Coolier - 新生・東方創想話

夜中迎えに来るんだよ

2011/06/24 12:33:23
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がちゃがちゃがちゃがちゃ。
台所で音がしている。ことん、と湯のみを食卓に置いて幽々子は台所へと目を向けた。
そこでは妖夢が背中を幽々子に向けたまま座り込んでいて、なにやらごそごそと棚の中から食器を出したりしまったりしている。
幾つかの食器を脇に重ね上げると、それを袋の中へと放り込んでいく。
がしゃんがしゃん。
食器が割れる音がして、幽々子は眉をひそめた。
幾つか放りこんでから妖夢は立ち上がり、部屋の隅へと消えて行った。
それから妖夢は隅に置いてあった箱を抱えて戻ってきて、フタを開けた。中には様々な形や色の食器が収められている。
紫からお歳暮として貰ったものだ。折角なので古いものをある程度捨て、貰ったものに入れ替えているのである。

「紫様から頂いた物を古い物と入れ替えたいのですが」
「ええ、良いわよ。前からあった物はどうするのかしら?」
「きちんと処分しておくから大丈夫です」

朝に交わした会話を幽々子は思い出していた。確かに許可はしたし、妖夢もきちんと処分するとは言ったがまさか捨てるとは思わなかった。
小道具屋に売りに行くなりするのだろうと考えていた。
使い古した食器を処分して、その分を新しい物へ次から次へと入れ替えていく。
再利用の「さ」の字もない光景を幽々子はただ見ていた。
そんな光景から視線を外し、盆から饅頭を取ると口の中へと放り込んだ。ズゥーっとお茶をすする。
そうして一息ついてから立ち上がると戸棚から耳栓を取り出し、耳の中へと突っ込んだ。
がしゃんがしゃん。
食器の割れる音が、まるではるか彼方で鳴っているように聞こえる。
お茶をすする音もまったく聞こえなくなってしまったが、まぁ些細なことだ。
幽々子は饅頭を齧りながら、なんとかしなければならないと考えていた。





がらがらがら。
戸を開けて見上げると今にも雨が落としてきそうな、真っ黒い雲が空を覆い尽くしていた。
空気が湿ってきていて、すぐにでも雨が降ってきそうだと感じ、わざわざ濡れる必要もないので、きびすを返すと妖夢を呼びつけた。

「妖夢ー、妖夢ー! 傘を持ってきて頂戴な~」
「分かりました~」

遠くで声がして、それから少し待つとぱたぱたと傘を抱えた妖夢が走ってやってきた。
どうぞ、と渡される傘を受けるとバサリと開いた。

「あら?」

受骨の何本かが折れていて、ぷらんと垂れ下がっている。これでは傘としての役目を果たすことは出来ないだろう。
それを見てあらあらと言っている幽々子とは違い、妖夢は顔をしかめてみせた。

「それじゃあ使えないでしょうし、取り替えてきますね」

幽々子から傘を受け取ると、ぱたぱたぱたやりながら屋敷の奥へと引っ込んでいった。
戻ってきた妖夢の手には新しい傘が握られていた。「どうぞ」と差し出されたそれを受け取り、バサリと開く。
随分と綺麗なそれを見て満足気に頷くが、思い出したかのように、

「あの傘はどうしたのかしら?」と訊ねた。
「ああ、あれは捨ててしまいました。もう使えないですから」

幽々子は驚いたような顔をして、溜息を吐いた。何かを言おうと口を開こうとしたが、首を振って言葉を飲み込む。
それを見た妖夢はキョトンとした顔を見せてから、「どうかされました?」と訊ねた。

「いいえ……なんでもないわ。じゃあ行ってくるわね」
「はい、行ってらっしゃいませ」

ぺこり、と頭をさげる妖夢を悲しそうな瞳で見てから幽々子は白玉楼を後にした。
目的は紫にお歳暮の礼を言うことだったが、この事についても相談しなくてはと考えていた。





屋敷の居間で、二人はちゃぶ台を挟み向きあって座っている。二人の前には湯のみと茶菓子が置かれていた。
紫の溜息で湯のみの中のお茶が波紋を作る。

「そんな事があったの。幽々子も大変ねぇ。でもそれって直接言えばいいことじゃないの?」

親友からの相談を受けて紫はもっともな意見を言った。幽々子が「物は大事にしなければ駄目よ」と一言言えば済む話である。
紫ならば口で言うどころか手にした傘でその頭をパカーンと叩いてやるところだ。実際藍の頭をなんどもぶっ叩いている。
その質問に幽々子は首を横に振り、

「確かにそうだけど、今まで粗末にしてきた分を反省させたい、というかお仕置きしたいと思うのよねぇ。あの娘は私が何も言わないと、やりすぎてしまう癖があって困るわ」

と困惑しきった顔で言うと、紫が顔をしかめた。最初からそこまで言って欲しいものだ。そしてまた、随分といじわるだとも思う。
始めのうちに言ってやれば良いだろうにと思うが、幽々子は性格的に助言はするがはっきりとは言わない事を思い出した。
眉をひそめながらも本人がその間違いに気がつくか、よっぽど目に余る状態になるまでは放っておく性質だ。今回は後者だろう。
そこまで考えると言うだけでは駄目だろうし、余程インパクトの有るものでなければお仕置きにならないだろう。
二人してあれやこれやと意見を交わすが中々良い案が出て来ない。
その内面倒くさくなってきた紫が、傍にあった文々。新聞へと目を落とした。何故か藍が購読しているものである。
いい暇つぶしになるそれをめくると、一つの記事が目に入った。

「幽々子、これなんか結構使えると思うんだけど」

そのページを幽々子に渡すと、彼女はその記事に目を通しそれから「これは使えそうね」と頷いた。
それから二人で計画を練り始めた。妖夢へのお仕置きという意味も込めて、だが二人揃って楽しんでいるように見えた。






博麗神社の縁側で幽々子はお茶を飲んでいた。その横には霊夢が居て、同じようにお茶をすすっている。
すっかり雨は止んでいて、葉っぱの上に乗っかった水滴が雲の切れ間から差し込む光を受けてキラキラと光っている。
霊夢はふぅ、と息を吐くと自分の横に湯のみを置き、顔を幽々子へと向けた。
その顔はまだよく分からない、といった表情をしている。

「で、あんたは何でここに来たのよ。紫の家からだと見事に真逆じゃない」
「あら、先刻も言ったじゃない。霊夢に会いに来たのって」
「嘘つけ」ピシャリと言ってやるが、幽々子はニコニコと笑顔を浮かべたままだ。
「ダメよ、もっと人を信用しなくてはね」
「信用できる存在になってから言ってほしいわ」

はっきり言ってしまえば霊夢は幽々子が苦手だ。
常にはぐらかされて本質が見えず、まさしく亡霊のようで掴みどころがないのである。嫌いというわけではないが、とにかく付き合いにくい存在だ。
今だって本当のことを言っているかどうか怪しいものだ。
ジロリと幽々子を見てから溜息を吐くと、湯のみを取った。実害でもない限りは放っておいたほうがいいだろう。
――どうせどう聞いても本当のことを言うとは思えないしね
気にし過ぎるだけ馬鹿を見るのだから、実際どう動くか見たほうが早いのだ。
そんな幽々子はお茶を飲みながら、じっと目の前にある草むらを見つめていた。風もないのに不自然に揺れている。
それどころか音すら立てていないので、不自然さが際立っている。
紫に話を聞いていたので、彼女たちが博麗神社の近くに住んでいるのは分かっていた。毎日なにか面白いものがないかと探し回っていて、新しいものに興味津々であることも知っている。
何時もやって来る魔法使いや入り浸っている鬼ではなく、滅多にやって来ない亡霊姫が来ているのだからきっと興味を持つだろう。
案の定彼女たちは様子を見に来てくれたようだ。姿を隠しているつもりだろうが詰めが甘いために不自然に見えて、これならまだ能力に頼らず身を隠したほうがマシだろう。

「霊夢、そこに何か居るわよ」
「んん? ……何あれ」目を凝らした霊夢がすぐさま呆れ返ったような顔になった。「ああ、またあいつらか」と続けた。
「今日此処に来たのはね、あの娘たちに会いに来たからよ。ちょっと手伝って欲しいことがあったの」
「じゃあ早く言えばよかったじゃないの。第一、居なかったらどうするつもりだったのよ」
「その時は霊夢の淹れてくれたお茶が飲めて満足だった、ということにしておくつもりだったの」
「あー、意味が分からないわ」

霊夢はすっとぼけたことを言う幽々子をジロリと睨みつけると立ち上がり、素早くその草むらに近づくと中に手を突っ込んだ。
わー、きゃー、という悲鳴が聞こえたかと思うと黒髪と金髪の妖精が草むらから飛び出してきた。
さっさと逃げればいいものを、彼女らはおろおろとその場で焦るばかりである。
そしてもう一人、霊夢に首根っこを掴まれ、じたばたと暴れる妖精が引っ張り出されてきた。
途端、先の二人が霊夢のもとへ集まりぱたぱたとその体をたたき始めた。仲間を取り戻そうと必死になっているのだろうが、あっさりと蹴散らされてしまう。
そんな微笑ましい光景を眺めながら、幽々子は笑顔を浮かべていた。なんべんかそれを繰り返してから、大人しくなった残りの二人も同じように首根っこを引っつかむ。
首根っこを掴んだ妖精を幽々子の眼前へと付きだすと「ほら、これで話をしやすくなったでしょう」とぶっきらぼうに言った。
妖精は小さいし軽いとはいえ、両手に三人とはね、と感心する。

「相変わらず、妖精や妖怪に容赦がないわねぇ」
「そういうものだからいいのよ」

霊夢に掴まれている光の三月精、サニーミルク、ルナチャイルド、スターサファイアがぐったりとしている。
幽々子がとりあえずサニーの頬を軽く叩いてやると、むくりと顔を上げて「何でここまで……」と呻いた。

「だってあんたたち、どうせ悪戯でもするつもりだったんでしょ」
「え、いえそんなつもりは!」サニーは必死に否定したが動揺が顔に出ていて、実に分かりやすい。
「悪戯ぐらい別に良いじゃない」
「ぐらい……? あのねぇ、この前賽銭を盗まれた瞬間から私の中の「容赦」という言葉はどこかに消え去ったのよ」
「あらら。駄目よ、霊夢からお賽銭なんて盗んでしまったらこうなっちゃうから」
「その時もボロボロにされて、必死に謝ったんですよ~。うう……」

サニーががっくりと肩を落とす様子を見て、「どうせお賽銭自体は少なかったんでしょうし、許してあげたらどうかしら」と言おうとして踏みとどまった。
かわりに「そろそろ下ろしてあげたらどうかしら? 反省してるようだしね」と言ってやった。
霊夢は溜息を吐くと、パッと手を離してやった。すとん、と三人揃って着地する。
ぽんぽんと埃を落とすと、三人が幽々子へと頭を下げた。それに対してにこやかに手を振ってやる。

「お礼なんて良いのよ。ちょっと手伝って欲しいことがあって来たんだから」
「手伝ってほしいこと、ですか?」
「あ、その前に自己紹介ね。私は西行寺幽々子よ」
「あー、私はサニーミルク。こっちが」サニーがルナを見ると、彼女は「ルナチャイルドよ」と頭を下げた。
それから二人がスターを見ると、スカートの端をちょこんと持ち上げて「スターサファイアといいます」と言って丁寧なお辞儀をした。
「それで手伝ってほしいことって言うのは?」

サニーの問いに幽々子は神妙な顔つきになると、三人を手招きして呼び寄せた。
近寄ってきた三人に顔を近づけて、「本当に大事なことなの。それも貴女たちにしか出来ないことなのよ」と深刻そうに言った。
興味を惹かれたのか、霊夢も近寄ってきている。

「あのね……」

何をして欲しいのか事細かに説明すると、三人は目を輝かせた。家主公認で悪戯が出来るのだから、なかなか貴重な経験だろう。
「よーし、張り切って驚かせるわよー!」とサニーが言うと、二人が一緒に「おー!!」と拳を突き上げた。
ワイワイ盛り上がっている三人を尻目に、霊夢が呆れ顔で「大丈夫なの? 成功するかどうか怪しすぎるんだけど」と疑いの眼差しを向けてきた。

「大丈夫よ。みんなで協力すればきっと大成功間違いなしだわ」

ずずーっとお茶をすすると、幽々子はいたずらっぽい笑顔を見せた。
さて、幽々子と紫の考えを実行するにはもう一人、協力者が必要である。





その日の夜のうち、幽々子は命蓮寺へと足を運んだ。
人間の里から命蓮寺へ続く道を行く。まっすぐ進めば命蓮寺だが、墓地へと続く脇道へと歩みを進める。
目的地は命蓮寺ではなくその裏手にある墓地で、そこに住む妖怪に用があった。
やって来る人間を片っぱしから驚かせていると里でもそれなりに噂になっている妖怪で、それでも退治されないのは命蓮寺の主である聖の方針と、驚かされるだけで大した実害が無いからだ。
それでもかなりの人数を驚かせているものだから、ついには紙面を飾ってしまったわけである。正体を巧妙に隠す上手い記事になっていたが、あの天狗のことだし、そうしたほうが人間がより怖がるからとかそういう理由だろうと考えていた。
鬱蒼とした森の中にある随分と寂しい道を進んでいくと、視界が開け綺麗に整列した墓石たちが姿を表す。
墓石が立ち並ぶ中をゆっくりと歩いて行く。直ぐ様、墓石の陰から誰かが此方をみている気配がした。
普通の人間ならいざしらず、多少なりとも力がある妖怪相手なら直ぐにバレそうな、下手くそな気配の隠し方だ。
心のなかでクスリと笑うがそれを表に出すことはなく、本気で怖がっていますよという表情を張り付かせたまま歩いて行く。
さて、どう来るだろうかと想像してみた。横から突然来るのか、それとも後ろからだろうか。
その瞬間、逆さまになった一つ目と口が幽々子の目の前に現れた。

「うらめしやぁ~」

地の底から聞こえてくるようなしわがれた声でそれが言う。普通の人間なら驚いてひっくり返っていたかもしれない。
だが幽々子は一瞬面食らったが、それをおくびにも出さずにその単眼と見つめ合う。
先にその沈黙に我慢しきれなくなったのは単眼の方だった。

「あ、あれ? 怖くないの?」幽々子の頭の上から声が聞こえた。
「普通の人間ならいざしらず、私にはね」
「え、ええぇー?」

言うが早いか、水色のスカートを翻らせて少女が降りてきた。唐傘お化けの多々良小傘である。
ストン、と着地した小傘はその特徴的なオッドアイでジッと幽々子を見つめてきた。
その目を見ながら妖気を放出しつつ微笑んでやると、小傘はびくんと身を震わせた。圧倒的な力の差があるのは一瞬で分かった。自分はこれを驚かせようとしてしまったのか。
サーッと血の気が引いていくのがわかる。どうしよう、機嫌でも損ねていないだろうか。もし仮に損ねていたとすればどんな仕返しをされるのか、想像もしたくなかった。
顔面蒼白になって震えている小傘に優しく語りかけた。

「貴女に協力して欲しいことがあって来たんだけど、話だけでも聞いてもらえないかしら?」
「は、はいぃ……」

幽々子はとっくに妖気を抑えているのに、まだガタガタやっている小傘であった。


幽々子の頼みごとの内容を聞きながら、小傘はそのオッドアイを輝かせ始めた。
何時もは一人で「うらめしや~」とやるだけだが、これは何人も協力して行う上に自分が大取を務めるというのだから興奮するなという方が無理である。
あの三人にも負けず劣らずのはしゃぎっぷりだ。

「そんなことしちゃって良いの?」
「ええ、勿論よ。貴女にとってもいい話だと思うのだけれど」
「やるよ! 誰かを驚かせるのは得意なんだー」
「……そうなの?」

こんな小動物のような妖怪で大丈夫かと、頭の中の自分が疑問を投げかけてくるが「唐傘お化けであるこの娘だから意味があるのよ」と言い聞かせた。
きゃいきゃいはしゃいでいる小傘に「ちゃんと言うとおりに動いて頂戴ね」と言うと「はーい!」と元気な返事が帰ってきた。

さて、あとは最後にちょっとした仕込みをするだけである。





次の日の夜、幽々子と妖夢は一緒の食卓を囲んでいた。
二人は向きあって座っている。何時ものように、実に静かな食事の光景だ。
かちゃかちゃと食器と箸がぶつかる音が響く中で、御飯を食べ終わった幽々子が口を開いた。最後の仕込みを始めるためである。

「そういえばね、今人里じゃあ『九十九神』というのが話題になっているらしいわよ。妖夢は知ってたかしら?」
「なんですか、それ?」おかずを飲み込んだ妖夢が聞き返してくる。知らないのなら逆に好都合だ。
「九十九神というのはね、人間が大事に使ってきた物がその使い手の思いを吸って妖怪や幽霊となる……。それが里で人を驚かせるということで話題になっているのよ」
「大切に使われていたのに人間を驚かせるのですか?」変な話ですね、と妖夢が首を傾げた。
「そっちは人間に粗末に扱われ続けた結果よ。恨みつらみが溜まりに溜まって、そうして九十九神になった物は人間への復讐に走るの。まぁその妖怪は驚かせるだけだから、そこまでひどい扱いを受けていたわけでは無いようね。でも酷い時には人間を襲って殺してしまったり、呪い殺してしまうそうよ」
「物を粗末に、ですか?」
「……妖夢には心あたりがあるのかしら?」
「そ、そんな事はありませんよ!」

それから幽々子は顔をいやらしく歪めると、「こういう話もあるんだけどね……」と口を開いた。
ねっとりねちねちと、九十九神にまつわる怪談をおどろおどろしく話してやる。
大げさな身振り手振りも加えてやると、その度に妖夢は体を震わせ小さな悲鳴を漏らす。
それからたっぷり二時間ほど、幽々子は怪談で妖夢を怖がらせ続けた。





草木も眠る丑三つ時、白玉楼はすっかり眠りについていた。
それは妖夢も例外ではなかったが、あまりに蒸し暑い夜であるためか頻繁に寝返りを打ち、たまに目が醒めているようだ。
熱帯夜であること以上に幽々子の話した怪談が頭の中から離れない。
幽霊や亡霊のたぐいは平気だが、怪談等は大の苦手なのだ。思い出すだけでもまた身震いしてしまう。

「うう、幽々子様は何であんな事を……」

しかも身に覚えのある話ばかりなのだ。恐ろしくして仕方がない。
こういう時は寝てしまおう。朝になれば全て忘れているはずだ、と自分に言い聞かせて目を閉じた。
その瞬間、べろんと何かが顔を舐め上げた。
目を開けるとそこには妖しく光る傘が居て、妖夢は慌てて跳ね起きた。それから枕元においてあるはずの楼観剣を取ろうとして、伸ばした手が虚空を切った。
目を丸くしてそこを見れば、置いてあったはずの楼観剣が無い。

「そんなバカな!」

口から、驚きが声となって飛び出した。寝るときに間違いなくそこに置いたはずなのに!
よく見れば白楼剣も無くなっている。この目の前に居る傘が持っていったというのか? だがどう見てもこいつに手はない。
何にせよ武器の無い妖夢など、狼藉者からすれば歳相応の女の子でしか無い。思わず歯ぎしりをして自分の迂闊さを恥じた。
しかし傘は何かするわけでもなく妖夢をあざ笑うかのようにふよふよと揺れ、障子の隙間から廊下へと出て行った。
妖夢はしばし呆然としたものの、あれが幽々子様に危害を加える前に止めなければならないと、廊下へとつながる障子を開け放ち飛び出した。
傘が廊下の奥へと消えて行くのが見えた。それを走って追おうとするが、闇に阻まれるようにその足を止めてしまう。
一寸先も見えない闇の中を慎重に進んでいく。幸いにもこの廊下は分かれ道までは一直線だ。
ぎ……いぃ……。
一歩踏み出すたびに床に使われている板が軋み、不気味な音を立てる。嫌な汗が噴き出し始めた。この闇の向こうに何がいるのだろう。
分かれ道まで来ると左右を見た。傘が右手の角へと消えて行くのを見て、妖夢は少し安心していた。
この先は今は使っていない倉庫で、これで袋のネズミだろう。
こうなると現金なもので、あれを取っ捕まえて幽々子様の面前に突き出してやろうとさえ思い始めていた。
勢い良く扉を開け放ち、倉庫の中へと踏むこんでから妖夢は首を傾げた。
ここしか行くところはないはずなのに、あの傘が居ない。
ピシャリ、と背後で扉が閉まる音がした。

「なっ! どうして!?」

必死に開けようとするが、びくともしない。
どれだけ力を込めようとうんともすんとも言わない扉と格闘しているうちに、背後で何かが光った。
慌てて振り返ると、そこにはふよふよと浮かぶ食器があった。
困惑する妖夢の周囲を食器たちはてんでバラバラに飛び回り始める。

「捨てたな……捨てたな……。まだ働きたかったのに……」
「捨てた……」
「捨てられた……」

恨みがましい声が響く。地の底から響いているかのようなおどろおどろしい声で、口々に妖夢を攻め立てる。
妖夢は幽々子が言っていたことを思い出していた。恨みつらみが溜まっている九十九神は、自分を捨てた人間を襲う。
そうだ、この食器は自分がこの間捨てたものにそっくりじゃないか。
徐々に食器たちによる輪が狭まってくるかと思うと、一箇所に集まり始めた。今のうちに逃げなければと思うが、足がすくんで動いてくれない。
一箇所に集まった食器たちはしばし滞空した後、一斉に妖夢へと突撃してきた。

「うわぁぁ!」

思わず両手で顔を守った。
しかし衝撃が襲ってくることはなく、少ししてから妖夢は恐る恐る顔を上げた。
そこには何も無い。周りを見渡しても食器たちの姿はなく、妖夢はホッと胸を撫で下ろした。
しかしさっきのはなんだったのだろう。幽々子様の話と暑さのせいだろうか、と思う。
部屋に戻ろうと扉へと体を向けた妖夢の後頭部を、何かがこんこんと叩いた。
心臓が跳ね上がり、そして鷲掴みにされたような感覚がする。
錆びついたからくり人形のような動きで振り向く。
そこには最初に見た傘がいて、これも自分がこの間捨てた物にそっくりだと妖夢は思った。
傘がグルンと一回転すると、その表面に大きな目と口が現れた。その目が大きく歪み、口角が釣り上がる。

「捨・て・た・な・ぁ~!」

傘の口から巨大な舌が飛び出してきて、べろんと妖夢の顔を舐め上げた。
もう叫ぶ余裕もなかった。
「きゅう」と悲鳴を一つ残して、妖夢はもんどりうってひっくり返った。




「やった! 大成功よ!」

サニーの声と共に暗闇の中から三月精が姿を現した。三人とも満ち足りたような笑顔である。
次いで幽々子とスキマから紫、それに傘の陰から小傘が現れた。こちらも満面の笑みを見せている。
サニーが姿を消し、ルナが皆の足音などを消し、スターが妖夢の位置を把握しつかず離れずの距離を保つ。
紫は扉を抑えつける役目で、小傘が最後の仕上げ。幽々子は合流した三月精と一緒に食器を持って飛び回っていた。
六人は揃って妖夢の顔を覗いた。目を回してひっくり返っている姿を見て、幽々子がくすりと笑った。
それに釣られたのか、みんなで妖夢を起こさないよう静かに笑う。
それから幽々子は妖夢を優しく抱き抱えてやった。
それを見た紫が笑顔のまま、

「さ、みんなも散々堪能したことだろうし、そろそろお開きにするわよ。夜も遅いんだし、良い子は早く寝ないとね」

と手を叩き、四人を引き連れて倉庫から出て行く。

「じゃあね、幽々子」
「あー、楽しかった! またやりたいね、ルナ!」
「そうね。今度は私たちだけでね。ね、スター」
「頑張れば私たちだけでもやれるはずよ」
「あー、満腹~」

四人が居なくなると、白玉楼に静寂が戻ってくる。
幽々子はお姫様抱っこをしたまま妖夢の寝室へ向かうと、布団の上に静かにおろしてやった。
妖夢の頭を優しく撫でてやると、寝返りを打ってから「ごめんなさひ~」と寝言を言った。
それを聞いてまた静かに笑った。これできっと大丈夫だろう。

「おやすみ、妖夢」

妖夢に別れを告げて、音もなく障子を閉めた。





外で雨が振る音がする。所謂風呂桶をひっくり返したかのような大雨だ。
こんな中を紫の屋敷へ行かなければならないと思うと、それだけで憂鬱になる。
幽々子は玄関で大きなため息を吐いた。だが、今日行かなければならない用事なので仕方がない。
ぱたぱたぱたと傘を抱えて妖夢がやってきた。
「どうぞ」と渡されたそれを開いた瞬間、バキンと音がした。
見れば骨が数本、見事にへし折れてしまっている。これでは傘の意味が無い。

「あらら。妖夢、別の傘を持ってきて頂戴」
「はい、分かりました」

しばらくして、別の傘を抱えた妖夢が戻ってきた。
それを受け取るとばさりと開き、頷いた。それから、

「さっき渡した傘はどうするのかしら?」と訊ねた。
妖夢はそれにニコリと笑って「あとで里の傘屋に持って行って、直してもらいます」と言った。

その答えに幽々子は満足そうに頷くのだった。
タイトルが思いつかない病気。
まだまだよく分かってません
筒教信者
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コメント



0.880簡易評価
1.90奇声を発する程度の能力削除
私も物はちゃんと大切に使わないとなぁ…
2.90名前が無い程度の能力削除
小傘と三月精が可愛いです。
可愛いです。
俺のところにも来てください!
4.90名前が無い程度の能力削除
へいへへい へいへへい へいへいへい
直すよりも捨てちゃう現代っ子な考え方の妖夢と、怖がらせる工夫をして躾ける古き良き時代のお母さんぽい幽々様ってのがなかなか新鮮に感じました
18.100名前が無い程度の能力削除
いい雰囲気でした。
20.100名前が無い程度の能力削除
永夜抄のゆゆ様を彷彿とさせる良い作品でした
妖夢も大変だなぁw
22.100名前が無い程度の能力削除
いいなこれ
24.100名前が無い程度の能力削除
流石ゆゆ様紫様!
でも、この後妖夢は何も捨てられなくなるのでした・・・なんてね