Coolier - 新生・東方創想話

閃光少女 ↓

2011/04/23 15:55:03
最終更新
サイズ
71.9KB
ページ数
1
閲覧数
1300
評価数
4/41
POINT
2010
Rate
9.69

分類タグ

 あの日に見た鮮やかで楽しげな写真が私の始まりだった。



 私もあんな写真を撮りたいって。あんな光景を切り取りたいって。
 アンタみたいになりたいって。
心からそう思ったんだ。

 ねぇ、文。

 私はアンタに憧れてたんだよ。



 でも、バイバイ。



 私、行くから。



















                                        閃光少女



















 ― 10 ―










 ソレを目にしたのはまったくの偶然だった。



 私が他者に自慢できる唯一の特技が“念写”だ。

 只一つコレが可能なだけで私は自室から一歩も外出することなく情報を集めることができる。
 できてしまう。
 例えば「秋」というイメージを浮かべながら映写機に妖力を込めれば昨年の収穫祭の様子から秋静葉のお宝シーンまでよりどりみどりの写真達が次から次へと現れる。他にも「妖精」というイメージを浮かべながら妖力を込めてみると、どこぞの三バカのお昼寝シーンやら氷精が大妖精の頬にキスをするシーン等々がそれこそ無数に出てくるし、ちょっと具体的に「巫女」とイメージして妖力を込めてみれば紅白が賽銭箱に涙を落としてるシーンが映ったり蒼白がケータイデンワに涙を落としてるシーンが映ったり。
 ……ふーん、あの現人神もこういう表情したりするんだ。初めて知った。
 けれどそれは勿論彼女がこの幻想郷に移り住んだ頃のシーンだろう。今の彼女はアホみたいに前向きだ。こういう顔はしないと思う。
 そもそもこの写真の彼女は昨今多くの新聞の一面に載る彼女に比べてちょこっとだけ幼い。そのあたりから考えても、この写真が昔のものであることは確実かな。

 とまぁこんな感じで。

 私の念写のスゴいところは、過去のワンシーンまで自在に手に入れることができるってところ。
 ぶっちゃけなんで私がこんな力を持ってるかってところは全然分かんないんだよね。
 けど、持ってるなら持ってるでそれって事実だし、有効活用しないと損でしょう、って思うし、この力があれば私みたいなチッポケな天狗にもなにか派手なファンタジーが巡ってくるんじゃないかと期待もしちゃうわけだし。

 だからさ。

 なんとなく、正直に言うならちょっと自分に酔いながら、ベッドに転がって写真機を片手にイメージをしてみたんだ。

“穴”ってね。

 なんでそんなものを探そうかと思ったのかというと理由はシンプルで、単に飛び降り自殺をしてみたくなったから。
 自殺って、首吊ったり手首かっ切ったりと結構いろんな種類があるけど私は身投げが一番最高だと思う。死ぬ瞬間の間際まで風になれるんだ。最期くらいは贅沢に、って感じがしてスゴく好き。そうやってもう全部オシマイにしちゃおうと思ってたんだよね。サヨナラこのツマラナイ世界、私は先に抜けるわ、って。だからできるだけ深い、ものっスゴく深い穴を私は探したわけなんだけど、

 まさかこんなのが出てくるとは。



「博麗大結界の抜け穴……、実在していたなんて」



 零れた言葉は、ディスプレイの光に怯えたのか、すぐに闇に溶けて消えた。



“博麗大結界の抜け穴”。

 その言葉自体は普通に有名なもの。
 何年か前に碑田阿求って子が出した『具聞史紀』って本の何ページだったかに考察として書かれていたのだから。
“山の内部に空洞があり、外の世界さながらの未来楽園を築いているとも言われている。その空洞の中には、禁じられている筈の結界に穴を開ける行為を行い、外の世界と繋がっている所があるから、他の妖怪や人間を寄せ付けない、とさえ言われているが……。”
 この文章を読んだ山の妖怪達のほぼ全員が爆笑をしたと聞いた。私だって酷いゴシップだと馬鹿にしたものだ。まぁそんな感じで一時期軽く流行語になりかけたくらいに有名だったりするんだよね。飲みの席でトイレに行く時の台詞が皆して「ちょっと結界の外に行ってくる」だったりしたとかなんとか。そんな、たいしたことも無い只の馬鹿げた話。

 そう。馬鹿げた話でしかないって、誰だって思うでしょ。

 けれど、この写真は。



 空洞から入り込んでくるトラックが三台。
 その後ろに停まった黒くて頑丈そうな車は二台。
 出てきたのはスーツを着た中年男性が四人と作業着を着た年若い男性が六人。
 重い色のコンテナを運搬しているのは十名ほどの、いつもの防水服に身を包んだ河童達。
 その傍らでスーツ姿の男三人と話をしているのは、背を向けてるから誰かってところまでは分からないけれど、出で立ちから大天狗の誰かであることは間違いない。
 それらを囲むようにして五名の白狼天狗が周囲に目を光らせ、直立している。
 その中でつらつらとメモ帳にペンを走らせ続けているのは――



「なにしてるのよ、文」



 ――射命丸文。



 私が新聞記者になったきっかけであり、ただひとりのスポイラー。

「……なにしてるのよ」

 なぜだろう。すごく悲しい気分になった。
 アイツは性格こそ最悪だし書いてる記事だって底辺だけど、でもそんなことはどうだっていいと思える程に素晴らしい写真を撮るんだ。いろんな者に、そしていろんな場所に果敢に突撃してこそ撮ることができる、非常に活きた写真をアイツは生み出すことができるんだ。
 それはアイツが真っ向から取材を行っているからこそのもので。
 だからなんだろうか。
 アイツがこうやってコソコソと得体の知れない事柄に絡んでいるというのが気持ち悪くて堪らない。
 そんなの、射命丸文じゃない。

 私のメンタルはもう限界まで来てる感じなんだけれど。
 アンタの魂はそんな簡単に汚れちゃいけないんだ。

「もうちょっとだけ生きてみるかぁ」

 世の中なんてどうだっていいし、それ以上に自分なんてどうだっていいと思ってるし、死にたいって気持ちも本当。
 でも、文を気にしないなんて、どうしたって無理な話だから。
 なにかトンデモナイことが水面下で動いている。そこにあの文が絡んでいる。
 死を先延ばしにしてでも私が動く理由としては十分だ。
 そうだ。その内容を花果子念報最後の記事としよう。私に始まりをくれたアイツの記事で最後を締めるってドラマチックで良い感じじゃん。決定。
 新聞記者、姫海棠はたての最後の大仕事だ。
 一応、気合ってやつを入れてみようか。

 ベッドから起き上がり、いつもの服を着ていつもの髪型を作って、そしてちょっと鏡を見る。うっわ、酷いクマ。でも別にもう世間体なんて気にしなくていいかなぁ。なんて思ってタイを結んだ瞬間、

 凄まじい爆発音が部屋の外から私の鼓膜を貫いた。

 窓の向こうを見れば、山中から煙が立ち上り、
 そして、灰色の雲が炎により紅く炙られていた。










 ― 9 ―










 一言で言えば、それは惨劇だった。

 空から見下ろすとそこにあるのは瓦礫と火の嵐。家を出た時から確認できていた黒煙はこうして間近に見るとまるで巨大な蛇のようだ。臭いも酷い。風が吹けば即座にこちらへと揺れる。
 三月の空はまだまだ寒い。
 素直に地面に降りるとしよう。

 昨日まで正常に稼働していた筈の河童達の工場は、敷地の半分以上が“ひしゃげて”いた。
 ミルフィーユを犬に一口噛み付かせてやったってもう少しマシな形となるだろうに。

 地面に降り立てば、そこではもうパニックがオーケストラ状態。
 運び出される血だらけの河童。走り回る白狼天狗。
 野次馬もたくさん集まってきている。その中にはもちろん鴉天狗だって多いけど、写真機を取り出す者なんかはほんの少ししかいない。事の大きさに怯えてしまっている者がほとんどだ。
 私だってこの阿鼻叫喚に向けてフラッシュを焚くのは、正直気が引ける。

「これは酷いねー」

 唐突に声をかけられた。
 振り返ると、そこには古明地こいしがいつもの笑顔で立っていた。

「こいし? なんでアンタがこんなところにいるのよ」
「お散歩と興味本位が融合した結果故にかなぁ。デウス・エクス・マーキナーではありませんっ。ところではーたんクマがすごいよ? ちゃんと寝てる? 私は寝てるよ。そのせいもあってお姉ちゃんよりも体重が増えちゃったのが最近の悩み。と言ってもお姉ちゃんみたいに食べず動かずぼんやりの生活はノーサンキューなわけですが――」
「はいはいストップ。相変わらずアンタは異次元ね。ってか、はーたん言うな」
「えー、可愛いでしょー? はーたん♪」
「こんな状況でチャラけたことを言うの、私は普通に嫌いなんですけど」
「そだね。私も実は嫌い。うんうん。爆発したのはおくうのエネルギーの欠片だね。匂いで分かるよ」
「え?」

 こいつ今なんて言った?
 爆発したのはおくうのエネルギー?
 こいしの言う“おくう”とは霊烏路空のこと。
 つまり爆発したのは核融合エネルギー、ということなの?

「こいし。ちょっと詳しく聞かせてくれないかしら」
「詳しくも何も私だって原因は分からないよ。現象は今言った通りのものだと思うけれど。ただの通りすがりに詰問するよりもっと有意義な行動があると思っちゃったりなんかして。というか自分で考えもせずに他者の意見をパクパクしちゃう子は私はちょっと苦手です。はーたんはそんな子じゃないと思うんだけどなー」

 本当によく舌の回るヤツだ。
 けど、うん。言ってることは正しい気がした。

 ひとまず情報を整理してみようか。

 今こいしから得られたキーワードは“霊烏路空”だ。誰もが知っているとおり、昨今急速に研究が進められている核融合エネルギーの根源たる存在。その莫大なエネルギーが作用しているとすれば、この爆発も説明付けることができるだろう。
 そも、今は半壊してしまっているこの工場は核融合の研究が進められてから建造された、妖怪の山でも最新の施設である。研究関連の施設ではなかったと覚えているけど、しかし建設時期からして核融合エネルギーがまったく関わっていないとは考えにくい。推測だが、核融合エネルギーを用いてなにかしらを作っていた施設、というところだろうか。もし核融合に直接関係している施設だったらもっと大きな爆発となっただろう。空がそこまで直接関係してる施設ではないと予想をする。それはさっきこいしが「爆発したのはおくうのエネルギーの“欠片”だ」と言ったことからも確かなことじゃないかな。
 にとりにでも話を聞くことができれば詳しい情報を得られるんだろうけど。
 現状でまとめられる情報としてはこれくらいか。
 さて、そうなると次の問題は「なぜ爆発が起きたのか?」だ。

「ねぇこいし。この爆発ってアンタの仕業なの?」
「違うよ。傷つくなぁ」
「じゃあ空の仕業?」
「違うと思いたいけど現状じゃなんとも言えないわー。だから私ちょっと様子を見てくるー」
「っ! 待ッて!」

 急速に視界から透け消えようとしていったこいしの右手を急いで掴む。
 キョトンと開かれた双眸に向けて私はつい大声で言ってしまった。

「私も連れてって!」

「なぜ爆発が起きたのか?」という問いに対しては、なんとなくだけど、二つの仮説が浮かんでいた。
 一つはこいしの犯行という線。
 誰かが爆発のスイッチを押し、それが事故ではなく事件であれば、こいしの存在というのは非常に疑わしい。コイツは自分でも意識をしてない内に他者に対して弾幕を放ってしまうようなヤツだ。コイツ自身に記憶がなくてもなにかをしてしまっている可能性というのはある。更に悪意的に考えれば、地底に住む誰かが霊烏路空の力を妖怪の山で使われていることに対して嫌悪感を有しており、その意思をこいしが汲んだことも考えられなくはない。地底のヤツらって本当に性格が悪いからね。なんらかの取引きでこいしにテロを起こさせた、なんてことも十分にあり得る。誰にも見つかることなく動くことができ、かつ非常識なまでに莫大な妖力を持つコイツはきっと、この広い幻想郷でもテロリストに最適な存在と言えるわけだし。
 もう一つは、さっき見ていた写真だ。
 外から流入してきたコンテナ。その中にあるナニか。それが作用して大事故が起きてしまったんじゃないか、っていう考え。
 こっちはかなり考えが強引じゃないかと思いもするけれど、なんていうか、記者の勘? って言うの? あの写真とこの工場になんらかの繋がりがある気がしてならないんだよね。
 ……いや、この工場に限った話じゃないかも。
 工業に関する事件を追って行けば、あの写真の真実に繋がるような気がする。
 文に接近することができる気がする。

 正直に言うとさっきからどうしてか、この惨状のどこかに文がいる気がしてならないんだ。
 それはもしかしたら、炎上する工場の奥、かもしれない。
 だから私は。

「うーん。まぁ、こいしちゃんは労りの心を持っているので、はーたんのそんな不器用な心にも応じてあげるのです。後で美味しいものを食べさせてよね? 最近流行りの塩キャラメルを使ったパフェがいいなっ。山の茶屋に最近出たって聞いたよー」

 たぶんコイツは自身に嫌疑を持たれていることに気付いている。笑顔にまるで温かみが感じられない。これ以上下手に動けばコイツの本能は私を排除しようとしてくるだろう。
 と言っても、その時は逃げれば良いだけの話なんだけどね。
 流石にスピードじゃ私の方が全然凄いし。

「助かるわ。それで、どうやったら私もアンタみたいに誰にも気付かれずに動けるの?」
「別に普通にしてても私の能力で匿ってあげられるんだけど、近くに寄ってくれてた方が私としては楽かな。今みたいに手を繋いで動こっか。ふふっ、お姉ちゃん以外に手を握られたのって初めてで嬉しい」
「……仕方ないわね。今はアンタの言うことに従ってあげるわよ」

 瞳を閉じたサトリ妖怪の右手を強く握る。
 犯行者でも犯行者でなくても、今はコイツのそばから離れてはいけない。
 遠くで瓦礫が崩れる音がした。炎の勢いは依然として強い。動くならば早い内に、だ。
 さぁ行こうか。

「ところではーたん、手汗が凄いよ? 大丈夫?」
「う、五月蠅いわね! さっさと行くわよ!」

 ……実は誰かの手を握るのが初めて、なんて口が裂けても言えないっつーの。
 部屋の中でずっと画像を探して、そしてそれで記事を書いて。そんな日々のなれの果てがこのコミュ障っぷりですよ。ちくしょう。
 あの秋の日からは外にもよく出るようになったし、慣れたと思ったんだけどなぁ……。
 ヤバい、意識したらもっと汗が。

「ふふふー。じゃあ僭越ながら私こいしお姉さんがリードをしてあげるのです。妹ってこんな感じなのかぁ。なんだか素敵っ」

 調子に乗りやがって。さっきまでの影のある笑顔が今では普通に喜色満面じゃねーか。
 ったく。
 嫌な性格してるわ、コイツ。
 そんな私の思いには目もくれず、こいしは私の左手を引っ張りズンズンと混乱の中へと歩を進めて、
 そして私達は誰にも認識されなくなった。










 ― 8 ―










 誰にも目を向けられないというのは怖いものだ。

 そんな時の話し相手なんて自分しかいなくて、そして得てして話す内容はネガティブスパイラルに陥りがち。
 更にタチの悪いことにその螺旋はちゃんと事実に基づいて構築されていやがったりする。

 例えば、「私って生きてる意味あるのかな」とか考えるとするじゃん?
 それに対する答えって、「アンタが生きてる意味なんて無いよ」以外のものが出た試しが無いんだよね。
 それって私だけのことじゃないと思うんだけど、どうだろう。

 炎が吹き荒ぶ工場内を調べ、歩く。
 そんなクライシスに際してこんなセンチメンタルを抱いてしまっているのは考えるまでも無くこいしの能力のせいだ。
 周囲じゃあ白狼天狗の救急部隊が慌ただしく走り回っているってのに、その誰もが私達に気付かない。それどころか彼らに対してフラッシュを焚いてみても私達の存在はバレなかった。本当にテロに最適だよね、この能力。

 鋼材が床に落ちる音が断続的に鳴り響く。崩落まではきっともう時間が無いのだろう。
 救急部隊の面々も遂に撤退準備に入りだした。
 もしまた最初みたいな大爆発が起きた時に、それを凌ぎ切ることができる程のバリアを張ることができるヤツなんてそうそういない。
 私が例外なだけだ。

「はーたんって弱っちいイメージがあったけど、こういう芸当もできたんだねー」

 周囲に展開されている障壁に目を輝かせてこいしが言う。
 妖力とかは全然無い私だけど、こういったバリア的な技術だけは持ってるんだよね。
 そうでもしないと文みたいにいろんな所に突撃なんて出来やしないって思ったから、これだけは必死になって習得してみたんだ。
 実際、その努力があったからこそ灼熱地獄を根城にする空への取材ができたわけだし。
 それももう一年と四か月前、月だけで表すなら十六ヶ月も前の話なんだけどさ。





 十六ヶ月、ねぇ。





 激動の年月だったなぁ、と感慨深く思ったり。
 文に勝負を挑んだのが一昨年の秋。
 そこから始まった幻想郷を駆け回る日々。地底から雲海から人里近くのお寺まで。色々行ったっけ。
 楽しかったよ。忙しかったけれど。うん、楽しかった。それは嘘じゃない。
 部屋に閉じこもって誰かが撮ったのだろう写真を使って新聞を作ってたあの頃に比べたらずっと汗をかいたしムカついたし笑えた。
 楽しかったんだ。
 でもさぁ。
 そうやって本気で書いた新聞もさ、全然読まれないんだよね。
 自分は変わったって、本気で思ったんだよ。
 パッとしない毎日にピリオドを打つことができたんだとしか思えなかったんだよ。
 たぶんソレは事実。私が壁を乗り越えられたってのは本当。
 本当だけどさ。
 だからって世の中が私に一目置いてくれるかというとそんなことは全然無くて。
 ひとりの天狗のガキが壁を一つ乗り越える程度の出来事は世界にとって掃いて捨てるほどにどうでもいいことで。
 冷静になってみると、私の全力の一歩なんて意味のないものだってことが普通に分かっちゃってさ。
 なんか、もう、なんて言えばいいだろう。
 私なんかいなくても世界って回るじゃん?
 それを悟っちゃったって言うかさ。
 だったらもう、死んだ方が良いかな。ってね。
 生きるためには呼吸をしたりご飯食べたりしないといけないとして、ならば私には二酸化炭素をバラ蒔いたり命を頂いたりしてまで生きる価値が有るのか? と問うた時には、やっぱり浮かんでくる答えって「無いよ」なわけで。
 そんな問いを投げかけられても「知るか! そんなことより酒飲もうぜ!」なんて答えしか出てこないようなヤツがこの郷には多いのだけどさ。
 私はそういうの無理なんだよ。
 そういうヤツらからしたら、今の私のこの鬱屈した精神はくだらない冗談にしか見えないんだろうけれど。死にたい(笑)とか、酒の肴になってしまうのがオチなんだろうけど。
 でも私は



「――えいっ」
「ッっ痛あ!!?」



 思考の渦に投じられたのはこいしのデコピンだった、……っていうかちょっとなに今の威力、骨が震えたんですけど。

「はーたんは睡眠不足なのかな? いまいち目の前が見えていないようでこいしお姉さんはとても心配です。ほら、ここは現実ですよ?」

 う。
 ……むぅ。
 癪だけど、こいしの言う通りだ。
 ちょっと内面に目を向け過ぎていたわ。この危機的状況下で。
 しっかりしろ。
 射命丸文を追うと決めたんだろう。その気持ちだけは本当だった筈だろう。
 根っこが腐ってる自分の心はしょうがないとして、今は今だ。
 前を見ろ。火の海を、そしてその先にある真実を。
 ……って言っても、そんな簡単に切り替えができる程器用なタイプじゃないんだけれど。
 ただ、そんな甘え事を言ったって世界が私に微笑みかけてくれるわけじゃない。それはもうちゃんと学んだ。
 その上で、今は今だ。
 よし。

「ごめんこいし。腐抜けてた。戻してくれてありがと」
「ん。はーたんには直視が似合うと思う。目にクマが有るとか無いとかは関係無く、どこにピントを合わせてるかだよね、生きるって」

 こいしめ。さっきからやけにメッセージのあることを言ってきやがる。無意識ガールの癖に。これじゃ本当にコイツが私の保護者じゃん。それは普通に嫌だなぁ。
 しかし、まぁ

「こいし、アンタちょっと変わった?」

 古明地こいしと言えばクラゲのようにフワフワ浮いているのが関の山の妖怪、というのが一般的な認識だと思う。
 そんなコイツが、やけに今日はこちらに気をかけてくるなぁ。
 去年彼女の撮影に挑んだ時は気にしなかったけど、……こんなに説教をしてくるようなキャラだったっけ?

「はーたんが駆け抜けた年月の中で私はと言えば、」

 ――珍しいものを見た。
 言葉の選択に迷っているのだ。
 常に意識することなく行動をする、あの古明地こいしが。

「生きてなかったかなぁ」

 五秒の時間を用いて、笑顔で、あくまでいつもどおりの顔で、こいしは答えた。

 なんだろ。
 コイツ、やっぱちょっと様子がおかしい。
 今の笑顔もなんだかわざといつもの表情を作ったような、そんな違和感があった。
 何かを隠しているような、そういう感じのする笑顔。
 まさか本当にコイツがこの事件を





「お二方とも、止まって下さい」





 背後から声に刺された。

 私達の姿を認識した?
 そんなまさか。あり得ない筈だ。
 いや、けれど相手がコイツであれば「あり得ない」なんて言葉を使うことはできないのかもしれない。
 なにせ、この郷きっての奇跡の使い手様なのだから。



「……こんな所で会うなんて奇遇だね、早苗」



 立ち止り、そして振り向いた先には、炎を背にして現人神が立っていた。

 東風谷早苗。
 妖怪の山の重役、八坂神奈子と洩矢諏訪子に仕える風祝。
 ゆえに自身も山においては一定の地位を有する。
 普段はただの元気な女の子としか捉えられていないが、実際はオフィシャルで大天狗相当の権力を有しているのだ。
 つまり、
 今、私達が彼女に見つかったのは、非常にマズイということで。

「申し訳ありませんが、状況が状況です。軽口は慎んで下さい」

 裁判官みたいな声。纏っている空気が平生とはまるで違う。
 迂闊だった。核融合が関係している施設での事故だ。守矢が絡んでこないわけがないのに。

「はたてさん、そしてこいしさん。詳しいお話は後ほど伺いますので、まずは此処から出ましょう。いつまた爆発するか分かりません」
「ねぇ早苗、落ち着いて話を聞いてちょうだい。私達は変なことはしてないの。ただこの事件の原因を探」
「聞こえませんでしたか? 詳しいお話は後で伺う、と私は言ったのです」
「早苗!」
「私としても乱暴はしたくないのです。どうか大人しく言うことを聞いて下さい」

 どうする。逃げるか? 単純な速力じゃ早苗は私とこいしに劣る筈。ただ、その場合は私達が犯行者と認定されるのは確実となる。ならば早苗の命令に従い、正式な場で釈明を行うか? いや、ダメだ。こっちにはこいしがいる。嫌疑を晴らすことはほぼ不可能だろう。
 どうする。
 どうする。
 後ろで鉄筋が天井から床へと崩れ落ちた音がした。
 こいしが全方位に弾幕を放ったのはその時だった。

「なッ!?」

 ガードする間も無く打ち込まれた衝撃に、当然の如く壁まで吹き飛ばされる。
 痛い。
 しかし、――立ち上がれない程じゃない!

「こいし!!」

 こいし。アンタが本当に犯行者だったなんてね。
 なにかしらの事情はあるんだろうけれど、それを聞くのはアンタを潰させてもらってからだ。私と早苗のふたりがかりならいくらなんでも負けることなんてない。早苗の方にも着弾はしているか。残光と煙幕で姿を確認できない。が、あの常識外れがこの程度でノックアウトされたとは到底考えられない。すぐに立ち上がり、そして弾幕を展開してくれると信じて私は写真機を手に



「はーたん、行って」



 ポソリと、声をかけられた。
 そしてこいしは、着弾により煙が満ちた早苗のいる方向へと弾幕を連射した。

 さっき、私は見事にこいしの攻撃を食らった。

 早苗がその場面を見ていなかったなんてことはないだろう。



 それはつまり、容疑を全てこいしに被せて、私は自由に動けるということで。



「こいしッ、アンタ――!」
「吹き飛んじゃえ!」

 私の足元に五発の弾が撃ち込まれた。意図的に私の身から外されたそれらは着弾に伴い大量の光と煙を巻き起こす。
 目眩ましとしては、十分過ぎる効果だ。

「――ったく! 絶対後で説明してもらうからね! 意地でも捕まるんじゃないわよ!」

 小声で、しかし鋭く、私は叫んだ。
 こいしは少しだけ歯を見せて笑った。

 そして私は風を纏った。















 熱も瓦礫も全てが一瞬。

 後ろを振り向くつもりは無い。

 こいしが何故あんな強引な手段を用いたのかは、それなりに気になりはする。
 しかしあそこで早苗に捕らえられてしまえば全てがおしまいだったことは確かだ。
 打った博打に待ったは無い。
 今は自分にできることを。

「って言ったって!」

 全力で炎の中を駆け巡る。しかし不審者どころか河童の一匹すらも見あたらない。
 せめて手がかりの一つくらいは見つけたいものだけど!

「文! いるんなら出てきなさい! ――っとぉ」

 一発ふっかけてみたところで、思いがけず私は到着した。
 顔を上げる。轟々と雲へと吸い込まれる煙がなんとも不気味だ。

 爆心地。

 天井なんてとうにブッ壊された混乱のグラウンドゼロには、当然だが既に誰もいない。
 ……なるほど、やけに白狼天狗の行動が早いと思ったが、ここからも出入りしていたのか。それなら納得。
 駆けながらも現場状況を写真に収める。抉れたベルトコンベアー、無惨に散ったピストンの類、……ここは何かをオートで作っていた区画なのかな。床には水たまり、壁際にはバチバチと紫電を放つエネルギーパイプ……? 爆発したのはこれなんだろうか。核融合エネルギーってパイプで供給されるものだったっけ。なんて悩んでも分かるわけがない。工学は河童の分野。とりあえずあたりをつけて調べてみよう。何か手がかりでも無いかな。パイプは、これは、内側から爆発してるわね。無差別テロが狙いか、はたまた本当に事故っただけか。もう少し写真を撮っておこうか。奥の方にはもっとなにか――

 ――なにこれ。

 他の、瓦礫になってる箇所とは異なり、そのパイプの周辺だけはまるで巨大な刃が一閃を振るったかのように鋭利な切り口が現れている。
 幾分は焼け焦げていたりするし荒い断面となっている箇所もあるが、しかしこれが爆発だけで生じたものだとは絶対に考えられない。

 確定。
 やっぱりこの爆発は事故じゃなく、故意に起こされたものだ。
 パシャリと写真に収める。
 これを大天狗の誰かに見せれば事態は動くだろう。

 本来はそれで鴉天狗たる私の役割はおしまい。あとは白狼天狗が捜査をしてくれて、そうして近いうちにそれなりの結論が出るだろう。これだけの斬撃を行える者はそうそういない。容疑者を絞るのは簡単だと思われる。
 これならさすがにこいしを疑うわけにもいかない。
 さて、どうせならもうちょっと手がかりを見つけたいものだけど。
 床に目を向けると、にとりが倒れていた。



「……え!?」



 どうして気付かなかったんだ私のバカ!! 駆け寄って状態の確認! 傷は、特には見受けられない。しかしそれで安心することはできない。何らかの術を食らった? それとも頭を打った? いずれにせよ、意識を失ったにとりを放っておくわけにはいかないことは確定だ。
 調査は打ち切るしかない。
 私は生まれて初めてお姫様抱っこなるものを実行に移した。

「姫海棠さん!?」

 上空から呼び止められたのはその瞬間だった。

「椛? なんでここに」

 衝突するように犬走椛は着地をする。余程慌てているみたい。対して、私の頭は妙に冷静だった。
 ……白狼天狗の内でも偵察任務を任されている椛が、どうしてこんなタイミングでこんな場所にいる?
 まさか。

「話は後です! またすぐに爆発が起きる! 早く離脱を!」
「わ、分かったわ!」

 コイツが犯行者かどうかを問うのは後回しだ。
 この剣幕は演技じゃない。
 直感で理解する。
 タイムリミット。
 遠くの区画で爆発音が聞こえた。
 風を地面に叩きつける。

 刹那、光が世界を包んだ。










 ― 7 ―










 ガタリと音がした。

「誰!」
「あんた、寝てないの? 私よ、私」

 そう言って鈴仙はにとりの額に手をあてた。

「なんだウサギか」
「なんだとは随分ね。……休んだ方が良いわよ。あんたが憔悴したところで河城さんが喜ぶわけでもないでしょう」

 そうして、安心したように「うん」と軽く呟いた。

 永遠亭の白い病室にはちらほらと月の光が射し込んでいる。
 それだけでは十分な作業ができないのか、鈴仙はスイッチを押して病室の照明器具に光を灯らせた。白色が一層迫力を増したように感じられる。もしかしたら私の色彩判別機能がバグってるだけかもしれないけど。

 いったい今は何時だろう。日付が変わったぐらいかな。

「事情は知らないけれど、睡眠って結構いろんなものより大切なんだから。もう寝なさい。ここじゃ落ち着かないというのなら別の部屋を用意してあげてもいいわ」
「そーいう心配をしてくれるんなら説教よりも睡眠薬を頂戴。どうせ沢山あるんでしょ」
「自然と快眠ができる状態が重要だと言ってるの」
「はいはい。ところで、私がうとうとしてた間に誰か来た?」
「ん? いや、そういう報告は聞いてないけど。……あんた達、本当に何をしたのよ」
「やましいことだけはしてない、って信じてほしいわ。本当に」

 全速力でにとりを永遠亭に運び込んだのが今日の十五時頃。それから今までずっと私はこのベッドの脇にいた。
 倒れた知り合いをひとり置いて取材に飛び出すのは流石に気が引けるからね。
 それに、下手に動いて捕まるなんて、私は御免だ。

 二度目の爆発はギリギリのところでバリアを張ってどうにか凌ぐことができた。
 衝撃が過ぎ去った後に周囲を見れば椛の姿はどこにもなかった。
 ただ単に吹き飛ばされたのか、それとも、私から距離を取ったのか。
 頭が痛いわ。

「にとりの容態は?」
「変わらずよ。眠ってるだけで外傷はたんこぶ一つだけ。心配するような状態じゃないわ」
「そう。良かった」

 八意永琳の診断によればにとりはまったくの軽傷らしい。側頭部に打撲を受けただけ、なのだとか。
 打撲だから、穏やかじゃないことは確実なんだけどね。
 しかし、にとりに攻撃した者の正体も気になるが、なぜにとりがあの場にいたのか、といった点も気になる。いやまぁコイツも堅固なバリアを展開できるし、崩落とか爆発を恐れないのは分かるんだけれども、……それでも普通わざわざ大爆発の中心部に足を運ぶものか?
 にとりにはなにかのアテがあった?
 それともまさか「犯行者は現場に戻る」の法則?
 ……ダメだ。もう見る者全てが怪しく映ってしまう。クラクラしてきた。
 文ならこのくらいの事件で頭を悩ませることもないのかなぁ。

「そんなはーたんにはこいしお姉さんが子守歌を歌ってあげるから早くおねんねした方が良いよ?」
「どぅわあ!?」

 唐突に私の右方20センチの距離にこいしが現れた、ってビビるわ!
 まったく。本っ当にテロに最適ね、コイツの能力って。危うく心臓が止まるところだったわ。

「あなたは確か、えーと、古明地こいしちゃん、だったかしら。弾幕ごっこでもしてきたのかしら? 結構洋服が破れちゃってるけれど……、傷とか痛いところは無い?」
「心配は要らないわウサギさん。女の子だからって服を汚すことが注意の対象になる風潮は21世紀には似つかわしくないと思うの。それに、かすり傷はもう全部自己修復しちゃいましたからお構いなくっ」
「自己修復、ねぇ。この郷の連中は医者にかかる奴が少なくて困るわ。まったく」

 まったく困っていない風に鈴仙は呟き、そしてにとりの腕に刺さっているチューブを取り替えだした。

 しかしまぁ、流石は古明地こいし、といったところか。

 大抵の妖怪なら早苗と撃ち合ったりしたらズタボロにされるんだけどね。それが、かすり傷だけで済んでるだなんて。しかもその傷もこの短時間で自己修復とかしちゃってるし。本当にとんでもないモンスターだわ。
 サトリ妖怪って個体としての妖力は幻想郷だとかなり弱い方に分類される筈なんだけどなぁ。
 コイツが敵に回ったら、なんてシチュエーションは考えたくないものね。

「ところでこいし、早苗はどうしたの。まさか死なせたりしてないでしょうね」
「工場の外にポイッとしといたよ。きっと誰かが回収したりしてくれたりしたんじゃない?」
「ポイッって、アンタ」
「大丈夫だってば。コンティニューは可能だから」

 早苗に酷い傷でも負わせようものなら守矢の二柱が黙っていない。下手をすれば戦争が起きるのである。コイツがそのあたりの事情を考えてくれてることを切に願うわ。
 って、そういう身分なのはこいしも同じか。地底世界の管理者の妹君なのだから。
 ……やれやれ。



「んぅ……」



 その時、にとりの口から声がこぼれた。



「気付かれましたか、河城にとりさん。ここは永遠亭です」
「えいえん、てい? わたし、なんで、痛ッ」
「姫海棠さんがあなたをここまで運んだのです。詳しいことは、おいおい説明しますので」
「え、えっと、私は確かエネルギー管理区画にいて、それから」

 具合は良くなさそうだけど、私がアタフタしたってどうしようもないこと。ここは鈴仙に任せよう。

「う、うぅ? あれ? 思い出せない……、なんで私」

 いや待った。なんか様子がおかしい。
 まさか、

「にとり。アンタ、記憶が無いの?」
「性急な物言いはやめなさい。頭に一撃入れられてるんだから、軽い記憶の混乱くらいはあるわ」

 いや、まぁ。鈴仙の言ってることはごもっともだけどさ。
 こういう言い方はしたくないんだけど……、にとりは今回の事件の真相を知る上で非常に重要なポジションにいるんだ。
 なのに「あの場で見たものを忘れた」なんて言われたら、正直困る。

「ごめんね、姫海棠さん。せっかく助けてくれたのに覚えてなくて」
「いや、謝らなくてもいいんだけど。本当になにも覚えてないの? なんであんな危ないところにいたのか、とか」
「危ないところ……。そうだ、工場が火を噴いて、皆して慌ててる中で、なぜだか椛が事故現場に飛んでいくのが見えて、それで私も」

 椛が爆発後にあの場所へ飛んでいった? いったいどうして。

「ダメだ、それ以上思い出せないや。私はどこで倒れてたの?」
「爆発のあった区画よ。……本当にもう思い出せない?」
「うん、最後に覚えてるのが火の中を走って現場に向かってるところだから。ごめん」
「あ、いや、責めてるわけじゃないから。こっちこそごめんね」

 むぅ。もっと核心に触れた内容を期待してたんだけど、仕方ないか。
 あの爆発の起きたすぐ後に椛が動いていた、という情報だけでも前進だしね。
 ……椛か。
 アイツに接触をするということは、天狗の組織に顔を出さなければいけないということ。下手に立ち回れば捕まってしまうのがオチだよね。さて、どうする。
 なんて。
 正直、これは悩んでるフリだ。事を荒立てずに動く、というミッションに対してこちらには最適な能力者がいる。

「こいし」

 他者の意識に入らない能力。それはあまりに有用過ぎる。
 こいしが犯行者の側に与している可能性はまだ残ってるから、正直怖いところではあるんだけども。
 まぁでも、僅かな可能性に恐れをなしてちゃ外を歩くことだってできなくなる。私は一応引きこもり卒業者だから。それくらいは一応やらないと。

 ……うん?

「こいし、どうかしたの?」

 呼びかけても返事がない。
 ただジッと、にとりを見つめている。
 にとりの方はといえばあからさまに動揺している。……そういやコイツ人見知りが激しいんだっけ。いや、これだけガン見されたら誰だってビビると思うけれど。
 この無意識ガール、本当になにをやってるんだか。

「ちょっとこいし、聞いてるの?」

 その時、





 こいしのサードアイが、僅かながらも、開





「ぅえ、げ、っは」

 吐瀉物が、こいしの口からバチャバチャと落ち、ベッドが汚れた。

「え、ちょっと、こいし!?」
「ひゅい!!」
「とりあえず、吐けるのであればここに全部吐いちゃいなさい」

 言って、鈴仙はこいしの前に洗面器を差し出した。慣れてやがる。そして再びバチャバチャと不快な音が鳴った。

「こいし、あんたどうしたのよ」
「いや、ちょっとなんていうか、最近うえ゛」
「あぁもういいから、まずは吐いて」
「……ぅん、だいぶ、落ち着いたよ。ごめんね、なんか急にこんな。あ、うがいしたい」

 フラフラと、こいしは部屋の隅にある蛇口へと向かった。
 いつも通りの笑顔にはじっとりと脂汗が滲み出ていた。
 ガラガラ、ペッ。なんて音が三度聞こえて、

「最近さ、サードアイの閉じ方が緩いの」

 こいしは言った。

「ううん、最近って程でもないわ。なんかおかしいな、って思ったのは二年くらい前だっけ。守矢神社で霊夢と遊んだ時。それからちょっとずつフワフワしてきて、それで、最近は時々誰にも見られてないと思ってたら誰かに見られたりしてて、お散歩がスリリングになってきたり」

 それって、つまり、
 コイツが心を開こうとしている、ということ?

「でも上手くいかないものね。いざ開こうとしたらこのザマなんだから。まったく私ったらダメな子だー」
「アンタ、なんでそんなことを急に」
「ん? だって、河童さんの心を読めたら一気に捜査が進展するよね?」

 それは確かにその通りだ。にとりの記憶を読むことができれば椛に対するアクションも明確になる。
 でも、だからって……。

「詳しい事情は知らないけど、アンタって確か他者の心を読むのが嫌で瞳を閉じたんでしょ? それを、いきなり」
「だからいきなりじゃないってば。二年前から、少しずつ状態は進んでたんだよ。きっとね。でも私がそれに対応できなくてさー。ほんと、この二年間なにやってたんだかって感じ?」
「生き方なんてものは二年くらいでそうそう変わらないわよ。だから、無茶はよしなさい」
「はーたんは変わったでしょ?」

 ……え?

「聞いたよ? はーたん、元はずっと引きこもりだったんだってね」
「え、ちょ、誰よそんなこと言ったヤツ」
「んー? 山の中をお散歩してたらそういう話が聞こえてきたんだよ。天狗さんと河童さんの井戸端会議だったっけ? 誰かを詰問したとか、そんな物騒なことはしてませんー」

 ちくしょう、普通そういうことには気を遣うものなんじゃないのかよ。なんで山の連中はこうもデリカシーが無いかな、あーもう、どうせ陰でコソコソ笑ってやがったんだろ。

「はーたんの新聞が面白いって話は聞かなかったなぁ。むしろはーたんの存在自体の方が面白がられてた感じ?」

 やっぱりか! どいつもこいつもバカにしやがって。確かに去年の私が調子に乗ってたのは認めるけど、でも、見えないところでキモがられてるなんて話、普通にキツいよ。



「でも私はさ、その話を聞いて、はーたんってスゴいなぁって思ったよ?」



 サードアイを撫でながら、こいしは笑顔で言った。



「ずっと部屋から出なかったのに、いきなり外に出て郷の皆をドンドン写真に撮っていくんだもん。それって、本当にスゴいことだと思う」



 唐突に鼻の奥の方が熱くなった。

 コイツ、ズルい。
 不意打ちだ。
 そんな笑顔で、そんな言葉は、ズルいよ。
 私、泣きそうじゃん。

「それに比べて私なんてさ。なんていうか、……なんていうかなぁ。上手く言葉にできないんだけど、なんか、グッと来てさ。変わるってスゴいな、って。うん」

 そんなことないよ。こいし。私なんて全然だよ。
 私、この事件を最後にするつもりなんだよ?
 ちっとも変われてないんだよ。ちょっとジャンプしただけで、すぐにまた地面に落ちたんだよ。
 だからもう私は死ぬことを決めてるんだよ。

 でも、そんなこと、こんな笑顔を前にして言えるわけがなくて。

「今回の事件でさ、真っ先に疑われるのって、地底でしょ?」

 そのとおりだと思う。
 というか実際、私も最初に怪しいと思ったのはこいしだったし。

「最近の地底って、スゴく雰囲気が良いの。ずっと鬱屈した感じだったのに、間欠泉が出て、おくうの力が山で活用されたり、命蓮寺の皆が里で受け入れられたりして、地上とのやりとりが僅かだけど始まってさ。新しい時代が到来したんだってお姉ちゃんは言ってた。それなのに、また地上とゴタゴタが起きちゃうなんて、私は嫌だ」
「こいし……」
「私はそんなの嫌なの。皆で笑えるような、そんなのが私は好き」

 コイツ、変わったよ。本当に。
 以前は本当に他者に気をかけるようなことなんて言わなかったのに、それが「皆で笑えるような」だなんて。
 コイツは私の変化を評価してるけど、でもはっきり言って、コイツの方がよっぽど変わったと思う。
 よっぽど、強いと思う。

「私が頑張ることで地底への疑いを無くせるんなら私は頑張るよ。弱くてどうしようもないっていうんなら、強くなってみせる。はーたんみたいに一歩を踏み出したいんだよ。今、ここで」

 だから、にとりの心を読もうとしたのか。
 でもこいし、それはいくらなんでもヘビー過ぎる。素人の私から見ても限界じゃん。鈴仙の顔を見ると、やっぱり辛そうな顔をしていた。だろうね。他者の心を見ることを封印したサトリ妖怪が突然瞳を開こうとしたらいったいどれほどのストレスが生じるか。想像するだけで怖い。妖怪ってのは身体がタフな分メンタルの面では人間なんかよりもずっと脆いんだ。下手をすれば命に関わる。どう考えてもドクターストップだろう。

「はーたん、そんな顔をしないでよ。それと、嘗めないでね?」

 額に浮かんでいた汗を拭って、こいしは言った。

「ちょこっとだけど、河童さんの心は読めたよ」

 思わず耳を疑った。
 ……マジか。
 コイツ、なんで、こんなに頑張れるんだ。

「あ、は、話の途中で割り込んでごめん。でも、えっと、私の心が読めたってんなら、私はそれ、凄く知りたい」
「うん、でも、本当にちょっとだから、河童さんの期待に沿えてるかは難しいけど」
「ちょっとでも良いよっ。お願い、教えて」

 にとりとの会話を皮切りに、視線がこいしに集まる。事情を知らない鈴仙も空気を読んでくれているようだ。
 誰かが、ごくりと唾を飲んだ。

「河童さんが見たのは、現場で倒れてる者がいないかどうかを確認する犬走さん。それだけだよ」

 ん?

 ……それだけ?

「炎の中で椛が瓦礫の中を確認し回っていて、そこに声をかけようとしたところで意識がブラックアウト。誰が河童さんの頭に攻撃を仕掛けたのかは分からないね。まぁ、犬走さんじゃないことは証明されたわけなんだけれど」
「よく分からないけど、これで椛への疑いは晴れたんだよね? 良かったぁ」

 いや、うーん?
 にとりには悪いけれど、その情報だけじゃなんとも言えないよ。にとりを気絶させたヤツと椛がツルんでた可能性だってあるし。……別に、椛を悪者に仕立てあげたいわけじゃないけどさ。

「ごめんねはーたん、やっぱり私はまだまだみたい」
「あ、いや、謝ることなんて全然無いからっ」

 やべ。顔に出ちゃってたか。
 確かに、思ってたよりも得られた情報は少なかった。
 けど本来ならそれは得られることがなかった情報なんだ。
 それを聞けただけでもかなりの進展。
 もっとも、それ以上にさ。
 私はこいしに

「私はこいしに感謝をしたいよ」
「ふぇ? 感謝?」

 そう、感謝。
 コイツが心を読んでくれたおかげで、二つの意味で踏ん切りがついたんだ。
 一つは、次に打つ手。これは椛を問い詰めることに決定だ。
 正直、私は頭の隅っこで「椛が事件に無関係であった場合のリスク」を考えていた。というか椛を避けられるものなら避けようとしていた。無関係な椛の口封じをするのも面倒だし、そして組織の真ん中に突っ込んでおいて何も得られることがなかった場合のエネルギーの無駄遣いを考えると、どうにも動くのが億劫になってしまう。
 しかし、こいしが読み取ってくれた情報から椛がなんらかの形であの爆発のことを知っていたことは確定した。
 ならば椛に問い詰めることが間違いにはならないだろう。
 もう一つは、私のモチベーションの話。
 私ってほら、うだうだ言っちゃうじゃん。今さっきだって、椛のところに向かうってアクション一つとっても色々考えちゃうじゃん。
 言い訳しちゃうじゃん。
 でも、こいしの、覚悟っていうかさ。ストレートな姿勢に触れて、私は喝を入れられた感じがするんだ。
 あたって砕けろ、ってわけじゃないけど。
 でも、私はもう迷わないよ。
 覚悟を決めたよ。
 決めることができたんだよ。

 携帯に光を灯し、念写をする。
 イメージワードは「爆発」。
 すると、予想を外れることなく、ボロボロになった工場の画像が次から次へとヒットする。
 大変な事故だ。普段は馬鹿げた記事しか書かない連中だって真剣な報道をせざるを得ないような、そんなシリアスな状況。
 そんな中で、私たちは誰よりも答えに近い場所にいるんだ。

 心に火が灯った気がした。

「行こう、こいし」

 そして私は手を伸ばす。
 今回の事件を解決する、とびっきりのヒロインに対して。

「あんたの力でこの事件の真相を暴くんだ。そして私がその一連の事情を新聞にして幻想郷中にバラ撒く。ハッピーエンドなんて簡単じゃん?」

 視線の先で、瞳を閉じたサトリ妖怪が太陽のように笑った。

「……医療の見地から言っておくことが二つあるわ。一つ目。ふたりとも、一度ちゃんと寝なさい。何をするかは知らないけど、動くのは明日の朝以降にすること」

 っと。
 鈴仙め。今度は空気が読めなかったか。こんなだからデンパウサギ扱いされるんだよ、コイツは。

「二つ目は、こいしちゃん、あなたがその瞳を開くのが危険だということ。本当に開くとなったらじっくりとリハビリをしてからじゃないといけないわ。現状での無茶は命に関わるほど危険なの。分かった?」

 こいしが私の目を見て、そして私の右手を握る。

「ねぇウサギ?」
「ん? なによカラス。それとさっきから言いたかったけど私の名前は」

 それをギュッと握り返して、

「にとりのことは任せたわよ!」

 私たちは最大速力で病室の窓に突っ込んだ。

「は、ちょ――!?」

 そしてそのまま一気に夜空へ。
 薄いガラスを砕く感覚って良いよね。
 まぁつまりそういう勢いってことで。
 だから、小言なんて聞けるわけがないじゃん?
 ねっ、こいし。

「ちょっとあんたたち! 絶対後で弁償させるからね!」

 後ろの方でウサギの叫び声が響いた気がしたけど、私もこいしも笑い過ぎてて全然聞き取ることなんてできなかった。

 そして一気に速力を爆発させて、

 向かうは、――妖怪の山だ!










 ― 6 ―










 空から光の矢が幾百と降り注ぐ。
 けれど、スピードを緩めるわけにはいかないってね!

 世の中ってのは自分の思い通りにいかないものだ。今だってまさにそう。
 本来はこいしの能力をフル活用して誰にも見つからず山の中に突っ込むつもりだったんだけど、まさかこんな入り口でこいしの能力が解けちゃうなんて。
 これもこいしの心が開こうとしていることが原因だったら、まぁ、良い傾向だと喜ぶべきなんだろうけど――っとぉ!

「ったく! 容赦無いわね!」

 頬を高エネルギー体がカスる。上方には私を迎撃する為に攻撃を放ち続ける下っ端天狗の編隊が三つ。そんな状況で前方から増援が。その数は、ああもう、暗くて分からないじゃない! そして展開される弾幕! 夜空を埋め尽くすソレにこのスピードで突っ込むのはリスキー過ぎるけど!

「今のテンションで低速移動なんてできるか!」

 左手にスペルカード、右手に写真機を掴み、妖力を思いっきり込めて、

「連写!『ラピッドショット』ッ!」

 最適化された運動。一息に五度フラッシュを瞬かせれば、それだけで弾幕の大半は消し飛ぶ。
 そうして開けた空間へと全力で飛翔。
 急いで弾幕を再展開させても遅い! もう穴だらけだから! 抜けれないわけがない!
 じゃあね!
 そして増援部隊は私の背中を見ることしかできなくなる。よし、ここまで来たら――痛ッ?!

「また上から、って多くない!?」

 月に照らされた天狗の数は、見えるだけでも百は下らない。
 ちょっと本気出し過ぎでしょ。妖怪の山。
 ……まぁ、しょうがないと言えばしょうがないんだけどさ。
 山に入る前に一度行った念写で、私は人生で初めて自分の顔写真をモニターに映してしまった。
 ちなみにイメージワードは「指名手配犯」だ。
 分かりやす過ぎる。
 一方、その念写においてこいしの画像がヒットすることはなかった。
 その点は不幸中の幸いだと思う。
 もしこいしが山の連中に狙われるようになったら、その時は山と地底との外交問題まで発展してしまうから。
 その点を考慮して、現在私はこいしと別行動をとっている。
 私が囮になって迎撃隊の相手をしている間にこいしは態勢を立て直し、その後こいしが奥地に忍び込んで椛から事情を聞き出し、それを見計らって私は山から脱出、というプランだ。
 本当は私も椛からの情報は直接耳にしたかったんだけれど、それはこの際仕方ない。
 今はただ自分の役割を完遂するだけ。

「って言ったって、これはかなり――!」

 調子良く進んで来たけど、ここに来てついに一発貰ってしまった。
 現れるのは下っ端ばかりじゃない。弾幕ごっこにおいて名を馳せてるヤツもチラホラ見受けられる。
 今の私ならもう十発くらい被弾したって立ち上がることはできると思うけど、しかし数が数だ。態勢を崩した時に数百数千の光弾が放たれたら流石に捌き切れる自信は無い。どうしたって地面に縫い付けられてしまう。
 だから今は絶対に止まるな。
 とにかく動き続けろ!

「それくらい分かってるっつーの!」

 文に追いすがる為に磨いたスピードは嘘じゃない。
 何百何千回と撮った写真は誰にも否定できない。
 つまり、これくらいで私が落ちるわけないってこと!

 前方から左方から後方からそして上方から光の散弾が雪崩れ込む。空気を蹴って前傾姿勢に。そして襲い来る煌びやかな攻撃の数々の間に潜り込み抜け駆ける! 向かうは前方の部隊! 流石にターゲットが味方部隊に突っ込んだ後に弾幕を放ち続けるバカはいないって思ったが故の作戦だ、っとと! 光が肩をカスった。やっぱりこうも一部隊に迫ると弾を見切るだけの余裕が無くなってくるわね。眼前に映写機を携えフラッシュ。弾幕はバッチリ消失して、うん、これなら突っ込める。加速! 狙い通り上空と左方からの攻撃には戸惑いが生じてきた。前方の部隊が散開しようとしてるけどもう遅い。さぁ、行かせてもらうわよ!!



「狛符『レイビーズバイト』!」



 んなッ!?

 突如襲い来る高エネルギーの牙に対し写真機の光を向けてギリギリのところで打ち消す。
 ――今のは危なかった。思わず冷や汗が出たわ。
 っていうか、

「アンタがここに出て来るってのは予想外だったわ、椛」

 スペルカードを掲げたまま、犬走椛は小さく会釈をした。

「姫海棠さんの目的は私にある、と解釈をしましたので」
「確かにそうなんだけど……まぁ、いいや」
「私としてもこれ以上無用な混乱が生じるのは避けたいのですよ。――全部隊に告ぎます! これより犬走椛がスペルカードルールに基づき姫海棠はたてに勝負を挑む! 今の内に戦線を後退させ、本丸の守りを固めて下さい!」

 椛にはこれといった権限も無い筈なんだけど、きっと時間稼ぎという判断が正しいものと受け取られたのだろう。周囲に浮かんでいた部隊は速やかに山の中心部へと飛んで行った。
 敵ながら、良い判断だわ。

 しかし、こうなるとこいしの身が心配だ。
 椛は山の中枢に身を潜めているだろう、という予想の上で私たちは動いていたから、こいしは今まさにあの部隊が向かった所で探索をしている筈。
 既にいない椛を探していれば確実に時間はかかる。そうしている内にまた能力が解けてしまうかもしれない。
 その時に相手をしなくちゃいけないのは組織の精鋭と先ほどの大部隊だ。いくらこいしとは言え、それはキツイだろう。
 ……ま、私がコイツからさっさと情報を聞き出して、事態を収束させれば良いだけなんだけどね。

「一応聞いておくわ。アンタ、あの爆発事件について何を知ってるの?」
「何も知りません。と言ったところで信じて頂けないでしょう?」
「まぁね。っつーかアンタ、隠す気無いの?」
「コソコソするのが苦手なだけです。無用の嫌疑は」

 椛から鋭い妖気が放たれた。

「この場で断ち切る!」

 そして勢いよく提示された一枚のスペルカード。
 先程の攻撃か。
 私じゃあ写真機を活用しないと避けれない弾幕なわけだけど、

「掲げるカードは一枚で十分です。姫海棠さん、あなたが負けたらもう二度とこの件を追わないで下さい。良いですね?」
「分かったわ。そのかわり、椛が負けたら、知ってることは全部教えてもらうからね」

 ここで退ける訳がないしね。
 こちらもカードを一枚提示する。椛の双眸が夜の中で剣呑な光を放った。

「良いでしょう! では、征きます!」

 上等! 迎え撃つ!

「狛符!『レイビーズバイト』!!」
「連写!『ラピッドショット』ッ!」

 弾幕を全方位に放つ。と同時に光の牙に襲われる。初手は互角か。迫る牙に向けてフラッシュを一発放ちどうにかやり過ごす。しかし安心をする訳にはいかない。即座に二の太刀、三の太刀が牙の形を成して強襲してくるのがこのスペルの最大の特徴だ。その連続攻撃に対してのフラッシュをいかにタイミング良く放つことができるか、つまり、写真機に妖気を込めるスピードが攻略上のポイントとなるのである。以前は写真を撮ることだけが目的だったからまだクリアできたが、今はこっちも弾幕を放ちながら写真機を操らないといけないんだ。第二波が迫る。正直、キツイ。けど!

「負けるかあ!」

 力の限り弾を撃ち、それと並行してフラッシュを五発。
  跡形も無く消えた自身の弾幕を見て椛が目を見開いた。その隙を見逃す私じゃないから! 行くよ!
 弾を放ちながら一気に椛の元へ詰め寄る。距離を取ろうとしても、もう遅い!

「これでおしまい!」

 相対距離3メートルの位置で弾幕を展開!
 椛の額に一発、胴体に二発、左足に二発着弾したのが見えた。
 この距離じゃ避けられない、ってね。
 短期決戦なら私だって中々なものなんだから。
 そうして地面に落ちていく椛。
 ……って、ちょっと、
 え?
 もしかして当たり所がマズかった? 
 もしにとりの時みたいに意識を失ったら、いけない、それじゃここまで派手に動いた意味が無くなってしまう。
 椛に態勢を立て直す様子は見られない。地面に吸い込まれるように落ちていく。ああもうマジか! 急いで落下コースに向かおうと飛翔を行った刹那、

「うわっとと」

 椛の身体はこいしに抱き止められていた。

「こいし!」
「あーもう、骨折り損の心臓潰しだわー。犬走さんがこんなところにいるだなんてもうー。ありがとねはーたん」
「いやいや、お疲れ」

 ゆっくりと、椛を抱えたこいしに向かって下降していく。
 サラサラと風が流れ、こいしのスカートが揺れた。……結構破れてるわね。それに、近づいてみれば、こいしの顔には疲れが生じているのが分かる。表情はいつもどおりの笑顔なんだけれど。

「もしかしなくても、ヤバいのに見つかったりした?」
「まあ、程々にね。私より強いのはいなかったけれど、見つかったからには記憶を消さないといけないでしょ? それを前提に交戦するとなるとちょっと疲れる相手だったなぁ。殺しちゃってオッケーってことなら楽だったんだけどねー。あはは、紅茶が怖い」
「殺すのはダメよ。って、え? なにアンタ、他者の記憶を消すとかもできるわけ?」
「ん? できるよ? 無意識を操るってそういうことだから。まぁ、結構疲れるんですけど?」
「はー……、アンタの能力って本当に便利ねぇ」
「うん」

 軽く頷くこいしの笑顔に影が差したように見えたのは、気のせいじゃないだろう。
 ……しまった。コイツはサードアイを開こうと頑張ってるってのに、「無意識を操る能力が便利」だなんて。どれだけ無神経な発言だよ。くそ、私のコミュ障め。

 その時、椛がこいしの顔を左手で殴り飛ばそうとしたが、その拳はこいしの右手に受け止められた。

「え?」

 乾いた音が夜に響きを残して。

「うふふー。意識が無いフリなんて、このこいしちゃんには通用しないよ? 犬走さん残念賞ですっ」
「くぅっ、ガッ!!?」

 こいしは椛の身体を投げ出し、そして即座に椛の口の中に右手を突っ込んだ。
 人差し指と中指と薬指と小指で舌と歯を抑え、親指で下顎を掴み、ギリリと力を込める。
 右手一本で、椛は身体の動きを完全に抑えられていた。

「ちょ、ちょっと!」
「はーたんは甘いなぁ。こういうタイプはスペルカードルールだって簡単に反故にしちゃうんだよ? これ、こいしお姉さんからの一言アドバイスね。ちなみになんで私が今犬走さんの口に手を入れてるかって言うと舌を噛み切られたら困るからですっ」
「そんな……。椛ッ、アンタは規律とかにはうるさいと思ってたのに、これはいったいどういうことよ!」
「ガ、ァ」
「ふむふむ、“妖怪の山、果ては幻想郷という社会を守る為ならば自分の流儀なんて捨てるのが当然”かぁ。いかにも天狗、って感じの考えだねー」



 ……ん?



 こいしのヤツ、今。



 見れば、サードアイはうっすらと――

「こいし! アンタ!!」
「大丈夫だよはーたん。河童さんの時よりも全然いけそう。ちょっと疲れるけど、うん。大丈夫」
「大丈夫って……ねぇ、それはこっちのセリフだよ。アンタがそこまでしなくても椛から真相を聞き出す方法くらいあるから。大丈夫だって。だから、やめてよ。お願いだからさ」
「正直に言うとね。ひとりじゃたぶん無理だった」

 ポツリと、こいしは言った。

「でもさ、今は、はーたんから凄い感情を読み取れてるんだ。私のことを心配してくれてるって、心から理解できるの。私、全然はーたんの心を読もうなんて意識してないんだよ? それでもこんなに流れて来るんだよ? それって本当に凄いんだよ」

 なに言ってんだよ。心配するに決まってんじゃん。そんなの当たり前のことなのに。アンタ、下手したら本当に精神を潰されるよ? なのに、ねぇ、なんでそんなに嬉しそうに笑ってるんだよ。

「嬉しいから笑うんだよ。うん。今、やっと思い出した。私たちって、嬉しいから笑うんだよね。うん。うん」

 知らないよ。アンタの電波な考え方なんてどうだっていいよ。この事件が解決して、皆が笑ってたとしても、アンタが潰れちゃってたら意味なんてないじゃん。皆で笑うためにアンタはこの事件を解決したいんでしょ? そこに自分も含めなよ! それを考えたら、こんな――
 いや、
 たぶん、こいしは、ここで壁を越えてこそ心から笑えるってことを分かってしまってるんだ。
 もしここでこいしが椛の心を読まず、椛の口から間違った情報を聞き出し、真相を明かせなくなってしまったら?
 それは当然最悪の事態だ。
 後悔してもしきれない。
 その為には、今この場で確実に信頼できる情報を得ることが最善で、その手段としては心を読むことこそが

「そうそうそのとおり。はーたんはちゃんと考えられる子なんだから、情に流されなかったら今ここで打つべき一番良い手が何かってことは分かるよねー」

 やめて。心を読まないで。私は、くそッ、なんでこんなこと考えてしまってるんだ。 どう説得したらこいしを止めれるかを考えろ。どれだけ性格が悪いんだ、私は!

「あははっ、ありがと。……じゃあそろそろ決めちゃいますか。あんまり長々と喋ってると、戦地に赴く前の兵士が恋人と言葉を交わすシーンみたくなっちゃうからね。分岐点はたぶんここだよ、はーたん?」

 こいし!!





 刹那、





 莫大な妖気の奔流が山を震わせたと同時に、





 こいしのサードアイは、完全に開いた。





 そして、こいしの身体がガクガクと震えだした。



「こいし!!?」

 顎を掴んだ手はそのままに、身体が不気味な程にガタガタと震え、そして目の色が虚ろになって、汗が止めどなく浮き出て――

「ぅ、あ、……あ…………?……?」

 零れる言葉に意味なんて無い。どんな内容を読み取っているのかは知らないがすぐに止めなければ! でもどうやって! 分からないけど、でもこんなのは絶対ダメだ!

「ガ、ァあ、あ!」

 椛が苦しそうに唸り声を上げた。こいしの強張った身体からかけられる力がどれ程のものかなんて想像すらできないけどこのままじゃ椛の顎が握りつぶされるのも時間の問題になってしまう!
 こいし! ねぇ、こいし!!
 ――ああ、もう!

「こいし! アンタさっき笑って“大丈夫だ”って言ってたじゃない! 私がいるから成功するとか、そんなことを言ってたじゃない! その言葉が嘘だって言うの! 私はね、アンタは凄いヤツだって、強いヤツだって知ってるから!」

 私にはこいしのこの状態を止める術なんて思いつかないから!

「だから、気張れよ! 正直私はさっきアンタがそんな無茶をするなんて言って止めたよ! 絶対ヤバいことになると思ったよ! 今はもうその予想が現実になるって思っちゃってるよ! そんな私の心配を覆してみろよ! ねぇ!」

 今できることなんて、悔しいけど! 応援することだけなんだよ!!

「皆で笑いたいって言ったのはアンタだろ! その中にはアンタもいるに決まってんだろ! それとぶっちゃけ! アンタがいないと私が笑えないんだよ! だからこいし! 頑張」
「ぁりがと、はーたん」

 声が聞こえた。

 前を見れば、コンディションは相変わらず最悪であるまま、目に光を取り戻したこいしが小さく笑っていた。
 私は生まれて初めて祈りが通じることを知った。
 思いがけず涙が浮かんだ。



 上空から降った巨大な風の刃がこいしの右腕を切断したのはその時だった。



「ぇ?」



 こいしの声が聞こえて。
 全てがスローモーションに映る。

 断面から吹き出ようとしている血液。

 笑みが消失したこいしの顔。

 息を漏らした椛の口。

 山肌に着弾した斬撃。

「あ――」

 こいしの身体から力が抜け、そして落ちる。
 咄嗟に受け止める。
 顔がまるで死者のように青白い。
 冷たい。
 狂ったように血は溢れ、私の身を赤黒く染める。
 熱い。

 あぁ、

 ああ――





「あやややや。可愛い部下の窮地を前に緊急行動をとってみたのだけれど、まさか相手が地霊殿の妹君だったとは」





 私は知っている。





「しかし妹君の方も様子がおかしかったようだし、この判断は仕方が無い、と考えて頂くのが妥当でしょうねえ」





 私はこの奔放に空を駆け回り続ける風のような声を知っている。
 逆鱗を中指で撫でるようなこの言葉の使い方を知っている。
 葉団扇の一振りで山の形を変えるこの妖力を知っている。
 風の中で気負うことなく佇むこの立ち姿を知っている。
 全てを小馬鹿にして笑うこの表情を知っている。

 だって、コイツは――、



「あなたもそう思わないかしら。はたて?」



 ――私が新聞記者になったきっかけであり、ただひとりの、スポイラー!!



「文ぁああああああああああああああッッッ!!!」



 月を背に、射命丸文は私を見下して笑った。



「そんなに大きな声を出さないでほしいわね。まるで私が間違った行動をとったようじゃない」

 滑るようにして私の目の前まで移動する。
 こいしの腕を斬った扇をヒラヒラと振って、凄惨な笑みを繕う。
 怒りで頭の中が燃え尽きそうだった。

「さて本題。はたて、あなたを捕まえるわ。理由は分かっているね?」
「……アンタの手であの工場が爆破されたという事実が公表されたら困るから」
「そんなところよ。さぁ行きましょう」

 あっさりと容疑を認めやがった。
 これ以上私たちには何もできないと思ってるってことか。
 馬鹿にするのも、いい加減にしろ!

「おっとっと? はたて、それはいけない。あなたの腕の中を見なさい。血を流しているこいしちゃんがいるわよね? そんな彼女を無視して戦闘を行う気なのかしら」

 気合と共に全方位に放った弾幕は、当然のように避けられてしまった。
 確かにこいしを抱えた状態で戦うのは得策ではない。
 けど、それがコイツらに捕まる理由なんかにはならない!

「本気なのね。まったく、あなたはもうちょっと頭の働く天狗だと思っていたんだけど、残念だわ。椛、あなたに古明地こいしを任せます」
「了解しました」
「近寄らないで! こいしは誰にも渡さないから!」
「馬鹿も休み休み言ってよ。どうせあなたは腕が切断された時の止血方法なんて知らないでしょう? その点、椛ならちゃんと救護用品も持ち合わせている。私と戦うというのならさっさとその手を離しなさい。あなたは山と地底の戦争でも起こしたいわけ? 私はそんな面倒事なんて絶対に嫌だけど」
「姫海棠さん。その方の身を案じているのはあなただけじゃない。山の誰もが地霊殿の妹君を保護する考えの下で動いているのです。お願いですから、信じて下さい」
「くッ」

 迷った末に、私はこいしをゆっくりと椛に預ける。
 こいしの身体を担いだ椛は、即座に布を取り出して止血作業に取り掛かった。

「ガハあっ!?」

 衝撃が腹部に響き渡り、私の脳を揺らした。
 それが文の掌底によるものだと気付くのに三秒の時間を要した。
 視界がグニャリと歪む。

「はい決着。分かってるわよね? 私今かなり手加減したから。本気だったら臓物が吹き飛んでたわ。それじゃあ行きましょうか――っと」

 蹴りを一発放つも、悠々と避けられた。

「あなたのその根性は嫌いじゃないんだけど今はウザいだけねぇ。なに? もしかして正義の味方気取りなの? “私がこの事件を解決するんだー”とか? 小説の読み過ぎじゃないかしら」
「そうよ……、そうよ! 悪い!? 私は『花果子念報』の記者なんだから! アンタらみたいに世の裏でコソコソ悪事を働いてるヤツらを黙って見てるだけなんてできないのよ!」
「悪事って言った? もしかしてはたて、あなたは私たちが何を行っているのかを知らないの?」
「それを調べるために私たちはここに来たのよ! 文句があるなら言ってみなさい!」

 首が文の左手に握りしめられていた。
 ――な。え?
 なにが、おきた?
 さっきみたいに不意を突かれたわけじゃない。文から焦点を外していた瞬間なんて0.1秒も無かったのに。
 それでも、今の動きはまったく見えなかった。
 遅れてソニックブームが身を揺らす。
 コイツ、今、いったいどれ程のスピードを出し

「今からあなたに事情の説明をするわ。その前に一つだけ」

 放たれた言葉は平生の風のような飄々としたものではなく、氷のように冷たく重いものだった。
 左手から逃れようとしてもまるで動かな

「事情も知らないくせにこれだけの騒動を起こすとはどういうことだ!!」

 咆哮と共にみぞおちに一撃。
 胃液を吐き出しそうになったが、首を絞められているため、それは叶わなかった。

「……あのね。いつも私たちがやってる新聞遊びとはスケールが違うのよ。これは妖怪の山だけじゃなく幻想郷全体の根幹に関わる話。知らなかったじゃ、済まされないわ」

 ギリギリと首を絞められる。頭がおかしくなりそうな程苦しい。白い色が視界を蝕む。
 でも、これくらいじゃあ……!

「そ、れって、結界の抜け穴の、こと?」

 力を振り絞って言葉を紡ぐ。
 椛が息を呑む様子が視界の端に見えた。
 文はと言えば、目を伏せて、自虐めいた笑みを形作った。

「文さん。姫海棠さんは念写能力の持ち主です。だから――」
「分かってる。椛は黙ってて。……はたて、一応聞いておくけど、それが何の為にあるものなのか、ということは把握してる?」
「外の世界と、交易を、するため、でしょ? トラック、が入り込んでるのを、私は見た」
「正解」

 腹部に拳が一撃ねじ込まれた。

「それじゃあ、それを踏まえた上で教えてあげるわ」

 頬に一発の平手打ちが飛んだ。

「――ねぇはたて。この山間の郷に存在する資源ってどれくらいだと思う?」

 色の無い目で文は問う。
 手に込められた力が一段と増して言葉は一欠片も発せない。

「魔力、妖力といったエネルギーの面ではこの郷は非常に恵まれているわ。ただ、それだけでは私たちは生きていけない。日々の生活を送る上では衣食住が必要よね。
 もちろんこの郷に住む者の中には感情や魔力を食料としているヤツは多いし服装に気を遣わないヤツだっているし屋根の下で寝ないヤツだっていっぱいいる。
 しかし全てがそうではない。
 タンパク質を摂らなければ動けなくなる者、裸では歩くことができない者、住処が無ければ凍え死ぬ者。そういう者が多くいるってことは分かるでしょう。というか、私たち天狗がそうなのだし。
 さてはたて? そんな私たちの生活必需品達はどこからやってきてるのか、考えたことはある?
 一昔前であれば肉が食べたくなったら人間を攫えば良かった。
 しかし今はそうはいかない。
 この幻想郷は人間の存在無しに成立しないわ。
 それは妖怪の賢者達の本音だし、その意味を理解できない程の愚鈍揃いの私たちではない。
 ならば、何を喰うか。
 この小さな郷に、これほどまでの数の妖怪を満足させるだけの家畜を備え付けるのは不可能よね。田畑に関しても同様だってことはあなたの幼い脳でも分かるでしょう。
 そしてもちろん、これは食べ物に限った話では無いわ。
 いったいどこから布を、糸を、木材を、鋼材を捻出する?
 そういった資源はこの郷にはほんの少ししか存在しない。
 ならばその無惨な需給バランスをどうする?
 あいにくと、それを解決するような都合の良い魔法も妖術も存在しない。
 魔法も妖術も万能ではない。
 ならば、どうする?

 答えは簡単。

 手持ちでない資源は輸入すれば良い。

 はたて。
 あなたが見たものは、この郷の生命線なのよ。
 結界の抜け穴。
 あれを通じて外の世界と交易を行わなければこの郷はたちどころに廃れてしまうの。
 言ってる意味、分かるわよね?」

 響く言葉が脳内をかき乱す。
 交易?
 結界の外の世界と?
 そんなことができるものなのか?
 いや、けど、あの写真は。
 いや、しかし、外の世界の者と妖怪が手を組むだなんて常識的に考えて

「信じられない、といった顔ね。
 まぁ世間一般には秘匿としてるわけだし、当然の反応ではあるのだけど。
 けどはたて、あなたは疑問に思ったことがないの?
 自分がいつも着ているシャツがどうやって作られたものか。
 普段何気なく食べてるトマトがどこで収穫されたものか。
 魔法の力で作られたと思った? 作物を作り上げる能力に特化した妖怪がいると?
 そういう者がこの郷にいる可能性は否定しないけど、そんなヤツが郷の全ての必需品を生み出すなんて常識的には有り得ないって、冷静に考えてみればすぐに分かることじゃないかしら。
 この幻想郷という地は妖怪にとって限りなく理想郷に近いと私は思う。
 けれど願いの全てが叶うような都合の良い地ではない。
 生きていく上では当然工夫をしなければいけない。
 その結果として私たちは穴を開けたの。
 穴を開け、あちらからは食料やら工業製品やらを輸入し、こちらからは魔力、妖力のノウハウやそれを用いたマジックアイテムの類を輸出する。こちらが送ることのできるものは量としては雀の涙だけれど質としてはどんな宝石にも勝るらしいわ。あちらの世界では魔力・妖力の活用法を確立するだけでも技術競争におけるイニシアチブに立てるわけだから。ま、あちらさんもあちらさんで苦労してるってことなんでしょうけど」

 ……一応の筋は通る。
 妖怪が残っていたとしても表に出るようなことは絶対に無いのが結界の外の世界だ。
 そんな世界において魔力や妖力といったエネルギーは大変貴重なものだろう。
 人間が妖怪と交易を行う。そんな難儀を行うだけの価値は確かにある。
 しかし、交易を行いたいからといって簡単にできるようなものじゃあない。
 そもそもどうやって結界に穴を開けた?
 そんなことをするにはどれだけの力が必要なのか想像もできない。

 私、たち?

 そうだ。文はさっき確かに「私たちは穴を開けた」と言った。
 その言葉に含まれた意味はなんだ?
 こんなことをしでかすのは一部の下っ端天狗や河童だけじゃ絶対に不可能。
 そもそも結界に穴を開けるなんて行為を八雲が見逃すわけがない。
 八雲に気付かれずにそんなことをやってしまえる存在。
 それほどの実力者。
 ……そんな者はいない、と言いきることはできない。
 少なくとも、私は、いや、私以外の誰でも、天狗の内でそれ程のことをできる可能性を持つ者をひとり知っている。

「天、魔……さま?」

 私の声がどうにか風に流れた瞬間、文は獰猛な笑顔を表して言葉を発した。

「そう。この計画の提案者は天魔様よ」

 鬼がいなくなって以来ずっとこの山を統治し続けていた天狗の長。
 山の妖怪が反抗できる筈もない存在。
 その天魔様が、全ての元凶だというの?
 認めたくない。
 これが天魔様の考えによるものだと認めてしまえば、私の生きてきた妖怪の山はずっと欺瞞に満ちていたということを認めることとなる。
 そんなの、違う。
 謀略なんて気にもせずにそこらで天狗も河童も神々も輪を成して酒を飲む。ここは、そんな暢気な場所の筈だ。
 私が念写で見たこの山の表情はそういったものばかりの筈だ。
 それが、
 それが、みんな、真実を隠された上でのものだなんて。

「さてと。じゃあそろそろ今回の事件の話に入るわね」

 ねぇ文、なんでアンタは表情一つ変えることなくそんなことを言い出せるのよ。

「あなたの予想通り、今回の爆発は私たちが画策したものなの。ちなみに爆発を起こしたのは私。風刃でエネルギー管理区画をズバッと、ね」

 なんでそんな、石ころを見るような目をしてるのよ。

「守矢の進めている核融合による産業革命が非常に目障りでねぇ。“外”とこちらの良好な需給バランスがあれのせいで綻び出してるの。もし本格的なマニュファクチュアが成り立ってしまえば結界を越えた交易は不要のものとなってしまう。そんな事態は絶対に避けなければいけない」

 分からない。
 言葉を反芻する。
 産業革命が目障り、だって?
 コイツはいったい何を言っている?
 この郷には資源が少ないから外の世界に頼らなくては維持ができない、というのがさっきまでの話だった筈。
 守矢のやろうとしていることは、そういったこの郷の弱みをカバーすることのできる、いわば救いの手にも相応しいもの。
 この郷の自立を可能とするものでしょう?
 それが目障りって、何故?
 いったいなんのデメリットがあるというの?

「はぁ。やっぱり理解できないのね」

 ヘソのあたりに拳が一発めり込んだ。
 ボキリという音が腹の中で響いた。

「天狗がこの郷で有するポジションとして“外の人間との交渉窓口”というものがあるの。もしその役目がなくなってごらんなさい。我らの郷での地位は確実に下がってしまうわ。ただでさえ近年は新興勢力が多いのに、これ以上パワーバランスが崩れた日にはこの幻想郷の暢気な空気はすぐに重苦しいものに変わるでしょう。一見平和なこの地だけれどその姿はあくまで表面的なもの。各勢力が各勢力を牽制しあっているのが現状よ。そのくらいはあなただって分かっているんじゃないの。
 そんな時に、母数において最大の勢力たる妖怪の山が、唐突にやって来た空気の読めない神による傍若無人な振る舞いによって役割を潰されたりなんかしたら、どうなるかしら。
 不可侵だった山はレジャーランドに様変わりしてしまうでしょうね。
 その結果我々の面子が失墜するだけならば百歩譲ってまだ良いとするわ。
 問題は、そうして崩れたパワーバランスにより生じる混乱。
 各々が牽制しあう状況が終わりを迎えれば、その時にはなにが生じるか分からないのが正直なところよ。
 最悪の事態としては各勢力が全て自由に異変を起こしてしまうでしょう。
 各々が巫女に解決できないレベルの異変を起こすことは考えづらい。しかし、それらが同時に生じた際にもたらされる混乱はこの郷に住む者全てにダメージを残すことは想像に難くない。
 そして、一度勢力間での問題が生じてしまえば。しかもそれが一つのいざこざではなく同時多発的に複数の組織間で生じてしまったら。

 最悪、この郷は戦火に燃やし尽くされるわ。
 あの吸血鬼異変をも超える混乱が生じてしまうでしょう。

 ……バランスと平和は同義のものなのよ。
 バランスは保たれてこそのもの。
 それは平和というものにおいても同じでしょ?
 不要な変化なんていらないし、誰も望まないわ。

 だから私たちは守矢に警告を与えた。
 革命を止めろ。これ以上の勝手で私たちの平和をかき乱すな、ってね」

 この郷の平和が脆い環境の上で成り立っている、とは聞いたことがある。
「スペルカードルールの導入という奇跡のようなアイデアで人外の者達はガス抜きができている。それが無ければこの郷は荒廃を免れられなかっただろう」……演説かなにかで天魔様がそんなことを言ってた筈だ。
 でも、だからといって、そんなに現状維持に必死となる必要があるの?
 そんな真面目に考えなくても大丈夫なんじゃないの?

「ある程度までの守矢の動きはこちらの望むところでもあったのよ。外からもたらされたモノの活かし方をあの方達は知っているからね。けど、あまりに自分たちの本位に動き過ぎた。これ以上は黙っていられない」

 パワーバランスの維持の為だけに工場を爆発させるなんて絶対無茶苦茶だと思う。
 中には山の同胞がいたんだよ? なに? 守矢に付き従った者への制裁とか?
 そんなの、横暴過ぎる。
 こんな手段に出る前にもっと平和的な解決法もあったんじゃないの?
 そもそも天狗がこんなことをいきなり仕掛けたことの方がよっぽどこの郷の平穏を崩す要素になるのでは。
 他の勢力がこの事態を見てどう動くかなんて分からない。それこそ、この暴力がきっかけで妖怪の本能に火が点くことだってあり得る。
 こんなこと、素直に認めるなんて無理だ。

「……まだ目に力が入ってるのね。自分のことを、社会の裏の出来事を掴んだ正義のジャーナリストだと思っているのかしら。いい加減空想にばかり目を向けるのはやめて現実について考えなさいよ」

 腹に、これまでで一番重い拳を沈め込まれた。
 意識が飛ぶのを確信した瞬間鼻を掌で打たれて痛みで意識が戻る。
 うまく前が見えない。
 コイツの言ってることは……、確かに分からなくもない。
 けれど、それは結局今回の強硬手段の正当化でしかない、と思う。
 もっと、時間はかかっても、こんなにきな臭い方法以外の策はあったでしょう。
 話し合いで解決する道もあったでしょう。
 真に幻想郷のことを考えているのならばそれがベストな筈だ。
 それを放棄して誰かを傷つけるような事件を勝手に起こした。
 例えこれが天魔様の意向だったとしても、私はこんな話、絶対に認めな



「そうそう。勘違い防止の為に言っておくけど、この計画って幻想郷の総意だから」



 ――え?



「私たちの独断じゃ無い、って言ってるのよ。そりゃ基本的には秘密裏の計画だけれど、話を通すべきところにはちゃんと通してるわ。紅魔館、永遠亭、地霊殿はこの計画に賛同してるし、他の勢力は明確な賛同は避けてるけれど反対意見も出さないっていう、いわゆる黙認状態ね。
 各々、妥当な判断でしょう。
 紅魔館が食料としてる人間は外の世界からの輸入頼りだし、永遠亭の医療に関する用具も外の世界から仕入れなければならないものが多いらしいし。地霊殿に関しては、輸入がどうこうではなく、単純に守矢による好き勝手な振る舞いに困っているらしいわね。勝手に自分のペットをワケの分からない計画の核にされたら、そりゃあ困るのが当然だと思うわ」

 頭の中が真っ白になった。
 この、横暴な事件が、幻想郷の総意?
 反対意見が出なかったっていうの?
 各勢力の、皆の考え?
 あの爆発が認められてる?
 嘘だ。
 この郷は、もっと
 え、いや、
 でも、外交バランスのことを考えると、それは正常な
 ……正常な判断、と言えてしまう、の?
 確かに、最初に勝手な行動をしたのは守矢だけど。
 でも、こんなの。
 こんなのを認めろだなんて

 ――地霊殿?

 混乱が止まない頭に突如浮かんだ事実。
“地霊殿がこの計画に賛同している”。
 コイツは今、確かにそう言った。
 この爆発事故が地霊殿の、おそらくは古明地さとりの考えを汲んだ上で行われたものであると。
 ……それじゃあこいしは?
 椛の腕の中で青い顔を晒しているこいしに目を向ける。

 あの子が読心で知った事実は。
 あの子が理解してしまったことは――。

「……こいしちゃんは、本当に知らなかったんでしょうね」

 私の視線を追ったのか、文は唐突に悲しみの響きを含んだ言葉を紡ぎだした。

「自身の思いと姉の思いの食い違い。もっとふたりが対話を行っていればそんなことは起きなかったでしょう。もし彼女が心を閉ざしていなければこんなことは起きなかったでしょう。……きっと、同じようなことをこいしちゃんも感じた筈だわ」

 先ほどまでの激情を押し込めた声とは異なる、まるで、後悔の念に責め立てられているような、そんな声。
 こいしの得たものはなんだったのだろう。
 自身の好きな者達のために命を削るような真似をして、そうして壁を越えた果てに見えたものが「愛する家族と自分の考えの差」だなんて。
「家族の考えすらも読み取ろうとしなかった自身の怠慢」という事実だなんて。
 自分の努力が全て無駄だった、なんて。
 その原因が、自分が心を閉ざしていたせいだなんて。
 自分のやっていたことが家族の意思にも世の中の意思にも反していただなんて!
 そんなのあんまりだ。
 あんまりだよ。
 コイツは本当に凄くて、自分のためじゃなくて、他者のために自分の弱さを打ち破ろうとして、それが本当に実現して、サードアイを開くだなんて、とんでもないことをやって、
 その結果がこれって。
 そんな。

「……これ程のことをやっておいて何を今更、とあなたは思うかもしれないけれど、私たちはできるだけ傷が残らないようにしようとしていた。あの爆発だって規模こそ大きいけれど、ちゃんと河童たちのいない場所を狙って起こしたのよ。必要規模の爆発が生じるエネルギーラインの選定を行い、暴発が生じないように極限まで力をコントロールして私は風刃を放った。それに、あなた知らなかったでしょうけれど、あの事件の時に担架で運び出されてたのって私たちの側の者たちなの。……全員がそうではなかったけれどね。少しは、まったくこの計画を知らない者を傷つけたりもしたわ。そこに関して言い逃れをしたりはしない。まぁ、そういったイレギュラーを救出するのも私たちの役目だったわけだけど。あなた、にとりを見つけたんでしょ? あの子は傷を負ってなかったから、とりあえず記憶を消して床に転がしておいて、他の負傷者を全て運び出した後に助け出す予定だったの。まさかあの子が飛び込んでくるとは流石にシュミレーションしてなかったわ。……内部実行班にもう少しメンバーを割くことができればもっとスムーズに事を運べたんだけどね」

 なんなのよ。
 なんで、「できるだけ傷が残らないようにした」なんてことを言うのよ。
 そんなの只の身勝手だ。
 アンタらの配慮なんて分かりたくない。
 そんな、まるで、「私たちだって辛いんだ」みたいなメッセージなんて知らない。
「辛い上でやらなければいけなかった」みたいな言葉なんて聞きたくない!
 正しいのは私たちだ、みたいな顔をしないで!

「これで、事実は全て語ったわ。本題はここからよ」

 もう嫌だ。分からない。
 全然分かんないよ。
 いったいなにをどうするのが正解なのよ。

「はたて。あなた、私たちの仲間になりなさい」

 コイツは、本当に、

「さもなければ、私はあなたを殺さなければいけない」

 腹に拳がまた一つ叩き込まれた。
 締められた首の内部に血がせり上がり、行き場のない熱が心を侵す。
 苦しくて、苦しくて、苦しくて。
 今になってやっと気がついた。
 涙とか鼻水とかがグシャグシャになっている。
 私、泣いて

 顔面に掌を打ち込まれた。

 月が酷く眩しい。
 すべてがボヤけて見える。
 鼻から血が出る熱さを感じて、口の中に鉄っぽい味が満ちる。
 身体が拒否反応を起こそうとしていて息を吐こうと必死に震えるけれど肋骨が崩壊するだけで痛くて痛くてなにもできないまま意識が遠のいていく感覚がゆっくりと、死が近づいてくることを理解した。

 もう脳が動かない。

「選びなさい、はたて。ここで死ぬ? それとも、私たちと一緒にこれからを生きる?」

 頬を張られた。
 もう息もできない。
 このままじゃ本当に死んでしまう。
 胸の中心に爪を突き立てられた。

「五」

 ズブリと爪が胸に刺さり、

「四」

 ズクズクと指先が身体に入っていき、

「三」

 止まることなく文は手を突き入れて、
 血がドロドロと溢れ
 え、
 ねぇ、待っ

「二」

 心肺に至る。
 痛みで振動する身体のせいで血管が余計に陵辱される。
 やめて。
 このままじゃ本当に死

「一」

 嫌だ。
 ガチガチと奥歯が鳴る。
 痛くて苦しくて怖い。
 やめて。
 死にたくない。

 死にたくない。

 首に込められた力が消えた。

「はたて?」

 最後の問いに

「死……、たく、ない……」

 私は

「あなたがここで死ぬのはもったいない。さぁ、私たちと一緒に来なさい」

 残っている力の全てを振り絞って頷い

「――まぁ、このくらいが限界かしらね。もうちょっと根性があると思ったんだけどねぇ」



 言葉と共に背後からポンと、八坂様が文の肩に手を置いた。



「――文さん!!」
「早まるな椛ッ!」

 旋風が夜空を支配し、山が音を立てて震えた。

「そう堅くなりなさんな、おふたりさん。その手にある者をこちらに渡しなさい」

 神の一声に文は笑顔を浮かべた。
頬には汗が一筋流れている。

「これはこれは八坂様。このふたりは我々天狗が責任を持って保護しますよ? 八坂様のお手を煩わせるようなことはありません」
「聞こえなかったか、文? 私はそのふたりを引き渡せと言っているのだけれど」
「あぁ、それは、大変失礼を致しました。椛、こいしさんを」
「文さん……!」
「それで良い。早苗、ふたりを頼む」
「かしこまりました」

 いつの間にか八坂様の背後にいた早苗がこちらに進み出てくる。
 文が私の胸から手を引き抜いた。
 胸から血が溢れた。
 そして早苗に抱き止められた。

 意識が黒く塗り潰された。

 もう何も考えたくなかった。

 ただ、疲れた。









 
『閃光少女 ↑』に続きます。
即奏
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.1730簡易評価
1.80名前が無い程度の能力削除
いい感じ
3.50奇声を発する程度の能力削除
うーん、これからどうなる…
15.60名前が無い程度の能力削除
VSOPの時もそうだったけど、導入にやたらあれこれ手かけ過ぎて、逆に読み進めにくいなう
読んでいけばおもしろくはなるんだけど、おもしろくなるまでが、なかなか大変
これは読む側の立場のわがままなのはわかってるけど、もちっと読み手にフレンドリーな構成にしてもらえると、もっといっぱいの人が楽しみやすいなあきっと
この物語をもっと多くの人にも読んでもらいたいと、思う作品でした

ストーリー自体はとっても好み
はたてのキャ付けが、青臭くうぶくてキュートで、むずがゆくていい!
しかし、それがどれだけ上手に描かれているかというと、あと一歩肉感というか、生っぽさが物足りない感じで、
キャラ付けは好きなんだけど、実際にキャラ動いてるところみると、いまいち好きなりきれなくてヤキモキが残っちゃう
34.90名前が無い程度の能力削除
はたたん、主人公してんなー。こんないい作品があったとは