Coolier - 新生・東方創想話

ミイラ取りが美鈴になって

2011/06/30 00:44:02
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「……はぁ、はぁっ、はは、ふはははっ」

 燃え上がるような熱い夜だった。
 紅の満月が地平線へ沈もうとする頃、その勝負はやっと終焉を迎える。
 妖怪であることの、異形であることの喜びでその身を満たすことができる心地よい闇。

「ふざけるなよ、この下等妖怪ごときがっ!」

 けれど、敗者を見下す幼い少女の顔はすぐに怒りへと変わる。
 戦いで力を半分ほど失って尚、本来の住人である妖精を近寄らせもしない威圧感。
 圧倒的な魔力の放出。
 攻撃の初動だけで水面を震わせながら、地面に横たわる妖怪の首を掴み無理やり顔を引き寄せる。抵抗する力を失った女性の妖怪は呻き声を漏らすばかりで、膝を地面につけたまま両手をだらりと下げていた。

「お前は吸血鬼という種族を知っていると言ったわね? ならば何故この夜を選んだのかしら? 夜の眷属である吸血鬼の力が最高となる満月に姿を見せたのはどういうことかしら?」

 幻想郷が新たに呼び込んだ妖怪、桃色の愛らしい服からは想像できないほどの実力を持った吸血鬼こそ、レミリア・スカーレット。子供の幼い外見と、幼い残虐性を秘めた葉、この世界で生き抜くために運命を見た。
 その第一歩として周囲の妖怪を統率し、支配下におく必要があったわけだが、湖を縄張りとする一人の妖怪のせいでその計画は予想以上に後れることとなる。
 そう、今彼女が掴む緑色の服を着た女性。
 紅美鈴と言う名の正体不明の妖怪によって。
 それでも今夜までは出会うことはなかった。
 わざと避けているようにすら感じられたというのに、

「まさか? ふふ、まさかとは思うのだけれど。満月でも私に勝てると思って勝負を仕掛けてきたのかしら? あはは、ははっ、悪ふざけが過ぎるよ、下種が」

 言葉を終えると同時に、その体を横に投げる。
 放り投げるという強さではない。
 周囲に生えた木の幹を折りかねない勢いで、直線的にその体をぶつけたのだ。
 背中を盛大にぶつけた美鈴は、立ち上がろうともせずにその身を地面へと預けた。ところどころ破れた衣服からは肌の傷がはっきりと見え、うつ伏せになって呼吸を繰り返す姿は抵抗する術を
失った子兎のよう。

「……った」
「ん? なんだい? 今更命乞いか? それとも最期の言葉でも聞いて欲しいのかしら。なんにしろあなたの運命は私が握っているのだけれど」

 圧倒的な力で勝利したというのに、レミリアはまだ戦闘態勢を解いてはいない。
 湖に沿って足を進めながら、その翼に魔力を集める。
 何かあればすぐに間合いを詰め、その首を掻き切るために。
 遊んでいるわけではない。
 遊べるはずがない。
 レミリアは、常に全力に近い魔力で戦ったのだ。
 この夜が始まってから、ずっと。

 満月が今まさに地の底に消えようとする時間まで。

 全力で地面に叩き付けても、魔力弾をぶつけても、スピア・ザ・グングニルを直撃させてみても、レミリアの目の前の妖怪は立ち上がってきた。
 何度も、何度も、信じられない頑丈さで。
 だから油断などできない。
 けれど、今簡単に勝負を決めるのも面白くない。
 満月の夜の吸血鬼を知りながら平然と挑んできた無知、無謀、無策な妖怪に真の夜の王とはどんなものかを教えねばならない。

「……はぁ、……った」
「だから何を言っているの? ちゃんと言葉で表現したらどうか」

 美鈴は、うつ伏せになって状態で苦悶の表情を浮かべていた。
 息をするのも精一杯。
 誰が見ても抵抗などできそうにない状態だ。

 それでも、美鈴は動いた。

「っ!」

 片腕に力を込めて、体を横回転させ、

「はぁ~、楽しかったぁ~」
「……はっ?」

 仰向けになったかと思うと、星空を見上げながら満足そうに笑ったのだ。
 苦しそうに胸が激しく上下しているのに、その言葉には何の裏もない。
 澄み切った湖や、星空と同じ。
 戦闘の音が消え、静かになった風景と溶け込んだような。
 場違いなほど清々しい顔でレミリアを見上げていた。

「力を使えてすっきりしたから」
「だから、楽しい、と? そんなボロボロになってもか?」
「誰も、ボロボロにされて楽しいなんて言わないよ。言うとしたら変態くらいかな? 妖怪として生きていく上で、ここまで力を出して戦える機会なんてなかったから」

 呼吸を繰り返すたびに、美鈴の声音は落ち着きを取り戻していく。
 そこでレミリアは気づいた。
 妖怪にとって大して重要でない呼吸が、美鈴にとっては何か別の意味があるのかもしれない、と。
 
 ――情報を聞き出し、その後は処分するべきか。

 会話を繰り返しながら、魔力を手に集中させていく。
 何にせよ、朝日が昇る前にはすべてを終えなければいけないのだから。

「あなたより強い妖怪がいないってこと?」

 美鈴は首を左右に振る。
 そして満月の光を背に受けて覗き込むレミリアに向けて微笑んだ。

「だって、面倒だから」
「はぁ?」
「ほら、わざわざ他の妖怪がいるとこまで出向いていって戦うなんて」
「じゃあ、今の戦いは?」
「あなたが攻めてきたから、迎えうってみただけ、よっとっ!」

 嘘を語っているようには見えない。
 それ以上に、レミリアは内心驚愕していた。
 立ち上がれないほど痛めつけたはずの美鈴が、両足を大きく上げたかと思うと。
 くるり、と半回転して起き上がって見せたのだから。

「くっ!」

 自身の甘さに舌打ちして、レミリアは慌てて戦闘体勢を取る。
 ここまでの再生能力がどこからくるのか。

「ああ、そうそう、私を地面に触れさせたまま放置しないほうがいいよ。大地の中には『気』の力が満ちているからね」
「それがあなたの再生能力の種というところかしら?」
「さて、まだまだあるかも?」

 二本の足で地面を擦り、空へ飛び上がったレミリアに微笑を向けるのは吸血鬼のことを知っているからだろう。
 満月が沈めば、もうすぐ朝が来る。
 朝が来れば、吸血鬼は本来の力を発揮できないどころか、その生命にすら危険が及ぶ。
 それでも、敵前逃亡などできるはずがないレミリアにとって、選択肢はただ一つ。
 眼前の妖怪を倒し、この場で周囲の妖怪の王が誰であるかを示さなければならない。

 ならば、使うしかないか。

 レミリアは残りの力を体内に押し込め、
 序盤の戦いでは使うつもりのなかった能力の扉を叩く。
 けれど、

「えっと、レミリアさん、でしたっけ?」


 それより早く、美鈴の唇が上下に動き。
 右手の指が、口元へと移動する。
 たったそれだけで、

 レミリアの動きは停止した。


「こんなときになんですが、私をあなたの下で使うつもりはありませんか?」
「へっ?」

 
 口をあんぐりと開け、目をぱちぱちを瞬かせながら。





 ◇ ◇ ◇





「というわけで、私とレミリアお嬢様は、好敵手としての熱い友情で結ばれているというわけでしてね?」
「うん」
「咲夜さんがいない間、がんばっていろいろやったわけでしてね?」
「うん」
「ですから、えーっと、ちょっぴり花壇の様子を見に行かせていただいてもいいかなとかおも――はい、わかってます! 駄目ですよね! まだ仕事中ですものね! ほぉんめぇぃりん! 今日も力一杯門番行に励みたいと思います!」

 などという。
 いつもと同じ風景が繰り広げられるのをテラスで眺めるのは、

「変わらないね」
「変わるほうが難しいとおもうわよ。本来妖怪とはそういうものでしょうしね」

 テーブルに取り付けるタイプの大きな日傘の下。
 パチュリーと一緒に日中のティータイムを楽しむレミリアは、珍しく真っ当な紅茶にありつくことができて上機嫌であった。
 咲夜といると、ほぼ10割の確率で珍妙な液体が出てくるため、気を落ち着けるはずの時間が時折殺伐とした気配を纏うことも多々あるのだ。
 ただ、それに慣れすぎると、

「小悪魔の給仕ではものたりない?」
「……何のことかしら?」
「指がテーブルを叩いてる」
「……」

 困ったことに、身体が刺激を求めてしまうらしい。
 簡単に言えば、退屈してしまうのだ。

「それでも、過去の争乱よりは幾分かましじゃないか」
「それもそうね。あの頃はゆっくり読書もできなかったものね。レミィの綱渡りの作戦でどれほど私が苦労させられたか」
「仲間を退屈させないようにした結果だよ」
「あれはしなくてもいい苦労というのよ。美鈴と咲夜もよくこんな主に付いて来てくれたものね」
「私の求心力というやつだよ、称えるがいい」
「……はぁ」
「その溜息、すごく腹が立つのだけれど?」
「あら、ごめんなさいね。本の内容が少し退屈だったのよ」
「まったく」

 スペルカードが作られる前の戦い。そこで吸血鬼がこの世界に認められ、安寧を得てからもう随分と経った。
 ふぃにティーカップを傾けていると、その頃の思い出がレミリアの頭の中に流れてくるのは、身体が闘争を求めているからか。
 それとも、主としての責任からか。
 レミリア本人にもわからないが、


「ねえ、レミィ」
「どうしかした?」
「私、いまだに理解できないのだけれど」


 パチュリーの中には、まだある疑問が渦巻いていた。


「美鈴って、なんであなたの仲間になったの?」
「……そりゃあもう、私のカリスマによってだね。美鈴が自らかしずいたのだよ」
「本当に?」
「……もちろんだとも」


 紅茶を口に含み、パチュリーに軽く背を向けながら。
 レミリアはぱたぱたと羽を動かして、会話を切った。


 当然だ。


 まだ、レミリアもまったく理解していないのだから。
 あの門のそばでいつものように咲夜とじゃれあっている。
 
 紅美鈴という妖怪の本質を。






 













 


『美鈴よ、運命を操る悪魔が世界を滅ぼす予兆は?』
『……さて? どうでしょう?』
『わかっているな? もし、あの子供の吸血鬼が成長の折に能力を暴走させるようなことがあるのなら、大地を乱す根底となりえるのならどうするべきか――それがお前に与えた使命であるというのに』
『そのときは、そのときですよ』
『まさか、あの異国の化け物に情を移したのではあるまいな?』
『心配性なのはよろしいですが、あまり気を使われると髭の毛が抜けますよ。龍神様』
『美鈴っ! お前はっ!』


『いえ、お父――』







「こらっ! 美鈴!」
「ふぇっ!? ふぁ、ふぁいっ!」
「何をしているのかしら?」

 美鈴はぽりぽりと鼻の頭を掻いて、あははっと苦笑すると。

「困りましたね、夢の中でも現実でも怒られてしまいました」
「なんて?」
「しっかりお仕事するようにっ!? って、咲夜さんっデコピンは反則ですよ!」



 ほがらかな日差しの中、
 彼女が『仕事』をしない限り、世界はほど良い退屈のまま過ぎていく。
 
 
 長編で予定していた設定を短編で使うとどうなるか。
 そしてそれにおもいっきり自分の趣味の設定を混ぜたらどうなるか!
 
 それを実行してみた作品でした。
 お読みくださりありがとうございます。
pys
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コメント



0.2170簡易評価
4.無評価名前が無い程度の能力削除
面白かったです。
長編でも読んでみたいです。

1箇所誤字がありました。
二本の足が日本の足になってます。
5.100名前が無い程度の能力削除
点数入れ忘れた…
8.100名前が無い程度の能力削除
ドストライクです
是非長編に…
10.100名前が無い程度の能力削除
美鈴にはやっぱり隠れた実力者設定が似合いますね。
レミリアをあっさり倒せそうな姿に違和感がないです。
11.100名前が無い程度の能力削除
短編で終わらずぜひ長編にしてください
13.100名前が無い程度の能力削除
もうここまで出来てるなら長編を作るべき
ワクワクさせるような設定ですね
14.80奇声を発する程度の能力削除
こういう設定って本当にありそうですよね
16.100名前が無い程度の能力削除
間者らしくないのが美鈴クオリティ
19.80名前が無い程度の能力削除
ふふ
21.100名前が無い程度の能力削除
コレは長編やるしか無いよね!?
24.100名前が無い程度の能力削除
これは…良い!!
26.90こーろぎ削除
いつもの紅魔館の日常でしたね。この設定のめーりんの使命とこの後のてんかいが気になりました!
29.100名前が無い程度の能力削除
つまりまだおとんの髪はフサフサ・・・
面白かったです! おっと誰か来たようだ
30.100名前が無い程度の能力削除
龍神様と美鈴の会話がなんか良いねぇ
pysさんのオリジナル設定は不思議と波長が合うから好きだw
レミリアと美鈴が素敵すぎるので是非長編を!
31.80名前が無い程度の能力削除
この設定の長編をぜひとも読んでみたいです。
これだけだと、レミリアがちょっとかませ犬っぽくなってしまっている部分もあるので、この点数で。
33.90名前が無い程度の能力削除
こういう本当の力を隠している実力者って設定大好き!
でもその時が来たら美鈴は本当におぜう様を殺ってしまうんでしょうか?
とりあえず続編希望!
38.80ヤマカン削除
美鈴はいいな
39.100名前が無い程度の能力削除
もっと読みたいと思わせるいい話ですね
強いて言うならもう少しボリュームが欲しかった。でもこれ以上加えるとgdgdになるのかな?
49.100名前が無い程度の能力削除
私は寧ろ短編の方が好き。色々想像しちゃうけんね!