妹なら、姉のことを語らずにはいられない。
それが私達、フランドール=スカーレットと古明地こいしの日常である。
私とこいしが、いわゆる『姉トーク』をするようになったのは、もう随分前からの話になる。
基本的には私が地霊殿へ行くことが多いのだけれど、今日は珍しくこいしが私の家、つまり紅魔館に来ていた。
付け加えると、なにやらとても不機嫌そうな様子で、紅魔館に来ていた。
「でね、お姉ちゃんってば最近色んな人の話をするの」
紅魔館の地下にある私の自室。
こいしは椅子に腰掛けながら、対面に座る私に熱弁していた。
「霊夢さんとこんな話をしたとか。魔理沙さんとこんな話をしたとか。もうそういう話ばっかり!」
熱弁というより、憤慨しているという方が正しいかもしれない。
丸テーブルの上に乗せた手も、ぐっと強く握られている。
こいしがこんなに怒ってるのは、結構久しぶりのことじゃないだろうか。
「その話をすごく楽しそうな顔でするんだよ!もう信じられないっ!」
「何が信じられないの?」
「だって、妹の前で他の女性の話をするなんてタブーでしょ!?」
こいしが怒っている理由は私が予想していたとおりのものだった。
この若干首を傾げたくなる主張からも、それは良くわかる。
要するに、嫉妬、あるいはヤキモチというやつだろう。
詳しい事情は知らないけど、さとりさんは今まであまり家から出ることがなかったらしい。
しかし、最近外に出かけることが多くなったらしく、少しずつ友人が増えているようなのだ。
私のお姉様もその一人にあたると思う。
そういうさとりさんの近況は、他ならぬこいしから聞いたのだが、こいしは当初それを喜んでいたようでもあった。
それが今ではご覧のとおりである。
「さすがにそれはこいしのわがままだと思うけど……」
「そんなことないってば!レミリアさんがフランの前で他の人の話を楽しそうにしていたらどう思う!?」
「う~ん……」
私はちょっとその様子を想像してみた。
お姉様が、咲夜や美鈴の話ばかりしている姿。
館の人だけならまだしも、霊夢や魔理沙の話まで加わったらどうだろう。
私と一緒に居るのに、私以外の人のことを嬉しそうに話すお姉様……
むむむ……なんだかすごくもやもやした気持ちになってきた。
「確かに、ちょっと嫌かもね……」
「でしょ!?だから今朝、お姉ちゃんなんか大嫌い!って言って飛び出してきちゃったよ」
「ええっ!?それはちょっとひどくない!?」
「そんなことないもん!悪いのはお姉ちゃんだもん!」
ぷいっと、顔を背けるこいし。
頬もぷっくらと膨らませていて、どうやらとてもお怒りらしい。
こいしがさとりさんのことを大好きなのは良く知っているから、ヤキモチするというのはわからないでもない。
好きな人が別の誰かのことを話すだけで、ちょっと嫌な気持ちになってしまうは私もさっき確認した。
だけど、それで家を飛び出してくるのはさすがにちょっと子供すぎるんじゃないかなぁと思う。
でも今のこいしにそれを伝えたところで、焼け石に水になってしまうだろう。
私はどうすればこいしを説得できるかを考えて、とりあえずこんなことを言ってみることにした。
「……ん~、それで結局こいしはどうしたいの?」
「どうって?」
「だからさ、もしかしてさとりさんに謝りたいのかなって?」
「な、なんで私がお姉ちゃんに謝らなきゃいけないの!?謝るのはお姉ちゃんの方だよ!」
大嫌いなんて言ってしまったことを、後悔してるんじゃないかと思っての質問。
こいしがわずかに動揺したのを見て、私はこの方向で攻め続けてみることにする。
「だけど、このままだとさとりさんはこいしのこと本当に嫌いになっちゃうかもよ?」
「そ、そんなこと……」
「こいしのことなんか、顔も見たくないって思っちゃうかもよ?」
「それは……うぅ……」
正直に言えば、さとりさんがこいしのことを嫌いになるなんてことは絶対にないと思うのだけど。
だけど当事者であるこいしは、私の言葉に不安一杯みたいで。
先ほどまでの怒りはどこへやらといった感じになっている。
「お、お姉ちゃんに嫌われちゃったかなぁ……?」
「そうかもよ、まぁ私だったら嫌いになると思う」
心にもないことを言って、もう少しこいしを虐めてみる。
おろおろと視線を彷徨わせて困っているこいしがちょっと面白いのだ。
も、もちろん楽しんでいるだけじゃなくて、仲直りという話に持っていくためでもあるんだけどね。
「ど、どうしようフラン……私、お姉ちゃんに謝らないと」
「謝っても許してもらえるか、わからないけどね」
私は内心でくすくすと笑いながら、あくまでポーカーフェイスを保っていた。
いつもこいしの言動に振り回される私だけど、どうやら今日は立場が逆らしい。
こいしの瞳はどんどん潤んできていて、すぐにでも泣いてしまいそうだった。
「うぅ……お姉ちゃん、ごめんなさい」
ここには居ないさとりさんに向かって一人謝るこいし。
さすがにちょっと虐めすぎたかな、と少し反省する。
そろそろこいしを安心させてあげようと思い、私は何と声をかけるべきか一瞬迷って……
――その時、私の頭にある閃きが浮かんだ。
その閃きに、私は思わずにやりと笑ってしまう。
これは少し面白いことになるかもしれない。
「ねぇ、こいし。私に少し提案があるんだけど」
「ふぇ……?」
俯いていたこいしが顔を上げて、私に向き合う。
「さとりさんと仲直りできて、しかもこいしのことをもっと好きになってもらう提案があるの」
「ほ、ほんと?」
「うん、とびっきり可愛くて素敵な提案だよ」
「お、教えて!どうすればいいの?」
すがるように身を乗り出してずいっと私に迫るこいし。
なんかいいな、こういうの。
好きな人のことを考えて一生懸命な姿。
いつも思うけど、こういう時のこいしは本当に綺麗に思える。
(私がお姉様のことを考えている時は、どういう感じなのかな……)
いつの間にか妙な方向に進んでしまった思考を、ぶんぶん首を振って頭から追い出す。
気を取り直すために、こほんと咳払いをした。
「この提案は、こいしに勇気と根性がないと成立しないんだけど、大丈夫?」
「もちろん大丈夫!お姉ちゃんのためだったら、私なんでもするよ!」
全く迷いの無い答えが返ってくる。
こいしの瞳には、いつの間にかやる気の炎が満ちていた。
怒りの炎はとっくに鎮火されてしまったようだ。
「よし、なら私の作戦を伝授するよ」
「はい、フラン先生!」
いつの間にか先生になっていたのを軽くスルーして、私は大声で彼女の名を呼んだ。
紅魔館メイド長、十六夜咲夜の名前を。
地霊殿の一室。
私は電気もつけずに一人ベッドで横になっていた。
『お姉ちゃんなんか大嫌い!!』
今朝、こいしに言われたことが頭の中に何度も響いている。
私、古明地さとりは一日中そのことばかり考えていた。
愛する妹から嫌いと言われてしまった。
しかも、その原因がなんなのか未だにわかっていない。
(私は何をしてしまったんでしょうか……)
どれだけ悩んでも、こいしが怒った理由が私にはわからない。
というよりも、こいしの言葉が本当に辛くて、何時間経ってもまともに思考することすらできていなかった。
こいしに本気で嫌われてしまっていたらと考えると、胸が張り裂けそうになる。
そんなこと考えていた私の耳に、こんこん、という控え目なノックの音が聞こえてきた。
「お姉ちゃん……いる?」
その小さな声を聞いて、私は慌ててベッドから飛び起きた。
聞き間違えようはずもなく、こいしの声だとすぐにわかる。
「あのね……ご飯の用意したから、リビングまで来てくれる?」
何か声をかけなければという私の思いを置き去りにして、ぱたぱたと廊下を駆けていく音が聞こえる。
こいしが部屋の前から去ってしまったのだろう。
私はしばらく茫然としながらも、とにかくこいしに会いにいかなければという思いで部屋の扉を開けた。
リビングに行ってみたものの、そこにこいしの姿はなかった。
ぐるりと部屋を見回してみても、やはりその姿を見つけることができない。
まさかさっきのは幻聴だったのだろうか。
私がそこでひとつため息をつくと……
「……お姉ちゃん」
キッチンの影から、こいしが出てくるのが見えた。
よかった、ちゃんといてくれた。
やはり幻聴ではなかったのだ。
私はほっとして、こいしの方に近づこうとしたのだが。
そこに、信じられないものを見てしまった。
メイド服を着た、こいしがいた。
「お、お帰りなさいませっ!!お姉ちゃん!!」
ぺこりとお辞儀をするこいし。
その頭には、白くて清楚なイメージのカチューシャ。
黒いワンピースに白のエプロンドレス。
フリルが可愛らしいその衣装は、どこからどう見てもメイド服だった。
「え、えっと……今夜はいっぱいご奉仕させていただきます!」
私は完全に思考が停止した。
今、目の前で何が起こっているのか理解が追いついていかない。
私のことが嫌いだと言って、家を飛び出していったこいしが。
メイド服を着て、とても可愛い姿を私に見せてくれている。
やっぱり幻覚か何かなのではないかと思ってしまうような光景。
「あ……あの、お姉ちゃん?」
こいしが心配そうに声をかけてくれる。
それでようやく、私は我に返った。
「あの……こいし?これは……どういうことですか?」
かろうじて、そんな言葉を絞り出す。
「そ、その…………と、とにかくまずはお料理を食べてください!」
こいしは困ったようにあちこちへと視線を彷徨わせた後、もう一度頭を下げてから、ぱたぱたとキッチンの中に戻ってしまった。
私は未だに状況がよく飲み込めずに混乱していた。
その一方で、こいしのメイド姿やどこか拙い敬語が可愛らしくて、胸がドキドキしているのも感じる。
心を落ち着けるために深呼吸をしながら椅子に座って待っていると、こいしがお皿をひとつ運んできた。
「え、えと……お、お待たせしました」
ことり、と音を立ててテーブルに置かれる皿。
ふと見ると、こいしの手が震えていることに気がついた。
もしかして緊張しているのだろうか。
そんなことを考えつつも、お皿の上に乗せられた料理に注目する。
小さく丸まったキャベツのようなものが、わずかにスープで満たされたお皿の上に三つ乗っていた。
「これは……ロールキャベツ、ですか?」
「そ、そう、ロールキャベツだよ!……あ、えと、ロールキャベツです……」
ぱあっと嬉しそうな顔で言った後、すぐに少し申し訳なさそうな顔をして、敬語で言い直す。
それが少し面白くて、私はくすっと笑ってしまった。
そんな私の様子を見たこいしが、また少し嬉しそうな顔になる。
それを横目に見ながら、私は料理をじっくりと観察してみた。
いや、これが普通のロールキャベツなら、特別注目することもないのだ。
けれど、この料理は少し異様だった。
普通ロールキャベツと言えば、一般的には薄い緑色をしているものを思い浮かべるだろう。
しかし、お皿の上に乗っている三つのそれは、青、白、赤と、それぞれ独特な色になっている。
正直、ロールキャベツと一発でわかった自分がすごいのではないかと思う。
「こいし、なぜロールキャベツなのにこんな色をしているんですか?」
「あ、それはフランと咲夜さんのアイディアで、『お姉ちゃんを私の虜にするための三色ロールキャベツ』略してお姉ちゃん虜ロール、という料理なんです……」
恥ずかしそうに頬を赤らめて、俯き加減でそう答えるこいし。
よく聞き取れなかったけど、とにかく特別な料理であることはわかった。
「あ、味は普通のロールキャベツなんだよ?咲夜さんが、料理に使える食用色素っていうのを持ってて、それを使ったの」
「そうなんですか。でも、なぜ青と赤と白なんです?」
「えっとね、それにはひとつずつ意味があるの」
こいしは指を三つ立てた。
いつの間にか敬語ではなくなっていることには、気がついていないようだった。
「まず、青いのはお姉ちゃん」
「私ですか?」
「うん、お姉ちゃんはいつも冷静で落ち着いているでしょ?だから青。あっ、冷たいってことじゃないよ!?」
慌てて訂正するこいしに、私は優しく笑って応えた。
こいしは少しほっとしたみたいに息をついて、すぐに次の説明をする。
「白は私だよ、フランに聞いたら、純粋そうなところとか、あとは無意識っていうもののイメージが、白っぽいって言ってたの。だから、ちょっと恥ずかしかったけど白は私の色」
白という色は確かにこいしによく似合っていると思う。
フランさんも見る目がある。
こいしの友人にそんな人がいてくれることが本当に嬉しい。
さて、青と白が私達姉妹を表すとなると、あと一色残ってしまう。
白と青の間に挟まれた赤い色のロールキャベツ。
「最後に、赤はね……」
誰が当てはまるのかを頭の中で予想する。
もしかしてフランさんか、あるいはレミリアさんかもしれない。
そんなことを考える私に向かって、こいしは恥ずかしげに、でもにこっと可愛らしい笑顔を見せてこう告げた。
「赤はね……愛、なの」
ドキッ、と胸が高鳴るのを感じた。
「私からお姉ちゃんに送る愛。情熱の愛、燃えるような愛、それが青と白の間にある赤いロールキャベツの意味なの……」
どんどん顔を赤くして、とても恥ずかしそうなのに、私に笑顔を向けてくれるこいし。
その笑顔を、ただ素直に愛しいと思った。
私の青と、こいしの白の間にある赤。
その意味は愛。
こいしが私に送ってくれた愛。
誰が当てはまるわけでもない。
私達姉妹の間にあるのは、愛という感情なのだ。
とても嬉しかった。
言葉にならないほど、嬉しかった。
だけど、これだけは伝えておきたくて。
「こいし……この赤にもう一つ意味を込めさせてください」
だから私はゆっくりと口を開いて、言葉を紡いだ。
「もう一つ……私からこいしに送る愛という意味を、付け加えさせてください……」
こいしの笑顔に応えるように、私も精一杯の笑顔を彼女に向けた。
たぶん私の顔も、こいしに負けないくらい赤くなっているのだろう。
私の言葉を聞いたこいしは、一瞬ぽかんとした表情をした後、一気に顔を真っ赤にして、恥ずかしそうに両手で顔を覆ってしまった。
私はそれを微笑ましく思いながら、こいしに笑顔を向け続けた。
少しすると、こいしの顔の熱も引いてきたようで、赤みも薄くなってきた。
両手をちょっとだけ下げて、瞳だけを私に向けてくる。
「お姉ちゃん、不意打ちすぎるよぉ……」
「ふふ、さぁせっかくこいしが作ってくれたお料理なんですから早く食べましょう」
「あ、でもそれはお姉ちゃんの分しか作ってないから……」
「それなら、全部半分にしましょう。こいしと私で半分ずつ食べればいいんです」
「で、でも……」
「ほら、こいし、あ~んしてあげますから、そこに座ってください」
「う、うぅ……」
こいしはしばらく戸惑っていたようで、けれど私がしつこくお願いすると私の隣に腰掛けてくれた。
「ではこいし、口を開けてください」
「ちょ、ちょっと待って!せっかくだから最初は私がお姉ちゃんに食べさせてあげたいな……」
「そうですか?では、お願いします」
「うん!」
こいしはロールキャベツを切り取ろうとして、一瞬どれにするか迷ったように動きを止めた後、ちらりと私の方を見てから、赤いロールキャベツを選んだ。
お互いに、また顔を赤くしてしまった。
「はい、お姉ちゃん。あ~ん」
「あ~ん……」
ぱくっ、とこいしが切り分けてくれたロールキャベツを食べさせてもらう。
こいしの愛が詰まった赤いロールキャベツ。
もちろん三つ全てにこいしの気持ちが詰まっていることはわかっているのだけど。
この赤いロールキャベツだけは、どうしても特別に思えてしまうのだ。
だから、私はそのロールキャベツをしっかりと噛みしめる。
じゅわっと口の中に広がる甘い汁が、こいしの想いであるかのように、ゆっくりとそれを味わった。
「美味しいです……頑張りましたね、こいし」
「あ、ありがとうお姉ちゃん」
「それじゃあ、今度は私の番ですね」
「うん……ほんとは全部お姉ちゃんに食べてもらいたいんだけど……」
「それではダメです。ちゃんと私の想いも、私の手でこいしに届けたいんですから」
私も赤のロールキャベツを切り取る。
この料理に込めさせてもらった想いを、こいしにしっかり味わってもらいたい。
そうして、私はゆっくりとこいしの口に、私の想いを運んだ。
ロールキャベツを全て食べ終えて、こいしは食器を洗っている最中だった。
ほんとうは私も手伝おうとしたのだけど、こいしが自分でやると言って聞かなかったのだ。
だから、私は椅子に座ったまま、キッチンにいるこいしの姿を眺めていた。
この位置からだと、ちょうど洗い物をしているこいしの姿が見える。
私がじっと見つめていると、こいしがたまにこっちに視線を向けて、すぐに逸らしてしまう。
そんな可愛い仕草を、私は優しい気持ちで見守っていた。
しばらくすると洗い物を終えたこいしが、キッチンから出てきた。
隣に座るのかと思ったのだが、なぜか少し距離を置いたところに立ったまま、動こうとしなかった。
「あのね、お姉ちゃん……」
「なんですか、こいし?」
こいしはもじもじと指を絡めて、少しだけ俯いていた。
私はその様子をじっと見つめながら、こいしの言葉を待った。
「あのね……今朝のこと、ほんとうにごめんなさい!」
ぴっちりとした姿勢で、私に向けて謝るこいし。
メイド服と相俟って、それはとても礼儀正しいものに見える。
「私、お姉ちゃんのこと嫌いって言っちゃって……」
ふるふると肩を震わせるその姿が、どこか頼りなげで。
きっと大きな不安を抱えているのだろうと、意識を読めずとも容易に想像することができた。
「私のこと……嫌いになっちゃった?」
「そんなわけありません。私はこいしのことが大好きですから」
「ほ、ほんと!?」
「ほんとです。むしろ謝らなければいけないのは私の方ですよ……」
こいしを怒らせておきながら、その理由が未だにわかっていない。
妹の怒りの意味がわからないなんて姉として失格だ。
「お、お姉ちゃんは何も悪くないの!全部私のわがままなんだよ……」
こいしは呟くような細い声で話をはじめた。
「私ね……ヤキモチしてたの」
「……ヤキモチ、ですか?」
「うん。お姉ちゃんが他の女の人の話ばっかりするから、なんだか悔しくて……」
私はそれを聞いて少しだけ考えて、はっとした。
ここ最近の私を思い返してみると、確かにそんな話ばかりしていたかもしれない。
「お姉ちゃんがいろんな人とお話するようになったのは、すごく嬉しかったの。だけどお姉ちゃんに友達が増えると、その分だけ私のことを見てくれる時間が減っていく気がして……それが辛くて……そういうことを考えちゃう自分もすごく嫌で……」
メイド服の裾をぎゅっと握りながら、こいしは言葉を続ける。
「ごめんねお姉ちゃん……わがままな妹で。お姉ちゃんの『嬉しい』を素直に共有できない嫌な妹でごめんね……」
ぽつ、ぽつ、とこいしの足元に水滴が落ちていく。
顔を見ずとも、それが涙であることはすぐにわかった。
自分のことを責めて、何度も責めて、そして涙を流している妹。
この子がわがままであるはずがない、と思った。
少し甘えん坊で、泣き虫な妹。
けれど、誰かの気持ちを考えて行動することのできる優しい妹。
他人の心が読める私なんかよりも、よっぽど誰かのために行動することのできる素敵な妹。
こんなにいい子が悪いわけが無い。
悪いのはやっぱり私の方なのだ。
「……こいし、私の話を聞いてくれますか?」
こいしは顔を上げてはくれなかったけど、少しだけ首を動かして、私の問いに頷いてくれた。
「私がどうして最近外に出るようになったか、わかりますか?」
今度は首を動かさなかった。
たぶん答えを考えているのだろうな、と思う。
元々回答を求めていた質問ではないので、私はさらに続けた。
「私が外に出るようになったのはね、こいしとおでかけがしたかったからなんですよ」
なるべく柔らかい声を心がけて、私はそう告げた。
その言葉を聞いて、こいしが顔を上げてくれる。
涙で濡れた顔、そして少しだけ驚いたような表情をしている。
「私もね、こいしが他の人と遊んできた話を聞いたりすると、少しだけヤキモチを焼いていたんですよ」
「……お姉ちゃんも?」
「ええ。そして、そういう自分がとても嫌でした。おまけに他人と接することが苦手な私は、こいしの『嬉しい』をあまりわかってあげられませんでしたから」
こいしの驚きが、さらに一段階増したように思えた。
私の気持ちに気がついていなくても、それは当然だと思う。
だって、これこそわがままというものだ。
こいしを繋ぎとめておきたいという私のわがまま。
外出なんてしないで、私の元にずっと居て欲しいという卑怯な願い。
こいしのように素直で純粋な子が、そんな気持ちを理解できるわけがない。
いや、理解できてはいけない。
「私が外出できるようになれば、こいしと一緒に出かけることもできるし、こいしの『嬉しい』もわかると思ったんです」
根本にあるのは、こいしを独占したいという欲望なのだと思う。
どれだけ綺麗事を並べても、結局はそういう気持ちで私は動いているのだろう。
それでも、こいしと気持ちを共有したいという純粋な想いも確かにわたしの中にあって。
こいしのことをもっと知ってみたいという気持ちがあって。
そのために、私も外に出て他人と触れ合ってみようと思ったのだ。
そして意外にも、それはとても楽しいことだった。
霊夢さんや魔理沙さんが付き合いやすい人間であるということももちろんあるのだけど、何より私が成長したのだと思う。
人の気持ちがわかることで、どこか達観していた自分は、自分でも気づかない間に消えてしまっていたのだと思う。
だから、他人と接することが楽しいと思えた。
この気持ちを、こいしに伝えたいと思った。
私もこいしの『嬉しい』がわかるようになったというその想いを伝えたくて、私はいつの間にかそんな話ばかりするようになっていたのかもしれない。
「わがままな姉でごめんなさい。こいしの気持ちをちゃんと分かってあげられない、ダメな姉で本当にごめんなさい……」
「っ、違うよ!お姉ちゃんは何も悪くないよ……お姉ちゃんの気持ち、すごく嬉しいよ……」
「こいし……」
「お姉ちゃんがそんな風に考えていてくれたなんて、ちっとも知らなかった……ごめんね、お姉ちゃん」
私が謝ると、こいしもまた頭を下げる。
こいしが謝る必要なんてないと言おうと思ったけど。
それでは何か足りない気がした。
言葉にすることで伝えられるものもあるけど。
言葉では伝えられないものも、きっとある。
「……こいし、こっちへ来てください」
だから私は、椅子に深く座りなおして姿勢を正すと、ぽんぽんと太もものあたりを叩いてこいしを招き寄せた。
こいしは少し戸惑ったようにしながらも、しかし最後は嬉しそうに微笑んで、私の膝の上に背中を向けて座ってくれた。
私はこいしの細くて小さな体を、ぎゅっと抱きしめてあげる。
「お姉ちゃんの匂いがする……それにとっても温かい……」
「私もこうしていると、こいしの温かさが伝わってきますよ……」
こいしの背中に顔をあずけて、温もりを思いっきり感じる。
愛しい妹の体を抱きしめているだけで、なんだか安らかな気持ちになってくる。
「……ねぇ、こいし。明日、私とデートに行きませんか?」
「えっ!?」
こいしが驚いて私の顔を見た。
振り向いたその顔に、私も少し顔を近づける。
「もう人と接するのも怖くないですから、人里でデートなんてどうでしょう?」
「あ……で、でも……私おねえちゃんにひどいこと言っちゃったし……」
「私だってこいしのことを傷つけてました。だから、仲直りのデートがしたいんです。ダメですか?」
「ダメじゃないよ!私もしたい、お姉ちゃんとデートしたい!」
「ふふ、じゃあ決まりですね」
抱きしめる私の手を、こいしが両手で包み込む。
とても温かくて優しい時間。
目の前にはこいしの小さくて可愛い顔がある。
じっと見つめ合っていると、私の中にある欲求が浮かんできてしまう。
「こいし……キスしてもいいですか?」
「……うん……いいよ……」
私の欲求を、こいしは少し照れながら弱々しい声で受け入れてくれる。
それを嬉しく思いつつ、私はこいしの頬に手を当てようとして。
「あ、でもやっぱりダメ……」
その手を、こいしが止めた。
こいしの口から出た拒絶の言葉に、私は少し動揺する。
「ど、どうしてですか?」
「……キスはね……明日のデートまで取っておきたいな。そうした方が、明日はもっとドキドキして楽しいデートになると思うから」
そう言って恥ずかしげに私の方を窺うこいし。
そんな風にされると、今すぐにでも唇を奪いたくなるのだけれど。
私はぎりぎりで理性を保って、それを止めた。
「なるほど……そうかもしれませんね」
「うん、だから今は……」
こいしがそれを言うのとほぼ同時くらいに、私の額に唇を近づけて。
その動きに私が反応する間もなく。
ちゅっ、と温かい感覚が額に広がった。
「……これで我慢するね」
ぴょんと私の膝の上から飛び降りるこいし。
私は少しの間茫然としてしまい、こいしが駆けて行ってしまうのを、ただ見送ることしか出来なかった。
やがて、私の中にゆっくりと意識が戻ってくる。
一人残されたリビングはとても静かだった。
「…………ふふ、これは明日のデートがとても楽しみですね」
そうしてわずかに微笑むと、私も部屋に戻ることにした。
明日はこいしにたくさんキスをしようという、小さな決意を胸に秘めながら……。
相変わらず甘々なお話素敵でした。
というか既に家族愛の範疇超えてる気がしないでもない。
古明地成分存分に補給させていただきました