Coolier - 新生・東方創想話

博麗霊夢の日常 ~パチュリー・ノーレッジ編~

2011/05/05 21:57:40
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その日、博麗神社に珍しい人物がやってきた。
彼女は人の気配の無い境内に降り立つと、「お賽銭を入れてくれ、入れてくれ、入れてくださいお願いします」と訴えている賽銭箱に目もくれずに神社の裏手を目指した。
寂れているのに掃除だけは行き届いている廊下を少しばかり歩くと、居間と思しき部屋の向こうに人の気配を感じ取る。襖の向こうにある魔力の色に、間違いなくこの神社の主だと彼女は認識し、襖に手を掛けゆっくりと開いた。

「……やってるかしら?」
「なによ、そのミスティアの屋台に入る時みたいな挨拶は……っと、珍しい顔だわね……」

廊下からのっそり現れた人物を確認した神社の主・博麗霊夢は、突然の珍客に少しだけ驚いたような素振りを見せ、頬杖を突いていた顔を起こした。
彼女はそのままのろのろと居間に入る。さながら、眠気の限界を迎えて布団へ向かう子供のような足取りであった。
霊夢の向かいまで辿り着くとその場に座り込み、炬燵に足を突っ込んで暖かさに一息吐く。

「夜雀の屋台の挨拶は知らないけれど……、あの境内の寂れ具合を見せられれば営業しているのかどうか確認を取りたくなるのも、致し方ないというものよ」

彼女は、やはり眠たそうな目と眠たそうな声で言った。

「……休憩よ、休憩」

霊夢は目を逸らして答えた。出来れば反論の一つでもしたかったところなのだが、事実繁盛していない。
霊夢に言えたのは、今は休憩中だから神社に参拝客がいないのだ、と制限時間付きの理由だけだった。
その辺りの虚しい時間稼ぎを、彼女は察するまでもなく察していたようだ。その上でさらに突っ込む。

「守矢神社に命蓮寺……、人妖の信仰集めに熱心な勢力が次々現れて活動しているというのに? 今の博麗神社に休憩なんて悠長に構えているだけの余裕があるとは思えないのだけれど?」
「うぎぎ……!」

痛いところを突かれてしまった霊夢は思わず声を上げて唸った。その話題を振られると、霊夢はたちまち何も言えなくなってしまう。
『幻想郷に博麗あり』の看板は見事に折れかかったいた。唯一残っているそのプライドまで無くなってしまうと、冗談抜きで絶望しか残らなくなる。
そう感じた霊夢は、最悪の事態を回避すべくお茶を濁す作戦に出ることにした。作戦といっても、ただ単に黙ってお茶を淹れるだけなのだが。霊夢としては、かなり下手に出ているつもりなのだ。
何も言わず湯呑みに熱いお茶を注ぎ、恭しく彼女の前に進呈する。そして、霊夢にとって最大限の歓迎をもって迎えられた彼女へ、ナチュラルに話題逸らしを始めた。

「それで、今日は何の用かしら? パチュリー」

下手に出ている者の台詞とは大して思えないが、霊夢としては以下同文。慣れない営業スマイルは若干引き攣っていた。
そんな霊夢のもてなしを受けた来訪者、パチュリー・ノーレッジは、献上されたお茶を一口飲み込むと、人差し指を空へと指す。
釣られて霊夢も、パチュリーが指した方へと視点を移動させる。しかし、何も無い。
そこに、パチュリーが小さく何事かを呟いた。すると、パチュリーが指していた空中に突如として複数の本が現れた。
数にして十冊にも満たないそれらが、パチュリーの真横に落ちて小さな塔を形成した。
その塔の一番上の一冊を手に取ってから、パチュリーは言った。

「今日一日、ここでお世話になるわ」
「……は?」
「よろしく」

霊夢はパチュリーの予想もしなかった言葉に、豆鉄砲を喰らった鳩のような顔をしたのだった。

「ああ、私のことは気にしなくていいわ。食事は必要ないし、寝床の用意も結構。静かに本が読める場所さえ提供してもらうだけで充分だから」

パチュリーはそれだけをさっさと告げると、再び本に顔を埋める……、ところを霊夢に本を奪われることで阻止された。
パチュリーは相も変わらず眠いのか睨んでいるのかわからないような目つきを霊夢に向ける。対する霊夢は完全に不機嫌顔である。営業スマイル? 何だそれは?

「……何するのよ」
「……うるさい。どういうことか説明しなさい。それまでこれは返してやらないわよ」

霊夢は奪った本を手元に寄せ毅然とした態度で宣告する。
その言葉を聞いたパチュリーは、少し思案してから納得したように頷いた。

「……成程、説明すれば本を返してもらえ、神社に居る事にも許可してもらえるというのね。わかったわ」

まさか前向きに捉えられるとは微塵も思っていなかった霊夢は慌てふためく。

「え、ちょ、ちょっと! そこまで言ってないわよ!?」
「なら話すわ……。そう、それは聞くも涙、語るも涙の……」
「聞きなさいって! つーか、私があんたの話で泣くわけないでしょーが!」

その後しばらくぎゃあぎゃあと喚く霊夢と、それをどこ吹く風と受け流して語るパチュリーの、一方通行な会話が閑散とした神社の一室で行われていたのだった。





「レイアウト変更?」

やがて喚き疲れた霊夢がようやくパチュリーの話に耳を傾けて、彼女が神社を訪れた理由をそれであると知った。
パチュリーは頷き――。

「……って何?」

――勢い良くテーブルに突っ込んだ。どうやら霊夢にとって初めて聞く言葉だったようだ。
その際鼻をぶつけたのか、手で鼻をさすりながらゆっくりと起き上がる。
霊夢を見詰める視線には若干の非難の色が向け、霊夢は恥ずかしさを誤魔化すように頭を掻いた。

「むきゅ……、要するに配置換え。整理整頓みたいなものよ」

ここ数年で、図書館内の蔵書が乱雑になっていた。
基本的に図書館にある蔵書の管理はパチュリーの使い魔である小悪魔と司書妖精が一手に引き受けていたのだが、管理が追いつかなくなってきていた。
対応策として、司書妖精の増員を行ったのだが、所詮は妖精。増員前から大して役に立っていなかった司書妖精を増やしたところで、改善されるものでもなかった。
パチュリーの頭を悩ますあの霧雨魔理沙に、侵入から蔵書を持っていかれるまで時間がわずかに伸びたのが精々だった。そうした意味では、パチュリーと小悪魔の意図した結果にはなっていた。
そう、今回の図書館全館レイアウト変更には、彼女への対策としての意味が最も大きい。
そもそも、館内の蔵書が乱雑になってしまっているのは彼女に因るものなのだ。
好き勝手に蔵書を読み、興味がなければ適当な棚に戻し、興味をそそられればそのまま持ち去る。
魔理沙の逃亡を阻止しようと突撃していった司書妖精は造作もなく倒され、たまに小悪魔も伸びた状態で発見される。
そんな彼女らを手当てするために、他の司書妖精たちが駆り出される。そして残った僅かな者たちで、魔理沙との弾幕戦の被害を受け、棚から落ちてしまった蔵書の後片付けをする。
しかし妖精たちでは、適切な位置に本を戻すことは中々出来ない。結局後で小悪魔が直していくことになる。
二度手間、三度手間と後手後手になっている状況の中でも、新しい本はどんどん入ってくる。それらを片付ける時間は反比例して減っていく。悪循環だ。
この現状を打開しようと、パチュリーと小悪魔が協議した結果、此度の大規模なレイアウト変更に踏み切ることとなったのだ。

「そんなもんのために、わざわざウチに来る必要あるの?」

ならば小悪魔たちと一緒に図書館にいるべきなんじゃないか、と霊夢は思った。
それはまさしくその通りであり、パチュリーとしてもそうするつもりでいたのだが、実際彼女は今ここにいる。大きな問題が彼女にはあったのだ。

「……小悪魔たちに追い出されたのよ。『埃が沢山舞うと思いますから外で待っていて下さい』って。」

パチュリーは喘息持ちだった。
いかに彼女にやる気があろうとも、彼女自身がそれに待ったをかけていたのだ。

「なら屋敷の中で待ってりゃいいでしょうに」

霊夢がそう言うと、パチュリーは嫌そうな顔をして首を振った。

「冗談じゃないわよ。あそこにいたらレミィやフランの遊び相手をしなくちゃいけないじゃない」
「そりゃ確かに面倒くさそうね……、ん? この時間なら寝てるんじゃないの? 吸血鬼ってやつは」
「何故か徹朝してたのよ……、無駄にテンション高くて嫌な予感しかしなかったからここに来たのよ」

その時のことを思い出したのか、パチュリーは疲れたようにため息を吐く。そのとばっちりを受けた格好になる霊夢も倣ってため息を一つ。

「それにしたって、もっと他に行くとこあるでしょうに……、魔理沙のとことか、アリスのとことか。魔法使い同士なんだし」
「それは嫌。同じ魔法使いとして」

パチュリーはきっぱりNOと答える。
霊夢は首を傾げる。

「同じ魔法使い同士だからいいんじゃないの?」
「研究内容をアレコレ聞かれるのが嫌なのよ」
「そんなもんなの?」
「そんなものよ」
「ふ~ん……」

魔法使いの考えることはよくわからん。しかし確かに魔理沙など、努力しているところを他人に見せなかったりする。魔法使いというのはそういう性格のやつが為るものなのかもしれないと何となく霊夢は思った。
眼前のパチュリーは生まれからして魔女だから、きっと魔理沙以上の筋金入りに違いない。

「……で、合格かしら?」
「合格って何よ……、はぁ。いいわよ、もう。面倒臭いし、面倒なことしなけりゃそれでいいわよ」
「助かるわ」
「言っておくけど、一日! 今日一日だけだからね!」

一応の釘だけは刺しておく霊夢。あまり甘やかし過ぎると、神社の風評がまた悪くなると彼女は思ったからだ。
しかし、たった一日の宿泊を許可している時点で、その風評がまた悪くなることを、というより既に手遅れなほど『妖怪神社』の名がすっぽり納まっていることに、彼女は気付いていなかった。
暢気な巫女は、そんなことには疑問を持たず、自らの頭に浮かんだ疑問の解決を優先した。

「一日って言ったけど……、レイアウト変更、だっけ? あの図書館全部やるのに一日だけで足りるの?」

パチュリーの図書館の広さは途方もない。とてもじゃないが一日で終わる量ではない。霊夢はそう思った。いや、あの図書館を一度見た者なら誰でもそう思うだろう。
パチュリーは霊夢の疑問に、目もくれず、表情も変えず、淡々とした口調で答える。

「問題ないわ」
「ふーん……、えらく断言するのね」
「お忘れかしら? 紅魔館にはタイムキーパーがいることを」
「あぁ……、なるほど」

パチュリーの答えに合点がいった霊夢。ぽんと手を叩いて頷いた。
十六夜咲夜。紅魔館が誇る完全無欠のメイド。時間を操る程度の能力を持つ彼女がいれば、確かに一日で終わるかもしれない。但し、彼女には相当の労力が要求されることになるだろうが。

「咲夜は人間なんだから、あんまりこき使わないであげなさいよ?」
「そうは言っても、きっとあの子は死に物狂いで働いてくれることでしょうね。何せ――」



時は一日前。場所は紅魔館廊下。
瀟洒に日常業務をこなしていた咲夜に、図書館のレイアウト変更について咲夜に手伝ってもらうべく、パチュリーはある提案を引っ提げていた。

「あら、パチュリー様」

背後から近付いたパチュリーが声を掛ける前に、咲夜が彼女の存在に気付く。瀟洒である。
出鼻を挫かれた格好になったパチュリーは、とりあえず咲夜の前までのろのろと歩み寄る。

「図書館の外に出られるなんて珍しいですね。いかがされましたか?」
「ふむ、今日はあなたにお願いがあってね」
「お願い……、ですか?」

パチュリーは頷く。

「実は明日、図書館の方で大規模なレイアウト変更を行うつもりなのだけれど、あなたに手伝って欲しくてね……」
「はあ……、それは構いませんけれど、他の仕事もありますのであまり時間は取れないかもしれませんねぇ……」

十六夜咲夜はメイドである。基本的に彼女のすべき仕事は、紅魔館の主であるレミリア・スカーレットのいる本館での業務だ。
故に、レミリアの客人であり親友だからといって、パチュリーの為にまで奉仕しなければいけないわけでもない。
しかし完全無欠のメイドである咲夜は、パチュリーの要望を無下に突っぱねることはせず、多少の融通は利くことを示した。瀟洒である。
咲夜は「あまり時間は取れないかも」とは言ったが、自分の周りの時間を止められる彼女にとって、この言葉は本来の意味を持ち合わせていない。
ある意味無限に時間を取れる彼女にとって有限な時間とは、つまり『咲夜自身の体力の限界』である。
彼女の体力が持つ限り、彼女は時間を止めて行動することが出来るのだ。日々の仕事に多少の時間をプラスしたものが、今の咲夜が止められる時間量ということになる。
しかし、パチュリーとしては咲夜に獅子奮迅の活躍をしてもらう必要があった。
理由としては、パチュリー自身が図書館から離れる時間を極力短くしておきたいから。そして、何時来るとも知れない、霧雨魔理沙に侵入される前に事を済ませたいから。
対魔理沙の為の意味が大きいこの大規模レイアウト変更を、何としても彼女が再び現れる前に完了させなければならない。悠長に作業をしている時間など無いのだ。
咲夜には体力の限界が訪れようが、やり抜いてもらわなければならない。そして、そのための秘策をパチュリーは持っていた。

「あまり時間が取れないでは困るわね」
「うーん、そう言われましても……」

咲夜は手を頬に当て、困ったような仕草を見せる。無茶を言われているのだから、それも当たり前の話ではあるのだが。
だが、それでも咲夜を馬車馬の如く働かせる確信がパチュリーにはあった。

「もし引き受けてくれれば……、働き者のあなたの好きな日に休みを貰えるよう、レミィに口添えしてあげるわ」
「はあ……、お休みを貰えるのは有り難いですが……」

パチュリーの提案に難色を示す咲夜。この程度では首を縦には振らなかった。
しかしそれもパチュリーにとって想定の範囲内。予想された回答である。これくらいの餌で釣られないことは重々承知している。これは言わば撒き餌に過ぎない。興味を惹かせるための撒き餌に過ぎないのだ。そして彼女を釣り上げる針は別にある。それこそが本命だ。パチュリーはとっておきの餌を投入する。

「美鈴も一緒に休みを貰えるように計らってあげるわ……、どうかしら?」
「ッ!?」

パチュリーの口から出た美鈴の名に、咲夜はびくりと大きく反応した。そしてみるみる顔が紅く染まっていく。
あと一押しすればいけると判断したパチュリーは畳み掛けるように続ける。

「普段なら無理でしょうね、こんなこと……。でも、レミィの部下である貴方たちに出来ないことも、親友の私がお願いすれば充分可能なことよ……」
「……!」
「二人でお出かけすればいいと思うわ……。またとない機会よ。そう、お弁当でも作って湖の辺でピクニックなんか素敵じゃないかしら? それから人里でウィンドウショッピング、銭湯辺りに行って日頃の疲れを癒すのも悪くないわね。ディナーは少しお高い料亭なんかで料理やお酒に舌鼓を打って、帰り道、ほろ酔い気分の美鈴に思い切って……」
「やります。是非手伝わせてください」

咲夜が餌に食いついた瞬間である。あとは何もかもがスムーズに進んでいった。

「助かるわ、ありがとう」
「いえ、とんでもありません」
「じゃあ明日、よろしく頼むわね」
「お任せください! あの、それで先程のお話ですが……」
「都合のいい日にちが決まってから、私に伝えに来て頂戴」
「はい!」

話がまとまると、パチュリーはその場で反転してもと来た方向へと歩いていく。一方の咲夜はパチュリーの姿が廊下の角に消えるまで深々とお辞儀をしていた。
お願いをしに来たのはパチュリーであったにも拘らず、最終的にはまるで逆の立場になっているかのような光景であった。



場面は戻って博麗神社。
前日の出来事を思い出し、パチュリーは口に手を当てて込み上げてきた笑いを抑える。
何と微笑ましいことか。普段の彼女から『美鈴』という人物が出るだけでああも変わってしまう。これぞ恋は盲目というやつか、とパチュリーはしみじみと思った。
そう己の中で納得していると、霊夢から横槍が飛んで来た。

「何せ――?」
「ん? ああ……」

さて、とパチュリーは思案する。敢えてここで、咲夜が死に物狂いで図書館の仕事を手伝ってくれる理由について暴露しても良いものか、と。
咲夜本人は、周囲に美鈴への淡い想いを上手く隠している。ただし、紅魔館の住人には大体知れ渡っているが。
博麗霊夢になら話しても害はないだろう。何故なら、彼女に話したところで彼女は大した興味も関心も感慨も抱くことはないだろうから。

『ふーん、あっそう』

この一言で終わるに違いない。
しかしここは博麗神社。紅魔館ではない。どこで誰が聞いているかわからない。特にあの最速の天狗に聞き耳でも立てられていたとしたら、格好のネタにされかねない。
パチュリーとしては、身内が辱めを受けるリスクを考慮する方を優先したかった。よって、適当にぼかすことに最終決定した。

「Love is blind……、てとこかしら」
「は? らぶいず……?」

上手く聞き取れなかったらしい。無理もないとパチュリーは思ったし、それを狙ってもいた。

「……まぁ、咲夜が納得してるのなら私が心配する必要も無いか」

どうやら面倒になったらしい。軒並みパチュリーの思惑通りである。興味が失せた霊夢は、パチュリーから奪い取った分厚い本をペラペラと捲り始めた。一分もしない内にしかめ面になった。

「……読めないわ」
「でしょうね」

彼女がページを捲っている本は洋書だ。耳慣れもしなければ、見慣れもしない言葉を読める道理などどこにもありはしない。

「読める本持って来なさいよ!」

苛立ちが募り始めたのか、本を叩きながら文句を垂れる始末である。

「本は叩かない」
「じゃあ何か読める本出しなさいよ! 暇でしょうがないわ!」
「暇があるなら神社の仕事でもしたらどうかしら」
「う……ぐっ……」

至極真っ当なことを言われてしまった霊夢は苦々しくパチュリーを睨みつけるも、その真っ当さがまさしく一片の隙もないほどに正しかったことを知っていた。
それ故、パチュリーの的確な口撃にただただ唸っていた。そんな霊夢に出来たことは、開き直ることくらいであった。

「そっ、そんなもん私が本気出せばいつでも逆転可能よ! まさに勝者の余裕ってやつ!? 守矢? 命蓮寺? むしろ新参者虐めて評判落ちることを心配したっていうか!? 皆にはこの優しさを知って欲しいのよねー!!」
「……」

パチュリーは霊夢を見ていた。パチュリー・ノーレッジは博麗霊夢を見ていた。とても可哀想なモノを見るような、そんな瞳で見ていた。
霊夢はその視線から感じる圧倒的な敗北感を、テーブルを激しく叩くことで誤魔化した。

「とっ、とにかくっ! 今の私は読書がしたい気分なのよっ! だから何か読める本出しなさいよっ!」

霊夢はどんなに哀れみの目で見られようとも、読書がしたいらしかった。
彼女がぐうたらな人間であることには違いないが、読書をしたいという彼女の気持ちに、パチュリーとしてはこれを否定する選択肢は見当たらなかった。
何より、これ以上霊夢の哀れむべき姿を見てもお互い気分が悪くなるだけで、今日限りとはいえ彼女に世話になろうとしている自分の居心地もよろしくない。
ならば、さっさと彼女に本を貸し与えて二人で読書している方が断然良いはずだ。そう判断を下したパチュリーは、疲れたように大きく息を吐いてから霊夢でも読めるような本を選んで渡してあげた。
自らを自らの手で貶めていた霊夢は、ようやく与えられた本を嬉々として受け取る。
しかし表紙を見てすぐに首を傾げることになった。

「ってこれ料理本じゃないの」
「そうね」

パチュリーが渡したのは、美味しそうな肉じゃがが表紙の、ごくごく普通の料理本だった。
先程霊夢が取り上げた洋書と比べると、落差があまりにも大きすぎた。

「何でこんなもん持ってきてるのよ?」

怪訝な顔をした霊夢は、受け取った料理本をパラパラと捲りながら尋ねた。
すると返ってきた答えは、霊夢にとって意外なものだった。

「私はよく読んでいるわよ。料理する時の参考に」
「え?」
「ん?」
「え、りょ、料理? パチュリーが?」
「ええ」

霊夢はまさに信じられないといった表情である。
パチュリーは生まれながらの魔女である。
魔女、あるいは魔法使いは『捨食の法』と『捨虫の法』を習得した者をそう呼称する。
その中でも『捨食の法』とは、本来必要な睡眠や食事といったものを魔力で補うことが出来るものである。
つまり、生まれた時から魔女であるパチュリーに、これらの行動は不要な行為なのである。
だというのに、彼女は料理の本を参考に料理をしていると言ったのだ。
霊夢にとって、四六時中一心不乱に本を読み耽っているイメージがあるパチュリーが、そんな不毛と呼ぶべき行いをしていることに驚きを隠せなかったのだ。

「意外すぎるわ……」
「まぁ、そうでしょうね」

パチュリーはそう言って苦笑したが、その表情はどこか楽しげである。自分が料理が得意だということを言ってみると、殆どの者が霊夢と似たような反応をしてくれるからである。

「ついでに言うと、咲夜に料理を仕込んだのも私」
「……」

続けて飛び出したパチュリーの言葉に、霊夢の時が止まる。

「……それは流石に嘘よね?」
「そんなことで嘘を吐くほど、私は底が浅いつもりはないわね」

咲夜の料理の師がパチュリーであると、本人の言葉を信じると仮定する。
すると、こうなってしまうわけだ。
今まで霊夢が紅魔館でご相伴に預かっていた数々の食事やお菓子が、そっくりそのままパチュリーの味ということになる。
あるいは、既に師を超えた味なのかもしれない。もしかすると、劣化しているのかもしれない。いずれにせよ、咲夜の絶品料理の背後にはパチュリーの影があるということだけは、疑いようのない事実らしかった。そしてそれは即ち、霊夢自身の腕を超えているに等しかった。

「はぁ……、世の中不公平だわ」

霊夢は、日がな一日、年がら年中本を読んで過ごしていると思っていた日陰少女によもや料理の腕で劣っているとは思わず、ひどく落胆し、そんな世を憂いた。

「補足だけど、中華料理を仕込んだのは美鈴ね。あの子の中華には流石の私も勝てないわ」
「……さよか」

咲夜の作る中華料理も絶品であることは言わずもがな。その中華にも別の師がいるということは。
今日はもう神社の仕事なぞ絶対にしてやるものか! そう心の中で宣言した霊夢であった。



「ていうか何で料理なんてしてるのよ」

しばらくテーブルに突っ伏して不貞腐れていた霊夢が、何とか立ち直って放った第一声である。
パチュリーは霊夢に先程取り上げられた洋書を読み、霊夢はパチュリーから受け取った料理本を捲っていたが、今はページを捲る手を止めてパチュリーを見ている。
やがてそのパチュリーも本を見遣る視線を霊夢へと移す。

「じゃがいもが一つあるとするわ」
「へ?」

パチュリーは指を一本立てて、唐突にそんなことを言った。
まさかいきなりじゃがいもと言い出すとは思わず、霊夢は呆けた声を上げてしまった。少しだけ恥ずかしかったのだが、パチュリーは聞いていたのかいないのか、特に気に留めることもなく話を続けた。

「例えばこのじゃがいも一つ取っても、様々な調理方法があるわ。煮る、焼く、炒める、蒸かす、和える、漬ける……」
「まぁ、そうね」

霊夢にはパチュリーがどういった意図でそんなことを言っているのか、いまいち見当がつかなかったがとりあえず頷いた。
しかしその疑問も、パチュリーの次の言葉により間もなく氷解することとなった。

「食材一つ一つに、多様な調理法、可能性がある。他の食材と組み合わせればその可能性は無限にも等しくなるわ。それは、魔法も同じ。理論の構築、術式の組み上げ次第で無限に生み出せるモノ。だから、私は料理を研究することで、それをそのまま魔法の研究に転用できるのではないか、と思ったのよ」

魔法と料理を同じと考えるなんて変な奴だなあと霊夢は思ったのだが、そう言えば魔理沙やアリスも料理にはこだわりがあると、いつだったか聞いたことがあることを思い出した。
もしかしたらパチュリーと同じ理由から来ているのかもしれない。魔法使いというのは研究と探求の虫なのかと、霊夢は一人納得していた。
霊夢は魔理沙との付き合いが長いので、彼女の料理をご馳走になる機会がそれなりに多かった。そんな魔理沙の腕前は、かなりレベルが高い。特に彼女の魔法の原料でもあるキノコ料理は幻想郷でも右に出るものはいないのではないかと思うほどに美味いし、またバリエーションに富んでいる。時々怪しげなキノコの毒見をさせられることには目を瞑る。それはまあいい。
とにかく、魔理沙は台所で調理している時や霊夢が食べているのを見ている時、とても楽しそうな顔をしているのだ。
わざわざ神社まで押しかけて料理を振る舞いにやって来るそんな魔理沙を見て、霊夢は常日頃思っていることがあった。何となくだが、パチュリーも、そしておそらくアリスも、魔理沙と同じなのではないかと思った。それは――。

「魔法研究のため……、ね。まぁ、らしいっちゃらしいし、そんなところだろうとは思ったけれど……、でもあんた、実は料理自体が好きなんじゃないの?」

研究の一環とは言っているが、最早それ自体を楽しんでいるのではないだろうか。霊夢はそう思っていた。
夢中になると感情がすぐ顔に出る魔理沙がとても楽しそうに料理している姿を思い起こせば、パチュリーもまた、無表情ながらに――きっと無表情で淡々と作っているに違いない――料理に対して情熱を注いでいるのではないだろうか、と。
一方で、「料理が好きなんじゃないのか?」と問われたパチュリーはと言うと……。

「……、料理が好き? 私が? んん?」

眠たそうな眼をぱちくりと見開いて、意外そうに首を傾げた。

「ん……、んん? これは……、好きってことなの、かしら? ううむ……」

そして首を傾げたまま、パチュリーはうんうんと唸り始めた。本人にその自覚は無かったらしい。
パチュリーは頭の中で整理することにしたのか、読んでいた本をテーブルの上に置き、腕を組んで、天井を仰ぎ、身体を揺すっている。
自覚していないほどに、夢中だったのだろうか。当たり前のことと思っていたのか。珍しくパチュリーのそんな様子を見れたことが、霊夢にはとても面白くて、何より可笑しかった。
そうして数分程度、パチュリーは考え、霊夢は眺めていた。

「ああ……、そうか。そうなのね」

やがて結論が出たのか、身体を揺するのを止め、視線を霊夢に移し、腕を解いたパチュリーが、さも意外そうに言った。

「確かにあなたの言う通りのようだわ……、どうやら私は料理をすること自体を楽しく思っていた。好きだと感じていた」
「そうでしょうとも」

好き勝手に皆が生きているこの幻想郷で、好きでもないことをやって生きている損な連中はごく一部である。パチュリーは勿論前者に類する。
そんなパチュリーが、料理を嫌う理由はまず無い。魔法を追求することを生きがいにしているパチュリーが。そのための『研究の一環』として行っていた料理を、嫌々やっているはずなど無いのだ。
自身が料理を好きだということを自覚したパチュリーは、思い出したように言った。

「私は作った料理をレミィにふるまうのだけれど、彼女が『美味しい』と満面の笑みで平らげてくれた時や、『今回は微妙ね』としかめ面で残された時に感じた嬉しさや悔しさはそうか……、それだけ私が料理に対して本気で取り組んでいたことの証明だったのね。私も気付かないうちに……」

パチュリーは何度も頷いて自分の中で納得がいくと、再び本を手に取りページを捲り始めたのだった。
その時の彼女の口元が少しだけ微笑んでいるように、霊夢には見えた。
それを見た霊夢も少しだけ笑って本を読み始めるのだった。





それからしばらく二人は無言だった。もちろんそれは二人の間に険悪なムードが流れているわけではなく、単純に読書に勤しんでいる故であった。
読書は――料理のレシピ本だが――、基本的に娯楽の少ない霊夢の生活にとって良い暇つぶしになっていた。
内容に関しては、ありきたりなレシピが殆どでいずれも自分で作れるものばかりだった。
そんなものでも楽しめたのは、先に述べた通りに久しぶりに飲茶以外の娯楽を味わったことと、本に載っている料理の写真がとても美味しそうに映っているためである。
久しく食べていない料理の写真など――主に肉料理――は、彼女の心を大いに躍らせ、大量の生唾を分泌させた。時が経つのも忘れ、いつの間にやら、炬燵に足を突っ込んだまま寝っ転がる体勢になっていた。そのことに気付いたのは、何気なく見た外の景色が赤く染まって、夕飯の支度をしなければならないとぼんやり思った時である。
いい感じに空腹だった。いつもより多めに食べようかと、何とはなしに思いながらゆっくりと起き上がる。

「よっこらっせ……、っと?」

何故か疑問形になってしまったのは、静かに読書でもしているかと思っていたパチュリーがテーブルの上に突っ伏して眠っていたからである。

「確か魔法使いって寝なくても大丈夫だと聞いたような……?」

魔理沙から聞いた話だった。『捨食の法』という魔法を習得すると食事や睡眠などの、日々の生活に必要不可欠な行為が不要になるというものだ。不要というよりは、自らの魔力を消費してそれを可能にしているとの事だった。これを習得しないと『魔法使い』という種族にはなれない。
ちなみに、魔理沙はまだこれを習得していないようで、彼女は『人間』という種族のままであり、『魔法使い』を名乗っているだけに過ぎない。
彼女が種族としての『魔法使い』に為るかは、付き合いの長い霊夢をもってしてもわからない。おそらく本人も、為るかもしれないし、為らないかもしれない程度にしか今は考えていないのではないだろうか、というのが霊夢の見解である。
閑話休題。今はパチュリーである。霊夢の目の前で静かな寝息を立てている彼女は生まれからして『魔法使い』であり、即ち生まれた時から食事や睡眠を必要としない生活を送ってきている。
彼女は神社で一泊することを霊夢に告げた後にこう付け加えた。「食事の必要も無いし、寝床の用意も結構」と。それは彼女に食事と睡眠が不要であることの証左だが、しかし現在『魔法使い』パチュリー・ノーレッジは確かに眠っている。どうやら『不要』というだけで、出来ないわけではないようだ。

「炬燵の力は偉大ね」

パチュリーを眠りに落とした最大の功労者を炬燵だと、霊夢は推察した。睡眠を必要としない彼女を落とすとはとんでもない文明の利器である。
しかし、と思う。

「こんなところで寝ると風邪引くかも……、あぁでも妖怪って病気しないんだっけ? でも、こいつ確か喘息持ちだったわよね」

何だか矛盾したやつだなあと霊夢は思いつつ、後から文句言われても面倒くさいので布団を用意してそちらに移してやることに決めた。何より、晩飯まで突っ伏されているとかなり邪魔なのだった。

「おーい、パチュリー。起きなさーい」

一応、肩を揺すって一声掛けてみる。それなりに強めに揺すってみたが返ってきたのは「むきゅう……」という謎の鳴き声だけで、起きる気配はまったく見せなかった。
まぁ、そんなところだろうと頭を掻きながら、霊夢は布団の用意に取り掛かることを選択した。
隣にある寝所の間の押入れから客用の布団を一式、手際よく用意してみせた。そしてパチュリーをそこへ納めるべく、彼女の後ろに回る。

「せーの……、っと、うわわっ!」

後ろから抱くようにして引っ張り出そうと力を込めた時、驚きのあまり思わず声を上げてしまった。

「か……、軽っ!」

パチュリーの予想外の軽さに、込めた力が余り過ぎて反動が霊夢が思いっきり尻をぶつける形で返ってきた。
衝撃は多少なりともパチュリーにもいったはずなのだが、相変わらず眠りこけたままだった。
案外図太いんだな、と霊夢は少しだけ痛む尻をさすりながら一度立ち上がる。

「いくらなんでも軽過ぎるでしょ……。食事がいらないとはいえ、この軽さは普通に健康的な意味で問題よ……!」

眼下の眠り姫は、見た目こそ普通の太さに見えたのが霊夢の第一印象だったのだが、どうやらただの厚着しているに過ぎなかったようだ。
しかしだとするならば、霊夢にはどうしても納得出来ないことが一つだけ、圧倒的な事実としてやってくることになった。それは――。

「胸は……、大きいわね。そこは……、痩せてないわね」

こんなにも栄養が足りてなさそうだというのに、出ているところはきちんと出ている。自分のそれと比べると、世の理不尽さに問答無用の妖怪退治をして回りたい衝動に駆られる霊夢であった。
だが「そ、そんな大きくても、肩こるだけだし? 私はひひ、人並み程度にあればじゅ充分だし!?」と、自らに言い聞かせるように心の中で叫びながら、決壊しかけた衝動と崩れ落ちそうになる膝を何とか踏ん張らせ、脱線しかけていた論点に引き戻す。

「とにもかくにも、栄養が足りてないわ。どうしようもないほどに」

不健康ここに極まれり、である。
パチュリーは食事と睡眠はしなくても大丈夫なのかもしれない。しかしそれは、自らの魔力を代用しているだけに過ぎず、誤魔化しのように霊夢には思えてならなかった。一見便利なようで、実は本人の肉体や精神を擦り減らしているだけのように思えてならなかったのだ。
食事が出来るのならなるべくそうするべきだし、睡眠が出来るのならやはりなるべくそうするべきだ。
霊夢は「よし!」と一声上げると、パチュリーを軽々と横抱きに持ち上げ布団に寝かせ、いそいそと厨房に向かっていった。



パチュリーの目が覚めたのは、とっぷりと日が暮れた後だった。

「むきゅぁ~……!」

起きたばかりで流石に脳が覚醒していないのか、自分が寝ていたことに思考が至っていないパチュリーは大きく伸びをした。
閉め切られた向こう側、隣の部屋からぱたぱたと霊夢のせわしなく移動する足音と、かちゃかちゃと鳴る食器の音をぼんやりと聞きながら次第に脳が覚醒するのを待った。
暗い部屋。布団の上。テーブルが無い。先程まで読んでいた本も無い。途切れた意識。そこでようやく知る。

「あぁ……、眠ってしまっていたのね……」

何故眠ってしまっていたのか。常人より回転の速い脳に検索をかけると、思い当たる節にすぐにぶつかった。

「暖かくて、気持ちよかった……、きっと原因は炬燵ね」

意図しない睡眠によって読書の時間を削がれる形になってしまったことを、パチュリーはとても勿体無く感じていた。
「はあ」と自己嫌悪のため息を吐いて、一先ず明るい部屋に移ろうと立ち上がり、襖を開いた。

「あぁ、起きたのね。起こしに行こうと思っていたところだったから丁度良かったわ」

元いた部屋に戻ってきたパチュリーの眼に飛び込んできたのは、まず霊夢。そして霊夢が先程から持って来ているテーブルを埋める皿の数々。邪魔になっていたのか、テーブルの上にあった本は下ろされている。
特に変哲も無い光景だったが、一つだけ違和感を感じるポイントがあった。
それは、テーブルの上にある料理が、明らかに二人分であることだ。
寝ている間に別の客でも来たのだろうか。最後にやはり二人分の食器を持って来た霊夢に聞いてみた。

「ん? 別に誰も来てないわよ。こっちはあんたの分」
「は?」
「ほらほら、さっさと座んなさい」

霊夢は鳩が豆鉄砲食らったような顔をして立ち尽くしていたパチュリーの肩を押して、用意してあった座布団の上にそのまま座らせた。
そうしてからそそくさとパチュリーの席の向かい側に戻る。
手を合わせて「いただきます」をしようとしたところで、未だ状況を掴め切れていないパチュリーを見咎め、ジェスチャーで自分を真似るように促す。それに気付いて、霊夢に糸で繰られたようにパチュリーも手を合わせた。パンッと小気味のよい音が重なり――。

『いただきます』

次いで二人の声が重なった。
今日の博麗家の晩御飯は白米に豆腐の味噌汁、肉じゃが、キャベツのマヨネーズ和えである。
パチュリーは先ず白米の入った茶碗に手を伸ばした。白米は紅魔館においては、食卓に上る頻度がそう多くない。加えて、パチュリーは殆ど食事を取らないので白米を食べるのは久しぶりだったのだ。箸で丁寧に摘み、口に放り込む。ゆっくりと咀嚼する。

「ふむ……、これはいい米ね。炊き具合も完璧で流石に独り暮らしが長いと料理の腕も……、って!」

言いかけて、突然何かに気付いたらしく、箸と茶碗を持ったまま立ち上がるパチュリー。

「何で私は普通にご飯食べているの!?」
「何でって……、あんたの分だもの。食べて当たり前でしょ」

霊夢は自分で作った肉じゃがを口に突っ込みながら、さも当然の如く言った。

「いや……、私ここへ来た時最初に言ったわよね。食事は不要って。魔力で供給出来――」
「黙りなさい」

パチュリーの言葉は静かな、とても静かな一言で遮られた。ただその一言には威圧感があった。パチュリーを射抜く視線はどんな妖怪をも黙らせる鋭さがあった。肉じゃがを頬張っていたので締まりは無かったが。
部屋には肉じゃがを咀嚼する音しか聞こえなかった。やがてそれを飲み込み味噌汁を一口流し込んでから、霊夢は言った。

「郷に入っては郷に従いなさい。ここは博麗神社。家主である私がルールよ! とりあえず座りなさい! そして飯を食いなさい!」
「むきゅっ!?」

霊夢の荒ぶる声と迫力にまるで鬼か何かと幻視してしまったパチュリーは、大人しくその場に座って再び箸を動かすことを余儀なくされたのだった。

「はぁ……」

しょうがないとばかりに、用意された料理に改めて箸を伸ばし始める。
別段食べられないわけではない。ただ、食事をするくらいなら読書をしていた方が有意義だというだけである。
そもそも博麗神社に押しかけてきたのも、霊夢ならば余計な干渉をしないだろうと踏んだからである。
それが、存外世話焼きだったとはパチュリーは夢にも思わなかった。見通しの甘かった過去の自分を少し恨めしく思っていると、不意に霊夢が話し始めた。

「あんたさぁ、もっと自分の身体を気遣いなさいよ」

いきなり自分の身体の心配するようなことを言われた。いまいち理解が出来なかったのでパチュリーは小首を傾げる。霊夢はパチュリーの反応に対して特に突っ込むこともなく話を続ける。

「自覚無いの? 呆れるわね……。いい、パチュリー? あんたの身体、胸と脳味噌以外に栄養行き届いてないわよ? 後で風呂も貸してあげるからついでに鏡の前に立ってみなさい。ガリガリよ? ガリガリ。それでどうしてあんなに胸が大きいのか甚だ不条理で不公平だわ……、ってそんなことはどうでもいいのよ! あー……、とにかく! 私が言いたいのは、もっときちんと食事を摂りなさいってことよ。魔力で補えるんだか知らないけどさ、どう考えても足りてないって。こうやって今みたいにご飯食べれるんなら、絶対にそうした方がいいに決まってるわよ! てゆーかそうしろ! 今度から自分の手料理でも咲夜の手料理でもいいからちゃんと食いなさい! わかった!?」

まるで台風のように一気にまくし立てた霊夢に、パチュリーは気圧された。喋っている間、箸の先端をパチュリーに向けていたのはかなりお行儀が悪かったが。
しばらくパチュリーがそのままの姿勢で固まっていると、返事がないことにイラついた霊夢がずいっと身を乗り出してきた。

「わかった!!?」

先程よりも力強い口調で問いかける。これで返答しなければ次は鉄拳が降り注ぐことだろう。パチュリーはそう直感した。

「……善処するわ」

直感した割には、随分と曖昧な答え方をしてしまったなあとパチュリーは後から後悔した。

「善処ぉ? 善処ねぇ……、ふん、まぁいいか」

しかし霊夢はパチュリーの言葉を前向きに捉えたらしく、大人しく顔を引っ込める。
パチュリーは安堵のため息を漏らした。霊夢はまた箸を動かし始めた。
その様子を、ゆっくりとした動作で食事を摂りながら眺めていたパチュリーは、何となく頭に浮かんだことを言ってみた。

「ひょっとして……、心配してくれてるのかしら?」
「え?」

霊夢はきょとんとした顔でパチュリーを見る。

「だって、私を気遣って私の分の料理まで作ってくれたのでしょう?」
「……あ!」

霊夢は、そこで初めて気付いたらしく、外出してしばらく歩いてから忘れ物に気が付いた時のような声を上げた。みるみるうちに顔が紅くなっていく。
オーバーな身振り手振りで訴え始めた。

「あー、べ、別に心配してたってわけじゃなくてー、そのー、何て言うのかしら? え、えーとえーと……!」

恐ろしいまでの狼狽ぶりである。
自らがかなりの世話焼きであることを自覚していないのだから、彼女は本物である。
また、他人を気遣っていることを認めたくないあたりがとても霊夢らしかった。
これが人妖問わず惹き付ける彼女の魅力なのではないかと、何とはなしにパチュリーは思ったのだった。
その間も、何とか言い訳を模索していた霊夢にある物が視界に飛び込んできた。霊夢が読んでいた料理本である。
これを利用しない手はないと、それに手を伸ばしパチュリーの前に突きつけた。

「そ、そう! これよ、これ!」
「これって?」
「パチュリーから借りた料理本にね、肉じゃがのレシピが載っていたのよ! 丁度材料もあったし、何だか写真を見てたら肉じゃが食べたくなってきちゃってね~。で、ついつい作りすぎちゃったのよ。んで、これならパチュリーにも食べさせてあげればいいじゃない! ってことで、たまたま作りすぎちゃった肉じゃがを、たまたまいたパチュリーにお裾分けする形になっただけで、し、心配して作ってあげたわけじゃ決して――」
「霊夢」

先程の意趣返しというわけではないが、今度はパチュリーが霊夢の言葉を遮った。
霊夢は決定的なミスを犯していた。それはパチュリーだからこそわかるミスだった。
パチュリーは箸を持つと、じゃがいもを一つ摘んで口に運ぶ。
甘くて、ほくほくのじゃがいもが口に広がっていく。それを飲み込んだ後、霊夢に問いかけた。

「とても美味しいわ……。霊夢、今日の肉じゃがはその本のレシピ通りに作ったのかしら?」

霊夢は何度も頷いて肯定を示す。

「そう、そうよ。その通りよ。良く出来ているでしょう?」

その言葉が、霊夢の嘘を確定させた。
パチュリーはゆっくりと首を振ってから、霊夢の嘘を暴いた。

「いいえ、霊夢。この肉じゃがはその本のレシピ通りに作られたものではないわ……」
「なっ」
「私にはわかるわ」
「ど、どうしてよっ! そんなのわかるわけ……!」

霊夢の訴えを手で制したパチュリーが答えを告げる。

「何故なら……、その本の肉じゃがは私も作ったもの。レシピ通りにそっくりそのまま。何回も何回もね」
「え?」
「その味を私はよく知っているわ。だから、違いが分かるの。今目の前にあるこの肉じゃがは……、もっと優しくて美味しかったわ」

レシピ通りに作ったと霊夢は言ったが、かつてそのレシピ通りに作ったパチュリーが知っている味とは違っていた。タネ明かしとしては、単純な話である。
それこそがつまり、霊夢が知っている製法で作られた肉じゃがであり、パチュリーのためにわざわざ作ってくれたことの証明だった。おそらく博麗家に代々伝わっている伝統の味ではなかろうか。
素直にそう言えばそれで済む話だったのだが、博麗霊夢にはどうにも難しい話だった。
その霊夢はというと、パチュリーにレシピ以上の味だと褒められたことを嬉しく思いつつ、それが表に出ないように我慢しているような、複雑な表情で俯いていた。何とも難儀なことである。
パチュリーはそんな霊夢を見て苦笑しながら言った。

「霊夢。心配してくれてありがとう」

それを俯いたまま聞いた霊夢は、どうしようもないくらい真っ赤になって更に深く俯いてしまった。

「ど……、どういたし、まして……」

いつもの調子とは程遠いくらいに消え入りそうな声で言うのが、霊夢には精一杯だった。





その後、しばらく恥ずかしさでまったく動けなかった霊夢だったが、何とか立ち直って風呂の用意やら布団の用意やらで、パチュリーを普通に客人として持て成していた。
そして明くる朝、朝食を二人で食べたところで、パチュリーが「そろそろお暇するわ」と言った――。



「思いの他、世話になってしまったわね」

ここに来た時はここまで世話になるとはパチュリー自身はもちろん、霊夢の方もここまで世話することになるとは思っていなかった。

「ひとえに、世話好きな巫女のおかげかしらね」

パチュリーが可笑しそうに笑って言ってやると、霊夢は不機嫌そうな顔をした。

「うるさいっつーの!」

一晩経ってようやく回復したようで、今ではいつもの霊夢に戻っていた。
どうやら霊夢のああいった面が見られるのは、彼女の世話にならないといけないということをパチュリーは学んだ。

「それにしても本当に世話になったわね……」
「一晩だけじゃない……、いやだからといって何日もいられちゃ困るんだけれどさ」

霊夢が苦笑する。

「これは何かお礼をしなくてはいけないわね」
「お礼!?」

パチュリーの言葉に霊夢が飛び付く。

「一宿一飯の恩義ってやつね。正確に言えば二飯だけれど。出来る範囲でお礼してあげるわ。何がいい?」
「現金がイイデス!!」

即答で霊夢らしい願い事が返ってきた。とんでもない俗物である。
しかしパチュリーは霊夢の希望をにべもなく突っ撥ねた。

「何でよ!」

切実な願いがあっさりと拒否されたことに不平を訴える。

「それはあなたが努力すれば何とかなるからよ。それにつけあがりそうだし?」

お布施なんて誰にでも出来そうなことをお願いされるのは、お願いされる方としてはつまらないというのがパチュリーの本音だった。
折角なのだから、自分にしか出来ないことをお願いして欲しい。

「ちぇー……、他に頼むことなんか急に言われても思いつかないわよ……」
「俗物ね……」
「あー、うるさいうるさい! 今考えてるんだから邪魔しない……あ!」

霊夢は名案を思いついたかのように、ポンと手を叩く。
その願いとは――。

「今度、パチュリーの手料理食べさせてよ」

霊夢は腕を組み、鼻を鳴らして「どうだ! 文句あるまい!」と言わんばかりの顔でパチュリーを見る。
パチュリーの方は予想してなかったのか、一瞬驚いたように眼をぱちくりさせてから、笑って答えた。
その笑顔を見て、霊夢は少しだけドキッとした。
朝陽のように爽やかで眩しい笑顔だったからだ。
パチュリーでもこんな顔をするのか。それを知れたことが、霊夢には何となく嬉しかった。



「ああ、お安い御用よ。腕によりをかけてふるまってあげましょう」

そう約束して飛び去っていったパチュリーを見送りながら、彼女の手料理を食べられる日をとてもとても楽しみに思う霊夢であった。
ここまでお読み下さってありがとうございました。
2ヶ月ぶりの投稿です、サジィーです。
何か10作目らしいです。1作目の頃と比べて果たして成長しているのだろうか、自らへの疑念でいっぱいです。
前回、前々回の投稿で、書きたいこと書こうとしたけれど書き切れていない消化不良感が自分の中にとんでもなく横たわっていたので、今回はそうならないようにと努力してみました。
ただ、これが自己満足に終わらないようにしなければいけないのですけれど……。

10作目、一応の区切りというか、メモリアルな数字だったので、当初は俺得ゆうかれいむ話(過去編)を書くつもりだったのですが、情景を妄想しすぎて灰になりかけました。
灰になっては話が書けないので一時断念。そして完成しましたのがこちらの話でございます。
~編と銘打っちゃってるのでシリーズ物という認識で間違いございません。シリーズ2作目です。前作のルーミア編と比較すると甘さ成分は控えめ、容量倍以上に。
パチュリーの料理得意設定。本文で魔法=料理という見解をパチュリーに言わせたのは、錬金術は台所から生まれた説を拡大解釈したという結果からです。
あと単純に咲夜いない時代の紅魔館の料理担当ってどうなってたのかなという疑問から。普通にメイドがいたのかもしれないし、コックがいたのかもしれませんが。

このシリーズは今後も、細々と続けていきます。次に霊夢と絡ませるのは誰になるのか……。色々候補はいますが一歩抜けているのは早苗さんです(ネタの熟成度的に)。
あとはゆうかれいむ書きたいです。灰になりそうですが書きたいです。灰になっても書き切りたいです。
それでは、久しぶりの投稿ということで長文後書きになってしまっているのを、ここいらで切り上げたいと思います。次作もよしなに。

>コチドリ様
修正を施してみました。
ご指摘ありがとうございました。
サジィー
http://noutei.blog75.fc2.com/
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コメント



0.3390簡易評価
1.90奇声を発する程度の能力削除
パチュリーが料理上手ってのはちょっと意外だったw
4.100名前が無い程度の能力削除
まさかのパチュリーとは予想できなかった。この二人の組み合わせなんて片手で数えるくらいしか見たことないぜ…だがそれがいい
しかし霊夢さんは誰と絡んでもキャラがブレないな~。料理のりの字も知らないパチェを万能霊夢さんが手取り足取り指導する展開もよかったかもw

>ゆうかれいむ話(過去編)
俺得だよ!待ってるよ!灰になっても!
11.100名前が無い程度の能力削除
ぱっちぇさんってここまで万能だったんだな・・・
霊夢も可愛すぎてやばかったwww
これの続きの話も気になるし、次の話も気になる・・・w
どちらにせよ、楽しみに待ってます!!
12.90名前が無い程度の能力削除
ありがちな日常ネタだけどすごく楽しめました
ってありがちな組み合わせではないですね^^;
15.90コチドリ削除
むきゅさんの寝顔や笑顔、そしてまさかの料理上手。良いモンが見れたし聞けた。
博麗の巫女さんには向き合った者を自然体にさせる不思議な魅力があるのかも。

この作品を拝読している間、感情がポジティブなラインで安定していた気がします。
ほのぼのというよりは穏やかな気分にさせてくれると表現すればいいのでしょうか。
淡々としているんだけどイイ味出している文章、私は好きですよ。
16.無評価コチドリ削除
無粋なツッコミを二つほど

>パチュリーが指していた空中に突如として無数の本が現れた。数にして十冊にも満たないそれらが
 〝無数〟と〝十冊にも満たない〟 表現が矛盾しているように感じました
>お願いをしに来たのはパチュリーであったにも関わらず →係わらずor拘らず、でしょうか
23.100名前が無い程度の能力削除
霊夢もパチュリーも可愛くて最高です
これからも霊夢と色んなキャラをどんどん絡ませて下さい
期待してます
24.100名前が無い程度の能力削除
料理上手なぱっちぇさんとは新鮮。
素直にお礼とかいえない霊夢さん可愛い。
25.100名前が無い程度の能力削除
優しい時間に、ほのぼのと読み進められました。
次も楽しみにしています。
30.80名前が無い程度の能力削除
二人ともかわいい!
たしかに料理も魔法も似ているところがあるのかも。
32.90Admiral削除
いいですねー。
前作とはまた違った登場人物の関係がまた良いです。
料理と魔法の関係という発想はなかったなあ。
38.80名前が無い程度の能力削除
現金てw
39.100名前が無い程度の能力削除
ぱっちぇさんがかわいい……。
41.100名前が無い程度の能力削除
ふーむ、これは色々と新鮮でした。
運動してないからぽっちゃりしてるイメージでしたが、食事をしてないなら確かに体は軽そうですよね。

それにしても、こんな魔女友が欲しい! このお話を読んで夢がふくらみまくりでした。
二人で黙々と本を読んだりお腹がすいたら美味しい料理を作ってもらったり、そしてお返しに肩を揉んであげちゃったり……、しかしれーむは良い子やね~。

いつかお書きになるゆうかれいむも楽しみにしてます。
47.100名前が無い程度の能力削除
これは良いぱっちぇさん。
52.100名前が無い程度の能力削除
むきゅー
54.100名前が無い程度の能力削除
ほっこりしました。
57.100名前が無い程度の能力削除
新鮮な組み合わせで、パチュリーの料理上手という設定もうまくいきていて楽しめました。
62.100名前が無い程度の能力削除
こいはいいものです。
72.100名前が無い程度の能力削除
有りだ
75.100ニンジャー削除
いい雰囲気
80.無評価名前が無い程度の能力削除
べりーgood