Coolier - 新生・東方創想話

『思い残すことはもう』―Suspended Sentence―

2011/07/16 23:28:41
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 季節は花冷えのする頃。それは、十六夜咲夜の齢が六十に達そうかという年であった。
「……うん?」
 真夜中、月を見上げながら紅魔館のテラスで紅茶を嗜んでいたレミリアが、ふっと呟いた。その姿は咲夜が幾ら歳を重ねても、あまり変わらないようである。
「咲夜、今ちょっと時を止めた?」
 不意の質問に、咲夜は一瞬だけ首を傾げるも、すぐに浅く細かな皺をくっと深めて、柔らかな微笑みを作り上げる。
「いいえ。時間停止なんて、もう三十年以上も使っていませんわ。今では、時折ワインの熟成のために時を早回しする程度です」
 咲夜の髪には銀と白が半分半分ほど混ざっているのだが、色合いも色合いなので、全体が白髪のようにも見える。白髪特有の芯が強い髪質で、何もしなければぶわりと広がってしまいそうな髪を太めに三本束ねて、一本足の三つ編みにして毛先十センチ辺で優しくまとめている。丁度永遠亭の八意永琳に似ていた。
 体幹は前のめりに少し歪んでおり、上背も実の身長より低く見える。肌全体を見れば歳相応以上のハリを保っていたが、分かりやすい位置のシワは隠し通せそうにない。
 衰えが見える。一般に、『無理をしてはいけない』と言われるような年齢であり、本人もその評価に準じた行動を取るようになっていた。
「そう」
 満足の行く答えが得られたのか、レミリアはそれ以上何も言わずに、月が浮かんだティーカップに視線を落とした。
 ――じゃあ、運命が止まったか。
 レミリアはそんな言葉を喉まで出して、多めに残っていた紅茶とともに奥へと流しこむ。
 ぷくりと少し膨らもうかというお腹を一つさすって、月を見上げた。それは型に嵌めたような満月だった。
「執行猶予というわけね」
「どうされました?」
 レミリアが呟き、咲夜がそれに応答する。
「あら、声に出ちゃった?」
 軽い言葉尻でレミリアが返して、咲夜を見た。
「咲夜、元気にしてる?」
「ええ、とても元気ですよ」
「今から散歩に行きましょう」
「かしこまりました。それでは防寒の用意を」
「任せたわ」
 そういって、咲夜はテラスを後にした。その足はランドリー室へと向かう。
 レミリアは空になったティーセットを両手に抱えて、キッチンを目指して歩き始めた。もう何十年も前から、食器の後片付けはレミリアが率先している。
 もちろん、キッチンのシンクに置くところまで。
 テラスからキッチンに向かえば、玄関までの距離が近付いていることになるので、レミリアは自室へと戻らずにエントランスホールへ向かった。数分も待てば咲夜がやってくることだろう。
 ただ何気なく天井を見上げて、手首を見た。いつも見ている腕からは何の成長も見えない。それでも本人が判断出来ない所では、いつかのまだずっとやんちゃだった頃に比べて、少しだけ肉付きもよくなり、種相応の成長が感じられた。
「腕時計でも着けよう」
 自分にしか聞こえない声で呟いて、レミリアはその場から姿を消した。
 そして咲夜が防寒着の用意をしてエントランスホールへやってくるよりもずっと早く、自室とそこを往復する。身につけてきた腕時計は、丁度零時を指していた。


 散歩といっても、あてもなく外をうろつくわけではなくて、咲夜を従えたレミリアの足は真っ直ぐに人里を目指している。
 通り過ぎる森は緑にあふれていた。宵闇の中でも自ら輝いているように見えるような、そんな魅力を蓄えていた。
「思ったより寒いみたいね」
 そんな様子を感じさせずに、レミリアは素っ気なく告げる。
「大丈夫ですか?」
 何の深刻さも感じさせずに、咲夜が心配する。
「咲夜が、よ」
 何の前振りもなく、レミリアが咲夜を気にかける。
「私なら……いい運動になってますよ。汗までかいてしまいそうです」
 当然のように咲夜はその心配を受け流した。
「あら。歩く速度を落としましょうか?」
「いいえ、お構い無く」
 そしてレミリアは構わずに歩く。咲夜の歩幅は昔と比べてずっと狭くなったように思えた。そのことについて咲夜に問いかけてもみたが、
「お嬢様のお体が大きくなったんですよ」
 と答えるだけだった。
 二人は歩く。そこへ不意に目の前を鳥が横切った。
 二人は驚いてそれを目で追う。
「鳥が夜空を飛ぶなんて、何かと出遭ったのかしら?」
 僅かに止まりかけた足を前に滑らせながら、レミリアは何も見えなくなった暗闇を見ながら言った。
「どうでしょうね。お嬢様の存在感に当てられたのではないでしょうか」
「そうかしら? ……ふぅん。前も二人で歩いていた時、それも人里へ向かっていた時に鳥がやってきたことがあったわね」
 二人して同時に肘を抱えて顎の下に拳を当てる。先に咲夜が思い立った。
「夜が明けない異変、ですね」
「そうね。思えばあの時から、私は幻想郷を支配していたのかもしれない」
 咲夜は首を傾げた。
「何を根拠にしてますか?」
「私の能力は分かるわね、咲夜。そう、私は運命を操る。意識してもしなくてもそれは永遠に巡っていく当然。この幻想郷で――最初に『異変』を起こしたのは、私らしいわ。『霊夢』が創り上げたとも言える代替決闘、スペルカードルールを用いて。きっとそれで、私は運命の歯車を回し始めたのよ。幻想郷はこのようにしてあるべきだという歯車をね。時計を回し始めた最初の歯車。それはその時計の動きを象徴するもの。そんな存在をして、何故『支配していない』と言い切れるか? 言い切れるわけがないわね。私が異変を起こさなければ竹林の異星人たちも異変を起こしているわけがないし、私たちがこの道で夜中ともある時間に鳥と遭遇することなんてなかったんだよ」
 得意げな解説に、咲夜はただ肯定の微笑みを浮かべる。
「そうですね」
「だが、それも咲夜にとってはきっと、今日までのことだよ」
 不意に告げられた一言に、一瞬だけ咲夜は虚を覚えた。そして意味を理解した時にはこれも一瞬だけ、悲しそうな顔を浮かべていた。
 何も言わない咲夜を気にせず、レミリアは言葉を重ねる。
「だけどその前に、もう一度運命は数奇を呼び込む」
「どうしました?」
 レミリアの言葉に、何か突然異変が起こるのだろうかと思い、咲夜が聞いた。
「前を見れば分かるよ」
 レミリアに言われて前を向く。正面からは人間の男が一人、必死の形相で迫ってきていた。前を向いたり後ろを向いたりしていて忙しない。意識は後ろにあるらしく、結構な距離まで近づいてきてもまだ、向かい合う方向に居る二人に気づいていないようだった。
 流石に互いの足音が一瞬もの間を置かずに交差する距離まで来れば、男は二人の存在に気づく。
「あっ、に、人間? どうしてこんな、う、うわっ! あ、あんた――いや、貴女は、何故」
 肉体的にも精神的にも息切れをしながら喋られると、非常に聞き取りづらい。
「落ち着け」
 静かな声でレミリアが一喝すると、男は竦み上がる。息が止まったのか、上下に大きく揺れていた肩の動きまでぴたりと止まった。
「大丈夫ですか? どうなさいました?」
 続いた咲夜の優しい声色に、男は止めた息を全部吐き出した。自然と深呼吸を一度行った形になり、呼吸もそれなりに落ち着いたらしい。
「野盗が……おそらく山に潜んでいた野盗が突然現れて、集落を、襲い始めたんです」
 そりゃ、山くらいしか潜めそうな所はないわね。とレミリアが呟く。
「寝込みで、それもあっちは変に強い武器を持ってるから対処が、出来なくて。何処かに助けを……で、私が」
「アンタ方向音痴なのねぇ。あっちに行っても妖怪の餌よ」
「必死だったので……」
 まだ少し肩で息をしながらも男がしょげ返る。
「人里には命蓮寺があるじゃないですか。それに、慧音様もいらっしゃるでしょう? 今日は満月ではありませんか」
 咲夜が異を唱えた。命蓮寺でも対処出来ないとなれば里に火の手が上がっている程の災害だが、その気配は此処でも感じられない。慧音がハクタク化しているならば里の人間を外に出すなどさせないだろう。
「野盗は……音を消す力を持っているのです」
「へえ」
 異能者ということにレミリアが食いついた。
「野盗が村を襲っているという事実に里の者が気づいた時、既に慧音様は捕縛された後でした。真っ先に狙われてしまったのでしょう。それを知った里の者たちは命蓮寺に駆け込みました。ですが――入り口は、いえ、命蓮寺を囲む四方が封鎖されていたのです。そして聞いた話によれば、『命蓮寺の近くでは音が消える』と……騒ぎ立て、暴れ回っても無駄でした。野盗たちはとても頭が良いようで、ただでさえ……」
 男の言葉を遮るようにして、レミリアが楽しそうに言った。
「なるほどね。よし咲夜、さっさと人里に向かって、ぱぱっと人助けよ」
 咲夜は静かに頷いて、男は愕然と顎を垂らした。
「なっ、い、いや、何で」
「別にあんたらのためじゃない。元々人里へ向かう予定だったし、目的を達成するには偶然人里を助けなければならなかったというだけ」
「ですが……」
「遠慮は要らないのよ。対価を求めるわけでもなんでもない。人間の夜と私の夜が違うのは重々に承知しているわ」
 男とレミリアが言葉を交わす。訝しそうで不思議そうな顔をしていた男に、咲夜が声をかけた。
「安心してください。ちょっと通り過ぎるだけですよ」
 あくまでも救助行為ではないということを強調して、男が抱く吸血鬼という存在への印象に滑り込んだ。
 男を押しのけるようにレミリアが人里へ進み、咲夜もそれに並んだ。野盗を追い払ってくれるのであれば拒否する必要もない男も、そこに居てもその内妖怪に襲われるだけなので付いてきた。


 レミリアたちが人里に入る。そこは確かに騒がしかった。
 まだ野盗は集落を制圧しきっているわけではないらしく、集落の端辺りであるこの辺り入り口はそれほど荒れていない。
 悲鳴は集落の山側から強く聞こえてきた。この叫び声は全て、周辺の勢力に助けを求めるための警鐘なのだろう。だが、恐らく人間同士のいがみ合いと思われるこの状況に手を出す妖怪は居らず、人里以外に住む人間の耳にまで声は届かず、命蓮寺はどうやら男の説明にあった通りらしい。
 騒静の差はとてもはっきりしていた。
「あんたその辺の民家にでも匿ってもらいなさい。咲夜、命蓮寺に行くわよ」
 早々に男と別れて、レミリアと咲夜は命蓮寺を目指して歩き始めた。
 やはり命蓮寺は作戦に置いて重要な位置らしく、近づけば近づくほど野盗らしき猛々しい人間と遭うことが多くなった。
 人里には西洋風の建物が少ない。ほとんどが平屋で、たまに存在する二階建ての家は大体商店を兼ねていた。
 二人は大通りの中央を進んでおり、二人の身を隠すものは何もない。その代わり、突然路地から何者かが現れても、二人の下へ辿りつくまでに数歩分の距離がある状態だった。
 家は軒並み戸が開けられており、幾つかは壁から壊されていた。大規模な侵略活動に思える。
 二人は急ぐわけでもなく歩き、十分でもう八人くらいの野盗と遭遇した。最近の五分で六人ほどと遭遇している。その度にレミリアの服は赤色に染まっていった。咲夜の服は汚れを知らない。
「申し訳ないわね仕事増やしちゃって」
「いえいえ」
 事も無げに会話を交わし、そろそろ野盗側にも混乱が感じられるようになってきた。大通りを行けば命蓮寺は近い。もう少し歩けば荘厳な観音開きの門が見えるはずだ。
 今までの野盗たちは皆二人組で行動していたが、この辺では四人組のチームになっている。
「お? 何だお嬢ちゃん? げごっ」
 レミリアの洋服が汚れる速度が倍になるだけだった。
 通りをどんどん進む。いつしか野盗の影はなくなっていた。怯える人間の姿もない。ありがちなところで考えると、何処か一箇所に集められているのだろう。最初に慧音が襲われたということもあり、きっと寺子屋に集められているに違いないとレミリアは推測する。
「おい! お前ら! そこで止まれ!」
 前から声がかけられた。気づけば大通りの突き当たり、丁字に曲がる道の正面には大きな正門が見える。
 命蓮寺に到着した。そして予想通り、そこには三十人ほどの野盗が集まっていた。
「……ガキのほうは話が通じそうにねぇな。おい、そっちのババア。お前ら何の用だ? ガキ連れのババアが俺らを襲ってるってのは耳に入ってるんだ。何のつもりだ。こんなところで騒ぎを起こしたって、どうせ命蓮寺の連中にゃ聞こえねぇぜ!」
 叫んだのは、どうやら野盗のボスらしき男だった。手には銃のようなものが握られている。おおよそ人里で手に入るものではなく、山に住む悪い河童が密造していると専らの噂である火器だった。
 咲夜は困ったような顔をしてレミリアを見る。レミリアは大人だった。咲夜の発言を奪うようなことはせず、返事をしてやるように首で合図を送った。
「えぇと……その質問に対する答えを私は持っていないので見送らせていただきます」
 そのままレミリアに返した。
 野盗たちが反応する前に、レミリアが更に重ねた。
「上白沢慧音を探しているんだが、寺子屋に居ると思っていいわね?」
 毅然としたレミリアの態度に、野盗のボスらしき男は狼狽を顕にするも、ドスを利かせたままの声で応じる。
「あァん? なんだ、寺子屋のセンセーを助けに来たのか? ハハッ、安心しろォ。寺子屋へ行く前に、お前らの冒険は此処でおしまいだ」
 脅しかける声色も気にせず、レミリアは素っ気なく咲夜に告げる。
「正解みたいだわ。咲夜、寺子屋に行くわよ」
「はい、お嬢様」
「おい! 何を――」
 男はレミリアに銃を突きつけた。
「お呼びじゃない。相手が違うぞ」
 同時に男へ向き直したレミリアが振りかぶる。そこへ突如、フォークが現れた。
 赤いフォークだった。バチバチと帯電しているような音を立てて、また発熱しているかのように輝いていた。そのフォークは手のひらサイズなんかじゃなくて、レミリアの三倍ほども大きかった。
 男が絶句する暇も与えなかった。それは誰かのまばたきが始まる時にはもうレミリアの手から放たれ、平気で音速を超えるフォークはその誰かの目が閉じ切った時には着弾していた。
 フォークは数人の野盗を蹴散らし、そのまま命蓮寺の門を突き破り、中でそこそこ大きな粉塵を巻き上げながら破裂した。音は少しも漏れなかった。
「さて、誤解を解くのは後ででいいわ。行きましょう、咲夜」
「はい、お嬢様」
 恐らくすぐに出てくるであろう命蓮寺のメンバーへの対応か、それともレミリアたちを捕らえるのが先か、そもそも捕らえるなどということは出来るのか。命令を出す者を失った野盗が右往左往としている中、二人は軽い足取りで寺子屋を目指した。
 寺子屋も人里では重要な場所なので、大通りからはそれほど遠くないところにある。商店が多い地域を抜けた、住居が多い地域。そこに寺子屋はあった。
 民家はこれも一様に扉が外れていたり壁が壊されたりしている。寺子屋を示す道標は、これもやはり野盗が多く居そうな方向であった。
 四人ほどの野盗が赤い噴水に成り代わったくらいのところで、目的の場所に到着した。
 見張りに二人の野盗が居た。
 そして数える意味もないくらいあっさりと零になった。
「お邪魔するわ」
 無遠慮に寺子屋の扉を開ける。中には座り込んでいる多数と、立っている少数が居た。立っている少数が分かりやすく野盗だった。
「……何だ? 捕らえられてきたってわけじゃねぇな」
 偉そうな野盗の男が、偉そうに喋る。
 レミリアは挨拶がわりに右手を突き出した。そこには、首が握られていた。
「な」
 とある野盗の首だった。息を飲む幼い声が聞こえる。寺子屋の中に居るほとんど全員がざわめく。
「何の用だァ!!」
「残念なことに、入り口を守っていた二名、そして周辺を警邏していた……四名? 彼らはめでたく天へ召された。いや失礼、恐らく地獄へ堕ちた。私は吸血鬼、レミリア・スカーレットだ。悪ぶってるのだから名前くらいは聞いたことがあるだろう。無いか? 無いなら自己紹介をしておこう。吸血鬼とは、此処に居るお前ら野盗を全員、人質という圧力を気にすることなく一瞬で屠れる者のことだ」
 呆気に取られたまま聞いていた男に、レミリアは右手のモノを投げ渡した。男は反射的にそれを受け取り、少しだけ呼吸を止め、先ほどレミリアが放った言葉の意味を重く深く理解した。
「……その吸血鬼様が何をしたい。正義のヒーローごっこか? クソガキが」
 どうせ未来が決まっているなら、とでも言うように男は吐き捨てた。
「命を粗末にするな。いいえ、私は別にお前たちを殲滅せしに来たのではないよ。ちょっとね、一人だけ貸して欲しい」
「何だと?」
「交換条件だよ。まあ、受け入れなければ力尽くで持っていくだけだから拒否権はない物と思っていいわ。素早く冷静に無駄なく動きなさい。一度しか言わないわよ。――上白沢慧音を出せ」
 有無を言わさせない、白黒のはっきり付く声。
 それに対するは前評判通り、やはり頭のいい野盗のようだった。
 判断は迅速に、それでも行動は緩慢な様子で寺子屋の中が動く。逆らうのは無駄だと一瞬で理解していた。
 奥から引き摺り出されてきたのは、角が生え、緑色の髪がばさばさになっている、目と口を塞がれた状態になっている上白沢慧音だった。
「拘束はこっちで解いてやろう。お前たちも無駄な怪我はしたくないだろう。優しいな、私は」
「ええ、お嬢様」
 平穏を見せつけるようにして、レミリアと咲夜は言葉を交わす。野盗たちは、それを苦み走った顔で見ていることしか出来なかった。
「ところで人質の皆さん、こういうのもございますわ」
 昨夜が告げ、レミリアが慧音の体を掴む。何かを訴えかけるように唸っているが、レミリアは意に介さない。
 そして咲夜は一つの塊を放り投げた。それはまたしても野盗の首で、落ちた先は座っている人間たちの真ん中だった。
 誰かは目が合ってしまったかもしれない。
 寺子屋は割れんばかりの悲鳴に包まれた。


「何故私だけを助けた! それに、何だ最後の悲鳴は!?」
 レミリアが慧音を担ぎ、三人はレミリアたちが元来た道を戻って、人里の紅魔館方面行きの端へとやってきていた。特に何もない場所だが、座るのに丁度良さそうな、子ども五人は乗せられるほどに広くて適度な高さのある岩だけがあった。
 目と口の禁を解かれて慧音が最初に叫んだ言葉がそれだった。
「ちょっと暴れないでちょうだい。縄じゃなくて腕をちぎっちゃうわ。それに助けに来たわけじゃないから安心しなさい」
 レミリアは慧音を相手にしないまま拘束を解いていく。応対は完全に咲夜へ任せたようで、それを感じ取った慧音も咲夜を睨みつけた。
「安心してください。寺子屋へ来る前に、事の異常を命蓮寺へと伝えておきました。最後の悲鳴は狼煙代わりです。きっと今頃、命蓮寺の皆様が寺子屋を開放していると思います」
 希望的観測ながら、その言葉が孕んでいた説得力もまた大きい。
 咲夜の誠実な瞳を見て、慧音の心は少しずつ穏やかになっていった。
 そして、レミリアが慧音を拘束していた硬い縄をちぎり捨てた。
「……それで? 私を『助けた』のでないならば、一体なんだ」
 それでも不機嫌そうに、拘束されていて固まっていた関節を動かしながら慧音が問う。
 一瞬だけレミリアは押し黙り、そして、告げた。
「頼みごとなの。慧音への。……お願いは簡単。ただ、記して欲しい。今から起こる全ての動きを一つ足りとも見逃さず、今から紡がれる全ての言葉を一言一句聞き漏らさずに」
 神妙な顔つきだった。
 それに気圧されるでもなく、またほだされるでもなく、慧音はその言語を正面から受け止めた。
「……ハクタクとしての私に頼んでいるのか」
「ええ。――何が起こっても決して口を出さずに、手を出さずに見ていて欲しい。絶対に、貴女へ害を及ぼすようなことはしないから」
 数秒、たっぷりと二人は目を合わせた。
「……分かった。だがハクタクで居られる時間は無限ではない。急ぎでな」
「感謝する」
 そしてレミリアは咲夜に向き直ると、これまでにないほど柔らかな笑みをした。
「咲夜、話があるの」
「ええ、お嬢様」
 二人は、岩に腰を掛ける。


 既に覚悟は済ませた。
 時間操作という、人類の持てる力を大いに逸脱した能力を操りながらも、長生きしたと思う。
 だから、何を言われても驚かない。
 咲夜はそう心に決めていた。
 その固く絞まった心――レミリアが告げたのは、それを裏側から突き崩すような一言だった。
「咲夜、私を殺しなさい」
 時が静止したかに思えた。
 だが風はそよいでおり、月も気づかないほどゆっくりと動いている。レミリアのまぶただって、ぱちりと瞬かれた。
「そ、それは一体、どういうことでしょう」
「言葉の通りよ」
 レミリアはただ空を見上げている。座ったままの咲夜では、それに目を合わせることは出来なかった。
 己を殺せとレミリアが言い切っても、咲夜にはどうすることも出来ない。
 ただ何も言えない時間だけが少し流れて、ようやく咲夜は言葉を搾り出した。
「……私は、自分の死を受け入れます。だから、お嬢様にも私の死を、受け入れて欲しいのです。此処でお嬢様を殺せば、きっと魔の力は私の寿命を揺るがし、此処で命を終わらせるようなことはさせないでしょう。ですがお嬢様、私はもう人間のまま――」
「咲夜」
 悲痛な嘆きを、何の感情も篭っていない短な一言で遮る。
「少しだけ、話をしてあげましょう」
 そして深く一度呼吸をして、レミリアは言葉を吐き出し始めた。
「吸血鬼にはね、寿命が二つあるの。一つは肉体の寿命。と言っても、知っての通り吸血鬼は恒久を生きる種族だから、その寿命は星の寿命と同じとも言われる。だけど、それに相対するもう一つの寿命がある。そう、それは精神の寿命よ」
 そこで一度区切り、レミリアは少しだけ胸を押さえた。
「例えば、一番その心を滅ぼしやすいのは『愛』よ。餌である人間を愛してしまった吸血鬼の話なんて、私たちの世界では怪談と同じようなモノ。それでいて、神話のように崇高で憧れてしまうモノ。……永遠を生きているとね。吸血鬼は皆、いつの間にか『死にたい』ということばかりを考えて生きてしまうそうよ。心が壊れる原因はそれこそ無数にある。けれど一番美しいのはやはり、愛する誰かを殺してしまいたくないという葛藤から生まれる心の崩壊なの。
 本当に愛する誰かを、本能のまま喰らい尽くしてしまってでも生き永らえたい吸血鬼なんて、居ないわ。幼い私でも解る。それだったら、愛する誰かに殺してもらったほうが、何千倍も、何万倍もマシ」
 胸を押さえる手を、強く握り締めた。
「だから私は、咲夜に殺して欲しい」
「……嫌ですよ」
 咲夜が紡ぐ、その声は震えていた。
「私は……私は、最期はお嬢様に看取られたいのです。永遠と言ってもそれは、また数百年も先の話なんでしょう……? 今のお嬢様が私を最高に愛してくださっているのは分かります。でも、でも」
 すっかり枯れてしまった肌を、枯れることのない涙が伝う。
 咲夜は俯き、レミリアは仰ぎ。
「違うのよ、咲夜」
 その声はいつまでも静かで。
「私はもう、限界なの」
 弱々しい声だった。嗚咽混じりの呼吸をしていた咲夜が、思わず息を止めてしまうほどに。
「私は、自分の運命が停止したのを知った。この能力のせいで。今、私がこうやって知的に振舞うことが出来ているのは、きっと覚悟が出来ているからね。
 吸血鬼の心の寿命というのは決して、感情や意志が飽和して壊れてしまうものじゃないの。脳みその中にある理性が、パチンとちぎれ飛んでしまうのよ。その原因は分からない。結局は感情や意志が原因なのかもしれない。けれど、すり減ってしまった心の寿命は、切れてしまったらもうとにかく取り返しが付かないの。心を失った吸血鬼は、ただ血を吸って生きるだけの殺戮生物となる。弱い生命たちを際限なく屠り、屠り、屠り、そしていつか、吸血鬼という種よりも強大な力を持った何者かに殺されてその生命を終える。……どう。これに比べたら、愛する人に殺されたほうがマシだと思えるでしょう?
 そして私は、もうその理性が切れてしまっているの」
「どうしてそんなことが分かるんですか!?」
「私だからよ」
 咲夜は、押し黙らせられる。
「私だって、これがこんなに早く来るとは思わなかったわ。吸血鬼という種に生きる者として存在は知っていたけど、たった齢千にも満たないお嬢ちゃんが、ね。もしかしたら、姉妹というのがその原因かもしれない。フランったら、私があんな躾をしたというのに、全くしっかりと理性を保っているものね。もしかしたら、生まれてきた時からフランに『理性』のストックを少し持っていかれていたのかもしれない。勿論、推測だから責めなんて出来ないけど。
 ……それとも、私は愛する人を作りすぎたのかしら。幸せに、なりすぎたのかしら」
 気づけばレミリアは全く動けなくなっていた。
 咲夜と同じように、その双眸から流れる二筋の流水が、どうしようもないくらいにレミリアという吸血鬼の体を縛り付けていた。
「ねえ、咲夜ぁ……お願いだから……」
 咲夜は答えない。何も言わない。
「私を、殺して」
 咲夜は答えない。何も言わない。
 その言葉を最後に、レミリアも押し黙った。
 ただ、沈黙が続く。
 レミリアの理性が本当にもう失くなってしまっているのならば、この静けさがいつ終わりを告げるかなんて誰も分からない。
 これは、止まってしまった運命の先にある話なのだから。
 風さえも凪ぐ。
 ついに咲夜が口を開いた。
「もう、どうすることも出来ないのですか」
「ええ」
「お嬢様が居なくなってしまって、紅魔館はどうなるんですか」
「私は『重要』であって『必要』とは違うわ。力の象徴ならフランで充分。威厳は貴女よ、咲夜」
「……人間である私に、恒久を生きろと?」
「ふふふ。私の下で半世紀を生きた人間が、今更普通の人間と同じように死ねると思って?」
 咲夜は思わず苦笑してしまう。先の瞬間には寿命で死ぬのを覚悟したのに、そんなものはあっさりと覆されてしまった。
 これはきっと絶望なんかではない。
 まだ、崖から足を踏み外す前だ。
 溺れて死ぬのは嫌だから舌を噛もうとする前だ。
 この葡萄ジュースはすぐに腐ってしまうから、ジュースのまま飲んでしまおう。
 ただ、そうしようとしているだけだ。
 咲夜は立ち上がった。立ち上がって、レミリアを見下ろした。そうすることで、二人は目を合わせた。
「お嬢様」
 そして咲夜は、銀のナイフを抜いた。
「何だい、咲夜」
「幾ら私が持つ『人としての運命』がお嬢様にねじ曲げられていたとしても、私はお嬢様には負けませんので。きっとすぐに後を追います」
 咲夜はもはや自若としていた。レミリアは、思わず苦笑してしまう。
「せめて紅魔館は傾けさせないように頼むよ」
「当然です」
 二人は笑い合う。互いに信頼しきっていた。花の香りでさえもその間に入ることを許されないようだった。
「……うーん。その銀のナイフを見ていたら、防衛本能が働いてしまいそうだ。目を瞑っていつまでも痛みを待つというのも心に優しくない。だから、咲夜」
「はい」
 レミリアはそっと目を閉じた。
「すぐに頼むよ」
「はい」
 咲夜はナイフを構えた。咲夜の技能を持ってさえすれば、刀よりずっと短い刃物であっても、一瞬の内に相手の首を切り落とし、絶命させることが出来る。
 行きます、と言いかけて、咲夜は口を閉じる。そしてその代わりに、こう告げた。
「いってらっしゃいませ」
 レミリアは口元を歪めて。無言で返した。


 ほんの数秒だけ時が止まった。
 一瞬足りともレミリアを怖がらせないため、咲夜が行った最後で最期の奉仕だった。


 その美しい顔は、大地に伏すということを知らない。
 咲夜の腕は、それを抱きしめていた。
 胴体側から噴き出す血が地を濡らす。
「確りと、二人は新たな歴史を刻んだ」
 決して口を挟まず、決して手を出さなかった慧音が、微笑みながら告げた。
 その手には、拳を握り締めた際に食い込んだ爪のせいで傷が出来ており、口にもまた、食いしばりすぎたせいで傷が出来ており、それぞれから細く赤い血が流れていた。
「本当に、後を追う気かい」
 咲夜に問い掛ける。咲夜は、レミリアの首を見つめたまま答えた。
「分かりません。けれど、このお嬢様の笑顔を見ている限りでは、死ぬということに何ら恐怖は覚えません」
「そうか」
 慧音はレミリアの胴体の側で屈み、一度両手を合わせる。噴き出していた血はほとんど収まった。
「遺体を粗末にする意図はない――が、幾ら咲夜と言えど、満月の夜に万全ではないまま森に向かうのは大変だろう。それに君の体はもう衰えてしまっている。胴体は、私に持たせてくれないか。このまま紅魔館へと行きたい。最期を見届けた者としての、手向けだ」
 静かな声で慧音が言う。咲夜は無言で頷いた後、思い直して慧音を見る。
「ありがとございます」
 そして感謝の意を述べた。
 咲夜は美しく笑うレミリアの顔を自らの胸に押し当てるようにして、首を抱く。慧音は全く力の入らないレミリアの胴体を、優しくお嬢様抱っこで抱え上げた。
 どちらが先行するでもなく、二人は同時に歩き出した。来る時にレミリアと咲夜が通った道と全く同じだった。
 レミリアの両手は、まるで聖女が神に祈るようにして合わせられている。
 その腕に光る腕時計は――丁度零時を、指していた。




    
お読み下さってありがとうございました。
キャラクターのファンの方へはちょっと申し訳ない感じでしたね(老けてたりだの、切られたりだの)
それでも出来る限り魅力的には書けたかと思っています。
……多分。それではこの辺りで筆を置かせていただきます。それではまた。
kosoado
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コメント



0.420簡易評価
3.30名前が無い程度の能力削除
野盗まわりの設定に無理があるとかそんなことを考えていましたが、
あまりにも酷いミスがあってそれどころじゃないくらい台無しでした。
4.80名前が無い程度の能力削除
夜盗の存在意義が分からなかった。でも楽しかった。
時計は、うまい、と思った。
寿命ネタという時点でハッピーエンドは難しい。お疲れ様。
5.無評価名前が無い程度の能力削除
4です。誤字報告を。
冒頭箇所にもいくつかありましたが、こちらの方が致命的なので、緊急で確認をお願いします。
スクロールバーで3/5あたりのレミリアのセリフ。
>「咲夜、私は殺しなさい」
は→を、ですよね?読んでいて、ダブルパンチを食らった気分でした。
7.無評価kosoado削除
ご報告ありがとうございます。非常に情けない。
適宜修正してまいります……orz
10.60愚迂多良童子削除
吸血鬼って脳無かった気がします。
そして、確かに夜盗はあまり意味ないですね。
13.70朔盈削除
う~ん、夜盗のところがやっぱり微妙ですね。
あまりモブキャラは登場させない方がいいのかもしれませんね。
でも、咲夜よりもレミリアの方が先に死ぬというのは、おもしろい発想かも。
自分では、思いつかないので。

誤字があったので報告を。

「ところで人質の皆さん、こういうのもございますわ」
 昨夜が告げ、レミリアが慧音の体を掴む。

昨夜→咲夜ですよね。

楽しませてもらいました。