Coolier - 新生・東方創想話

風来たるらし

2011/03/30 04:46:33
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 梅のつぼみのほころぶ折でありました。朝から外は風が強く、ずっと書斎で縁起の資料とにらめっくらをしており、あんまり長い間座っていたものですからお尻の据わりも悪くなったところに、屋根のガタと鳴る音を聞いたのです。荒天によって取材に出るにも出られず、まんじりとしていた私はこれ幸いとカタカタ震える障子を開け縁側に出、未だ雪の名残を色濃くはらんだ風に歓迎され若干くじけそうになりつつ、これしきで撤退となれば御阿礼の名折れ、エイヤと気合一閃、着物のあわせをおさえながら雪駄せったをつっかけ庭から屋根を見上げたのでございます。やしきの屋根には大きな番傘が引っかかっておりました。微かに朱を混ぜた藍の、微妙な感じに色褪せたような染めをしており、ハテ、どこから飛んできたものかと思案しいしい眺めておりますと、風のまにまにはためいておりました傘が、ころりと平衡へいこうを失い、屋根の斜面を面白いように転げ、私の足元に落ちるや「ぎゃぴ!」と悲鳴をあげるのです。
「アタタタ、うう、ここはどこ」
「私の邸です」
「すわ、人間!」
「そう言うあなたはどちら様でしょう」
「よくぞ聞いた!」腰をさすっていた番傘はスクと立ち上がると大見得を切るのですが、背格好はそれほど私と変わらぬ女童でありました。「遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ! 我こそは鉄の祖神、天之麻比止都禰命あめのまひとつねのみこと、天目一箇にして……」
「唐傘お化けさんですよね」
「……最後まで言わせてよ」
「お名前は」
「多々良小傘、って何で答えないといけないのよ」
「不法侵入」
「ふ、不可抗力ってやつでありんす」
「ありんす? まあいいでしょう、どのあたりにお住まいですかね」
「うーん、別に、雲の間をなんとなく漂ってるかな……って、あんたこそ誰よ、わちきのこと探って、怪しいやつ」
「稗田阿求と申しま、へ、」へくち、とくしゃみ。折からの風がひときわ強く私のうなじを撫でてゆきました。
「稗田? 今ひえだと申したか。あの稗田か」
「間違いなく」
「わ、私の事調べて記事にする気」
「できれば」
「困る!」
「はあ」
「あちきのことが知れ渡ったら……誰も驚かなくなるじゃない!」
「いえ、もともと……」
「恐怖にはミステリアスさが必要だって本にも書いてあったわ……謎が恐怖を呼ぶの……それがなくなるんじゃあ、私のコケンに関わるわ! というわけだ、人間、書くな。さもないと、これだぞよ……」
 と、多々良小傘は傘の先を私に突きつけます。番傘にはお約束のごとくぎょろりとした一個の目が見開かれ、大きく裂けた口が真っ赤な舌をベロンとだらしなく吐いておりました。
「……怖くないですが」
「……ふ、ふふふ、気に入った、その脅迫に屈しない根性」
「いえ、ですから」
「ここは人間のたくましさに免じて、へ、へ、」へっくしょい!とくしゃみ。女童の彼女ではなくあろうことか番傘のほうが。どっちが本体なのだろう、と場違いな考えが私をよぎりましたけれども、ともかく、それが豪快なくしゃみとともに唾とその他のもろもろをまき散らしたことは事実です。
「……まだ冷え込みますからね」
「うう、今日は踏んだり蹴ったりだあ。空の上でも変な奴、空の下でも変な奴」
「ほう、詳しく」
「き、今日のところは百歩譲って退いてあげるわ人間。あちきの恐怖に震えて待つことね」
 そうして多々良小傘は滑るように空へと飛び立ち、若干例の風に流されながらも雲の向こうへと去ったのであります。そのフワフワした頼りなげな後姿にどこか愛着を感じつつ見送っておりますと、不図はからず、私は前髪に貼りついていたものに気づき、つまみあげました。桜の花びらでありました。すわ、もう咲いた花があったか、と見回すも庭にいくらか植わった桜はだんまりを決め込んでおり、ハテ、と首をかしげたところ、さきほど多々良小傘が去っていった方向……西の空に、淡く輝く白い影が認められ、間違いもしますまい、それは確かに、春告精リリーホワイトでありました。そうして私は、この風が春一番であることに、今さらながらに思い至ったのです。


そろそろ暖かくなってほしいですね。
つくし
http://www7b.biglobe.ne.jp/~tsukushi_k/
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コメント



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3.50名前が無い程度の能力削除
春一番も吹いたのに、まだまだ三温四寒といった趣ですね。
5.80名前が無い程度の能力削除
季節めいていていい空気ですね。
7.100名前が無い程度の能力削除
いいなぁ。
この空気、好きです。
8.90oblivion削除
ちょっとあったかくなりました。
なりましたね。
11.100奇声を発する程度の能力削除
とても良かったです
12.80名前が無い程度の能力削除
この雰囲気と掛け合いたるや、いとおかし。
13.30名前が無い程度の能力削除
あったかくなって来たよね
16.無評価名前が無い程度の能力削除
悪いとは言わんが作者の自己満足に偏りすぎる作品だ
評価不能
18.70名前が無い程度の能力削除
良かったです。
19.100名前が無い程度の能力削除
良い塩梅