Coolier - 新生・東方創想話

おごりだ、よろこべ

2011/06/01 18:31:45
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 お、そこの御兄さん。ちょっと寄りなさいな。しかめ面でもなかなか凛々しいじゃないか。もっと寄りなさいな。そう、うん、そう。あんた見慣れない人だね。けどその着物からして予感はつくよ、外から来なすった御仁だろう。外と言っても地上という意味ではないんだがね、さらなる外っかわの別世界だよ。

 外だの地上だのが、何が何だか分からないという顔をしているね。まあここが地底だということだけでも知っておくがいいさ。薄暗いから夜中だと思っていたろうけど、ここは大地の真下だからね。お日様とは無縁の場所だよ。

 恐い顔だねえ。そんなに筋張りなさんな。この橋を渡れば都につくからね、そしたらおごってやろうじゃないか。御兄さんは御足の心配なんてしなくていいから、全て私に任せなさい。

 地底の橋もわりかし壮観だろう。だがここを一人で通るのはよしなよ。とても危ない鬼がやってくるからね。そしたら何か適当な文句をつけられて足止めを食らっちまうだろう。あんたのその背広が、スマートに整っていて妬ましい……と言うような難癖つけられるだろうね。

 まあ私がいればワケないんだがな。私が都までご案内する道中で、御兄さんがすっ転んで頭うたない限りは無事なんだよ。

 アハハハハ……。

 うん。さっきから私の頭の飛び出たもんが気になっているようだから、教えてあげよう。これは見たとおり角だが、まあタダの角ではないんだよ、削って煮込めばダシが出るってもんなんだよ。便利だろう。あは、面白くないかい。まあ聞き流しておくれ。

 ほうら橋を渡りきるぞ。そら渡った。おめでとう御兄さん、もうすぐ都行きだ。地底旅行の第一歩。宴会はそこで開かれるのさ。御兄さんだけのための宴会を開こう。なにせ久しぶりの御客様だからね。さかづき片手に、袴ふりまく妖精の舞いをじろりじろりと眺める宴会だ。妖精は寸が足りていないが、もし御兄さんにそっちの気があるならきっと愉快なことだ。もっと艶やかな人が見たいというのなら、そうだな、私が一肌脱いでやろうかしら。

 さっきからうつむいてばかりだね。うらさびしい地底の地面ばかり見ていても面白くはないよ。草が生えてないからねえ、こればっかりは仕方がない。けど住んでいれば馴染めるさ。住めば都とはまさにこれだ。

 ほら、明かりが見えてきた。賑やかしい音も聞こえる。わくわくしてくるだろう。そんな堅い顔も都につけばすぐほころぶさ。御兄さんはそっちのほうが恰好がよいかもしれないがね。

 どうだいこの街並み、地底という言葉がまるで嘘だと言わんばかりだろう。果てまで伸びる瓦屋根、どれもこれも素敵なお店だ。酒場に賭博に遊郭にと何でもござざれの大街道だ。人は一人もいないが、鬼火や妖精は八百万ときたもんだ。ほら、あそこにも漂っているだろう。不気味かい。そうでないなら肝っ玉だよ。

 お店はどこがいいかな。御兄さんのご要望に沿った場所というとあそこなんかが都合よいかもしれないね。ははあ要望なんて一言も出していない。そうだったかな。妖精と遊びたいと言ってなかったかな。あ、それは私か。

 地底で酒を呑むならここしかないね、私の知っている範囲ではここの具合がよいね。そのかわり割高なんだけど、せっかく御兄さんがいるんだからガマ口閉めてらんないよ。

 どうだい、のれんが上等な風を運んでくるのを感じるかい。いや、いや、ここで感じなくとも酒を呑めばすぐ分かる。

 今日は空いているね。そこに座ろうか。遠慮せずに頼みなさい。私のことなんて気にしなくっていいから。それとも妖精と大騒ぎできるお店のほうが良かったかい。

 オ――イ、イツモノ――ヒト――ツ。

 さてと、御兄さんの話でも肴にしてグッといきたいもんだよ。……話したくないと。よろしい。人間誰しも安易に口を開くもんじゃない。他人とくればなおさらだ。ついついボロが剥き出す危険を思えばもっともなことだ。ならば私の話でもって場を盛りあげるとしようか。私のは肴とはいかんぞ。例えるなら三俵を預け渡されるような、抱腹絶倒ものだ。うん、ちとハードルを上げすぎたかな、ハハハハ三俵は我ながら言い過ぎた。せいぜい三斗くらいに思っておくれ。

 えーそうだな。えー。あ、待って。知り合いが店の外にきてらあ。席を外すよ、悪いね。

 …………。

 やあ、お燐……うん………………想入り……きたのか…………こっちに……見てないよ………………へえ、外に…………これから…………連れてくる……霊夢と紫………………うん…………ここで呑ませて……地霊殿に……………………橋にいったら……スィにこう言って……だいじょうぶ怒られるだけ……アハハハハハ…………また…………。

 …………。

 やあ。待たせたね。女の立ち話は長いってのはよく言われるが、御兄さんはどう感じた。そうでもないか。しこしコレがねえ、もっと集まると、きっとタチが悪いよ。女が三人あつまれば姦しいってヤツ。誰が考えたか知らないがうまい文句だね。

 何の話をしていたか聞きたいのか。興味アリって表情だ、女の話を聞きたいなんていやらしいヤツだよ。どうしてもと言うのなら、その耳ちょっと貸しな。恥ずかしがらずによこせ。

 さっき会話していたのはお燐という娘となんだがね、細っこくてよい娘だよ。急用ができたというから地上に行かねばならなくなったそうだ。まあ、じき戻ってくるだろうけど。で、急き立てられた原因なんだが、恐ろしきスキマの大妖怪と、天下無双の紅白巫女が、話があると言うそうじゃないか。何のつもりかブルッとくるね。くわばわ、くわばら。

 なんだ御兄さん、スキマと巫女を知らないのか。余所者でも多少は心得ありと睨んだんだが、いや、とにかくそんな人物がいるんだ。覚えておくとよい。どちらも容姿端麗の極みだからね。もっとも、スキマのほうは年齢が何桁なのか計り知れないけど。

 まだ恐い顔してらあ。もしや女と話すのが苦手かい。そうは見えないけどなあ。助平の気配がするよ。助平でも悪代官でも、酒を飲めば顔がほころぶもんさ。呑みねえ、呑みねえ。へえ、呑みたくないとは言うじゃないか。私のついだ酒が飲めねえってのか! ……フフフ本気にしちゃってまあ、かわいい。強要はしないから楽にやんな。酔いたくないから呑みたくない、と。酒乱かい。違うのか、じゃあ下戸というわけだ。萃香と大違いだねえ。あいつは素面でない時を探すほうが難しいって具合だ。そいつは誰かって。友人だよ。

 しかし酔ったらいかんという理由が分からないなあ。これから行く場所があるから正気でなくてはならない。そうか、そうか。立派だね。行く場所ってのは地底にある場所なのかい。御兄さん、はじめ会ったときはココがどこだか分かっていなかったじゃないか。知らないところに用事ありとはご多忙だね。

 アハハハ、そんな厳しい目で見ないでおくれ。詮索しすぎたね。ハハハハ。

 お。ちょっと失礼。また、知り合いだ。ああコッチに来ちゃったよ。

「ちょっとしつれい」

「やあ、地霊殿のご当主さま。散歩にしたってこんな暑苦しい場所に来ることはないだろう」

「散歩に見えますか。では散歩ということにしておきましょう……そちらの方は」

「恋人だよ」

「はあ……ふうむ、なるほど。恋人にしては釣り合わないと言うか、取り合わせの奇抜さが目立ちますが、よいでしょう。ところで貴方の恋人ですが苛立っていますね、逃げたがってもいます。尻に敷いているのですか」

「お、そうなんだよ。うちの旦那さんは逃げ癖がついちゃっててね。足がもうキリキリ舞いさ。だから私が毎晩もみほぐしてあげてるんだよ。尻に敷きながら」

「鬼は嘘をつかないと聞きますが、私の観察によれば嘘をつけないと言うのが適切ですね。どうも心を読まなくたって分かるほど飾り気ない法螺を……おや、そちらの伴侶の方、びくりとなさりましたね。そうですよ、私は心を読めるのです。驚きましたか。驚いていますね。その驚嘆の心でさえお見通しなのですよ」

「あんまり彼氏を虐めないでほしいよ。女が苦手の下戸だから、さ」

「女が苦手ですか。それにしては私へ向けていらっしゃる気持ちが……まあよいでしょう。私はこれで失礼します。外からのお客様はお燐では務まりそうにないので。あ、散歩という設定でしたね。では散歩の続きをしてきます」

 行ったようだね。

 さぞ冷や冷やしたろう御兄さん。なんたって心を読まれていたんだから、足掻きようがなくなっちまう。そんな深刻な顔をしなさんな。何を盗み見られたか知らないけど、あの様子なら問題はないさ。それにしても今日はお客が多くて賑やかだね、次は天狗か入道でも来きそうな勢いじゃないか。痛快だよ。

 オ――イ、デンガクオクレ――。

 さあさ、御兄さんもしみったれてないで注文しなよ。どうせ私のおごりなんだ、あとから請求しようなんて腐った真似はしないから安心おしい。なになに、女におごらせることは出来ないと、殊勝な言い草だねえ、とんだ美男子がいたもんだ。目付きの悪く鋭いわりに言うことは綺麗じゃないか。

 どうした、そわそわしちゃってさあ。例の行かねばならない場所へは、もう行かないと間に合わないのかい。もうちょっと酌に付き合ってくれると助かるんだけどねえ。うん、闇雲に急いだってなんの得が掴めるのか分からないからね、ゆっくりと。

 一体なにが御兄さんの背中をつっついているのやら。言えないなら無理しなくていいさ。かわりに私が好き放題しゃべるって寸法だ。女語りに耳かたむけて、酒をいただく。この上ない贅沢だとは思わないかい。それもタダなんだ。

 さっき当主が言っていた話は本当かねえ。ああ、つまり、御兄さんは逃げたがっているという話さ。私からか。こんな美人を捨て置こうとはいい度胸だよ。なんだ違うのかい。

 まあ何から逃げようたって私には関係ないんだがね。逃げ場所を間違えるんじゃないよ。猫から退くねずみの辿り着いた先はねずみ取りだった……笑えない冗談だと思うだろ。冷静でいればねずみ取りくらいすぐ把握できるんだ。だから御兄さんも、急がず慌てず、私とゆったり呑み交わそうじゃないか。

 よしよし、御兄さんが笑顔になれるよう一つ物語を話してやろう。よく聞くんだぞ。

 ええーオホン。我ながら親父臭いか。

 今は昔、あるところに平々凡々な男がいた。どのくらい平々凡々かというと、これはその男によって違うんだが、一つは己の甲斐性なさに絶望した男、一つは才能に恵まれていながら周りがそうと認めてくれなかった男。物語なんだから主役は一人だろうって疑問はもっともだが、しかしこの話は特別でね。主役が何人も何人もおり、入れ替わり立ち替わりに演じてくれるんだよ。

 とにかくそんな男がいた。彼は苦しみぬいた末に、ある決心をしたという。それは身投げであり、首つりであり、焼身入水切腹などなどの自害目録であった。どれを選ぶかは男しだい。どれであろうと先に待つのはあの世である。そして、あるとき遂に自ら命を絶とうとした。さてどうなったのだろう。

 男は気づけば見知らぬ場所に立っていた。木の鬱蒼と生い茂る山中のようであった。おかしい、こんなところは見たこともないぞ。ここが噂の地獄や天国だとしても、さすがに生々しすぎる。そう悩んでいた矢先、男の目の前に少女が姿を現した。実に美しい少女だが、服装が少々、凝っているのが気がかりだ。分けの分からない男へ、少女はこう言い出した。

 うふふふ、死に急ぐ命、けれどまだまだ用途はあります。ささ、こちらへいらして。御仁の身体のもっと素晴らしい利用法がありますの。他の方ではなかなか代用きかぬ、まさに、わが身なげうつほど達者なお方でないと務まりませぬ大仕事が、私についてくれば待っております。

 男は言われるがまま、半ば放心しながら少女の背中を追いかけた。木々の間を縫って、草葉をかきわけつつ。だが男はしだいとうたぐりだした。少女のいやに大人びた笑顔がうさんくさかったからだ。そのうち、男が考えはじめたこと。俺はもしや、とんでもなく危険な場所へ連れていかれようとしているのではないか。このままついていくと、命がないのではないか。

 ついさっきまで死のうとした男は、今は一転して、やってくるかもしれぬ死の恐怖をおそれていたのだ。

 おほほ。このような道なき道を歩くのはさぞ汚く思いでしょうが、今しばし辛抱してくださいませ。もうすぐ行けば民家が見えることでしょう。私たちはそこへ入るのですよ。などと喋る少女の、何ともいえぬ艶やかな声色の大人びた調子。

 男はいよいよ疑惑をつよめて、我慢ならなくなって少女から離れて、逃げ出した。すると、何やら後ろがざわめき立ち、そのおどろおどろしい気配が迫ってくるではないか。恐ろしさといったら筆舌に尽くしがたい。逃げろ! それが男の全てとなった。さあ背中に炎をしょったように男は走り出した。後ろを振り返らず懸命に手足をうごかす。どうなる、どうなる。

 ……アハ……ハハハハ……ハハハハハ……。

 ああ、すまないね。まさかそこまで睨まれるとは思わなかったよ。心配しなさんな、これはあくまで物語なんだから。別に御兄さんがこの男ってわけではないだろう。でも、その顔を見るともしかして、かもしれないね。や、冗談さあ。

 その物語はどこで聞いたのかって。ここら辺じゃあよくある話。有名なのさ。実際に起こるのだから、広まって当然の話さ。御兄さんも聞き覚えがあるのかい。ああ、悪かったからもう睨むのはおよしなさい。そんなに厳しく見つめられたら穴があいちゃうよ。ふむ、御兄さんはこの手の話はお嫌いらしい。オチのどんでん返しが見事の一言なんだが、そう睨まれちゃ幕も下ろせない。

 さっきの物語に出てくる少女の服装を詳しく教えてほしい? ははあ、そこに目をつけるとは、やはり相当いやらしいお方だこと。いいよ教えてあげよう。少女の何といっても大きな特徴は着ている服にある、それは唐国の趣を中心におきながらも西洋の風味が足されている、独特でね。まあ端的に言ってしまえばチャイニーズ柄のドレスってところさ。チャイナドレスとは違うんだよ、これが。そしてもう一つ、ドアノブカバーみたいな帽子をかぶっているのも見逃せないね。

 想像できるかい。なんだか難しそうな顔をしているじゃないか。見覚えでもあるのかねえ。

 呑まないくせにつまみは食べるんだね。田楽うまいか。そうかそうか。他にも食べたいだろうから焼き鳥でも頼んでやろう。つくねがいい? それはまた微妙なところを。

 鳥といえばこの地底にもカラスがいてね、たいそう元気で明るい娘なんだ。実はね、地底の支配権はほとんど彼女が握っているようなものなんだ。詳しくは教えられないが、彼女が就いている仕事の関係上、うまいこと立ち回りさえすれば地底は思うがままだろう。だがそうなっていないのは、彼女がカラスだからさ。鶏だろうとカラスだろうと、三歩あるけば何とやら。アハハハハ。

 なぜこんな話をするかって、その子が最近さぼるようでさ。ほら、さっきココに来たご当主さんがいるだろう。彼女が困ってるんだよ。どうだい、御兄さん。かわってその仕事を請け負ってみるのは。やりたくないか。それがいい。なにせ激務も激務だからね、身体が焦げるよ。真っ黒焦げになる。

 いや、たしかに御兄さんの言うことはもっともだ。なぜ見ず知らずの場所まできて働かなくてはならない。至極当然の問いだよ。まあ仮の話だよ。もしもってヤツだよ。え、そんなに怒らなくたっていいじゃないか。

 もう行くのかい。もう少し座っていなさいって。出口を教えろと言われても、地上に出るつもりかい。地上は嫌だがココから出たい、とは、ちょっと難しい相談だねえ。あ、待ちなさいよ本当にあと少しだけ。な、な、甘酒だけでも呑んでいきなさいって。

 ……おっと、新しいお客がきた。はやかったね。よし、適当な話つけて追いだしてやろうじゃないか。御兄さんは今顔を出されるとこんがらがるから座ってておくれ。ね、頼むから。申し訳ないね。

 …………。

 やあ、どうもどうも…………深刻な…………来てない…………霊殿にいって……本当だよ…………やるかい……もっと広い場所で………………呑んでただけだから…………店なんか入らなくたって……何もないから……ないって……。

 …………。

「こんにちは、また会ったわね」

「紫が言ってた外の子ってこいつ?」

「そうよ。逃げられたときは、それはそれで周りの妖怪に食われてしまえば問題ないと思っていたのだけど、地底に潜るとはね。何を求めてココに来たのかは聞かないわ。けどココは貴方のような人間が来る場所ではないのよ。地霊に取り憑かれたら命はないも同然……あら、たしかに私と一緒でも命はないかもね。イヤだわこの子、どうやって知ったのかしら。だから逃げ出したんだ」

「うーん。よく分かんないけど、アンタも驚いている場合じゃないわよ。面倒だからはやく言う通りにしてちょうだい。地上に戻るのよ、ほらッ。ハア。ねえ紫、わたし人をあつかうのって苦手なんだけど。こんな強情なヤツほっといたって何も起こらないわよ」

「起こる起こらない。そんな単純な話ではないのよ、霊夢……あ、霊夢? 外にいっちゃったわ。あの子ったら安い挑発にのせられて、まだ若いわね。あの鬼さん貴方にご熱心な様子ね、おかげで見なさい、霊夢と戦いだしたわよ。面倒なことになっちゃって。えっ、あの人は鬼なのかって。見りゃ分かるでしょう。角がなによりの証拠じゃない。角は飾りで削ればダシが取れる……? 雑な冗談ね、おもしろくない。私が物語に出てきた少女ですって? いったい何の物語だっていうのよ。あなた、ずいぶん吹きこまれたようね。ああ、もう、本当に面倒くさくなってきちゃった。地底にいても気持ちが悪くなるだけ。もういいわ」

 …………。

 …………ハハ。ハハハアハハハハ。

 あいつら手ぶらで帰っていくことになるとはねえ。せめて田楽やつくねくらい包んで渡してやればよかったかな。御兄さんもご苦労さんだ、スキマ妖怪と話すのはきつかったろう。隠しきれない、威圧感というか、重みがある。そして霊夢ときたもんだ。からかったら瞬く間に飛んできやがって、かわいい娘だ。

 さあ飲み直そうじゃないか。ん、どうした、今まで以上に怖い、引き締まった顔をして。

 そうだよ。私は初めっから御兄さんの境遇を知っていたよ。当たり前だよ鬼を舐めるんじゃないよ。どうして今まで騙していたのかって。馬鹿だね騙すつもりなんて一つもありゃしなかったよ、鬼は嘘がつけないのさ。御兄さんの舌が達者だったなら、私はきっと敵わなかったよ。

 本当にねえ、私が話をふるたんびにビクビクしちゃって、自分のことがバレると思っていたのかい。別に隠さなくっても良かったのに。なにせ、こっちは知ってたんだから。趣味が悪いって、たしかに良くはないけど、人をご飯にしようと企むヤツより平気だよ。

 しかし私を鬼と知らずに今まで会話していたんだね。アハハハ。そう。私は鬼だ。なんの誇張でないし比喩でもない、正真正銘の鬼だ。言うなれば悪党。まあ、悪いことはめっきりする機会がなくなったけど。だがそんなことは些末な問題さ。怖いのかい。食われるとでも思っているかい。

 うん。私は御兄さんが好きだよ。なぜ好きなのか、聞かせてやろう。まず、ココがどこだか分かるね。地底で、都だ。ではいったいどんな役割をもった都なのかというと、古い話になるがね、昔は地獄として機能していたんだ。ねえ、驚きだろう。御兄さんは見事に生きながら地獄へ立ってしまったんだよ。今が千載一遇の機会だと言っても差し支えない。

 地理も歴史もどうでもいいから早く要件を言え? せっかちなのは嫌われるよ。

 人手が足りないのさあ。地上と道が繋がったのはつい最近のことで、それまでは蓋されていたからね、妖怪と地霊はごまんといるが、人間は見当たらない。雑用してくれる奴が少なくて苦労しているんだよ。妖怪なんて皆ぐうたらの阿呆陀羅ばかりさ、働くなんて細かい作業は嫌いだ。だって私もそうだもの。地霊はそもそも、物にさわれない。中には力を奮発して、とっくりを卓の右端から左端へ動かせるくらいの奴はいるけどね、空のやつを。それがどうしたって感じだろう。そうしたとき、ちょうど人間がいる。律儀で、真面目で、そこそこ頭の利く奴がいる。御兄さんは私の見立てではその素養はあるからさ。だから好きなんだよ。よく働いてくれそうだから。

 お、その表情、いかにもガッカリしたと言う具合だ。ダメだよ。もう逃げるところなんてないんだよ。だいじょうぶ、カラスのところには連れていかないから、私が良い場所を斡旋してやる。

 なぜスキマ妖怪が御兄さんを見逃したと思う。諦めたのは、たしかにその通りだ。その諦めた理由だが、別に地底のココに置いていても構わないだろうと考えたからさ。元々は妖怪のお食事にするため連れてきた男を、構わないというたった一つの理由で捨てたんだ。安いねえ。地上だろうが地底だろうが、実のところ御兄さんの運命は大きく振れ動きはしないのさ。誰かに身体を捧げなければならぬという運命は。八雲紫がきびすを返したそのときから、暗黙のうちに私、いや私たち地底の住人との間に、了解がむすばれたんだよ。やむない、その男は好きにしていいってね。

 アハハハハハ、呑む気になったかい。そうかそうか、好きなだけ呑みなさい。なにせ私のおごりだからね。これから私を頼ってくれれば、いつでも二、三杯くらいはおごってやろう。

 ビンモッテコ――イ。
好き勝手に書いて、やや後悔。
しかし、活き活きとした勇儀姐さんが書けただけで嬉しい。
今野
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コメント



0.680簡易評価
1.100名前が無い程度の能力削除
お、おかしい。開く前は18kbと表示されていたはずなのに読んでも読んでも終わらないぞ・・・。
と、それ位に中身の詰まった話でした。こう言うの好きです。姐さんしか喋ってないのに、場面が容易に想像できるのも良いですね。
前半分はいつ食われるんだいつ食われるんだとドキドキしながら読んでました。それが良い感じに予想を裏切られた。でも結局碌な結末ではないと。死なないだけマシなのかな。
面白かったです。
4.100奇声を発する程度の能力削除
グイグイと物語に飲み込まれて行きました
とても素晴らしかったです
7.100名前が無い程度の能力削除
紫から人を攫うとは、流石勇儀姐さんだ。
姐さんだけが上機嫌で、男を始めとする他のキャラたちはしかめっつらなんだろうなあ。
最後まで楽しく読めました。
8.100コチドリ削除
まずは禁句的なコメントを一丁。

「俺の頭の中にいる勇儀姐さんとイメージが違い過ぎる!」

言わでもの暴言を吐いた理由はただ一つ、他にケチをつけるところが無いから。
この文章のリズム、凄ぇ好み。個人的には落語に通じる台詞の節回しだと思いました。
物語全体から良い意味での現実感の無さを感じるのも素敵。なんかフワフワした気分になる。
この作品を読めて良かった。投稿して下さった作者様に感謝を。
14.100リペヤー削除
短編なのにそうとは思わせないこの文章はとっても不思議。あ、これ誉め言葉です。
こういう完全一人称なお話は大好物。
勇儀姐さんの粋な感じが存分に生かされていたと思います。
15.80可南削除
なんだか凄く長いように、それほど引き込まれて中身のつまった物語と思いました。
面白かったです、ありがとうございました。
16.100智弘削除
タイトルと内容、どちらも好みでした。