Coolier - 新生・東方創想話

ゆかれいちゅっちゅっ【春】

2011/03/09 00:05:20
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 幻想郷は春を待ち望んでいた。

 誰もが、ただただ春になれと祈っていた。








 鳥たちの歌が聞こえる。
 草花の芽が土を押し上げる詩が聞こえる。
 春を告げる風が巡る唄が聞こえる。

 雲が形を変える。
 空が広がる。

 あたたかな陽射しを感じる。
 春を喜ぶ小鳥の囀りが響く。
 春告げ鳥の声が届く。


「……上手になったのかしら?」


 冬に、あの小鳥の鳴き声を真似るコツを教えてあげた。
 あの子は、どうしているんだろうか。

 外の世界と幻想郷の、とある境。
 そこに佇むは古めかしい大きな屋敷。

 妖怪が、そっと目を覚ます。


















すぷりんぐすとろべりー味


















「ん……」

 柔らかな陽光に、漸く開けた目をそっと伏せる。
 紫紺色の瞳は穏やかにたゆたう波間のように、その日差しを吸い込んだ。
 春の暖かな陽に溶ける蜂蜜のように、とろりと金色のふんわりとした髪が揺れる。

「ふわぁ」

 小さく欠伸をして、ゆっくりと上体を起こした妖怪は、そのままのんびりと伸びをした。

「……ちょっと寝坊しちゃったかしら?」

 そしてまた、のんびりと言葉を紡ぐ。
 目を擦って布団を退け、春の音を聞こうと耳を澄ませた。
 だが、

「……あら?」

 騒々しい筈の春の音が、なんだか控えめな事に気付き、紫は首を傾げた。
 幻想郷に何かあったんだろうかと不安になる。
 でももしそうならこんな風に呑気に寝ていない筈だから、異変とは違うようだ。

「どうしたのかしら?」

 眠気の抜けきらない顔できょとんとしながら、小首を傾げ続ける紫。
 すると、廊下を走る軽やかだが騒がしい音がした。それはドタドタと物凄い勢いで此処に迫ってくる。
 そして、

「ゆっ、ゆ、ゆっ……!!」

 襖が開け放たれて、春の匂いと一緒にその者が登場した。
 活発そうな印象を与える黒い短髪、それに混じる三角形の猫の耳と、二本の尻尾をピンと立たせた、可愛い式神だ。
 震える声で紡がれた橙の言動を「ゆっくりの真似?」とか思っちゃいないが、些か普段よりもずっと落ち着きが無い。
 確かにこの時期は感極まった橙が「にゃふーぃっ!」と抱きついてくることはあるが、今はそれを逸脱する動揺が見て取れた。

「おはよう、ちぇ」
「ゆかりしゃまぁぁあああぁぁぁぁあああ!!」

 とりあえずは目覚めの挨拶を交わそうとしたが、その言葉を掻き消すように橙は大きな声で叫び。その叫び声に似合ったスペシャル橙タックルをかましてきた。
 紫は突然の橙の行動に「ぷぎゃっ!?」という奇声を発しつつもなんとか受け止めるが、寝起きの所為と布団の中の未だ足を突っ込んで座っているという体勢の所為もあって、その勢いを殺し切れずにバターンッ! と敷布団の上へと逆戻り。
 枕が中空を舞って、虚しく畳へと落ちて行く。枕ェー。

「ちょ、ちぇ、ちぇん?」
「ゆかりしゃまゆかりしゃまっ!」

 橙は紫にひしっと抱き付いて、その柔らかな胸に頬擦りを繰り返す。
 紫の温もりや感触を確かめるように、味わうようにぐりぐり、ぐりぐりと頬を押し付けて、にゃぁんにゃぁんと発情期の猫バリに甘えた声を出している。

「え~と……」

 そ、そんなに嬉しいの?
 紫は戸惑いながらも、そんな橙も可愛らしかったので頭を撫でてやった。
 橙は嬉しそうに喉をゴロゴロと鳴らして、ふにゃぁ~んと鳴く。
 でも、おかしい。普段ならこういう行為は藍や紫が許さぬ限り、自分からは滅多にしてこない筈だ。
 冬の長い冬眠を終えて起きてきた時でも、橙は抱き付きたい衝動をぐっと堪えて、そうして紫が両腕を広げて「おいで」と促して初めて「にゃふーぃ♪」と抱き付いてくるのに。

「ゆかりしゃまっゆかりしゃまっ」

 紫の疑問は知ってか知らずか、いや、知らないだろうが、橙は紫に強く抱き付いて戯れ続ける。

「橙、どうし」

 落ち着くまで待とうとも思ったが、なんだか落ち着く気配が無かったので、ひとまず質問しようとする。
 だが、そこでまた廊下をドタドタと、今度は床を踏み砕かんばかりに力強く疾走する音を耳に捉えて、紫ははっと開け放たれた襖へ目をやった。
 橙の体のサイズに合わせて半分くらいしか開いていなかった襖が、今度こそ全開にパシィンっ! と勢い良く開かれる。

「ゆ、ゆか、ゆかっ……」

 ネクロファンタジアの替え歌でも歌ってるの? とは、聡明なゆかりんは聞かない。
 そこに現れたのは、黄金色の髪を短く切り揃えた頭から、大きな三角の耳を覗かせて、長くて立派なもふもふした九本の尻尾をゆらゆらとさせた、己の式神だった。

「ら」
「ゆかりさまぁああぁぁあああぁぁぁ!!」

 「やっぱりぃ!」と、紫は胸中で叫ぶ。
 確かに予想していたことだが、体の上に橙が乗っかっているので避けられるわけも無い。なのでゆかりんはそのまます『すぺちゃるもふもふ藍アッタク』を喰らって、橙共々ごろごろと畳の上を転がった。
 ついでに布団はと言えば、掛け布団も敷布団も何もかもがぶっ飛んで、空中で綺麗な放物線を描いてばっさばっさと畳の上に落下していた。布団ェー。
 受け止めて勢いを殺すとかも出来なったので、そりゃもう盛大にごろりんこして、壁に背中をぶつけることで漸く停止する。

「い、っっぅ……!?」

 痛いとか言っているは暇、残念ながら無かった。
 妖獣らしさを滲み出させるちょっと逞しげな藍の両腕に力強く抱き締められて、ついでに長いもふもふ尻尾がグルグルと体に巻き付いてきたからだ。

「ぅ、っ……ら、らぁん……」

 背中痛い。もう良い目覚めにと橙のタックルを喰らっていたので意識なんか疾うに覚醒していたのに、逆に今のでもう一回眠ってしまいたくなる。
 紫は藍を呼ぶが、今の藍が取り合ってくれるわけもなく。

「ゆかりさまっ、ゆかりさまっ」

 と、ぐりぐりと額を合わせてきて、頬をすりすりとしてきて、両腕で体をぎゅぅっと抱き締めて、もふもふな尻尾が紫の感触を確かめるように身体中を弄る。
 橙も橙で紫の首に両腕を回して抱き締めてきて、やっぱり「ゆかりしゃまゆかりしゃまっ!」とすりすり頬擦りをしてくる。
 両側からスリスリぎゅぅぎゅぅ、ついでにすんすんと匂いまで嗅がれて、挙句の果てにはあぐあぐと甘噛みまでされた。

「だ、んんっ……ちょっ、藍っ、ちぇんぅ……」

 痛いのと苦しいのとくすぐったいのが混じって、もう何が何だか。
 そしてそれだけじゃなく、暑さまでもが加わる。
 二人のけもけもしい高い体温と、もふもふの尻尾に包まれて、まるで初夏のような暑さに苛まれていく。

「紫様、ゆかりさまぁ!」
「ゆかりしゃまゆかりしゃまっ!」
「もっ、や、ぁ……はなし……」

 二匹の式神によるスペシャルエキセレント幸せもふもふアタック(ルナティックVer.)は、その後一時間程続き、ゆかりんのライフポイントの半分は削られたという。




* * * * *


「誠に申し訳有りませんでしたぁ!」
「したぁ!」

 その後落ち着きを取り戻した二人が何をしたかとえば、当然謝るところからである。
 二匹は揃って「愛する主になんたる失態を!」と、己の軽薄な行動を恥じ、橙は涙を目にいっぱい溜めて、藍は腹でも切っちゃうんじゃないかという剣幕で紫に土下座した。
 二人とも耳がしゅんと項垂れていて、藍は鼻をくぅ~んと鳴らし、橙はにゃぅと小さく鳴いていた。

「い、いいから……大丈夫よ……」

 ぶっちゃけあんまり大丈夫じゃないけれども、紫はぐちゃぁっとなっている布団に横たわりながらも、微笑を浮かべてみせた。
 藍の尻尾が関節に決まっていた事で全身の節々を痛めて、橙の細い腕が首に決まっていた事で若干酸欠状態だったが、それでも微笑む。
 すりすりされ過ぎたほっぺも赤いけれど、甘噛みされ続けた耳なんかも血流が良くなり過ぎて痛痒くて痛いけれど、ついでに唾液でベドベドだし、っていうか、全身ぺろぺろされた気がするので、なんかもうアレでこれでそれだけれども、それでも紫は笑む。
 自身の身体の状況がどうあれ、愛する家族の笑顔は何にも勝る特効薬なのだから。

「それにしても……今年は激しかったわね……」

 いや、ナニがって、別にペロペロなナニがどうとかではなく、スペシェルダブルもふもふアタックルナティックバージョンが、だ。毎年確かにもふもふされるが、ここまで激しかったことは無かった。
 初めて冬眠した明くる年だって、

(……あぁ、激しかったわね)

 まだ橙もいない春。寂しさを持て余した藍が、そりゃあもう凄いもふもふアタックをかまして来たのだ。しかも一日中離して貰えなかった。

(ふふっ。懐かしい……)

 と、懐かしい思い出に浸っている場合ではない。
 思考を戻して二人を見れば、

「それは……」
「その……」

 紫の呟きに、藍と橙は歯切れ悪く口ごもっていた。
 幾ら寝起きだからといって、二人の様子が可笑しい事に気付かないほど寝惚けてはいない。
 紫は「怒らないから話してみて?」と眼差しで優しく促すが、それでも二人は口を開かずに、ただ何処か怯えたように肩を少し震わせるだけだった。

「……何か、異変でも?」

 橙は良いとして、藍が怯えるなんて……どういう事だろうか。
 藍はその昔、最強最悪の妖獣と謳われた九尾の妖怪。
 そんな大妖怪が恐れるなんて、冬眠している間に一体何があったんだろうか。

「いえ、異変ではないのですが……」

 藍の言葉はやはり歯切れが悪い。
 いつもテキパキと事務的な感も否めないくらいには質問に答えるのに。

「わたくし共の口からは……」

 なぁ、橙? と藍は橙に苦い顔で同意を求める。
 橙も苦い顔をして「はい……」と頷いた。

「……そう」

 何か悪い企みの匂いを感じて、紫は内心でなんとなく嫌そうな顔をする。
 そんなに悪い予感というわけでもないし、幻想郷存亡に関わるような事態ではないとは分かるが……なんとも言えぬ不安感が胸に過ぎった。
 と、紫がちょっと考え事をしていると、いつの間にか藍と橙が傍に寄ってきていた。ご機嫌でも伺うように上目遣いで何かをねだっている。

「……ゆかりしゃま?」
「紫様?」

 二人の尻尾がゆらゆらと揺れている。
 紫は苦笑しながら起き上がると、二人に向かっておいでと手を差し伸べた。
 その瞬間、藍は相貌を崩し、橙はぱぁっと表情を明るくする。藍はその差し伸べられた手を取り、白い手の甲へと忠誠でも誓うように恭しく口付け、徐々に唇を上へ上へと上らせていく。
 その心地良いくすぐったさに笑っていると、橙が胸元に飛び込んできて、甘えるように頤(おとがい)を舐め上げてきた。

 「ふふっ。可愛い可愛い」

 紫が橙の頭をよしよしと撫でてやっていると、二の腕まで上ってきた藍の唇が、そのまま肩をぺろっと舐めて、力強い両腕で紫の細い腰を抱いた。
 橙ごと紫を尻尾で包み込んで、藍は紫の頬へ唇を寄せる。
 橙も真似するように、紫の頬へと唇を寄せる。

「おはようございます」
「ごじゃいますっ」

 ちゅっちゅっと肌を啄ばまれて、二人に抱き締められて、紫は今度こそちゃんと言うことが出来た。


「おはよう」


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