Coolier - 新生・東方創想話

あめをください

2011/08/11 01:36:01
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幻想郷に夏が来た。
梅雨も終わり、やっと気兼ねなく外も歩ける。
とは言えそうそう簡単に出歩くことはできない。
なぜならむわっとした重くて暑苦しい空気がそこらじゅうにはびこっているからだ。流れる汗も相まって服が張り付いて気持ちが悪い。




まぁ、これが夏なのだから仕方がない。
木陰を探してはそこに座って本を読んだり、将棋をして涼むのもこの時期の楽しみである。そしてそれは人間妖怪問わず共通の楽しみだ。

川へ行って水遊びも良い。山に登って涼しい空気に触れるのも良い。
どれもが楽しいに違いない。
今日も晴れた天気の中できゅうりを食うのも楽しいものだ。
ひゅい!!!







あめをください









私、河城 にとりは河童である。自分で言うのも変だがこてこてのエンジニアだ。
そんな私の日課である機械弄りをそのままに住処の穴倉からでて外を歩いている。
こもった空気が息苦しくて仕方なかったからだ。まだ外の方が風が吹いていて気持ちがいい。

「今日も暑いなぁ」
風だけでは涼しさが物足りない。なので沢へ向かっている。目的は涼むためだ。
足を水の中に入れているだけでも気持ちよさが全然変わる。
けれど全身は駄目だ。体が早く冷えてしまって味気がない。徐々にだからこそ良いのだ。

「ま、人それぞれかもしれないけどね」



沢につき、近くの平たい石の上に座り、私は早速両足を水の中に浸けた。

「おおぅ」
冷たい。
足が程よく冷やされ、汗も吹き飛ぶような気持ちよさだった。
けれど私はもっとこれの楽しい活用の仕方を知っている。
携帯カバンに忍ばせていた一つの瓶。それを取り出しふたを開ける。中身は私の好物。

「きゅうりはやっぱり美味しいな」
何も味をつけていない生のきゅうりを噛んでいく。
やはりこのままが美味い。たまに味噌も良いかなと思うけど、素材を楽しむならこのままが一番かな。

ちなみにこのきゅうりは自家栽培でも、秋姉妹によるものでもない。
私の大切な盟友からのプレゼントだ。

「よっと」
腰掛けているのもいいが今日は寝そべることにしよう。
背中を倒し、仰向けになる。もちろん両足は水の中だ。
日の光がまぶしい。頭に被っていた帽子を顔の上に乗せる。

目を瞑ると沢の流れる音がより大きく聞こえるような気がした。
風と水が際立つ季節はこの時期が一番だと思う。
暑苦しくはあるが吹けば気持ちいい風。遊びや涼みに欠かせない水。
二つのうちどちらが欠けても面白さは減る。特に水に関しては敏感だ。

「きゅうりが食べれなくなるもんね」








いつの間にか眠っていたらしい。
何故そう思うのか? 答えは簡単だ。いつの間にか誰かが私のとなりにいるからだ。まだ誰かはみえていないが、その人は私の肩を軽く叩いてくる。

「もしもし、起きていますか」
「ひゅい?」
顔に乗せてある帽子をとると、思わず顔をほころばせる。

「おお、きゅうりの人じゃないか」
「あはは、きゅうりの人じゃなくて早苗ですよ」
東風谷 早苗。私の盟友だ。
最近、違うところから引っ越してきた神社の風祝り。ここ、妖怪の山に住む唯一の人間だ。

「どうしたの、早苗? また、きゅうりでもくれるの?」
「いえ、今日は信仰の帰りです。暑いので沢に沿って飛んでいたらたまたまにとりさんを見つけたので声をかけちゃいました」
「そうか。そんなことで私の昼寝を邪魔したんだ。せっかく一年分のきゅうりを食べている夢を見ていたのに」
「え、え、あ……すいません! お休みのところをお邪魔して」
早苗は急に慌て出しておろおろする。
もちろん、夢の話は嘘だ。
ちょっと意地悪したい気持ちがあったのでついからかった。後悔はしていない。
なぜなら、美味しい表情が見れたから。

「冗談だよ、きゅうりの人。むしろ起こしてくれて感謝するよ。あのまま寝ていたら干からびていたからね」
「む! ひどいですねそれ。折角謝ったのに……あ、またきゅうりの人っていった。いい加減止めてください!」
ぷんすかと怒り出す早苗。
この娘の百面相は表情が豊かで見ていて飽きない。やりがいがあるってものだ。
だからこう言ってあげよう。

「だって、髪がきゅうりの色じゃないか」
早苗は顔を真っ赤にした。










「気持ちいですね」
ぽこぽこと起こっていた早苗も今は落ち着き、私と同様に沢に足を入れて涼んでいる。
うっすらと浮かばせている汗を拭いながら彼女は私に尋ねてきた。

「にとりさんは毎日こうしているんですか?」
「そうだね。穴倉が暑くなるとこうしてるかな。そっちは毎日人里通いだね」
「はい。神奈子様に信仰心が集まるようにするのが私の役目ですから」
笑顔を浮かべながらそう答えてくる。
神奈子と言うのは山の上に引っ越してきた神社の神様、八坂 神奈子。畏れ多いよ。
早苗は彼女のために尽力している。嬉しそうにするものだから応援はするがこれだけは言っておこう。

「頑張るのはいいけど、夏だから無理しちゃ駄目だよ。熱中症は怖いから」
「分かっています。神奈子様や諏訪子様にも口すっぱく言われていますから」
早苗は苦笑しながら話しかける。どうやら、釘は刺されているようだ。
ちなみに諏訪子――洩矢 諏訪子も神様。私より背が低いのに私より神々しい。神様だから当たり前か。

「涼んだことだし、家に帰ろうかな。にとりさん、うちに来ますか? きゅうりおすそ分けしますよ」
「ひゅい、本当かい? いくいく!」
早苗が沢から足をあげ、タオルで拭いてから靴を履く。
私は靴を履いたまま沢に浸かっていたので足を拭く動作はいらない。ただ靴の中に入った水を取り除く必要はあるが。
ふと冷やされた足を触る。きんきんに冷えていた。
気持ちいい。

「………」
「ひゃっ!? な、何ですか、私の足を触って?」
うん、こっちも冷えていた。











早苗と一緒に神社まで飛んでいく。
道中、今晩のごはんはどうしようか、などと話しながら空の飛行を楽しんだ。
私はそうめんを勧めた。すると早苗は「三日連続なんで」と言った。なるほど、この暑さでは仕方ないだろう。

「よっと。じゃあ、早速裏に回りますか」
神社の裏はこの家の家庭栽培の畑が広がっていた。何でも、人里まで買いに行くのが面倒なときにはここから取れるのでつくってあると便利らしい。それに私や他の妖怪におすそ分けもしたいという気持ちもあるとのこと。

彼女と盟友でよかった。別に、物があるから繋がっているわけではない。
そうでなくても彼女との付き合いは成立していたと思う。最初こそはちょっとしたいざこざがあったが、それは過去の話。私は彼女の存在が好きだ。照れくさくていえないけど。

「あら、どうしよう」
自問自答していた私に早苗の困った様な声が聞こえた。

「どうしたの?」
「あ、うん。きゅうりおすそ分けしたいんですけど、ちょっと実が少なくて」
きゅうりが植えられている畑の方に目を向ける。
なるほど、彼女のいうとおりだ。一つの苗辺りに付けている実が少ない。それどころか本来緑色のはずの葉や実の色が黄色く変色している。水分が不足している証拠だ。

「水遣り出来ていないの?」
「う~ん、そういうわけではないけど。最近、暑いですからねぇ」
確かに暑い。この暑さは妖怪の私でも参ってしまう。
梅雨が終わってから雨ははたと止まってしまった。まるで蛇口を止めたかのように。
おそらくこのきゅうりたちもその被害なのだろう。きゅうりは水を多分に欲する食物だから。

「ごめんなさい。せっかく来てもらったんだけど、これだけしか」
「ううん、私は構わないよ。むしろ貰えただけでも嬉しいから」
私は早苗から手渡されたきゅうりをカバンに入れていた瓶の中にしまう。

「じゃあ、私は行くね。暑さに気をつけるんだよ。おやすみ」
「はい、にとりさんも。おやすみなさい」
手を振りながら私はもと来た道を飛んでいった。
むわっとした空気がうっとうしい。
家に帰ったらきゅうりを食べて、機械を弄って気を紛らわそう。



はぁ、暑いなぁ。












「ああ!! 暑い、暑い。こう暑くちゃたまんないよ」
穴倉にひきこもって今日も今日とて日課の機械弄り。七つ道具を操っては分解、組み立て。
その繰り返しが妙に楽しい。
なのだが、最近の暑さに気が参ってしまい、私は日課を楽しめないでいる。

外で見つけてきた平たい手のひらサイズの機械。なにやらボタンなるものが無数についており、興味がそそられたので拾ってきたのだが、手が進まないでいる。
私は貯蔵庫にしまってある、水ときゅうりを取り出そうとした。
すると、お目当てのものが見つからない。

「あれ、きゅうりのストックがないや」
何本かに小分けして瓶の中に入れてあるはずのきゅうりが一つもない。
どうやら、いつの間にか食べつくしたらしい。仕方がないので水だけで我慢した。

コップの中に並々にいれ飲み干す。喉が爽快になった。
とはいえ、やはりきゅうりがないのが落ち着かない。主食であり、おやつであるマイきゅうり。

「人里に行くかな」
私は気分転換がてらに人里に行くことにした。八百屋できゅうりをいくつか買っておけば、当分は問題ないだろう。
早苗のうちにもらいに行っても良いが、催促するようでみっともない。
盟友とは言え、礼儀はわきまえないと。

「もっとも、あの娘ならそんな風には思わないだろうが」
笑顔が似合う私の盟友。
顔をほころばせながら、外に出ることにした。



言わずもがな、外は太陽の独壇場であった。










妖怪の山は山と言うこともありそれなりに涼しい。
私の住んでいるところは中腹なのだが、平野に比べればまだマシ。木々も多いので木陰を探すのは容易でそこで涼むこともできる。
それに沢があるのも長所である。涼むのにはもってこいの場所だ。

と、まぁ…自分の住んでいる場所をつらつらと考えてみた。自分は恵まれている。
そう思えた。
そしてそう思えるほど、人里は暑かった。
何せ空気がこもりすぎ。まるで行き場をなくしたかのように、熱い空気がそこかしこにうろついているように思えた。

「八百屋~」
私は情けない声を上げながら目的の八百屋を探していた。
額からはとめどなく汗が吹き出る。私は首にかけてある、タオルで拭きながら歩く。たまに首からぶら下げていた水筒をあけ、水を飲む。
水分補給は暑い夏を乗り切るのに必須なことである。
すると反対の方から子供が三人、駆け足で私の横を横切る。鬼ごっこでもしているのか、駆け回る姿はなかなかにほほえましい。子供には季節なんて関係ないのかも。

「そう考えると私も年なのかな。認めたくないけど」
できれば私の近くをもっと駆け回ってほしかった。なぜなら風が巻き起こり気持ちが良いからだ。






「あれ~、これだけ?」
お目当ての八百屋についた私は思わずうなだれた。
ざるに盛られているきゅうりの数がなんと少ないのだろうか。僅か5本。営業時間の真っ盛りにこれだけしか売っていないとはやる気があるのだろうか。
けれど、店主によくよく聞いてみると、今は異常なのらしい。

野菜の作物が取れずにいる。
原因はこの暑さ。梅雨が終わってから早二週間がたつが一向に雨が降らない。
そのため農作物の水遣りが追いつかず、干からびているらしい。
いわゆる日照りであった。

確かにきゅうりだけではなく他の野菜も少ない。
夏の代名詞であるナスなんかはざるの上にない。売り切れではなく、入荷していないらしい。
私は、仕方がないので残っているものだけで我慢しようとした。

「あれ? でも私が全部買ったら他の人買えないよね」
私は妖怪。本来、ここではなく別の専門店で買うのが筋である。
今でこそ、妖怪も自由に行き来することが許されるようになった人里だが、やはり人間の生活を考えるとここは遠慮をしたほうがいいのかもしれない。

「う~ん………店主、一本だけちょうだい」
結局、私は一本だけにすることにした。
一人の幸せよりみんなの幸せを選ぶことにした。







大人買いはできなかったが一つだけでも買えて満足だ。
早速それをかじりながら人里を闊歩する。
きょろきょろと目を動かしながら色々なところを見ると、やはり皆この暑さに参っているように見えた。
木陰で寝そべるものや、タオルを頭や顔に乗せて涼んでいる者。犬なんかも路地でだれている。
仕方がない。これが夏なのだから。
そう言わんばかりに皆辟易した様子でいた。
そういう私も結構参っている。人間よりは頑丈とは言うが水生生物も兼ねている私にはきつかった。
どこかの茶屋でひと段落しようと考えていると、聞きなれた声が耳に届いた。

「信仰はいかがですか~」
早苗だ。
人が行き来する道で彼女は信仰の呼びかけをしている。
だれている人にも、訳隔てなく笑顔でチラシを配っている。
何と言うか、この夏に相応しいまぶしい笑顔のように見えた。

「あれが第二の太陽か」
などといっている場合ではない。
今日はかなりの高温だ。私の額からは汗が吹き出ているし、服もべたついて仕方ないほどの不快な天気の今日だ。
そして、そんな天気の中木陰に入らず日の当たるところで信仰を続けている。
私は駆け足で彼女のもとに行った。

「ちょっと、大丈夫なの?」
「あら、にとりさん。こんなところで奇遇ですね。こんにちは」
「こんにちは……じゃなくて、ちょっとこっちにきなよ」
のんきに挨拶してくる早苗の腕を無理矢理引っ張り、私は木陰のなかに入れた。

「駄目だよ、こんな炎天下の中で信仰をしてたら倒れるよ?」
「はぁ、すみません。でもこんなところでくじけていては神奈子様に申し訳ないです。あの人のためなら私は頑張れますよ」
よくもまぁ、笑顔でそう言いきれるものだ。私はちょっとした中毒なのじゃないかと心配した。
でも、そうではない。この娘は純粋にあの神様が好きなのだ。だからそれを手伝おうとしているのだろう。
私はちょっと頑固で融通が聞かないこの娘の存在が困ってしまう。

「それは分かるけど、倒れてしまっては意味がないよ。神様たちを思うのなら、まずは自分の体を労わらないと」
「………そうですね。分かりました、ちょっと休憩しましょう」
早苗は木陰の地面に座り込む。
服が地面につくが、それも気にせず彼女は手をぱたぱたと振っていた。

「実はかなり暑かったんですよ」
そう言って早苗は私のほうに倒れてきた。
べったりとくっついてきたので、一瞬汗でへばりついた服も相まって不快感が大きくなった。
けれど、様子がおかしい。私のほうに倒れたまま一向に起き上がらない。
まるで、糸の切れた人形のように一寸も動かない。
突然の出来事に私は声も上げられないでいた。



早苗の頭に手を乗せる。
かなり熱かった。顔も紅潮している。
日射病だ!

「早苗!?」
気を失っている早苗に私は慌てて持っていたタオルを水筒の水で濡らし、彼女の頭に乗せる。
仰向けで倒れている彼女の首を軽く起こし、水筒を近づけ水を含ませる。
すると、周りで涼んでいた人たちも私達の様子に気がつき声をかけてくる。

「早苗が日射病なんだ!」
周りはにわかにざわめき始める。
彼らの行動は実に迅速だった。ある者は家から砂糖と塩を持参し、ある者は竹林の中に入っていく。おそらく竹林の中にある永遠亭への案内人を呼びに行ったのだろう。
また、私の持っていた水筒の水が尽きると他の人が水を持ってきた。

私は彼らの行動に感謝しながら必死に早苗の名前を呼び続けた。
けれど、目が覚めない。
不味い。
私の中に最悪がよぎった。



すると人だかりの中を掻き分けるように一人の少女が現れた。

「そいつか、重病人は?」
藤原 妹紅。蓬莱の人が私達の前に立っていた。
彼女は早苗の前にしゃがみ込み、手を差し出して抱きかかえる。
ぐったりと手足を垂らす早苗。全体重が妹紅の両腕に掛かっているがそれを気にせず、彼女は私に言った。

「お前、こいつの友達なら保護者に連絡しといてやれ。私は必ず、この娘を永遠亭に連れて行くから」
「…! 分かった!」
「いい答えだ」
そう言って彼女の背中から火の鳥を思わせるような羽が生える。
力強い熱さを放ちながら彼女は竹林の方へと向かった。















あの後、私は人里にある神様専用通路が設置されている分社で神奈子と諏訪子を呼んだ。
一秒もしないうちに彼女たちはやってき、早苗の様態と永遠亭に向かったことを告げるとまた一秒もしないうちに人里から消えていった。

私も彼女たちを追いかけた。
竹林の中は入り組んだ迷路になっていたが入り口にいた兎に案内され無事つくことが出来た。
どうやら、この兎は永遠亭から使いとして派遣されていたらしい。

私がついた頃には早苗は病室で眠っていた。
傍には二人の神様が心配そうに顔を覗きこんでいる。
蓬莱の不死鳥さんも一歩はなれたところで様子を見ていた。

医者――八意 永琳が言うには二、三日様子を見ていたほうがいいとのこと。
かなり不味い状態だったらしく、私達の応急処置がなかったら最悪の展開だったことも話してくれた。
取りあえず、ほっとした。
あの時無理矢理木陰に引きずり込んで正解だったのだ。

全く早苗の行動にはひやひやさせられるよ。たまたま無事だったから良かったものの、もう少し自分を労わるべきだ。
ぶちぶちと心の中でぼやいていると、永琳のもとに慌てた様子で兎が入ってくる。
その兎がぼそぼそと呟くと永琳は顔をしかめ部屋から出て行く。

しばらくして一人の人間が運ばれてきた。
あの時、道ですれ違った子供の一人であった。どうやら日射病らしい。

私はぐるりと病室を見渡す。そこらじゅうで人が寝込んでいた。
まるで野戦病院か何かか、たくさんの人で埋まっていた。
全員日射病ないし熱中症らしい。






今年はとにかく暑い。そのせいで運ばれる人が多いとのこと。
その上、作物の育成状況があまりよろしくないということもあって栄養が取れていないことも相まっている。
全ての原因は雨が降らなさ過ぎることらしい。

梅雨が明けてから二週間。雨は皆無と言っていいほど降っていない。
どうにかしてほしいわね、そう呟く永琳の声が早苗の傍に居た私の耳に入った。
すると神奈子が立ち上がった。
何でも人里に出かけるとのこと。

忘れていた。この人は農業の神様だ。風雨に関して精通している。
雨を降らしてくる、といって出て行った。
私は頼もしく思えた。頑張ってといって声をかけた。
でも隣にいた諏訪子は渋い顔をしている。どうしたのかと尋ねた。

「神奈子だけでは足りないかもしれない」
「そうなの?」
「うん。知っていると思うけど、神奈子は農業を専門としているよ。けどね、彼女の力、つまり神徳は人や妖怪たちの信仰心によって大きく左右されるんだ。神奈子自体、強力な存在だけどもし信仰心が不足していたら付け焼刃にしかならないかも」
諏訪子は私にも分かりやすいように説明してくれた。
そして彼女の予感は的中した。



結果から言えば、神奈子は雨を降らすのに成功した。けれど、毎日ではなくまばらな雨だった。とても作物や生き物の喉を潤すには不十分である。しかも幻想郷全体にではなく一部分と狭い範囲であった。
原因はこの暑さによる生活の不規則さである。
そのせいで信仰する時間が人間には欠けているらしい。これには神奈子も仕方がないといっていた。そしてそれを抜きにしても雨を降らすことができない自分が腹立たしいとも言っていた。

彼女は強大な存在ながらも信仰心に大きく左右される。諏訪子の言っていたことはこのことだったのかと私は唸る。
では雨を降らすにはどうすれば良いか。
私は守屋神社にいる神奈子に話を聞いた。

「そうだね。雨が降りやすい環境をつくるのが一番だな。具体的には雲と風があればいい」
「それで?」
「雲を作るには熱い空気と冷たい空気が必要なんだ。そして風が気流をつくり、より雲をできやすい状況を演出する」
「ふむふむ」
「今は微力ながらも風はある。そして熱い空気は過剰なくらい存在している」
「つまり、後必要なのは冷たい空気なんだよね」
「その通り」
神奈子は机に置かれている緑茶に口をつける。
湯飲みからは湯気がまだ出ているのに熱くはないのだろうかと思ったが口にはしなかった。
ちなみに早苗はまだ入院をしている。今日が倒れて三日目だったかな。なのでこの緑茶を用意したのは目の前に座っているお方である。

「そこでだ、にとり。お前さんに頼みがあるのだが……空気を冷やすような知り合いはいないかい?」
「空気を冷やす知り合い?」
「ああ。先にも分かったように私の力では効果は薄い。そこで雨が降りやすい環境をつくってみようと思う。熱い空気はあるし、風は天狗に協力を得る。後は冷たい空気なんだ。どうだ、いないか?」
そう言って私に問いかけてくる。
少し考えるそぶりを見せる。が、到底思い当たらない。
なぜなら、私自身あまり山から出ないからだ。ゆえに知り合いは少ないし、山の中にそんな人、妖怪もいない。
霧雨 魔理沙はどうだろうか。魔法に精通しているし、氷の魔方陣みたいなものも使っていた。けれど、良いかも知れないが、たぶんもっと規模のでかい能力の人の方がいいのだろう。

やはりそう考えると『いない』ということになる。けれどそれは口にしなかった。
ふと早苗の顔がよぎったからだ。あの娘は暑い中、前に座っている人のために努力をしていた。
早苗の頑張りはすごいものだと思う。
だからこそ、もっと信仰がやりやすい環境を提供できればあの娘は喜んでくれるのでは。
そう考えると私は記憶の奥底ほじくるように探った。

「あ」
思い当たる人が一人。いや、妖怪が。
以前、親友で天狗の射命丸 文に聞いたことがある。
その妖怪は全然力を使わないで、何事にも冷ややかな見方しかしない。取材を敢行したときも軽くあしらわれただけで力の一端しか見せてくれなかった。
けれど、最古参の妖怪の一人であるし、自然を司っているのだから並の妖怪では太刀打ちできないことは間違いないといっていた。
出現が一つだけの季節で、それ以外はどこにいるかは謎。ミステリアスが闊歩する幻想郷内でも稀な存在。
それは冬の妖怪、

「レティ=ホワイトロック」
私はぽつりと呟いた。

「誰だい、そいつは?」
「よく分からないんだけど、冬の間しか現れない妖怪だよ。で、確か能力は寒気を操る程度だったかな」
「ふむ、寒気か……」
神奈子は腕を組みじっと考える。
私が思い当たるのではその妖怪が一番の最適だと思う。
冷たい空気も彼女だったらつくれるんじゃないかな。たぶんだけど。

「なるほど、いけるかも………なぁ、にとり。私はそいつと知り合いではない。だから悪いがお前さんにそいつとの交渉を頼めるかい」
「ひゅい!?」
驚いた。
確かに提案したのは私だが、さっきも神奈子に言ったように『よく分からないんだ』。その妖怪がどんな妖怪か。
それに一番の問題はどこに住んでいるか不明だということ。
これが解決しないと交渉の『こ』の字にも辿りつけない。はっきり言って分が悪い。

………でも、やるだけやらないといけないかな。
早苗を苦しませたくないし、それにきゅうりもこのままではなくなっちゃう。
夏は嫌いではないがもっとすごしやすくなってもらうためにも頑張ってみるかな。

「うん、わかった。でも、あまり期待しないで。その妖怪、住居が不明だから」
「分かった。お前さんが動いてくれるだけでもこちらとしては助かる。天狗の方は任せろ。否が応でも頷かせる。早苗を苦しませないためにも頑張ろう、な?」
にしし、と笑いながら神奈子は私の頭を力強く撫でる。
この年で撫でられるのは恥ずかしいが、彼女の手は思いのほか気持ちよかった。
この人も早苗のために頑張ろうとしている。
私も頑張ろう。










守屋神社からでると、熱い空気が私を歓迎していた今日の午前。
正直、うっとうしいので私はいつものお気に入りの場所で涼むことにした。
沢の中に足を入れる。水流が優しく私の足を撫でながら冷やしてくれる。ありがたいことだ。
神奈子からおすそ分けということできゅうりを二本もらった。
早苗が懸命に育ててくれたきゅうりだ。大事に食べよう。





私は早速レティのことについて考えてみた。
以前、文はレティを探したことがある。
冬に現れたとき、遠くから尾行したが、感ずかれて失敗に終わったと。
なので手当たり次第、幻想郷の涼しいところを探したらしい。
天界や地底、およそ涼しいと言えるところには行ったが見つからなかったという。

それを踏まえると私が行動する範囲はそれ以外なのだが、他に場所はあるのか、と逆に問いたい。
文は記者でもあるから記憶に長けている。だから彼女の思いつくところで行きもらしはない。そして行動範囲も広い。
だとすれば、私がいける場所はないのでは。
唯一文でも言ってなさそうな場所といえば、『外の世界』か。

「結界付近に行ってみるかな」
そう思って早速行動しようと足を沢の中から引っこ抜く。

「あれ、ちょっとまって」
私は誰に言うでもなく呟いた。
沢の中から足を引っこ抜いたとき足が冷たかった。この前と同じだ。
それもそうだ、水は大抵冷たいままでいる。温くはなってもお湯で存在することは滅多にない。
だとしたら、水って結構水生生物や冷気に関する生き物には過ごしやすいんじゃ。ま、実際河童である私にはこの場所は過ごしやすいしね。
そう思うと急に私の中に何かがひらめいた。何か体の中を電気が走ったような錯覚を感じた。

「もしかしてレティは水の中にいるのかも」
その考えは確信に近かった。
文は幻想郷の行ける所をくまなく探したという。
けれど彼女にも生物として限界の場所はある。
それは水の中。鳥類を基本としている彼女は水深の深いところは手を出せない。だとしたら水の中にいると言うのは案外いい線なのかも。

「水深が深いところといえば」
霧の湖。
あそこは年中霧が立ち込めており、視界がきかない。そして冷涼なスポットであり、底なしではないかと噂があることも有名。
もし、仮にあの涼しさがレティの妖力の影響だとしたら湖が年中涼しいのも頷ける。
と、同時に彼女の存在が恐ろしいということも改めて認識した。
なぜなら湖の深いところからでも私達に影響を与えているからだ。仮に深いところに居ればの話だが。

「文のいうことは本当かも」
恐ろしい冬の妖怪、レティ=ホワイトロック。ちょっと身震いする。
けれど神奈子と約束したんだ。早苗のために頑張ろうって。
私はレティの存在を確認するためにも霧の湖に足を向けた。










夏になっても変わらない涼しさを提供してくれる霧の湖。
その名前の通り年中霧が立ち込めている。お陰で周りを見渡しても白い景色が広がるだけだ。
さて、実際ここを調査するわけなのだが、これはあくまでも自分の推測なのであって、絶対には至っていない。

また、正確な水深も不明なので自分が潜っても大丈夫なのかという不安も抱えている。
そこでここに住んでいる妖精に話を聞いてみることにした。
緑色の髪をした早苗に似た妖精がいうには、どれくらい深いか分からないとのこと。
この近くには住んでいるが潜ったことはないし、潜ったとしても2~3メートル程度くらいしか分からないらしい。

「困ったな」
どうやらぶっつけ本番で当たるしかなさそうだ。
ゆらゆらと揺れる水面が私を誘っているように見える。私の予想通りであればこの中のどこかに冬の妖怪がいる。
いやな想像をしてぶるっと体が震えた。

「い、いってきます」
誰に言うでもなく私は青の世界に飛び込んだ。
その中は心臓が竦むほどの冷たさだった。











潜り始めて大体300メートル程度か。
このぐらいになってくると周りの景色は青というより群青色の世界に変わっていた。日の光が届かなくなり始め、黒い世界が青の世界をじわじわと侵食しているようだ。私自身も黒い世界に侵食されている錯覚をする。
いや、正確には自分が黒い世界に飛び込んでいる、か。




少し寂しいかも。
何せ音が自分のかき水音しか聞こえないのだから。そして見えるものは水だけ。
湖が広いせいか、岩肌、土肌も遠くにあるのは知っているが見えなくなっていた。どうやら自分はいつの間にか湖の中心に移動していたらしい。

私の手が段々黒くなっていくのが分かる。指が無くなり腕が消えていく。そんな錯覚を感じた。
いつまで見えるのだろうか。不安で仕方なかった。







水深700メートルぐらい、かな。
辺りは真っ暗。
化け物が出てもおかしくはない感じだ。
おっと、人間から見れば私自身がそれに近いか。

何せ人とは違ってこんなに深くまで潜られるんだから。
始めの頃に比べれば、多少は辛くなってきたが、まだ問題はない。いける。
そう思いながらも私は早く見つかればいいなと思った。
底が先か彼女の住処が先か。それとも…

墨汁で満たされたような湖の中は私の体を視認させないでいる。喰われたのは手だけでは済まなかった。足も胸も全く見えない。全てが黒い世界に食べられてしまった。
本当に自分は泳いでいるのか、しっかりと下の方へまっ逆さまに泳いでいるのか。いちいち認識しないと不味い状態になっている。
これが深く潜るときの怖さだ。何せ光が届かないのだから方向感覚が分からない。加えて水中だから平衡感覚も狂ってくる。
正気を保っていられるか少し不安。
だって誰もいないんだから。

(早苗)
口は紡げないから頭の中で盟友の名前を告げた。
顔がほころんだような気がした。














潜れば潜るほど水は冷たさを感じる。
それは太陽に照らされる部分が遠ざかるからである。故に深海なところほど熱せられている水は少なくなる。

全身で感じる水が氷のように冷たい。
何故か1000メートル辺りから異常に冷たく感じるようになった。徐々にではなく急激に。
手足が痛い。指先が悲鳴を感じている。
どういうことだろうかと慎重に探っていると、手がこつんと何かにあたった。

(底?)
どうやら私は底に着いたようだ。ずっと潜水していたのでようやく、逆さまの状態から開放される。ああ、地面に立ったのは久しぶりだ。
でも、なんだか足元が、底がおかしい。歩いてみても地面を踏んでいるという感じがしない。
湖底でしゃがみ込み床を軽く叩いた。




コーン、コーン



(うん?)
奇妙だ。
普通地面であるならこんな響くような音はしない。それに触れたところ土特有のごつごつした感じがしない。何か硬質なガラスみたいなそんな感じがした。

いやな予感がする。
私はすぐにその場を離れようと今度は全力で地上に向かう。




しかし私の判断は一歩遅かった。
突如、私の足を何かが『掴んだ』。

「ひゅい!?」
あまりの驚きに私は中に溜めていた空気を吐き出してしまう。
辺りは暗闇なので掴んでいるものが何なのか全く分からない。

息が我慢できずに私は夢中で水をかく。
けれど、私の足を掴んだ『それ』は私以上の力の持ち主だった。

(駄目、息が………もたない)
残っていた空気が吐き出される。
喉が、肺が押しつぶされる。


(ごめん………………さな、え……)
私はその苦しさに抗えなくなった。

















光が見えた。まぶたの裏に光を感じた。
そんな気がした。

「うっ、げほげほ……ごほっ」
私は横になり水を吐き出す。河童なのに溺れて水を飲み込んだのはいつ以来だろうか。
そこで私はようやく目が覚めた。

どうやら自分は地面の上に寝転がっていたらしい。うすらぼんやりとした頭を働かせながら手近なものを掴む。土だ。
手に掴んだ土がぱらぱらと落ちる。
いや、その前に何故土が見える? 先ほどまで暗い水の中を泳いでいたはずなのに……

「あ、あれ……? ここ、どこ?」
本当にどこだろうか。見たところがない場所に私は寝転がっていたようだ。
体を起こし、周りを見渡すと不思議なことに色々視認できる。先ほどまで暗い世界にいたのに不思議だ。
どうやらここのどこかに光があるらしい。
そのお陰で自分の全身がはっきりと見えた。
周りの景色を見渡すと下には土の床がある。まぁ、地面だね。
上は、

「ガラス?」
天井には黒いガラスが見えた。
今度は視線を目の前に向けると上下に地面と黒いガラスの両方しかなく、奥の方はお互いが接している。まるで地平線を見ているかのような気がした。

これが死後の世界なのだろうか。
私は湖底で何かにつかまれ、おぼれたところまで覚える。けれどそれから先が覚えていない。どうやってここに来たのだろうか。
本当にここが死後の世界か。
向こうの方に歩けば三途の川もあるのだろうか。
あの閻魔はいるのだろうか。
全く分からない。






取りあえず、ぼうっとしていても何も分からないので辺りを歩いてみることにした。
座っていた私は地面につけていた手を使って立ち上がる。
立ちくらみはない、どうやら水を飲み込んだだけで異常はないようだ。
私の周囲はどこも同じ景色で、土の地面と黒いガラスの平行世界が続いている。どこに歩いても同じような気がしたから、私は勘で方角を決め歩くことにした。

「何が出るんだろう」
本来私は臆病者だ。自分で言うのも情けないが最近、やっとまともに一人で人里を歩けるようになった程度である。
心細くて仕方ない。
こんなとき早苗がいればなぁ、と不安を抱えながら歩いた。










暫く歩いて、驚いたことがある。
遠くの方に白い塊がある。まるで雪のようなものが地面に横たわっていた。
何だろうかと私は恐る恐る近づく。
すると、ある程度のところでそれがなんなのかはっきりと分かった。

「…レティ……ホワイトロック?」
私が探していた件の妖怪が地面に横たわっている。何故この妖怪がここにいるのか不思議だった。
え、え、という私の驚きと疑問の声が聞こえたのか、彼女は顔をこちらに向けむくりと体を起こし背伸びをする。

「っく………あ~~~………ふぅ。あら、目が覚めたのね?」
「ひゅい!?」
レティが話しかけてきた。
もう、驚くしかない私は混乱しっぱなしだ。

「いいからこっち来なさい」
指で手招きする彼女。私は促されるままに恐る恐る彼女に近づいた。

「そこに座って」
「あ、はい」
やわらかい地面の上に私は腰掛ける。

「私はレティ=ホワイトロック。冬の妖怪と呼ばれている妖怪よ。河童、あなたは誰?」
「あ、河城 にとりです」
「そ。早速質問だけどどうしてここに来たの?」
「えっと、その前にここはどこですか?」
私は恐る恐る質問をした。
すると彼女の顔が急に不機嫌になる。

「質問を質問で返さない。今聴いているのは私なの」
「ご、ごめんなさい………」
慌てて私は謝った。
怖い。どうやら彼女は一方的な性格の持ち主のようで、質問を質問で返したらいけないらしい。
言葉は慎重に選ばないと。
それを念頭において私は答え始めた。


「あ、えっと、私はレティさんを探していたんです」
「へぇ、私を……奇特な河童ね。理由は何かしら?」
何か面白そうに彼女はまじまじと見ながら聞いてきた。
疑問だらけのこの状況に私は質問をしたかったのだがまたさっきみたいに睨まれるのも怖かったので、疑問を挟まず私は今日までに起こったことを話し始めた。



今、幻想郷が猛暑続きで雨が降っていないこと、早苗や人里の人間が日射病などで倒れていること、神様が雨を降らせようとしたが信仰心が足らず失敗し、協力者を探していること、それがレティのこと。私はつらつらと話し始めた。



ある程度話しているところで気づいたのだが、彼女は全く反応を見せてくれなかった。相槌や感嘆の声も上げない。
そして徐々に顔をしかめていく。不機嫌になっていくのが分かり、私は目を見て話すことができなくなっていった。

「あ、あの……そういうことで、協力してもらえないでしょうか?」
「……………」
私がそう言って言葉を閉めたのだが、彼女は一言も発してくれない。
私の体が震えている。
ただただこの沈黙が怖かった。











「ねぇ、河童。私が何でここ、湖の底にいるか知ってる?」
やっと沈黙から開放されたと思えば、訳のわからない質問だった。
というか、ここは湖の底のようだ。だとすれば、天井にある黒いガラスは何なのだろうか。
あ、それと名前を言ったんだから名前で聴いてほしいな。怖くて言えないけど。

「えっと、涼しいからですか」
「半分正解。正確には誰にも邪魔されないからが付け加えられるのよ。鬱陶しい天狗からにも、ね。で、ここで春、夏、秋に蓄えた妖力を冬になったら『上』で開放するって訳よ」
「……」
まじまじと私のほうを見つめながら話す彼女からはある種の凄みが出ていた。
文句や言い訳を言わせない空気。とてもコメントを挟みようがなく、心臓がきゅっとすぼまるようなこの雰囲気に私は思わず口が閉口する。

「そういうことだから今、機嫌が悪いの、私。何でか分かるよね?」
「…………っ」
「冬以外は蓄え期間だってのに、それをその以外の季節に使ったらどうなるかわかる? 冬に使う妖力が減るのよ。暑いから協力しろ? ふざけないで! 私は妖怪。人間を襲うことで存在を保つ妖怪なのよ。たかが雨が降らないくらいで私の眠りを妨げるなんて……」
「ひ、ひぇ…」
まくし立てたように喋りかけてくるレティが怖くなって私は思わずのけぞった。
やはりこの妖怪は怖い妖怪だった。私みたいな気弱な河童ではまともに取り合えない。

レティの明らかな敵対心を放っている目に私は目を逸らしたくなったが、彼女はそれを許さなかった。
私の首を掴み無理矢理顔を近づけさせる。

「ぁぅっ!」
瞳孔は開いており、狂気を醸していた。
気が狂いそうになる。
もういやだ。



そんなとき、彼女が紡いだ言葉は、

「あんた、一度潰されてみる?」
今までの人生で一番恐ろしい言葉だった。
私はあっさりと意識を手放した。



















「気の弱い河童ね」
呆れるような言葉が耳に届いた。
どうやら私は気を失っていたらしい。うっすらと目を開けるとレティの顔が目の前にあった。

「ひぃ!?」
大慌てで彼女のもとから離れる。気を失う前の言葉がまだ耳の中で反芻していた。もう呪いなんじゃないだろうか。

取りあえず、あの言葉の通りなら私は潰されるかもしれない。
そんな警戒心が細胞まで染み付いた私は一刻も早くこの場から離れたい。

けれど、逃げてしまってはわざわざ苦労してここまで来た意味がない。そんな気持ちと逃げ出したい気持ちの両方を抱えながら、私は恐る恐る少しはなれたところから彼女の様子を窺った。
とは言え、隠れるところが一つもない、むき出しの地面だけのところなので離れていてもあまり意味はないのだが。

「はぁ………。ねぇ、河童。何で、あんたみたいな妖怪が私のところに来たのよ」
「あ……う……それは…」
「悪いけど、とても交渉役には向いていない。ただ、『ここ』まで来れるから任された。そんな感じ?」
「そ、それもあるけど」
彼女の目を見れず、おどおど話す私にだんだん不愉快になっていく彼女。
その雰囲気が私の肌を刺激する。まるで、蛇に睨まれた蛙の気分だ。

「私の大事な人が倒れたから。だからここに来た、よ」
「大事な人? ああ、早苗とかって言う人間だっけ」
「う、うん」
全く反応をしてくれなかっただけでどうやら彼女は私の話をしっかり聞いてくれていたようだ。嬉しいかも。
それに早苗の名前が別の人から出たのもちょっぴり嬉しかった。まだ、私の名前を言ってくれないのは不満だが。

けれど、彼女の不機嫌な顔はピクリとも動かない。
発せられた言葉は同情もない、悲しい言葉だった。

「無理していた罰ね。『外』はどれだけ暑いか知らないけど、ひ弱な人間が炎天下のなかを闊歩していたら倒れるでしょうに。身の程をわきまえなさいってところかしら」
だから、私が怒っても仕方ないと思う。
何かが切れた。ほんの少し前は早苗の名前が出たことに嬉しかったのに、一瞬で怒り一色の心に染まった。

本当に自分でもびっくりするほど心が変わった。
でも、怒ってもいいよね。

弱気なところをあざ笑われてもいい、気を失ったことを馬鹿にされてもいい。それは私に向けられた言葉だから。
でも、盟友を馬鹿にするのは、

「黙れ」
許さない。

「へぇ…」
怒り心頭に立ち上がった私を、彼女はほんの少し驚いて見ていた。
そして彼女の口角がゆっくりとつりあがる。まるで面白いおもちゃを見つけた子供のように。

レティのほうもゆっくりと立ち上がり、私のほうに近づいてくる。
じゃりじゃりという足音が徐々に大きくなる。
先ほどまでびびっていたのに今は心が落ち着いている。いや、怒り一色に支配されているからというべきか。
とにかく、今の私は彼女が近づいてこようと臆することはなかった。

「いい顔見せてくれるわね。潰し甲斐がありそうね」
「何言ってるの? 潰れるのはお前だ。早苗のことを馬鹿にするやつは許さない」
私は彼女の顔に指を指し宣言した。

「弾幕勝負。私が勝ったら手伝ってもらうよ」
力強く唱えた。
こんなに真正面からケンカを売ったのは初めてかもしれない。
けれどそんな私をあざ笑うかのように彼女はいやな一言を紡いだ。

「いやよ。言ったでしょ、私は冬に妖力を使うために今蓄えている最中なのよ」
うふふ、と笑う彼女の笑顔が鼻についた。
駄目だ、怒りが収まらなかった。
だから私は彼女の襟元を掴み、ぐっと自分の方へ近づけさせた。

「ここまでただの河童にいわれて乗らないあんたって最低な妖怪ね」
「ただの、ではなく『気弱な』でしょ。それに最低で結構。私の存在意義に関わるものだから乗るつもりはないわ」
そういって彼女の襟元を掴んでいた私の右手に彼女の手が被せられる。

「だからとっとと、この手を離しなさい。駄妖怪が!」
「あぐっ!?」
私の右手をぎゅうと握り締める。まるで万力だ。
あまりの痛さに折れたんじゃないかと思い、しゃがみ込みその場に蹲ってしまう。

「ふん」
鼻を軽く鳴らすレティ。
見下しているその目はまるで、汚いものを見るかのような目だった。カチンときた。
だから私は次の瞬間には左手で彼女の顔を狙っていた。もちろん放たれた手はグーである。

「見え見えなのよ」
けれど、私の手は彼女の手に収められる。
そして、レティは体重が乗った私の左拳をそのまま自分の方へ引っ張りよせた。そしてバランスの崩れた私に彼女は膝を突き出してきた。
お腹に当たる。まだ痛みでしびれている右手で防ぐしかなかった。

「ったぁ!?」
ごすっという鈍い音が辺りに響く。折れていないのが不思議だった。
駄目だ、向こうの方がケンカ慣れしている。
弾幕を形成し距離をとって攻撃しようと画策した。
すると彼女はニヤニヤと笑っていながら言った。

「とは言え、ここまで挑発されて動かないと言うのもプライドに触るわね」
「……?」
「いいわ。乗ってあげる。弾幕勝負で徹底的に潰してあげる。やりあいましょう」
彼女のその言葉に私は驚いた。

「いいの?」
何か裏があるのではないかと怪しみながら尋ねた。

「ええ。私が勝った場合、あんたは潰されるというのが条件だけど」
それは私の命を懸けろということを暗に意味していた。
私は彼女に幻想郷に雨を降らせることを条件にしている。正直、対等とはいえない。
けれど、この妖怪を引きずり出すことができた。
それにあれだけひどい言葉を投げつけられたのだ。勝負せずにはいられない。

「いいよ。勝って私のいうことをいい聞かせてあげる」
私にだってプライドはあるんだから!













「『怪符』テーブルターニング」
地面と黒いガラスの平行世界でレティの周囲に青白い弾幕が広がった。ぐるぐると彼女の周りを旋回するものや綿毛のようにどちらつかずに漂うもの、蛇のようにうねつくもの、様々な動きを見せている。

私にとって初めてみる弾幕。対峙するのが初めてだから当たり前なのかもしれない。
まずは敵の動きをよく観察しよう。
相手は冬の妖怪、レティ=ホワイトロック。私とは比べられないほどの強さを持つ妖怪の中の妖怪。慎重に動くのが無難だ。

今、私と彼女の間は約10メートル程度。あまり離れているとはいえない。
不意の攻撃に対処できるように、私は彼女に悟られないようにじりじりと後退する。
すると彼女が不意に話しかけてきた。

「あ、言っとくけど下がらなくてもいいわ。無駄だから」
無駄と言う言葉に私は必要以上にビクついた。
啖呵きったのは私とは言え、やはり怖い。心臓がすくむ感じだ。

「この弾幕はね私のお気に入りなの。モチーフはその名の通りの『テーブルターニング』。未来の『イエス』『ノー』を判断する占い道具ね」
「………それが?」
「ま、未来うんぬんはどうでもいいんだけど。私はこれを最強の楯と誇っている。楯だから攻撃には向いてないけど、あんたにはこれを貫くことはできない。どんなことをしてもね」
いやらしく笑う彼女の笑みはどうも神経を苛立たせてくれる。
心臓がすくんだり、いらっとしたり今日は感情がころころ変わるなあと思いながら、私は一つ目のスペルカードを詠唱した。

「『水符』河童の幻想大瀑布」
私の周りに大量の弾幕が発生する。
モチーフは川の氾濫。暴れる川の流れは全てを飲み込む。
展開された弾幕は地面や見えない空気さえも削りながら前方へ放出される。狙いはレティ。
もちろん彼女との間には彼女の『楯』があるがそんなものは関係ない。

轟々と音をたてながら川は全てを押しつぶす。
まるで人の拳のようになって私の弾幕はレティの弾幕に殴りかかった。

「いけー!」
手を緩めずにどんどん展開させ反撃の機会を与えないように押しつぶしていく。
どうやら潰すのは私のほうのようだ。
そう思いながら弾幕を生み出していく。





けれど、どこかおかしいと感じ始めていた。私の弾幕は狙いなんて定められない。このスペルは展開したらただまっすぐに進むだけの力技の弾幕なのだ。
それがどういうことか前方の方で左右に分かれ始めている。まるで川を裂く岩山のように何かに遮られているようだ。

もしかしてと思った。
私自慢の弾幕は彼女に届いていないのでは。
すると、彼女の声が辺りに響く。

「いい弾幕ね。膨大な量で私の弾幕ごと押しつぶそうと言うのはいい線だと思う。けど、相手をしているのは私よ。馬鹿にしないでよね」
まるで爆音のような弾幕が展開されているのになぜ彼女の声はこんなにも響くのか。

「圧倒的な質量の前ではどれだけ力を誇ろうと通用しない。それをわからせてあげる」
嬉々とした声と共に先に私の弾幕が押し流される。
荒れ狂った川が無理矢理捻じ曲げられた。あろうことか左右にではなく私の方に。
川をイメージした弾幕は私に牙を向いてきた。

(まずい!?)
私は慌てて弾幕の展開を止め、上の方に飛んだ。
けど、私は失念していた。ここはいつもの青空が透き通る空ではないこと。上空には黒い空が広がっていること。そして天井があること。
私の自慢の弾幕が負けたこと、私が誇る最大の質量を持った弾幕が押し返されたことが思いのほかショックだったらしい。

「がっ!?」
私は黒い天井に頭をぶつけた。かなり痛い。
同時に天井の高さにまで押し上げてきた川が大きな口を開けて喰いついて来た。

「う、うわあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ………!!!」
何十発もの拳が飛んで来るように見えた。
全ての方角に逃げ道はない。
両手で顔だけは守るようにしゃがみ込むも肩に足に体に、満遍なくそして慈悲もなく弾幕の波に飲まれる私。
私は初めて自分の弾幕に押しつぶされた。
あっさりと一つ目が破られてしまった。



















「ごほっ、ごほっ……」
全身が痛む。口からは血が咳と一緒に出る。もろにくらった私は地面に寝転がっていた。
咳き込みながらゆっくりと体を起こすと、はるか先のほうで青白いものが空中でさまよっているのが見えた。蛍か人魂かそんな風にも見える彼女の弾幕。けれど、彼女の姿が見えない。
ああ、彼女が見えなくなるほど私はだいぶ押し流されたのだと気づかされた。

なるほど、最強の楯というのは本当だ。私の弾幕が一つも被弾しないなんて。
私は頭を切り替えた。何も弾幕の質量で勝負をしているわけではない。
あくまでも彼女に勝つのが目的だ。
質量に任せた弾幕が駄目ならあの楯のスキマを抜けるだけ。

「…っ」
体の節々が痛む。たった一度の弾幕でぼろぼろになるなんて予想外だった。もちろん、相手は格上だ。無傷とは行かないと思っていたがまさかこんなに早くやられるなんても思っていなかった。
私はゆっくりと息を整えながら、コートに閉まっていた手袋を取り出し身に付ける。二つ目のスペルカードには必要だからだ。
そして二つ目のスペルカードを詠唱した。

「『河童』お化けキューカンバー」
緑色の槍が私の左右一列にずらりと無数現れる。
近くのそれを手で掴み、私は勢いよく投げた。

「でぇぇーい!!!」
しゅん、と空気を貫きながら私の弾幕は前方に進む。
もちろん、この場から攻撃するだけではない。痛む体にむちを打ちながら私は彼女の方へ走り出す。
近づいた方が確実に当たるからだ。

足を動かしながらも、私は一つ一つ弾幕を掴みながら放り投げる。
左右の列には予め発射台が用意してある。自動で放出してくれるので楽ではあるが、手で投げた方が勢いがつくし狙いを定められる。何より、気分が乗る。だからあえて手づかみで投げるのだ。

徐々に彼女の体が見えてきた。
やっと肉眼で確認できる頃には私の息は荒くなっていた。それでも歩みは止めない。

「っぁぁあああ!」
一掴みしてはレティに向かって放つ。しゅんしゅんとまっすぐに進むのだが途中で彼女の弾幕であっさりと遮られてしまう。
彼女の楯はかなり多い。私の一つ目の弾幕を完全に防いだのだから当然なのだが、必ずすきまはある。
それを信じ、狙いを定めてはなっている。
だが一つも通過しない。

十発、二十発……発射台から無数に放たれるのだが牽制にもならない。
彼女は一つも慌てることなく弾幕を操り、冷静に正確に私の弾幕を打ち落としていく。
こいつはスナイパーか?

「ぬるいわねぇ。もっと頑張りなさいよ」
「黙れ。絶対に打ち抜く!」
人を逆撫でるのが好きなのだろう。挑発とはわかっていてもつい乗ってしまう。

「ほら、もっと増やさないと到底私を屈服できないわよ」
「レティ!!!」
彼女が生み出した弾幕の周囲を走りまわり、なおも撃ち抜いていく。
もちろん彼女も自由にさせてはくれない。青白い弾幕が私の弾幕を防ぎながら隙を見てはおそいかかってくる。
蛇のようにしつこくせまり、虎のように勢いよく襲ってくる。
走り込んで彼女の背後に回っても手を緩めることはなかった。

「ほらほらほら! せっかく、後ろ向いてあげてるんだからちゃんと狙いなさいよ」
弾幕がぶつかり合う弾幕音に隠れて彼女の挑発が飛び交う。
上手く当てれていないだけに余計に腹が立つ。
そして彼女は発してはいけない言葉をゆっくり紡ぐ。

「頑張らないと、雨を降らせるなんて到底無理ね。と言うことは…」
それは食べ物を味わって食べるようにゆっくりと。
そして私の方に振り返り続きを紡ぐ。

「早苗も終わりかしらね」
艶然とした笑みを浮かべる彼女の顔に私の中の何かが切れた。

「っっっっああああああ!!!!」
言葉にならない叫び声。こんな声が出せるなんて自分でも思わなかった。
私は発射台から出た緑色の槍を掴み、放たずにそのまま猛然と向かう。
もちろんレティの『テーブルターニング』はまだ時間が切れていない。
行く手を阻もうと勢いよく殴りかかってくる。
右へ、左へ。時にはしゃがみながらも私は足を緩めなかった。

「邪魔、スルナ!」
同時に十ほどの弾幕が面前に襲ってきたが私は手に握っていた弾幕で切り裂く。
破裂し爆風が襲ってくるが構わない。
私は飛翔するように地を翔けた。

「うわぁ、やるわね。でも、あんたは潰す。これは決定事項なの」
いつの間にか目の前に現れ、クスリと笑う彼女の顔めがけて私は右手で掴んでいた緑の槍でなぎ払う。
レティはそれを首を背けて回避し、あろうことか攻撃中の私の手を掴んだ。

「はぁぁぁ!」
続け様にもう一つの方で貫こうとするが、彼女はそれもあまった方の手で受け止める。
鍔競り合いになった。
私は歯を剥き出しにしながら切り込もうとするが、一歩も動かない。鉄の固まり相手に踏み込んでいる気分だった。

「弱いわねぇ。もっと踏ん張りなさいな」
彼女の両の手から血が流れている。弾幕を素手で掴んでいるのだから当然なのだが痛くないのだろうか。
私の場合、手袋をしているから問題ないが痛そうである。
そして槍を伝って彼女の血が私のほうに向かってくる。
そんな心配が『ほんの少し』よぎった。

そしてそれは余計なおせっかいだった。
レティはあろうことか私のお腹に向けて膝蹴りをかましてきた。本日二度目だ。
私は一瞬反応に遅れもろにくらってしまう。

「ごふっ!?」
地面に膝をつく。私は胃の中のものが逆流しそうになったので慌てて手で口元を押さえた。
彼女は続け様に手を広げ拡散していた『テーブルターニング』を一箇所に固める。

「っつあ!?」
見上げたときには私の上に青白い弾幕がうねうねと動いていた。
それはぱっと見、杭のようにも見える。私の心臓を突き刺そうとするのか。

「っく!」
力をふり絞り、私は右の方へ横飛びをする。
ズズーンと地面を揺らすほど勢いよく叩きつけられた弾幕。

「遅いわよ」
「しまっ……」
どうやら私は彼女の近くに飛んだらしい。
襟をつかまれた私は軽々と持ち上げられた。

「無様ね。啖呵切った割には全然手ごたえないわね」
「はぁはぁ、はぁはぁ……」
「返す言葉もない、と。所詮河童だったと言うことかしら」
息を荒げるしかない私は彼女の言うとおり言葉を返す余裕もなかった。
悔しかった。二つ目のスペルも破られたうえ、また一つも被弾させることができなかった。
これが妖力の差か。それとも種族の差か。
本当に悔しかった。胸の中からこみ上げてくるものが抑えられないほど悔しかった。

「っく……うえっ………ぐす………」
「あら、泣いちゃうの? そんなに怖かったかしら。それとも痛かった?」
心配そうな声をあげる彼女だが決して目はそう語っていない。
むしろ私の襟を掴んでいるのだから心配のしの字もないだろう。

「ねぇ、なんで私があなたのことを嫌っているかわかる?」
「…………ぐす…?」
「あなたが河童だからよ。人間を友とする妖怪。人間を襲うことを糧とする私から見ればふざけているしか思えないのよ。いつか機会があったら苛めてやろうと思っていたけど、ふざけた提案と共にあなたが来たからいい機会だったわ」
そう言ってぎりぎりと締め付けながら笑うレティ。
こいつは本当に潰すことにためらいがないのだな。



レティは冬に人間を襲うことを存在の理由としている。
そもそも妖怪自身は人間を襲うことを目的としている種族だといえる。
そんな妖怪から見れば私たちは異端なんだ。
そして今回の無理勝手な依頼。彼女の中の何かが切れたのかも。それがこんな辛らつなやり方だったのか。





私は交渉役に向いていなかったのかもしれない。
やはり神奈子に任せておくべきだったか。
どうして私、この役を買ってしまったのだろう。馬鹿なことをしたものだ。
思わず自分を卑下してしまう。





ああ、違うよ。
私は進んで買ったんじゃないか。
あの暑さに苦しんでいる彼女のために。
少しでも信仰が増やせるように切り盛りしている盟友のために。
いつも美味しいきゅうりを分けてくれる早苗のために。





「いい機会? ぐっ…そう思うのは結構だけど……がっ…まだ終わっていないよ?」
私は足掻こう。早苗のためにも頑張ろう。
虚勢を張ってこの場を乗り切ってやる。

「あら存外余裕だったようね。どうして余裕なのかしら。教えてくれない?」
「これがあるから……ね」
懐に仕込んでいた三つ目のスペルカードを懐から取り出す。
にっと笑ってやってから宣言してやった。

「『光学』オプティカルカモフラージュ」
「くっ。眩し……!」
強い閃光にひるんだレティ。緩んだ彼女の両手を振り払い、私は姿を消した。
実は私が着込んでいた衣服はスペルの一つにもなっている。特定のスペルに反応し、一時的に姿が見えないようにするものだ。
というのが売りのものだが、如何せん完璧に姿を消せるわけではない。
視覚的に見えないというだけで、匂いはごまかせないし音も分かる。
それによく目を凝らして見ると陽炎のような『ゆらぎ』も見える。
即ち、即席のごまかしであった。

だから、自分が有利になるように働きかけなくてはいけない。
直に閃光をくらったレティはまだ目が見えていないのだろう。しきりに腕で目を擦りながら暴れている。
やはり彼女が全ての弾を操作していたようだ。その上空でも主にシンクロするかのように『テーブルターニング』もゆらゆらと色々なところへ動きまわっている。統率がないように見える。

「くそっ…くそっ!」
あまり褒められない言葉で暴れる彼女を私は押さえつける。
するとぴくりと彼女は反応しすぐさまけりを入れてくる。本当に足癖が悪い。

「っく!?」
強烈な一撃に耐えながら私は彼女の両手を掴む。そして彼女の掌を開かせる。そこには真っ赤な血がべったりとついている。私と鍔迫り合いになったときの怪我だ。
私はそれを彼女の目に近づけた。

「っあ!? 河童、あんた!!!!!!」
「悪いけど目は開けさせないよ」
「くそ! くそが!!!」
そう、血のついた掌を目に付けてやった。
我ながらなかなかえぐい事をしたという自覚はあるが、それでも勝つための常套手段だ。
血は液体ながら意外とぬぐいにくい。衣服で擦っても落ちにくく清潔な水などでぬぐわないとよく落ちない。
これがコートから発する『ゆらぎ』がばれないための手段だ。

なおもしつこく膝蹴りをしてくるので私は一旦距離をあける。
そして弾幕をセットし放出する。

「いっけぇぇぇー!」
このスペルは防御中心の密集型展開の弾幕である。故に弾一つ一つの火力は小さいが近距離で放つことで威力を高められることができる。
私は弾幕を展開し次々と放つ。 

しかし相手は妖怪の中の妖怪、レティ=ホワイトロック。私の放つ弾幕にすかさず反応し、ふらふらさまよっていた『テーブルターニング』を終結させ自らを守る。

「くっ、硬い」
「ふふふ……そう、簡単に、やられはしないのよ」
そしてあろうことか彼女は密集させていた弾幕を散開させ、私の方へ反撃にうってきた。

「潰すと決めたからには絶対に潰す。目が潰されようとその音で、感覚で、私はあんたを狙う。これが私の妖怪としてのプライドよ」
その宣言どおり彼女の弾幕は私の方へ迷うことなく飛んでくる。
彼女のやり方に驚きを隠せなかった。
けれど、ひく理由もない。なぜなら、今は私が優勢だからだ。
畳み掛けるべく、本当に被弾したらまずい弾幕以外私は相手の弾を無視した。
幸い防御型の弾幕なので自然と防げていることもあり、私は弾幕を展開してはレティの方へ放っていった。

「この勝負私がもらうよ」
「ほざけ! 人間なんかとつるむ妖怪に私は負けない。絶対に、よ」
「絶対なんてものはない。あるのはただやり遂げたいという信念だけだよ」
「なら、私の勝ちは揺らがない。私は邪魔するものは徹底的に潰してきた。その信念が私のプライドだ。今までも、これからも」
「だったら言わせてもらうよ。私が初めてあなたのプライドを潰す」
そして息を吸い込み、この戦場での弾幕音に負けないように吼えた。

「友を思う気持ちはどの信念にも勝ることを証明してあげる!!!」
啖呵を切った私は危険を承知しまっすぐに突っ込んで行った。
このまま長期的に戦っていてはこちらが不利になると考えたからだ。何せスペルカードが底をついていたからだ。向こうが残り何枚持っているか知らないがまだ数枚残っていると考えると後はこの『オプティカルカモフラージュ』でやり過ごさないといけない。
それでは敗北必死なので少しでも早く終わらせようと私は接近戦を試みた。




向こうの動きも変わった。広範囲に拡散しながら打ち込んでいた弾幕を明確に私に狙いを定めていた。どうやら足音で察知したのだろう。
この辺りの弾幕音のほうが明らかに大きいのによく気づいたものだ。彼女は自分の言っていたことをしっかりと実践しているようだ。

「あー、河童。あんた、近づいてきてるわね。いいわ、その方が面白いものね」
どうやら高評価をもらえたようだ。にたりといやらしい笑みを浮かべながら狙いすまして打ち込んでくる。

「勝負させてもらうよ」
「来な! 潰してやる!」
私は一気に駆け寄る。途中足に被弾しふらつくが知ったことではない。
そして思いっきりレティの横腹に弾幕を放った。

「ぐあっ!?」
苦しそうな声をあげ苦痛な顔を表す。
しかしそれも一瞬であって、彼女はすぐに私のほうに手を伸ばしてきた。
それを難なくかわし、再度反対側から弾幕を放つ。

「ちぃっ!」
いらついた声を隠さず彼女は常に私を掴もうと必死に足掻く。目は見えていないはずにこの執着心、恐ろしかった。接近戦ならではの迫力なのか。

「河童ぁぁぁ!!! どこにいるんだぁぁ!?」
私は一定の場所に留まらないように彼女の周囲を回りながら的を絞らせないようにする。卑怯と思うかもしれないがこれが私の戦い方だ。それに、私には策がある。

「レティ。言っておくけど私は臆病な妖怪だよ。最初、レティのこと正面から目を見て話せなかったからね」
「そこかぁぁぁぁ!」
彼女の手が私の服をしっかりと掴む。もう離さないといわんばかりに自分の方にひきよせる。

「捕まえたわ」
「違うよ。掴ませたの」
「は! 何言ってるの」
「だって私は谷カッパのにとりだよ」
私も彼女と同じようにぐいと近づく。

「?」
「河童はね相撲が得意なんだよ。これがどう言う意味か分かるよね」
「まさか!?」
レティが驚いた声を上げるがもう遅い。だって自分自身がやったことだしね。

「さば折りってねぇぇぇ!!!!!!」
「ぐああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
私は彼女の背中に手を回し、腕と肩と腹筋の力で彼女を締め付けた。
たいした抵抗もできないのか彼女は私を引き離そうとするが全く力が乗っていない。次第に彼女の顔が真っ青になっていく。
私は手を離しそして今度は手をわき腹と肩に持ち直す。そして、

「でりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
勢いよくレティを地面に叩きつけた。
いわゆる上手投げだ。

「かひゅっ!?」
肺にたまっていた息を吐き出しレティは地面に沈んだ。ぴくりとも体を動かさない。
やっと沈んだ。
私は安堵を着く前に彼女の胸に耳を当てる。万が一ということもあるから心音を確認してみるとトクントクンと確かな鼓動が確認できた。

「ふぅぅぅぅぅぅぅぅ………」
ようやく一息つけた。
全く慣れないものをするものじゃないなと思った。みれば、私の服は弾幕の被弾でくすんでいたり、肌からも血が流れていた。
特に最初の被弾が効いていたので今になって体中が悲鳴を上げている。戦いの最中じゃなくて良かったと思った。
私は背負っていたリュックを地面に置く。とりあえずは彼女が目を覚ますまで横になっていようっと。






















「っつあ!?」
変な叫び声と同時に気を失っていたレティが体を起こした。きょろきょろと辺りを見回し近くで私が地面で横になっているのに気がつくとずりずりと引きずり音を立てながらこっちに近づいてきた。

「痛むの?」
「まぁね。体が軋んで仕方ない。やわになったものね」
「いや、たった一分で目が覚める方がどうかしてるよ。あれでも手加減抜きでぶちかましたのに」
「そうなの? まぁ、何はともあれ私の負けね。河童……いえ、にとり。あなたの言う条件、しっかりと果たすわ」
「あれ、意外とあっさりしてるね?」
えらく聞き入れの良いレティに私は困惑を隠せなかった。

「正直、不服よ。でも負けは負け。けじめはつけるわ」
レティが微笑んだ。まるで雪のようにきれいで、なのに温かみのある笑顔だと思った。
私は初めて彼女の笑顔を見たかもしれない。顔には血がどっぺりついているけど…
彼女はゆっくりと手を伸ばし私の方に差し出す。

「? この手は何?」
「お水持ってない? 目が痛くて仕方ないのよ」
「あ! ああ、ああ。ちょっと待ってリュックに入れてあるから」
私は地面においていたリュックから水筒を取り出し、ふたを開けて彼女の手に渡す。

「ありがとう」
水筒から水を取り出し手に汲んでは目を洗っていく。
徐々に顔に肌色が見えはじめ、そして目もきれいになっていく。

「ふぅ、すっきりした。返すわね」
「あ、うん」
「どうしたの?」
「その、ごめんね。目、痛かったんでしょ?」
「気にしないで。あなたのやったことは勝負での最中。文句はないわ。例え、腕がもげようとね」
「ひゅい!? そ、そんなことしないよ」
「ふふふ、冗談よ」
くすくすと笑う。
私もおかしくなった。
何か通じ合えた。そんな気がした。

まさかこんなに雰囲気が変わる妖怪だとは思わなかった。裏があるのではと怪しみもしたがそうではない。
彼女のプライドがそうさせているのだと思う。今回の勝負で彼女はプライドを賭けそして負けた。
だから、新しく上書きをされたのかもしれない。


「上に行きましょう」
彼女の案内でようやく私たちは湖の外に出ることになった。






















まずレティは天井にある黒いガラスのもとへ近づいた。もちろん私も同行している。
彼女は両手をかざし、天井に掌をつける。

「あなた、最初にここはどこって聞いてたわよね」
「うん」
彼女は天井に掌をくっつけながら私との最初の会話を話し出す。
その前に、彼女の口調が穏やかになっていたことに気づいた。どうやら、キレると『あなた』から『あんた』に変わるらしい。

「さっきも言ったけどここは湖の底。そして、『これ』は私がつくった氷の膜よ」
「氷の膜!? これが」
私は開いた口が塞がらなかった。
だってこれは湖の底付近一面に敷き詰められているのだ。
それを彼女は形成し、かつ維持していると言うのだ。

「ここなら誰にも邪魔されないし、涼しいし、とさっき言ったわね。ちなみにあなたを招いたのはあなたが『これ』にノックしたからよ。たまたま起きていたから良かったわね」
「………黒い色をしているのはただ単純に光が届かないから?」
「そうよ。もっと言えば湖側は鏡のように出来ていて底側からはガラスのようにできているの。外の世界で言うマジックミラーってやつね」
「どうしてそんな凝った細工してあるの?」
「あなたみたいにひょいひょい湖の底まで来たら、ここを覗かれてプライベートもありゃしないじゃない。で、今からどうやって出入りするか見せてあげる」
氷の膜上に白い文字が浮かび上がる。手を動かすと自動的に文字は彼女の手を追尾し複雑な結界が紡がれていく。
まるで、かつて妖怪の山に攻め入ってきた博麗の巫女を見ているようだ。

「あなたも氷に触れなさい」
私は言われるがままに彼女の隣で氷の膜に触った。
冷たい。確かに氷の感じがする。
すると、私達の周りを囲むように氷の膜が形成されてきた。

「ひゅい!?」
「慌てないの。今から私達はこの氷の膜を透過するの。それでしかここを通ることはできないからね。そのために氷と同化しているわけ」
「あ、でも息が」
「最低限の空気は保証してあげる。後は我慢しなさい」
彼女が言い終わる頃には足元まで氷の膜が形成されていた。まるでボールの中にいるようだ。
そしてそれはゆっくりと浮かび上がる。
ずぶ、ずぶ、となにか埋め込まれていくような音を立てながら私達は上昇していく。
不思議な感じがした。

「どうして浮いていくの?」
「浮力の関係よ。後、黙ってて。息ができなくなる」
おっと、そうだった。この中は空気が限られていたのだった。
私は慌てて息を殺す。

天井を見ていると、まるで鏡の世界にいるようだ。
あらゆる方向から私やレティの姿が反射して見える。
彼女の顔を覗くと険しい顔をしていた。反射して見える全てがしかめっ面だった。

上に出るのが嫌なのかもしれない。
地上は太陽が最も活動する夏だから。彼女にとって季節外れな場所に出るのは億劫なのだろう。

氷はどんどん上がっていく。
暗かった水の底を出て段々明るくなっていくのが感じる。
もう少しで地上だ。




















私達が湖の底から出てきたときには辺りはオレンジ色の世界が広がっていた。
地上近くで夕日がまだぎらぎらと光っている。と同時に今日一日の光が失われようとしている風にも見えた。

体をぐっと伸ばした。
お昼前には湖に潜っていたことを考えたら結構長い時間、湖の底にいたことになるなと思った。

「ここで玉手箱なんてもらってたらもっと可笑しいんだろうけどね」
自分で言って思わずクスリと笑った。
その瞬間、私の頭が何かに掴まれた。

「ひゅい!?」
「だったら私が物語の通りあなたに死を近づけてあげようかしら?」
そう言えば、隣にレティがいるのを忘れていた。
彼女はよほど暑いのか額から止め処なく汗がだらだら流れている。そして飛び切りの笑顔でぎりぎりと私の頭を締め付けてくる。

「い、いたいいたい!!!」
「羨ましいわね、この暑さに耐えれるなんて。嫉妬して潰してしまいそうよ」
「ごめんなさい、ごめんなさい」
「私暑いの、ホントに駄目なのよ。要件済ませて早く寝たいのだから神様とやらをつれてきなさいよ」
ぺいっと投げるように離されてから、私は一目散で霧の湖周辺の守屋分社のところへ向かった。
脅されたからというのもあったが、どちらかといえば一緒にいるのが怖かったからといった方が自分の中でしっくりきた。









霧の湖のほとりにある分社で待っていると私の呼びかけに早速神奈子が来てくれた。協力者の天狗も数十名引き連れていた。その中に友達の文の顔も見える。
と思ったときには彼女はその群れからぱっと消えた。まさかと思って湖の中心の方に目を向けるとやはりレティのところにいた。どうやら取材しているらしい。

彼女に取材するのはやめた方がいいと言いにいこうと思ったが、すぐに徒労に終わった。
文の愉快なオブジェが湖に浮かんでいた。
あの娘のあの性格は早く治したほうがいいと思う。









神奈子の段取りで早速雨の儀式が始まった。
要領はこうだ。レティが空気を冷やし天狗達が空気の流れを作る。そして神奈子が雨雲を呼ぶ。
言うは簡単だが上手くいくか不安だ。なにせ最初、失敗したのだから。
「お願い。上手くいって」




まずレティが湖一面の上空に結界を張った。彼女が言うには空気が熱いとは言っても寒気がほんの数パーセントでも含まれていたらそれをもとに自身の能力で冷やせることができるらしい。
そう言っていたことを思い出しながら私は彼女の結界作成をじっと見ていた。

「寒気発生に成功。こっちは問題ないわよ」
レティは指揮官である神奈子にそう告げた。
よほど辛いのか汗が絶え間なく流れている。厚手に見える彼女の衣服は段々と汗で濡れていく。息も荒い。

「大丈夫…?」
「うるさい。喋らせないで」
不機嫌そうに答えたので私は黙っていることにした。
いらつくほど暑い地上に彼女を呼んだことに、いまさらながら申し訳ないと思った。








「心配しなくても『あなた』との約束はたがえないわ」
けれどそっぽを向いてぶっきらぼうに言ったことに私はちょっぴり嬉しかった。





次に天狗達が風の流れを作った。上空に発生した寒気はまだほんの一部である。なにせまだ湖周辺にしかないからだ。そこで天狗達が空を駆け回り、湖周辺以外の熱い空気を運び、レティの結界上で冷やす。そして冷やされた空気をまた湖以外のところに持っていく。
それを繰り返すことで幻想郷全体に雨を降らせやすい環境を作るのだ。
それこそが神奈子の狙いであった。

では、なぜレティを湖以外に連れて行かないのか。
それは簡単だ。彼女がここでしか力を発揮できないからだ。
彼女は冬の妖怪。故に涼しいところでないと本来の力が使えない。
そこらじゅうが夏の空気で充満している湖以外では彼女は活動できない。だから、彼女はここで留まって寒気をつくり、空気の流れを天狗達に任せたのだ。余分な力を使わせないことへの配慮だろう。
むしろ涼しいではなく寒いがベストの環境である彼女にとってここでの作業は地獄なのだろう。






「神奈子様。幻想郷が程よく冷やされました。飛んでて気持ちいいですよ」
嬉しそうな笑顔で神奈子に近づいてきたのは文。いつの間にか愉快なオブジェから開放されていたらしい。
その言葉に神奈子は力強く頷く。

「仕上げだな」
そう言って彼女は力を解放した。
信仰心に今度は雨が降りやすい環境を整えた。だから今度は上手くいく。




神奈子は合掌しながら祈祷している。
文や他の天狗達は固唾を呑んでじっと見守っている。
隣にいるレティは、

「降るに決まっているでしょ」
そう言いながら私の肩を抱いた。

「お願い。雨をください!」
私は必死にお願いした。




















雲が現れた。多分に水分を含んでいるのが一目でわかった。
そしてずっと待ち望んでいた本格的な雨が降った。
まるで幻想郷に梅雨が戻ってきた。そんな気がした。














数日後


「こんにちは。いい雨ですね」
穴倉で機械をいじくっていた私のところに早苗がやってきた。

「おお、きゅうりの人。こんにちは」
外は雨が降っているので、穴倉に入るように手招きした。

「もう。私はきゅうりの人じゃなくて早苗です」
「えへへ、いいじゃない。そう言えば、もう体大丈夫?」
「はい。おかげさまでこの通りです」
にこりと笑いかけてくるので思わずつられて笑った。
早苗は幻想郷に久しぶりの雨が戻ってから二日ほどで退院した。
後は家で体調に気をつけ、外での行動は控えた方がいいと念を押されていた。とはいえ、連日連夜の雨のせいで信仰布教にいけていないので外出の問題はなかった。
私や神様たちも少しほっとしたのは言うまでもない。

「なら、だいじょうぶだね、きゅうりの人」
「ええ、そうですよ。………って、まだ言いますか!? そういうのならこれ、あげませんよ、これ」
「あ、きゅうり!」
早苗は手に持っていた風呂敷を開けると中から十本のきゅうりが現れた。
私は早速いただこうと手を伸ばした。

「いたっ!?」
「駄目ですよ。私の名前を呼ぶまでお預けです」
「む~………」
「え、意地でも呼んでくれないのですか!?」
しかめる私に早苗は思わず驚いていた。むしろ徐々に悲しそうな顔になっていった。

「冗談だよ、早苗。ごめんね。何かちょっと、意地悪したかったの」
「む~! ひどいですよぉ」
「まあまあ。…で、取りあえず、もらっていいかな?」
「………まぁ、呼んでもらったのは事実ですからいいですよ」
早苗の許可をもらって早速一本かじってみた。

「おお、かなりおいしいよ。ありがとね、早苗」
「いえいえ、どういたしまして」
パキパキ音を立てながら食べる私。いい音が鳴っているのは上手に育てられている証拠だ。
私は早苗に感謝を告げると、向こうも照れくさそうに返してくれた。

「……この雨。にとりさんが降らせてくれたんですよね。神奈子様から窺いました」
「まぁ、厳密にはレティって言う冬の妖怪や天狗、神奈子がいたからだよ。私はレティを地上に連れてきただけ」
「もし良かったら、その話詳しく聞かせていただけませんか?」
「うん、いいよ」
私は早苗が倒れたその日からどういうことをしたのか話しはじめた。






あの日――幻想郷に梅雨が逆戻りした日、レティはすぐに湖の底に戻っていった。

「いつまでも長居していると、冬に暴れられないからね」
不穏な発言を残して彼女は来た時と同様に自分の周りに氷の膜を張り始めた。

「あ、待って一つ聞き忘れたことがあるの」
「何?」
「どうして湖の底でもあそこは明るかったの?」
私とレティがいた場所はまるで地上のように明るかった。
手のしわも地面の凹凸もくっきりと見えた。それが不思議でならなかった。
その疑問を彼女にぶつけた。

「ああ、あそこにはもう一人住人がいるのよ。私の友人でね、一部の時期、しかもほんの一日しか地上に現れない友人がね」
「冬の妖怪?」
「いえ、私の眠りを教えに来るものよ。とは言え、いつも湖底まで起こしに行ってるんだけどね。で、その後は彼女が地上での行為を終わらせるのを待つ。そして帰るときは一緒に湖の底まで帰る。その娘は春のような明かりをいつも放っているの。だから暗い湖の底でも十分に明るいわけ」
クスリと笑うレティ。
その表情も作られる氷の膜で段々と見えなくなってきた。

「じゃあね、結構楽しかったわ。二度と邪魔されたくないけどね」
「ごめんね」
私は手を振りながら湖に沈んでいく彼女を見送った。

「今度お土産、湖に送るからね。また、弾幕しようよ」
氷が最後まで沈むまで私は手をふった。
私の言葉は聞こえただろうか。















「……ということがあったんだよ」
私はあのときのことを思い出しながら話した。
途中、暑くもないのに早苗がまるであの時の日射病のようにくらっと倒れそうな場面があった。
ま、あんな弾幕があれば当然か。

「な、なかなかヘビーな弾幕ごっこですね」
「違うよ、弾幕勝負。だから、何でもありだったわけ」
「はぁ………にとりさんって意外と過激だったんですね」
「みたいだね」
思わず苦笑する。
ついこの間まで、人里も歩けないほどの人見知りがちだった私が変わったものだ。
この変化には私も驚いたよ。

「あ、早苗。このきゅうり食べなくてもいい?」
「いいですけど、あまり日持ちしませんよ」
「わかってるって。ただ、おすそ分けしたいのさ」
そう言えば、まだ約束を果たしていないことに気がついた。
せっかく早苗が私に持ってきたものだけど、これを送ることにした。
そうすれば、早苗がどんな娘か向こうにも知ってもらえる。
私の盟友はきゅうり作りの達人で優しい娘なのだ。
それを知ってもらおう。

「どこにですか?」
「私の盟友宛さ」
湖の底に送ったとき彼女はあのときみたいに反応してくれるだろうか。
楽しみだよ!






fin
お久しぶりです、モノクロッカスです。
今回初めて弾幕のバトルシーンを混ぜました。
戦闘描写を文で表すのは本当に難しいですね。慣れるまで我慢でしょうか。

今作のメインの一人であるレティさん。
おそらく大半の人が違和感を持ったと思います。こんなのレティじゃねえって思ったことでしょう。
実はあるSS作家にインパクトを受けて、自分なりにアレンジした結果こうなりましました。
自分では結構気に入っています。
みんなに受け入れてくれたら良いなぁと思っています。

長くなりました。ここで失礼したいと思います。
感想や意見お待ちしております。
モノクロッカス
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コメント



0.380簡易評価
2.70奇声を発する程度の能力削除
>ぽこぽこと起こっていた早苗も今は落ち着き
怒っていた?
ちょい激しい所もあったけど面白かったです
3.90名前が無い程度の能力削除
人当たりがよく書かれることが多いレティ。だけど、公式ではチルノとも仲悪かった気がするし、こんなレティもいいと思います。
妖々夢1面は、冬が終わろうって時だから弱かっただけだよ!
5.無評価名前が無い程度の能力削除
性格はともかく夏のレティが強い説明がちょっと欲しかったかも。
6.80名前が無い程度の能力削除
アクア○ウムさんかなとか勝手に予想してみる
8.80名前が無い程度の能力削除
レティこええw
儚月抄だと紅魔館のパーティーでチルノとふたりきりで話していたレティ―さん
9.80名前が無い程度の能力削除
信仰じゃなくて布教じゃない…?
話自体は好きでしたよ~
11.90名前が無い程度の能力削除
バトルシーンに迫力があってよかったです!
15.80名前が無い程度の能力削除
きゅうりが繋ぐ友達の輪
あと「信仰の帰り」って言うと早苗は既に信仰してるのもあって、布教活動には聞こえないですぅ
16.90名前が無い程度の能力削除
「信仰してる」って言葉も幻想郷っぽくて個人的には好きです
でも人によっては違和感感じるかもですね
ああでも布教でもないのかも

レティさんかなりこわひ