Coolier - 新生・東方創想話

Insert 1 coin.

2005/05/11 12:03:34
最終更新
サイズ
3.81KB
ページ数
1
閲覧数
3680
評価数
4/75
POINT
3200
Rate
8.49



「あら、珍しいわね。こんなところに顔を出すなんて」

 霊夢の第一声は随分とご挨拶だった。
「直した服を届けてくれと云ったのは君の方だったと思うが」
 そもそも僕の店は仕立て屋ではない。霊夢は僕を便利屋か何かと勘違いしているのではないか。とはいえ、云われるままに直した派手な装束を持ってわざわざ神社まで出向いた自分は便利屋以外の何物でもないという事実に思い至り、それを口にするのは思い留まった。
 
「いい運動になったでしょ?」
「お蔭様でね」
 博麗神社の石段は長い。空飛ぶ巫女にはともかく、徒歩者にはいささか堪える。 
「お茶でも煎れるわ」
「ありがたいね」
 巫女服を抱えて部屋へ戻る霊夢を見送り、一息ついてから眼鏡を外し汗を拭った。頂点を少し過ぎた太陽は、白い地面に僕の影を切り取り、容赦なく肌を灼いていく。
 部屋の奥から、霊夢の声が響いた。
 
「ああそうそう、賽銭箱は向こうよ」



 縁側に腰掛け、渡されたお茶をひと啜りしてから、僕は疑問を単刀直入に口にした。
「何でそんなに賽銭を欲しがるんだい? 生活が苦しいのか?」
 確かに年中無休で参拝客の存在しない博麗神社に、賽銭収入があろう筈もない。合理的な思考の末辿りついた僕の結論を、霊夢は憮然とした表情で否定した。
「別にお金に困ってるわけじゃないわ。第一、神様への捧げものに、巫女が手をつけてどうすんのよ」
 そもそもこの神社にまともな神様が奉られているのかどうかはともかく、珍しく理に適った物云いではあった。が、だったら何故彼女はこうも賽銭に執着するのだろうか。
 僕の考えは表情に出ていたらしい。霊夢は茶碗を置いて立ち上がると、賽銭箱に向かった。
 
「それはね」
 霊夢は袖に手を突っ込むと、一枚の古びた硬貨を取り出した。無造作にそれを賽銭箱へと放る。


 ――かつん、からん、ころん。

    
 乾いた木が、経てきた歳月に似ぬ軽《かろ》みのある音を立てた。いや、むしろその歳月に違わぬ音、というべきか。ただ沁み込んだ日々、その積み重ねが、水分と共にあらゆる俗世の縁を流しきった、そんな風情すら感じさせる。

「ね?」
「なるほど」
 霊夢が我が意を得たり、といった笑顔を見せた。
 確かに、いい音だ。さしずめ神様の御裾分け、といったところか。
 
「この音が聞きたいが為に、霊夢は賽銭にこだわるわけか。だったら、今みたく自分で入れればいいんじゃないか?」
「巫女が自分で入れたんじゃ意味ないわ。さっきのは特別」
「どうして」
「百言は一聞に如かず」
 戻ってきてそれだけ云うと、霊夢は音を立ててお茶を啜った。
 持って回った云い方だが、要するに問答無用ということだろう。霊夢は言葉で多く語ることを善しとしないふしがある。全ては在るがまま、語らずとも判れば善し、判らずともまた善し。その辺、奇妙に巫女らしい。
 それでも、珍しく内面を垣間見せてくれたわけか。
 
「他の人に話しちゃ駄目よ」
 唐突に釘を差された。
 これまた不可解な話だ。賽銭箱の立てる音が聞きたいなら、他の人に知れたほうがいいだろうに。と、また顔に出ていたらしく、霊夢はこちらを見て、少し苦笑いをしながら僕の疑問に応えてくれた。
「面白がって色々放り込まれちゃたまんないわ。そういうことをやりそうな知り合いもいるし」
 おそらく、頭に思い浮かべたのは同じ人物だろう、と確信して一つ頷く。ひどいぜ、と幻聴が非難の声を上げた。
 要するに、これもまた在るがまま、ということか。霊夢はおそらく、この状況をもこよなく愛しているのだ。来るはずもない参拝客が戯れに投じる賽銭、それが木箱を鳴らすその瞬間をあてどなく待ち暮らす日々。
 彼女が知り合いに賽銭を催促するのは、それを確認する儀式なのかもしれない。
 
「さて、そろそろお暇するよ。店を空けてきてしまったからね」
「あらそう。で、お賽銭は?」
「そうだな、また今度来たときにでも」
 そんな日がめったに来ないことを霊夢はよく知っている。
 だからこそ、その日を楽しみに待つことができることも。
 
「そう――残念。さようなら、霖之助さん」
「ああ。さようなら、霊夢」



 石段を半ばほどまで下りて、服の代金を受け取っていないことを思い出した。
 これでは便利屋ですらない。だが、今日ぐらいは大目に見よう。
 代わりにあの音は、次の機会まで預っておくことにするよ。
 半ば傾いた陽に照らされて石段を下る僕の心は、上る時よりほんの少し軽かった。
 
 心の中で、賽銭を一つ。博麗神社の不思議な巫女に。
 ――かつん、からん、ころん。
 
 私に放ってどうすんのよ、と幻聴が呆れて笑った。
 
 
 
さぁてさてさて。
ここ数年、神社に詣でた記憶がありません。
というわけで、お賽銭も入れなくなって久しく。
どこかに、暇そうな巫女がお茶を啜っている神社、ありませんか。

タイトルをつけて思った。アーケードって、まるで神社だ。
集うは八百万の神々、コインいっこで霊験灼(あらた)か。

では、忌憚ある方ない方問わず、ご意見お待ち申し上げております。
12K
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.2990簡易評価
3.40名前が無い程度の能力削除
いかにも霊夢らしい、風流あふれる雰囲気が良かった

ただこのくらいの文量ならプチのほうでもよかったのでは、と
14.40Hodumi削除
風情溢れる良い話です。可能ならもうちょっと長く……と思えなくも無い、微妙な長さもまた、中々。
45.60沙門削除
 下のほうで、守銭奴な霊夢を書いてしまった罰当たり者です。爽やかな余韻を胸に、これから「コイン一個入れる」してきます。でわでわ。
49.70とらねこ削除
ゆっくり流れる時間、戦闘シーンもギャグも悲しみも無い日常。こう言ったものも良いですね。