Coolier - 新生・東方創想話

幻想郷の黄金週:「藤原妹紅」「上白沢慧音」のケース・その壱

2005/05/01 08:15:58
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 その日、村外れの竹林の空を、火の粉を散らしながら舞う影があった。
「……暑いわねー」
 頬に当たる風、服の内側を抜ける風、全てが灼熱の温度だった。
 噴き上がる気流をものともせず、所々を札で結んだ銀の長髪をたなびかせ、藤原妹紅は赤羽を一際強く打った。
 ごおっ、と、枯葉なら一瞬で火が点き炭になる熱波が巻き起こる。
 それを更なる力にして、妹紅は再び羽を打つ。弾かれたように、華奢な体が加速する。
「うー、やっぱり暑い」
 額からは汗がにじむものの、滴る間もなく風に飛ばされ、次の瞬間には焔にあぶられ宙に消える。
 妹紅は渇きを訴える喉をきゅっと締め、前を向いたまま「暑い」を連呼していた。
 しばらくして、足元の竹林が疎らになってくる。妹紅はそれを確認すると、翼を折って高度を下げた。
 ゆっくりと減速しつつ、木々の頂点に足が触れるまで降りてくると、意を決して翼をかき消した。
 赤羽込みでとっていたバランスが崩れ、上半身が後方に流される。
 身体を打つ枝葉。耳を打つ風音。進行方向とは逆の向きを映す視界の右脇に、ふっ、と一本の幹が現れ、流れ去っていく。
「――っと!」
 逃さない。すかさずそれに片手を伸ばし、握り締める。途端、強烈な横方向への力が腕にかかった。
 竹を握る手の平には、ずっと拳を作っていたおかげで汗が消えず、幾分か浮かんでいる。
 それを緩衝材のようにして、しなる竹を軸にして、妹紅は勢いよく全身を振り回した。
 左から右に吹き飛んでいく視界の中で、目標を視界に収め、しっかと見定める。
 回転速度と調子を合わせ、少しずつ、手の握力を下げていく。
「三・二・一・――――っ、だぁ!」
 手を離すと同時に跳んだ。
 竹林の隙間を、一直線に飛び抜ける。
 一、二、三、四、五。
 およそ六秒後、降り積もった笹の葉の上を吹き飛ばすように滑り、妹紅は立ち幅跳びのごとく、曲げた両足で同時に地面に降り立った。
「――ふう。到着、っと」
 立ち上がり、埃と葉をパンパンとはたいて落とす。林の切れ間から見えた目標は、狙ったとおり、目の前にあった。
 みすぼらしいといえなくもない、総木造りの小屋。その正面の戸を、妹紅は構わず押し叩いた。
 構造を完全に無視した行為に戸はたまらず悲鳴を上げる。引き戸だった。
「あれ、開かないじゃん」
 幾度か張り手を繰り返し、戸が幾分か内側に向かって反り返ってから、妹紅はようやく、自分の方法が少し違っていたことに気がついた。
「えーと、押しても駄目なら――」
 おもむろに厚手のズボンに袖を突き入れ、抜き出すと、指には丈夫そうな符が一枚挟まっている。それをさっと翳し、
「不死『火の鳥 -鳳翼天翔-』」
 さらりと唱える。と、
「そこのスペル一寸待てぇっ!」
 文字通りの横槍の声は、指先から紅蓮の光が溢れた直後、それを元からなかったかのように、音も立てずにかき消した。
 ブスブスと炭になっていく符を見て、妹紅は目を丸くする。そこに、今度は正しく横にスライドする形で戸が開け放たれた。
「……やはり、お前か……妹紅」
 次いで戸の向こうから現れた影に、妹紅は炭屑となった符をポイと捨てて手をあげた。
「あ、慧音。久しぶりっす」
「なにを、やって、いるんだ、おまえは……」
 己の能力を、今しがたスペル発動に強引に割り込ませたばかりの半獣の少女は、壁にずりりと半身を寄りかからせたまま、
疲労に絶え絶えの台詞を恨めしげにつぶやいた。
「妹紅……、用が、あるときは、戸を、叩くんだ……。ああ、いかん、ゆっくりとだぞ、ゆっくりと。叩き込んではいかん。
加えて、焼いたり、消し炭にしたり、しても、いかんぞ……」
「あー…………、えーと……あちゃー」
 しまったぁ、と両手で頭を抱え、おこらない? という顔で眼下から見上げてくる妹紅に、
半獣・上白沢慧音は、ゆっくりと、背後、屋内を示し、それから、諭すように、告げた。
「……なにか、用事があるんだろう。とりあえず、中に入れ。それと、」
「?」
 不意に目を逸らし、背を向け、腕で顔面を拭い始めた慧音に、妹紅は小首をかしげた。
「すまん。ちょっと厠に行ってくる。何故か、鼻血が止まらんのだ。その、上目遣いを、正してくれ……うっ」



  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

幻想郷の黄金週 「藤原妹紅」「上白沢慧音」のケース・その壱

  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆



「はに、ほ休み?」
「そう、お休み!」
「ふむ……」
 とりあえず鼻の穴に麻布を詰めることで鼻血を止めた慧音は、客間に通すなり「お休み! お休み!」とはしゃぐ妹紅に眉を寄せた。
 いかにもハンドメイドといった風情のあるちゃぶ台が、開け放たれた窓から入るそよ風に吹かれ、かたんと揺れる。
 どうにも歪んでいて、重心が安定していないようだった。
「なあ妹紅、ほうして急にほ休みなんだ?」
「うん。それなのよ。慧音、最近人里に下りてないでしょう?」
「まあな。……最近、誰かのへいで家の傷みが激しくへなぁ、それの補修でそれほころではなかったのら」
「へー、ひどい奴もいるものねー」
「ふむ、効くはずほなかったか」
「なにが?」
「いや、ひい」
 ちゃぶ台に置かれた湯飲みを手に取り、ちびりと口を付けた。半分ほど飲んでから、顔をしかめる。
「薄いな……。何番煎じだったか」
「え、これって水じゃないの?」
「へっきとした茶だ。ひかし、こうまで薄まると、もはや茶というよひは茶風味の水だな……」
「私は別になんでもいいから、とにかく貰うわよ」
「ん……」
 もとより彼女に茶の味を解する類の感性を期待していない慧音は、特に言うこともなく傍らの急須を持ち、妹紅の湯飲みに注ぎ足した。
 妹紅も「どーもー」と言うなり両手で湯飲みを掴み、喉元が見えるまで身を反らせ、あっという間に飲み干しにかかる。
「んく、んく、ん――――」
「…………」
 その様子を、片手をつき鼻のあたりをいじっていた慧音は呆けた顔で眺めていた。
 正確には、茶を嚥下するたびにこくこくと動く喉と、湯飲みに添えた細い十の指を。たちまち、白みを残していた麻布が先まで朱に染まる。
「なあ、妹紅」
 湯飲みを下ろすのを見計らって問いかけた。妹紅は傾けすぎて血が上ったらしい、薄く赤みの差した顔でへらと笑う。
「ぷぃ――――ぷはぁ。なに?」
「前はら気になってはひたんだが、ほうしてお前、湯飲みに両手を添えるんだ?」
「え、それってヘン?」
「変とまではひかないが、珍しくはある」
「そうなの。でも、そのほうが落としにくいし。好き好きでしょ」
「まあな。……と、そうひえば、休みがほうとか言ってたな」
「あ、そうだったそうだった」
 何気ない動作で差し出された空の湯飲みに、こちらも何気なく手元に寄せ、注ぎ返す。
 流れ出る筋の太さを見る限り、だいぶ量が少なくなってきたらしい。また新しい茶葉を仕入れなければと思いつつ、少し大きく急須を傾ける。
 なにやらぽちゃんと音がしたが、茶葉の塊でも入ったのだろう。
「最近さ、こーまかんってところの近くで暮らしてたのよ」
「ああ、あの」
 決まった住処を持たない妹紅は、幻想郷のあちこちを転々とした後、数ヶ月から数年単位でまたここに戻ってくる。
 いや、戻ってくるというのは思い違いか、ともすれば自惚れもいいところかもしれない。
 妹紅にとって、ここも数ある周回地点のひとつに過ぎないという可能性もあるのだから。
 ……まったく、我ながら未練たらしい考え方だ。
「で、そこで昨日になって、大きな掃除を始めたのよ。こーんなでっかいのをさ、こーんなちっちゃいのが軽々と」
「ふむ……」
 妹紅は実に楽しそうに話す。身振り手振りを交えて、精一杯の努力をしていることが伺える。
 これはそれなりの……最低限、友人程度の好意は持ってもらっていると考えていいんだろうか。
 そして、これからも、そう思っていてくれるなら。
 こうやって、たまに出会うひと時を、薄い茶だろうと酌み交わし、笑って過ごしていようと思う。
 慧音は思索を留め、合間をついて問いかけた。
「で、なんで、それで休みと分かるんだ?」
 六分目まで注いだところで、急須は茶葉しか吐かなくなった。茶漉しを探すが見当たらず、仕方なく、それをそのまま差し返す。
 いささか以上に濁ってしまった茶風味の水は、何故か鈍い金属臭がした。
「だって、なんていうんだっけ。でっかい、天井につるすアレ、アレとかさ、真っ赤な絨毯まで運び出してるのよ。
そんな大掛かりなの、普通の日にやる?」
「アレ……おそらくシャンデリアだろうな。確かに、あれだけの広さを持った屋敷だ。
 大規模な清掃を行うのは、日常生活に支障をきたす。埃も舞うしな。
 お前の言う、お休みというのはたぶん正しいんだろう。しかし、その休日がなにか関係あるのか?
 単なる、そこだけの自主休暇かも知れないじゃないか」
「あ、そうそう言い忘れてた。こーまかんとは別の、あの小さな神社でもさ、普段見ない顔が集まってたのよ。
遠目に見てただけで、その後は知らないけどさ――うわっ」
 湯飲みを受け取り、中身を見るなりぎょっとする妹紅。慌てて慧音も頭を下げた。
「すまん。ちょっと茶葉が混ざり過ぎたみたいだ」
「あ、うん。大丈夫。……で、とにかく、幻想郷のあちこちで少しいつもと違うことをやってるのよ。でさ、」
 そこで、妹紅は何故か話を切った。茶を飲むつもりかと思い黙っていたが、一向にその気配も見られない。
 沈黙が続く。
 時間にすれば、少なくとも十秒はあっただろう。しかし慧音は、不思議と重苦しさは感じなかった。
 その空白は、自分と目の前の少女の間だからこそ存在するような気がした。
 元来、妹紅は言いたいことを口ごもる類の人間ではないと、少なくとも自分は知っている。
 そして、それを知っている自分だからこそ、この空白を自然と受け止められた。そんな気がした。
「……でさ、」
 ふと、妹紅が口を開いた。
 慧音はこれといった期待を表情には出さず、続きを促すような仕草も見せず、ただ、待った。
 沈黙は、むしろ心地よかった。
「せっかく、まわりがわいわいやってるんだし――――そう、せっかくだから私達も、なにかやったらどうかなーって。
なにをやろうかなーって、ちょっと、慧音に訊いてみたくて……。そう、久々に来たわけなのよ」
 いっぺんにそう言い切ると、妹紅は口に栓をするように、濁った茶を一息で呷った。
 当然のようにむせ返り、こほ、こほんと、小さく咳を繰り返す。
「……………そう、か」
 夢から醒める。
 そんな面持ちで、慧音は一言つぶやいた。
「こほ、うん。そう、そうなの」
「そうか……」
 慧音は、妹紅の言葉の一字一句を、二度、三度と脳裏に描いては消し、描いては消した。
 繰り返すうち、言葉のひとつひとつが色合いを持ち、光り、また影を持つように思えた。
 この娘の、藤原妹紅そのものを、もっと、知ることができる気がした。
「……ありがとう」
「え?」
「ありがとう、とな。そう言ったんだ」
 気がつけば、口元は淡い弧を描き、やわらかな、笑みを浮かべている。
「妹紅がわざわざ来てくれたんだ。茶水の数杯で帰られては面目が立たないと思っていたところだ」
「あ……、じゃあ、付き合ってくれる?」
 妹紅は不安と期待、半々の入り混じった瞳で慧音を見た。
 無意識に見せる仕草とは違う、妹紅が本当に、誰かになにかを求めるとき、彼女はこういう表情をするのかと、
慧音は不思議と冷静な感覚で、そう理解した。
「付き合う……という表現は気恥ずかしいな」
 言って、歯を見せて笑う。妹紅も、つられて笑った。はにかむような笑みだった。
「よし、じゃあまずは新品の茶葉を手に入れにいこう。平素なら薄めて先送りにしていることだ。
休日に済ませるには、もってこいの用件だろう?」
 少し無理をして、誘うような口ぶりで問う。妹紅は、しばらく呆けた表情で黙した後、
「うん、うん! よし、それでいこう!」
 満面の笑みで、そう答えた。

――本当に、

「決まりだな。それじゃあさしあたり、さっき話した紅魔館に行ってみよう」

――自分は、なんて、幸せなんだろう。

「うん。あそこっていつも茶っ葉の匂い凄いんだから。きっといいのがあるよ!」

――こんなにも、

「こらこら、略奪しに行くんじゃないんだ。手に入るとしたら、ちゃんと談判をして、了承を貰った後の話だ」

――こんなにも、

「ちぇー。あ、でもでも、いろいろ運び出してるんだったら、他にもいくつか、いらないものとかあるかも!」

――こんなにも、暖かで、

「ふむ。なるほど、それもそうだな。ちょうど、今の家具には替えが欲しいと思っていたところだ。
そちらの方面も、譲ってもらえるものがないか訊いてみよう」

――やわらかで、

「大丈夫! 荒事だったら、私がぺぺぺと即解決!」

――少し熱くて、

「はは。まあ、ほどほどにな」

――穏やかで、

「うん。ほどほどに弾幕を張ろう!」

――鮮やかで、

「……ともかく、まずは現地に行ってみよう。……妹紅」

――少し遠く、

「任せてといて。ふじわらタクシーは幻想郷一の速さと熱さ!」

――少し近く、

「……熱いのはな。ぼちぼちで頼む」

――光る、

「ちぇっ。りょうかーい」

――翳る、

「じゃあ、夕方までには着くように、頼む」

――小さく、

「うん。よ…いっしょ、と。慧音、しっかり摑まっててよー?」

――大きく、

「ああ、離しはしないさ」

――久遠の、

「いやー、キザけーねだー!」

――一瞬の、

「…いいから、さっさと出発、運転手!」

――そして果てのない、

「了解っ!」



――ふたりのいる『今』が、ここに、『今』、確かにあるのだから。



魔理沙×アリスは!?

と思った方、すいませんw
行き当たりばったりのシリーズなので、無意識に張った伏線を消化しようと四苦八苦。
始めから終わりまでを考えずに始めた物語というのは、楽しい反面、かなり怖いです。
なんかタイトルの第○章も無くなったし。うはーw
「なんだ、このプレッシャーは…!?」というか。前回と比べてなんか短いですし。
ところで、文章の都合上やむなく外した(というか処理しきれなかった)数行があります。
今回の文中でとある違和感に気がついたあなた。
 た ぶ ん そ れ は 正 解 で す 。
そして、今回はきちんと予告。次回も妹紅×慧音で行きます。バトルありです。また増えた伏線も消化します。したいです。
次にここに載せるのは三日以降になりそうなんで、けっこう長めのヤツにトライします。
そこで、映像はないけどダイジェスト風に予告。

「邪魔よ」
「ギャース!」
「それは別に構わないけど……。そうね、ひとつだけ条件を出そうかしら」
「こいつ、狂ってる!?」
「驚いた。あなたも使うのね、炎」
「これはアールグレイだ。玉露を出せ!」
「そうよ。これよ! この、この感じっ……!」
「やめろ、妹紅! 本当に死ぬぞ! やめろ―――――――ッ!」
(予告内容は、通告なしに変更される場合があります)

いやしかし、かなり好きです。このふたり。
ハルカ
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