Coolier - 新生・東方創想話

禁呪「カゴメカゴメ」/3

2005/05/01 08:02:18
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 忘れ去られるのが怖かった。
 とても柔らかく優しい死の中で、その恐怖だけが耐えがたかった。
 覚えられることなく、死に、そして忘れられる。
 やがて一年も経てば、面影すらも残らなくなる。
 そうならざるを得ないほど弱々しい体だった。
 ――それじゃあ、私に生きる意味はあるのか。嫌だ、そんなのは嫌だ!!
 輪郭すらも保てない、弱りきった感覚。
 それでも、自分の両腕が震えながら、自分の体を掻き抱くことだけは分かった。
 死ぬのは怖くない。
 でも、忘れ去られる。それだけが怖く、悲しく、辛かった。
 遊びたかった。いっしょに歌を歌って、手を繋いで帰りたかった。
 どうして、神さまはこんな当たり前のことをさせてくれないのだろう?
 悲しくて悔しくて、それでも死はゆっくりと帳を下ろしていく。
だから、その淵で、願った。強く、強く。




 ――死んでもいい。自分が自分でなくなってもいい。だから、




 




「うーん」
 久しぶりに降りた里を見回しながら、霊夢は困ったように首を傾げた。
 想像していたよりも、里の空気がおかしくなっている。
 あちこちに妖気がたまり、それがあまねく広がって留まっている。ちょっとしたきっか
けで実体化しかねないほどに濃い濃度で。
 まるで煮詰めた砂糖水だ。いつ固まってもおかしくはないし、焦げ付いても不思議では
ない。たぶん、焦げ付いた結果が神隠しになるのかもしれない、と霊夢は想像した。
「ま、とりあえずは色々聞いてみないとね」
 少なくとも、人が妖怪になったり、呪いを残したりするのにはきっかけが必要だ。それ
も強い恨みだったり願いだったり想いだったりと様々だ。
 霊夢はほぼ確信していた。慧音が捉えられないのも当然だろう。

 ――多分、里の人間の誰かが妖怪化している。

 慧音が聞いたら卒倒しかねなかったので、呪いと告げて内緒にしておいたが、もはやこ
れしかない、と霊夢は判断していた。半分は推理で、もう半分は最高の的中率を誇る勘だ。
これが当たっているとすると、やはり死んだか失踪したかした人間がいるはずだろう。何
もないところからいきなり生まれる奴もいるが、大体は人間が元になる。
「ねえ、ちょっと! ここ最近で死んだ人っている?」
「ん? ああ、あんた巫女か?」
 まずは、通りかかった男に声をかけた。畑弄りの途中だったのか鍬を担いでいた男は、
いきなり声をかけられて面食らったのか、少し驚いた表情を見せたが、すぐに気を取り直
してそう返してきた。
「うん。ちょっと慧音に頼まれてね」
「慧音様に? ああ、ここんところの神隠しか。そりゃあ助かる。何しろ慧音様の手にも
負えなかったってんだから、どうしようかと思ってたところだ」
 男は嬉しそうに頷くと、何人かの名前を上げた。二人が男で、二人が女の名前だった。
男の一人は村の最長老で、百二十八歳の大往生だったらしい。残りの三人は家族で、夫婦
と娘一人だったそうだ。
「その夫婦が不憫でよ……」
 母親の方が出産後の肥立ちが悪く命を落とし、父親の方は狩の途中で怪我をして、それ
がもとで亡くなったらしい。娘も生まれつきの病にかかっていて、半年ほど前に命を落と
してしまった、とのことだ。
「そうなの……」
 とりあえず神妙に頷いて、家族たちの名前と、その墓がある場所を聞いた。男の方は丁
寧に答え、よろしく頼むといって歩いていった。足取りが少しだけ軽くなっていた。
「さて、とりあえず尻尾はつかめそうね」
 自分に聞かせるように呟いて、霊夢は歩き出した。
 この件はすぐに終わるだろうと、勘が告げていた。




 一方その頃、病人と看護係を残した博麗神社では。
「…………どう、挨拶したものかしらね」
 境内をうろうろと回りながら、弱ったように呟いている人影がいた。その手には布で丁
寧に包まれた何か。
「普通にこんにちわでいいのかしら、それともやっぱり冷やかしに来たわよー、の方がい
いかしらね……」
 ものすごくどうでもいいことではあったが、それでも彼女にとっては非常な難題である
らしく、うんうんと唸りながらうろうろとする。その様子を、連れ立ってきた人形二人が
困ったように見つめている。主の窮地を救う術が思いつかないのだ。
 まあ、要するに、彼女が人付き合いが苦手、というのが原因なのだが。
 七色の魔法使いにして孤高の人形師、アリス・マーガトロイド。
 会いに行くのにどう理由をつけようか悩む姿は、恋する乙女のそれだった。
 なお、彼女はすでに境内を三十周している。
「………ああもう、なんでたかが冷やかしに行くだけで悩まなくちゃいけないのよ!」
 かと思えば、いきなり叫んだ。どうやら吹っ切ったようだ。
「予測がつかないなら臨機応変に対応するだけですむことじゃない、まったく」
 自分に怒っているのか相手に怒っているのか分からない口調で、アリスは唐突に社務所
兼住居となっている建物へとずんずん向かっていく。その後をやれやれといった風情で二
体がついていく。
 そして再び脱力した。ちょうど縁側が見えるか見えないかのところで隠れている。
『……マスター、何してるんですか』
 人形の片割れ、上海人形の名を与えられた方が呆れて声をかける。もう慣れっこではあ
ったが、かけずにはいられない。
「何って……心の準備よ。無様な姿は見せられないじゃない」
『さっき吹っ切れたんじゃ』
「それはそれよ」
 もう片方、蓬莱人形が問い掛けるのをにべもなく返すと、胸の辺りに手を当てて深呼吸
をするアリス。……どうにも、人付き合いは苦手でいけない。もともとあまり交流をもた
なくとも平気だっただけに、どうしても落ち着かなくなる。
 まったく、どうかしている。相手は友人で、同姓だというのに。
「……よし」
 一心地着いて、アリスは息を止める。言うべき言葉も決まった。
 だから、勇気を惜しみなく使って突貫する――!!


「霊夢どうせ暇してるでしょうから来てあげたわよあとクッキー持ってきたからお茶入れ
――――――げ」
「ん、ああ来客か? 今霊夢は出かけてるからご用件がある奴は発信音も待つ必要もない
から今すぐ用件を――――――お?」

 飛び出して、一息で言おうとして、アリスは妙なうめき声を上げて沈黙した。
 返事が返ってきて、途中から疑問符になった声は魔理沙のものだった。
「「…………」」
奇妙な沈黙が、二人を包む。なんだか、少しでも動きを見せたら妙な形になりそうな、端
的に言っておかしな空気だった。
 そのまましばし。
 アリスは目に見えて脱力すると、溜息をついて手に持っていた袋を後ろ手に隠した。
「あんた、なんで、いるの」
 半眼で、見つめる。その表情をいぶかしみながら、魔理沙は肩をすくめた。
「留守番ごっことお医者さんごっこだ。ちなみに私の役は看護婦で、こいつが患者な」
「……む? お前は」
 魔理沙の無駄口上は聞き流して、その向こうで人影が身を起こすのが見えた。
 珍しいことに、慧音が神社に来ていた。ただし、寝込んでいる。
「……なんであんたもいるのよ。里を守ってるんじゃなかった?」
「ああ、それはだな」
「待て。病人は寝てろ。私が簡潔に説明するぜ。完膚なきまでに」
「…………」
 口を開こうとした慧音を遮って、魔理沙。その言葉に何か言いたげな、もしくは不安げ
な表情を慧音は見せたが、結局大人しく床についた。
「………まあ、歪曲しなけりゃいいわ。で、何かあったの?」
 勝手知ったる他人の家とばかりに上がりこむと、アリスは腰をおろした。もちろん、布
の包みは隠したまま。
 魔理沙は胸を張ると、高々と言った。
「聞いて驚け。神隠しだ」
「…………そんなの珍しくないじゃない」
「いや、里の中でだ。しかも誰一人戻ってきてないぜ」
「別にそんなの……………って里!?」
 思わず声があがる。普通は信じられない。幻想郷こそが神隠しの行き着く先なのだから。
それこそ水瓶の中から水を汲んでまた戻すようなものだ。からかうためにやる者はいるか
も知れないが、戻ってこないというのもまた異常な話だ。
「なによそれ、殺されたって文句は言えないのにいったい誰が」
 自分の驚きように魔理沙が楽しげな視線を向けていることを無視して、眉根を寄せてい
ぶかしむアリス。それも、もっともなことだった。
 ――幻想郷に住むものは人妖問わずバランスを崩すことを嫌う。
 強い人間と妖怪が共存する世界。特に殺し合うこともなく、互いが互いを補って生きて
いるような状態。そこで片方の数を減らしていくことがどのような意味を持つのか。
 それは調和の崩壊、ひいては幻想郷の危機でもある。
 だから、そんなルール違反を冒すものはそれこそ命を取られても文句は言えない。外か
らきた人間がほとんど妖怪に食われてしまうのも、そんな理由かららしい。
 外の文明、技術、知識でさえも、幻想郷を壊す可能性を秘めているのだ。
 ただ、文化は別として。
「で、手におえないから霊夢に頼んだってわけだ。ま、それは正解だぜ。あいつはまあ、
ああいう食えない性格だが、少なくともこういう事に関してはちゃんと動いてくれるし、
解決率もほぼ十割だ」
「……………」
「なんだ、心配か?」
「そんなんじゃないわよ」
 意地悪そうに聞いてくる魔理沙。それに、アリスは顔をそむけてぶっきらぼうに告げた。
「…………私も、多少は心配ではある。妹紅もすでに攫われているからな」
「え、あの死なないのも?」
 慧音がぽつりと呟く。アリスには意外な話だった。が、よく考えればそうでもなかった。
あの蓬莱人はただ死なないだけで、それ以外はほぼ普通の人間なのだ。
「………保険くらいは掛けておこうかしらね」
 やや考えて、なにやら自己完結して呟くと、アリスは人形を一体呼び出し、何処かへと
飛ばした。そよ風のようにその人形はくるりと踊ると、そのまま縁側から飛び去った。
「今のは何だ?」
「偵察用の人形。私と感覚を繋げるから、その場にいるのとほぼ同じよ」
 慧音の質問に、極めて事務的に答えると、アリスは言葉どおりに、自らの知覚を繋いだ。
 流れ込んでくるのは、空と大地の風景。
「便利だな、それ」
「集中してるんだから後にして」
 魔理沙が感心したように言うのを素っ気無く返した。
 すでに人形は里まで到着したようだ。……その様子は人形越しに見ても異常。明らかに
喜ばしくないものが立ち込めている。
 なんとなく、不安になる。
「顔に出てるぞ」
「うるさい」
 慧音が苦笑して指摘する。アリスは憮然として、それだけを答えた。
 村を少し探って、目的の相手を見つける。霊夢だ。
「………う?」
 そこで、思わず声が漏れた。
 あまりにも、奇妙なものが見えたからだ。おそらく、他の人間や妖怪には見えないであ
ろう雲霞のように存在感の薄いものが。
 幻視力の高いアリスだからこそ、それは見えた。
 建ち並ぶ墓。そこで注意深く周囲を見回している霊夢。その手にはお払い棒と御札。
 そして、真新しい墓石の傍らに、

 子供の姿があった。





 突然、周囲に酷い違和感を感じた。
(早い――それも昼間から!?)
 ざっ、と御札とお払い棒を引き出した。陰陽玉は袖の中に仕込んでいる。
 じわじわと、周囲が墨染めのように暗くなっていく。すぐに捕まえに来ないのは、昼間
ゆえに力が足りないからか。
「ふん…………舐められたものね」
 不機嫌そうに呟いて、霊夢はそっと御札を撒いた。足元に四つ、上空に四つ。
 やがて、光の加減は昼から下って夕方、そして夜となって、真っ黒になった。
 景色を直接塗りつぶしたような闇。霊夢はそれにいつの間にか飲まれていた。
「…………さて、狼藉はここで終わりよ。あんたを結界の隙間に落とし込む」
 朗々と宣言する。それを意に介さないかのように、

 かーごめ かごめ

 歌が始まった。ずいぶんと懐かしい歌だ、と霊夢は心の中だけで思う。
 お払い棒を握り直し、終わるのを待つ。終わる瞬間が、一番捉えやすい。
 そして、

 うしろのしょうめん だあれ―――――

 歌が終わると同時。

 ばしん、と何かが弾かれるような音がした。

「はい、残念」
 不敵に笑って、霊夢が背後から襲いかかったものに振り向いた。
 その周囲には、長方形に張られた結界。
 八枚の御札が織り成す、薄青色に発光する薄紙のような障壁。しかしそれは、あらゆる
武器も技も通さない強固な盾となっている。
「………ああ、やっぱり妖怪ね」
 軽く手を振って結界を消すと、ようやく姿を表した相手を見て、うんうんと頷く。

 そこには、何か黒いモノを両手に携えてたたずんでいるヒトガタがいた。

 絶えず霧のようなものに包まれていて、その姿や大きさは判別できない。が、それが少
し前に死んだ家族の誰かということは明白だった。
 そして、

(たぶん、子供が妖怪になったのね)

 その誰かも、すでに分かっている。
 いわゆる、多感な年頃というものがある。たくさんのものに興味を持ち、また時折普通
では見れないようなものが見えてしまう、そういう年代だ。
 その場合、時として人の感覚を失ってしまい、またその想いもまた純粋であることから、
あっさりと妖怪になってしまうことがある。
 そして、寂しいままで死んでいったとなればなおさら強い感情が残り、それが少女を妖
怪にしたことは想像に難くない。
(要するに、友達が欲しかったのかしらね)
 その気持ちは、分からなくもない。
 誰かといるのはとても楽しいことだということを、霊夢もまた知っている。
 しかし、
「無理矢理引っ張り込むのは感心しないわよ、お嬢さん」

 だから、ちょっと尻を引っぱたいて躾ける。

 そうと決めれば、後は疾く実行するのみ――――!!
 虚をつく形で霊夢は一歩踏み込むと、居合の要領でお払い棒を振り抜いた。
 それはひゅん、と風を切って白い軌跡を残し、
「―――――――――!!」
 動揺したのか、全く動けていなかった妖怪をしたたかにぶったたく。
 ばしん、と快音が耳に届いて、悲鳴らしき音が響いた。
 もう一丁、といわんばかりに再びお払い棒が走る。
 それに対して、何度も受けてはたまらないのか、妖怪はあっさり姿を消した。
 空振りした勢いで、霊夢は少しだけたたらを踏んだ。
「あら、逃げたの?」
 体勢を戻しながら眉をしかめて、そのついででとりあえず八方に御札をばら撒いたが、
手ごたえはない。
「ちぇ。調伏するよりもとっとと封印した方が良かったかしらね」
 霊夢はなかなか乱暴なことを口にすると、目を閉じて、耳を澄ませた。
 ――聞こえる。針の音よりもか細く、小さな呪詛の歌が。
 おそらく不意打ちのつもりなのだろうが、すでに破るための法は見つけている。篭目の
歌が鍵になっていることは明白。
 つまりは、
「名前を呼べば、消えるのよね」
 本当に呪いのような妖怪だ、と霊夢は感心して頷いた。別に裏づけが取れているわけで
はないが、自分の勘が正しいと確信している。
 そして、

 ―――――うしろのしょうめん、だあれ

 不意打ちのような形で声がして、

「――――――!!」

 霊夢は子供の名を呼んだ。大きく、大きく、どこまでも届くように。
 変化は顕著だった。すぐに周囲の闇が揺らぎ、




 それだけだった。

「…………あ、あれ?」
 思わず首を傾げる霊夢。その肩に、ぽんと何かが触れて、
 ぷつんと、意識が切れた。





 オーケーここ一番でのどんでん返しこそ物語の醍醐味だフゥーハハハァー!!

 すいません、例大祭の準備でちょっとテンパッてます。一般参加の癖に。世界爺です。
 もはや語ることは少なし。ということで次かその次で終わります。

 あ、学校の怪談に載ってました、カゴメカゴメのお話。
 実際にあったのかなあ。ということは作り話ってのは作り話だったか。
 だとすればあの悪友の話は実際に作り話ではあったということで(謎
世界爺
[email protected]
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コメント



0.1570簡易評価
21.100転石削除
ただひたすらに凄い。 です。 カッコイイにも程がある。
どんでん返し最高ですフゥーハハハァー!!