Coolier - 新生・東方創想話

紅魔館な日々。「咲夜とスケート」

2011/05/18 21:57:26
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 紅魔館。湖の横にある館である。
 
 異変の中心になった事もあるが、基本的には平和である。何故なら、館の主であるレミリア・スカーレットが強大な力を持っているからだ。

 そのため、この屋敷を狙うような妖怪は居ないし、もちろん人間も怖がって近づいたりはしない。一部、例外も存在するが・・・


 そんな平和な日々の一部である。




   ◇   ◇   ◇   ◇

   紅魔館な日々。

       「咲夜とスケート」

   ◇   ◇   ◇   ◇




 十六夜咲夜。紅魔館に君臨する主、吸血鬼の従者としての地位を確立している。彼女は一目置かれる存在であり、眉目秀麗、才色兼備の四字熟語が似合うタイプである。
 しかし、目下に重大な難題が迫っているとは思っても見なかった・・・


「咲夜。スケートするわよ。」

 主は唐突に提案した。いや、もう決まっているのだから報告というべきだろう。それでも、いつもの事だから驚いたりも表面上はしないのだが・・・

(露骨に嫌な顔するなんて珍しいわね・・・)

 主にそんな心境が見て取れるほどに動揺していたが、そこに突っ込むほどレミリアも悪趣味ではないので見なかったことにした。
 一拍置いてから答える。

「スケートというと、氷の上を滑る・・・スケートですよね?」
「それ以外のスケートなんてあったかしら?」
「ローラーとボードですが、何も付けずに”スケート”ですから間違ってはいないです。しかし、お嬢様・・・危険では無いのですか?万が一氷が割れてしまったら・・・」

 至極当然の心配をする咲夜を遮ってレミリアが言う。

「大丈夫よ。割れないし、割れても地面だから。説明するとね、チルノって氷の妖精いるでしょう?」
「え?面識ありました?」
「昨日・・・というか、さっきね。湖の畔で会ったのよ。それで、屋敷の横が丁度平らな地面あるから、凍らせてスケートできるように・・・って何その顔?」

 咲夜は目を丸くした。あの頭が弱くて我がままで、会話が成立しない事に定評のあるチルノと交渉をした上に、成立までさせてしまったレミリアに変な意味で畏怖を覚えただけ、なんて言えるわけも無いので

「いえ、その場所なら確かに安全ですね。それで、いつやるのですか?」
「今日よ。今日の晩。用具は門番が用意してくれるわ。結構器用なのねあの子。」
「え?用具までちゃんとあって今日ですか・・・分かりました。他に何かございませんか?」
「そうね、もう陽が昇るし寝るわ。あ、そうそうパチェとフランにも言っておいてくれる?それじゃあ、おやすみ咲夜。」
「分かりました。お二人には伝えます。おやすみなさいませ、お嬢様。」


 そっと退室して、自室へ向かう。心なしか・・・いや、目に見えて早歩きである。

「あれ?咲夜さんそんなに急いで・・・トイレでもがま・・・ん・・・して・・・・・・・って、あれ?廊下に居たはずなのに、なんでトイレの便器に顔突っ込んでるんですか私。咲夜さんの仕業ですねっ!?酷いですっ!ちょっとした冗談だったのにっ!まだ近くに居るのなら助けてくださいっ!というか、手錠はずしてくださいっ!こんな、便器だなんてクサ・・・・くない・・・咲夜さんの掃除は完璧ですねっ!でも、放置は酷くないですかっ!?あっ、髪の毛が浸かってますよコレ!?うわーん、誰か助けてぇぇぇええええ!!!」

 美鈴に理不尽なお仕置きをぶちかました咲夜は自室に帰って一言。

「まずい・・・非常にまずいわ。」


 瀟洒で完璧などと言われているが、彼女も人間であり不完全な存在なのは当たり前な話なのだ。年もとる、失敗だってする。それでも完璧に見えるように努めた結果が今の評価、つまり瀟洒で完璧なのだ。
 例え食卓に置くナプキンの数を間違えたとしても、「珍しい」「そんな事もある」で済むだろう。普通の従者ならば怒られるところなのだが、彼女に関してはそれに当てはまったりはしない。特別視されているのだ。それに不満を持つ妖精メイドも居ないし、むしろそれくらいの扱いをしてあげて欲しいと思っている程人望は厚い。

 実質、紅魔館は彼女を中心に回っている。主であるレミリアもそれを分かっているし、彼女の仕事に影響が出ないように気を使っている場面もある。咲夜自身も気を使わせてしまっているのを申し訳なく思っているが、忙しいのも事実なので素直にありがたいと思うことにしている。

 そんな彼女にもいくつか苦手なものがある。一つにプライベートの時に見るゴキブリ。仕事中ならば冷静に対処できるのだが、自室でくつろいでいるときに出られると固まる。字のごとく動けないのだ、怖くて。
 二つに、戦闘を任されるほどの運動能力があるが、移動しながらバランスを取って乗る物の扱いが下手なのだ。下手というレベルを超えて音痴が付く程苦手だと自覚しているが、そもそもそんな物は非常に少なく、別に困ったりすることは無いと思っていた。
 そう、思っていたのだが・・・

「スケートかぁ・・・」

 自分がそれなりの容姿である事は自覚している。華麗に氷上を滑ることが出来たなら、お嬢様もきっと感嘆の声を上げてくれるだろう。流石は私の従者だ、と。
 しかしそれは儚い想像で、実際はとてもお粗末な結果がありありと思い浮かぶ。それだけは避けたいが、お嬢様がネックになる。絶対に一緒に滑ろうと言ってくるはずだ、断っても無理だろう。今まで築き上げた、瀟洒で完璧な咲夜像が崩れてしまう。なんとかして阻止しないといけないが、時間が無さ過ぎる。
 ふと、外を見ると鮮やかな朝陽が眩しかった。綺麗な朝陽だなぁ・・・・当て付けかこの野郎。








午前10時。紅魔館表門。


「はぁ、コツですか?」

 咲夜がメイド長では無く、個人的に相談できる相手は美鈴くらいしか居なかったので、トイレで手錠を外してやり、朝ごはんを持って行くついでに思い切って打ち明けた。午前9時半くらいまで放置していた事は水に流す事にする。トイレだけに。
 他にも十六夜咲夜として話せるのは、レミリアとパチュリー、あとは紅白と白黒くらいだが、内緒話となると美鈴くらいしか居ない。他の面々は当事者だったり噂好きだったり、嫌がらせが好きだったりなのだ。よく考えると友好関係を考え直したほうが良い気もする。

「そうなのよ。ここに来て最初の頃は、人間がとか、小娘がとか言われていたけれど、バネにして努力して今の地位になったのは知っての通りよ。でも、なんというか・・・こう、完璧だけどこんな欠点があるなんて知られると困るというか恥ずかしいというか・・・ね?」
「咲夜さんって地位とか、そういった物とは無縁なのだと思ってましたけど、意外ですねぇ。」

心の底から意外だと言わんばかりの表情で呟く美鈴。慌てて弁解する。

「そういうのでは無いのよ。んー・・・説明が難しいわね・・・。」
「まぁ、分かりますよ。私も拳法を蔑ろにされたら納得いかないような気持ちになります。モヤモヤって感じで。プライドの問題なんですよね。」

 なるほど、プライドの問題か・・・と納得する咲夜。確かにそういう物かもしれない。

「築いたものに不純物は入れたくないものですよ。」

 うんうんと頷く美鈴。基本的には頼りになるお姉さんタイプの性格をしているが、頼らない事に定評のある紅魔館の面々からは、いじられキャラにされてしまっているものの今回は珍しく頼られたので、結構張り切っているようだ。

「でも、咲夜さんの場合は完璧すぎるイメージがあるので、欠点というよりチャームポイント扱いされる気がしますけどね。」

 つまり、意外な欠点があってメイド長可愛い。と、なる訳である。それは、生暖かい眼が自分に向けられることであり、やはり上の立場の人間にとってはよろしくない事なのだ。事実、友人知人ならば問題は無いが、上の立場になればなるほど些細なことを気にしなくてはならない。現場の士気に影響するのだ。認められるために完璧を目指し、認められても完璧で無くてはならない。このジレンマをねじ伏せてきた咲夜だったが、不得意な物が表舞台に上がってしまえば対応しようが無い。時間があれば克服できるが、時間も無いのだ。

「とりあえずコツを教える前に、どの程度の力量か分からないとアドバイスしようも無いですよ。」
「そうなのよね。スケート靴は用意できても、氷が無いのよね。パチュリー様に頼めば作ってくださるでしょうけど、お嬢様に筒抜けどころか、小悪魔から妖精達に広がって・・・恐ろしい事に・・・」

 手で口を押さえながら青くなる咲夜。これはこれで可愛い一面ですねぇなんて美鈴が呟いたが聞こえていなかったようだ。

「あ!良い方法がありますよ咲夜さん!」

 美鈴が嬉しそうに声を張り上げた。








午後1時。紅魔館中庭。


 咲夜は午前中にスケートを今晩8時辺りからすると、午前中に主要メンバーには伝えておいたので役目は果たした。
 伝えたときの各々の反応は、

パチュリー曰く
「・・・いつも通り、唐突ね。協力はするけど、滑らないわよ?」

魔理沙曰く (たまたま、図書館に居た)
「なんだか面白そうな事するんだな?私も混ぜてくれよ。え?なんだよ・・・そんな眼で見るなよ・・・分かったよ家に居ればいいんだろ?つまんねーなー。」

小悪魔曰く
「面白そうですねー、氷の上をツイーってやるんですよねっ?咲夜さんお上手なんでしょうねー?あれ?咲夜さん?ちょっと待ってくださいよ、まだ話は・・・」

フランドール曰く
「え?なにそれ・・・それなら、寝るわ。おやすみ咲夜。」

文曰く
「壊れたカメラを調べたら、お宅のお嬢様の魔力だったんですよ!弁償してくださいよコレ!ちょっ・・・どこに行くんですか!?」

 大体こんな感じだった。魔理沙が居たのが気になるが、きっと来ない。魔理沙は案外気回しが出来るタイプなので大丈夫・・・だろうと、思いたい。文の事は見なかったことにする。お気の毒様。

 館の仕事も早々に切り上げて、美鈴の指定した中庭に来たのだが、肝心の美鈴が居ない。どうしようかと思っていると美鈴がやってきた。

「ちょっと遅くなってごめんなさい。コレ作っていたんですよ~。」

 そう言って掲げた手にはローラー”ブレード”があった。なるほど、コレならばローラー”スケート”と違い、縦に車輪が付いているので感覚的にはスケートに近いのかも知れない。
(*補足* 便宜上、車のように4つ車輪があるのがスケート、縦に車輪が並んでいるものをブレードとしています。
      地域や、競技によって呼び名が違うかもしれませんが、ご了承ください。)

「あ、スケート靴改造して作ったんですよ。ちょっと車輪の建て付けが良くないんですけど、練習用だし問題ないと思います。」

 女神か美鈴。侮りがたし。などと失礼な事を考えつつ受け取る。事前に訓練すると聞いていたので、Tシャツと生地の頑丈なズボンを着てきて正解だったようだ。流石に転んだりして仕事着であるメイド服が破れたりしては困るので着替えておいた。

 早速、美鈴作のスケート訓練シューズを履いてみる。サイズもぴったりで文句なしなのだが・・・

「美鈴、ちょっと肩を貸してくれない?」

 立てなかった。

「え?そこからですか?」

 意外にも程がある咲夜の苦手種目は、想像以上に苦手だったようだ。これは間に合うのか・・・と美鈴はスケジュールを考え直すことにする。前途多難。七転八倒。やはり四字熟語が似合う咲夜であった。








午後2時半。紅魔館中庭。


「ふふふふふふ。手ごわいですね咲夜さん。これほどとは思っても見ませんでしたよ。」
「ふふふふふふ。ありがとう美鈴。私もそう思うわ。」

 人は、疲れが極限に高まると笑うという。美鈴は妖怪だが同じような精神状態なのは間違いない。あれから、立つ訓練をした・・・・。以上。終わり。

「移動訓練まで行けないほどだったなんて・・・」

 美鈴が天を仰ぐ。綺麗な青空に鳥のツガイが飛んでいる。綺麗だなぁ・・・・当て付けかこの野郎。

 脇では咲夜が地面に突っ伏している。瀟洒なメイドはどこへやら、といった感じである。人の身でありながら、特異な能力を持っている咲夜だが、今回それが仇となってしまった。
 単純な話だが、転びそうになると咄嗟に時間を止めてしまうのだ。止めたところで結局は、地面と抱擁する事になるのだが、咄嗟に何か対応する時に、止めてしまう癖が普段の生活で身についてしまっていたのだ。弾幕ごっこでなら問題は無いが、ただの転倒でもうっかり使ってしまう。
 もちろん、能力使用には疲労を伴う。そして、また立ち上がるのには筋力を使うことになる。この繰り返しで精根尽き果てていたのだ。立ち上がるという行為は意外と体力を奪う、単純に30~40Kgの塊を腕で支えて起こし、そして足を使って立ち上がる訳だが、100回立つ=腕立て伏せとスクワットを100回やっているような物なのだから当然なのである。

 しかし、努力の人”十六夜咲夜”である。自力で立つことが出来るようになった。約1時間もかかっているが、気にしてはいけない。

「根性キャラだったんですね、咲夜さん。」
「・・・努力と言いなさい、美鈴。」
「まぁ、休憩しましょうよ。お茶入れてきますから待ってて下さいね。」

 お礼を言う気力も無いのか、また地面に突っ伏してしまった。美鈴の走り去る足音を聞きながら、ふと過去の自分を思い出した。その時は、地面の冷たさが世界の全てを語っているようで嫌な気分だった。今はそうでもない、むしろ冷たくて気持ちがいいと思っている自分がいる。

(変わった。そして、お嬢様のおかげで変われた。そして、笑える自分が居る。・・・・そんなに時は経っていないのに不思議よね・・・・)

 咲夜は地面の心地よい冷たさを感じながら、そっと目を閉じた。









午後3時。紅魔館の一角。


「パチュリー様~。あと何個いるんですかぁ~?・・・疲れましたぁ~」

 ふらふらと小悪魔がパチュリーに近づく。手押し車にはレンガが載っている。ざっと、20個ほど積んであるようだ。

「さっき言ったじゃない。全部で400個使うからって・・・今160個あるわ。早くしないと間に合わなくなってしまうわよ?」
「うえー・・・今日ほどパチュリー様を鬼と感じた事はありませんよ~。」

 手押し車があるとはいえ、普段は使うことも無いので倉庫に眠っているのを引っ張り出してきたのだが、ところどころ錆びていたり、車輪も変な音が鳴っている。一応、油を注してはみたが効果は感じられなかった。
 ぼやく小悪魔の手も、錆びた鉄の粉だらけだ。その手で汗をぬぐうものだから、顔中斑点だらけになっているが、確認するには鏡でも無いと分からないのでそのままになっている。
 パチュリーは気が付いているが、なかなか面白いフェイスペイントね等と面白がっているので黙っているのだ。かなり意地悪である。

 このレンガを何に使うかと言うと、スケートリンクを作るのに使うようで、まずは100個ずつ並べて4角形を作る。そこにパチュリーが魔法で水を入れて、チルノが氷にするという物だ。もの凄く浅いプールを作って氷にすれば、チルノも空気中の水分から作るよりも、かなり楽になる。それに廃材として館の脇に置いてあった物だし、再利用するのは理にかなっていた。
 パチュリーが魔法で地面を盛り上げて枠を作り、水を張ってもいいのだが、スケートを見るだけになるであろう自分だけ働くのがなんとなく嫌だったから、小悪魔にレンガ運びをさせていたのが本当のところ。どっちが悪魔なのか分からなくなってくる。
 ちなみに400個のレンガで正方形を作ると、1辺あたり20メートルくらいになる。学校の教室が10メートル四方くらいなので、教室4つ分である。10人いても十分な広さだと言える。勿論、スピード競争や演技が出来るほどの広さではない。








午後4時。紅魔館中庭。


 美鈴の指導の下、移動の訓練に入っていた。おっかなびっくりではあるが移動することに成功していた。

「歩く速度よりちょっと遅いくらいですけど、とりあえず進んで曲がって止まれましたね。」

 そう言いつつ時間を確認した美鈴は焦っていた。現時点で4時。さすがに5時頃には咲夜さんは夕食、もとい朝ごはんを準備しなくてはならない。つまり、残された時間は1時間しか無いのだ。体力的に考えても訓練に使える時間は、さらに短くなってしまうだろう。

「ねぇ、美鈴。」

 あさっての方向に進む軌道を修正するのに、あたふたしている咲夜が言う。背中は向けたままで表情は見えない。

「なんですか?」
「この調子だと、さすがに間に合わないわよね?」

 こんなに頑張っているのだから、そんな事は無いと言いたい所だが・・・咲夜は事実を聞いてきているのだ。お世辞を言われたい訳じゃない、十六夜咲夜とはそんな人間なのだ。気休めは侮辱に値する。
 だからこそ、正直に、そして静かに事実を口にした。

「そうですね、ちょっと・・・いえ、かなり厳しいと思います。」
「・・・そう。ありがとう。」

 ありがとう。それは何に対してなのだろうかと思案する。長い沈黙、カチャカチャと訓練シューズの音だけが響いた。

・・・・カチャカチャ・・・コロコロコロ・・・・カチャ・・・・カツッ

 躓いた咲夜が派手に転んでしまった。手を付く暇も無いほどの勢いだった。慌てて美鈴が駆け寄る。

「咲夜さん!?大丈夫で・・・」

 咲夜は泣いていた。声を殺し、涙だけが頬を伝う。

 美鈴には、それが何の涙なのか分からなかった。ここまで必死に頑張った事への悔しさかと思ったが、そんな悔しさくらいで泣く咲夜ではない。ならば、何に泣いているのか・・・

 10分ほどして落ち着いたようなので、中庭のベンチに座らせる。咲夜の表情は窺い知れない、この人が下を向いているのは合わないなと、美鈴は思った。

「隣、座っても良いですか?」

 咲夜は何も答えないが、肯定だと判断して隣に座った。美鈴の能力は気を使う事だが、戦闘で無くとも、ある程度の思考の流れ、つまり雰囲気を感じ取ることが出来る。





 ― 寂しい。そう感じた。








 しばらく隣に座って中庭を眺めていると、ポツリと咲夜が呟いた。


「お嬢様に顔向けが出来ない・・・。」

 美鈴は耳を疑った。それは、まったく想像もしていなかった答えだったからだ。何しろ咲夜は、これ以上無いと思えるほどの忠誠と情愛を持ってレミリアに接している。傍から見ててそれが分かる程の献身的な働きをしていた。
 その咲夜が、顔向けが出来ないと言う。何か言わなければならないのに言葉が出てこなかったが、咲夜がポツリポツリと喋り始めた。

「私は、名前すらなかった。疎まれていたし、畏怖の対象となった。人間じゃないってね。」

 それは、多分過去の話。そして、事実だろう。強力な妖怪でさえ持ち合わせない程の能力・・・時を操作する力。人間は、想像を超える能力に出会うと決まって化け物扱いする。理解できないから怖い。ただ、それだけで・・・

「色々あって・・・お嬢様に拾われたわ。最初の頃はろくに仕事が出来なかった・・・そうよね、やった事も見たことも無かったんですもの。」

 基本的に人ならざる者と呼ばれる種族は、本能的に何をすべきか知っており、生きていくことが出来る。自然から発生する種族も多く、生活に困るということはほとんど起こりえない。妖精なんかが良い例だろう。
 だが、人間は違う。自然を活用して、自分たちで工夫をして生きていく。それは自然からは学ぶことは基本的に無い。本能では生きてゆけないのだ。強い力を持っていても、人間として生まれたからには、社会に適応しなくては生きれない。
 そうでない者も中には居るが、一握りの存在だ。

 そして、咲夜は普通の人間だったのだ。

「それにお嬢様に仕えていれば、安全と寝床が手に入ったわ。でも、その対価としての仕事ができていなかったのが納得できなくてね。いつしか、努力するようになったの。そんな私にお嬢様は、気を使ってくださった。大切にしてくれる・・・唯一の存在だった。だから私は、完璧であろうと誓ったわ。特にお嬢様の前ではね。他に何もいらないとさえ思えた・・・そんなお嬢様が、格好悪い姿の私を見たらきっとこう思うわ。意外な咲夜を見たってね。」

 美鈴は、そうだろうなと思った。でも、それを理由に咲夜を切り捨てるなど絶対にあり得ないし、失望したりもしないだろう。むしろ、嬉しそうに咲夜に声をかけるはずだ、こんな一面を持っている従者を誇りに思う程の信頼関係はあるのだから。
 だからこそ、咲夜が思いつめる理由が分からないのだ。

「美鈴。アナタの考えていることは分かるわ。お嬢様のお気に入りの私を、”より”お気に入りになる可能性のほうが高い、でしょう?」

 美鈴は黙って頷いた。

「私もそう思うわ・・・でも、それじゃあ駄目なのよ。あの時の誓いを忘れてはいないもの。」

 あぁ、そうか・・・と美鈴は納得した。本当に頭が下がる。きっとこの人には一生敵わない。








「私自身が認めないだけよ。」








 そう言って、咲夜は悲しそうに笑った。













午後7時。紅魔館レミリアの自室。


「お呼びですか?お嬢様。」

 そう言って、ドアをノックする。

「来たのね。まぁ、入りなさい。」
「はい、失礼します。」

 そう言って、美鈴はドアを開ける。直接の呼び出し、しかも自室なんて・・・いつ以来だろうか。レミリアはベッドに腰掛けていた。近くの椅子に座るように言うので、それに従う。

「門番。ちょっと聞きたいことがあるんだけれど。」
「美鈴です。それで、聞きたいことって言うのは?」

 いつものやり取りを済ませて満足そうなレミリアだったが、声のトーンを落としてこう言った。

「咲夜、落ち込んでいたでしょう。」

 それを聞いて美鈴は動揺した。寝ていたはずのお嬢様が何故これまでの事を知っているのか。そして、話すべきなのか・・・咲夜の事を。

「案の定・・・というか、知っていたというべきかしらね。寝る前に咲夜にスケートを提案したわ。珍しく顔に出ていたのよ、勘弁してくれってね。」

 そう言うと、クスクスとレミリアが笑った。

「運命を操るってことは、操る前も分かるという事よ?だから私は何もしなかった。アナタがそばに居たことで咲夜は救われていたのよ。礼を言うわ。ありがとう、紅美鈴。」

 急にお礼を言われ、意図が分からない美鈴は、慌てて答える。

「いえっ、私は何もしていませんよっ!?咲夜さんは、えーっと・・・そう!自分で答えを見つけたんですよ!?」

 慌てる美鈴がよほど面白かったのか、ひとしきり笑ったレミリアは静かに告げる。

「うーん、咲夜はね。打ち明けたかったのよ。そして納得させたかった、自分自身を。納得という言い方は変ね・・・。そう、踏ん切りが欲しかったのよ、あの子。」

 やれやれという仕草をして、レミリアは天井を見上げた。

「これからも咲夜は完璧であり続ける為に努力して、いろいろな物を克服していくはずよ。でも、克服するのには時間がかかる。時を止める能力だって無限に使うことは出来ない、人間だから消耗も早いはずよ。」

 魔力や霊力を使うというのは、人間には元々向いていない。魂のあり方でその最大値は決まってくる。種族特有の物なのだ。逆に言えば、霊夢や魔理沙は相当風変わりな魂を持っている。
 咲夜は確かに普通ではないが、それでも霊夢や魔理沙ほどでは無いのよ。とレミリアは言う。

「能力を使っても、間に合わない。どうしようもない事が絶対に出てくるわ。今まで特に無かったのが奇跡的なのよ。それで、あの子も不安に思っていた訳ね。いつか、そんな日が来ることを恐れていた。でも、全て克服するなんて無理な話なのよ。今回はたいしたことの無い遊びだった。それなら、ここで自分の気持ちに区切りをつけたいって思ったのね。きっかけは、今回の遊び。でも、それを引き出せたのはアナタよ美鈴。」

 これは能力じゃなくて私の想像だけどねと、レミリアは付け加えた。

「結局出来ないなら、出来ないなりでやるしか無いのよ。それを恐れていては前に進めないわ。フランを閉じ込めた私が言うのだから間違いないわ。」

 主と従者は良く似るって言うのは本当なのかしら、と笑う。

「今日は、咲夜の無様な姿を見て、笑って、慰めて・・・それでお終い。それだけよ。」

 凄い信頼関係だと唖然とした美鈴だが、一つ言いたい事が出来てしまった。

「お嬢様、差し出がましいようですが言わせていただきますね。それでお終いではありません。」
「え?」

 今度はレミリアが唖然とした。美鈴はゆっくりと息を吸って、最大級の笑顔で付け加えた。

「楽しかったという思い出が残ります。そして、その思い出を糧にまた進むことが出来るんですよ。それが、人間流の生き方です。私は、それが・・・そんな咲夜さんが大好きなんですよ。」
















 そうね・・・














「何か仰いましたか?」










 その呟きは誰に発したものだったのか・・・













「さて、そろそろ楽しい時間のはじまりよ。門番、付いてきなさい。」


「美鈴です、お嬢様。あ、置いていかないで下さいよ~!」





























 紅魔館に楽しそうな主の足音が響いた。



























 紅魔館な日々。「咲夜とスケート」 おわり。
「あ・・・咲夜さん行っちゃいました・・・、カメラ・・・どうしよう・・・うぅ・・・」


紅魔館な日々。2作目です。なんかシリーズ化する事にw
それに伴って、1作目からの小ネタを引き継いでいます。まぁ文なんですがw
前回のおぜう&チルノが少し勇み足だったので、今回はゆっくり進行。
続きものになりますが、単品でも読めるようになっています。

ほのぼの路線から一転してシリアスに・・・しかも美鈴主役www
書いてる自分が予想GUYでした、あれよあれよと勝手に一人歩きするんですよ美鈴。

それと、パチェと小悪魔の行動が直接関係ないのに描写されているのは、次回作への伏線というか、小ネタですね。
本当はこの話からスケートさせたかったんですけど、美鈴が思いのほか頑張ったので、区切ろうと思った為です。
消せばよかったんですが、連載を読んでくれる方へのありがとうな気持ちです。

紅魔館な日々。シリーズ

追記。
咲夜さんの名前間違っててすいません。なんというかごめんなさい。
それと、この作品の人間臭い&泥臭いところについての感想お待ちしています。
まなみ
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コメント



0.990簡易評価
5.90奇声を発する程度の能力削除
>おやすみ昨夜
咲夜
努力家な咲夜さんも良いですね
10.100名前が無い程度の能力削除
咲夜さんは、瀟洒が崩れた時が一番可愛い。
当然抱きしめてあげるのは レミリア様と 美鈴さんの役目なのです。