Coolier - 新生・東方創想話

ファーストスカーレット

2011/06/21 00:17:57
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「ああフラン、明日博麗神社へお泊りに行くから準備しておきなさい」
「……、えっ?」
 夕食の後、何の気なしにお姉さまが言ったのはそんな一言だった。
 一体何を突然言い出すのか。お姉さまの発言が突然なのは今に始まったことじゃないけれど、突拍子も無くそんなことを言われてもさすがに反応に困るだけである。
「それじゃあおやすみなさいフラン。出発は夕方になると思うからそのつもりで」
「お姉さまの頭の中に説明という言葉が欠落しているのはわかっていたことだけど、少しは何か言ってもいいんじゃないかしら」
「そうね……一つ言うなら明日のおゆはんは鍋だそうよ、フフフ」
 何がフフフだ。
「……お姉さまが霊夢のところによく遊びに行ってるのは知っていたけど、ついにお泊りするまでの仲になったのね。それはそうよね。二人が出会ってからもう五年は経ってるんだもん。そこまでの仲になってもおかしくは無いわよね。じゃあお幸せに私を巻き込まないでねおやすみなさい」
「何言ってるのよフラン、明日のお泊りは貴方が主役よ。というか私は途中で帰るし」
「…………」
 本当に何を言ってるのだろうかこの姉は。霊夢の寝込みを襲う計画なら一人で敢行してほしい。
 そりゃあ友達のところに泊まりに行くなんてこと、別におかしいことではない。五百歳児の女の子らしい実に自然な試みではないか。
 しかし、何故突然妹を巻き込んでお泊り会を決行しようなどと考えるのか。
 お姉さまは割りとずぶとい性格をしている。妹にお泊りの話を切り出せなくて結局前夜に打ち明けることになっちゃった、というような乙女ちっくな思考をするガラでもあるまい。
 大体、外にお出かけしてお泊りしようなんて、私には似合わない。数百年にも及ぶ引きこもりの経歴は伊達ではないのだ。
「まったく、なんで私が霊夢のところにお泊りに行かなくちゃならないのよ」
「あら、フランは霊夢のところにお泊りに行くのは嫌なのかしら?」
「えっ。それは、まあ……」
 ……痛いところをついてくる。私の質問の答えになっていないあたりがいやらしい返事だ。
 まあ正直なところ、お泊りという単語に惹かれるものがないわけでもない。半ば私の意志で長いこと引きこもっていたとはいえ、外界に憧れるものがないでもないのだ。
 しかも、相手は霊夢である。あの霊夢。そう霊夢。霊夢なのである。
 数百年もの間変わらなかった私の世界にやってきた、赤と白の巫女姿。初めて霊夢と弾幕ごっこをしたあの日のことは、今でも鮮明な色と動きを持って私の中に残っている。
 翻る紅白の衣装。溢れるように展開される鮮やかな符の群。
 決して素早くはないその動きは、しかし私の全ての弾幕をかわしきった。館の住人以外と初めて行なった弾幕ごっこは、私の負けで終わった。
 私の全力を出し切れる数少ない相手。それが博麗霊夢という人物だ。
 お姉さまが神社に行くたびに私が羨ましがっていたことを、お姉さまは知らない。まったく、お姉さまばっかり外に出て霊夢のところに行くなんて、どう考えてもずるい。
 いやまあ、羨ましいといってもちょっとわずかにいいなあって思うだけであって決して私が霊夢に会いたい会いたいと思っているわけではない。寧ろ弾幕ごっこの相手として羨ましいと思っているだけであってそれはつまり――
「……フラン、頭を抱えて何をしてるのよ。顔、赤いわよ」
「うるさいっ」
 まあ、霊夢のところにお泊りというのも悪い話ではないといってもいいのではないかと思わないでもない。お姉さまもやっと霊夢を私に譲る気になったか――って何を考えてるんだろう私は。
「……どういう流れでそんな話が決まったのよ。霊夢にはちゃんとお泊りのこと伝わってるの?」
「それは勿論。一ヶ月も前から念入りに予定を組んだんだから」
 一ヶ月もの間私に秘密にしていたのか。万が一私の予定が空いていなかったらどうするつもりだったのだろう。……まあ、私の予定が空いてないなんてこと、万が一どころか億が一にもないだろうけど。
「でも、別に帰ることはないじゃない。お姉さまも一緒にお泊りすればいいのに」
「何言ってるのよ。二人も泊まったら霊夢に迷惑がかかるじゃない」
「……何で変なところで謙虚なのよ」
 何故かは知らないが、私の知らないところで私のために博麗神社お泊りツアーが計画されていたらしい。
 お姉さまは変なところで無闇に力を入れる傾向がある。もう少しましなエネルギーの使い方をしたらどうだろうか。
「まあ、そこまで話が進んでるなら行ってあげないこともないけどね」
「行きたくて仕方がないくせに」
「……行ってあげないこともないわ」
「そうね。フランの寛大な心遣いに感謝しておくわ」
 うぎぎ。何だろうこの謎の敗北感は。
 まあ、いい。降って湧いたイベントだ。お姉さまの顔を立てるためにも精々楽しんでやることにしよう。
 しかし、
「お姉さま、準備といっても何をすればいいのよ。私、神社に持っていくようなものないわよ」
「そうねえ……パジャマとか用意しておけばいいんじゃないかしら。ほら、あのピンクのやつとか」
「……さすがにあれを他人に見せる勇気はないわ」
「他人に、じゃなくて、霊夢に、でしょ?」
 うっさい。
 まったく、この姉は余計なことしか言わないんだから。


          ●


 一晩明けて、翌日。吸血鬼らしからぬ時間に目を覚まし身支度を整えた私は、お姉さまと共に幻想郷の空を駆けていた。
 日傘の中から上空を覗いてみれば、これ以上無い良い天気だ、と人間が言いそうな快晴が広がっていた。初夏の雰囲気を多分に含んだ大気は、吸血鬼の私をもってですら爽やかだと感じさせる気質を持っていた。
「……いい天気ねと言わざるを得ないわね、しかし」
「あらフラン。吸血鬼が青空に敗北宣言してしまっていいのかしら」
「青空の下に出てる時点で吸血鬼の負けなんじゃないかしら」
「何言ってるのよ。青空に抗ってこそ吸血鬼の面目が保たれるんじゃない」
「大人しく夜にだけ動いていればいいと思うけどね」
 もっとも、青空といっても、既に日は傾き大地に近づいている時間帯だ。もうすぐ世界は青の一色から紅の一色へと様変わりするだろう。
「……夕方というには少し早い時間よねえ。出るのが早すぎたかしら。フランったら急かすんだもの。そんなに早く霊夢に会いたいのかしら」
「……そんなわけないでしょ。手持ち無沙汰になるのが嫌だっただけよ」
「まあそういうことにしておいてあげるわよ」
 一々一言多い姉である。
「お姉さま、神社に着く前にもう一度聞いておくけどね。どうして昨日まで私にお泊りのことを黙ってたのよ」
「昨日も言ったでしょう? 単なるサプライズよ」
「昨日も言ったけどね。サプライズだったらあんなに簡素な言い方なんかしないで、もっともったいつけて言うんじゃないの?」
「可愛い姉の照れ隠しというものがわかっていないようね……!」
「自分で可愛いとか言うな」
 って、また話をはぐらかされているような気がする。
「細かいことは気にせずに楽しめばいいのよ。いつ話したかなんて些細なことでしょう?」
「……なんか納得いかないわね」
 本当にお姉さまは私のためだけに今日の計画を立てていたようだ。私には荷物を準備しろなんて言っていたくせに、自分は日傘一本しか持ち物がない。本気で帰るつもりらしい。
 いつもはお姉さまと一緒に出かける咲夜もいないことだし……本当にお姉さまの考えることがわからない。
「そういえばさ、お姉さまって霊夢のところに泊まったことあるの? あ、宴会で酔いつぶれてそのまま皆で朝まで寝てたってのはなしでね」
「私? ないわよ、霊夢のとこに泊まったことなんて」
 意外。てっきりお泊り常連かと思ってたのだけれど。
 とすれば、初お泊りを私に譲ってくれたことになる。ますますもって不可解である。
「……お姉さま、何を企んでるのよ」
「どこをどう見たら私が企みを働かさせているだなんて思えるのかしら。ないわよ、そんな企み」
 当然のようにはぐらかされる。この姉はいつもは子どもっぽいくせに、こういうことに関してはやけに立ち回るのが上手い。
 ああまったく、本当にこの姉の相手をするのは面倒だ。
「何にも企んでないんだったらさ、お姉さまも一緒にお泊りするでしょ、普通。宴会なんかでいっつも迷惑掛けてるんだろうから、今更迷惑だからもないでしょう」
「あら、親しき仲にも礼儀ありという名台詞を知らないの?」
「それ台詞じゃないような……っていうか、お姉さまの口から礼儀なんて言葉が出るとは思わなかったわ」
「吸血鬼ってのは礼儀を重んじる種族なのよ。私の口から礼儀という言葉が出ても何の不思議もないわね」
「私、お姉さまって招かれてもない家にずかずかと入り込むタイプだと思ってたんだけどね」
 って、また話をずらされているような。
「まあ、変なことは気にせず楽しんできなさい。こういうイベントは初めてでしょう?」
「そうね。お出かけ自体相当久しぶりだしね」
「久しぶりといっても、別に困ることはないでしょう? フランは人付き合いの経験こそ少ないけど、コミュニケーション能力自体は変に高いしねえ」
「……それほどでもないわよ」
「ま、相手は霊夢だしね。フラン一人でも大丈夫でしょう?」
「たぶん、ね」
「そうよね。フランなら大丈夫ね――じゃあ私、帰るから」
「えっ。え、ちょっとちょっと!」
 一体何を言い出すんだこの姉は。
「言っておいたでしょう? 先に帰るって」
「いやちょっと、霊夢のとこまでは一緒に来てくれるんじゃないの?」
「何言ってるのよフラン。子どもじゃないんだから一人で行けるでしょう?」
「急に言われても心の準備ができてないわよ!」
「あら、フランは友人の家に行くのに心の準備が必要なのかしら? ……友人相手なら、心の準備なんていらないでしょう?」
「そりゃあまあそうだけど……」
 いけない、また言いくるめられてしまう。
「と、とにかく神社までは一緒に来てったら。ほら、私神社の場所なんてわからないし」
「あそこに見えてるのがそれよ。ここまで来たら誰だって迷わないわよ」
 見やれば、確かにそこには神社があった。いつの間にか近くまで来ていたらしい。
「いやでも……ほら、私神社に行くのなんて初めてだから、その、なんていうか」
「……心細いの?」
「え、いや、そういうわけじゃ……」
「まあそうよねえ。好きな人のところへ初めて行くんですものねえ。一人じゃ心細いわよねえ」
「いやだから、そんなんじゃ――」
「それなら仕方がないわね。可愛い妹のために、私もついていってあげるわ」
「――いいわよ、一人で行くわよ!」
 言って気が付けば、目の前にはニヤニヤと笑う姉の姿がいる。
 しまった。まんまと罠に嵌ってしまった。
「ぐ、お姉さま……」
「じゃ、私は帰るから。まあ明日はゆっくりお昼頃に帰ってきなさい」
「いや、その」
「霊夢によろしくね」
 あっけらかんとした様子で言うと、お姉さまはあっさりと振り返り、こちらを一瞥することなく来た道を飛んでいってしまう。
「あー。お姉さま……」
 残されたのは、お泊り用の荷物をもってぽつんと浮かんでいる私だけ。
 なんだろう、この理不尽さは。
「私一人で霊夢のところへ行く……?」
 何故かそれは、とてつもない難題のように思えた。


          ●


 大体、私と霊夢が二人きりで会うこと自体が珍しいのだ。
 霊夢が地下室にやって来るときは、大抵咲夜も一緒に地下室にやって来る。魔理沙と一緒に遊びに来ることだってあるし、そもそも我が家に霊夢が来ること自体、それほど多いというわけじゃないのだ。
 だから私が霊夢と二人っきりという状況に陥ったとき、必要以上に戸惑いを感じたとしても、不思議なことではないといえるのだ。たぶん。
「本当にフラン一人で来たのねー。まあ、いらっしゃいとだけ言っておくわ」
「……こんにちは」
 久々に会う霊夢は、やはりというか、相も変わらない様子で私を出迎えてくれた。 
 霊夢ほど相変わらずという言葉が似合う人間もいない。いつもどおりの様子は、霊夢を見るものを安心させてくれる。
 で、私のほうはといえば。
「ちょっとフラン、何をそんなに緊張してるのよ」
「え、あ、うん。緊張してるってわけじゃないんだけどさ……」
 しかしどうなのだろう。この感覚は緊張と言っていいものなのかもしれない。
 ――好きな人のところへ初めて行くんですものねえ。一人じゃ心細いわよねえ。
 蘇るのは姉の言葉。もしかして私、好きな人の前だから緊張してるっていうの……?
 いやいやいや、そんなはずはないわ。私が霊夢を特別好いてるなんてことはないはずよ。
 大体、好きだから緊張するってのがおかしい話じゃない。私は館の皆のことが――まあ一応お姉さまのことも――好き。だけど、みんなの前で緊張なんかしない。好きな人の前だから緊張するというのであれば、いつも私は緊張していなければいけないことになる。
 だから、この緊張は霊夢が好きだから起こっている緊張ではないということ。つまり私は霊夢のことが好きではなく――
「あれ、それはそれでおかしいような……」
「今日のフランは変なフランねえ」
 むむむ、霊夢に変といわれてしまった。これでも館の中では常識人として通っているのだけれど。
 ……いや、引きこもりの私が常識人なんてのもおかしい話だろうか。
 しかしまあ、変と言われてしまうのも仕方がないかもしれない。なにせ、私はお泊りなんて体験、今日が初めてなのだ。正直、何をしていいかわからないし、どうしていればいいのかもわからない。
 そもそもお泊りとは何をするものなのだろうか。他人の家に一晩泊まる、それはわかる。しかしそれ以外は……? 寝る前に何をするものなのだろう。空き時間には何をしていればいい?
 わからない。
 これはそう、気まずいと表現できる状況なのではないだろうか。
 ……むむ、この状況を打開するには一体どうしたらいいのか――
「――まったく。懐かしいというか、姉妹揃って変わらないというか。フランとレミリアって、本当似てるわよねえ」
 ……悩む私に、頬杖をついた霊夢がそんなことを言ってくる。
 お姉さまと私が似ているですって? なんとも心外な話である。
「ちょっと霊夢、聞き捨てならないわね。私とお姉さまが似てるなんてこと、あるわけないじゃないの」
「そう? 前から思ってたけど、あんた達すっごい似てるわよ。子どもっぽいくせに、変なところで大人びてるところとか」 
「……そうかしら」
「というかあんたね、初めてレミリアがうちに来たときと丸っきり同じ反応してるのよ。本当にそっくり」
 今の私と昔のお姉さまが同じ反応をしてる……? あの傍若無人が服を着て歩いているかのようなお姉さまが、緊張して何も言えなくなってたって?
「……本当に?」
「本当よ。いやまったく、姉妹よねえ」
 まったく想像できない。あの姉も最初はしおらしかったのか。
 お姉さまも今の私と同じように、一体何をしていいのかわからなかったのだろうか。
「……フラン。もしかして、何をすればいいのかわからない、なんて思ってる?」
「え、あ、うん……まあね。こういうの、初めてだし」
「レミリアも同じようなことを言ってたわよ。人間の友達の家に遊びに来るなんて初めてだから、何をしたらいいのかわからなからない、ってね」
 それは今の私と同じような状況にお姉さまが置かれていて、霊夢はそれに答えたということだ。ならば、
「……霊夢は、なんてお姉さまに言ったのよ」
「特別なことは何もしなくてもいいのよ、って言ったわ」
「特別なことは何もしなくてもいい……?」
 それは、どういうことだろうか。
「友達の家に行くってのはね、特別なことじゃないと思うのよね。少なくとも、私は特別だって思ってほしくない。だって――」
 だって?
「――友達の家に行くことを“特別”にしてしまったら、そのときに得られる楽しみさえも“特別なもの”になってしまうでしょう?」
 一息。
「私は嫌よ。誰かと会って話して、触れ合って楽しいと思う感情が“特別なもの”になってしまうのは。なにせ、もしそうなってしまったら、もはやその楽しみは“特別なこと”でしか得られないものになってしまうんだから」
 そして、という風に霊夢はこちらを見つめ直し、
「だから、特別なことなんてしなくていいのよ。いつもどおりに話して、ご飯食べて、なんなら弾幕ごっこでもして――」
 言われる。
「いつもどおりの延長線上でいればいいのよ。それがたとえ、お泊りっていうイベントだったりしてもね」
 霊夢の言葉を、私の中で反芻する。
 私と霊夢のいつもどおり。お話して、ご飯を食べて、弾幕ごっこをする、いつもの私と霊夢の光景。
 私と霊夢のいる場所が、紅魔館であっても、博麗神社であっても、私が霊夢といて楽しいと思う感情は、確かに私の中にあるものだ。
 それなのに、博麗神社にお泊りに来たときだけ、それを特別なものにしてしまったら?
「……そうね。うん、確かにそう。私も、私と霊夢の関係を、特別なものにしたくないわ」
「……嬉しいわね」
「どうして霊夢が嬉しがるのよ」
「嬉しいじゃない。だって、私もフランも、お互いがお互いのことを好きだってことがわかったんだから」
 ……は?
「え、いや、なんでそういうことになるのよ。別に私は――」
「照れなくてもいいの。さ、そろそろ夕飯の準備をしなきゃね。フランはここでゆっくりしててね」
「ちょっとちょっと、霊夢ったら!」
 照れてるって――私が? 確かに私は霊夢を好きなのかもしれないけど、でもいや、霊夢に好きとは言いたくなくて、いやでも、私は霊夢を嫌いじゃなくて、つまりそれは私が照れているから霊夢に好きだって言いたくないのかもしれなくて――
「え、え、え、あ、う、いや」
 ものを言えなくなっている私に、霊夢は言った。
「フラン、人を好きになるっていうのはね」
 眼前で、霊夢がゆっくりと身体を立ち上げる。
 席を立ちながら言う霊夢の口元には――
「そういうものなのよ」
 何故か、笑みが張り付いていた。


          ●


「いただきます」
「……いただきます」
 夕飯は魚の煮つけと味噌汁と漬物というシンプルなメニューだった。これでまたお姉さまは嘘つきだという結論に一歩近づいたわけだけど、どちらかというとあの姉は気分とノリで会話してるだけなんじゃないかという説が濃厚である。
「昔は吸血鬼と人間の食事って全然違うものだと思ってたんだけど、意外と一緒でも大丈夫なのね。まー、紫が持ってくるという点じゃ血も魚も一緒だけど」
「基本的には吸血鬼と人間の食事は違うものよ。単に吸血鬼でも人間の食べ物から栄養を補給できるってだけ。できるなら血を飲んだほうが食事の効率はいいのよ」
「へえ、じゃあ効率じゃなくて味で考えたらどうなのかしら」
「それは霊夢の料理の腕次第ね」
 そんなことをいいつつ、肉じゃがに箸を伸ばす。
 しかしまあ、正直料理の味に期待はしていなかった。別に霊夢の料理の腕を疑っているわけじゃない。咲夜の料理の腕が良すぎるのが問題なのだ。
 咲夜の料理の腕は尋常ではない。なにやら人里で開かれたらしい料理コンクールで優勝したことがあるらしいし、実際に料理を教えに人里で講習会を開いたこともあるらしい。
 あのわがままなお姉さまの舌を満足させていることからもその一端を垣間見ることができるだろうし、私自身咲夜の料理には大変満足している。
 そんな料理人――というかメイド――が身近にいるのだ。他の人の料理に期待が持てなくなるのも自然というものである。
 だというのに、だ。
「……美味しい」
 私の口から漏れたのは、その一言だった。
「まあ、基本的に自炊してるからね。それくらいはできるわよ」
 軽く言うけど、これは自炊しているからできるといったレベルじゃない気がする。
 うちの館は洋風で、当然のように料理だって洋風のものが並ぶことが多い。でも、だからといって咲夜が日本食を不得意としているわけじゃない。咲夜の料理はジャンルを問わず平等に美味しい。
 私は咲夜の作った魚の煮付けだって当然食べたことがある。でもこの霊夢の料理は、それを上回る味だ。
 こんな料理を霊夢独自に、しかも特に力を入れずに作ったのだとしたら、それはもう咲夜以上の料理人かもしれない。
 天才、という言葉が脳裏にちらつく。
 でも、流石の霊夢もこんな料理を気合を入れずに作ったとは思えない。素っ気無くしているけど、もしかしたらかなりの力作なのかもしれない。
 しかし、さっき霊夢は特別なことはしないと言っていたじゃないか。とするなら、やっぱりこの料理は、特に力を入れずに作った何気ない一品なのだろうか。
「……霊夢って、いつもこんな美味しいもの食べてるの?」
「まさか。ここまできっちり作るのは、誰かが来たときだけよ」
 さしもの霊夢も、力を入れずにここまでのものを作ることはできないようだ。
 でもそれだと、さっきの言葉と矛盾する。そんな料理じゃ、いつもどおりとは言えないんじゃないか。
 そんなことを思った私の頭に、ふと一つの可能性が浮かんだ。
 もしかして、
「霊夢さ、誰かが来たときっていつもこういうの出してるの?」
「ん、そうよ」
 ……ああ、やっぱりそうだ。霊夢は、誰かが来たときはいつも力を入れて料理を作っている。
 それはつまり、霊夢にとって誰かが来たときに力を入れた料理を出すというのは、何気ない“いつものこと”なのだ。
 だから霊夢は力を入れて料理を作ることを特別なこととして考えていない。自然な、日常の延長線上にある出来事として捉えているんだ。
「……霊夢」
「何?」
「……何でもない」
 すごいな、と言おうとしたけどやめた。いつものことに対してすごいなんて言ったら、それが特別なことになってしまう様な気がしたから。
 だから、素直に美味しいって言うだけにしておこう。
「本当に美味しいね、霊夢の料理」
「ま、これくらいのものは出すわよ。そんなに手の込んだものじゃないし」
「咲夜が聞いたら落ち込みそうな台詞ね」
 ――他人から見たらすごいことでも霊夢は何気なく普通にやっちゃうんだよな、といつだか魔理沙がそう言っていたことを思い出す。
 私にとってはすごいことでも、霊夢にとっては普通のことなんだろう。今回のお泊りのことだって、特別なこととして捉えずにお姉さまの提案にのったんだろう。
 もっとも、どうしてお姉さまがそんなことを言い出したのかは未だに謎だけど。
 ……ここは一つ、話を持ちかけられた本人にお泊りの事を聞いてみることにしよう。
「ねえ霊夢。どうして私なんかのお泊りを承諾したの? そんなことをしても、霊夢に何の得も無いじゃない」
「何言ってるのよ。友達を泊めるのに得がどうのなんて考えてるわけないでしょ」
「え、友達……?」
「それにうちに誰かが泊まることなんて珍しくないことだしね。参拝客は来ないのに余計なやつらばっかり来るんだから……ってどうしたのよフラン。何をぼーっとしてるのよ」
 あ、いや、その、
「私と霊夢って……友達なの?」
「友達じゃなかったらなんなのよ」
 ……そんなこと、言われるとは思ってなかった。確かに私と霊夢の関係は友達としか言いようのないものかもしれない。でも。でも、
「そんなに面と向かって言われると……恥ずかしいよ」
「そう? 友達を友達と言うのに恥ずかしいも何もないと思うけど」
 ……さっきの好き発言もそうだけど、霊夢には恥じらいや照れの感情はないんだろうか。そんなことをズバズバ言われるこっちの身にもなってほしい。
 そういえばお姉さまもそういうことを平気で口に出すタイプだ。家族や友人に対しては、良くも悪くもまったく遠慮が無い態度で言葉をかけてくる。霊夢とお姉さまが話し込んでいるところをあまり見たことがなかったけど、この二人の会話はもしかするととんでもなく恐ろしい会話になっているんじゃなかろうか。
「……勝てる気がしないわね」
「顔、赤いけど大丈夫?」
「……駄目かもしれない」
 頬が熱を持っているのがわかるあたり、なんともそう思う。さっき好きだと言われたときもどうしたものかと思ったというのに、ここでこう来られては霊夢の間断無い責めに白旗を上げざるを得ないというものだ。
「まあ、疲れてるんだったら後でお風呂でゆっくりしましょう。疲れてなくても入れさせるけどね」
「……お風呂?」
「そうお風呂。あんたんとこの大浴場と比べたら小さいかもしれないけど、それなりには大きいわよ。温泉だし」
「お風呂って、霊夢と一緒に?」
「そうだけど、どうしたの?」
 どうしたの、じゃない。
 霊夢と一緒にお風呂……? 想像すらできない。
 そりゃあ嬉しいけど――いや、嬉しがっていいのか? ここは一人で入れるって言うべきなんじゃないか? いやでも別に嬉しさを否定する理由は無いはずだし、素直に喜んでおいたほうがいいんじゃないか? いやでも――
「……フランって感情がよく表に出るタイプよねえ。見てて面白いわよ?」
「ちょ、ちょっと待ってよ。ほら、私吸血鬼だしお風呂は――」
「レミリアがお風呂くらいなら大丈夫だって言ってたわよ」
「あの姉は……!」
「何、お風呂嫌いなの?」
 嫌いというわけじゃないけど、その、
「……霊夢と二人きりでお風呂なんて恥ずかしいわよ」
「大人数だったらいいの?」
「それはそれで戸惑うけど……いや、そういう話じゃなくてね。普通に一人ずつ入ればいいじゃない」
「ほら、折角だし」
 何が折角だしだ。霊夢はそういうのを気にしないタイプなんだろうけど、普通少しは気にするものではないのだろうか。
 いや、もしかすると私が意識しすぎているのかもしれない――いや待て、意識するって何をだ。この状況で私が意識することといえば――
 ――霊夢のことが、好きってこと?
「あー、うー、うー」
「何よ変な声出して」
「霊夢がさっきから変なことを言うからよ……」
「あら、別におかしなことは言ってないつもりだけど」
 ……そうよ、別におかしいことじゃないんだ。家族や友達のことが好きってことくらい、おかしいことでもなんでもない。逆に、嫌いという感情を向けている家族や友達がいるほうがよっぽどおかしい。
 でも、なんでなんだろう。霊夢を相手にすると、紅魔館の皆に向けるのとは違う感情が湧いてくるのは。おんなじ好きっていう感情のはずなのに、何故か霊夢を相手にすると私の中の何かが変化する。
「ま、ご飯食べたら入りましょう。着替えも用意してあるから大丈夫よ」
「……私の意志は無視なのね」
 はあ、と外に漏らさないように心の中でため息を一つ。結局、霊夢には適わないようだ。
「しょうがないわね、もう」
 何故か、胸の鼓動が大きい。本当に、どうして霊夢の前だと普段と違う私になってしまうんだろう。
「ほら、箸が止まってるわよ。冷めないうちに食べたほうがいいんじゃない?」
 気楽な霊夢の声が、俯き加減の私に向けられる。
「……はあ」
 今度こそ、私は大きくため息をついたのだった。


          ●


「……霊夢、頭ぐらい自分で洗えるよ?」
「駄目よ。レミリアにフランの頭をよーく洗ってやってねって言われてるんだから」
「あの姉は本当に碌なことを言わないわね……」
 心底思いながら、湯気の中で霊夢に身を任せる私。正直、非常に恥ずかしい。
 ごしごしと頭を洗われているこの状況。何かがおかしくないだろうか。
「霊夢、私子どもじゃないのよ? さすがに誰かに頭を洗ってもらうのは恥ずかしいんだけど」
「恥ずかしがる必要なんて無いわよ。これくらいのこと普通普通」
「……っていうか何か、妙に頭洗うの上手いわね、霊夢」
 もしかすると、誰かがお泊りに来るたびにこんなことをしているのかもしれない。それならばこの妙に手馴れた感じも納得というものだ。
 この状況が霊夢にとっては特に珍しいことでも無い普通のことだとするならば、別に私も恥ずかしがる必要はないのかも――いやいや、そもそも霊夢と二人きりでお風呂なんていうこと自体が恥ずかしいのだ。霊夢にとっては家族以外の誰かとお風呂に入ることなんて普通のことかもしれないけど、私にとっては経験したことが無い初めてのことだ。
 ……さっきから何故か胸の鼓動が大きい。本当にどうしたものか。
「んじゃあお湯かけるわよー」
「えっ」
 抗議する間も無く頭からお湯をかけられる。あつい。
「吸血鬼は流水を苦手としているって話は嘘だったのね……まあレミリアも海に落ちて無事だったし、案外そんなものなのかしらね」
「意外と大丈夫よ、そういうの。日光だって直射じゃなければ結構大丈夫だし」
 さすがに大雨が降っていては外出できないけど、お風呂でお湯をかけられるくらいは大丈夫というのが私の経験から出た結論だ。
 正直、雨の流れよりもお湯をかけたときの流れのほうが激しいような気がするのだけど……まあ大丈夫なものは大丈夫なんだから仕方が無い。案外、雨の中でもちょっと痛いだけで、平気で飛べたりするのかもしれない。試す勇気は無いけれど。
「それにしても……霊夢の家のお風呂って、露天風呂なのね。温泉が湧いてるとは聞いてたけど」
「頼みもして無いのに知り合いがちゃかっと作ってくれてね。博麗神社の名物の一つとして売り出せないか検討中よ」
「神社が名物とか売り出すとか言ってる時点で何かがおかしいような気がするんだけど……」
 言うが、聞かない。見れば、霊夢は意に介した様子も無くお湯につかろうとしている。
「ほらほら、フランも早く」
「あー、うん。今行く」
 やれやれと内心で吐息をつきながら、霊夢に続いてお湯につかる。
「……はあ、今日は疲れたわね」
「フランがうちに来たの夕方じゃない。まだそんなに時間経って無いわよ?」
「短い時間でも疲れるものは疲れるのよ……」
 気苦労……とは違うけれど、この疲れは気の使いすぎで出てきたものに違いない。
 どうして霊夢を前にするとこんな調子になってしまうんだろう。せめてお姉さまがもう少し早くからお泊りのことを言っておいてくれれば、心構えもできたというのに。
「まったくもう。本当にお姉さまは変なことしかしないんだから……」
「レミリアがどうしたのよ」
「今日のお泊りのことよ。お姉さまったら、昨日になって突然言い出すんだもの。もっと前から言いなさいよ、もう」
「へえ、レミリアがねえ……」
 驚いたように霊夢が呟く。
「お姉さまが奇行に走ることがそんなに意外? 紅魔館ではいつものことよ」
「だいぶ意外ね。レミリアのやつ、フランには私から話しておくから任せておきなさいって言ってたのよ。それも一ヶ月も前に」
 そういえばお姉さまも一ヶ月前には予定が決まっていたと言っていたわね。
「どうしてお姉さまは一ヶ月も秘密にしてたのかしらね。理解に苦しむわ」
「……たぶん、秘密にしてたんじゃ無くて、言いたかったのに中々切り出せなかっただけだと思うわよ」
「あのお姉さまがそんな性格してると思う? 私を驚かせたかったとかなんとか言ってたけど、どこまで冗談かわからないわね」
「…………」
 私が言うと、何故か霊夢は黙って声を出さずに苦笑した。私、何か変なこと言ったかしら。
「ねえフラン。あんた、レミリアが何で今回のお泊りを企画したのか気になってるんでしょう?」
「まあ、そうだけど」
「レミリアからはフランには言わないでって頼まれてるんだけど……まあ言っちゃおうかしら」
 そんなに私に秘密にしたいのだろうか。どうせ碌な理由じゃないんだろうけど――
「レミリアはね、フランが一人で外に出られるようになるために今回のお泊りを企画したのよ」
「――え?」
「あんた、長いこと引きこもっていて外に出た経験も少ないんでしょ? だから、まずは慣れてる私のところに一人で出かけさせようって思ったらしいわよ」
「お姉さまが、そんなことを? でも、昔は私が外に出ただけで必死になって止めようとしてたのに――」
「昔は、でしょ。今のレミリアはあんたのことを信じてるのよ」
 あのお姉さまが、私のために……? 昔はパチュリーに頼んでまで、私が外に出ようとしたら雨を降らせて止めようとしてたのに。
「レミリアが言ってたわよ。私や魔理沙のおかげでフランも外に出られるようになったって。だからそろそろ、自分が見ていなくとも外に出かけられるようになれればいいなってね」
「でも……それならそうって言ってくれればいいのに」
「言えるわけないでしょ。レミリアもあんたと同じで恥ずかしがり屋なんだから」
 お姉さまが恥ずかしがり屋だって?
「さっきも言ったでしょ、あんた達姉妹は似すぎなのよ。子どもっぽいのに、変なところで大人びてて……それでいて好きな人に対して素直になれない性格を持ってる」
「す、好きな人って……」
「どうせあんたもレミリアも、お互いに素直になれてないんでしょう? お互い相手のことをこれ以上無いほど好きだって思ってるのにねえ」
「そ、そんなこと」
 ああもう。本当に霊夢は、何でこういうことを平気で言ってくるんだろう。
「いいから素直になりなさいよ、フラン。あんたはレミリアよりかは素直な方だけど……レミリアのことになると、どうにも本音を言えないみたいだしね」
 霊夢は水音を鳴らしながらこちらに向き直り、
「レミリアはね、あんたが心配で心配で仕方が無かったのよ。私に相談したのだって、考えに考えてやっと相談したみたいだったしね」
「お姉さまが……」
「だからまあ、フランも少しは素直になってあげなさい。正直見ててむず痒いときがあるわよ、あんた達」
 お姉さまが昨日までお泊りのことを黙っていたのも、私のことを考えてくれていたが故に切り出せなくて……結局昨日まで言えなかったってこと?
「……お姉さまのキャラじゃないわね」
「意外とそういうところあるわよ、あいつ。普段はわがままそのものなのにね」
 本当。本当に、お姉さまのキャラじゃない。私のために考えてくれて、私のために動いてくれて、私のために想ってくれて――
「――お姉さまも、私のこと好きなのかな」
「当たり前でしょ」
 当然のように、霊夢はそう言った。
「ま、私としてはこんなこと企画しなくてもフランは大丈夫だって思ってたけどね。過保護すぎるのよ、あいつは」
「霊夢……」
「だけどまあ、そういうことをレミリアが考えてたってことだけは伝えておくわ。レミリアは秘密にしておきたかったみたいだけど、残念ながら私はそこまで優しくないからね」
 ニヤリと、霊夢は笑った。
「レミリアに会ったら素直になってあげなさいよ? あいつもあいつなりに、自分の気持ちに素直になったんだから」
「……うん」
 お姉さまがそんなことを考えてくれていたなんて知らなかったけど――そんなことを聞かされたら、私だってお姉さまに素直な気持ちを言うしかなくなるじゃないか。
 私だって本当はわかってる。私が、お姉さまのことが好きだってことくらい。それもとってもとってもとっても、大好きだって。
「……仕方が無いわね。今日から少しは素直になるようにするわよ、私も」
「殊勝な心がけね」
 そこまでされて素直にならなかったら、それこそ本当に子どもみたいじゃない。少し恥ずかしいけど、でも、頑張って言おう。
 ――ああでも、それならば、今この場でやっておかなければいけないことがある。
「素直になるってなら、こっちもちゃんとしておかなくちゃね」
 霊夢が怪訝な表情を浮かべるけど、こっちはそれどころじゃない。
 ……私は今から、告白にも似たようなことをするんだから。
「れ、霊夢」
「……何?」
「私さ、霊夢のことが――」
 霊夢はこちらのことをまっすぐに見つめてくれている。
 だから、言おう。
「――霊夢のことが……好きだよ」
 お姉さまに好きだって言うんだったら、霊夢にだって言わなきゃ駄目だ。何故かはわからないけど、でも、そう思った。
 いつも紅魔館の皆に感じてる“好き”とは違う“好き”。それが何なのかはやっぱりわからないけど、今、ちゃんと言っておかなければ駄目なような気がした。
 言った先、霊夢の視線がこちらの視線と合わさる。数瞬の間の後、霊夢の言葉がふいにこう響いた。
「私も、フランのことが好きよ」
 ――瞬間、私の中に感情が広がる。それは嬉しさでも喜びでもない、でもそれらが合わさったような……言葉では言い表せない、そんな気持ち。
 霊夢にちゃんと私の気持ちを伝えることができて、霊夢もそれに答えてくれた。
 今私が感じている暖かさは、きっと温泉の熱のせいだけじゃない。そんな気がした。
「……ちゃんと言えるんだね、私」
「下手なだけよ。できないわけじゃないわ」
 言われて苦笑するけど、やっぱり少し恥ずかしかった。それに、これをお姉さまもするんだと考えたら――なんだか、眩暈がしてくるようだった。
「お姉さまに面と向かって言うのは、ちょっと先になりそうね」
「ちょっとじゃなくてだいぶ先になりそうな気がするわよ」
 私もそう思う。でも、
「絶対に、お姉さまの想いには答えなきゃ、ね」
 そして、
「お姉さまに素直な気持ちを伝えてることができたなら……」
 それはとっても、幸せになれることのような気がした。






          ●



 


 囀るような鳥声の響きは、朝の到来を告げる音に等しい。
 室内にいても感じられる、朝の冷たく、それでいて爽やかな空気。それを肌で感じられるようになれば、それは覚醒の合図だ。
 寝ぼけ眼のまま起き上がってみれば、既に霊夢の布団は畳まれ部屋の隅に鎮座していた。
 ……昨日はあの後布団の中でたくさんお話したわねー。それなのに吸血鬼の私より起きるのが早いなんて、どんだけ健康的なのよ。
 頭が覚醒してくれば五感も覚醒してくる。私の嗅覚が捉えたのは、焼き魚の匂いに味噌汁の匂い。要するに、朝食の匂いだ。
 よく耳を澄ましてみれば、襖一枚挟んだ隣部屋からは、かちゃかちゃと物音がする。間違いなく食事の準備の音だ。
「……今更だけど私も手伝ったほうがいいのかな。霊夢は別にいいわよって言いそうだけど」
 なんにせよ、このまま布団の中でぼんやりしているわけにもいくまい。
 そう思いながら立ち上がり、伸びを一つ。
 そして襖を開ければそこには霊夢がいて――
「おはようフラン。起こしちゃったかしら?」
「おはようフラン。いつもどおりお寝坊さんね」
 ――何故か、お姉さまがいた。
「……いや、どうしているのよ」
「どうしてって、迎えに来たに決まってるじゃない」
「別にこんなに早く来なくてもいいんじゃないかしら」
「いやほら、折角だから霊夢のご飯にありつこうと思って。霊夢のご飯が美味しいのは知ってるでしょ?」
 図々しいわねと口に出しそうになって――不意に、霊夢の口元に苦笑が浮かんでいるのが見えた。まるで、見栄を張る子どもを見守る親のような、そんな苦笑が。
 今のお姉さまの言葉は、嘘ってこと?
 まさか――
「……お姉さま。もしかして、私のことが心配でこんなに早くから来てくれたの?」
「……何を言っているのかしらね。霊夢のご飯の前ではフランなんて、大蝦蟇に飲み込まれた氷精みたいなものよ」
「いや、その例えは本気で意味がわからないんだけど……」
 視線の先でお姉さまが澄まし顔を浮かべるのが見える。同時に霊夢が苦笑を濃くするのも、だ。
 ……まあ、いいけどね。
「私のほうも、まだ心の準備ができてないし」
「……一体何のことかしら」
 問われたなら答えることにしよう。
 私はわずかに笑みを浮かべながらお姉さまに近づいて、
「――お姉さまに告白する準備の話よ」
 瞬間、朱に染まるお姉さまの顔。お姉さまはハッとこちらに向き直り、明らかに狼狽した様子で何か意味の通じない声を漏らしていた。
 ……一体何を想像したんだろうこの姉は。
「ちょ、ちょっとフラン、あなた何を言って――」
「さあ霊夢のご飯よ。朝からあんなに美味しいものが食べれるなんて幸せねー」
「フ、フランったら」
「何、お姉さま?」
 ニヤリと笑って顔を覗き込んでやる。私がさらに顔を近づけると、近づいた分だけお姉さまも後ろに下がる。
 紅い顔でうーうーと呻き声を漏らすお姉さまは、いつもとは違った面を見せているというかなんというか、
「可愛いわね、お姉さま」
「――!」
 直後、爆発するように襖を突き破ってお姉さまは外に躍り出る。
 陽射し、大丈夫なのかしら。
「ちょっとレミリアー。ご飯食べていかないのー?」
 襖を破られたのにもかかわらず、暢気な霊夢の声が響く。
 ……ああもう、仕方が無いわね。
「ちょっとお姉さまをつれて帰ってくるわ。うっかり灰になられても困るし」
「外は曇りだから大丈夫だと思うわよ。まあ朝ご飯三人分用意して待っておくわよ」
 言って見やれば、確かに外は曇り空だ。とはいえ、あんな状態のお姉さまを放っておくわけにもいくまい。今のお姉さまはいつもとは違う意味で何を仕出かすかわからない。
 まあそれにしても、
「初めてお姉さまに勝てたような気がするわね」
 勝因があるとするなら――自分に素直になった結果だろうか。
 思えば霊夢もお姉さまも自分の思いには素直な性格だ。それが目に見えて表に出るか否かの差はあるけれども。もしかすると、成功の秘訣はそこにあるのかもしれない。
「必勝法がわかった気がするわねー」
「いいから行きなさい。追いつけなくなるわよ」
 世話が焼ける姉だ。でも、嫌だとは思わない。だって今の私は、そんな姉のことを大好きだって胸を張って言えるんだから。
 本人に言うのは、まだまだ先になりそうだけど。
「ああ本当に――世話が焼けるんだから――!」

 私はもう少しの間、お姉さまの世話を焼いていたいと思った。
 だってそれは、私が初めてお姉さまに対して素直になった証だったから。
 ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
 今回はフランと霊夢、それにレミリアの関係を描いてみました。前々から姉妹と霊夢の関係は書いてみたいと思っていたのですが、出来上がってみたらこういうことになりました。
 それに加えて、一度お泊りものを書いてみたいと思っていたので、結構書きたいものが書けたかな、という塩梅です。
 そんな三人の関係を、少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
海景優樹
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コメント



0.1800簡易評価
10.100名前が無い程度の能力削除
好きって良いもんですね
11.100名前が無い程度の能力削除
続きをよこせ、と言いたくなってしまったよ。ありがとう。
14.100奇声を発する程度の能力削除
とても良い気持ちになるお話でした
17.100名前が無い程度の能力削除
妹攻めは至高
23.80可南削除
三首三様の思いを暖かく感じて面白かったです。
ありがとうございました。
24.90名前が無い程度の能力削除
フランの思考が無駄にだらだらと長かった。あと霊夢の 特別な(ry)の理屈には同意しかねます。
でもフランとレミリアが可愛かったからなんかどうでもいいや!!わーい!!!
25.100名前が無い程度の能力削除
ああ、暖かい作品でした。霊フラ良かったです。
29.100こーろぎ削除
吸血鬼姉妹が可愛かったです!
33.70名前が無い程度の能力削除
面白かったけれど、霊夢のキャラクターが単なる作者の代理というのが現れてて惜しかった。
特別~の件も説明キャラと化していたし、霊夢らしさを出そうとした結果返って作者の思想が無意識に出てしまうというのは良くある事だけど、その辺りをもっと上手く構成できるようになればもっと深みが出るかと。
とはいえ、キャラの心情や心理的変化などは分かりやすくて共感しやすかったのは良かった。
今後に期待。
37.70名前が無い程度の能力削除
ああ、前作の続きなのですね。
単品だと違和感あるかも。
39.100名前が無い程度の能力削除
素晴らしい。
前作があるのですね、これから読んできます。