Coolier - 新生・東方創想話

いつか、やがて

2005/05/20 02:25:09
最終更新
サイズ
8.93KB
ページ数
1
閲覧数
792
評価数
1/68
POINT
2870
Rate
8.39
「魔法は大きく分けて二つ。自分の魔力を直接使うか、他人の魔力を使うか。ちなみに私は前者。まあ、この二つも分類するといくつかに分かれるんだが、それはあとで教えるぜ」
 とある拓けた人里。霧雨魔理沙はそこの中心にある広場で、子供たちを相手に魔法の講義を行っていた。柄にもなく眼鏡をかけ(伊達だが)、いかにも「教師です」と言っているようにも見える。
「他人の力を借りる。さっき言ったけど、正確には人からじゃない。たとえばこの前見せたマジックミサイルがあるだろ? あれは目標に衝突はするが、爆発したり燃えたり凍らせたりはしなかった。なぜだかわかるか?」
 はい、はい、はーい。
 次々に挙手が立候補し、しかし魔理沙は慌てなかった。帽子を軽く上げて、笑った。
「じゃあ順番に言ってみてくれ。正解は全員が言ったあとだぜ」
 すると、子供たちは一斉に息を吸い込む。おお、これはでかいのが来るな。魔理沙は嬉しそうに笑った。
『ぞくせい、がないからー!』
 子供特有の甲高い声が重なる。鼓膜をけっこうな音が刺激し、魔理沙は一瞬だけ目眩を起こす。だがすぐに復帰し、帽子を被り直した。
「正解だ、この前教えたことちゃんと覚えてたな」
 自分で思うのもなんだが、人に物を教えることに向いてるのかもしれない。はしゃぐ子供たちを見て、魔理沙は帽子を下げ、人知れず微笑んだ。


「じゃあ今日はここまでだな。今日教えたこと、忘れるんじゃないぜ」
 はーい。
 解散しそれぞれの家に帰っていく子供たちの背中を見送ってから、魔理沙は自分の箒を手に取った。
「……っと、まだ帰るには早かったぜ」
 数メートル浮かんだところで自分が事後にすべきことを思い出したので、急いで方向転換し、町の外れへと飛んでいく。


 町の外れには、人里を守る知識と歴史の半獣、上白沢慧音が住居を構えている。
 幻想郷に住まう妖怪は人を食い、人は妖怪を退治する。両者はそんな相互関係にある。しかし人間は妖怪に比べて脆弱で、退治する術を持つ者は少ない。妖怪は、本気になれば人間はあっという間に駆逐できることを理解しているが、それは幻想郷を壊すに等しいと自覚している。だからこそむやみやたらに妖怪が攻め入ってくることはないのだが、時たま、前後を省みない妖怪たちが侵入しようとすることがある。慧音はこれらの脅威から人間を守っている。人間は慧音を信頼し、慧音は人間を信頼する。彼女は完全な人間ではないが、それを差し引いても余りある代価を貰っていることを人間たちは理解していた。
 妖怪に抗うどころか抗わせる力を持つ霧雨魔理沙は玄関前に降り立ち、扉を数回叩いた。
「おーい慧音、いるかー」
「ああ、入ってきてくれ」
 魔理沙は扉を開けて、中へと入る。簡素な家具が少数と、質素な作りの屋内。それでも書物の数は膨大で、家が広い原因はこれにある。知識と歴史の半獣。これは言葉通りの意味。彼女は知識人であり、読書をすることが好きだ。幻想郷の歴史は誰もが記そうとしないが、慧音はすべてを覚えている。正に言葉通りなのだ。
「今日も、滞りなく終わったぜ」
 今日の授業についての報告を終え、魔理沙は思い切り両手を上に伸ばした。
「ああ、ありがとう魔理沙。すまないな、お前の時間を浪費してしまって」
「なに、色々と貴重な体験だぜ。子供たちにも、私にも」
「……そうか。そう言ってくれると助かる」
 穏やかに慧音は微笑む。子供たちにも、という件。魔理沙は特別な意味をこめて言ったのではないにせよ、慧音には嬉しい言葉だった。「子供たちに魔法のノウハウを教えてやってくれないか」と慧音が頼んだ時には嫌がっていた魔理沙だったが、今となってはすっかり板につき、霧雨先生、魔理沙先生、と呼ばれる度に照れくさい衝動を覚えている。
「本当なら他の奴らにも頼みたいんだけどな。あいつらと触れ合えれば子供たちにもいい刺激になるだろうし」
「それだけはなあ。私の存在を隠して頼むならいいが、なんせ子供は正直だ。霧雨先生とか魔理沙先生とか、霊夢とか咲夜とかアリスに洩らしてみろ。七代先まで誇張表現で恥をかかせられるぜ」
「別に恥ずかしいことじゃないだろう」
「いや、それはわかってるんだけどな。あいつらの前では「霧雨魔理沙」でいたいんだ」
 そうか、と短く言葉を切って、慧音は板書に戻る。
「何書いてるんだ?」
 魔理沙がその背から書物を覗き込んだ。日付と、文章と、天気。
「日記さ」
 慧音が微笑んだ。


 今は守られる存在だとして。
 いつかは子供たちにも転機が訪れるだろう。
 自己を守る術。他者を守る術。戦う術。逃げる術。判断力。洞察力。直感。理論。etc。
 魔法はこれらすべてに用途がある。
 攻撃、防御、回復、構築。オールマイティーなのだ。
 聞けば、霧雨魔理沙は幼い頃から魔法の練習をしていたという。
 魔法は本人の資質による。いつか何かを守るために必要ならば、けして力にはならなくても、知っていれば体験から来る知識が必要になる時が来るだろう。しかし私には魔法の知識はあっても実践は出来ない。
 今は博麗霊夢がいる。霧雨魔理沙もいる。力を持つ者に恵まれている時代だ。しかし彼女たちがいなくなった後世、幻想郷のバランスを保つためにも、礎が必要なのだ。
 私はワーハクタクとして、上白沢慧音として、これからも人を守っていくだろう。でも子供たちが守られることに慣れてしまえば、それは駄目な結果しか生まない。子供には特異な力はないし、ずば抜けて切れる頭もない。でも、彼らは干からびた乾物のように知識を水として吸収できる力を持っている。
 だから私は霧雨魔理沙に頼んだ。「子供に魔法を教えてくれ」と。最初は渋っていた彼女だったが、最後には承諾してくれた。
 魔理沙が教える魔法講座はまたたく間に子供たちの数が増えて、時々その様子を見に来る親までいる。意外にも、彼女は先生に向いているのかもしれない。本人に言えばきっと全力で否定するだろうし、心の中に秘めておくことにする。
「まあ、なんだかんだ言っても、魔理沙には感謝しないといけないな」
 できれば力を振るう時が来なければいい。妖怪と人間の共存だって、不可能ではないはずだ。現に博麗霊夢の周りには人妖その他がひしめき合っている。しかしあくまでも、それは彼女たちが種族ではなく「博麗霊夢」という存在に惹かれた結果だ。可能性に仮託をしてはいけない。最大限、起こりうることへの努力を怠ってはならない。……でも。
「でも、起こればいいなぁ」
 夕餉の片付けをしながら、可能性による未来を模索する。人間と妖怪の共存の輪は今は朧気で小さいものでしかないけど、双方が必死になって邁進すれば、叶えられる程度のものだろう。今の形態もある意味共存と言えなくもないが、できるなら。
「妖怪だ、人間だ、で区別しなくなる。そんな未来が、幻想郷に広がればいい」
 そうだ、やるべきことはたくさんあるのだ。洗い終えた食器を磨きながら、楽しい未来を夢想する。


「……」
「はーい、じゃあ次はのんびりお茶を飲む練習よー」
 元気に返事をする子供たちの笑顔が眩しいなあ。魔理沙は現実逃避一歩手前で、茫然自失となりながら何かと戦っていた。
「けいねぇえええええ!」
「いや、私は知らないぞ。たまには授業風景を見せてもらおうかと思って来てみたら、博麗霊夢がもういたんだ」
 大きい茣蓙の上で正座をし、お茶を飲む子供たちという風景はなかなかシュールなものがある。「霊夢先生は魔理沙先生とお話があるから、しばらく休憩しててねー」「はーい」。魔理沙はすべてが終わったと思った。
「まーりさー」
「……ぅぅ」
 にやにやと笑う霊夢と、顔を赤らめる魔理沙。
 実は慧音が霊夢を呼んだのだ。毎日魔法ばっかりではさすがに飽きも来るだろうと思い、昨日の魔理沙の授業が終わってからこっそり博麗神社に向かって、霊夢に頼んだのだ。その際、「魔理沙を笑わないでやってほしい。あいつは一生懸命やってるんだ」という慧音の言葉に二つ返事で応じ、でも実際、馬鹿にするような仕草は見せていない。
「水臭いわねー、こんな面白いことやってるんなら私にも言いなさいよ」
「それはだな、その、だな」
 歯切れが悪い魔理沙は気付いているのかわからない。実際霊夢は魔理沙が子供たちの先生になっていることをからかってはいない。むしろ魔理沙がそれについて負い目を感じていて赤くなっていることをからかっているのだ。こっちの方がよほどタチが悪いが。
「れいむせんせー、足がいたいー」
「ああ、ごめんね。じゃあお茶の練習はおしまいで、次は魔理沙先生と鬼ごっこよー!」
「えぇ!?」
 驚く魔理沙だが、子供たちは容赦なく押し寄せてくる。魔理沙は箒に跨ろうとするが、慧音がそれを制した。
「たまには地面を走ったらどうだ、いい運動になるぞ」
「そうそう、あんたただでさえ運動不足なんだし、そろそろおなか周りが危ないんじゃない?」
「く、くそっ、覚えてろよ!」
 わー、わー、と殺到する無邪気色の恐怖たち。魔理沙もやけになっているのか、捕まるまいと必死に逃げる。
「お前はやらないのか?」
「あー、私はいいのよ。毎日神社の掃除してるから」
 手をひらひらさせて、霊夢は必死に逃げる魔理沙を実に楽しそうに見物している。「ほら魔理沙、相手は子供なのに捕まりそうじゃなーい。やっぱり運動不足ねー!」本当に楽しいらしい。
「でも意外よね。あんたなら魔法みたいな物騒なのは教えないものとか思ってたけど」
「物騒かどうかは魔法じゃなくて使用者によるだろう」
「……魔理沙は物騒じゃないと?」
「……ま、まあ、あいつだって分別はつけてるだろうし」
 弱い言い訳だった。
「なんか魔理沙よりアリスのが物騒さは低い気がするんだけど」
「そうなんだが、あいつは人形を使役する魔法使いだろう。それは応用だし、まずは魔法の基礎から学ばなければ意味がないからな。それに見たところ、アリスは人に物を教えることは苦手そうだ」
 確かにそうね。魔法の森の一軒家でくしゃみが聞こえたかどうかはわからない。
「ねえ、慧音」
「ん、なんだ」
「出来るなら、揉め事とか、トラブルとか。そういうのを人間と妖怪が一緒に解決できればいいわね」
「―――ああ、そうだな。その通りだ」
 そのあと霊夢の「私もいいかげんに楽がしたいのよ」という愚痴ですべて台無しになるが、言葉に偽りはないだろう。見えない歴史が徐々に姿を現していくような感覚を慧音は知った。


 やがて子供たちは成長し、親になる。その子供もいずれは親になり、子供を授かる。連鎖は続いていく。
 その連鎖を守るためには誰かに守ってもらうだけではなく、自分自身で大切なものを守ることも必要だ。
 上白沢慧音はその手伝いをしているに過ぎない。あくまでも、人を守るのは人なのだ。


 自分が必要ない未来を作れれば、なおいい。
 今は、それを築くための小さな礎作りの真っ最中である。
 出来るなら。
 いや、やるのだ。
 みんなが楽しくいられる幻想郷になるように。



 終わり
仕事の帰り道、「魔理沙の魔法教室とかどうだろう」とか考えた結果、なんだかよくわからないものが出来ました。反省。
最初は「魔理沙が無断で子供たちに魔法を教えて慧音に問い詰められる」を主な流れにしようとか考えていたのにも関わらずいつのまにかこんなものが。反省。海より深く。
彼岸
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.2810簡易評価
11.60沙門削除
>でも子供たちが守られることに慣れてしまえば、それは駄目な結果しか生まない。子供には特異な力はないし、ずば抜けて切れる頭もない。でも、彼らは干からびた乾物のように知識を水として吸収できる力を持っている。
個人的に良いな、と思った部分です。色んな事を吸収して、今より良い世界を作るという事は、現実社会にも言えますので。でわでわ。