Coolier - 新生・東方創想話

風鈴と寝言と冷酒

2011/07/02 10:54:22
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 縁側で巫女がだれていた。頬を床板に密着させて、おしりを突き出すようなポーズはさながら猫のようであった。だらしなく半開きになった口から、猫が喉を鳴らすようなこれまたなんとも間抜けな声を断続的に出し続けていた。
「えっと……霊夢?」
 そんな巫女の姿を眺めていた女が、遠慮がちに声を掛けた。
 霊夢は女の方を見ずに「なにぃ?」と間延びした声で言って、またごろごろと喉を鳴らし始めた。
「今日はなんだか、いつも以上に怠けているわね、あなた」
「だって、ゆかりぃ、この暑さよぉ。こんなのでまともにやっていけるわけないじゃないのよぉ」
 一歩影の外に踏み出せば、そこはかんかんと太陽が照りつける灼熱地獄だった。今年の夏は例年以上に暑い。そんなものだから、人里の方では渇水が懸念されている、という話を稗田家に訪れた際に聞かされた。そんな猛暑に加えて、明け方くらいまで雨が降っていた所為か、山に染みこんだ雨水がこの猛暑を受けて蒸気となって地面から立ち上り、周囲はさながら蒸し風呂の様相を呈していた。
 だれる霊夢の姿を、涼しい顔で見ている紫であっても、実のところこんなごてごての服なんて脱ぎ捨てて、いっそ下着姿でフローリングの床に寝そべりたい欲求に駆られていた。無論、妖怪の賢者たる彼女が人前でそのような姿をさらせるわけがないので、ぐっと堪えていた。
「なにかいい方法ない?」といって霊夢はごろん、と寝返りを打った。仰向けになって、首をちょっとだけ起こしてこちらを見たが、すぐに降ろしてしまった。「あーつーいー」
「良い方法ねぇ。行水でもしてきたら?」
「動くのが面倒くさーい」
「面倒くさがらないの」
「氷精捕まえてきてよ」
「なんで私が、そんなことしなくちゃならないの」
「あーもうダメ」
 勢いよく身を起こして、今度はあぐらを掻いた。彼女の右の頬には、くっきりと床の痕が付いていた。それを見て紫がくすくすと笑うと、霊夢はきっと睨み付けるようにして、しかしそれからすぐに大きな溜息を吐いた。
「そうねぇ、よく冷えた日本酒なんて如何?」と紫が言った。
「とっても魅力的だけど遠慮しとく。だって、飲んだらよけいに暑くなるし」
「まあ、それもそうね」
 幾重にも重なった、秩序のかけらもない蝉の声が四方から響いてくる。この暑さでは、会話も長く続かない。こうして座っているだけでも汗が噴き出してくる。扇子でぱたぱた扇いでいると、なにやら恨みがましい視線を感じて、振り向くと物欲しそうに霊夢がこちらを見ていた。
「……いる?」
 そういって扇子を指しだした。霊夢は迷いなく、うん、と頷いて扇子を受け取ると、勢いよく仰ぎ始めた。
 紫は遠くを眺めるように、ぼんやりとした目つきで空を見ていた。
「ああ、そうだ」
 しばらくして、不意に彼女がそう呟いた。
「どうしたの?」
 仰ぐ手を一旦止めて、霊夢は紫を見た。
「風よ」
「風?」
「涼しいでしょう?」
「あたりまえじゃないの」と怪訝そうな顔をする霊夢を尻目に、紫はスキマを開くと、その中に手を突っ込んでごそごそと目当ての物を探った。そして指先に、冷たく、固い感触が触れるのを確認すると、一度霊夢に微笑み掛けて、それをスキマから出した。
「それって」
「ええ」と頷いた紫の掌の上に載っていたのは、透明感のある青色をした風鈴であった。彼女は立ち上がると、すぐにその風鈴を縁側に吊した。
「そんなの気休めじゃないの」
「病は気からっていうじゃない。暑さも同じよ。涼しい気持ちになれば、こんな暑さはどうってことないわ」
「やれやれ。まあいいけど」霊夢は溜息を吐いた。「でも風なんて吹いてないわよ。まさかこれであおげって言うんじゃないでしょうね」
「まさか。それじゃあ全然風流さがないじゃない」
「じゃあどうするの」
「風が吹くのを待つのよ」
「あーもう。期待した私が馬鹿だった」
 霊夢は溜息を吐いた。
「暑いわねぇ」
 空では、南中を少し過ぎた太陽が日暮れへの道程を転がり落ち始めたばかり。この調子で太陽が照り続ければ、あと一時間ほどで今日一番の暑さがやってくるだろう。
「そういえば霊夢。お昼食べた?」
「こんな暑さで作る気力もけりゃ、食欲もあんまりないわよぉ」
「でも、ちゃんと食べないと」
「じゃあ作って」
「なにがいい?」
「素麺」
「あるの?」
 霊夢は頷いた。
 それじゃあ作ってくるわ、と紫は台所へと向かった。
 博麗神社には大昔から馴染みがあるので間取りがどうなっているかなんてことは訊かなくても判る。調理器具も、大雑把な彼女らしく判りやすいところに置いてあったので探す手間は省けた。
 鍋を火に掛けながら、そういえばこんな風に台所に立つなんてもの凄く久しぶりだな、と思ってちょっぴり楽しくなってきた。普段は家ではいつも家事は藍に任せている。たまに自分でやろうとしても彼女が自分の仕事だと言って颯爽と全てをこなしてしまうのだ。その度に、立派に育てすぎたかしら、などと寂しくなったりもする。
 沸騰したところに素麺を投入。あとは様子を見ながら茹で上がるのを待つだけだ。
 茹で上がった麺をザルに移して、それから溜めておいた井戸水に浸して麺を締める。
 出汁は外の世界で手に入る瓶入りの希釈するだけで簡単に作れる物だ。
 透明の、涼しげな鉢に冷えた素麺を盛りつけて、同じデザインの小鉢に出汁を入れる。
 お盆にそれらとお箸を載せて、隙間で横着をして一足飛びに居間へと向かった。
 縁側で霊夢は、また伸びていた。しかもドロワ一丁。上はさらしだけ。
「なんて恰好で寝てるのよ」座卓の上にお盆を置きながら紫は言った。
「だって暑いんだもん」ぼりぼりと頭を掻きながら霊夢は座卓の方へやってきた。
「人が来たらどうするのよ」
「誰も来やしないわよ」
「それはそうだけど」
「納得するな」
 お盆から自分の分の小鉢とお箸を取ると、彼女はさっそく素麺をずるずると食べ始めた。
「ちょっとやらかい」
「暑くて弱ってる胃腸にはそれくらいがちょうどいいのよ」
 そういいながら紫も素麺を食べる。
「なんであんたも喰ってるのよ」
「私もお昼まだだったから」
「これ私の素麺よ」
「作ってあげたのはどこの誰かしらね」
「うぎぎ」
 乱反射するように蝉の声が響いている。風鈴は、相変わらずうんともすんとも言わない。本当に、今日は風が吹かない日だ。
 なんだかんだでお腹が空いていたらしく、霊夢は一心不乱に素麺を食べていた。そんなに急ぐと喉に詰まるわよ、と注意してみたが「大丈夫」と一言返しただけでこちらの意見を聞き入れた様子はなかった。
 それにしても、こうして美味しそうに食べているところを見ていると、こんな簡単な料理でも作りがいがあったものだ、という気持ちになってくるから不思議だ。
「……なによ」
 じっと見られていたことに気が付いた霊夢が、不機嫌そうな声を出した。
「ほっぺたに麺が張り付いてる」
「え?」
 もちろんくっついてなどいない。
 からかわれたと判った霊夢は、今度は「ふん」と鼻を鳴らしてそっぽ向いてしまった。が、育ち盛りの胃袋はまだ満足していなかったらしく、顔をちょっと赤くしつつ渋々と言った様子でまた素麺を食べ始めた。自分の欲望に正直な娘だ。
 食べ終わるとすぐにまた横になった。
「牛になるわよ」
 紫がそう言うと、「巫女だから大丈夫」と返して目を瞑った。
 片付ける気などさらさらないようである。
「寝るんなら服はちゃんと着なさいよ」
 食器類をお盆に載せて、すきまを開いて台所へ向かった。
 洗い物を済ませて居間に戻ってくると、霊夢はすっかり眠ってしまっていた。くの字に体を折り曲げて丸くなりながら小さな寝息を立てていた。こちらの言い付け通りちゃんと服を着ているのがなんだか微笑ましい。
 そのそばに紫は腰を下ろして、そっと、起こさないように髪を撫でてやった。こうして眠っている顔は、年相応のあどけない少女の物だ。本当に安らかで安心しきった寝顔。そこにわずかに不安の影が差した瞬間、
 ぽつりと彼女は寝言を漏らした。
 その言葉を聞いて、少しだけ胸が痛んだ。
 思えば彼女はこんな歳で、人里離れた場所で暮らしているのだ。たった一人で。
 普段は何でもないように振る舞っていても、やはり彼女も人の子ということなのだろう。
 ――お母さん。
 掠れる声でそういった霊夢は一体どんな夢を見ているのだろうか。
 朧にしか覚えていない母親の影を追いかけているのだろうか。
 夢の中を覗くような無粋な真似はしない。
 ただ、しばらくの間そんなことに思いを馳せて、彼女の寝顔がまた安らかな物に変わった頃、紫は静かに立ち上がり、すきまの中へと姿を消した。
 


        ※※※



 鋭角に射し込む西日に瞼の裏を照らされて眼が覚めた。
 辺りを見たが、紫の姿はなかった。
 帰ったのだろう。
 ほんのちょっと心細いと思っている自分に気が付いて、霊夢は重たい溜息を吐き出した。
 夢を見ていた気がする。
 はっきりとは思い出せないけど、多分あれは小さい頃に見た光景で、
 それはとても悲しい夢だった。
 悲しいから普段は思い出したくなくて、でも時々何かの拍子に思い出して、途端に人恋しくなる。そんな記憶を夢の中で見ていた。

 不意に、涼やかな音色が聞こえてきた。
 はっとして縁側の方へ目を遣った。
 風鈴を見た視界の中、庭に人影があることに気が付いた。
 とんがり帽子をかぶった、見慣れた影が逆光の中に佇んでいた。
 ああ、魔理沙か、と思いながら、霊夢は庇の下にぶら下げた風鈴を見た。風を受けて風鈴の短冊がくるくると踊っていた。
「風鈴か。風流だな」
 魔理沙が言う。
 霊夢はぼーっと風鈴を見詰めていた。
「霊夢?」
 目の前の視界を遮られて、ようやく魔理沙がそばに来たことに気が付いた。
「どうしたんだ? 暑さにでもやられたか?」心配そうに彼女は言った。
「そうかも」そう言ってからまた風鈴の方を見た。先ほどまでの名残を残して短冊がわずかに揺れているだけで、また静かになっていた。
「それなら良い物があるんだが」と魔理沙は帽子の中から一升瓶を取りだした。周りに雫がまとわりついていて、それがよく冷えていることが判った。「今日一日氷精を雇って冷やした日本酒だ」
 気怠い目で魔理沙と一升瓶を交互に見て、それから溜息を吐いた。
「霊夢、お前もしかして体調悪いのか?」
「いえ、大丈夫よ。寝ぼけてるだけ。さ、夕飯にしましょう。食べてくわよね」
「ああ、そうだけど。って作ってくれるのか? 気前がいいな」
「そうね、今日はなんだかちょっと機嫌がいいから、特別にあんたの分も作ってやるわ。だから抜け駆けして先にそれを飲まないように」
 そう言って霊夢は立ち上がってノビをした。
 気分はすっかりいつも通りに戻っていた。
 それから霊夢は鼻歌を歌いながら、炊事場へと向かった。
 
 
二作目、掌編書きました(・ω<)
石田春巻
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コメント



0.990簡易評価
1.100名前が無い程度の能力削除
一人で寝ているとセンチになったりしますよね
5.100奇声を発する程度の能力削除
何だか優しい気分になれました
6.100名前が無い程度の能力削除
博麗の巫女にご飯を作ってあげる妖怪の賢者。これぞまさに妖怪神社ですね。
ママゆかりん可愛いよママゆかりん
8.90名前が無い程度の能力削除
一人じゃないってのはうれしいことですね
21.100名前が無い程度の能力削除
春から一人暮らしの身ですが、なんかホームシックになりました。

どうしてくれる!お母さんゆかりん分が必要です!
26.100名前が無い程度の能力削除
いいお母さんゆかりんだなぁ