Coolier - 新生・東方創想話

双角

2011/04/16 15:25:55
最終更新
サイズ
12.72KB
ページ数
1
閲覧数
379
評価数
4/14
POINT
810
Rate
11.13

分類タグ

歳だけは一人前を楽々、通り越すくらいに取っているのにも関わらず、いつまで経っても未熟者。
人の感情を読み取るというのは非常に難しく。慣れや経験などに頼っても、そう易々と察せられるものではない。決して。
だからこそ。発する言葉の一つ一つには気をつけたいものである。



慧音に「一緒に飲まないか」と誘われた。血液まで凍るのではないかと疑うほどに寒かった季節から、頭の中まで陽気に支配されてしまいそうな季節へと移ろう時。
そんな時期の。満月になる日の前日のことだ。

「お約束」というやつである。月が満ちて欠けて、欠けて満ちて。そうやって時が過ぎていくのに合わせて、誘いは訪れる。
日というものが、朝になれば昇り、夕になれば落ちるのは当然である。それと同様に、月のパズルが完成される日の、その前日に、彼女は私を誘う。
この「お約束」がいつ始まったのか、記憶には残っていない。むかしむかし、で始まるくらいに昔だった気もするし、指折り数えるに片手の指で足りるほどに最近のことのようにも思う。
首を捻ってみたり、顎に手を当ててみたり、逆立ちしながら考えてみたこともあったが、結局、思い出すことは出来ないのだった。挙句に、そうやって考えた回数すらも覚えてはいない。
こうしてみると、あまりにも定まらない自分の記憶力の無さに少し落胆するが、逆に覚えていることもある。大したことではないのに、それなのに何故か覚えていること。
記憶にある限りの最初の時も、そして今回まで。帽子を見たことはなかった。特徴的で目を引くに十分な帽子を、何故か誘いに来るときは被らずに会いに来るのだ。
それにどういう意味があるのかは、推すことはできないけれども。日を鈍く反射させる青白い髪の毛は、普段と違ってその日だけ、少しだけ色褪せて見えるのだ。



一度、意地悪をしたことがあった。どうしてかと聞かれたら返答に困るが、それはきっと。ささやかな興味と僅かな好奇心とちょっぴりの疎ましさと少しの悪意とで。

いつも通りの満月の一つ前の日だった。日差しの残り香が肌を焦がすように熱かったのを覚えている。
その時は、絶対に見つからないようにと、竹林の奥の奥の奥深いところに隠れていたのだが。どうしてか見つけ出されてしまったのだった。
驚きを隠すことなどできようはずもなかった。誰も、私でさえもどこであるか把握できるか怪しい場所だったのに。日が暮れる間もなく辿り着いたのだから。
誰かに道案内でもしてもらったのだろうかと疑わざるを得なかった。しかし、そんなことはあろうはずもなく。やはり彼女は一人きりで会いに来ており、
ただ。いつも身だしなみに気をつけているのに、髪の毛に竹の葉が引っ掛かっており、顎に一滴の雫を躍らせていた。袖口の色が変わっていたのも覚えている。そんな彼女は表情こそ落ち着いたものだったが。
三日月の夜の明るさに似た瞳を見て。とても悪いことをしたと思った。



縁側に座って片手の掌からはみ出るくらいの杯を傾ける。薄らとした雲が僅かにかかる空から吹き込む風が揺らした小さな泉は、少しの音も立てることなく小川と変じ、口へと流れていった。
昼間は暖かさを感じるにも関わらず、未だ夜風は冷たく、肩口に吹き込む風に思わず首をすくめてしまうし。ときおり手を擦り合わせたくなる。試しに口から吐いた息は白くはならず、大きめな音へ変じた。
寒いなあ、とぼやいてみれば。身体も一度、飛び上がっているのではと思ってしまうほど大きく震え、言葉通りの反応をしてしまうから困ったものだ。
わざわざ身体の冷える場所ではなくて、暖かい室内が良いのではとも思うのだが。
それでも、悪くない。そう思わせるほどにはここから眺めることができる景色を気に入っている。時間などいくらでもあるのだから、月に一度くらいは譲ってやっても良いと思うようになったのは最近のことだ。

手元から目線を上げる。硝子でできている透き通った黒色の夜空を背景に、真冬の帽子を被った大きな山は央にあって、灯火となり。そこだけ黒色から浮き出るのだった。
手で伸ばして振れば霧散してしまいそうに薄ぼんやりとしている雲は、その山の頭から零れ落ちた雪の集まりなのかもしれない。
そう考えてみれば、なるほど。山の上に散っている点の星々は降り舞う雪粒である。積もっ星雪は山の白帽子に煌きを装飾して、より夜に映えさせ。見事なものであった。

冷たい風を直に感じているだろうその山を思えば。
寒そうだなあ。とぼやけば。
きっと、くしゃみの一つくらいしてるだろうな。と相づちが。
その声に釣られて顔を向ければ、相手もまたこちらに顔を向けて。そして小さく笑いを零した。あまりに小さくて呼吸音なのかと疑ったが、やはり笑い声であった。

右隣に置かれた杯の中の水面は、風による波紋の一つもなく、動いておらず。口をつけたであろう一箇所を除いて、縁は乾いており、月明かりを鈍く反射させている。
杯の内側に塗られた上品で鮮やかな朱色は、夜の刻の薄い膜で上塗りされて。この空間に在っての和を乱すことのないように、寂びを感じさせる彩りとなっている。
角度をつけて水面で月を転がせば、それは酒の中に溶け出して白黄色に染みる。そうして、もう一度仰げば、また味もひときわ濃くなって舌と喉を楽しませてくれるというものだ。
手元の朱色の中に丸い白色が浮かぶに対して、隣の赤の中には丸い黒色が沈んでいる。
彼女は赤い。いつもは落ち着きある茶色の目だが、満月の日は赤くなる。今日だけ赤いのだ。
それは、到底、人間では成り得ない深みある紅である。

瞳の奥。奥の更なる奥に、捻れる茶黒い色を見ることができる。まばたきすれば千切れるのでは、と心配になる脆さを感じさせるそれは、揺れることなく。ひたすらに夜空の円を据えていた。
その色は、普段の彼女の色。人間の色と同じもの。目を回しそうな奇天烈な赤色とは真逆の色であった。

どちらとも声を掛けることもなく。何の会話も生まれはしない。ただ、口を濡らしているだけだった。
しかし。

「満月の日は嫌いだ」

そう呟く声が聞こえた。彼女の方を見てみても、薄明かりにぼかされた表情から感情を読み取ることはできず。夜なのにも関わらず、髪の毛の影が深く見えた。そのせいで、顔色が悪く思えてならなかった。
言葉は続けて来なかった。そこで途切れて。本来なら気にもならない衣擦れの音だけが、この、ひらけているのに狭い空間を埋め尽くした。
伝わってくるものといえば。仄かな甘みと、すっと鼻の奥に抜ける刺激の酒の香りが風に運ばれてくるだけである。
衣擦れの音もすぐに途切れ、二人でいるのに、何の音もない。耳が聞こえなくなったのではないかと疑ってしまいそうにすらなる。

「どうして?」

だから、そう聞いた。
片手で容易く覆い隠せてしまう小さな喉が発した、「語りかける」よりも小さな声は。この無音に限りなく近かった空間には充分を過ぎるほどに大きくて。きっとあの山にも、もしかしたら月にまで届いているかもしれない。
返事はない。その代わり、横の杯がゆっくりと取り上げられるのだった。その杯の水面には幾つかの波が生まれて、夜空の照明を反射させており。
そうやって酒面に反射した月光が目頭から頬、流れて、おとがい、を拭き。揺れ惑う涙になる。
白日のもとでは血色良く艶めく肌も月下に浸かれば色も抜け落ち。硝子製の人肌は溶けるような白色で、煌めく緑銀の髪の毛との境目は曖昧である。

「今日は、きっと寒いんだろうな」
「ん、ああ。冷えるよ」
「皆が風邪を引かないか心配だよ」

憂い笑い言う。今日の私は人間ではないから、寒いと感じないのだ、と。
便利なものだと、彼女は大げさに笑ってみせる。楽しそうな声なのに、どうしてか釣られて笑う気にはなれなかった。
何か言葉を返すことも、きっと適切ではないのだろう。横顔に見える目線は遠く、山を、空を、月を。いや、もっと近くて別のものを見ているのだった。
それは今まで何度も見たことがあるのに、一度たりとも私には向けたことはない、か弱いものを慈しむ視線だった。

白い角に結わえられた赤いリボンが、視界に揺れて。普段とは少しだけ違うその髪の毛の色を際立たせているようだった。
人とは一線を画するそれを、人を装う道具で飾る。不思議なものだ。
その赤を手で、しきりに触れる癖がある。何回目かも分からなくなった縁側でのやり取りを通じて気付いたことだ。
無意識なのか、意識的なのかは分からないけれど、杯を一度、傾ける間に少なくとも二回は触れる。
触れた後に。瞳が少しだけ揺れる。右上に。何を感じているのかは、分からない。
ただ、面白いことでない、ということだけは確かだ。

一匹だけ虫が泣いていた。
鈴を転がし振り虐めた甲高い声は心寂しい。



満月というと、人ならざる者が力を増すというのは広く知られている。

もっと警戒すべきなのでは、と促したこともあった。
彼女の答えは一言で。大丈夫だ。
曰わく。何が危険でどうすれば良いのか。そんなことは本人たちが誰よりも知っているのだそうだ。
言い切る言葉は強く。恥ずかしいことを聞いてしまったのではと思わずにはいられなかった

どうして誘うのか。

そう訊ねてみた。何故今日に限って聞けたのか、自分でも不思議でならない。
その問いはいつも疑問に思ってはいたが、いざ聞こうと思うと、喉が、舌が、唇が、固まってしまって。いつも機会を逃していたのだった。

けれど、言葉にした後で、やはり訊ねないほうが良かったのではないか、と。
答えは、どうしてだろうなあ、と曖昧なものだった。もしかしたら、理由などないのかもしれない。
ただ、安心する。のだ、そうだ。

人間となんら変わらない外見であるのに、その実、そこらの妖怪よりも化け物じみている。
だから、安心する。外見など取るに足りない要素なのだと。
酷いことを言われたとは思わなかった。むしろ、その通りだと、愉快ささえ感じたくらいだ。そんな笑いを負の方向に受け取ったのか、慌てて謝罪と弁解の言葉を並べて差し出す。
それの姿が、また、おかしくて。ますます笑ってしまうのに。



酒の量が半分を下回る頃になると、もう一人。この縁側を訪れる者がいる。音の一つも立てることなく、気付けば庭の端に現れているのだ。
それがあわられると月を覆っていた雲は急に消え去り、彼女の影も、また。
招かれざる客というわけでもないが、招いた覚えもないらしい。
しかし、彼女はそれを拒むことはしない。だから、その人物もこの縁側の常連となっている。

「おいっす」

その一言と、片手を挙げるだけの実に簡単な挨拶。それも「お約束」というやつである。
勝手に縁側に座って、暗い顔してるね、と慧音の肩を叩くと盛大に笑うのだ。
初めは失礼な奴だと思ったけれども。陰鬱な表情をしていた慧音の目が少しだけ大きくなったのを見て、怒るつもりもなくなった。
名前は知らない。向こうが名乗らなかったからだ。だから、私も名前を教えてはいない。
外見は実に変わっている。なんせ、人ではないことが明らかだから。頭から生えた二本の角を見れば、学のない子供でも容易に察することだろう。
人里に妖怪と思しき者が立ち入っているのはどうかと思うのだが。私とこいつは知り合いじゃないけど、慧音とこいつは友達らしく。特別、警戒する素振りも見せはしない。
慧音に以前、訊ねた覚えがある。鬼らしい。それも、とても変わり者の鬼らしい。そう語るときの慧音の目はとても穏やかな色をしていた。だから。きっと大丈夫なのだ。

四つの角に二つの赤いリボン。向かって左に一ずつ。
色も形も似ても似つかないのだが、見れば見るほどに、瓜二つに思えてならないのだった。

「笑い声と酒の香りに誘われたのさ」

澄ました顔で胸を張る小鬼も、随分な変わり者である。
化粧をしたわけでもあるまいに、頬が赤いのも如何なものだ。空にした杯に勝手に酒を注ぐのも、なかなかに厄介である。
火を使うに自分の身体まで燃えやしないか、実に心配である。
明るい気質の持ち主と言うべきか、お気楽能天気と表現するべきなのか。
何にしても、その性格は頭を抱えがちな半獣の彼女には良い薬であるのは間違いない。

鬼の話は血の気の多いものかと言われれば、そうではなく。意外と身近なものである。
例えば、里の八百屋の主人が葉っぱに滑って転んだ話だったり、井戸端会議を朝から日暮れまでしていた主婦たちの話しだったり。雑貨屋の店の裏に猫が住み着いたことだったり。
そんな他愛のないことを、目の前で見ていたのかと思うほど仔細に語る。どこで見ていたのだろうと疑問に思うがわざわざ訊ねるほどのことでもあるまい。

実に穏やかな時間だった。
声高らかな笑いと静かな笑い声。
反する二つの同じ音は景色を響き満たして心地良く。そこにいる私の目尻も脱力する。
泣いていた虫も鳴き出す。



濃さを増した夜は重ね塗られて、弱々しい星の斑は描き直されてしまう。丸々と転がる月はより明々と黒い空に示しあがる。
風に抱きしめられ続けた空気は徐々に体温を零してしまい、両手に吐きつけた息は透明ではなく、白色が混ざっていた。
それでも寒いと感じないのは、呷り止まぬ杯のせいだろうか。 吐く息に酒気を感じさせるほどに時を呑むと。雰囲気もまた酔いを深める。
虫は酔い潰れ、鳴りを潜め。山も酔い倒れ、いびきをかいて眠る。
景色たちが席を外すのに合わせて。そうして、口数も減っていった。

ぽん、ぽん
から

ぽつ、ぽつ
へと

ぽつり、ぽつり
になって。

それから一人が呟いた。

「鬼みたいだね」

本物の鬼がそう漏らした。いや、漏らしたというのは間違いである。いつの間にか、月を眺めていたであろうその視線は、私を跨いで隣の白い角を見つめていたから。
風に吹かれて靡く服の裾の音と間違うほどに小さな声なのに、しっかりと鼓膜を揺らして心に大きく響いたのは何故だろうか。
何を思って口にしたのか。それを知ることはできない。
しかし、これまでと違って、ふざけた響きや楽しそうな雰囲気は微塵もなかった。それだけは確かである。
響きの波が空に解けた後、喉に絡まった空気を飛ばす音が聞こえた。それも同じく小鬼のものであった。

白い色に赤みが混じった。
綺麗な白い彼女には到底不似合いな、不愉快な赤である。
赤は増す増す首筋までに広がり。
滲み揺れる瞳の紅とは逆の鮮烈な赤へと。
分からない私には。その言葉が、彼女に何を思わせたのか。何を感じさせたのか。
分かるのは。それが彼女にとって良い気分にさせるものではないということだけだった。

小鬼の口は動かなかった。眼球も動かなかった。じっと。ただ、少しばつの悪そうな顔をしていた。
そうか、という音が、その通りだなと、という声が、やけに耳に留まっていた。

赤いリボンがわずかに揺れて。彼女はなるほど鬼であった。赤鬼であった。泣いた赤鬼であった。



それから、しばらくもしないうちに。酒は底を尽きた。



月が満ちて欠けて、そして再び丸くなる。長いように思えるそれも、衣装の準備に勤しむ植物たちを眺めていれば、意外と早くに経つものだ。
今回は私から誘った。断られるのではないかとも思ったが、そんなことはなかった。

夜が来て、いつものように私は彼女の家を訪ね。彼女のいつもよりも高めの声で、ようこそ、と挨拶をする。出迎える姿もまた、いつもと同じだった。
違った点を挙げるのならば。

その日は三人目の客はなかったのと、酒がちょっぴり上質なものになっていたこと。
それから、リボンが綺麗な紫色であったことだろうか。
いつものように縁側に座って杯を傾けながら見る月に、雲はかかってはいなかった。

酒に彩られた彼女は、なるほど赤鬼であった。
言葉とは難しいものです。読んでいただいてありがとうございました。
もえてドーン
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.420簡易評価
5.100名前が無い程度の能力削除
静かな、そして濃厚な酒宴だったように感じました。
いいですね、こんなメンバーで不思議に酒を飲むのも。
7.90名前が無い程度の能力削除
もうちょっと続きを読んでみたかったです
10.100名前が無い程度の能力削除
妹紅が慧音に一番近い位置にいながらも傍観者のように淡々としており、物語中の風景や妹紅の感じた事を鮮やかに表現しているのに対し、慧音と萃香の心情や行動をおぼろげに表現されていた事が印象に残りました。
文章全体の印象としては、詩的でありながらも堅実でしっかりとした文体に思えました。

また、口をつけた箇所だけが濡れているという杯の描写、非常に巧みだと感じました。
11.100名前が無い程度の能力削除
この三者とは珍しい、と思って読み始めたのですが大正解。
淡々と演者でありながら傍観する妹紅が素敵でした。