Coolier - 新生・東方創想話

K.and her broom

2011/07/24 21:41:07
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 雷が随分遠くで鳴った。
 どうやら嵐はすぎさったようで、ようやくため息をついて安心することが出来た。
 それでも木々が生い茂る森の中は薄暗くて、滅入った気が晴れることはないのだけれど。
 私は道に迷っていた。もちろん現在地はわからなかった。ついでに言えば自分のこともわからなかった。これが記憶喪失ってやつなのだろうか、まいったね。
 目が覚めたら、森の中にいた。
 物語なんかで魔女とかが住んでいそうな不気味な森、そんなイメージ。物語。読んだことがあるのかな? そんなことを考えるぐらいに自分のことについては何にも判らなかった。
 ついでに森は嵐の真っ只中だった、ついてないにもほどがある! ここまでついてないと逆に楽しくなってくる、性格が前向きなのかもしれない。
 ざぁざぁ降る雨に負けないように声を上げて、少しでも雨宿りが出来そうな木を探していた。雷が鳴っていたから高すぎる木は避けたけど。
 至る、現在。
 振り返ってみてもまいったね。わりと切実に。
「うん。まいったまいった」
「何がまいったんだ?」
 つぶやいていたらすぐ近くに人がいた。あひゃあ! とかなんとか変な声を上げてしまう。
 その人は白と黒の衣装に身を包んでいて……三角帽子を被っていた。なんていうか魔女のイメージと一致している。
 でも悪戯っぽい表情からは幼さを感じさせる、もしかしたら年齢近いかも? 自分の年はわからないけど。
 こちらがこたえないでいると金髪を揺らしてこっちに接近。もう一度口を開いた。
「……で、なにがまいったんだ?」
「あ、えーっと」
 私はちょっと悩んだけれどチャンスだと思っていきさつを話した。彼女は腕を組んで考えるようにした後からっと笑って言った。
「そうかー記憶喪失なんてあるんだな。私もあんたのことは始めてみたし、あんたのことはしらないけど、森から出るぐらいは出来るぜ」
「ほ、本当ですか?」
「ああ、私に出会えるなんて運がいい。この霧雨魔理沙さんに任せておきな!」
 魔理沙さんはそういって高らかに笑った。……どこかで見たような笑顔だった。



 博麗神社。
 二つある神社の一つで魔理沙さんがよく訪ねるほう。赤い巫女がいてさまざまな異変解決を横取りされてしまうとか。
 歩きながら魔理沙さんはいろんな話をした。
 昨日の嵐のことや、私をどこに連れて行くか考えているということ。神社に用事があるから私の案内はその後になるってこと。
 魔理沙さんは人間で魔女じゃなかった、魔法使いではあったけれど。魔女は図書館に引きこもっているらしくて、紫色をしているとのこと。
 赤い巫女のことと、紫色の魔女のことを私は想像する。少しずつ頭の中がまとまってきたらしく、その二人に対する記憶がかすかにあるのがわかる。
 名前はれ……なんとか。パ……なんとか。だと思う。
 自分のことはまださっぱりだけれど、糸口はつかめているのかもしれない。魔理沙さんとはどうなんだろう、初対面といっていたけれど、もしかしたら私はどこかで見かけた記憶があるかもしれない。
 考え事をしていたらいつの間にか神社についていた。
 特別立派ではないけれど、落ち着く場所だなと思う。閑静な雰囲気や澄んだ空気が気持ちよかった。参拝客は見かけなかったけれど。
 魔理沙さんはすたすたと進み、霊夢―。と巫女の名前を呼んでいる。あぁそうだ、博麗霊夢。博麗神社の巫女の名前だ。
 異変解決を生業としている少女。霊夢さんは掃除をしていたようで呼び声にこたえて姿を現した。視線を彷徨わせてこちらを一瞥すると、魔理沙さんにかまわず、すたすたと近づいてきた。
「いらっしゃい。参拝客かしら? 素敵な賽銭箱はあっちよ」
「いや、私の連れだ。それより霊夢聞きたいことがあるんだが」
 笑顔で言った彼女の顔が曇って、魔理沙さんに向き直る。明らかに不機嫌だ……。
 少し気まずいのでその場を離れて境内を見てまわることにした。あまり長い話でもないだろうし。
 掃除をしていたらしき石畳は落ち葉もなかった、夏の日差しと虫の声がしみこんでいるだけだ。
 綺麗にされた場所は好きだ。でもそれと同時に掃除をしなくちゃいけない! と思わせるような汚さも好きだと思う。なんというかやる気が出てくる。
 気持ちの分析に飽きて石畳の数を数えていたら、またもや人が近づいてきていたのを気づけなかった。
 銀髪の女性がこちらに視線を送っている、服装は白と青のメイド服。あれ、この人は確か……赤い館で働いていて魔理沙さんが話した魔女の人とも親しい……気がする。
「こんにちは、参拝かしら? こんな辺鄙なところに珍しいわね」
「あ、いえ魔理沙さんに着いてきただけです」
「魔理沙に? へぇ……あ、クッキー食べるかしら?」
 いただきますと受け取った。ほろほろとしたクッキーは完璧な焼き上がりだった。
 メイドさんはくすりと笑ってから二人のほうへと歩いていった。あの人の名前も思い出せないけど、きっかけさえあれば思い出せるはずだ。
 記憶の断片を転がしながら空を見てみる。何度か見たはずのこの空もまだ見慣れる感情はわいてこない。
 それでも後ろ向きにならないのはいつか取り戻せると思っているからなのか。
 ぐぐっと伸びをして雲を見つめる。長閑だった。
 魔理沙さんがきたのはそれから少したったころだった。
「うーん、咲夜が来たのはちょうど良かったけれど、無駄足になったみたいだぜ」
 彼女はやれやれと肩をすくめながらクッキーをつまんだ、名前を聞いて十六夜咲夜のことを思い出した。手伝えることはないだろうけれど、私は質問をしてみる。
「そういえば魔理沙さんの用事ってなんだったんですか?」
「ん……少し探し物があってな、ここか……紅魔館だと思ったんだがどうやら両方ハズレらしい。ま、専門家のところを尋ねてみるよ」
「専門家……ですか」
 探し物。物を探すことに長けた人物いや妖怪だったかな、覚えがある。
「私の探し物も見つかるかな?」
「どうだろうな、あんたの運がいいのか人里に来ているって話だ。急いで行ってみようぜ」
 そういうと魔理沙さんは私の手をひいて走り出した。
 
 
 
 息が上がってしまうほど急いだ。肩で息をしている私をだらしないなぁと笑いながら魔理沙さんは見ている。……彼女もギリギリといった感じだけれど、指摘する元気はない。
 人里の近くにやってくるとちらほらと人影が増えてきて、空気が活気付いてくるのがわかった。ちょっと騒がしすぎるかもしれない。
 住居が並んでいる、商店が見える、幼い子供達が外を駆け回っている。
 そんな人里の中から雰囲気の違う人影がこちらに向かって歩いてきていた。
 それは明らかに人ではなく、鼠のような耳が大きく二つ、服から出ている尻尾、賢さと狡猾さを感じさせる表情。灰と黒の服に身を包んだ妖怪。
 その妖怪は手に持ったロッドを回転させて私達の前で止まった。
 魔理沙さんが探し物の専門家に声を掛ける、彼女が探しているものを探してもらうために。
 私はそれを見ながら嵐のようにやってくる記憶に動けずにいた。
 全てを思い出すための引き金は魔理沙さんの言葉だった。自分が生きてきた記憶がなだれ込むようにして頭の中を支配していく、目が廻って軽い吐き気を覚える感覚。
 ああ、何で気づかなかったんだろう。魔理沙さんの言葉が遠くから聞こえる、ナズーリンさんに頼んでいる探し物。それは私だ。
 嵐の向こうから声が追いつく。ワタシノホウキヲサガシテクレ。
 小さく息を漏らす、ナズーリンさんの視線がこちらを捕らえる。流石は探し物の達人一瞬にして私の正体を見抜いたらしい。
 だけれどそこから先は考えもしなかった言葉だった。
「君は……最近命蓮寺に出入りしている妖怪じゃないか。物忘れを誘発する程度の能力は自分の記憶も吹き飛ばしてしまうのかい?」
「そ、そうなのか?」
「ああ、少し前からだがね。箒を探すのは彼女に命蓮寺への道のりを思い出させてから……でいいかな?」
「ん……まあ構わないぜ」
 呆然として何も言えずにいる私をナズーリンさんが引っ張って魔理沙さんから遠ざける。ゆっくりと歩きながら小声で話しかけてくる。
「……強引にしてしまってすまないね、混乱している様子だったからでまかせを言ってしまったよ」
「え。じゃあ全部嘘、ですか?」
「ああ、時間が必要だと思ってね……。君のようなケースは特にね」
「……感謝します」
 確かに頭の中は戸惑いが支配していた。時間が解決してくれるか判らないけど気を使わせてしまったらしい。
 小さく頭を下げた後彼女の顔を見た、苦笑をしつつ目で頑張れと伝えていた。
 魔理沙を別の場所に移すよといってナズーリンさんは戻っていった。二人が去るのを見てから人里にまぎれるようにと指示されたので従うことにした、というより言われたとおりにすることしか出来なかった、まだ余裕が無い。
 茂みに隠れて戻ってきた記憶の整理をする。
 私は魔理沙さんの箒だった、昨日までは間違いなく。日常的に私を持ち歩く彼女を覚えている。一緒に……といって良いのかは判らないけど空を飛ぶ彼女を覚えている。
 人を叩くのに使われたときはちょっと痛かった。散らかりきっている家の中に置かれていると掃除に使ってもいいと思ったこともあった。神社の縁側に立てかけられてゆっくりと日の光を浴びた。異変の空を駆けて弾幕の中を飛び回った。一人研究にいそしむ彼女を見ているだけでも飽きなかった。
 気づくと私は泣いていた。ぽろぽろと涙は膝の上に零れている、悲しいかどうか判らなかった。長い縁がぷっつりと切れてしまったような気がして声を殺して私は泣いた。
 涙が止まったころには二人はいなくなっていた。



 人里に入って目的も無く散策をしていた。自分の姿を確認していないけれど、すれ違う人の反応からするとあんまり妖怪然としていないのかもしれない。
 ナズーリンさんは嘘を突き通すのだろうか。
 少なくとも魔理沙さんをどうにか丸め込んで人里から離れたことは確かだった。とはいえ流石に箒がなくなったままというのはダメだろう、ダメであってほしい。ついでに簡単に私の代わりが見つかるようなこともないだろう……そうであってほしい。
 だとすれば私はどうすればいいのだろう? 彼女の箒に戻ることが一番だと思う、でも口も頭も持った私はそれを簡単に受け入れることが出来ないんだ。
 ふと正面から困った表情をした少女が歩いてきた。きょろきょろとあたりを見回し、何かを探している様子だった。なんとなく放っておけなかった、もう少しで泣きそうだったし。
「ねぇ、何か探しているの?」
 びくりと身体を硬直させてこちらを見る少女、怖がらせないようにと笑顔に気を配る。
「あ、あのね、おとーさんに買ってもらったボールがないの」
「ボール……」
 残念ながら見かけていない、でもこのままわかれるのは無情ってものだろう。
「そっかーそれじゃあ一緒に探そうか?」
「え、お姉ちゃん手伝ってくれるの?」
「うん。ものをなくすとさびしいしね、ボールも捜して欲しいはずだよ」
「ありがとう!」
 ようやく笑顔になった少女の頭を撫でて手をつなぐ、自分で言った言葉に少し心が痛んだ。
 探し物の特徴を聞くと白黒のボールで蹴って使うらしい。大きく蹴りだしたらなくなってしまったとか。
 人里の中をくまなく探せば何とか見つかるはずだ、建物の間やさまざまなスキマに入り込んでしまっていようとも。
 まぁしかし現実はかなり厳しく手がかりも無いまま時間だけが過ぎていた。
 甘い考えを持っていたのがいけなかったのか、ボールは見つからなかった。途中で道行く人に尋ねてみても見かけていないらしい。
 少女の顔はまた曇ってきている。まいったなと心の中でつぶやいた。
 家屋の壁に寄りかかってため息をついた。大丈夫だよと頭を撫でてみるけれど、不安そうな表情を拭い去ることは出来ない。どんな些細な手がかりでもいいから欲しかった、少しでもボールに近づければ、何かが起こるかもしれないと思った。
「……探し物かい?」
 だからそんな声に敏感に反応する、声のしたほうを向くと少女がびくっとした。
 人の姿は無かった、聞き間違いか手がかりの欲しさに幻聴を聞いたか。
「あー聞こえるんだな? 声」
「聞こえます。姿見せてくれませんか?」
「いや、目の前にいる」
 幻聴ではなかった。太くて力強い声を追うと壁に隣り合って置かれた漬物樽から聞こえていた。
「……この中ですか?」
「中じゃないよ、目の前の樽が俺だ」
 低い声で樽は笑った。少女は何もわからない様子……だとすると私にしか聞こえていないのか。
 自分の出自の所為かどうやら物の言葉がわかるらしかった、人里が騒がしく思えたのも人の言葉に物の言葉が混じっていたからかもしれない。
 頼りにしていいものか一瞬悩む、でも何も手がかりが無いよりはマシだと私は相談してみることにした。
「白黒のボールを捜しているのですが」
「あぁ、あいつか」
「わかるんですか?」
「風に煽られて叫びながら飛んでいったよ、多分……どっかの屋根の上とかじゃねぇかな」
 屋根の上は探していなかった、聞いて応えてくれるのなら一つずつ聞いていけば判るかもしれない、少し恥ずかしいけど。
「あの、ありがとうございました、がんばって探してみます」
「おぉ、がんばれ。……と一つ頼まれてくれねぇか?」
「できることであれば」
「それじゃあ頼むわ。家の中にいる婆ちゃんに漬物いい具合だって伝えてやってくれ」
 頼みごとは慎ましいものだった。



「ボールさんいらっしゃいますかー?」
「居るー?」
 漬物樽にもらった情報を元にして家屋の屋根に声をかけてまわっていた。説明すると彼女も一緒にやってくれた、不思議な顔をしていたけれど幻想郷ならそこまで特別なことじゃないかもしれない。
 方針が固まったのは良かったのだけれど、成果は芳しいとはいえなかった。幸いなことに、飛んでいた大体の位置がわかっていたので端から端まで調べる必要はなかったけれども。
 魔理沙さんも言っていたとおり私は運がいいはずだ、だから絶対に見つけ出せる!
 無くしたものを探す少女の力になりたかった、自分自身が『無くしたもの』だからかもしれない。失くしたほうが不安なら無くされたほうも言いようの無い不安に震えている。
「いらっしゃいますかー?」
「……いますよー」
 引っかかった! かすかな声を捉えて立ち止まる、もう一度声を発して返事を待つ、もう一度もう一度。場所を少しずつ特定していく。
「……あ」
「いますよー!」
 一番大きく聞こえた返事。でもその場所を見上げて唾を飲み込む。
 目の前には大きな蔵がそびえ立っていた。
 この上だよと少女に伝えると彼女も呆然とした表情で見上げている。それほどに高い。
 商店などが保有する蔵なのか木造のそれは人里の中で一際大きいものだった、この上にいるとなると上らなくてはならない。
 上る術も降りる術も唯一つしか思い浮かばなかった、出来るかどうかは別として。
 考え込んでしまう、後一歩というところでこの仕打ちは残酷だろう、怖い。それでもつないでいる手に力をこめて決意を固めた。
 少女の手を離し、離れているように言う。やるしかない。
 目を瞑って集中する、箒としての感覚を思い出す、空を舞うあの感覚を。魔理沙さんは私が居なくても飛べる。そんな雑念を振り払うように深呼吸を三度。イメージを描いて地面を蹴っ飛ばした。
 足が離れる。落ちるなと念じながら身体を持ち上げる。風を感じる。屋根の上へと意識を向ける。
 華麗にとはいかなかった。バランスは悪くとても格好悪く飛びながら、屋根の上へどうにか到着する。ボールを捜すと屋根の端のほうに引っかかっているのが見えた。慎重にそちらへと向かっていって屋根から外す。
「ありがとう、たすかったよ」
「うん、でもまだ降りなくちゃいけないから」
 出来るだけ落ちついて私は言葉をだした、ここから降りることが一番大変なはずだ。
 風が吹く地面までの距離を見ないようにつとめる、さぁもう一度だ。
 さっきと同じように集中する、ボールを脇に抱えたままという不安が無いわけじゃないけれど、下を見ずに屋根を……蹴る!
 空中に投げ出されたままバランスをとる、大丈夫だこのまま降りていければ……。
 不意に嵐の残りだったのか、突風が、吹いた。
 腕からボールが零れる、風に流されていってしまう! 口を結んでそちらへと飛ぶ、精一杯伸ばした腕がボールを捉える! よしっと安心した瞬間。集中が途切れて体が地面にひきつけられるのを感じた。
 落ちる。制御できなくてただ引っ張られるままに落ちていく。地面が近づいて衝撃に耐えようと覚悟を決めたとき、私の視界に何かが飛び込んできた。
 それは白と黒の衣装を着て、どう見ても魔女といった出で立ちの、普通の魔法使い。
「魔理沙さん!」
「舌! 噛まないようにしろよ!」
 彼女は地面と私の間に滑り込むようにして入ると、私をつかみそのまま滑空。空中でUターンした後少女の前に着地した。
「わりとひやひやしたな?」
「……寿命が縮みました」
 笑って私から手を離すと、渡してやれよと背中を押された。
「はい、お待たせ!」
「お姉ちゃん達ありがとう! ボールもっともっと大切にするから!」
 笑顔を咲かせて頭を下げる少女、小走りに去っていく先から交代するように苦笑しながらナズーリンさんがやってきた。
「予定が狂ってしまったね、いい表情にはなったみたいだけれど」
「あ……そういえばこの状況はあまり……」
「そうだな、私をだまそうとした罪は重いぜ」
 ひぃ、幽鬼のように後ろに立っていた魔理沙さんからあわてて逃げる。へっへっへという声が追いかけてくる!
 少しの間逃げ回ったけど、飛び掛られてそのまま地面に倒される、ぐぇ結構痛い。
 背中に乗った魔理沙さんは声を上げて笑っている、やっぱり乗り心地がいいなぁなんていいながら。それを見ながらナズーリンさんが視線を私まで落として話しかけてくる。
「やれやれ、そろそろ話を進めていいかな?」
「進める……とは?」
「……君のこれからのことさ、逃げてばかりはいられないだろう?」
「ふふ、わかっていますよ、軽い冗談です」
 私は笑う。彼女は忌々しげにまったく。とつぶやいた。



「えっ……それじゃあ魔理沙さんは気づいていたんですか?」
 私の声は闇夜に吸い込まれるように消えていった、ぶら下げるようにして支えている魔理沙さんが短く返事をする。
 ボールを捜していたら随分時間を食っていたらしく、夜が昼から空を奪い取った後だった
 空を飛びながら分かれた後の話をしてもらっていた、私はぶら下がっているだけだけれど。
二人が説明してくれたところによると魔理沙さんは薄々私の正体に気づいていたらしく、ナズーリンさんが戻った直後に問い詰められたらしい。結果的に嘘は早々とばれてしまい作戦は瓦解していたことがわかった。
 その後二人は命蓮寺へと向かい白蓮さんに私のようなケース……つまり物が何らかの原因で妖怪になってしまったケース。その話を聞いてこの後に起こりそうなことを考えていたらしい。
 そのうえで私がこれから取るであろう二つの道について聞かせてもらった。
 一つはこのまま妖怪として生きる道。もう一つは箒に戻る道。
 意外なことに箒に戻るほうが労力は少ないらしかった、時間さえたってしまえば力が尽きてもとの箒に戻るだろうとのこと。
 妖怪として生きるためには自分の特徴に合わせて力を補給する必要があるそうだ。
 話を聞き終えて悩むことは無かった。実のところどうしたいかはもう決まっていて、あとはそれを上手く伝えるだけだったから。
 一つ息をついて二人に答えを伝える。
 少しの沈黙の後ナズーリンさんは何度か頷いて、魔理沙さんにチーズを忘れるなよ、と言い残して飛んでいった。
 私達は喋らなかった。眼下に魔法の森が見え、魔理沙さんの家が見えた。彼女は黙ったまま私を屋根の上におろし、家に入っていった。
 乱暴に家の中を探す音がして、屋根の上に戻ってきた彼女は二人分のお猪口と酒瓶を手にしていた。
「星を肴に」
 そう言って隣に座ると、私にお猪口を差し出した。
 受け取ってちょっと考える、私ってお酒飲めるのだろうか、流石にお酒をかけられたことは無かったと思う。
 それでも最後の経験になるだろうな、なんて考えていると魔理沙さんがじっとこちらを見ているのに気づいた。
「どうしました?」
「ん……怖くないのかと思ってな」
「そこんとこ、私にも良くわかりません」
「おいおい」
 苦笑してお猪口を覗きこむ、見慣れない茶髪の少女がこちらを見ている、表情に怯えはない。
「あのですね」
「ん?」
「魔理沙さんが私の事探してくれたじゃないですか」
「そうだな」
「私、色んな物の声が聞こえるみたいなんですけど、あのボールも、それを捜すのを手伝ってくれた……手伝ってくれたんですよ。その漬物樽も、幸せそうでした」
「……」
「きっと、必要としてもらえればそれだけで嬉しいんですよ」
「生き物から道具に戻るとしても……か?」
「ええ。死ぬ訳じゃありません、ずっと……いつまでかは判りませんがそばにいることも出来ます」
「そうか……」
 まだ納得できないように彼女の言葉は闇に消えていった。そういう態度をされると私も悩んでしまうのだけど!
 それでもせめてお別れは綺麗に終りたかった。彼女のこれからに影を落とすようなことだけは絶対に嫌だった。
 私はお酒を一杯飲み干して、魔理沙さんの正面へと立つ、これだけは伝えなければならないことを整理して台詞にしていく。
「魔理沙さん、私の事探してくれてありがとうございました。そしてこれからも色んな場所に一緒に連れて行ってください。あたたかい場所すずしい場所、あつい場所さむい場所、まぶしい場所くらい場所、月でも地獄でも、弾の雨の中でも!」
 彼女の背中に腕を回す、きゅっと密着したままで言葉をつむぐ。
「ただいま……帰りました」
「おかえり」
 短い言葉は震えていたように思える、強く抱きしめられて、私は涙をこぼさないように空を見上げる。
 嵐が雲を取り去って、星達が競うように光っている、どこまでもどこまでも星の海は続いている。
 ああ、広いな。それを最後に意識は暗闇へと落ちていった。



 博麗神社はいつもどおりに閑散としていた、立地の悪さについて霊夢は延々と愚痴を垂れていたが、仕方がないといった様子で今日も掃除を続けていた。
 魔理沙はその様子を縁側からにやにやと眺めているだけだった。時折頑張れとかなんとか声は掛けているが、手伝うつもりは無いらしい。
 彼女の傍らにはいつも持ち歩いている箒が立てかけられ、日の光を浴びていた。表情も声も無いそれは、どこか幸せそうに見えた。
最後まで読んでいただけたのならば、感謝以外の言葉はありません
始めましての人は始めまして
お久しぶりの人はお久しぶりです。随分と間が空いてしまいましたが

今回はタイトルが最初に決まって、内容をどうするかという順番でした
タイトルはthe band apartの楽曲兼CD K.and his bikeのもじりとなっております、名曲/名盤ですので気が向きましたら
次があるなら書き掛けの秘封物を投稿したいと考えております、再度のご縁がありましたら幸いです
それではこのあたりで、なんらかの感想を抱いていただくことが出来れば嬉しいです。

追記:見た目の修正とコメ返し
段落下げなどが上手くいっていない部分を修正、できたはず。
いくつかの評価とコメントありがとうございます、簡単にではありますが、コメントを返させて頂きます。


>3
咲夜さんの場合はナイフより懐中時計などのほうがなりやすいのかなって考えています。数が少ないほうが思いいれがありそうで。回収し忘れたナイフが時を経て付喪神になったりする……とかあるかもしれませんね、死後話などで。誰かがすでに書いているかもしれませんが
コメントありがとうございました。

>6
少女や漬物樽ぐらいの脇役ならタグが無くてもいいかもしれませんが、オリキャラを好まない方もいらっしゃると思いますし、結構細かくやりたいところです。警戒されながらも全部読ませるだけの力量をつけたいものですね
コメントありがとうございます


>7
普通にをほめ言葉として受け取らせていただきます、それでも後20点すげぇ良かったに変えられるようにがんばりたい所。
コメントありがとうございます。


>8
名無しの箒、後から考えるともう少しためらいなどを上手く書けたら人間っぽさ(妖怪ですが)を出せたかなと反省してます、いい子には書けたと思ってはいましたが
やっぱり魔理沙エキス(魔力とか汗とか)が染みてるはずですから、かわいいと思います、多分。
コメントありがとうございます


>10
まさかのタイトルホイホイ。語呂だけですが若干狙っていました申し訳ありません。
暑い夏ですが初々しさの残る話でほっこりしていただけたのならば嬉しいものです。
Eric.Wも初期の名曲ですね、彼ら殆ど名曲なんでタイトル挙げれば当たる感じですけど
コメントありがとうございました。


と、以上で現状のコメ返しを終わりにさせていただきたいと思います、とにもかくにも読んでいただきありがとうございました。
赤錆びたトタン屋根
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コメント



0.140簡易評価
3.40名前が無い程度の能力削除
咲夜が投げてる膨大な量のナイフとかが全部、付喪神になったらどうなっちゃうんだろうな
6.80名前が無い程度の能力削除
普通にいい話ですし、警戒されやすいオリキャラタグは要らないんじゃないかな
7.80名前が無い程度の能力削除
普通によかった
8.100名前が無い程度の能力削除
健気な箒が可愛かった。
10.90名前が無い程度の能力削除
バンアパにホイホイされてきてみたらなんかすごいホクホクした。
Eric.Wが名曲ですよね。