Coolier - 新生・東方創想話

月と紅茶とバウムクーヘン

2011/06/05 17:19:43
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 その日、珍しく紅魔館に小町が訪れた。

 紅魔館の面々は主に夜行性。昼に起きているのは咲夜ぐらいだ。
 それを知っていて小町はこの時間を狙った。用があるのは咲夜一人。
 他の者にはできれば気付かれたくもない。


「お前さんとあたいは友達って程でもないし、会ってからまだ間もない。でも赤の他人って訳でもないし、何よりあたいはお前さん本人を気に入ってる。だから本来なら教えるべきじゃないが、今日教えに来た」

 来客である小町に紅茶を淹れている最中の咲夜に、小町は構わず要件を話す。



「お前さん、明日死ぬよ」



 小町からのいかにも死神らしい宣告を受けて、咲夜は一つ質問をした。

「お砂糖はいくつ?」





 小町は死神なので人の寿命は分かる。分かるが何故咲夜が明日死ぬかまでは分からない。
 ついでに言うと、日に日にその寿命が前倒しになっている理由も分からなかった。
 だから映姫に尋ねてみた。

 人の寿命は決まっている。それは時間を止める能力でも変えられない。
 世界の時間は止められても、運命の時計だけは止まらない。
 言い換えれば咲夜が時間を止めた分だけ、実時間での寿命は減っていく。

「彼女は時間を止めすぎた。時間とは神の創った自然摂理の礎。簡単に弄ぶべきではなかったのです」





 小町にお茶を出したら自分も座り、無糖の紅茶をゆっくりと飲み始めた。

「それをわざわざ教えに来てくれたの。要はサボりかしら」
「冗談言ってる場合か?お前さん、この世に未練はないのかい」

 一方的に興奮して立ち上がる小町を一瞥し、咲夜はティーカップの水面を見つめる。

「未練ね…無くはないけど、大したものじゃないわ。庭のトマトの世話…美鈴に務まるかしら」
「トマトって…お前さんもしかして、死んでも西行寺の姫やら命蓮寺の船幽霊みたくなるだけだと思ってるんじゃないだろうねぇ。言っとくけど、あんなのは幽霊になってからよっぽど特異な目に遭った場合だけで、普通の人間が普通に死んだら姿も思考も何も無い、ただの『念』しか残らないんだよ。それが幽霊ってもんさ。例え生まれ変わっても前世の記憶も無いし本人からしてみれば、」
「長いわ。一文にまとめて」
「もしお前さんが死んじまったら、お前さんは死んじまうんだ!!」

「…何を言っているの?」

 小町の明らかにおかしい日本語に、咲夜は冷ややかな視線を送る。
 あまりに冷静な咲夜を見て小町も頭を冷やし、少し恥ずかしくなって椅子に座った。

「まあ、あたいだってお前さんが慌てふためく姿を見に来たんじゃないけどね。そういう所が気に入ってる訳だし」
「あら、お気に召していただいて嬉しいわ。気に入りついでに、一つだけ聞いておきたいのだけれど」

 まだ三口ほどしか飲んでいない紅茶をテーブルに置く。

「明日の何時頃かしら?」





 明日の夕方六時になったら死ぬ。それだけ聞いたら咲夜はいつも通りの仕事を始めた。
 レミリアは何も無ければ晩の七時に起きてくる。それまでに食事の支度を済ませておかなければ。
 それから今日明日は、一つだけ特別な仕事がある。





 晩七時。レミリアが目を覚ますと、既に咲夜が紅茶と朝食を用意して待っていた。いつもの光景だ。
 レミリアの食事中、咲夜は何も喋らずにただじっと側に立っている。
 ティーカップが空になれば何も言わずに紅茶を注ぎ足す。暖かな湯気がカップから上がる。
 静かな食事のひととき。レミリアの一番好きな時間。

 食事を終えたレミリアは、咲夜から報告を受けた。
 あと二十四時間経たない内に死にますと。



「…そう」

 他に何も言わない。ただ紅茶を飲み続けている。


「驚かないんですか?」
「咲夜は驚いてるの?」
「ええ、とても」

 窓の無い部屋のそこかしこから、いくつもの時計の音が聞こえてくる。

「人間だもの」

 レミリアは空になったティーカップを人差し指でトントンと叩いた。
 咲夜がティーポットを傾ける。

「私より永く生きるとは思ってないわ」

「ありがとうございます」

 最後の一杯を味わうようにしてゆっくり飲みながら、レミリアは少し視線を動かした。
 たくさんある時計は時間を知りたい時に却って邪魔になることがあるのだと、その時初めて知った。

「咲夜、外の天気はどう?」
「綺麗な星空です」
「そう…少し庭を散歩をするわ。ついて来て」
「畏まりました」





  月も出ていないのね

もうすぐ新月ですから
見えても明け方頃に下弦の細い三日月が上がるぐらいでしょう

  月が無くてはつまらないわ

お嬢様は月がお好きですか?

  嫌いじゃないわ

そうですか



  霊夢達には言ってあるの?

何をですか?

  貴女の寿命のこと

言ってません
時間がもったいないので

  冷たいのね

彼女達を友人と思っていない訳ではありませんが
今の私にはやらなければならない事がありますから
一分一秒が惜しいんです

  私と散歩なんかしてていいのかしら

いいんです
これがやらなければならない事ですから

  フランやパチェにも?

同じです

  そう



  時間を止めた分だけ寿命が縮まるって言ったかしら

はい

  思えば色々な事で時間を止めていたわね


少し…私の話をしてもよろしいでしょうか

  いいわよ
  珍しいわね

母の話です

母は私が幼い時に亡くなりました
でも亡くなる前に、一つだけ私に約束をさせたんです

日記を書きなさい、と

  咲夜が日記を書いてるなんて知らなかったわ

紅魔館に来てからは書いていませんでした

  約束を破ってるのね

いいえ

母が約束を課した意味が分かったからです

  意味って?

母は、私が時間を止める能力を持っていると知っていました
だから私が時間を軽んじることの無いように、日記を書かせたかったんです

  よく分からないわね
  日記を書くことと時間を大切にすることが何故繋がるのかしら

母もそこまで深くは考えていなかったんだと思います
ですが少なくとも、日記を書けば一日の経過を実感できます

  まぁ、人間の考えることだものね
  それで、何故今は書いていないの?

今はもう、母のおかげで時間の大切さに気付いていますから…そう思っていましたから
日記を止めたのは、日記に頼らなくてもそれを忘れないという誓いです

  「思っていた」…とは、含みのある言い方ね

実際には分かっていませんでした
時間を大切にするというのがどういうことなのか
大げさに言えば、効率よく仕事を進めることだと、そう思っていました

  今はどう思っているの?

時間をいとおしみ、慈しむことだと
限られた時間の中で生きていかねばならないという壁に、私は時間を増やすことで対処していたつもりでした
その結果、私は時間を減らすことになったんです

  世界に貴女が居た時間は減っていても、貴女に流れた時間は変わらないんでしょ
  それは減ったことにはならないんじゃない?

いいえ
私だけの時間に価値などありませんので

  真面目なのね

そうでもありません



東の空が明るんできましたね
もう館に戻りましょう

  ええ
  咲夜と一晩中語ったのは初めてね

そうですね



  咲夜

はい

  明日の晩はバウムクーヘンが食べたいわ



畏まりました










 翌晩、柱時計が七つ鐘を鳴らして、レミリアは目覚めた。
 部屋の外が騒がしい。

 ふとテーブルと見ると、ティーポットとティーカップ、それにバウムクーヘンが用意されていた。
 ティーカップには既に一杯目が注がれている。

 椅子に座り、紅茶を一口飲んだ。…もう冷たくなっている。
 次にバウムクーヘンを手に取る。重なった年輪の中心にぽっかりと開いた穴。
 水気が少なくて、紅茶無しでは食べられそうにない。

 カップが空になっても、誰も紅茶を注ぎ足さない。
 仕方なくレミリアは自らティーポットを手にした。
 紅茶を注ぐと、途端に白い湯気が上がる。

 もう一番好きな時間は訪れないのだろう。





 今日は朔の夜だ。





  了
5月3日

 今日から日記を書き始めることにする。
 と言っても、今日と明日の二日しか書けないらしい。
 サボタージュの死神によれば、私は明日の午後六時に死ぬそうだ。
 午後六時ではお嬢様のお目覚めをお迎えできない。
 あと一時間ぐらい何とかならなかったのかしら。

 死神から宣告を受けた時は、正直息が止まる心地がした。
 手だけは勝手にお茶の支度を進めていたけど、何も考えられなかった。
 色々と詳細を聞きたいけど頭が混乱して何を聞いていいのか分からない。
 とりあえず砂糖の量を聞いた。

 死神によれば、私が時間を止めていた間も私の寿命は消費されていたらしい。
 原理としては私の寿命が短くなっている訳ではないけれど、世界から見たら明らかに私は早世だ。

 それから死神に「この世に未練は無いのか」と聞かれた。
 随分と情に脆い死神だ。彼女がお迎えなら頑なに拒否すれば断りきれる気がする。
 紅茶の支度をしている間に気分もだいぶ落ち着いて冷静に考えられるようになったけど、未練と言われても思いつかなかった。

 私の価値はお嬢様にお仕えすること。
 普段から私が留守にしても大丈夫なように妖精メイド達を仕込んであるから、家事方面は心配ない。
 お嬢様の護衛と言ってもお嬢様の方がお強いのだから私がいなくなっても問題ない。
 小間使いなら美鈴と小悪魔がいれば事足りると思う。…少し不安の残る面子だけれど。
 唯一不安なのは庭のトマト。
 庭のことなのだからやはり美鈴がやることになるんだろうけど、あの娘植物の世話なんてできるかしら。
 寝ている間に枯らしてしまいそうな気がする。
 少し気を抜くと泥棒魔法使いが行きがけの駄賃として持って行くこともあるし。

 トマトのことはさておき、私がいなくなることでお嬢様にご不便をおかけしなければそれで良い。
 だから特に未練は無い。

 今日の家事は時間を止めずにやった。
 今のままなら寿命は明日の午後六時。
 これ以上浪費しなければ、お嬢様の目覚めの紅茶を準備してから死ぬことができる。
 だからもう時間は止めない。

 もう午後七時。お嬢様がお目覚めになる時間だ。
 今日の日記はこれぐらいにする。


5月4日

 時間が止められなくて手間取ったけど、今日の分の家事を全部終えた。
 お嬢様の目覚めの紅茶も準備した。
 私のお役目は全て果たしたので、最後の日記を書き始めることにする。
 今は午後六時。もういつ死んでもおかしくない。

 昨晩お嬢様に、私が死ぬことをお伝えした。
 お嬢様は「人間だから仕方ない」と仰ってくださった。
 私はお嬢様にお仕えするのが何より大切だと思っているけど、お嬢様も私の気持ちを分かってくださっているらしい。
 その証拠に、お嬢様は最後まで私に対する慰めや惜しみの言葉を口になさらなかった。そんな安っぽい同情は御免だ。

 お嬢様はそんな風に冷静だったけど、私の方は呆けて空のカップを見逃してしまった。
 落ち着きの無い自分が嫌になる。

 その後、お嬢様と散歩に出た。
 月は出ていなかったけど、星がとても綺麗に見えた。

 お嬢様と色んな話をした。
 私の命に関係ある話やない話、思い出話や美鈴のドジ話とか、色々。
 その中で一番長く話したのが、私のお母様の話。

 お母様が私の幼い頃に亡くなったこと。
 毎日日記を書く約束をさせられたこと。
 そしてその意味。それから後悔。

 お母様は私に時間の大切さを教える為に、私に毎日日記をつけるように言った。
 お父様が亡くなった時に私はようやくその意味を知った。
 その時に私はお母様の意図を理解したつもりでいた。だから日記を止めて、日記帳も家に残してきた。
 でも、全然理解できてなかったんだって今は思う。

 お母様は時間を大切にしろと言ったのに、私は時間を大切にする為に時間を量産してきた。
 量が多くなればもちろん価値が落ちる。それは「大切にする」という言葉から逆行していたんだ。
 そうじゃなかったのに。
 戦闘や掃除の為にたくさんの時間を止めてきた。そしてその分だけ私は命を浪費してきた。
 私は時間を操っている気でいたけど、その実私は時間に弄ばれていたに過ぎない。
 お母様の気持ちを理解できていなかった代価として、私は命を失う。
 死ぬと聞かされてから、手遅れになってから、ようやく気付くなんて。
 本当にバカみたいだ。


 昨日の日記に「未練は無い」って書いたけど、多分あれは嘘だ。
 確かに私がいなくなっても紅魔館は何とかやっていけるはずだし、お嬢様にご不便もおかけしない。

 でも私は?

 私は二度とお嬢様に会えなくなるし、お仕えもできなくなる。

 嫌だ。

 これからはお嬢様が命令すれば、今まで私がやった事を美鈴や小悪魔や妖精メイドが実行するんだろう。
 私がやった時と同じ結果をお嬢様にお返しできるとしても、やっぱり嫌だ。
 お嬢様の望みは、私がこの手で叶えたい。


 死にたくない。
 お母様、本当は私まだ死にたくないよ。
 ずっとお嬢様の
アデリーペンギン
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コメント



0.1620簡易評価
1.100奇声を発する程度の能力削除
切なくて心苦しい…
3.100愚迂多良童子削除
飽くまでも最後まで瀟洒で有り続け、しかしてどこまでも人間臭い。
この最後の手記は、誰かの目に留まるんだろうか。
5.100名前が無い程度の能力削除
1時間早く起きることならできたのに…せつない…
6.100名前が無い程度の能力削除
咲夜さん…
7.100白々燈削除
最後の日記がすごく印象に残りました。
特に、最後の言葉が途中で途切れてしまっていた所で泣きそうになってしまいました。
咲夜とレミリアの会話や、冷めてしまっていた紅茶のシーンなど、記憶に残る話でした。
たった2日間だけの日記、咲夜の心情を綴ったそれが、どうかレミリアや他の紅魔館の皆の目に止まりますように。
12.100名前が無い程度の能力削除
満点
19.100名前が無い程度の能力削除
。・゚・(ノД`)・゚・。
20.100名前が無い程度の能力削除
\すげえ!/
22.100名前が無い程度の能力削除
最期の日記にやられた
24.100名前が無い程度の能力削除
後書きの日記を含めての作品ですね
25.80コチドリ削除
作者様が言及されていないので、そうだとは言い切れないのでしょうが、
私個人としては『私の日記』と地続きの作品として本作を拝読しました。
そして甚だ理不尽な感想ではありますが、そういう読み方をしてしまうと何か物足りない印象を持ってしまう。
さらりとした別離に見えてもそこには万感の想いが、みたいな感じに受け取れないというか。
何度か作品を読み返してみたのですが、後書きの日記を含めて心にズドンと響いてこない。俺の精神状態がおかしいのか?

出来うることなら、

「いいえ
 私だけの時間に価値などありませんので」

と、咲夜さんが思うに至った経緯や、お嬢様が最後にバウムクーヘンを所望した理由、
意味もなくこのお菓子を選択したとは思えないし、なんとなくであれば想像できるのですが、
わかり易く理解できるエピソードなんかを描写した作品を挟んでこの物語を読んでみたかったです。
我ながら勝手な意見だ。ホントごめんなさいね。
31.90月宮 あゆ削除
自分の今、生きている時間について考えてしまう作品でした。
あとがきと本文含めて1つの作品で、切なく、読み込んでしまう作品でした。
最後の人間臭さを表に出さずレミリアの従者でありつつけた、咲夜さんの心意気がとても上手に表現されていて読者をひきつけていました。

久々に心に残る作品でした。
32.100名前が無い程度の能力削除
これは「私の日記」の続き何ですかね?ご想像にお任せという感じだと思いますがあれを見からまた読むとちょっと読後の感じが変わりますね。とても良い作品だと思いました。
33.100名前が無い程度の能力削除
その終わり方はきつかったよ……咲夜さんかわいそう。
亡霊になって白玉楼住み込みのメイドになったと思いたい。冥土のメイド。
34.100名前が無い程度の能力削除
ここで終わり…
人間なんだから未練はありますよね。
35.100ラビィ・ソー削除
私たちも眠気をこらえて仕事したり感情をこらえてやり過ごしたりと
「時間をとめる」ことをやっているのかもしれませんね。

バウムクーヘンは何層にもなっている菓子なので、有限の年月を咲夜と重ねた日々をなぞらえたものと
解釈しました。

次回作にも期待しています。
36.100名前が無い程度の能力削除
読者の想像に任せる余地があるからこそ、小説というのは
情感をもつと思う。素晴らしい作品でした。
39.100名前が無い程度の能力削除
後書きで切なさとか悲しさとかやるせなさが何倍にも膨れあがりました。
41.100名前が無い程度の能力削除
うおぉお・・・・
42.100名前が無い程度の能力削除
よかったです
淡々としたレミリアと咲夜の散歩のシーンに
こういう書き方もあるのかと、勉強にもなりました
43.100名前が無い程度の能力削除
咲夜さん死にネタは多いけど最後までいつもと変わらないおぜうと
最後に後悔しながら死んだ咲夜さんというのは珍しい
あと本編とあとがき読んだ後のコメ5が凄い
このコメがなかったら感想書いてなかった
53.100名前が無い程度の能力削除
あとがきで、ぐっと来ました。
淡々としたやり取りが、かえって情感を高めますね。

人間って、なんで未練を残して死ななきゃならないんでしょうね。
あまりにも理不尽な気がします。