Coolier - 新生・東方創想話

荒城の月

2011/03/27 01:59:53
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 東欧の、深い深い森の中。
 そこに、ポツンと一つ、小さなお城がある。それでも、数千人は入れるだろうか。全体的に赤を基調としたその城は、城主の栄光を称え、不夜城と呼ばれていた。
 幾つもの領地と、幾つもの称号を抱えたこの城の伯爵は、ある時歴史から忽然と姿を消してしまう。
 表向きは、流行り病による病死だと伝えられた。伯爵の二人の娘も、同様に亡くなったと。人々は、この優秀な領主の死を悼み、悲しんだ。


――――――


「不甲斐ない父親ですまない娘よ。でも、この能力はきっとお前を守ってくれる」
「お父様……?」

 彼方から喧騒が聞こえる。遠い壁の向こう。窓の外は藍色に薄明るく。夜が、明けようとしている。
 お父様と呼ばれた男性は娘を今一度抱きしめた後、従者を呼びつけ部屋を出て行った。側近の妖怪の一人、その中でも特に信頼していた者、に後を頼むと言い残して。
 その娘、レミリアは、ただ去る父の背中を見送った。きっともう会えない。でも、泣き言は言わない、呼び止めもしない。黙ってその後ろ姿を目に焼き付けておく事だけが、彼に対する敬意なのだと感じた。
 鬨の声が大きくなっていく……。

「お嬢様、こちらへ」

 その側近は、異国の衣装に身を包んだ妖怪。遥か東の国から来たと言う。名を、紅美鈴。レミリアを促す。
 少し待つように言って、目を閉じ十字を切る。彼女の父は十字架を恐れた。皆が言うには、生前敬虔なクリスチャンだったのだろうとの事だったが、レミリアにはその生前が何を指しているのか分からなかった。
 ただきっと、彼はキリスト教によれば罪人で、それがために苦しんでいるのであれば、自分だけはどうか彼が彼の信仰するものに救われる事を祈っても良いのではないかと思った。
 レミリア自身は、何を信仰してもいない。だが、全能なる存在に何かをすがりたくなる気持ちは理解できた。夜の帝王と呼ばれる吸血鬼も、きっと似た様なものなのだ。

 夜を駆ける影が二つ。振り返ると、燃え盛る城が見える。だから、決して振り返らなかった。一度見てしまえば、二度と脚が動かないように思ったから。もう、追っ手も撒いただろうと言う所まで逃げて、ようやく振り向く事ができた。
 自らの城が、住処が、生きる場所が。焼け落ちていく様。何度も目を背けたくなった。その度に、見届けておけと言われた。それが、貴女の責務。それが、

「新当主である貴女の成すべき事です、レミリア様」

 そう言って、紅美鈴が跪く。
 幼い心に、どう受け止めれば良いのか分からなかった。落ち延びる事が出来たのかも分からない、妹の事だけが気になった。



――――――



「パチェ、あと足りないものは何?」
「後は貴女の好みによるわね。墓参りするんだったら、従者でも雇ったらどう?」

 魔女の密会は、主に薄暗い室内で行われる。
 数本のロウソク、白いテーブルクロス。それに、少々の血を混ぜた紅茶とクッキーを用意して。

「従者?」
「そう、従者。いつまでも美鈴に色々やらせる訳にも行かないでしょう。と言うか、あの子不器用すぎ。多くの仕事を平行できるタイプじゃないわ」

 そう言って、紅茶を一口。こちらの紅茶には血液は入っていなかった。

「どこに行けば会えるかしら」
「東にでも行ってみればどう?」
「ここより東って、辺境も良い所じゃないの」
「じゃあ西でも良いわ。どうせ最終的には、貴女が決めたいようになるんだもの」

 それもそうねと言って、一人が部屋を出て行った。長い犬歯に蝙蝠の羽。その名をレミリア・スカーレット。世に名高い吸血鬼、その末裔。あれから数百年の歳月が経過していた。


 運命とは何か。例えば、黄色いような糸が視える。例えば、何か分かれ道で、こっちに向かった方が良いのではないかと思える時がある。そんな単純なものでは決して無い。それらは、直感と呼ばれるものだ。運命の糸は、もっと幽かに、そして静かに光る。
 彼女は、そこに至るまでに何をすれば良いか、それを理解する。全てが見える訳ではない。何もかもに適用できる訳ではない。ただ、このままならきっとこうなるだろうな。そんな予感が、じわりと体内に広がるのだ。誰も知る事の出来ない情報。それを知り、そこに干渉した時、運命はその姿を変える。そう、彼女は、運命を視ていた。
 彼女が何かを欲しいと願っても、そこまでの道は示されない。何か面白い事を。無駄である。だが、それでもやりようはあるのだ。大事なのは、無理を理解する事。
 彼女は夜を疾駆する。その、ともすれば直感と呼ばれそうな能力にかけて。

「あれがそうなのかな」

 前方に、小さな村が見えてきた。本当に、小さな村。家の数も、五十戸を下回る。この時代に珍しく、電気も申し訳程度にしか通っていない。その中の、小屋の一つに反応があった。
 この場合の反応とは、やはりレミリアの直感である。直感では無いのだが、便宜上直感とする。正確には、そこ以外の場所にピンと来る物がない。しかしそれで十分なのだ。何か少しでもこれだと思えるものがあれば、運命は、向かい努力するものに道を開く。
 明かり窓から中を覗いて見る。小屋の中には積まれた藁と、一人の子供。女の子だ。綺麗な銀髪をしている。そのまま身を乗り出して、話しかけてみた。

「ごきげんようお嬢さん」

 女の子が、キョロキョロと辺りを見回す。
 暫くそうしていた所で、明かり窓の存在を思い出したのだろう。顔を上げ、ようやくレミリアの方へと視線をやった。
 さぞかし驚くだろうな、などとレミリアがほくそえんでいると、

「うわっ、何やってんのあんた。その格好でごきげんようって、馬鹿か」

 尤もである。今のレミリアは、明かり窓から上半身だけが出ている。裏から覗けば、それは奇怪なオブジェクトに映った事だろう。本当は羽根を隠して親しみやすさを演出したつもりだったのだが、ごきげんようで親しみやすさも何も有った物ではないと気付いた。
 するりと身体を通し、少女の目の前に降り立つ。長く伸びた爪も、鋭い犬歯も、黒く揺らめく翼も、今度は何一つ隠してはいない。

「……あからさまに悪魔然としたのが来たわね。あなた吸血鬼でしょ、噂で聞いた事ある。それにしては随分と幼いみたいだけど」
「へえ、良く知ってるじゃないの。ここ最近はまともに活動もしてないってのに。褒めてあげる。でも幼いは余計よ」

 レミリアが、くつくつと喉を鳴らす。面白い子供だ。音に聞こえた吸血鬼を目の前にして、いささかも動じない。それどころか、うっすらと笑みを浮かべてさえいる。随分と余裕があるじゃないか。

「で、あんた何でこんな所に居るの? こんな、小汚い場所に」

 レミリアが尋ねる。まあ、おおよその見当はついている。この銀髪である。それなりに文明が進んだ今も、地方の田舎などにはこうした悪習が残っている事はざらにある。大方この子は、この髪色のお陰で魔女だとでも言われ、幽閉されたのだろう。

「ふん、あなただって、大体分かってるんでしょ? 想像した通りよ。笑っちゃう。私が何をしたわけでもないのに」

 そう言う少女の顔には、やはり少しの微笑が混じっていた。
 ほう、ほう。ますます気に入った。この落ち着きは、聖者の覚悟ではなく、何か打開策を持っている者のそれだ。だからこそレミリアを前にして怖気づきもしない。人の身には惜しい存在だ。こう言う人を食った様な輩は、闇の眷族にしてこそ真価を発揮する。

「ねえあなた、私の従者にならない?」

 気付いたら、スカウトしていた。あちゃあ、と思った。もっと他に、考えていた口上などもあったのに。少女は、呆気に取られてポカンとしている。

「あ、はは、最近の吸血鬼ってのは人手不足なのかしら。まさかこんな所でこんなのにこんな誘いを受けるとは思わなかったわ」
「あんまりな事言ってくれるじゃない。ふふ、貴女の待遇は約束するわよ? どう、やってみない?」

 勧誘に、熱が入る。少女も、まんざらでもなさそうだった。
 だが、そんな期待とは裏腹に、

「でも駄目、悪魔との契約はしちゃいけない事になってるの。小さい頃から皆言われて、誰でも知ってるような事よ。お引取り願えるかしら? 可愛い吸血鬼さん」

 そう言って少女はそっぽを向いてしまう。予想外の答えに、少したじろぐ。しかし構わず、追撃をかけた。ここで退いてどうするのだ。勧誘はしつこくが悪魔の業では無かったのかと。

「あら、それでも世の中には悪魔と契約したいって人は一杯居るわよ?」
「そいつらは馬鹿なだけよ」

 にべもない返事。そして少女は、今度こそ黙ってしまった。もう、呼びかけに応えはしないだろう。

「……出直してくるわ」

 そう言って、飛び立つ。後ろ手に、ひらひらと手を振る少女が見えた。


――――――


 魔女の密会は、常に薄暗い室内で行われる。
 今日用意したのは紅茶ではなくワイン。それも最高級の、白ワイン。吸血鬼なのに、白ワイン。これはもう一人の魔女、パチュリー・ノーレッジの好みによるものだ。ちなみにレミリアは、最近ビールにはまっている。ワインはそろそろ飽きたそうだ。
 そんな事はお構い無しに、グラスに注がれた白い液体が芳醇な香りを放つ。

「パチェ、やっぱり私あの子が欲しいわ」
「まるで恋のお悩み相談ね、女の子相手に。私の親友さんはそんな気があったのかしら? 悪魔と言うのなら背徳的で良いのかも知れないけれど」

 グラスを傾ける。良い物だった。モノ自体もそうだが、この組み合わせと、場の雰囲気が良い。酒気を帯びた匂いに、自然と頬が綻ぶ。
 テーブルの中央に置かれた皿には、数種類のナッツと、チーズが。この前はスルメなども食べてみたのだが、二人の口には合わなかった。美鈴だけは、「美味しいのになあ」などとこぼして食んでいたが。

「だからそう言う事じゃなくてねぇ!」

 激昂するレミリア。しかしそれにも動じる事はなく、パチュリーが人差し指を立てて、応える。

「良い事、レミィ。貴女はその子を自分の眷属にしたいんでしょう。ならそんな、下らない人間の常識など忘れさせてしまいなさい。もしその子が貴女の従者になるのならば、その時点で彼女は人間ではなくなるのよ。気を使ってやる必要が何処にあるの」

 そして、ナッツに手を伸ばす。これもまた、良い物だ。決してワインの味を邪魔せず、しかし十二分に自己の存在を主張する。美鈴の審美眼だけは、評価されるべきだと思った。買出しのセンスは絶望的だが。
 レミリアは何か考え込んでいるようだった。そうやって暫く居た所で、おもむろに立ち上がり部屋を出て行く。
 後に残されたパチュリーは、それを見届けながら一人好物の味を楽しんでいた。


 夜を翔ける一つの影。その姿は、人がそれを知覚できぬ程速く、獣が怯え隠れる程に強大で、風が思わず道を開けるほど優雅であった。
 空に光る星々、闇夜に浮かぶ月。こうやって疾駆している間、それらが自分を見守ってくれているように感じる。レミリアは、それがたまらなく好きだった。そのために、彼女は空を翔る。
 そうして再びかのボロ小屋に着いた時、時刻は深夜の一時を回っていた。全てが、寝静まっている。

「おきなさい、ちょっとあんた、おきなさい」

 頬を、ぺちぺちと叩く。んー、とうめき声を上げて、手を払われる。今度はつねってみる。逆に、つねり返された。レミリアは齢五百を数える吸血鬼ながらも、その姿は未だ幼い。ほっぺたは、もちもちしていた。

「凄い触り心地良いわね、あんた」

 そう言って、少女が起き上がる。レミリアにつねられていた所は、少し赤くなっていた。

「おはよう、お嬢さん?」

 にっこりと微笑む。悪魔の微笑みは、時として天使の容貌を取る。先程までつねられていた所は、少女と同様赤くなっていると言うのに。これには少女も、苦笑いをするしかなかった。

「また来るとは、随分と酔狂な吸血鬼さんなのね。今度からあんたの事暇血鬼って呼ぶわ」
「あら、出直す、って言わなかったかしら? それに、お化けには試験も学校も無いの。暇でこそ健全ってものよ」
「お化けに健全も何もあるの?」

 顔を見合わせて笑いあう。明かり窓から、月明かりがもれる。その光が、淡く二人の少女を照らし出す。

「ね、あなた、どうしても私の従者になる気は無いの? そこまでして、人間に義理を通す必要があるの?」
「それは、ね。私は、人間だもの」

 少女がやはり微笑みながら言う。あくまでも、自分は人間だと言うつもりなのだ。そして、それが悪魔との、確実な線引きだと信じて疑っていない。
 レミリアには、それが滑稽に思えて仕方が無かった。人。人間。そんなものに何の価値があろうか。きっとこの子供は、自分が何故人間で居たいのかさえも分かっていない。所詮は子供の浅知恵だ。
 レミリアが、口角を上げる。今度は、決して柔らかくなどない笑み。紛れもない、夜の帝王の顔。悪魔の顔。

「ふふ、ふ、人間。貴女のその幻想、ぶち壊してあげるわ。そして心に名を刻みなさい。この、レミリア・スカーレットの名を」

 腕を高く上げ、指を鳴らす。少女が言葉の意味を理解した時、にわかに辺りが騒がしくなった。
 怒声と、足音。そして、叫び声。熱風が、窓から小屋へと入って来る。

「あなた、何をしたの……!?」

 レミリアは応えない。ただ、楽しそうにどこかを見ている。
 足音が聞こえてくる。小屋の扉が、開け放たれた。そこには、血相を変えた男達が数人。みな、手に思い思いの武器を持っている。

「お、お前の仕業か……!」

 息を切らせながら、彼らが入ってきた。眼に、異様な光が宿っている。あれは、憎しみの眼。敵を、一片の容赦も無く切り刻む事の出来る者の眼。
 男達の一人が、未だ楽しそうに口を歪ませているレミリアの姿を捉えた。悪魔、悪魔だ。口々に、言葉が伝染する。
 少女がその企みに気付いた時にはもう遅かった。レミリアは男達へ向き直り、含みの有る表情をして虚空に消える。後に残されたのは、少女と殺気立った村人のみ。
 一人が、鍬を振り上げ向かってきた。それを口火に、他の者達も少女へ向けて殺到する。弁明をする暇などは、与えられなかった。


 夜の森。村からそう遠くないこの森の入り口。その木の上に、レミリアは立っていた。
 視線の先には夜をものともせず紅く輝く先ほどの村。その光は天を焦がし、レミリアの顔にも照り付ける。

「さて。あの子は無事に生き延びてくれるかな?」

 確信はあった。彼女に何が出来るか、どんな能力を持っているかも知らない。それでも、彼女は生き延びる。そして自分の前に現われる。
 あの燃え盛る中から、何人を殺して、何人を殺さないで。さあ何時になったら現われるかな。

「レミ、リア……!」

 木の下から、少女がこちらを睨んでいる。思ったよりも早かった。予想では、もっと時間をかけて、村人と血みどろの争いを繰り広げながら、ここまで来ると思ったのに。
 素晴らしい表情だと思った。激情に突き動かされている。そうだろう、もうあの村は立ち直る事すら出来ない。それでいて、実は怒りなどはとっくに消えかかっているのだ。別に、あの村のためにレミリアを恨んでやる義理もない。けれど彼女はレミリアを憎んでいる。

「そんなに睨まないでよ、お嬢ちゃん」
「あなたのお陰で、殺されかけたわ」
「そんなもの、どうせ遅かれ早かれあなた殺される予定だったじゃない」
「私は逃げられたのよ。降りてきなさい、八つ裂きにしてやる。このままじゃ腹の虫が収まらないわ」

 ううん、良い感じに眼がぎらついている。あくまでも個人的な理由で、自分に立ち向かおうとしている。
 元々、彼女が何を考えているかなど、レミリアにはどうでも良かった。ただ自らの運命に従うまでである。

「ね、私とお話しましょうよ」

 木の上から飛び降りる。このまま、無理やりにでも説得してしまうつもりだった。吸血鬼の目の前に立って、惑わされない者など居ないのだから。
 しかし次の瞬間、何故かレミリアの視点は上を向いていた。何か、されたのか。たまらず飛び上がろうとする。飛び上がれない。腕を振ろうとする。動かない。地を。蹴れない。

「残念だったわね吸血鬼。私の前に立った者はみなそうやって死んでいく。私に勝てる生物なんて、いやしないわ」

 どさどさと地に落ちる音。それはレミリアの首であり、胴であり、脚であった。少女の手の中には、何時の間にか一振りのナイフが握られている。何をされた。理解が出来ない。
 最後、止めとばかりに地に落ちたレミリアの頭めがけナイフを投擲し、少女はまたどこかへと去っていった。



――――――


「ねえパチェ、私の能力って無敵じゃなかったの」

 本日は趣向を変えて、旬の果物を使った盛り合わせ。それが多種多様なソースと共にテーブルの上へと並べられている。

「知らないわよそんなの。貴女が最強のように使えばそれは無敵なのでしょうけど、そんな扱いにくい能力、そうそう上手く行くとは思えないわ」

 一口大にカットしたそれを、箸でもってつまみ、口に運ぶ。最近では箸の使い方にも慣れてきた物だった。流石にまだ豆を移し変えることまでは出来ないが、そばを啜る程度ならばそれこそ朝飯前に出来る。

「むぐぅ」
「ただね、レミィ。その娘の能力には心当たりがある。もしそうだったら、これ以上無い能力よ」
「ほほう、聞かせてくれたまえ。ノーレッジ君」

 レミリアが、大儀そうに言ってのけた。パチュリーが、少しもったいぶりながら、

「時を操る能力よ」

 言うが早いか、レミリアがテーブルに両手を突いて立ち上がる。その眼は、好奇の光に満たされていた。

「え、それ、物凄いんじゃないのちょっと」
「ええ、一介の人間が持っていて良い能力じゃないわね。でも、これ位出来るのならばあの余裕も頷けるでしょう?」

 またレミリアが顎に手を当て、考え事を始めた。パチュリーはそんな親友を横目に果物をほおばり、水を飲んでいる。
 そう、今回は敢えて何の変哲もない水が出されている。果物の味わいを損なわず、口内をリセットするためのもの。しかしそれでも、程よく冷えていて喉越しも良いものを厳選しているのだが。

「次は私も付いて行きましょうか?」

 とパチュリー。ありがたい申し出ではあったが、折角ここまで一人でやったのだ。「次失敗したら頼むよ」と言い残し、レミリアはまた一人夜空へと飛び立って行った。



 夜の街並みは霧深く、街灯を淡くゆらがせる。
 この、人の住む街と言う物が、レミリアは好きではなかった。簡単な理由である。ここはお前の居場所ではないと、そう言われている様な気がするのだ。単純な理由だったが、だからこそ力強い。

「昔はこの辺りも私達の勢力圏内だったんだけどねえ」

 一人ごちる。遠い昔の話だった。
 あの少女の居る場所を探す。どうせあの容姿、人の多い所に居るとは思えない。案の定、反応は裏町のそのまた一角。誰も使わないであろうボロアパートの、そのまたボロ部屋から返ってきた。
 あまり、時間をかけたくない。退治屋と言う職業がその需要を無くして久しいが、それでもまだ、人の街には人の街の力があった。
 姿を隠し、声だけを届ける。

「ハロー、ご機嫌はいかがかしら?」

 気配が、飛び起きるのが分かった。辺りを探している。無駄だと言うのに。今のレミリアの体は、人の姿を取っていない。

「あなた、確かに殺したはずじゃあ……」

 息を切らせ、少女が尋ねる。声をかけてからまだ数秒と経っていないのに、まるでそこら中を飛び回ったような様子。なるほど、これは時を止められると言う話も真実味を帯びてきた。ならば……。
 声は四方八方から、空間を越え鳴り響く。

「残念、あれくらいじゃ私は死なないの。でも貴女には失望したわ。折角の私の誘いを断っておきながら、結局はこんな所でこんなボロのような生活をしてるだなんて」
「ふん、だったら来なければ良いじゃない。早く姿を現しなさいよ。今度こそ再生不可能なほどに細切れにしてあげるから」

 ナイフを構えているのだろうか。殺気が、離れていてもひしひしと伝わって来る。とても濃い。

「ははは、お前、何人殺してきたんだ。この世の中で。こんな平和な世の中で」
「十五人。死体は海へ捨てたわ」

 何でもないかのように、少女が答える。それがおかしくて、レミリアは吹き出してしまった。

「立派な殺人鬼じゃないか。こんなものを飼っておかなければならないだなんて、人間も大変なものね」
「何が言いたいんだ」

 少女が声を荒げる。レミリアが、言う。

「お前は人間じゃないって言ってるんだ。立派な化け物だよ、お前」



――――――


 人の世は、渡り難く。
 そも自分がどうやって産まれたのか、それすらも知らない。気付いた頃にはどこかの孤児院に居て、何か良く分からない仕事をさせられていた。銀の髪は、その頃から畏怖の対象だった。
 時などと言う概念は知らない。世界などと言う概念も知らない。ただそこに、自分とそれ以外があるだけ。皮肉なものである。そう思った時、彼女は時を支配できるようになっていた。
 ある日、暴漢に襲われた。それが色欲に狂ったならず者の仕業だったのか、それともともすれば姿を消し、気付けばあり得ない様な場所から出てくる、そんな彼女を疎んでの差し金だったのかは、もう知る由も無い。
 次の瞬間、暴漢は首を裂かれ、血の笛を吹きながら崩れ落ちた。彼女の手には果物ナイフ。無我夢中での行動だった。

 走った。ひたすら走って逃げた。子供の脚で、何処へ行ける訳も無いのに。だから、時を止めた。時を止めて、何日も走っていった。
 何処に潜んでいたのだろう。結局の所、雨風がしのげる場所ならば何処でも良かった。何かから逃げるように、誰にも見付からないように、何処かの家の屋根裏に潜り込んでは、そこで夜を明かした。
 安息の地が欲しかった。日が昇り、外に出てみると、見えるのだ。笑っている子供の姿が。楽しそうに市場を見て回る人の姿が。せめて人並みには、あんな事をしてみたいなあ。そう思ってしまうのだ。叶わない事だと知りながら。
 家々を渡り歩きその間、三人に襲われ二人に騙されかけた。何も、悪い事などしていないのに。彼らにとっては、自分が何をしているかなんてどうでも良い事なのだ。全員、刻んで皮袋に入れた。時を止めれば造作も無い事だった。私はせめて静かに生きて居たいだけなんだ。それを邪魔する者を殺すのに、些かの抵抗も無くなっていた。

 そうして、今に至る。その時間は長かったのか短かったのか。人間の少女が、少女の姿のままで居られる時間だったのか。分からない。彼女には、おおよそ人類の持ち得る学などはなかった。あるのは即ち自分自身だけだった。だからこそ、時を止められた。



 まさか生きていたのか。この薄暗い、住民も知らないような空間で声をかけられて、真っ先にそう思った。そしてすぐさま時を止めた。吸血鬼の復讐ほど、怖ろしいものは無い。
 彼女の、世界。
 それに色彩などは必要でなく、ただ灰のような。そこに何があるか、自分でないものがどう言った形をしているか。彼女が認識する事に、必要だと思う情報はそれだけだった。
 その中を彼女は動く。音も立てずに。音を伝えるはずの空気も、止まってしまっている。

 目に付く所は全て探した。建物の外も、少し離れた、隣の建物の中まで。しかし見付からない。まるで霞のように消えてしまっているのだ。
 このまま、逃げてしまおうかと思った。止まっている時の中でなら、いかな大妖怪とて自分の行動を認識する事は出来ない。しかし、逃げて何処へ行こうというのか。結局は、また見つけ出されるのだ。
 元居た場所に戻って、時を解除した。もう、これ以上の抵抗は無駄だと言う気になった。

「あなた、確かに殺したはずじゃあ……」

 率直な気持ちが、口からこぼれた。姿の見えないあの吸血鬼が、確かに笑ったように感じられた。




「お前は化け物だよ」

 そうレミリアが言った時、部屋の空気が一変した。ヒヤリとした、一点の、部屋のほんのかすかな空間から発せられる。それが、確かにこの部屋を尋常から尋常でないものへと変貌させている。
 それにも構わず、レミリアはなおも続ける。

「怒るなよ、だってそうだろう。人に疎まれ、排除され、そしてお前は人を手にかける。お前はこっち側だよ。人間だなんておこがましい。私と、同類だ」

 怒りではなかった。既に、怒りなどは通り越している。血が熱く滾るわけでもない。すぅと、心は落ち着いている。さざなみの一つも立たない。だが。
 その眼には、赤い涙。ただ一点だけを見つめている。きっと彼女は、次に視界に入った者を、それが何であろうとも物言わぬ塊にしてしまう。
 黒い霧が集まり、形作る。吸血鬼の数ある能力の内の一つ。それは段々と線を濃くして行き、かのレミリア・スカーレットの形を取る。瞬間、世界が、色を失くした。

 時が動き出したのだろうか。それとも、未だ止まってすらいないのだろうか。二秒、三秒と経ってもレミリアの身体が微塵になる事は無く、また少女の身体も、そこから動こうとはしない。

「これが吸血鬼の魔眼よ、お嬢さん。そのままで良いから、ちょっと話聞いてくれる?」

 その眼を直視したものはみな魂を束縛されると、伝承はそう記す。少女が時を止める刹那、その刹那で良かった。視線の交差に、少女は自由を奪われる。レミリアが、少女のもとへと歩を進める。

「断言してあげる、お前はこの世に産まれて来てはいけない存在だった」

 立ち尽くす少女の目の前で立ち止まる。少女が、辛うじて目だけを動かしレミリアを見る。

「きっとこれから、お前はもっと強い迫害を受ける。もしかしたら、何か研究の材料にされるかもしれない。研究所って物を知っているかい? お前はそこに連れられて、動物と同じ扱いを受けるんだ」

 実際に、そう言った例が無い訳ではなかった。もう随分と昔の話になるが、研究のために捕獲された化物、人間は確かに居る。そのどれもが、二度と帰って来る事は無かった。

「ねえ、私はお前が欲しいんだよ。こっちに来い。教育も、地位も、他者との繋がりも全て与えてやる。だから、こんな所で無駄な生を送るな。お前は、生きるべきなんだ」

 言い終わると、レミリアは動けない少女を担ぎ、夜空へと舞い上がった。返事を聞く気などは最初から無い。あとは、館で覚悟を決めてもらうだけだ。



――――――


「で、今は客間に寝かせてあると。無茶するわねレミィ。そんな厄介な能力の子連れてきて、私知らない内に死んでましたとか嫌よ?」
「まあまあ、私を信じなさいって。運命は、彼女を選んでいるわ」
「またそんな格好良く言おうとして。所詮は直感でしょうが」

 今日は、テーブルの上に何も乗っていない。いや、語弊がある。食べる物は、何も乗っていない。中央に、淡く光る物体が置いてあった。球体に台座が付いて、中に明かりを入れるもの。プラネタリウムと言う物だった。安物だが、それなりに魅せてくれる。
 星空が、暗い室内に広がる。それは例えば、宇宙の中を漂っているようにも感じられて。酒など無くても、それが二人を酔わせるのだった。
 ふいに、ドアがノックされた。この館のメイド長兼門番兼雑用である、紅美鈴。とは言っても、この館には彼女以外にメイドは居ないのだが。
 パチュリーが中へ入るように促す。
 入ってきたのは、前述した紅美鈴と、そしてあの少女。手には後ろ手に枷がはめられている。

「あの、言われたとおり連れて来ましたけど……」

 美鈴が、おずおずと尋ねる。無理もない。未だ、彼女は事情を知らされていなかった。いきなりこの少女を差し出され、枷と、目を覚ましたら連れて来る様に、そう言われただけなのだ。
 一方少女の方は、こんな状況にもかかわらず。こんな状況だからだろうか、敵意を剥き出しに、目をギラつかせている。今にも飛び掛り、喉笛を食いちぎってやるとでも言うかのように。

「ま、ま、ま、落ち着きなさいな、お譲ちゃん。あなたが私の家来になるって言うなら、その枷解いてあげる」
「この、卑怯者め」
「んー? 聞こえないなあー?」

 少女の呪言も気にせず、けらけらと笑っている。明らかに楽しんでいるのが、周囲の二人にもハッキリと分かった。

「レミィ、そんな茶番は良いからさっさと終わらせなさい。契約だのなんだのだって、本当はする気も無いんでしょう」
「む、仕方ないな。とにかく、お譲ちゃん、選ばせてあげるよ。私の家族として、この紅魔館に来るかどうか。別に断っても良いよ。それならもうこの話はお流れだ。これ以上付き纏うような事もしないさ。私としては、是非とも来て欲しいものなんだがね。変な意地なんて張らずに」

 レミリアは運命を信じている。その昔、一人自分に付いて来てくれた美鈴。行き倒れている所を拾って意気投合したパチュリー。そして、最愛の妹。
 全ては、そう成るべくして成る。だから、レミリアは心配などしていなかった。返事などは聞く前から決まっている。
 さあ、言うぞ。あの言葉を。

「もう、参った。降参よ。煮るなり焼くなり好きにしてよ。あんた相当に意地の悪い奴だ」

 彼女は、承諾した。すんなり受け入れると言う訳には行かなかったけど、それでも承諾は承諾だ。
 それは定められていた運命だったのか。少なくとも、レミリアにとってはそうだった。自らが操作し、そう成らせた運命。暗い部屋に、明かりが灯る。少女の枷が、外される。

「おめでとう、お前はこれから紅魔館の一員。そして私の一番の従者だ。ついでに新しい名前も与えるぞ。IZAYOI SAKUYAだ。もう一度言おうか? IZAYOI SAKUYAだぞ。良い名前だろう。こう、エキゾチックな響きがあって。じゃ、後で色々と紙に書いて渡すから、それまでは美鈴に付いていなさい。美鈴も、色々と教えておいてやってくれよ」

 一息に言うと、またレミリアは明かりを消してプラネタリウムを点灯した。少女は、美鈴に連れられて部屋を後にする。
 ドアが閉められ、部屋にはまた小宇宙と静寂が戻った。

「まー、凄いはしゃぎようね貴女」

 とパチュリー。

「あ、やっぱり分かっちゃう?」

 などとレミリア。少し、羽根の先がピクピクと動いている。
 先程少女に与えた名前「十六夜咲夜」は、前々から彼女が自分の従者に付けようと考えていたものだった。日本語で、満月の一歩後ろに輝く者、と言う意味だ。そう、日本語で。二人とも、日本の文化についてはそれなりに勉強していた。何故。これからに必要だったから。

「あとはお墓参りだけかしらね。早くしなさいよ? 近日中には移動するから」
「うん、分かってる。明日にでも、あの子を連れて行って来るわ。……もう、これで見納めかしらね」
「そうかもね。しっかりと目に焼き付けておきなさい。次に戻ってくるのは、それこそ何年後になるのかも分からないんだから」


 真夜中、月が高く昇った頃に、レミリアは少女を連れて館を出た。手提げ鞄と、幾らかの花束。それを少女に持たせ、自分はその少女を抱えて飛ぶ。傍目には間抜けだが、これが一番効率の良い方法だった。それに、こんな夜中にレミリア達を見て笑う者など居ない。
 形こそ従者の様に振る舞ってはいる物の、少女は決して良い気分ではなかった。誘拐され、改名を迫られ、付き人として自由を奪われた。
 何故自分がこんな目に、と言うのもあるのだが、何故こうも自分を追い回すのかと聞いても、「それが運命だからよ」としか答えられないのも腹が立った。
 時を止めて逃げた所で、きっとまた連れ戻される。あの時に逃げておけば良かったか。良い話かとも思ったものだが、今はただ、目の前にいるこの吸血鬼が何を考えているのか分からない事が、どうにも不気味だった。

 暫く、三十分ほどだろうか。飛んだ先で、レミリアが地に降りた。山の中、開けた場所。そこかしこに、石で出来た何か。その残骸が見える。
 さくや、さくや。レミリアが、何かを言っているのが聞こえる。咲夜はそれが自分の名前だと気付くのに、それなりの時間を要した。

「もう、貴女の名前は咲夜だって教えたでしょ。ほら、付いて来なさい。大事なことなんだから」

 咲夜はしぶしぶと付いて行った。なんとなく、たしなめ方が母親の様で気に食わない。顔に出ていただろうか、レミリアがにやにやとこちらを見ている。ああ、からかわれているな、そう感じた。
 レミリアの後を付いて行く内に、ここが巨大な建造物の跡地だと言う事が分かってきた。あの石は、土台の欠片。良く見渡すと、庭であっただろう場所も見える。
 もう少し歩き、ひときわ広い一帯の中心。そこで立ち止まり、レミリアが花束を投げる。そのまま目を瞑ったので、咲夜もそれに倣って黙祷を捧げた。暫くの間、そうしていた。




「ここはね、私の生まれ育った場所なの」

 おもむろに、レミリアが言葉を発した。
 多分、あの辺りに私の部屋があったのかしらね。そう言って、中空を指差す。咲夜には分からなかったが、レミリアの目にはあくる日の光景が浮かんでいる様だった。
 手提げ鞄を広げ、中から四角いものを取り出す。黒くて、ボタンが複数付いており、硬そうな材質で出来ている。たしか、ラジカセと言う物だったか。今まで遠目に見た事はあったが、咲夜には無縁の財物であった。
 レミリアが屈み込んでそのラジカセをいじると、音楽が鳴り出した。とても荘厳な印象を与える。クラシックだ。確かこう言ったものをクラシックと呼んだように記憶している。

「ベートーヴェンで、悲愴よ。さ、踊りましょう。これが私流の墓参りの仕方。良いでしょ、趣があって」

 そう言って、咲夜の手を取る。咲夜は、まだ理解が追いつかないようで、目を白黒させている。連れてきた相手がこんな反応をするのも、レミリアにはもう慣れたものだった。
 墓参りの日の他にも、家族が増える度に彼女はここを訪れる。そして決まって、この場所で踊るのだ。一人で来た時は一人で。二人で来た時は、二人で。最近、音を再生できる機械を手に入れた。それからは、思い思いの曲を伴奏に踊っている。風の囁き、虫の鳴き声を聴きながら踊るのもオツなものだったが、やはり月夜に音楽を、と言うのも素晴らしいものであった。
 踊る。踊る。おぼつかない足取りで、舞うように、浮くように。咲夜をリードしながら、レミリアはその広場を。かつて広間があったであろうその場所を、舞い続けた。

「ねえ咲夜、貴女はまだ私の事が信用出来ない?」

 踊りながら、レミリアがふとそんな事を聞いてくる。咲夜にはもう、良くは分からなくなっていた。ただ、素直に返事をするのも癪だったので、信用できないね、と答えておいた。
 レミリアは、ふ、と笑って立ち止まり、咲夜へと向き直る。急に立ち止まったため少しよろける咲夜を見ながら、諭すように言葉を紡ぐ。

「長い、時を……長い時をかけなければ信頼は築けないだなんて、そんなの臆病者の言葉だと思うわ。そう、私は、私の運命の名の元に、それを否定する。咲夜、貴女は私が選び、私が導かれた先の子。まだるっこしい事は抜きよ。私は貴女に愛を与える。だから貴女も私に心を開きなさい。これは主としての命令でもあるし、レミリア・スカーレットとしてのお願いでもある」

 そうして、また踊りだす。今度は、リードを緩めて、咲夜に合わせて。咲夜はレミリアと目を合わせようとはしなかったが、また踊る事を拒否するそぶりも見せなかった。
 ラジカセから「悲愴」が流れ続ける。踊りながら、歌うようにレミリアが言った。

「そう、今宵、私と貴女は二人きり。明日はまだ遥か遠くに。踊りましょう。夜は永遠なのだから」

 ずっと、ずっと、音楽が鳴り止んでも。二人は月明かりの下、踊り続けていた。


――――――


「お父様は、偉大な方だったわ」

 夜が明けるころ、二人はようやっと踊り疲れ腰を下ろした。鞄の中には、折り畳み式の日傘も入っている。それを咲夜に持たせて、瓦礫の上に並んで座っていた。

「ヨーロッパ中に名前が知れ渡っていてね、妖怪達からの声望もあった。私は、お父様の事が大好きだった」

 ぽつり、ぽつりとレミリアが語りだす。咲夜はじっと耳を傾けている。既に随分と空も白んでいた。月はとっくに沈んでしまっている。

「それが、ね。人間たちにやられちゃって、この様よ。妹は、お父様が殺されたショックで気が触れてしまった。今度会わせてあげる。最近は落ち着いて来ているみたいだから」

 明るくなってきて良く見回すと、相当に大きな城のようだった。少なくとも、小城の類ではない。草木が生い茂る様子が無いのは、レミリアがちょくちょく来ては手入れをしているからだろうか。
 瓦礫の何箇所かに、焦げたような跡がある。血痕のような物も。そのどれもが、この城が崩壊するその原因となったであろう、当時の凄惨さを物語っていた。

「あれから、長い時が流れた。今じゃ私も、お父様より年上になってしまった……」

 段々と、声の調子が弱くなっていく。

「でもね、駄目なの。どうしても怖いのよ。人間が、それに狙われてしまうような力を持つ事が! ……だから五百年生きた今でも、未だにこんな姿よ。笑っちゃうでしょう、音に聞こえた吸血鬼が、落ちぶれたもの」

 咲夜は、何も言う事が出来なかった。
 レミリアが顔を上げる。

「ねえ貴女は、私をレミリア様ではなく、お嬢様と呼んでくれる? 当主ではなく、ただの、娘として。何も無かった、何も無くて良かった、あの頃のように」


 吸血鬼は儀式を重んじる。それは吸血鬼だからと言う訳ではなく、強大な力を持った者だから。意味の無い物に価値を求めようとする、妖怪の概念から。
 この告白も、儀式なのだった。月夜のダンスも、ボロ小屋での邂逅も、魔女として、親友に相談を持ちかける事も全て。
 その儀式は形だけのものではなく、精神の在り方に密接に関わってくる。ここに、レミリア・スカーレットは十六夜咲夜へと最後の問いかけをした。自らの深部を曝け出してまで、彼女との運命を切り開こうとした。

 この問いかけをした時、あの落城の日が思い返された。同じ質問をし、少数逃げ延びてきた者達はその殆どがレミリアの下を離れていった。残ったのは、紅美鈴ただ一人。あとは、手が付けられなくなって幽閉した実の妹のみ。みな、役に立たない指導者に用は無いと言った。彼らがその後どうなったのかは、ついぞ情報として入ってこない。
 誰もが、父に良く仕えていた者達だった。その頃は、レミリアも玉のようにもてはやされた。彼らが去って行った時、レミリアに見捨てられたと言う感情は湧いて来なかった。逆である。レミリアが、彼らを見捨てたのだ。まがりなりにも夜の帝王の血を引き、幼いながら彼らの誰よりも強かったレミリア。彼女は、我が身可愛さに帝王の座を拒んだ。そうしてしまった時、きっと彼女は誰からの信用も失ってしまったのだ。
 一人残った美鈴に何故残ったのか聞いた所、特に理由は無いと返された。ただ「誰か一人くらいは傍に居てあげた方が良いかな、と思いまして」と言われた。どれだけ有り難かった事か。それ以来、紅美鈴は家老のような存在になっている。表には殆ど出てこないが。
 パチュリーはどうだっただろう。別に何とも無いと言われた。それで終わった。だから、彼女は客分であり親友である。居候の身分でこれ以上言う事も無いわよ、とは彼女の言い分だ。

「一つ、聞いても良い?」

 咲夜が口を開く。

「どうぞ」
「何で、私なの。それだけがどうにも解せない。と言うか貴女、ストーカーよ。それもかなり質の悪い。そんな事をして、こんな事までして、何で私に構おうとするの」

 尤もな疑問だった。きっと、答えても納得は出来ないだろうなと苦笑する。

「例えば、貴女が実は世界を滅ぼす存在で、私が介入していなければ世界は絶望に包まれていた……とか言ったら信じる?」
「信じないわよ、どうせ嘘なんでしょう?」

 そう言って咲夜が笑う。応じるように、レミリアも。

「そう、嘘よ。でもね、結局はそんな物なの。運命なんてものは特にね」
「何それ、全然分からない」
「分からないなら分からないままにしておきなさい。こんな能力、私以外から見れば直感でしかないのだから」

 それが、貴女にしなさいと告げたのよ。そう言ってレミリアは口を閉じた。咲夜は少し逡巡する。確かにそんなロマンチックな話は嫌いではない。だが、それでもいざ自分で体験してみると何とも変な気持ちだった。
 レミリアは、黙って答えを待っている。結局は直感と言ってしまっても良いのかもしれないな。自分にだってどのような理屈でこう思うのか、本当に分かっては居ないのだ。咲夜がこの末どのような選択をするか、一種の賭けではあった。
 咲夜を見つめ、答えを促す。少し、目をそらされた。駄目だったかな、と言った思いが心によぎる。大丈夫だと自分に言い聞かせた。ここで彼女を信じられないで、どうすると言うのか。


「……お嬢様」

 咲夜は、一言そう答えた。それだけで十分だった。日傘を持つ手は、完全に昇り来る日光を遮断している。肯定の意思表示。レミリアは、賭けに勝ったのだ。心配はしていなかった。決して心配はしていなかった。が、それでも思わず安堵のため息がこぼれた。
 何か、劇的な変化があったとか、琴線に触れたとか、そう言う事ではない。咲夜にもまた、理由と呼べるものは存在しなかったように思う。
 しかし、それで良いのだ。一つ、まあ付き合ってやっても良いかなと思えるだけで。それだけで人は命を張れる。誰かのために、何かのために。咲夜は、この憐れな吸血鬼のために、何かしてやっても良いかなと思えた。それで、十分だった。
 きっと時々には衝突したり、喧嘩したりもするのだろう。でも、彼女はもうレミリアの従者だ。それは絆であり、情であり、詰まる所の、運命なのだ。もう一生離れる事は無いであろうとの運命。それが二人の間に決定付けられた。


 館に戻ると、美鈴が出迎えをしてくれ、もうすぐ出発だと伝えてきた。数日後ではなかったのかと思ったが、確かにもうこちらでやり残した事も無い。行けるのならば、行ってしまっても良かった。
 既に館を囲むように、魔方陣が刻まれている。前々から準備はしてあった、その最終工程も完了している。魔方陣が淡く光を帯びはじめた。
 咲夜が、これは一体何なのかと聞いて来る。そう言えば、彼女にはまだ殆ど何も教えていない。館の設備も、礼儀作法も、次の、移転先すらも。
 魔方陣の準備を終えたパチュリーに、説明をしてやってくれと頼む。

「これから私達は遠く日本へと旅立つの。ただ、普通にすごすご行くだけだと癪だからね、館ごと持って行って驚かせてやろうかと思って」

 咲夜が目を丸くする。無理もない。だがこの程度、笑って飛ばせるようになってもらわなければ。
 美鈴が、早く中へ入るようにと言ってきた。もうすぐ、魔方陣が発動する。その時、この空間ごと館全体が“薄く”なる。存在の揺らいだ紅魔館は、中に居る物を含めて結界に引き寄せられ、幻想郷に着地する。
 この情報を集めるのに十数年を要した。最初は、何処か遠くの地で妖怪達が何かをやっている、と風の噂で聞いただけだった。ある時、その噂がばたりと絶えた。そして代わりに、妖怪達が跡形も無く消えてしまうと言う噂が世界中でちらほらと聞こえるようになった。
 その二つが結びついた時、確かに確信したのだ。妖怪の隠れ里が存在するのだと。そしてそれは、数多の妖怪を受け入れようとしているのだと。
 窓の外の景色がぼやけて見える。移転が始まったのだ。次に見える景色は、感じる空気は、少なくともヨーロッパのそれでは無いだろう。

 さて、舐められないようにしなくちゃな。揺らぐ景色の中、そんな事を、レミリアは考えていた。
 まあ、大丈夫だろう。なんたって自分の周りには、私の運命に導かれた、それは頼もしい奴らが揃っているのだから。


END
例えば、失敗したとしても最終的に良い結果になればそれは運命の導きなのですよ。

・・・・ああっ、インチキだなんて言わないでっ。
凄いあやふやな能力です。なので、凄いあやふやなお話です。理由とか、結果とか、諸々。
でもきっと、お嬢様にはこの上なく確かなものとして認識されているのです。怖いですね、妖怪って。




最初、レミリアのお父様の話を書こうと思ってました。容量のデフレーションも激しいし、ここらで一発、長いの書くぞ!と。
そしたら、ネタを詰めれば詰めるほど東方からかけ離れていってしまって、泣く泣く今の形に変更しました。
レミリアの言葉の端々に、その時の設定が残っています。アレーサクヤサンガココマデデバッテクルヨテイハナカッタノニナー。これも運命か。

ちなみに流れている曲が「運命」ではなく「悲愴」なのは、運命だと安直すぎるかな?との他に、自分がビリージョエル大好きだからってのがあります。
本当もう、分かる人にだけ分かる小ネタって事で。

月って良いですよね、色々な暗示があって。荒城に踊る月はきっと色々な理由があって輝いていたのです。

それではどうも、読んで下さりありがとうございました。

追記 5/21
めっちゃ修正しました。
これで随分と読みやすくなったはず。
ごまポン
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コメント



0.840簡易評価
1.90奇声を発する程度の能力削除
あやふやな感じでも良いじゃない
踊るシーンとか素敵でした
4.80名前が無い程度の能力削除
なにこの素敵な雰囲気。過去話は大好物です。
6.100愚迂多良童子削除
是非、パチュリーとの馴れ初めも見てみたい。
7.90名前が無い程度の能力削除
こういうの好きよ。
18.100miyamo削除
なる、確かに人生全部に理由なんてつけようもないし、
結局直感が一番だったりするものですもんね!(あれ?違う?)
レミリアの能力の曖昧さをうまく表していると感じました。
実はお話って一番雰囲気造りが大変だと思うので、素直にあなたの才能が羨ましいです