Coolier - 新生・東方創想話

長い長い夜

2011/06/06 23:23:01
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絢爛なその瞳に映った者は皆、不憫にも地に堕ちては紅く染まる。
間歇泉のようなこの出来事に彼女――西行寺幽々子の心は恐れ、震え、そして疎んだ。
脆弱なその心は淡く、寂寞と彩られた。
死者の顔色か、はたまた漠然とした水平線の彼方か。

ただ、淡く寂寞としているのだ。








四月上旬の事である――

さんさんと降り積もる冬の代名詞は彼女の両肩に心地良く居座る。それが落ちてくる行先を眺めても虚無の夜空。
玲瓏の月が今宵の惨劇を鑑賞しているだけだ。その透き通るような美しい月でさえ、彼女の脆弱な心を見透かす事は出来ない。
ただ、惨劇に嘆くだけだ。

倒れた一つの肉体は、軈て桜の餌食と成り逝く。
その桜を見て彼女は美しい、と漏らす。
その感情が脆弱な心にある事が偶然であり、必然であった。

その桜――西行妖は花であり、妖怪でもある。死から滲み出る僅かな妖力を好みとし、食す。人々を虜にする限りなく美しい桜は人を死に誘う。
今宵もまた、桜の下で誰か散り逝く。
それを彼女は美しいと思う。

冬の夜空に舞う数多の桜の花弁が、夜空を彩る真っ白い雪と混じり合い、軈て蝶――反魂蝶へと育つ。
それは冥府の地を彷徨い、死者を見つけては語りかける。
集いの場には新たな生命が宿り、今を生く。『死』と云う人生の最終到達点へ向けて、驀進の準備を図ろうとする。
それを彼女は、まだ見れない。

死者も消え、残ったのは彼女一人。
桜への感動に勝るたまらない不安と絶望が、自らの心を穢し、貪った。


以前の心とは一縷も無し――


咀嚼し終えた心が安堵の息を漏らす。
不安と云う紅。絶望と云う紅。それらが脆弱と云う淡い心を殲滅し、不安と絶望の紅い心を創り上げた。
それが彼女の心を刺激し、混沌に堕とし入れようとする。

一抹の不安が脳を過る。


――私は人を殺めたの?


――西行妖が死へ誘ったの?


もう愛別離苦が行き来する、この果てしない世界に終焉を告げたい。

彼女の心から放たれた反魂蝶は雪に当たる事もなく、虚無の夜空に吸い込まれていく。
それを見る事が出来ないまま、彼女はただ虚無の夜空を見据える。


――数多の生を阻んできたこの心。栄華の待つ人の世に終止符を打った罪は重く、贖えない。


見据えていたその先に、無風の風に靡く金色の髪があった。
どこか見覚えのある顔立ちと異空間。
それは紛れもなく彼女の親友であった。
残ったのは彼女一人ではなかったのだ。
「どうしたの紫。そんな浮か無い顔して。悪い夢でも見たの?」
この場の唯一の灯火が姿を消し、深い闇を作り出す。ただそれは一時的なもので、一分程度経てばまた灯火が彼女たちを照らす。
その照らした先に、彼女はまた、金色の髪を見る。
金色の髪が包み込む顔は凛々しく、艶かしい雰囲気を醸し出している。傘から覗くその美貌に同性である彼女もつい見惚れた。
「えぇ、とっても悪い夢を」
「今、目の当たりにした出来事かしら?」
「夢だと思いたいけど一部始終が脳裏に焼き付いてるわ」
その一部始終とは、肉体が逝去して捕食されるまでであろう。

紫が彼女の隣に滑らかに舞い降りた。
春風の様に、甘い芳醇が辺りを漂う。
彼女はその香りに軽く鼻腔をくすぐられた。
思わず紫と顔を合わせてしまう。
再び闇が舞い戻り、灯火は消えた。
この闇は長く、深かった。
それでもなお、輝き続ける金色に靡く美しい髪。紫の背にある桜に劣らず艶やかに彩られている。

それと同じようで違う輝きを放つ物が地に落ちていた。
桜の輝きと、恐らく紫の髪から放てられる輝きとに反射して、色鮮やかに銀を飾っていた。
鋭利で鋼色のひんやり冷たい金属。二本。
まさしく『刃物』。陳腐で錆び付いて、微量の血がこびりついていた。
これ程都合の良い事はない。
彼女は緻密に観察した後、徐にそれらを拾い上げた。

そして囁きかけるように、静かに言った。
「訃音が幻聴える.... きっと私よ....」
紫は言葉を返さずに、ただじっと彼女を見据えていた。
いや、返せなかったのだろう。
たった一人の親友なのだから。
その美しい頬に涙が一筋、零れ落ちた。
彼女もまた、涙を流す。
桜の木は空気を読むかのように、花弁を散らせる。その、淡い幽かな灯火が二人を包んだ。


――桜の馥郁。二人の輝かしい美貌。それら全てを籠絡した桜の花弁は、数多の反魂蝶を埒外に放出させた。


それは、彼女には見えた。
いや、見えてしまった。

これが何を意味するか、彼女は知っている。

『死』だ――

それを悟ったかのように、彼女は紫に話しかける。
「紫。私はもう逝かなければならないみたい。西行寺家のお嬢様として、ここは私がこの妖怪桜の暴走を止めるべきだわ」
「あなた、何を言ってる....」
その瞬間、桜が呻いた。ぶわっと夥しい量の花弁を散らせ、轟々と唸りながら彼女の返答を待っている
それは、戦争の争い前での対峙と似たようなものだった。片方が攻撃を仕掛けなければもう片方は動こうとしない。
そこで彼女が宣戦布告した。
「私が死に詫びて封印する。人の人生と爛漫な景色とでは価値が違いすぎるもの」
それに応えた桜は唸るのを止め、彼女たちに取り巻いていた幽かな灯火が、姿を消した。
紫の目から流れ落ちる雫は枚挙に遑あらず。地に落ちては紅く染まった。
なぜ紅く染まったのか、理由は判らない。
ただ、紅く染まったのだ。
それらは軈て地に染み込み、反魂蝶へと育つ。
それが彼女には見えた。
しかし、この反魂蝶はいつもの桜色とは違い、紫色をしていた。
色鮮やかな景色は、虚無の夜空を飾る。
ゆっくり彼女が口を開いた。
「美人薄命と言うでしょう? 抵抗は無いわ」
それまで黙っていた月が再び姿を現し、紫の金色の髪を華やかに映した。しかし、その髪は雪が積もっており、燦然とした雰囲気は質を落としていた。
傍らに落ちている傘が、静かな風に揺れる。
窶れた紫の瞳は、悲しみの心を映し、安堵の様子は微塵も感じられない。
暗澹が紫の心を支配していた。
それを見て、彼女は美しいと言えた。

「もう逝くわ」
「待って!」
ずっと無言だった紫が漸く口を開いた。
解れた糸で結わいである人形の唇のように、紫の唇がまた動いた。
「二度と苦しみを味わう事の無い様、永久に転生させない身体にする。だから.......」
仄かな空間を創り出していた絢爛な桜や玲瓏の月は、瞬く間に姿を消し、紫の言葉を待つ。
「忘れないでね。私のたった一人の親友、西行寺幽々子.....」
紫の凛々しかった瞳はもう無く、華奢な瞳が彼女の眼には映った。
彼女は涙を流し続けた。
溢れんばかりの涙と感情が襲う。
紫も同じだった。
この場に汚穢なものは一切無く、輝き続ける空間に終焉の風が戦ぐ。

彼女は歌聖の最期の望みを思い出した。



――ほとけには 桜の花をたてまつれ   我が後の世を 人とぶらはば

私が死んで仏になった後には桜の花を供えて下さい。
もしも私の来世を思い、弔って下さるのならば――




それを追って彼女は、人生と云う華を散らす。ただし、彼女に来世は待ってはいない。
とにかく、この桜の前で散り逝く事こそ本望。
もう準備は万端だ。
「ありがとう。私のたった一人の親友、八雲紫....」
彼女はゆっくり真上の虚無の夜空を見据え、刃物を両手に持ち、十字架を描く様に首元に当てた。
金属のひんやりと冷たい感覚が伝わる。


――亡霊になったら感覚とかあるのかな? 美味しいとか、冷たいとか、何気ない感覚、あればいいな。


玲瓏の月に刃物の光が反射して目に眩しい。
夜空から紫に目線を戻す。
紫は清らかな涙を流して唇を動かしていた。


――大丈夫。


唇の動きからしてこう言っているのであろう。
もう一度、虚無の夜空に目線を戻す。
粉雪が目に入って、溶ける。また冷たい感覚が彼女を刺激する。


――さようなら。紫。


すっと手を引いて刃物を首に擦った。首の動脈が切れる感覚があった。
痛い。とんでもなく痛い。
痛みに耐えられずに、視線を地に向ける。
だが、彼女は痛みで泣くことも喘ぐことも決してなかった。
ただ、別れに悲しみ涙を流した。
首から大量の血が流れ出し、軈て意識が朦朧とする。鉄の味がする血を眺めては疎んだ。
ばさっと地に仰向けになって、虚無の夜空が見えた。
さんさんと降り続く粉雪。
幽雅に咲き乱れる桜。花弁。反魂蝶。
無感情に全てを見据える玲瓏の月。
彼女の身体に無数の花弁が覆いかぶさった。それらは墨に染まるように、彼女の血に染まり、紅い反魂蝶へと育ち、虚無の夜空へ舞い上がる。
これを彼女は美しいと思った。これまでにない程、美しいと思った。


――ああ。もうだめだわ。


体力の限界が近づいてきた。
最期の力を振り絞り、紫に伝えた。


――ありがとう。


彼女の目が自然と閉じ、意識は消え、虚無の夜空に別れを告げた。


――ただ一人残された親友は、彼女の亡骸を抱き上げ、追悼の涙を流す。
それは逝去した親友への感謝の気持ちだった。
彼女の整えられた美しい髪を撫でて、精一杯心を込めて、言った。

「ありがとう.....」



――富士見の娘、西行妖満開の時、幽明境を分かつ、その魂、白玉楼中で安らむ様、西行妖の花を封印し、これを持って結界とする。

願うなら、二度と苦しみを味わうことの無い様、永久に転生することを忘れ.....――
























西行寺幽々子が逝去して早二百年近く。
当時の出来事は一片の記憶も欠けてはいない。特に幽々子が亡くなった場面は、百年以上経った今でも鮮明に覚えている。
あの時の幽々子の表情が目に浮かんできた。
「紫様。どうなされたのですか? 表情が暗いようですが」
「いいえ。旧友を思い出していたのよ」
今は三月下旬。外は雪が所狭しと降って、見事に純白を飾っている。桜の花は蕾が見え始め、猫は炬燵から出る時期だ。

私――八雲紫は今、自宅の炬燵で煎餅を食べている。醤油の味が効いた、堅くて懐かしい味を楽しむことができる逸品。冬に冬眠をする習慣がある私にとっては、この季節の唯一の楽しみでもある。
炬燵の中では、我が家のまだ炬燵から外に出ることの出来ない猫が動いている。
その名前は橙。最近藍が召喚した式である。可愛いやつで、藍とかなり親しい所為か、私との交流はまだ浅い。
藍が手順良く夕食を準備しながら私に話しかけてきた。
「一年と云うのはとても短く儚いものですね」
「ええ。気付いたらまた春よ。一体何度目の春かしら?」
「春は新しいことを始める切っ掛けの時期です。どうです。少し外に出て運動をする習慣でも付けたらいかがですか?」
「まだ、遠慮しておこうかしら」
夕食の香りが漂う八雲家は穏やかで和やか。とんとんと藍が包丁を刻む音がただ一つ、耳に届いた。
その一定の間隔で鳴り続ける音は、私にかの出来事を連想させた――


幽々子と二人きりの夜。
妖怪である私に話しかけて来たたった一人の人間が、私に料理を作ってくれるそうだ。
「お鍋を作ってあげるね。この時期はこれに限るわ」
正直紫は鍋があまり好きではなかった。しかし彼女の作る鍋は優しく、美味しく、なにより愛情があった。

楽しかった日々。
それは――


ここで私の記憶が途切れた。
何気ない日々。覚えているだろうか? いや、覚えていないだろう。
「はい、今夜は鍋です。お肉も野菜もたっぷり入ってますよ」
何時の間にか料理を終えた藍が、今宵の晩餐の紹介をした。
温かい湯気が立ち昇る鍋には、藍の愛情が薄っすらと浮かぶ。
「切っ掛け、かぁ.....」
久しぶりに会いに行こうかしら? 覚えているかな、私の事。
「紫様。温かいうちに召し上がってください」
「いえ、今夜はいいわ。ちょっと用事ができたの」
久しぶりにあの表情が見たい。優しい笑顔が見たい。温もりのある、あの温かい手を感じたい。

私は壁に立てかけてある一本の傘を持って外に出た――




さっき見た時よりも雪の量は増え、靴が浸かってしまう程、深い。傘の下から見る景色は白一色で染められ、他の色は何一つ無い。
敢えて境界は使わない。この私自身の足で歩んで行きたい。その行動は私を苦痛の表情にするが、楽しみを募らせる時間とも成り得る。


長い純白の道を終え、目の前にはこれまた純白の階段が聳えている。富士山のように頂上は見えない。
すると後ろから肩を叩かれた。
「これ、何者じゃ」
凛々しい目つきで白い髭を右手で擦りながら彼――魂魄妖忌は私に尋ねた。
私は応えなかった。ただ、彼の目をじっと見据え、訴えかけた。
すると彼は、何かを感じ取ったかのように私に道を開けた。
「行くがよい。我がお嬢様の友人様よ」


十五分かけて漸く登りきった。
手には寒いにも関わらず汗が滲み、足は疲れ果て、心臓の鼓動がより一層早くなった。
顔を上げた先に居たのは、桜色の髪を靡かせ、雪が入り混じった仄かに揺らめく雰囲気を漂わせている彼女の姿があった。
生前と変わらず、美貌、体型、胸、顔立ち、髪質、全てが完璧な彼女が私の前に立っている。
最初に口を開いたのは彼女だった。
「どちら様で?」
何かの衝撃が頭を襲った。
その言葉は想像したものと全く同じだったが、私は涙をこらえることが出来なかった。
「何で泣いていらっしゃるの?」
右足の下に落ちた傘が、ばさっと音を立てて雪に埋もれた。
さんさんと降る雪がその勢いを増す。
楽しかった日々。あれは何だったの?
いいえ、違う。藍が言ってたじゃない。
『春は新しいことを始める切っ掛けの時期です』
そうよ。今から始めよう。これからが私と幽々子の新しい関係。
悔いの残らないよう、精一杯。

雪が降りてくる夜空に深く深呼吸を一つして、私は彼女に言った。


「友達になりましょう」
どうも幽々夢です。
今回は私が大好きなゆゆ様とゆかりんの出会いを自分なりに考えて書きました。
出会いと別れが連鎖する人生は儚く辛いものですが、この二人の出会いは華やかで、存在だけで勇気付けられます。
どことなく和風な雰囲気に仕上げたつもりです。
一応、こだわりを持って片仮名はいれていないはずです。

ゆゆかり最高!!!


追記
読みにくかったので改行修正
幽々夢
[email protected]
簡易評価

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コメント



0.310簡易評価
4.90Ash削除
とても美しい作品をありがとうございます。

これの二三日後の展開が気になります。
6.100名前が無い程度の能力削除
単語が難しくてなかなか読めなかったけど
美しい雰囲気は伝わってきた。
7.無評価幽々夢削除
8・10様

あれ?
既出でしたか?
12.100非現実世界に棲む者削除
良いエピソードでした。
やっぱり紫がいてこそゆゆ様ですよね。
ゆゆさま最高!