Coolier - 新生・東方創想話

誰かに認められながら

2011/04/09 17:56:55
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※本編には、オリジナルキャラとして里の少女、妖怪が登場します。そのようなものが苦手な方は、申し訳ないのですが、ブラウザバックを推奨します。

また、前作「誰かに認められたくて」と多少つながりがあります。前作を見なくても大丈夫なように配慮したつもりですが、気になる点があったら、前作を流し読みすることをお勧めします。








少女は、空に憧れた。


「すみませんねえ」

「明日にでも慧音先生に元気な顔を見せてやりな。それがあいつには一番だよ」


人里にある長屋横丁。その一軒の戸を閉めて霧雨魔理沙は寺子屋へと向かっていた。

普段はあまり寄り付かないようにしている人里だが、それでも入り用の時ぐらいはこっそりと来ている。本来ならば今日は米などの食料を買いに来たのだが、寺子屋の前を通りかかったときに、慧音に頼みごとをされた。


「生徒の一人が来ていなくてな。他の子も何も聞いていないらしい。悪いが見てきてくれないか?」


本当ならばさっさと買い物を済ましたいところでは会ったが、夕飯をおごってもらうことを条件に、慧音に頼まれた用件をこなすことにした。

件の家は程なく見つけることができた。慧音いわく、学業優秀、品行方正、そして容姿端麗な少女とのこと。少々体が弱いのが玉に瑕だが、自慢の教え子らしい。

魔理沙自身どれほどのものか見てみたかったが、応対に出たのは母親であり、残念ながらその姿を見ることはかなわなかった。

物腰の落ち着いた、美しい母親だった。あの母の娘なら、なるほど確かに器量よしだろうと、納得する。

空を見上げる。平和なことこの上ない天気である。


「平和だなあ」


ふと、小さい頃を思い出した。

楽しい記憶、嫌な記憶。様々な思い出の中で、何故か母親は笑顔の記憶しか出てこない。きっと、それは幸せなことなのだろう。しかし、会う気にはなれなかった。

道端に転がっていた小石を蹴飛ばして、魔理沙は寺子屋へと向かうのだった。閉められた戸が、少し開いているのを知らぬまま。









「はい、一本」


眼前に繰り出された拳は、的確に魔理沙の眉間を打ち抜く直前で止まっている。拳が引かれた先には真剣な顔をした美鈴の姿があったが、次の瞬間にはふにゃりと笑っていた。


「ちっくしょう。絶対先に当てられると思ったのに」

「世界うん千年から見たら、あんたなんてまだまだ子供よ」


お前はいったい何年生きているんだ。という言葉を飲み込んで、魔理沙は地面に座り込む。すでに、日は赤く染まり始めていた。

紅魔館の門前。以前に妖怪との接近戦を体験してから、週に二、三回の頻度で魔理沙は美鈴から基本的な武術を教わっている。最近では、道着姿も様になってきたと稽古前に美鈴に言われた。

白蓮のようなガンガンいける魔法使いにもなりたいが、とりあえずは美鈴に一撃を入れることを目標に鍛錬を積んでいる。もちろん、魔法の研究も怠ってはいない。魔法少女も楽ではないのだ。

最近ではパチュリーやアリスも、稽古を見たり参加したりしている。今日はどちらも来ていない。美鈴に聞くとパチュリーは筋肉痛が取れないとのことだった。


「今日はここまでね。シャワーでも浴びてらっしゃいな」

「本当はもう少しって言いたいがな、そうさせてもらう。この後は慧音に飯を奢ってもらう約束をしているんだ」


それは羨ましい。美鈴の呟きを聞きながら、魔理沙は紅魔館の中へと消えていく。自分一人だけとなった門で、美鈴は物思いにふける。

魔理沙の突然ともいえる最近の行動に、特に喜んでいたのは咲夜だった。稽古後の魔理沙は疲れているのだろう、大図書館まで特に問題も起こさずに行く。そのおかげか、侵入してきたときの被害が目に見えて減ったのだ。

それに、咲夜自身も努力型の人間だからだろうか。人前で見せることの無かった魔理沙の努力を目にする機会が増え、差し入れなどを持ってくることもしばしばあった。それでも、泥棒被害は今も続いてはいるが。


「手のかかる妹を持った気分ですわ。何故か、放っておけないのです」


咲夜がレミリアに対して言った言葉である。レミリアは笑っていた。

美鈴も努力する人間は嫌いではない。魔理沙に何があったのかは又聞きでしか知らないが、きっと何かを感じたのだろう。恥も外聞も捨てて自分を頼ってきたことを、嬉しく思っていた。

魔理沙は、少なくとも今見知っている人間たちの中では、一番人間らしいと美鈴は思っている。咲夜や霊夢と比べると、特に人間くさい。

些細なことで怒り、笑い、自身では見たことは無いが泣きやすいともアリスは言っていた。

努力を怠らず、瞬く光のような生き様は、基本的にお気楽な妖怪には出来ない生き方だ。

幻想郷に来る前、人間たちに紛れて道場を開いていたことがある。あの時の教え子たちも、もう生きてはいないだろう。魔理沙の真っ直ぐなまなざしが、彼ら、彼女らの姿を思いおこさせた。

遠くの空で鴉が鳴いている。もうすぐ夜がやってくるのを感じたとき、人間大の影が、鴉を覆った。

鳴き声が止む。そのまま、影は飛び去っていった。


「どうしたんだ美鈴、腹でも減ったのか?」

「え?」

「咲夜が今日はシチューだって言ってたぜ」


振り向くと、少し下に魔理沙の顔があった。なんでもない。そうとだけ言って、美鈴は引継ぎのために詰所へと戻るのだった。









「お前は遠慮というものを知らんのか」

「固いことは言わない。私に頼んだ慧音が悪い」

人里を出てからすぐの場所に開いていたミスティアの屋台で、慧音と魔理沙は舌鼓を打っていた。すでに、空いた皿が三枚ほど積み上げられている。ミスティアは苦笑しながらも、新しい皿を魔理沙の前に置いた。


「リグルのやつは来てないのか?」

「リグルだっていつも来ているわけじゃないよ。またリベンジでもする気だったの?やめときなって。またとび蹴り喰らって悶えるのが落ちなんだから」


弾幕戦ならけちょんけちょんにしてやるのにと、魔理沙は語気を荒くする。最近ではリグルやミスティア、アリスなどにも弾幕戦以外で組み手勝負を挑んだりもしていた。結果は、あまり芳しく無いようだが。慧音としては巻き込まれなくてホッとしている。

慧音は、先程のことを思い出し、魔理沙に口を開く。


「なあ魔理沙、もう一つ頼まれごとをしてもらいたいのだが」

「内容次第だな。また何かおごってもらうぜ。みすちー、酒」


今月は節約する必要が出てきたと、慧音はため息を吐く。しかし、どうしてもその願いを叶えてやりたかった。








寺子屋での授業を終え後片付けをしていると、入り口に休んでいたはずの少女が立っていた。慧音は片付けを中断すると、少女の下へ歩み寄る。しかし、元気になったかと思われた少女の顔は曇っていた。


あの人は、魔女なのですか?


慧音は少女を中へと招く。なんとなくではあるが、長くなりそうな予感がした。

客人に対する応対の場所も兼ねた教員室。木製の椅子に座りながら、少女は俯いている。慧音は軽く咳払いをした後に、そうだ、と少女の問いに答えた。

少女の顔が上がる。その顔は、期待と不安が入り混じった。一言で言えば複雑な顔をしている。

悩みに違いないだろう、相談内容を無理に聞きだすのは良くない。そう思い、慧音は待つことにした。部屋の柱にかけられた時計が五回鳴った。外は、窓を見ると、日は沈みかけていた。


あの人は、空を飛べるのですか?


下手をしたら、聞き逃していただろう。それほどに少女の言葉は小さかった。

授業中、たまにではあるが、少女は窓を見ることがあった。その目は空を向いており、慧音は自分の授業がつまらないのかと思っていたが、その一言にすべての合点が行った。

少女は、少しばかり顔を赤くして、返答を待っている。どうやら長くはならずに済んだようだ。慧音は微笑みながら、


「頼んでやろうか」


と言った。







「お、確かに可愛いな」

「近くで見るのは初めてだけど本当ね。和人形のモデルにしたいわ」


後日、まだ日が中天に昇りきらない時間。休日の寺子屋の前で、少女は魔理沙とアリスに見つめられ、身を縮めていた。


「じろじろ見るなばか者ども、怖がっているだろうが」


慧音の一言にようやく少女は二人の視線から開放される。人見知りをしやすいのか、その顔は耳まで赤くなっていた。


「自己紹介がまだだったな。私は魔理沙、魔法使いだ。こっちの根暗で家に引きこもってそうな金髪はアリス。別にこいつは覚えなくてもいいぜ」

「馬鹿じゃないの。あんたよりは人里に来ているわよ。あなた、よく人形劇に来てくれている子よね。私はアリス。この黒白が危ないことをしないか慧音先生に言われてね。私もついていくわ。よろしくね」


そう言った後、アリスは少女に人形を手渡す。緊張しながら少女が受け取ると、人形がひとりでに浮かび上がる。それを見て二人の魔法使いは楽しそうに笑った。

慧音は二人にくれぐれも危ない所には連れて行くなよと念を押し、人里の中心部へと消えていった。

人里で飛んではいけないので、三人はとりあえず里の入り口へと向かった。魔理沙は愛用の箒に跨ると、少女に座るよう促す。恐る恐るではあるが少女が横向きに腰掛けたのを確認すると、魔理沙は少女の腕を掴んで、自分の腰に回した。


「ぜ~ったいに離すなよ。それじゃあ、出発だ」


魔理沙が言い終わるのと同時に、箒が宙に浮き始める。少女は短く悲鳴を上げ、さらに強く魔理沙にしがみついた。


「ゆっくり飛びなさいよ。女の子乗せてるんだから」

「私だって女の子だぜ。アリスの目は硝子細工なのか?」


軽口を叩き合う二人とは対照的に、少女は何も口を開くことが出来なかったが、ゆっくりと上昇していく自分の視界に、わあ、と一言だけ感情を漏らした。


「いい景色だろ」


雲の姿はほとんど無く、魔理沙にとっても絶好の飛行日和である。少女は眼下に広がる幻想郷の景色に心を奪われている。返事が無いことに魔理沙は口を尖らせ、それを見てアリスは笑った。







ゆったりとした速度で、魔女たちと少女は飛行を続ける。ただ空を飛ぶだけというのも味気ないと考えていた魔理沙は、普段では足を運ばないような幻想郷の景色を少女に見せてやろうと思いついたのだった。

最初に向かった紅魔館では、その外観に少女はびっくりしていた。美鈴と咲夜の計らいにより、少女に中を案内することになった。外観でもびっくりしていたが、中に入ると今度はその広さに少女は再び驚く。食堂で昼食をご馳走になり、三人は館を後にした。


「いつでも来てくださいな。紅魔館はどんなお客様にも、最上級のおもてなしをいたしますわ」


見送りの際に聞いた咲夜の言葉が、まだ少女の顔を赤くしている。具合でも悪くなったかと魔理沙が尋ねると、あんな風に綺麗になれたらなあ。と小さく呟いた。

次は白玉楼に向かおうとしたが、流石に冥界に連れて行くわけには行かないだろうと言うアリスの注意に、その手前までで止めておいた。

空にはあんなにも大きな扉があるのですねと、少女は天空にそびえる門に息を呑む。

時間の関係上、流石に幻想郷の全ての箇所を回るわけには行かない。自分たちの住処である魔法の森の木々たちを見下ろしながら、魔理沙は最後に取って置きの景色を見せてやると、ある場所へと少女を連れて行く。


「やめときなさいよ。虫の居所が悪かったら、逃げられるかどうかわからないわよ」


道中、アリスの物騒な一言に少女は身を固くする。しがみついている魔理沙に一言、どこへ行くのですか。と質問すると、振り返った魔理沙は笑っていた。


「幻想郷で、いっとう素敵な場所さ」







うわあ、とただ一言。その後、少女は何も言うことが出来なくなっていた。

視界には一杯の向日葵。空から眺めることによって、文献でしか見たことが無い海を、彼女に連想させた。


「すごいだろ」


魔理沙の問いに、少女は、上の空ながらも何度も何度も頷く。

どれほどそうしていただろうか。しばらく黄金の海を眺めていると、その海から人影が浮かんでくるのが見える。少女が誰だろうと考えていると、隣で浮かんでいたアリスは苦い顔を浮かべていた。


「ごきげんよう。今度は三人がかりでリベンジかしら?」

「そんなんじゃねーよ。今日はこの子にここを見せに来ただけだぜ」


魔理沙が箒を反転させる。少女は、目の前に佇んでいる女性を見て何度か目を瞬かせると、こんにちは、と挨拶した。


「あら、貴方……」

「知り合いなの?」

「直接話したことは無いわ。でも、顔は知ってる。よく花屋や本屋にいるのを見ているから」


少女も幽香の顔を知っていたのだろう。何を話せばいいか迷っているようだったが、それをさえぎって、幽香は口を開く。


「貴方、花は好きかしら?」









もうそろそろ夕暮れかと言う時間帯。三人は人里への帰り道を飛んでいた。少女の手には、小さな布袋が握られている。


「興味があったら植えてみて頂戴」


そういって渡された布袋を、少女はもう一度しっかりと握り締める。その顔には、笑顔が浮かんでいた。


「楽しかったか?」


ありがとうございます、と少女は返す。緊張がほぐれたのだろう。出かけたばかりの頃と違って、少女の声も大きくなっている。家族の話や寺子屋の話、他愛の無い話をしながら少女たちは人里へと向かう。


私も、空を飛べるようになりますか?


「なれるさ」

「なれるわよ」


少女の問いを二人は同時に返す。それを聞いて、少女は笑った。


「魔法使いになるにはいくつか条件があってだな……」


そんなことは聞いたことが無い。アリスはそう思いながらも、先輩風を吹かす魔理沙とそれを真剣に聞く少女の姿を見て、頬を緩めるのだった。


「……とまあ、こんなもんか。他に何かあるか?」

「私も始めて聞いたわよ。そんなの」


魔法使い同士の軽口を少女が聞いていると、不意に少女の顔が魔理沙の背中に当たる。どうやら急に止まったらしい。何があったのかと魔理沙の横から前方を覗く。

体の大きさは魔理沙ほどだろうか。大きな化け鴉が魔理沙達の前で翼をはためかせている。

少女が悲鳴をあげるのと同時に、その体が箒から引っ張られる。なすすべなく宙へと放り投げられた体は、直後に何かに抱きとめられる。視線を上げると、微笑むアリスの姿があった。


「サンキュー、アリス」

「話がわかる感じの妖怪じゃあなさそうだからね。私がやる?」

「冗談。どうやら私をご指名みたいだしな」


少女の目から、魔理沙と鴉が消えた。直後に、空には幾つもの星が現れる。何が起こっているのかまったくわからず、不安と恐怖が胸のうちに競りあがってくる。しかし、抱きしめているアリスの腕が、少しだけ強く抱きしめると、その感情も落ち着いていく。

空を見ると、光の筋が幻想郷の茜空を縦横無尽に飛びまわっている。それを追うように、きっとさっきの大鴉なのだろう。黒い影が迫っていく。


「大丈夫よ」


頭上からのアリスの声が、いやにはっきりと聞こえる。


「あの子、魔法使いだもの」


直後、大きな閃光が少女の視界を横切り、その軌跡から黒い影が落下していく。そして空は、静けさを取り戻した。


「いやあ、中々速かった。ちょいと焦ったぜ」

「殺したの?」

「まさか。ただ、けちょんけちょんにしてやったがな」


少女を再び箒に乗せて、魔理沙は飛行を再開する。文に使い魔候補にして売り飛ばすか、などと二人は談笑していたが、少女の顔についた強張りは、里に到着するまで取れることは無かった。









人里に到着した三人は、そのまま解散することは無く、寺子屋の前で足を止めた。少女が、二人に振り返る。その顔は、やはり強張ったままだった。

本来ならばここで少女と別れ、魔理沙は慧音に報酬として夕飯を奢ってもらうことになっていたが、少女が何かを聞きたがっていたのを二人は察していた。

今日一日付き合って分かったことだが、どうやら顔に出やすい性格をしているらしい。難しい顔をしている少女に、しかし魔理沙は話を聞きださない。アリスは何度か流し目を送ったが、このまま少女が何も聞かずに帰るのならば、それも仕方が無いことだと魔理沙は考えた。

表に慧音が現れる。最初こそ少女の無事な姿を見て安堵したが、場の空気が何かおかしいことに気づく、魔理沙に聞こうとも思ったが、少女を見据える姿を見て、仕方が無いのでアリスに目を向けると、肩をすくめるしぐさが帰ってきた。


怖くは、なかったのですか。


少女の口から出た言葉に、先程の戦闘をアリスは思い出す。あのような喧嘩も、妖怪たちの間では茶飯事だが、初めて見たのだろう。少女には衝撃的だったのかもしれない。

しかし魔理沙はその質問には答えずに、少女に自分の箒を差し出すと、跨ってみろ。とだけ返した。少女は不安な表情を崩さぬまま、おずおずと箒に跨る。幾人か、里の住人がこちらを見るのが視界に映り、気恥ずかしさが少女の顔を赤く染める。


「目を閉じて、飛びたい、飛びたいって念じ続けるんだ」


それが質問の答えにどう結びつくのか少女には見当がつかなかったが、今日一日自分の体を任せた魔法使いへの信頼感もある。言われたようにぎゅっと目を瞑り、ただひたすらに念じ続けた。

真っ暗な中で、少女の瞼に思い返されるのはどこまでも続く空。真っ赤な館、大きな扉、そして黄金の海原だった。


「目を開けてみな」


そう言われ、少しずつ瞼を開くと、頭一つばかり自分の視界が少しばかり高くなっていることに気がつく。そして、自分は今浮いているのだと少女は理解した。

足の裏になにもない感覚に、少しばかり慌てたが、しっかりと気を持ち直すと、箒は段々と高度を下げ、足に地面がついた。

箒を魔理沙へと返す。目の前の魔法使いは、楽しそうに笑っていた。


「どんな景色が見えた」


頭一つ分空に浮かんだ景色は、毎日と言っていいほどに見ているはずなのに、今まで見たことのないものだった。


「怖かったか」


少女は首を横に振る。


「楽しかったか?」


魔理沙の問いは、全てを少女に理解させる。少女は、はい。と言って笑った。










慧音が少女を送っている間、アリスと魔理沙は誰もいない寺子屋の中でくつろいでいた。


「優しいわね」


先程のことを言っているのだろう。時計の長針が一周するほどの後に、魔理沙は呟いた。


「私は、星が好きだったんだ。うん?いや、違うな。憧れたんだ。だからさ、なんとなくだけど分かる気がするんだ。あいつの気持ちがさ」

「だから、箒に魔法をかけたの?」

「魔法をかけるから魔法使いなんだろう?」

「違いないわね」


会話はそこで途切れ、別れの言葉と共にアリスは寺子屋を出て行った。自分以外誰もいなくなった教室で、魔理沙は昔を思い出す。

名家の娘だというだけで、満足に同年代の子供たちと遊ぶことも出来なかった子供の時分。こっそりと夜更かしをして眺める夜空だけが、唯一の楽しみだった。今にも落ちてきそうな星の光を見ては、その景色の美しさに憧れた。

いつか空を飛んで、あの星を掴んでみたい。もっと近くで見てみたい。少女が魔法に憧れを抱いた最初のきっかけだった。

師となる人物に出会い、家を飛び出し、まだ夢を叶えることは出来ていないが、今はこうしていっぱしの魔法使いを気取れるほどには成長した。

初めて魔法を見たときを思い出す。師の手のひらから出されたまばゆい光は、少女が絵本で見た星の形と同じだった。


「お師匠様、私は上手くやれたのかな」


あの時の自分が感じたドキドキを、ワクワクを、少女に抱かせることが出来たのだろうか。

上手にできたね。頑張ったね。

誰かに認められたくて。しかし誰も自分のことを認めてはくれない。自分の本心を出すのが怖くて、だけど認めてほしくて。ぐるぐると巡る思考を中断して窓の外から茜空を眺める。空を背景に思い出される師の顔は、小さい頃に見た笑顔そのままだった。


「いやあ、ご苦労様。引き受けてもらって助かったよ」


突然の言葉に少しばかり驚いて、帰ってきた慧音を見る。なんとも言えない顔をしているので何かあったのかと尋ねると、表情を変えぬまま慧音は口を開く。


「……お前のようになりたい、と言っていたよ。私個人としてはいささか賛同しかねるが」


ぶつぶつと独り言を続ける慧音の肩を掴み、魔理沙は言った。


「さあ、飲みに行こうぜ」


誰かに認められながら、魔法使い、霧雨魔理沙は今日も幻想郷を生きていく。
 





少女の願いを叶えてから数日後。


「どうしたの、センセイ。今日はやけにペースが速いじゃない。なにかあったの?」

「ううん、ちょっとなあ。はあ」


人里から少し離れた八目鰻の屋台で、慧音は管を巻いていた。普段は堅物なこの人物をここまで参らせる出来事を聞き出すために、頼んでもいないのにミスティアはまだ半分以上残っている慧音のコップに並々と酒を注ぐ。

一息に酒を飲み干して、慧音は口を開き始める。


「実は、魔法使いに憧れている生徒がいるのだが、魔理沙に会わせてからさらに拍車がかかったみたいでなあ。進んで勉強する姿勢は私としても嬉しいのだが……その、な。私としては普通の人生を歩んでほしいわけでな」

「……なんだ、そんなもんか」


口を割るまで飲ませてやろうと持っていた酒瓶を早々としまい、ミスティアは調理を再開した。慧音はどうやら魔法使いにはなってほしくないようであるらしい。

だが、もっと珍妙奇天烈な話を期待していたミスティアにとって、慧音が頭を抱えるほどの悩みでも、些事(さじ)に過ぎなかった。


「なあ、店主う。どうすればいいと思う。私にはさっぱり見当がつかないんだ。妙案があれば教えてほしいのだが」

「知らないわよ。その子の好きにさせたらいいじゃない」

「いや、だってなあ。魔法使いだぞ、魔法使い。あんなに器量よしならば男も引く手数多だと言うのに。子育てなんかどうする気だ」

「知らないわよ」

「なあ、店主。冷たくはないか?」

「……センセイって意外と酒癖悪いのね」


慧音先生の悩みは、まだ当分続くようだった。




人間くさい妖怪。妖怪じみた人間はいれども、人情溢れる人間といえば魔理沙ではないかと思っています。最後まで読んでくれた方、ありがとうございます。

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コメント



0.1450簡易評価
5.100奇声を発する程度の能力削除
後書きの締めも良く面白く、素晴らしかったです
9.100tukai削除
女の子かわいいなぁ。
慧音先生は頑張れw
16.100名前が無い程度の能力削除
憧れる気持ち分かるな~
17.100名前が無い程度の能力削除
良い内容だと思うけど
高い評価狙いたいなら魔理沙よりアリスや霊夢のネタ書いた方がいいよ。
ぶっちゃけ一次、二次問わず魔理沙は東方ファンから嫌われてるから。
良い作品描けるんだから魔理沙みたいなゴミキャラなんて捨てて別キャラのネタに挑んだ方が
色んな人に読んでもらえると思いますよ。
19.100名前が無い程度の能力削除
>>17
単にあなたが魔理沙嫌いなだけでしょう。点数100点入れておいて何言ってるやら。

魔理沙好きは多いはずですから、気にせず次回作を書いちゃってください。書いてください!お願いします。
20.80名前が無い程度の能力削除
俺は東方では一番魔理沙が好きですよ
貴方の次回作を楽しみにしています
25.100名前が無い程度の能力削除
魔理沙はいい教師になれるかも
慧音先生の気持ちも分からんではないけどw
36.70名前が無い程度の能力削除
慧音かわいい。げふん良い魔理沙でした。