Coolier - 新生・東方創想話

魔理沙と夏の忘れ物(後篇)

2011/06/28 21:46:00
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 所替わって紅魔館。
 門番の紅美鈴は熱気に苦しみながら心頭滅却に集中していた。
 寝ているわけではなかった。その証拠に微動だにせず、石像のように固まっている。
 周囲の影響、その一切を断ち、心を静謐にする修行の真っ最中なのである。
 もちろん周囲の影響の一切を断ち切るので、門番としての役目は果たせていないわけだけれど。
 
 ――ヒューンと、耳慣れた風切り音が、その静謐をいとも容易く破る。
 もはや条件反射になってしまった箒の風切り音への反応。外敵の接近に対処すべく、美鈴は気を高めて空へと飛び上がる。
「おっと、今日は眠ってなかったみたいだな」魔理沙は箒を急停止させた。
「あいにく、先日どんなに深い眠りでもあなたが来れば目覚めるように咲夜さんから調教を――って、えええ!」
 美鈴は白無垢姿の魔理沙に色をなして驚いた。
「誰ですかこの可憐な美少女は!」
「私だぜ」と魔理沙は胸を張った。
「あなた誰ですか?」
「だから、魔理沙だぜ。霧雨魔理沙。名前からして涼しい女」
「……はあ、へえ、ふうん」
 美鈴はまだ納得できないらしく、あちこちから眺め回して魔理沙の脚を閉じさせる。
「あなたいつも同じ服着てるくせに、今日はいったいどういう風の吹き回しなんです?」
「涼しい風の吹き回しだ」と魔理沙は言った。
「いまいち会話にならないのはいつも通りなんですが……へえ、ふうん」
 しつこい美鈴の反応に、魔理沙はポシェットから八卦炉を取り出しかけたが、思い直して咳払いをした。
「やめとこう。暑いからな。今日はパチュリーの見舞いに来たんだ」
「それはまっとうな理由ですね。見舞った後に屋敷中を徘徊しなければの話ですけど」
「徘徊するもしないも私の勝手だぜ」と魔理沙は言った。「見舞い客を追い返すってんなら、暑苦しい魔法でお相手するが?」
「なら、徘徊してから戦いましょう」と美鈴は頷いた。
「ようこそ紅魔館へ」
「邪魔するぜ」
 魔理沙は美鈴の肩口を掠めるようにして飛び去った。
 
「……それにしても、どういう心境の変化なんでしょう」と、美鈴は涼しくて甘い風を心地よく思いながら、まだ首をかしげていた。


「なんだ、元気じゃないか」
 魔理沙は腰が沈むほど柔らかい図書館のソファーに腰掛けて、机に向かって書き物をしているパチュリーに言った。
「せっかく見舞いに来たのにな」
「この暑いのに、アリスの流儀でお茶を飲む気にはなれないわ」とパチュリーはため息をついた。
「わざわざ、お見舞いに来るなんてね。なんだか私が悪いことをしているみたい」
「出不精はデブになるぜ?」
「もう少し太りたいぐらいね」と言って、パチュリーは椅子をくるりと回転させた。
「それで、その格好はどうしたの?」
「暑いからな。日光を跳ね返すのさ」
「地獄の窯でも暑苦しい格好をしていたくせに。不可解ね」
「あれは旅装束というか、汚れてもいいんだよ」
「今日は汚れちゃダメなの?」
「汚したくない気持ちで戦闘力が三割増しだぜ」
「そう言われると汚したくなる」
 二人は会話で遊んでいたが、「魔理沙がアリスのお茶会にだけはアリスの押し付けた服を着ていく」ということは、パチュリーも知っていた。
 知っているのはお茶会のメンバーぐらいなもので、つまりは三人だけだった。
「何が素晴らしいって、ポシェットが小さいことね」
「おかげで本が数冊しか借りられないぜ」
「貸したくないわ」
「貸不精はデブになるぜ?」
「どうせ着痩せするタイプなの」

「お茶が入りましたよ」と小悪魔がおみやげを含めたティーセットを用意してくれる。
 二人は優雅に飲み食いしつつ。「ここ最近の文々。新聞がおもしろくて違和感がある」という話や、「命蓮寺の影響で滝に打たれる修行がカッパたちにブームを巻き起こしている」という話を楽しんだ。

「どうも新聞に霊夢が絡んでるらしいんだよな」
「彼女がやる気を出すとめんどうね。誰も止めないし」
「めったにやる気を出さないからな」
「誰もやる気があるなんて信じないのね」
「私だって信じてないぜ。殺気を出すなら信じてやるが」
「私も信じてないわ。霊夢は狼少年みたいね」
「だからレミリアと仲がいいのか?」
「レミィは蝙蝠少女」
「咲夜は時間泥棒だし、早苗は人非人だろう。いつの間にかまともな人間は私一人だぜ」
「現神人を人非人と表現する人間はまともかしら」
「常識に囚われないからな」
 
「ところで滝に打たれて河童の皿は割れないのか?」
「帽子をかぶっているから平気よ」
「すごく固い帽子なんだな」
「頭が固いよりもいいわね」
「私だったらついでに食器も洗うところだが」
「下流の人間は迷惑するわね」
「いい匂いのする食べ残しを流すぜ」
「魔理沙はきのこばかりを食べているわ」
「そういやこの前――松茸みたいな匂いのするきのこを食べたんだけどな」

 魔理沙は自然な流れで魔界のきのこの話を切り出した。

「――というわけだ。なーんか、忘れてる気がするんだよ。な、パチュリーは、私と大事な約束してなかったか?」

「しているわ」と、パチュリーは当たり前のようにそう答えた。
「あなたに何冊本を貸したのか、私も覚えていないけど」
「いや、本のことは覚えてるんだぜ。もっと別の、大事なことをだな」
「……覚えているなら返してほしい」
「理解しきるまであと数年は必要だぜ」と、魔理沙は言った。
 珍しくまともな答えが返ってきたことにパチュリーは面食らってしまった。
「どうした? だいたい、お前の字が汚いのが悪いんだぜ?」
「今までよっぽど汚い字ばかり見てきた人間の発想ね」と言い返し、パチュリーはため息をついた。
「本のことは棚上げにしましょう」
「棚おろしはしないのか」
「売る気はない。――その、魔界のきのこなんだけど。魔理沙は全部食べてしまったの?」
「実は……食べ残しを持ってきてるぜ」
 魔理沙はポシェットから、紙に包んだきのこの食べ残しを取り出した。
「ふうん。暇をみて調べてあげてもいいわ」パチュリーは包みを受け取ると、机の目立つところに置いた。
「それはありがたいぜ」と魔理沙はまじめな顔で言った。
「……大丈夫?」とパチュリーは訝しむ。
「なんかこう、気持ち悪いんだよな」と魔理沙は言った。「ずうっと、ど忘れしてる感じが続いてるんだ」
「あなたがど忘れをしてることより、あなたが「ど忘れを気にしている」ことが私には不気味」とパチュリーは言って、さくらんぼをつまんだ。
「これがきのこの作用だとしたら、変哲もいいところだぜ」と魔理沙はぼやいた。「忘れたものが思い出せるんじゃなくて、忘れていることを思い出させるなんてな」
「調べる価値はありそうね」と言って、パチュリーは種を吐き出した。
「なんだ、結ばないのか?」
「舌を鍛える趣味はないの。ただでさえ食べたいものが少ないからね」
「偏食は身体に毒だぜ。そのきのこを食べるといい」
「調べ終わって、気が向いたら」
 とパチュリーは言って、吐き出した種を皿の上に置いた。
 
 ここが機と見たのか、小悪魔が横から口を挟んだ。
「魔理沙さん、お夕飯、食べていかれます?」
「……ありがたい申し出なんだが」と魔理沙は言った。
「あいにくもう一つ予定があるんで、今日のところは遠慮しておくぜ」
「その予定って?」とパチュリーが問う。
「河童の勤行が見たくなってな」と魔理沙は答えた。
「にとりにも同じ質問をするのね。――大事な約束をしていないか」とパチュリーは言った。
「鋭い女だな。眠そうにしてるくせに」
「あなたよりはね。……魔理沙、そうやってしらみつぶしに当たるよりも、いい方法を知っているんだけど」
「もともと「当たる」のは苦手だからな。ぜひ知りたいぜ」と魔理沙は言って、スコーンをむしゃむしゃと食べた。
「きのこに中ったくせに、よく言う」と、パチュリーはうっすら微笑みを浮かべた。



    ○
    

「あなたの心を知っている妖怪が、地の底に眠っているでしょう」

「……んぐ、そういや、そうだったな」と魔理沙は苦い顔をした。「実のところ思い出してたんだけど、あそこ暑いっつーか熱いっつーか」
「いつぞやみたく、符をお供に付けるわ」とパチュリーは言った。
「それに、用があるのはペットじゃなくて飼い主の方なんだから、熱いところまで行く必要はないわ」
「そうだな。……うーん、暑苦しい鬼に出会わなきゃいいけど」
「涼しい鬼なんて気味が悪い」
「そりゃ、そうだな」と魔理沙は苦笑した。
「気合入れて、挑むか。何度目かの地霊殿」

 なにせ戦闘力はいつもの三割増しである。
 順調に中ボスを倒しつつ奥へと進んで行ったのだが、途中で体操服を着た暑苦しい鬼に見つかってしまった。
 勇儀の方も三割増しでやる気を出してきたので、楽にはならなかった。コールド・インフェルノで必死に冷やしつつ、花火のような華のある弾幕に冷や汗を掻かされるという納涼バトルの末。
 ようやく地霊殿にたどり着いた頃には、真っ白なワンピースはところどころがグレイズで破け、サンダルも両方落として素足になってしまっていた。
「……ふう、やれやれだぜ」
(脱いでみて初めてわかるエプロンドレスのありがたみね)とパチュリーが符を通して語りかける。
「これ以上脱いだら痴女だぜ?」
(マントを羽織れば問題ないわ)
「裸マントは普通じゃないぜ」
(裸マントと普通。誤差の範囲内ね)

 巨大な地霊殿の構造を魔理沙はまったく把握していなかったが、そこらへんでみゃーみゃー鳴いている猫たちに「さとりの忍び笑い」の真似をすると、猫たちはすぐにわかってくれたらしく、体を思い切り伸ばして「高いところ」を表現した。
「上から数えた方が早いんだな。ありがとうだぜ」
 魔理沙は三十階はあるだろう地霊殿の最上階の窓を弾幕で突き破り、内部へと侵入した。

「騒々しい人がやってきましたね」
 さとりと魔理沙は階段の途中で鉢合わせした。最上階を一通り荒らした魔理沙だったが、魔法の役に立つようなものは特になかったのが残念だった。
「この泥棒猫」とさとりは三白眼を魔理沙に向けた。
「今日はいったい何の用ですか?」
「私の心を読んでもらいに来たぜ」と魔理沙は率直に言った。
「……え、嘘、本気なんですか?」とさとりは動揺する。
「本気だぜ。読めばわかるだろ」
「……ふぇ」さとりは動物じみた奇声を発した。
「……なるほど。そういうことですか。心臓に悪い」
「そんな驚くようなことか?」今度小傘を連れてきてやろうかと思いながら、魔理沙は言った。
「おそらく私はその妖怪とは相性最悪ですね。絶対驚いてあげません」とさとりはため息をついた。「まあいいです。座って話をしましょう」

 魔理沙はさとりに案内されるがままに、階段を箒に乗ったままぐるぐると下りて、固めのソファーのあるラウンジにたどり着いた。
 薄暗いろうそくの光に照らされて、大小様々な動物の剥製が置いてある。薄気味悪いところだと魔理沙は思った。
「お頭付きの剥製って最高ですよね」と言って、さとりはヒヒヒと笑った。「何も考えてないんですよ、こいつら」
「今度人形でも持ってきてやるよ」と言って、魔理沙は早く本題に入ろうと思った。
「本題に入るのはいいのですが」とさとりはニヤニヤしながら言った。
「本当にいいんですか? 私に隅から隅まで読まれてしまって」
「大したことじゃない」と魔理沙は言った。「王様の耳はロバの耳。お前は洞穴みたいなものだ。情報は誰にも広まらずに、地の底に消えていく」
「……そうですね」と、さとりは少し寂しそうに言った。「その通りです。懺悔するには最高の相手でしょう」
「懺悔のつもりもないけどな。さ、一思いにやってくれ」
 魔理沙はテーブルの上に大の字になって、素手と素足をさらけ出した。
「……わかりました」とさとりは言った。「そんなに嫌なんですね。忘れたままでいることが」
「どうだかな」
「あなた、すごく焦ってますよね。汚れてもいい服に着替えようともせずに。「さとりに読まれる」なんて不快指数の高い方法を取ろうとしている」
「いいから、さっさとやれよ」
「パチュリーさんの言葉を信じていいんですか? 彼女はあなたの過去や想い人が知りたくて、私に記憶をコピーさせようとしているのかもしれませんよ。後で私の脳みそをほじくり返す気かも」
「ネガティブな奴だなぁ」と魔理沙のいらいらが募ってくる。
(痛い目に会わせた方がいいわ)とパチュリーが代弁するように言う。
「利用しようとしておいてひどい言い草ですね……。まあいいです。……それでは読ませていただきますね。……あなた愉快な人ですから、途中で笑っちゃっても気にしないでくださいね」
「気にしないぜ」と魔理沙は頷き、睡眠用のきのこを持ってくればよかったなと思った。
 ――ヒヒヒ。あははへへ。ふふふふいひ。
 さとりの笑い声が思ったより耳障りでキレそうになったものの、そう自覚するたびにさとりが黙りこんでしまうので、だんだんかわいそうになってきた。
 こいつも苦労してるんだなぁと思ううちに、心身の疲れもあって、魔理沙はいつの間にかスウスウと眠り込んでしまっていた。
 
 
「――終わりましたよ」
 さとりは魔理沙を起こそうともせず、パチュリーに向かって語りかけた。
(ご苦労さま)とパチュリーは答える。
「……新鮮ですね。この距離では、さすがにあなたの心が読めません」
(寿命が長いのなら、あなたも通信の魔法を覚えるべきね)
「……あなたの心が読めたなら、すぐにでも覚えられるんでしょうけれど」
(あいにくそれはできない相談ね)
「でしょうね。――結論から言うと、魔理沙さんの精神は、正常です」とさとりは魔理沙の寝顔を見つめながら言った。
 綺麗な稜線。人形遣いが好きそうな、整った目鼻立ち。ウェーブのかかった栗色の髪。――生きのいい、血色。
(正常、とはどういうこと? 魔理沙は明らかに、精神に「異変」を感じていたのよ?)
「ええ。もともと彼女は異変に敏感なんです」とさとりは言った。
「人里を飛び出したのも、なんてことのない違和感が原因でした。当たり前の人里の生活に対して、幼い頃からずっと彼女は思っていたんです。「何かを忘れているような気がする」とね」
(……そうか)
 パチュリーは遠く図書館の書斎で、託されたきのこを手に取った。
(魔界にありながら無属性のきのこ……。ただの無じゃない。強力な魔力によって「本来の自分」を保っていると考えれば――)
「あるいは、食べた人間に、本来の自分を取り戻させる程度の能力はあるのかもしれません」とさとりは言った。
「魔理沙さんを魔法に踏み出させた根本的な原因は、透明な心が故の圧倒的な喪失感です。なんて言うか、常に「普通」なんですよ。ある特定の環境に染まり過ぎない強さと苦しさが、生まれたときから彼女には備わっていました」
(染まらない……心)
「人里に生まれたから、人として生きなければならないとは、彼女は思わなかった。人間としては普通でなくても、一生物としてはあまりにまっとうな「普通」の考え方です。欠けた何かを取り戻そうと、死ぬまで違和感に向き合い続ける。あらゆる進化は異性体を受け入れることで行われるわけですし」
(ご託はいいわ)とパチュリーは言った。
(日常的に異変を感じ続ける状態が、かつての魔理沙の「普通」だった。そこまではいいとしても、きのこを食べる前の彼女は、既にその心理状態にはなかったのよね。「立ち戻ったことに違和感がある」のだから)
「ええ。彼女は、既に満足していました。大いなる未知と向き合いながら、いずれは死んでいく身であることに」
(――それはどうして?)
「追求を諦めて、敗北のままに死ぬことになっても、楽しく生きられると知ったからです」
(……)
「異変を追い続けていくうちに、彼女はようやく彼女の「日常」を手に入れた。人里の限定的な可能性を脱し、実際に行けるかはともかくとしても、何処であろうと目指せる程度の自由は手に入れたわけです。意味合いは違えど異変を追う仲間がいる。魔法に詳しい先達もいる。とりわけ、どのような自己規定からも脱し、その時の気分に素直に生きる博麗霊夢と出会ったことが大きいようです」
(――確かに霊夢は、進歩しようとは思っていない)
「でも、結果的には進歩しているし、多くのものを救っている。魔理沙さんから見れば、そうとしか見えないんです」
(……そうか。魔理沙が人里を捨ててやっと手に入れた「自分」を、霊夢は最初から持っていて、しかも失うことがない)
「人間のままでそんなことができるのかと、魔理沙さんは驚き呆れて、――気持ちよく、敗北を認めました。そして、自分も好き勝手に生きることにしたんです。魔理沙さんは人間を脱するよりも前に、人間として成長してしまった。「普通」の定義を自由に変えることができるようになった」
(――そう。……なるほどね。好き勝手には、生きてるわね)

「彼女は自分の意志による自由に――言い換えるなら、人間としての「普通の」不自由に満足していた。人が人として望める自由なんてたかが知れているけれど、魔理沙さんはそれでいいと納得した。――そんな彼女に、魔界のきのこが問いました。「お前本当にそれでいいのか」――と。どうやらこのエピソードは、彼女にとって二度目の分水嶺みたいですね」
(人間として死んでいくか。人間をやめて、永久に楽しみ、苦しむのか)
「今、魔理沙さんの背中を押すのは簡単でしょうね。……意味、わかります?」

(……大事な約束を、「死なないで」と、一言いえばそれで済む)

「どうして言ってあげないんですか」
(……)
「私はこんなところに住んでいるから、毎日毎日身にしみるように理解しているのですけれど。死ぬのって、本当に、つまらないことですよ」
(……)
「言ってあげてください。それは死なない方の苦しさを既に選んだ、魔法使いの仕事です」
(……いいえ)
 パチュリーははっきりとそう答えた。
(言わないわ。不思議の国のアリスで言うならね。魔理沙こそがアリスなの。アリス・マーガトロイドこそ帽子を作るマッド・ハッター。私はさしずめやまねってところかしら)
「……ずいぶんと、謙虚な話だ」
(そうかもしれないわね。……でもそれが真実だわ。魔理沙はたぶん、どちらの道を選んでも、最終的には納得することになるでしょう。運命といういたずら兎を追いかけることもなく。死という赤の女王に怯えることもない)
「どちらにしても同じこと。だから選択肢は奪わない。それがあなたの答えですか?」
 
(それが私たちの答えよ)と、別の声がすぐ傍から聞こえた。
 地霊殿に入った魔理沙をこっそり追ってきた仏蘭西人形が、部屋の入口に姿を見せた。
(――アリス)とパチュリーが声をあげる。(いつからいたの)
(地獄の入口に待機させておいたのよ。魔理沙が焦ってさとりのことを思い出したら、どう転ぶかわからないって)
(あら、心配症なのね)
(あなたこそ、せっかち過ぎるんじゃないかしら)
(絶対に死んでほしくないのはわかるけど)
(たとえ一瞬でも嫌々生きてほしくないって、そう思っているんでしょう)

 さとりは、どんな答えが返ってくるのかわからない会話に、狂喜した。
 ――みんな、ずるい。
 ――こんな楽しいおしゃべりを、毎日のようにしているなんて。

「ずるい……ずるいなぁ」
「……ん」魔理沙が身動ぎをすると、パチュリーは黙り込み、仏蘭西人形は音もなく姿を隠した。
「……んあ、ふあぁ。よく寝たぜ」
 魔理沙は大きく伸びをした。
「えーっとここは何処だっけ?」
「おはようございます。もう夜ですが」とさとりは言った。
「……読み終わったか?」と魔理沙は尋ねる。
「ええ」
「べつにおもしろくもなかったろ」
「コメントは差し控えます」とさとりはニヤニヤしながら言った。
「ったく。陰湿だぜ。それで、私が忘れてるものがなんだか、わかったのか?」
「だいたいあなたの予想で正解です」とさとりは言った。

 魔理沙は少し間を置いてから、「そうか」と、照れ隠しのように笑った。
「なら、帰るぜ。ここの空気は悪すぎるからな。お前もたまには外に出たほうがいいぜ?」
「とか言って、本当に来たらめんどうだと思ってるでしょう」
「霊夢に退治される前に追い払うぐらいのことはしてやるよ」
「嫌われるのが私の宿命ですからね……」
「天狗だって嫌われてるのになぁ。タフネスの問題だぜ」
「ひと事だと思ってる」
「まあな」
 魔理沙は箒にまたがって、どうにも孤独を選んでしまうかつての自分のような女に、何か言ってやりたいと思ったが。
 もちろんさとりは昔の自分などではないので、何も言えることなどないなとすぐに気づいた。
「まあ、なんだ。今はもう全部知られてるから、べつにそんな嫌いでもないぜ?」
「同情するならお金でもください」
「涼しい八卦炉を一つやるよ」と、魔理沙はポシェットから室内冷却用のを一つ取り出して投げた。
「……あ、ありがとうです」さとりはすぐに用途と使い方を悟り、魔理沙に向けてそう言った。
「何がどうあれ」と魔理沙は言った。「次に会うときは「今より新しい私」だから、また新しい分だけ嫌いになるかもしれないけど。それぐらいは、許せ」
「次があるんですか?」
「死体かもしれないけどな」
「そしたらきっと愛します」
「ネクロフィリアは勘弁だぜ。――それじゃ、またな」
 魔理沙は箒を走らせて、階段をぐるぐる昇って最上階から外に飛び出した。
 
 
 
 
    ○
    
 
 涼しい朝方の物好きな時間。アリスの家の庭先で、楽しいお茶会が開かれる。
 三人は「どうやって月の女神をいてこますか」について真剣に語り合い、「魔界でバーベキューするとしてなんの肉を食うんだよ」という話で散々っぱら盛り上がった。
 
「寅丸ってちゃんと肉食ってんのかな」と魔理沙が言えば、
「そういうのを人間中心主義って言うのよ」とアリスが茶化す。
「鼠はまずいってよく聞くわね」とパチュリーが言えば、
「雑食はまずいらしいぜ。人間を食う妖怪は、兎を食べたことがないんだな」と魔理沙が広げる。
「兎の耳は食べられるために長いのね」とアリスが言えば、
「それも肉食中心主義ね」とパチュリーが被せる。

 焦ることはないと、魔理沙は思った。
 いろんな種類の魔法がある。日常を暮らしやすくするものから、戦いの手段になるものまで、様々だ。
 死ぬ死なないだけが基準ではない。今見えているものだけが絶対ではない。
 魔界を通して得られるものを、かつてこの魔法の森でそうしたように、自分の心で見極めて。
 後はたくさんきのこを食べて、せいぜい普通に生きるかと、そう思った。
 
「あ」
 見上げた空の高いところに霊夢がふわふわ浮かんでいる。
 珍しい。何処かで宴会でも開かれるのだろうか。
「おーい霊夢ぅ」
 霊夢はふわふわと浮かんだまま大きく手を振って、「なにあんたたち、変なかっこしてぇ」と爆笑した。
 パチュリーが慌ててやまねの着ぐるみを脱ごうともがく。男装をしたアリスはお腹を抱えて笑いながらパチュリーを指さしている。
 魔理沙は甘ロリのドレスをひらひらさせ、「降りてこいよ」と大声で叫んだ。
「おあいにく、見てるだけでお腹いっぱいよ」と言って、霊夢はふわふわと、風に乗って何処かへと飛んでいく。

「あ、そうだ。魔理沙。あなたって恥ずかしい秘密とかある?」
 霊夢が振り向き、ついでのようにそう尋ねる。
 
「今のところ、特にないぜ」と魔理沙は大きな声で答えた。


                     完
 
 この作品のパチュリーは魔理沙との外出イベント一通りこなしたのでお外に出れます。
せみだるま
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コメント



0.1190簡易評価
1.90奇声を発する程度の能力削除
>さとりは動物じみた奇声を発した
ピクッ
パチュリーのやまねの着ぐるみ姿…だと!?この三人のお茶会のシーンを見てみたいw
前後共にとても面白かったです
2.100名前が無い程度の能力削除
これは素晴らしい作品ですね。
この一つ二つ段階を飛ばしている様でリズム感ある会話や全員捻くれているのに可愛らしいのも、
特に初期の頃の原作を思い起こさせてくれます。
4.100名前が無い程度の能力削除
お話が落ちるべきところに収まり、登場人物みんな『らしくて』可愛い。
これ以上何を望むことがあるでしょうか。すごく面白かったです。
しかし魔理沙が可愛すぎて困らない!

綺麗に終わってるから蛇足になるんでしょうが、欲を言えばにとりが見たかったな!(チラッチラッ
5.90名前が無い程度の能力削除
……魔理沙がいつもの服装ではないのが忘れ物じゃないだと?

前編のコメント消したいよ~
7.70名前が無い程度の能力削除
面白かったです。
8.80名前が無い程度の能力削除
掛け合いがポンポン飛び交う辺り、原作を思い出せて面白かったです
この魔理沙が選択する先を見てみたいと掛け値なしに思いました
9.100名前が無い程度の能力削除
おもしろかったです!
会話がとてもいい感じ
11.90名前が無い程度の能力削除
可愛い
17.90名前が無い程度の能力削除
面白かった。
登場人物もみんなそれらしくて、特にさとりは地底の妖怪って感じで良かったです。
19.90名前が無い程度の能力削除
さとり様の笑い方…
23.100名前が無い程度の能力削除
この作品もっと評価されるべきだろ……


登場人物の‘らしさ’が感じられるいい作品でした
30.70名前が無い程度の能力削除
全編・後編に分けるほどの容量ではないな
31.80名前が無い程度の能力削除
魔理沙愛されてるわぁ
33.100名前が無い程度の能力削除
素敵
36.100名前が無い程度の能力削除
すごい良かった。
40.100非現実世界に棲む者削除
和やかな魔女達のお茶会。
今にも幻視しそうで、読んでいて面白かったです。
それにしても最後の霊夢の質問、霊夢本人はどう答えるのか、気になりますね。