Coolier - 新生・東方創想話

満月の夜に少女は何を想う

2011/08/12 21:12:33
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 頭上には手を伸ばせば届くのでは、と錯覚させるほどの満月。白銀の光を地上へと降り注ぐ姿は誰の眼にも等しく映る。
 その光を受けて一人、満月よりも映える銀髪を輝かせる者が居た。
 紅魔館のメイド長である咲夜は、左手にはティーポットを持ち、右手には盆とカップが二つ。さらりとした肌触りの良い風が抜ける前庭を歩いていた。
 目的の場所には、腕を組んで壁によりかかる門番の姿がある。
 器用にも門の脇にある使用人扉を抜け、美鈴の目の前に立つ咲夜。目深に被った帽子の下からは、美鈴の微かな吐息だけが漏れ聞こえる。
 咲夜はおもむろに盆から手を放す。重力に従って地面に吸い込まれる盆の陰から、微かな光をも反射する銀の刀身が飛び出す。
「――っふ! 甘いですよ咲夜さん。私は寝ていても」
「寝ていても何? 寝ていたの?」
 不敵な笑みを浮かべてナイフを受け止めた美鈴の表情が、見る見るうちに青ざめていく。
 気がつけば咲夜の手元には、先ほど手放した盆が何事もなかったように舞い戻っていた。
 美鈴に対して冷めた視線を向けながら、咲夜は盆に載せたカップに紅茶を注ぎ、白い湯気を昇らせるカップをガクガクと震える美鈴に差し出す。
「大体、あなたに睡眠は必要なの?」
 咲夜は自分の分の紅茶も用意しながら、眉を少し歪ませて美鈴に訊ねる。
「んー、絶対に必要って訳じゃないですよ。と言うか、私以外に門番が居ないんですから、おちおち寝ても居られませんよ」
「あら、そう」
 自信満々に言い放った美鈴が、自分の失言に気が付くまでは数瞬を要した。
「昔の面影は何処へ行ったのやら……」
 溜め息混じりの咲夜。過去を慈しむ趣味を持っていなかったが、美鈴との邂逅くらいは記憶として残っていた。
「そう言えば、いつもこんな満月の日でしたかねぇ。咲夜さんが紅魔館にやって来るのって。戦略性の欠片も無い、可愛い女の子でしたねぇ」
 美鈴が満月を見上げながら、口元を綻ばせた。



 夜風にじっとりとした居心地の悪さが混じっているな、などとぼんやりと考えている美鈴の視界に、人影が現れたのは雲に隠れた月が顔を見せたのとほぼ同時だった。
 何処から来たのかまるで視認出来なかったことに、美鈴は微かに首を傾げた。
風に為すがままに弄ばれたボサボサの銀髪。年端も行かぬ少女でありながらもはっきりとした意志の表れている力強い眼。
 そして何より異質なのは、少女が持つにはあまりに物騒な銀白色の刀身を持つ大振りのナイフである。
 ――迷い込んだ訳じゃ無いのだろうなぁ。
 肩を少しだけ竦めた美鈴は、棘が無いように言葉を選びながら少女に語り掛ける。
「あなたはここで何をしているの? もう、陽も落ちて随分経つわ。家にお帰り?」
 努めて優しく言葉を掛けたつもりではあったが、それがまた無駄に終わる気も美鈴はしていた。何より、彼女の眼は迷子のそれとは違う。
 ふと、視界が揺らぐ。何が起きたかを理解する前に、美鈴の腕が大きく振われる。
 軽快な金属音を響かせて無数のナイフが辺りに散らばる。その内の幾つかは美鈴の手に握られている。
「何を――」
 二の句を継ぐ間も無く、再び表れた白銀の群を素手で薙ぐ美鈴。美鈴の肌には傷一つついていないものの、油断ならぬ敵を目の前に双眸はきつく細められる。
「刃を向けた以上、手加減はしませんよ」
 最後の忠告のつもりだった美鈴の言葉に、少女は無言でもって答えた。
 二度までも先に動かれた不覚を補うように、美鈴が一歩前へと踏み出す。何の前触れも無く美鈴はその場で大きく身を捻って右後方へと回し蹴りを放つ。
 そこには寸前の所で、ナイフを使って美鈴の蹴りを受け止めた少女の姿があった。
 無表情で無口であった少女に、初めて感情の機微が表れた。
「どんな能力かはわかりませんけど、所詮は人の扱うもの。それが分かるならお帰りなさい」
 やはり、少女に会話を交わす気はさらさら無いようで、一瞬でその姿が掻き消える。
 美鈴は大きくその場から飛び退くと、眼前に現れた少女の背中を見詰める。
「――っ!」
 自らの不覚に気付いた少女が振り向くより早く、美鈴は少女の脇に腕を差し込んで簡単には動けないように拘束する。
 じたばたと暴れる少女を抱えたまま、美鈴は無言で森の中へと足を踏み入れる。
 鬱蒼と茂る木々も、少し行くと人間の手が加えられた山道へと繋がる。その場所まで来ると美鈴は何の迷いも無く少女を解放する。
「何を思ったか知りませんけど、吸血鬼の下へ行こうなどと考えないことですよ。命が幾つあっても足りませんからね」
 美鈴を見詰める少女は、きつく口元を結んで、それでも衰えることの無い眼光を美鈴へと突き刺していた。
 その様子を見てどう諭したものかと思案する美鈴ではあったが、それがまた無駄に終わるだろうことも察していた。
 いっそ、ひと思いに――と思わないでも無いが、それは少女の結末としてあまりにも不憫であると考えられる程には余裕があった。
 掛ける言葉が結局見つからなかった美鈴は、少女の言葉を待たずに背を向けて紅魔館へ戻る道筋を辿る。どちらにせよ、自分がやることに変わりは無いのだと言い聞かせながら。
 幸いにも、その日は少女が再び現れることは無かった。
 しかし、少女が来訪してから二度目の満月の夜。美鈴は深い溜め息をつくことになる。
 白銀の髪の毛を煌めかせる少女は、月光の下でまたも美鈴と対峙した。
「これはどうしたものでしょうねぇ……」
 自分が紅魔館の門番をするようになって初めての事態に戸惑いを隠せないで居た。
 情けを掛けた人間が再び足を踏み入れたことなど無かった。普通に考えればそれは至極当然のことであろう。圧倒的なまでの実力差を見せ付けたのだから尚更だ。
 少女は無言で歩を進める。
 一歩一歩、確実に門へと近付く。そこに美鈴が立ち塞がっているのが、まるで見えていないかのような立ち居振る舞いだ。
「私が門番をしているのは、お嬢様を守るだけが理由じゃないのよ。それを理解出来ると言うのなら、大人しく帰ったらどうかしら?」
 両手にナイフを構える少女。それが、答えであるかのようだ。
 正直、相手にしたく無いと美鈴は唇を噛む。前回は撃退出来たものの、今回は雰囲気がまるで違う。感じ取る気の質が変わってしまっている。
 先手必勝――その行動に出ようとした瞬間に、少女の姿が掻き消える。
「後ろっ!」
 遅れを取ったと自覚をすると同時に、感じるままに身を捻って腕を伸ばす。後ろを振り返ったその先に広がった光景は、無数のナイフが中空を進む姿だけ。
 手刀の一閃でそれら全てを薙ぐが、首筋に冷たい感触が押し当てられる。
「私の勝ちだ」
 初めて聞く少女の声は、歳相応の瑞々しく凛とした声色だった。
 身体の力を抜いた美鈴は、両手を挙げて降参のジェスチャーを取る。
 美鈴の方向を向いたままで、少女は後ろ手で門を開けて館へと進んで行く。その姿を見ながら、美鈴は大きく溜め息をつく。
「まぁ、殺されはしないでしょう」
 自らの主が彼女をどう処理するのか、美鈴には何となく想像がついていた。
 自分の仕事は果たしたと、美鈴は門を閉めて満月を見上げた。相も変わらず、月は白銀の光を放ち続けていた。
第二作目、書き溜めていた一つの投稿をさせて頂きました。

はい、えぇっと作品に対する作者の解説はナンセンスですので、見たままを感じて頂ければ幸いと存じます。
当サイトの他作品を拝見していると、皆様かなり作りこんだ力作が多く見受けられましたので、その中で短くパッと読める箸おき的な立ち位置を目指せればと思っております。
地方ようかい
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コメント



0.590簡易評価
1.80奇声を発する程度の能力削除
良い具合にシリアスが混ぜ込まれてて良かったです
3.100名前が無い程度の能力削除
いいね!
8.90コチドリ削除
決して尻切れトンボではなく、後の展開を読者の想像に上手く委ねた作品という印象ですね。
箸おき、ですか。なるほど、スマートな表現だ。

ホント気が向いたらで良いので主菜も味わわせて頂けると嬉しいです。
そんな期待を抱かせる面白い掌編でした。
10.90名前が無い程度の能力削除
貴方も長編書けば良いじゃない!
11.無評価地方ようかい削除
得点評価、コメントありがとうございます。一言一言が本当に励みになります。

>9さん
>11さん
 お言葉ありがとうございます。
 何れ、満足の行く作品を仕上げることが出来ましたら、是非ともここで発表させて頂きたいと思います。
13.90名前が無い程度の能力削除
掌編なのにみっちり。充足感があっていい。
戦闘描写も鋭く、スピードを感じる。これからも箸置きに期待。
16.90名無し程度の能力削除
爽やかで良い話でした
箸置きだけじゃなくてメインディッシュも歓迎です!
19.90名前が無い程度の能力削除
箸置きなんて言わずに、長編もいただきたいものです。文章がこんなに上手なのに…