Coolier - 新生・東方創想話

わたしは飼い主

2011/03/21 23:23:29
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 古明地さとりは飼い主として無能であった。
 そのため、地霊殿の住人たちの共通の命題は、主人のおぞましい寵愛をなんとか回避することにあった。

「くるぞ、くるぞ、主人がくるぞ……にげろ! かくれろ! みをふせろ!」
「なんだ、やつらは。ご主人さまがいらっしゃるんだ。どれ、かわいがらせてやるとしよう」

 たいていの新入りは、なぜ逃げるだけで抵抗しないのかという疑問にとらわれ、ためしにと主人に立ち向かってみるのだが、そこで得られた経験は本能の隣にじっとうずくまり、常に警告を発するようになるのだった。そして、その頭の中に備え付けられた警鐘のわめき声に耐えきれなくなった住人は、すばらしい好条件の住処を手放し、地底のひどい臭いと湿っぽさにふたたび身をあずけることになった。
 この一連の流れは地霊殿の住人になるための手続きのようなもので、住人たちが互いにいっそうの親しみを持てる仕組みとなっていた。
 というのは、同じ悩みをかかえるものが身近にいることほど、慰めになるものはないのである。
 
「やあ、きみ、ひどくつかれているね。主人にあぶらでもしぼられたのかい」
「いや、ぎゃくだよ。きみとおなじでね」
「主人はかわいいかわいいとぼくらをなでてくるんだが……」
「なでる? あれはそんなやさしいものじゃない!」
「ああ、そうだ。まったく、主人はぼくらのきもちというやつを……まったく……まったく……」
「まったく……まったく……」

 このように、住人たちは互いにある種の共感と憐憫をおぼえていて、そうした事実を日々の活力としていたのだ。
 どうして、気ままに生きるべき獣が辛抱づよく主人に付き合う生活を選んだのかといえば、先ほども述べたとおり、地霊殿ほど居心地のいい寝床はこの地底においてほかにはないからだ。
 食うに困らず、寝るに邪魔されず、生きることの楽しみを堪能できるすてきなおうち!
 ただひとつの問題……不定期におとずれる主人の教育をのぞけば、これほど住みよい巣はないだろうと誰もが同じ結論に行き着くのだった。
 だから、住人たちは食事の時間くらいしかさとりの前に姿を見せない。住人たちにとって運のいいことに、彼らが腹を満たすときにさとりも同じように食事に入るので、ペットたちは安心して主人と同じ部屋で過ごすことができるのだ。
 後は、ときどき躾をしたがる主人をただやり過ごすだけだった。そうした生活のコツをできるだけ早くつかむことが新入りには求められる。それができなければ、敗残者となり、館を去る末路をたどるしかない。

「さとりさま! さとりさま! あたいはさとりさまのいいつけをきちんとまもりますよ!」
「うにゅうにゅ、あ、さ、さと……さ、さ、うにゅ、ごはんくれるひと」

 もちろん、例外というものはどこにでもいる。
 地霊殿の住人の中ではそれが二匹ほどいるのだ。一匹は鴉であり、もう一匹は猫だった。
 鴉は空と、猫は燐と名づけられていた。
 この二匹はほかの住人たちとは違い、主人さとりとの交流を拒絶することはなかった。
 しかし、そのやり方はそれぞれ、かなり違ったやり方であった。
 たとえば、お空が空腹のあまり、さとりに食事をもらいにいったときのことである。

「空、私の可愛いお空。なにをしてほしいのですか。さあ、思ってごらんなさい」
「ごはん。ごはんください」
「いけません。さっき食べたばかりではないですか」
「ごはん。ごはん。ごはん。どうしてごはんをくれないんですか?」
「だめです。食べすぎるのはまったく食べないのと同じくらい悪いのですよ」
「ごはんください。くるしいんです」
「少し我慢なさい。そうね、一食二食抜きましょう。そうすれば胃も縮むから少しのごはんで満足できるようになりますよ。よかったですね」

 さとりは自分のことを躾と愛情の線引きができるすばらしい主人だと自負していた。そのおそろしい自覚が、自分の躾によって数多のペットを追い出していったことに気づかせなかった。
 さとりは知り合いや身内を恐れ、かわいそうなことに本能に忠実な動物こそ自分のパートナーになれると信じきっていた。そのため、ペットを日々増やし続けていたが、その親愛はひどい粘性であったため、また、あまりに方向性を間違えていたため、誰も受け入れることができなかったのだ。
 当然、お空もまた、さとりの教育に耐えられず、明日にもこんなところは出て行こうと決心したのだが、眠りにおちる前にはすでにこの出来事を忘れてしまっていた。
 翌日、お空はいつもどおり、さとりに食事をねだった。

「ごはん。ごはんください」
「お空、いけませんよ。私だって心苦しいのです。でもこれもすべて、あなたのことを思ってこそなんですよ」
「どうしてごはんをくれないんですか? おなかがすいているんです」
「本心からそう言っていますね。私を責めることもなく。ああ! やはり、あなたもわかってくれているのですね! 本当に、私はいいペットに恵まれています。みんな、こんなにも素直なのですから。ありがとう、お空。あと少し、がんばりましょうね」
「ごはん。ごはんください」
「ええ、わかりますよ。さ、外で遊んできなさい。お腹も少しは機嫌をなおしてくれますよ」

 さとりは微笑みながらそう言って、お空になにも与えず、ほかのペットのところへ向かった。
 お空はなぜ自分だけ食事を与えられなかったのか理解できず、そのままふらふら歩いているうちに、またこれらの事態を頭からこぼしていった。
 そうして、お空はさとりになんら黒い感情を抱くことなく、躾を受け続けることができたのだった。
 彼女は人型に姿を変えることもできる、なかなか優秀な地獄鴉であった。そのためか、頭の具合もある意味では優れていた。その頭脳は主人の名前をおぼえられるほどの知性を身につけながらも、とつぜん襲いかかる不愉快な躾だけは、水でうすめるように頭の中でぼやかしてたのだ。
 今でもこのお空はペットとして地霊殿の住人でいる。ほかの住人が主人にたいして回避の手段をとったように、彼女は脳に精神的な通風孔を作り出すことで、抜け道を得たのだった。
 そういう意味ではお空は例外とはいえないのかもしれない。彼女はほかの住人と同じで、さとりの目を見ようとはしなかった。
 結局、さとりと向き合ったのはお燐だけなのだ。

「さとりさま、死体を集めておきました!」
「ありがとう。お燐。あなたが手伝ってくれるおかげで助かりますよ」

 お燐は人型に変異することはできないながら、彼女なりにさとりの仕事を手助けした。
 彼女は特に怨霊の管理に長けていた。
 猫というものは嘲弄的であり、抗いがたい美しさとあまい微笑みを持っている。おそらくは、それらが有利に働いたのだろう。それにお燐の微笑みは猫の中でも抜群だった。子供がよろこぶときのような純粋なみずみずしさがそこには確かにあったのだ。
 そうして、仕事の時間もともに過ごすうちに、猫族と覚りの相性がいかに優れたものであるかを彼女たちは証明してみせた。しかし、よくよく考えてみればそれはなんら不思議なことではなかった。
 どちらも、他人をもてあそぶことを無意識のうちにやってみせるし、目線は見下すことに慣れきっている。このひどく性質の似た両者がどうして不仲になるものだろうか。
 すなわち、お燐は主人さとりを本当に愛していた。さとりの挙動や言葉のひとつひとつがお燐の心を惑わせ、陶酔させ、おぼれさせた。狂おしい恋情をその身に宿し、それを順調に育てていった。お燐のあたたかな血で、はちきれんばかりにまで。
 だからこそ、間違いは起こってしまったのだ。

「さとりさま、これ、あげます!」

 あるとき、お燐はさとりにねずみの死骸を差し出した。
 お燐の耳はぴんと立っていて、体内にこもる活力と熱意をいっぱいに主張させていた。そして、その表情は期待の熱でゆるんでいたが、猫の感情表現はあまりに目立たないため、三つの目を持つさとりといえど、それに気づくことはなかった。
 だが、さとりはお燐の心の中の、この死肉をささげますという明確な意思だけは読み取っていた。
 さとりはお燐の口にくわえられたねずみをつまみあげるように受け取り、嬉しそうに言った。

「あら、教えていないのに掃除までしてくれるなんて。私はなんて幸せな主人なんでしょうね。お燐、あなたは本当に私のすばらしいパートナーですね」

 そして、さとりはごみ箱にその死骸を捨てたのだ。
 お燐の顔にさっと影が差した。なんで、なんで、と喉からはちいさな悲鳴がもれていた。愛する人の残酷な仕打ちに、彼女の心臓は無遠慮にかき乱され、大いに狂い、意識は奈落の底へと墜ちていった。
 もちろん、おろかな主人さとりはこのお燐の墜落を知る由はない。彼女の飼い主としての才能は絶望的であるため、猫の習性、つまり、愛の贈り物に関しての知識など持ち合わせているはずがなかったのである。
 当然、この些細なすれ違いが決定打となったわけではない。
 だが、無能な飼い主とはこうした衝撃を何度も繰り返し与えるものだ。それも無意識のうちに!
 お燐の胸に鬱々とした感情が少しずつ付着し、しまいには体内をめぐる熱気を暗く覆ってしまうであろうことは容易に想像できるだろう。
 まもなく、お燐は自らそのみじめな命を絶った。
 その報せに、さとりは頭の骨のきしみが周囲に聞こえるくらいの激しさで首をふり、紫の髪をおどらせた。

「ああ、私は! 私は、お燐を……私の可愛いお燐を……! ああ、どうして……どうして……」

 さとりは三日三晩泣き喚き、部屋の調度品の寿命を縮め、館内に嵐を巻き込んだ。
 地霊殿の住人たちの多くは慣れたように、すばやく地霊殿の外へ退避した。そして、そろそろ主人の新しいパートナーが来ているだろうという頃合をみて、ぞろぞろと戻ってくるのだ。
 そう、さとりはいつまでも荒れているわけにはいかなかった。
 この主人さとりはどうしても飼い主でいたいのだ。誰かを支えにしなければ、三つの目の重みに身体がくしゃんと折れてしまう。その恐怖に直面してしまうと、彼女は逃げ口をもとめる狂人のようにもがき暴れてしまうのだった。
 さて、今、さとりは黒猫と対峙している。黒い猫。唾棄すべき不幸の存在!
 彼女はまず膝を曲げた。そして、毛並みのいい、尾がふたつに裂かれている黒猫をそっと両腕で抱きあげた。黒猫は少しも嫌がらなかった。

「ねえ、この子はやはりお燐と名づけるべきでしょうね。だって、私、まだお燐を幸せにできていないんですもの。今度こそできると思うんです。そうでしょう?」

 さとりは語りかけるようにそう言った。
 黒猫は目をほそめ、さとりの腕の中で身体を少しだけゆすった。
 ああ、とさとりは声をもらした。その黒猫の見せた表情は、さとりが今まで何千、何万と接してきた、親しみの持てる猫族の笑みだった。

「お燐は幸せになりますよ。お空だって、ほかの子だって、幸せにできたんです。私が満たしてあげたんです。だから、お燐だってきっと幸せにできますよ」

 まるで、言い聞かせるようにゆっくりと、声をわずかに低くしてさとりは言った。
 しかし、今一度、言っておこう。
 古明地さとりは飼い主として無能である。

「ねえ、本当にありがとう。私ったらこんなにだめで……それでもこの子を紹介してくれて」

 なぜなら、彼女は飼い主ではないからだ。いつだって。
 むかしも、今も、これからも。

「ありがとう。ねえ、こいし」

 彼女は最愛の姉になるために飼育されるペットであり、わたしはその飼い主なのだから。
わたしが目を閉ざしたときに、お姉ちゃんはきえてしまった。かわりに古明地さとりがあらわれた。あのくさい毛むくじゃらにべたべたするくせに、わたしにはふれようともしない。きもちわるい。きもちわるいのは無理をしているからだ。元にもどせば、ぜんぶおさまる。なら、もどそう。でも、目はあけられないからまずはさとりをもどそう。古明地さとりを育てよう。そうすればいつかお姉ちゃんになってくれる。お姉ちゃんにもどる。お姉ちゃんにはわたしがいて、さとりには毛むくじゃらがいるんだから家畜がさとりをきらいになればいいのにな。けど、猫がなかなかはなれない。畜生のどろぼう。いくらやってもさとりは猫だけはなさない。猫もだ。でも、わたしはあきらめないよ。ぜったいにやめないよ。しぬ寸前までやってもいいよ。一目、お姉ちゃんが見れるならそれでいいの。
だから、だから。
さとり。古明地さとり。
はやく、はやく。はやく。はやく。
はやくお姉ちゃんにならないかな。





タグにこいしを入れるかで悩んだ。
お久しぶりです。おぼえている方がいらっしゃったらうれしいです。また、お世話になります。
智弘
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コメント



0.1640簡易評価
1.100奇声を発する程度の能力削除
この歪んだ感じが良い…
2.80ぴよこ削除
その愚かこそが愛おしい。
ねじくれ加減が好みです。
7.無評価名前が無い程度の能力削除
匿名で点数を入れてしまったのでフリーで失礼
内容自体はとても面白かったが、後書きが個人的に余計に思えた
10.90名前が無い程度の能力削除
オカエリナサイ
11.90名前が無い程度の能力削除
これはいい古明地。
15.100zenteki削除
この姉妹は病んでる姿がとても似合いますね。
でもそれこそが究極の愛情なんでしょう。
埋火に死灰復燃、第三の眼はただ冥い。
23.100名前が無い程度の能力削除
素敵ですね……。
愚か者のさとりさん、心的強者のこいしちゃん、実に良いですよ……!
そんなこいしちゃんも大好きです
38.90名前が無い程度の能力削除
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