Coolier - 新生・東方創想話

忘暇異変録 ~for the girls of leisure

2011/04/05 21:26:18
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[はじめに]
   ・長大になってしまったので連載モノの体裁を取らせていただきます。
   ・不定期更新予定。
   ・できるだけ原作設定準拠で進めておりますが、まれに筆者の独自設定・解釈が描写されていることがあります。あらかじめご注意下さい。
   ・基本的にはバトルモノです。

   以上の点をご了承頂いた上、ぜひ読んでいってください。

    
    前回  G-1 H-1











  ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――















   【 G-2 】



 ――ふむ。

 レミリアは内心で僅かに呟き、迫り来るレーザー弾を避けてゆく。五色に装飾された短い光の針が、次から次へと、絶え間無く射出されていた。
 空を蹴り、地を蹴り、レミリアはそれらの全てを躱してゆく。目標に到達することのなかった弾が畳敷きの床に刺さり、そのせいで一面穴だらけだ。

「あーあー。屋敷内で弾幕ごっこすると、これが嫌よねぇ」
 針山のように床に刺さるレーザーを眺めながら、そんなことを口にする。他人事なだけに、その口調も興味薄だった。

 ただ残念ながら、“輝夜の姿をした何か”も、まるで他人事のように、目一杯に弾幕を展開していた。
 外した後のことを考えているようには思えない。相変わらずの薄ら笑いだけを浮かべながら、黙々と弾を生産してゆく。

 ――この弾幕……前に見たわね。
 以前、輝夜と戦った時のことを思い出す。
 あれっきりの再戦であるので、さすがにスペルの名前までは覚えていなかったが、このスペルは間違いなく、永夜異変の際に使われた『龍の頸の玉』だった。

 迫る光をまた躱し、壁にまた新しい穴が開く。
 それを機に、輝夜の弾幕がまた新しく展開される。

 ――これも見た。
 火炎を模した弾幕が、壁のようになりながら襲い掛かる。弾と弾の隙間に体を滑り込ませながら、レミリアは弾幕と術者を同時に視界に入れる。
『火鼠の皮衣』は、依然として飛び散り、床や壁やに炸裂してゆく。火を模しただけの魔力の塊なので火事になるようなことはなかったが、それでも屋敷の一室は確実に悲鳴を上げていた。
 そしてまた、手札を変える。

「これも前に…………って、」
『仏の御石の鉢』が展開され、長いレーザー弾が飛ぶ。
 それを目で追いながら、レミリアは高らかに声を上げた。

「いい加減飽きたわねっ」

 目の前に立つ輝夜目掛けて、猛然と飛びかかる。
 全方位に射出されるレーザーを、右に左に避けながら、ほとんど真っ直ぐに距離を詰めてゆく。
 瞬くころには、すでに輝夜の目の前。
 レミリアの小さな右手には溢れんばかりに魔力が込められていた。

「消えなさいな」
 ポツリと呟き、その右腕を振り、下ろす。腕が風を切る音が響く。
 彼女の魔力の紅が残像を引き――そして炸裂した。

 轟音を響かせ、屋敷をそのまま揺らす。魔力の奔流が溢れ出し、紅い火柱を上げていた。
 単純に魔力を萃め、ぶつけただけの力技であるが、シンプル故にその破壊力は絶大だ。
 魔力の残滓が霧散し、紅く煙る視界が晴れるころには――輝夜の姿は、跡形もなく消えていた。

「一体なんなのかしらねぇ……」
 目の前から人が一人消滅したことになんの感慨も無さそうな様子で、レミリアは呟いた。さきほどの衝撃で捲れ上がった畳の一枚を蹴り飛ばし、彼女は周囲を見渡す。


 レミリアが選んだ道の先――広い廊下をひたすらに歩いた先の、広い部屋。そこは百数畳はあろうかという巨大な部屋だった。
 三方を囲むようにして襖が並び、レミリアから見て正面の壁側が上座としてしつらえてある。無機質に空間が広げられてはいるが、元は客間の一室だったのかもしれない。それらしい体裁で掛け軸などが飾ってあった。
 それ以外には家具も調度品も何も無い、ただただ広い、普通の和室である。

 レミリアはその部屋のほぼ中心に位置する場所で、ぼんやりと周りを眺めていた。


「せっかく勇んで攻め込んできたっていうのに、チャチなお出迎えね。まだ昨日の山の方が――いや、そっちも微妙だったかも」
 彼女は溜め息混じりに言った。その声には、誰も答えない。

「なんか私一人で喋ってて馬鹿みたいじゃない。何か言いなさいよ」
 部屋の中は静寂に包まれている。他の面々の戦う音さえ響いてこない。


「あんまり無視されるようだったら……力づくで引っ張り出すわよ?」

 そう言いながら、上座へと視線を送る。
 誰もいないその空間を、紅い双眸で見通すかのように。


 不意に、ぼんやりとした影が浮かんだ。
 掛け軸のある壁側――そこの何も無い壁の一部に映像のように浮かび上がっていたのは、他でもない。

 先ほど消し飛ばした、蓬莱山輝夜の姿だった。

 まるで水鏡のように、ぼやぁっと映し出されているにもかかわらず、流れるような長い黒髪の一本一本まで見て取れるかのようにその影は写実的だ。
 日本人形のような精緻な顔が、薄く微笑んでいる。
 さっきまで見ていた輝夜の顔と、まったく同じ表情だった。

 壁に映し出されている彼女を黙って眺めているうち、次第にその影に変化が現れていることに気づいた。
 奇妙なことに、壁に映し出された絵のようだった輝夜は、モコモコと輪郭を得てゆく。まるで壁から生み出されるように、彼女はだんだんと立体感を増していた。
 薄く微笑んだ顔のままに、気づけば――彼女は壁から出て、そこに立っていた。

「…………なんかまた……妙なものを作ったわねぇ…………」
 そんなレミリアの呟きに、応える声があった。


「お出迎えが足りない、って駄々こねているようだから、手厚く迎えさせるわ」
 レミリアと、壁から出てきた輝夜しかいない部屋に静かな声が響く。


 そこにはいない彼女の声――それが誰のものだかは、レミリアにはわかっていた。


「あんたが出てきなさいよ」
「それはできないわね。これでも忙しいのよ」


 壁から抜け出た輝夜の後ろに、また新しく影が浮かぶ。今目の前にいる彼女と、版で捺したかのようにまったく同じモノ。

 
「その作業止めれば忙しくなくなるんじゃないのかしら」
「そうもいかないわ。せっかくなんだから、色々な検証データが欲しいじゃない」


 声が答えるころには、二人目の輝夜の姿がそこに立っていた。すぐに次の影が壁に映し出される。


「そんなデータ取って何か意味があるの?」
「愚問ね。意味の無い情報なんてものはこの世に存在しないわ。ここで得た記録も、いつかきっとどこかで役に立つでしょう。たぶん」


 三体目が生み出される。カタチを得た輝夜たちは、まったく同じ顔、同じ姿で並んで立っている。
 それぞれが美しい人の形をしていようと、同じ人物が同じ顔で並んでいるその光景は空恐ろしいものがあった。


「これだからウチの知識人は無駄知識ばかりだ、って言われちゃうのよ――パチェ」
「知識は広域に渡ってこそ、価値のあるものだと言い返してやりなさい――レミィ」


 自分の名前を呼ぶ魔女の声に、レミリアは笑って肩を竦めた。姿は見えないが、あの紫色の少女はいつも通りの気だるそうな眼をしていることだろう。
「どこに行っても相変わらずなようで良いことね」
 鼻で笑いながら返した。
 彼女の声に、パチュリーは返事をしない。
 そうこう言っている内――気づけば四体目。量産されていった輝夜たちは、みな同じ顔をしながら、黙って一列に押し並んでいた。

「長い付き合いになるけど、お人形遊びの趣味があるとは知らなかったわ」
「残念だけど、遊ぶのはあなた。手厚くもてなすのだから楽しんでね」
 パチュリーの声に呼応するように、四人の輝夜たちが一斉に動き出す。

 ある者は前へ、ある者は右へ、ある者は左へ、ある者は空へ、それぞれバラバラに飛び出し、そしてそれぞれは同時にスペルを宣誓した。
 一斉に光が奔り、気づけば、部屋の中は弾の海だった。


『火鼠の皮衣』、『仏の御石の鉢』、『龍の頸の弾』、『燕の子安貝』

 本家の蓬莱山輝夜の持つ、五つの難題。その内の四つが同時に展開される。
 大弾、小弾、レーザー、様々な種類の弾が飛び、視界を一気に埋める。

 レミリアは床を蹴り、後ろへと飛びずさる。
 彼女のいた場所に弾が流れ、畳をしたたかに弾き飛ばした。

「これだけあると、逆にキレイじゃないわねぇ」
 呑気な声を上げながら、彼女はヒラリと弾を躱す。空間を制圧するほどの射撃を前にしても、彼女の表情は曇ることはなかった。
「っていうかパチェ、コイツらの弾幕は私を狙ってないのか?」
 彼女の言う通り、輝夜の幻影たちが放つ弾幕狙いが大雑把だった。
 ほとんどが関係無い場所までを攻撃しており、空中で弾幕同士がぶつかって弾が共に消えるということもそこらじゅうで起きている。おかげで部屋の中は、先ほど以上に凄惨な有様になっていた。


「まぁ所詮量産型だからね。射撃の精度が低いのはご愛嬌。再現度第一主義の間に合わせ機なんだから、文句ばかり言っちゃいけないわ」
 部屋の様子などお構い無しに、パチュリーは言った。

 彼女がそう言うだけあって確かに、輝夜の幻影たちの放つスペルは本家にそっくりであった。それぞれの持つ威力などはもちろんオリジナルに遠く及ばないとしても、その弾幕の模写はほぼ完璧。
 レミリアに指摘された通り、精度に難はあるが、それもほとんど全方位に弾をばら撒く今ではあまり関係が無い。
 ただ単純に、空間を埋め尽くす弾を吐き出すことに関しては、この“輝夜たち”は優秀だった。


「他に何か気づいたことはあるかしら?」
「文句言うな、って言ったばかりじゃないの?」
「文句は要らないわ。被験者としての忌憚無い感想を聞かせてもらいたいの」
 ――なによそれ?
 半ば呆れながらに、レミリアは空を翔る。
 流れ弾のようにして自分の方へと飛んでくる弾を避けながら、不意に頭をよぎることがあった。


「――――ねぇ」
「うん?」
「私のチームの他のヤツらも、同じような状況になってるのかしら?」
「あら珍しい。あのレミィが心配だなんて。鬼の霍乱ってやつかしら」
「失礼な。私だって普段は心配くらいするわ」
「ファフロッキーズが観測できるくらいには珍しいわ」
「ふぁふ…………なんて?」
「明日は槍が降る、って話よ」
 姿こそ見えないが、パチュリーがどこか楽しそうにしていることが、レミリアには伝わった。
 おそらく顔色はひとつも変えず、姿を見ても楽しそうかどうか分からない様子だろうが、部屋に響く声音だけで、なんとなくレミリアにはそう感じ取れた。


「まぁなんでもいいけど、」
 レミリアが体を捻って弾をひとつ躱す。

「そもそも今はあいつらの心配なんてしてないわよ」
 ヒラリと宙を舞う。蝙蝠のような翼が羽ばたく。


「あいつらなら、この程度の幻影では止まらない。よく知らないのもいるけど、間違いない」
 空を踊るように飛びながら、そう語る。
 その声音が楽しげだということは、逆にパチュリーにも、確かに伝わっていた。


「それはなぜか?」
 彼女はニヤリと笑う。


「それが運命だから、よ」


 だだっぴろい一室、無数に張られた襖戸。その一角が、ズゴォンッ!!という轟音を立て、盛大に破られる。


「お嬢様ー!ご無事ですかー!?」
 勢いよく襖を蹴破り、美鈴が部屋へと飛び込んでくる。

 彼女だけではない。

「うっわぁ!ここひろい!」
「つくづく日本家屋じゃないですねコレ」
「こんな部屋あったっけなぁ」
 橙、衣玖、最初に別れた妹紅までもが一緒だった。
 それぞれ部屋へと踏み込み、口々に広大な空間についての感想を述べている。彼女たちの誰もが、無事だった。傷の一つとして負っているものはいない。
 そんな彼女たちを、パチュリーは黙って眺めているようだった。

「お嬢様、加勢します!」
 美鈴がそう言って飛び出そうとするのを、

「いらないわ」
 レミリアが一言で制す。


 宙に浮く彼女は眼下の四人を満足気に眺め、右手に魔力を集約させる。
 彼女の小さな掌の上で、長く、細く、まるで槍のようにして精錬されてゆく。

 その数は、四つ。
 掌を中心としてバラけるように広げられている。


 大まかに精製された紅の槍をそのままに振りかぶり、ひと息に投擲した。
 瞬きの速度で紅い光が宙を疾る。制空権を欲しいがままにしている輝夜たちの弾幕を消し飛ばし、我が物顔で空を切る。


 眺める者の目に紅い残像を残し、紅光が駆け抜け――そのまま、幻影たちに突き刺さった。


「だって、もう終わるのだから」

 レミリアはそう呟き、美鈴たちへと高度を下げる。
 紅い槍を胸から生やした幻影たちも、そのまま力無く落下してゆく。張り付いた薄ら笑いのまま、ゆるやかに墜ち――そして床に辿り着く前に、音も無く消えていった。


「さ、もういいでしょ?いい加減諦めて姿を見せなさい」
 そう言って、上座へと笑いかける。その声につられるようにして、美鈴たちも視線を送った。
 唯一襖の無い壁面――ちょうど視線を萃めていた掛け軸の前あたりの空間が、ぼんやりとひずんだような気がした。


「ふむ……確かに。姿を隠す意味は無くなっちゃったわね」
 何も無い空間から、パチュリーの声が響く。まるで蜃気楼のように足元から歪み、徐々に姿を現してゆく。

 そして姿を見せたのは――三人。
「…………って、さすがにその二人は予想してなかったわね」


 そこには、魔法使いの他にもう二人。
 豊かな尻尾をフサフサと振り、にこやかに微笑んでいる少女。
「えぇ!?藍さまっ!?」
「やぁ。元気にしてたかい、橙。息災なようでなによりだ」

 そしてもう一人。
 背中に大きなリュックサックを背負い、キョロキョロと美鈴たちを眺めている。
「うーん、私の知り合いは来てないみたいだねぇ。文さんが確かこのチームだったと思ったんだけどなぁ」
 にとりが残念そうに零していた。


 紫の式、八雲藍。河童、河城にとり。
 言わずもがな、二人とも輝夜のチームの一員である。

「今回のコレは、私一人でやったものじゃないわ。――この二人がいなければ、一日で実戦レベルまで引き上げるのは難しかったでしょうね」
 パチュリーにそう言われ、藍とにとりもそれとなく誇らしげな顔をしていた。
 普段は接点の無い、別々のコミュニティに所属している彼女たちだったが、根っこのところで研究者気質な三人だけに、気は合うようだ。
 パチュリーの前にある箱――おそらくそれが、輝夜の幻影を生んだ装置――それを囲みながら、
「まぁ残念ながら、まだ改良の余地はありますがね」
「だね。攻撃パターンの多様化に、耐久値の上昇。あ、指摘された射撃の精度なんかも上げたいねぇ」
 自然な流れで、目の前の装置の検討に入っていた。


「そんな仕掛けの話はいいんだよ。――本物の輝夜はどこにいる?こんなつまらないことをした落とし前、キッチリつけてもらいたいもんだ」

 語りだしそうな三人を止め、妹紅がずいっ、と前に出る。
 頭の中では、ほぼ確信的な答えは出ているだけに、彼女は目に見えて苛ついているように見えた。

「あら、わかっててわざわざ尋ねるとは」
 重そうな瞼で妹紅を見るパチュリーの声には答えない。
 この言葉で、彼女の予想はほぼ間違いないことが確定した。

 代わりに、この問答を経ることで頭の中のピースが噛み合った美鈴が声を上げる。
「それって…………もしかして…………」
 推察は空気を伝い、言葉を待たずに他の仲間たちへと伝達されてゆく。



 そう、この屋敷の住人は、今――――――





   ※





「さぁ、行きましょうか」

 輝夜は他の五人に向かって告げた。
 まだ微かに暖かさを孕む風。それを受けて揺れる木々。
 正体のわからないような動物の鳴き声。
 蒼白く、闇夜に映える満月。

 彼女たちの前にそびえるは天嶮――妖怪の山。


「じゃあ予定通り……散って」

 その言葉を受け、五人は思い思いの方向へと飛び立ってゆく。
 月の光の中、輝夜だけがその場に立っていた。


「さて――と、私も行きますか」

 そう呟き、目の前を伸びる階段の一段目を、ゆっくりと踏み出す。










   【 I-1 】


 暗い山は昨日と変わらず、光の差さない鬱蒼とした木々で覆われ、夜の帳の静けさを保っている。
 動物も人間も、意外と多くの妖怪たちも、夜は寝ていることの方が多い。そんな妖怪たちからすれば、この山は居心地がいいように出来ていた。なんと言っても、暗いし、静かだ。

「さて……どうしましょっか。山なんて来たこと無い上に、暗くて全然わかんないわ」
 レティはそうぼやいていた。
 基本的には、寝ていない者に夜の闇は味方をしてくれない。

「まぁ……プラプラ飛んでれば誰かいるよ!あたいの勘に任せなっ!」
 隣を飛ぶチルノは妙にテンションが高い。
 普段夜行性でない彼女は、いつものと違う時間帯にいつもと違う場所に行くというだけでハイになっていた。おかげで落ち着きのなさも二割増しである。
 立ち止まっているだけで死んでしまうと言わんばかりに、その場をくるくると跳ね回っていた。

 その姿を微笑ましく眺めながら、
「じゃあチルノに任せるわ。私はそれについてくから、行きたいようにどうぞ~」
「わかったっ!いくぜ、ヤロウ共っー!」
「私だけだし、男じゃないけどねぇ~」

 そう言いながら、二人はプラプラと山の上空を漂う。暗く茂る森を足元に、彼女たちは星空の下をあてどなく遊弋していた。
 彼女たちがいるのは山の麓付近。前日の神奈子たちのチームなら、ちょうどこの辺りに秋姉妹やプリズムリバーたちがいたはずの場所。現に彼女たちのいる場所から目と鼻の先には、昨夜霊夢が落とした陰陽玉の痕跡がクッキリと残されている。


 だが、今日は騒がしい三重奏も、鳥目を呼ぶ歌も、姦しい神様たちの声も聞こえない。
 山はただただ、静かだった。
 そこに――――


 ドゴオオォォォォォォッ!!


 突然と響く爆音。眠っていた野鳥たちは一斉に飛び立ち、羽音が騒がしく鳴る。
 山の静寂が、突如として崩された。


「な、なに!?」
「爆発音?――あっちの方からね」
「よし行ってみよう、レティ!」
「えぇ!」

 二人は頷き合い、目的の爆心地へと、その足を早めた。





   ※





 そこは文字通り、爆心地たる様相だった。
 木々は軒並み倒され、地面は抉られ、土埃を上げている。およそ半径二十m程度のスペースが、全て無残な荒地と化していた。
 誰もが一見して、何かが爆発したと連想するような光景である。

 その荒涼とした場所のちょうど真ん中、唯一宙に立つ影があった。
 月の光に輝くように揺れる金髪を持ち、紅い服を纏った、小柄な少女――――

「ふふふ……あれぇ?ねぇ、もうお終いなの?」
 七色の羽が揺れる。


 悪魔の妹が、上気した笑顔でそこに佇んでいた。


「ねぇねぇ~あんなにいっぱい人がいたのに、もう誰もいないの~?」
 フランは甘い猫なで声を上げ、荒れ果てた眼下に問い掛ける。五百年近くを生きてきたとはいえ、見た目は子供、窺える態度も第一印象を覆さない。
 しかし、彼女をよく知っている者なら真っ先に気づくだろう――この惨状を引き起こしたのが、他ならぬ彼女だということに。

 その時、瓦礫と化した木々のひとつが動いた。
 いや、よく見れば、地面には折れた木々の他に、人影らしいものがチラホラ窺える。
 見える範囲にあるだけで、六つ。


 それはまごうことなく、神奈子のチームの面々――秋姉妹、プリズムリバー三姉妹、ミスティアであった。


 彼女たちは昨日と同じく、山の麓に配置され、侵入者に対する先制を任されていた。
“昨日は敵チームが思った以上にここに人員を割いてきたから、ほとんど全員やられてしまった挙句に、霊夢に美味しい所を持っていかれてしまっただけ”
 そう考えた彼女たちは、昨日とまったく同じ作戦で哨戒に当たっていた。
 山の麓を六人固まったままにウロウロと動く。木々に阻まれてはいるが、普段から山にいる秋姉妹がいる以上、迷子になることはなかった。

 そんな時に――彼女を“見つけてしまった”。

 相手はひとり。こっちは六人。
 ――あんまり見たこと無いヤツだし、楽勝ね。これで手柄ひとつイタダキ!
 そうして奮起した彼女たちは、その闖入者に対して攻撃を“仕掛けてしまった”。

 その結果がコレだ。
 視界を奪われ聴覚を塞がれた彼女が、ニヤリと笑い、持っていたナニカを戯れにひと薙ぎしただけの結果が、コレ。
 誰も彼もが、それだけであっさりと動かなくなってしまった。
 何かが間違っていたとすれば――この狂気に塗れた吸血鬼に手を出したことが間違いだったのだろう。
 そんなことを、六人全員が思っていた。


 おもむろに、倒れた木々の間にいたひとつが動きだす。まるで生まれたての赤子のように、その姿は弱々しい。
 夜雀、ミスティア・ローレライは傷だらけの体をどうにかして引き起こすのがやっとの様子で、フランの方を窺っていた。


「あ!良かったー。まだ生きてたね~!」
 ミスティアは立ち上がったことを瞬時に後悔した。
 頭の中で警鐘が鳴り止まない。背筋を冷たい汗が伝う。


「まさかいっかいどっかーん、ってやっただけでみんな動かなくなっちゃうなんてねー」

 ――なんで私は立ち上がっちゃったんだろう。コイツは、ヤバイ。


「せっかくお山まで来たのに、つまんないの相手にするのも嫌だしね。うふふ」

 ――逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろっ


「ねぇ……アレで生きてたんだから、あなたは強いんだよね?」

 ――逃げないと、殺される――――――――――――


 頭からの警報を無視して、体は棒のように動かない。向かって来る紅い瞳から目をそらすことすら出来ない。口の中の水分が無い。どこかに蒸発してしまったのかもしれない。
 自分よりも幼く見えるその悪魔は、ゆっくりと自分の方へと向かってきていた。

「ねぇあなた…………――あは、ゴメンね」
 足が止まる。


「――名前、わかんないや」


 無邪気に笑う声が聞こえた。口だけ笑っていて、目は笑っていない。それが解るほど、フランはもう目の前にいた。
 鉛を飲んだように動かない彼女の体に、吸血鬼の白い腕が伸びる。


「ちょぉぉぉぉ――っと待ったぁぁぁぁぁぁ――――っ!!」


 フランの動きが止まる。ミスティアの硬直も止まる。二人は示し合わせたかのように、同時にその声のする方を仰ぎ見た。
 見上げた先、夜空に立っていたのは、ミスティアからすればよく知った二人。


 腰に手を当てて踏ん反り返っているチルノと、一歩後ろで眺めるレティの姿。
 木々がなぎ倒され広がった空に、彼女たちは立っている。

 見知った二人の登場は、小さな悪魔を前にしたミスティアには難局打開の妙機であり、渡りに船であり、ぶっちゃけ助かったである――が、今回はそれを手放しで喜べる状況ではなかった。
 なぜなら、彼女たちは二人とも別のチームの者なのだから。

 今この場は、予期せず三つのチームの面々が揃う形となってしまっている。
 ただでさえ絶望的な実力差の相手を前にしているミスティアにとって、これは状況の悪化に他ならない。
 実は昨日と違い、今、妖怪の山チームは人手不足だ。
 天子が昨日のケガのために療養中。アリスと霊夢は別の用事があるとかでどこかへ行ってしまっている。

 つまり、今日山にいて戦えるのは九人。
 うち、麓にいるのが自分合わせて六人。
 ここで、現在戦闘不可が五人。
 つまりあと、動けるのは自分含めて四人。

 ミスティアからすれば、どうにか他の三人が援軍として現れることを祈っていたが、それも第三勢力の登場でほぼ確実に不可能になった。
 他の三人も間違いなく戦闘に入っていると考えた方がいい。むしろ人数差によると、敵の増援が来る可能性の方が高い。

 ――これは無理だ。せめて死なないようにしなきゃかな……
 ミスティアは、覚悟を決めた。ひとり静かに唾を飲み込む。

 それと同時にチルノがまた喋りだした。


「やいやいやい!そこの赤いの!ミスチーをイジめんなっ!!」
 ――――ん?

「あ!!チンドン屋の人も倒れてる!!これもアンタね!?」
 ――――あれ?

「……あなたはだぁれ?お山のチームの人?」
 ――――いやまさか。

「フフンッ!あたいを知らないとはモグリね!あたいはチルノ!霧の湖の辺りじゃ知る人ぞ知る妖精さ!趣味はカエル遊び!ヨロシクゥ!」
 ――――もしかして。


「とりあえず、ミスチーいじめるオマエを許さん!成敗してやる!」
 ――――げ、やっぱり。


「って二人とも違うチームでしょ!!」
「む、なんだよぅミスチー。水差さないでよ……空気読め」
「う、うるさいよっ!いや、だからなんでわざわざ敵チームの私を助けるのよ!?放っときゃやられてたのに!」
 ミスティアは思わず力の限りにつっこんでいた。
 フランとの位置関係はさっきと変わっていない。だが、今はなぜかそのことで縮こまるということを完全に忘れていた。
 対するチルノは、ひたすらにキョトン、としている。
 ――思いっ切り正論をぶつけられてグゥの音も出ないんでしょ?ちょっと考えればわかりそうなもんなのに……一緒にいるレティは何してるんだか。

 だが、ポカン顔のチルノがおもむろに発した言葉は、ミスティアの期待したものではなかった。


「なんだミスチー。ヤラれたかったのか?もしかしてマゾなのか?」

「って違うっ!!なんで頭弱い癖にそんな必要無い単語知ってるかな!!」
「あ!なんだとぉう!?バカにすんなっ!」
 結局気づいたらチルノのペースに巻き込まれている。
 大声で騒ぐ二人と、それを穏やかに眺めているレティ。荒涼とした妖怪の山という普段とは違う場所でも、すでにそこに流れる空気はまるでいつものモノだった。
 安穏とした、緩やかな日常の空気。どうしようもなく弛緩した雰囲気。


 だが忘れていただけで――殺伐とした“今”は変わらずに、目の前にいた。


「――ねぇ、もう攻撃していいかな?放っとかれて、イライラしてきちゃった」

 穏やかな日常のような空気に染まりつつあった空間が、一瞬で崩壊した。
 それはまさに殺し合い――そう、それに近い空気になっている。
 放たれた殺気が空気中に充満し呼吸困難になりそうになる。全身の毛穴が収縮し鳥肌が立つ。冷たい汗が背中を走り、掌はじっとりと汗ばんでいる。
 そんな空気など、お互いが殺す気で対峙していてもそうなるものではない。だが今この空気は、ただ一人によって作られている。
 目の前の、小さな悪魔によって。

「なんかあなたたちチーム違うみたいだけど……関係無いわ。まとめて相手してあげるね。つまんなくしないでよ?」
 フランの瞳が戦闘用の色を帯びてゆく。紅い色は彼女の周りまで滲ませてゆく。


 こうなったらもう、チルノたちとの共同戦線で行くしかない。……結局理由は聞いてないけど。
 そんなミスティアの考えを読んだように、
「たぶん、あの子はチームがどうとか考えて無いわよ。“ミスチーがピンチだ”で突っ込んでったんだから」
 すぐ隣まで降りてきたレティが耳打ちした。

「――――――――やっぱりか……」
 隣で微笑むレティの模範解答に、吐き捨てるような小さな返事だけしておいた。
 伊達に普段から付き合いがあるわけじゃない。無意識下のさらに奥で、正解はとっくにわかっていた。
 解っていたからこそ、吐き捨てるような語調とは裏腹に、彼女は小さく笑ってしまっていた。


「まぁ、私としても助かるわ。チルノと二人でコレに挑むのは、さすがに勘弁だったからねぇ」
「そりゃそうね」
 ――まぁ自分ひとり足されたくらいでどうにかなる差でも無いんだけど。


「オッケイ!!じゃあ行くよ!レティ!ミスチー!」
「いいわよ~」
「いいけど……チルノが仕切りなのっ?」


 騒々しい、いつものペース。

 そうして妖怪の山に、新たな戦火の灯が燈る。










   【 J-1 】



 その頃、同じく妖怪の山。鈴仙は人知れず困っていた。
「しまった……夜の山って、どこがどこだか全然わかんない……完っ全に迷子だわコレ…………」


 彼女の前を、鬱蒼とした木々が道を阻むようにして生い茂っている。上を見上げても、空は一面の枝ぶり。
 月も星も見えない以上、ここがどこだかどころか、どっちに向かっているのかも解らない。
 ――なんで私はわざわざこんな道なき道を……うぅぅ…………。
 彼女は今の状況を心底後悔していた。


『今夜は霊夢とアリスがいないんですよね?』
『だねぇ。天人も今日はお休みだし』
『じゃあ私も遊撃で出ます。リーダーの傍を離れる、ってのもアレですが、人が少ない状況ですからね』
『はいよー。よろしくね』
『よろしくねぇ~』
『いや……幽々子さんも出ましょうよ。欠席者多いんだから』
『いやいや、殿は任せて頂戴。見事勤め上げてみせましょう~』
『そんなこと言って……本音は?』
『夜にハイキングなんてもう面倒だわ』
『正直に答えるなっ!』


 本当なら昨日と同じく神奈子と神社で殿の予定だったのだが、人数が少ないことを鑑みて、自発的に遊撃に回ったのだ――が、結局その席はちゃっかりと埋まってしまった。
 おかげで欠員多数の状況は変わらず、山を遊徊する頭数も変わらない。完全に立候補損である。
「ったく、あの幽霊め。自分だけ楽して……私もメンドくさいってダダこねて残れば良かったかなぁ…………」

 彼女が歩き、草を掻き分けるたび、ガサガサっという音が静かな森に響く。
 空を飛んでしまえば移動も容易いし、迷子になんてならないが、それでは木々に妨げられて敵が見つからない。
 ここが拠点で、彼女の任務が哨戒な以上、空を飛んでいて見つかりませんでした、じゃよろしくない。結局彼女はブツブツ文句を言いながら道なき道をウロウロするしか無いのだ。

「あ―――――――もう!誰もいないし!木は多いし道は狭いし虫は出るし!」
 虚空に向かって当り散らしながら、彼女は道無き道を歩く。
 彼女が歩いているのは、妖怪の山の中でもとりわけ鬱蒼としている場所である。妖怪の山も天険ではあるが、それなりに人が歩ける道もあり、彼女も最初はもう少し視界の開けた場所を哨戒していたのだが、ふと気づけば密林のような山道を歩いていた。今どこを歩いているのか、彼女にもわからない。

「……神社に帰ろうかなぁ…………」
 帰るのは簡単である。一度空に飛び上がって、神社に戻ればいいだけなのだ。
 ――なんか思った以上に迷子だし、これは一回仕切り直した方が…………。


 その時。
 ガサガサッ、と茂みを分け入る音がした。それも、すぐ近くで。
 それは無論、自分以外の何者かが立てる音だった。


「――――誰かいるの……?」

 音の大きさからして小動物ではない。大きさとしては人クラス以上と思われる。
 彼女がとっさに思ったことは、万が一熊でも出てきたらメンドくさいから逃げよう、ということだった。
 ――頑張って倒しても仕方ないし。

 先程の鈴仙の問い掛けに返事は無し。だが、茂みを掻き分ける音は確実にこちらに迫ってきていた。
 音の感じから察するに、速度は徒歩の遅い程度。同じペースで向かってくるなら、そろそろ姿を現す。


 返事の無い相手に鈴仙は臨戦態勢を取る。そして、ついに目の前の茂みが揺れた。


「お!やっぱりね!誰かの声がした気がしたんだよ~!はじめましての人だねぇ」
 予想外にも、茂みを割って現れたのは小さな女の子だった。
 特徴的な大きな帽子を被り多少背丈がかさんでいるが、それでも少女と言い切れるほどの体格でしかない。

「え、えっと――…………」
 かなり想定外のモノが飛び出してきたため、鈴仙は軽く混乱していた。これならまだ熊が出てきた方が穏便に済んだかもしれない。

 だが冷静に考えれば、熊と出会うよりも――こうして敵チームの一人と出会う方が、確率としては高そうだった。


「あれ?ゴメンね、はじめましての人じゃないっけ?」
「いえ……はじめまして、です」
「だよねぇ!良かった勘違いかと思っちゃったよー!じゃあ一応自己紹介しないとだぁ」
 少なくとも、鈴仙にそれは必要無かった。
 あまり面識があるわけではないし、こんな距離で会って話するのは初めてだが、目の前の少女が誰かは知っている。最近は宴会などでもたまに目にする。
 この人は――――


「私は洩矢諏訪子。この妖怪の山にある守矢神社が奉る二柱が一。こんばんは、ウサギさん」


 諏訪子はそう言ってこちらを見上げ笑っていた。
 殺伐とした夜の山に不似合いなほどの、明るい笑顔で。


「あ、えっと、こんばんは。私は鈴仙・優曇華院・イナバといいます。お初にお目にかかれまして光栄です」
 しどろもどろになりながらも、挨拶の言葉らしいものをひねり出す。なにせ相手は神様。あまり信仰心のある方ではないが、それでも粗相があってはいけない。
 と、思ったのだが、

「ぷ、あはははははは!そんな無理しなくていいのに。神様だからって気にしないでいいよ~。諏訪子って呼んで」
 目の前の小さな神様はお腹を抱えて笑い転げていた。鈴仙のチームにも同じ神社の神様がいるが、ほぼ同じ感じ。
 ――あの神社の神様たちはどうしてこう妙に気さくなのかしら?神様っぽくないなぁ…………。


「わかりました、諏訪子さん。……そ、そんな笑わないで下さいよっ」
「いやぁーゴメンゴメン。こんなに恭しくされたの久しぶりでさぁ」
「どんな神様ですか……」
「いやはや、まったくねぇ」
 言いながら諏訪子はケラケラ笑っている。

 しかし、この神様がここにいるということは――――

「ところでさ、ウサギさんはこのお祭りの参加者なんだよね?山にいるってことは神奈子のチームの人かな?」
 同じタイミングで両者思い至ったことを、切り出したのは諏訪子だった。
 一瞬、ここまでとは違う圧を感じる。
 それはほんの一瞬で掻き消え、後に余韻を残す。気配という不随意反応をコントロールできるほどの力がある者だけが出来る、特有の雰囲気。

「――はい。ここで出会った以上、あなたには私の相手をして頂きます」

 鈴仙はその気配に怯むことなく、そう言い放った。
 彼女とて、目の前にいる神と自分との力の差を今の気配で察せないほど弱くはない。
 そして――それでも虚勢を張れる程度には、彼女も強かった。


「ふーん……面白そう。いいわ!やろうやろう!そうと決まれば移動しよっか。いい場所知ってるんだ。案内するねっ」
「あ、助かります。正直私一人じゃ暗いし道わかんないしで、にっちもさっちもいかなくて……」
 歩き出した諏訪子に遅れないように、鈴仙は木々覆われた夜の闇を掻き分けながら進んでいった。



 彼女がこの後の展開に後悔するのは、また少し、先の話。












   【 K-1 】



 山を遠くから見たとき、深々とした緑のシルエットの中に、一本筋が通っているのがわかる。山の麓からうねるように走り、中腹程度のところまでずずっと伸びている。
 それこそが、風の社への一本道――守矢の神社へと続く、長い長い石段である。
 まだ緑を残す枝葉に遮られることなく、それなりに広い石段は満月の光を余さず受け止め、昼と変わらぬほどに明るい。

 輝夜はそこをフヨフヨと辿りながら一人、上を上を目指していた。

「いや、しかし………………長いわね、コレ。月まで届かんばかりの勢いじゃない…………」
 まぁ実際届かれちゃ困るんだけど、と小さく自分につっこみをいれていた。
 普段は大きな平屋に住んでいるので横移動の長距離は感覚として問題無いが、慣れない縦移動は余計に距離を感じさせる。なにせ普通の階段すら昇らなくなってウン百年以上経つのだ。

「神社の人は大変ね。っていうか、こんな場所にあるんじゃ博麗神社の二の舞じゃないのかしら?」
 両神社に失礼で妥当な疑問を感じながら、フヨフヨと上を目指す。
 人間や、それ以外の人のための参拝客用の通路。だがそれは、人間には過酷過ぎる長さだ。確かにこれを上りきれば願いくらい叶うのかもね、と他人事のように考えながら、道なりに進んでゆく。
 階段の長さに辟易しつつも、飛翔の速度を上げることはしなかった。
 まだまだ夜はこれからだ。急がず焦らず、結果、神社に着けばいい。


 ――だから、この余興にも付き合ってあげようかしらね。


「……用があるんなら出てらっしゃいな。木陰からお話するほどシャイでもないでしょ?」
 輝夜は相変わらずの一定の速度で飛びながら、そばに潜む誰かに問い掛けた。

 ひとつ間を置き、“誰か”も応える。


「――――――待て」
 声の主はそう発するとともに姿を見せた。
 ザッと足音を立てるそこは、輝夜の行く手を阻むかのように石段の十数段上。相手が姿を見せたことで、輝夜も進みを止める。

「あら、誰かと思ったら……なにか御用かしら?」
 目の前で二本差しの少女が立ちすくんでいる。
 月夜に揺れる白い髪と、緑の衣服。隣を浮かぶフワフワとした塊も輝夜を見ているかのようだった。


 そこに現れた半人半霊の庭師――魂魄妖夢は、上段に陣取っているにもかかわらず、見下げることなく真っ直ぐに相手を見据えていた。


「あなたをこの先に進ませるわけにはいきません」
 はっきりとした口調で言い切る。

「その心は?私の記憶違いじゃなければ、今のあなたにそんな義理は無いはずだけど?」
 その問いに、妖夢は暫時口を噤んだ。


 そう、彼女は紫のチームの者だ。山の本丸たる守矢神社を守護する必要も必然も、まるで無い。
 だと言うのに、明らかに妖夢の行動は神奈子チームのためのもののようである。
 いや、それよりは、もっと――――

「……勘違いしないでもらいたい。私は紫様を裏切る気も、神に忠誠を誓ったわけでもありません」
 間を埋めるように、妖夢は強い口調で切り返した。

「じゃあこれはあのスキマ妖怪の命令なのかしら?」
「いや、紫様からは“自由にして良い”という命を受けています。つまり、これは私の意志です」
 言い淀むことなく、力の篭った調子で言い切った。そこには彼女が自分の選択を信じて疑っていないという、強い信念が窺える。

 そして、その語調こそがそのまま答えでもあった。


「じゃあもしかして、神社にはあの亡霊もいるのかしらね」


 何気なく放たれた一言に妖夢は思わず反応してしまった。
 それは目に見えるほどハッキリとしたものではないが、輝夜ほどの相手に曝していい醜態ではない。

「当たり、ね」
 輝夜は口に出して確かめた。
 相手の力量を見極めた上で、あえてそれを言葉にする。すでに彼女には妖夢のことが微笑ましいとすら思えていた。


「……私の役目は幽々子様の守護。如何に主人と隔てられたとしても、その事に変わりはない」
 彼女は包み隠さず本心を、愚直にも、晒す。
 輝夜に誘導されているとは露も思っていないだろう。この真っ直ぐさが武器で、弱点である、ということもおそらく意識していない。
 心に防壁を張らず誰かと向き合う素直さが、輝夜には――――


「成程。結構な忠誠心ね。こんな部下がいるなんて―――」
 輝夜は小さく微笑んだ。
 黒曜に艶めく髪が月光を浴びて輝く。


「あの亡霊の格が知れるわ。所詮穢れた地上の死人だということね」


 まるで精緻な日本人形のように、輝夜は美しく笑っている。
 数々の権力者を振り向かせた、魔性の笑み――この笑みを前に、火が出るような怒りを露わにしたのは、妖夢で“二人目”だった。


「……訂正を。月人ごときが幽々子様を貶めるとは……身の程を弁えてもらいたい」
 妖夢の双眸はすでに烈火の如き怒りの色に染まっている。月明りに浮かぶ姿から溢れんばかりの殺気がふり撒かれる。
 抜き身の刀のように、今は空気すらも切り裂くほどのの鋭利さで輝夜を突き殺しそうでさえある。

「あら、分を弁えていないのはそっち。私とこうして向かい合うには、あなたは幼過ぎるというのに」
 ふり撒かれる殺気に怯むこともなく、輝夜は微笑みを崩さずにいた。両者は階段の上下で視線を交錯させている。

「ッ!!なにを――――――」
「その様子だと」

 二人は同時に口を開き、後出し気味だった輝夜が続きを紡ぐ。
 先手の機先を容易く制せるほど、今の輝夜には雰囲気があった。


「あなたのその軽率な行動が主人の格を下げているってこともわからないんでしょう?――そんな子供が私に剣を向けようとしているってだけで、出来の悪い冗談のようだわ」


 もう輝夜の笑顔を、ただ美しいモノと眺めることは出来ない。
 今の彼女は“かぐや姫”という美しい人形などではない。月の都の姫、そしてそこからの逃亡者、永遠亭の主、“蓬莱山輝夜”の顔である。
 月を背にしたままの千年に培われた風格は、そこいらの地上の妖怪のそれとは比較にならない重さを持っていた。
 望月の魔力を一身に帯びるようにして佇む彼女は――まさに“魔性”だった。


「チームが別になったにもかかわらず、自軍の益も無視して、かつての主の下に馳せ参じる――その愚直さは嫌いじゃないわ。私もこう見えて一応組織の長をやってるからね」
 妖夢は口を挟むことが出来ずにいた。
 唯一力を込めることの出来る瞳にだけありったけの意志を込めてじっと輝夜を見据える。それしか許されないことに、静かに拳を握りながら。


「でも……あなたのその行動はこうも写るわ――例えば、“あの亡霊は手下がいないとビビって何もできない雑魚だ”、とか――」
「もういいっ!!!」

 妖夢の中で押さえていた炎があっさりと臨界点を超える。輝夜の圧ももはや気にならない。
 臨界を超えた怒りが熱暴走を起こし、それを感じ取る機能を断ち切っただけに過ぎないが――今の彼女には些末なことだった。


「――もう、わかりました……元より、問答でカタのつく相手では無かった。それに――――」
 腰に据えられた二本に手を掛ける。
 鞘から覗かせる鈍い銀の刃が、月光を受けて輝く。


「もうおまえは、謝辞を述べただけで済む域を超えてしまった!」


 怒りは気質となり、妖夢の二刀を覆う。
 何かで刀を覆っては、何も斬ることなどできないというのに。

「不死の体と聞いてますが――この桜観剣と白桜剣を以てすれば……切れないものなど、ほとんど無いっ!!」
 長短二本の刀が抜き放たれる。
 だが厳然たる威力を持つ凶器の登場にも、輝夜の笑みは陰ることはなかった。

「ただの斬れる刀自慢なんて千年前に聞き飽きたわ。どれもこれも、私に傷を残せはしなかったけど。――まぁとにかく、これでやっとお祭り騒ぎらしくなってきたわね」
 袖の端で口を覆い、変わらずにニコニコと微笑んでみせる。
 彼女の思い通り、目の間の幽霊はすでに怨霊のように燃えている。


「さぁ、いらっしゃい。精々半人前の力を見せてみなさ――――」


 その言葉が届く刹那、妖夢の電光石火の踏み込みで輝夜に迫る。
 瞬く間に、そこは撃尺。


「剣伎『桜花閃々』――――!」



 辺りの木々の高さを超える桜色の光が、山の石段に迸る。












   to be next resource ...
ごっちゃごちゃー。
本当は永遠亭分だけで今回終わりにしようかとも思ったんですが、それじゃ寂しいかと思ってストック分もいっぺんに放出……。
おかげでちょっと長いかもです。相変わらずの場面転換の多さですみません。

でも話をさっくり進められました。
パッチェ!パッチェ!紅魔勢が好きだー!

次回はお山の話の続きにする予定です。そうじゃないかもしれません。
姫がニートじゃないなんて!等ございましたらご指摘下さい。姫はニートじゃありません。
極力さっさか二日目もシメたいと思います。よろしければお付き合い下さい。かしこ。
ケンロク
[email protected]
http://gurasan.kurofuku.com/
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コメント



0.550簡易評価
1.90愚迂多良童子削除
もうね、妖夢の死亡フラグの建築技術がすごい。
おまけにリリカは前回逃げおおせたから何かあるのかと思ったら何もないんかい!w
8.無評価ケンロク削除
すいません、リリカは実は何にも無かったですw
なんとなくリリカだけはちゃっかり逃げそうな気がしただけの描写でした。深読みさせて申し訳ないですw
9.100名前が無い程度の能力削除
能力を最大限に使った戦いって燃える!
チルノ達は最狂の敵にどう立ち向かうのか楽しみ
10.無評価ケンロク削除
ありがとうございます!
1・2ボス3人対Exボスの空想ガチ対戦。楽しみにしていただけたら幸いです。