Coolier - 新生・東方創想話

霧雨魔理沙は諦めない ~稀難題・四次元超時空ストリーム~

2011/06/14 07:23:28
最終更新
サイズ
74.43KB
ページ数
1
閲覧数
2487
評価数
27/99
POINT
6060
Rate
12.17

分類タグ


※このお話は、一作目「霧雨魔理沙は知りたくない」の設定を用いています。
※「霧雨魔理沙の非常識な日常」タグでそちらの作品が出てくるので、まずはそちらから目を通していただければ、随所の設定が解るかと思います。
※基本的に一話完結型ですので、上記一作目以外は読んでいなくてもご理解いただけるかと。
※長くなりましたが、それではどうぞお楽しみ下さい。


















――0・初春酒/最初の一杯――



 季節に限らず、蒸し風呂のように暑い森。
 それが、私こと“霧雨魔理沙”の生息する魔法の森だ。
 とにかく暑くて、とにかく湿っていて、とにかく空気が悪い。
 それだけ角が生えれば、兎も立派なケルベロスに進化することだろう。

「……って、私は何を考えているんだ」

 魔法の森上空。
 箒に跨り目指すは、七色の人形遣いの住処だ。
 ここで魔王を倒し私は神になる!じゃなくて。

「あー、さっきからどうした?私よ」

 独り言を発信し始めるとは、私はなんて寂しいヤツなんだ。
 そんな風に考えてしまうのも、致し方がないことであるように思える。
 思え始めた時点で、私は漸く自分の思考回路がおかしいことに気がついた。

「なんだってんだ――――ふぁ……っくしょん!!」

 耐えきれず、箒の上でくしゃみをする。
 そういえばさっきから、頬が火照っているし頭も痛いし喉も痛いし散々だ。
 妙に体調が悪い気がするが、きっと気のせいだろう。

「ごほっ、ごほっ……うぅ、アリスのヤツにはちみつレモンを要求するぜ」

 なんだかさっきから、思考が空回りにフルスロットルしている気がしてならない。
 こんな日は、いつも香霖の所へ行っていた気がする。気のせいか。あれ?

「ええい落ち着け、私」

 ……おかしい。私はもうちょっと理知的にリリカルだったはずだ。
 このまま長時間飛行しているのは、流石に不味いような気がして、私は少しだけ高度を下げた。

 相変わらず日差しは強く、肌をじりじりと焼いている。
 けれど、真夏に風邪を引くだなんてそんなバカなことはない。
 正確には、バカにされそうなことはない。

「っと、見えた」

 低空飛行を維持――やや、蛇行――したまま、白い外壁に青い屋根の家の玄関に降り立つ。
 普段なら格好良くブレーキをかけられるはずなのに、私はそれすらままならず、ふらふらと無様な着地をすることになってしまった。

「あー、何でも良い。転がりたい。転がって寝たい」

 アリスの家の扉に、手をかける。
 抵抗もなく開いたことに、なんだか不用心だな、とか思わないこともない。
 けれど、アリスに危害を加えられる妖怪なんてそうそういないことに気がついてしまった。

「入るぜ~」

 ああ、くそっ。視界が悪いぜ。
 歪み始めた視界、おぼつかなくなる足下。
 酒でも飲んだのだろうか?飲んだ気がする。新作のキノコ焼酎。
 なんだ、酔っていたのか。なるほど、私は風邪なんか引いていない。

 フローリングを歩いて、リビングに顔を出す。
 青いワンピースと白いケープ、“赤い”リボンを身につけたビスクドールのような少女。
 人形が魂を持ったらこうなるのかと思わせるような、可憐な少女であった。

 彼女の名前は“アリス・マーガトロイド”といって、私の隣人でパートナーだ。
 彼女を紹介するに当たってもっと重要なことがあった気がするが、熱に浮かされた私の頭は答えを導いてくれない。

「アリス」

 だからまず、名前を呼ぶ。
 そうすることで漸く私の存在に気がついたアリスは、その“無機質”な瞳を私に向けた。
 くくっ、そんな目を向けていられるのも、今の内だ!

「魔理沙?何かしら?見てのとおり今忙しい――」

 書面になにやら書き込んでいたアリス。
 私はその言葉を無視して、一直線に駆けだした。
 最近鍛えられてきた視力で、アリスが咄嗟に放った糸を躱す。
 チャンスは一回、軌道修正、体勢調整、準備万端――特攻!

「――きゃっ」
「はちみつレモン!」

 アリスの腰に抱きついて、妖怪の力で倒れまいとしたアリスにぶら下がる。
 こうなったら何も出来ないだろうと不敵に笑う私に、アリスはため息を吐いた。
 全然優しくないため息だ。謝罪と賠償を要求する!

「いつからそんなに子供っぽくなったのか知らないけれど、迷惑よ」
「うるせぇ、人様の迷惑くらい考えて生きているぜ」
「そう。それなら私の迷惑も考えて離れなさい。邪魔よ」
「アリスの迷惑には私も心を痛めている」
「私が迷惑みたいになっているじゃない。あと、心を痛めているなら離れなさい」

 アリスは私の頭を掴むと、そのまま引きはがそうとする。
 だがすぐに、その手を私の額に押し当てた。
 アリスの手は冷たくて気持ちが良いな。うん。家宝にしよう。

「……呆れた。魔法使いのくせに自己管理もできないの?」
「なんのことだぜ?」
「風邪でしょう?さっさと帰るか永遠亭に行くかしなさいよ」
「風邪じゃない。第一、風邪だったら道中でのたれ死ぬぜ」
「関係ないわ」

 死ぬって言ってんのに、関係ないとか言うなよ。
 私がそんな風に密かに傷ついていると、ふと背後に気配を感じた。
 はて?この家って他に誰かいただろうか?

「あら?魔理沙じゃない」
「アリス?アリスがロリスに?」
「誰がロリスよ。誰が」

 青いリボンに青いスカート、青いラインが入った白いシャツ。
 なにかの研究中だったのだろうか、左目に銀のモノクルをかけていた。
 ……というか、なんで忘れてたんだ。そうだ、アリスは七色なんだ。

 日月火水木金土と幼いアリス。
 アリス・マーガトロイドは“八人”いるということを、私は漸く思い出す。
 その秘密を知ってから、アリスは曜日に関わらず、好きなときにいるようになった。

 このアリスも、そんなアリスの一人。
 人間にも妖怪にも無関心で、人形と幼いアリスにだけ関心を抱く無機質な魔法使い。

 “日曜日”の、アリス・マーガトロイドだ。

「ちょっと魔理沙、顔真っ赤じゃない」
「風邪みたいよ、マスター」
「呆れた。体調管理もできない訳?」

 ちくしょう。日曜日のアリスと同じ事言いやがって。
 でも幼いアリスは、それだけで斬って捨てはしなかった。
 私に近づくと、私の額に手を当てて肩を竦める。
 確認して呆れるのなら、わざわざ確認する必要もないだろうに。

「――もう、しょうがないわね」

 幼いアリスはそう言うと、人形を操ってなにやら白い粉を持ってきた。
 あれか?ルナサっぽくなったりメルランっぽくなっちゃうリリカな白い粉か?
 生憎、キノコで間に合ってるぜ。いや、使用しちゃいないが。

「解熱剤よ。常備してある程度のだから強い効果がある訳じゃないけど」
「ロリス……おまえはなんて良い奴だったんだ。ほら、おまえも見習え、アリス」
「嫌よ。というか、マスターをロリ呼ばわりとは何様よ」
「はぁ、本格的に脳がやられてるわね」
「人をバカみたいに言うもんじゃないぜ」

 幼いアリスはそうため息を吐くと、コップに水を汲んで持ってくる。
 もうなんでもいいからこの体調を良くしたくて、私は白い薬を飲んだ。

「このままぽっくりいかれでもしたら――そう、“あの子たち”に悪いわ」

 幼いアリスはそう言うと、日曜日のアリスの方を向く。
 日曜日のアリスは、とっくのとうに私に興味を無くして、またなにやら書き始めていた。
 人形の設計図か何かだろうか?絵、上手いな。写真みたいだぜ。

「アリス、この子を永遠亭に連れて行ってあげて」
「え?ロリ……じゃない、アリス?」
「あー、帰り道で倒れられても困るから、連れて帰るのもお願い」

 幼いアリスがそう告げると、日曜日のアリスはそれに首肯した。
 興味関心のない相手には、どこまでも冷酷。
 でも、そうでない相手にはけっこう素直な仕草を見せる。
 あれだな、クーデレってやつか。いや、何を考えているんだ私は。

「了解よ、マスター。まぁ、姉妹に泣かれても鬱陶しいし」
「ありがとう、二人とも……助かるぜ」

 でも、一つ言わせて欲しい。
 私は確かに今、頭も喉も痛いし寒気もするし吐き気もするし目眩もする。
 思考回路だってまともに働かないさ。でもな。

「私は風邪じゃない」

「それはないわ」
「それはないわ」

 ――声を合わせて否定しなくてもいいじゃないか。





 こうして私は、日曜日のアリスと一緒に永遠亭に行くことになった。
 そうこれが私の――――妙に長い一日の、始まりだったのだ。
















霧雨魔理沙は諦めない ~稀難題・四次元超時空ストリーム~
















――1・雪見酒/惑いの先で――



 悪魔の館、紅魔館。
 天狗と河童の根城、妖怪の山。
 魔法の森から見てその正反対の位置にあるのが、迷いの竹林だ。

 アリスの解熱剤の効果か、私の思考は漸くはっきりとしてきた。
 相変わらず体調は悪いが、思考だけは平常運行。
 混乱している間にもの凄く迷惑を掛けた気がするが、そこは許して欲しい。

「ちょっと、落ちないでよ」
「お、おう」

 私は今、アリスの腰に抱きついている。
 いや、この言い方は他方に誤解を受けそうだな。
 私の箒にアリスが横座りになり、私がその後ろに跨っているのだ。

 まぁつまり、いつもの逆という事になる。

「はぁ、あの子たちのことがなければ、落としても良いのだけれど」

 姉妹にも、アリスは一定の感情を抱いている。
 それはやはり、同族であり血族であるような感覚なのだろう。
 その上で、幼いアリスが一番大事な、そんな家族なのだ。

 迷いの竹林。
 そう呼ばれるこの地を抜けないことには、永遠亭にはたどり着けない。
 けれどその名を冠すると言うことは伊達ではなく、そう簡単に向けさせてもくれないのだ。

 まさか土曜日のアリスのように、竹林を爆破させて進む訳にもいかないし。

「さて、探索魔法か。二番か三番の方が、スムーズに進んだ気がするのだけれど」

 まだ渋る気か。いや、ただの憎まれ口か。
 こいつは私を拒絶するほど、私に興味を抱いていない。
 悔しい気持ちがないでもないが、でも今は頼るしかないので黙っておく。



 でも、いずれ。
 いずれ必ず、越えてみせる。
 乗り越えて、振り向かせて、認めさせてやる。



 ――いかん、また思考がそれ始めたな。
 竹林の風景は、何時まで経っても変化しない。
 同じように生え揃う竹林。進めど進めど風景が変わらないから、実際道があっていたとしても迷ってしまったような感覚に陥る。

 それがこの迷いの竹林の、特色だった。

「誰かの気配がするわ」
「あー、竹林なんだから兎じゃないか?」

 永遠亭を中心に、竹林には沢山の兎が生息している。
 霊夢がとってきて鍋にするのもしばしばで、結構上手い。
 ただそうすると、ここの兎たちが抗議をしに来るのだ。

「そこまでよ!」
「貴女は――鈴仙、ね」

 記憶の共有をしたのか、アリスは直ぐに正面の妖怪の名を言う。
 淡い紫の髪、紺のブレザーに白いプリーツスカート、紅い目と兎の耳。
 永遠亭に暮らす“月の兎”というのが彼女、鈴仙・優曇華院・イナバだ。

「貴女たち、また竹林を爆破する気でしょ!」
「そんなことしないわよ。面倒ね」
「異変の時に限らず、ここにお茶を飲みに来るときですら爆破するくせに何を……ッ!」

 あー、すまん、日曜日のアリス。
 だが犯人は土曜日のアリスなんだ。
 私は喉が痛くて声を張り上げられないから、弁明できないが。

「あの時はまだ道を覚えていなかったのよ。それについては謝罪するわ」
「え、ああ、うん。そういえば、前みたいに、極平坦なのに時々嘘発見器並みに大きくぶれるとかいう妙な波長をしていないわね」

 すんなりと謝られたことに、鈴仙は戸惑いの声を上げる。
 だがすぐに、なにやら小さく呟いて、首を縦に振っていた。
 いや、土曜日のアリスも謝らないヤツって訳じゃないぞ。
 近づけないから、そんな機会が訪れないだけで。

「今回は竹林や貴女の同胞を傷つけに来たんじゃないの」
「そ、そうなの?」
「そう。ほら。病人」

 アリスが箒の向きを変える。
 すると、アリスの腰に抱きつく姿の私が、鈴仙に曝された。

「よう、鈴仙」
「魔理沙?……顔が赤いわね。なるほど」

 鈴仙は、そこで漸く警戒を解く。
 ――途端に、風景が変わらなかったはずなのに、そこに一本の道ができた。

「……へぇ、それが“狂気を操る程度”の能力ね」
「あー、波長か」

 鈴仙の能力は、波長を操るものらしい。
 波長が長くなれば暢気に、短くなれば短気に。
 その揺れ幅を極端に動かすことで、狂気に。
 応用で、視界を歪めたりすることもできるらしいのだ。

「病人なら、まぁ無下には扱わないわ。見せてみなさい」
「ええ。一度降りるわよ、魔理沙」
「おーぅ」

 竹林の地面に降り立つと、鈴仙はゆっくりと近づいてくる。
 これも波長をずらして見えないようにしていたのか、背中には薬箱のようなものを背負っていた。

「ふむ……ちょっと見せてね」
「お手柔らかに頼むぜ」

 鈴仙は、私の瞳孔を見たり脈を測ったりと、色々と簡単な診察をしてくれている。
 普段は今一頼りないイメージがあるのだが、こうしてみると“凄い人”のように感じられた。

「どう?」
「うーん、風邪……というより、中毒とか感染症の類かも」
「感染症?ってことは、移るのか?」
「そう。まぁ詳しい事は師匠に聞かないと、何とも言えないわ。この程度のは大抵人間以外にはかからないだろうから、周囲への感染は心配しなくても大丈夫よ」
「そう……」

 残念そうにため息を吐く、アリス。
 鈴仙が今持っている薬でどうにかなるのなら、それで片付けてしまおうとでも思っていたのか。
 なんにしても、薄情なヤツだぜ。

「まぁいいわ、着いてきなさい」
「やっぱりそうなるか。行くわよ、魔理沙」
「急かさないでくれ……うぅ」
「あぁ、もう」

 アリスに支えられて、箒に跨る。
 再び抱きつくことになってしまったが、アリスは暑くはないのだろうか。
 ちなみに私は、寒い。

 鈴仙に着いていく形で、飛行する。
 何処をどう通ったのかは、正直覚えていない。
 だが鈴仙の案内で拓かれた道は、心なしか一人で来るときよりも遙かに簡単な道だったように思えた。
















――2・雛の酒/そっと一口――



 竹林の奥にそびえ立つ、大きな屋敷。
 外観だけなら紅魔館よりも大きなこの屋敷が、月から来た宇宙人が医師として生計を立てている場所、永遠亭だ。

 鈴仙に連れられて永遠亭にやってきた私とアリスは、待合室のような場所で座っていた。
 床は板張り、椅子は木製で上に座布団が敷いてある。
 鈴仙が波長を弄るなりなんなりしているのか、不思議と気持ちが落ち着く空間だ。

「他に患者が居るようには見えないわね」
「はぁ、はぁ……それじゃあ、はぁ、なんでまたされているんだ?」
「苦しいなら喋らないの。診察の準備でしょ」
「はぁ、ああ、なるほど」

 時間が経つにつれて、息が苦しくなっていく。
 このまま放置されていたら、そこで人間の短い一生を不意にしてしまうような。
 そんなとりとめのない思考に、私は小さく身震いした。

「人間なんて続けているからそんな目に遭うのよ」
「ばかいえ、ごほっごほっ、わたしは、にんげんだ」
「はいはい、そうね。どうでもいいけど」

 くそぅ、聞いておいてそれはないぜ。
 私は人間だ。そう簡単に、人間でいることを止める気は無い。
 いつだって、生き急ぐのが人間なのだから。

「お待たせ。さ、入って」
「ほら、行くわよ」

 アリスに背負われて、診察室に運ばれる。
 妖怪だけあって、力持ちだな。
 いや、そんなことはどうでも良いことか。

 廊下を進んで、襖を開ける鈴仙。
 その後ろから続いていくと、東洋風の中に違和感なく立ち並ぶ近未来的な器機が置かれた診察室が、私たちを迎え入れた。

「久しぶりね、魔理沙。それに……アリス、よね?」
「ええそうよ」
「落ち着いたのかしら?」
「落ち着いたのよ」

 平然と嘘を吐くアリスと、真意のわからない笑顔でそれを受け入れる永琳。
 青と赤のタイル張りみたいな服に、銀色の髪。
 こいつが、永遠亭の医師、八意永琳だ。

「さて、ちょっと血を採らせて」
「ああ、すきにしてくれ」
「元気がないみたいね。まぁ、直ぐに終わるわ」

 永琳が、銀色の針を私の腕に這わせる。
 注射が苦手だなんて言うつもりはないが、針が刺される様子を見るのはなんとなく嫌だ。
 だから目を逸らして、痛みを受け入れる。

 といっても、本当に針で刺しているのか疑問になるくらい、痛みはないのだが。

「直ぐに結果が出るから、それまで少し質問させて頂戴」
「ああ」

 喉が渇いて、口が上手く回らなくなる。
 けれど、何故だか思考はハッキリとしていた。
 アリスのくれた解熱剤の効果、とでも思っておくのが一番か。

「痛むのは喉と頭だけ?」
「ああ」
「吐き気寒気目眩は?」
「どれも」
「頭はハッキリしているみたいね」
「もちろんだぜ」

 体調の事について、幾つか質問を繰り返される。
 永琳はそれをカルテに書き込んで、なにやら情報を纏めていた。

「ひとまず薬を処方しておくわ。これを飲んで、少し待っていて。治癒を目的とした方も数時間で出来上がるから、そのまま永遠亭で待っていなさい」
「おう」
「はぁ、まだ時間かかりそうね」
「すまん」
「ほんとうに」

 辛辣だ。辛辣だけど、それでもアリスは私に肩を貸してくれる。
 幼いアリスに頼まれたこと以上の理由なんて無いのだろうけれど、それでもただ連れて行ってただ連れて帰るのではなく、こうして介抱もしてくれる。

 優しさとか、そんなんじゃない。
 日曜日のアリスは、基本的に律儀な性格なんだ。

「ウドンゲは少し残って手伝って頂戴。貴女たちは、飲んでから待合室」
「わかったぜ。アリス、みずくれ」
「はいはい」

 鈴仙が淹れてきた水を、アリスが受け取る。
 私はその間に三粒程度の錠剤を口に放り込むと、アリスから水を受け取った。

「……っはぁ。サンキュ」

 湯飲みを永琳に返すと、既に身体が軽くなり始めていた。
 効くの早すぎだろう。……危ない薬なんてことは、まぁ、流石にないか。
 相変わらず目眩はするし、倦怠感も残っている。
 けれども、一番きつかった頭痛や吐き気、それから寒気なんかはだいぶ楽になっている。

「お、おおお?おお」
「なによ急に、気持ち悪いわね」
「楽になったって言いたかったんだ。ごほっ」

 調子に乗ったら咳が出た。
 あー、ちくしょう。もう少し大人しくした方が良いか。

 襖を開けて、歩き出す。
 肩を貸して貰う必要はなくなったが、激しい運動はできない。
 具体的に言うと、早歩きとか。うん、重労働だ。

「……なぁアリス、待合室ってこんなに遠かったっけ?」

 私の言葉に、アリスは答えない。
 竹の絵が描かれた襖が、竹林さながらに並んでいる。
 家の外でも中でも竹を見せて迷わせるあたり、門で外と内を分けている意味がわからない。

「家ってのは、もっとわかりやすく作るべきだぜ」
「わかりやすい家に住んでいても、過剰に散らかしたら意味がないのだけれどね」
「ぐっ」

 ……いや、あれは私にとって一番わかりやすい配置であってだな。

「って、いやそれは置いといて。ここ、さっきも通らなかったか?」
「そうね。空間が少し歪んでいる、のかしら?」

 鈴仙のヤツ、なにか間違えたんじゃないだろうな?
 異変の時のように、廊下がたわんで見える。
 これが風邪――感染症って言い続けるのも、面倒なので――によるものなのか、波長を弄られた結果なのか。なんにしても、今は状況確認が先決だろうな。

「なぁアリス、まさかとは思うが……迷った、なんてことは」

 アリスは答えない。
 なにか不利なことがあれば論理的に言い返すアリスが答えないと言うことは……その時点で、答えは見えていた。

「……そうね、ええ、そうよ。私たちは、迷ったわ」

 言い切るアリスに、私は思わず口を開けて固まった。
 この広い屋敷の中で、ほぼ遭難者みたいな別れ方をする。

 そうして私たちは、この場に閉じ込められることになった。
 そう、永遠亭の中の、長い廊下の中に。
















――3・桃の酒/酔いに躓き――



 行けども行けども廊下のみ。
 曲がり角の一つもない空間に、正直飽きてきた。
 そんなことを言っても仕方がないのはわかっているんだが、仕方がないと思う。

 なにせ――

「襖ばっかりだな」
「そうね」
「曲がり角もないな」
「そうね」
「聞いてる?」
「そうね」
「神綺のお肌は曲がり角」
「そうね」

 ――会話が続かないのだから。

 そりゃあ金曜日みたいに、会話をしていて頭が痛くなるよりはマシかも知れない。
 そりゃあ月曜日みたいに、会話をしていて余計な体力を使うよりはマシかもしれない。
 そりゃあ土曜日みたいに、会話の結果が絨毯爆撃に繋がらないように気を遣うよりはマシかも……あれ?

「なんだ、ずっと良いじゃないか」
「うん?何か言った?」
「アリスって、良い奴だよな」
「はぁ?」

 うん。そうだ。
 日曜日のアリスは、余計な気を遣う必要がないんだ。
 たぶんきっと、パートナーと認め合えたら最良の弾幕ごっこができそうな。
 そんな予感が、する。

「貴女って、頭の中春真っ盛りよね」
「失礼な。私の頭の中は、何時でも満天の星空だ」
「おもちゃ箱みたいに散乱してるのね」

 ぐぅ……ちょっと考えを改めた方が良いかもしれない。
 何でコイツはこんなに辛辣なんだよ。傷つくぞ。嘘だけど。

「――止まりなさい」
「おお?」

 アリスが足を止めたので、私もそれに倣う。
 変わらない風景の中に、彼女が何を見いだしたのか、体力が無くて異常を見つけ出すことができない私にはわからない。

 けれど、日曜日のアリスは、幼いアリスに次いで“幻視力”が高いという。
 だからきっとその空色の瞳には、私では覗くことの出来ない深淵が映し出されているのだろう。

「そこの扉、脆いわ」
「今ちょっと、魔法を使うのきついぜ?」
「期待してないわ」

 アリスが指をかざすと、そこから赤い弾丸が放たれる。
 なんのひねりもない通常弾幕、だがそれは簡単に襖を破壊した。
 破って良かったのだろうか?まぁ、いいのか?

「私の後ろから出たら、どうなっても知らないわよ」
「わかった」

 アリスに守られっぱなしというのも癪だが、致し方ない。
 アリスの後ろに隠れて、そっと着いていく。
 襖から入った部屋。
 そこは、二十畳はあろうかという大部屋だった。

「誰?」

 アリスが、警戒を露わにする。
 大部屋の奥、そこで布団にくるまる姿。
 完全に毛布で隠れているため誰が居るのかはわからないが、けれど誰かが居るって事くらいは理解できた。

「…………」
「返事をしなさい。さもないと……」

 アリスが指を弾くと、周囲に人形が現れた。
 音もなく召喚されて、槍を構えて立ち並ぶ人形たち。
 その威圧感は、並大抵のものでは無い。

「なぁ、寝てるんじゃないか?」
「そう、なのかしら?」

 アリスは、半信半疑な様子だった。
 それでも思うところがあったのか、人形を一体残して隠し、その一体を布団に近づけさせた。

――とんとん
「う、ぅん」

 人形が、布団を叩く。
 すると、そこからくぐもった声が聞こえてきた。
 なんだ、やっぱり寝ていたんじゃないか。

「なによ、もう、寝かせて」
「おーい、起きてくれー」

 どこかで、聞いたことがある声だ。
 だが、永遠亭に関わりがあっても、永遠亭の奥深くで聞くことなんかまずないような。
 そんな声に、私はアリスの後ろで声をかけながら、首を傾げていた。

「ふわぁ、もう死んだ後はだるいのに……うん?あれ?」

 灼熱が万物を焼いた後に残る、真っ白な灰。
 それを強烈に連想させる白い髪が、布団から出て来た。
 瞳の色は赤、熱よりも赤く血よりも濃い、真紅。

「そこに浮かぶのは、長い時を駆け抜けた、修羅の如き劫火だった」
「なにそのモノローグ。まぁ、いいけどさ」

 私が勝手気ままな感想を口から――故意に――零れ落としていると、布団に潜っていた少女、藤原妹紅が軽快に飛び起きた。

「で?何の用?」
「出口を探しているのよ。知らない?」
「なに、迷ったの?迷いの竹林みたいに、爆破して回ればいいのに」
「それは忘れて頂戴」
「覚えていたくないことほど覚えている、果たして忘れられるかどうか」

 土曜日のアリスの奇行については、忘れるなと言うことが無理だと思う。
 というか、あの時は私も異変のテンションだったらなぁ。
 止められなかったと言うか、一緒になって決死結界ファイナルスパークというか。

 ………………うん、忘れよう!

「妹紅は、なんでこんなところに居たんだよ?」
「知らないわ。何時ものように輝夜と“遊んで”、その後何故かここで寝かされてたの」
「負けたのか」
「相打ちよ」

 輝夜のすることも、本当によくわからないな。
 すること、というか考えていることの意味不明さでは、永琳に敵うのも中々いないが。

「出口、出口ねぇ」
「ああ、なるべく早く頼むぜ」
「うん?……ああ、風邪かなんか?なるほど、それは急がないとね」

 妹紅はそう言って、皮肉下に笑う。
 そういえば、風邪なんか引かないんだったか。
 いや、私は感染症であって風邪じゃあないんだがな。

「道はわからないけど、歩き方ならわかるよ、着いてきて」
「よくわからんが、助かるぜ」
「歩き方、ね」

 妹紅は大きく背伸びをすると、そのまま歩き出していく。
 私とアリスは、その後を追うように慌てて歩き出した。
 妹紅の足が速くてキツイので、なるべくアリスにしがみついているような格好悪い形になってしまったが。
















――4・花の酒/呑まれ呑まれて――



 人には誰だって、見られたくない“瞬間”というやつがある。
 そりゃあ私にだって沢山ある。……いや、沢山もないんだぜ?
 と、とにかく、見られたくない瞬間は人それぞれで、これもそんなワンシーンなのかも知れない。

 妹紅と三人で歩いていた私は、さっきはあんなに進んでいても無駄だったのに、何故だかすぐに“曲がり角”を見つけることができた。

 そうして、嬉々としてその先の襖を開きかけて、止められ、私たちは今開きかけた襖から室内の様子を覗き見ていた。

「あんな表情、見たことあるか?」
「けっこう長い付き合いなつもりだったけど、ないね」

 大きな窓がつけられた部屋。
 その中央に座るのは、黒い髪の少女だった。
 蓬莱山輝夜――絶世の美女と謳われたお姫様、らしい。

 いつも余裕のある笑みを浮かべて、どんな状況でも変わらず世界を俯瞰していた輝夜。
 だがそこに普段のような表情は見あたらず、彼女は今、儚い笑みを浮かべていた。
 今にもそこから消えてしまいそうな、そんな笑みを。

「――――魔理沙、ごめん。ここは違うみたいだ」
「ああ、そうだな」

 たっぷりと間を空けてそう言った妹紅に、頷く。
 ここは違う、ここはきっと……私たちが踏み込むべきではない。
 そんな、場所なんだ。

「それで?結局どんな経路を辿ればいいの?」
「ええっとね、確か――」

 妹紅が、アリスに答えようとする。
 だが、それは残念ながら叶わなかった。
 そう、本当に、残念ながら。

――ドンッ!
「くっ……なんだ!?」

 アリスに糸で引っ張られて、逃げる。
 私と妹紅の間を縫うように飛来した、白いレーザー。
 おそらく、仏の御石の鉢だろう。

「覗き見とは素敵な趣味を持っているようね。妹紅」

 輝夜が後ろ手に隠しているのは、まず間違いなくさっきまで輝夜の表情を彩っていた大元だろう。
 近未来的とでも言えばいいのだろうか。
 不可思議な光沢のある黒い箱を、輝夜は必死な表情を浮かべたまま隠そうとしていた。

「なんのこと?私はなにも見ていないけれど?」
「ふーん?まぁいいわ、ここまで来たら逃がさないから」
「へぇ、面白いね。それじゃあ私が勝ったら、その箱でも見せてよ」
「やっぱり見ていたのね。ええ、いいわ、今日は本気でやってあげる」
「いつも本気のくせに、何言ってんだか」

 にらみ合う、妹紅と輝夜。
 わかりきっていたことだが、やはり弾幕ごっこを始めるようだ。
 もうちょっと堪え性を覚えるべきなんだよ、二人とも。

「魔理沙、下がるわよ」
「ごほっ、わかってるぜ」

 アリスに肩を借りて、その場から飛び退く。
 そうした途端に、五色の弾幕と真紅の弾幕が交差し始めた。
 迂闊に近づきでもしたら、穴だらけにされた後、こんがりとウェルダンにされちまう。

「ごほっ、ごほっ、うぅ……最近運がないような気がしてはいたが、感染症かぁ」
「手当たり次第妙なもの食べるからよ」
「人を野良動物みたいに言うなよ」
「野良魔法使いでしょ。わかってるわ」
「あのなぁおまえ、さっきから私に喧嘩売ってんのか?」

 人が買えないの良いことに、好き勝手言いやがる。

「ちょっとは外に出て来いってんだ。潔癖魔法使いめ」
「ちょっと、人が引き籠もりみたいに言わないで頂戴」
「みたい?ふーん」
「貴女ね――ッ」

 だんだんと、険悪になっていく。
 こんなつもりじゃなくて、喧嘩なんか、するつもりじゃなくて。
 でも、近くで行われている弾幕ごっこのせいで離れられなくて。

 ――迂闊に体調なんか崩した自分への、怒りが沸いてきて。

「マスターの頼みがなければ、貴女なんか」
「私なんかなんだよ?嫌なら放り出して帰ればいいだろ!」

 声が交差する。
 大きな声なんか出せないのに、感情だけが大声を上げて呻る。
 やがて私たちの怒声は、近くで喧嘩していた輝夜たちにも浸透していった。

「あんたばっかりいつもそうだよね!家も、求婚者も、優しい親にも恵まれていてさ!」
「はんっ!そうやって私のことを解ったつもりで居て、楽しい?」

 違うんだ。
 本当に言いたいことは、そうじゃないんだ。
 でも、どうしても言葉を止めることはできなくて。

「私は、おまえなんか信用も信頼もしちゃいないんだ!!」
「そうやって見下してばかりだから、全部失ったのよ!」

 私と妹紅の声が、重なる。
 違う、違う、違う!
 私はそんなことを言いたかったんじゃない。

 ――パートナーとして、在りたくて。

「そう」
「それが貴女の」
「気持ち、ね」

 言い過ぎた、と思ったのだろうか。
 妹紅も、私と一緒に言葉を無くしていた。
 そこにどんな感情を込めて見つめようと、アリス――輝夜――の声は、冷たくて。

「それならいいわ、一人で――――」

 アリスがそう口火を切ろうとした……瞬間。
 いつの間にか輝夜の手からこぼれ落ちていた黒い箱が、奇妙な光を放ちだした。
 それは如何なる存在に呼応しているのか、明滅を繰り返して、怪しく光る。

「え?」

 やがて、その光が大きくなる。
 万物を呑み込もうと光り、輝き、側にいたアリスを呑み込もうとした。

 だから、私は、気怠い身体を起こして。

「アリス、危ない!」
「きゃっ」

 アリスの身体を、突き飛ばした。

「魔理沙――ッのバカ!」

 広がる光り、驚いた表情のアリス、立ち竦む妹紅と輝夜。
 全部を流すように見て、私は意識が遠のいていくように感じた。





 なんだ、結局アリスも妹紅も輝夜も呑み込まれるんなら――無駄骨、じゃないか。
















――5・花見酒/素面と酔いの狭間にて――



 日差しに照らされて、瞼を強く閉じた。
 まだ体調は悪いままなのに、こんなに早い時間に起こされたらたまらない。
 まったく、医者は何をやっているんだ。医者は。

「ごほっ、ごほっ」
「大丈夫か?」

 耳元で、声が聞こえる。
 咳なんかしたから心配させたか。
 いやいや、待て、ちょっとおかしい。

 しわがれた、男の声。
 聞いたことの無い声が、私の近くにいる――ッ!?

「ッだれだ!」

 跳ね起きて、八卦炉を構えようとする。
 けれど、八卦炉は枕元から離れて、帽子の側に並べられていた。

「それだけ元気なら、問題ないな」
「ぁ、え、あれ?」

 警戒心を露わにする私に、着物姿の老人が呟く。
 楽しげに緩んだ頬、つり上がった鋭い目、白髪だらけの頭。
 顔に刻まれた皺が、生きてきた年月を物語っていた。

「ぁー、誰だぜ?」
「はっはっはっ、勝ち気な口調のお嬢さんだ」
「そう、か、まずは私が名乗るのが礼儀か。私は霧雨魔理沙だ」

 言ってから、まずかったと思った。
 こんな老人が居るのなら、人里だろう。
 何故人里なんかにいるのかは依然思い出せないが、けれど“霧雨”を名乗った以上、私が大手道具屋の一人娘だとばれるのは、時間の問題だろう。

「霧雨、か。聞いたこと無い名だが、“彼女”同様遠方の出か?」
「へ?ああ、いや、私は……彼女?」
「おおっと、名乗るのを忘れておった」

 老人はそう、あっけらかんと笑う。
 垢抜けているというか、なんというか。
 俗世とはどこか切り離された印象のある、老人だった。

「儂の名はミヤツコ。気取った名でいうのなら――“讃岐の造麻呂”という」
「さぬきの、みやつこまろ?」
「ああ、それで合っているぞ」

 ミヤツコと名乗った老人は、そう言うとまた、笑って見せた。
 よく笑う人、そして、近くにいるだけで安心する人……だと思う。
 でも今は、それよりも気になることがあった。

 ミヤツコ……この名を、どこかで聞いたことがある。
 誰かに聞いたとか、そんなんじゃなくて。
 なにかの本で、見たことがあるような気がするんだ。

「さて、ご友人も心配しておられたぞ。口では言っていなかったが」
「口で言ってなかったんなら、なにで言ってたんだよ」
「儂の心の中で、だ」
「妄想じゃないか。……って、友人?」

 思考を中断させるような会話に、私はあっさりと引きずり込まれた。
 この爺さん、頭の回転が速い気がする。

「なぁ爺さん、友人って――」
「――起きたみたいね」

 襖が開いて、声が届く。
 目眩がしようと、咳き込もうと、決して忘れたりはしない声。
 波打った金髪と、透きとおった空色の瞳と、ビスクドールのような顔立ち。
 赤いリボンを首下に巻いた“日曜日”のアリスが、私を見てため息を吐く。

 もう、先程喧嘩をしていたときほどの関心すら見せない。
 いつものような、無機質で無関心な、冷たい表情だ。

「アリス、あの、私……」
「……私も熱くなりすぎたわ。マスターからの“命令”を不履行だなんて、どうかしてる」
「ぁ……そう、だよな」

 そう、結局はそこなんだ。
 命令だから付き合っていただけだし、命令だから支えてくれていただけ。
 ただそれだけだって、アリスは言っちまう。

「なんだ、もっと嬉しそうにしてもいいんだぞ?」

 胸が押しつぶされそうな、そんな感覚の中だった。
 爺さんの明朗な声が、私たちの会話を止める。
 それだけじゃない。さっきまで胸を締め付けていた感情が、幾分か楽になった。

「ははっ。いや、まったくそうだ」
「なんなのよ?気持ち悪いわね」
「だからぁ、そうやって引っかき回すなよ」

 せっかく人が気分を持ち直したってのに。
 まったく、空気の読めない都会派魔法使いだぜ。

「さて、腹は減らんか?」
「は?い、言われて見れば」
「そうかそうか。それなら、今、嫗に言ってなにか持って来させよう」
「え、あ」
「――それまで、積もる話でもあるだろう」

 あー、気を遣わせちまったか。
 だけど、“おうな”さんとやらが飯を作ってくれるのならありがたい。
 正直、体力を失った身体が、食べ物を求めてやまないのだから。

「アリス、すまん!」

 だからその間に、与えられた時間で“積もる話”とやらをさせて貰おう。
 まずは、頭を下げる。これ即ち、仲直りの基本だ。

「謝られることなんかないわ。どうでもいいし」

 本心……なんだろうなぁ。
 目を見れば、それくらいのことはわかる。
 僅かな時間だけど、私に関心を向けたことの方が珍しかったのだから。

「でも、あの時私がもっとしっかりしていれば、アリスがあの箱の異常に気がつけただろ?」

 たぶん、“余計なこと”に気を取られていなかったら、アリスは箱の異常に気がついていたはずだ。気がつけなかったのが、私が悪い――部分も、ある。

「はぁ、別に謝罪なんかいらないわ。煽ったのは、私だしね」

 私の言葉に、アリスはあからさまにため息を吐いてみせる。
 それでいい。呆れて呆れて呆れさせて、そうやって屈すればいい。
 ……なんて思えるほど、余裕はなかったりするが。

「ところで、ここってどこなんだ?」
「ここが何処かはわからないわ。でも、彼が“どういった人物”であるかはわかる」
「人間じゃないのか?」
「そうじゃなくて、そう――立場よ」

 立場、かぁ。
 私が本で見かけたことがあるような人物。
 それなりに有名人だって事か?

「呆れた。その様子じゃ、気がついてないみたいね」
「おう、まったくわからん!……ごほっごほっ」
「無理しないの、まったく。彼はそう、“登場人物”よ」
「登場人物?」
「そう、聞いたことがないとは言わせないわ――“竹取物語”を」

 竹取物語……竹取物語!?
 言われて見て、初めて思い出した。
 あれは“竹取物語”に出て来た名前。
 ミヤツコは“お爺さん”で、“嫗”は奥さんとかそんな意味、つまり“お婆さん”だ。

 肩を竦めて額に手を当てるアリスに、私は身を縮こまらせる。
 まだ熱が残っていてぼんやりするのだから、勘弁して欲しい。

「つまり私たちは、過去にいるって事か?」
「それは、違うと思う」
「どういうことだよ?」

 竹取物語は、夢物語――創作のものなんかじゃない。
 だって私たちは、この物語の主人公――“なよ竹のかぐや姫”と、何度も会っているのだから。

「なんで、過去じゃないって思うんだ?おまえのことだ、根拠があるんだろ?」
「普通は真っ先に思いつきそうなものだけど……案外、熱が重いのかしら」

 アリスは何か小さく呟くと、私の額に手を乗せた。
 そしてそれから、盛大に眉をひそめて顔をしかめる。
 なんだかよくわからんが、失礼なヤツだ。

「……容貌よ。私たちの」
「容貌?容姿とか服装――ぁ」
「そう、金髪に奇抜な服装。なのに、彼だけじゃなく周囲の人は気にも留めないの」

 それは、確かにおかしい。
 みんな黒髪黒目で、そこに突然、見たこともない容姿の人間が訪れる。
 それは確かに、奇妙だ。

「他にもおかしいところはあるわ」
「他にも?」
「そう。まぁこれはいずれ貴女も感じるでしょうから、その時で良いでしょう」

 なんだかよくわからんが、納得しておく。
 熱に浮かされた身体は、さっきからずっと食事か睡眠を求めている。
 どちらかでもいいから摂取しないと、キツイ。

「待たせたな。アリス嬢、魔理沙嬢を連れてきてくれ」

 廊下の奥から、声が響いてきた。
 私はそれに頷くと、アリスを見る。

「とりあえず、行きましょう。この空間で貴女がどんな状況なのかはわからないけれど、でも栄養を摂るに越したことはないわ」
「ああ、そうだな」

 布団から立ち上がると、まだキツイ。
 足下がおぼつかない私を見ると、アリスはそっと手を貸してくれた。
 命令だ、なんて風にアリスの中では割り切っているのだろう。
 けれど私はまだ、そんな風に割り切れない。

 子供だって言われたら、それまでだ。
 けれどそれでも、割り切る必要なんかなかったんだって、思いたい。

「ほら、行くわよ」
「おう」

 だけど、今は。
 とりあえずこの冷たさに、熱に冒された身体を預けよう――。
















――6・菖蒲酒/何時か何処かに酔い惑い――



 明るい“爺さん”と、優しくて少しお茶目な“お婆さん”の二人。
 私が読んだ“竹取物語”では到底見ることができないであろう、二人の生きた姿。
 その生き方は、力強くて温かかった。

 アリスが拾われたのは、私より少し前だったという。
 あの時突き飛ばそうとしたのがどう影響したのか知らないが、アリスは昨日助けられたのだという。

「今から、もっと驚く必要があるわよ」
「は?何にだよ」

 丸一日寝ていたのか、私は。
 お婆さんの作った粥を食べながら驚いていた私に、アリスはそう告げる。
 これ以上何かあったら、私のガラスのハートがどうなると思っているんだ。

「昨日、アリス嬢には話したんだがな、せっかくだから儂の“娘”に会っていかんか」
「娘、さん?」
「そうだ。ちょうど年頃、友人の一人でも作ってやりたかったのだ」

 ミヤツコと嫗の娘。
 そうなると、思い浮かぶのは、一人だけだ。
 私が目を瞠ってアリスを見ると、彼女は曖昧に頷いた。

 なよ竹のかぐや姫。
 それが果たして、“かぐや”姫なのか“輝夜”なのか。
 その答えは、ここにあるのか。

 あー、くそっ。
 考えてみれば当たり前のことだったのに、驚かされた。
 それが妙に悔しくて、粥を掻き込む。ぐっ、美味い。

「今は、世話を秋田に任せている。ああ、秋田というのは、儂の友人で、かつあの子の名付け親でな……」

 食べ終わってミヤツコの言葉に耳を傾ける私を、アリスが見る。
 何故そんなに視線を送るのか理解できていなかったが……それもすぐに、わかった。
 アリスが感じた、違和感の訳が、ここにあったのだ。

――ブ、ブブブブ、ブブブブヴヴヴヴヴゥゥン
「なんだ?!」

 空間が歪み、回転する。
 私とアリス以外の全てが周り、歪み、止まった。
 刹那の間、須臾ほどの間に――風景が、変わったのだ。

「どういうことなのか、わからない。けれどこれは、私たちを“見せたい光景”に移動させているのよ。私が拾われたのは、確かに昨日。けれど、体感時間は五分にも満たない」

 なるほど、これは確かに“違和感”だ。
 過去に来たんじゃなくて、物語の中に身を投じたような。
 そんな、極上の“違和感”が、そこにあった。

「――貴女たちが、お爺さんの言っていた私の“友達”?」

 囲炉裏から、一転してやってきた大部屋。
 そこで私は、声をかけられて漸くその存在に気がついた。
 黒い髪、美しい着物……籠に入る程度の、小さな身体。

「輝夜、か?」
「ええ、そうよ。私は輝夜。よろしくね……ええっと」

 竹取物語に於いて、かぐや姫は“小さい”姿でしばらく過ごす。
 この輝夜は拾われてからあまり経っていないのだろう。
 まだ、手かごに入る程度の身長だった。

「私たちのことが、わからないのか?」
「知らないわ。お爺さんから、名前を聞き忘れちゃったんだもの」
「なるほど、な」

 容姿も声も雰囲気も、なに一つ損なうことなく“蓬莱山輝夜”のものだ。
 けれども、“竹取物語”どおり、大人になるまで思い出すことができないのだろう。
 自分が何者で、どんな存在であるのかを。

「魔理沙、どうするの?」
「決まってんだろ?私が選ぶのはいつも、前に進む道だけだ」

 揺るがない。
 体調が悪い程度で、揺らいでなんかやるもんか。
 私はアリスにそう告げて、そのまま千鳥足で歩いて行く。
 そして、輝夜の視線に会わせるように座り込んだ。

「私の名前は霧雨魔理沙。あっちで気むずかしい顔をしてんのが、アリス・マーガトロイドだ」
「魔理沙に……ま、まーが?」
「――――アリスが名前よ。アリスで良いわ、輝夜」

 アリスは、私にだけわかるように器用に肩を竦めて見せた。
 それから直ぐに、気を取り直して自身の名を語る。

「魔理沙にアリスね!覚えたわ!」

 輝夜はそう、嬉しそうに笑う。
 思えば私は、こいつのこんな嬉しそうな表情を、見たことがない。
 永琳や鈴仙、それにてゐの前ではどうだか知らないが、少なくとも心から笑うようなやつじゃ無かった。

「早速遊びましょうよ。何が良いかしら?」
「それなら私が“とっておき”を見せてやろう」
「とっておき?なにかしら。楽しみ!」

 私のとっておき。
 そんなものは、一つしかない。
 私は帽子から八卦炉を取り出すと、そこに魔力を込めた。
 普段なら、この程度の魔法に八卦炉を使う必要はない。

 けれど、どうにも、魔力を多く扱えないのだ。

「ミニスキル“メテオニックデブリ ―最小出力―”」

 私の詠唱に呼応して、八卦炉から星屑が舞い上がる。
 ほんの僅かではあるが、それは確かに輝きを持って空に舞い上がった。
 すぐに消えてしまう程度の星――けれども、星を生み出すことは、私の原点だ。

「わぁ……すごいわ!」
「は、はは、そう、だろ?」
「魔理沙っ、無茶しないの。バカなんだから」

 肩で息をする私を、アリスが支える。
 輝夜が気を遣わないように、その姿が自然に見えるように動いてくれたのはありがたい。
 出力を弱くすればどうにでもなると思ったのだが、甘かった。
 逆に攻撃力をなくそうとして体力を使ってしまったのだから、笑い話である。

「アリス、あと任せた」
「はいはい。輝夜、人形劇は見たことある?」

 日曜日のアリスは、時々人里で人形劇をしている。
 触発されて他のアリスも行ったことがあるらしいのだが、最初はこのアリスが始めたことだ。
 人形の動作チェックと、マリオネット技術の向上。
 そんな目的で生み出された技術、らしい。

「すごーいっ」

 アリスが、輝夜に色とりどりの人形を使った劇を見せる。
 幸いなことに、人形の召喚は叶ったようだ。
 本当に、どうなっているのやら。

「ふわぁ、ねむ」

 煌びやかな人形劇を見ていたら、なんだか眠くなってきた。
 体力回復、それが体調を良くする一番の手段だ。

 だから私は、目を瞑り、遠のく意識の端でアリスの人形劇を見ていた――。
















――7・節句酒/境界の節目に――



 再び目を開けたとき、私は見知らぬ場所にいた。
 ……いや、なんだこの状況は。

 川のせせらぎ。
 木々のざわめき。
 小鳥のさえずり。
 空で流れゆく雲。

 自然溢れる場所の中で、私は首を捻る。
 どうしてこんなところにいるのか?
 私は一体竹取物語の“どこ”に連れて行かれたのか。

「ごほっ、ごほっ……くぅ、キツイまま放り出すのは勘弁して欲しいぜ」

 相変わらず、足下はおぼつかない。
 まるで酒を飲み過ぎた後のような感覚に、私はひどい気持ち悪さを覚えた。
 なんとか休める場所に行かないと、危ない。色々と。

「あ、家、か?」

 森の中にひっそりと佇む、家。
 侘び寂とでもいうのか、質素な屋敷が森の中に建っていた。
 とにかく休みたくて、私はその家に近づく。

――……。
「声?行ってみるか」

 風が吹き抜ける。
 夢心地とでも言うのか。
 身体が軋む。
 なんて現実味のある痛みか。

「そうしたらあの阿部のが私の言うのだ!“ふふん、やはりその程度でしたか、ふふん”と!」

 憤慨しているのは、やや小太りの男だ。
 百面相をしながら、おもしろおかしく語る男。
 その男の言葉に拍手をして喜ぶ、小さな少女の姿があった。
 男が笑えば少女も笑い、男が眉を落とせば少女も悲しみ、男が怒れば少女も憤る。

「なんと、その阿部という男は性格が悪いのですね!父上!」
「おお、わかってくれるか!さすがは私の娘だ!」
「は、恥ずかしいです父上」

 男は、感極まった様子で少女に抱きつくと、そのまま頬ずりをした。
 ……なんか、親バカ子バカな風景になってて、割って入れない。

「私がもっと偉くなれば、そなたをここから出してやれるのだがな」
「そんな!私はここで満足です!父上が会いに来て下さるではないですか!」

 なんだろう、すごく、聞いちゃいけない会話な気がする。
 望まれない子供というのは、けっこう何処にでもいたと聞く。
 それがどのような理由かはわからないが、そんな子供を作る親は大抵ろくなのが居ない。

 でも、あの親子に、邪な感じはない。
 なぜ私はここにいるのか、わからない。
 けれど、こうしてこの場所に視点が移った理由はあの親子にあるのだと、なんとなく思った。

――ブブ、ブブブ……
「また、か」

 視界にぶれが生じ始める。
 小太りの男、髪に赤いリボンをつけた女の子、人目の隠れた場所に在る家。
 その光景を忘れないように、瞼の裏に焼き付ける。

 誰が何のために生み出した“術”に囚われているか、わからない。
 けれど抜け出す切っ掛けが掴めるのなら、と――。
















――8・梅の酒/竹の後に華想う――



「は、ぁぁ」

 視界がぶれる感覚は、好きじゃない。
 まだたったの二回だけだけれど、私は早くもそんな感情を抱いていた。
 風景が強制的に入れ替えられる様は、好きじゃない。

「大丈夫、魔理沙?魔理沙って、ほんとうよく寝るのね」
「よくってなんだ、よくって……って」

 アリスの腰の高さほどまで成長した、輝夜の姿。
 どうやら私は、また“飛ばされて”しまったようだ。
 それも、なんだか大幅に。

「魔理沙、どうやら“記憶の補完”が行われているみたいよ。私たちは、ずっと彼女と過ごしていたことになっているみたいね」
「そうか、ありがとう」

 アリスが小声、かつ早口で教えてくれた。
 そういうものだとわかっていれば、取り乱したりはしない。
 魔法使いに必要なのは、冷静で情熱的なメンタルなのだから。

「それでね、お爺さんったら私に言うのよ!“世界で一番愛しい我が娘が、笑ってくれない”だなんて」
「笑ってやらないのか?」
「笑うけど、請われても見せられないわ。恥ずかしいもの」

 それでも、嫌がっている様子はない。
 本当にミヤツコのことが好きなのだろう。
 いや、違うか。輝夜は、“優しい家族”の事を好いているんだ。

「それなら一回、とびっきりの笑顔を見せてやろうぜ。それで、撃墜だ」
「撃墜……なんだか良い響きね」
「魔理沙、変な言葉を教えないでよ」

 いや、教えているつもりはないんだがな。
 これは勝手に覚えてしまう輝夜が悪いんであって、私は悪くないぜ?

 遅くできた家族に喜ぶ、老夫婦。
 優しい家族に思いを寄せる、輝夜。
 誰も彼も活き活きと楽しそうで、だからこれがからの事が不安になる。

――ブブヴ

 ノイズが走り始め、空間が歪む。
 そうなると、世界は一度“止まる”のだ。
 全部が全部制止されて、動かなくなる。

――ヴヴブブヴヴ

 今日はそのノイズが、少しだけ緩やかだった。

「なぁアリス」
「なに?」
「アリスは、どうしていくつもりなんだ?」
「原因究明はするわよ。とりあえず、このノイズの“内側”に焦点を当ててね」

 断続的なノイズの中、アリスはそう事も無げに言い切った。
 私も体調が良ければ、魔法使いの視点でこの現象に介入できたかも知れない。
 けれど今それはできなくて、私は“私”でしかないのが現状だ。

「貴女は身体を休めておきなさい。私がさっさと終わらせるから」

 アリスは私に、そう宣言する。
 きっとこの世界から抜け出すだけなら、アリスはやりきってみせるだろう。
 けれど、やっぱり、任せっきりなんて私“らしく”ない。

「はっ、おまえだけにいい顔させるかよ。私も手を貸すぜ」
「あのねぇ……そういうことじゃなくて、そんな体調でなにができるの?足手まといよ」

 相変わらずの毒舌だ。
 関心に基づかない毒舌だから、私は何時もつい、過剰な反発をしていた。
 けれども、ここで黙っていたら、きっと前には進めない。

「できることをするさ。きっと、できることは用意されている。それに――」
「私は貴女を無事に連れ帰らなきゃならないの!」
「――アリスが守って、くれるんだろう?」

 誰かに一方的に守って貰うなんて、癪だ。
 でも意地を張ってたら、ダメなんだ。
 意地を張って反発し合ってたら、ずっと平行線のままなんだから。

「……信用も信頼も、してないんじゃなかったの?」
「言葉の綾だ」
「もうっ、調子の良い。……あまり手間を掛けさせないって、約束して頂戴」
「わかった。ほどほどに破るぜ」

 アリスがため息を吐く中、ついに空間が回転し始める。
 歪み、それからいつもよりも強く回転する様は、私の不安をかき立てた。





 そうして全てが呑み込まれるのか、アリスが小さく何かを呟く。
 ノイズにかき消されて私に届かない、言葉を。

「なんなのよ、もう。どうでもいいことじゃない。なのにどうして、私は――」

 世界が、転換する。
















――9・祭り酒/誰から問わず酔い歌う――



 屋敷の前。
 いつの間にか、屋敷は永遠亭一歩手前かと思うほどに巨大なものになっていた。
 その門に寄りかかるように、私とアリスが立っている。

 門を出て直ぐの場所には、ミヤツコがいた。
 そしてその更に前には、五人の男たちがいる。

「そんな!そんな難題を出されるなんて!聞いてない!」
「ですがかぐや姫はそれを所望です。皆さんの愛が変わらないのなら、難題をこなして見せたものと結婚したい、と」

 男の声だ。
 なんとも情けない声が響き、次いで別の声が聞こえる。

「ええい阿部の!貴様が図々しいからこうなったんだ!」
「ふふん、あなたが下劣だからでは?“ぐえっへっへっ、かぐや姫の黒髪”とかおっしゃってたではありませんか?ふふん」
「何故それを!?」
「ふ、ふふん……え?ホントに?じゃなくて、私は何でも知っています。ふふん」

 言ったのかよ。
 というかあの小太りの男は――“隠れ家”にいた、父親じゃないか。
 愛多き人生ってか?ろくでもないな。

「なぁアリス、これって」
「ええ、そうね。かぐや姫への“求婚”よ」

 この後彼らは、三年掛けて難題を探し回ることになる。
 探して、探して、探して、一部の人間は多くを失ってしまうのだ。

 私たちは一度、その場所から目を離す。
 それから、心配そうな表情のお婆さんを見て、声をかけた。

「お婆さん」
「魔理沙ちゃんに、アリスちゃん……。あの子にも、困ったものでねぇ。中々結婚に踏み切ってくれないのよ」
「そりゃあ、でも結婚なんて別にしなくてもいいんじゃないか?」
「ダメよ魔理沙ちゃん。魔理沙ちゃんはまだ小さいからそう思うのかも知れないけれど、結婚して誰かの家に入るのが、女性としての一番の幸せなの」

 そういってお婆さんは、柔らかい表情で私の頭を撫でる。
 それはいいんだが、私はどうにも違和感を拭えずにいた。

「お婆さん、私たちは輝夜に会ってきますね」
「ええ、ええ、そうしてあげて。あの子に悲しい思いや寂しい思いはさせたくないからねぇ」

 アリスに引っ張られて、屋敷の中に入っていく。
 なんか、おかしい。
 結婚=幸せだなんて、そんなの狭すぎるぜ。

「なぁ、アリス」
「あれで、間違っていないわ」
「どういうことだよ」

 アリスは一度足を止めると、私に向き直る。
 それから、少し息を吐いた。

「この時代の結婚観は、あれで間違いないの。家に入り、その家の跡継ぎを生む。それが女性にとっての幸福の在り方だったのよ」
「それで輝夜は結婚させられようとしてんのか?」
「そうね。お爺さんもお婆さんも、輝夜の幸福を願うから、結婚を勧めているの」

 なんだか、やりきれない。
 そう思いながらも、私はアリスに着いて輝夜の部屋まで歩いて行った。
 そういえば、何故だか知らない屋敷も普通に歩ける。なんなんだ?これ。

 部屋に入ると、そこには重い表情の輝夜がいた。
 まぁ、したくもない結婚を勧められているんだから、この表情も仕方がないだろう。
 けれど、私たちの存在に気がつくと、すぐに笑顔を見せて声を上げた。

「魔理沙、アリス!」

 だから私も、その笑顔に答えてやる。
 輝夜に手をあげて、歩み寄った。

「大変そうだな」
「人事ね」
「私は結婚とか、あんまりする気はないからな」
「羨ましいわ。はぁ、なんで結婚なんかしなきゃならないのかしら」

 お爺さんとお婆さんの三人で、もっと暮らしていけないのか。
 輝夜は眉を寄せて、悲しそうに呟いた。

「はっきりと、断ればいいじゃないか」
「それじゃあダメよ。お爺さんとお婆さんが、悲しむわ」
「それで、難題を?」
「二人には秘密よ」

 二人のために、求婚者を諦めさせなければならない。
 その結果に、五人の男たちがこぞって宝を求めることになる。
 難題を出した時点で諦めてくれなかったことが、輝夜にとって予想外の事態なんだ。

「どうにかならないもんかなぁ」
「どうにもならないわ。だってここは、たぶん……」
「アリス?」

 目を落として呟くアリスに、首を傾げる。
 どうにもならない……そんなことはない、はずだ。
 どうにもならないんだったら、私がここにいる意味がないはずだ。

「それって、どういう意味――あれ?」
――ブヴヴブヴブブブゥゥゥゥゥゥゥ

 ノイズと共に、世界が転換する。
 再び歪み始めた世界に、私とアリスは目を合わせる。
 なんだか、転換が早すぎるような、そんな気がして。

「これだけは、言っておくわ」
「な、なんだよ」
「ここはたぶん――」



 世界が歪み、また、私は放り出された。
 光りが頭の中で弾けるような感覚。
 頭を鈍器で殴られたかのような、痛み。

 私に何がしたいのか。
 私に何をさせたいのか。
 私は何処に居るのか。



「くそっ、なんなんだよいったい!」
「いいから、そこをとおしてよっ!」

 声が、重なる。
 思わず顔を上げると、私の視線の先に一人の少女が立っていた。
 前に見たときよりも、成長していることがわかる。

「ここは――門の中、か」

 アリスの姿が見えないのは、気になる。
 けれど、それよりも今は、目の前の少女のことが先決だ。
 また更に大きくなった、屋敷の門。
 そこには門番が立っていて、少女を追い返そうとしていた。

「おまえ、名を名乗れ」
「私、私はっ」

 名乗れないのか。
 そういえば、山奥の隠れ家のような場所に住んでいたな。
 どうやって抜け出してきたか知らないけれど、どうにかしてここまで辿り着いてきたようだ。

「しょうがねぇな……ごほっ、ごほっ、あ、れ?」

 助けに行かなくてはならない。
 そんな風に考えていたはずなのに、膝を着いてしまう。
 度重なる世界の転換に、私は強い目眩を覚えた。

「帰れと言っているのが、わからんか!」
「わからないわよ!」
「ここにはかぐや姫様が居られるのだ。平民が来て良い場所ではない!」
「平民じゃない、私は、私は――“妹紅”っていう立派な名前が……」

 ああ、そうか。
 ここがきっと、重要な時間なんだ。
 私だけ放り出された理由はわからないが、私はここでやるべきことが、きっとあるんだ。

 だったら、こんなところで、足を止めてやるもんか!

「待て待て」
「魔理沙お嬢様!?お体が丈夫ではないというのに、こんなところでなにを!?」

 なんだその設定は。
 いや、しかもその“お嬢様”ってなんだ。むず痒い。
 畏まられるのは苦手なんだよなぁ。昔から。

「その子は私の友達だ。通してくれ」
「なんと、そうだったのですか!」

 あっさり信じるな。
 いや、ここでは私はすでに、“信用ある立場”にでもいるのか?
 まぁ、好都合なことには変わりない。

「ほら、来いよ」
「……なんで、私を助けたの?」

 少女は――妹紅は、私を見てあからさまに警戒をしている。
 まだ色々と擦り切れる前の、黒髪の妹紅だ。

「私の友達とおまえが、似ているからだ」
「友達?」
「そう。意地っ張りからド天然まで、友人には事欠かないからな」
「なに、それ」

 未だ警戒心を露わにし続ける妹紅に、笑いかける。
 七色で八人な友人たちを、思い浮かべながら。
 そうだ、そうだよな、日曜日だって変わらない。

 私の大事な、友達だ。

 屋敷に入り、輝夜の所まで連れて行く。
 その道中で、私は妹紅に話を聞いていた。

「なんで輝夜に会いたいんだ」
「……一言、文句を言ってやりたいのよ。アイツのせいで、父上は蓬莱の国を探しに旅立たれてしまった」
「なるほど、父親が会いに来てくれなくて寂しいんだな」
「来てくれないんじゃなくて、来られないの!」

 いや、確か蓬莱の枝探しの難題を受けた庫持の皇子は、旅に出たと偽って引き籠もっているはずだ。旅には出ていない。
 あーでも、会いに来られないのは確かか。

「なぁ、おまえの親父って、どんなヤツなんだ」
「……身内から見ても、真面目な人とは言い難い」

 うん?てっきり褒め称えるかと思ったんだが……違うのか?

「女好きで、酔うと道で寝て、賭け事をしては丸裸になって帰ってくる」
「凄いな。色々と」
「でも、それだけじゃないの」

 妹紅は足を止めて、私もそれに倣った。
 顔を伏せていた妹紅がそっと顔を上げ、柔らかい笑みを私に向ける。

 父親の汚名を晴らそうと、輝夜を追いかけ続けた少女――

「私にも、死んだ母上にも、他の姉妹にも、家族には本当に優しくて、頼りになって、すごくすごく立派な人なの」

 ――その本当の笑顔が、ここにあった。

 輝夜がどんな風に思って難題を出したのか、妹紅は知らない。
 知らないまま、取り返しがつかないほどに輝夜を憎むようになった。
 だったら私にできるのは、この諍いの芽を摘むことなのだろう。

「それじゃあ、どんな不満があるのか、輝夜にしっかり言え」
「もちろんよ!」
「それから、どんな事情があったのか、輝夜にしっかり聞け」
「え?――そう、ね。私ばっかりって言うのも、公平じゃないものね」

 輝夜の部屋の襖を開けて、そこで輝夜と遊んでいたアリスに目配せをする。
 アリスはそんな私にため息を吐くと、乗り込んでいった妹紅と反発する輝夜の間を、取り持ってくれた。

 互いに知ることができれば、沢山のことが変わるだろう。
 その結果が良いものであることを願って、ただ誘導することしかできない。
 その事実は、私の胸を締め付けた。

 口論しながらも、だんだんと互いの話を呑み込むようになる二人。
 間に立つアリスの力も大きいのだろうが、元々気が合う質だったのだろう。

 その光景を見ながら、私はアリスの言葉を思い出していた。
 世界が転換する前に、彼女が私に告げた言葉。

『ここはたぶん――“走馬燈”の中、よ』

 声が、頭にこびりつく。
















――10・涼み酒/願い並べて身を涼む――



 何度目かの歪みを乗り越えて、その先。
 私はまた、放り出された。
 ……と、同時に、なにかが体当たりをしてくる。

――ドンッ
「大変なのよ、魔理沙ぁ!」

 黒い髪、煌びやかな着物。
 もう最後に見たときと姿の変わらない輝夜が、私に思い切り抱きついた。
 ぐぅ、病人にこの一撃はキツイぜ……。

「ちょっと輝夜、魔理沙が辛そうじゃない」

 そう輝夜に告げるのは、アリス――ではなく、妹紅だ。
 アリスはその後ろで、呆れたようにため息を吐いている。
 ああ、そうか、妹紅は決別せずにすんだのか。

「で、何が大変なんだ?」
「そう!顔を見られてしまったの!」
「はぁ、誰に?」

 この時代、いよいよと言うときまで、男女は顔を合わせない。
 だから目が合いでもしたら、それは大きな意味を持つのだろう。

「帝よ!お爺さん、どんな交友関係か知らないけれど、帝を連れ来たの!」
「帝……帝!?もうそこまで」
「ああ、どうしよう」

 慌てる輝夜を、妹紅が宥める。
 妹紅の顔は、どうしてか呆れ顔だ。

「嫌なの?」
「嫌、じゃないけど」
「惚気なの?」
「そ、そんなわけないじゃない!」

 そういえば、竹取物語でも、帝は恋破れた後もかぐや姫と歌の遣り取りをしていた。
 これはつまりきっと、そういう話なんだろう。
 微笑ましいことだ。

 そんな二人の様子を見ていると、アリスがそっと私に近づいた。

「私よりも多く飛ばされているみたいね」
「そうだな、なんでか知らんが」
「なんでかは確かにわからないけど、貴女、その間になにをしたの?」
「は?」

 アリスの怪訝そうな表情に、答えられない。
 いやまぁ、妹紅がいれば誰でもそう思うか。

「石作の皇子はまぁいいとして、阿部御主人は多額の金を使わずに偽物を手に入れ、大納言は世間からバカにされずちょっとした笑い話で終わり、中納言は死ななかった」

 そこまで、私は何かしたつもりはない。
 けれど、一つの変革が、波紋のように周囲に行き渡っていた。

「そして、庫持の皇子。彼は結局、今も都に残って、時々泣きながら家族の相手をしているそうよ」

 ――ここ、か。
 そうか、ここが転換すべき場所だったんだ。
 だから今妹紅は輝夜を恨んでいなくて、結果的に輝夜は楽しげに笑えている。

「は、はは、なんだ、なんとかなるじゃないか」
「なんとかして、それでどうするの?たぶん、ここを覆う“術”は――」
「――地上の密室。走馬燈の箱、か?」

 私の言葉に、アリスはゆっくりと頷く。
 ここはたぶん、誰かの“記憶”を追体験させるものだ。
 アリスの言葉と、アイツの――“永琳”の術。
 二つのキーワードからもたらされる、答え。

「だったとしても、やることは変わらない。やれることも、変わらないんだ」
――ブヴヴヴヴブブヴヴヴ

 ノイズが走る。
 世界が歪み、吐き気を覚える。
 そうしている間にも、アリスは私の背をさすってくれていた。
 楽にはならないけど、気休めにはなるから。

「たぶんあと、もう少しよ」

 アリスの言葉に、頷く。
 そうしてまた――世界が、捻れた。
















――11・月見酒/想いに杯、掲げて月を――



 降り立った先。
 今度は、アリスと一緒に来られたようだ。
 月の見える大きな部屋、そこには輝夜と妹紅の姿があった。

「どういことなの!?――月に、帰らなければならないって!」

 ……そうか、思い出したのか。
 ここに入ってくる前のことは、流石に覚えていないようだ。
 けれども輝夜は、自身が月の住人だと言うことを、思い出してしまったのだ。

「これがたぶん、最後。たぶんだけど、これが終わったら否応なしに帰ることになるわ」
「そうか、ってそうなのか?」
「ええ、これは記憶の追体験。きっと、変化はあってもそれ以上にはならない」

 変化があっても、変革は起こりえない。
 起こってしまった過去が、塗り替えられる訳じゃない。
 でも、それなら……私たちは、なんのためにここにいるんだ。

「ちょっと、外の空気吸ってくる」
「私も行くわ。一人にして倒れられたらたまらないからね」
「あー、助かる」

 素直に、礼を言っておく。
 私も自分自身の体調が信用ならないことくらい、わかっているからだ。

 けれども理由は、それだけじゃない。
 妹紅と輝夜を……二人きりにさせて、やりたかった。
 ここでは、二人は、確かに“友達”なんだから。

 部屋を出て、アリスと二人並んで門の前まで歩く。
 見上げた月は、僅かに欠けている。
 十二夜の、半月だ。

「もうすぐ、終わるんだよな」
「そうね。この後……八月十三日の夜に、輝夜は出生の秘密を打ち明ける」
「そして、十五日の夜に帰るのか」

 明日、だろう。
 明日、爺さんやお婆さん、それに帝に全てを告げる。
 それから帝は兵士を集めて、月の使者を迎え撃とうとして、負ける。
 戦わせてすら貰えないというのが、結果だったはずだ。

「このまま成り行きを見ていれば、自然に物語は収束する。そうすれば、解決よ」
「ループする可能性は?」
「“視る”限りじゃ、ないわね」
「そうか」

 特別高い幻視力を持つアリスが言うのなら、きっとそれは真実だ。
 ここに囚われているのも、物語が終わるまで。
 そこでこの、“走馬燈の箱”から抜け出せる。

「でも、私は――――あれ?」

 顔を上げて、見上げた先。
 門の垣根によじ登る、人影。

「誰だ!」
「うわわわっ」

 間抜けな声が聞こえて、それから人影が垣根から落ちる。
 人がセンチメンタルに陥っているときに覗きとは、良い度胸だ。
 八卦炉の錆びにしてやる!

「待ちやがれ……ごほっ、ごほっ」
「もう、このバカ!体調が悪いのを忘れるな!」
「うぅ、すまん」

 咳き込んで、膝を着く。
 いや、ずっと目眩もしているし、忘れていた訳じゃないんだぜ。
 ただ、混乱していただけで。

「だ、大丈夫か!?」

 逃がした……そう思ったのに、駆け寄ってきたのは、覗きをしていた男だった。
 お人好しなのかバカなのか、アリスも呆れている。

「あ、ああ……って、そうじゃなくて!輝夜の家でなにやってたんだ!」
「おおぅ、そうだった」

 男が、驚いて肩を跳ねさせる。
 そこで私は、漸く男の顔を見た。

 月明かりに溶け込むような、整った顔立ち。
 すっと通った鼻梁と、澄んだ瞳、形の良い眉。
 見た目はか細いようにも見えるが、身のこなしを考えるとよく鍛えられている。

「なに、輝夜が最近元気がないから心配でな。狩りに行くと言って抜け出してきた」
「抜け出してきたって、どこを――」
「――魔理沙、待ちなさい。この方はきっと」

 アリスが何事か告げようとするも、男は「よい」と言って制する。
 その仕草一つ一つから垣間見える、高貴な雰囲気。
 いくら鈍いと言われがちな私でも、流石に気がつく。

「み、みか」
「良いと言っている。今宵の私は、通りすがりの狩人だ」

 涼しげに笑う姿に、私は頬を引きつらせる。
 よく見ると、周囲に護衛らしき人影まで潜ませているのだ。
 おおらかで、力強く、爽やか。

 ――輝夜が心惹かれた、男性。

「君たちは、輝夜の共だったな」
「……ああ、そうだぜ」
「輝夜はどうだ?元気か?」

 告げるべきか。
 嘘でも、元気と言うべきか。
 この、心の底から心配する瞳を――偽れるのか。

「元気じゃないぜ」
「魔理沙っ」
「理由は、自分で聞け」

 私がそう告げると、男――帝は、重く頷いた。
 最初からそのつもりで、それでも聞きたかったのだろう。
 知って、おきたかったのだろう。

「私は、どうすればいいのだろうな」
「――輝夜が一番願うアンタで、居てやれば良いんじゃないか?」
「一番願う、私」
「そうだ。って、ちょっとどころじゃなく偉そうだな。すまん」

 さっきから、アリスが私の肩を凄い力で掴んでくる。
 こうして会話をして反応を貰っている以上、無礼千万切り捨て御免!みたいなことだってあるだろう。
 こんなところで騒ぎを起こして、物語が終わらなくなるのは避けたい。

 でも私は、言いたいことを我慢できるほど、我慢強くはないみたいだ。

「いや、いい。そうか。私“らしい”私か」
――ブ、ヴヴ
「初対面だというのに、世話になったな」
――ヴヴヴ、ブブ
「そういえば、きちんと名を聞いていなかったが――」
――ヴヴヴヴブヴヴゥゥゥウウウ…………

 断続的に流れるノイズ。
 香霖の所にあった“壊れたラジオ”とかいうのは、確かこんな音を出していた。
 ……そういえば、最近香霖の所へ、遊びに行っていないな。


「霧雨魔理沙とアリス・マーガトロイドだ。それじゃあ、またな」
――…………ウウウゥゥゥゥンッッッ!!!


 聞こえていたか、わからない。
 けれど私の意に介することなく、世界は歪み、その形を変えていった。

「なぁアリス」
「なに?」

 今度の歪みは、少し違った。
 まるで本当に“走馬燈”を見せられているかのような、光景。





 輝夜を抱き締めて喜ぶ、爺さんの姿。
 竹の花なんてどこから持ってきたんだか、輝夜にそっと渡す。
 笑顔を見て、笑顔を返して、抱き上げて、微笑んだ。
 時間が移ろいでも変わらない。何時だって側にいて、何時だって幸せを願う。

 輝夜に子守歌を歌う、お婆さんの姿。
 寒い夜は肌を寄せ、一緒の布団でおとぎ話を語る。
 筍の料理を教えて、一緒に作り、涙を流して喜ぶ爺さんを見て笑い合う。
 結婚の幸せを、教えきることができなかった。
 それでも大切な娘だからと、変わらず温かい笑顔で、大きくなった輝夜を抱き締めた。

 輝夜と口論をする、妹紅の姿。
 いつもは仲良くしているのに、張り合うと止まらなくなる。
 競い合って、勝ったら喜んで負けたら歯がみして、一緒に食卓を囲む頃には元どおり。
 たまに調子に乗った父親を連れてきて、青筋立てた帝に追い払われて、青ざめて。
 それが原因で口論になっても、最後には笑っている。

 輝夜に手紙を渡す、帝の姿。
 思いを込めた歌を送り、変化に一喜一憂する。
 たまに顔を覗きに行って、悪漢と間違われて悲鳴を上げて、大騒動になる。
 それが賊として自分の耳に届く度に、歌で謝って、誤解を解く。
 その遣り取りが楽しくて仕方ないのか、返歌には嬉々とした感情が踊っていた。



 みんなからの思いを受け取って微笑む、輝夜の姿。
 輝夜を拾ってくれたお爺さんは、優しい人だった。竹細工を見せては、子供のように笑う人。
 輝夜を育ててくれたお婆さんは、温かい人だった。常に笑顔を絶やさず、心を満たしてくれる人。
 輝夜の友達になったのは、意地っ張りで明るい少女だった。競い合って、笑い合って、笑顔を繋げられる人。
 輝夜は好きになったのは、爽やかな人だった。いつも輝夜のために歌を作り、楽しませてくれる人。





 これを見れば、わかる。
 私がここに導かれた理由は、きっとこれなんだ。
 振り返って、切なくしか笑えない輝夜の姿を、変えたかった“誰か”の願い。
 そんなことを考えるほどに輝夜が好きな奴なんて、一人しか思い浮かばない。

 白に染まっていく世界の中、私はアリスに背を向ける。
 これから言うことで……どうしようもなく、怒られそうだったから。

「魔理沙?」
「先に謝っとくぜ」
「え?」
「ちょっと――――無茶する」

 世界が歪み、うねり、捻れ……やがて全てが、転換された。
















――12・紅葉酒/赤を咲かせて風流に――



 弓に矢に、剣に槍。
 白く輝く満月に、立ち並ぶ人々は鋭い視線を浴びせていた。
 そこに宿る意志は強く、誰一人として負ける気は無い。

 その光景を、私は、輝夜の隣で見ていた。

「なぁ、輝夜」
「なぁに、魔理沙」
「諦めているのか?」
「当たり前じゃない。月からの使者よ?人間じゃ、叶わないわ」

 そう平坦な声で言い放つ、輝夜。
 だがその肩が震えて、目尻が潤んでいることは、見逃せなかった。

「怖いか?」
「怖いわ。お爺さんやお婆さんたちが、傷つくと思うと、怖くて、仕方がない」

 輝夜はそう言って、膝の上で強く手を握りしめる。
 アリスは輝夜よりも私に何か言いたそうにしているが、会話に入れないようだ。

「諦めたく、ないんだろ?」
「諦めなきゃ、いけないの」

 諦めなければ“ならない”なんて言っている時点で、諦めたくないのは見え見えだ。
 老骨にむち打って矢を番える、爺さんの姿。
 輝夜を守ろうと、薙刀を構えるばあさんの姿。
 妹紅の横で不敵に笑う、五人の“元”求婚者。
 集った兵と、自身も刀と弓持つ帝。

 誰も彼もが、諦めていない。
 それが、“月”を知る輝夜は怖いんだろう。

「諦めたくないなら、戦えばいい」
「無理よ。使者にはきっと、“彼女”がいる」
「勝てないから、諦めるのか?」
「誰にも死んで欲しくないの。永遠なのは、私だけだから」
「本当にそれで――みんな、嬉しいと思うのか?」

 私の問いかけに、輝夜は黙る。
 意地悪な質問だって事くらい、わかってる。
 追い詰めるだけの言葉だって、理解している。

 それでも私は、ここで輝夜に……“ぜんぶ”を捨てて欲しく、無かった。

「なぁ輝夜、“星”って、操れると思うか?」
「星?無理よ、月だって星なのよ」
「そうか、それじゃあ――――星を意のままに操れたら、なんでもできる気がしないか?」
「え?……それって、どういう意味?」

 輝夜から離れて、兵が立ち並ぶ場所へ歩いて行く。
 そんな私を、アリスが追いかけてきた。

「待ちなさい!」

 やっぱり、タダでは行かせてくれないか。
 まぁ、わかりきっていたことだけど。

「わかっているの?夢の中みたいな場所とはいえ、死んだらどうなるかわからないのよ!?」
「心配してくれてんのか?」
「茶化さないで」

 強く肩を掴まれて、振り向かされる。
 アリスの瞳に浮かぶのは、いつもみたいな無関心な光りではない。
 かといって、心配だとかそんなのとも違う。

 ――“感情”に戸惑っているような、そんな瞳をしていた。

「ここで貴女が無茶をする理由なんて、どこにもないじゃない!」
「そうだな。確かに、そんな必要はどこにもない」
「そうよ!ここで頑張っても、過去を変えられはしないのよ」

 何をしても、起こってしまった過去が変わる訳じゃない。
 過去の改変になんかなり得ないことくらい、わかっている。

「確かに、これは記憶の改竄にすらならない、ただちょっと箱の中身を弄るだけの行為だろうな。過去の改変どころか、独りよがりの自己満足かもしれない」
「なら、そこまで理解できているのなら!」
「でもな、アリス」

 アリスの目を、真っ直ぐと見つめる。
 戸惑い揺れるアリスの瞳を、私はただ射抜いていた。

「ここでほんの少しだけ頑張れば――――きっと“未来”を変えられるんだ」

 これから先、あのよく笑う少女が、笑顔を失うことが無くなる。
 そう考えれば、それだけで、意味があるような気がするから。

 だから私は、“諦めない”んだ。

「ごほっ、ごほっ、あ、ぐぅ」
「魔理沙!……なんでそこまでするのよ?辛いんなら、全部流れや人に任せてしまえばいいじゃない!」

 アリスの瞳が、光りを持ち始める。
 まだそれがどんなものなのかは、わからないけれど。
 でもそれがなんであれ、悪いものでは無いだろう。
 そんな、気がするんだ。

「はは、なん、で?」

 なんでか?
 そんなこと、決まってる。

「――――誰かに貰った星で、夜を彩りたくない」
「え?」

 アリスの声が、届く。
 アリスに声を、届かせる。

「瑠璃色の天蓋にばらまく宝石は、他人のもじゃつまらない。私は何時だって、私の宝石を胸に抱いていたいんだ」
「……我が儘ね」

 呆れたような声。
 それを発する瞳は、前髪に隠れて見えない。
 それでも私は、いつものように、不敵に笑って見せた。

「ああ、とびっきりの我が儘さ」

 諦めてなんか、やるもんか。
 負けてなんか、やるもんか。
 私は何時だって、越えて行きたいんだ。

「ああ、もう!わかったわよ――」

 アリスはそう言うと、前髪を掻き上げる。
 周囲に幾つもの人形を召喚して、その全てに、鋭い槍を持たせて。

「――だったらその宝石箱をしっかり守っておきなさい。じゃないと私が、“隣”から掻っ攫うわよ」

 そういって、アリスは――笑った。
 己の全てに自信を持った、魔法使いのアリスの顔。
 その力強い笑顔が、私を自分の“パートナー”だと認めていた。

 ははっ、なんだ……ちっとも負ける気がしない!

 月が歪み、世界に変調が訪れる。
 迎えに来たのは、馬車なんていう生易しいものじゃ無い。
 機械チックで無骨な、真っ白の“戦艦”だ。
 香霖の所にあった、外の世界の本。
 そこに乗っていた、“空母”とかいうのによく似ている。

 さあ、“弾幕ごっこ”の始まりだ!
















――13・収穫の酒/実りをもって未来を紡ぐ――



 戦艦から、光が放たれる。
 竹取物語では、その光を視た人間達は、戦意を削がれて動けなくなってしまうのだ。
 それは事実、そんな“効果”を持っているのだろう。

 圧倒的な力で、心を折るという“効果”を。

「あああ、あの光は」
「だめだ、あんなの」
「そんな、力が」
「うう、だが、どうして」

 でも、だったら、誰かが示せばいい。
 あんな光に負けやしない“光”を、誰もが持っているということを。

「輝夜!」

 私が名を呼ぶと、輝夜がそっと顔を向ける。
 絶望に彩られた表情、それを、塗り替えるために。

「あの時とは比べものにもならない、私の本当の“とっておき”を見せてやる!」

 八卦炉に魔力を込める。
 ――頭痛がする。
 ぼんやりとした輝きが、放たれる。
 ――からだが軋む。
 やがて周囲に光りが満ちて。
 ――熱が、肌の下を暴れて回る。

 そうして私は、世界に――

「魔符」

 ――星を、映し出した。

「【スタァァァァダストォォッ――――レヴァリエェェェェェッッッッ!!!】」

 七色の輝く星が、周囲に満ちる。
 今の私にできる、全力の一撃。
 空を埋め尽くす無数の星が、戦艦から溢れた光りをかき消して、使者が乗った小舟を叩き落とした。

――ドォォォンッ!!!

 身体が、前のめりに崩れる。
 けれど転ぶことはなくて、私はアリスに抱きかかえられた。

「後は任せなさい」
「おう、任せた」

 光りが消えたことで、兵たちも指揮を取り戻した。
 たとえ無駄だろうがなんだろうが、できることをするために。

 私は力尽きて、輝夜の隣まで運ばれてしまったが。

「見ただろ?」
「魔理沙……」
「なんでもできる、気がしないか?」
「わた、し、は」

 指一本だって、動かせる気がしない。
 そんな私の側に、避難させられたのであろう妹紅が寄ってきた。
 何故か、頭を抱えながら。

「どうしたの?妹紅」
「え、あ、いや、なんだか頭が痛くて」

 妹紅を気にする輝夜を一瞥してから、私はアリスたちに目を向けた。
 アリスは無数の人形を突貫させて、連続で突きを放っている。
 それに月の使者たちは、腰を退かせていた。

 まったく、情けない話だぜ。
 ……ってそういえば、永琳の姿が見えないな。
 まぁ、好都合だが、不気味だ。

「見つけたぞ、輝夜!」
「っ!?」

 声に驚いて、視線を移す。
 そこには、光り輝く剣を片手に持った男が立っていた。
 よほど怒っているのか、目が血走っている。

「この罪状は、幽閉だけで済むと思うな!ここの者達など、全員浄化してくれる!」

 月の住人は、穢れを嫌う。
 死も穢れだから、地上の人間を倒す手段は“浄化”に限るらしい。
 他の使者たちが混乱から立ち直る前に、カタをつけなきゃまずいか。

「はぁ、ったく。ごほっ、ごほっ」
「ちっ、魔女か。まずは貴様からだ!」

 八卦炉に魔力を込めて、立ち上がる。
 だけど、それが精一杯だ。
 こけおどしの炎すら、出るかわからない。

「――なにをやっているのさ、らしくない」
――ゴウッ
「うわっ!?」

 だが、使者が何かする前に、そこに真紅の炎が広がった。
 輝夜の前で蹲っていたはずの妹紅が、炎を出していたのだ。
 その髪を、石灰のような純白に染め上げて。

「ああ、まったく。変な体験させられたなぁ」
「妹紅、なのか?」
「そ。なんか、記憶を封印されてたけど」

 妹紅はそう言うと、輝夜を見る。
 ぼけっと見上げる輝夜に対して、妹紅はやりづらそうに頭を掻いた。

「あんたを知ったところで、私はあんたを許せない」

 そうは言うが、その瞳に憎しみはない。
 千年の長い時、抱き続けてきた思い。
 それがどんな風に変化して、どこまで風化していたのか、私には到底理解できないことだ。

「でも、私はきっともう、前ほどあんたを嫌いにもなれない」
「妹紅?」
「もう、ったく――勘違いしないでよね、あんたは私のライバル。それ以上でも――それ“以下”でもないわ」

 妹紅の背中から、炎が吹き上がる。
 それは初めて、輝夜を守るために生み出された、炎だった。

「早く立ちなさいよ。張り合いがないでしょうが」

 妹紅はそれだけ言うと、走り出す。
 そうしてその背中めがけて剣を投げようとした使者の肩を、矢が貫いた。

――ドンッ
「ぐあっ」

 矢が放たれた方角。
 そこで、弓を構える帝の姿。
 ウィンクが、本当によく似合う。

 倒れた男を、妹紅が一瞥する。
 するとそこに、庫持の皇子が走ってきた。

「――うわぁぁ、私の妹紅が燃えてるぅぅぅ!?」
「ああ、父上、違いますから」

 父親と対面する妹紅の表情は、柔らかい。
 本当に嬉しそうな表情で、笑っている。

「どうするんだ?輝夜」
「わたし、は、私は」
「魔理沙!伏せて!」

 輝夜が答える前に、アリスが転がり込んできた。
 その視線の先からは、小型の船が突っ込んできている。

「ちょ、アリス!」
「問題ないわ。槍符【キューティ大千槍】」

 アリスは事も無げにそう宣言すると、突っ込んでくる船に向かって一歩踏み出した。
 一歩踏み込み、人形が槍を繰り出す。
 それを、船に向かって繰り返した。

――ダガガガガガガッ

 人形の召喚を繰り返して放たれる、槍の暴風。
 その一撃一撃に脆くなった船へ、アリスは更に一歩踏み込む!

「邪魔よ……退きなさい!」
――ドガッ!

 フィニッシュは、前蹴り。
 鋭い蹴りが小舟をはじき飛ばして、破壊する。

――ドォォンッ
「ふう」

 焔をバックに佇むアリスは、なんだか妙に格好良かった。

「で?どうする?輝夜」
「私は、いいえ……私はここで逃げたから、後悔してしまったのね」

 立ち上がった輝夜の右手。
 そこに握られているのは――不思議な色に輝く珠だった。

「妹紅、あなただけにいい顔はさせないわ!」

 元の輝夜と、何一つ変わらない。
 いや、全部を取り戻した“本当の輝夜”が、不敵に笑う。

「神宝【ブリリアントドラゴンバレッタ】」

 月の使者たちの船に、輝夜の弾幕がぶつかる。
 するとどんな部分を刺激したのか、船が爆発した。

――ドゴォォォォォォンッッッッ!!!

 そういえば以前、聞いたことがある。
 永琳は輝夜を逃がすために、月の使者を皆殺しにして一緒に逃げてきたそうだ。
 そこまでする永琳が、自ら立ち上がった輝夜に、立ち向かうのか?

「まさかアイツ……中で何かやったんじゃないだろうな?」

 紫たちが乗り込んで返り討ちに遭うような、月の技術。
 それによって作られた船が、輝夜の一撃程度で墜ちる――まして、爆発する――とは思えない。

「やりすぎ……なのか?まぁいいか」

 なんにしても、これで一番の脅威が去ったのだから。
 永琳がどうなったのかはわからないが、それはむしろ永琳がどうにかなるほうが想像できないので気にしないことにする。

 あまりにも呆気ない、そして派手な勝利。
 輝夜たちはその光景に呆気にとられながらも、次第に表情を笑顔に変えていった。

 爺さんが抱きつき。
 お婆さんがそれに続き。
 帝まで続いて。
 庫持の皇子が妹紅を巻き込む。

 みんながみんな楽しそうに、涙を流して笑いながら。

――ブ、ブブヴ
「ああ、もう変わるのか」

 抱き合って喜ぶ、輝夜たち。
 その姿を見続けることができないのは、寂しい気がする。
 けれどもう、大丈夫だって……そんな気もするんだ。

――ブヴヴヴ、ブブブ、ヴヴヴブゥゥゥゥン!!!
「はぁ、疲れた、な」

 世界が白に、染まっていく。
 その最中、白い世界の中で――私は、苦笑するアリスに、手を握られて、笑って見せた。
















――14・冬至酒/最後の節目に乾杯を――



 太陽の光とは、ちょっと違う光。
 人工的な灯りで、私は目を醒ました。

「あれ?」

 身体が軽い。
 今なら魔力無しで空も飛べそうだ、なんてのは言い過ぎか。

「あの箱は、自身の記憶を忘れないように、追体験させるものだったそうよ」
「アリス?」
「おはよう。知りたいだろうから、先に言っておくわね」
「あ、ああ」

 アリスは左手元の本に目を落としたまま、説明をする、
 私はどうやら寝台に横になっているようで、身体には白いシーツが掛けられていた。
 ずっと、側にいてくれたのだろうか。

「なに見てるの?――ああ、ずっと居たのは、貴女が離してくれなかったから」
「へ?」

 慌ててみれば、私の左手はアリスの右手に繋がれていた。
 妖怪の力なら、楽にふりほどけるだろうに。

「落とした衝撃で箱が暴走、結果としてあの場の全員が囚われた。ちなみに、肉体はそのままよ。魂だけ、吸い込んだみたいね」

 それは……あの中で死んでいたら、まずかったってことか。

「追体験を終えて出て来たところを、探しに来た永琳が助けたらしいわ」
「後で礼を言っておかないとな」
「そうしなさい」

 しかし、濃い一日だった。
 一日というか、何年も経っていた気さえする。
 反省の追体験だから、当たり前なのだが。

「断続的に風景が切り替わったのも、覚えておきたい記憶のためか?」
「そう。輝夜のものだけでは済まなかったのは、妹紅も取り込まれたから」
「あー、そういえば、妹紅と輝夜は?」
「隣の部屋で、憎まれ口を叩き合いながら囲碁をやっているわ」
「仲が良いな」
「言ってご覧なさい。照れてから怒るから」

 やったのか。
 いや、予測か。
 まぁ確かに、想像がつく。

「体調は?」
「すっかり良くなったぜ。サンキュ、アリス」
「ふん――いいから、今度はちゃんと“隣”で、戦って頂戴」

 アリスの声が、ほんの僅かに柔らかくなる。
 それだけで、私は、自分の胸が温かくなるのを感じた。
 なんだろう、なんか、すごく……楽しい。

「おう、任せとけ!――ごほっ」

 胸を叩いて、咽せる。
 するとアリスは、呆れ顔で私の背中を叩いた。

「まったくもう、ドジなんだから。だいたい、体調崩すようなキノコ、どこで拾ったのよ?」
「感染するような毒を持ったキノコなんか――――あった、かも」
「はぁ?」

 そ、そういえば、毒性が強いけど、酒漬けにすれば大丈夫かと思ったキノコが……。

「キノコ焼酎にして、飲んだ」
「バッカじゃないの?はぁ……そんなにお酒が飲みたいなら、今度からうちに来なさい。ワインくらいなら出してあげるから、変なことで体調を崩さないで」
「ああ、すまん。それじゃあ早速今日にでも」
「懲りるって、知っているかしら?」

 そんな言葉は、私の辞書にはない!
 そう胸を張ると、アリスはそっとスペルカードを取り出した。

 窓から飛び出して、空へ躍り出る。
 認め合って、だからできた関係。
 だがその余韻に浸るのは、後にする。



 今は、ただ。

「行くぜ、アリス!魔符」
「ふん、力押しでは勝てないわよ。剣符」

 この気むずかしい相棒と。

「【スターダストレヴァリエ】!!」
「【ソルジャーオブクロス】!!」

 空に、星を描こう――。







――了――
――15・年越し酒/未来へ続く、至上の一杯――



 病室に入ると、師匠が空を見上げていた。
 先程まで伏せっていたはずの二人、魔理沙とアリスの姿を見上げているようだ。
 患者がさっさと抜け出したことに呆れているのかと思ったのだが、そうでもないようだ。

「師匠?」
「あら、ウドンゲ」
「あら、じゃありませんよ。どうかされたんですか?」

 普段ならきびきびと動いている師匠が、今日は何故だかのんびりしている。
 もちろん悪いことではないのだけれど、いつもと違うと少し心配だ。
 しかし、これ以上の追求が意味を成すとも思えなかったので、話題を変える。

「そういえば、あれってなんだったんですか?」
「どれ、かしら?」
「あれですよ。私に急に、道を歪めさせたり、気を失った妹紅を普段行かせないような場所までてゐに運ばせたりとかって……」

 今日の師匠は、少しおかしかった。
 何を考えているのかわからないのはいつものことだが、今回は輪に掛けて。
 魔理沙のことだってそうだ。あの程度の症状なら、すぐに治せる薬は“常備”してあったはずなのに。

「ふふ、なんでもないわ」
「そう、ですか?」
「ええ、そう」

 これ以上、追求できない。
 私にそう思わせるほど、深みのある笑みだ。

「永琳!ちょっと来て!まだ巻き返せるわよね!?」
「諦めなよ、輝夜。これは無理だって」
「いいえ、私は決して諦めないわ!」

 いつもは、出会ったら即殺し合い。
 そんな二人が、今日は何故か、いがみ合いながらも平和そうにしていた。
 長生きしている人達のことは、相変わらずよくわからない。

 でも――

「はいはい……これはちょっと、厳しいわね」
「えー、そんなぁ」
「ほーら、やっぱりそうなのよ」
「永琳!どこでダメだったのかしら?」
「そうねぇ」
「いや、良いから先に投了しなよ」

 ――師匠が、こんなに楽しそうなら、それでいい気がする。

 カルテをもって、仕事をする。
 今日くらい師匠が楽できるように、てゐでも引っ張ってきてしっかり仕事をこなそう。
 師匠のあんな優しい笑顔なんか、そんなに見られるものじゃ無い。

 だから今日はゆっくりしていて下さいね、師匠――。




◇◆◇



 ここまでお読み下さり、ありがとうございました。
 長い文章となってしまいましたが、お疲れ様です。

 今回は、日曜日アリスのパートでした。
 彼女の心を動かすにはと色々考えていたら、こんな長さに……。
 お楽しみいただけましたら、幸いです。

 次のアリスは……もう一人しか居ませんね。
 ということで、次は今回のシリアスを払拭する程度のコメディでお届けします。


 それでは次回、“霧雨魔理沙は挫けない ~白蓮聖輦一蓮托生命蓮寺!~”でお会いしましょう!


 2011/06/14
 誤字修正しました。運土って……orz

 2011/06/15
 誤字修正と一部加筆しました。
 ですが、もう一度読んでね!とは言えないので、補足説明をします。

 あれ?永琳は?↓
 使者を皆殺しにしてまで輝夜を助けたかった永琳が、果たして自ら立ち上がった輝夜に立ち向かうのか。
 ということで、輝夜が弾幕を放った瞬間に合わせて内部工作→爆発の流れです。
 以前は地の文一行で説明をしようとしていました。もやっとさせてしまい申し訳ありません。
 ご意見ご指摘のほど、ありがとうございました!
I・B
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.3450簡易評価
3.100奇声を発する程度の能力削除
>激しい運土はできない。
運動?
今回も素晴らしい内容でした!
次回も楽しみです。
4.100名前が無い程度の能力削除
今回も面白かったです
次はいよいよ天然アリスですか
どこまでやってしまうのか楽しみです
5.100名前が無い程度の能力削除
アリスかっこいいな
前蹴りつえーな
8.100名前が無い程度の能力削除
日曜アリスが心を開いていく様子に悶えたくなる…
次回も楽しみにしてます!
10.100名前が無い程度の能力削除
毒舌な日曜アリスがなんだかんだ言いながらも、
きっちり魔理沙の面倒をみているのが最高でした。
次回は命蓮寺ですか~楽しみだ
14.100名前が無い程度の能力削除
面白かったです
15.100名前が無い程度の能力削除
この分量でこの投稿ペース…羨ましいです。

妹紅と輝夜の関係が、温かくなってホント良かった
18.100名前が無い程度の能力削除
魔理沙さんがアリスハーレムを作る日も近いですね

このペースでこの面白さはすごいです
次回も楽しみにさせていただきます
20.100名前が無い程度の能力削除
この魔理沙の主人公属性は凄いなww
シリーズ完結まで応援しますので、頑張ってください!
21.100名前がない程度の能力削除
いやぁいつもすごいスピードですね。今回の魔理沙はいつも以上に王道の主人公らしくかっこよかったです!
23.100名前が無い程度の能力削除
>アリスに方を借りて
肩ですかね?

投稿ペースと分量は申し分なしです。
ここのアリス達は全員最高
24.無評価名前が無い程度の能力削除
今回のは正直つまらなかった
いかにも使い旧された少年ジャンプ的展開で意外性がなく途中で何度もあくびが出た
31.90名前が無い程度の能力削除
面白かったが、月からの使者が襲来するシーンで
永琳が居なかった理由がよく分からなかった
36.90愚迂多良童子削除
ちょうど某スレで竹取物語の話をしていたところだったから奇遇。
妹紅は父親のこと好きだったのかな、やっぱり。
40.100名前が無い程度の能力削除
自分は永遠亭が好きなので今回の話はツボ!
やはり昔話モチーフは面白い。
最後まで突っ走って下さい!応援してるッス!
41.100名前が無い程度の能力削除
あら?走馬燈の箱のラストはえーりんと弾幕かと思ってたんだけどな?
46.100名前が無い程度の能力削除
日曜アリスが魔理沙と距離感を縮めていく中で、血が通った人間(人形?)になっていくような感覚を受けました。
何だかんだ言いながらしっかり魔理沙をフォローしてくれるアリスの優しさに惚れます。
連作頑張ってください。次回作も楽しみにしてます。
47.100名前が無い程度の能力削除
やった!新作!これで今週も戦える!!
日曜日のアリスが少しずつ心を開いていくこの感じがたまりません!
竹取物語の中で輝夜と妹紅が近づいていく様もうまいことマリアリと相乗効果を引き出していたり。その手腕に感服するばかりです。

お話的には後2話、となるのでしょうか?
頑張ってください!
48.100名前が無い程度の能力削除
ほんとペース速いですね。
内容もたっぷり満足。
52.100名前が無い程度の能力削除
ああもう、みんな可愛いなぁ。
策士な永琳も、幸せそうで何よりです。

蹴リスに笑ったのは私だけじゃないはず。
あの、ブーツに鉄板でも仕込んでいるんじゃないかと言わんばかりの蹴りは、ある意味アリスの象徴ですよね。
55.70桜田ぴよこ削除
魔理沙風邪っぴきで無茶するなぁ……。
57.80名前が無い程度の能力削除
>青いラインが入った白いシャツ
あれってサスペンダーじゃないのかなって思います。
58.90名前が無い程度の能力削除
ロリスは今回もアリスの成長を喜んでいるのでしょうか。
皆の心の描写が好きです。
59.90名前が無い程度の能力削除
力不足を自覚しつつ、それでも状況に敢然と立ち向かう魔理沙マジヒーロー。
次回は俺得なあのアリスが登場ですか。楽しみ。
69.100名前が無い程度の能力削除
ああ… 読み終えてふと気づけば少し涙腺が緩んでいたお話でした。
70.無評価I・B@コメント返し削除
3・奇声を発する程度の能力氏
 運土……ありがとうございます!
 次回その次と、週末までには書きたいですw

4・名前が無い程度の能力氏
 次回の天然アリスの主な攻撃対象は、魔理沙の胃壁に……。
 
5・名前が無い程度の能力氏
 このアリスは、“ヒーロー”をイメージしましたw
 アリスのヤクザキックは、一度受けてみたいです。

8・名前が無い程度の能力氏
 この分量になってしまった要因の六割は、アリスをデレさせる過程でした。
 彼女は誰よりも、“人形”をしていたので。

10・名前が無い程度の能力氏
 面倒を見ていた理由の99%は、命令だから、です。
 では残りの0,1%は……。

14・名前が無い程度の能力氏
 ありがとうございます!
 残り二話も、お楽しみいただけましたら幸いです。

15・名前が無い程度の能力氏
 過去はもう戻せません。
 でも、魔理沙なら“今”を変えてくれる。
 そんな結果の一つが、彼女たちでした。

18・名前が無い程度の能力氏
 そういえば、ハーレムって元々は「禁じられた場所」っていう意味らしいですね。
 中世だかで、旦那が戦争に行っている間、その妻子を他の男性から守るための場所だったとかで。
 つまり魔理沙がアリスを守れるほどの(ry

20・名前が無い程度の能力氏
 ありがとうございます!
 残り二話、ヒーロー魔理沙と一緒に頑張ります!
21・名前がない程度の能力氏
 王道ヒーロー、が私の魔理沙イメージですw
 彼女ならきっと、単独で魔王城攻略とかやってくれます。

23・名前が無い程度の能力氏
 うわぁ、方が残ってたぁ。
 ありがとうございます!アリスさんが可愛すぎて、書くのが楽しいですw

24・名前が無い程度の能力氏
 展開に飽きさせてしまったようで、申し訳ありません。
 如何にも王道少年漫画風といっていただけたように、今回のテーマは「友情・努力・勝利」でした。
 そこで引き込むことができなかったのは、ひとえに私の実力不足です。
 これを糧に、今後も精進していきたいと、誠意努力致します。
 最後までお読みいただき、ありがとうございました!

31・名前が無い程度の能力氏
 加筆修正いたしました。
 確かに一行でお伝えしようというのは、あまりに杜撰でした。
 ご指摘、ありがとうございます!

36・愚迂多良童子氏
 実はその時見ていて、あまりにタイムリーな話題にびっくりしましたw
 私は、妹紅には“愛”が注がれていた、と考えていました。
 それなら、必然的に不比等はダメ人間な良い父親だったのかな、と。

40・名前が無い程度の能力氏
 ありがとうございます!
 今回の参考文献は、星新一の「現代口語訳・竹取物語」及び巻末の原文。
 それと、ビギナーズ・クラシック「竹取物語(全)」でした。
 気に入っていただけたのでしたら、幸いです。

41・名前が無い程度の能力氏
 永琳は、中で爆発工作中でしたw……と、加筆しました。
 混乱させてしまい申し訳ありません、ありがとうございました!

46・名前が無い程度の能力氏
 最初は確かに、アリスは真実“人形”でした。
 けれど彼女を人間にしたのは、魔理沙のひたむきな心だったのでしょう。
 そんな雰囲気を感じ取っていただき、ありがとうございました。

47・名前が無い程度の能力氏
 ありがとうございます!
 妹紅と輝夜、アリスと魔理沙。
 仲違いからの両者の関係改善には頭を捻らせて悩んだので、そう言っていただけましたら幸いです。
 あと二話となりましたが、どうぞよろしくお願いします!
  
48・名前が無い程度の能力氏
 ありがとうございます!
 次回はこちらよりは短めに仕上げたいと思います。

52・名前が無い程度の能力氏
 誰も彼もが最後に笑っていられるのなら、辛い過程も確かに意味があったのだろう。
 そんな感じで、書いてみました。
 アリスといったら、やはり蹴り。十六文キックは絶対出そうと考えていましたw

55・桜田ぴよこ氏
 今回は、体調が悪いのでヒロインも兼任していますw
 日曜アリスがイケメンで、ヒーローも兼任しているので。

57・名前が無い程度の能力氏
 よくよく立ち絵を見直したら、サスペンダーでしたw
 ……ご指摘ありがとうございます。直しておきます。
58・名前が無い程度の能力氏
 ありがとうございます!
 今回も喜んでいます。けれど、喜ぶだけじゃ終わらない感情付きで。
 アリスの内側が伝わったようで、なによりです。

59・名前が無い程度の能力氏
 力不足だけでは、霧雨魔理沙は止まりません。
 ということで、次回はある意味そんな魔理沙の“天敵”ですw

69・名前が無い程度の能力氏
 ありがとうございます!
 長い間憎むほどの強い関心なら、そろそろ落ち着いてもいいんじゃないか。
 休んでも、許されるのではないだろうか。
 そんな気持ちで、書き上げました。


 沢山のご感想のほど、ありがとうございました!
 シリアス盛りは、おそらく今回と最終話のみとなります。
 ですので、次回はもう少しコメディ多めでお送りします。
 それでは、次回、命蓮寺編でお会いできましたら幸いです。
74.100名前が無い程度の能力削除
ハッピーエンドの条件は、皆が笑って終わることさ。
身体は弱っていても、魂は変わらず強いまま。そんなあなたの描く魔理沙が格好良くて、アリスがデレてウヒョーーってなって・・・
蓬莱組も幸せになれたみたいだし、最高でした。
帝様マジイケメンスギワロエナイ
82.100名前が無い程度の能力削除
おいおい、東方のハンサム担当は香霖だけだろ。そう考えていた時期が私にもありました。
帝様がハンサムなのに脇役とか、ハンサムなのに素っ頓狂な悲鳴を上げたりとか、三枚目路線まっしぐらで面白かったです。
……あれ?帝様の感想しか書いてねぇや(

デレ始めた日曜アリスかわいいよ日曜アリス
87.100名前が無い程度の能力削除
イイ!
90.無評価名前が無い程度の能力削除
誤字?報告
瑠璃色の天蓋にばらまく宝石は、他人のもじゃつまらない。
>瑠璃色の天蓋にばらまく宝石は、他人のものじゃつまらない。