Coolier - 新生・東方創想話

写真機と過去

2011/05/17 23:43:35
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-1-

 

 夜桜の美しい季節はとうに過ぎ、梅雨に入るか入らないかという微妙な時期。暗闇にたたずむ名前の通り紅い建物、紅魔館。その中にある地下の鉄製の扉の前に鴉天狗の射命丸 文はいた。
 白い薄手のシャツに、短い黒のスカート。背中に生える黒塗りの翼がなければ、ただの女子学生に見えるだろう。靴の底が下駄のようになっているため、身長は少し高く見えた。
 扉の左右についている燭台だけがこの地下を照らす光源だった。中からあふれ出す妖気を肌で感じながら、文は手に持った写真機を確認した。



-2-

 

 文の写真気が壊れてしまった。
 そのため、河童の技術師、にとりに修理の依頼をしていた。そして、修理が完了したということなので、取りに行くと、にとり自身、笑いがこらえられないほどの傑作に昇華したということらしい。
 にとりの話しを聞くところによると、写真機のミラーという部分が壊れていたらしい。そこに、手癖の悪い白黒魔法使いがくれたという、浄玻璃の鏡を組み込んでみたところ過去を写す写真機になったということだった。
 浄玻璃の鏡は、地獄の閻魔の持ち物で過去を写す鏡。その鏡を組み込めば過去が写るかもしれないが、いまいち信じられなかったので、一番初めに会った白玉楼の庭師で試し撮りし、現像をしてみると、どうだろう。庭師が団子をつまんでいる姿が写っていた。
 取った際の情景とは全く違っていたので、本物だと確信した。



-3-
 
 

 流れ出てくる妖気を受け止める。
 試し撮り以来文は写真を撮っていない。ばれたくなかったからだ。噂が広まり、閻魔の耳にでも入ったら有効活用する前に裁かれてしまう。そんなのは御免だった。
 ここに来る途中、魔法の森付近で花火のように弾幕が飛び交っていた。魔法の森には白黒に家がある。もしかしたら閻魔が来たのかもしれない。
 鉄製の扉をノックする。ゴツッとした鈍い音がした。
「だれ?」
「射命丸 文です。取材に来ました。お邪魔してもよろしいでしょうか?」
 少し間があった後、「いいわよ」と返事が返ってきた。
 いかにも重そうな鉄の扉に手をかける。だが、この扉は案外重くない。扉の隙間から明るい光が漏れだす。本日の取材対象は、吸血鬼のフランドール・スカーレットだ。
「失礼します」
 部屋は、一見しただけでは小さな子供部屋だ。床やベッドに大きな動物の人形が転がっている。が、本棚に並ぶ難しそうな本と、年季の入った時計が子供らしさを抑えていた。
「こんばんは、記者さん」
 フランはベットの端に座って本を読んでいた。発する妖気に比べて容姿が幼い。緋色の服と短めのスカートのためかもしれない。帽子は、白い布に赤いリボンを結びつけた物をかぶっていた。そして何より特徴的なのは、翼に七色の宝石がついているということだった。
 「咲夜が来ないわね。来客があったら必ず接客するのに」
 不思議そうに本を閉じる。この館のメイド長、十六夜 咲夜が来ないのは当然だった。
 忍び込んできたのだから。
 そんな文の事情を知るはずもないフランは、スカートの裾から咲夜を呼び出すための銀色のベルを取りだしていた。軽快な音が響く。
「お呼びですか、妹様」
 さっきまで誰もいなかった空間に咲夜が現れる。そんな芸当ができるのは、時間を操る能力を持ち主だからだ。咲夜は青いメイド服を着ている。銀色の髪と凛とした表情から、年不相応な落ち着いた雰囲気を醸し出していた。
「あら、来てたのね、あなた」
 驚いたように見えたが、口元は笑っていた。
「本当に気付いてなかったの?まぁいいわ。紅茶の準備をして頂戴」
 咲夜がうなずくと、部屋の中央にテーブルと椅子が出現した。テーブルの上には湯気の立ったティーカップと皿に積まれたクッキーが置かれていた。
 初めて見る人は、肝を抜かすだろうがフランは慣れているようで、ベッドから椅子へゆるりと移る。
 「どうぞ」とフランは椅子に座るように促してきたので、文はそれに従い椅子に座った。
 椅子はあらかじめ二つしか用意されていなかった。自分用のいすを用意しなかった咲夜は、フランのいすの一歩後ろに陣取っていた。
 フランはひとつクッキーをつまみ、口に放りいれかみ砕く。
「それで、何を聞きたいわけ?」
 文が取材しに来たのは、フランの過去を知るためだった。フランの過去には謎が多い。五百年近くもこの地下室にいたらしいが、その真偽は怪しい。何故地下室にいるのか?というのも興味のそそられるネタだった。
「フランさんの過去について、ですね」
 文は手に持った写真機を机に置いた。あきれ笑いを浮かべながらフランは答える。
「またそれ? 秘密よ秘密。トップシークレットよ」
 元より答えに期待はしてなかった。前にも何度か取材に来たが、全て駄目だった。
「そんな取材より、お話しましょう」
 もはやお決まりのような口調で文を誘導しようとしてきた。一回目以外この後折れてしまい、お話し会のような形になってしまったが今日は違う。文は写真機を見つめる。今日は写真を撮るための下積みをすればいい。
「今日は取材の内容を変えさせてもらいます。今、どんな生活を送っていますか?」
 少し面を食らった様子のフランだったが、すぐに答えてくれた。
「そうね、最近はお姉さまと世間話したり、美鈴と遊んだり……、それに咲夜にお菓子の作り方を教えてもらってるわ」
 フランは同意を求めるように咲夜を見る。マネキン人形のように立っていた咲夜は、返事はせず、ただ笑って頷いただけだった。
 現在の話ならいいらしい。文は、文花帖を取り出してメモを取る。
 それから何個か質問を積んでみた。
「好きな食べ物は?」「もちろん人間。血液型にもよるけど」
「外に出かけるならどこがいい?」「庭で充分よ。壊れる物が少ないもの」
「落ち着ける場所は?」「う~ん……。場所じゃないけど目をつぶると落ち着くわね」
「クッキーの好みの味は?」「咲夜の約クッキーなら何でも。でも、より選ぶならチョコね」……

 



 既に湯気の立たなくなった紅茶を口に含む。話し続けて乾いた口内をうるおしてくれた。ここの紅茶は比較的甘い。けれど、上品な味がする。
 そろそろいいかな。そう判断し、話を吹っ掛ける。
「最後に、写真を撮らさせてもらえますか?」
「え~、もう最後なの。お話は?」
 口をすぼめるフラン。結局のところは話しがしたいだけらしい。文としても、ここでフランの機嫌を損なわれるのはまずかった。
「写真を撮らせていただければ、面白い話をたくさんしますよ」
「そう?ならいいわよ」
 話し好きだ。そう確信した。後ろに立っている咲夜も苦笑いを浮かべていた。
 文は机に置いていた写真機を手に取る。今夜、この機械がまたひとつのスクープ映像を取るだろう。顔の筋肉が緩まないように指示をする。
「それでは、構図を決めましょうか。そうですね……。紅茶を飲んでるところなんてどうですか?」
 実際、構図は関係ない。
「いいわよ」
 あっさりと承諾された。
 早く話が聞きたいという一心なのだろうか。フランはカップに唇をつけた。目は文を見たままだ。「早く撮りなさいよ」と言いたげな目だ。
 さすがに座ったまま撮るわけにはいかない。文は立ち上がり、アングルを考えた。
 構図は関係ないのだが、どうしてもこだわってしまう。文はカップとフランの顔がかぶらないように位置どる。咲夜は気を利かせて写真機のアングルから出て行ってくれた。
 そんな咲夜に一応尋ねておく。
「咲夜さんも一緒に撮りませんか?」
「遠慮しとくわ。魂が抜かれるもの」
 無表情で返されたので、本気か冗談かの判断はできなかった。
「わかりました」とだけ答えて写真機をのぞく。
 フランの目とカップが平行になる丁度いいアングルだった。
「それでは撮りますよ。はい、チーズ」
 カシャリ……。機械独特の乾いた音と共にフラッシュがたかれた。
「もういちま……」
 もう一枚と言おうとした瞬間、写真機を通したフランが揺れる。
 指からカップがすりぬけ、床に落ちていく。
 スローモーションがかかったようだった。そのカップが床に落ち、ガラスが割れるような音と共に中身と破片が飛び散った。
「あや?」
「妹様っ!?」
 半分裏返った咲夜の声があとに続く。視界に咲夜が飛び込んできた。そして、椅子の背にもたれたままのフランを抱き起した。
だが、フランの腕は力なくただれるだけだった。



-4-

 

 フランの部屋は時計の針の音に支配されていた。フランはベッドに寝かされている。
 文は終始傍観することしかできなかった。
 今、フランの様子を見ているのはパチュリーだった。咲夜は夜の散歩に行っている館の主であり、フランの姉のレミリアを呼びに行っている。
 紫の寝巻のような服を着たパチュリーは、ベッドのそばに椅子をつけてフランの様子をうかがっていた。いつもは気だるそうなパチュリーでも、今は真剣だった。
 パチュリーの瞳が文を捉えた。
「あなたが写真を撮った瞬間こうなったそうね。その写真機をよこしなさい」
 咲夜からすでに事情を聴いているようだ。
 文はおとなしく写真機を手渡す。パチュリーは受け取ると写真機を回すように見て行く。
「一見しただけじゃ、特に変なところはないわね。何か組み込んでないかしら?」
 文は一瞬、話すべきかどうか迷ったが、話すことにした。
「浄玻璃の鏡が、組み込まれています……」
「! 浄玻璃の鏡。確かそれは、過去を写しだすもの。でも体に害があるものではないはずだけど……」
 むぅ、と唸るとパチュリーは背中を丸めて何かを考えだした。
 確かに、害はあるものではないはずだ。庭師で試し撮りしたとき、こんなことは起こらなかった。
「フランッ!」
 叫ぶ声と共に背後で鉄の扉が破壊されるような音が聞こえた。
 何事かと振り向くと、館の主レミリア・スカーレットが飛び込んできた。扉はあくはずのない方向に開いている。
 レミリアは吸血鬼でフランと同じくらいの年だ。しかし、緋色のドレスを着ているためかわずかに大人びて見える。いつもかぶっている愛用の帽子はなくなっていた。髪は荒れていた。よくよく見ると、ドレスにも木の葉が所々についている。呼吸もととのわないようで、吸血鬼独特の蝙蝠の羽が上下に揺れていた。
 もう一度、フランの名を呼び、ベッドに飛びつくように駆け寄った。そして、フランを抱き上げる。しかし咲夜の時と同じように腕がただれるだけで、何の反応もなかった。小さな肩が震えていた。
 震えがピタリと止まった。
 レミリアはゆっくりとフランをベッドに寝かす。
「鴉天狗、貴様!」
 くるりと振り向いたかと思うと、胸倉を掴まれた。すごい力だ。ひざが折れる。レミリアの顔が目の前にあった。目は赤く血走っていた。
「治るんだろうな? フランは治るんだろうな?」
 犬歯を剥きだし、更に迫ってくる。わからなかった。こたえる術を文は持ち合わせていない。
 思えば我がままでこんなことになってしまったのに、今何ひとつやらず、周りにまかせっきりだった。
 紅い目が逸れる。
「パチェ、フランは治るのか?」
 こんな状況でも、まだ思考を続けていたパチュリー。しかし、申し訳なさそうに首を振り、告げる。
「……わからないわ」
「そうか」
 無感情な声だった。不意にレミリアの手が離れた。力が入らない。文はその場に座り込むことしかできなかった。
「治らないのか?」そう小さく呟くとレミリアは右手を中に掲げた。
 その右手に紅い槍が出現した。血のようなオーラを纏う紅い槍だ。
 体が言うことを聞かなかった。
「ちょっと、レミィ正気なの!?」
 もはやパチュリーの声はレミリアに届いてないようだった。
 死んだら閻魔のところにいくのだろうか。走馬灯の代わりにそんなことが頭を巡った。
 紅い槍がレミリアの右手から滑るように突き出された。その直後、腹部に激痛が走った。喉の奥から血がこみ上げてきて、口の中を鉄の味で染めた。
 「せめ、てふら、んさんをたすけ、たかった」
 こう思うこと事体が我がままなのだろうか。文は意識を手放してしまった。



-5-

 

 薄暗い部屋。気がついたら、見たことのない部屋に立っていた。
 文は周りを見渡してみる。紅基調の部屋の部屋なので、紅魔館の一室と推測することができた。
 整理された執務室といった感じで、これまた紅い机が中央に一つだけぽつんと置かれていた。窓には厚いカーテンがかけられていたが、わずかな日光を取りこんでいた。いつの間にか太陽が顔を出す時間になってしまったようだ。
 ふと、部屋の一角に青と緑の魔法陣が書かれていることに気づく。
 なんだろうな。と、考えていると、部屋のドアノブが音を立てた。そこから誰かが、ひょっこりと顔をのぞかせた。
「なんだ、ここにいたのか」
 体が硬直した。レミリアだ。
 扉がきしみ、開ききった。
 レミリアの姿、どこか違和感があった。いつもより、さらに小さい。
「そんな恐怖と困惑の入り混じった表情で見ないでくれ……」
 そう言うとレミリアはため息をついた。十歳くらいの少女が、四、五歳くらいの幼女になってしまった、という感じだ。けれど、ドレスの丈はなぜか合っていた。帽子もかぶり直したようで、少し癖のある白い髪をおおっている。
 先程と違い、随分落ち着いた様子だった。それは文にとって、ありがたいことだった。
「何でそんな姿になってしまったんですか?」
「ん?運が悪かった」
 返答になっていない。
 レミリアの指が床を指す。
「ここ、何処だと思う?」
 そう言い、いたずらっぽく笑う。
「紅魔館……ですよね?」
「そう、紅魔館だ」
 レミリアは一息つく。
「写真の中のな」
「写真の中?」
 ついついオウム返しになってしまった。
「とりあえず、中を歩きながら話そう」
 レミリアはドアから出て行ってしまった。ぴょこぴょこと可愛く揺れる翼を文は追いかけた。



-6-

 

 先が見えないほど長く紅い廊下。
 外から太陽の光が入ってきていたが、レミリアにとっては気にならない程度だった。
 廊下には等間隔に扉が設置されている。改めて見ると驚きを通り越してあきれるような扉の数だ。咲夜は、毎日ここを全て掃除していたのか。ふとそんなことが頭に浮かんだ。
 この写真の世界について、どこから説明したものか。なにしろ、今ある状況は、あまりにも奇怪だ。事情を知ってるレミリアですら信じきれない。
「……さっきも言った通り、ここは写真の中の世界だ」
 文は何も言わず頷いた。少々意外だった、すぐに質問が返ってくるものと思っていた。
「とりあえず、一番初めに言っておこう。この世界にフランが居る。そのフランを探し出して、現世に戻せばフランは目覚める。ちなみに現世では、私もお前も昏睡状態だ」
 フランのことを話すと、一瞬胸のマグマが溢れそうになったが、レミリアはそれを強引に抑え込む。今、フランは助けられる状況にあるのだ、と。
「助けられるんですか?フランさんを」
「連れ戻せればな」
 文の背中に生える黒塗りの翼がピンと立った。目に希望が宿ったように見えた。
「戻る方法はひとつだけ、さっきの部屋にあった青い魔法陣に触れることだ。青の魔法陣はここと現世を繋ぐものだからな。ちなみに、緑の魔法陣はフランの写真の世界とここの写真の世界を繋ぐためにある。もう用済みではあるが」
 レミリアは頭の中で優先順位を考える。
「そして、今大事なことは、私たちは体、フランは記憶が過去と入れ替わっているということだ。お前はそれほど昔の姿が写ったわけでもなさそうだな。だが、私は運悪くこのざまだ」
 おそらく新月の日の姿が写ってしまったのだろう。改めて視線が低くなっていることを痛感する。ドアノブと目線が同じ位置だ。
「そして、フランの過去が写っているということは、わかるな?いつ暴れ出すかわからない」
 文はレミリアの話しを反芻しているようだった。
 過去のフラン。フランの場合、精神に異常をきたしている時期が長い。その時期が写る確率が、非常に高いのだ。
 ―――もし、昔のフランだったら、何か壊してしまったら暴れ出すだろう。そしたら……。
「だいたいわかりました。ありがとうございます」
 レミリアは、後一つ確認しておきたかった。
「お前が最後に行ったフランを助けたいという言葉、嘘じゃないな?」
 実際はレミリア一人でフランの救出に向かいたかったが、パチュリーと検討したうえで文も連れて行くことになった。
「勿論です」
 目は嘘をついてなさそうだ。
「そう言えばここに……」
 どうやって入ってきたか文には言って無かった。言いかけてしまったが、やめた。写真の中には入れたのは、浄玻璃の鏡が魂を取る鏡だったからだ。死者には肉体がないからこういった形になったのだろう。本来、人間や妖怪などが魂を撮られても、肉体の中に魂は居続けるのだが、魂のみの幽霊や、肉体と魂の関係が薄い吸血鬼は魂が撮られると写真にとりこまれてしまう。文がとりこめたのは、レミリアが死にかけの状態にしたからだった。死にかけだと肉体と魂の関係は薄くなる。
 そして、レミリア、死にかけの文、フランの魂が入った写真、それに魔法陣二つを書いてまとめて撮ることで、この世界ができ、入ってこれたのだ。
 ちなみに、体から撮られた場合は体が、魂が直接撮られた場合は記憶が過去に遡る。
 文を連れてきたのは正解だった。今、こんな姿なのだから。
「行きましょう、レミリアさん」
 ついつい立ち止まってしまっていた。
「ああ、わかっている。一つ一つのドアを調べるのは面倒だから、妖気を探知してくれ」
 今のレミリアには、妖気の探知もろくにできなかった。



-7-

 

 いつの間にか、窓の外の太陽は沈んでいた。わずかな赤い光で紅魔館の廊下を照らしていたが、もはやその光は消え去り月の光にすり替わっていた。
 歩きながらだが、文は全神経を集中させて妖気を探っていた。
 レミリアに、地下室にはいなかったかと聞いてみると、当然のようにもう調べたということだった。今まで、三階から下りながら調べてきた。今のところヒットはない。
 二階もヒットなし。
 適当な階段を見つけ、降りる。
 地下室にはいなかった、ということは一階にいるはず。
 またも左右に続く紅い廊下。目をつぶり、探ってみた。
「どうだ?」
 後ろから、ついてきたレミリアの声が聞こえる。
 ……左からほんのわずかに妖気が流れていた。
「左にいるかもしれません」
 レミリアは頷いて「行くぞ」と走り出した。文はレミリアを追った。
 走りながら確信した。妖気の細い糸が太い線になっていく。
「ここです」
 最も妖気が強くなった部屋の前で文は止まる。少し行きすぎてしまったバツが悪そうにレミリアは戻ってくる。
 もしかしたら、レミリアは妖気の探知すらできない状態なのではなかろうか。それだとしたら、力の方も……。
 文はドアノブをつかみ、音をたてないように回す。少し開いたところで、顔だけ覗かせてみる。
 暖炉付きの部屋で、赤いじゅうたんが一部に敷かれその上に椅子が置かれていた。それ以外に、大したものはなかった。椅子にはフランが座っていた。ドアと反対の窓を眺めていた。窓の外は暗い。気付いた様子はない。
 背後から月の光が入ってきていた。この光だけが今は頼りだ。
 どうしたものかと、迷った文はレミリアを見た。レミリアは、心情を察してくれたのか文の下から部屋を覗き込む。そして、そのまま部屋に入った。文もそれに続く。
「フラン」
 言葉にピクリとだけ反応し、フランの顔だけが振り向く。その顔には、何の感情も掴めなかった。
 レミリアはゆっくりと歩み寄り、右手を差し出した。
「帰るぞ」
 その言葉の真意はわかって無いはずのフランだが、よれよれと右手がレミリアの手にのびてきた。  
 そして、掴んだ。
「なっ!?」
 瞬時にレミリアは手を引きぬく。その手は真っ赤に染まっていた。フランの右手も同様に赤く染まっている。
 フランは自分の手の平を見ていた。
 嫌な予感がした。
 フランの口元が引きあがる。
「また壊しちゃった」
 口元と違い、何の抑揚もない声。
 狂気。
 泳いでいたフランの目がふいにレミリアを捉えた。
 ―――――いつ暴れ出すかわからない。
 フランの赤い手に何かが召喚される。レミリアの人形。破壊の目。
 文の体は反射的に動いていた。
 レミリアの人形をつぶさせないように、フランの四本の指を掴む。
 これをつぶされたら、レミリアは、死ぬ。
「っ!?」
 焼けるような痛みが指を抑えている右手に走る。なぜか、文の手から血が噴き出していた。レミリアの時と同じように。
「フランの目を潰せ、両目を潰すんだ」
 悲痛のこもったレミリアの叫びだった。
「見えないければ……破壊の目は、召喚できない」
 ―――――フランの両目を潰す。
 何もかも破壊してしまう能力の核は、破壊の目を召喚すること、だと聞いたことがある。
 フランの手が不意にすり抜ける。手にあったレミリアの人形は消えていた。
 文の髪を何かがなでた。紅い槍がすり抜けていった。
 槍は、フランの頭、さらに正確にいえば目を狙っていた。
 フランはやすやすと槍をかわす。フランの背後の壁が音を立てて崩れ去り、砂埃をたてた。
「潰さないと、フランは救えない」
 レミリアは、右手に召還しなおした槍を持ち、フランに向かって突っ込む。
 よく見るといつもより槍のサイズが小さい。力が出し切れていない。
 フランはいつの間にか右手に炎剣を握っていた。赤々と燃える剣を。だが、レミリアの攻撃を直接受けようとする気配がない。
 砂ぼこりの下にうっすらと設置型の弾幕が張られていた。
「レミリアさん、下です!」
「なにっ!?」
 弾幕の直前でレミリアは何とか踏ん張った。
 だが、フランは右手に持った炎剣で自らが設置した弾幕を破壊した。
 通常の弾幕では考えられない爆発が、レミリアとフランに襲いかかった。
 普段のレミリアなら余裕で耐えれたのであろうが、今は違う。爆風で文の後ろにまで吹き飛ばされてしまう。
「レミリアさんっ!?」
「ちっ」
 緋色のドレスはボロボロになっていたが、レミリアは無事のようだった。
 安心が、すぐに恐怖にかわる。
 フランが炎剣で、爆風ごと横に薙ぎ払ってきた。
 フランの目は、文を捉えていた。
 狙われている。
 文はとっさに風を操り左手に圧縮させ、弾を作りだす。文の能力は風を操れること。そして、炎剣の軌道に左手だけ残したままかがみこむ。
 炎剣が左手と接触した。一瞬痛みは走ったものの、すぐに消え去った。風が左手にだけ凄まじい風を起こし、炎剣の軌道を上にそらしてくれたのだ。
 フランの上体が完全に上がった。
 ―――フランを救う為に目を潰す……。
 一気にフランとの距離をつめる。フランは、全く焦っているようには見えなかった。
 文はまだ血が止まっていない右手の人差し指と中指、一本ずつに風を圧縮させ小さな弾を作る。
 フランは炎剣を捨て、軽くなった両腕を文に向かって振りおろしてきた。
 その腕に向かって二つの弾を一つづつ飛ばす。小さな風の弾でも、腕をはじくだけの暴風を作り出すことはできた。
 満月をも飲み込みそうな両目が目の前まできていた。
 文はそのまま右手を突きだした。
 ―――こんな救いって……。
 突き出した右手の人差し指と中指には、何か柔らかい物を貫いたような感覚が伝わってきた。文は思わず目を閉じてしまった。
 誰かもわからない悲鳴が、辺りに轟いた。



-8-



「……悪かったな。目を潰さないと、フランは止められないんだ。本来は私のすることなんだが。
 先程の魔法陣のある部屋だった。
 滅多に謝らないレミリアが、頭を下げる。こんな状況では無ければ即ネタにしていただろう。
 フランは今、失神しているため紅い絨毯の上に寝かされている。目から赤い血を流していた。レミリアの服は、フランを抱えて来た為赤く染まっていた。
 妖怪なら、一日あれば視力を取り戻すだろう。そもそも、ここは写真の中。現実に反映されるかすら怪しい。だが、そんな問題ではない。
 レミリアは、フランが暴れる度に目を潰してきたのだろうか。
 最愛の妹の目を潰す。
 止めるにはそうするしか無いとは言え、目を潰す度に想像を絶する心の痛みを伴うだろう。フランは、目を潰される痛むを味わう。あの悲鳴は、尋常なものではなかった。
 右手に残る、目を貫いた感触。文の血か、フランの血かすでにわからない血が右手にこびりついていた。
 心と体。この二つを二人は永遠に傷つけあうのだろうか。
「帰るぞ、話はそれからだ」
 疲れた声だった。
 レミリアはフランを抱き上げ、よろよろと魔法陣に向かう。今はフランの体の方が大きく、レミリアの体は頼りないものに見えた。
 魔法陣にフランの手を触れさせる。するとあっという間にフランの姿が光となり消え去った。
 フラン、そしてレミリアの過去に触れた。
 フランが、戻ったのを確認すると、レミリアも魔法陣に手をついた。フランと同様に瞬時に光となって消え去った。
 それを見て文も魔法陣に歩み寄る。
 知らなければよかった。
 けれど、知ろうとしていたのは事実で、真実を知ってから思うのは自分の我がままに過ぎないことは文にもわかっていた。



-9-

 

「むぅ……」
 レミリアは思い通りに動かない体を強引に起こした。ベッドのふらりとした感触が手に伝わってくる。戻ってきた。まだ頭がぼおーっとする。
「お嬢様っ!」
 呼ばれることで、ようやく咲夜の存在に気付いた。ベッドの横に立っていた。
 フランと文はいなかった。ベッドが一つだけ置いてあるだけという簡素すぎる部屋だった。
「……咲夜、悪いがフランと鴉天狗の様子を見てきてくれ」
「お嬢様は、大丈夫なのですか?」
「大丈夫だ。だから、頼む」
 一礼した咲夜は嬉しそうだった。そう思った時にはすでに消えていた。
 文は過去を知った。誰にも知られたくない過去を。そして、今でも続けられている地獄を。
 そもそも、フランは力のコントロール自体は出来ていた。それでも、ミスは起こる。その時にフランは両親を破壊してしまったのだ。そのショックのせいか、両親の顔を忘れてしまう。本能的な自己防衛手段なのだろうか。だが、フランの心の中には、何か大切な物を壊してしまったという、靄が心に残った。
 それからだ、フランの暴走が始まったのは。
 はじめは、物を少し壊してしまうだけで暴れ出した。物を壊してしまっても大丈夫になったのは、最近のことだ。それでも、暴走はまれに起こる。
 フランの目を潰す感覚。もう、うんざりだった。
「失礼します」
 咲夜が戻ってきた。また一礼すると、報告を始めてくれた。
「妹様は、目を覚まされておりました。鴉の方は、目を覚ましておりません」



-10-
 
 

 冥界の中にある屋敷、白玉楼。
 ここには、幾千もの霊が住みつき、桜の美しい場所だ。もう桜の季節は終わっているはずなのだが、この白玉楼の桜は満開を保っていた。
 文は、その桜と同じ色し、満月の刺繍が施された着物を着ていた。これは、白玉楼の主の好意だった。本来、亡霊、生き霊は白装束を着なければならないそうだ。
 縁側の一角を借りて、庭をただ眺めていた。
 波立つような砂、島のような岩、そしてバックの桜。夕暮れを想わせる庭だったが、空にはすでに暗く、下弦の月が浮かんでいた。
 あの後、文は戻ろうと魔法陣に手をついた。だが、次気付いたら閻魔の裁判所だった。死神に帰り際の魂をさらわれたのだろうか。
 そして、裁判。説教、説教、説教の後、判決が下された。肉体が生きているため、冥界で百年間ほど頭を冷やせという判決だった。つまり、生き霊としてだ。
 これから百年。フランは何度暴走してしまうのか。
 レミリアとの約束の中ではフランを救ったかもしれないが本質的にはは救えていなかった。それだけが気掛かりだった。
 文はそよ風を起こしてみる。桜の香りを運んでくるように操ってみた。そよ風はうまい具合に桜の香りを運んできて鼻孔をくすぐってくれた。
 目をつぶってみる。
 フランは目をつぶると落ち着くと言っていた。破壊の目、が関係あるのだろうか。
 一際強い風が吹いた。
「おい、起きろ」
 聞き慣れた声。うっすらと目を開けると元の大きさのレミリアが立っていた。
「数日ぶりですね。レミリアさん」
 寝ようとしていた訳ではないのだが、あくびが出そうになった。
「ああ、そのようだ。隣に座ってもいいか?」
「どうぞ」
 レミリアは、小さく飛び上がると、とん、と文の隣に座った。砂の波に小さな足跡が二つ残っていた。
「探したぞ、魂だけここに来ていたのか」
 紅い目は夜空を見ていた。
「フランさんの調子はどうですか?」
 文は適当に足をぶらぶらと泳がせる。
「いつも通りだ」
 さらりと言い切るレミリア。今までこんな調子で今まで隠してきたのか。
「とは言っても、私もフランも、もう疲れた。この輪廻を終わりにしたいと思っている」
 紅い目は空を向いたままだった。空の月はまだ主役を気取っていた。夜長そうだ。
「フランの暴走する原因を教えよう。フランは、昔両親をはか死してしまった。もちろん事故だ。それから……」
 レミリアの話を全て聞いた。
 結果としてフラン、そして、レミリアの過去を知った。フランの過去はレミリア抜きにして知れるものではなかったのだろう。
 だが、それがわかったとはいえ、今の文に何ができるわけでもなかった。結局フランは救えない。
「両親の顔を見せることができれば、心に中の靄が晴れるだろうだが、今までそれができなかった。両親の姿を残すものがなかったからな」
 レミリアは、ようやく視線を落とす。そして、手に持っていた写真を文の横に置く。写真を持っていることには気付かなかった。
「両親の写った写真だ」
 写真には楽しそうに食卓を囲む四人の姿が写っていた。そのうち二人は、幼いフランとレミリアだった。もう二人は、見たこともない大人の男と女だった。四人は笑っていた。
「これは……」
「お前が撮った写真だ。フランの過去のな」
 この男と女が両親。父親は、笑っていたが父親としての威厳があった。母親は、微笑んでいるといった方が適切で母性に溢れていた。
「これを、フランに見せる。両親のことを思い出すだろう。そこから事故として割り切れるか、事実の重さに潰されるかは……わからない」
 レミリアの重い決断だった。文の口出しすることではない。
「なぜ、それをわざわざ私に?」
「お前には……」
 レミリアは緋色のドレスの中をさぐりだす。
「お前には来てもらうぞ。フランの元に」
 緋色のドレスから取り出されたのは文の写真機だった。
 写真機は文を捉えていた。
こんばんは。晴れ空です。
最後まで読んで下さってありがとうございます。
まったり書かせていただきました。
アドバイスをくださる方がいらっしゃいましたら、是非ともお願いします。
晴れ空
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コメント



0.390簡易評価
3.無評価名前が無い程度の能力削除
>文の写真気が壊れてしまった
写真機
>昔両親をはか死してしまった
もしかして破壊?
8.100名前が無い程度の能力削除
続きものなら(1)と記載ほしかったけど、面白かったから気にしない。
物語に惹き込まれました。続きも期待しています。