Coolier - 新生・東方創想話

魔理沙と夏の忘れ物(前篇)

2011/06/28 21:25:23
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 魔法の森の奥深く。
 
「ふーふふんふんふーん」
 魔理沙は鼻歌を歌いながら、ダイニングのテーブルに向かって、刻んだきのこを粉引きですりつぶす作業に没頭していた。
 右手側には未処理のきのこが入った大きな袋。左手側には処理済みの粉末を種類別に分けた小さな袋がいくつも積み重なっている。
 「マスパ爆薬」「スタヴァ着色」「ミルキィ凝固」。
 いずれもスペルカードの調合に使うものらしい。見かけや態度によらず几帳面な性格をしているようだ。
 ダイニングも綺麗に片付いていて、一番小さなかまどには火が付いている。鍋からはコトコトと、クリームシチューの良い香りが漂ってくる。
「たらららったらー」
 それにしてもずいぶんとご機嫌である。チラチラと、作業の合間に「コルイン冷却」の袋を見てはニヤニヤしている。

 コルイン――コールド・インフェルノという氷のスペル。
 
 「コルイン冷却」の袋はずっしりとしていて、他のどの袋と比べても粉末の量が多かった。
「安定供給、すばらしいなあ魔界のきのこは」と独り言を言って、魔理沙はシチューの匂いを嗅ぐべくスーッと深く深呼吸した。
「冷たい空気がうまいなぁ。シチューは……食べ頃まであと十分ってところだぜ」

 ――そう、魔理沙が煎じているのは魔法の森のきのこではない。
 「宝船」が運営している魔界との往復定期便に乗り込んで仕入れてきた、採れたてほやほやの魔界のきのこに他ならなかった。
 魔界には魔法の森では採れないような珍しいきのこ、未知なるきのこ、便利なきのこがいっぱいで、中でも「氷」の魔法がかかった「コルイン」用のきのこは絶品だった。魔法の森では一冬に数本見つかれば御の字というほどのレア度である。
 魔理沙は夏でも涼しくなるようにと長年氷の魔法を研究しており、コールド・インフェルノはその研究過程で得た副産物のスペルなのだが、いざ戦闘に使ってみるとこれがなかなか強力だった。
 どんなに強力な相手でも、ものすごい勢いでお腹や足先が冷えるせいでやる気を失ってしまうのだ。
 最初から冷え切っている一部の妖精や幽霊には相性が悪いものの、常に健康を気にしている「年季の入った」強敵たちに、通常弾幕として用いるのには最適だった。

 ――だが、物が物だけに、夏に栽培するのは大変である。
 成育までの一週間、周りの温度を零度以下に保つ必要がある。
 方法は二つ。チルノを一週間バイトに雇うか、パチュリーに栽培を委託するかだ。
 前者には「チルノの集中力を一週間持たせる」という神業じみた努力が必要だし、後者には「パチュリーの機嫌を取りつつ、訪問ついでに本をいくつか死ぬまで借りる」という難行がつきまとう。
 「めんどくさかったぜ……」と魔理沙は在りし日々を回想する。
「でもそんなのも今シーズンでおさらばだ。魔界はほんと便利だぜ」

 魔界のきのこは一本ごとに強力な魔力を秘めており、周囲が暑かろうと寒かろうと成育に作用されない。
 「煮えたぎる岩の上でも凍ったままのきのこ」を発見した時の魔理沙のときめきは、「これが初恋の味なのか」と錯覚してしまうほどであった。
 ここ最近は定期便が出るたびにいの一番に乗り込んで、抱えきれないほどのきのこを無理やり抱えて帰ってくるのが習慣である。
「さて、一休みしてシチューを食おう」
 魔理沙は天井からやんわりと吹いてくる冷たい風を吸い込む。氷のきのこを燃料にした「ミニ八卦炉(沢天夬仕様)」は既に開発済みだった。これを室内に取り付ければどんな場所でも涼が取れる。
「こんな真夏に大好物のシチューを食うぜ!」
 あははと陽気に笑いながら、魔理沙はエプロンで軽く手を拭いて、メインディッシュの盛りつけにかかった。
 
「……ふう」
 心ゆくまで食べ終わった魔理沙は、リビングのソファーに寝そべって一息ついた。
「熱いのに暑くない。魔法使いになった甲斐があるってもんだ」
 そのまま五分ほどぼんやりと、先に洗い物を片付けるか、きのこの整理を済ませてしまうかを考えた。
 残るはまだ性質が掴めていない「新種」のきのこのみだ。魔界のきのこにはまだまだ謎が多く、未知なる魔法の可能性に胸が疼かないはずもない。
「楽しいことを先にやるかなぁ」
 ふんふんと鼻歌を歌いながら、魔理沙はダイニングのテーブルに戻って、袋の底に残った未知のきのこを一本取り出した。
「……ん、これは」
 魔理沙は取り出した太いきのこを見つめて、口の中にピリッとした違和感を覚えた。
 唾液が、出てる。
 見た目はなんの変哲もない、笠の大きなきのこだった。三倍大きなしいたけと言ったところだ。
 ――いい香りがする。
「……形は違うのに、なんだか松茸みたいだぜ」
 魔理沙の喉がごくりと鳴った。
 手抜きとも言えるシチューの一品料理にしたのが、ここに来て響いた。
 ――食い足りない。
 普段なら未知のきのこを口に入れるなんてことは絶対にしない。
 不死身に定評のある永遠亭のお姫様に被験者になってもらい、永琳に食後一週間の経過観察をしてもらって、その上で「無難に美味しい」とわかってから食している(便利な八卦炉をいくつか注文制作する見返りに、遊んでいる労働力を有効活用してやろうという契約である)。
「でも、そんなに我慢できないぜ」
 魔理沙は食用としてもきのこが大好物なのである。愛してると言ってもいい。「夏でもシチュー」という蛮行も、マッシュルームをたくさん食べたかったからという程度の理由で工夫を凝らして実行したのだ。
「だいたいこれ、一本しかないし」と袋の中をごそごそ漁る。
「やっぱり、ない」
 ――見れば見るほど食べ頃である。粉末にするために天日干しにしていたのが、えも言われぬ香りを漂わせている原因だ。
「松茸……もどきだけど。いや、もどきだからこそ。どんな味か、気になるぜ」
 ――死ねばそれまで。
 魔理沙は意を決して、きのこの端っこを少し齧った。
 
 
 洗い物をし終えて、鍋に残ったシチューに少し水を入れてから蓋をして、数分後。
「……ふう、よかった。なんともないぜ」
 魔理沙はソファーに寝転がりつつ胸をなでおろした。
 手には一口分欠けた松茸もどきを持っている。
 なんともないかどうかはまだわからないが、少なくとも即効性の毒は含まれていなかった。
「美味しいんだけど、ほとんど香りのままの味だったなぁ」
 少し残念だった。せっかく命まで賭けたんだから、舌鼓を打つほど美味しくあってほしいものだと魔理沙は思った。
「……でも、次の魔界探検のテーマは決まったぜ。美食だ。いろいろ肉付きのいい魔物もいたし、みんなでバーベキューなんかしてもいいかもな」
 長年森に住んでいることもあり、兎を始め、森に住む獣たちには情が移ってしまっている。
 魚の掴み取りはよくするものの(釣りは退屈だぜ)、思い起こせば肉らしい肉にはとんとありついていなかった。
「んー、でも聖に見つかるとなぁ。――倉庫にでも密航するか。それとも自分で飛んでいくか」
 魔理沙は考え込みながら、次第にうとうとし始める。
「あの虎何食べてるんだぜ……。今度、探りを……入れて……」
 眠る寸前。魔理沙は頭の片隅に違和感を覚えた。
 
 何か、忘れているような。
 考えなければならないことがあるような。
 
 けれどもそんな違和感はよくあること。魔理沙は深く考えずに、眠気に任せて長い午睡を楽しんだ。
 
 
 
 
    ○
    
 数日後。
 またも魔法の森の奥深く。
 
 アリスは客間に魔理沙を招いてお茶会を楽しんでいた。
 魔理沙がきのこに凝る程ではないが、アリスはお茶っ葉に凝っている。せっせと人形たちに畑を耕させ、栽培させるほどである。
 ティーセットの装飾にも厳しく、せっせと人形たちに陶器を焼かせては、オリジナルの細密画を描かせるほどである。
 また、お茶請けにもうるさく、上等のスコーンやジャムを人形たちに用意させては、味に文句を言うほどである。
 せっかくこれだけ凝ったのだから、世人に振舞い楽しみを共有したいというもの。
 だがアリスはお茶を飲む作法にもうるさいので、自由気ままな幻想郷の住人はたいてい説教されることになる。
 アリスのそう広くもない交友関係において、呼ばれて来るのは説教されても気にしない魔理沙か、作法を一通りこなせるパチュリーぐらいなものだった。
 そのパチュリーも今日は病欠。
「あっついぜー」と魔理沙は辛そうな声で不平をもらした。
「なんで八卦炉使っちゃダメなんだよ。天井に取り付けるだけで、感動するほど涼しいんだぜ?」
「ダメよ。お茶はその季節にあったものを用意してるんだから。暑くなければ台無しになるの」
 アリスは優雅にスプーンをひらひらさせてスコーンにジャムを塗りたくった。
「このハーブティーと甘さ控えめなイチゴジャムの相性は、気温三十度以上の室内に最適なの」
「そういうもんかなぁ」魔理沙は頭を掻く。「ま、予想はしてたけどな。涼しいかっこでアリス対策はばっちりだ」
 魔理沙はいつもの白黒なエプロンドレスではなく、真っ白なノースリーブのワンピースを着ていた。足元は星形のアクセのついた白のサンダル。
 帽子も被っておらず、代わりに白いカチューシャで髪をまとめている。
「私があげた服を着てくれるのは嬉しいけれど。なんでそんなに白ばっかりなのよ」
「徹底して熱を反射するんだぜ」と魔理沙は言って、もぐもぐとスコーンを齧った。
「……んぐ。美味いなぁ」
「当然よ」とアリスは満足げに微笑む。「私の生産プログラムにミスはないの」
「手を動かすのは人形だけど、まあどちらでも立派なもんだ」と魔理沙は言って、ぐいぐいとお茶を飲む。
「うまいなぁ」
「もう少し精緻な感想が聞けると嬉しいけど、魔理沙にそんなもの求めても不毛ね」とアリスは言った。
 気取ってお茶を傾けつつ、魔理沙の服装を見つめる。
 ――胸の辺りにリボンでも付けたら、もっとオシャレになるだろうに。
 なんだか、これじゃまるで――
「その格好だと、別人みたいね」
「死に装束みたいだな」と魔理沙は言った。
「ちょっと、縁起でもないこと言わないでよ」とアリスは色をなした。
 自分でもそう思っていたせいだ。
「冗談だぜ」と魔理沙は言って、またスコーンに手を伸ばす。「幽霊のコスプレみたいなもんだ」
「あっそ」
 アリスはつっけんどんにそう言ってしまい、すぐに後悔した。
 こんなことでお茶会の雰囲気を壊したくない。
 冗談には、冗談を。
「せっかくのお茶会に、マッド・ハッターがいないんじゃ、締まらないわ」
「私が気狂い帽子屋なら、パチュリーはやまねか」と魔理沙は愉快げに微笑む。
「いかにもやまねって感じね」とアリスも笑う。
 キッチンから上海人形がさくらんぼを持ってくると、魔理沙は快哉を叫んで上海の頭を撫でた。
 これで夢物語の中みたく、ずっと続けられたら最高なのにと、白い魔理沙を見つめてアリスは思い、
 何処かにまだ残っている暗い感じを、忘れようと試みた。

 それからしばらく、ワンダーランド繋がりで、「いたずら兎を死ぬまでくすぐる方法」について真剣に議論した後。
 笑い茸繋がりで、魔理沙は先日食べた魔界のきのこの話を切り出した。
 笑い話のように話していたが、美味しそうだったから魔界のきのこを食べてみたというとんでもない話だった。
「あなた、バカじゃないの」とアリスは憮然として言った。
「毒きのこだったら死んでたかもしれないじゃない」
「匂いが松茸だぜ? 死ぬわけないだろ」
「根拠になってない……」アリスはため息をついた。
「前から思ってたんだけど、あなた自分が人間だってこと、忘れてるんじゃないの? 命知らずなことばっかりして、命にそっぽ向かれても知らないわよ?」
「……いや、人間だってことは、覚えてるんだけどな」と魔理沙は言葉を濁してお茶を飲む。
 アリスは魔理沙の様子に違和感を覚えた。
 口うるさいだのなんだのと、もっと攻撃的に反発してくるのがいつもの魔理沙だ。
 だからこそアリスもきつめの言葉を平気で使えるのだけれど。
「どうか、したの?」
「いや、なんか、忘れてるような気がするんだよな」と魔理沙は頬に手を当てて首をひねった。
「きのこ食べてから、なんか、大事なこと」
 仕草こそ道化ていたが、静かな口調が「ジョーク」になりきれていなかった。
 
「アリス、私と、大事な約束、してなかったっけ?」

 アリスは魔理沙の探るような視線で確信した。
 ジョークじゃなくて、真剣だ。
「……このお茶会の約束だけね」とアリスは視線を逸らして答えた。
 ――大事な約束。
 どうして気恥ずかしくなっているのか、自分でもよくわからなかった。
「なら平気だな。それはちゃんと覚えてた」と言って、魔理沙はさくらんぼをひょいと口に入れた。
 そのままなかなか吐き出さない。口の中で結んでいるのだ。
 アリスは魔理沙を見つめて、魔理沙もわかっているであろうことを、忠告した。
「医者か薬屋のところにでも、行った方がいいわね。見たところ、「余計な魔法」は掛かってないみたいだし」
「ふうん……まあ、そのうちな。涼しくなってからがいいぜ」
 魔理沙は結んださくらんぼの茎を手にもって、上海を呼んだ。
「上海、いいものをやるぜ」
 上海は唾液まみれの結ばれた茎をもらったが、意味がわからないらしく、おろおろとおじぎをして客間を出ていってしまった。

 お茶会も三時を過ぎて四時になり。
「さて、私はそろそろ行くぜ」と魔理沙は言った。
「あら、もう帰るの?」とアリスは優雅に言った。胸の中にはよくわからない不安と寂寥感が沸き起こったが、態度に出すことはしなかった。
「いや、パチュリーのお見舞いにな」と魔理沙は言って、席を立った。「さっき思いついたんだ」
「……それじゃ、おみやげがないわね」と言って、アリスはパチンと指を鳴らした。上海がキッチンからさくらんぼとスコーンとジャムをひと揃い、バスケットに入れて持ってきた。
「ありがたくいただくぜ」
「あなたのじゃないけどね」
 もう何度も繰り返したやりとりだった。パチュリーの病欠はよくあることだ。

「ねえ、ついでにきのこのこと、聞いてきたら?」と、玄関を出たところでアリスは言った。
「実を言うとそれも兼ねてる」と、空を見上げて魔理沙は言った。肩に自前の小さなポシェットをかけ、手には受け取ったバスケットを持っている。
「くぅ、眩しいぜ。霊夢の奴、いつもどうやって帽子なしで飛んでるんだ?」
「霊夢は、あなたが上から来る弾をどうやって避けてるのか不思議でしょうね」とアリスは茶化した。
「そりゃ、決まってるぜ。なんとなくだ」
「帽子なら私のを貸してあげる」とアリスは言った。パチンと指を弾くと、蓬莱人形が何処からか薄いベージュのキャスケットを持ってくる。
「ありがとな」と魔理沙は礼を言った。「このレースは、蓬莱が編んだのか?」
 蓬莱は小さくコクりと頷き、魔理沙はその頭を撫でる。
「それじゃ死ぬまで借りとくぜ。じゃあな」
 魔理沙は扉の傍に立てかけておいた箒を手に取って、帽子を片手で抑えつつ、目の覚めるようなスピードで飛び立ち。
 あっという間に白い点になって、青空の中に飲み込まれて消えてしまった。
「死ぬまでだって、蓬莱」
 蓬莱はかけられた言葉の意図をつかめず、問い返すようにアリスを見つめる。
「死ぬなんて、あっけらかんと言わないでよね……」
 アリスから見れば、魔理沙は忘れているものが余りにも多すぎた。
 魔理沙の日常ものを書いてみたかったので。

 八卦炉の設定について少し補足しておくと、この作品の魔理沙は八卦の64パターンのそれぞれに対応する魔法を編み出しており、そのうちの1つを使えるものをミニ八卦炉、「天」「沢」などの属性ごとに8つまとめて使えるものを八卦炉、たった1つで64通りの魔法を使えるものを大八卦炉(開発中)として使い分けています。
 やりたい放題ですね。

 前作の「東方恥晒し」といちおう世界観は繋がっていますが、内容はほとんど関係ないので読む必要はありません。
せみだるま
簡易評価

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コメント



0.560簡易評価
1.無評価名前が無い程度の能力削除
後半が出たら読むよ
2.80名前が無い程度の能力削除
いつもの魔理沙じゃない……ってそういうことか。
後半ワクワク
3.80奇声を発する程度の能力削除
何かすっごい気になる終わり方…
5.100名前が無い程度の能力削除
後半読んだので点を入れに・・・。
8.100名前が無い程度の能力削除
なかなかいい感じ
後半読んできます
18.100非現実世界に棲む者削除
相も変わらず、二人のお話は前編だけでも読んでいて面白いです。