Coolier - 新生・東方創想話

ゆかれいちゅっちゅっ【春】

2011/03/09 00:05:20
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 妖怪の山で紫がまず遭遇したのは、案の定哨戒狼天狗だった。真っ白な耳と尻尾を立たせてばさりと茂みの中から姿を現し、紫の姿を見て驚愕したかのように叫んで、そうして「文ちゃぁああぁぁぁん!」と叫びながら去って行った。なんなの? と思っていると、ガサガサを茂みやら突き出た小枝やらを掻き分ける音が急速に迫ってきて、カメラを構えた天狗を一匹背負った狼天狗がまた姿を現した。天狗はやはり負傷していたらしい。自慢の黒い翼の片方を白い包帯が覆っていたから。そして、そんな天狗の傍らにはもう一匹、携帯電話のような物を構えた別の天狗がいたりした。紫はカメラのフラッシュが絶えない眩しく騒がしい歓迎を受けつつも、山の中でも酷く傷付いている箇所を修復。そして、天狗達からは取材の謝礼と、山を治してくれたお礼にと苺クッキーを喰わされた。甘かったです。まる。
 山の中腹の修繕は済んだので、次は山頂へと向かった紫だが、途中で光学迷彩を纏った河童と遭遇して、今度は泣き付かれた。厄神様が厄を纏い過ぎて動けなくなっているから助けて欲しいと訴えられて、河童に案内されて急いで向かうと、そこには、川に腰から下を沈めさせ、膨大すぎる厄で今にも潰れそうになっている厄神がいた。厄を吸い出し預かる事で救出。そして、やっぱり御礼にと苺チョコを頂いて。うん。超甘かったです。まる。
 そんなこんなで漸く山頂の神社まで辿り着いた紫は、

「…………」

 現在、苺塗れのホールケーキと無言で見詰めあっていた。

「さぁ、遠慮せずに食べてくれ!」

 と、紫を歓迎し笑うのは、風神様。

「全部食べっちゃって下さい!」

 と、にこにこと笑うのは風祝の少女。
 紫は笑い返す事も出来ずに、ただ冷や汗を流す。
 ついでにもう一人の神は力を使い過ぎたてしまったかのように、風神の膝枕でぐったりとしていた。風神も風神で服がボロボロで体中包帯だらけで、風祝の少女も頬や腕に湿布やら絆創膏を貼っていた。
 神々でさえ満身創痍とは、これいかに。

「…………」

 無言で、クリームも苺もたっぷりな、直径十二センチ、高さ五センチのホールケーキと睨みあいを続ける紫の頬を、少々強過ぎる春風が弄った。風が強いのもその筈、神社には屋根はおろか壁もなくなっていたのだ。残骸がそこかしこに転がっているが、まるで竜巻にでも襲われたかのように、辺りは綺麗さっぱりとなっていた。そして更地となった場所にピクニックでもするかのように茣蓙を引いて、そこに今四人で座っていた。茣蓙の上にはわずかな生活用品を置いてあるが、どうやってこのケーキを作ったのかは不明だった。考えられるのは『奇跡』というものの仕業だという事くらいだ。
 空を見上げる。良い天気だなぁーと現実逃避を図ってみた。

「なに、心配するな。社はまた立て直せばいい」

 その姿が、神奈子には無くなった神社を嘆くものに見えたらしい。紫は苦笑し、神奈子に顔を向ける。

「でも、思い出は立て直せないでしょう?」

 誰かが生きる場所には、自然と思い出が刻まれる。
 だから出来るだけ元通りにしてあげたいと思う。

「思い出は物ではなく、ここに宿るものだ」

 自分の胸の真ん中を指差して、神奈子は「だから大丈夫」と穏やかに笑う。
 朗らかな神様に、紫はまた苦笑する。でも神様が大丈夫というのなら大丈夫なのだろう。
 神奈子の隣にいる早苗も「神奈子様の仰る通りです」と笑っていた。

「さぁ、どんどん食べていいぞ!」 
「そうです。そして精を付けて下さい!」
「…………」

 ラスボス前の中ボスが意味不明なくらいに強いって、こういう事なのかな。
 と、紫は思考を遊ばせながら、ぎこちない動きでケーキにフォークを突き立てた。





* * * * *


 結局全部は無理で、紫は五分の一程食べてギブアップした。だって、物凄く甘かったのだ。なんかもう、風祝の少女が風神を想う気持ちで作られたんじゃないかと疑いたくなるくらいい甘かった。
 紫はフラフラとしながら守矢神社を後にし、ついでに地底にも行ってみようとスキマを開いた。
 だが、地底へと続く縦穴の入り口は落石にあったように幾つもの大きな岩で塞がれており、一本角の鬼が焦燥に駆られた様子でその場でうろうろしていた。声を掛けると全身を砕かれそうな抱擁をされそうになったので、そこはひらりと回避し事情を聞く。鬼なら簡単に岩をどかせそうなものだが、中に橋姫が閉じ込められていて、そういうわけにもいかないのだと嘆き、必死の形相で助けを求められた。
 紫はスキマを開いて岩を別の場所へと移動し、橋姫を無事救出する事に成功。橋姫も岩と岩の隙間に上手く入り込んでいたので、目立った外傷もなく元気にしていたので、鬼と共に胸を撫で下ろして。そうしたら鬼に物凄い勢いで感謝されて、家で飲んで行けと強制連行された。
 今までに甘いものしか食べてないので絶対に悪酔いするとか思っていたら、出されたのは苺酒なるもので。地底でも苺パーリィーは絶好調に続行中らしい事を紫は嘆いたが、鬼に勧められた酒を断るわけにも行かず舐めるように飲んで。流石に一杯が限界で、後はお持ち帰りと言う事にしてお暇させて貰った。

「いちご、こわい……」

 もういい加減、苺が嫌いになりそうだった。
 だが、紫の試練はまだまだ続く。
 落盤や落石で大変な事になっていた地底の修復作業後、地霊殿へと赴いた紫を待っていたのは、またもラスボス級に強い強敵だった。

「…………」

 目の前のぐつぐつと煮え滾る鍋を見詰め、またも紫は無言になり、冷や汗を流した。

「どうぞ、ご遠慮なく」

 地霊殿の主が穏やかな様子で勧めて来る。膝の上に地獄烏と地獄猫を乗せて、さとりは静かに微笑んでいた。

「こ、これって……」
「はい。いちごおでんです」

 中ボス強過ぎないですか? と、思わず呟きそうになる紫。
 紫の目の前には、おでんの具と一緒に蕩ける苺がたくさん入った鍋が置かれていた。

「美味しいですよ」
「そう、なの?」
「そう、妹が言っておりました」
「……つまり貴女は食べてないのね?」
「えぇ。流石に勇気が無くて」

 そんなものを食べさせようとしないで欲しい。と、紫は嘆く。

「何処か具合でも悪いのですか?」

 嘆くが、伝わってはいないらしい。
 さとりは紫の顔色を見て、そう推測したように声を発するだけだった。

「ふむ。やはり読めないですね。自閉モード……というやつでしょうか?」
「何のアニメを見たの?」

 解ってはいたが、紫は思わず質問してしまった。



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