Coolier - 新生・東方創想話

ある七分の一日

2011/03/18 20:37:56
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 鳥の鳴き声で目が覚めると言えば聞こえは良いが、私の場合は雀のそれではなく、もっとけたたましく傍若無人な響きを持った鴉のそれであった。ほんの少しだけ開けた雨戸から射し込む西日が瞼越しに瞳を責め立てる。思わず布団の中に潜り込むが、いちど覚醒した意識に逆らって夢の世界に戻ることは出来なかった。私は渋々と布団から這い出ると、欠伸を噛み殺しながら雨戸を完全に閉め切り、早々と蝋燭に火を灯した。
 寝ぼけ眼で玄関を確認すると、文々。新聞の最新号が無造作に投げ込まれていた。一面は少し前に突如として現われた寺についての特集であった。ぱらぱらと紙面をめくるが、特に私の興味をそそるような記事は無さそうである。三十秒ほどで簡単に目を通し終え、早々にそれを片付けようとした時、最終面に大見出しで何か書かれていることに気付いた。なんだと思いながら見てみると、それは次回の新聞大会の概要であった。毎度毎度飽きもせずよくやるものねなどと思いながら、私は今度こそ新聞を放り投げた。
 そこまでしてから私は、日課である薬の用意を始めた。竹林に医者が来てからずっと、私はその薬に頼りっぱなしになっている。最初に処方された時は半信半疑だったが、飲んでみると頭痛や鬱屈とした気分がたちまち消えていった。今では朝夕に1錠ずつそれを服用しないことにはすっかり落ち着かなくなってしまっていた。
 胸を張って言うことではないが、竹林の医者に言わせると、どうにも私は精神を病んでいるらしい。上司の命令で初めて医者にかかった時、そう宣告された。やる気がない、落ち込みがちである、対人関係が苦手だ、そういったものは私の生まれ持った性質だと思っていた。いつからか私はそんな自分自身を見限り、家に閉じこもるようになった。組織を重んじる天狗社会の中で、私のとった行動は正に異端であった。
 最初のうちは仲間の天狗の陰口や大天狗の小言が気になったが、すぐにそれにも慣れてしまった。今では外との繋がりは、直属の上司の天狗との定期的な連絡と、射命丸文の刷る新聞くらいなものだ。ごくたまに新聞配達中の文と一言二言の会話をする以外は、誰かとまともに会話をする機会なんて殆ど無かった。そして私はそんな歪んだ日常に居心地の良さを感じてすら居た。竹林の医者の薬さえあれば、身体的な苦痛も殆ど感じなくなるというのも大きな要因であった。
 台所に置いた薬缶からコップに水を注ぎ、薬箱に手を伸ばした時、私は重大な問題に気が付いた。
「ああ、これが最後の1錠か」
 溜息混じりに私は呟いた。あの医者、永琳と言ったか、彼女はたしかに良い薬を出してはくれるが、一度にぴったり七日分しか処方してくれないのだけは気に喰わなかった。おかげで私は初診以降、定期的に永遠亭に通わなければならなくなっていた。
「あとで少し出掛けないとなあ」
 そんなことを思いながら、私は薬を飲み込んだ。米粒と比べても大差ない、こんな小さなものが私の生活に欠かせないと思うと、自嘲的な感情がこみ上げてくる。私はそんな感情をコップに残った水と一緒に飲み込んだ。
 そうしてから私は、出掛けるための準備を始めた。簡単に身体を拭き、髪に櫛を入れてから二つに結わえた。スカートを履きシャツを羽織り、気持ちきつめにタイを締めた。少し息苦しいが、その感覚がむしろ私を落ち着かせた。最後に戸締りを確認して、私は家を出た。外はすっかり暗くなっていた。

「お出かけかい」
 家を出てしばらくゆるゆると山を飛んでいると、そう声をかけられた。声の方に視線を向けると、そこには見知った顔があった。
「椛か。久しぶり」
「珍しいじゃないか。今日は何か用でもあるのか」
 訝しむように椛は訊いてきた。しかし星明かりに照らされた表情からは、心配の念などは見て取れない。
「まあね。あんたは夜警か」
「そういうこと。正直言って暇で仕方ないね」
 つまり私に声をかけてきたのも暇潰しというわけか。やれやれ、暇潰しなら独りでやってほしいものだ。
「あまりさぼってばかりいると、次の新聞大会で文にすっぱ抜かれるわよ」
 私がそう言うと、椛は苦虫を噛み潰したような顔をした。椛は文のことを良く思っていないらしいことは知っていた。だからこその嫌味なわけであるが。
「鴉天狗は嫌いだ。根も葉もない下らないことばかり集めた新聞なんか書いてる暇があれば、私らの代わりに見回りでもすればいいのに」
「私も鴉天狗なんだけど」私はぼそっと呟いた。
「お前は新聞を書かないからな。鴉天狗の中でもまともなほうだ」
 私のような引き篭もりのドロップアウトを捕まえてまともだなんて、白狼天狗の価値観はよく分からない。よほど鴉天狗とその新聞のことが嫌いなのだろう。
「まあいいわ。私はそろそろ行くよ」
「ああ、引き止めて悪かったな。土産を待ってるよ」椛は悪びれもせずそう言った。
「なんであんたのために土産なんて用意しなきゃいけないのよ」
 私は笑いながらそう言い捨てて、足早にその場を飛び去った。

 こん、こん。竹林の入り口に着いた私は、そこから少し離れたところにひっそりと佇む庵の玄関を叩いた。しばらくは物音ひとつしなかったが、やがて誰だいという声とともに静かに戸が開けられた。竹林をかいくぐって届いた月の光に照らされて、庵から出てきた少女の髪が美しい銀色に輝いた。
「こんばんは、藤原さん。道案内、お願いできるかしら」
 私は小さな声で、その少女に挨拶をした。
「よう、お前さんか。ちょっと待ってな」
 そう言うと藤原妹紅はいったん庵の中に戻っていった。基本的に夜しか行動しない私は、どうしても一人で永遠亭に辿りつくのが難しい。そこで私は里の人間がそうしているように、この竹林の住人に道案内をお願いしているのだ。幸いに彼女は口数も多いほうではないし、いつも嫌な顔ひとつせず付き合ってくれる。聞けば彼女は不死人とのことだが、なるほどそう言われればこの落ち着いた物腰にも納得出来る。
「待たせたな」
 しばらくすると準備を終えた彼女が庵から出てきた。先程はあるがままになびかせていた長い髪をリボンでまとめたその姿からは、ある種の気高さと凛々しさがにじみ出ている。燃えるように紅い瞳からは、何らかの決意と意思のようなものを感じることが出来た。
「毎度悪いわね」
「気にしないでいいよ。これが仕事だから」
 そう言うと彼女は優しく微笑んで見せた。ありがとう、と私は礼を言った。

 永遠亭に到着すると、少し待っててと藤原妹紅に告げてから、診療所の裏手に向かった。上弦の月は既に西の空に傾いている。こんな時間では流石に声をあげて玄関から中に入るのは躊躇われるのだ。何度目かの通院から、私は八意永琳と申し合わせて、独自の方法で中に入るようになった。
 他の部屋はすっかり暗くなっているが、ひと部屋だけ蝋燭の灯りが揺らいでいる部屋がある。そこが八意永琳の研究室だ。その部屋の壁をとんとん、とんとんと二回ずつ二度叩くのが私からの合図である。中から人が歩く音が聞こえたのを確認してから、私は裏口に回りこむ。そうすると八意女医が勝手口を開けて、私を招き入れてくれるという手筈だ。
「いらっしゃい。調子はどう」八意永琳がいつも通りの質問をする。
「悪くはないわ。でももう薬が切れたの。処方してもらえるかしら」
「焦らないの。さ、上がりなさい。まずは具合を診てからよ」
 診るといってもいつも他愛もない世間話しかしないくせに。そんなことを思いながら、私は下駄を脱いで中に入った。
「お茶を用意させるわ」八意永琳はそう言って、助手を呼ぼうとした。私はすぐにそれを引き止めた。
「結構よ。外で藤原さんを待たせているし。長居はしないわ」
「あら、そう」無表情に彼女はそう返事をした。「じゃあ、簡単に診断をしてしまいましょう」
 そう言うと八意永琳は聴診器を手に取り私の胸にあてた。私の腕に器具を巻きつけて、血圧と心拍数を調べた。精神の病だというのに、なんでこんな診断をする必要があるのか私には分からない。私には、これはほとんど儀礼的なもののように思えた。そんな検査がひと通り終わったら、続いて問診が始まった。
「この七日間で大きく体調を崩したりはしませんでしたか」
「ええ。至って健康よ」
「それは何より。相変わらず夜型の生活みたいね」
「そうね。昼間に出歩いて誰かに会うのも面倒だし。まあ夜中だって殆ど外には出ないけど」
「ふむ。今日は藤原さん以外とは会ったりは」
「家を出てすぐに白狼天狗の知り合いと少し話をしたわ。今日は夜警で暇だとか、そんな話を少しね」
「その天狗とは仲がいいの」
「どうかしら。でも少なくともいけ好かない鴉天狗の連中よりはましかな。あいつら人をおちょくることしか考えてないから」
「あなただって鴉天狗でしょうに」
「そういえばそうね。さっきもこんな話をしたわ」
 そんな他愛もないような会話を四、五分ほど交わした。こんな内容からいったい何が分かるというのだろう。医者というのは全く掴みどころがない。私としてはとにかくこれを終えなければ薬を貰えないのだから、殆ど義務的に質問に答えていた。
「はい、分かりました。お疲れ様」そう言って八意永琳は問診を終えた。
「何の役に立つのだか分からない質問を延々されるのは確かに疲れるわね」
「ふふ、ごめんなさいね。ちょっと待ってて。今薬を用意してくるわ」
 彼女が奥の部屋に引っ込んだのを見届けてから、私はふうと溜息をついた。軽く伸びをして身体を弛緩させる。八意永琳にかかるようになってからしばらく経つぶん大分慣れてはきたが、それでもこうも長く誰かと言葉を交わすというのは比喩でなく本当に疲れてしまう。しばらく何とは無しに診療室の中を見回していると、やっと八意永琳が戻ってきた。
「お待たせ様。今回も七日分ね」
 そう言って彼女は薬の入った薬を渡してきた。すぐにそれを受け取ろうと思ったが、ふと思うところがあって私は伸ばしかけた手を引っ込めた。彼女は不思議そうな顔を浮かべた。
「前から訊きたかったんだけど」私はそう切り出した「もっとたくさんの薬をまとめてもらうことは出来ないの。七日置きにここに来るのも結構な手間なのだけど」
「特に他の仕事があるわけでもないでしょうに」
 八意永琳はそう言ってからかった。
「でもごめんなさい。それは出来ないの」
「どうして。飲み方はきちんと守るわ。誰にも迷惑はかけない」
 私がそう切り返すと、彼女は少し困ったような表情を浮かべた。
「そうね。だけどやっぱりあまり沢山の薬は渡せないわ。その時々の貴女の体調に最も合った調合の薬を渡したいし、何より定期的なカウンセリングが貴女にとって一番の薬になるしね」
 カウンセリングなんて名ばかりで、殆ど無意味な世間話のようなものじゃないか。私はそう言い返そうかと思ったが、やめた。八意永琳の表情は柔らかいものだったが、彼女の眼には強い意思のようなものが見て取れたからだ。これは私が何と言おうと無駄だろう。
「分かったわ。無理を言ってごめんなさい」私はそう謝罪した。「また七日後に来るわ」
「えぇ、待ってるわね」そう言って彼女は私に薬を手渡した。

「今日は少し長かったな」
 咥えた煙管を手に持ち直しながら、藤原妹紅は言った。ゆっくりと紫煙を吐き出す。
「ごめんなさい。ちょっと話を長引かせちゃって」
 私はばつが悪そうにそう言った。夜空を見上げると、月は先程よりだいぶ傾いているように見えた。どうにも申し訳なってくる。
「まあ気にはしてないんだけどさ。ああ、でもそうだな」
 そうぼそっと呟く彼女は、少し楽しげな表情を浮かべていた。何かを思いついたようだ。
「なあ、これから少しいいか」
「なに」
「もし良ければさ、一杯付き合ってくれないかな」
 全く想定外のことに、私は少し面食らってしまった。こんなことを提案されるのは初めてのことだったし、彼女はただ仕事として私に付き合ってるものだと思っていたからだ。
 正直に言うと、私はこの提案に戸惑っていた。そもそも彼女は私なんかと酒を呑んで楽しいのだろうか。私は話下手だし、引き篭もりだし、精神疾患患者だ。それに私としても診察のあとで少し疲れてもいる。正直に言って私が彼女と楽しい時間を共有出来る自信なんて全く無かった。酒を呑むということはつまり、今までの仕事での関係ではなく、もっと個人的な関係になるということである。繰り返すことになるが、私はそういうのが苦手なのだ。
「ああ、まあ、無理ならいいんだ。気にしないでくれ」
 私が返答を躊躇っていると、彼女は気を遣ってそう言ってくれた。しかしその声からは、わずかに残念そうな響きが見て取れた。それに気付いてしまうと、私はなんだか申し訳なくなってきてしまった。
 思い返してみれば、彼女は今まで嫌な顔ひとつせず、私の案内をしてくれたではないか。そんな彼女からの提案くらい、喜んで受けてやるべきではないだろうか。
「あまり面白い話は、出来ないかも」私はやっとそう口に出した。「それでも良ければ」
 そう言うと、彼女の表情はたちまち晴れやかになった。
「こっちから誘ったんだ、そんなこと気にしないさ」彼女は嬉しそうにそう言った。「そうと決まれば、早速行こう。近場に良い鰻屋を知ってるんだ」
「もしかして、夜雀がやってるって店」
 ふと暫く前に文々。新聞にそんな広告が乗ってたことを思い出して、私は尋ねた。
「なんだ、知ってるなら話は早いな」
「行ったことはないんだけどね」
「あそこの鰻は絶品だぞ。ああ、涎が出てきた。早く行こう」
 そう言うと彼女は早足に竹林の中に入っていった。私も急いでその後に続いた。

 はっきり言って、彼女との呑みは予想以上に楽しいひと時であった。彼女は陽気に色々な話をしてくれたし、私はただそれに頷いているだけでも十分に面白かった。時々私に話を振ってくれたし、私が返答に困っていると、それとなく助け舟を出したり、話題を変えたりしてくれた。夜雀の女将も時々会話に混じっては、お互いの話を笑いあった。こんなに笑ったのはどれくらいぶりだろうか。
「しかしあれだね、家の中に居っぱなしってのもなかなか暇じゃないかい」
 何合目か分からない升酒を傾けながら、藤原妹紅は私に尋ねてきた。
「そうね。でも人前に出るのは苦手だし。まだしばらくはこのままのつもり」
「ふうむ」そう相槌を打ちながら彼女は鰻をつついた。「せめて何か熱中出来るものでもあれば、いい暇潰しになると思うんだけどなあ」
「熱中かあ」ぼんやりと私は呟いた。
「はたてさんは鴉天狗なんですよね。新聞は書かれないんですか」
 そう訊いてきたのは女将のミスティア・ローレライだ。にこやかな笑みを絶やさずに接客を続ける彼女を見ていると、酒が一層美味しく感じるように思える。
「新聞、ねえ。あんまり好きじゃないのよね」私はそう返した。「全員が全員そうなわけじゃないけど、やっぱりいい加減なことばかり書いてる奴らが多いじゃない。ああいうのを見てるとさ、新聞なんて書いても所詮自己満足じゃないかなぁ、なんて思っちゃって」
「自己満足でも、良いんじゃないの」
 そう返したのは藤原妹紅だ。思ってもみなかった意見に、私はきょとんとして彼女の方に視線を向けた。
「まあ私があまり適当なこというのも無責任だけどさ。まずは自分が楽しいことが大切なんじゃないかなって思うんだよ。もちろんあんまりふざけた記事ばかり書かれても困るけどさ。でも例えば射命丸が居るだろ、あいつなんてさ、いつも活き活きしてるじゃないか。新聞大会で入賞したなんて話は聞かないがさ、定期購読者も何人か居るみたいだし」
 そう言って彼女は、升に残った酒を一気に呑み干した。
「そんなふうにさ、自分がさ、楽しいと思えることをさ、精一杯やれればさ、なんていうかな、うん、きっと楽しいと思うよ」
「もう妹紅さん、少し呑み過ぎですよ」
 口調が覚束無くなってきた彼女の為に、女将はコップになみなみと水を注いで差し出した。それを受け取ると彼女はゆっくりとそれを飲んだ。それを眺めながら、私は彼女の言葉を反芻していた。自分が楽しいと思うこと、か。
「新聞、か。少し考えてみるわ」そう言いながら、私はお代をテーブルに置いた。「ごちそうさま」
「まいどどうも。妹紅さんは私が面倒見ますんで大丈夫ですよ」
 女将がそう言ってくれるなら安心だ。藤原妹紅はというと、気持よさそうに机に突っ伏して寝始めてしまっている。
「ありがとう。気が向いたらまた来るわ」
 そう言いながら、私は席を立った。

 月は完全に山に沈んで、取って代わるように反対側の山ぎわが赤らみ始めていた。久しぶりの酒の余韻を楽しみながら、私は帰路についていた。
「ずいぶん遅いお帰りだな」山に着くと、椛にそう声をかけられた。
「まあね。ああそうだ、これお土産」
 そう言うと私は、ミスティアの店で持ち帰りで用意してもらった鰻を一包取り出して椛に渡した。まさか本当に土産を持ってくるなんて考えてもなかったのだろう、椛はぽかんとした表情を浮かべていた。
「まだ暖かいから、勤務明けにでも食べるといいわ。じゃあね。私はさっさと帰って寝るわ」
 そう言い残して私は家に向けて再び飛び始めた。
「ずいぶんご機嫌みたいだな」背後からそんな椛の声が聞こえた。
「機嫌が良いと何か悪い」私は振り返ってそう言い返した。
「まさか。次の土産にも期待してる」
「調子の良い奴」笑いながら私は呟いた。

 家に着くと、私はすぐに布団に倒れこんだ。身体は疲れきっているが、その四肢はここ暫く感じたことのない満足感に包まれていた。そのまま大きく身体を伸ばすと、手が何かに触れた。
 何だと思って手にとってみると、それは昨晩放り投げた文々。新聞であった。ふと思い出してその最終面を見返してみる。そこに書かれた内容は、ほんの数時間前までは何の興味も引かなかったのに、今は大きな魅力がそこにあるように思えた。
「新聞、ねえ」
 私はわくわくしながら、そう独りごちた。





「失礼します」
 そう言いながら八意永琳の部屋に入ってきたのは、鈴仙・優曇華院・イナバである。永遠亭の診療所では八意女医の助手役を引き受けている。
「あら、まだ寝てなかったの」八意永琳は静かにそう返した。
「ええ。少しばかりお聞きしたいことがありまして」
 そう言って鈴仙・優曇華院・イナバは、改めて彼女の師匠に向き直った。
「どうして先程の鴉天狗にもっと薬を渡さないのですか」
「それはさっきも説明したはずだけど」
「ですが、あの薬でしたら危険性もさほどではありませんし、少なくとも今の倍は渡しても問題ないかと思うのですが」
「そう。確かにそうね」
 八意永琳は助手の意見を認めた。確かに彼女の言うとおりだ。
「それともうひとつ」鈴仙・優曇華院・イナバは続けた。「カルテを拝見させて頂きましたが、今回あの鴉天狗に渡した薬、あれはもはや殆ど食物繊維だけじゃないですか。どうやら少しずつ効き目を薄めてるようですが、いくらなんでもあれじゃ効果が薄すぎやしませんか」
「そこまで気付いているなら、もう察してほしいところなのだけど」そう言って八意永琳は溜息をついた。「やっぱり貴方はまだ半人前かしらね」
「どういうことですか」半人前の助手が聞き返した。
 八意永琳は窓の向こうで山に消えつつある月を見ながら、その質問に答えた。
「彼女にとって本当に必要なものは、薬ではまかなえないのよ」
「と、言うと」助手は怪訝そうな表情を見せた。
「薬ってのは、なにも飲むばかりじゃないということよ。薬は口実。大切なのは彼女が自主的に家を出て、誰かと交流をするということよ」
 そう言いながら、彼女は小さく微笑んだ。
「まあ、あの調子なら大丈夫でしょう。幻想郷は気のいい奴ばかりだからね」
割と二次設定的なキャラ付け強めになってしまいました。
あいもかわらずヤマ無しオチ無しイミ無しな感じですが、
楽しんで頂けたら幸いです。

追記:見直し不足でちょいちょい誤字があったので修正してあります。
kayes(ケイ)
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コメント



0.1510簡易評価
1.100奇声を発する程度の能力削除
自分の周りにもこんな感じの人達が居れば…
まぁそれはそれとして、楽しく読めました!私も気分が軽くなってきた
5.100愚迂多良童子削除
そしてダブルスポイラーへ、ですか。
短いながらそれぞれキャラが活きててよかったですよ。
15.90名前が無い程度の能力削除
穏やかで爽やかな話でした
16.100名前が無い程度の能力削除
特別な意味が無い日も心和んでいいと思いますよ
17.80名前が無い程度の能力削除
こういうのを名医というのでしょうね。
20.100名前が無い程度の能力削除
私の好きな話でした
21.90名前が無い程度の能力削除
はたてのまわりには優しい人妖ばかりなワケですね、うらやましいなぁ
22.100名前が無い程度の能力削除
良かったです。
23.80即奏削除
当たり前の日常の中を進んでいく感覚が素敵だと感じました。
面白かったです。
26.100名前が無い程度の能力削除
>「そんなふうにさ、自分がさ、楽しいと思えることをさ、精一杯やれればさ、なんていうかな、うん、きっと楽しいと思うよ」
そんな藤原さんの言葉が私に刺さる…
はたてと自分がつい、重なってしまいました。
その通り…わかっているつもりなのに、動けないなぁ、なんて自分に置き換えて感じてしまいました。
お話、大変面白かったです。
28.100名前が無い程度の能力削除
ああ…こういうお話し大好きです…。緩やかに、されど確実に、新しい日常へと突き進む。劇的ではなくとも華がある。粋ですねぇ…。
37.100赤井削除
すごく好きな作品です。
透明ですこしとろみのある淡い味のお酒を飲んだあとのような読後感は、じんわりと沁みるものがありました。
とても良いものを読ませてもらいました。
39.80名前が無い程度の能力削除
いいっすね