Coolier - 新生・東方創想話

ゆかれいちゅっちゅっ【冬】

2011/03/03 14:42:47
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* * * * *


 明日か、もしくは明後日か。それとも今日か。とにかく数日中には幻想郷に雪が降り立つ。
 あの雪女をぶっ飛ばしに行けば、雪が降る事自体は先延ばしに出来そうじゃない? とか思ったけれど、それはしないでおいた。
 残りの時間を下手な抵抗に使うのは、惜しいなって思ったから。

「残り時間か……」

 呟いて、少し苦笑する。
 紫が今年の冬眠に入るまでの残り時間と、自分の命の残量。その二つが出て来たけれど、今何を思ったのかは不透明で見えにくかった。ただ分かっている事は、どっちも確実に減っているという事だ。
 一秒一秒、刻一刻と。確実に。

「れいむ?」

 胡坐を掻いた霊夢の膝に頭を載せて、ぼーっと空を見ていた紫が呼んだ。
 二人は一緒に炬燵に入っていた。座る場所は四か所ある筈なのに、何故だか同じ面に一緒に。
 紫は炬燵に体をすっぽりと収めて、横向きの状態で霊夢の膝、というよりは太股辺りに頭を載せていて。霊夢は霊夢で胡坐を掻き、炬燵布団で紫の肩と一緒に足先を寒さから遠ざけている。
 そんな恰好で、二人はゆるりと流れる時間を居間で過ごしていた。
 廊下と今を区切る障子は開け放たれていて、空を眺められるようになっている。今日は風もなく穏やかで、暖かい陽光が降り注いでいる。
 実は紫が「初雪が降るまでは此処にいる」と言った後、空を覆っていた雲は風に押し流されてしまって、太陽が煌めいた。誰の仕業かは知らないが、突如晴れとなってしまった天気。
 そんな空をチラりと一瞥して、霊夢は内心である仮説を立ててみたりした。

(まさか、幻想郷が喜んだ……とか?)

 まさかねぇ~。
 そう思考を遊ばせながら、霊夢は視線を晴れてしまった空から下ろし、「ん?」と返事をして紫を見る。
 眠気か、それともそれ以外なのか、それは分からないけれど。目尻をとろんと下げた紫の瞳がこっちを少し心配そうに見上げていた。

「どうかした?」

 紫の頭を撫でるように置いていた手を、頬へと滑らす。柔らかくてすべすべしたほっぺを、指の腹でふにふにと軽く摘まむ。嫌がりはしなかったが、摘ままれている方の片目を瞑って、開いている方の片目がこっちを見てくる。不本意だけど撫でられる事を許諾している猫の姿がなんだか重なった。だから喉を撫でてみたくなって、思わず指が紫の首許へ。指先で猫の顎や喉を撫でるように、こしょこしょと撫でてみる。

「……んぅ」

 いつもだったら擽ったそうに身を捩るくせに、今日はされるがまま。
 撫でながら顎をそっと押し上げて、喉笛を晒させる。もっと撫で易い体勢を取らせて、喉を撫で続ける。

「ん……」
「ぷ、くくっ……猫みたい」

 無防備にされるがままになって、紫は気持ち良さそうに目を閉じている。
 そんな姿を見せられたら可愛いと思うしかないじゃないかとか、心の中で一応は悪態をついておいた。悪態になっているかは分からないけれど。

「喉鳴らさないの?」
「……鳴らして欲しいの?」

 そのまま喉をゴロゴロ鳴らせば完璧だなぁ~とか呑気に思って、そう言っただけだけど。
 紫は「ん~」と目を閉じたまま短く唸る。唸るというか生返事のような声の出し方。
 そうしてから、


 ――喉を鳴らした。


「……は?」

 思わず霊夢は手を止めた。
 だって喉を鳴らしたから、喉を、こぉ……ごろごろぉ~って。
 にゃぁんじゃなくて、ごろごろぉって。

「ごろごろいった!」

 思わず驚く霊夢に、紫は目を半分くらい開けて「鳴らして欲しかったんじゃないの?」と視線で問うてくる。

「なんで鳴らせんの?」
「橙の真似をしただけよ」

 紫は苦笑して、もう一度喉を鳴らしてみせた。ごろごろごろ。物真似というか、本当にそれは満足そうに喉を鳴らす猫そのものだった。

「あんたって猫の妖怪だっけ?」

 炬燵に入って、人の膝の上で寝ているので、強ち間違ってないような気もしてくる。
 まぁ、それは冗談だとしても、性格とか性質的には猫系で間違いないと思う。

「まさか」

 紫は霊夢の言葉を笑い声混じりで否定する。そんな紫の喉をまた撫でてもう一回とリクエストすると、直ぐにゴロゴロと鳴いてくれた。
 狐や猫と一緒に暮らしていると、自然にこんな事が出来るようにでもなるんだろうか。

「他にもなんか真似できんの?」
「動物の?」
「うん」
「そうね。それなりに色々できるけれど……」

 やってみてやってみて、と視線でねだる。
 紫は微苦笑して、手始めとばかりに、朝早くから呑気に「ちゅんちゅん」とか鳴く鳥の声を発した。

「……どっかから録音した音でも流してんの?」

 雀だった。間違いなく雀だった。雀がちゅんちゅんとかって鳴いていた。でも発しているのは紫だった。いや、雀だったって。あれは紫の声じゃなくて雀だったって。

「わざわざ録音なんて、そんな面倒な事しないわよ」
「じゃあ生放送」

 紫は霊夢の反応にくすくすと面白そうに笑い、ふと起き上がって炬燵を抜け出した。
 何をするんだろうかと、追わずに様子を見ていると、紫は縁側に立って先程と同じように雀の真似をした。何回か音を紡いでいると、近くの木か、家の屋根にでも止まっていたらしい雀が集まって来た。

「……マジで?」

 霊夢は思わずそう呟いていた。
 臆病な筈の小動物、とりわけ気配に敏感な小鳥が、恐い妖怪である筈の紫の肩や、紫の差し出した手に止まったり、それから足許にも寄って来たからだ。
 紫が話し掛けるようにちゅんちゅん鳴くと、雀もちゅんちゅんと鳴き返す。雀だけじゃなく、他にも鳥の泣き声を真似し始めて、最終的には色んな小鳥たちが紫の肩や伸ばした腕に何匹も止まった。

「ね?」
「あんたは鳥使いか」

 小鳥を体中に止まらせながら振り返って来る紫に、もう驚きを通り越して、ちょっと呆れてしまった。

「鳥というよりは、猛獣使いかしらね。家族に九尾と化け猫がいるし」

 紫は集まった小鳥達に鳥語で「バイバイ」「またね」とか……言ったんだと思う。多分。だってパタパタと飛び立って行ったし。
 小鳥たちが完全に周囲からいなくなると、紫は炬燵に戻って来るかと思いきや、そのまま縁側に座ってしまった。
 仕方がないので霊夢も炬燵から出て、紫の隣に腰を下ろす。

「なんで鳥語しゃべれんの?」

 ちょっと興味津々気味に尋ねる霊夢。犬とか猫とかともしゃべれる? ともついでに聞いておく。
 なんでなんで? と、まるで幼い子供のように質問してくる霊夢に、紫は微笑みを湛えた。

「しゃべるっていうと語弊があるような気がするけれど……まぁ、広い意味で捉えれば『しゃべれる』に入るかしらね?」

 紫の言いたい事はよく分からないが、とりあえず犬猫とも話せるらしいと、霊夢は解釈した。

「植物は?」
「声を聞く事くらいは出来るわよ」
「話せないの?」
「一応は出来るけれど……あまり流暢には話せないのよね。そういうが得意なのは何処かのフラワーマスターくらい」
「あぁ、アイツね……」

 あれクラスは花と話せるのか。
 植物の事で物凄く煩いのはそういう事なのかもしれない。

「じゃあ虫は?」
「うーん。あの界隈はとても特殊で複雑だから……」
「難しいの?」
「難しいというか、持っている概念……ん? 概念?うーん……概念、って言って良いのかしら? こぉ、なんか違うのよね。なんて言ったらいいか……在り方? も、ちょっと違うし……」
(あ、悩んでる……珍しい……)

 どうにかこうにか解り易く伝えららないものかと頑張る紫。人間には理解できないような事を、それでも人間の言葉に変換して、どう並び変えたら上手く伝わるだろうと、物凄く一生懸命に考えている。
 悩みもせずに直ぐに正解を導き出したり、もう既に答えを知っていたりする奴だから、こうやって悩んでいる姿はとても珍しい。だから霊夢は「別にそんな詳しく知りたいわけじゃないからいいわよ」との言葉は、もうちょっと後で言おうと決めて、うーんうーんと唸る紫を眺めた。

「うーん。女郎蜘蛛とお話でもして来ようかしら……それともリグルに……」

 おっと、ちょっと意地悪が過ぎただろうか。あと少しで情報収集へと旅立ちそうなトコロまで紫の思考が逝ってしまっている。

(やっぱ眠いのかな?)

 いつもなら適度な言葉を直ぐに見つけて、適度に教えてくれそうなものなのに。やっぱり思考回路が半分以上お休みになってるのかもしれない。

「じゃ、じゃあさ、どうして話せんの?」

 霊夢は内心で慌てながら、表面上は何でもないように繕って話題を変えた。「猫とか狐とかとは話せるのは分かるけどさ」とかとも付け加える。

(そういえば、狐は犬の仲間だっけ?)

 紫はうーんうーんと悩むのを中断し、「まぁ、長く生きているとね」と苦笑した。

「妖怪の中でも、人の言葉を理解できるモノはそんなに多くないのよ。そういうモノ達とコミュニケーションを取る為には必要でしょう?」
「ふぅん?」

 確かに、今まで退治してきた妖怪で、人語を理解できるような者は少なかった気がする。そういう相手には『言葉を交わす』という考え自体がなくて、ただ退治していたけれど。
 人間の人口よりも、多種多様な妖怪の数の方が多い。そして自然豊かなこの郷は、動植物の数も多い。
 幻想郷の平和を誰よりも望んでいるのは、きっと今目の前にいる妖怪だろうから、そういう多種多様な言語を操れるようになったんだろう。

「賢者ってもんも大変ね」

 ついそんな言葉が漏れる。それは感想みたいなものだったけれど、紫は「私はそんな風に他人に名乗った覚えは無いんだけれど」と困ったように苦笑していた。

「ん~」
「ん?」

 間の抜けた声が一つ。霊夢はまた何か考え込んでいるのかと思って紫の顔を覗き込む。でも紫は目を眠そうに目を擦って、控えめな欠伸を「ふぁ~」と零していた。
 その顔を見ていたら、コイツを賢者とか呼んだ奴は、きっと紫のこういう間の抜けた姿とか、アホっぽい顔とか……その、可愛いところとか。そういう姿を知らない奴なんだと思ったりした。
 紫はただ、この小さな世界を守ろうとしてきただけで。その姿が他人に『賢者』っぽく見えているだけで。だから賢者と呼ばれたくて頑張っているわけでもなく、そうあろうとしているわけでもなくて。つまり紫は、ちょっと変わった妖怪ってだけで。
 霊夢はどう見ても賢者っぽくない紫の姿に、ひそかに笑む。
 紫のこういう姿を知らない奴は勿体ないと思う反面、ちょっとした優越感が沸いた。

「眠い?」
「……ううん」
(あ、素直じゃない。でも、眠そうに目擦ってたら意味無いと思うんだけど……ってか、そういう潤んだ瞳とかやめろ、アホ。イジメて欲しいのか……)

 と思うが、そんな言葉は口の中で留め、代わりに自分の膝をぽんぽんと叩いて「ほら、おいで」と示す。
 すると紫は素直に従って、霊夢の膝に頭を乗せて横になった。

「眠くないっつったのに、変なとこ素直ね」
「眠くないもの。ただ、霊夢の膝枕が魅力的だっただけ……」
「ふぅ~ん?」

 霊夢は意地の悪そうな笑みを浮かべるが、別段意地悪なんてしなかった。
 ただゆっくりと紫の頭を撫でて、髪の中に手を埋め、頭皮に優しく触れた。
 もう一方の手で、紫の喉許に触れる。
 指先で喉笛をくすぐるように撫でると、心地良さそうに紫が目を閉じた。

「鳴かないの?」

 促すと、紫は鳴いた。
 霊夢の手が止まる。
 だってそれは、猫のごろごろという音じゃなくて。
 春を告げる小鳥の、独特な鳴き声だったから。

 まるで春を呼ぶように、紫が一声だけ啼く。


 やめて欲しい。
 今日はぽかぽか小春日和で。
 あんたがいて。
 春と勘違いしちゃうから。


 霊夢は苦笑して、紫を撫でる手を再び動かした。
 紫は今度こそ、喉をごろごろと鳴らした。

「ねぇ」

 後で、コツ教えてよ。
 霊夢は小さく呟く。
 紫はいいよと言って、淡く笑んだ。


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