Coolier - 新生・東方創想話

禁呪「カゴメカゴメ」/終

2005/05/18 04:15:08
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 ―――なつかしいゆめをみていた。
 赤い、紅い、深く傾いた夕日。穏やかに暗くなる小さな原っぱ。
 その真中で、子供たちが遊んでいる。
 涼やかに響く声で、笑い声といっしょに詩を歌って。
 手をつないで、かごめかごめと歌われる詩。
 その輪に混じっているのは、見覚えのある少女。
 輪の中で座って目を閉じているのは赤と白の少女。
 誰もが笑顔で、一人として悲しそうな顔をしているものはいない。
 うしろのしょうめんだあれ、と詩が止まる。赤白の少女の後ろに、あの、名前を呼ばれ
ない少女がきた。
 そして、真中で目隠しをしていた少女は―――はっきりと応えた。
 まるで、何かを懐かしんでいるような笑顔だった。




 




 アリスは、目の前の光景を信じることができなかった。里の外れに静かに鎮座している
墓地が、風によって砂を舞い上げ、かすかに煙らせている。人形を中継しているとはいえ、
彼女の幻視力は健在。つまりは、まやかしの類は通じない。
 だから、霊夢が消えてしまったということが、どうしようもなく真実であると、悟らざ
るを得なかった。
 息が止まりそうになる。気がつくと握り締めていた手が痛い。頭がくらくらする。焦り
と怒りが胸を突き上げてくる。みしり、と抱えている魔導書が音を立てて軋んだ。その本
の中に幾重もの帯で封じられた猛威が、アリスと呼応して震えている。
 ―――ふざけたことを。あの妖怪が、霊夢を奪う?
「……アリス?」
「……っ、大丈夫。大丈夫だから」
 心配げな魔理沙の声。それが、ぐちゃぐちゃになり始めていた思考からアリスを引き戻
した。何度か息を吸って吐いて、暴れそうになる感情を丁寧に理性でくるむと、人形を呼
び戻して、なんとか見たものを簡潔に伝えた。
「……霊夢も、やられたわ」
「……うそだろ、おい」
 ぐらり、と魔理沙の体が揺れる。深い、絶望にも似た眩暈だった。
「そんな……妹紅に、続いて……」
 慧音が、震え、かすれた声で呟いた。落ち着いていた感情が、再び崩れ始めようとして
いた。
 何よりも重く、静寂がのしかかった――――
「……ええい、まだ死んだって決まったわけじゃない!!」
 が、それは一瞬だった。魔理沙が、いきなり大声を上げたのだ。それに驚いて、思わず
慧音はのけぞった。アリスもびくりと身を震わせて魔理沙を見る。
「ちょ、ちょっと魔理沙……」
「ああもう、こんなところでこうしてる暇はないぜ。どうにかして私たちがやるんだ」
 あまりの変わり身の早さ。気でも触れたか、とアリスは失礼なことを考えてしまったが、
確かに魔理沙の言うとおりではある。神隠しに遭った人間が死ぬというのはこちらの失礼
な思い込みだ。生きて帰ってきた人も、ちゃんといるのだ。
「……そう、ね。まったく、しっかりしないと。あんたに言われたのは癪だけどね」
 深呼吸して気持ちを落ち着けると、アリスは憮然として言った。しかし、それはいつも
通りの口調でもある。
「ほら慧音。まだ諦めるな。私たちはまだ何もしてないんだぜ?」
「……しかし」
 慧音はかすかに戸惑った。まだ、喪失の恐れが抜けきらない。
「ほらいいから。私たちがやるんだ。んでもってお前が一番あいつのことを知ってるんだ。
お前がこなきゃ話にならん」
 魔理沙が、一息に言う。
 慧音は、一瞬何かに気づいたように目を開くと、やがてゆっくりと立ち上がった。
「……そう、だな。まだ打つ手はあるはずだ」
 まだ覇気はなかったが、それでも声には力が戻り始めていた。
「よし、そうと決まったら行くぜ。アリス、道案内頼む」
「あんたが頼みごとなんて珍しいわね」
「……茶化すなよ。はやいとこ終わらせようぜ、こんな辛気臭い事件」
 そうね、とアリスが頷いて先に境内を出る。魔理沙が続こうとして、
「魔理沙」
 慧音に呼び止められた。
「何だよ、急いでるんだから手短に頼むぜ」
 唇を尖らせて不満そうな表情をしている魔理沙を見ながら、慧音は小さく頭を下げた。
「…………すまん、助かった」
 それは、あの時の雰囲気を打破したことへだろうか。
 慧音は何となく気づいていた。
 一番苦しかったのは、もっとも霊夢と親しいであろう魔理沙なのだ、と。
「気にすんな。お礼なら終わった後であるだけ聞いてやるぜ」
 そういって笑顔を見せると、魔理沙が箒に魔力を入れて飛び出していく。
 慧音は、一発自分のほほをぱあんとたたくと、それに続いた。




 




 夕暮れ時も近い墓地は、深い寂寥を染み込ませて、訪れる人の胸に真綿をかけて締め付
けているかのような感傷を訪れるものに与えていた。灰色だった墓石は紅と橙の中間ほど
に染め上げられ、ある種の奇妙な美しさが見える。
「……確か、このお墓の前よね」
「……妹紅がやられた場所と一緒か」
 かすかに吹く風が、語る言葉に雑音を混じらせる。しかし、圧倒的な静寂はそれらも飲
み込んで、どこか不安すらも覚える。
「……もう一回来るのかしら」
「判らん。今までが一人ずつだっただけに、今回はどうなるか」
 慧音が応えて周囲を見回す間にも、じわじわと日が落ちつづけている。完全な夜になれ
ば、向こうの方が有利になる。
「……ところで魔理沙」
「……あー?」
「対策ってあるの?」
「……まー、一応」
 アリスの問いに、魔理沙は歯切れ悪く応えた。あまり、自信がなさそうだ。
「ほら、かごめの歌を媒介にして相手をさらってるみたいだから、上手く相手の名前を呼
べれば呪いを解くことができるんじゃないかと思ってな」
 一応、筋は通っている。
「でも、相手の名前を知らないんじゃ意味がないでしょ」
「そうだそこなんだよ。霊夢が墓場にいてさらわれたってことは、この辺に埋まってる連
中に関係があって、なおかつそういう霊とか呪詛になるような素質がある人間だと思うん
だよ。けどそれ以上はさすがに判らん」
 一通り自分の考えを伝えて、魔理沙は頭を抱えた。上手くいけば助けられるというのに、
ひどくもどかしかった。
「どうするか……こっちが三人だからチャンスは三回……しかしそこまで絞り込めるかど
うか……時間は足りんし―――」
「……待て」
 慧音が、まるで思い当たったかのように呟いた。魔理沙とアリスが同時に顔を向ける。
『心当たりが!?』
 綺麗に唱和した。二秒ほど硬直して、互いが互いをにらむ。ただ魔理沙は苦笑いで、ア
リスは酷く不機嫌そうだった。
「……真似しないでよ」
「偶然偶然。……っと、ともかく、何か知ってることでも?」
「……いや、もう遅いらしい」
『え』
 慧音の感情を押し殺したような言葉に、二人の表情が凍りついた。
 ざあ、と風景が黒く染まった。




「……早い!?」
「くそ、力が強くなっているのか!?」
 アリスと慧音が思わず毒づく。すでに臨戦体勢には入ったものの、通じるかどうかはか
なり疑問が残る。勝ち目は、紙よりも薄い。




  かーごめ かーごめ




 あの詩が聞こえる。もはや逃れることはできない。




  かーごの なーかの とーりー は




 慧音が厳しい目で闇をにらみ、アリスが絶望をそのまま形にしたような表情を浮かべる。




  いーつー いーつー でーやーる




 魔理沙は、動かない。




  よーあけーの ばーんに




 子供が楽しそうに歌うはずのわらべ歌が、この場では酷く恐ろしい呪文に聞こえる。




  つーると かーめが すーべった




 慧音が覚悟を決めて目をつぶり、アリスは耳をふさいだ。魔理沙は、顔を上げて、




  うしろのしょうめん だあれ




「―――――――――――――――――――――っ!!」




 最後の詩に重なるように、声が響いた。魔理沙が、何かを叫んだのだ。
 そして、ざあ、と風が吹いた―――




 




 ふと目をあけると、不思議な風景が広がっていた。
 黄金色の夕日の中、子供たちが輪になって遊んでいる。
 聞こえる歌は、カゴメカゴメ。しかし、あのまがまがしさを感じるものではない。
 たくさんの子供たちに混じって、知っている顔が何人もいる。
 いなくなった妹紅と霊夢だ。
 声をかけようとしたが、出ない。ひょっとしたら、夢の中なのかもしれない。
 ふと、さらに視線を遠くにやると、一人の女性の姿があった。
 子供たちを、とても優しい表情で見ている。
 けれど、それはどこか寂しげで、触れれば消えてしまいそうだった。
 その女性はこちらの方を向くと、
―――ありがとう、ごめんなさい。
 そう、唇を動かして、砂のように消え去った。




「…………あ?」
 目を覚ますと、紫に染まった空と、星が見えた。
 魔理沙は頭を振りながら起き上がろうとして―――できなかった。なにか、重いものが
乗っかっている。
 いったい何なのか。まだ半分寝ぼけている頭を回しつつも自分の体を見る。
 声が出なくなるほど、驚いた。
「―――――霊夢!?」
 間違えるはずなどなかった。この格好にこの顔この重み、確かにあの時さらわれてしま
ったままの霊夢だ。
「……あ、……魔理沙?」
 もぞもぞと動いて、霊夢が起き上がった。それにあわせて、魔理沙も立ち上がった。
「良かった……無事で……!!」
「うわ、ちょっと!?」
 思わず、感極まって抱きしめた。まったく事情がわからないという霊夢は苦しそうにも
がいた。
「う……あ、無事に戻ってこれたの……って魔理沙! あんた一体何してるのよ!?」
 背中から悲鳴のような声。そしてなにやらえらい力で霊夢と引き離される。何事かと振
り向くと、顔を赤くして肩を怒らせているアリスがいた。
「まったく……もう少しいたわりなさいよ。……大丈夫だった?」
「え。あ、うん」
「――――――っ、良かっ、た……」
「え、あ、ちょっとアリス?」
 霊夢が頷くのを見て、アリスはか細く呟くと、いきなり泣きじゃくり始めた。もはやな
りふりなどかまわない。霊夢が無事だった。それだけで良かった。
「妹紅……妹紅っ!! それに、みんな!!」
 慧音の上ずった声が聞こえる。見ると、慧音が妹紅を抱き起こしている姿が見えた。他
にも、さらわれていた里の人間が全員、墓場の前に倒れこんでいた。身体が上下している
ところを見ると、全員無事らしい。
「……良かった。上手くいったか」
 ほっと息をついて、魔理沙が呟く。その様子に、霊夢が怪訝な顔を見せる。
「……上手くいったって……いったいどうやって?」
「あー……それは」
「それよりも霊夢。どうして」
 魔理沙をさえぎって、あんなのに負けてしまったのか、とアリスが不安そうに呟く。そ
れに、霊夢はばつが悪そうに頭を掻いた。
「あー、あれね。騙まし討ち。あれは一人だけじゃなかったのよ」
「違ったの?」
「そう。あの妖怪、というか呪いかしらね。やっぱり。子供のほかに、母親も似たような
ものに成ってたのよ。多分、子供の魂が変質した影響なのかもしれないけど。だから、子
供の方は解けたけど、親の方にさらわれたみたいね」
 そう、その部分は完全に油断だった。最初から、一人だけの仕業と決め付けていたのだ。
二人以上の共犯、その線もあったというのに。
「……あー、通りで」
 ふと、魔理沙はそこで少しだけ垣間見た夢を思い出した。
「そういや、さらわれてた間、どんな感じだったんだ?」
「……なんだか、懐かしい夢を見てたわね。子供の頃の」
「そうか……」
 霊夢の答えを聞いて、魔理沙は納得したようにうんうんと頷いた。その様子に、霊夢が
首をかしげる。
「なんなのよ?」
「いや、な。どうして皆無事だったのかってことを考えてな。ほら、一切危害は加えられ
てないみたいだし」
「ああ、そういえば」
 里の人や霊夢、妹紅には傷一つついていなかった。人をさらって食らう妖怪であればそ
んなことにはならないはずだ。
「多分、単純に子供が寂しがってたのを、親が何とかしようとしてただけなんだろう。ち
ょいとはた迷惑な話だがな」
 どこか感慨深げに、魔理沙が言う。その目は、空の向こうを見つめていた。ひょっとし
たら、自分の両親のことを思い返しているのかもしれなかった。




「で、魔理沙」
「あー、何だ?」
 里の人を助け起こし、それぞれの家まで送った後、礼を言いつづける慧音と妹紅に別れ
を告げて神社へと向かう途中、アリスが唐突に声をかけてきた。
「結局、どうやったのよ、あれは」
「あー……どうしても言わなきゃ駄目か?」
 魔理沙は、本気で困ったような表情をした。その目は少し泳ぎ、心なしか箒の挙動も怪
しい。
「いいから言いなさい。霊夢も出し抜くようなアレ、どうやって切り抜けたの」
「ああ、それは私も気になるわね。あの時、たしか母親の方の名前を知らなかったんでし
ょう? いったいどうやったのかしらね」
 前の方をふわふわ飛んでいた霊夢も加勢しはじめた。はじめはのらりくらりとごまかし
たり適当なことを言っていたりしたが、次第に苦しくなり始め、とうとう魔理沙は口を割
らざるを得なかった。
「…………『お前』、って言ったんだよ」
「……は?」
「だから、『お前』って。ほら、かごめかごめって後ろに立った奴を当てる遊びだろ? 
それで、そういやこういう禁じ手があったなって」
 憮然として、魔理沙が呟く。心なしか、頬が赤い。ひょっとしたら、彼女自身それを使
っていたのかもしれない。
「……」
「な、なんだよ」
「今日ほどあんたを大馬鹿って思ったことはないわよ……もう。そんなので成仏する向こ
うも向こうだけど」
 でたらめどころではない話に、霊夢が大きくため息をついて、アリスが頭を抱えた。真
面目にやってる方が馬鹿らしくなるような話だ。
「……まあ、いいけどね。助かったわ」
「気にすんな。晩飯一週間で手を打つぜ」
「ちょっと待ちなさいそれはレートが高すぎるわよ!!」
「はっはっは。散々心配をかけてくれたんだ、このくらいは妥当だぜ」
「ちょっと魔理沙、あんた―――」
「当然、アリスも一緒に食べるよな」
「もちろんに決まってるじゃないの霊夢ほら早く作りなさいよ」
「うわ裏切られた!? ……ああもう判ったわよ、この借りはちゃんと返すわよ」
「おう、期待しないで待ってるぜ」
 そういって、魔理沙は満面の笑みを浮かべた。久しぶりに、心から笑ったという気分に
なった。




 誰もいなくなったはずの墓標の群れ。
 そこに、二つの人影があった。
 一つは女性で、一つは少女。その姿はやや透き通り、亡霊の様相を見せている。
 互いはよく似ていて、まるで親子のようで、真実親子だった。
 じっと、二人は視線を交わす。
 ―――長かった。
 いったい、どれだけの間すれちがっていたのか。
 人ですらなくなるほどに強く望んで、それゆえに互いに気づくことはなかった。
 互いに互いを探しつづけ、しかし見つからずに、やがて子供が狂って妖怪となり、親も
また引きずられてしまった。そして、多くの人を替りにとさらい、しかし満たされること
なく、ただ悔恨の念のまま、自身の間違った望みのままにさらいつづけねばならなかった。

 しかし、今は―――。
 もう、誰かを恐れさせることはない。孤独に苦しむことはない。忘れ去られることもも
う怖くはない。
 目の前に、求めていた子/親がいる。
 二人は、まるで元からそうであったかのように抱きしめあった。
 そして、その姿は柔らかに消え去り、空へと上っていった。
そろそろ見苦しいので謝罪文を削除しました。
叱咤激励してくださった方ありがとうございました。

とりあえず作品については……すいません相変わらず穴だらけなのを必死こいて埋めてました。
何か謎解き系のが書きたいなー、というのが発端だったのですが、明確なビジョンが出ずに難航。
カゴメカゴメを生かしきれなかったのが反省点。いつかリベンジしたいなあ、と思う所存。

さて、ここのところ体調を崩していましたがそろそろ復帰する予定。
この作品を描いた経験を次に活かすつもりです。がんばるぞー。
世界爺
[email protected]
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コメント



0.1400簡易評価
4.60刺し身削除
あれ…なんか前に読んだ気がすると思ったら書き直しですと!?
アナザーストーリーとして読ませてもらって後書きで脱力。
これもまた幻想郷。
11.50名乗らない削除
AルートEND、BルートENDと考えます。
慧音が主役か、魔理沙が主役か。

それと、出来れば以前の作品は消さないように。