Coolier - 新生・東方創想話

風邪をひく時

2011/04/13 22:14:45
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 くしゃみ、鼻水、鼻づまり、咳に頭痛に発熱、さらに体のだるさ。
 素人ながらも診断するとこれは

「風邪……だな……」

 森近霖之助は布団の中で一人ごちた。



***



 しかし、風邪を引くなんてどれくらいぶりだろうか。それこそ何十年ぶりに等しいくらいだ。あまりに久しぶりすぎて風邪というのを完全に忘れていた。おかげで体がだるいのに数日そのままで過ごし、つい先ほど意識が飛びかけてやっと自分が風邪を引いたということに気がついた。
 我ながらなんとも間抜けな話である。
 これでは当然店なんてできるわけもなく、しばらくは休業だな。といってもここが休業しても誰も困らないが……あまりに事実なので考えを頭から振り払う。
 とにかく、今日はゆっくり安静にして風邪を治すとしよう。
 僕は眠るために瞼を閉じた。

「おっす香霖! 居るか? 遊びに来たぜ」

 盛大に扉を開ける音と共に聞きなれた声が店の中に入ってきた。
 ため息が出た。

「ありゃ? いないのか? おーい香霖?」

 母屋のほうまで探しに来た魔理沙が布団の中の僕を見つける。

「なんだいたのか。だったら返事位しろよ」

 それができるたら店先にいるよ。

「どうしたんだ? もう昼だってのに布団に入って。三年寝太郎でも目指しているのか?」
「風邪を……引いたんだよ」

 僕は何とか返事をした。

「あれ? 香霖は病気にならないって前言ってなかったか?」
「いつそんな事を言った。僕は病気に『なりにくい』と言ったんだ」

 おかげで抗体というのが少なくて一度かかるとかなり酷いことになる。
 便利なのか不便なのか……

「そうだったのか」

 魔理沙が僕の隣に腰を下ろす。

「しかしまあ初めてだぜ。病気になった香霖を見たのは」
「それはそうだろう……僕だって風邪を引いたのは何十年ぶりのことだ……」
「なら、これはかなり貴重な光景ということだな」
「そうだね……」
「ちょっと待てよ? 今香霖が動けないということは今なら店にある物盗り放題ってことか」
「はぁ……」

 呆れてため息が出た。

「……そんなに酷いのか? 風邪」

 魔理沙が心配そうな顔で覗き込んでくる。
 どうやらため息の意味を違う取り方をしたようだ。

「大丈夫だよ。寝ていたら治るから」

 心配かけまいと僕はできるだけ平常な声で返事をした。
 それを聞いて安心したのか。魔理沙に再び笑顔が戻る。

「そっか。なら心配は要らないな。ああそうだ香霖。これから私は用事があるからずっと看病というのはできないが、お粥くらいなら作ってやるぜ。食べるか?」
「ああ、頂こう」

 食べなくても大丈夫だが栄養を摂取して損はない。

「そうか。んじゃちょっと待ってな」

 そういって魔理沙は台所へと消えていった。
 毎度のことながらにぎやかな娘だな。しかしまあ、お陰でこちらも沈んでいた気分を持ち直せた。
 そう思いながら僕はお粥を待つことにした。
 しばらくすると、土鍋を持った魔理沙が戻ってくる。

「できたぜ」
「ありがとう」

 僕は布団から体を起こした。

「食べさせてやろうか? ほら、あーん」
「遠慮しておくよ」

 魔理沙から土鍋を受け取る。
 卵粥だった。

「んじゃ。私はもう行くぜ。ちゃんと治せよ?」
「ああ、助かったよ」

 そういって魔理沙は店を去っていった。
 それを見送った後、僕は卵粥を口に運んだ。
 
 熱かったが、美味かった。



***



 卵粥を平らげた僕は再び布団の中に戻った。

「ふう……」

 粥のお陰か幾分か体が楽になった気がする。
 それに満腹感も手伝って眠気も出てきたようだ。
 僕はゆっくり瞼を閉じた。

「居るかしら?」

 また聞き覚えある声が店のほうから聞こえた。

「あれ? いない。珍しいわね。霖之助さんが居ないなんて」

 そう言いながらも奥までやってきた霊夢。

「なんだ。居るじゃない。返事位しなさいよ」

 だからそれができたら……

「どうしたの? 布団なんかに入って。ぎっくり腰?」
「風邪を引いたんだよ」
「あれ。霖之助さんって病気にならないって前言ってなかったかしら?」
「言ってないよ」
「まあどうでもいいんだけどね」

 どうでもいいのか。

「それで……何しにきたんだい?」
「お茶がなくなったからもらいに来たんだけど」

 どうせ勝手に持って行くだろう。いつものことだ。それに今の僕にはそれを止める元気もないから好きなだけ持っていける。

「今日はやめておくわ」

 いつものことではなったことに僕は驚いた。

「どうしたんだい? いつもは駄目だといっても勝手に持っていくじゃないか」
「そんな気分じゃなくなったのよ」

 そういって霊夢は僕の隣に座った。

「それで、風邪ですって?」
「ああ、見ての通りだ」
「酷いの?」
「いや、今は大分マシになったほうだよ」
「そう。それにしてもすごい汗ね」
「ん? ああ」

 先ほど粥を食べたせいだろう。体中汗だくだった。
 道理でさっきから不快な感覚に苛まれるわけだ。

「ほら起き上がって。汗を拭いてあげるわ」

 霊夢の思いがけない申し出に僕は面を食らった。

「いや、いいよ。それくらい自分で―――」
「いいから。一人じゃ背中とか手の届かないところ拭けないでしょ。中途半端にするほうが逆に風邪を悪化させるわ」

 そう言われてしまうとこちらとしては言い返せない。
 仕方なく僕は体を起き上がらせた。

「ほら。服脱いで」

 催促されるがままに僕は服を脱ぐ。
 棚から取ってきた手ぬぐいを片手に霊夢は僕の背後に回り、汗を拭き始める。
 
「しかし、珍しいね。霊夢がこんなことしてくれるなんて」
「私にだってこれくらいの優しさは持っているわよ」
「それは知らなかったな」
「これからは覚えておきなさい」

 優しい手つきだった。強すぎず、弱すぎず、それでいてしっかりと丁寧に汗をふき取ってくれた。

「終わったわよ。後は自分でも拭けるでしょ」
「ああ、ありがとう」

 拭き終わると霊夢は立ち上がった。

「それじゃ、私はこれから用事があるから行くわ。ちゃんと安静にしているのよ」
「ああ。今日はもう寝るよ」

 そういって霊夢は去っていった。
 それを見送って僕は再び布団に戻る。
 
 さっきまでの不快感はなくなっていた。



***



「客が来たというのに居眠りなんて。最低な店ね。ここは」

 まどろんでいた意識が呼び戻される。
 閉じていた瞼を開けると、そこにはレミリアと咲夜がいた。
 あまりに意外な人物に僕は面を食らった。

「あ、やっと起きた」
「なんで君たちがここに?」
「客が店に来るのは常識よ。といってもここは店主が居眠りしながら客を出迎える常識はずれな店だけど」

 レミリアが寝転がる僕を見下ろしながら睨む。

「仕方ないだろう。風邪を引いているんだから」
「風邪引いているの? 貴方」
「ああ」
「ふーん」

 全く興味のないといった返事だった。

「そういうわけだから今日は店はやっていないんだ。すまないが用があるなら後日にしてくれないか」

 そう言ったのにレミリアは腰を下ろした。咲夜も少し後ろで同じように腰を下ろす。

「後日にしてくれといったんだが?」
「そんなの知ったこっちゃないわ。貴方がいかなる状況であろうと私が来た以上接客してもらうわ」

 なんという唯我独尊。

「それで……ご用件は?」
「別に。近くを通ったから寄っただけ」

 ならさっさと帰ってくれ。といっても聞かないだろうなぁ……

「それにしても埃っぽいわねここは。碌な掃除してないでしょ」
「一応しているんだけどね」
「目の見えるところしかやってないんでしょ? それ以前に見えているところもできてないじゃない」

 否定できなかった。

「まったく……これじゃ私まで風邪を引くわ」
「妖怪は病気にならないんじゃなかったのかい?」
「皮肉に決まっているでしょ」

さいですか……

「とにかく。こんな不快なところにはいたくないわ」

 やっと帰るか……と僕が安堵していると

「だから咲夜。ここを掃除しなさい」

 などとほざいた。

「かしこまりました」
「ちょ……ちょっと待ってくれ!」

 立ち上がり掃除の準備を始める咲夜。
 僕は慌てて起き上がった。

「何でそうなるんだ!?」
「あんたがちゃんと掃除しないのがいけないんでしょうが」
「だからって何で君が掃除するんだ!?」
「何で私が掃除するのよ。掃除をするのは咲夜よ」
「そんなことを聞いているんじゃない! 何で掃除をする必要があるんだと聞いているんだ!?」
「貴方バカ? ここが埃っぽいってさっき言ったばかりでしょ」
「そうじゃない!」
「うるさいわね。ほら、あんたもここにいたら邪魔になるんだから部屋を出るわよ」

 問答無用といわんばかりにレミリアは僕の腕をつかみ、外へと引っ張り出す。

「それじゃ。後は頼んだわよ」
「はい。お嬢様」
「ちょっとま……!」

 ぴしゃりと扉は閉められた。
 部屋を追い出された僕は慌てて半纏を引っ張り出した。
 これを着るのも何年ぶりだ……

「ちょっと。ここは客にお茶も出さないの?」

 僕がいつも腰を下ろしている勘定台の椅子に腰を下ろしながら赤い悪魔は更なる悪行を口にした。

「君は僕が風邪を引いているというのを解っているのかい?」
「知っているわよ。だからお茶を出しなさい。紅茶が飲みたいわ」

 ここまでくるともはや反論する気力すらなくなる。
 ため息をひとつ付き、僕はお茶を入れる。ついでだから自分の分も入れた。

「ほら」
「どうも」

 カップをレミリアに渡す。

「あまりいい物じゃないわね」
「それしかなかったんだよ」
「次来た時はもっとマシなものを出しなさい」

 そういってレミリアは紅茶を飲み始めた。
 いつもの席はレミリアに取られているため、僕は立ったままだ。
 しばらくの間、特に会話をすることもなく、僕たちは黙々と紅茶を飲み続けていた。
 
「ねぇ、知ってる?」

 レミリアが誰ともなくつぶやくように口を開いた。
 僕はあえて返事をせず、聞き耳だけを立てていた。
 それでも彼女は言葉を続けた。

「お茶にはね。抗菌作用があるんだって」

 それは僕も知っている。
 お茶にはカテキンと呼ばれるものが含まれている。
 それがウイルスと細胞の結合を防いでくれるのだ。
 故に風邪の予防などにもよく使われる。
 それだけではなく、お茶にはウイルスの感染力まで低下させる効果まであるため、かかってから飲むと周りのものにうつす心配も減るのだ。
 それくらい知っていて当然だ。
 馬鹿にされているのかと思ったが、同時に疑問が浮かんだ。
 なぜ突然そんなことを彼女は言ったんだろう?
 それだけではない。先ほどのように人の部屋の掃除をしろなど、とても彼女の口から出るような命令ではないはずだ。
 なのに何故あんなことを?
 少し思案して、納得がいった。
 ああ、なるほど。
 僕は自然と笑みを浮かべていた。

「なに笑ってるのよ」

 答えは単純だった。
 これは彼女なりの気遣いということか。

「いや、なんでもないよ」
 
だから僕はこう答えることにした。

「それは知らなかったな」
「やっぱりあなたは馬鹿よ」

 僕は紅茶をいつも以上に味わいながら飲んだ。

「お待たせしました」

 紅茶を飲み終えると同時に、ちょうど掃除を終えた咲夜が部屋から出てくる。

「お疲れ様」

 一応掃除をしてくれた彼女に労いの言葉を僕はかけた。

「いえいえ。掃除しがいのあるお部屋でしたよ」
「そうかい……」

 皮肉なのか本心なのかわからず、僕は苦笑いを浮かべた。

「咲夜。帰るわよ」 
 
 突然の主人の帰宅宣言に咲夜は少し驚いた。

「もう帰るのですか?」
「そうよ。やっぱりこの店は最悪だわ。だからもう帰るの。それに用事があるから」
「……そうですか」

 せっかく掃除したのに、とつぶやく声が聞こえた気がした。
 ドアに向かっていたレミリアがこちらに振り返る。

「今度来たとき、また同じことになっていたらこの店が物理的になくなると思いなさい」
「肝に銘じておこう。それと、ありがとう」
「お礼を言われる意味がわからないわ」

 そういって彼女は店の外へと出て行った。
 それを見送った僕は母屋へと戻る。
 見た目はなんら変わったところは何もなかった。しかし、入った瞬間わかった。
 
 初めてかもしれない。自分の家の空気がおいしいと感じたのは。



***



 僕は布団の中で眠りなおしていた。
 みんなのおかげでさっきまで楽だったけど、再び息苦しさが出てきた。
 どうやら体が本格的に回復を始めたようだ。

「ふぅ……はぁ……」

 呼吸が荒い。
 おかげで深く眠れず、ずっと浅い意識の中を彷徨っていた。
 無理にでも眠らなければ。
 そう思っているのだが、そう思えば思うほど眠れる気が失せていく。

「はぁ……はぁ……」

 息ばかりが荒くなる。体に力が入らない。寝返りすら打てない。
 なのに身体の辛さだけが如実に伝わってくる。
 死ぬかもしれない。
 一度弱音が出るとそれは止めどなく溢れてきた。
 辛い……苦しい……助けて……死にそうだ……誰か……助けてくれ。
 僕の中で不安がどんどん大きくなるのがわかる。
 それを止める術を今の僕にはない。そして、ここには誰もいない。
 ああ、こんな風に僕は一人で死ぬのか。

「大丈夫」

 声が聞こえた。
 女性の声。
 僕は声の主を見るため目を開けようとする。しかし、うまく開かない。輪郭がぼやけて見える。
 わずかに分かるのは金髪の長い髪をした女性だということだけだった。
 彼女は僕の頭にそっと手を乗せた。
 体は熱いのに、なぜか触れられたところだけ暖かいと感じた。

「貴方は一人じゃないわ。少なくとも今は私がそばにいてあげる」

 そして、彼女は僕の頭をやさしく撫でた。
 不思議な感覚だ。
 さっきまであった不安な気持ちが消えて、安心感が心を満たしていく。

「……おやすみなさい」

 その言葉を最後に僕の意識は沈んでいった。
 


***



 目が覚める。
 体を起こし、窓の外を見ると大分暗くなっていた。
 どうやら随分と長く眠っていたようだ。
 僕は完全に暗くなる前に部屋に明かりを灯した。

「霖之助。居る?」

 入口からまた声が聞こえた。
 普段はめったに来ないのに、こういう時に限ってどうして千客万来なのだろう。
 わけのわからない理不尽さに不満を持ちながら僕は店先で客を出迎えた。

「ああ。居るよ」
「ちゃんといた様ね。それと遅くなってごめんなさい」

 客は永琳だった。手には薬箱を持っている。回診の途中で寄りに来たのだろうか。
 それにしては彼女は不思議なことを言ったな。

「遅くなってごめんって、今日は何か約束をしていたかな?」
「していないわ。それで、風邪のほうはもう大丈夫なの?」
「ああ、咳と鼻水がまだ出るけどだいぶ良くなったよ。って何で君が風邪のことを知っているんだい?」

 僕がそういうと彼女はクスクスと笑い始めた。
 僕は意味が分からず首をかしげた。

「ごめんなさい。それについては後で答えてあげるわ。だから先に治療しましょう」

 そう言って永琳は僕を部屋へと押し戻した。
 そのまま僕は大人しく彼女の診断を受ける。

「……心配ないわ。ただの風邪よ」
「そうか」
「ほとんど治っているけど、一応薬もらっておく?」
「あるなら貰っておこう。一日でも早く治したいからね」
「そう。じゃあちょっと待ってね」

 永琳が薬箱から風邪薬を探す。
 その間に僕は改めて先ほどの質問をした。

「それで、どうして君は僕が風邪だということを知っていたんだい?」
「それはね……ふふ」

 また笑った。
 いったい何がそんなにおかしいのだろうか?

「ごめんなさい。もう焦らさないから、そんな不機嫌な顔をやめて頂戴」

 そう思うならさっさと教えてほしいものだ。意味もわからないのに笑われるというのはあまり気分のいいものじゃない。

「頼まれたのよ」
「頼まれた?」
「ええ。あなたが風邪で苦しんでいるから治療に行ってほしいってね」

 いったい誰が? 

「あら。解らない?」
「……心当たりがないな」
「じゃあヒント。私に貴方の治療を頼みに来たのは五人よ。しかもその娘たちはそれぞれ別々の時間に来たわ」

 五人? そんなにもいるのか。しかし、僕は一日中家にいたのに何故そこまで知れ渡っているのだろうか。それに一度にではなく時間を置いてというのも気になる。
 僕が風邪だと知っているのは……

「……あ……」
「ふふ。解ったみたいね」

 僕は思い出す。そういえばここに来た娘は全員『用事がある』と言っていたのを。
 
「……あいつら」

 僕は口の両端が吊り上っていくのを抑えられなかった。

「ちゃんとお礼を言っておくのよ」
「ああ。次来た時はそれ相応のサービスをしておくよ。無論君にもね」
「私はいいわよ。医者として当然のことなんだから」
「それでは僕の気がおさまらない」
「そう。それじゃ遠慮なく受け取っておくわ」

 その後永琳は僕に風邪薬を渡して、薬箱を片手に立ち上った。

「それじゃ。そろそろ行くわ。ちゃんと安静にしているのよ? 治りかけが一番厄介なんだから」
「ああ。今日はもう寝るよ。わざわざ来てもらってすまないね」
「さっきも言ったでしょ。私は医者なんだから」

 そういって彼女は微笑んだ。

「ああ。そうだったね」

 僕もそれにつられて笑みを浮かべる

「それじゃあね」
「ああっと、すまない。ちょっと待ってくれ」

 立ち去ろうとする永琳を僕は慌てて呼びとめた。

「何?」
「いや、すまない。ちょっと気になることがあって」
「気になること?」
「君は五人の娘に頼まれたって言っていたね?」
「ええ。そうよ」

 しかしそれでは計算が合わない。店を訪れたのは、魔理沙、霊夢、レミリア、咲夜の四人だけ。それ以降は永琳が来るまで誰も来ていないはずだ。

「ああそういうこと。それじゃ教えてあげるわ。五人目は八雲紫よ」
「……え?」

 あまりに意外な名前に僕は驚きを隠せなかった。
 何故彼女が? という疑問とともに記憶が蘇る。
 僕が苦しんでいるとき、おぼろげながらも見えた金髪の女性の姿を。
 ……あれは彼女だったのか。

「思い出せた?」
「ああ。おかげで全員にちゃんとしたお礼ができる」
「それはよかったわ。それじゃ今度こそ行くわ。またね」
「ああ」

 永琳が店を後にするのを見送って、僕は布団に戻った。

 こんなに気分良く寝られるのは何年振りだろうか。



***



「おっす香霖!」
「居るかしら?」
「相変わらず汚い店ね」
「こんにちは」

 霊夢、魔理沙、レミリア、咲夜の四人が店を訪れる。
 僕は読んでいた本に栞を挟み、出迎えた。

「いらっしゃい。よく来たね。今お茶を入れるから待っていてくれ」

 店の奥へと引込み五人分のお茶を用意する。用意するお茶は霊夢にも知られていない秘蔵中の秘蔵のひとつ。
 特別なときに飲もうと考えていたが、今日がその時だろう。
 惜しむ気は全くなかった。特別ついでだ。これも出そう。
 五人分のお茶と茶請けの羊羹をお盆に乗せ、店先に戻る。
 そして、彼女たちにそれぞれ配って回った。

「お、何だ香霖。今日はやけに大盤振る舞いじゃないか」
「おいしい。これいつも隠しているお茶よりずっと良いお茶だわ」
「いつもこれを出してくれたらこの廃れた店の評判も少しは上がるんじゃないかしら?」
「そんなことをしたらこの店は破産だ」
「自信満々に情けないことを言いますね」
「どうしたの? こんなに出して」
「今日は機嫌がいいんだよ」
「珍しいな」
「そういう日もある」

 そう言って僕は自分用のお茶を飲もうとしたが、机の上に置いておいた湯呑みと羊羹がなくなっていた。
 辺りを見渡すと、床に一枚の紙が落ちていた。拾ってみるとそこには一言、「ごちそうさま」とだけ書かれていた。

「……はは」

 僕は苦笑しかできなかった。
 
「どうしたの?」
「いやなに……ちょっとね」

 彼女にもお礼をとは思っていたが……せめて一口くらいは飲みたかったな。
 まあいい。これで全員にお礼ができた。
 仕方が無いと諦め、僕は彼女たちとくだらない会話を始めた。

 その日の会話は、いつも以上に楽しく感じられた。
 最早初めましてといったほうがいいんじゃないかというくらいお久しぶりです。駄猫です。
 前回は霖之助は皆にいじめられる作品を作ったので、今回はその逆の作品を書いてみました。
 一応原作の性格でもこれくらいの優しさはあるだろうというのを意識して書いて見たのですが、やっぱり難しいですね。
 最後にこの作品に興味を持っていただきありがとうございます。

過去の作品
作品集44 霖之助VS霊夢&魔理沙
作品集54 神は我を見捨てたもうた
駄猫
簡易評価

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コメント



0.3980簡易評価
3.90名前が無い程度の能力削除
いいじゃん
4.100名前が無い程度の能力削除
GJ
11.100名前が無い程度の能力削除
「ねぇ知ってる?」レミしばですね。

暖かいなぁ。
12.100名前が無い程度の能力削除
完璧
14.100名前が無い程度の能力削除
あぁーなんかいいわぁ。
15.100名前が無い程度の能力削除
ただ一言、エクセレントォ!!!!!
17.100名前が無い程度の能力削除
さっくり読めて、話が上手くまとまってる。
20.90愚迂多良童子削除
なかなかいいハーレムだ。
でも霊夢や魔理沙はわかるとして、他の三人がここまで気にかける理由がよく分からない。
29.100奇声を発する程度の能力削除
レミしばwww
とても良かったです
30.100俺式削除
ただただGJとしか言えない。少女たちのちょっとひねくれた優しさや、珍しく(精神的に)弱い霖之助さんが上手く表現されていました。俺もこんな風に書けたらなぁ。
34.100名前が無い程度の能力削除
霖之助さん、モテモテやないすか。
ああ羨ましい。
39.100名前が無い程度の能力削除
素敵やん
52.100名前が無い程度の能力削除
いいですね!
54.100名前が無い程度の能力削除
いいお話だったよ
60.100名前が無い程度の能力削除
とても新鮮なお話でした。

あ、もう一言だけ言わせてもらう。
霖之助、ちょっと俺と代われ。
61.100名前が無い程度の能力削除
ほのぼのとした優しい空気が感じられました。
62.100名前が無い程度の能力削除
爽やかだった
69.100名前が無い程度の能力削除
普段ははっちゃけてばかりいそうな幻想卿の人、妖怪達が垣間見せる優しさ…
71.80幻想削除
駄猫さんの作風は相変わらずでほっこりしました。
75.100名前が無い程度の能力削除
ほんわかしました
88.100名前が無い程度の能力削除
和んだ。
94.90名前が無い程度の能力削除
5人目が紫であることは敢えてはっきりさせず、読者だけが知っているようにしても良かったかな、なんて。
皆がツンデレと言ったらそのまんまですが、胃もたれのしないサッパリとした演出でよございました。