Coolier - 新生・東方創想話

岐路に立つ

2011/07/23 02:08:54
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 1


 東の空がようやく白み始めた頃、霧雨魔理沙は命蓮寺に到着した。
 境内の石畳に着地し、風で乱れた髪を手櫛ですいた。その後、周囲を見渡した。境内に人の姿はなかった。
 魔理沙はまだ薄暗い境内を歩いた。そして本堂の前に立った。本堂を見れば仄かに明かりが灯っている。
 流石に寺だけあって朝が早いのかと、魔理沙は一人勝手に納得した。
 どうにも魔理沙の中には、僧侶は朝早くから読経している印象がある。
 実際のところ、そうであった。魔理沙が聞き耳を立てると、本堂から女の声が聞こえてきた。読経をしているようだった。
 読経は混じりけのない女の声で唱えられている。誰だかは分からないが、一人で読経している様だった。
 魔理沙は次に寺務所へと歩いていった。寺務所の戸の前に立つと「おーい、誰かいるか」と言った。
 しばらくして、寺務所の奥から足音が聞こえてきた。

「どちら様でしょうか? ……ってあなただったの」

 愛想笑いを浮かべた雲居一輪が顔を出した。その愛想笑いも、魔理沙の顔を見た途端に止め、代わりに面倒そうな表情をした。

「おはよう。白蓮に用があるんだが」
「ああ、おはよう。姐さんに? いったいどんな用?」

 一輪は腕を組み、その場で魔理沙の応対を始めた。話の内容によっては門前払いをくらわせる算段だろう。

「質問は野暮だぜ」
「ならお引き取りを」
「それはお前が決められることか?」
「何でもかんでも姐さんに話を通す訳にはいかないからね。まあ、ほら言ってごらん。言ってみなきゃ分からないよ」

 一輪は目を細め、微笑んだ。親身になって聞いてくれる、そんな印象を与える笑みだった。

「お前に言ってもなあ」
 魔理沙は少し困った表情をしてみせた。そして、わざとらしく溜息をついた。
 それを見て一輪は目つきを厳しくさせた。一輪を分からず屋扱いしているようであったのが、鼻についたらしい。

「言ってみなきゃ分からんでしょうが?」
「でもなあ……」

 尚も魔理沙は困った振りをしてみせた。
 瞬間、一輪の背後に雲山が現れた。一輪もそれに呼応するように、チャクラムを両手に構えた。

「力ずくでお帰り願う必要があるのかしら」

 一輪は薄ら笑いを浮かべている。戦うのが楽しみだという感じで、好戦的な笑みだ。
 雲山は天井につくぎりぎりの高さまで肥大し、魔理沙を見下ろしている。
 屋内でいきなり弾幕を張ることはないだろうが、魔理沙の背後には玄関の戸がある。
 もし一輪が突進してきたら、魔理沙はきっと玄関の戸ごと外に押し出される。
 そして押し出された先の外で、一輪と雲山に容赦なく弾幕を張られるだろう。
 それは魔理沙の望むことではない。今日のところは喧嘩を売りに来た訳ではない。

「いや、悪かった。一輪がそんな人を無下に扱うような奴なはずないからな」

 魔理沙は申し訳なさそうな表情をし、軽く頭を下げた。
 一輪はチャクラムを構えたままだったが、その表情から好戦的な笑みは消えていた。
 今はどこか疑わしそうな目を魔理沙に向けている。

「……用件は?」
「うん、実は白蓮の下で修業させてもらいたくてな」
「修行?」
「そう修行」

 一輪は深く溜息をついた。そしてチャクラムを下ろした。いつの間にか背後の雲山は消えていた。

「それなら始めからそう言えばいいじゃない」
「魔法使いは秘密主義なんだ。むやみやたらに本当のことを言わないんだよ」
「それ、本当なのかしらね? 秘密主義だってこと」
「正直な魔法使いに聞いてみな」

 正直な魔法使いがいるかどうか、魔理沙は知らない。ちなみに魔理沙は別に秘密主義でもなかった。
 独自の魔法の研究を隠すことはあるが、それは一部にすぎない。
 魔理沙は過去に、魔法のいろはを師匠から教わっている。それなので魔法を教わることに抵抗はない。
 むしろ、魔法の研究成果をオープンにすることで、全体のレベルが上がるのではと、たまにだが考えている。
 しかし、その考え方は魔法使いの中では少数派だ。
 基本的に魔法使いは内向的で、周りと関わるのを避ける。それが同業者なら、なおさらだ。
 自分の魔法を魔法使いに見せるということは、奇術師が奇術師を客にしてショーをするようなものだ。

「……まあいいわ。少し待ってなさい」

 一輪は呆れ顔でそう言った。魔理沙と話していても埒があかないと思ったのだろう。

「おう、待ってるぜ」

 魔理沙はそう言って、一輪の背中を見送った。そして一輪の姿が見えなくなると、魔理沙は一息ついた。
 始めから修行のことを話し、頭を下げてお願いすれば、一触即発な状況を作らずに済む。
 だが、それでは問題があった。魔理沙がそんなことをするのは、どうにも不自然に思われる。
 もしゴシップに飢えた鴉天狗がそのことを知ったのならば、魔理沙らしくないところを突っ込まれる。
 そして、魔理沙の普段とは違う不自然な態度の理由を詮索される。
 さらにそこから鴉天狗の興味の対象は派生し、根も葉もない記事を書かれることになる。
 幻想郷では、どこに目と耳があるのか分からない。
 魔理沙の無礼な態度も、この話が鴉天狗の耳に入った時のことを考え、予防線を張ったにすぎない。
 魔理沙なら、この程度の無礼な振る舞いをしていた方が自然である。
 もし鴉天狗の取材があっても、修行のことをいつも通りの無礼な態度で話せば済む。
 鴉天狗も疑わず、それ以上の詮索はしないだろう。例え何か疑われても、魔法の研究のため、その一点張りで済む。
 魔法使いの性格を知る鴉天狗なら、それ以上の詮索は諦める。鴉天狗はプライバシー保護の観念は薄いが、種族に関しては慎重だ。
 天狗という掟社会に生きる種族のためだろうか。天狗は種族の掟や慣習については、自分たちのものと同じように尊重してくれる。

「お待たせ。本堂で姐さんが待っているわ。詳しい話はそれからだって」

 しばらくして、一輪が戻ってきた。
 一輪は魔理沙についてくるよう、手招きをした。

「いやー、どうもありがとう。助かるよ、本当に」
「まだ修行ができると決まった訳じゃあないよ」

 一輪は呆れたようにそう言った。

「決まったようなものだよ。それじゃあ案内してくれ」
「はいはい」

 一輪は投げやりにそう言い、早足で歩きだした。
 魔理沙はその後を追った。
本堂に行く途中、他の命蓮寺の面々と擦れ違った。宝船異変の時には見なかった顔だ。

「おい、上手くやっているみたいだな」
「何が?」
「新入りが結構いるじゃないか」
「ああ、そういうこと。まあ、最近の世が馴染みにくいものだからじゃない?」

 一輪は振り返らずそう言った。
 口調は淡々としたもので、どこか冷たく無機質に感じられた。

「馴染みにくい、か。……おい、まだ着かないのか?」
「失礼します。魔理沙を連れてきました」

 一輪は戸の前で歩みを止めた。一輪の言葉からして、本堂に着いたらしかった。

「どうぞ、お入りください」

 戸の向こう側から女の声がした。朝、本堂の前で聞いた女の声と同じものだった。

「それじゃあ私は行くから」

 一輪は魔理沙にそう言うと、さっさと来た道を戻っていった。
 ありがとうと、言う暇もなかった。一輪の背中は廊下の角を曲がったため、すぐに見えなくなった。
 魔理沙の心の中に、黒い靄が薄くかかった。
 一輪に少なからず嫌われてしまっただろうと思った。嫌われることには、いつになっても慣れない。
 魔理沙のことをよく思っていない者がいる。そのことは知っている。
 そして、よく思われない原因が、魔理沙自身にあるということも知っている。
 だが、魔理沙は自分の行いを正すようなことはしない。
 それは自分が人間の魔法使いで、それ以外ではないためである。
 人間の魔法使いなんていうものは、人間からしても妖怪からしても半端なものだ。
 人間の魔法使いは、いつも岐路に立っている。
 人間として生きるか、妖怪として生きるか、それとも半端者のまま生きるか、常に選択できる。
 往々にして、半端者は他二つと上手く混じることができない。
 半端者は嫌われやすいのだ。
 だが、魔理沙はその半端者の道を真っ直ぐ行くと決めている。
 魔理沙の知り合いに、生まれながらの半端者がいる。その半端者は無愛想だが、我が道を行っていて、人生を楽しんでいるように見える。
 魔理沙はその半端者の生き方に、心のどこかで憧れていた。
 だからだろうか、親元を離れ、半端者として生きていくことに抵抗もなかった。むしろ誇らしく思えたほどだった。

「どうかしましたか?」

 戸の向こう側からの声で、魔理沙は思考から現実に引き戻された。

「ああ、すまん」

 魔理沙は慌てて戸を開けた。
 その先には聖白蓮が正座して待っていた。

「いらっしゃい。一輪から大まかな話は聞いています」

 白蓮は魔理沙に座るよう手で促した。
 魔理沙はおずおずと白蓮の前に座った。どうにも本堂の厳かな雰囲気のせいか、居心地が悪い。

「修業させてもらえないか?」

 魔理沙は単刀直入に尋ねた。早く話を終わらせ、本堂から出たかった。

「うーん。その前にちょっといいかしら」
「何だ?」
「あなたの修行って、僧侶として? 魔法使いとして?」
「魔法使いとして、だ」
「そうですか。魔法使いとしてね……」

 白蓮はそう言うと、顎に手をやり、思案顔になった。

「身体強化系の魔法に興味があってな。それで身体強化といえば白蓮だと思って」

 魔理沙は弁明するようにそう言った。
 しかし、白蓮は変わらず思案顔のままだった。

「いいですよ。修行。やりましょうか」

 少しの沈黙の後、白蓮はそう言った。
 魔理沙は白蓮の顔をじっと見た。

「本当にいいのか?」
「ええ。後進を育てるのも先人の務めですから」
「いやー、本当にありがとう。断られたらどうしようと思ったよ」
「いえいえ、私の方も頼られて悪い気はしません」

 白蓮はそう言うと、優しげに微笑んだ。

「それじゃあ、早速修行のことについて話そうぜ」
「はい。時間はたっぷりとありますから、ゆっくりと……」

 白蓮は立ちあがると窓の障子を開けた。
 外では、東の山から太陽が昇り、眩い日差しを放っている。

「あれ? まだこのくらいか?」
「朝早くいらっしゃいましたからね。そう言えば、朝食は済ませて?」
「いや、それが」
「それなら食べていってください。修行の話はそれからにしましょう」

 白蓮は始終微笑んでいる。
 魔理沙は立場上断りづらく、それに丁度腹もすいてきたので、白蓮の好意に甘えることにした。
 それに、妖怪の作る精進料理がどんなものか、気になってもいた。


 2


 朝食を終えた後、白蓮と魔理沙は境内で早々に修業を始めた。
 参拝客が来ない時間帯の内にやろう。そう白蓮が提案したからだった。

「それでは身体強化について教えましょう」

 白蓮は左腕を前に突き出した。

「例えば、腕には骨がありますよね。その骨をよく想像して下さい」
「ふむ」

 魔理沙も左腕を前に突き出した。

「その骨に魔力を集中させる。最初はこんな感じでコツを掴みましょう」
「よし……」

 魔理沙は自分の左腕をじっと見た。
 深呼吸し、神経を研ぎ澄ませた。
 じわりじわりと、左腕が芯から熱くなってきた

「なんか熱くなってきた」
「あら、筋がいいですね。その感覚をよく覚えておいてください」

 白蓮は嬉しげにそう言った。
 魔理沙はその直後、左腕をだらりと下げた。

「け、結構きついな。これなら弾幕撃ってた方が疲れん」
「魔力を身体にとどめている訳ですから、負担も大きいのです」
「そ、そうか。なあ、これを一日何回やればいい?」

 魔理沙は息切れしながら言った。

「んー、時間のある程度おいて、一日五回ほどやればいいと思います」
「わ、わかった。そうする」

 魔理沙は石畳の上に座り込んでしまった。
 人間の身で魔力を身体の一部に集中させるのは大変なことだった。
 もともと人間の身体の規格が、魔力を考慮したものではないのだから、仕方のないことではあった。

「どうします? 次に進みますか?」

 白蓮は心配そうに言った。

「ああ、頼む」

 魔理沙は立ち上がり、肩をまわした。

「分かりました。それでは次に、血管を想像して下さい。なるべく細かく」
「血管? それってかなり難しいよな……」
「身体強化は何も筋肉だけを強化する訳ではありません。骨、筋肉、血管、肌……そして神経。それらを複合的に強化するものですから」
「……こんがらがってきた」
「それに身体強化とは、言いかえれば身体の妖怪化。あなたの周りの妖怪も、妖気や魔力に依存して存在しているでしょう? それと同じなんです」
「……」
「見た目華奢な妖怪でも、とんでもない腕力だったり、脚力だったりする。……ね? 身体強化って妖怪に近づくってことなの」

 しばしの沈黙があった。
 魔理沙は口を真一文字に結んで、俯いた。

「なあ、白蓮」

 沈黙を破ったのは魔理沙だった。

「はい?」
「悪いんだが、修行の話はなかったことにしてくれ」
「……はい。いいですよ」
「本当にすまん」
「お気になさらずに」

 白蓮は静かにそう言った。
 その後、妙な静寂があった。
 魔理沙と白蓮はお互いの目を見合った。
 魔理沙の目には決意が、白蓮の目には哀愁があった。

「時間とらせて悪かったな。それじゃあ」

 魔理沙は箒に跨ると、そう言った。

「いえいえ、それではお気をつけて……」

 白蓮はそう言って小さくお辞儀した。
 魔理沙は右手を挙げてそれに応じた。そして段々と高度を上げた。
 命蓮寺が片手で隠せる程小さく見えるところまで高度を上げた。そこまで上がって、ようやく前進した。
 前進を始めると、そのまま魔理沙は加速していった。命蓮寺はどんどん離れていった。
 雲のない空では太陽が眩しくかった。魔理沙は首を動かし、帽子のつばで太陽を隠した。
 そのうち、視界の端に魔法の森が映った。
 魔理沙は魔法の森に向け、弧を描く様に曲がった。
 だんだんと高度を落とす。
 慣れ親しんだ瘴気が、魔理沙を迎えてくれた。


 3


「いらっしゃい。……何だ、魔理沙か」
「何だとは何だ」

 魔理沙は一旦家に戻り、用事を済ませた後、香霖堂にやってきていた。
 森近霖之助からは、それほど歓迎はされなかった。
 霖之助は本を読んでいた。それなので、魔理沙に読書の邪魔をされるとでも思ったのだろう。
 だが、それはいつものことなので、魔理沙は気にしなかった。

「それは一体何の本だい?」

 霖之助は読んでいた本を閉じ、感情だの上に置いた。そして魔理沙が腕に抱えている一冊の本を指さした。
 
「流石香霖、目ざといな」

 魔理沙はその本を霖之助に手渡した。
 一旦家に戻ったのも、この本を取りに行くためだった。

「装丁からして、外の本だね。これは」
「そのとおり」
「しかし……ESP? 一体何のことだか」

 本の表紙には『ESPの謎』と書かれている。
 霖之助はそれを悩ましげに読み始めた。
 そして時々、何やら興味をひくものがあったのか、目を見開いたりした。

「おしえてやろう。それは外の世界の魔道書だ」

 魔理沙は口角を上げ、そう言った。

「外の世界の魔道書? パソコンと何か関係があるかな」
「読んだ身から言わせてもらうが、関係ない。多分」

 魔理沙は壷に腰を下ろした。

「なんか、人間の脳に秘められた力だとか書いてある」
「脳だと? 外は中々恐ろしいものに手を出しているな……」

 霖之助は顔をしかめて本を睨んだ。
 その後、本を勘定台の上に置いた。

「恐ろしい? なんでだ?」
「脳というのはある意味で人間そのものだ。その秘密を暴くなんて、あってはならない。そう、人間の脳はパンドラの箱みたいなものだ」
「おいおい、箱は頭蓋骨の方だろ」
「しかし、外は一体どうなっているんだ……?」

 霖之助は魔理沙を無視して考え始めた。
 魔理沙は呆れて溜息をついた。

「実は私、その本の中に書かれていたことを試してみようとしたんだ」
「えっ! それでどうだったんだ?」

 霖之助は驚いた様子で魔理沙を見た。

「駄目だったよ。脳にショックを与えようとしたけど、無理だった」
「ショックって、頭でも思い切りぶったのか?」
「違うぜ。魔力を利用しようとしたんだよ。でもな、人間にはちょっと厳しすぎる」

 魔理沙はこめかみを指でトントンと叩いた。
 そして左腕を前に突き出し、魔力を留めてみせた。

「あまり危ないことをするんじゃない。君にもしものことがあったら、親父さんに会わす顔がないじゃないか」
「親父は関係ないだろ」

 魔理沙は露骨に顔を歪ませた。
 霖之助を睨む目は、三白眼になっている。

「まあいいさ。……それより魔理沙、どこでそんなこと習った?」
「そんなことって?」
「魔力を留めることだよ。一朝一夕で出来ることじゃない」
「わりとすぐ出来たぜ」
「……で? どこで習った?」

 霖之助の目つきが厳しいものになった。
 その目つきは、実家の父が魔理沙を叱るときのものに似ていた。

「そう怖い顔するなって。命蓮寺だよ。そこの住職に教えてもらった」
「命蓮寺……ああ、あの」
「なんかあるのか?」
「いや……きっと何もないよ」

 霖之助は歯切れ悪くそう言った。
 その後は、すっかり黙りこんだ。一人思考に耽っている様だった。
 こうなると、魔理沙が何を言っても、生返事しかしなくなる。

「帰るぜ」

 魔理沙はそう言って腰を上げた。
 霖之助はそれに対して「ああ」としか言わなかった。
 一体何を考えているのだろうと、魔理沙は霖之助を見て思った。
 霖之助の言った、「きっと何もないよ」が、どういう意味かも分からなかった。
 なにが何もないのだろうか。命蓮寺、白蓮が関係しているのだろうか。
 それに、なぜ霖之助があれほど厳しい目になったのか。
 考えても、答えは出ない。
 魔理沙は霖之助に背を向け、香霖堂を後にした。
 去り際にカウベルが鳴った。鳴った後は、静かだった。


 4


 魔理沙が帰った後、霖之助は勘定台の上に置いてある本を手に取った。
 本は二冊あり、手に取ったのは『ESPの謎』の方だった。魔理沙は持ちかえるのを忘れたものだ。
 霖之助はその本を読んでみた。
 読んでいくと、魔理沙の言っていたことが改めて思いだされた。
 確かに、この本に出てくる登場人物は、何やら事件や事故に巻き込まれ、身体、精神にショックを受けている
 そして、そのショックが作用する部位は、脳であると結論付けられている。
 その他にも、『ESPの謎』にはいろいろ書かれているようだった。
 だが辛うじてESPの種類を知る程度で、霖之助は本を勘定台の上に置いた。
 霖之助にはこの本をこれ以上読み進めることが出来なかった。
 もっと詳細にESPについて知りたいと思ったが、今の霖之助にはこれが限界だった。
 外の世界の言葉は、幻想郷で聞かないものが多い。
 そのため、外の世界の本を読むときは、正確な意味を知ることが出来ず、難儀している。
 霖之助は本から目を離し、天井を見た。少し目を休めた。
 次に霖之助は、もう一つの本を手に取った。
 これも外の世界の本だが、霖之助にとって馴染みやすい点が『ESPの謎』とは違っていた。
 手に取った本は信貴山縁起を解説しているものだった。
 魔理沙が来るまでは、その解説と自分の解釈との相違を一人楽しみながら読んでいた。
 だが、今この本を手に取ったのは、相違を楽しむためではない。
 この信貴山縁起に登場する命蓮上人について、ある考えが浮かんだからだ。
 命蓮上人には、倉を飛ばしたという話がある。それは法力によるものだとされているが、果たしてそうだろうか。
 霖之助は『ESPの謎』に目をやった。
 この『ESPの謎』には念動力についての話が載っていた。
 念動力とは、その名の通り、念で物を動かす力である。数あるESPの中の一つである。
 親切にも『ESPの謎』には、念動力を使用している図が、漫画調で描かれている。それが霖之助の理解を助けた。
 その図は、一人の男が自動車と呼ばれるものを触れることなく浮かび上がらせているものだった。
 霖之助が最初その図を見た時、声には出さなかったが、大いに驚いたものだ。
 なぜなら、命蓮上人の飛倉にひどく似ていると思ったからだ。
 こんな偶然がある筈ないと、何度も自分に言い聞かせた。だが、運命という二文字が頭に浮かぶと、その気になった。
 さらに、魔理沙が命蓮寺の住職に師事したことも霖之助の背中を押した。
 命蓮寺の住職、聖白蓮といえば、命蓮上人の実姉。その白蓮に、魔理沙はESPに繋がる技術を学んだというのだ。
 多分、魔理沙は直感的に白蓮に学ぶべきだと思ったのだろう。
 それも当然だ。すでに魔理沙には宝船異変の時に、命蓮上人の飛倉の話しが刷り込まれている。
 少し強硬な態度をとってしまったが、聞いておいてよかった。霖之助はその時のことを思い出し苦笑した。
 ここで霖之助はある仮説を立てた。それは命蓮の法力と念動力は同じものであるということだ。
 つまり、外の世界では法力がESPの念動力に形を変え、綿々と引き継がれていたということが考えられる。
 『ESPの謎』を読む限りでは、念動力に法力のころにあった宗教色は失われている様だが、それは昨今の事情を鑑みるに止むを得まい。
 むしろ、法力が念動力を隠れ蓑に外の世界で存続しているであろうことが、霖之助には衝撃だった。
 妖怪その他諸々が幻想郷に逃れてくる現状において、法力は上手く外の世界に適応している。
 驚くべきことだった。
 それは幻想の存在も適応さえすれば、外の世界で存続できる。そのことを意味している。
 ESP、念動力の存在こそ、その証拠である。
 霖之助は席を立つと戸棚から紙とペンを取り出した。興奮冷めやらぬうちに、今日のことを紙に書き留めた。


 5


 雲と雲の隙間から、月が顔を覗かせている。魔理沙は月明かりを頼りに暗夜を飛んでいた。
 目指すは命蓮寺、風向きはいい。追い風だ。
 魔理沙は一段とスピードを上げ、夜を飛ぶ。
 月は一向に空にあり、雲に隠れることはない。
 眼下にある森から獣の鳴き声が聞こえる。獣の鳴き声だからと言って、本当に獣だとは限らないが。
 魔理沙は今日のことを思い返し、箒の柄を握る力を強めた。今日の清算をしに行くのだ。今日中に。
 そうして、しばらく飛んだ。そのうち命蓮寺が見えた。
 魔理沙は段々と高度を下げた。のりにのったスピードも、少しずつ落としてく。
 だが魔理沙は、境内の石畳が視認出来るところまで来て、急に高度とスピードを上げた。
 先程まで魔理沙がいた場所を巨大な拳が通り過ぎた。
 空を切った拳は、そのまま雲に飲まれた。

「一体何の真似だ!」

 魔理沙は暗闇に向かって怒鳴った。
 暗闇から返事はなかった。その代わりに女の姿が暗闇から浮かび上がった。

「今晩は。今朝はどうも」

 女は一輪だった。一輪の両手にはチャクラムが握られている。

「荒っぽいな。いきなり弾幕とは」
「見張りは荒っぽいものよ。特に泥棒に対しては」
「残念だが、泥棒じゃない。魔法使いだ」
「泥棒が自分のこと泥棒って言う訳ないじゃない」
「喧嘩売ってるのか?」
「今朝のことがあったでしょ? あれからずっと腕がうずいてたの。戦いたいって」
「僧侶がそんなんでいいのかよ」
「僧侶って言っても、昔の僧侶ですから。荒っぽい時代の、ね」

 一輪はそう言うと、右手を横に払った。
 何をする気だと、魔理沙は動かずそれを見ていた。だが、一輪が不意に笑ったのに気づき、すぐにその場から離れた。
 瞬間、巨大な拳が魔理沙を掠めた。
 先程の拳と同じものだ。

「危なかった……。最初の拳をすっかり忘れていた」
「あらら、惜しかった」

 一輪はそう言って、右手を払い、続けて左手も払った。
 魔理沙は上空の雲に注意を向けた。
 案の定、雲から大量の拳が飛んでいきた。

「ちっ……。雲山の奴、雲の中に隠れてやがる」

 魔理沙は小さく呟いた。
 一輪の出す合図と共に、魔理沙に向けて次々と拳が飛んでくる。
 スピードを上げたり、急旋回したりして、魔理沙は拳を避けた。
 そうしているうちに、一輪との距離が大分開いた。
 このままでは埒が明かない。
 魔理沙は少しばかり迷ったが、策を実行することにした。
 魔理沙は一輪のいる方に向きなすと、そのまま猛スピードで突進した。

「ブレイジングスター」

 そして、突進しながらそう宣言した。

「雲山!」

 一輪は慌てた様子で、雲山に戻ってくるよう合図した。
 まだ魔理沙と一輪には距離がある。
 雲山が戻ってくるには充分な時間があった。

「雲山、壁を作って。その後、減速したところを一気に叩くわよ」

 一輪は雲山にそう告げると、雲山は一輪を隠す様に、雲の壁を作った。
 雲の壁に阻まれ、魔理沙からは一輪の姿を視認出来なくなった。

「なかなか面倒だな……」

 魔理沙は雲の壁を目の前にし、唇を噛んだ。
 しかし、ブレイジングスターを止めることはせず、さらにスピードを上げた。

「そのまま突っ込んでくる気ね……。雲山、大丈夫?」

 雲山からの返事はなかった。
 だが、雲山の妖気は高ぶっている。

「……分かった」

 一輪は前方を見据え、腕を顔の前で交差させ、防御の姿勢を取った。

「そこにいたのか」

 だが、雲山の作った雲の壁が、崩れることはなかった。
 魔理沙の声は一輪のすぐ近くから聞こえた。

「えっ!?」

 一輪は驚いた様子で声の方を向いた。
 そこには魔理沙の姿があった。

「雲の中に隠れられなくて本当によかったよ」
「……どういうことかしら」
「狙っていたのはお前じゃない。雲山の方だ」

 一輪はそれを聞いて、呆然とした様子になった。

「雲山から合図、なかっただろ? どうしてだと思う?」
「……」
「懐中電灯だよ。ブレイジングスターの光を懐中電灯代わりにしたんだ。そうすると、どうなる? 今は月があると言っても夜だ」
「あなた、途中で止めたのね」
「そうだ。ブレイジングスターを衝突前に緊急停止させた。つまり、明かりも消えるって訳だ。……視覚に頼ったのが悪かったな」
「驚きだわ。雲山にも瞳孔があったのね」
「瞳孔に近い仕組みって言った方が正しそうだぜ」

 一輪は肩を落として溜息をついた。

「やっぱり夜遊びはよくないわ。明るい時にやるべきね」
「妖怪が言うことか」

 魔理沙は笑ってそう言った。

「それで、一体何の用なの?」
「……今朝のこと。謝りに来たんだよ」
「……そう。全然気にしてないわ」

 一輪は雲山に合図を送りながら、そう言った。
 雲の壁が徐々に崩れた。そして、小さくなっていく。

「ならよかった」

 魔理沙は崩れていく雲の壁を見て、そう言った。

「それだけ? まあ別にいいけど」
「あ、もう一つある。白蓮にもよろしく言っておいてくれ」
「姐さんに? そう言えば、何であなた修行止めたの?」
「それは……」

 魔理沙は答えに窮した。
 自分は半端者のままでいたかった。妖怪になりたくなかった。
 だが、妖怪である一輪を前にして、それを言うのは憚られた。

「妖怪になりたくなかったから?」

 一輪は心を見透かしたかのように、そう言った。

「何でそうなる」
「だって、妖怪化って姐さんが言ったら、すっかり黙りこんだんでしょ?」
「白蓮がそう言ったのか?」
「いや、違うよ。新参の中に耳のいいのがいてね。盗み聞きしてた」

 魔理沙は眉間にしわを寄せた。

「怒らないでよ。姐さんにもいろいろあるから心配だったの」
「いろいろって何だよ」
「……命蓮様のこととかね」

 一輪は空を仰いでそう言った。

「命蓮って、寺の名前だろ」
「姐さんの弟なのよ。命蓮様は」
「ふーん。弟の名前をねえ」
「今の姐さんがあるのも、命蓮様があってこそ。それがいいことか悪いことかは分からないけど」

 一輪がそう言った後、二人とも口を閉じた。
 だが、しばらくして、一輪が口を開いた。

「ねえ。もしあなたが死にそうになった時、そのまま死ぬか、妖怪になってでも生きるかの選択が出来たらどうする?」
「え……うーん。分からんな。今のままじゃ」
「命蓮様は死ぬ方を選んだ」

 魔理沙は黙った。
 一輪は一人、空を見上げながら言葉を続けた。

「それが姐さんを苦しめている。命蓮様の力をもってすれば、延々と生きられたのに、どうして死を選んだのか。ずっと分からずじまい」
「……」
「命蓮様の死は、今の姐さんの在り方を否定している。……姐さんはそのことをずっと悩んでいる。朝一人で読経しているのも、命蓮様への釈明なのかもしれない」

 一輪は魔理沙の方を向いた。

「あんたは魔法使いだ。生死の選択が出来る。姐さんはあんたを見て、昔を思い出てしまったのかもしれない」
「どういうことだ?」

 魔理沙は箒の柄を握りなおして、一輪を見た。

「私がわざわざ迎撃した訳。それは姐さんの読経を邪魔させないためさ」
「腑に落ちんな」
「いいよ。それで。……さ、いつまでも空を飛んでいると風邪をひく。さっさとお互いの住みかに戻ろう」
「……ああ、そうだな」

 魔理沙は一輪に背中を向けた。
 そして「じゃあな」と言うと、魔法の森へ飛んでいった。
 後ろは振り向かなかった。
 月はすっかり雲に隠れてしまった。


 6


 翌日のことである。
 魔理沙は再び香霖堂にやってきていた。
 昨日忘れていった本を持ち帰るためだった。

「おい、香霖。来てやったぜ」
「いらっしゃい。ほら、忘れものだ」
「さんきゅ」

 魔理沙は本を受け取ると、帽子の中に仕舞った。

「その本、なかなか興味深いことが書かれていたよ」

 霖之助は眼鏡の位置を直し、笑みを浮かべた。
 魔理沙はその笑みを見て、苦笑いした。

「何だ。また変なことでも思いついたのか?」
「いやいや。今回はいつもと違うぞ」

 霖之助はしつこく眼鏡の位置を直す真似をした。

「言ってみろよ。場合によっちゃあ、何かあるぜ」
「くっくっくっ……」
「焦らすなよ……」
「分かった。言うぞ」
「うん」
「実は……」
お読みくださりありがとうございます
木の中
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コメント



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姐さん……貴女は確かに破戒僧かもしれない
でも、きっと弟さんは責めたりしないと思いますよ

あと、魔理沙の未来の不確定性はドラマになるよね
誠に心配であり、楽しみである