Coolier - 新生・東方創想話

はじめてのおつかい―最近調子に乗ってた天人がおつかいの途中で悪いお兄さんたちに買ったもの取られちゃう編―

2011/05/19 00:01:36
最終更新
サイズ
28.18KB
ページ数
1
閲覧数
2184
評価数
3/16
POINT
700
Rate
8.53

分類タグ


 天界から、天界から見下ろせる暗雲から。一閃の雷が今、地上に注ぎました。
 それは青色の雷で、光速の蛇行を描きながら迅雷地面へと突き進んだかと思えば、地上寸前で風に舞う羽のようにふわりと速度を落とし、消え行く稲光の中から、一人の女性が姿を表します。
 そうです。こんにちは。空気の読める女、永江衣玖です。キメポーズはいかがですか? ちょっと時間が押していますが三十秒だけなら余裕でフィーバー出来ますよ。
 さて、そして私に遅れること三十秒、またしても空から降ってきました。こちらも青いですが、発光していませんし、光速でもありません。普通に物質が数千メートル上空から落下する速度と同じです。具体的に言えば、例えば人間がその速度で降ってきたとして、地面についた瞬間に真っ赤な花火という名の肉片が、十数メートル八方に飛散するくらいの速度です。
 そしてその青い物体は、まるで悲鳴のように聞こえる叫び声を上げながら、落下速度を落とさずに地面へとめり込みました。

「……あの、大丈夫ですか? 総領娘様」
「大丈夫じゃないわよ!」

 新規開拓された穴からすぐにそれは出てきました。大丈夫そうです。紹介します。この別に毎日トリートメントとブラッシングをしているわけでもないのに一定の艶やかさと輝きを保っているクソ憎たらしい青髪をした胸板の膨らみゼロの小娘が、最近私とよく絡むようになった落ちぶれ天界貴族のさらに爪弾きである、比那名居天子というお嬢さんです。

「飛び降りる時は『大丈夫ですよ、私がこの羽衣で華麗にキャッチしてみせます(声真似)』って言ってたじゃない! 結果私の頭蓋骨で地面を数メートル削岩する羽目になったんだけど!?」
「いいじゃないですか。私なんて毎年毎日静電気で髪バッサバッサですよ」
「何の話!?」
「そもそもこの羽衣で総領娘様の衝撃を全部受け止められるわけないじゃないですか。それなのに受け止めようとしたら羽衣は破れちゃって明らかに私のサービスシーンが描かれることになるんですよ? いえ、私はそれでもいいんですけど……ね?」
「だから何の話!? えっ、っていうか不慮の事故じゃなくてこれ!?」

 別に何処ってわけじゃないのですが、見られてる気がする方向にバチコーンとウィンクを決めたところで、総領娘様を完全に無視して状況を確認します。

「……あれが紅魔館ですね」

 総領娘様はまだ何か言いたげな顔をしていましたが、目前に立ち聳える赤色の館へ三歩近づいたところで、目付きをきりっと変えてそれを見上げます。

「フフフ……」

 纏うオーラも違います。たった三歩でこんなに切り替われるなんて流石です。この幻想郷でも真似出来る人は少ないでしょう。地底に居るという地獄烏くらいなものですねきっと。

「ついにやってきたわね、この因縁の地へ」

 さて、この辺りでなぜ私たちが、頭上天界から地上へと舞い降りたかをご説明しておきましょう。
 ――短い話になるのですが先日、総領娘様が主催で行われた『祭』で、総領娘様がこんなことを言ってのけたのです。

『今から一名ずつ、私の体を素手でボロクソにしていいわ……そしてもしも私に参ったと言わせるようなことがあれば、そいつの願いを何でも聞いてあげるわ!!』

 堂々たるマゾ宣言に大部分の観客は引いていましたが、その中でも一部の少女たち、特に大地震の異変の時、総領娘様によって多大な迷惑を被らされた少女たちが奮起したらしく、その数名の手によって総領娘様はタコ殴りにされました。
 ディフェンスに定評があるあのバランスのいい総領娘様に参ったと言わせた人物の一人が、此処紅魔館の主であるレミリア・スカーレット嬢なのです。
 レミリアさんの得意技である『なんとかクレイなんとか』が、総領娘様の鳩尾にクリーンヒットした時、総領娘様は涙やら鼻水やら脂汗やら謎の耳汁やらアレやらコレやら色んな穴から色んな物を滲み出しながらのたうち回って、情けなく小声で『参った』と呟いたのでした。
 因縁の地とかなんとか言っていますが、要するに罰ゲームの続きみたいなものです。

「さて、衣玖、行くわよ」
「はあ。苗字で呼んでくれませんか」
「えっそんな他人行儀な感じで行くの?」
「その「いく」って言うのやめてもらえませんか」
「そんなに嫌なの!?」

 他愛もない話をしながら、私たちは紅魔館へと近づいていきます。数十メートルも歩かないうちに正門の辺りまで来ました。そして門には然るべく門番さんが居ます。

「……何奴!」
「前時代的なご挨拶をどうも。この間貴女の主様にお世話になった、比那名居の宗家長女、比那名居天子よ」
「お久しぶりです、永江です」

 署名を記するような自己紹介。門番さんは私たちの顔をじっと見て、

「ふむ……お久しぶりです、永江衣玖さん。そちらの小汚い娘さんは誰ですか?」
「おい赤髪ィ!!」

 落下した時の土くれでメイキングされた総領娘様は、どうやら門番さんの記憶モンタージュと一致しなかったようです。

「一応、モノホンの比那名居天子ですよ」
「それにしては汚くないですか? 天界にはお風呂とかないんですか?」
「ありますよ。総領娘様が個人的に汚いだけです」
「ちょっと、そのちょっと会話待とうか!」

 割と長身キャラという事になっているエスニックレッドとディープマリンブルーの優雅な会話に割り込んで、総領娘様は我此処にありと言わんばかりに、ドンと胸を張って告げました。

「まあ、ちょっと汚れちゃってるのは認めるけど、この凛々しい顔を忘れたとは言わせないわよ!」

 そして、門番さんの顔をじっと見つめました。
 しかし視線は一切交わることなく、門番さんはばーんと張られた貧相な胸を十秒ほど見つめた後に、

「…………なるほど。確かに比那名居天子さんのようですね」
「目を合わせなさいよ!」
「いいじゃないですか何はともあれ認めてもらったんだから」
「私が認めてないわ!」
「自分の胸がフリーパスになってる事を?」
「確かに落ちる時異様に速度が上がってるって思ったら――違うわよ!!」
「あの、門開けていいですか? お二人の来訪は伺っているので」
「おっとこれは失礼」

 まだぎゃーすか喚いている総領娘様に羽衣猿ぐつわ(※衝撃で電気が流れるタイプ)を噛ませてから、しびしびさせたところで門番さんの誘導に従って、私たちは館の中へと入ることになりました。
 しかし紅魔館はいつ来ても壮観です。メインで彩られている赤色が、あまり天界では見かけない色だという理由もありますが、眼に入る景色は全て新鮮で、色彩効果も相俟って……私の心は……どんどんと興奮していく感じがします。ああ……興奮のあまりちょっと……放電が抑えられそうにありませんね。こういう時、羽衣はアースになって便利だと思います。今日のアースはなぜだかくぐもった悲鳴が聞こえますが、放電することで私の興奮も少しずつ平静を取り戻していくようです。
 今日は総領娘様の付き添いということで半ば有給のようなものですから、すーっと羽根を伸ばすことにしましょう……おっと、地上に来た理由を忘れるところでした。

「門番さんは、今日は何が行われるのか知っているんですか?」
「あ、美鈴でいいですよ」
「ンモー!」
「そうですか? それでは美鈴さん。ああ、敬語は癖になっているので」
「ンヒィー!」
「いえいえ、お好きにどうぞ。それで今日なんですけど……私はあまり知らないんですよ。あまりというか、全然。いつも通りの番をしてくれとしか言われていませんので。お嬢様の頭の中を想像するのも無理難題ですから」
「なるほど。こう言ってしまうと申し訳ないのですが、私も付き添いの身、一人紅魔館のもてなしを受けるわけには行かないので、あまり動きまわるようなことはしたくないですね」
「ムゥフゥゥゥン!!」
「あはは……レミリア様に限ってどうでしょうね。遊び道具があると何処までも楽しむ人ですから。咲夜さんの苦労も気にせず、色々と飛び回りそうです」
「咲夜さんというと、あのメイドさんですか……どの世界でも従者というのは大変なのですね。私は、従者というほど大それたものではないですが」
「ン、ン、ンンッ、ンンンンンンンンンンッッ!!!」

 羽衣アースの揺れに激しさを感じながら、立ち止まるとともに少し一息つけるくらいの距離を歩いて、私たちはエントランスホールへ繋がる観音開きの扉前へとやってきました。
 美鈴さんが、コンコンッ――コンッ、と扉をノックします。

「それでは、私は此処で」
「ええ、ありがとうございました」

 ノックに反応して扉が開かれます。片方だけが内に開いた扉の向こうでは、普通の人間を八分の五サイズにしたくらいの妖精メイドが立っていました。そして役目を終えた美鈴さんは、また門番の仕事へと戻っていきます。

「お待ちしておりました、永江衣玖さん。お連れ様。レミリアお嬢様がお待ちしています」
「はい、ご苦労様です」

 客人たる物、召使の目上でなければなりません。妖精メイドのモブ子ちゃん(A)に微笑んで、モブ子ちゃんが先導する廊下を歩きます。
 そこで、不意に右肩を叩かれました。何かと思い振り返ってみると、そこには視聴規制が入りそうな顔をしている総領娘様がいらっしゃっておられるではございありませんか。

「どうしたんですか?」

 妖精メイドは足を止めないので、仕方なく、仕方なく心苦しくも羽衣アース(猿ぐつわ、もしくはリードとも言える)を引きずりつつ問いかけます。
 しかし総領娘様は返事をしません……こんなに出来が悪かったなんて……おお、痛ましい。
 そろそろ私にも良心の呵責と前述の規制コードというものがありますので、羽衣に流していた電気を止めました。
 同時に総領娘様の足も止まり、そのまま崩れるような美しいノックダウンを見せてくれます。ふかふかの雪へ沈み込んでいくような、スローモーションにも見える美しいダウンでした。

「どうしましたか?」
「あのねェ!!!」

 しかし流石の復帰力です。カウントワンも入っていません。

「もう人の家なので静かにしましょう」
「あ、うん……いやそれ違くて!!」
「静かにしましょう」
「あ、うん……いやそれ!」
「黙れ」
「はい」

 比那名居様の教育係も大変でしょう。
 総領娘様を黙らせたら、私もモブ子ちゃんも黙々と廊下を進んでいきます。それにしても長い、長いです。メイド長である十六夜咲夜さんの手によって空間が押し広げられていると聞きましたが、それにしても長いです。

「この廊下は随分と長く作られているんですね」
「あ、ちょっと私道に迷ってしまいまして」
「あ、はい。……」

 誰か助けてくれないでしょうか。
 その願いが通じたのか、偶然、本当に偶然、メイド妖精が適当に道を選んで歩いていたらしい曲がり角の先に、銀髪の三つ編みを垂らした少女が居ました。

「あっ、咲夜さん」
「あら。こんなところに居たの。中々来ないから少し私が出向いたわ」

 出会うなり即刻縋りつくモブ子ちゃん。このどうにかして成長しないでいようとする姿勢は立派です。立派なマイナスです。銀髪三つ編みの少女――ええ、彼女こそメイド長である十六夜咲夜さん。彼女とモブ子ちゃんは数回言葉を交わした後、モブ子ちゃんが振り返り、私に一礼をして廊下の先ほど歩いてきたほうへ向けて走っていきました。

「……ねえ、さっきから私異常に無視されてない?」
「ああアレですよ総領娘様の存在の次元が高すぎて(中略)認識出来ないんですよ」

 私が告げた言葉の意味を必死で考えている総領娘様を置いておき、私は咲夜さんのほうへ向き直りました。

「どうも」
「こちらこそ。ようこそおいでなさいました。不手際があったようで申し訳ございません。不手際ついでにご迷惑を重ねますが、お嬢様が退屈にお待ちでいらっしゃいます。どうか急いで参りましょう」
「ええ、構いませんよ」

 流石はメイドの主、という風格だ。お客様第一、そしてそれよりも別格に主人へ忠義を向けている様が、ひしひしと伝わってくる。
 早足で歩き出す咲夜さんの後ろをついて歩く。テテテテーテレレーテレレーテレレッテッテテテテテーテレレレレレー。

「こちらです」

 咲夜さんについて行くと、目的の場所まではすぐに辿り着きました。そしてそのままノックを三回。すると中から、風格と気品の漂う幼い声が聞こえてきます。
 入れ、という言葉に誘われて、咲夜さんが扉を開けました。
 扉をくぐった先は――赤い大広間でした。そしてその中央に、小さな大妖怪が立っていました。

「フゥハハー! 出迎えご苦労だったな咲夜! 安楽椅子探偵最終話……異変の根源よ、この館によくぞ来た! 此処が貴様の巨大なる墓標となるッ!」
「ほう……この程度で私を捉えたと思っているようね、小さな探t」
「あの、総領娘様別に乗らなくていいんで(ズビッ)」
「ハアアアアアア眼球に指を突き入れるのやめてぇえええええええええ!?!?」

 面倒な流れになりそうな空気を察したので、とりあえずブレーキに指を突っ込みました。微妙に濡れた指先を拭い、レミリアさんに向き直ります。

「お久しぶりです」
「うん、久しぶりね。この間は楽しかったわ」
「いえいえ。総領娘様が勝手にやらかしたことですから。お楽しみいただけていたのなら」
「あの……ねえ衣玖」
「ククク。私の本気をぶつけられる機会は中々ないからね」
「総領娘様も嬉しそうでしたよ」
「ねえ衣玖」
「さて、それで今日のことなんだけど――」
「永江さん」
「あ、すみませんレミリアさん。少々お待ち下さい。なんですかうるさいですよ総領娘様」
「くそっ」
「何か言いました?」
「いやなんでもないんで目を突くのだけはもう止めてください! ……えっと。そろそろ私メインで話を進めたいんだけどその辺の空気を呼んでくれたりはしないのかしら」

 総領娘様に任せると私が面倒なことになるんですよね……。このままレミリアさんと話を進めて、この室内で出来そうな天人を使った人体魔法実験とか余興マジックとかで話を終わらせたいところです。
 しかしやはり付き添いであるという建前上、総領娘様にそう言われたら引くしかありません。もう少し羽衣を噛ませておくべきでしたね。せめて今日一日中くらいは。

「……では私は引きましょう」
「流石リュウグウノツカイね」

 いまいちな褒め言葉をバトンにして、私と総領娘様の前後が入れ替わりました。

「さて吸血姫。お礼参りに来たわよ」

 早速趣旨を履き違えていますね。

「ククク……貴様がその気ならば私も一向に構わんが、今日は貴様が私の言う事を聞く日だろう」
「くっ、卑怯な!」

 総領娘様の提案ですねそれ。

「それでは約束の『願いを一つ』をだな……咲夜(スカッスカッ)」
「はい」

 レミリアさんがかっこよく指パッチンをスカすと、今までじっとしていた咲夜さんの手に、一瞬で一枚の紙が現れました。

「これを見ろ」

 レミリアさんが告げて、咲夜さんがその紙をカードのようにピッと飛ばし、総領娘様の額にカードが刺さり、それを総領娘様が引っこ抜き、額から血がどろっと流れます。

「これは……瓶? 何かの液体が入っているようだけど」
「そう。それは別名、『不死王の葡萄酒【ワイト・レイ・ワイン】』と呼ばれている薬だ。それを飲めば立ちどころに、『そのものが抱える一番の障害』を治すことが出来るらしい。私はその薬を飲むことで太陽を克服し――日光を苦としない吸血鬼、『星の使徒【デイライト・ウォーカー】』へと進化するのだ」
「壮大な話ね。これが何処にあるかも、上手く行くかも分からないのに」
「上手く行くさ――場所も分かる」
「へえ?」

 レミリアさんの語り口調はまさに悪の権化。超天才的悪戯っ子である総領娘様も、その雰囲気の前には稚魚同然のようなものでした。それでも何とか頑張って、体裁だけでも悪く整えようとしているようです。その二人の会話は傍から聞いているとまるで……ファンタジー小説にハマった子どもの幻想系スペクタクルおままごとのようでした。

「この薬は今、冥界の管理者の下で厳重に保管されているらしい」
「冥界の……」
「そう。平たく言うと私の『願い』、それは――白玉楼の西行寺幽々子の手から、この薬を奪い取って来て欲しい、だ」

 冥界、ああ……遠いですね。
 面倒なことになりそうだという予感はズッパシ的中、気のせいか咲夜さんからものすごい憐れみの目を向けられている感じがします。どんどん憐れんでください。それで一寸でも私の面倒が軽くなるなら大歓迎です。

「よろしく頼むよ、天人サン」
「ふん……さあ、聞いたわね、衣玖」
「……(無言で天地魔闘の構え)」
「永江ェ!! いい加減しつこいなこれ!」
「はぁ、あまり聞いていなかったので総領娘様の口から一言一句レミリアさんの説明と変わらない説明をしてくれたらきっと分かると思います」
「そんなに行きたくないの!?」
「いえ、そういうわけでは……」
「じゃあ話は早いわね」
「でも流石にちょっと……」
「どうしたの? はっきりしなさいよ。やっぱり行きたくないのね?」
「行きたくないってことではないんですが……」
「もう! 私のことが嫌いなの!?」
「はい」
「そこは素直かー! そうかー!」

 色々と抵抗はしてみるも、結局私の仕事は総領娘様の付添人です。序列と忠義の下に、私は総領娘様についていかなければならないのです。****。どうして他のリュウグウノツカイは捕まらなかったんでしょうか全く。

「ククク……薬は白玉楼の奥、その場所で最も神聖とされる場所――<>の<>というところに奉られているらしいわ。さあ、私の持つ情報は此処まで。後は自らの足で踏み入り、自らの目で捉え、自らの手に掴んできなさい。比那名居天子。今日一日だけの、私の忠実なる下僕よ!」
「下僕……あまりいい言葉ではないわ。でも、不思議と燃えてくるわね――いいでしょう、この貴族比那名居ッ! 一日限りのサテライトになろうッ!!」

 なんだか暑苦しいやりとりになってきました。冥界は寒いと聞きますから、これくらいで丁度いいのでしょうか。
 この後はレミリアさんの指示で動き出す咲夜さんに案内され、来た時の三分の一くらいの距離を歩いただけで、紅魔館のエントランスホールへと戻れました。
 エントランスホールからの見送りは、レミリアさん自らが行ってくれるようです。何だかんだ手厚い辺りが流石ですね。伊達にクククとか言ってませんね。

「それでは行ってきなさい」
「いってらっしゃいませ、お二人様」

 二人に見送られて、紅魔館の扉は開け放たれました。差し込む日光の関係で、それほど近くまで寄ってくることは出来ないようですが。

「さて、それじゃあ行くわよ、永江!」
「ちょっと今くらい名前で呼んでくださいよ……空気読めないんですか?」
「変に固執すると思ったらその台詞が言いたかっただけなの!?」

 そうして私たちは、出発したのです。一路、白玉楼へと。



 と言っても、別に異変が起こっているわけでも異変を起こしているわけでもないので、道中はとても平和なものでした。
 先頭を突っ切る総領娘様がかっこよく森を抜けようとして、低空飛行のまましゃーっと飛んでいたら、数回木の枝に顔面をぶつけた程度で、特にこれといった事件もないまま、ついにこの場所までやってきました。

「……何奴!」
「デヴァブね」
「デジャブですね」

 総領娘様は甘噛みしたのも気にせずに、目の前に現れた銀髪の少女と対峙しました。
 そこは冥界と現界を繋ぐ千段石階段。どうにも今日は門番的な人とよく会うようです。まあ、それだけ人の敷地を荒らしているっていうことなんでしょう。傍迷惑にも程があります。

「その格好……天界の?」

 総領娘様を総領娘様と認識してるなんて……なんて偉い子なんでしょう。この子は確か、妖夢さんとおっしゃいましたか。

「その通り。比那名居家の嫡子、比那名居天子よ」
「その比那名居が此処に何の用? 幽々子様は今、取り込み中よ」
「取り込み中でも第二東中でも関係ないわ。私は、この白玉楼にあるという秘薬を奪いに来た!」

 この鉄板胸板娘は包み隠すという言葉を知らないのでしょうか。奪いに来たという言葉を聞いて、妖夢さんの闘気が明らかにムワッと湧き出てきました。

「先の異変もそうだけど、やっぱり天人は傍若無人――天真爛漫といえば聞こえはいいけど、ただの我侭な悪党みたいね」
「あら酷い悪口。聞き捨てならないわ!」
「大体合ってますよ」
「悪役に悪口も何もない! 幽々子様の要件、邪魔立てするなら。この二刀の錆にしてくれる!」
「いいでしょう。貴女とは剣士として一度、刃を交えてみたかったわ。けど残念、私には時間がないの。それにこっちは二人……貴女は身を引いたほうがいいわよ? さあ、衣玖!」
「一人で頑張ってください」

 多分、この返事は総領娘様も大体了解していたようで、それでもテンプレっぽい台詞を吐かなければ満足できなかったようです。
 鞘もなく、総領娘様が空手でブン、と虚空を切ると同時に、赤い残像がゆらりと揺れます。いつの間にか総領娘様の右手には、燃え盛る炎の色が美しい、緋想の剣が握られていました。

「一刀に伏す」
「こっちの台詞だ!」

 居合ではない。両方とも刀を鞘に戻すことはありません。そもそも緋想の剣には鞘がないのですが。抜き身のまま、総領娘様は緋想の剣を下段に構えました。そして妖夢さんは長剣のほうを一振り握って、こちらは上段に構えます。しかし妖夢さんは階段の上。立地としては相手が圧倒的に有利。
 ピンと張り詰める空気。緋想の剣は周辺の気質をひりつかせながら唸ります。妖夢さんの楼観剣は逆に、纏う空気全てを切り裂くようにして静かな佇まいを見せています。柔と剛の対立構図。これは中々、総領娘様の癖に生意気にもかっこいいと思ってしまいました。
 先んじたのは、剛。

「セァ――――――ッ!!」

 地面を一蹴りして、階段を滑り上がるように総領娘様が進みます。総領娘様が踏み込むと同時に軽い地震が起こりました。妖夢さんは一瞬だけ動きを鈍らせます。比那名居の地震を操る能力によって、妖夢さんの鍛えあげられた『後の先』の有利を零にしたのです。
 しかし妖夢さんも負けてはいません。なんと、地面が揺れて自分の踏み込みが遅れると判断した瞬間に、すぐさま鞘に剣を収めたのです。そして揺れに対応するように体勢を低くします。これで妖夢さんは、刹那の内に居合い抜きの姿勢を作り上げることで、零れ落ちたと思われた『後の先』を自ら拾い上げました。
 ですが――。

「ッ!」

 交錯する二人。
 いかなる弾幕も掻い潜って相手を切りつける、総領娘様必殺の踏み込み逆袈裟切り上げ。それは妖夢さんの左脇腹を切り抜いていました。
 虚を突かれながらも、天性の反射神経で居合による迎撃を行った妖夢さんでしたが、打ち放った楼観剣を鞘に収めた瞬間、斬りつけられた脇腹から、赤い霧を吹き出しました。

「ぐっ……」
「私の緋想の剣は気質を切り抜く。それはいわば精神エネルギーよ。安心しなさい、たとえ傷が深くても、一刀切り抜いた程度では死にはしないわ。……と言っても、半分幽霊の貴女には、少し効き過ぎるかもしれないけど」

 あの総領娘様が輝いてみえます。

「さあ衣玖、進むわよ」
「あ、はい」

 総領娘様が階段を駆け上がるので、私もそれに続きます。途中でもちろん妖夢さんの横を通り過ぎることになるので、敗者に掛ける言葉はないと分かっていながらも、別に私が勝ったわけではないので普通に声を掛けてみました。

「大丈夫ですか?」
「ええ、これくらい……少し休めばどうってことありません」
「そうですか。それなら――」
「……お二人とも」

 大丈夫と言うのなら大丈夫だろうと思って、それ以上の言葉を掛けずに立ち去ろうとした時、妖夢さんがぼそりと呟いたので、動きを止めてその先の言葉を促しました。

「気をつけてください」

 それは忠告のようでしたが、それだけでは意味が分かりません。しかし妖夢さんもそれ以上言う気はないのでしょう。そんな空気を察した私は、妖夢さんの言葉を気に止めつつも、そのまま横を通りすぎていきました。
 総領娘様に追いつくように階段を滑り上がります。宙に浮ける能力がどんなに素晴らしいものかと実感できる瞬間です。
 白玉楼へと近づくにつれ、景色が変わっていきます。霧が深くぼやけたような景色から、その霧がどんどんと晴れて、繁々と立ち並ぶ木々やごろりとした大岩が転がる、一種『日本庭園』を感じさせる様相を呈してきました。
 そしてついに行き止まり。

「……来たわね」

 総領娘様が呟く先には、荘厳な日本家屋の門構えがありました。門番は居ません。先ほど倒してきたのですから。
 そしてその門を開いてくれる人も居ません。総領娘様は、金属の擦れる音すら鳴らないほど綺麗に磨き上げられた、美しい黄金長方形の扉を、すぅっと押して中へ踏み込んでいきます。私もそれに続いて中へと入りました。

「確か、台所の神棚にあると言っていましたね」
「違うわ……<>の<>よ」
「ああそうでしたね」

 そう言いながら、総領娘様は私をほっぽり出して屋敷の中へと消えていきました。そのイントネーションだけ違う国で育ってきましたみたいな言い回しに意味はあるのでしょうか。とりあえず目指すは台所です。白玉楼に置いて台所とは、主人である西行寺幽々子の寝室以上に神聖な場所だと言われています。いえ、幽々子さんが自分で言ってました。
 ……そういえば、妖夢さんは幽々子様がどうだとか言っていましたか。取り込み中? ということは、今、白玉楼に幽々子さんは居らっしゃらないかもしれません。大変申し訳ないのですがこれはチャンスです。誰にも見つからなければ面倒は増えません。このまますっと総領娘様が『黙って静かに』例の薬とやらを手にすればいいだけです!

「衣玖ー!! お薬あったよー!」

 死んでしまえばいい。
 失礼。台所のほうから叫び声が聞こえてきました。これは私のミスなのでしょうか? 私が少し離れた場所に居たから総領娘様は叫んで私を呼んだのでしょうか? 私が悪いのでしょうか? 答えはノーです。あいつは馬鹿だ。

「ちょっと総領娘様、屋敷の中に幽々子さんが居る可能性があるんですよ。そんな大声出しちゃ――」
「えっ? 幽々子?」
「あら、私に何か用かしら?」

 ………………!?
 この声はまさか、西行寺幽々子その人でしょうか!?
 私が台所へ向かってすぐさま総領娘様に警告を飛ばして、それに反応した総領娘様以外の声。聞き覚えがあります。この声はまさに――。
 声のしたほうを見ると、巨大な海苔巻きが浮いていました。

『なんだこれ――――――――――――――――――――――!!!?!??」

 思わず私と総領娘様がシンクロして叫びます。えっ? 幽々子様の声そっちからしましたよね?
 そこに居たのは、姿形はなんというか、妖夢さんの半霊に似ていました。円錐の底に半円をぺたっと貼りつけて錐をぐねっとねじ曲げたような形。
 しかし、そのサイズは総領娘様の三倍はあろうかというほどで、白玉楼が巨大な屋敷でなければ間違いなく廊下が押し広げられているところです。そして外側(皮膚?)は真っ黒。半円をぺたっと貼りつけたところだけが肌色になっており、そこには確かに、西行寺幽々子さんの顔が――若干のっぺりゆっくりした苛立ちを誘うイラストレーションで――描かれています。
 気のせいかその幽々子さん(仮)の下のほうに特殊なフォントで【Charlotte】という字幕が出ていてもおかしくないような姿です。
 まさか、妖夢さんが『取り込み中』そして――『気をつけて』と言ったのは、まさかこのこと!?
 サイズの圧迫感さえなければ愛嬌も感じられる顔立ちなのですが。危害を加えてくる様子もない……でも気をつけてと言ったのは何故?
 その疑問はすぐに解決しました。

「あら? よく見ると――美味しそうな桃があるじゃないの」
「へ?」

 総領娘様がきょとんとしたのもつかの間。
 次の瞬間には、大口を明けたユユロッテ(仮)が、総領娘様の目前に迫っていました。

「いただきまー」
「ぬわ――――――――――っ!?」

 総領娘様が叫んだ台詞は死亡フラグでしたが、残念ながら本人はそのパックンチョを間一髪避けて私のほうへと飛び込んできていましたっていうか「なんで私のほうに来るんですか!?」と、思わず叫ばずに居られません。辛抱たまらん。私は逃げるねッ!

「あらちょっと、逃げないでー」
「逃げるッ!! 誰がなんと言おうと逃げるッ!」

 右に同じ。泣き声に近い悲鳴を上げながら総領娘様は逃げます。私もユユロッテ(仮)が発するあまりの圧力に逃げます。狙いは総領娘様のようですが、私もいつどんな理由でパックンチョされるか分かったものではありません。
 幸いユユロッテ(仮)の機動力はそれほどでもないらしく、私たちは無事逃げ切ることが出来るだろう――と、思っていた矢先でした。

「うわっ!? 総領娘様なんか体が段々ズレてますよ!? 縦に!!」
「えっ!? あっ本当だ!! 視界がアシンメってる!?」

 なんと、走っている衝撃で総領娘様の体が中心線に沿ってズリズリと二つに分かれ始めたのです。

「妖夢さんにやられたんじゃないですか!? っていうか何でそれで生きてるの!? 天人気持ち悪っ!」
「気持ち悪いとか言うな! くそっ! 避けきれてなかった!」

 馬鹿は風邪を引かないと言いますが、極めれば体が真っ二つになったことさえも気づかないのですね。しかし今はそんな状況ではありません。とりあえず総領娘様は体がズレないように、両こめかみ辺りに手のひらを当ててオワタな体勢で走っています。
 するとどうでしょう、その状態だと全くスピードが出ないのです。今までダダダダッと走っていたのがドタドタドタッという感じになってしまうのです。

「ちょっとこのままじゃ追いつかれちゃいますよ! 急いで!」
「急いでって腕振ると体真っ二つにスポーンしちゃうし! やばっ、後ろから寒気迫ってきたアアアアアアアアア!!」
「いただきまー」

 なんですかねこの前門のホラー後門のホラー! 片やスプラッタ天人でもう片方は人食い海苔巻き。総領娘様は自分の体を押さえつけながらの全力疾走で忙しいようなので、私が限りある知恵を絞って打開策を探します。

1.幽々子さんのアレは空腹が原因だと思うので隣を走ってるスプラッタを生贄に捧げる
2.立ち止まってユユロッテ(仮)と戦う
3.私が身を呈して総領娘様を守る

 ……今のところ一番現実的なのは(1)ですね。

「総領娘様!」
「何!?」

 生贄になってください! そう叫ぼうとした時――4.が、ピンと来ました。

「薬! その『一番の障害を治す薬』を飲むんです!」
「えっ!? でもこれは!」
「でももなにもありません! 此処で私たちの冒険の書が消えてしまうのが一番ダメなんですよ!」
「くっ……しかし天人あろうものが」
「そんな誇り高い種族じゃないから問題ないです! さあ!」
「あのそれはちょっと」
「早く!!! 両手塞がってんなら口開けろやダラズがッッ!!!!」

 ヒギィィィと叫びながら大口を開ける総領娘様の顔面に、懐から取り出した『不死王の葡萄酒』を――。



「……ふむ」

 唸るのはレミリアさん。私たちはあの後無事、幽々子さんと言う名のショゴス的な何かから逃げ切ることに成功しました。
 あの薬は本物だったらしく、あれを総領娘様の顔面に(なるべく口を狙って)ぶちまけた直後、体を二つに割くようにして引いてあったラインがすーっと消えていったのです。元の全力疾走が出来るようになってから二人は、必死で走って走って、何とか五体満足のまま紅魔館に辿り着いたのでした。

「残念だ……天人ならこれくらいのタスク、容易にこなしてくれると思っていたんだけど」
「普通なら問題なかったわよ。でもアレは流石にないわ。流石の私でも逃走一択だったわ」

 まあ、総領娘様の気持ちは分かります。もしもあの怪物に首を食いちぎられていたら、色んな人の心にダメージとトラウマを残していたでしょう。きっと「チコる」みたいな造語までも生まれていたはずです。

「それにしても『不死王の葡萄酒』は確かに本物だったのよね?」
「ええ、それが私が証明するわ。アレを飲んだ瞬間、私の生死を分けてた傷が一瞬にして治ったんだもの」
「なるほど」

 レミリアさんは酷く沈痛な表情をして押し黙ってしまいました。それもそのはずです。そんなにパーフェクトな薬をこのダメ天人のせいで棒に振ってしまったのですから。

「レミリアさん……」
「よし分かった。もう一度聞くが、貴様は『不死王の葡萄酒』を飲んだんだな?」

 念を押すように聞いてくるので、総領娘様は少し苛立ったような様子で「そうよ」と答えました。レミリアさんが私にも視線を送ってくるので、私は無言で頷きました。

「では今からこうしよう。天人、貴様の血を今から私が一滴残らず飲む」
「…………は?」
「そうすると、貴様の血となり肉となった『不死王の葡萄酒』が私の体に還元されるはずだ。もちろん、その体もケーキか何かにして食べてやろう」
「ちょちょっちょっと、何言ってんのよいきなり!」
「あーいいっすねーそれ」
「衣玖!?」

 流石はカリスマあふれる天才レミリアお嬢様ですね。総領娘様のどうしようもない凡ミスさえも完璧にフォローしてくれました。
 レミリアさんがスカッと指を鳴らすと、総領娘様はいつの間にか両手両足を背中側で一つに纏めた美しい亀甲縛りのダルマにされていました。

「は!? これあのメイドか!! クソッ! ちょっと! マジやめてって! 流石に血を全部抜かれるとか死んじゃうから!! 衣玖! 止めなさいよ衣玖! やめて! お願いします永江さん! 許してください! レミリアお嬢様! キャーカリスマー! うおっ噛み付くなマジやめろォ!! あーあーあーあー血ィ抜けてるからマジギブギブギブギブ!! ちょ、メイド何そのナイフ!? あ、血抜きの用意かー。そっかー! ふざけんなクソきゃああああああああやめてってぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!」


 ……天人の血は甘ったるくてあまり飲めたものではないらしく、ただでさえ少食のレミリアさんが飽きてしまわれるのは、たった数分後の話でした。
 こうして無事、総領娘様の『罰ゲーム』は終わりを告げたのです。

 めでたしめでたし。
どうもこんばんはイケメンです!

今回は色々あってギャグ短編を書くことになりました。いい感じに竜頭蛇尾になって読後感がアレな感じになるんじゃないかなーと思っています。ごめんなさい。

特に意味のある話ではないですがお赦しください! お読みいただければ感謝感激です。

ではまたいつか。
キュートなどろにさん(イケメン)
http://twitter.com/#!/doronisan
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.480簡易評価
1.80名前が無い程度の能力削除
イジメものなのに普通に読めるわ。さすがイケメン。
4.無評価名前が無い程度の能力削除
吸血鬼には天人の血は毒
6.50桜田ぴよこ削除
ノリは好きだけどキレというか精度がやや不足感。
14.90名前が無い程度の能力削除
作者名の時点で勝ち