Coolier - 新生・東方創想話

二人でお茶会

2011/02/27 01:42:04
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 薄く焼かれたクラッカーに、べたべたと林檎ジャムを塗りたくって、魔理沙はそれを一口に頬張った。ああ、うまいとか何とか、もごもご口を動かしながら言っている。私はそれを見て、眉をひそめた。その視線を、魔理沙は気にも留めない。
 紅茶を飲む気が失せて、視線を横にずらした。よく分からない古ぼけた魔術品の置かれた台の奥、古くひびの入った木枠の窓から、きらきらと日の光が注いでいる。妙にきらきらして見えるのは、埃が舞っているからだ、そう気付いてげんなりした。よく、くしゃみの一つも出ないものだと思う。そういう自分も、ここを訪れてから一度もくしゃみをしていないのだけれど……。まぁ、デリケートより頑丈なほうが良いだろうしね、と、自分でもよく分からないフォローを入れた。それに、デリケートな人間だったら、ここまでは来られなかった。

「やっぱ、あれだな、咲夜の作るジャムは美味い」
「それは良かった。なら、もっと味わって食べたらどう?」
「レミリアみたいに? 嫌だよ、格式ばるのは。美味いものは、思いっきり頬張って食べたい」
「強欲」
「そうかぁ?」

 やや含みのある返しをしてから、魔理沙はごくごく紅茶を飲んだ。もちろん、茶葉を持ちこんだのも紅茶を淹れたのも私だ。魔理沙の家に、ティータイムを楽しむための何かを期待してはいけない。と言うか、別に私は優雅なティータイムを楽しみたいわけでもないのだけれど。でもどうせ飲んだり、食べたりするのなら、美味しいもののほうが良い、そう思っただけだ。それに私は、それを整えるだけの力がある。試しに紅茶を一口飲むと、当然だけれど、美味しかった。

「まぁ、がっついてるレミリアは想像出来ないけど」
「そうね」
「がっついてるお前も想像出来ない」
「それは良い事だわ」
「パチュリーもほとんど食べないだろうし、美鈴なら、想像出来るかな」
「二人ともマナーはなってるわよ」
「え?」
「……何?」
「いや」

 魔理沙は一瞬口をつぐむと、じっとこちらを窺う視線を向けてきた。

「何よ」
「いや、別に」
「気になるじゃない、言いなさいよ」
「いや、この間、美鈴と人里でばったり会ってさ、二人ともご飯食べてなくて、寒かったし鍋を食べたんだけど、すごくもぐもぐ美味そうに食べてたからさ。食べるの好きなんだろうなって思ったんだよ。店のおばちゃんに、二人して美味しそうに食べるわねぇって、肉と野菜をサービスしてもらったんだ、私たち。だから、美鈴に行儀とか、マナーって、何か合わないって思ってさ……館だとまた違うのかもな」
「……それは、美鈴の口に、私の作るものは合わないっていう事?」
「いや、違うだろ、気を使ってるんだろ」
「気を使ってる……?」

 聞き捨てならない言葉だった。気を使ってるって、どういう意味だろう。上司と部下の関係を重んじて、という理由なら、まだ分かる。納得がいく。だけど、例えば人間なのに妖怪の世界で頑張って生きているから、という、余計な気遣いからだとしたら、そんなのは我慢ならない。頑張っている人が作ったものを失礼のないように食べる、という行為自体が、私からしたら失礼だ。

「あーあ、だから言いたくなかったんだよな」

 黙りこんでいると、魔理沙は停滞した空気を一掃するように独りごち、クラッカーを手に取った。今度はママレード、と呟きつつ、スプーンでジャムを掬い、クラッカーにべとべととつける。指についたものはぺろりと舐める。そのスプーン、さっき、林檎のジャムを掬ったやつでしょ、と窘めたかったけれど、何だか面倒くさくなって止めた。ふと、何もかもが馬鹿馬鹿しく思えた。やはり人間が妖怪と渡り合うのは無理なのかな、とか、そういう思いに囚われた。
 例えば、部下として全幅の信頼を置いているのは私だけで、美鈴はそうではないのかもしれない。今の立場が不服なのかもしれない。そう思うと、弱々しい妖精たちも自分よりずっと年上かもしれないわけで、実は私の振る舞いや立場を疎ましく思っているのかもしれない。何を馬鹿馬鹿しい、と一笑したいけれど、そんな事は今まで思いもしなかったので、軽く流せない自分がいた。

「……何か、肉食べたくなってきた」
「は……?」
「ああ、何か馬鹿みたいだなぁ」
「もしもし、咲夜さん?」

 魔理沙は一瞬目を丸くしたけれど、何やら面白そうに笑って、クラッカーを口に運んだ。さくさくと美味しそうな音を立てるクラッカー。そして美味しそうに食べる魔理沙。
 そういえば、初めてここを訪れた時は緑茶しか出されなかったのに、いつの間にか、丸い缶に詰まったクッキーだったり、ビスケットだったり、はずれの少ないお菓子が出されるようになっていた。だから、じゃあ、私も作ったジャムでも持って来ようかと思ったのだ。
 これは魔理沙なりの気遣いなのか、と思ったけれど、それは不快な気遣いではなかった。むしろ、心地好いものだった。それは同じ人間だからかもしれない、と思ったところで、ふと思い至る。人間と妖怪の間に境界線を引いていたのは、自分なのかもしれないと。妖怪の世界に身を投じたものの、自分の周りに薄く透明な、けれども強固な壁を立てていたのかもしれないと。それは人間である事への自負のためか、それとも、妖怪から身を守る術なのか、はたまた両方なのか……今はまだ判断がつかないけれど。
 でも、魔理沙の家を訪れるようになったのは、きっと魔理沙が人間だったからであり、霊夢の家のように常に妖怪が遊びに来るような家ではなく、早苗の家のように神と妖怪に囲まれている家でもなく、ただ一人で勝手気ままに暮らしているから、という理由であったのは間違いないだろう。無意識にそういう選択をして、私は魔理沙を選んだ。それに、魔法の森という危険地帯に一人で住んでいる、という点も好ましい。

「私も食べようかな」

 ママレードの瓶に突っ込まれたままになっていたスプーンでジャムを掬い、クラッカーにさっと塗る。その上から、林檎のジャムを塗った。ふんわりと甘やかな香りが鼻をくすぐる。それも塗るんだ、と意外そうに目を丸くする魔理沙に、実は、こうするともっと美味しいのよ、お嬢様の前ではやらないけど……と言って笑う。

「なあなあ、じゃあさ、今度、肉食べに行こうぜ。お茶してる時に言うのも、アレだけど」
「良いわよ」
「じゃ、美鈴も誘おう。アリスは……肉とかどうかなぁ、食べるかなぁ」
「貴女が誘えば来るでしょうに」
「それがな、そうでもないんだ。嫌なものは嫌、と、意思を通すところは通す」

 そう言う魔理沙の口調からは、けれども苦々しさは感じられない。きっと、そういう一癖も二癖もあるような、融通が利かないというか、頑固者というか、自分の意思を持っているような者が好きなのだろう。自分で言うのも何だけど、扱いにくさについては群を抜く私とも、こうして付き合っているのだし。

「じゃあ、美鈴は私が誘いましょう」
「お、ホントか? 美鈴も喜ぶよ」
「え?」
「じゃあ、アリスは私が誘ってみる。いつにしようか」
「ちょっと、流さないでよ」
「えー、別に流してないぞ」
「何で美鈴が喜ぶの?」
「慕ってる上司から誘われたら、部下は喜ぶものだろ」
「へぇ」
「と、言う回答では不満?」
「さあ、どうかしらね。で、実際は?」
「んー、どうなんでしょうかね」

 何気なくクラッカーを手に取る魔理沙からは、もう何も話しません、という意思が感じ取れた。何か、口はばかれるような理由でもあるのだろうか。そこに、ほんの少しだけ期待めいたものが混じる。
 まぁ、良い。それなら今度、直接美鈴に聞けば良い。肉を食べながら、何気なく。その時彼女はどんな反応をするのだろう。これも自覚している事だけれど、何か引っかかる事があると、無視出来ない私だ。そうして今気付いたのが、私が結構、美鈴を気に入っているという事だ。だからさっきも、あんなに腹が立ったのかもしれない。

「……ま、良いけど。アリス、来ると良いわね。美鈴は絶対来ると思うけど。で、いつにする?」
「わ、可愛くないやつ」
「それは、お互いさまでしょ」

 口を大げさなまでにへの字に曲げる魔理沙は、けれども、二種類のジャムをまんべんなくクラッカーに塗りたくっている。そう、そうすると美味しいのよね。でもさすがにそれは甘いでしょ、なんてのん気に思いながら、取り澄ました表情で紅茶を一口飲んだ。ポットを眺めて、もうそろそろ、おかわりの紅茶を淹れる頃合いかもしれない、と考える。今度は砂糖の代わりに、紅茶にジャムを入れてみようか。美鈴が庭園で育てたオレンジで作ったジャムを。
 
 
何だか、咲夜さんと魔理沙が書きたくなったので。
ほんのりさくめー、マリアリとも取れつつ……。
話を書く時はだいたい今の季節で書くのですが、思えばもう春なんですね……。早いなぁ。

■3月27日
評価・コメントありがとうございます。
咲夜さんと魔理沙のコンビが結構好きです。
お互い好き勝手言える感じがして良い。対等に物を言えるというか。
肉の話、面白そうですがひたすらしゃべって食って焼いてみたいな騒々しい話になりそうです(笑)
月夜野かな
http://moonwaxes.oboroduki.com/
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コメント



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8.100奇声を発する程度の能力削除
穏やかな感じで良かったです
11.100名前が無い程度の能力削除
久々にこの二人の絡みを見たかも。
肉食べるとこも見たいなぁ。
15.100名前が無い程度の能力削除
素敵
17.100名前が無い程度の能力削除
ふわふわと心地好い空間でした。
18.100名前が無い程度の能力削除
この二人は何故か妙に仲良いですよね。
こういう駄弁ってるだけの感じが妙に合っている感じがします。