Coolier - 新生・東方創想話

本の整理がしたかったのよ

2011/06/09 20:55:01
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パチュリー自慢の大図書館は、咲夜の能力で成り立っていると言っても過言ではない。
紅魔館の外見から考えるとありえないほど巨大なそれは、咲夜が空間をいじっているおかげである。
それが今、重大な危機に瀕していた。

咲夜が倒れた。
そう顔を青ざめさせて大図書館に飛び込んできたレミリアを、「落ち着きなさい」となだめたのは今日の朝のことである。
あわあわと落ち着かないレミリアを連れて咲夜の部屋へ向かうと、すでに彼女は妖精たちによってベッドに寝かされていた。
パチュリーが近寄って状態を確かめる。咲夜の頬は上気し、その呼吸は荒かった。
額に掌を当てて「熱があるようね」と呟いた。
だが生憎とパチュリーは医者ではない。本で読んだ程度という彼女に、詳しい症状など分かるはずもなかった。
扉の近くであわあわやっている咲夜の主人を見て溜息を吐くと、側に居た泣きそうな顔の妖精メイドに指示を出す。
「美鈴に言って、竹やぶの医者を呼んできてもらって」
「分かりました!」とかけ出していくメイドの後ろ姿を見送って、また頼りない主人へと視線をやった。
そしてまだあわあわやっている姿を見て、もう一つ溜息を吐いた。





部屋の中にはベッドで横になっている咲夜とパチュリー、それに美鈴が連れてきた永琳が居た。
頼りのないレミリアは、ダイニングルームでメイドたちが相手をしてやっている。
永琳は咲夜の口の中に金属のへらを突っ込んだりの治療をしている。胸元をはだけさせて聴診器を当てようとするのを見て、パチュリーは慌てて目を逸らした。
持って来た道具をかばんの中にしまい込む永琳に、「咲夜はどうしちゃったのか、分かったの?」と声をかけた。
「ええ、分かりましたわ」永琳がパチュリーの目を見つめてくる。「風邪、ね」よく聞く病名だ。人間が罹りやすい、一種の万病。
「風邪って……。え、ただの風邪?」素っ頓狂な声が出た。なんだか肩透かしを食らった気分だ。
しかし、永琳はそんなパチュリーをギロリと睨みつけると、
「風邪といっても、大分悪化してしまっているけどね。この娘に聞いてみたら良いけど、疲れで抵抗力が無くなっているのよ。早めに治って欲しければ無理はさせないことね」
お大事に、その言葉と薬を残して永琳は帰って行った。一日三回、食後に飲ませるのだという。
パチュリーがベッドに近寄ると、咲夜は目を開けて首だけを動かした。
「ああ、パチュリー様……申し訳ありません。ご心配をおかけしてしまって」
「良いのよ。無理をしていたのならちゃんと言ってくれれば良かったのに」そう言ってから後悔した。そんな事ができていれば、ここまでにはなっていない。
「もうしわけありません……」
「……ごめんなさい、良いのよ。貴女、無理してたって医者が言っていたんだから。今はなにも考えずにしっかりと休むことね」
「はい……」
咲夜が縮こまってしまっているのがよく分る。もっと他に言ってやれることがあるだろうと、自分を責めた。
「そうだ、咲夜は今どこに一番力を使っているのかしら?」
「え、それはあの……」困惑する咲夜に「空間を広げる能力よ」と付け加えてやる。
「遠慮せず素直に言いなさい。何処なの?」
「えーっとそれは……」咲夜は思わず口籠もったが、自分をじっと見つめてくるパチュリーの瞳を見て口を開いた。
「パチュリー様の大図書館です。あそこは一番広いので」
「……え」
パチュリーの口から間抜けな声が飛び出した。





「はやく本を運び出せー!」
「そっちの本はとりあえずダイニングルームにー!」
妖精メイドたちとレミリア、そしてパチュリーの怒号が響き渡り、混ざり合う。妖精メイドらは本を両手いっぱいに抱えてせわしなく動きまわていた。
彼女らは大図書館から本を運び出しているのだ。
そしてその陣頭指揮を取っているのは寝込んでいるメイド長の咲夜ではなく、パチュリーとレミリアである。
レミリアがメイドたちを鼓舞し、パチュリーが本ごとに何処へ持っていくか指示を飛ばす。
その中にしっかり小悪魔も混じっていて、妖精よりは大きいその両腕いっぱいに本を抱えている。
門番であるはずの美鈴や、フランでさえ妖精たちに混じって本を運び出していた。
まるで芋を洗うようだ。心なしか館が狭い気さえするほどである。
「ねぇパチェ、徐々に狭くなってきていると思わない?」
「ええ。実際狭くなっているのよ。とにかく急がせないと」
ゆっくりと、だが確実に数を減らしていく本を見て、パチュリーはほぞを噛んだ。
自分の図書館が一番咲夜を消耗させていた。それを聞いたパチュリーは少しだけ悩んでから決心した。
図書館から本という本を運び出し、もとの大きさに戻させて咲夜の負担を軽減させる。
それを聞いたとき咲夜は困惑していたが、「全快した時にまた空間を広げれば良い」とレミリアと共に説得し、納得させた。
あとは紅魔館総出で図書館から本を運び出すだけ、という事でこの大騒ぎである。
空いている部屋や広めのダイニング、裏にある倉庫まで全て使って本を一時収納させていく。
なるほどあの広さにふさわしい本の量だ。妖精たちは何往復したことだろう。
「パチェ、これ他の部屋に収まりきると思う?」
「…………」
「ちょ、パチェ?」まさか無言を返されるとは思わず、レミリアが聞き返した。
「確かに少し怪しいかもしれないわね」
レミリアにしか聞こえないぐらいの声で呟いて、パチュリーは考えた。
このままでは確かに紅魔館から溢れ出しそうではあるし、この量をそのままにしておけば、また咲夜に何かあったとき大事になりかねない。
この量を収納できるほどの図書館を維持する事に、咲夜がどれだけ消耗していたか……。





からんからんと鈴のなる音がした。
座り込んで商品の整理をしていた霖之助は顔を上げると、何時も通り「いらっしゃい」と扉の方を見て、目を丸くした。
そこに居たのが、動かない大図書館と名高いパチュリーだったからである。
やけに珍しい客に言葉を失うが、すぐに立ち上がって「また珍しいお客様だね。今日はどんな用だい? あいにくと、外の世界から流れてきた本は無いんだが」と訊ねた。
「今日は本を買いに来たわけではないのよ」
「へぇ。それじゃあ他の物を買いに来たのかい? 何時もは君のところがメイドが来るはずなんだけど」
「そもそも今日は買い物に来たわけじゃない」
「じゃあ一体何を?」
霖之助の問いには答えず、パチュリーは店の外へと消えて行った。
「なんだったんだ」と霖之助が呟くやいなや、扉が勢い良く開け放たれ本を両手いっぱいに抱えた妖精メイドたちが乗り込んできた。
その勢いに、霖之助は店の奥へと追いやられていく。「何だ、なんなんだ!!」困惑気な叫びを無視して、メイドたちは次々に店へと乗り込んでくる。
そうして店がメイドたちで埋まってから、入り口でパチュリーが叫んだ。
「これを全部引き取って欲しいのよー!」
「何だって!?」
近くに居たメイドから本を一冊引っ手繰ると、中身を確認する。どうやら外の世界の料理の指南書のようだ。
それを返してやり、また別のメイドから本を引っ手繰り、開く。こちらはパソコンの手引書で、あの式神とセットにすれば高値で売れるかもしれない。
他の妖精の持っている本を読んでみたが、どれも興味をそそられる物ばかりだ。
いくつかは霖之助自身が売ったものがあるが、それを差し引いても外の世界の書籍というのはそれだけで貴重なものである。
いや、パチュリーほどの魔女が持っていたものだ。それ以外の本も貴重なものばかりだろう。
「これ……全部……。本当に売ってしまってもいいのかい?」
「こっちにも事情があるし、なによりもうここに知識は入っているのよ」とんとん、と頭を差した。
勿論強がりである。今は読んでいない本ばかりを持って来たとはいえ、どれもこれも貴重なものだ。
いや、パチュリーにとって貴重ではない本は存在しないと言っても過言ではなく、まさに断腸の思いである。
しかしそれでも霖之助は悩んだ。本の価値は良くわかるが、収納場所の問題がある。
しばらく悩んでから、「よし分かった。引き取ろうじゃないか」本を取ることにした。
店内に本がうず高く積み上げられていく。本を置いては出て行く妖精たちを二人は眺めていた。
「幾らぐらいになるかしらね」
「そのことなんだがね。実は今まで君のところの主人や、メイドが金を置かずに持っていった分が結構あるんだ」
「えっ」パチュリーが驚愕の表情を張り付かせ、霖之助を見た。
「残念だがね、ここにあるもの全部で、それをチャラだ」
パチュリーは驚愕の表情を張り付かせたまま、凍りついていた。





パチュリーはすっかり狭くなってしまった自室を見渡し、「コレでよかったのよね」と独りごちた。
今部屋の中にあるのはパチュリーが必要だと思い残したものだけで、あとはいろんな部屋に運ばれている。
「ねぇ小悪魔、私は変なのかしら?」
「突然どうしちゃったんですか?」本棚を拭き上げていた小悪魔がパチュリーへと顔を向ける。
「咲夜の負担を減らそうとここまでやって……。本まで売り払ってしまったのよ。自分でもどうかしてるとしか思えないわ」
それを聞いた小悪魔はクスリと笑うと「パチュリー様は何もおかしくないですよ」と言った。
「だってパチュリー様がそうしたのは、咲夜さんが心配だったからでしょ? なら当然ですよ。私だってそうします。咲夜さんは同じ屋根の下で暮らす仲間ですし、もっと言えば家族なんです。パチュリー様はその仲間の負担を減らそうと行動したんですから、何も変ではありませんよ」
屈託の無い笑顔と、恥ずかしい単語をあっさり言ってしまう小悪魔に何故か自分が恥ずかしくなって、パチュリーは本を立てて赤くなった顔を隠した。
小悪魔がそれを見てまたクスリとやって、本の上から目だけを出したパチュリーにギロリと睨まれた。
「レミィがあれだけ慌ててたのも、咲夜が心配でたまらなかったから……混乱していたのかもしれないわね」
小悪魔には聞こえないよう、そっと呟いた。


夕食後、パチュリーはおかゆを持って咲夜の部屋を訪れていた。
小悪魔が作った葱と生姜入りのおかゆである。これが風邪には良いとパチュリーが作らせたものだ。
こんこん、と戸をたたき「入るわよ」と呼びかける。
ドアを開けると、横になっている咲夜が本を閉じたところだった。その顔は朝に見た時よりも元気そうに見える。
薬が効いているのと、よく寝ていたからだろうとパチュリーは思った。だが咲夜はパチュリーの顔を見ると、申し訳なさそうに苦笑いを浮かべた。
「どうしたのよ?」ベッドの横においてあった椅子に腰掛ける。
「いえ、パチュリー様がわざわざ本を処分されたと聞いて……。申し訳ありません、私が倒れさえしなければ」まだ何か言いたげな咲夜の口を、お粥をすくったレンゲを付き出して塞いでやった。
「私が判断したことよ、貴女がどうこう言う必要はないわ。私はね、その……」と口ごもる。
頭の上に疑問符を浮かべる咲夜を見て、慌てて目を逸らした。お粥をすくい、息を吹きかけて冷ましてやってから咲夜の口へと運ぶ。
「ほら、速く食べて眠りなさい。咲夜に元気になってもらわないと、みんな心配してるんだから」
「分かりました……パチュリー様」おかゆを咀嚼して飲み込む。
「ん?」レンゲでまたお粥をすくう。
「……ありがとうございます」
パチュリーは一瞬きょとんとして、それから顔を赤くしながら微笑んでやった。
まだまだ頑張らないと駄目ですね。
筒教信者
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コメント



0.870簡易評価
2.70奇声を発する程度の能力削除
ちょっと短い気もしましたが良かったです
3.60名前が無い程度の能力削除
自分を攻めた。→自分を責めた。

本当に個人的な意見ですが、もう少しゆっくり投稿してもよいのではないでしょうか?
4.80Ash削除
久々にパチュリー成分を補給できました。
私もこのような作品が書けるようになりたいです。
9.80愚迂多良童子削除
最近では、置き場に困る書籍を解体して1ページずつスキャナで取り込んで画像データ化し、電子書籍にしてくれるサービス業者があるらしいです。
パチュリーにこそパソコンが必要かもしれませんね。
16.60名前が無い程度の能力削除
パチュリーさん優しいですね
19.80名前が無い程度の能力削除
やべぇニヤニヤが止まらないっす。