね。洗った私が言うのもあれだけれど、別人みたい」

 洗う前からその存在を克明に見せていた黒髪は、いっそう滑らかに流れ。
 宵闇の黒が垂らされた肌は、月輪のように白く繊細だった。
 大きく瞠られた瞳は、髪よりもずっと深い常闇。
 整った鼻梁に一際目立つ朱唇を見て、文は小さく息を呑んだ。

「いやいやいや、それはない、それはないわ」

 ――おいしそう。
 そんな感情を、文はぐっと呑み込んだ。
 この子供は、“あの”霊夢なのだ。
 初対面で、文の翼に抱きつきにとりの頭にかぶりつき雛の背中にしがみついた。
 モンスターさながらに飛びつきまくる、“あの”霊夢なのだ。

 とてもではないが“食べられない”と、文は頬を引きつらせた。

「あやや、いただきます、してもいい?」
「ぁ……そうね、いいわよ」
「いただきます!」

 霊夢は手を合わせると直ぐに、箸を伸ばす。
 山女の身を解し、白いご飯と一緒に口に放り込み、キュウリの漬け物を噛みしめ。
 味噌汁を、ずずず、と啜って、漸く息を吐き出した。

「おいしいっ!」

 相変わらず、表情はほとんど変わらない。
 けれど星でも呑み込んだのではないかと思わせるほどに、黒い瞳が輝いていた。
 この分では、直ぐに無くなってしまいそうである。

「私たちも食べようよ、文」
「ええと、実は振る舞われてちょっと食べたことはあるけど、しっかり食べるのは初めてなのよね」
「あら、文、お嬢様なの?」
「違うわよ」

 箸の使い方程度なら、わかる。
 一度覚えればそうそう忘れるモノではない。
 けれど完全に人間が食べられる食材“だけ”で構成された食事なんか、初めてだった。

「い、いただきます……ん」

 啜った味噌汁から漂う、香ばしい芳。
 味蕾を刺激して舌の根に熱を残すそれに、文は小さく目を瞠る。
 山女を霊夢がしたように解して、口に運ぶ。
 白身を彩る醤油のしょっぱさが、文の疲れを柔らかく取り除いた。

「おいしい」

 人間を食べるとき、調理なんてしてこなかった。
 野山の食事に興味なんか無くて、たまに調理された人の肉を食べても、恐怖心の薄れたそれはこれほど美味しくはなかった。

 こんなにも満たされるのなら、人間の食事も良いかもしれない。

 頭をよぎった言葉に、文は頭を振ろうとして、やめる。
 にとりが持参したというキュウリの塩揉みは美味しくて、拒む必要は無いように思えた。

「うん、美味しい。これなら、別にいいわ」
「あやや? へんなかおをしているわよ」
「誰が変な顔よ! ちび巫女!」

 食卓から手を伸ばして、霊夢の頬を引っ張る。
 にゅーんと面白いほどよく伸びる頬に、文は口角をつり上げた。
 涙目で藻掻く霊夢の様子も含めて、これはこれで楽しいかも知れない。

 そう嗜虐的に笑う文は、傍目から見ても大人げないことだろう。

「仲良いねぇ」
「ほんとうに」

 呆れた様子でため息を吐く二人をよそに、文は霊夢の頬を引っ張る。
 にとりと雛は顔を見合わせると、肩を竦めて止めに入った。

 妖怪を招いた博麗神社の、夜が更ける。
 そこは、敵対すべき種族とは思えないほどに柔らかな空気が流れていた。










―― 一番五枚目/とびれいむとよる――



 食事が終わり、食器を片付け、にとりと雛が帰ることになった。
 いつまでも神社に居座るのは、妖怪的に心地が良いとは言えない為だ。

 月が中天に昇るころ。
 霊夢を布団に促した文は、その場から離れる。
 ――そんな文の服の裾を、小さな手が、弱々しく掴んだ。

「あやや……いっちゃうの?」

 か細い声だった。
 縁側から差し込む月明かりが、文の顔を黒く塗りつぶす。
 逆光に怯えるように、霊夢はただ、文を見ていた。

「……ちょっと二人を見送ってくるだけよ。良いから、寝ていなさい」
「かえって、くるの?」

 なにに怯えているのか、妖怪に怯えない人間の心を、文は理解できない。
 けれどもあれほどに力強い子供なのだから、きっと問題はないだろう。
 そう考えると、文は霊夢の手をそっと引き剥がした。

「帰ってくるわよ」
「うん、しんじるわ」
「そうしなさい」

 目を瞑る霊夢を一瞥して、文はその場から離れる。

 ただの一度も振り返ることの無かった文は、気がつかない。
 霊夢の肩が、小さく震えていたことに……。





 境内から出て、石段を飛ばずに下りるにとりと雛。
 文はそんな二人の横に、音もなく降り立った。

「おや? れいむは良いのー? 文」
「いいわよ。か弱い人間サマってタマじゃないでしょう、あの子」

 文はそう、肩を竦める。
 遙か昔のように戦闘に明け暮れる生活をしている訳でもないのに、その顔からは疲労が色濃く窺えた。

「にとり、雛……今日は、助かったわ」

 少しだけ視線を空に傾けながら、呟く。
 照れているのか慣れていないだけなのか、付き合いの浅い二人にはわからない。
 けれどそこに込められているのが悪い感情ではないということくらい、友達初級な彼女たちにも、理解できた。

「別にいいよ」
「またなにかあったら、いつでも相談して」

 にとりと雛が、立て続けに口ずさむ。
 そこに含まれた優しさに、文は不思議と、心が軽くなった。
 組織に所属していて、それでも風のように自由で束縛されず、けれども孤独だった。

 それで満足で、それで生きていける。
 けれど、これまでの人生観が、ここに来て揺らいでいた。

「ありがとう、そうさせて貰うわ」

 内心の動揺など、顔には出さない。
 孤独を嫌い心を壊すのは、弱い人間だけだ。
 だから文は、“寂しい”と認めるのが、嫌だった。

「文は、さ」

 にとりが、躊躇いがちに口を開く。
 続ける言葉に迷いがあり、それでも、じっと自分の言葉を待つ文の為に声を絞り出した。

「いつまで、れいむの側にいてあげられるの?」
「いつまで、居れるか?」
「うん」

 考えたことが、無かった。
 いつまでいなくてはならないのか。
 それはこれまで、幾度となく考えたことだ。
 八雲紫が対処するまで、どうにか世話をする必要がある。

 その程度しか、考えていなかった。

「……上から急な呼び出しでもない限りは、大丈夫」

 なんの対策も用意していなかったから、その程度のことしか答えられない。

「呼び出しが、あったら?」
「その時は……頼める、かしら?」

 だから、自分の力でできないと認めるのが苦痛でも、そう頼むしかなかった。
 この世界を護る為にだとかいう、気取った理由ではない。
 ただ、ただ、居心地の良い場所が奪われるのだけは、嫌だった。

「私は、良いけど」
「そうね、私もいいわ。でも……あの子は、どうかしら?」

 含みのあるにとりの視線と、雛の声。
 それに文はただ、肩を竦めた。

「ちび巫女? あの子が拒むとも思えないけれど?」
「でも私は盟友……“友達”で」
「たぶん、私も彼女の“お友達”なのよ」

 二人の言葉の、意味。
 元来頭の回転が速い文は、直ぐにそれに気がつく。
 けれどもその意図するところは、わからなかった。

「……まぁいいわ。そのうち、貴女にもわかるでしょうから」
「雛?」
「それじゃあ、またね! 文!」
「にとり……え、ええ、また」

 訳がわからず眉を寄せながらも、文は頷く。
 肩を並べて石段を下りていく彼女たち。
 その後ろ姿が夜に溶けるまで、文は見送っていた。

「にとりと雛は、ちび巫女の友達。じゃあ、私は、“なに”?」

 見上げる空は、答えてくれない。
 心を解す風は、吹いてくれない。

「むむむ、わからないままというのも気持ちが悪いわね」

 胃もたれを抱えているような、心地の悪さを覚える。
 それでも、ここで悩んでいても答えは見つからないということくらい、わかった。

「なんなのよ、もう」

 一人呟き、踵を返す。
 神社の屋根で寝ても良いだろう。風邪を引くほど、天狗はヤワではない。
 ――けれどふと、文は霊夢の顔が見たくなった。わからない答えを、探す為に。

 きっと、間抜けな顔で寝こけているのだろう。
 昼間の元気な様子を思い出して、文は苦笑する。
 同時に、明日の昼間も今日と同様の疲労感に包まれた自分の姿が目に浮かび、ため息を吐いた。

「さて、おてんば巫女はご就寝かしら」



 そんな、文の気楽な想像は――

「う、ぁぁ、ぁあ」

 ――眼前の光景によって、打ち砕かれた。



「え?」

 湖に沈められた鳥が、空を求めて足掻くように。
 小さな手を宙に伸ばして、何度も何度も掻き回す。
 身体にはびっしりと汗を掻き、唇は青く染まり、眉は苦悶に歪められ。

 吐息に交じって、痛々しい声が文に届いた。

「おね、がい、だ、から……いかない、で」

 その声に、文は愕然とする。
 覚束ない足取りで枕元に近づき、とん、と腰を落とした。
 ずっと見ていたはずなのに、見抜くどころか気に留めることすら、できなかった。

 ただの子供だと。
 少しだけ特別な力があるだけの子供だと、思っていたのに。

「あ、ぁぁ、あ」
「…………ちび巫女」

 響く声で、我に返る。
 伸ばされた手、それを文は、何と無しに掴んだ。
 ――柔らかくて熱くて、小さくて弱々しい手だった。

「あ、やや?」
「そう、よ……文よ、ちび巫女」
「いか、ない?」
「行かないわ。だから、さっさと寝なさい」
「う、ん、おやすみ、あや、や」
「ええ、お休み。ちび巫女」

 今度は、手を振り解かない。
 たったそれだけのことなのに、霊夢はゆっくりと、寝息を立て始めた。

「こんな、手」

 直ぐに振り解ける、弱々しい手。
 そのはずなのに、鉛で出来た鎖で縛り付けられているかのように、文の身体は動かない。
 ただぎゅっと自分の手を掴む柔らかな手を見下ろして……やがて自分も、霊夢の隣で横になった。

 横から眺める霊夢の顔は、安らかで。
 先程まで魘されていたなんて、誰が信じられるというのか。
 目の前で見ていなかったら、文だって信じなかったことだろう。

「ねぇちび巫女。貴女にとって私は……なんなの?」

 問いに答えは返らない。
 眠りに落ちた霊夢は、生きているのか死んでいるのかもわからないほどに、静かだった。

 やがて、文の瞼も落ちていく。
 霊夢の寝顔があまりにも安らかだから、彼女にも移ったのだろう。
 睡眠なんて必要ない……そんな言葉を忘れてしまうほどに、眠かった。

 そうして、文の意識が白濁していく。
 するともう、文は意識を保てず、落ちていく。

 最後には、二つの寝息だけが、夜の博麗神社に溶けていった――。
















――二番一枚目/ちょろれいむともふもふたいむ――



 妖怪の山に棲む天狗は、“社会”に所属するものである。
 命令に従い社会の秩序を護るのがその役目であり、その中でも鴉天狗は、情報収集を生業としていた。

 侵入者の排除などは、哨戒の白狼天狗たちでも事足りるのだ。

「むむむ」

 博麗神社の縁側に腰掛け足を組んだ文が、万年筆を片手に呻り声を上げる。
 いつ作ったかも覚えてない、河童製の万年筆だった。

「むむむ」

 鴉天狗たちの情報収集は、いつしか別の意味を持つようになっていた。
 暇を持て余した妖怪は、噂を過度に脚色し時には嘘八百を並べ立てて、面白おかしい“新聞”を作り出したのだ。
 新聞コンテストといったものまで出来始めて、鴉天狗は記者となった。

 文も、そんな新聞記者の一人である。

「むむむむむ」
「あやや、へんよ」

 お茶を運んできた霊夢の声にも気がつかないほど、文は悩んでいた。
 ――先日、彼女はにとりと雛の言葉によって、自分が“組織”に所属する者だと思い出した。
 組織にいる以上は、何かしらの活動をしていないとならない。
 新聞を作っている間は情報収集の一環として認められるのだが、それすら無いとなると、“上”から怪しまれる可能性があったのだ。

「なにをやっているの? あやや」
「いや、でも、ううううむ」

 文の手元を覗いて見ても、よく理解できない。
 漢字を覚えていないため、所々の仮名に目を通して、霊夢は首を捻った。

「ねぇ、ききなさいよ、あやや」
「はっ……ああいや、だめね」
「むぅ」

 霊夢の頬が、ぷくぅ、と膨れる。
 頬袋いっぱいにドングリを詰め込んだ、リスのような顔だった。

「そっちがそのきなら、いいわ」
「もう、でも……うううむむむ」

 お茶を少し離して置いて、文の背中に回り込む。
 大きく下がって一歩二歩。文の背中を視界に捉えた。
 標的へロックオン。身体を弾丸に、狙い撃つは漆黒の“もふもふ”だ、と気合いを入れる。

「はくれーりゅー、むそーふーいん」

 記憶の中に微かに残る、“博麗”の必殺。
 畳をぺたんぺたんと叩きながら、霊夢が疾走する。

「とうっ」

 幼いつま先に力が込められ、霊夢の身体が猫のように伸びる。
 心なしか縦に瞳孔が割れたようにも見える、彼女の瞳。
 その深い黒に、夜色の翼が急接近した。

「もふもふもふもふもふっ!!!」
「あややややややややっ!?!?」

 文は背中に感じた衝撃で、前のめりになる。
 飛び上がった霊夢は翼の根もとに顔をこすりつけ、文の匂いを堪能していた。
 短く柔らかい指先がわきわきと動き、翼の根もとをなで上げ、その度に文の身体が僅かに痙攣する。

「ひゃっ、ちょ、ちょっ、ひん、ちび、みこ、こら!」
「あややがわるいのよ。このわたしからめをそらすから」
「ひん、もう、いいか、げんに、しなさい……ちび巫女!」

 文が翼を大きく羽ばたかせる。
 けれど霊夢だって、学習済みだ。
 同じ手に二度も引っかかるほど、彼女は甘くない。

「えい」

 文の服を掴み、柱にしがみついたヤモリが移動するように、文に張り付いたまま身体の位置を変えた。

「あんっ、もう、こらっ!」
「あやや、やわらかい」
「っっっ」

 自分の身体を駆け回る、霊夢。
 このままだと大事な何かを色々と失ってしまう。
 そんな想像を振り払うと、文は意識を集中させた。

「そこっ!」
「わっ」

 霊夢が自分の正面に来た瞬間を狙って、文は手を伸ばす。
 鋭い視線で狙うのは、好き勝手に狩りを楽しむ猫の身体。
 のびのびと駆け巡る幼い体躯を、文は素早く抱き上げた。

「はぁ、はぁ、はぁ……言いたいことは、ある?」

 高い高いでもするかのように、霊夢は持ち上げられる。
 文が浮かべているのは笑顔だが、その瞳は欠片も笑っていなかった。

「……あややのはねでねたい」
「へぇ、そう」

 文は霊夢をゆっくりと降ろすと、ぷにぷにの頬に手を伸ばす。
 そうして彼女は、嫌な予感を感じて逃げようとした霊夢よりも早く、頬を掴んだ。

「なにかっ! 言うことがっ! あるんじゃっ! ないのっ!?」
「ひゃやや、ほめん、ほんにゃっ、ひゃいぃぃぃ」
「え? なに? 何を言っているかわからないわ。ち・び・巫・女っ!」

 涙目になってじたばたと足掻く霊夢。
 そんな彼女に構わず、文は霊夢の頬を伸ばし続けた。
 にゅーん、だとか、にょーん、だとか、ふにゃー、だとか聞こえてきそうなほどに、柔らかい。

「復唱っ」
「ほめ、ほめんにゃっ、にゃはいっ」

 ――博麗神社の昼時に、人妖の声が響き渡る。
 けれどその声は“人間”と“妖怪”の間によく見られる悲痛なものではなく。

 なんとも、間抜けなものであった。










――二番二枚目/ちょろれいむとてんぐのおしごと――



「ったく」
「うぅぅ、だってあややがへんじをしてくれないから」
「まぁ、それは悪かったわ」

 誠意の欠片も感じられない、謝り方だった。
 霊夢の頬は真っ赤になっていて、リンゴのようだ。
 柔らかそうに丸みを帯びた顔立ちも含めて、うっかりかぶりついてしまいたくなるほどに、美味しそうである。

「あ、そうだ」
「?」

 首を傾げる霊夢を前に、文はカメラを取り出す。
 河童はその高い技術力で、時折、面白いものを作る。
 妖力で撮影範囲を広げ霊力諸々をかき消すこのカメラも、そんな河童たちの作品だった。

「ちび巫女、こっち」

 文がカメラを向けると、霊夢は何が何だかわからずにカメラを覗き込んだ。
 見たことのない何かに好奇心を抱き、それ故に、文の行動の意味に気がつかなかった。

――カシャッ
「ひゃっ?! よ、よーかい? ようかいっ?!」
「ふっ、あはは、記録完了。見出しは“見習い巫女、リンゴ病に罹る”ね」

 撮影したカメラを手に、文は笑い出す。
 終わった後でも何が起こったのかわからず、霊夢はただ首を傾げていた。
 そう、霊夢は気がつかない――今この瞬間、黒歴史が誕生したことなど。

「ね、ねぇあやや、いまのは――」
「さっきは、新聞作りについて考えていたのよ」
「――ようか、へ? しんぶん……って、なに?」

 霊夢の好奇心が、完全に逸れる。
 口先八丁で丸め込む文の姿は、妙に輝いていた。
 大人げないところも含めて。

「事件や情報を記録して公開するのが、新聞よ」
「じょうほうきろく、こうかい?」

 よくわかっていない。
 そんな風に首を捻る霊夢に、文は言い直す。

「あー、出来事を纏めて、紙に書いて人に見せるの」
「そうなの? よくわからないけれど、すごいわ」
「よくわからないのにすごいの? 私からしたら、その方がわからないわ」

 出来るだけ簡単な言葉で説明すると、霊夢は朧気ながら頷いた。
 すごいと言っている以上、琴線には触れたのだろうけれど。

「あややは、しんぶんをつくるようかいなの?」
「うーん、新聞記者を生業としている天狗、よ」
「ふぅん。みせて」

 霊夢が掌を差し出す。
 けれどそうされても、文は今、自分の新聞を持っていなかった。
 零からネタを作ってばらまいてしまっても良かったのだが、どうにも気が乗らなかったので、ここ最近は新聞を作っていなかったのだ。

「まぁいずれ見せるわ。それまで、待っていなさい」
「うん。わかった、あやや」

 素直に頷く霊夢に、苦笑を零す。
 ただ楽しければいいと作った新聞なんか、嘘だらけの内容だ。
 それを文は自分で理解していたから、本当に見せることを、少しだけ躊躇う。

 新聞なんて、そんなものなのだけれど。

「あややのしんぶんは、“しんぶん”ってなまえなの?」

 新聞記者が仕事。
 そう聞いた霊夢は、直感的に新聞にも名前があると気がついた。
 文はそれに、適当に頷いた。

「あることはあるわよ。“天狗新聞”」
「てんぐしんぶん……しってるわ、あんちょくっていうんでしょう?」
「五月蠅いわね」

 よりによって、子供に安直呼ばわり。
 相変わらず生意気な霊夢に、文はそっぽを向いた。

「へくちっ」
「あら? 風邪……?」
「ううん。ただ、ちょっとさむ……ひくちっ」

 くしゃみをする霊夢を見て、文は首を捻る。
 見れば、霊夢の巫女服は所々破れていて、昼間ならともかく夜は冷え込むことだろう。
 夏もそろそろ終盤。風邪を引いて死ぬような未来は、文としても歓迎できない。

「その服じゃあ、ねぇ」
「さむくなんかないわよ……ちゅんっ」
「説得力無いわよ」

 風邪の引き始め、かもしれない。
 そう考えてはみたものの、文はこれまで風邪を引いたことがない。
 ことあるごとに風邪を引く人間と違い、妖怪は風邪など引かずにその長い生涯を終えることの方が、圧倒的に多いのだ。

「いいわ、補修してあげる」
「ほしゅー?」
「繕ってあげるってことよ」

 霊夢の脇に手を入れ持ち上げると、自分の膝に納める。
 彼女の幼い身体は、余裕を残して文の膝にフィットした。
 幼児特有の熱を仄かに感じて、文はどこか居心地の悪さを覚える。

 こんなにも他人に密着したことなど、なかった。

「うーん、布地が足りてないわね」
「あやや、くすぐったいわ」
「そういえば、針と糸もないか。ううん、どうしよう」

 人間の使う布地。
 そういった物を手に入れる為には、人里へ行く必要がある。
 けれど人間と妖怪が未だに争い続けているのに、簡単に人里へ入れるのか。

「ちび巫女だけでいかせても……無理ね」
「よんだ?」
「はいはい呼んでないわ」

 霊夢だけで行かせても、目的のものは揃えられないだろう。
 小奇麗にしてあるから保護されてそのまま――郭行きにでもなったら笑い事ではない。

「なら私が行くのが一番……正体を隠しても、妖怪だけだと危ういかもしれな――」
「あやや、おでかけ? わたしもいきたい!」
「――ぁ」

 目を輝かせる霊夢に、文は閃く。
 正直それほど取りたい手でもないのだが、仕方がない。
 こうなったら、最早手段は選べないのだ。

 風邪、死亡、結界崩壊。
 思い浮かんだ悪循環を振り払う為に、文は立ち上がる。

「わわっ」
「っと、膝の上に乗ってたわね。忘れてたわ」
「のせてた、でしょ? あやや」

 眼を細めて見てくる霊夢。
 彼女の視線を流すと、文は人間に化ける準備を始めた。
 完全に、耳を傾ける気がない。

「あれ? あやや、はねは?」
「永く生きた妖怪なら、翼を隠すことくらい容易なことよ」
「おおー」

 ぱちぱち、と霊夢が拙い拍手をする。
 文の背中の翼は極端に小さくなっていて、妖怪としての“気配”も弱い。
 これなら服で小さくなった翼を隠してしまえば、何の問題もないだろう。
 永く生きた妖怪は、変化の術くらい使えるものなのだ。

 問題はその“服”なのだが……それは、神社を漁るしかないだろう。

「さて、準備をしたら行くわよ、ちび巫女」
「おでかけ! ……どこへ?」
「人里よ」

 神社を漁る為に、文が踵を返す。
 そんな文をきらきらと輝く目で見ながら、霊夢は後を着いていく。

 文との、初めてのお出かけに、霊夢は隠しきれない興奮を覚えていた。










――二番三枚目/ちょろれいむとひとのさと――



 妖怪、神、亡霊。
 様々な種族が生きる幻想郷で、人間達は強かに生きてきた。
 隣人が襲われることも珍しくないというのに、なお笑顔と活気を絶やさない。

 だからこそ、この里は澄んだ空気に満ちていた。

「あやや、あれはなに?」
「飴屋ね。余計な物は買わないわよ」
「あやや、あっちは?」
「茶屋ね。目的地じゃないわよ」

 その最中を歩く、二人の少女の姿があった。

 紫陽花のあしらわれた紺色の着物に身を包んだ、文の姿。
 天狗の彼女を知るものが今の文を見ても、誰だかはわからないだろう。
 文は簡単な妖術により、認識も弄っていた。
 伊達に、人間に文芸を教えたりと密接な関わりをしてきた種族ではないのだ。

 そんな文に手を引かれて歩く、所々破れた巫女服の、霊夢の姿。
 彼女にも認識を操る妖術が掛けられているのだが、これは保険だ。
 何かのタイミングで“博麗の巫女”と知られて困るのは、連れている文なのだから。

 親子というよりは、年の離れた姉妹といった方が収まりが良い。
 お揃いの黒い髪が、なお二人の関係を強調させていた。

「あやや、あれは?」
「あれは……提灯? 今晩にでも、祭りがあるみたいね」

 家々に並べられた提灯。
 夜から祭りを始める為の準備なのだろう。
 よく見れば、所々で屋台の準備がされていた。

「まつり! まつるの?」
「そうじゃなくて――」

 霊夢の的外れな言葉に、文は肩を竦める。
 祭りの一つも行ったことがないのかと真実を告げようとして……思いとどまった。

「――そうよ、あんまり面白くないわ」
「ふぅん……なら、べつにいいわ」

 霊夢が興味を失ったことを確認して、こっそりガッツポーズ。
 彼女の好奇心を刺激して巻き込まれるのは、御免だった。
 思考誘導は成功。ずるい大人の“子供だまし”に、文は小さく頷いた。
 これくらいは、別に構わないだろう、と。

「だから大人しく……」
「ねぇあやや! あっちは?」
「こら、チョロチョロしない!」

 霊夢は周囲を見て喜び、駆け回る。
 文は慌ててそれを追いかけると、霊夢の手を掴んだ。

「こうしていれば、逃げられないでしょう?」

 小さな手を、そっと握りしめる。
 幼児特有の柔らかい手、それを文の細い指が包み込んでいた。
 指先から感じられる霊夢の熱は、どうしてだか心地よい。

「ぁ――うん。にげられないわ」

 はしゃいでいた霊夢は急に大人しくなり、こくり、と頷いた。
 僅かに伏せられた瞳、睫毛の下に映える頬は、僅かに上気している。
 もごもごと口元が動いたかと思うと、霊夢は躊躇いがちに、文の手を握り返した。

「そ」

 彼女は……こんなに、殊勝な子供だっただろうか。

「それじゃあ、行くわよ」
「うんっ、あやや」

 気がつけば、霊夢は“普段”どおりに戻っていた。
 表情こそ変わらないが、その瞳いっぱいに好奇の光を宿す子供。
 何一つとして、おかしいところはない。

「あやや、あれは?」
「ぇ……あ、ああ。あれが目的の店よ」

 大手の道具屋に立ち寄り、並んで店に入っていく。
 どれを専門としている訳ではなく、どんなものでも充実した品揃えを持つ店。
 人里で余りにも有名なその店の噂を、文は風の噂で捉えていたのだ。

「さて、針と糸と布地と……」

 幻想郷の買い物は、必ずしも通貨によって行われる物ではない。
 物々交換という手段が一般的に行われていて、文はそういった物々交換で買い物をする。
 妖怪の山で採取した――“砂金”である。

「あやや、ひまよ」
「お店から出ないって約束するなら、好きにしていて良いわよ」
「うん、ありがとう、あやや!」
「あ、お店の物を壊さないでよ。騒ぎになったら置いていくから」
「う、うん。わかったわ」

 文の手からするりと抜けて、走り出す。
 置いていかれるのは嫌だから失速気味にシフトチェンジ、けれどハートはドライブに。
 見るもの全てに好奇の光を向けて、霊夢は道具屋の光景を見て回る。

 鍬、鎌、蓑。
 外套、帽子、襦袢。
 羽子板、けん玉、竹とんぼ。

 その中で、霊夢は並べられた色とりどりの鞠を手にした。
 青い鞠、黄色い鞠、緑の鞠、白い鞠、黒い鞠。
 中でも、赤い鞠にことさら興味を抱く。

「あややの“ぼんぼん”みたい」

 赤い鞠を五つ六つと手にとって、その感触を確かめる。
 布地の柔らかな心地、しゃらしゃら、と鳴る鞠の中。
 触り心地を楽しんでから、霊夢は、なにかに動かされるように鞠を動かした。


「――♪」


 店内に静かに流れ出した、小鳥の囀り。
 さてどこで鳴いているのかと、文は何と無しに発生源を探した。

「~……♪」

 首を回して見た先に、紅白を纏った鴉を見た。
 鴉はこんなに澄んだ声だっただろうかと、文は呆けて首を傾げる。

「………♪…~――♪」

 赤い鞠が、視界を捉える。
 ぽとんと幼い掌に収まったそれを目で追い、顔を上げると、そこには澄んだ涙があった。
 黒曜石のように煌めく瞳から、つぅ、と零れる雫の中に、呆然とする文の顔が映り込む。

「……泣いて、いるの? ちび巫女」

 掠れて零れた声は、流麗に紡がれた囀りに溶けて消える。
 霊夢は手鞠を交差させながら、ただ一筋、涙をこぼしたのだ。

「~……♪――」

 やがて、歌が終わる。
 霊夢自身も覚えていないような、わらべ歌。
 誰が彼女に教えたのか、霊夢は覚えていない。

 ただ記憶の片隅で、微かに笑う、優しい影があった。


――ぱちぱちぱち


 幻想へ落ち込んだ店内に、現実に引き戻す音が響く。
 霊夢が音源に目を遣ると、そこでは淡い黄金が手を叩いて笑っていた。

「すごい! おまえすごいな! きようだなぁ、いやわたしだってまけてないぜ?」
「なによ、あんた」

 霊夢とさほど背丈の変わらない子供が、溢れる好奇心を星色の瞳に乗せて、走り寄ってきた。
 強がって見せても賞賛の心を隠せないのか、飛びつきたくてしょうがないという表情だ。

「おてまりだって、いや、けんだまならすごいんだぜ?」

 手鞠は苦手だったのか、早々に諦める。
 それから出来ることに胸を張ると、彼女は漸く霊夢が無反応なことに気がついた。

「なんだよ、そこは“みせてみせて”ってくるんじゃないのか?」
「あややー、おわったー?」
「む、むしするなよ!」

 面倒になって踵を返す霊夢を、少女はぎゅっと掴む。
 あからさまに眉を顰めて振り払おうとする霊夢は、本気で嫌そうだった。
 初対面からよく懐いていた為か、文にとってこんな霊夢は新鮮だった。

「わたしはきり……まりさ! わたしはまりさだ!」
「れいむよ。じゃ」
「ま、まてよ!」

 思うところがあったのか、彼女――魔理沙は名字を伏せた。
 霊夢も反射的にそれに合わせて伏せたのが……文にとっては僥倖であった。
 博麗の巫女……幻想郷の人里で、そう名乗ることの意味。
 それがわからない文では、ない。

「すみませんこれ下さいお釣りは要りませんのであしからず!」

 それでも、どこかでばれるかも知れない。
 文は焦燥を瞳に浮かべると、一握りの砂金を店員に叩きつける。
 その量に目を丸くした女性は、慌てて声を張り上げた。

「この量なら、手鞠も持っていって下さって構いませんよー!」

 幾つかは置いたようだが、ただ二つの手鞠だけは掴んで離さない、霊夢。
 彼女から手鞠を引き剥がさないとならないことに気がついた文は、素直にそれに頷く。
 余計な買い物もしてしまったが、今気にしなければならないのは、迅速な離脱である。

「きょうのまつり、ぜったいこいよ! にげてもいいけどな!」
「む。にげないわよ。あんたこそくびをあらってまってなさい!」
「肩口で叫ぶな!」

 霊夢を抱きかかえて、文はそのまま走り去る。
 きゃんきゃんと騒がしい少女達の声は、非常に五月蠅いものであった。










――二番四枚目/ちょろれいむとくだけたこころ――



 人里を駆けて、人気のないところで浮き上がる。
 翼無しではそこまで速くは飛べないのだが、それでも普通の妖怪よりは速い。
 その胸に抱かれて、霊夢はぎゅっと眉を寄せていた。

「あやや! きょうのおまつりにいくわよ!」
「駄目。目立つわ」

 にべもなく斬って捨てる。
 言葉に詰まる霊夢を尻目に、文は嘆息していた。
 一言二言止めたところで、諦めたりはしないだろう。
 そうなると、行く苦労と説得する苦労の、どちらが大きくなるかわからない。

「行ってどうするの? 詰まらないわよ」
「だめ?」
「駄目」

 鬱蒼と茂る森を抜け、寂れた神社に降り立つ。
 すると霊夢は、文の手から離れてじっと彼女を見つめた。

「だめ?」

 ――清流な川の如き、澄んだ瞳だった。
 瞳に漂う穏やかな水面に、淀みはない。
 元来“陰”に属する“妖怪”は、その“陽”の煌めきにたじろいだ。

「だめ?」

 つぅ、と額に汗が流れる。

「だめ?」

 そっと目を逸らそうとして、失敗する。

「だめ?」

 かつん、という音に、文は初めて己が後退していることに気がついた。

「だ、だめ」
「だめ?」

 水面に反射した澄んだ陽光が、文の身体を灼いていく。
 じわりじわりと侵食されて、けれど文は頬が引きつらないように、踏ん張った。

「駄目です」

 敬語である。
 動揺が声に現れたことに、文は驚きを隠せない。
 こんな子供相手に、心の防壁はぼろぼろだった。

「そっか。うん――」
「ぁ」

 霊夢が、肩を落として踵を返す。
 文はそれに声をかけなければならないような気がして、思わず手を伸ばした。

 ――けれどそれすらも、ひょっとしたら彼女の策略だったのかも知れない。

 前のめりになった文に合わせるように、霊夢が振り返る。
 そしてよりいっそう澄んだ瞳で、問うた。

「――だめ?」

 心臓に直撃、文の頬が今度こそ引きつる。
 良心の呵責にも似た何かに、文は小さく、ほんとうに小さく、頷いた。

「いいわよ、もぅ」
「やった! さすがあやや! だいすきっ」

 こんな時でも笑顔ではないが、それでも全身で喜びを体現していた。
 霊夢の柔らかい身体にしがみつかれて、文はただ嘆息する。
 この後服を繕い、それから再び人里へ行かなければならなくなった。

 先日とは比べものにもならなくなるであろう、今日の疲労感。
 疲れ果てる自分の姿を幻視して、文の肩が煤けた。

「あとね、あやや」
「今度は、なによ」
「おてまり、ありがとう。あややとおそろいねっ」

 文の帽子の飾り。
 そのことを言っているのだと、文は直ぐに気がついた。
 生意気でおてんば……けれど、可愛いところもある。
 そんな感想を抱いて、頷いた。

「はいはい、そうね」

 もう少し、頑張ってみよう。
 そんな風に考え出した文は、気がつかない。
 己の心の在り方が――確かに、変化し始めているということに。










――二番五枚目/ちょろれいむとおまつり――



 夕暮れが神社を朱に染める頃、境内に長く映る影があった。
 並び立つ二人、大きい方の影――文に、昼間と比べてさほど変化はない。
 けれどその隣の小さな影――霊夢には、昼間と大きく異なる点があった。

 破れた巫女服は、綺麗に修繕されている。
 どこにも解れは見あたらないし、これならみすぼらしくは見えないことだろう。
 けれど普通の巫女服と比べると奇妙な点が、幾つかあった。

「布地の分量を間違えるなんて……迂闊」

 まず、袴がスカートになっていた。
 どこか洋服と混合したような形、和洋折衷な珍しい衣装。
 ほとんど巫女のコスプレのような形に、なってしまった。

 だがそれよりも気にしなければならないのは、彼女の肩口だった。
 布地を調整していたら、肩口を大きく空ける必要が出て来てしまった。
 赤い布地が多すぎてリボンなどにも応用したが、それで肩を覆うには不自然。
 そんな風に考えて調整していたら、いつの間にか脇まで大きく開いた巫女服になっていたのだ。

「ま、まぁこれなら誰も彼女が“巫女”だとはわからない……よね?」

 自信なさげである。
 だがそれでも、一応完成はしたのだ。
 自分の服は自分で繕う生活が幸いしたのか、と文はとりあえず出来の“良さ”にだけ目を向けた。

「あやや、いこう!」
「そう、ね。しっかり掴まってなさい!」
「うんっ」

 風に乗って、文の身体が加速する。
 頬を打つ強い衝撃に、しかし霊夢は心地よく身を震わせた。
 子供は風の子――それを差し引いても、彼女は文と飛ぶ空が、好きだった。

 空を駆け、人里が近づいたら低速飛行。
 木々の間を切り抜け、驚く動物の背を見て、舞い上がった土煙を背後に感じる。
 心地よい時間ほど過ぎるのは速く、霊夢が一度瞬きをして目を開くと、文は人里近くの街道に着地していた。

「さて、行くわよ。人が多いからはぐれないでね」
「うん、あやや! でも、あややがいってたみたいにつまらないかんじじゃないわね?」
「き、気のせいよ」

 文は霊夢の手を引いて、祭りに足を踏み込む。
 どこもかしこも活気づいていて、楽しげだ。
 その光景に、霊夢だけではなく文も、だんだんと惹きつけられていた。

 その頃には、霊夢も文の“祭りは詰まらない”という言葉など忘れていた。

 林檎飴、綿飴、飴細工。
 水風船、お面、金魚掬い。
 焼きそば、お好み焼き、いか焼き。

 ぼんやりと光る提灯に照らされて、霊夢は文の手を引っ張る。
 決して強くはないけれど、そこには抵抗できない強かさがあった。
 少し握り返す手に力を込めると、ぷにぷにとした弾力が返ってきて、色々とどうでもよくなる。

「あやや! あれやりたいわ」
「輪投げ? まぁいいわ。やりなさい」

 文が店主に小粒の砂金を渡し、輪を七つも受け取る。
 木製の輪は装飾もされていないが、霊夢はその質素な色が気に入った。

 並べ立てられている景品。
 目指すはその最奥……木彫りの鴉だ。

「えいっ」

 霊夢の投げた輪が、一回二回とスピンする。
 鮮やかなスナップ、美しい放物線。
 紅白の巫女服から伸びる茶色の架け橋が、栄光を掴み取らんと飛翔し――

「ぁ」

 ――右に逸れた。
 木の輪は見事な弧を描き、木彫りの鴉の隣に落ちる。
 なんの景品にも当たらない、実に残念な結果だった。
 しかし霊夢の瞳から光りは消えない。失敗は成功の母なのだ。

「えい……やぁっ」

 一回投げて、続いて左手で一回。
 二連続で放たれた木の輪は、まるで残像を生み出しているようだった。

「おしい!」

 店主の声が、残念な結果を見せつける。
 しかし霊夢は諦めない。木彫りの鴉は手の届く距離。
 おはよう鴉さんまで、あと一歩なのだ。

「えい!」
――鴉を外れて、白いリボンに。
「やぁ!」
――またまた外れて、鴉の後ろに。
「とう!」
――これも外れて、鴉の首にクリティカルヒット。

 肩で息をする霊夢に、店主がそっと手を差し出す。
 ごつごつとした掌に収まっていたものは、白いリボンだった。

「はい、景品だよ」
「ありがとう、でもまだおわっていないわっ」

 勢いよくリボンを受け取り、袖の中にしまい込む。
 今の霊夢は挑戦者。チャンピオンは未だ、王座に君臨している。
 だったら、引き摺り落とすことこそが、博麗の巫女の使命なのだ。

「そんなに一生懸命にならなくても良いじゃない」
「あややはだまってて!」
「はいはい」

 相手にしたところで、どうにもならないだろう。
 そう思ったのか、文はあっさりと引き下がる。
 コーナーポストに下がってくれないと、アドバイスも出来ないのだ。

 霊夢の手に収まるのは、たった一つの輪。
 これで時間が潰せるのならそれでも良いと、財布の紐を緩める文。
 彼女にお金を出させたら、挑戦者としての自分が死んでしまう。

 ぼぅっと霊夢の瞳に火が灯る。
 チャンスは一回――後がないの方が、やりがいがある。

「はぁっ!」

 振りかぶるのではなく、ただ、身体に対して手を水平に。
 黒く瞬く瞳が映すのは、羽を怒らせて荒ぶる木彫りの鴉。
 彼女を攻略できずに、博麗の巫女は名乗れない。

「むそーっ……ふぅーいんっ!!」

 風に乗って、飛来する。
 その流麗な滑空に、風を操る文は目を瞠る。
 高速回転しながらもぶれることなくつき進むそれは、渾身のストレート。

「ぁ」

 ――想い叶って、木の輪は見事、木彫りの鴉を捕らえた。

「あやや、とれたよ! あやや!」
「ええ、うん、すごかったわよ! ちび巫女!」

 初志貫徹。
 願いを貫き通した霊夢に、文は思わず諸手を挙げた。
 何時の時代も、人間の成し遂げたことは素晴らしい。
 そんな感想を抱き――文は直ぐに、振り払った。

「いやいや、私は何を?」

 額を解し、息を整える。
 一緒に喜んでやることなど何もないのだ。
 文はそう、己を落ち着かせた。

「おっとと、むぅ、もちにくいわ、あややや」
「やが増えているわよ、ちびみ――ってまさか、それの名前じゃないでしょうね?」
「えっ、そうよ?」

 そう、こんな人間と手を取り合ったりするものか。
 荒ぶる木彫りの鴉をさりげなく撫でながら、文はそう、再度決心した。
 まだまだ正常――そんな風に考えるひとほど、末期なのだが。

「あわわ、うんしょ」

 木彫りの鴉は、わりと大きい。
 ポーズがポーズだから木の輪は入りづらかったが。

「よいしょ、うんしょ」

 だからか、両手で抱えると、どうにもバランスを崩してしまうようだ。
 右に傾けば、とんとん、と右側にたたらを踏み。
 左に傾けば、つんつん、と左側にたたらを踏み。
 前に傾いた鴉ごと倒れまいと、霊夢はその場で、たんたん、と地団駄を踏んだ。

「むぅ、てごわいわね」
「はぁ、貸しなさい。目障りなのよ」
「あやや、あやややがめにさわったの?」

 妙なボケをかます霊夢から、木彫りの鴉を取り上げる。
 それを右手で持つと、文はそっと左手を差し出した。

「ほら、はぐれないでよ?」
「あやや……うん、わかったわっ」

 ぷにぷにの手を、ぎゅっと握る。
 そうして二人は、その場から立ち去った。

 周囲の人の温かい視線には、気がつかないまま。






「なん、でっ……こんなことに?」

 木彫りの鴉に引っかけられた、水風船。
 鴉を抱える右手の隙間には、綿飴に団子などが詰められている。
 首の後ろにはお面が括り付けられていて、左側で霊夢と手を繋ぐのも、辛くなってきていた。

「甘く見ていたわ、子供の、ちび巫女の行動力」

 既にバテ始めている文と違って、霊夢は元気そのものだ。
 屋台や露店に引っ張って行っては覗き込み、文と店主を質問攻めにして、気がつけば去っていく。
 時には買って、挑戦して、砕けて勝って満足して、また別のことに興味を持つ。

 モンスターというには可愛らしすぎる。
 けれど、その行動力はモンスターそのものであった。

「あやや、あれは?」
「ちょっと、休ませなさい、ちび、巫女」
「ぽんぽんいたいの?」

 心配そうに覗き込む霊夢に、文はただ首を振る。
 過剰に心配されても、疲労が募るだけなのだ。
 だったらさっさと安心させて、休みたかった。

 茶屋の前の長椅子に、霊夢と並んで腰掛ける。
 買い込んだ色々な物を置くと、途端に楽になった。
 妖怪にとっての疲労は、体力ではない。
 霊夢によって削りに削られた、精神力こそ問題なのだ。

 精神力削岩機、霊夢。
 将来どんな巫女になるのか、文は少しだけ考えた。



 並み居る妖怪をなぎ倒し。
 幻想郷の各地を踏破し。
 人妖の山の上で高笑いをする。

『ほら見てあやや! 良い眺めよ!』

 逆光で顔の見えない霊夢が、文に手を伸ばす。
 文は躊躇いながらも、その手を握り返し――……。



「いやいやいや、なんで私だけ無事なのよ」

 妄想を振り払い、大きく大きくため息を吐く。
 そうしてから、僅かに夜空を仰いだ。

「ねぇちび巫女。貴女は……」

 別れがあることを、理解しているのか。
 そう訊ねようとして、首を振る。
 別れの時が来たのなら、さっさと日常に戻ればいい。

 たったそれだけ。
 たったそれだけの、ことなのだから。
 それでも文は……続きを告げることが、できなかった。

「さて! そろそろ戻るわよ、ちびみ――あれ?」

 左を見て、首を傾げる。
 右を見て、首を捻る。
 正面を見て、青ざめて。
 上を向いて、立ち上がった。

「と、ちび巫女! ――――ま、まさか」

 人混み。
 提灯と露店。
 喧噪と足音。
 周囲にあのやたらと目立つ紅白は――いない。

「は、はぐれた?!」

 文の叫びが、祭りの人里に響く。
 その返事は、どこからも返ってこなかった。










――二番六枚目/ちょろれいむとまいごのおんなのこ――



 祭りの最中。
 人混みと喧噪の、その狭間。

 ぎゅっと眉を寄せる霊夢の前に、目を赤くした少女の姿があった。

「なんなのよ、もう」
「ひっく、なんだよ、うぇ、おまえこそ!」

 しゃくり上げるのを一生懸命堪える、淡い黄金の髪。
 昼間に魔理沙と名乗った少女が、霊夢の巫女服の裾を掴んで、星色の瞳に雫を溜めていた。

 人混みの中に見知った顔を見つけた霊夢は、それを捕らえようとした。
 一言、昼間の文句を言って文の下へ帰るはずだったのだが、見事に人混みに流されてしまったのだ。
 そうして落ち着いてみれば、親とはぐれて涙目になった魔理沙と、二人きりになっていた。

「おちつきなさいよ」
「おまえはっ、うう、なんでそんなにおちついてるんだよ」

 魔理沙は強く目元を拭いながら、霊夢に言い放つ。
 霊夢とて平気な訳ではない。
 けれど、近くでこんなに動揺している人がいたから、逆に落ち着いてしまったのだ。

「あんたが、うじうじしているからよ」
「うじうじ、なんか、してないんだぜっ」

 こぼれ落ちる涙。
 震える肩と、手。
 ――説得力皆無である。

「とにかく、だれかさがすわよ」
「うぇっ、う、だれかっ、てっ?」
「あややでも、あんたのおやでも!」

 霊夢は魔理沙から目を逸らすと、そっと左手を差し出した。
 まるで文が霊夢にそうしたように、ぶっきらぼうで、それでも優しく。
 文の背を見てきた霊夢は、今、彼女と同じような仕草をしていた。

 霊夢の幼い手に、魔理沙のそれが重なる。
 魔理沙の手は霊夢のそれよりほんの少しだけ、温かくて。
 それに、黒い翼を思い出した。

「いくわよ」
「う、うんっ」

 魔理沙は空いた左手で目元を拭うと、強く頷く。
 その度に伸びた金髪が揺らめいて、魔理沙の頬を撫でた。

 人混みに足を踏み入れ、流れに逆らう。
 流された方向に進もうと歩くが、子供の身体にその波は堪えた。

「う、うぇっ、うぅ」

 耳朶を震わせる、魔理沙の泣き声。
 視界を覆う無数の影は、立ち並ぶ樹木のようにそびえ立ち。
 爛々と揺れる提灯は、夜空で嗤う人魂のようで。

「ぁ」

 ――影の中に、孤立する。

 世界にたった二人だけ。
 このまま誰とも出逢えずに、消えていくのではないのか。
 人の流れに乗って勢いよく流れる地面は、霊夢の意思を無慈悲に弾く。

「う、ぁ」

 人にあてられ。
 光にあてられ。
 影にあてられ。
 涙にあてられ。
 音にあてられ。

 孤独に、寂寥に、哀切にあてられて。

「な、いて、なんか、やらないん、だからっ」

 肩で息をしながら、霊夢はつき進む。
 目尻に涙が溜まる度に、右手でそれを拭い。
 ただただ負けまいと、歩き進む。

「あぅっ!」
「きゃっ!」

 その勢いについていけなかったのか、魔理沙が転んだ。
 手を引っ張られて思わず振り向くと、地面に転がる彼女の姿が見えて、霊夢は慌てて走り寄った。

「ちょっとあんた、だいじょうぶ!?」
「ふ、ぅぇ」

 霊夢に引っ張られて、上半身を起こす。
 どこにも怪我は無いようだけれど、それでも、立ち上がりはしなかった。

「う、ふぇぇ、ふぇぇぇぇぇぇっ」
「ちょ、ちょっと、だめ」
「あうぇぇぇぇ、あう、うぇぇぇん」
「な、ないちゃだめ、こら、なくなって」
「あぁぁぁぁ、うぅ、う、ふぇっうっうぇ」

 窘めても、宥めても、背を摩っても。
 魔理沙は泣き止むことなく、ただただ、声を上げて泣き続ける。

「な、なかないで、よ、ぅ」

 それに釣られて、ついに霊夢も、涙目になる。
 目尻に溜まった雫を、拭って拭って拭って。
 けれども、それでも止まらず、ついに霊夢も――決壊する。

「だ、だめ、ないても、“かえってこない”のに、う、ふ、ぁ」

 溢れ出した感情に支配され、覆さない。
 とうとう霊夢は自分も地面に座り込み、魔理沙と向き合って泣き出した。

「ぁ、ふぇぇぇぇ、ぁぁぁぁぁ、ぅ、ふ、ぅぇぇぇぇぇ」
「ふえぇぇぇっ、あ、うぇぇぇぇぇっ、あう、ふぇ、うぇっ」

 声を殺して両手で顔を覆う、霊夢。
 両手を投げ出して空を仰ぎ、声を張り上げる魔理沙。

 周囲の人達も足を止め始め、それでも声をかけられず戸惑う中……一人の女性が、前に出た。

「どうした? 大丈夫か?」

 黒い四角錐の帽子。
 青いメッシュの入った長い白髪。
 青のワンピースと、赤いリボン。

 ぶっきらぼうな口調に優しい笑みをのせて、女性が二人に歩み寄る。

「ふぇ、ぁぁ、ぇ……けーね、せんせー?」
「霧雨の……魔理沙か。 親父さんとはぐれたのか?」
「ふ、ぅぇ、うんっ、おやじ、どっかいっちゃったっ」

 魔理沙に“先生”と呼ばれた女性――上白沢慧音は、柔らかい声で魔理沙を落ち着かせる。
 そうしてから彼女は漸く、霊夢の方へ向き直った。

「君は?」
「れ、いむ、よ」
「れいむ、か。君もはぐれたのか?」

 慧音が現れた途端、下唇を噛みしめて涙を堪え始める。
 それでも流れ続ける涙を拭おうと、霊夢はただ、何度も何度も目元を拭っていた。

「そんなに擦ると、目が悪くなる」
「ふ、ぅぇ、ぅぅ、ないてなんかいないわ」
「そうか。ああ、それなら擦る必要もないだろう?」
「ぅ」

 二人の頭を撫でながら、しゃがみ込んだ慧音が優しく告げる。
 霊夢はそれに頷くと、ゆるゆると手を止めた。
 真っ赤になった目と、腫れた頬、上気した肌。
 それらがなんとも、痛々しい。

「霧雨の親父さんはわかるとして、君の親御さん? の特徴は?」
「もふもふ」
「うん?」

 霊夢はそう告げて、口を噤む。
 今更になって、文が正体を隠していたことに気がついたのだ。
 そうなると、霊夢が一番好きな“もふもふ”は隠蔽せねばならなかった。

「かみのけがくろくて、めがあかくて、はやくて、かっこうよくて、やさしくて」
「あー、身体の特徴だけで良いぞ?」
「もふもふ」
「うん??」

 黒髪赤目。
 あとわかったことは、速くて、格好良くて、優しくて、“もふもふ”ということだけだった。
 人里で黒髪のひとを探すのは、流石に骨が折れる。

「君にとってその人は、どんな人なんだ?」

 親か、姉妹か、それともまた別の間柄か。
 慧音が訊ねると、霊夢はしばし逡巡した。
 親ではない、姉でもない、親戚親類のたぐいでもない。

 なら、あの日、霊夢に手を差し伸ばしてくれた彼女は、霊夢にとってなんなのか。

「あやや」

 出て来た答えは、ひどく単純な物だった。
 霊夢にとっての文は、“射命丸文”なのだ。
 速くて格好良くて優しくて、ぶっきらぼうで温かくて。

 かけがえのない、ひと。

「あやや……女のひと、かな? よし、私が探してくるから、君たちはそこで待っていなさい」

 慧音は二人を抱き上げると、屋台から少しはずれた場所へ連れて行く。
 休憩用の長椅子に座らせて一息吐くと、ポケットからあめ玉を二つ取りだし、手渡した。

「ぁ、ありがとう、ええと」
「慧音だ。先生、でもいいぞ?」
「ありがとう、けーね」

 先生、という呼び方はスルーされたようだ。
 それでも慧音は嫌な顔一つせず、その場を去っていく。
 呆然とその姿を眺めていて、漸く、霊夢は隣の魔理沙が静かなことに気がついた。

「もう、なかないの?」
「うん」

 短い答えに、隣を見る。
 あめ玉を舌の上で転がしながら、顔の横にかかる髪を鬱陶しそうに振る。
 目を赤く腫らしながらも、既に泣いてはいないようだった。

 二人だけの空間に落ち込む、沈黙。
 それに耐えられず、霊夢は再び口を開いた。

「かみ、じゃまそうだけど、きらないの?」
「おふくろみたいに、さらさらにするんだ」
「そっか」

 おふくろ……母親。
 それがどんなものかはわかる。
 教えられたことも、思い出せる。
 なのに霊夢は、自身の母がどのような人物であったか思い出せずにいた。

「ねぇ、あんた」
「まりさ」
「……まりさ」
「うん」

 初めて、魔理沙の名前を呼ぶ。
 どうしても何かをせずにいられなかった霊夢は、そっと立ちあがり、魔理沙の前に立った。

「なんだよ?」
「かみ、うっとうしそうだから」

 袖から取り出したのは、白いリボン。
 輪投げの景品で貰ったそれで、霊夢は魔理沙の髪を一房だけ結う。
 遠い記憶の中で、誰かが霊夢にしてくれたように。

「ほら、これでじゃまじゃないでしょ?」

 魔理沙の横顔に垂れる、三つ編み。
 拙く結われたその黄金には、滑らかな白いリボンが結ばれていた。

「え、でも、これ、なんで?」
「あー、あれよ、えーと、ほら」

 どうして、と問われると答えられない。
 実際、霊夢にだって何故そこまでしたのか、わからなかった。
 けれど、それでも、思い出せることがある。

「――めいゆう」
「え?」

 青い髪の河童が、話してくれた言葉。
 喜びも怒りも悲しみも、分かち合えれば盟友――ともだちだ。
 そのことを思い出して、霊夢は、強く魔理沙を見た。

「ともだち、だからよ」
「ともだち……わたしと、れいむが、ともだち。えへへ」

 魔理沙の頬が綻び、それで霊夢も嬉しくなる。
 なるほどこれは、“喜びを分かち合う”ということだ。
 霊夢は漠然と、そう考えていた。

「ちび巫女!」

 と、その時、声が響く。
 強い声が霊夢の耳朶を震わせて、彼女の首を動かした。

「ちょろちょろするなってあれほど――」
「――あややっ!!」

 先程までの冷静さや我慢強さを捨て去って、霊夢は文に飛びついた。
 もう涙は止まっていたが、幼い身体は小さく震えていた。

「はぁ……帰ったら説教よ」
「うん、うんっ」

 首もとに顔を埋め、霊夢は何度も頷く。
 そうしてからふと顔を上げると、そこには慧音と並び立つ見知らぬ夫婦の姿があった。

「魔理沙!」
「おやじ、おふくろ!!」

 先程まで泣き止んでいたはずなのに、魔理沙は再び泣き出す。
 堰を切ったように泣き出す魔理沙を、彼女の両親は優しく抱き留めた。
 親子の姿がそれだというのなら、自分だって負けていない。
 霊夢はそんな風に、考えていた。

「なんとか探し出せて、よかったよ」
「ありがとう、けーね」
「ありがとう! けーねせんせー!」

 礼を言われて、慧音は朗らかに笑う。
 けれどその間も、横目で文のことを注視していた。
 まるで“なにか”を見抜いたような、鋭い目。

 それに気がつかぬ文では、ない。

「貴女は……彼女の、ご姉妹で?」
「私は、この子の従姉妹よ。この子は今よりも幼い頃に、母を亡くしているから」
「そうですか、それは失礼なことを。ご愁傷様です」

 傍目から見れば、和やかな雰囲気だろう。
 しかし二人の間には、強く火花が散っていた。

 慧音とて、むやみやたらに人に突っかかることを良しとはしない。
 けれど目の前の“ひと”から感じ取れる空気――“歴史”に隠れた歪さに警戒していた。
 彼女が人里にいることは勿論、彼女が“人間を連れている”ということについても。

「目的、は?」
「この子がお祭りへ行きたい、と」
「ほぅ?」

 だんだんと、空気を隠しきれなくなっていく。
 表面上は両者ともに笑顔な為、他の者達は気がつかない。
 けれどそこには、確実に強い疑心が存在していた。


 一触即発――

「けーね……あややを、いじめないで」

 ――そんな空気を、幼い声が断ち切る。


 緩やかに響いた音は、魔を祓う鈴の音のようで、慧音は思わず目を瞠った。
 そして文もまた、その声に驚いていた。

「ちび巫女、あんた」
「あややは、わたしのあややだから、いじめないで。けーね」

 文の首もとに顔を埋めながら、霊夢は静かに告げる。
 けれど文の襟を掴む幼い手は、僅かに震えていて。

 文の瞳が僅かに和らいだのを、慧音は見逃さなかった。

「いや、すまん……勘違いをしていたようだ」
「貴女……」

 あっさりと引いた慧音に、文は首を捻る。
 この子供の言葉に、それほどの力が込められていたのか。
 そう考えると、首を傾げざるを得なかった。

「私は寺子屋で教師をしている、上白沢慧音だ。貴女は?」
「……この子の従姉妹で、文、よ」

 あえて、名字は名乗らない。
 万が一、御阿礼が知っていたら、彼女の耳に入ることになるかもしれないからだ。
 こんなところで子供の世話をしているなど、知られたくなかった。

 それ以上に、天狗が子供を連れていると思われるのも。

「文、か。万が一の時は、私が出向こう」
「ええ、そうしてくれて構わないわ」

 手助け、の意味ではない。
 それを如実に感じ取りながらも、文は不遜に頷いた。
 それでも、格下たる彼女に腰を折るのは、文のプライドが許さない。

 慧音たちから、文が背を向ける。
 すると文の正面に抱きついていた霊夢が、ぱっと顔を上げた。
 その視線の先にいるのは……同じように抱き上げられている、魔理沙の姿だった。

「えーと、その、あの」

 ぼんやりと自分を見る魔理沙に、霊夢は口ごもる。
 けれどそうしながらも、最後にはしっかり魔理沙を見た。

「“また”ね”! まりさ!」
「……おう! “また”な! れいむ!」

 頭を下げる、魔理沙の両親。
 手を振る魔理沙と慧音にそれを返すと、霊夢は再び文の首もとに顔を埋めた。

「はぁ、これから茶屋に預けた鴉を、取りに行かないと」

 ぼやく文の声に、霊夢は心地よさを覚える。
 翼が無くても文の身体は柔らかく、気分が落ち着いた。

「ごめんなさい、あやや」
「……もういいわよ、別に」
「うん、ありがとう、あやや」

 それだけ告げて、霊夢の身体から力が抜ける。
 ずっしりと重くなった霊夢の身体に、文はただため息を吐いた。
 あんなに騒がしかった少女も、眠りこけてしまえば静かなものだ。

「私のあやや、か」

 呟きが零れ、喧噪に溶ける。
 そこにはもう――なんの音も残っていなかった。
















――三番一枚目/へたれいむとあややのしんぱい――



 博麗神社の縁側で、文はひたすら万年筆を動かしていた。
 手帖にネタを書き込んでは破り捨て、再び掻き込んでは塗りつぶす。
 ここ最近、文はずっとこんな調子だった。

「うううん……なにも思い浮かばない」

 普段なら、夜通し考えてネタを作るというようにする事もあった。
 けれど今は、夜は霊夢の手を握って寝なければならない。
 人間にとって睡眠は重要な物とわかっているからこそ、文は今、頭を抱えていた。

「削る訳にも、いかないのよね」

 文自身は、無くても大丈夫だ。
 けれど霊夢はそうはいかない。
 朝方まで一緒に居ればそれ以降は魘されないので、そうそうに抜け出してしまうのだが。

「うーん、まぁ、とりあえず朝食ね」

 手帖をしまい込み、朝食の準備をする。
 近場の川で釣った魚を捌き、焼く。
 付け合わせは味噌汁、おひたし、キュウリの漬け物とシンプルな物ばかり。

 その匂いに釣られて、いつものように霊夢が起き出してくる。

「おはよー、あやや」
「おはよう、ちび巫女」

 とんとんとん。
 たんたんたん。
 こぽこぽこぽ。

 料理の音に合わせて、霊夢の首がこくこくこく、と動く。
 その様子を文は、横目で眺めながらため息を吐いていた。
 一々感情表現が豊かで、それ故に見ていて飽きないのだ。

「ご飯は、今日はどれくらい食べるの?」
「うーん、すくなめ」
「へ?」

 こう聞くと、霊夢はいつも大きな声で“おおめ!”と言う。
 その様子が面白くて必ず聞いていた文は、消極的な反応に首を傾げた。

「ううん? 顔が赤いわよ?」
「なんでもないわ。ねぼけてるのよ」

 霊夢は文の言葉に、そう首を傾げる。
 人間がどのような体調の時にどんなことを言うのか、文にはわからない。
 だからこそ文は、この答えにただ「ふぅん」と返した。

 全体的に少なめにした朝食。
 それでも、霊夢はそれを残してしまう。
 焼き魚に至っては、半分も。

「昨日、そんなに食べさせたかしら?」

 食器と残飯を片付けながら、文は首を捻る。
 とうの霊夢は縁側に腰掛けたままぼんやりと空を仰いでいて、元気がない。
 普段なら、朝食後には文について回っていたのに。

「ううん?」

 疑問は、絶えない。
 絶えなくとも、その解決方法が見つけられずにいた。

「ちび巫女、あんたこの後どうするつもり?」
「おひるね、したい」
「お昼寝って……まぁいいけど」

 ふらふらと布団の敷いてある部屋へ歩く霊夢を、文はただ見送る。
 普段とは、何かが決定的に違う。

 元気、食欲、声色。
 それらがなにによって変化したのか、文はわからなかった。
 人間と心から触れ合ったことなど無い文には、わからなかったのだ。






 昼を過ぎ、昼食は抜いた。
 普段ならば子供とは思えないほどにがっつく霊夢も、今日ばかりは大人しい。
 昼食の時間を過ぎても食卓から動かず、手鞠をつついて遊んでいた。

「気持ち悪いわね」

 文の呟きが、小さく零れた。
 態度では、様子のおかしい霊夢に呆れている。
 けれど、文の翼はぱたぱたと忙しなく動いていた。

 顔が赤く。
 食欲が無く。
 元気もない。

 どうしたら良いかわからず頭を抱え、やがて、閃いた。
 脳裏を過ぎった、人間と“盟友”だと嘯く友人。
 彼女なら、何かを知っているかも知れない。

「ちび巫女」
「なーに?」

 机からのっそりと顔を上げた霊夢に、文はそっと近寄った。

「ちょっと出かけてくるから、大人しくしていなさい」
「かえって、くる?」
「そんなにかからないわよ」

 頷く霊夢を尻目に、文は早足で縁側へ行き、そのまま飛び立つ。
 黒い翼を羽ばたかせた頃には、既に博麗神社は小さくなっていた。

 空を舞い駆けながら、ふと、文は胸に手を当てる。
 意味もなく鼓動が速く、どうしてだか、胸が騒ぐ。
 まるでなにか悪いものでも感じているかのような、そんな。

「ぁ」

 小さく呟いて、一度空中で静止した。
 なにをそこまで急いでいたのか――下駄を履き忘れているのだ。

「あーもう、なんなのよ」

 戻るのも、情けない。
 文はそのまま前を向き、速度を上げた。
 友人達の下へ行くまでに誰にも見られなければ、恥ずかしさも減ることだろう。

 そう空を駆ける文の頬は、落ち始めた太陽と同様に、僅かに赤らんでいたのであった。










――三番二枚目/へたれいむとあややのけねん――



 茜色の陽光が、川の水面に反射する。
 水中に火を灯したかのような煌めきが瞬くと、にとりはそっと目を眇めた。

「どう? 釣れている?」
「見てのとおり、ボウズだよ」

 魚を溜める為に、石で作られた囲い。
 水以外になにも入っていない囲いに、声をかけた雛は小さく苦笑した。

 厄を溜め続ける、練習をしよう。
 雛はそのために、誰かに近づいても厄を移さない、という練習をしていた。

 にとりは雛の練習の為に、“近づかれる役”を名乗り出たのだ。

「はぁー、全然釣れないや」

 にとりはそう言うと、釣り竿を引き上げる。
 竹とはまた違った素材で出来たそれは、河童である彼女の発明品だ。
 河童は皆、発明を得意としているのだ。

「なにか手土産でもって思ったんだけどなぁ」
「手土産――あぁ、そういうことね」

 口元を抑えてくすりと笑う雛に、にとりはバツが悪そうに顔を逸らした。
 にとりは“友達”のところへ遊びに行くのに、手土産が欲しかったのだ。
 結局、約束を交わしてから、一度も行けていない。

「キュウリで良いじゃない。あの子、喜んでいたわよ」
「キュウリばっかりで飽きた! って言われたらどうしようって思ってさ」
「そんなことは言わないと思うわよ」

 雛に促されて、やがて、にとりは編み籠を用意した。
 彼女にとって自信がある食べ物は、やはりキュウリなのだ。
 手土産として持っていくのなら、喜ばれたい。

「柴漬けとかも家にあるから、とってくるよ」
「種類が豊富なら、飽きようが無いじゃない。それなら私もなにか持って来ようかしら」

 にとりと一緒に、手土産を用意する。
 そうすれば、彼女たちの“友達”は、喜んでくれるだろう。
 元気な瞳とぶっきらぼうな瞳を思い出して、二人は一緒に微笑んだ。

「さて、それじゃ――あれ?」

 ふと、空を仰ぐ。
 夕暮れに被さるように見えた、“なにかの”影。
 それに対して目を眇めた……途端、にとりの頬を風が打つ。

「わぷっ」
「きゃっ」

 影が見えてから、自身の頬を打つまで。
 瞬きほどの間に、影はにとりたちの背後に回り込んだ。

「にとり、雛、少し聞きたいことがあるの」
「文?!」
「速いわね……」

 射命丸文という鴉天狗の、本気の“速さ”に、二人は息を呑む。
 これまで見せていた速さは、まだ彼女の限界ではなかった。
 風圧だけで舞い散った葉に、にとりは薄ら寒くなる。

「聞きたい事って、なにさ」

 それでも、文は友達だ。
 背筋を伝った汗は、逆ににとりを冷静にさせた。

「ええと、ちび巫女のことで」
「れいむの?」

 文はにとりと雛の瞳を見つめながら、告げる。
 躊躇いがちではあるが、けれど、ハッキリとした声で。

「実は――」

 霊夢が朝方から見せている様子、その姿。
 余すことなく、懇切丁寧に告げていく。
 するとにとりは、ぐっと眉根を寄せた。

「それは“風邪”だと思うよ」
「風邪……か弱い人間が罹るものじゃないの?」
「文、霊夢は“か弱い人間”だと思うのだけれど?」

 雛に言われて、文はぽんと手を打つ。
 普段が元気だから忘れていた――のではなく、焦燥を抱いていた為だった。
 どうしたらいいかわからず、症状を断定することも出来ず、ここに来てしまう程度に。

「なにかするべき、よね」
「様子を見て……ひとまず、れいむに体調の良し悪しを聞いてみたら?」
「そうね、それが先決……か」

 文は再び翼を広げると、浮き上がる。
 夕暮れに照らされた黒翼は、茜色に染まることはなく、羽ばたいていた。

「ありがとう、にとり、雛」
「まぁ、私たちも後から様子を見に行くよ……手土産を持って、ね」

 にとりと雛が、文にそっと笑いかける。
 その優しげな笑みに、文は頬を掻いた。
 そう言われると、恥ずかしい。これまでに、こんな“友達”はいなかったのだから。

「本当に、文は霊夢が好きね」

 飛び立って直ぐ、雛の声が耳に届く。
 けれどその頃には、文の身体は遠く上空にあった。
 今更意図を聞きに戻るのは、なんとも情けない。

 だから文は、茜色の空でただ飛行を止めることしかできなかった。

「ちび巫女のことが、好き?」

 霊夢は、幻想郷の要だ。
 彼女が居なくなったら、結界がどうなるか、文にはわからない。
 だから、それを防ぐ為に――と、咄嗟に考えて、動きを止める。

 今、初めて、結界の心配をした。
 駆け回っている最中は、結界のことなど忘れていた。

「とにかく、今は行こう」

 なんにしても、ここでこうしている訳には行かない。
 茜色の空には黒の天蓋が被さり、そこに無数の星々が散らばり始める。
 妖怪の象徴たる月が見えた頃、文はその速度を上げた。

 ――胸騒ぎを、押し殺しながら。










――三番三枚目/へたれいむとあややのいたみ――



 夜も始まったばかりという頃。
 文は、博麗神社の縁側に降り立った。
 大人しくしているように言ったのだ。
 きっと布団を敷いて寝ているだろう。

 そんな彼女の考えは、一歩踏み込んで霧散した。

「ちび、巫女?」

 食卓の前、散らばった手鞠。
 その傍らに横たわる、幼い身体。

「ちび巫女!」

 文はそれに駆け寄ると、片膝を着いて素早く抱き起こした。
 赤らんだ顔、荒い息、多量の汗。
 そっと額に手を当てて、文は眉を顰める。

「熱い」

 手に残る熱。
 これまでに感じてきたような心地よい物では、ない。

 急いで立ちあがり、布団を敷いて霊夢を寝かせる。
 霊夢はただ苦しげに呻くだけで、なんの抵抗も見せなかった。
 普段の元気など、その弱々しい姿からは窺えない。

「ぁ、やや?」
「っ」

 震える声で、か細く告げられたことば。
 耳朶を震わせるそれに、文は肩を跳ねさせた。
 こんな状態になっても放って置いて、一人にした。

 恨まれていても、おかしくはない。

「おかえり、なさい、あやや」

 けれど、霊夢は。
 幼い手で文の指を掴み――初めて、笑った。

「ぇ」

 その儚く消えてしまいそうな笑顔が、文の胸を締め付ける。
 放って置いたのに。一人にしたのに。それでも。

「ごほっ、ごほっ。ぁ、や、や」
「ちび巫女……」

 苦しげに咳き込み、肩を震わせ、涙を零し。
 それでも霊夢は、文の名前を呼び続ける。

「だい、じょうぶ? ぽんぽ、ん、いたいの?」

 辛いのは自分だろうに。
 苦しいのは自分だろうに。
 なのに霊夢は、ただ文の心配をする。

 泣きそうな顔で、文の心配をする。

「どうしてっ」

 唇を噛み、喉の奥から声を絞り出した。

「どうして……」

 尻すぼみに消えていく声。
 苦渋の表情から、一筋の涙がこぼれる。
 霊夢の声は優しく、けれども何よりも悲しげで。

 どうすることもできない自分の無力さに、文は身体を震わせた。

「だいじょう、ぶ? あや、や、が……ごほっ、ごほっ」
「喋らないで、お願いだから、これ以上喋らないでよ、ちびみこぉ」

 霊夢の手を振り解き、両手で握り直す。
 幼い手に力はなく、儚く、今にも崩れて消えてしまいそうで。

「あや、やが――――しんじゃ、いやだ」

 事あるごとに、霊夢は文の心配をしてきた。
 その裏側にあるのは、いったい何であったのか。
 それこそが、彼女が“自ら”封印した記憶の、根底なのではないか。

 元気に満ちあふれたこの幼い少女の、根源。

「ああ、そうか」

 弱く、儚く、小さく、脆く。
 強く、優しく、元気で、温かい。

「私は」

 翼に抱きついて、安らぐ姿。
 腕の中で、静かに眠る姿。
 幼いながらに、文を護ろうとする姿。

「この子のことが」

 その感情に、名をつけることは出来ない。
 親愛、友愛、愛情、恋愛、好意。
 様々な言葉が頭を駆け巡り、こぼれ落ちたのはたった一言だけだった。

「すきなんだ」

 霊夢の手をそっと振り解き、立ち上がる。
 薄く目を開いて文を見る霊夢に、笑いかけた。

「直ぐ帰ってくるから、私に全部任せなさい――――霊夢」

 涙を拭おうともせず、力強く笑う。
 たった一人の少女の為に、空を飛ぼう。
 文はそう宣言して、踵を返した。

「う、ん。まってる。あやや」

 か細い声を捉えて、走る。
 縁側に走り、今度こそ一本歯の下駄を履き、そのまま飛び上がった。





「どうすればいい」

 風を、全身で掴む。
 日が落ち込んでから出歩く人間などいない。
 その時間は、妖怪の時間だからだ。

 迂闊に出歩いて、妖怪に喰われる。
 そんなことは、よく“風の噂”で耳にする話だ。
 だから例え人間に化けても、医者はそれを家に入れない。

 迎え入れるということは、術中に自ら飛び込むということだからだ。

「どうする」

 妖怪の山にも、薬を煎じられるものは居る。
 けれど誰も彼も気むずかしく、患者の顔を見ないで渡すものもいない。
 治す人間を見て満足し、腹を満たすからだ。

「考えなさい、射命丸文!」

 人間に詳しい妖怪。
 妖怪を受け入れる人間。

 頭を回転させ、思考と記憶の淵から引き出し、己の前に引っ張り出す!

「ぁ」

 一人。
 たった一人、文の脳裏に過ぎる。
 人間の里を歩き回りながら、それでも妖怪の気配を持っていた。

 あの女性のことを。

「風よ」

 風を吹かせて、風が運ぶ噂を捉える。
 その人間となにかの混ざったもの。

 その住処を、文は――――捉えた。

「見つけた」

 黒翼が星の光を跳ね返し、大きく広げられる。
 天蓋よりもなお黒く、月明かりよりもなお明るい。

 その夜色の翼は、誰よりも猛々しい。

「ふぅ……」

 一息。
 たった一息の間に、文の身体がかき消える。
 黒い羽毛だけを、残された空間に散りばめ、駆け、翔る。

 速く。
 誰よりも速く。
 なによりも速く。
 匂いも、音も、光も。

 全部、背後に置き捨て翔る!



 ――その夜、幻想郷に風が奔った。
 ――力強く猛々しい、想いの風が。







――三番四枚目/へたれいむとあややのひしょう――



 人里の端。
 寺子屋の裏門からしばらく歩くと、そこに上白沢慧音の家がある。
 質素ではあるが狭くなく、小さな屋敷と言っても良いしっかりとした造りの家だ。

 今日は風が強いから。
 そう閉め切られた鎧戸ががたがたと鳴り、慧音はぴたりと筆を休めた。
 翌日の授業の準備を中断し、そっと背後に目を遣る。

 庭から流れ出る気配は――妖怪の物だった。

「月の欠けた日に限って……いや、偶然を悔やんでも仕方がないか」

 満月の夜なら、いざ知らず。
 慧音にそう考えさせるほどに、強力な妖怪の気配。
 直接人里を襲うのではなくここへ立ち寄ったからには、何か意図があるのかも知れない。

 友好的――偏屈であっても――な妖怪であることを願って、慧音はそっと立ち上がった。

「――頼みたいことが」

 声は、女性の物。
 けれど男女で力の差が計れないのが、妖怪だ。
 慧音は続きの言葉を聞こうと、じっと待つ。

「いや、これではだめ」

 切羽詰まった声。
 鎧戸の向こうから風に乗って響く、焦燥の音色。

「お願いしたいことが、あります」
「……願い?」

 その言葉に、慧音は思わず聞き返した。
 内容もそうだが、慧音が驚いたのはその口調だ。
 自分よりも明らかに格上の妖怪が――丁寧な言葉で、語りかけてきたのだから。

「はい、貴女にしか頼れないのです」
「そう、か。少し待ってくれ」

 慧音は声に導かれるように、つっかえ棒を外して鎧戸を開けた。
 風の強い夜、暗い庭で頭を下げる、妖怪。
 プライドが高く人間と対等であろうなどと考えるはずのない妖怪――鴉天狗がそこにいた。

「あなた、は」

 顔を上げて、慧音を見る。
 術が掛けられているか居ないか、人間に化けているか否かの違いはある。
 けれど近づいてみてわかる気配は――確かに、祭りで遭遇した妖怪の物であった。

「文、殿……でしたかな?」
「はい。どうか、貴女にお願いしたいことがあって参りました」

 文の言葉に、悪意や敵意、慧音を騙そうといった意志は感じられない。
 ただその態度から、言葉から、声色から――彼女の“誠意”が伝わってきた。
 そのことに、慧音は肩から力を抜く。

「入ってくれ」
「はいっ」

 慧音の言葉に頷くと、文は下駄を脱ぎ捨ててその後ろに着いていく。
 縁側から入り、慧音の私室を抜け、客間にまで通された。

「さて、頼み、とは?」
「風邪を引いた子供に、何をすればいいのか教えていただきたいのです」

 文の言葉に、慧音は首を傾げる。
 一瞬、鴉天狗の子供のことかとも思ったが……直ぐに、文を庇った少女の姿を思い出した。

「風邪? あの子供は、本当に貴女が育てているのか?」
「……はい」

 丁寧な言葉を使っている相手に、そうではない言葉で返す。
 妖怪と同じ土俵、同じ言葉遣いで話すことへの警戒心。
 それを抱きながらも、ことあの子供……霊夢に関してだけは、慧音は疑う気になれなかった。

 だから、文の言葉にただ「そうか」と一言だけ返す。

「彼女が、風邪を引いたんだな?」
「はい」
「妖怪に知らせられない事情があり、妖怪だから人間を頼れない」
「はい」
「それで私にしか頼れない、か」
「……はい」

 慧音の言葉に、文はただただ頷いていく。
 考えを当てられて怯むことなど、必要ない。
 今はただ、霊夢を治すことが先決なのだから。

「……わかった」
「えっ、あの、事情は……」
「答えられない、だろう?」

 今、彼女に知らせればどうなるか。
 慧音ならば、文が危惧したことなど何一つ起こすことなく霊夢の世話をすることだろう。
 寺子屋の教師ともなれば、教えられる知識も多く持つ。
 今日のような事態になっても問題はないし、博麗の巫女としての役割を伝えて育てることも難しくはない。

 なにもかもが、“最良”の結果に導かれる。
 けれどそれでも、文は――霊夢の幼い手を握れなくなることが、嫌だった。
 いつか別れなければならないと、わかっていても。

「風邪の時の対処法、それから寺子屋の子供のための薬も分けよう」
「よろしい、の、ですか?」
「ああ、構わん。それよりも、家であの子が待っているのだろう?」

 慧音に言われて、文は目を見開く。
 それから、ぎゅっと眉を寄せた。
 苦しげな吐息、熱を持った身体、潤んだ瞳。

 その姿が、文の頭から離れない。

「粥の作り方も教えよう。急ぐぞ!」
「はい! このご恩は、いつか必ず!」

 慧音に促されて、立ち上がる。
 霊夢の体力がどれほど持つか、文にはわからない。
 ただ一分一秒でも早く、覚えて帰らなければならない。

 文はそう、赤い瞳に決意の火を灯した――。










――三番五枚目/へたれいむとどとうのよる――



 慧音の家で作ったお粥を手に、文は博麗神社に降り立った。
 下駄を脱ぎ捨てて走り、霊夢の居る部屋に行く。
 慌てて彼女に駆け寄ると、さほど体調に変化がないということがわかった。

「霊夢……」

 文の言葉に、霊夢はゆっくりと目を開ける。
 そしてその顔を見て、また、笑った。

「おかえり、なさい」
「霊夢、起きて。ご飯食べられる? 今、お粥を――」
「おかあ、さん」
「――え?」

 霊夢の瞳は、焦点が合っていない。
 ぼんやりと、けれども嬉しそうに、文に誰かを重ねていた。

「ぁ」

 けれどもそれも、僅かな間。
 先程とは違い、照れたような笑み。
 それを浮かべて、霊夢は文の指を掴んだ。

「ぁ、やや。おかえり、あや、や」
「え、ええ……ただいま、霊夢」

 霊夢の額に手を乗せると、彼女は嬉しそうに眼を細めた。
 先程までの、“幼すぎる”姿は消えている。
 今文の目の前にいるのは、年相応の霊夢であった。

「――起き上がれる? お粥、持ってきたから」
「う、ん。でも。こほっ、しょくよくないわ」
「無くても、食べなきゃだめよ」

 霊夢の身体を起こし、レンゲでお粥を掬う。
 このレンゲも、慧音から借り受けた物だった。

「あつ、ふぅー、ふぅー」
「ああ、いいから。貸してみなさい」

 口元に運ばれたレンゲ。
 お粥が熱くて涙目になった霊夢から、レンゲを離す。
 それから、文は自分の口元へ持っていった。

「ふぅー、ふぅー、はい霊夢。あーん」
「あー……む」

 ひな鳥のように口を開けて待つ霊夢に、文は小さく微笑む。
 霊夢はゆっくりと、けれど吐き出すことなく咀嚼していた。
 何も食べられなくなっていたはずなのに、少しずつ少しずつ、飲み込んでいく。

「ふぅー、ふぅー、あーん」
「ん、あー、む」

 それを幾度となく繰り返し、長い時間を掛けて食べ終わる。
 そうすると眠くなったのか、霊夢の瞼が落ちていった。

「今、冷たい布巾を持って――」

 立ち上がろうと、文の身体が動く。
 けれど、それは幼い掌によって遮られた。
 強くはない、むしろ普段よりもずっと弱々しい。

 でも文は、その手を振り解くことが出来ない。

「あやや、いっちゃ、いや、よぉ」
「霊夢……直ぐ戻ってくるから、だから手を――」
「いやぁっ、ごほっ、ごほっ、えふっ」
「――霊夢」

 文は仕方なく、座り直して霊夢の手を握る。
 そうしなければ、霊夢が勝手に壊れてしまいそうで。
 霊夢の傍から、離れられない。

「いる? ねぇ、あやや。そこにいる?」
「いるわよ、いるから、大丈夫だから。ね?」
「うん、う、ん、ごほっ、ごほっ、いかないで、あややぁ」

 焦燥ばかりが、募る。
 額を冷やして、熱を冷ます必要がある。
 けれど身体全体を冷まし過ぎると体調が悪化してしまう。
 だから暖かくしてあげる必要があるのだと、文は慧音から聞いていた。

 汗も拭かなくてはならない。
 水だって必要だ。
 なのに、身体が動かない。

「どうすれば――」

 迷いが身体を支配し。
 思考が停滞して熱を持つ。
 鼓動ばかりが速くなって、早く行動に移れない。

 そんな文の焦燥を……たたき壊す、声があった。



「手伝って、って言えば良いんだよ。“ともだち”」



 背後から響いた声に、振り向く。
 並び立つ二つの影に、文は目を剥いた。

「――え?」

 籠一杯に色々な物を入れた、にとり。
 彼女の後ろで佇む雛も、麻袋を両手で持っていた。

「普通の人間だったら厄で悪化してしまうのだけれど、彼女は大丈夫みたいだからね」
「それでも“迷惑かも”ってぐずる雛を連れてくるのは、骨が折れたよ」
「ちょ、ちょっとにとり! もう」

 ――二人の声に、文は我に返る。
 そして、霊夢が今求めているのはこの温かさなのだと、唐突に気がついた。

「指示を頼むよ、鴉天狗サマ?」

 不敵に笑うにとりに、文は苦笑を返す。
 それから、力強く頷いた。

「にとりは水と手拭を、雛は替えの服をお願い」
「よっしゃ、来た!」
「任せて、文」

 走り去る二人。
 足音に霊夢が反応して、僅かに肩が震えた。

「安心なさい、“ともだち”よ」
「にと、り、たち?」
「そう」

 霊夢はそれを聞いて、瞼を落し始める。
 それでも手は離さないため、文は依然としてその場を離れることが出来なかった。

「傍にいるから、だから安心して寝て、霊夢」
「文! 手拭と水! 水は今冷たくするから待って!」

 桶に水を入れて、手拭を入れる。
 その上で、にとりは別の手拭を濡らして、水の入った湯飲みを包んだ。

「なにしてるのよ?」
「こうやって回すと、水が冷たくなるんだ! うぉぉぉぉぉっ!!」

 遠心力を使って、にとりがそれをぐるぐると回す。
 その間に、雛が替えの服――神社にあった寝間着――と布団を持ってきた。

「大丈夫、大丈夫だから」
「うん、う、ん、あや、や」

 何度も頷く霊夢の額に、濡れた手拭を乗せる。
 服を脱がせて汗を拭い、くすぐったそうな霊夢に謝り、服を替えさせる。
 長期戦になるであろうことは、わかっていた。

 けれども、途中で投げ出す気は、ない。

 霊夢の横で手を握りしめながら、何度も何度も手拭を替える。
 言うほど時間は経っていないはずなのに、文はそれがひどく長い時間なように感じていた。

「霊夢、頑張りなさい。私が傍にいるから」

 苦しげでも、漸く眠った霊夢に、語りかける。
 戦いならば、大切な人を護りきれる自信はある。
 けれどこれは、そんな単純な物ではない。

「私が……私たちが、傍にいるから」

 微かに切なく、けれど力強くて優しい声。
 文の想いが敷き詰められた声が、博麗神社に響いていった。










――三番六枚目/へたれいむとはじまりのゆめ――



 空が白で染められ。
 周囲には何もなく。
 光もないのに明るい。
 風の吹かない、空間。

 ぽつんと佇む博麗神社を見て――文はこれが夢であることに気がついた。

『神社の、夢?』

 翼を羽ばたかせて、縁側に降り立つ。
 土足のままだということに気が引けたが、しかし音もなく降り立つことが出来たので、些細なことだと考え直した。

「ねぇ、どこかいたいの?」

 鼓膜に届いた声に、文は肩を跳ねさせる。
 慌てて振り向くと、そこには霊夢の姿があった。
 綺麗な、肩口の空いていない巫女服に身を包んだ、霊夢が。



『え?』

 瞬間移動でもしたのか、景色が僅かに変わっていた。
 縁側から、寝室に。そこは今、霊夢が寝ているはずの部屋だ。

「ちょっと、お腹が痛かったの。でも、大丈夫よ」

 慌てて、もう一度振り返る。
 布団から上半身を起こし、霊夢に手を握られる女性。
 霊夢に、よく似たひとだった。

「ぽんぽん、いたいの?」
「大丈夫だから、だから、安心して」
「うん――おかあさん」

 長く滑らかな黒髪の女性が、霊夢の頭に手を乗せる。
 その姿を文は、漸く“思い出し”た。

 幻想郷の要。
 亀に乗って空飛ぶ少女。
 陰陽玉を片手に持ち、妖怪を蹴散らす巫女。

 先代――博麗の巫女。

『霊夢が“博麗の巫女”なんだから、当然じゃない』

 霊夢にだって、母親が居た。
 そのことを文は、忘れていたのだ。
 彼女の世話をしている内に、忘れてしまったのだ。

「ごほっ、ごほっ」
「おかあさん!?」
「あはは、なんちゃって!」

 無理がある。
 けれども、彼女の瞳は真剣そのものだった。
 霊夢に見えないように隠した、口元を抑えた手。
 文は位置を変えると、その手を見た。

『ぁ』

 黒ずんだ血に塗れた、手。
 べっとりと濡れたそれを、彼女は霊力で消滅させた。
 ただ、霊夢に心配を掛けない為に。



「おかあさん、ねぇ、おかあさん」

 また、景色が変わる。
 蝋燭の火が揺れる、静かな寝室。
 日は暮れていて、もう妖怪たちの時間になっていた。

 その中で、霊夢は息も絶え絶えな母に縋り付く。

「大丈夫、よ。私は、博麗の巫女ですもの」
「ほんとうに?」
「ええ、貴女も、博麗の巫女になればわかるわ」

 彼女は、霊夢の頭を優しく撫でる。
 親と子の、温かなワンシーン。
 かけがえのない、時間。

『でも、私は』

 けれど、文は。
 この幸福の結末を、知っていた。

「なる、わたし、はくれいのみこになる! なって、おかあさんをなおしてあげるからっ」

 霊夢の声に、彼女は微かに笑う。
 霊夢を安心させる為の、表情。
 しかし文は、その瞳に映る哀切と寂寥に――気がついてしまった。

「そう、楽しみにしているわ。霊夢」
「うんっ!」

 霊夢の笑顔を見て、彼女は悲しげに微笑む。
 霊夢に気がつかれないように、小さく小さく、悲哀を乗せた笑顔だ。
 好きなことを、すればいい。そうは言えないのが、“博麗の巫女”だった。

 そうしてから彼女は、ゆっくりと瞳を閉じて、寝息を立て始めた。
 傍らに眠る霊夢の頬を、ただ一度だけ撫でてから。



「おはよう、おかあさん」

 また、景色が変わる。
 朝の博麗神社。
 寝ぼけ眼を擦りながら、霊夢が傍らの母に声をかける。

『そうか、これが――この朝が、きっと』

 最後の、日。
 そんな言葉が頭をよぎり、文は唇を噛みしめる。
 今日、この日がきっと……霊夢の“転機”なのだから。

「おかあさん?」

 揺れ動かしても、反応はない。
 優しく温かかった手は、冷たく動かない。
 瞼は固く閉じられていて、ただの一度も開かなかった。

「おかあさん、あさよ。おきて、ねぇ」

 何度も何度も、身体を揺らす。
 けれども彼女は、答えない。
 答えられないのだと、誰も、霊夢に教えることが出来なかった。

「あさよ、あさごはんたべようよ、おかあさん」
『霊夢、彼女は、もう』

 近寄って抱き締めることも、できない。
 自分が霊夢に触れることが出来ないという事実に、文は歯がゆく思った。

「もう、おねぼうさんね」

 霊夢の声が、震えている。
 現実を見ていたくないのか、何度も声をかけて否定する。

「ねぇ、めをあけて、ねぇ、おかあさん、めをあけて、ねぇ」

 ゆさゆさと、ゆさゆさと。
 揺らして揺らして揺らして。

 やがて霊夢は、その手を止めた。

「やだ、やだよ、おかあ、おかあさん」
『もう、もういいから! もう、やめて、霊夢……っ』

 冷たくなった頬に触れ、生気のない髪を撫で。
 霊夢は彼女の手を取ると、動き出すことを願って、自分の頭の上に置いた。

 けれどもそこに、覚えのある熱はなくて。

「ふ、ぅぇ」

 しゃくり上げて、身を縮ませた。

「ぅあ、ぁぁぁ」

 涙を流す。
 ただ、ただ、涙を流す。
 声を押し殺して、胸をかき抱き、“母だった”ものに縋り付く。

「うぁぁぁ、ぁぁぁぁ」

 その叫びが、切なくて。
 文は胸の奥で、鈍い疼痛を覚えた。

「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっ!!!!」

 ついに声を上げて、泣き出す。
 文はそれを、ただ見ていることしかできなかった。
 手を握りしめ、唇を噛み、それでも目を開き。

 ただただ、見ていることしか許されなかった。



「はぁ、はぁ、はぁ……ん、しょ」

 景色が、変わる。
 さっきの光景で終わりだと、そう思っていたのに。
 場所は、博麗神社の裏側。縁側の前。
 白かったはずの空間には、何故だか“空”が生まれていた。

 一際大きな石の前を、霊夢はひたすら掘っていた。

『これって』

 お祓い棒を使い、無表情のまま掘り続ける。
 その霊夢の背後には――布にくるまれた、彼女の母の姿があった。

「んしょ、えい」

 夜更けから今まで、ずっとそうしていたのか。
 泥だらけになりながらも、深い穴が出来上がる。
 子供の力で掘り進んだとは思えない、深く暗い穴が。

「はぁ、はぁ、はぁ……えいっ」

 母の身体を押し、穴に落とす。
 そうしてから霊夢は、今度は穴を埋め始めた。
 泥だらけになりながら、涙の乾いた瞳で、黙々と。

「おわり」

 一言、呟く。
 何も映ってない瞳で、それだけ言って。
 霊夢はただ、空を仰いだ。

「なんだろう? くろくて、きれい――――わたしも、つれていってくれるのかな?」

 その言葉に、なんの感情も込められていなくて。
 文はただ、息を呑んだ。

「あれ? でも、“だれ”のところへ、いきたいんだったかしら?」

 この時点で、霊夢は既に忘れていた。
 泥だらけになりながら、母の亡骸を埋めて。
 そのまま、辛い記憶を自ら封印した。

 自分の心を、護る為に。

「ええ、と? ――人間の、“幼女”?」

 文の傍らに、“文”が降り立つ。
 全ての始まりの日。そこに、繋がった。

「だれ?」

 文が目を遣ると、“文”はただ首を傾げていた。
 今すぐに、抱き締めてあげることだってできるはずなのに。
 文はそう、過去の自分に途方もない怒りを感じる。

 それが意味のないことだと、わかっていても。

「貴女、人間ね。どうしてこんなところに、一人で?」

 意味のないことだとわかっていても、感じずには居られなかった。

「みこだから。あんたは“てんぐ”でしょう? しってるわ」

 この先の会話を、文はよく覚えているから。
 拙い口調で、けれども記憶の淵から呼び越すように“巫女”だと告げた霊夢。

「はっ。ここの巫女は貴女みたいなちびすけじゃないわよ」
「ここのみこはわたしになったのよ」

 彼女に何を告げたのか。

『だめ、止めなさい』
「はぁ? 貴女が……?」

 覚えていたから。
 覚えていて、しまったから。


『止めなさい、射命丸文ッ!それ以上――』
「ここの巫女は、博麗の巫女は何処へ行ったの?」
『――言うなぁぁぁッ!!!』


 文は、拳を握りしめて、崩れる。
 これはただの焼き回しに過ぎない。
 既に起こったことの、追体験に過ぎないのだ。

 何度も地面に拳を叩きつけながらも、痛みを覚えることすら出来ない。
 それがどうしても、もどかしい。

『ごめんね、ごめん、ごめんなさい、霊夢っ』

 たった一人で死を看取り。
 たった一人で墓穴を掘り。
 たった一人で母を埋めた。

 そんな彼女に、どうしてこんなことが言えるのか。
 過ぎてしまった事、知りようがないこと。
 だというのに、文は強く悔いていた。

「そらよ」

 けれど、その声で。
 忘れているはずなのに、強く見上げて呟いた声で。

 文は己を、取り戻す。

『れい、む』

 澄んだ瞳だった。
 忘れて、だから得たものではない。
 彼女が元来持っていた、澄んだ心。

 その瞳で見上げた空は、何よりも、青かった。

『ぁ』

 景色が、歪んでいく。
 何もかもを巻き込んで、白く輝き、光に満ちていく。
 空間の所々に入っていく亀裂に、文は、夢の終わりを悟った。

『そっか、これで、もう』

 同時に、文の意識も白濁していく。
 ひどい眠気に襲われて、だんだんと瞳が霞み、瞼が落ちていった。

 終焉に向かう夢。
 現実に戻る意識。

 その最中で、文は“声”を聞く。
 心に直接響くような、どこか艶美で、流麗な声を。





――/――



――貴女が諦めるのなら、誰もそれは責めません――

――彼女の死は結界に影響を残し、私はそれに気を取られ――

――結局は、間に合わせることが出来ませんでした――

――だから貴女が如何なる選択をしようと、私はそれを責めません――


『…………』


――そう、ね――

――貴女がそう選択するのなら、私はそれを止めることはできません――

――けれど悲しみを負うと決めたのなら、最後まで貫きなさい――


『…………』


――ええ、ええ、そう云うと思いましたわ――

――ずぅっと、貴女たちのことを見て来たのですから――

――でも。いいえ、だから、最後にこれだけ――


『…………』


――悲しい役目を負わせてしまい、ごめんなさい――

――けれど私は、誰よりも貴女たちの幸福を願っているから――


『……』


――だから、どうか幸せな時を過ごして――

――愛しい愛しい、幻想郷に受け入れられし者たちよ……――




――/――






 瞼の裏に照らされた、強い光。
 それに身じろぎするように、霊夢は目を醒ました。
 右を向いて、転がるにとりと雛を見て、首を傾げ。
 それから左を向いて、自分の手を握りしめる文を見た。

「あやや?」

 柔らかな寝息を立てる、文。
 霊夢は握られた手の温かさに、そっと、頬を綻ばせる。
 その優しげな寝顔は、夢の中の誰かに、重なった。

「えへへ」

 霊夢は文の手から抜けると、彼女の胸元に潜り込む。
 そうしてしっかりと抱きつくと、文が無意識のうちに抱き締め返した。
 ついでに霊夢の大好きな“もふもふ”が被さり、霊夢は小さく息を吐く。

「おやすみ、あやや」

 そうしてから、もう一度、瞼を落とした。
 柔らかくて温かな世界に、優しく包み込まれる為に――。
















――四番一枚目/でれいむといつものあさ――



 博麗神社の朝は、鴉の鳴き声から始まる。
 かぁー、かぁー、と大きく二回。
 それが朝の合図なのだと、霊夢は布団の中で身じろぎした。
 もうすぐ秋にさしかかろうという頃、霊夢の妾は布団だった。

「霊夢、朝よーっ」

 しかし、流石に本命の声が聞こえてくれば、起きない訳にはいかない。
 寝ぼけ眼で手をにぎにぎと動かすと、気怠げな表情で起き上がった。
 口元の涎の後を片手で拭う姿は、無駄に勇ましい。

「ふ、わぁ」

 口を開けて、大きく欠伸。
 背筋がぴんと伸ばされて、まるで猫のようだ。
 欠伸が終わったら、背が丸くなるところまで含めて。

「霊夢、朝ご飯だから早く来なさい!」

 朝の洗濯、炊事、諸々。
 動き回っている姿を思い浮かべて、霊夢は小さく笑う。
 温かい光景が待っているのなら、残念ながら布団とはお別れだ。

「いまいくわ」

 口の中で呟いて、けれども文はそれを“風”で拾う。
 何処に居ても、霊夢の声は、必ず文に響いた。

 布団からもぞもぞと抜け出して、大きく背伸び。
 ぽきぽきと鳴る背筋に得も言えぬ心地よさを感じると、霊夢はほっこりと頬を綻ばせた。
 そのまま立ちあがり、畳の上をぺたんぺたんと歩いて行く。

 朝の新鮮な冷たさが、なんとも心地よい。

「あややー、おはよう」
「はいはいおはよう、寝坊助さん」

 山菜ご飯に焼き魚。
 キュウリの和え物にキュウリの柴漬け。
 山菜は雛で、キュウリはにとり。
 まだまだ減らない、二人の“手土産”だ。

「いただきます」
「いただきます」

 自分を待っていてくれた文に合わせて、手を合わせる。
 お手々のしわとしわを合わせて、しあわせなのだと、霊夢は寝ぼけた頭で考えていた。

「あむ、むぐ」
「ほら、零さないように、ああ、もう」

 勢いよく食べ始めた霊夢の口元を、文が布巾で拭く。
 食べ物を零さないよう甲斐甲斐しく世話をされて、霊夢は眉尻を下げていた。
 安らいでいるのか、甘えているのか、対面から隣に移動してきた文にもたれ掛かる。

「遊びたいなら食べてからにしなさい」
「はーい」

 姿勢を直して、食事再開。
 手料理を堪能したのなら、次は遊び回る時間が待っている。
 そう考えると、霊夢の箸は自然と速くなった。







――四番二枚目/でれいむとさとのふうけい――



 昼時を迎える前。
 減ってきた米を補充する為に、二人は並び歩く。
 人間に化けた文と、簡単な、認識をずらす術が掛けられた霊夢。
 知るものには知れ、知らぬものには知れない。その程度の術。

 博麗神社から飛び立ち、街道で降り、地蔵に手を合わせ。
 そうしている内に人里に辿り漬いて、霊夢は文の手を引き走った。

「ちょっと、急がないの」
「うんっ、あやや!」
「もう」

 昼時の人里は、多くの人で賑わっている。
 魚屋、八百屋、茶屋に米屋。
 誰も彼もが活気に満ちていて、楽しげだ。

「お米を買ってくるから、迷子にならないようにね」
「うんっ、わかったわ」

 祭りの時の経験からか、霊夢は遊んでいてもあまり文から離れない。
 けれどちょろちょろと細かく動き回る様は、見ていて心配になるもので。
 文は早々に買い物を終わらせようと、足早に米屋に駆け込んだ。

「おや、貴女は」

 米を量り代金を払っていると、文に声がかけられる。
 そっと振り向いてみると、そこには米俵を担ぐ女性――慧音の姿が、あった。

「慧音さん……その節は、ありがとうございました」

 文は彼女に、丁寧に頭を下げる。
 改めて見てみると、妖怪に頭を下げられるのはむず痒い。
 慧音はそんな風に考えていた己に、小さく苦笑した。

「いや、構わないよ。元気に……なったみたいだしな」

 慧音が顔を向けた方向に、文もまた目を遣る。
 いつかの金髪の少女と遭遇し、口げんかを始める。
 仲裁しようかと迷い始めた頃には、二人で興味を惹くものを見つけたのか、元気よく走り出した。

「元気すぎる、ぐらいです」

 文はその様子に、息を吐く。
 ――ため息ではなく、安堵の息を。

「いや、子供は“風”の子。あれくらいがちょうど良い」

 米の入った麻袋を片手に、慧音と並んで店を出る。
 米屋の正面の茶屋、そこに二人で腰掛けて、遊ぶ子供の様子を見た。

「やっていけそうか? 文殿」
「ええ、はい、やっていきます」
「そうか……それは心強い」

 視界の奥、元気に遊ぶ二人の姿。
 魔理沙が転べば霊夢が手を差し出し、霊夢がぼうっとしていれば魔理沙が手を引く。
 そうしてまた二人で駆け回り、その更に奥、行列に向かって走り出した。

「慧音さん、あれは……結婚式ですか?」
「ああ、里の若い衆が成婚してな」
「なるほど……」

 白無垢姿の女性は、美しい。
 普段から美人なのかどうかなど、わからない。
 けれど幸福に包まれた女性の姿は、たいそう美しいものだった。

「いつか、霊夢も……」
「いやいや、それを心配するには気が早い」
「私に勝てたら、結婚を認めましょう。負けは認めませんが」
「いやいやいや、鬼でも連れてこいと?」

 そして、負けを認めないなら終わらない。
 見ない間に“親バカ”と化した文を見て、慧音は冷や汗を流した。
 霊夢に結婚を望む相手は、妖怪の山と戦わなければならないのだ。

「あやや! あやや! あややや!」
「やが多い。それは木彫りの鴉の方じゃなかったの?」
「かんだのよ」

 いつの間にか、霊夢が文の足下まで来ていた。
 文は霊夢の髪を手で梳かすと、黒い瞳を覗き込む。

「けっこん、けっこんするんだって! わたしもけっこんするのかな?」
「はいはい、結婚するのは良いけど、そんなにお転婆じゃもらい手が無いわよ」

 先程までと、言っていることが違う。
 けれど慧音は、文の身体が小刻みに震えていることを、見逃さなかった。
 というか、今にも分身しそうな勢いで震えていた。

「いいわ、べつに」

 霊夢がそう零すと、文の震えが止まる。
 そんな文を、慧音が眼を細めて見ていた。

「――あややをおよめにもらうから」

 文の身体が、びくんと跳ね上がる。
 けれども、声は至って平常運転。
 おかしなところは何もない。

「何言ってるのよ。女同士で結婚はできな――――って私が嫁っ?!」
「今更か」

 慧音の冷静なツッコミにも、動じない。
 甲斐性だったら自分の方がなどと考えていた文に、慧音の声は届かなかった。

「あ、まりさ! ちょっと待ちなさいよ」
「ぁ」

 霊夢はそれだけ告げると、さっさと走り去ってしまう。
 文はその後ろ姿眺めて、そっと口元を綻ばせた。

「良い里、ですね」
「ああ、自慢の里だ」

 慧音の顔を見て、文はわかったような気がした。
 誰かを護り、そうして得られるものは“笑顔”くらい。
 それでもその“笑顔”がどれほどの価値を持つのか。

 霊夢と触れ合うことで、文はその意味を掴み取っていた。

「私は、里に近い天狗になりましょう」
「文殿?」
「ご恩と、笑顔の為に」

 仄かに耳を赤くした文が、立ち上がる。
 一度だけ慧音に礼をし、そうしてから霊夢の方へ走っていった。
 文が僅かに見せた、恥ずかしそうな表情。

 それに慧音は、そっと頬を緩ませた。

「里に最も近い天狗、か。それは――なんと平穏で得難い世界なのか」

 得難い世界。
 人も妖怪も、笑って隣り合える世界。
 人と妖怪を繋げて見せたあの幼い少女ならば、それも叶うのではないか。

 文に抱き上げられて、喜ぶ霊夢。
 彼女たちの姿を見て、慧音はそんな“幻想”を思い描いた――。







――四番三枚目/でれいむとあややのけつい――



 人里で昼食をとり、博麗神社に帰る。
 それからしばらく経ち、夕方になろうという頃、霊夢はぼんやりと空を見上げていた。
 夕立でも来るのではないか、そんな風に思わせるほどに、雲が重なっている。

「どうしたの? 霊夢」
「あ、あやや」

 夕飯の仕度に取りかかろうとした文が、縁側の霊夢に声をかける。
 霊夢は文の姿を視界に納めると、また、空を見上げた。

「まりさが、“ゆうやけはすごくきれいだぜ、しらないんだな? ふぅん”って」

 どんな流れでそんな会話になったのか、文には皆目見当も付かない。
 けれど魔理沙の得意げな表情が思い浮かんで、文は顔を引きつらせた。
 霊夢は、そこまで余裕を持って、夕焼けを見たことが無かったのだ。

「うーん、それなら」

 文は霊夢の腋に手を入れると、持ち上げて抱きかかえる。

「あやや?」
「せっかくだから、夕飯前の運動よ」
「え?」

 霊夢を抱きかかえたまま、文は空へ舞う。
 その速度に、霊夢はぎゅっと目を瞑っていた。

 風を越え、雲を飛び、やがて霊夢は強い光を覚える。
 瞼の裏を照らす光を感じて、更に強く目を閉じた。

「開けて見なさい」
「う、うん」

 文に促されるまま、彼女の腕の中で目を開ける。
 そうして――――目を瞠り、息を呑んだ。

 眼下に広がる雲の波。
 雲海から伸びる、燃え上がるような朱色。
 なんの障害物もなく見える夕焼けに、霊夢は声も出せずにいた。

「どう?」
「うん」

 一言、呟いて。
 それからまた固まる。
 文はその様子に苦笑すると、夕焼けに魅了される霊夢の姿を、カメラで撮影した。

「あやや」
「なに?」
「だいすき」
「知ってる」

 日が落ち始めた頃。
 文は漸く、高度を下げ始めた。
 落ち行く夕焼けを名残惜しそうに見る霊夢を、見つめながら。

「また見よう」
「うん、またみたい」

 いつになく静かな霊夢。
 大人しい彼女に苦笑しながら、文は一つの決意を固めていた。
 何日か前から目指し始めた姿を、固めていた。

 博麗神社に辿り着くと、霊夢は放心していた己を取り戻す。
 そうしてからまた元気に駆け巡る姿は、可愛らしい。
 文は元気な霊夢が、なによりも好きだった。

「さて」

 そっと空に、視線を向ける。
 降りだした雨も、夕立ならば直ぐに止むことだろう。
 その後に広がるのは、霊夢の瞳のように黒い、宵闇だ。

 夕食を作る為に、台所へ向かう。
 そんな文の瞳には、緩やかな“決意”が込められていた。






 文は、ここ最近考え続けてきたことがあった。
 博麗神社の屋根の上から、朝焼けを見つめる。
 紫を帯びたその輝きに目を伏せると、彼女の周囲に風が集まった。

 ふと見上げた空は、未だ夜の残り香漂う瑠璃色だ。
 やがて紫雲が朱を纏い、青へと変わっていくことだろう。
 穏やかで澄んだ心で見る空は、こんなにも豊かな感情に満ちている。

 それをいつまで覚えていられるのか、文にはわからない。

 霊夢は、もう魘されなくなった。
 けれども文は、霊夢の傍を離れない。
 彼女に一時でも長く、彼女の好きな温かさを与えてあげていたかった。

「私は――」

 文はそっと、手帖を手に取る。
 風が集まって運んできたのは、自分の新聞。
 渦を巻く新聞の束に、文は自分の手帖を投げ入れた。

「刻め」

 一言、告げる。
 すると、舞い上げられた新聞と手帖が粉々に斬り裂かれ、紙吹雪となって空に消えた。
 それを最後まで見届けた頃には、瑠璃色の空は茜色へと変わっていた。

 真新しい手帖を取り出し、真新しい万年筆を手に取る。
 この万年筆は、にとりに頼んで作ってもらったものだ。
 なにもかもを新しくする為に、換えたものだ。

「――“ほんとう”を、記そう」

 人間の寿命は、短い。
 どんなに相手のことが好きでも、好きだからこそ終わりは早い。
 足踏みをしていたら、あっという間に忘れてしまう。

 十年経ち、二十年経ち、三十年経ち。
 花が世界に満ちる六十年後の世界で、自分はどれほどの思いを手に持っていられるのか。
 文はそれを考えて、胸元を掴んだ。痛みに、耐えるように。

 忘れてしまう。
 それが自然の摂理だから、忘れてしまう。
 そのことが文は、無性に嫌だった。

 だから。

「新聞を書こう。ただ、彼女と過ごす“ほんとう”を刻み続ける新聞を」

 如何なる未来が訪れようと。
 その瞬間を、その刹那を、写真と記事に刻み続けよう。
 それこそが、文の新しい“新聞”への思いだった。

「“あやや”、か。ふふ、なら新しい名前は、これ」

 文と文、二つ繋げて句点を打つ。
 万年筆で手帖に綴られたのは、そんな意味から生まれた名前。

「“文々。新聞”……これでもう、安直だとは言わせないわよ」

 ほんとうを綴る新聞。
 起こったことは、噂だけではなく裏を取り。
 ただただ、毎日の“ほんとう”を綴る。
 面白おかしいこと、悲しく辛いこと、なんでもない日常。

 余すことなく、幻想郷の全てを。

「清く正しい新聞。うん、良いじゃない」

 それだけ呟いて、屋根から降りる。
 青に染まりきった空の下、やるべことが、まず一つ。

 霊夢と食卓を囲む為に、朝食を作ろう。
 そう足早に駆ける文の顔には、柔らかな笑みが浮かんでいた――。
















――五番一枚目/ぷにれいむとあややのかっとう――



 それから文は、様々な光景をファインダーに収め始めた。
 霊夢と過ごす日々、その一瞬一瞬を逃さない為に。
 彼女の笑顔を写真に切り取り、アルバムに収めていく。

 日常のちょっとした出来事。
 夕焼けが綺麗だった、里の近くで猫が子を産んだ、河童が新発明をした。
 何でもないことを写真に撮って、真実を言葉で装飾して、けれども嘘は書かないで。

 妖怪に詰まらないと言われても、文は新聞を書き続けた。

「あ、あややっ、これどうしよう!」

 縁側で記事のネタを纏めていると、境内から声が聞こえた。
 賽銭箱の前まで回ってみると、落ち葉に埋もれる霊夢が見えて、文は苦笑を零す。
 身の丈に合わない竹箒で掃除をしようとして失敗したのだろう。

「もう、しょうがないわね」

 落ち葉に戸惑う霊夢を見て、一枚撮る。
 それから文は、つむじ風を起こして落ち葉を舞い上げた。
 ゆらりゆらりと降る焦げ茶色の雨に、霊夢は瞳を輝かせる。

「わぁ」

 落ち葉に両手を広げ、笑顔を浮かべる霊夢。
 彼女の写真をもう一枚撮ると、文は風で落ち葉をまとめ上げた。

「ありがとう、あやや! もういっかい!」
「もう一回汚してどうするのよ」
「えー」

 頬を膨らませて、文を見る。
 つついたら面白いように空気が抜けるであろうそれに、文はため息を吐いた。
 彼女の“この”目に弱いのは、今に始まったことではない。

「……もう一回だけ、だからね」
「うんっ」

 再び舞い上がる落ち葉。
 舞台の上で踊るように、くるくると回る霊夢。
 かけがえのない時間と、その意味。

 文はもう一度だけ写真を撮ると、霊夢と並んで落ち葉を見上げる。
 もうすぐ緑の葉は狂い、皆朱色に染まることだろう。
 そうなる時まで、霊夢と一緒に居られるのか。

 自問しつつ、文は強く目を瞑る。
 異種族間の平穏は、永遠ではない。
 それは自然の摂理なのだと……文は、心のどこかで自覚していた。






 写真を撮ったら、その次は現像が必要だ。
 定期的に現像し、記事を書き、新聞を印刷する。
 この為には妖怪の山の奥まで行く必要があり、霊夢を連れて行くことが出来なかった。

 そういったときは、名残惜しくも、霊夢の世話はにとりや雛に任せる。
 昼寝時を狙ってはいるのだが、万が一帰るよりも早く起きてしまったときに、誰もいないという事態を避ける為に。

 妖怪の山には入り、河童の谷を抜け、滝の向こうまで飛ぶ。
 滝の裏側は哨戒天狗――白狼天狗たちの縄張りで、鴉天狗はその更に奥を住処としていた。

「ふぅ」

 ここ最近、記事を書く為だけに使っている小屋。
 最低限の家具と現像道具しか置かれていないそこが、文の自宅だった。
 博麗神社に住み込み始めてから、この家はほとんど放置されていた。

「あれ?」

 ふと、文は自分のポストに新聞が入っていることに気がついた。

 天狗は皆、好き勝手に新聞を作ってばらまく。
 人間の里寄りにばらまいているのは文くらいで、あとの天狗はこうして余所の家に突っ込んだりと、妖怪相手でもやりたい放題だ。

「迷惑な……誰の新聞が?」

 好き勝手に配っているという点では文も同様なのだが、彼女はそれを棚に上げる。
 そうしてから、文句をぼやきながら新聞を広げた。

「『妖怪の力が減っている、積極的に人間を襲うように』……は?」

 慌てて、新聞のタイトルを見る。
 新聞のタイトルで、誰が出したものなのかだいたい判明するからだ。

 だがそこにあったのは――“新聞”などではないという、証だった。

「大天狗様の、通達書?」

 社会に所属している以上は、上司がいる。
 厄介な管理職に身を置くことを疎んで、文は実力よりも下の地位にいた。
 だからといって、“この”大天狗の派閥に所属している訳ではない。
 けれど、蝙蝠では居られないから、通達された以上は何かしらの反応をすべきだ。

 穏健派も居るだろう。
 過激派も居るだろう。
 天魔の決定を待たずして、動き出すほどのものも、当然居る。

 全ては社会を回す為に。
 そうして動いてきた天狗たちが、人間と敵対する風潮に動きつつある。
 通達書という形でそれが伝わってきた以上は、もう避けることは出来ない。

「敵対……人間と?」

 米屋、茶屋、八百屋、魚屋。
 寺子屋の慧音に、道具屋の一人娘である魔理沙。
 そしてなによりも大切な、小さな巫女――霊夢。

 文は、知りすぎてしまっていた。
 人間達が放つ力強さと、温かい笑顔を。

「…………」

 文は通達書を丸めると、家の中へ放り投げる。
 それが逃げだとわかっていても、混乱した頭は答えを出してくれない。
 ただ、熱と痛みと……途方もない冷たさを、文に与えていた。

「霊夢、私は……」

 呟いて、踵を返す。
 ここで人間を守りでもしたら、それは既に穏健派ではなく、“人間の味方”だ。
 無用な争いを避けるのが穏健派なのだから。

 人間のみを護り妖怪を攻撃するのであれば。
 その天狗は――“異端者”として社会から、弾かれる。
 天狗は社会の中で生きる。社会から弾かれた天狗は、どの勢力からも受け入れられない。

 文はそれをよくわかっていたからこそ、答えが出せずにいた。



「くっ」

 唇を噛んで、空を飛ぶ。
 どうにか考えを纏めたいと思い、気がついたら人里の近くまで来ていた。

 咄嗟に人間に見つからないように術を掛け、それでも寺子屋の側まで来てしまう。
 翼を隠せていないのに出て来たら、流石に見つかってしまうことだろう。
 外見を繕うことも含めて、“人間に化ける”ということに繋がるのだから。

 寺子屋の屋根。
 その上に降り立ち、息を潜める。
 食欲の対象でしかなかったはずの子供たちの声が、今は何よりも文を落ち着かせてくれるのだ。

 しかし、聞こえてきた声は――文の望んだものでは、なかった。

「――ですから、博麗の巫女は既に妖怪の手に落ちているかも知れないのです!」

 息を呑み、思考を停止させる。
 そうしながらも、文は反射的に、耳を澄ませていた。
 風の噂を拾うように、風から声を拾い得るために。

「しかし、根拠は?」

 声を張り上げたのは、男性。
 答えたのは、慧音のものだった。
 寺子屋だからそれが当たり前なのだが、文はその程度の事にも思い至らなかった。

「既に博麗の巫女の備蓄は切れているはず。なのに、一向に里に訪れないのです!」

 その言葉に、文は身体を硬くする。
 文が来た時点で、備蓄はあと僅かだった。
 それは、先代の巫女が定期的に買っていたということではないのか。

 備蓄が、切れる。
 なのに買いに来ていないのであれば、それは。

「幼い娘も居たはずです! ならばその子が妖怪に操られ、神社は既に――」
「滅多なことを言うべきではない」
「――ですが、いえ……言葉が過ぎました」

 慧音の声で、男性が落ち着く。
 半妖でありながら、彼女は強い信頼を得ていた。
 だからこそ、里から“有志”により集まった人間達に、意見を求められているのだ。

「ですが、もし巫女が囚われているにせよ……危惧する事態になっているにせよ」

 貫禄のある声が、響く。
 年老いた風貌の彼は、この里の長だった。

「救いに行かねば、なりません」

 里長の言葉に、慧音は重く頷く。
 その気配がどこか躊躇していると……そう感じたのは、屋根裏で身を潜めていた、文だけだった。

「明日の昼、人を集めて神社へ行きます。その時は、どうか――」
「――ああ。私が、皆を導こう」

 妖怪に襲われる可能性を考慮して、慧音が頷く。
 それに、里の有志たちから歓声が上がった。
 人里の守護を任されるほどに力を持った慧音の力を、借りられたのだから。

「だが、決行の日だが、少しずらしていただきたい」
「ですが! こうしている間にも巫女は……」
「鎮まりなさい。して、理由はどういったものなのでしょう?」

 里長が、再び男性を抑える。
 慧音はそれに、会釈を以て感謝を示した。

「三日後は、満月だ。例え昼時でも、力を発揮しやすい」
「……万全を備えるのですね。であるならば、我々に拒む意思はありません」

 里の有志も、その言葉に強く頷く。
 里を担う男たちは、“命を賭しても生きて帰る”必要があったのだ。
 だからより生き残る可能性が高くなるのであれば、その手段を選ぶ。

 それが彼らの、“責任”なのだから。

 里長たちが帰り、少しすると、寺子屋は静まりかえった。
 妖怪たちが不穏な動きをし始めたので家に篭もっているのだが、文はそれを知らなかったのだ。

 彼らの話が終わり、それでも文は動けない。

「私に、“歴史を隠す”術は通じない。化けるとは、ひとの歴史を隠すことだからな」

 風が伝えた声に、文は身体を震わせる。
 独り言で零すような内容では、ない。
 それは、屋根に潜む文に宛てられたものなのだと、文は直ぐに気がついた。

「だから、最初に見たときにわかっていた。あの子の――霊夢の、役目を」

 それでも慧音が動かなかったのは、文を庇う霊夢に“偽りの歴史”を感じなかったからだ。
 操られて吐かされた、歪んだ思いを感じさせないほどに、強い瞳だったからなのだ。

「けれど、それでは回らないこともある」

 声が低くなり、同時に文の心が落ち着き始める。

「けれど、それでも私は、貴女の在り方が間違っているとは思えない」

 間違ってなんか、いない。
 その言葉に、文は心が軽くなるのを感じた。

 霊夢と過ごしたあの日々は――間違いなんかじゃないのだ、と。

「三日後の昼、それまでは私がここを鎮めよう」

 言われて、文は羽ばたく。
 礼を言うように、軽く屋根を蹴って飛び上がった。

 人間に見つからず。
 妖怪に見つからず。
 妖精に見つからず。

 ただただ、雲を突き抜けて。

「ぁ」

 文は、己が涙を流していることに気がついた。

 妖怪の山から離れて、霊夢を匿い、生きていけるのか。
 妖怪の山から離れず、霊夢を抱え、暮らしていけるのか。

 文の頭は、既に答えを出していた。
 けれど、文の心は――それを、拒んでいた。
 まだ心の準備も出来ていない。
 あまりにも、急すぎる、と。



――けれども、それでは誰も救われませんわ――

「っ!?」




 背後から響いた声。
 艶美で妖しげで、流麗な音色。
 それに文は、勢いよく振り向いた。

 雲の上。
 空の“中”に、亀裂が入る。
 両端をリボンで結ばれていながらも、そこに可愛らしさは感じられない。
 亀裂の向こう側から――妖怪の本能に警告を与える、無数の“目”が覗いているのだから。

「だ、れ……?」

 亀裂から、傘が伸びる。
 白い卍傘が顔を出し、それからゆっくりと“上半身”が出現した。

「御機嫌よう、鴉天狗さん。いいえ――」

 紫の服に、フリルの着いた帽子。
 黄金の髪と黄金の瞳を持った、妖艶――妖の美――な女性。
 彼女から醸し出される圧倒的な“力”と、妖怪をも惑わす“魅了”に、文はたじろいだ。

「――“あやや”と呼んだ方が、良かったかしら?」

 眼を細めて告げられた一言に、文は我に返る。
 人を喰ったような態度、裏がありすぎて窺えない笑み。
 なにもかもが胡散臭く、いまいち信用できない存在だった。

「貴女は……まさか」

 そんな極端な印象を持つ妖怪だ。
 文が“風の噂”で捉えたことがないなんて、そんなことはないだろう。
 となれば、答えは自ずと見えてくる。

「妖怪の賢者……八雲、紫」

 文の言葉に、妖怪――紫は、目を眇める。
 文の内側、その全てを見通し見抜くような、透明な瞳で文を見た。

「あら、ご存知でしたのね、あや――」
「――黙りなさい。その名で呼んで良いのは、霊夢だけよ」

 格上の相手だ。
 これまでだったら下手に出る、妖怪だ。
 けれど文は怒りと誇りを持って、紫の言葉を一蹴した。

「そう。それなら、それでもいいわ。貴女がそれでも“できる”のなら」
「っ」

 しかし、紫の言葉はなお、文を貫く。
 霊夢に愛着を持って、それでもできるのかと訊ねた。
 霊夢と……“別離”することが可能なのか、と。

 紫の視線には、強大な力が込められていた。
 ――文にして意識を保つことがやっとだと、そう思わせるほどの力が。

「ふふ、つい意地悪をしてしまいましたわ」
「え?」

 けれどそれも、直ぐに霧散する。
 紫はまた、胡散臭い笑みに戻っている。
 そこに、文を射殺そうとせんばかりの眼光は、込められていなかった。

「貴女が、彼女と過ごせたから」
「それって……ああ、そうか、本当なら」

 本来ならば、紫が負うはずだったこと。
 それが“霊夢”を育てるということなのだと、文は気がついた。

「けれども何故、人間に育てさせようと思わなかったのですか?」

 その声が、哀愁に満ちていたから。
 だから、文の声からも怒りが消えて、ある種の敬意を含んだものに変わっていた。
 彼女こそが幻想郷の管理人――文の愛する郷の、守護者なのだから。

「人間と妖怪、二種族の手に委ねられ別れを得れば、巫女として“完成”するのです」

 それは――残酷なことだ。
 霊夢に全てを負わせ、霊夢の心を“空虚”に止める。
 それはひどく残酷で、納得のいくものではない。

 けれど……文は、気がついていた。

「妖怪と人間、相容れないからこそ中立を保つものが必要」
「ええ、そう。そしてそれが、博麗の巫女の役目」

 こんなに早く、代替わりをするとは。
 ……紫はそう続けて、眉を落とす。
 今この場で文に語りかけているのは、胡散臭い大妖怪ではない。

 役目に間に合わなかった、ひとりの妖怪なのだ。

「だから私が、その役目を負うはずだった。彼女の死が、結界に綻びを生まなければ」

 先代の巫女が死に、結界が歪んだ。
 その対応に式と共に追われて、片付いた頃には――文がいた。

「告知せずに告げた役目です。貴女が望むなら、あの子と貴女の記憶を――」
「――悪い冗談、ですよ」

 紫の言葉に、文はゆっくりと首を振る。
 もう、答えは出ていた。

「あの日々を忘れることは出来ません。例えそれが」

 息を呑み、目を伏せる。
 走馬燈のように巡る記憶が、文の脳裏で疼いた。
 最初の内は辛く当たって、けれども彼女の温かさに心を綻ばせて。
 そうして最後には、霊夢もまた、笑顔を見せてくれた。

「例えそれが、“私だけの宝物”に、なったとしても」

 例え霊夢が忘れ、文だけ覚えていてしまっても。

 霊夢にとっての幸福は、何であるのか。
 彼女が最も幸せになる為に必要なものは、何であるのか。
 人里に満ちた温かい光景に思いを寄せて、文は小さく微笑んだ。

「そう……なら、私から告げられることは、なにもありませんわ」

 目を伏せる紫に、文は一礼をする。
 そうしてから、方向を変えて翼を広げた。
 黒い翼に陽光が当たると、その黒に滑らかに吸収された。

「御機嫌よう、鴉天狗さん。それから――」

 空を駆け、博麗神社を目指す。
 もう時間は余りなく、だからこそやりたいことが沢山あった。
 もっと多くの写真を撮り、もっと多くの思い出を刻む。

 そのために急ぐ文の耳に……最後に、声が聞こえた。

――ごめんなさい、ありがとう。

 寂寥と哀切を背に、文は飛ぶ。
 一分一秒でも長く……霊夢の傍に、居る為に。






 博麗神社の縁側に、音もなく降り立つ。
 まだ昼を過ぎて、少し経った程度。
 思ったよりも時間が経っていなかったことに、文は安堵する。

「おかえりー、文」
「お帰りなさい、文」

 布団で眠る、霊夢の傍。
 声を潜めて微笑む二人に、文もそれを返す。
 思えば彼女たちも、霊夢のおかげで知り合えたのだ。

「よく寝てるよ、れいむ」
「ええ、そうみたいね」

 霊夢の傍まで歩み寄り、頬をつつく。
 ぷにぷにと弾力のある頬は、文の癒しだ。

 この柔らかな頬に浮かぶ笑顔。
 その温かさを、文は知っている。
 それを護っているのが幻想郷で、失ってはならないものであるということも。

 だから文は、指を離して顔を上げた。
 文の指を掴もうと無意識のうちに泳ぐ、霊夢の幼い手から名残惜しそうに逃れて。

「ねぇ、にとり、雛」

 文の落ち着いた――落ち着きすぎた――声に、二人は同時に首を傾げる。
 どうにも、文の様子がおかしいということに、気がついていた。

「ちょっと話したいことがあるんだけど、いい?」

 友達に、話そう。
 これから自分が負う“罪”を話そうと、文は呟く。
 その悲しげで、けれど揺るがない声に……にとりと雛は、頷く事しかできなかった。






 ――文が。語り終える。
 すると境内に、重い沈黙が降りた。
 霊夢に聞かれないように、鳥居の上まで移動してきたのだ。

 にとりは悔しげに唇を噛み、それでも納得しているのか声は上げない。
 雛は目を伏せたまま動かず、けれどその肩は小さく震えていた。

「いつ、なの?」

 雛の声が、静かに響く。
 にとりはそれに、顔を上げた。

「三日後の、早朝までよ。昼には、もう」
「そんなに、早く」

 あと少ししか、時間がない。
 三日後の朝に去らなければならないのなら、残された時間はあと二日。

「……ならそれまでに、たくさん思い出を作らないとね」
「ぁ」

 雛の言葉に、にとりは目を瞠る。
 今しなければならないことを、今しかできないことを思い出して。

「でも、文が去って、霊夢は大丈夫なの?」
「何を言っても、子供の戯れ言とされるわ」

 言いながら、文はもう一つの要素を思い浮かべていた。
 霊夢の不利にならないように取りはからってくれるであろう、半妖の女性。
 慧音という要素があるから、おそらく最高は得られなくとも最良の結果には導かれることであろう、と。

「そろそろ、起きる頃ね」

 文はそう呟くと、羽ばたく。
 その背中に翳りはなく、ただ深い決意だけがあった。










――五番二枚目/ぷにれいむとかのじょのおもい――



 枕元に響いた音。
 頬に残る温かさに、霊夢は目を醒ました。

「あやや、いる?」

 手を伸ばして、掴もうとする。
 文がどこか遠くへ行こうとしている。
 霊夢は何となく、そう思った。

「いるよ」

 けれど、霊夢の手に細い指が収まって、安心する。
 文が傍にいてくれるのなら、目を開くことも怖くはない。
 暗闇の中から救い出してくれるのは、いつも深い“黒”なのだから。

「えへへ、あやや」
「なによ、急に」
「なんでもないわ」

 身体を起こして、文と目を合わせる。
 普段はぎこちない笑みを浮かべている文も、こうすれば自然と柔らかい笑みになった。
 霊夢は文のこの笑顔が、なによりも好きだった。

 離れたくないと、思うほどに。

「霊夢、にとりたちが来たから川遊びでもしようか」
「うんっ! あややのゆうはんはわたしがつかみとるわ!」
「そう、楽しみにしているわよ、霊夢」

 文に手を引かれて、霊夢は起き上がる。
 体力は充填完了。あとは元気に駆け回って、文のさらなる笑顔をゲットするだけ。
 それだけで、霊夢は幸福を得られるのだと、一人笑っていた。

「明日は山菜を集めよう」
「さんさいとりね! だいとくいよ」
「やったことないでしょ、もう」

 文の手は、少しだけ冷たい。
 けれど背中に広がる翼がなによりも温かいから、霊夢はそれが文の心の温度なのだと考えていた。
 記憶の中の“誰か”が、霊夢を包んでくれたとき。
 その時の優しい香りが、文の翼から感じるから。

 太陽の光をいっぱいに浴びた、健やかで温かな香りが。

「後は、なにがやりたい?」
「あややとおりょうり!」
「いいわよ。怪我しない程度にね」

 文の声は、綺麗で優しい。
 何時も完全に突き放したりはせず、最後には受け入れてくれる。
 最近は突き放そうともしなくなったことが、霊夢は密かに嬉しかった。

「今日は一緒にお風呂、入ろうか」
「みんなでせなかのながしっこね! まりさが、こいびとのきほんだって!」
「……それは忘れなさい」

 泣き虫で弱虫で、勝ち気で好奇心豊かな友人。
 彼女が文を見て“びじんだっ”と言ったとき、霊夢は思わず嬉しくなった。
 褒められたのは、自分じゃないはずなのに。

 だから霊夢は、魔理沙に言ってやったのだ。
 記憶の中の誰かが、自分に告げた言葉。
 それを微かに、思い出しながら。

――真剣に護りたいって。だから、お嫁さんにしてくれたのよ。
『あたりまえでしょ! あややはわたしの“およめさん”なんだからっ』

 霊夢が、心の底から護りたいひと。
 失いたくないから、笑顔を見ていたいから、笑顔で居て欲しいから。

 一緒に居て欲しいと、願うひと。

「ねぇ、あやや」
「なに? 霊夢」

 ちび巫女。
 そんな風に呼ばれていたことも、あった。
 けれど霊夢は、その呼び方も嫌いではなかった。

 一緒に過ごした一瞬一瞬が、何よりも輝いていたから。

「だいすき」

 だから、想いの丈を紡ぐ。
 一言で言い表せるものではないけれど、それ以上言葉を連ねたくなかった。
 だから霊夢は自分にできる“最高の笑顔”で、文に想いを告げた。

「だいすきよ、あやや」

 文は目を瞠り、けれど徐々にそれを柔らかくする。
 そうしてから、しゃがみ込んで、霊夢と視線を合わせた。

「私も大好きよ、霊夢」

 文が、霊夢の額に己のそれを合わせる。
 こつん、と温かい音がして、霊夢は頬を綻ばせた。

「うんっ」

 そうして、文の顔が離れていく一瞬を、霊夢は捉える。
 捉えて、捕えて、背を伸ばした。

「へ?」

 己の頬に触れた、少しだけ乾いた“やわらかな”もの。
 文はそれに目を瞠り、次いで視線を落とした。
 頬を上気させてはにかむ、霊夢の下へ。

「はぁ、まったく」
「えへへ」

 霊夢の頭に手を乗せて、髪を梳く。
 くすぐったそうに笑う霊夢に、文は苦笑した。
 どこで覚えてきたのか、どうせ少しマセた、耳年増な彼女の友人だろう。
 黄金の髪の下、得意げに笑う表情を思い浮かべて、文は苦笑した。

「でも、まぁ」

 自分の頬に手を添えて、文は微笑む。

「悪くない、かな」

 その感触を思い出して。
 はにかむ笑顔に、そっとシャッターを切った――。










――五番四枚目/ぷにれいむとわかれのあさ――



 にとりと一緒に川遊び。
 泳ぎ方に魚のとり方、気がつけば、川に流されかけて。

 雛と一緒に山菜採り。
 厄神様に手ずから教わる、美味しい山菜の食べ方。

 文と一緒にお風呂に入って。
 文と一緒に料理をして。
 文と一緒に過ごして。



 文は霊夢の為に、用意できる全てを用意した。



 二日間で撮った写真は、多い。
 けれどもそれで十分かと問われたら、文は首を振ることだろう。
 十分だと納得することなんて、きっと出来はしない。

 そう思っていながらも、文はカメラをしまった。

「ごめんね」

 朝と夜の狭間。
 薄暗い博麗神社で、健やかに眠る霊夢。
 文は霊夢の隣から抜け出すと、彼女の頬に手を添えた。

「大好きよ、霊夢」

 霊夢の額に唇を落し、微笑む。
 けれどどんなに笑って見せても、涙を止めることは出来なかった。
 文の瞳からこぼれ落ちた雫は、霊夢の頬に落ちる。

 まるで霊夢が、文と一緒に泣いているかのように。
 彼女の頬に、熱が一筋残された。

「ごめん、ね、霊夢……っ」

 霊夢を置いて、その場から走り去る。
 足早に縁側から外へ出て飛び立つと、ただ、上空へ昇った。

 誰にも見つからないように、高く、高く、高く。
 雲の上まで昇りきると、文はそこで耳を澄ませる。
 最後まで聞いておくことが、風を操り耳にすることが、己の義務なのだと。

 例えそれが、償いにもならない自己満足だとわかっていても。






 なにかが壊れる音を、捉える。
 それが何であるかなど理解できないまま、霊夢の意識が浮上した。

「あやや、いる?」

 そう言えば、文は答えてくれる。
 優しい声と少しだけ冷たい手で、霊夢を包んでくれる。
 その確定的な未来に霊夢は――首を、傾げた。

「あやや?」

 途端に、霊夢は目を開けるのが怖くなった。
 けれども、それでも、開けなくてはならないと知っていた。
 心の何処かで、霊夢自身がそう告げていた。

「あやや? どこ?」

 上半身を起こして、寝ぼけ眼を擦る。
 温かな翼は隣になく、寝室はがらんとしていた。
 羽の一枚も、落ちていない。

「あやや? ねぇ」

 畳の上を、歩く。
 傍にいなかったことなんか、ないはずなのに。
 気がついたら隣りに立っていて、髪を梳いてくれる。
 優しく微笑んで、抱き上げてくれる。

 雲を突き抜けて、空を見せてくれる――はずなのに。

「あやや?」

 自然と、小走りになる。
 温もりを求めて、霊夢は走り出した。

 食卓に駆け込み。

『霊夢、ほら、いただきます』

 台所へ走り。

『手を切らないように、気をつけなさいよ?』

 縁側へ出て。

『これ? 新聞記事、よ』

 境内を見て。

『さ、掃除よ!』

 荒くなった息を、整える。
 思い出ばかりが先行して、うまく考えが纏まらなかった。
 それでも一生懸命探せば見つかるはずだと、霊夢はただ文の影を求めて走る。

「あやや、どこ? あやや! ……っ?!」

 急いでいたから足が縺れて、霊夢は思いきり転んだ。
 板の間に額を打ち付けて、痛みで涙が溢れてくる。
 けれど、それでも、霊夢は立ち上がった。

 痛みなんか、どうでもよかった。
 そんなものよりも、今はただ、温かさが欲しかった。

 神社の裏手。
 大きな石の前。
 痛む身体を引き摺りながら、何度も転びながら、霊夢はそこに辿りつく。
 そうして泥だらけになるのも構わず、石の前に転がり出た。

『私は妖怪の山の鴉天狗。名を、射命丸――あややっ?!』

 声が聞こえた気がして、霊夢は顔を上げる。
 大きな石の上、翼を広げて佇む影。

「あや、や?」

 けれどもそれは、幻のように霞み。

「あややっ」

 やがて――溶けて、消えた。

「あややーっ!!」

 声が、博麗神社に響く。
 それほどまでに大きな声だというのに、文からの返事はない。
 颯爽と駆けつけてくれるはずの翼が、霊夢の前に現れない。

「あやや、あややっ、あややっ!」

 声が嗄れるほど呼んでも。
 喉が痛み出すほど声を張り上げても。

「うぁ、ぁぁぁぁ」

 霊夢の前に、彼女の大好きな笑顔は――――現れなかった。

「ぁぁぁ、うわぁぁぁっ、あああああぁぁぁ、うぇっ、えぇぇぇ」

 泣くときは何時も声を押し殺していた霊夢が、空を見上げて泣き叫ぶ。

「わぁぁぁっ、あぅっ、うぁぁぁ、っ、ひっ、うぇっ、あぁぁ、わぁぁぁぁっ」

 目を腫らし。
 涙を呑み。
 痛みを堪え。



 その悲痛な声は、空を貫き。
 雲の遙か上にまで、届かせた。
 黒い翼で己の身を包み込む、文の下まで。



――うあぁ、わぁ、うぇぇぇぇっ
「ごめ、んね、れいむっ、ごめんねッ」

 霊夢と同じように、文もまた涙を流す。
 けれども彼女に気がつかれないように、声を押し殺して頬を濡らす。
 噛みしめた唇から血が滲もうと、握りしめた掌が痛み出そうと。

――うぁぁぁぁぁぁあああぁっ
「ごめん、ごめんなさい、霊夢!」

 声が重なる。
 空の上と下で、同じ声が連なる。

 まるで――――幻想郷が、泣いているかのように。








 鍬や鉈、刀に槍などで武装した男たちが、博麗神社の境内を走る。
 幸いなことに、この道程で妖怪に遭遇することはなかった。
 けれど、だからこそ、目的地である神社で気を抜くことが出来なかった。

 里の有志により集まった、義勇の兵。
 その中でもことさらに血気盛んな男性が真っ先に乗り込んで、直ぐにその声を捉えた。

「おい! 子供が泣いているぞ!」

 子供の泣き声だった。
 いつから泣いていたのかわからないが、聞き取るのがやっとなほどに弱々しい。

「慧音先生! あっちです!」
「妖怪は居ないか? 良く探せ!」
「慧音先生! さぁ!」

 神社の中に、男性たちが散っていく。
 慧音も、ただ立ち止まっている訳にはいかなかった。

「……ああ、わかった」

 慧音は促されて歩く前に、ただ一度だけ、空を見上げる。
 すると己の頬に温かい“雨”が降り、それを拭った。

「泣いているのか」

 唇を噛み、俯いて。
 しかし顔を上げて、前を見る。



 託された願いを、紡ぎ出す為に――。
















――終番零枚目/霊夢と文――



 幻想郷に、花が満ちる。
 桜、牡丹、百合、紫陽花。
 季節に関係なく、どこもかしこも花だらけ。

 一輪だけなら良い香りなのに、これでは台無しだ。

「はぁ、面倒ね。勘が働かないし」

 肩口から腋まで大きく空いた、改造巫女服。
 なんとも俗な雰囲気を醸し出しておきながら、それを身に纏う少女は花よりも可憐だった。
 可憐で、そして澄んでいた。

「よう霊夢! 異変だぜっ」

 巫女服の少女――霊夢が顔を上げると、そこには黒白の少女が居た。
 彼女は霧雨魔理沙と言って、霊夢の幼い頃からの“悪友”だ。
 腐れ縁と言い換えても良いだろうと、霊夢は一人で納得していた。

「アンタはいつも元気で、羨ましくないわ」
「ないのかよ!」

 テンポの良いツッコミに、霊夢は密かに満足した。
 良い反応を返してくれるから、霊夢もついついからかってしまうのだ。
 それを魔理沙に告げる気は、毛頭無いのだが。

「異変だってのに、霊夢は元気がなさ過ぎるんだよ」

 魔理沙はわざとらしく肩を竦めると、箒をくるりと回した。
 霊夢はこの元気“過ぎる”少女と何処で出会ったのか、覚えていなかった。
 けれど頭の横で揺れる白いリボンを結んだ記憶だけは、ぼんやりと覚えていた。

「とにかく! 私は行くぜ? 今日こそおまえより早く片付けてやる!」
「はいはい。お土産よろしくねー」

 箒に跨り飛んでいく魔理沙に、霊夢は手を振る。
 そうしてから、首を上げて空を見た。

 霊夢には、癖があった。
 一人になると空を見上げる、癖が。
 霊夢自身、どうしてこんな妙な癖を覚えているのか、わからないのだけれど。

「あ、鴉」

 横切った鴉を見て、霊夢は箒を置く。
 踵を返して神社の中へ戻ると、衣装棚に目を向けた。
 正確には、その上の置物に。

「そういえば、あれも鴉よね」

 霊夢が幼い頃から持っていた、木彫りの鴉。
 両翼を広げて勇ましく佇む姿は、格好良い。
 霊夢は魔理沙にそう言ったとき、微妙な顔をされたことを思い出していた。

『おまえ……そのセンスはどうかと思うぜ?』
「なんでよ。格好良いじゃない」

 呟きながら、木彫りの鴉を撫でる。
 その隣にあるのは、赤い手鞠だ。
 幼い頃からこれで遊び続けているせいで、もうボロボロなのだけれど。

「異変、か」

 霊夢は踵を返すと、縁側まで歩く。
 見上げた空は澄んでいて、つい、口元を綻ばせた。
 それからゆっくりと空へ昇り、風の中に身を投じる。

 霊夢は、空を飛ぶのが好きだった。
 風に包まれるのが、なによりも好きだった。

「花、花、花、何処を見ても花ばかり」

 見渡す限り花で埋め尽くされた光景に、嘆息する。
 幼い頃から花なんかよりも山菜やキュウリの方が好きな霊夢にとって、この光景は喜べるものではなかった。
 花を見て酒を呑むよりも、キュウリを囓りながら一杯やりたい。

 その光景を思い浮かべて、霊夢はほっこりと笑う。

「あ、また」

 視界の端を過ぎる、鴉。
 今日は――昔から――鴉が多い。
 鴉は残飯を食べ漁ると聞くけれど、博麗神社の鴉にそんなに行儀の悪いものは居ない。

 いつも、霊夢を見守るように、ぐるぐると回っているのだから。

『ちび巫女』

 鴉を見る度に、霊夢の頭を過ぎる言葉。
 ぶっきらぼうだけど優しい声、その主を、霊夢は思い出せない。

「誰が“ちび”よ。失礼ね」

 あと一歩の所まで、出かけているのに。
 なのに、夜の黒を携えた影の表情が、未だに見えない。

 ――幼い頃。
 神社で泣いていた霊夢は、里長と寺子屋の教師によって助けられた。
 それから幾年月も越える内に、思い出は風化し、やがて思い出せなくなった。

 大切な記憶だった、はずなのに。

「でも」

 それでも、霊夢の心に疼くものがある。
 あと一歩、なにか切っ掛けでもあれば。
 そう願い続けてどれほどの時間が経ったのか、霊夢は覚えていない。

 気がついたら、霊夢は大蝦蟇の池まで来ていた。

「蓮の花まで満開じゃない。蓮根は採れないかしら?」

 記憶の中で、青い髪がちらつく。
 人型のそれが何であるかは思い出せなくても、思い出だけは僅かに再生できた。

『私が潜って採ってくるよ、“――――”!』

 友達の意味を、教わった。
 それだけは、覚えている。

『蓮根は煮付けにしましょう。私が“―”に教えるから、安心して』

 もう一人、赤い服。
 彼女は霊夢に、“知らない事”を沢山教えてくれた。
 蓮根の煮付けが得意なのは、彼女のおかげだ。

「風が気持ち良いわね」

 池の上で、大きく息を吸う。
 周囲を見回すと、そこにはやはり鴉の影があった。
 けれどもその影は、今まで見たそれよりも、ずっと大きい。

『古来より力なき人間を導くのは、“――”の役目』

 記憶が、疼く。
 強く、強く、強く。

『歓喜するがいい、人間。貴女は私の目に適ったのよ』

 心が跳ね上がり、彼女の中で誰かが囁く。
 思い出せ、思い出せと、強く霊夢に告げていた。

「ぁ」

 そうして、風が舞う。
 突風が吹き荒れて、それでも霊夢は目を閉じない。
 舞い上がる花吹雪が霊夢の目を潰すことは、ない。
 霊夢は花吹雪は、風は優しいということを知っていた。

「――じ、神社に巫女が居なくなって早数時間!」

 黒い影が、降りる。
 夜色の翼を広げて、真紅の目を瞬かせ、カメラを構えて。

「ついに巫女が動き始めたと思って探しても見つからないから、どこへ――」
「あんた、さっきからその辺にいなかった?」
「――ぅ」

 口早に喋る少女の、話の腰を折る。
 疼痛を訴える心は、既に答えの封筒を用意していた。
 あとは霊夢が封を切れば、全てが溢れ出すことだろう。

 だから霊夢は、封を切る為の鋭い風が、欲しかった。

「ほほ、ほら、私のことは気にせず、続けて良いですよ?」
「噛んだわよ」
「うぅ、調子狂うなぁ」

 肩を落とす少女を見て、霊夢は口元を綻ばせる。
 少しずつ、少しだけ、思い出してきたことがあった。
 もう半ばまで封は切られ、中身の重さで封筒がはち切れそうになっている。

 もう、幾ばくかも保たないことだろう。

「と、とにかく私は、貴方のことを記事に――」
「――そういえば、あんた誰?」

 霊夢は訊ねると、少女は悲しそうに眉を落とす。
 けれども、それでいいのだと納得させるように、笑った。
 それが引きつって見えるのは――気のせいなんかでは、ない。

「ペースを乱されたままではいけませんね! わかりました、名乗りましょう!」

 胸を張ってみせる少女に、霊夢はくすりと笑う。
 それに恥ずかしそうに頬を染める少女を見て、霊夢は苦笑した。

 記憶の中の――“自分”と重なった気がして。

「私はしがない天狗の新聞記者で、射命丸――」
『私は妖怪の山の鴉天狗。名を、射命丸――』



 握った手。
――“―――”
 触れた頬。
――なに?
 濡れた瞳。
――だいすき。
 綻ぶ口元。
――知ってる。



 黒く温かな、翼。
 記憶の封が、解き放たれる。
 空に舞い散る、花吹雪のように。

「――文と申します」
「――あやや、よね」

 声が、重なる。
 霊夢の声に、文は目を見開き。
 やがてゆっくりと、目尻を濡らし始めた。

 太陽に照らされてなお黒い翼。
 その温かさと柔らかさと、優しさを。
 忘れようと思っても、忘れられるはずがない。

「れい、む、さん?」

 だから、言ってやろう。
 霊夢はそう、肩を竦める。

「敬語、気持ち悪いわ」

 自分の声が震えていることに気がついても。
 自分の身体が揺れていることに気がついても。
 霊夢は溢れ出した思い出を語ることを、止めない。

 ずっと云う機会が無かった。
 ずっと云わせて貰えなかった。
 ずっと云いたかった、言葉を。

 霊夢に、笑顔が浮かぶ。
 子供の時とは少しだけ違う、あの頃の文によく似た笑顔を。
 けれどその笑顔に昔日の面影を覚えて、文は一筋、涙をこぼした。

「お帰り、あやや」

 霊夢の瞳にもまた、涙が浮かぶ。
 泣くつもりなんか無かったのに。
 もっと沢山、云いたいことがあったのに。

 なのに、止まらない。
 だから、止められない。


「だいすきよ」


 震える声で、ただ一言そう告げる。
 文の心に、想いの丈が全て伝わるように。
 霊夢は、あの日々と同じように、拙くそう紡いだ。





 この桜舞い散る日に、過ぎ去った日々の“想い”を告げよう――


「……た、だいま、霊夢。私も――――」


 ――有限に想いを繋げて、悠久に紡ぎ続ける為に。










――了――
『貴方のことを一番良く知っているのが、私だから』
――――風神録霊夢ルート、文との会話より。





◇◆◇



 ここまでお読み下さり、ありがとうございました。
 いずれまたお会いできましたら、幸いです。

 2011/09/02
 誤字修正しました。

 2011/09/03
 誤字修正しました。戦神力って……。
 度々申し訳ありません。ありがとうございました。

 2011/09/08
 誤字修正しました。ご報告、ありがとうございます。

 2011/11/21
 誤字修正しました。重ねて、ありがとうございます。

 2020/06/11
 作品整理のため、ハーメルン・Pixivへの転載作業を行いました。
I・B
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コメント



0.13900簡易評価
2.100名前が無い程度の能力削除
ぶひーーー プルル
3.100奇声を発する程度の能力削除
とても読み応えがあり、ドキドキしながら読ませて貰いました
4.100名前が無い程度の能力削除
ああっくそ泣いた
5.100名前が無い程度の能力削除
これはいいあやれいむ
6.100名前が無い程度の能力削除
ううぅ、あややー!!
もうあやれいむ無しじゃ生きていけない
8.100名前が無い程度の能力削除
泣いた
9.100名前が無い程度の能力削除
ダメだ、こういうのに弱くてダメだ
画面が滲んでるぞどういうことだ……!
11.100名前が無い程度の能力削除
うむ、悔しいが泣いた。
主要キャラがみんな素敵。

作者さんのホラー作品のおかげで以前からファンでしたが、一層好きになりました。
12.100名前が無い程度の能力削除
末永くお幸せに。
やっぱりモフモフは正義だね。
14.100名前が無い程度の能力削除
最後で泣いてしまった。すばらしい作品をありがとう。
15.90名前が無い程度の能力削除
good
19.100名前が無い程度の能力削除
いや…
いやいや…いやいやいや…!
久し振りに気持ちのいい涙を流せました!

脱字?
五番二枚目、一カ所霊夢が「あやや」でなく「あや」と呼んでいる所がありました
20.100八重垣削除
泣きすぎて目が痛いです。

偶然にも、私も文が霊夢を育てる話を書いているところでしたが、この作品を読んで削除してしまいました。

それくらいに感動しました。
21.100名前が無い程度の能力削除
か、神だ‼ここに本当の神がいる‼最高のあやれいむを有難う御座います~‼なぜ最高点が100までしかないんだ‼気分的には一億点くらい入れたいのに~‼
22.90名前が無い程度の能力削除
他の作品ではほとんどみられないある種の「家族愛」というものがひしひしと伝わってきて良かったです。
ちょっとくど過ぎかなーと思うところはあったのですが、そういうSSとして読めばそれほど違和感は無かったかな。
なにはともあれご馳走様でした。
23.100名前が無い程度の能力削除
おいぃ、画面が歪んで見える不具合に襲われてるんだが?
まさか天狗の仕業か!!
24.100名前が無い程度の能力削除
100点を入れざるを得なかった
27.100名前が無い程度の能力削除
だめだ泣いた
29.100クー削除
泣きました。感動しました。
ほんといい物語を読ませていただきました。
100点じゃ足りないと思ったのは久しぶりです。
素晴らしい作品をありがとうございます。
30.100がま口削除
こんなに泣いたのは久し振りです。
感動をありがとうございました。
32.100名前が無い程度の能力削除
最後がくどすぎず爽やかに締めたのが好感触でした
34.100名前が無い程度の能力削除
よかった。よかった。
言いたいことはそれだけだ
36.100名前が無い程度の能力削除
これは良作
37.100名前が無い程度の能力削除
あやれいむで名作がでるとは・・・  100点入れておきます
43.100名前が無い程度の能力削除
れいむ可愛いなぁ
最後はうるっと来てしまった
素晴らしい作品をありがとうございました
45.100名前が無い程度の能力削除
おかしいなぁ100点までしかはいらない
47.100名前が無い程度の能力削除
最後で泣いた…先が気になって一気に読んでしまいました
48.100ほっしー削除
堅苦しくて、でも優しさと愛情を忘れずに意固地な文が感動的でした。不器用なんでしょうね。
文の下手な愛情表現ですけど、なんとなく同情する部分もあり理解できるような場面も何度か会って感情移入ができて楽しくという程ではありませんがシンミリと最後まで読ませて頂きました。
感動できるお話で非常に涙脆い自分には大ダメージでした。これで泣けない奴いんのかっていうねw
100点でも足りない程良い内容でした、ありがとうございます。
51.100名前が無い程度の能力削除
誤字?報告を
彼女が居なくなったら、結界がどうなるか、文にはわからない。」
終わりの部分に余分な鍵括弧が付いてしまっています

こんな関係のあやれいむもありですね
感動出来る話をありがとうございました
52.100名前が無い程度の能力削除
読みたかったんだ。こんな話。
53.100名前が無い程度の能力削除
あれ?100点までしか入らない
バグですかね
55.100名前が無い程度の能力削除
あざといなさすがあやれいむあざとい
58.100名前が無い程度の能力削除
この終わりが綺麗でいいが続きが読みたくなるな
59.100名前が無い程度の能力削除
やはりロリコンだった
あややがロリコンで良かった
60.100名前が無い程度の能力削除
ごちそうさま
ただただありがとう
62.100名前が無い程度の能力削除
100点じゃ足りない。
63.100名前が無い程度の能力削除
やっぱりあんたの作品は最高だぜ。
65.100名前が無い程度の能力削除
そして容赦なく文を叩き潰すところから二人の第二ステージが始まるのですね。もふもふ。
68.100コチドリ削除
巫女目博麗科の小動物観察日誌であり、
傲慢な鴉天狗の成長、もとい変貌を綴った記録であり、
なにより、そんな小動物と鴉の大いなる愛を記した素晴らしき特集記事でありました。
定期購読したいっすね、この新聞。

作品について個人的に思うのは、特に中盤までに顕著なんですけど、
少しストーリーの流れが忙しないかな、と。
170KBの長編の割には読むのが急かされる印象。モチっと腰を据えてじっくり描写するパートがあってもいいかな。
裏を返せばイベント目白押しで読者を飽きさせないサービス精神に溢れた物語ともいえるのでしょうが。

ともあれ、執筆お疲れ様でした。
大変楽しく拝読させて頂きました。
69.100名前が無い程度の能力削除
最後にポロッときました。感動をありがとうございます。
70.100名前が無い程度の能力削除
ラストでうるっときてしまい、思わず目をしばたたかせました。
素晴らしい!
71.無評価51削除
誤字報告を
翌日の受業の準備を中断し、そっと背後に目を遣る。
授業が受業になっています
72.100名前が無い程度の能力削除
ひきょうもの~!
こんなん読まされたら評価せざるを得ん
73.100名前が無い程度の能力削除
現在進行形で泣きそう… 
74.100名前が無い程度の能力削除
爽快な読後感。感動をありがとう。
75.100名前が無い程度の能力削除
登場人物みんながやさしく動いていた。爽やかな感動が心地よい。読みおわったとき、自然に目尻が濡れていました。
すばらしかった。
77.100名前が無い程度の能力削除
涙が止まらん
78.100KASA削除
これはもう映画にすべき!

ジブリでも大友でも三谷でもいいから誰かこの素晴らし物語りを映画にしてくれ!
確実に日本アカデミーとれるよ!

でもハリウッドだけは勘弁な!
83.100名前が無い程度の能力削除
感動した
最高でした!
88.100名前が無い程度の能力削除
なんという大作…170kbがまるで長く感じなかった。

微笑ましくさせてもらえるわ、泣かされるわ…素晴らしいとしかいえない。
神社に昔から鴉が多い、か…離れてからもずっと見守ってたんだなぁ…
もう、再会のところで泣くしかなかったな。

そしてこの後、守矢の一件で二人の友人とも再会することになるわけだ…。
きっと二人のことも思い出せるよね
90.100名前が無い程度の能力削除
いいですね。文の覚束なさが
91.100名前が無い程度の能力削除
>『貴方のことを一番良く知っているのが、私だから』

もうこれ見るたびにこのお話思い出しちゃうわ。
92.100名前が無い程度の能力削除
うん
93.100名前が無い程度の能力削除
おいおい読めないぞ。

視界がぼやけてさ…。
94.100名前が無い程度の能力削除
ぐっすん
99.100名前が無い程度の能力削除
とてもいい作品でした。今日からあやれいむ派に転向かなぁ

人と妖怪の境界や博麗の巫女など様々な要素が相まって切なくも温かい素敵な作品、本当に御馳走様でした
105.100名前が無い程度の能力削除
あやれいむ万歳!
あやれいむ万歳!!
あやれいむ万歳!!!

とても大事なことなので(ry
106.100名前が無い程度の能力削除
ありがとうございました
107.100名前が無い程度の能力削除
お見事…!
108.100名前が無い程度の能力削除
すばらしい!!そしてすばらしい!!
109.100名前が無い程度の能力削除
ここしばらくで、一番感動しました。ありがとうございます。
111.100Dark+削除
今まで、こんなに感動できる作品に出会ったかどうか……!!!
後半は泣きっぱなし……!!!

人の温かさを、文は持てたんですね。
最高のお話でした。頑張れあやや。
117.100名前が無い程度の能力削除
涙が・・・
121.100名前が無い程度の能力削除
執筆お疲れ様でした。

最初から最後まで感じる、あややの暖かさが私の涙腺を突いてきて、だけどそれが心地よかったです。

100点じゃ足りない
123.100名前が無い程度の能力削除
なにこれ目から汗が出てくるんですが
簡潔ながら台詞にこもってる暖かさが最高でした
ちょっと花映塚と風神録やりなおしてくr
124.100名前が無い程度の能力削除
これはいいあやれいむ、泣いた
125.100名前が無い程度の能力削除
なんだかとっても・・・イナフじゃねーか!!(泣)
127.100名前が無い程度の能力削除
GJ
128.100名前が無い程度の能力削除
いいあやれいむでした
129.100名前が無い程度の能力削除
もうね、千点差し上げたいです。
あやれいむ、そして作者さんGJ!
134.100名前が無い程度の能力削除
良かったです。そして泣かされました。

もっと私に語彙と入れる点数があれば、と思うと悔やしいです……!
それほどまでに素晴らしい作品でした。
ありがとうございました!
141.100名前が無い程度の能力削除
気がつくと涙が流れてた、もう年かな・・・。
この作品ではハッピーエンド?かもしれないけれど、遠い未来に別れが確実に訪れるんだろうなぁと思ったけど、それまでは幸せであってほしいと思う。
べ、別に続きが読みたいとかってわけじゃないんだからね////////。
145.100名前が無い程度の能力削除
ただ一つ残念なことは、どうあがいてもこの作品に100点以上を入れられないことです…

最高のあやれいむをありがとう!
146.100名前が無い程度の能力削除
おかしいな100点より上の点が選べないんだが。

下駄を履き忘れたりどんどん人間臭くなっていく文や様々な登場人物の過去と出来事。
別れが近づいて来ているのがわかっていたので読むのにドキドキハラハラしました。オチもくどくなくてよかったです
153.100野口削除
や、やべぇー。
思わず涙ぐんでしまいました。素晴らしいお話をありがとう。
157.100名前が無い程度の能力削除
ベタなストーリーと言えば、そうなのかもしれません。しかし、そんな事を感じさせない面白さがありました。メイン二人の存在感。サブキャラのアクセントも絶妙。感服しましたし、感動しました。
途中、霊夢が、文が、凄く可哀想になりました。紫このやろっ! って思いました。最後にうるっときてしまいました。そんな風に、とても文章に引き込まれる作品だと思います。
158.100名前が無い程度の能力削除
GJ!
161.100名前が無い程度の能力削除
腋巫女と呼ばれるようになった原因は文だったのかww

うん、泣いたよ。
165.100名前が無い程度の能力削除
ここにまた1つの名作が生まれた。
ありがとうとこちらが言いたいです。
素晴らしいお話でした!
166.100名前が無い程度の能力削除
読んでる最中が最高に贅沢な時間だったと思える作品でした。
168.100ひら削除
最高のあやれいむをありがとうございました。たくさん笑って、いっぱい思い出つくって、泣いて泣いて。この二人は幸せになるべきなんでしょうね。本当に、本当に執筆お疲れさまでした!
171.100名前が無い程度の能力削除
この作品を読んで今まで忘れていた何か温かいものを思い出せた気がします。ありがとうございました
173.100名前が無い程度の能力削除
すげえ…
そしてここまで100点が続くSSも珍しい
176.100名前が無い程度の能力削除
久しぶりに泣かせていただきました、ありがとうございます。
177.80名前が無い程度の能力削除
よくあのセリフからここまで話を膨らませることができたもんだZE...おそるべしですな。
187.100名前が無い程度の能力削除
ひとつのセリフがこんな感動的なストーリーになるとは、すばらしい作品をありがとうございました
188.100感想を綴る程度の能力削除
心震わさせられた…。
191.100名前が無い程度の能力削除
風邪をひいたもうろうとしている霊夢と困っている文の前にあらわれたにとりと雛の台詞で涙腺決壊。
192.100名前が無い程度の能力削除
臭いセリフだなぁと思ってるのに涙が出てしまった
王道はいいものだ
194.100名前が無い程度の能力削除
SSの魅力、キャラへの愛が詰まった作品ありがとうございます。久しぶりに泣きました
原作の何気ない一言から新しい世界を啓いた作品としてはハネムーン・デイズ以来の衝撃でした
197.100名前が無い程度の能力削除
泣いた
199.100名前が無い程度の能力削除
あれ?画面が滲んでよく見えないよ・・・最高の文霊夢をありがとうございました
205.100名前が無い程度の能力削除
すごい・・・。ベタなのにとても感動しました。
207.100名前が無い程度の能力削除
イイハナシダナー(ノ∀`)゚∵*。
こういう話大好きです!あやれいむごちそうさまでした!!

誤字の報告です。
三番六枚目の回想部分

>「はっ。ここに巫女は貴方みたいなちびすけじゃないわよ」
「はっ。ここ“の”巫女は~」
ではないでしょうか?
210.100名前が無い程度の能力削除
ゼロが足りない
213.100名前が無い程度の能力削除
ブラボー……
215.100名前が無い程度の能力削除
こんな・・・あやれいむもありだなー。
この関係で後の原作で二人が関係する所を想像するだけでニヤニヤしてしまう。
218.100名前が無い程度の能力削除
170kbが短い…(涙
221.100名前が無い程度の能力削除
あやややは、どこで売ってますか?
222.100名前が無い程度の能力削除
ちょっとしたハートフル映画を見たような、目元が熱くなる作品でした。

人の温かみを知らないキャラが、徐々に優しく出来るようになっていく話はいいですね。
223.100名前が無い程度の能力削除
泣きました…ひたすらに…

原作のその言葉は、確かに私も引っ掛かりました。
それを、こうまで素晴らしい作品に仕上げた作者様…この作品を世に出して下さって、本当にありがとうございました。
224.100名前が無い程度の能力削除
さいこーでした。
226.100名前が無い程度の能力削除
読み終えて初めて170kbだったことに気が付いた。
こんな風に夢中になれるお話っていうのはそうないな~、って。

ただただ、作者さんに、ありがとうを。
227.100名前が無い程度の能力削除
中盤以降、本当に目が離せない展開で一気に読み終えてしまいました。
個人的には、途中にいろんな設定の伏線を絡めていたのが気持ちよかったです。
231.90名前が無い程度の能力削除
あざとい。だが負けた。
232.100名前が無い程度の能力削除
いやあ良かった!
テンポが良くて、あっという間に読み終わってしまいました。
もっとこの世界に浸っていたいですね。
236.100名前が無い程度の能力削除
もふもふ言い出したあたりであざとさに読むのを止めようかと思いましたが、最後まで読んでよかった。
ありがとうございました。
239.100名前が無い程度の能力削除
自らの過去を思い出しました。私も泣いてましたねぇ
240.100名前が無い程度の能力削除
\すげえ!/
242.無評価名前が無い程度の能力削除
これは文句なしの名作
243.100名前が無い程度の能力削除
おおっと評価付け忘れ
100点では足りませんね
244.100名前が無い程度の能力削除
なぜだ?数字は上限がないはずなのに、100点しか入れられないとは…
私の評価点は100じゃ全然足りんというのに…
247.100名前が無い程度の能力削除
おいおい、100点しか入れられないぜ?
もふもふいいよね、もふもふ
248.100名前が無い程度の能力削除
こんなあやれいむ見たこと無い!
久々に小説読んで泣きました。

ありがとう。


あやれいむ大好きぃぃぃ!!
249.100名前が無い程度の能力削除
久々に来たら素晴らしい作品に出会えた
100点じゃたりねえぜ…
250.100名前が無い程度の能力削除
涙が・・・
252.100名前が無い程度の能力削除
もふもふ>ラストへの流れは秀逸でした。儚いお話が多いここでは珍しい終わり方

お陰様で通勤電車の中で涙ぐむ怪しい女の出来上がりです
254.100名前が無い程度の能力削除
くそう泣いてしまったじゃねえか。
素晴らしいくらい目が痛いZ☆E!
255.100名前が無い程度の能力削除
シアワセでしたぁーーー!
シアワセになりやがれこんチクショウっーーー!!
261.100名前が無い程度の能力削除
マーベラス!
262.100名前が無い程度の能力削除
本当に面白い
何度読み返してもいい・・・
265.100名前が無い程度の能力削除
文句などあるものか…
266.100名前が無い程度の能力削除
あやや良い子や……。
泣きました。素敵な作品をありがとう。
281.無評価51削除
読み返してて見つけた誤字を
三番四枚目慧音のセリフ

「文、殿……でしかたかな?」
「でしたかな」かと

何度見てもいい作品です
286.100名前が無い程度の能力削除
花吹雪の中の再会の場面はとても鮮やかで感動しました。
読んでいて予感していたよりも何倍も爽快な締めになって本当に良かったです。
291.100名前が無い程度の能力削除
泣きました
293.100名前が無い程度の能力削除
泣いた
294.100名前が無い程度の能力削除
読み終えた後の余韻がなんとも……素晴らしい作品でした。
298.100名前が無い程度の能力削除
時間を忘れるくらい楽しめました。
300.100揚げ削除
文も霊夢も好きなのですが、この一作を拝読させていただき、さらに好きになりました。
いいなあ、ただただ、いいなあ。
最後の原作通りのやりとりからの締めは鮮やかで美しい。
にとりと雛との再会も妄想するだけでニヨニヨしちゃいます。
301.100名前が無い程度の能力削除
感動をありがとう!
また読み返します
303.100名前が無い程度の能力削除
目から汗が凄いことに…
本当に素晴らしい作品でした。ありがとうございます
307.100名前が無い程度の能力削除
ボロ泣きである
308.100名前が無い程度の能力削除
目から汗が
319.100削除
もうダメ泣いてもうたよ。ありがとうを言いたい。
323.100名前が無い程度の能力削除
Мoлoдец!
327.100名前が無い程度の能力削除
これは素晴らしすぎるぅ
328.100名前が無い程度の能力削除
画面が見えないんだがどういうことだ?
331.100名前が無い程度の能力削除
真に素晴らしい作品なのだが、終盤に成るにつれ画面が滲むという不具合が見受けられた
この後にと雛を交えたパーティが催されるヨカン
336.100名前が無い程度の能力削除
なぜか画面がみえないんだけど…
340.100名前が無い程度の能力削除
こんなに泣けるあやれいむが今までにあっただろうか……
341.100泣く程度の能力削除
おかしいな画面が歪んで見えるぞ・・・。
347.100名前が無い程度の能力削除
これは反則でしょう
画面が歪む
348.100名前が無い程度の能力削除
これは反則でしょう
画面が歪む
359.100名前の無い程度の能力削除
泣けました。 元々あやれいむが好きだったのですが、この作品を読んで益々好きになりました。素晴らしい物語りをありがとうございます。
361.100名前が無い程度の能力削除
久し振りに泣きました。良作をありがとう。
362.100名前が無い程度の能力削除
あやややややうわああぁぁ
363.100名前が無い程度の能力削除
泣く。これは泣ける。一回読んだ後、また最初から読み直してしまいました。
365.100名前が無い程度の能力削除
あややお母さんかわいいよ
368.100名前が無い程度の能力削除
一度読んで泣いて、読み返してまた泣ける、本当に素晴らしい作品でした!
369.100琴音削除
むちゃ泣きました。いい小説をありがとうございました^^
371.100完熟オレンジ削除
文句なしに楽しめました。文も霊夢も可愛い。
376.100アルト削除
初めてこんなに泣いた。とてもいいものをよませていただきました。有難うございました。とても、とっても感動しました。
393.100名前が無い程度の能力削除
時間を忘れて楽しめました!ありがとうございます
395.100旅人削除
感動、の一言に尽きます。
396.100絶望を司る程度の能力削除
泣ける。もう百点以外ありえねぇ
399.100名前が無い程度の能力削除
久々に、読み返して、涙腺をやらたぜ…!
404.10019削除
創想話で初めて感動しました。

・・・誰だ100点までしか入れられないようにした奴は?
408.100名前が無い程度の能力削除
こんなに綺麗で嫌な飾りの無い文章に憧れます。この作品を読み文が一層好きになれました。
416.100名前が無い程度の能力削除
年甲斐もなくボロ泣きさせられた恥ずかしい
文は友達ではなく家族だったってことですね
419.100キサナギ削除
泣かずにはいられない作品でした。特に最後のあややが心にきました。
429.100名前が無い程度の能力削除
何度読んでも素敵な作品。だいすきです。
435.100ぽっぽ削除
最高です…!何回か読みなおしたりしましたが、その度にウルっときました。文句なしの100点ですし、できるならもっと点をいれたいぐらい…。
436.100名前が無い程度の能力削除
すごく、泣いてしまいました。でも最後は笑顔になれました。
素晴らしいお話、ありがとうございます。
437.100名前が無い程度の能力削除
何度読んでも毎回泣ける作品
439.100名前が無い程度の能力削除
素晴らしいの一言です。最初は「あーーはいはい、どうせゆかりんとかのせいで霊夢が小さくなっちゃったんでしょ」ぐらいに思ってたんですが、全然違いましたね(笑)
このようにして霊夢はあややに育てられたのか…
霊夢の幼い頃は、先代が育てたとかゆかりんが育てたとかいう説をよく見かけますが文は初めて見ました。
もう最後の方は終始目頭が熱かったです。貴方の文才にあっぱれですね!
442.100名前が無い程度の能力削除
最高です
443.100名前が無い程度の能力削除
この後に風神録がくることを考えるだけで妄想が捗って仕方がないんだがどうしてくれるんだ!
守矢神社へのあいさつ以上に昔お世話になった3人へのあいさつ回りになってしまう…!
450.100名前が無い程度の能力削除
数年振りに読んでも色褪せない
458.100うみー削除
よかった