Coolier - 新生・東方創想話

花粉症――死の病

2011/02/28 00:11:44
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 いつもの年よりずっとずっと厳しかった冬が過ぎて、わたしの大嫌いな寒さはそろそろどこかへ消えようとしています。
 見わたせば草花の絨毯。固い木の芽も、ぷっくりおなかを膨らませて。
 こうなると、今年もわたしの出番です。春告精、リリーホワイトですよ。



 O)))



 ゆったりだぼだぼの白い服に、袖や裾には桃色の刺繍。春らしさを意識したいつもの装いに身を包めば、お仕事の準備は完了です。
 わたしのお仕事、それはもちろん春告精の名のとおり、みなさんに春の訪れを伝えることです。こんなにも暖かくて、彩りゆたかで、心おどる季節をみんなで楽しめたら、それはとてもとても嬉しいこと。だから、ひとりでも多く気を向けてほしくて、空の上から呼びかけるのです。春ですよー、と。
 いつも春を伝えたい気持ちが抑えきれなくて、知らず知らずのうちに弾幕をまきちらしてしまうのですが、そんなのはたいして重要なことではありません。流れ弾をだれかにぶつけてしまうのも、仕返しに弾幕を浴びせられるのも、春のお祭り気分を盛り上げてくれる余興のようなものなのですから。
 帽子をかぶって、さあ出発! お仕事を始めますよー!
「……ん?」
 家から出てすぐ、なにやら変な感じがして立ち止まりました。
「鼻が……」
 つぶやいた唇の先を、鼻水が垂れていきます。
 風邪でしょうか。これまでは、春に体調を崩したことなどなかったのですが。というか、風邪自体ひいた覚えがあまりありません。妖精はそうそう風邪などひかないものなのです。
「ええい、風邪がなんだー!」
 景気よく手鼻をかんで、空高く飛び上がりました。春のわたしには、大事な大事な使命があるのです。風邪なんぞにかまっている暇はありません。病は気から。元気いっぱいで春を伝えていたら、そのうち勝手に治ってしまうでしょう。
 ……と思ったのですが、人間や妖怪を探して空を飛んでいるうち、おかしな感じがいっそうひどくなってきました。鼻水がだらだらと垂れて、くしゃみが出て、頭痛がします。そして妙なのは、目がかゆくてしょぼしょぼすることです。
 これはひょっとしたら、風邪とはまた別の病気なのかもしれません。何にしても、治せるものなら早く治してしまったほうが得策。しかし困ったことに、人間や妖怪とはちがって、妖精には診てくれるお医者さんがいません。
 こういうとき、頼るべきは物知りな友達。わたしは湖に住む緑髪の大妖精さんを訪ねました。彼女は妖精の中でいちばんの常識人、もとい常識妖精だと評判です。
 ひととおり症状を話して聞かせると、大妖精さんは頬に手をそえて言いました。
「それ、花粉症とちゃうん」
「ああ、なるほどなるほど、花粉症ですかー……って、えええぇっ?」
 思わず大きな声をあげてしまいました。
 花粉症については、よく知っています。わたしにとっては宿敵のようなものだからです。
 春はとても素晴らしい季節ですが、あまり好きでないというひとも、中にはいます、残念ながら。その理由としてダントツなのが、花粉症。『レティがいないから』『秋じゃないから』などといった超少数意見とはちがって、とても無視できるものではありません。なにか具体的な対策ができるわけでもないのですが、どうにかならないものかと、かねてから頭を悩ませていました。
 それなのに、このわたしが、花粉症!
 なんだか、全身から力が抜けてしまいました。よりにもよって、どうしてこんなものを患わなきゃならんのですか。がんがんと痛む頭を垂れ、ぐったりとうなだれて――そうしているうち、ふつふつと怒りがわいてきました。
 息が苦しくて、目も鼻ももぞもぞして、こんなに気分の浮き立たない春は初めてです。でも、花粉症でぐったりしている姿なんかを見せたりしたら、春告精のコケンにかかわります。こうなったら、いつもの年以上に激しく春を伝えて、幻想郷中のアレルギーをぜんぶ吹き飛ばしてやります!
「うおおおっ、春ですよー!」
 羽を広げて、大妖精さんが豆粒ほどの大きさに見えるぐらいの高さまで飛び上がります。そこから、とりあえず人里をめざしながら春を伝えてまわることにしました。
 気がつけば、声といっしょに弾幕が飛んでいます。でも、そんなのはほんの些細なこと。春の喜びに比べたら、ほんとうにどうでもいいことなのです。
「春ですよー! 春ですよぇっくしょぉい!」
「うるせえ!」
「弾幕撃つな!」
「唾を散らすな!」
「鼻水飛ばすな!」
 通りすがりの人間や妖怪や妖精や、とにかくみんなが、わたしに向けて弾幕を撃ってきました。これが俗に言う『打ち返し弾』というやつなのですね。すごい密度です、避けられるはずがありません。
 ぼろぼろになって、地面へと落ちていく。これもまた、春の醍醐味なのです。



 O)))



「いたたたた……」
 体を起こそうとして、頭の奥がぐゎんと痛みました。
 どうやら、少しのあいだ『一回休み』になっていたようで、弾幕を受けたところの痛みはなくなっています。でも、鼻は詰まっていて、花粉症の症状はなくなっていないようでした。
 がっかりして、あおむけに倒れたまま目を開きました。すると、目の前にひとの顔があって、びっくりしました。息がかかりそうなほどの距離で、わたしの顔を上からのぞきこんでいます。
 肩に少しかかるぐらいの、ウェーブのかかった緑の髪。赤い瞳は、妖しく光って。白のブラウスに、赤いチェック柄のベストは、見覚えがあります。花の妖怪、風見幽香さんです。
「おはよう」
「え……はい、おはようございます……」
 ふと不安になって、左右に目をやってみました。
 どちらを見ても、花、花、花。そしてわたしが倒れているのは、ほどよい間隔で植わったクロッカスの上。
 どうやらわたしは、幽香さんが大切にしているお花畑に落ちてしまったようです。
「ひいいっ!」
 とっさに逃げだそうとしましたが、無駄なことでした。幽香さんの手が伸びて、しっかりと胸倉を掴まれてしまったのです。そのままわたしは宙吊りにされてしまいました。
 幽香さんとお話をしたことはありませんが、会ったことはあります。花の異変のときにわたしのほうから弾幕を浴びせかけて、乱暴に追い返されてしまいました。あのときはあまりに興奮していてよくわからなかったのですが、あとから大妖精さんに話を聞かされて、血の気が引いたのを覚えています。なんでも幽香さんは、妖怪だろうが人間だろうがみんな平等にいじめてまわるという、とてもとても怖いひとなのだとか。
 こんなひとに捕まってしまっては、妖精などひとたまりもありません。『一回休み』で済むとはいっても、あまりにひどいことをされてしまっては、また動きだせるまでに長い時間がかかってしまいます。下手をしたら春が終わってしまいます。いやいや、それも大事ですけどやっぱり、痛いのや辛いのは嫌なんです。
「ご、ごめんなさいぃ……」
 喉がしめつけられて苦しいのですが、必死に声をしぼりだして謝りました。でも幽香さんは、何を考えているのかよくわからない顔で、わたしのことをまじまじと眺めています。ああ殺される助けて助けて助けて。
「ふうん」
 幽香さんの声と同時に、首まわりがすっと楽になりました。すとん、と足が地面につきます。あれ? てっきり、あのまま窒息させられるか、もしくは頚椎をへし折られるものだと思っていたのですが。
 よくわからないまま、幽香さんの顔を見上げました。ふっと目が細められ、頬が優しげにゆるみました。
「弾幕をばら撒いているところを遠目に見たことしかなかったけど、よくよく見てみたら、あなた可愛いじゃない」
「ふぇ?」
「花のような、蝶のような。どちらにしても素敵。気に入ったわ、いじめて壊してしまうには惜しい」
「ど、どうも」
 頬がかっと熱くなるような、背筋がぞっと冷たくなるような。頭が酔ったようにぐるぐる回っているのか、錆びついたように固まっているのかも自分ではわからず、とりあえず笑っておきました。笑うことしかできません。
 幽香さんが身をかがめて、わたしと目の高さを合わせてきました。うわ顔が近いです近いです。
「標本にでもしようかしら」
「ひいっ」
「冗談よ」
 幽香さんは体を起こして、くすりと笑いました。
「生き物は、生きていてこそ魅力があるの。動物でも植物でも、もちろん妖精でもね。標本だの押し花だの、興味もないわ」
「ええと、許してくれるんでしょうか……?」
「花は意外と強いものよ。あなたみたいに小さな子の下敷きになったくらいでは、死んでしまったりはしない。もし誰かに踏まれて枯れてしまったとしても、それは自然の中では当たり前のこと」
「はあ……」
「わざと踏んだら、両膝を砕いてやるけど」
「ひいい」
「あら、これは本気だけど、あなたはべつに怖がる必要なんてないのに」
 笑うに笑えません。自分の膝が砕かれるところが頭をよぎって、しゃがみこんでしまいそうになるのをこらえるので精一杯です。
 幽香さんは少しだけ寂しそうな表情をうかべて、わたしに背中を向けました。四歩、五歩とゆっくり歩き、くるりとスカートをひるがえして振り返ります。
「そうだ、一緒にお散歩しない?」
「えっ」
「あなたに、この花畑を見てほしいの」
 そう言って、両手を大きく広げます。こころもち頬を赤くした幽香さんは、少しだけ幼く、かわいらしく見えました。
「嫌かしら?」
「とっ、とんでもないですよー、喜んで!」
 あわてて首を横に振りました。
 ほんとうは、はやく春を伝える仕事に戻りたい。それに幽香さんとふたりきりでいるのは、ギロチン台にとらえられたまま日常生活を送るようなもので、今のところは大丈夫だとしても気が気ではありません。でも、せっかくのお誘いを断るなんて、それこそ怒らせてしまうに決まっています。
「よかった。じゃあ、行きましょう」
 嬉しそうにほほえんで、幽香さんは歩きだしました。急いで――けれど、お花を踏まないようにだけは気をつけて、後を追います。とにかく今は、無事に時間をやりすごせるようにだけ祈りましょう。



 O)))



「あーっ、ユリが咲いてますよー!」
 大好きなお花を一輪だけ見つけて、嬉しくなって大声で呼びかけました。幽香さんもわたしの肩越しにのぞきこんで、あら、と声をはずませます。
「テッポウユリね。普通、咲くのはもう一月ほど後のはずなのだけど。この子は随分と気が早いのね」
 幽香さんが言うのを聞いて、わたしはもっと嬉しくなってきました。彼女はお花のことをよぉく知っていて、だけじゃなく、お花のことをまるで自分の子供のように話します。ほんとうにお花のことが、好きで好きでたまらないのでしょう。
 いっしょにお散歩をしているうちに、だんだんわかってきました。こんなひとが凶暴だとか危険だとか、誤解もいいところです。いまは春を伝えるという仕事がありますが、それが終わったら、ほんとうの幽香さんがどんなひとなのか、みなさんに教えてあげることにしましょう。
 顔を上げて、ぐるりと見まわしてみます。色とりどりのお花の絨毯がどこまでも広がって、けれど近寄って見てみれば、ひとつひとつのお花はそれぞれちがう表情をしている。そしてどのお花も、栄養と愛情をたっぷりと与えられて、元気いっぱいに育っていました。
「すごい。幽香さんのお花畑は、ほんとうにすごいです」
「私の花畑だなんて……」
 幽香さんは照れくさそうに、顔の前で手をふりました。
「私は植物たちをここに連れてきて、できるだけ健康に育てるような環境を用意しているだけ。あなたがすごいと思うのなら、それはこの子たちの魅力なのよ」
 そう言って、幽香さんは膝をかがめ、足元に生えていた草を指さしました。
「ねえ、この子のことはどう思う?」
「うーん。雑草……に見えます」
 細く尖った葉がわさわさとしていて、なんとなく花のようなものがあるように見えなくもないですが、どうにも地味で、あまりきれいなものには見えませんでした。
「そうね。スズメノカタビラといって、雑草の代表格よ。強い子だからどんなところにも生えて、引き抜かれても引き抜かれてもまた生えて、でもそのせいで厄介者扱いされることも多いわ」
「へえ……」
「けれど私にとっては、みんなに持て囃されるようなきれいな花を咲かせる草木たちと、なんら違わない。この子も、ひたすらに生きているのよ」
 葉の先を、幽香さんの指がやさしくなでます。スズメノカタビラはくすぐったそうに、身をふるわせて笑ったように見えました。
 ああ、このひとの愛情は、なんて深く大きいのでしょうか。幽香さんは見てくれの美しさや醜さなんかにとらわれることなく、自然のすべてを、自然そのものを誰よりも愛しているのです。
 春が終わってからだなんて、遅すぎます。明日から、いえ今日からでも、わたしは幽香さんにたいする誤解をとくために、声をあげていくつもりです。



 O)))



 ふと幽香さんが足を止め、思い立ったように言いました。
「そうだ、いいもの見せてあげる。ちょっとここで待ってて」
 軽い足取りで、どこかへと姿を消します。戻ってきたとき手に持っていたのは、白百合をかたどった髪飾りでした。
「へぇー、幽香さんもこういうもの持ってるんですか」
 生きていてこそ魅力がある、という話をしていたので、お花の形といっても作り物には興味がないものだと思っていました。
「作り物でも、作り手の気持ちさえ込められていれば、素敵なものはできるのね。店で見かけて、欲しくなって買ったのはいいんだけど、私は髪飾りなんて似合わないから、ずっとしまいっぱなしだったの」
「えー、つけてみたらかわいいと思いますよ」
「お世辞なんていらないのよ」
 幽香さんは顔を赤くして、早口で言いました。べつにお世辞のつもりで言ったわけではないんですが。
「そんなわけだから、これ、あなたにあげるわ」
「ええっ、そんな、悪いですよ」
「いいのいいの、使ってあげてよ。あなたならよく似合いそうだし。それを着けて飛んでいるところを、私に見せて」
 幽香さんはわたしの正面に膝をついて、髪飾りをつけようと手を伸ばしました。え、ちょっと、またものすごく顔が近いですよ。
 それにしても、こんなに近くで見ても、幽香さんはとても美人です。赤い瞳は深く澄んでいて、見つめ合ったら吸いこまれてしまいそう。肌は絹のようにきめ細かくて、許されるなら今すぐにでも手でふれてみたい。唇はつややかに膨らんで、そこから慈愛に満ちた言葉が紡
「ぶえぇっくし!」
 そうでした。わたし、花粉症でしたね。手で口をおおうことも、顔をそむけることもせず、盛大にくしゃみをぶちまけてしまいました。
 当然のように、幽香さんの顔は、わたしの唾と鼻水まみれです。
 ……不思議なものですね。幽香さんは薄くほほえんだままなのに、さっきまでとはうってかわって、瞳の奥から死の香りが色濃く立ちのぼっています。まさに死の天使。見れば見るほど、幽香さんはほんとうに美人です。固く握られた拳だってほら、こんなにキレイ。
 ああ、どうやら今年の春、わたしは『一回休み』ということになりそうです。それではみなさん、また来年。
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コメント



0.810簡易評価
2.100名前が無い程度の能力削除
花粉症は文学
10.100名前が無い程度の能力削除
嗚呼、リリーよ安らかに眠れ…
13.100名前が無い程度の能力削除
くしゃみがおじさんみたいですねww

私は花粉症とは古い付き合いです…( ノД`)
14.100奇声を発する程度の能力削除
花粉症は辛いぜよ…
22.100名前が無い程度の能力削除
花粉症は辛いぜぇ…