Coolier - 新生・東方創想話

扉を開けたのは、美しき鈴の雫。

2005/05/14 00:15:52
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このお話は、筆者である水無月剣羅が設定したオリジナル要素が少々含まれております。
その点をご理解して頂いた上で、以下の本文にお進み下さいませ。
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それは、あっと言う間の事だった。

いつにない規模の妖怪の群れが、紅魔館に襲い掛かってきた。
通常なら、美鈴以下門番達で何とか撃退出来た。多少てこずっても、美鈴のスペルカード
を何回か炸裂させれば決着はついていた。
ところが今回は、美鈴のスペルカードをもってしても、敵の集団を撤退させる事が出来な
かったのだ。
事態を重く見て、館から咲夜が出てくる。
完全で瀟洒な従者。人間であるのに時間を止める能力を持ち、弾幕だけでなく、そのスペ
ルカードも強力で。何より、この館の主人であるレミリアやその妹フランドールとも対等
に近い力量を持つ数少ない存在。
だから、その咲夜が参戦すれば問題はない。
―――はずだったのに。

「……それで、どうしてこのような事態になったのかしら?」
レミリアは、腕を組んで美鈴を見つめ返した。
部屋の中にいるのは、レミリア、フランドール、パチュリー、美鈴。四人は、部屋の中央
に置かれたベッドを囲むようにして立っていた。
そのベッドには、咲夜が寝かされている。
「お姉様ぁ。何で咲夜起きないの?死んじゃったの?ねぇ?」
フランドールは、目を覚まさない咲夜の枕元で切なそうな声を上げる。
大好きな姉が最も信頼する従者であり、自分に対しても親身に接してくれる従者でもある
咲夜を、フランドールは慕っていた。
慕っている咲夜が、いつものように優しく笑って「妹様」と呼びかけてくれないので、フ
ランドールは悲しかったのだ。
「フラン、咲夜は死んだ訳じゃないわ。だから、少し静かにしていてくれる?」
妹にそう言い、レミリアは、多少苛立たしそうに眉を寄せて、再度美鈴に問い掛けた。
「もう一度訊くわ。どうして咲夜程の使い手が、このような術にかかってしまったの?近
くにいたんでしょう?説明なさい、美鈴。」
「……申し訳ありません、お嬢様。」
美鈴は、絞り出すような声で答えた。その手は、固く握り締められている。
「私が……私が、もう少し早く気付いていれば……!!!咲夜さんは、こんな……!!!」

華麗に舞っているかのような、美しくて隙のない動き。無駄のない攻撃。
着実に敵の数を減らしながら、同時に窮地に陥っている味方を援護していく様子。
咲夜は、確かに襲撃者達を圧倒していた。
「凄い……流石は、咲夜さん!!!」
「感心している暇があったら、少しでも多く敵の数を減らしなさい。」
思わず感嘆の声を漏らした美鈴の傍に降り立ち、咲夜は叱咤する。
「お嬢様や妹様、パチュリー様のお手を煩わせる訳にはいかないのだから。」
「はい、咲夜さん。」
頷いた美鈴だが、次の瞬間、その表情がはっと凍り付いた。
「……どうしたの?」
いぶかしむような声を上げた咲夜に答える余裕は、美鈴にはなかった。
自分の出せる速度ぎりぎりで、美鈴は『ある方向』へと駆け出していた。

「そっちでは、最近入ったばかりの新しい人が戦っていたんです。」
美鈴は、厳しいレミリアの表情に耐えられなくなって目を伏せる。
「その人、いつも照れ臭そうに言っていたんです。自分にはまだ小さな弟と妹がいて、
二人を養うために自分はここで働く事にしたんだって。休みの日に、この紅魔館の事
を話してあげたら、弟と妹はとても嬉しそうにするんだって。」
「だから?」
「その人、その話をしている時に本当に幸せそうな顔をしてたんです。」
レミリアの短い追求の言葉に、美鈴は、ぎゅっと唇を噛み締める。
「それで……その人が危ない状況に陥っているのを見た時に、どうしてもじっとして
いられなくなって……!!!」

倒れて動かない仲間をかばいながら、覚えたての攻撃を駆使して、その人は奮戦して
いた。
だが、その人が戦っている敵の数は十近い。戦闘経験が少ない上に、怪我人をかばい
ながら戦っているその人には、とてもではないが勝ち目はない。
自分は、この紅魔館で幸せを得ている。主人姉妹やパチュリーや咲夜にいじられる日
々だが、楽しいと思えた。幸せだと、思った。この幸せがなくなったらと思うと、と
てもではないが耐えられなくなる。この幸せを、失いたくないと。
だから、と美鈴は思う。
自分だって幸せを失いたくないし、失ったとすれば悲しい。だから、その人だって幸
せを―――弟や妹との幸せを失いたくないだろう。その人の弟や妹だって、姉である
その人との幸せを失いたくないだろう。
(だから、その人は守らないと!!!)
美鈴は、懸命に走る。その人が戦っている地点へと、賢明に走った。
だが、自分が到達するより、妖怪がその人を手にかける方が明らかに速そうだった。
(……間に合え!!!間に合え、自分!!!)

「全く。後先考えないのは、普段であろうと戦闘中であろうと変わらないのね。」
咲夜の声が、いきなり前方から聞こえて美鈴ははっとする。
「え?さ、咲夜さん!!?」
「私があなたの考えている事を見抜けないとでも思っていたの?」
放置してきてしまったはずの咲夜は、前方に立っていた。
その足元には、倒れて動かない十近い妖怪達。その背後には、美鈴が助けようとした
人が呆然とへたり込んでいる。
咲夜は、ナイフをくるくると回しながら苦笑を閃かせた。
「それと、私の『能力』を忘れないで貰いたいものね。」
「さ、咲夜さん……!!!」
美鈴は安堵したような声を上げた。流石は、『完全で瀟洒』という評価を受ける人だ
と、改めて納得した。
咲夜は、美鈴が何をしようとしたのかすぐに見抜いたのだ。そして、美鈴が間に合わ
ないだろう事も。―――全て見抜いた上で、咲夜は動いてくれたのだ。
時間を止めて、美鈴の代わりにその人を助けてくれたのだ。
「咲夜さん……咲夜さん、ありがとうございます!!!!」

「その時でした。―――本当に、本当にあっと言う間だったんです。」
美鈴は、半分泣き出しかけていた。
「咲夜さんの足元に倒れていた妖怪が、いきなりがばって起き上がって。咲夜さんに
覆い被さったんです。私、慌てて咲夜さんに駆け寄って、咲夜さんの上から妖怪を蹴
り飛ばして……。でも、でもその時にはもう、咲夜さんは……!!!」
「このように、昏睡状態に陥っていたのね?」
確認するようなレミリアの問いかけに、力なく美鈴が頷く。
「はい……。」
「これは、ただの術じゃないわ。その人の精神に進入して、その人の精神の中からそ
の人を苛む高等な術。」
咲夜の容態を静かに確認していたパチュリーが口を開く。
「中国の話だと、咲夜に覆い被さった妖怪は、一度咲夜に倒されているじゃない。そ
れに、入りたてのその門番も、多少は食い止めていたのでしょう?門番如きに食い止
められるレベルの妖怪には、こんな高等な術は使えないはずだわ。」
「どういう事?」
訊き返すレミリアに、パチュリーは断言した。
「恐らく、妖怪が咲夜に覆い被さったのは、一瞬だけでも咲夜の注意を逸らさせるた
めの陽動よ。咲夜に術をかけたのは、別の妖怪だわ。レミィ。」

「―――流石は、図書館の主パチュリー・ノーレッジ。」
病的に明るい声が響いたのは、まさにその時だった。
「ご名答。その従者君に術をかけたのは私だよ。」

「!!!」
美鈴は、はっと顔を上げて周囲を見渡す。
「誰かいるの……!!?まさか、侵入者!!?」
「捜しても無駄よ、中国。」
パチュリーは静かに美鈴に言う。
「当人はここにいないわ。声だけ、この館に飛ばしたんだわ。」
「声だけにしろ、外からこの館に影響を及ぼされるなんて。この館の主として気分が
悪いわ。」
顔をしかめたレミリアは、フランドールに咲夜の傍を離れないよう視線で語りかけて
から、腕を組んで挑戦的に言い放った。
「まぁ、声だけであっても侵入を許されてしまった後となっては何を言っても負け惜
しみね。でも、私の館に来た以上、何処の誰なのか答えて貰えないかしら?それだけ
は譲つもりはないわよ?」
「だから言っているじゃないか、その従者君に術をかけた者だって。」
声は、くすくすと笑う。
「それ以上の自己紹介が必要だと言うのかい?吸血鬼レミリア・スカーレット?」
「そうね、それ以上の自己紹介は要らないわね。」
頷いたレミリアの表情は微かに笑っていたが、目は笑っていない。
「でも、勝手にやって来ておいて人の事をフルネームで呼び捨てるなんて。その上、
人の従者まで手にかけてくれて。―――この御礼は、丁重にして差し上げないと駄目
よね?あなた、何処にいるの?」
「レミリア・スカーレットともあろう者が、自ら出向いてくれると言うのかい?それ
は光栄な事だね。」
声は一層笑い出す。
「そんな光栄な事が起こりそうだというのに、私の居場所を教えない手はないね。よ
し、教えて差し上げよう。私は、北の森に住んでいるよ。」
「北の森ね、分かったわ。」
レミリアは、声に対して恐ろしいオーラを秘めた声で宣言した。
「丁重にお茶でも用意して待っている事ね。すぐに、そちらに御礼に伺うわ。」

「レミィ……行くの?」
「ええ。おちょくられたまま、黙っているのも癪だわ。」
パチュリーの問いかけに、レミリアは頷いた。
「それに、術を解くには術をかけた本人を倒すのが手っ取り早いんじゃないかと思う
の。―――とりあえず一応訊いてみるけれど、術者倒す以外に、この術から咲夜を目
覚めさせる方法はありそう?」
「いいえ。術者を倒すのが、一番簡単な方法だわ。」
「でしょう?」
レミリアは、言いながら眠り続ける咲夜を見た。
「それに、咲夜でさえこんな事態に陥る程の相手よ。なら、私がいくしかないじゃな
い?」

「お姉様ぁ、一緒に行かせて!!!」
フランドールが、姉が出かけようとしている事を悟って走り寄ってくる。
「お姉様、咲夜をいじめた奴を倒しにいくんでしょ?なら連れてって!!!」
「駄目よ、フラン。」
レミリアは、妹を優しくなだめた。
「私だけでなくフランまでいなくなったら、この館はどうするの?」
「でもぉ……!!!」
「私がいないのを狙って、さっきの奴らがまた大挙して押しかけてこないとも限らな
いのよ、フラン。」
口を尖らせるフランドールの頭を、レミリアは優しく撫でる。
「だから、あなたにはこの館にいて貰って、そして、もしさっきの奴らがきたら、そ
いつらを片付けちゃって貰いたいの。」
「やっつける?」
フランドールは首をかしげる。
「その奴らを倒す事は、咲夜の仇を討つ事になるの?お姉様。」
「勿論よ、フラン。」
レミリアは、満面の笑みで物騒な許可を妹に与えた。
「それに、その時はいつものように遠慮しなくてもいいわ。あなたの好きにやってい
いのよ。―――それこそ跡形残らないくらい、完全に叩きのめしてやりなさい。」

「お、お嬢様……!!!」
部屋を出て行きかけたレミリアに、思わず美鈴は叫んでいた。
「私……私は……!!!」
「ひとつだけ言っておくわ。今回の事は、あなたの責任じゃないわよ。」
振り返ったレミリアは、ぴっと人差し指を美鈴に突きつけた。
「私が帰ってくるまで、咲夜と、咲夜の容態を看ていてくれるパチェを守っているの
よ?それが、あなたへの私の命令。いいわね?」




レミリアが紅魔館を出て間もなく、彼女の予想通り、再び妖怪の群れが大挙して押し
かけてきた。
だが、迎え撃ったフランドールは、姉の指示と許可に極めて忠実に従った。
力加減も遠慮もせず、本気でフランドールは妖怪の群れと弾幕った。そして、本当に
跡形も残らないくらいに妖怪の群れを叩き潰してしまったのである。

それから数時間が経過して、日付が変わり、日の出まであと二時間か三時間という頃。
レミリアがふわりと戻ってきた。
彼女の衣服が所々擦り切れたり破れたりしているのを見る限り、一方的に有利に戦闘
を進められたという訳ではないようだ。だが、それでもレミリアは何事もなかったか
のように尋ねる。
「御礼はたっぷりと返してきたわ。それで、どう?咲夜は目を覚ました?」
「駄目だわ、レミィ。目を覚まさないの。」
パチュリーは深刻そうに首を横に振った。
「予想以上に、術が進行していたのかも知れないわ。」
「ど、どういう事ですか!!?」
美鈴が顔色を変える。
「まさか咲夜さんが死んじゃうなんて事……!!?」
「落ち着きなさい、中国。咲夜が死ぬなんて事はないわ。」
パチュリーは、美鈴を見やった。
「ただ、このままだったら一生目を覚まさないかも知れないけれど。」
「えー!!?咲夜、起きないの!!?」
フランドールが、悲しそうに叫ぶ。
「もう、『妹様』って言いながら、遊んでくれたり、頭撫でたりしてくれなくなっちゃ
うの!!?」
「どうして、咲夜は一生目を覚まさないかも知れないの?」
動揺している妹を抱き締めてやりながら、レミリアはパチュリーに尋ねる。
「さっきも言ったけれど、この術はその人の精神に侵入して、精神の中から攻撃するも
のよ。そして、精神の中から攻撃するとは―――その人にとって、辛く苦しい思い出を
集中的に責めて、悪夢を延々見続けさせるという事でもあるわ。」
パチュリーは、眠り続ける咲夜を見つめた。
「悪夢から目を覚ますまでの時間が長ければ長い程、術にかかった人は、悪夢に浸って
いる時間が長い事になるわ。長時間浸っていればいる程、悪夢という底なしの沼に、よ
り深く沈んで、戻って来れなくなってしまうわ。―――術をかけた妖怪をレミィが倒し
たのに目が覚めないという事は、咲夜は……底なしの沼のより深い所まで沈んでしまっ
ているという事なのよ。」

「そんな。」
美鈴は、血の気が引いていくのを自覚した。
完全で瀟洒な咲夜。厳しいけれど、同時に気配りも上手で誰よりも優しい咲夜。レミリ
アやフランドールさえ一目置く程に強い咲夜。
そんな咲夜が、悪夢という底なしの沼に捉われ、沈んで戻って来られなくなるなんて。
「……嘘だ、嘘だ嘘だ!!!!」
「―――中国!!?」
パチュリーの驚いたような声が、何処か遠くから聞こえてくる。
しかし、美鈴はそれを無視して、必死で咲夜に呼び掛け続けた。咲夜の細い肩を掴んで
激しく揺さ振りながら、涙を浮かべて、美鈴は必死で呼び掛け続けた。
「起きて下さい、咲夜さん!!!戻ってきて下さいよ、咲夜さん!!!咲夜さんがいなかった
ら、この紅魔館は誰が取り仕切るんですか!!?咲夜さんがいなかったら、誰が新人教育を
するんですか!!?咲夜さんがいなかったら、誰がお嬢様や妹様に紅茶を淹れて差し上げる
んですか!!?」
美鈴の瞳から溢れ出た涙の雫が、ぽたり、ぽたりと咲夜の顔に落ちる。
「咲夜さんがいなかったら……誰が馬鹿な私に、喝を入れてくれるんですか……!!?咲夜
さん、咲夜さん……!!!!」

「―――んっ……」
微かな声が、確かに一同の耳に届いた。
「え?」
涙を拭う事も忘れて、美鈴は視線を下に向ける。
そして、彼女は見た。
こんこんと眠り続けていた咲夜が、うっすらと目を開けたのを。
「さ、咲夜さん……!!!」
「美鈴?どうしたの?何故泣いているの?」
咲夜は驚いたような声を出す。―――起き抜けに誰かの泣き顔を見れば、それは誰だっ
て驚くというものだ。
驚きながらゆっくりと身体を起こした咲夜は、すぐに気が付く。
やはり驚いたようにこちらを見ているレミリアとパチュリー、そしてみるみる嬉しそう
に顔を輝かせるフランドールに。
「えっと……お嬢様に妹様に、パチュリー様まで……?」
咲夜は戸惑ったように言う。
「一体、どういう―――?」

「……咲夜さん、妖怪の術にかかって倒れちゃってたんですよ。」
涙を拭いながら、美鈴は喜びを堪えながら説明する。
「それで長い間目を覚まさなかったんですけど、お嬢様が、術をかけた妖怪を倒して下
さったから。」
「お嬢様が、私に術をかけた妖怪を?」
咲夜は、慌ててレミリアを見た。
「た、大変申し訳ありません、お嬢様!!!私如きのために、お嬢様のお手を煩わせてしま
って……!!!」
「館の主人として、自分の従者を守るのも役目のひとつだから別にいいわよ。」
レミリアはひらひらと片手を振りながら言った。
「それに、咲夜。あなたを目覚めさせたのは私じゃないわ。」
「え?」
「あなたを目覚めさせたのは中国よ、咲夜。」
思わず訊き返した咲夜に答えたのは、パチュリーだった。
「中国ったら、物凄く必死で、あなたにずっと呼びかけていたわ。」

「……え、えええっ!!?」
話の展開に、美鈴は仰天する。
「お嬢様。パチュリー様。何で私が、咲夜さんを目覚めさせた事になるんですか!!?術を
かけた妖怪を倒して、術を解いたのはお嬢様だし……術の性質を見抜いたのはパチュリー
様ですよね!!?」
「私がやった事は、目的地までの行き方を調べて、みんなに教える事よ。」
パチュリーはさらりと言う。
「レミィがやった事は、目的地へ繋がる扉にかけられた鍵を壊した事になるわ。扉を開け
たのは、中国、あなたなのよ。」
「でも、私は、この部屋にいて……パチュリー様や咲夜さんの傍にいただけで。」
困惑したように美鈴は言う。
「妖怪の群れの再度の襲来に対応して下さった妹様を、サポートした訳でも何でもなくて。」
「パチェが行き方を調べて、私が鍵を壊したなら、フランがした事は鍵を壊して扉を開け
るまでの間、邪魔な奴らを片付けて時間を稼いだ事よ。」
レミリアは、咲夜が目を覚ましたので、喜んで飛び跳ねている妹を優しい目で見る。
「眠り続ける咲夜に話し掛け、『戻って来い』と言ったのは美鈴だわ。咲夜が目を覚まし
てこっちに戻ってくるための扉を開けたのは、確かにあなたよ。」
「そ、そんなぁ。」
美鈴は、レミリアとパチュリーを交互に見ながら、一層困惑したような声を上げる。
「そんな事おっしゃられても……私、そんな大層な事をした覚えはぁ。」

「―――冷たかったわ。」
咲夜が、唐突に口を開く。
「え?」
「真っ暗な中を歩いていたら、顔に何か冷たいものが当たったの。」
思わず訊き返した美鈴を、咲夜はくすくすと笑いながら見やった。
「それで目が覚めたら、あなたが泣いていたのよ。……あれ、あなたの涙だったのね。」
「……はぁ。」
咲夜が何を言いたいのか分からなくて、美鈴はぽかんとしてしまう。
「あのままだったら、私、もっと暗い道の先に進んでしまって、戻れなくなっていたかも
知れないわ。この館で、私がしなきゃならない事はまだまだいっぱいあるのに。」
穏やかに微笑んだ咲夜の顔は、思わず見とれてしまう程綺麗だった。
「ありがとう、美鈴。」
「そ、そんな……」
真っ直ぐ見つめられて、思わず美鈴はどぎまぎしてしまう。
「私、そんなにお礼言って貰えるような事は……。」

「ねぇねぇ!!!」
姉の傍から離れて、フランドールが転がるように駆けてくる。
「咲夜、もう眠ったままじゃないんだよね?ちゃんと起きてくれるんだよね?」
「ええ、勿論ですわ、妹様。ご心配をおかけしてしまったようで、申し訳ありません。」
微笑んだ咲夜は、いつものように頭を撫でてくれる。その掌の心地よさに、フランドール
は、まるで顎を撫でられた子猫のように目を細めた。
「良かったぁ。じゃあ、また咲夜が淹れてくれた美味しい紅茶が飲めるんだぁ。」
「嬉しい事をおっしゃって下さいますね、妹様。私が淹れたものでよろしいのでございま
したら、いつでも、いくらでもお望みなだけ淹れて差し上げますよ。」
「わぁい。」
無邪気に喜んでいたフランドールだが、ふと何かを思い出したように声を上げた。
「……って、あ!!!」
「どうかなさいましたか?妹様。」
その様子をいぶかしんだ咲夜が問い掛ける。
「あのね、咲夜。」
フランドールは、にこにことしながら美鈴を指差す。
しかし、咲夜は訳が分からなくて再び訊き返した。
「美鈴がどうかしたんですか?」
「あのね、咲夜にたくさん喝を入れて貰いたいんだって!!!」

「―――えええ!!!?」
フランドールの爆弾発言に、美鈴がぎょっとする。
「い、妹様!!!私、そのような事は……!!!」
「あら、言っていたじゃない。」
パチュリーが涼やかに言う。
「眠っている咲夜に呼びかけていた時、『咲夜さんがいなかったら、誰が馬鹿な私に喝を
入れてくれるんですか』って。もう忘れたの?中国。」
「!!!」
美鈴は顔を真っ赤にする。
「そ、それは!!咲夜さんに目を覚まして貰いたくて、必死だったからで!!!」
「必死に喝を入れて欲しいと頼んでいたのよねぇ?美鈴。」
レミリアが微笑みながら言う。―――完全に面白がっている顔だ。
「それなのに、照れて自分の言葉を否定するなんて。もっと正直になっていいのよ?私が
許してあげるわ。」
「そ、そんなんじゃないですよぉ~。」
慌てて必死に否定しようとする美鈴に、咲夜が声をかけた。
「そんなに私の喝が欲しかったの?そう言ってくれれば、いくらでもしごいてあげたのに。」
「……だからそうじゃなくて!!!」
「遠慮しないで。」
本気で慌て始めた美鈴に、咲夜は恐ろしい程に満面の笑みをもって答えた。
「長い間私は眠ったままだったのでしょう?なら、身体ごなしもしなくちゃならないから、
丁度いいもの。」



翌日。
紅魔館においてスペルカードが炸裂する閃光が、かなり長時間、断続的に光ったという。
その閃光の合間には、
「あああ~~~っ!!!もう勘弁してくださいよぉおおおおおお~~~~~っ!!!」
という、何とも悲壮な叫び声が上がっていたとかいなかったとか。
でも、それはそれで別のお話。

【終】


こんにちはor初めまして。水無月剣羅です。
三度目の投稿にして、初めて、大好きな紅魔館のキャラ達を描いてみました。

咲夜さんが倒れてしまって。
すぐ近くでそれを見ていた美鈴は、もう少し自分が早く気付いていればと責任を感じてしまって。
信頼している従者に術をかけられ、その上、声だけとはいえ敵に館に侵入されて静かに怒るレミリアお嬢様。
大好きな咲夜を「いじめた」奴らに自分も仕返しがしたいと姉に訴えるフランドール。
咲夜にかけられた術を見抜き、彼女を看続けるパチュリー。
最後に咲夜の目を覚まさせたのは、必死な美鈴の声と涙でした。
……と、ここまでは美談。
でも、やっぱりラストでは、美鈴はいじられるのです(笑)。

長々と、つたない文章ですが、批評・感想等頂けましたら、今後の励みにもなりますし嬉しいです。
水無月剣羅
http://kimitoosanpo.fc2web.com/
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コメント



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3.50RAIZEN伍長削除
紅魔館の人たちは皆仲間を大切に思ってるんですね…それがとてもよく伝わりました。
そして結局最後はオチの被害にあってしまう美鈴に乾杯。
22.70沙門削除
 いつも弄られっぱなしでも、心の中では咲夜さんを信頼している美鈴に敬礼。良いお話でした。