Coolier - 新生・東方創想話

Rain in twenty three century

2011/06/26 19:14:37
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雨だった

しとしとと雨粒が白玉楼の庭に落ちてきた





白玉楼の庭に雨が降っていた

雨と言ってもざあざあ降りではなく、かといって小雨でもなく、妖夢にとっては丁度いい振り方だった
妖夢は雨が好きだった、特に自ら整備した白玉楼の庭に雨が降る事を日頃から楽しみにしていた

岩に雨が辺り、ポトン、ポトンという小気味のいい音と共に岩が黒く濡れていくのがいい

苔むした岩に雨が当たる時のしとっ、しとっという湿り気を含んだ音は子供の頃から何よりも好きな音だった

否、違うな。と妖夢は頭を振る、この音は二番目だった、一番好きな音は――――――
「あら妖夢、また雨を見ているの?」
そう、この声、妖夢の主西行寺の声
これが妖夢が小さい頃から大好きな音だった

まろみががった柔らかく可愛らしい声、だがその中に幾分か艶やかさが入ったその声が好きで
小さい頃はよく彼女に自分の名前を呼んでくれとお願いしたものだった
妖忌はそれを聞いて孫娘への愛情と主への忠義の板挟みで困り顔をしていたっけ
そう、あの頃は白玉楼が世界の全てで、自分と、主人と師匠だけが世界の住人だったな

そこまで思い出して妖夢は目頭が熱くなるのを感じた
「どうしたの妖夢?」
「いえ、何でもありません幽々子様」
「そう、ならいいんだけど」

そう言って幽々子はふふっと笑った
「どうされましたか幽々子様」
「いや、あなたも妖忌が居なくなってから大きくなったなって思ったのよ」
どきっとした
「なぜ、そんな事を今?」
「この雨を見てね、急に妖忌の事を思い出したのよ」
幽々子はどこか遠い所を眺めながらそう呟いた

まるで天気雨のようにふいと居なくなってしまった妖忌の事を考えているのであろうその顔は困った様な、悲しげな様な、そんな表情をしていた
妖夢も妖忌を思い出していた、そもそも妖夢が雨を眺めていたのは妖忌の姿を雨の中に見出したからかもしれなかった

いつも後ろ姿しか見えなかった

小さな妖夢にはその背中が大きく見えた

いつか超えてやると意気込んでいた

今の妖夢を見たら妖忌はなんというだろう

「幽々子様、御用は?」
しかし
幾ら思い出に浸ろうと妖忌は帰ってこない
帰ってこない者の事を考えるよりも今は主の用事を聞かなければ
そう妖夢は思考を切り替えた
「うん?あら、忘れてたわ。妖夢、人里に行ってきなさい」
いきなり何を言い出すのだろう、今は雨だというのに
そう妖夢は考えてからまたも頭を振る
妖夢はいかなる用事であろうとその職務を確実完璧にこなすのが一流の従者だと何時だったか紅い館のメイドに言われた事を思い出した
「今は雨ですよ」
「知ってるわよ、でも行ってきて欲しいの」
「それで、人里にどんな御用で」
「お団子が無くなっちゃったのよ」
妖夢はずっこけそうになるのを堪えた





雨は、降り続いている

「おっと、危ない危ない」
妖夢は支度を済ませ下界へと降り立った

妖夢は白い番傘をさして歩いていた
なんとなく歩きたかった
幸いまだ日は真上にも上がらない時間帯、急ぐ必要はないだろう
幽々子は一見するとどこか抜けているように見えるが人を見ることにかけて彼女の右に出るものは幻想郷には指折れるほどしか居ないと評されるほどの慧眼を持っている
恐らくは心ここに非ずと言った風の従者の様子を見て「少し休んで来い」とでも言いたかったのだろう。素直じゃないことが彼女の欠点だが

「しかしあの傘はどのような差し心地をしていたのかな…」
妖夢はそう呟いた
出発直前、幽々子は妖夢に透明な傘を渡した
何でもビニール傘と言うようで紫から渡された外の世界の傘だそうだ、安くて丈夫なこの傘はかの高名な大天使も使用したことがある、と語っていたそうだが丁重に断っておいた
いかにもぺらぺらでどうにも頼りなかったからだ
断ったは良い物の、いざこうして外に出てみると急にあの傘が差したくなってきた
あのビニール傘から見える景色はいったいどんな景色なのだろう
きっとそれは綺麗な景色に違いない
素敵な景色に違いない
取りに戻ろうか
どうしようか

「いや、止めておこう」
自分はもう大人だ
恥を知る者が大人だと妖夢に言っていたのは誰であったか
幽々子か
妖忌か
紫か
藍だったか
妖夢は忘れてしまっていた
アリスか咲夜から聞いたかもしれない、あの二人ならありうる
もしくは霊夢か魔理沙か
いや、あの二人に限ってそんなことは無い、そう考えて妖夢は苦笑した
あの二人は大人にはなれないであろう、永遠に
妖夢は二人と話すときいつもそう感じていた
恥知らずだし
傲然と盗みを働くし
こっちが返せというと平然と借りてないとか死んだら返すと言ったり
まったく無茶苦茶だよと妖夢は苦笑いをしていた
それがあの二人なのだ
何事にも縛られない霊夢
「普通の」魔法使いである魔理沙
人間なのに人間らしからぬあの二人は、きっとそれで良いのだろう
そう妖夢は考えた

雨は、少し強まった様だった





「お、妖夢か」
「あ、藍さん」
「お、妖夢じゃないか」
妖夢は人里で八雲の式、藍に会った
藍は慧音と一緒にいて何か話しこんでいる様だったが妖夢が進んでいくとすぐ妖夢を呼び止めた
妖夢との距離は三町ほど離れているはずなのだがすぐに気付いたのは流石妖獣のトップクラスである九尾と言うべきか
それとも苦労の絶えない八雲の式と言うべきか、主に主の悪戯的な意味で

「こんな雨の日に人里に何の用か」
妖夢が近づくと慧音は腰に手を当ててこう言った
「ちょっと所用で」
「所要とは何ぞや」
「主人が食べ物を所望しておりますので」
「人を攫うつもりか」
「ええ、そこの団子屋の主人を攫いに来ました」
そこまで問答すると慧音はくっくっと笑いだした

藍は妖夢をにやにやと見ると質問した
「お前の主は団子を所望か」
「ええ」
「私の主もな、団子を所望しているのだ」
「ふふ、では目的は同じですね」
「じゃあ行こうか」
「行きましょうか」
「待て、私を忘れるな」
「先生良いんですか?我々のさぼりに付き合っちゃって」
「今の私は先生ではない、慧音だ」
「公私混同しないっていい響きですよね」
「はは、全くだ」
上白沢慧音は堅物に見えるが実はなかなか適当な性格だったりする





雨はますます強くなってきた

「お~い、店主~」
「はいはい、お、誰かと思ったらお狐様に先生、後は白玉楼の嬢ちゃんじゃないか、珍しい組み合わせだね」
「今の私は先生ではない、慧音だ」
「何で藍さんは様付けなのに私はお嬢ちゃんなんですか…」
「良いじゃないか、なあ お 嬢 ち ゃ ん」
「絶対わざと言ってるでしょう藍さん」
「おや、ばれたか」

藍が店に入り店主を呼ぶと奥からいかにも職人といった風の親父が出て来た、
この甘味所の七代目であるこの主人は多くの妖怪がこの甘味所に集まる為か妖怪が来ても手馴れた口調で挨拶をした
「しかしいい時に入って来たね」
「雨が強くなってきましたからね」
「私の日頃の行いが良かったんだな、きっと」
「さぼりに付き合ってる先生が何を言ってるんですか」
「今の私は名も無くか弱い半獣だよ、だから奢ってくれ、妖夢」
「金…無いんですか先生?」
「いや、先日家が燃えてしまってな」
「!?」
「冗談だ、しかし妹紅が料理をしたら台所が燃えてしまってね」
「何で燃えるんですか!?」
「妹紅曰く能力が暴走したそうだが絶対料理に失敗したから隠蔽のつもりで燃やしたんだね、ありゃあ」
「やりすぎでしょう…」
「それでは私が奢りましょう」
「お、いいのか藍殿?」
「いつも橙がお世話になっておりますので」
「すまないね」
「会計の算段が付いてところで、そろそろ注文を入れてくれんかね?お三方、ここは生憎雑談所じゃないんでね、食ってくれないと商売あがったりなんだ」
「お、すまないね店主、私はみたらし団子」
「では私は草団子を」
「じゃあ私はパフェ特盛だな」
「奢るからってやり過ぎでしょう!?」
「冗談だよ、いそべで」

この店は代々続く団子の独特のもっちり感、そしてそれに合う香ばしい風味のほうじ茶が有名で代々多くの人妖がやって来る店だった
例えば 八雲 紫 八雲 藍 橙
ある時は 博霊 霊夢
たまに 鈴仙 優曇華院 イナバ 魂魄 妖夢
しばしば 霧雨 魔理沙
時に アリス・マーガトロイド
または 十六夜 咲夜
そして 伊吹 萃香
一部除いて人間に友好的な面々だが、幻想郷内では実力者に数えられる面子がこの小さな甘味所に揃うことがある
そう、例えば
「あら、珍しい面子ね」
風見幽香


雨はざあざあと大降りになって来た





「…ここに何の用だ」
慧音がそう静かに、しかし警戒心を最高まで張り巡らせた声で言った
先程まで見せた冗談好きな「慧音」ではなく「里の守護者」としての顔
「…懐かしいな」
それは妖夢が昔相まみえた時の顔だった
――――あの人間には指一本触れさせない!
そんな事言ってたっけ、妖夢はそう暢気に考えた

幽香は目の前に立ちふさがる慧音と何かあったら助太刀しようとしている風な妖夢と我関せずと言った風な藍を一瞥してくすくすと笑い出した
「…何がおかしい」
「いやね、そこにある甘味所に入ってきたら白沢と剣士とついでに九尾に睨まれたなんて面白くって」
恐ろしい、では無いのは流石幻想郷最強クラスの実力を持つ妖怪だからか
両者一触即発の状況、しかし
「お取込みのところ悪いがね、早く注文を言ってくれんかね」
親父はいつも通りの口調で幽香にそう告げた
「…あんたは恐れるってものはないの?」
「ここでそんなこと言ってたら商売あがったりだよ、はっはっは!」
「…」
幽香も慧音も親父にすっかり毒を抜かれた顔をしていた
「…あー…、もう良いわ、唯の挑発よ」
「そうか」
幽香が折れ、それに続いて慧音が構えを解いた

「私が此処に来たのはね、単に雨宿りがしたかったから。人里に来たのは、花を見に来る為よ」
「花?」
「花言葉は浮気、高慢、無情」
「…ああ、紫陽花だな」
「流石先生、博識でいらっしゃる」
幽香がそうちゃかすと慧音はむっとした顔をしていたが警戒はすっかり解いた風だった





雨は少し弱まってきたようだった

「紫陽花はね、雨に濡れているのが一番綺麗なのよ」
座敷の中、慧音の向かい、藍の隣に座った幽香がそう言った
「んむ、まあそうでしょうね、季語にもなる様ですし」
「んぐんぐ、 様です、って。妖夢知らないのか」
「んぐ、 いえ、幽々子様は俳句を嗜むのですが私はどうにも…んむ、 あくまで庭師なので」
「んきゅ、そんなんじゃ西行寺の名が泣くぞ、庭師と言えど西行寺家の一員だからな、 んむ、 俳句ぐらい嗜めるようにしておけ」
「んぐ、 判りました」
「お前ら食い終わってから話せ」
ごちんと重い音が二つした
慧音はやはり先生らしく礼儀作法には厳しかった

「慧音殿は昔から礼儀に厳しいな」
「この頭突き久しぶりです…痛い」
「…説教より先に頭突きする先生ってどうなのよ」
「熱血教師と呼んでくれ」
「その意味は違うと思うわ」
「今は先生ではなく慧音だって言っていたじゃないですか」
「今は先生だ」
「じゃあさぼりに付き合ってていいんですか?」
「雨宿りかつ目の前の大妖怪の監視に当たっているんだ」
「やれやれ、先生は口が達者な様で」
「歴史家だからな、歴史家は口論では負けないさ」

妖夢ははて、最後に紫陽花を観たのは何時だったかと思案していた
白玉楼には紫陽花は咲いていない
紫陽花を「見た」…のではなく「観た」のは…
そうか、妖忌がまだ白玉楼にいた時、妖夢がまだ剣を握ってすらいない時に紫陽花を観たな、そう妖夢は追憶する


あの時、あの時も雨が降っていて、団子を買いに人里に下りてきて、妖忌にメンコを買ってと言って困り顔をさせていたっけ
困った妖忌が苦し紛れに指差したのが、店の傍に咲く紫陽花だった

綺麗

最初に紫陽花を観た時感じたのは、そんなありきたりな感情だった

雨を弾く深い青紫色も

雨に濡れる明るい緑色も

とても綺麗、語彙の少ない妖夢はそんな言葉しか出せなかった
それはありきたりな、しかし最大級の賛辞だった


妖夢が考え込んでいると、声が聞こえてきた
「お~い妖夢、妖夢、戻ってこ~い」
「何か考えて込んでる様ね」
「うむ、この隙に恥ずかしい事を言ってしまうか」
「…あんたって本当に先生なの?」
「じゃあ私から…妖夢!好きだ!」
「…聞いてますよ…」
「おわぁ!?」
今妖夢に愛の言葉を囁いたのはどうやら藍らしかった
「藍さん、そういう事言うといろいろと誤解しそうなので止めて下さい」
「ちいっ、ばれたか」
「慧音さん、悪ふざけはほどほどにして下さい」
「反省はしているがもうやらないかは分からん」
「幽香さん、意外とまともなんですね」
「何だろう、この腑に落ちない感じ…」
幽香は不思議そうに首を傾げていた

雨は、だいぶ弱まってきたようだった





「お、大分雨が止んできたな」
それから四半刻程雨宿りをした
その間、雨だったこともあって他に客は来なかった為、四人は雨音を聞き、紫陽花を眺めていた

不思議な時間だった
話題ならば事欠かさない程にあるはずなのに誰も声を発さない
それはこの沈黙を楽しもうとしているからだった
誰もが雨音しか聞こえない空間に居て
誰もが心地よい静寂の中に居た

やがて雨雲が引き始めた
「親父、お勘定」
「はいよ」
「すまんね、奢って貰って」
「いえいえ」
「さて、そろそろ寺小屋が再開する時間だから…行くとしようか」
「私は太陽の畑に帰るとするわ」
「では先生、幽香さん、さようなら」
妖夢達は店を出た、慧音と幽香はそれぞれの方向に向かって歩いて行った

慧音は一旦寺小屋の方に向いた後、ふと妖夢の方に向き直った
「妖夢、悩みがあったり気が向いたらたまには寺小屋に来てくれ」
「雑用させるつもりでしょう」
「ああ、それから悩みも聞いてやろう、いいアドバイスがあったら相談してやる」
「まるで先生みたいですね」
「ああそうさ」
慧音は再び前を向いて歩き始めて
「私は先生だからな」
誇らしげに、そう言った





雲が晴れて、青空が見え始めた

「妖夢、私と少し散歩しないか」
妖夢の隣を歩いていた藍はそう言った
「良いですけど…何故です?」
「まあいいじゃないか」
藍はと妖夢は一緒に歩き出した

「妖夢、さっき先生が何であんなことを言ったか分かるか」
「さあ?」
「お前は」
藍は妖夢に向き直ると
「あの時からおかしい」
妖夢をじっと見つめて言った
藍の金色の眼はどこか森林の湖を思わせる深さを持っていた
そう、ふとすると引き込まれてしまいそうな…
「妖夢」
藍が妖夢の頬を軽く叩いて妖夢を呼び戻す
「お前はあの時から何処か、そうだな…心ここに非ずと言った風になる事が度々あるんだ。気付いて無いかもしれんが」
「心ここに非ず、ですか」
「ああ、普段は真面目だよ、お前は。ただな、時々何か物思いにふけっているような…そんな表情になるんだ」
「…」
妖夢は図星を突かれた、と言う表情をしていた
「確かに…時々師匠について考えてしまう時が有りますが…」
「先生は多分そんなお前を心配してたんだよ、だからあんなことを言ったんだ」
「…鋭いんですね」
「先生だからな、人、と言うか子供の機微には聡いんだろう」
「また子ども扱いをする…」
「子供さ、まだまだお前は」
藍は再び前に向って歩き出した
「お前はあの時からちっとも変りはしない、子供さ」


―――――――――斬れぬものなど、あまりない!
初めて藍が個人で白玉楼に来た時、まだ庭師になりたてだった妖夢はいきなりこう言って藍に切りかかって来た

――――――おっと、危ないな。失礼だぞ、客人に向かって

――――――私はこの白玉楼の庭師、魂魄妖夢!怪しい奴め、お前が客人かどうかは斬れば分かる!

――――――「斬れば分かる」ね、妖忌、何教えてんだ…

――――――さあ、尋常に勝負!

その後藍は妖夢を返り討ちにし、気絶した妖夢を幽々子の元まで運んで行った
起きあがった妖夢はぼそっと悔しそうに呟いた

―――――― …やられちゃいました

――――――無謀だとは思わなかったのか?九尾の恐ろしさは知ってるだろう

――――――たとえ無謀でも私は師匠の代わりに幽々子様をお守りしなくてはなりませんから

――――――客人に斬りかかるのは幾らなんでも無礼すぎるだろう

―――――― …そうですか

藍と妖夢は出会った時そんな会話を交わしていた


「あの時からな妖夢、お前は何一つ変わってないんだよ。無理に背伸びして、師匠の教えばっかし忠実に守って、泣きたくても我慢ばっかししている餓鬼さ」
「餓鬼って…」
「そうだろう?その証拠にお前はまだ昔の事を考えている、『魂魄妖忌の弟子』として生きている」
「…つっ!」


――――――妖忌、か

――――――はい、不在の師匠の代わりに私がしっかりしていなければならないのです

―――――― …お前はそれで良いのか?

――――――はい?

――――――「魂魄妖夢」としてではなく「魂魄妖忌の弟子」として生きるのか?
      「妖夢」としてではなく「魂魄」として生きるのか?

―――――― …分かりません、しかし今は師匠の背を超える事だけを考えています

―――――――― …そうか


「妖夢、今まで言わなかったがな、私はお前の腕は認めているんだ」
「えっ…」
「腕は、だ。お前はこのまま修業を重ねれば妖忌並みの力を出せるようになるよ、間違いなく。ただな…」
そこで藍は決意するように、深く息を吸い込んだ

「妖忌は絶対に追い越せないよ」
「絶対、ですか」
「そう。絶対、だ」

藍はそこまで言って空を仰いだ

「だってそうだろう?」

雨が止んだ後の空は広くて

「背中を見ていたらそいつの前には行けないじゃないか」

何処までも蒼かった




藍はそのまま妖夢に別れの言葉を告げ、八雲家に帰って行った

妖夢は水たまりに気を付けながら白玉楼へ飛んで帰った
白玉楼の入り口に着くと幽々子が待っていた
「お団子は買って来たかしら」
「はい、幽々子様」
それからしばらく二人は沈黙していた
「ずいぶん落ち込んでいるけどどうしたのかしら、妖夢」
痺れを切らしたように幽々子が尋ねた
「幽々子様、今日私は藍さんに怒られてしまいました」
妖夢の腕が震える
「お前は何時まで経っても昔から抜け出せないと怒られてしまいました」
幽々子は妖夢を黙って見つめていた
「私は、あの時から成長していないのではないでしょうか」
妖夢は今にも泣きだしそうな顔をしていた

「私はね、妖夢」
幽々子がぽつりと語り出した
「妖夢がどう進もうと良いのよ、妖忌が何と言おうと、藍がどう言おうと、貴方は白玉楼の庭師なんだから」
「………はい」
「それでもね」
幽々子は妖夢の傍に立って
「泣きたいなら」
妖夢に手を伸ばしながら言った
「今は泣きなさい、妖夢」
そして幽々子は、妖夢を抱きしめた

幽々子の胸の中で妖夢は目頭が熱くなるのを感じた
―――――あの頃にはもう戻れないのだ
妖夢はそれを昔から強く感じることがあった

最初は妖忌が姿を消した時だった

次は自分が庭番を任された時だった

そして巫女と魔法使いとメイドが攻めてきたあの冬の日だった

自分の世界が拡げられて、その度に今までの自分の世界が存在を失っていくのを妖夢は強く感じていた
そして今―――――
たった今妖夢は自分の中にあった世界が完全に消え去るのを感じた
それは雨のせいかもしれなかった
紫陽花のせいかもしれなかった
藍に諭されたからかもしれなかった
それとも…今まで目を背けていただけかもしれなかった

それは成長だった
童女が少女になるように
少女が大人になるように
妖夢は一つ大きな世界を失い、更に大きな世界を受け取った

「もう…戻れないのですね、あの頃に」
「例えあなたが戻れない所まで行ってしまっても、どれだけ成長してしまっても、此処は、何時だってあなたの居場所よ」
妖夢の頬を涙が伝った
「だってあなたは、此処の庭師じゃない」
妖夢はそう言った幽々子の胸の中で、静かに涙を流していた






空には、大きな、とても大きな七色の虹がかかっていた
「あなたも、大人になったと思ったのにね」
幽々子は自身より背の高くなってしまった少女の背に寂しそうにそう呟いた

――――――――――――――――――――――――――――――――――

長い銀髪の背の高い女の後姿を見た気がしまして
ああ、あれは妖夢だなと思うとなんだか無性に寂しくなったのです
何故時は流れてしまうのだろう、そう考えて書いたらこんな作品が出来上がりました

最後の場面を追加したのは引っ掛けたかったからではなく
「原作の妖夢」の視点から一回
題通り「23世紀の妖夢」の視点でもう一回読んでもらえたらきっと見え方が違うかもしれない
そう思って追加しました。



読了していただいたことへの感謝を込めて
芒野探険隊
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コメント



0.550簡易評価
6.90名前が無い程度の能力削除
作品の雰囲気がとても好みでした