Coolier - 新生・東方創想話

風祝と幽冥の住人

2011/02/24 01:43:38
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※この話は作品集104話「風祝とからかさお化け」の続きの話になります。
※シリーズものですが、前作をお読みになっていただく必要は御座いません。
※小傘ちゃんが前作で守矢神社に居候を始めたという事だけ把握してくだされば大丈夫です。
※過去話っぽいところは「そんなことがあったのかーそーなのかー」で聞き流して下さって大丈夫です。









秋の終わり、紅葉色付く空の下。
幻想郷のこの美しき風景を堪能しながら、私は空を飛ぶ。
眼下に広がる紅き世界は、外の世界で見た紅よりも、ずっとずっと深く鮮やかだった。

さて、私こと東風谷早苗は、ただいま幻想郷の雲の上を飛んでいます。尤も雲は殆ど出ていませんが。
こんな空の上まで来たのは、以前の聖輩船の異変の時以来ですかね。
そう、確か初めて正体不明のエイリアンに出逢って……。

「早苗ー。まだ着かないのー?」

「知りませんよ。私だって少しイライラしてるんですから」

私の横を飛ぶ唐傘妖怪、多々良小傘さんとも弾幕ごっこをしたあの時ですね。

それはそれとして、何故こんな上空を飛んでいるのかと言うと……。
我が主であり役立たずのダメ神様守矢神社の神である、八坂神奈子様の命により、と言うべきでしょうか。
なんでも、人間妖怪と信仰を集め、今度は幽霊とかそういう類の者たちからも、信仰を集められないかと考えておられるそうです。
私としては、そこまで信仰を集める必要があるのかと思ったのですが、また新たな出会いを求めるのも悪くないと思ったので……。

そうして神奈子様の命を受け、今私は幻想郷の空の上の冥界、その中にある『白玉楼』に向かっているわけです。

ちなみに、神奈子様に修行を付けてもらっている小傘さんを連れてきたのは、一応唐傘“お化け”と言う事で、幽霊とも親しみやすそうだったから。
お化けとのコンタクトは、お化けの方が取りやすいでしょうからね。まあ小傘さんは付喪神ですから、幽霊とはちょっと違うかもしれませんが。
決して誰からも見られない場所で、小傘さんとやましい事をしようなんて事は考えていません。絶対にです。

「本当に全然見えてきませんね。こんなところにいったい誰が住んでいるのでしょうか」

「妖怪の山のてっぺんに住んでる私達が言える事じゃないと思うけど……」

あなたは居候ですけどね。

「あ、あれじゃない?」

小傘さんが指差す先を見る。
私達の視界の遥か向こうにぼんやりと見える、空の上へと続く階段のようなもの。
その前には大きな門のようなものがあり、見るからに天国への片道切符を配布していそうです。

「みたいですね」

ああもう、漸く着きましたか。
飛び続けることにも少し疲れてきたし、早く白玉楼とやらに行って休みたいと言うのが今の本音。

飛ぶ速度を速め、大きな門の前に着く。
階段の上に一度着地し、上を見上げてみた。

「……随分長そうな階段だね……」

「そうですね……」

確かに、物凄く長い。階段の上が全然見えません。

「まあでも、此処に来るよりは短いと思いますから。ちょっと休んだら行きましょうか」

「んー、まあ、そうだねー」

私の言葉で安心したのか、小傘さんも軽く笑顔を浮かべる。
ああ、可愛い。どうせ誰も見てないんですし、今この場で押し倒しちゃってもいいんじゃないでしょうか。
いやいや、落ち着きなさい東風谷早苗。外でそんな行為に及ぶなんて、非常識にもほどがあるでしょう。

この幻想郷では常識に囚われてはいけないのですね。

「よし、小傘さ「早苗、何してるのー? 早く行こうよー」

……何時の間にか私の隣ではなく、何十段か先の階段の上を飛んでいる小傘さん。

「え、あ、はい……」

本能的に危険を察知したのか、はたまた偶然なのか……。
それは判りませんが、小傘さんと既成事実を作る機会を逃したのはちょっとショック。
まあ、どうせ小傘さんとは一つ屋根の下で暮らしてるんです。チャンスなんていくらでもありますよね。

ため息を吐きつつも自分を納得させ、小傘さんの後に続いて私も空を飛んだ。





 * * * * * *





そこから数十分ほど階段の上を飛び続け、漸く私達は頂上にたどり着いた。

「はぁ……やっと着きましたか……」

「そうだねー……」

ちょっと飛ぶくらいで済むと思っていた私達は、その考えがいかに死亡フラグであったかを思い知らされ、無駄に疲れていた。
全く……なんだってこんな上空何千メートルもあるような場所に、さらに長い階段を作るんですか。
まあ、着いたんだから別にいいんですけどさ……。

しかしまあ……。

「本当に幽霊が沢山いますね」

辺りを見回せば、あちこちに白い球体(?)がふわふわと浮かんでいる。
妖怪の山には滅多に幽霊は出ないので、こんなに沢山の幽霊と言うのは、ちょっと新鮮な光景ですね。
流石は冥界、いわゆる『あの世』と言うべき場所でしょうか。
外の世界にいた頃は、まさか生きたままこの場所に来れるなんて事、想像すら出来ませんでした。

「すみませーん」

誰も外にいなかったようなので、私は大声で呼びかけてみる。
眼前に広がる日本庭園のようなお屋敷。こんな場所なら、お手伝いさんの一人や二人はいてもおかしくないでしょう。
と言うか、今私達がいる庭先は充分に手入れがされているようで、枯葉が殆ど落ちていません。
つまるところ、先ほどまで誰かが手入れをしていた、と言う事のはずですが……。



「ここで何をしている」



ふえっ?

声をした方を振り向けば、そこには今にも長い剣を振り下ろさんとする……。

「って、ひゃわぁ!!」

慌てて飛び退く。そして0,1秒前まで私がいた場所を切り裂く剣。
あ、あとほんの少しでも避けるのが遅かったら、秋だと言うのに花が満開でしたよ、血の花が。

「きゅ、急に何をするんですか!!」

「それはこっちの台詞だ。生きた人間が此処で何をしている。返答次第では斬る」

既に斬ろうとしてるじゃないですか。
剣を構える銀髪の少女。その傍らには、他の幽霊よりも一回り大きいマシュマロのような幽霊が浮かんでいる。どんな味がするんだろう。

あれ、この人から感じる妖気……霖之助さんや慧音さんと同じ、半分人間……。
って、今はそれは置いておこう。

「私は東風谷早苗。我が主の命により、白玉楼の主人である西行寺幽々子様にお逢いするために来ました」

「あ、その付添いの多々良小傘です」

ぺこりと頭を下げる小傘さん。ああ、そうやって気軽に挨拶出来るのはいいですね。
神に使える風祝なんてやっていると、どうしても挨拶する時はこういう口調になってしまうんですよ。

「幽々子様に……?」

きょとんとする銀髪少女。
うん、やっぱり此処が白玉楼で合ってるようですね。間違ってるとは思っていませんでしたが、確認出来るものが今までなかったので。
そして『幽々子様』と言っているところを見ると、この人はお手伝いさんとかその辺の人なのかな。

「……信用出来ん」

……えー。

「あのですね、用もなしにこんな雲の上の冥界に生きたまま来ると思いますか?」

「悪いが数年前に前例があるのでな。幽々子様の計画を邪魔した紅白巫女と白黒魔法使いと銀髪メイドが」

それって、ひょっとしなくても霊夢さんと魔理沙さんと咲夜さんの事ですよね。
霊夢さんと魔理沙さんは判るんですけど、咲夜さんまでそんな事をしていたとは少々意外ですね。
あ、私と咲夜さんの関係については過去作でどうぞ。咲夜さんは大切な友達の一人です。

「とにかく、妖怪連れの怪しい人間を幽々子様に逢わせるわけにはいかん」

再び剣を構えるお手伝いさん。
ああ、もう。面倒ですね。こういうお堅い人はやっぱり苦手です。
妖怪連れで怪しいのは認めますけどさ。

「小傘さん、ちょっと傘を貸してもらえますか?」

「えっ? なんで……って、勝手に取らないでよ!」

答えを聞く前に、小傘さんの傘を奪い取る。
さて、剣を持った……と言うか武器を持った相手と相対するのは小傘さんが居候を始めた時以来ですが……。

「ちょっ!! まさか私の傘で剣と戦うつもり!?」

「いけませんか?」

「当たり前だよ!! 傘で剣に勝てるわけないじゃん!!」

「妖怪傘なんですから、普通の傘よりは戦えると思いますよ」

「そういう問題じゃないから!!
 それにその傘と私はある程度精神が繋がってるんだからね!? 傘が斬られたら私だって痛いんだよ!?」

……ふえっ? そうなんですか? それは初耳ですね。

「じゃあ、今私がこうして傘を持っているのも……」

「うん、足首を掴まれているような感じ」

「つまり、普段から自分で自分の足を掴んでいるような感覚を?」

「ううん、自分持っている時だけは何も感じないよ」

……………。

私の中で、何かのスイッチが入ったような気がした。

「ふえっ!?」

傘の柄の真ん中らへんをつついてみる。

「ちょ、早苗!! そ、そんなとこつついちゃ……ひゃわぁ!!」

指でくりくりしてみる。

「あふっ……そ、そんな……だ、駄目だってばぁ……」

もうちょっと上の方を掴んでみる。

「ひゃうっ! や、やめてぇ……そんな……らめぇ……」

やべぇちょうたのしい。
まさかこんな方法で小傘さんをいぢめる事が出来るとは……!!
小傘さんは前向き過ぎるので、虐めるネタがあまり長続きしないんですけど、今回のこれは相当楽しめそうですね……!!

「な、なななな……!!」

……と、小傘さん虐めに没頭していた私の耳に、急にそんな声が届く。
そう言えば、お手伝いさんと相対していたのを忘れていました。

「なななななななにをやっているんですか!!!!」

顔を真っ赤にしてふるふる震えるお手伝いさん。
……ああ、この人もそういう事が苦手なんだなぁ。
ホント、幻想郷は純粋な人が多いですね。

「なにって、言葉にしてもいいんですか?」

「い、いや!! 駄目です!! そんな破廉恥な!!」

あれ、口調が急に敬語になりましたね……。

「……ひょっとして、あなたも小傘さんと同じでキャラを作っているタイプの人ですか?」

「みょんっ!?」

あ、可愛い鳴き声。

「きゃ、キャラを作っているって何ですか!!」

「いや、だって言葉が敬語になってますよ? 慌てて素の口調が出てるんですよねそれ」

「あっ、ちょっ、待って……!! こ、これはその……!!」

慌てふためく姿が可愛すぎるんですけどこの人。
うん、あれですね。外見年齢も私より少ししたくらいに見えますし。

……新しいターゲットが、見つかったような気がしますね。

「いやぁ、キャラ作りとかあなたも小傘さんと同レベルなんですねー。
 最初の威勢のいい姿はカッコ良かったんですけど、なんだかなー」

「みょんっ!?」

「剣士ってもっとあれですよね、ゲームとかでもやっぱり攻撃の要って感じじゃないですか。
 それがキャラ作りしているなんて、パーティの本質が問われると言うか、人選ミスと言うか」

「はうっ!!」

「いやいや、それはそれで可愛らしいとは思うんですけどね。
 でもそれじゃあコアなファンにしか受けないでしょうし、若干時代錯誤している気もしますね」

「ふぎゅっ!!」

「貴女、ひょっとしなくても剣士に向いてないんじゃないですか?」

「み゛ょん゛っ!?」

「早くダー○神殿に行って来てください」

「みょえええええぇぇぇぇぇぇぇん!!!!」

泣いた。それはもう盛大に泣いた。
そして私の背筋を走るゾクゾクとした高揚感。

ああ、楽しい……ッ!! 妖怪いぢめ退治マジ楽しいです……ッ!!



「あらあらぁ、駄目よぉ守矢の風祝さん。妖夢を泣かせちゃ」



ふえっ?
まるで海に合流する前の川の流れのように緩やかな声が、私達の耳に届く。
目線を声の方に動かすと、そこには水色の着物を纏った、ピンク色の髪の……。
……とても美しい女性が、ふわふわと宙に浮いていた。

「ゆ、幽々子様ぁ……」

「妖夢を泣かせていいのは私だけなんだから」

「みょんっ!?」

またもや撃沈するお手伝いさんもとい妖夢さん。
うん、幽々子様と呼ばれたところを見ると、この人が……。

「貴女が、西行寺幽々子さんですか?」

「御明答よ。山の神様から連絡は貰っているわ」

なんとも穏やかで心地よい声でしょうか。
スタイル抜群で着物の似合う穏やかな和風美人。物凄くパーフェクトですね。少しは見習って下さいよ神奈子様。
あと、この人もSですね。

「えっ……じゃあ、本当にお客様……?」

「あら、言ってなかったかしら?」

「聞いてませんよ!! あ、あの、申し訳ありませんでした!!」

腰の骨が折れそうなほどに深く頭を下げる妖夢さん。どうやら、私にいろいろ馬鹿にされた事はもう頭にないようですね。

「いえいえ、判っていただければ……」

このまま話を流した方が面倒事にはならなさそうです。

「はぁ……早苗、終わったなら傘返してよ」

若干汗ばんで、顔もほんのり赤い小傘さん。そういえばすっかり忘れてました。
もうちょっと傘で遊んでも良かったかもしれませんが、幽々子さんにも逢えた事ですし、話が進まないから返しましょう。
今の小傘さんのエロい表情を見れただけでも充分ですね。

「あ、では私はお茶を淹れてまいります。本当に申し訳ありませんでした」

最後にもう一度だけ礼をして、ぱたぱたと駆けていく妖夢さん。
うん、やっぱり根は悪い人じゃないみたいですね。ただ気が張りすぎているのか……。
キャラ作りって大変ですね。

「あら、妖夢も行っちゃったし、とりあえず居間に案内するわ。付いていらっしゃい」

そう言って幽々子さんも足を動かす。私達は黙ってその後に続いた。





 * * * * * *





「さあ、こちらへどうぞ」

白玉楼の一室の前で足を止めた幽々子さん。しかし何故か、どうぞと言う割には部屋の襖を開けようとはしなかった。
心なしか少し意地悪い笑みを浮かべています。にやにや、とそんな擬音が聞こえてきそうですね。

「……ふふっ」

思わずほくそ笑む。
幽々子さんの思惑、判りますよ。どうせ襖を開けたら何か降ってくるとかのトラップが仕掛けてあるんでしょう?
私が此処に来る事は予め連絡があったようですし、幽々子さんの妖夢さんに対する事を考えれば、そのくらいの事はやりそうです。
私には72通りのトラップ知識があります。大丈夫だ、問題ない。

「それでは、失礼します」

小傘さんを囮に使っても良かったかもしれませんが、それでは面白くありませんね。小傘さんの泣き顔は見たいですが。
私は自らの手で、幽々子さんのトラップへと足を踏み入れる。
さあ、何処からでもかかって来てください。毎日のように神奈子様と諏訪子様にいろいろトラップを仕掛けている私の腕を見せてあげますよ!

そうして、私は襖を勢い良く開けて……。

「あ、幽々子お帰り……って、誰?」

「あら、新しいお客さん?」

「……?」

……あれっ?

襖を開けても何も起きず、部屋の中には黒、赤、白の同じような服を着た少女が三人。
顔立ちがよく似ていますが……三姉妹なのでしょうか?

「ただいま~。こっちはさっき言った山の神社の巫女さんよ」

「ああ、守矢神社の風祝、東風谷早苗さんか。話はいろいろと聞いているよ」

黒い服を着た金髪の少女。なんだか暗いと言うか、物静かそうな人ですね。

「えっと……あれ? トラップは?」

しかし私には、この三姉妹(っぽい人たち)が何者であるかを考える前に、自分の身に何も起きなかった事の方がずっと気になるわけでして……。

「あら、そんなものを居間に仕掛けるはずないじゃない」

……。

…………。

………………。



な、なんですとおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!?!?!?



「わ、私が……この私が……騙されるなんて……!!」

そんな馬鹿な……。
幽々子さんの先ほどの行動も、あの意地悪い笑みも、私を騙すためのフリだったという事ですか……!!
ああ……なんでしょうか、この久々に感じた強烈な敗北感は……。

「早苗が勝手に騙されただけなんじゃ……」

煩い!!

「あー、大丈夫……?」

物静かそうな少女が手を差し出してくる。
ああ、優しい方ですね。差し出されたその手の温かさが、まるで全身に伝わってくるようです。

「すみません、大丈夫です……。えっと、貴女は……?」

そう言えば、この人は私の事を事前に聞いていたみたいだけど……。

「ああ、すまない。私はルナサ。ルナサ・プリズムリバー」

「その妹のメルラン・プリズムリバーよ~」

「さらにその妹のリリカ・プリズムリバーだよ」

黒、白、赤の順番で自己紹介する、三姉妹もといプリズムリバーの皆さん。
……って、プリズムリバー?

「……あっ、ひょっとして、貴女達が有名な騒霊楽団、プリズムリバー三姉妹の……?」

「有名とは恐れ入るけど、まあその通り」

騒霊楽団プリズムリバー三姉妹。その話は私も聞いた事があります。
幻想郷中のあちこちでライブを開いて回る、騒々しいポルターガイスト達。
でもその煩さと陽気さが非常に人気で、ライブを開けば何時だって大盛況だとか。

実を言うと、射命丸さんの新聞でプリズムリバー三姉妹の話を見た時、守矢神社でもライブを開いて頂きたいと考えた事もあります。
ただ面識もなく、開催場所は人間の来れない山の上。そんな場所でライブを開いて頂くのもどうかと思って、結局廃案になりました。

「御謙遜を。妖怪の山でも貴女達は有名ですよ」

「それはありがたいな。貴女の話もいろいろと聞いている。
 人里や妖怪の山、果ては旧地獄まで信仰を広げる為に出歩いているとか。ふふっ、どうも私達は似た者同士のようね」

優しく微笑むルナサさん。
キリッとした目つきと言い、静かなトーンの声と言い、なんだかちょっとだけ男性っぽい方ですね。

「いえいえ、私は我が仕える神の命を遂行しているに過ぎませんよ」

まあ自主的な行動である事は否定しませんがね。

「いや、それは立派な事。貴女にとって山の神とは、それだけ大切な存在だと言う事ね」

そう言われると、ちょっと気恥ずかしいですね。

どれだけ仕事をしないぐーたらな神様だとしても、神奈子様は神奈子様。諏訪子様は諏訪子様。
私を導いてくれた大切な存在であり、外の世界を捨ててまで、永遠に仕えようと決めた神。
その事をこんな風に言葉に出して称賛してもらえたのは、なんだかんだでとても珍しい事だったりするんですよね。
特に、私イコール守矢神社の風祝と言う事をみんなが知っている昨今では、その事が殆ど当たり前になりつつありますから。

「ええ。二人とも、本当に素晴らしいお方ですから」

神様であるときは、ね。

「羨ましいな、そこまで大切に、強く思える人がいるという事は……」

……ふえっ?

何処か物憂げな表情を浮かべるルナサさん。
その寂しそうな瞳が……なんだか、凄く心に響いたような気がして……。

「あの、それって……」

どういうことなのですか?

初対面の人間(騒霊ですけど)の心に、そんないきなり入り込むのはよくない気はしたのですが……。
ルナサさんの瞳が、私に何かを訴えかけているような、そんな風に感じられて……。

それはどういう事なのか、そう聞き返そうと思った、その時……。

「お茶をお持ちしました……って、あれ?」

急に居間にやってきた妖夢さんによって、私の言葉は止められてしまった。

「あらあら妖夢、空気を読めないのは相変わらずねぇ」

「えっ? えっ?」

口元を隠して意地悪く笑う幽々子さん。状況が飲み込めずに首を左右に振る妖夢さん。
確かに、空気読めませんね。こんな状況でそんなのんびりとした声を聞くと、雰囲気も何もあったものじゃないじゃないですか。

「……あ、あれっ……?」

と、妖夢さんの眼がある一点を見たところで止まる。

えっ? 私? ……いや、私からは僅かに目線がそれてて……。



「る、るるるるルナサさん!? い、いらしていたんですか!?」



急に顔を真っ赤にして、声を荒げる。
おやぁ、妖夢さんのこの反応は……。

「ああ、30分くらい前に。お邪魔しているよ」

妖夢さんのそんな姿を見ても、全く動じてない様子のルナサさん。慣れてるんですかね?

「す、すみません!! 私とした事が挨拶もせずに!!」

「いや、私の方こそ挨拶もせずに上がり込んで、ごめんなさい。
 幽々子嬢に用事があって来たのだけど、姿が見えなかったから……」

動揺しまくりの妖夢さんと、対極に冷静なルナサさんの姿は見ていて面白いですね。

「あ、で、では!! 新しくお茶を持ってきます!!」

「ああ、なら私も手伝おう。いつも妖夢にはいろいろと世話になってばかりだしね」

「い、いえ!! お、お客様にそんな事をさせるわけには!! 行ってきます!!」

そう言って、一目散に駆け出す妖夢さん。持ってきたお茶をそのまま持って。
……せめて私と小傘さんと幽々子さんの分は置いていってくださいよー。

「……うーん……相変わらず良く判らないな、妖夢は……」

残されたルナサさんは、難しい顔をしながらそんな事を呟く。

「あの、それってギャグで言ってます?」

思わず突っ込んでしまった。

「うんっ?」

しかしルナサさんは、お前は何を言っているんだと言わんばかりの表情を私に向ける。

……ひょっとして、ルナサさんって物凄く鈍感なんじゃ……。
あんな妖夢さんの姿を見て『よく判らない』とか……天然記念物級の反応ですよ?

「いや、早苗さん……そんな人を蔑むような目で私を見るのは止めて欲しいんだが……」

見ますよそりゃ。

「……メルラン、リリカ……幽々子嬢もそんな目で見るのは止めてくれ……」

ルナサさんがそう言うので、妹さん達と幽々子さんの方に目をやると、見事なくらいに同じような目線をルナサさんに送っていた。
ああ、妹さん達も幽々子さんも、大方ルナサさんと妖夢さんの事を判ってるみたいですね。



……しかし、これはこれで面白そうですね。

どうやらルナサさんは、妖夢さんの思いに気付いていない様子。

そしてあれだけ慌てると言う事は……妖夢さんのルナサさんへの思いは相当なもの……。

来ました、来ましたよ久々のこのビビッ!! とした感じ!!



私は人と人の心を繋ぐ架け橋になりたい。

幻想郷に吹く新たな風になりたい。

もっともっと、色々な人と絆を結ぶために……。



「あ、ルナサさんルナサさん」

「……な、なにか……?」

もう馬鹿にするような眼はしてないはずなのに、何故か怯えられた。
笑顔の私ってそんなに怖いんでしょうか。

「妖夢さんはああ言ってましたけど、お手伝いに行ってみてはどうですか?
 ほら、なんだか凄く慌てていたみたいですし、誰か傍にいてあげないと危ないと思いませんか?」

口実のつもりでしたがわりとリアルな話ですね。お皿一枚くらい割ってもおかしくなさそうでしたから。

「そ、それはそうだけど……」

「ルナ姉、ほら、妖夢はそそっかしいから」

と、今まで黙っていたプリズムリバーの末妹、リリカさんがルナサさんの背中を押す。
物凄く黒い笑みを浮かべていますし、どうやら私の思惑を察知していただけたみたいですね。

「そうね~。何かあってからじゃ大変よ?」

メルランさんも続く。

「もしお皿でも割ったら、妖夢をクビにしちゃうかもしれないわ」

そしてトドメは幽々子さんだった。みなさん私の考えに気付いてくれたようです。

「あ、ああ……」

無論、幽々子さんも本気でそんな事を言っているわけではないでしょう。
しかし私達の『今すぐこの部屋から出て行け』的な雰囲気を感じ取ったのか、ルナサさんは渋々妖夢さんの後を追う。
そしてルナサさんが部屋を出た後、私は即部屋の襖を閉めた。

「さ、早苗? それにみんなも……さっきからどうしたの?」

この場で唯一状況が飲み込めていない小傘さん。そんな小傘さんも可愛いですね。
あどけないというか、子供っぽさ全開で……やっぱり子供は最高です。

「小傘さんはまだ知らなくてもいい事ですよ。そのうち私が夜のベッドの上で教えて差し上げますから」

そう言ったら首を傾げられた。うん、そのうち実践授業しますからそれまで待っていてください。
とにかく、今私がやるべき事は……。

妖夢さんとルナサさんを何としてでもくっつける事!

「あらあら、早苗ちゃん、楽しそうな事考えてるでしょ」

楽しそうに笑う幽々子さん。
『ちゃん』付けで呼ばれたのは凄く久々ですね。どうでもいいですが。

「ええ、とても楽しそうです。あの二人をどうやってくっつけようかと考えるのが」

「あははっ! やっといい起爆剤が見つかったよ」

「今までは身内だからって、ちょっと遠慮してたからね~」

これまた楽しそうに笑うリリカさんとメルランさん。
やっぱり、此処にいる全員に既に、妖夢さんの思いも私の思惑も、全て伝わっているようですね。

「だって、あの妖夢さんの慌てっぷりを見たら、こっちだって熱くなっちゃうじゃないですか」

「妖夢はルナ姉が大好きだからねぇ」

「姉さんも妖夢の事は気に行ってるわよ」

リリカさんとメルランさんからの新情報。
ああ見えて、ルナサさんも妖夢さんの事が好きなんですね。
つまるところ両想いと……だと言うのにお互いに思いが伝えられない、そんな状況ですか。尚の事面白そうです。

「メルランさん、リリカさん。ルナサさんと妖夢さんって、どんな関係なんですか?」

二人が乗り気な様子だったので、気軽にそう尋ねてみる。

「そうね~。白玉楼で宴会なんかやってると、姉さんと妖夢の二人でよく片付けをやってるわね」

「そうそう。その時の妖夢とか、始終顔真っ赤にしちゃってさー」

「まあ、姉さんも妖夢の傍にいたいから片付けを手伝ってるの、見え見えだけどね」

「普段は殆ど喋らないくせに、妖夢の前だけはやたら口数が多くなるしねー」

二人とも楽しそうですね。うん、なによりです。
この二人の姉をやっていると、きっとルナサさんもいろいろ苦労されている事でしょう。どう見てもS気質ですからねこの二人も。
苦労人同士で仲良くしている内に、お互いに好きになったという事ですか。

「最近じゃ妖夢にこっそりバイオリンの稽古をしてたりするんだよね」

「そうね~。本人は隠しているつもりらしいんだけどね」

そうなんですか。妖夢さんがバイオリンを演奏する姿が若干想像し辛いのですが。
まあ、それほど二人の仲が良いという事なのでしょう。

「仲良しなのに、二人とも奥手なのよね~」

幽々子さんのそんな一言。まさにその通りなんでしょうね。
きっと、お互いにお互いが秘めた思いを伝えたいと思っている事でしょう。
ですが妖夢さんはあの通りですし、ルナサさんもそう言う事を自分から話すようなタイプではなさそうです。

そう考えると、さっきのルナサさんの物憂げな表情の理由も納得いくというものです。
私はあの時、神奈子様と諏訪子様に対する思いを、澱みなくルナサさんに伝えた。
きっとルナサさんは、妖夢さんに思いを伝えられない自分に対して、歯がゆい気持ちになっていたんだと思います。
本当にルナサさんは天然記念物ですね。あれだけしっかりしてそうなのに……。

こう言うのが一番面倒で、そして一番くっ付け甲斐があるんですよ。

……それにしても、ちょっと意外な事が一つ。
幽々子さんが意外と乗り気なのですが、それってつまり妖夢さんとルナサさんの仲が完成されても構わないって事ですよね?
妖夢さんの主人である幽々子さんが、妖夢さんのためとは言え、少しでも自分から離れてしまうような事を……?
まあ、今はそれを気にしていても始まらないのですが……。

「つまり二人をくっ付けるには、何かしら思いを伝えるための切欠が必要だと言う事ですね」

「そうだね。今までは私達の一番上の姉だし、思い切った事は出来なかったけど……」

「部外者が何かしでかしてくれるというのなら、私達としては願ったりよ」

この姉妹、性格はよろしくなさそうですけど、空気は読めるみたいです。
それだけルナサさんが立派なお姉さんだと言う事なのでしょう。ルナサさんへの信頼があればこそ、でしょうから。
そうすると、この二人に関しても、ルナサさんと妖夢さんの事に積極的になるのがちょっと良く判りませんが……。
幽霊とか騒霊って、そう言う事にあまり興味がないのかな?

「そうですか。ではその願いにお応えしましょう。神奈子様が風の軍神だと言うのであれば、私は恋の神」

女子高生はコイバナが大好物なんですよ。あ、でも時期的にそろそろ大学受験だったっけ。

「という訳で、ルナサさんか妖夢さんの苦手なものを教えてもらえませんか?」

「苦手なもの?」

ええ、そうです。苦手なもの、あるいは大嫌いなものですよ。

「まあ、理由は後でお話ししますよ。とにかく何かありませんか? 蛇とかナメクジとか」

「うーん、ルナ姉はあれで結構パーフェクトだからねぇ」

「確かに……嫌いな食べ物はないし、虫とかも全然平気だし……。
 姉さんに苦手なものなんて、ないんじゃないかしら? 強いて言うなら私達?」

あ、自分達がそう言う妹であるという事は理解してるんですね。

しかしまあ、ルナサさんはそう言うタイプでしたか。なんとなく判る気はしますけど。
それじゃ困るんですよねぇ。ルナサさんと妖夢さんのような関係の人には、とても効果覿面な方法があるのですが……。

「あら、妖夢の苦手なものなら知ってるわよ?」

扇で口元を隠し、優雅に微笑む幽々子さん。
おおう、それは心強い。流石は妖夢さんの主人ですね。

さてさて、あのキャラ作り剣士の妖夢さんが苦手なものとは……?



「あの子、幽霊が凄く苦手なの」





 * * * * * *





「という訳で! 第3回幻想郷肝試し大会を開催したいと思います!!」

「何がどういう訳でそうなったんですか!? しかも第3回!? 1回と2回は!?」

「いえ、1回は夏に博麗神社で行ったと聞いたものですから……」

「……ああ、そう言えばそんな事もしましたね……って、それでも2回目は一体……」

場所と時間は変わり、此処は魔法の森とはまた違った森の中の、とある洋館の前。ついでに今は夜。真夜中。

幽々子さんから妖夢さんの苦手なものを聞いた私は、一瞬でルナサさんと妖夢さんをくっ付ける作戦を思いついた。
ちょっとベターではありますけど、要するにお化け屋敷に二人一緒にぶち込めばいいんですよ。
お化けに怖がってルナサさんに抱きつく妖夢さん。そんな妖夢さんを優しく宥めるルナサさん。
暗い場所で身体も心も急接近! これぞ恋愛の王道! 愛する者同士の恋人関係への近道!

幸い幻想郷は本物の幽霊も出てくる場所。外の世界とは違い、リアリティ溢れる演出も出来る事です。
さらにさらに、こっちにはメルランさんとリリカさんという騒霊、幽々子さんという冥界の主も味方に付いています。
いやはや、こんな完璧の布陣で失敗するはずがありませんね。それ失敗フラグだって? そんなものは私がぶち壊します。

ちなみに、メルランさんとリリカさん、幽々子さんと、計画を聞いて目を輝かせた小傘さんは現在、この洋館の中で待機中。もちろん二人を驚かす役目として。
小傘さんは話の内容には付いて来れていなかったようですが、妖夢さんを驚かす、という内容を聞いた瞬間から、凄く乗り気になっていましたね。
……やる気は一番ありそうでした。一番の不安要素でもありますが。

「ううっ……だけどまたこんな夜中に……」

始まる前から結構怯え気味の妖夢さん。どうやら幽霊が苦手というのは本当のようですね。
なんで幽霊なのに幽霊が苦手なんですか、と幽々子さんにツッコミを入れたら、どうやら妖夢さんは半分は人間だそうで。
幽霊と人間の間にどんなラブストーリーがあったんでしょうかね。凄く気になります。
尤も、妖夢さんは血筋的な半人半霊らしいので、一番最初のそのカップルがどんな人だったのかは知らないでしょうが。幽々子さんも知らないようでしたし。
まあ、今はどうでもいいですね。機会があれば調べてみたいです。

「あー、早苗さん」

「早苗でいいですよ」

「……早苗、私からも質問させてもらっていいかな?」

はい、なんでしょうかルナサさん。

「この洋館なんだけど、どういう意図でこの場所を?」

「リリカさんとメルランさんに、肝試しにちょうどいい場所はないですか? と聞いたら、まっ先にこの場所を挙げられたものですから」

「……なんとなく判ったが、私には自分の家で肝試しをやるような趣味はない」

ええ、まあ、そんな人はいないと思います。

この洋館、プリズムリバー三姉妹の自宅だそうです。
見た目はとても人が生活しているようには見えないのですが、プリズムリバー姉妹は騒霊ですからね。気にするのは止めておきました。

「ルナサさんには驚かされる側としてではなく、妖夢さんの引率をしていただきたいのです。
 そういう意味でもあなたの家を選んだそうですよ、あなたが一番自宅の事を知っているでしょうから」

「……まあ、幽々子嬢がそう言ったのなら仕方ないか……」

「あの時あれだけ嫌だって言ったのに……」

計画は私が立てましたが、一応この肝試しは幽々子さん発案という事になっています。
何故かって、私が主催しても、妖夢さんが参加してくれるはずがないでしょうから。
幽々子さんの命令とあらば、妖夢さんも従わざるを得ないでしょう。そしてルナサさんも、妖夢さんの引率という形なら断らないと思ったので。
此処までは、見事に私の計画通りに動いてくれてますね。

「ところで妖夢、さっきから震えているけど、ひょっとして寒いの?」

「えっ、い、いえ、そ、そんな、ことは……」

滅茶苦茶声が震えてますよ妖夢さん。
と言うかひょっとして、ルナサさんは妖夢さんが幽霊が苦手だってことを知らないんでしょうか?
妖夢さんが隠しているだけかもしれませんが。妖夢さんの反応を見る限り、そっちの可能性の方が高そうですね。

「ちょ、ちょっと幽々子様やリリカさん達が何を考えてるのかよく判らないのが怖くて……」

本音50%、建前50%ってところでしょうか。

「……そうね、確かに何を考えているのやら……」

信用ありませんね、幽々子さん達。判らなくもないですけど。

「だけど、大丈夫」

「みょんっ!?」

と、急に妖夢さんの手を取って、優しい笑顔を浮かべるルナサさん。それだけで妖夢さんの顔は真っ赤に。
うわぉ、あんな笑顔で急に手を取られたら、しかも辺りが暗くて怖がっている時にああされたら、どんな女の子でもイチコロですよ。

「幽々子嬢や妹達が何を考えてるかは判らない。肝試しに乗じて、何かをしでかすかもしれない。
 だけど、何が起ころうとも、私があなたを守る。だから、心配しないで」

ぼふんっ、と妖夢さんの頭から煙が上がったように見えた。
なんですかあの天然ジゴロは。楽団やるより夜の歌○伎町や新○の方が仕事に向いてるんじゃないでしょうか。
そう言えば長野県のそういう場所って何処だったんだろう。

「わ、わわわわわ私の方こそ、あ、ああああああなたを守って……」

ヤバいですね、あの動揺っぷりは。見ていて面白すぎです。
……ホント、女性を守るのは本来なら、剣士である妖夢さんの役目のはずなんだけどなぁ。
音楽家に守られる剣士って、どんな構図ですか。

「あー、二人とも、ルールの説明よろしいでしょうか?」

二人のピンク色空間(ルナサさんにはそんなつもりはないのでしょうが)をぶった切って話を進める私。
空気が読めてないのは承知ですが、このままだと話が進まないので。

「えっと、細かい説明は省略します。基本的には普通の肝試しですので。
 ルナサさんと妖夢さんには、この館の一番奥にある部屋にある“モノ”を取って来て貰う、と言う事です」

「玄関から一番遠い部屋は私の部屋だった気がするんだけど」

「存じません」

いや、知ってますけどね。一応軽い下見くらいはしています。

「まあ、そう言う事です。その間にいろいろな人たちが、妖夢さんを驚かしに来ると言うわけです」

「みょん……」

自分のこれからを想像したのか、深く沈みこむ妖夢さん。
本心は今すぐ帰りたいんでしょうね。しかし、幽々子さんの命令とあっては断れない従者の悲しみ。
……うん、妖夢さんとは友達になれそうですね。こんな状況でなければ、主への愚痴を肴にお酒でも呑みたいところです。

まあ、今はあなたとルナサさんをくっ付ける方が大事ですから。

「私は此処で帰りを待っていますので、奥の部屋の“モノ”を取って来たら戻ってきてください」

「……さっきから気になってるんだけど、その“モノ”ってなんなの?」

「それはお楽しみで♪」

「……いいけどね」

「ほら、早く行って来てくださいよ。みんな待ってますから」

「わっ、ちょ、お、押さないでください!」

ルナサさんと妖夢さんの背中を押して、早く館に入るように促す。
早くしないと幽々子さん達も退屈でしょうからね。それに、私だってこうして喋るだけで終わる気はさらさらありません。
妖夢さんとルナサさんのためであるとは言え、タダ働きはしたくないのでね。

「それでは、どうぞお楽しみくださいませ~」

玄関先まで二人を押して、後は手を振る作業。
どんな桃色空間と素敵な悲鳴を聞かせてくれるのか、楽しみにしていますよ、妖夢さん。

「……まあ、いろいろ考えても仕方ない、か……。妖夢、大丈夫?」

「だ、だだだだだだ大丈夫ですよよよ」

「……本当に大丈夫かな……」

……なんだか私も少しだけ不安になってきましたね。始まる前から動揺の仕方が凄いです。
幽々子さん達がどう妖夢さんを驚かすかは個々のアドリブ任せですからね。
まさか本気で殺しに行くような物理的な恐怖は与えないでしょうが、はたして妖夢さんが最後までもつ事やら……。
ルナサさんの隣にいるというプレッシャーもあるでしょうし……まあ、無事に行く事を祈ります。

いざとなれば、こっそり後を付けていく気満々の私が何とか致しましょう!





 * * * * * *





ぎいいぃぃぃぃ……と重苦しい音を立てて開く、お化け屋敷もといルナサさんの家。
ううっ……ルナサさんの家に来るのは初めてだけど、なんでこんなに怖いんだろう……。
出来れば普通に遊びに来るとか、そんなシチュエーションで来たかった……。

「暗いな……さて、何を仕掛けている事やら」

私とは逆に、どことなく楽しそうな表情を浮かべるルナサさん。
ルナサさんって、怖いものなさそうだしなぁ……お化け屋敷とかは、寧ろ好きなのかもしれない。
しかもあなたの家ですからね。気持ちも幾分か楽な事でしょう。
……私はこれから起こる事への恐怖感と、ルナサさんがすぐ傍にいるという緊張とで、既に心臓が爆発しそうなんですけど……。

「それじゃあ、行こう……って、妖夢?」

既に2、3歩前へと進んでいるルナサさん。
ううっ、怖い……幽々子様やリリカさん、メルランさん……この中にいるのは全員顔見知りのはずなのに……。
で、でも、ルナサさんの前でそんな姿を見せたくないし……。

「だ、大丈夫です」

足が震えるのを必死に堪え、足を動かす。
そうだ、ルナサさんは私が守らなきゃいけないんだ。
幽々子様やリリカさん達の魔の手から、この魂魄妖夢が、ルナサさんを……。



ガタッ……



「みょんっ!?」

な、なななななななななんですか今の音は!?
こ、こんな入ってすぐに何を仕掛けたんですか!? それとも本当に何か出た!?

「……大丈夫、風で窓が揺れただけ」

ぽん、とルナサさんの温かな掌が、私の頭をそっと撫でる。
ああ……本当に、温かいな……騒霊は幽霊じゃないから、温かくても不思議ではないんですが……。
ルナサさんの温かさは、時々見せる幽々子様の温かさとはまた違った、特別な心地よさがある。
心の許せる、優しいお姉さんのような……。

「……妖夢?」

ルナサさんのその声で、ハッと我に返る。
あれ、そう言えばなんでルナサさんは、私に触れられるくらい近くに……?

そこで漸く、私は自分がルナサさんの身体に思いっきりしがみ付いている事に気付いた。

「……………」

暫しの間、沈黙。
……ああ、温かい。ルナサさん温かい。このまま暫く抱きしめていたい。

……うん、違うよね確実に。熱い。物凄く熱い。主に顔が……。

「+L*;&@¥+<>:」p#@p,.*+P<~!!!!」

言葉にならない悲鳴を上げて、ルナサさんから飛び退く私。
ルナサさんの温かさをもうちょっと感じていたかったけれど、それ以上に、とんでもなく恥ずかしくて……。

「ご、ごごごごごごごごごめんなさい!!!! わ、私ってばなんて事を!!!!」

今までの恐怖心もこの時だけは忘れて、ひたすらに頭を下げ続ける。
もう全てが恥ずかしい。ううっ……無意識にルナサさんに抱きついてしまったり、どころかたかが風の音にあんなに驚いて……。



「妖夢、ひょっとして……怖いのとか苦手?」



ぎっくううううぅぅぅぅぅぅ!!!!

「な、ななななななななな……」

額をだらだらと、冷たい汗が流れていく。

「そ……そ、そんな事は……そんな……」

口では否定すれど、もう気付かれてるよね絶対……。
ううっ……見せたくなかった……ルナサさんにこんな姿……。
ルナサさんの前では……少しでも、剣士としての私でいたかったのに……。

「妖夢」

……だけど、ルナサさんのその優しい声が、私の沈んだ心を優しく光で照らしてくれたような気がして……。

「大丈夫……」

えっ……?

次の瞬間、私の全身を包み込むルナサさんのぬくもり。
私をそっと抱き締めてくれるルナサさんの体温が、全身に伝わっていく。

「そんな事、気にする事はない。どんな人にだって、苦手なものくらいある。
 ただあなたは、それが幽霊とかそう言う類なだけの事」

ルナサさんの温かさが、声が、バイオリンの静かな音が、私の心に染み込んでいった。

「私が傍にいる。あなたは一人じゃない。だから……大丈夫」

大丈夫、のその一言が、なんだかとても心強い。
ああもう、こう言わなきゃいけないのは私の方なのに……。

でも、少しだけ心が落ち着いた気がする。
ルナサさんは『一人じゃない』と言ってくれた。
こんな臆病な私の事を、ルナサさんは認めてくれた。
あんな事をしてしまえば、変な子だと思われると思ったけど……やっぱり、ルナサさんは優しいな。

「あ、ありがとうございます……」

ルナサさんが抱きしめてくれるのが、凄く嬉しい。気絶しそうなくらいに恥ずかしいけれど、ね。
さっきはすぐに離れてしまったけど、今はこの温かさに、少しだけ身を任せておこう。

普段は絶対に感じられない、この直接的なぬくもりを……。



「……落ち着いた?」

少ししてから、そっとルナサさんは私を抱いていた手を放す。

「はい、ありがとうございました」

ちょっと名残惜しいけれど、もう充分だ。
ルナサさんが傍にいてくれれば、幽々子様やリリカさん達が何をしようと、怖くない。
私が守るんだ。私の大事な、そして……大好きな、ルナサさんを……。

でも、ルナサさんがあんな事をしてくるなんて、ちょっと意外だったな……。



「あらぁ~……妖夢ぅ~……楽しそうねぇ~……」



……そして突然、地獄の底から響くかのような重苦しい声ががががが。

「みょんっ!?」

「……っ!!」

私の肩が跳ねた。さっきから平気そうな顔をしているルナサさんも、少しだけ驚いた様子。
何時も聞いているはずの声なのに、この暗さと物凄く重い響きになっているだけで、こんなにも恐ろしく感じるとは……!!

声の方へと恐る恐る目を向けると、そこに見えたものは……。

……幾つもの、青白い火の玉が……。

「ひぎぃっ!! 火、火の玉!?」

「妖夢、落ち着いて」

「そうそう、ルナサちゃんの言う通りよ~」

その火の玉達を従える、我が主である幽々子様。
あうぅ……幽々子様だって判っていたのに、凄く怖かった……。

「幽々子嬢、あなたが一番最初とは……」

それは確かに。
幽々子様の事だから、私としては絶対にラスボス的ポジションで来ると思ってたのに。

「だって、私じゃあんまり妖夢が驚いてくれなさそうなんだもの。顔見知りって嫌だわぁ」

いや、メルランさんとリリカさんも顔見知りですけど。

「だから、てっとり早く驚いてもらうために、妖夢の服をファイヤーしちゃおうって思ったの♪」

「そんな物理的な恐怖を与えてもらっても困るんですけど!?」

幽々子様のあまりの爆弾発言に、思わず声を荒げてツッコミを入れてしまった。

そんな事のために火の玉従えて来たんですか!?
と言うか私の服をファイヤーってどういう事ですか!? 燃やす気満々!? この話をR-18指定にするつもりですか!?

「幽々子嬢、流石にそれは……」

「やぁねぇ、冗談に決まってるじゃない」

……本当ですよね?

「私の能力は『死を操る程度の能力』。最高の恐怖をあなたたちにプレゼントするわ」

いやいや、そんなの要りませんから!!

「れっつ、あんでっど☆わーるど」

無駄に可愛い声で、少女みたいな決めポーズを取る幽々子様。お願いですから歳を考えてください。
全くなんなんですか。幽々子様がそんなんだから、冥界が観光名所みたいなところになって、生と死の境界が滅茶苦茶になるんですよ。
ただでさえ紫様が仕事をしないんですから。藍さんと私の悩みのタネを増やさないでください。

……まあ、そんな私の思いは、2秒後にどこかへ吹き飛んでしまうのだけれど……。



ぼこっ



「えっ?」

今、足元から変な音が聞こえた気が……。



ぼこっ



ぼこっ



「……えっ?」

えっと、うん、暗くてよく見えないんだけど……。

……なんか、床から手が生えてるような気がするんですけど。

……あはははは、ないない、そんな事ないない。気のせい気のせい……。



ぼこっぼこっぼこっ



……あれ、なんか床からいっぱい人が出て……来て……。

「……いっ……」










「いやああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!」










次の瞬間、私は全力でその場から逃げだしていた。

「ぞ、ぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞ!!!!!」

「あらあら妖夢、言葉になってないわよぉ」

全力ダッシュの私の横を、無駄に上品な笑顔で付いてくる幽々子様。

「な、なんだってゾンビがいきなり襲ってくるんですかぁ!!」

「私は死霊も幽霊もなんだって操れるのよ? 今回は洋風テイストにしてみたわ♪」

ウザい!! 今日ほど幽々子様のこの笑顔がウザいと思ったのは初めてです!!
ひぎぃ!! なんか追ってきてますよあのゾンビの大群!! しかも結構速い!!
嫌ですよこんなリアルバイオハザードな世界!! 悪夢なら早く覚めて!!

「ゾンビって結構速く動けるのね」

「ルナサさんもそんな冷静に観察しないでください!!」

ゾンビの大群がなんのその、といった表情のルナサさんが逆に怖い。なんでそんな冷静でいられるんですか!!

「幽々子嬢、後であの部分の床板は弁償してもらえるのかな?」

「ええ、大丈夫よ」

「だから!! ゾンビに追われながらそんな和やかな会話をするのは止めてくださいいいぃぃぃぃぃぃ!!!!」

ああ!! ツッコミを入れる余裕もないのに身体が勝手にツッコミを入れてしまう!!
うわあああぁぁぁぁぁん!! なんだって一番最初っからこんなに難易度高いんですか!! いきなりゾンビだなんて聞いてませんよ!!
しかもなんで私はこんな状況で正気を保ってるんですか!! さっさと気絶したい!! いっそ殺してくださいいいいぃぃぃぃぃぃ!!

「それにしても、ゾンビなんて幻想郷に来てからは初めて見たな」

「そうね~、私も初めてだけど、みんな言う事を聞いてくれて嬉しいわぁ~」

「だからあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

ツッコミを入れつつも、とにかく私は逃げた。捕まったら死ぬくらいの思いで、全力で逃げた。

結局その後5分間ほど、私達はゾンビの大群に追いかけ回される事になった。
……まあ、怖かったのは私だけなんでしょーがね……。





 * * * * * *





「はー……はー……」

「……大丈夫?」

大丈夫じゃないですよぅ……。

必死に逃げ回り、何とかゾンビの大群を振り切った今日この頃。
プリズムリバー家二階に逃げ延びた私は、喉が潰れそうな程の疲労に苦しめられていた。

「それにしても、私の家はあんな長時間逃げられるほど広くはなかったはずだけど……」

「ああ、それは紅魔館のメイドにお願いしたのよ。早苗ちゃんとは友達だったみたいだから」

咲夜さん……あなたまで余計な事を……。
とゆーかまさか、咲夜さんまでこの館のどこかに潜んでるんじゃ……。

「まあ、私は楽しかったからこの辺で終わりにしてあげるわ♪」

それはそれは、大変満足そうな笑みを浮かべる幽々子様。
なんかもう、殴ってやりたいという感情すら湧かなかった。どうでもいいですよ何時もの事ですから……。

「私はゾンビちゃん達を元に戻してくるから。後は二人でお楽しみ~♪」

ひらひらと手を振って、幽々子様は階段下に降りて行く。夜の闇のせいで、幽々子様の姿はすぐに見えなくなった。
ホントにもう……能天気な人なんだから。人の気も知らないで。

「幽々子嬢は相変わらずね」

そうですね……。同意の意味も込めて、溜息を吐いた。

「と、とにかく……」

だいぶ疲れも取れてきたので、とりあえず私は体勢を立て直す。

「もうこうなったら最後までやってやりますよ。一緒に頑張りましょう、ルナサさん」

今の幽々子様の一件で、何か色々と吹っ切れた。
もう矢でも鉄砲でもなんでも、来るなら来い。今のゾンビより怖いものなんてあってたまるか。
最初のハードルが高すぎたおかげで、今より怖いものなんてないと思うと、凄く気が楽になった。
……あ、でも、ホントに今以上に怖いのは止めてくださいね?

「……うん、いい顔ね」

ルナサさんが優しい笑顔を向けてくれる。どきっ、と胸が強く脈打った……。

「それじゃあ」

みょん……?

「えっ!? ちょ、ルナサさん!?」

ルナサさんは私の手を掴み、暗い廊下を歩き始めて……。
る、ルナサさんが私の手を握って……こ、これじゃまるで……!!

「妖夢? 顔が赤いようだけど……」

だけど、当のルナサさんはそんな事は全然意識していない様子。
その、何も気付いていなさそうな表情が……。

……凄く、私の胸を刺す。

……ルナサさんは基本的にクールな人だし、こう言う事にはあんまり興味もなさそうだしな……。
私の気持ちに気付かないのも、無理はない。
寧ろ私は、そんなルナサさんだからこそ……安心して、憧れられたんだ。

でも、やっぱり少しだけ寂しい。
ルナサさんに、少しでも私の気持ちが、伝わって欲しい。
だけど、その事を言えない自分が情けない。……だって、女性に対して、こんな感情を抱いて……。
そりゃあ、ルナサさんはしっかり者でクールで頼りがいもある、なんとなく男性っぽくも思える性格だけど……。

それでも、やっぱり変ですよね。私がルナサさんを……。



……ルナサさんを、こんなにも……。



「……妖夢?」

ハッと、意識が現実に戻ってくる。
ああもう、何をボケっとしてるんだろう私は。せっかく少しやる気も出てきて、ルナサさんも笑ってくれたのに。
こんな事で沈んでるようじゃ、ルナサさんを困らせるだけだ。
今はとにかく、早くこの肝試しをクリアしないと。いろいろ考えるのはそれからだって出来る。

「ごめんなさい、何でもないですよ」

「……ならいいけど……」

それだけ言って、ルナサさんは私に背を向ける。
私の手は握っていてくれたままなのだけど、なんだかさっきまでの恥ずかしさは、余計な事を考えてしまったせいで全然感じなかった。

ああ、もう、しっかりしないと……。
此処までで既に、散々ルナサさんには駄目な私を見せつけてしまったんだ。
これ以上は、せめて……。





「ああ……足りない……足りないよぅ……」





……そして、私の足が固まる。
あれー、なんだろう今の声。いや、気のせいですよねー。
なんだかすすり泣くような声も聞こえる気がするんですけど、うん、気のせい気のせい。

「今の声は……?」

「大丈夫ですよルナサさん。幻聴ですから」

「いや、今の声はメルラン……?」

「足りない……足りない……あと一つ足りないよぉ……」

さっきよりもハッキリ、そんな声が聞こえてくる。
言われてみると、確かにメルランさんの声だ。随分低いトーンで喋っているけれど、何時もの明るさがどこかに混じっている気がする。
な、なんだ。だったらあんまり怖くもないや。メルランさんは陽の音を操る騒霊なんだから、驚かすのとかは苦手そうだし……。

「……気を付けて」

「だ、大丈夫ですよ、メルランさんなら……」

「……妖夢、ひょっとしたら誤解してるかもしれないけど……」

なんだか、何時になく真剣な目つきをするルナサさん。
ああ、凄くカッコいいです。女性らしからぬその凛々しい表情。本当にルナサさんは……。



「私達姉妹の中で一番魔力が強いのは、メルランだから」



……えっ?

「ねぇ……妖夢ぅ……」

次の瞬間、背筋を物凄い悪寒が走る。
それと同時に、私の肩の後ろから、突然メルランさんの顔が……。

「ひぎゃあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

あまりに突然の事に、さっきゾンビに襲われた時並の速度で飛び退いた。

「妖夢ぅ……足りないのよぉ……」

「な、何が足りないんですか!! と言うか見た目が凄く怖いですよ!?」

メルランさんの見た目は、白い着物姿で左目が腫れ上がっていて(まあメイクでしょうけど)、三角巾を頭に巻いて……。
典型的なお岩さんですね。だけどお皿を数えるのってお岩さんだっけ……?

というか幽々子様が洋風テイストなのにメルランさんは和風テイストって……。なんで逆なんですか。
幽々子様が和風でメルランさんが洋風でしょうが普通に考えて。

「メルラン、似合ってるよ」

「全然嬉しくないわぁ~……」

うん、確かに。

「それより妖夢ぅ……足りないのよぉ……」

「だから何が足りないんですか!! ……って?」

よく見ると、メルランさんはお腹に何かを抱えていた。
暗くてよく見えないけど……お姫様抱っこみたいな手付きだし、小さい子供のような……。
少なくともお皿じゃないよね。そう言えば、確かに『一枚』じゃなくて『一つ』って言ってた気が……。

「私のお人形さん……腕が一本なくなっちゃったのよ……」

人形? ああ、あの抱えてるのは人形か。
よくよく眼を凝らして見れば、綺麗な衣装を纏った人形が、メルランさんに抱えられている。
だけど、腕が一本足りないって……?

「だからさ、妖夢ぅ……」

メルランさんが、人形を右手に持ち帰る。その時、その人形の右手が本当に無くなっているのが見えた。



「あなたの右手、ちょうだい♪」



そして、左手にはきらりと青白く光る包丁が……。










「に゛ゃあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」










そしてまた全力ダッシュ。

殺人鬼!? ゾンビの次は殺人鬼ですか!?
た、戦えば勝てそうな気がしなくもないけど身体が反射的に!!
て言うかあれお化けでも何でもないでしょ!! お化け屋敷じゃなくてただの猟奇殺人の館ですよ!!

「和服なのにフランス人形とは……」

「だからルナサさんはそんなに冷静に分析するのは止めてください!!」

雰囲気も何もないんですから!!

「逃がさないわよ~」

どがっ!! どがっ!!

と、館の壁に包丁が刺さる音が廊下に響く。
逃げながら後ろを見てみると、メルランさんの周りには沢山の包丁がファン○ルの如く浮いていた。

あー、よく見たらあの包丁は、本物じゃなくて疑似的な弾幕のようなものですね。
あははは、弾幕なのに壁を貫通しそうなくらいに深々と刺さったり、これだけ暗いのに光り輝きそうなくらいに鋭かったり……。

……うん、あれ刺さったら無事じゃ済まないよね。たぶん普通の包丁で刺される方が痛くないと思う。

ああ、ルナサさんの言ってた『メルランさんは姉妹の中で一番魔力が強い』の意味が判りましたよ……。
あれだけの魔力の籠った、高威力の包丁弾幕を見れば、ね……。

「あとメルラン、確かお岩さんは包丁は使わないぞ。もう色々とごちゃごちゃじゃない」

「勉強する時間が足りなかったのよ~」

「ああ!! ルナサさんのその落ち着きっぷりが嫉ましい!! 殺人鬼を前にしても平気な顔してますよこの人!!」

そりゃ貴女とメルランさんは姉妹ですからね!! 落ち着けるのも判りますけどさ!!
殺人鬼に命を狙われる人間の身にもなって下さい!! あ、私は半人半霊か。……どうでもいいですそんな事!!

「ほらほら、早く逃げないと本当に刺さっちゃうわよ~♪」

「なんであの人あんなに陽気なんですか!? 殺戮を楽しんでますよねあの人!!」

「メルランにとってはいつもの事」

「それはそうですけど!! 確かにメルランさん以上に何時でもハッピーな人は知りませんけど!!」

もうなんだか突っ込み入れるのもめんどくさくなってきましたね。

「ほら、そんなツッコミばかり入れてて大丈夫かしら~?」

えっ?

「きゃっ……!!」

どがっ!! と私の足元に突き刺さる包丁。
その包丁に足を取られ、私は顔からプリズムリバー家の床にダイビング。

「妖夢!!」

ルナサさんの声が耳に届くと同時に、私の顔……特に鼻のてっぺんに激痛が走った。

「いったたた……」

ううっ……鼻が痛い……。鼻血とか出てないかな……。



「妖夢、つ~かま~えた~♪」



ガシッ、と私の足を掴むメルランさん。
……私と同じように床に伏せながら、とてもとても邪悪な笑みを私へと向ける。
右手に構えた包丁とその表情とが相俟って……。



「い、いやああぁぁぁぁぁ!!!!」



私の恐怖は最高潮へ……。

「大丈夫よ~……腕一本だけだから~……」

メルランさんの声が、全然何時もと違って聞こえる。
何時もは喧しいくらいに明るい声が、まるで地獄の底から響いてくるかのような暗いものに感じる。



怖い、怖い怖い怖い怖い怖い怖い



「やだ、やだぁ……!!」

視界が滲む。
今目の前にいるのが、メルランさんに見えない。見えてくれない。
身体が震える。力が全然入らない。目を逸らしたいくらい怖いのに、メルランさんから目を離せない。

逃げられない。逃げられない……。

「痛いのはちょっとだけだから……大丈夫よぉ……!!」

メルランさんが、私の右腕目掛けて包丁を振り上げる。
このままだと、本当にあの包丁は私の右腕を切り落としてしまう、そう感じられずにはいられなかった。



やだ、やだやだやだやだやだ!! そんなの嫌だ!!



誰か……誰か助けて……!!





「メルランッ!!!!!!」





……そんな怒声が廊下に響き、そして訪れる暫しの静寂。
包丁を振り上げたメルランさんは、その姿勢のままで固まる。
私の目線は、メルランさんの首元に添えられた“何か”に釘付けになる。

これって……バイオリンの弓……?

「ね、姉さん……?」

メルランさんのその声に反応して、私はその弓の持ち主へと目を向け……。

……そしてまた、私は得体の知れない恐怖を感じた……。

「ル、ルナサ……さん……?」

信じられなかった。
何時も物静かで、感情をあまり表に出さないルナサさんが。
性格は穏やかで、年上のお姉さんと言うイメージしか持てないルナサさんが。

何時も何時も、優しい顔をしているルナサさんが……。



……こんな、露骨に怒りを露にした表情を見せるなんて……。



「……メルラン、悪ふざけが過ぎる」

その声も、なんだかいつものルナサさんとは違う。
確かにルナサさんの声は元々少し低めだけれど、それにしたって……。

「……………」

私も、そしてメルランさんも、声が出なかった。たぶんメルランさんも、私と同じ事を考えているんだろう。
数十年ほどの付き合いしかない私ですらこんなに驚いているんだ。
数百年とルナサさんの傍にいるメルランさんは、私なんかよりもずっとずっと驚いていると思う。
だけど、なんでルナサさんは、こんなに……。

「……くすっ」

みょんっ?



「あはは、あっははははははははは!!」



と、急に何時もの明るい声で、何時もの明るい笑顔で笑い始めるメルランさん。
あの、さっきから色々急展開すぎて、そろそろ頭が追い付かなくなってきたんですけど。

「姉さんも妖夢も、そこまで本気になってくれるなんて嬉しいわね~。
 即興で考えた驚かし方だったけど、これだけいい物を見せてくれたんだから、満足したわ」

そんな事を言いながら笑うメルランさんは、全くもって何時ものそれだった。

「……まったく、あなたは何時もやり過ぎよ」

「あら、こんなのリリカに比べればまだマシじゃない」

ルナサさんも先ほどのような、本気でメルランさんを殺してしまいそうなほどの目付きはもうしていなかった。ホッと胸を撫で下ろす。

「とにかく、私はもう妖夢の悲鳴を聞けて満足したから……」

どういう意味ですかメルランさん。

「あ~、なんだか疲れちゃった。私は部屋で休むことにするわ~。
 あ、3階はこの奥から行けるから、後はお二人でごゆっくり~」

ひらひらと手を振って、メルランさんは陽気な笑顔で陽気な鼻歌を鳴らしながら、近くの部屋へと入っていってしまった。
あそこがメルランさんの部屋なのかな……。

「……まったくメルランは……。妖夢、立てる?」

「えっ、あ、はい……」

ルナサさんが手を差し伸べてくれたので、私は未だに少し震える足に、何とか力を入れて立ち上がる。
う~ん、なんだかあっという間の幕引きで、色々と釈然としないなぁ……。
短い間にいろいろありすぎて、もうなにがなんだか判らない。

なんで、さっきルナサさんはあんな顔を……。

確かに、メルランさんはやり過ぎだったのかもしれない。
ルナサさんが止めてくれなかったら、本当に私の腕を切り裂いていたかもしれない……それくらい迫力があったけど……。
メルランさんだって、これがあくまで遊びである事は判っているはず。
真に迫ってはいたけれど、全部演技だったはず。ルナサさんだって、そんな事は判っているでしょう……?

なのになんで、自分の妹に対してあんな露骨な敵意を……?

……駄目だ、全然判らない。
全然思考が追い付かないから、私はそこで一旦、考えるのを止めた。
判らない事をああこう考えるのは、私の悪い癖だ。今はとにかく、この肝試しをクリアする事を考えよう。
ルナサさんや、そもそもこんな事を計画した幽々子様から話を聞く事は、後だって出来る。

まあ少なくとも、ゾンビと殺人鬼の最高の恐怖は受けたんだ。

この先にいるであろうリリカさんが何をしてこようとも、なんだかもうどうにでもなる気がした……。





 * * * * * *





「……っ……はぁ……」

扉を閉めると同時に、私はその場にへたり込んだ。
此処は私の部屋。私がこの肝試しで2階のお化けを担当していたのは、単に自分の部屋が傍にあるから。
疲れたらすぐに休めると思ったからだけど……どうやら、それが功を奏したらしい。

「……ううっ……」

まだ、ちょっと全身が震えてる。腰が抜けたって言うのは、今のような状態を言うんでしょうね。

……さっきの姉さんのあの眼光が、目に焼き付いて離れない。

あれは、本気の目だった。
普段だったら滅多に、いや絶対に見せない、姉さんの“妖怪”としての、人外の存在である時のみ見せる、殺意に満ちた目。
あんな目、たぶん私は初めて向けられた。リリカもまだ、あの姉さんは見た事ないと思う。
つまりそれだけ……。

……私は、姉さんを本気で怒らせたんだな……。
ああ、それほどまでに……。

「……あははっ。ホント、姉さんは……」



妖夢の事が、好きなんだな……。



お遊びの肝試しだとは言え、いくら私が名演技だったとは言え、妖夢の危機に我を忘れるほどに……。

「……ちょっと、悔しいな……」

私らしくもなく、落ち込んでしまう。ああもう、全然ハッピーな気持ちになれないわ。
私の方が、リリカの方が、ずっとずっと長く姉さんの近くにいたはずなのに……。

姉さんの心は、私達よりも妖夢の傍にあるんだな……。

「……でも、これでいいのかもね……」

少しだけ、笑って見せた。誰に見せるわけでもないけど、自分で自分に笑って見せた。

そもそも、なんで私とリリカが、そして幽々子様が、姉さんと妖夢の仲を応援したのか。
それは私達の間に、一つの共通意識があったから。
姉さんの事は、私もリリカも大好きだけど……幽々子様も、妖夢の事が大好きだけど……。
それ以上に、私達には二人の仲を優先する、ある理由があった。

そして、私個人としても、それなりに理由があっての事。
私の音は陽。みんなに笑っていてもらう事が、みんなにハッピーになってもらう事が、騒霊としての私の存在意義。
だから私は、二人でいる時に幸せそうな顔を浮かべる姉さんと妖夢に、もっともっと幸せになって欲しかった。
……何時も何時も、姉さんに笑顔を向けてもらえる妖夢に、ちょっとだけ嫉妬してるけどね……。

「……リリカ、後は任せるわよ……」

姉さんがあそこまで本気になったのは想定外だったけど、それ以外は概ね上手くいっている。
後は、最後の3階でいろいろ仕掛けているリリカと、そしてあの唐傘お化けの子に全部任せよう。

私達の願いを……。





 * * * * * *





ああ、やっと3階か。確か早苗さんは『3階の一番奥の部屋』がゴールだって言ってましたよね。
つまり、この階の一番奥まで行ければ、この肝試しも終わりかぁ。

とは言っても、まだ油断は出来ないんですよね。
まだリリカさんが残っているはずですから。

「リリカさん……何を仕掛けてくるんでしょうか……」

「リリカの考えてる事だけは判らないから……何とも言えない」

プリズムリバー姉妹の長女ですら判らないと来たもんだ。

「ただ、リリカは基本的に目立って行動はしないから……そんな露骨な事はしてこないと思うけど……」

……露骨な事をしてこないって、逆に怖いんですが……。
まあ、判る気はします。リリカさんは自分ではなく他の物を利用して、影で暗躍するような人です。
狡猾、という言葉があの人ほど当て嵌まる人もいませんね。あっ、永遠亭にいたか。

そもそも、そんなリリカさんがこの肝試しに参加している事自体が謎なんですけどね……。
本当に、何を企んでいるのかが判りません。

「リリカさんなら、お化け屋敷という設定を無視して、いろいろ罠を仕掛けているかもしれませんし……」

「否定出来ない……」

ルナサさんも、リリカさんは苦手なんですね……。



……ゃ……。



「……うんっ?」

「どうしたの、妖夢?」

「いや、今何か聞こえた気が……」



……ぅ……ゃ……。



「……確かに」

「リリカさんでしょうか……」

「いや、リリカじゃない……」

怪訝な表情を浮かべるルナサさん。
リリカさんの声じゃない? でも、あと残っていそうなのはリリカさんしか……。

今一度、耳を澄ませてよく声を聞いてみる。



「……うらめしやぁ……」



……あれ、この声は……。

「早苗さんと一緒にいた、あの唐傘お化け?」

「そうみたいね」

あの妖怪とはろくに会話をしていないけれど、流石に昼に聞いた人の声くらいは覚えている。
なんと言うか、全然怖くない子供のような妖怪だった。
一応他にも何人か唐傘お化けと言うのは見た事あるけれど、あの子ほど恐怖を感じなかったのも初めてだったと思う。

「なんと言うか、拍子抜けしましたね」

「……油断しないで。つまりあの子は、リリカと一緒に驚かしに来るはずだから」

ルナサさんにそう言われて、ハッとする。
そうか、リリカさんの本質は、裏で暗躍する参謀タイプ。
唐傘お化けに驚かす役をやらせ、それを利用して2倍3倍の影響を及ぼすようにするのがリリカさんだ。
確かにそう考えると、油断出来ない。リリカさんなら、何を仕掛けてきてもおかしくない。

「うらめしやぁ……」

今のところは『うらめしや』の声しか聞こえてこない。
唐傘お化けの……多々良小傘って言ってたっけ? 小傘さんの姿も、リリカさんの姿も見えない。
だけど、それが逆に不気味で……。

いったい、何を仕掛けてくる気で……。



―― ……イタイヨ……。



「……えっ?」



―― ……イタイ、イタイ……。



―― ……ナンデ、斬ルノ……。



―― ……イタイ、痛イヨゥ……。



ぞくっ! っと……背筋を走る強烈な悪寒。
なに、何なのこの声は……!!

「よ、妖夢? どうしたの?」

ルナサさんの声が、何処か遠い。

なんで、ルナサさんは平気なんですか?
こんな、酷く恨みの籠った声を聞いて、どうして……。



―― 呪ッテヤル……。



―― 斬ラレタ痛ミ……忘レナイゾ……。



ま、まさか……この声って……。

私が今まで斬った、幽霊の声……?

そんな、そんな事があるわけが……!!



―― 恨メシイ……!!



―― 恨メシイ……恨メシイ!!



止めて……もう止めて……!!

嫌だ、こんな声、聴きたくない……!!

誰か……この声を止めて……!!










「うらめしやあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」










……そして、急に後ろから聞こえた大声に、私の意識は跡形もなく吹き飛ばされた……。





 * * * * * *





おーおー、こっちの耳までどうにかなっちゃいそうになったよ。凄い大声だったね。

「よ、妖夢!? 妖夢!!」

完全に白目を向いてる妖夢。頭を抱えながらも妖夢に呼びかけ続けるルナ姉。
大方予想通りの展開だ。怖がりの妖夢なら、あの状況で後ろの小傘の気配には気付かないだろうし、突然の大声に意識を持っていかれる、と。
……まあ、妖夢が驚きすぎて、そのエネルギーというかなんというか……まあ、そんなものを小傘が受け取れ切れずにぶっ倒れたのは予想外かな。
ものすごーく幸せそうな顔して倒れてるから、まあいいと思うけど。

「ルナ姉、大変だねぇ。手を貸そうか?」

さて、此処からが私の出番だ。

「リリカ! 妖夢に何を……!!」

いきなり手厳しいなぁ。気絶させたのは小傘でしょうに。
まあ、そんな事じゃないか。ルナ姉はとっくに気付いてるだろうしね。

私が仕掛けた、この“音”に……。

「何の事?」

「とぼけるな! さっきからのこの音は、あなたの幻想の音!!」

ほらね、やっぱりとっくにばれてたみたいだ。
まあ、ルナ姉には“幻想の音”にしか……普通の音楽にしか、聞こえないと思うけどね。
私と同じ騒霊なんだし、それにルナ姉にとっては、この音は幻想でもなんでもないから。

私の音は、幻想の音。この世から消え去ってしまった音。
ルナ姉の鬱の音より、メル姉の陽の音よりも、ずっとずっと応用が利く便利な音なんだよね。

今回私が妖夢に聞かせたのは、とある幻想。そう、“死者の声”。
死した者の声もまた、この世からなくなってしまった幻想の音だ。
勿論、普通の音の数倍も扱いは難しいけどね。降霊術みたいなものだと思ってくれればいいかな。

とにかく、今回は妖夢が幽霊を斬れる事を思い出して、まあそれっぽい言葉を演奏した。
妖夢が幽霊を斬れるっていうのは、白楼剣が迷いを断ち切る刀だからで、別に痛みも何にもないだろうから、恨みなんてないと思うけどね。
まあ、演出なんてそんなもの。妖夢をその気にさえさせてしまえば、こっちのものなんだから。
そういう意味でも、お化け屋敷の最後というポジションは最高だよね。今まで散々怖いものを見てきてるはずだし。

「なんだよぅ、お化け屋敷なんだし、それっぽい音楽を流してるだけじゃんか」

此処は、あえてとぼけてみようかな。
ルナ姉には、もっともっと怒り狂ってもらわないといけないしね。

「嘘をつくな!! この音以外、妖夢が苦しんでた理由が考えられるか!!」

「根拠もないのに、酷い言われようだね私も」

「リリカ!!」

ああもう、今のルナ姉の姿が滑稽すぎてしょうがないね。見ていられないとかそんなのを通り越して、最早笑えるよ。
よっぽど頭に血が昇ってるんだなぁ。普段のルナ姉なら、絶対にこんなに声を荒げたりしないし、もうちょっと思慮深くなるはずなんだけどな。
……まあ、こんな展開は予想済みの事。寧ろ、こうなってもらわなきゃ意味がない。

私は、早苗の言う事を本気で実行しようだなんて、最初から思ってなかった。
最初から、私のやりたいようにやるつもりだった。それには、小傘の力というか……あの陽気さが必要だった、それだけの話。
妖夢を驚かす気なんて、怖がらせる気なんて、最初からない。そんな事でルナ姉と妖夢をくっつけようだなんて、思ってない。
今こうやって妖夢の意識を刈り取ったのは、ルナ姉とこうして話す機会が欲しかっただけ。
私には私のやり方がある。そのためなら、私は憎まれ役でも構わない。

私はただ……ルナ姉に私の思いを、私達の思いを、ストレートにぶつけたかっただけだから……。



「……本当に、妖夢の事が大事なんだね……ルナ姉」



「なっ……!!」

ルナ姉が、今までの怒りに満ちた表情を一変させる。
目を大きく見開き、顔も少し赤くなっている気がする。それは単に、頭に上った血が戻りきってないだけかもしれないけど。

「妖夢にそんなに夢中になって、ルナ姉は幸せそうだね。私達の事なんて、もう何も考えていないみたい」

「リ、リリカ……?」

今度は、少し動揺し始めたかな?

「ずっと前から知ってるよ。ルナ姉が、妖夢の事が好きだって。
 だって、ルナ姉は妖夢に向けるような笑顔は、私達には見せてくれなかったからね。
 妖夢に向けるような言葉も、私達にくれた事はない。自分でも、判ってるよね、ルナ姉」

「そ、それは……」

何かを言い澱むルナ姉。まあ、言いたい事は判るけどね。『あなた達が褒められるような事をしないから』ってところかな?
でも、私がこうして悲しそうな顔でそう言えば、ルナ姉は絶対に言い返せない。ルナ姉は、優しすぎるから。
私がこんな顔をすれば、ルナ姉がその雰囲気を壊すような事を言えないのは、数百年とルナ姉の傍にいる私はよく知っている。

……ああもう、私ってば本当に最低だな。

でも、最低でいいんだ。私には、こんなずるい事しか考えられないからね……。

「ルナ姉は妖夢の方が大事なんだよね。私達妹よりも、ずっと……」

「ち、違う、そんな事……!!」

わざと、そんなマイナスな事を言ってみる。
ただ……これはあながち間違ってないと思うんだけどね。
ルナ姉は、私達よりも妖夢の事が好きなんだよ。いくら言葉で否定しても、それは確かな事。

だって、ルナ姉には私達を愛しきる事が出来ない、ちょっとした理由があるんだから。

そしてそれが、ルナ姉が妖夢をそこまで愛した理由でもあるんだから……。

私とメル姉は、もう知ってるんだよ。私達がどう頑張っても、妖夢に勝てない事は。

「……ルナ姉、素直になりなよ」

だから、否定しないで欲しい。
自分は妖夢が一番好きなんだと、胸を張ってほしい。中途半端な思いやりは、逆に私達が苦しくなる。
ルナ姉にそんな厳しさがない事は判ってるけど、それでも……。

「そんな事だから、ルナ姉は妖夢に何も言えないんだよ。
 どれだけ妖夢の事が好きでも、結局最後まで眺めてるだけ。
 ルナ姉は、最後まで妖夢を見ているだけでいるつもり? 妖夢が死ぬまで、そうして手を拱いているつもり?」

ルナ姉に、だんだんと余裕がなくなってきているのが、その苦しそうな表情から判る。

「自分の思いを伝えられないまま、ずっとやりきれない気持ちで生きていく。
 まあ、ルナ姉がそれでいいって言うなら別にいいよ。それは私達がどうこう言える事じゃないからね。
 ……だけど、ルナ姉自身がどうしたいのか。本当にそんな風に生きたいのか。答えは判ってるよね?」

そう、答えは“ノー”だ。
そんな事は当然。自分の好きな人に、自分を好きになってほしい、思いを受け取ってほしい、そっちの方がいいに決まってる。

「だけど……」

ルナ姉は、まだ自分に嘘を吐こうとする。

本当に、ルナ姉は優等生だな。大方、ルナ姉が考えているのはこんなところだろう。
『自分の気持ちを伝えたって、妖夢に迷惑が掛かるだけだ』。

……知らないよ、そんな事。
人の気持ちなんて、本人から聞かなきゃ判らないんだ。
だから人は、言葉を持ってるんじゃないか。何か伝えたい事があるからこそ、それを言葉に乗せるんじゃないか。
今の私だって、ルナ姉に言いたい事があるから、伝えたい気持ちがあるから、こうしてまっすぐに話しているんじゃないか。
私達のライブだって、全部そうじゃん。聞いている人に何かを伝えたいから、私達は“音楽”という手段でそれを伝えるんだ。
プリズムリバー楽団のリーダーが、そんな事も判らないの?

ああもう、やっぱりルナ姉を言葉で説得するのは無理だな。
ルナ姉は普段はあんまり喋らないからね。会話から思いを読み取ることが、苦手なんだよなぁ。

仕方ない、か。私はもう諦めよう。
結局、最後は早苗の策に任せる事になるのは癪だけど……。

“あれ”が一番効果覿面である事は、間違いなさそうだしね。

「ルナ姉、私はもう何も言わないよ。後はルナ姉自身が決めるんだ。
 自分の気持ちを、妖夢に伝えるかどうか。何をどうするのが、一番正しい事なのかを、ね……」

ルナ姉と妖夢の横を通り過ぎ、倒れてる小傘を回収。
うわぉ、顔が真っ赤だし心臓の鼓動も早い。よっぽど妖夢の驚きが気持ち良かったんだろうな……。

「リリカ……!!」

ルナ姉の呼びかけを無視して、私はこの場を離れる。
後はもうルナ姉次第だよ。私がこれ以上出来る事は、何もない。
ただ、ルナ姉を信じて待つだけ。ルナ姉が、自分の気持ちに素直になれる事を。



……それに、ちょっと話したい人もいる事だしね。
そろそろ、ルナ姉から私の姿は見えなくなったかな?

「立ち聞きしてる気分はどうだい、早苗」

廊下の曲がり角に向かって、私は声を掛ける。ルナ姉達には聞こえないくらいの声で。
曲がり角からちょっとだけ見えていた誰かさんの肩が、びくりと跳ねた。

「……気付いていたんですか?」

「最初からね」

気付いていたというより、予想していた、の方が正しいかな。
早苗ならたぶん、妖夢とルナ姉を心配してこっそり後を付けていくだろう、と。
……私が同じ立場だったら、同じ事をしたと思うから。

「随分と、はらはらさせるアドリブでしたね。あんなのお化け屋敷じゃありませんよ」

ちょっと不満そうな表情を浮かべる。
まあ、ちょっとで済んでいるのは、ある程度私の思いを察してくれたからだと思う。

それに、どうせ早苗には判っていただろうしね。そもそも、私が早苗の言う事を聞くはずがないと。

「お化け屋敷の役割はこの子に任せたよ。私はただ、やりたい事をやっただけ」

早苗に小傘を引き渡す。気絶しても手離さなかった傘のせいで、背負っているのも結構面倒だったしね。

「……それにしても、随分とストレートに行きましたね。リリカさんは、私と同じタイプだと思っていましたが」

「まあ、そうだと思うよ。でも、ストレートの中にも変化球はあるんだよ」

「……ファストボールってやつですか」

知らないよ、そんなのは。野球には詳しくないしね。
確かに、ルナ姉には私の気持ちをストレートに伝えておいた。でも、それを聞かせるための方法は全部変化球。
からかってみたり、悲しんでみたり。映画俳優になれるくらいの名演技だったと、自分で自分を称賛しておく。

「結局最後は早苗任せになっちゃったけどね」

「そうは言いますが、“あれ”を私に渡したのはあなたですよね?」

くっくっくっ、そう言えばそうだったね。

「……“あれ”の事はいいです。どうせすぐに結果が出る事ですし。
 それよりリリカさん、あなた……何を考えているんですか?」

おっと、これまた随分とストレートな質問だね。
何を考えているのか、ねぇ。

「……さぁね」

「……………」

無言で睨みつけられた。
だけど、私にはそうやって返す事しか出来ないんだよ。

だって、私自身がそれを判っていないから。
私がルナ姉にああしたこと、あんなのが蛇足だって事はとっくに気付いている。
ああやって私の思いを伝えなくても、結局最後は“あれ”が何とかしてくれるだろう。
私の気持ちを伝えなくたって、“あれ”さえあれば、ルナ姉は自分の気持ちに気付くだろう。
あんなのは、ただの私の自己満足だ。

私が、メル姉が、妖夢と同じようにルナ姉の事が大好きだったって……。

それを少しでも、ルナ姉に判ってもらえたらな、って思って……。

……あれ、判ってるじゃん……どうして私があんな事をしたのか……。

「……リリカさん?」

……そうだ、私は判っているんだ。
どうしてルナ姉が大好きなのかも、どうしてルナ姉にわざわざあんな事を言ったのかも。

「……姉を思う、心か……」

自然と漏れた、その言葉。早苗は何のことやら、といった感じで首を傾げる。
そうだね、早苗には今のうちに話しておこう。

どうして、私がこんなにもルナ姉を好きになったのか。
どうして、ルナ姉があんなにも妖夢を愛するようになったのか。
それはそもそも、私達の出生に……私達の一番末の妹、レイラ・プリズムリバーに纏わる話。
たぶん、私しか気付いていない事なんだけどね……。

「早苗、ちょっと長話になるけど、大丈夫かな?」

早苗なら、この事を理解してくれる気がする。
私達の事を判ってくれる。根拠もないのに、そんな確信があった。

ルナ姉、私達が生まれたその時から、こうなる事は決まっていたのかもね。



ルナ姉は今までずっと、誰かを“愛する”事が、出来なかったから……。





 * * * * * *





「……ふえっ?」

「妖夢、気が付いた?」

あれ、此処は……私は、どうして……。

「……あれ、リリカさんは?」

そうだ、私は確か、なんだか凄く恐ろしげな声を聞いて、その直後に耳を貫くほどの大声が……。
……十秒ぐらい心臓が止まってたのかも……ずっと気絶してたわけか……。

「もう大丈夫。此処は私の部屋の前よ」

そう言って、ルナサさんは私の背後を指さす。
後ろを振り返ってみると、そこには一枚の木の扉。そして『Lunasa』と書かれたプレートがぶら下がっていた。

あれ、それってつまり……。

「……ルナサさん、此処まで私を運んでくださったんですか?」

そういう事になりますよね?
……そう思うと、なんだか凄く恥ずかしい。どんな風にして、私を此処まで運んでくれたんだろう……。
普通に背負ってくれたんだと思いますけど、もしもお姫様だっことかだったら……!!

「……妖夢?」

みょんっ!?

あわわわ、一人で変な妄想に耽ってしまった。顔が凄く熱い。
と、とにかく今は誤魔化しておこう。えっと、此処がゴール地点なんですよね?

「だ、大丈夫です。それより、流石にもうなにも仕掛けはないでしょう。早くクリアしちゃいましょうよ」

「妖夢、それフラグよ」

大丈夫ですって。咲夜さんは空間を拡大しただけで紅魔館に戻ったようですし。
もう誰も潜んでいないはずですから、障害物なんてありませんってば。

「とにかく……」

私は立ち上がって、ルナサさんの部屋の扉を開く。立て付けが良いのか、玄関のような重々しい音は鳴らなかった。
部屋の中は薄暗く、蝋燭の明かりが灯っている程度。まあ、物が何処にあるかぐらいは把握出来る。

「随分綺麗な部屋ですね」

部屋を一通り見回して、この洋館の外見からは想像出来ないほどに整頓された室内に、ちょっと感心……。
……って、あれっ?

「当然よ。メルランやリリカと違って、片付けはちゃんとするから」

……そう言えば、この部屋はルナサさんの部屋でしたね……。
あわわわわ! 改めて思うと、また恥ずかしくなってきた!!

「あ、ご、ごめんなさい!」

「別に大丈夫」

平謝りした。しかし、それがなんのそのと言った感じで受け流してくれるルナサさん。
ああ、やっぱりルナサさんは素晴らしい人ですね。もう何度同じ事を思ったのやら。

「とにかく、早苗さんが言ってた“あるモノ”とは……」

「そうね。早く探して戻りましょう」

……なんだろう、さっきからルナサさんがちょっと暗いというか……。
いや、暗いのはいつもの事だけど、なんだか少し動揺しているような気がする。
私が気を失ってた時になにかあったのかな……。結局リリカさんも見なかったし。

まあいいや、考えたってしょうがない。とにかく、今は早苗さんの言っていた“あるモノ”を……。

「ん?」

私が目線を部屋の奥にあった机に目を移すと、机の上に何かが置いてあるのに気が付く。
薄暗くてよく見えないけど、なんだか本のような……。

「ルナサさん、あれ……」

「……本を出しっぱなしにして置いた覚えはないから、たぶんそうだと思う」

でしょうね。さっき自分で『片付けはちゃんとする』って仰ってましたし。
つまるところ、あの本が早苗さんの言う“あるモノ”なんでしょう。
良く見れば、本の横には不自然な、紙で作られた矢印が、本を指すように置いてあった。

「それにしても、何の本なんでしょうか」

机の前まで足を進め、本を手に取る。
表紙は随分とボロボロですけど、中の紙は随分と綺麗ですね。
恐らく、何かの本のカバーだけを、古い本のものと取り換えたようです。
背表紙の厚さとかも、よく見れば合っていませんしね。

「判らない。開いて読んでみたら?」

ルナサさんのごもっともな意見。
まあ、まさかいきなり本に食べられたりする事もない……。……ないですよね……?
……念のため、警戒しておきましょう。さて、いったい何の本なのか……。

そうして、ぱらりと本のページをめくって……。



「……えっ?」



私は、絶句した。

「よ、妖夢?」

ルナサさんの声が聞こえた気がしたけれど、私の頭には入ってこないで、そのまま耳を素通りしていく。
な、なんで……なんでこんな事が書いてあるの……?
読んじゃいけない、こんなのは読んではいけない……そう思うのに……。

……どうしても、読む手が止まらない……。



3月17日
今日から妖夢にバイオリンを教える事になった。
初めて弾くにしては凄く呑み込みが良く、真面目に私の話も聞いてくれた。
リリかやメルランも、これくらい真面目にやってくれればいいんだけどな。



最初のページは、そんな言葉。確か、半年くらい前の話だっけ。
ルナサさんに憧れた私が、何とかルナサさんと一緒にいられる時間を増やせないか。
そう思って、表向きは幽々子様に聞かせるためと言って、ルナサさんにバイオリンを教わるようになって……。



3月24日
前回教えてから1週間。バイオリンの音色は格段に美しくなっていた。
やっぱり妖夢には才能があるのかもしれない。真面目に練習していた事も、すぐに判った。
最初は本当に大丈夫かと少し不安だったけれど、問題なさそうで安心した。
人に何かを教えて、そして成長してもらう事。意外と楽しいものなのね。



バイオリンの練習を始めて1週間くらいの頃。
寝る間を惜しんでバイオリンの練習をして、暇な時間を見つけては一人で練習して……。
次にルナサさんに教えてもらった時、凄く褒めてもらえて、嬉しかった。
何時も通りに静かな口調で、だけど凄く温かな笑顔で……。



4月15日
バイオリンって、1ヶ月でこんなにも弾けるようになるものだったっけ?
妖夢の呑み込みの早さには、本当に驚かされる。とても教えがいのある子ね。
今度、妖夢の時間があれば二人でバイオリンの演奏会でも開いてみたいな。

4月22日
結局、バイオリンの演奏会の話はご破算になった。まあ、妖夢も忙しいだろうし、仕方ないか。
でも、不思議なものだと自分で思う。今まではソロでの演奏しか好まなかったのにね。
何時か機会があれば、もう一度頼んでみようかな。きっと、とても楽しいものになると思う。



……そう言えば、そんな事を頼まれた事があったっけ。私としては、勿論やってみたくもあった。
でも、私自身まだ未熟だと思っていたし、それに白玉楼での仕事の時間を考えると、とてもじゃないけど余裕がなかったから……。



5月24日
此処のところライブが忙しくて、1ヶ月ぶりくらいになってしまった。妖夢に何度も頭を下げた。
それでも妖夢の腕前は相変わらずだった。ちゃんと、私が見てない間も練習を欠かさなかったみたいね。
私がその事を褒めると、妖夢は笑ってくれた。その笑顔を見ると、なんだか凄く安心した。

5月27日
今までろくに逢えなかった分、今回は少し短い期間で白玉楼を訪ねてみた。
妖夢も少し驚いていたみたいだけど、練習はちゃんと熱心にやってくれた。
妖夢と私は波長が合うのかしらね。妖夢にバイオリンを教えるのは、妖夢と一緒にいるのが、私自身凄く楽しい。
今度、バイオリンの稽古は抜きにして、個人的な話でもしようかな。
妖夢が何時もどんな事をしているのか、今更だけどちょっと気になった。次に会うのが楽しみね。

6月5日
妖夢って凄く苦労しているんだな、と言うのがよく判った。
今日はバイオリンの稽古はせず、妖夢と色々話してみた。そして、妖夢がいかに忙しいかを聞いた。
それだけ忙しいのに、なんで私にバイオリンを教わる気になったんだろう。聞いてみたけれど、答えてくれなかった。
まあ、今日色々話したことが、ちょっとでも骨休めになってくれればと思う。
次に行く時は、何かお菓子でも持っていこうかしら。何時も妖夢にはお茶菓子を貰ってばかりだし。

6月11日
人間の里で評判のケーキを持っていったら、とても喜んでくれた。妖夢って甘党だったのね。
妖夢の笑顔は、本当に見ていて気持ちがいい。
私のした事で喜んでくれる事。それはいつもライブを開いている時と同じのはずなんだけど。
それに、妖夢と一緒にいると、少し胸が熱くなる。なんなんだろうな、この気持ちは。



……なんだろ、どうして私は、こんなにも必死にこの本を読んでいるんだろう。
早く先が見たい。でも、一字一句見逃したくない。

私の事しか出てこない、この日記の続きを……。



6月20日
妖夢の腕前は、もう私と比べても遜色ないほどになっていた。
たった二ヵ月半でこれだけ成長するとは、本当に凄いと思う。そしてちょっと羨ましい。
どれだけ必死になって練習したんだろう。と言うより、どうやって時間を見つけて練習したんだろう。忙しいはずなのに。
幽々子嬢に演奏を聴いてもらうのが、そんなに楽しみなんだろうか。ちょっとよく判らないわね。
だけど、そうまで妖夢に思ってもらえる幽々子嬢が少し

6月26日
今日妖夢に言われて、やっと気付いた事があった。
私はどうも、妖夢の前ではよく喋るらしい。意識していたつもりはなかったのだけれど、言われると確かにそんな気がした。
なんで、妖夢の前だとよく喋るのか。そう言えば、そもそもこの日記を書き始めた理由もよく判らないな。
妖夢にバイオリンを教える事になった時、なんでこの日記を書こうと思ったのか。自分でも思い出せない。
判らないけれど、それでもこの日記は書いていこう。きっと、そのうち答えも判るだろうから。

7月8日
今日は妖夢に逢いに行ったわけじゃないけれど、この日記を書こうと思う。
前の日記でも書いた事を、自分なりに色々と考えてみた。
私は妖夢の前だとよく喋る。妖夢と喋っていると、凄く楽しい気分になる。
欝の音を操る私が、唯一メルランみたいに陽の気分になる時。それが、妖夢と一緒にいる時だと判った。
妖夢とは、一緒にいたい。バイオリンの稽古をする時以外でも、一緒にいたいと思う。

ああ、なんとなく判った。どうして私が、妖夢と一緒にいると、ああも楽しい気分になれるのか。私は、妖夢の事が



……そこまで書いてあって、そのページは終わっていた。
きっと、次のページにその続きが書いてあるんだろう。

だけど、今までみたいにすぐにページをめくれなかった。
手が、凄く震えてる。胸の鼓動が、部屋全体に響きそうなくらいに高鳴ってる。
この先に何が書いてあるのか、期待と不安で胸が押し潰されそうだった。
だけど、凄く見たい。ルナサさんが、そこに何を記したのか……。

……私は、次のページを……。





「わ、わあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」





……めくろうとしたら、ルナサさんに本を奪い取られた。

「あ、あわわわ……よ、妖夢、こ、これは……」

顔を真っ赤にして、あからさまに狼狽するルナサさん。
普段のルナサさんでは、恐らく何があろうと見る事が出来ないだろう姿だった。

「ち、違う、これはその、そう言う事じゃなくて……!!」

本を背中に隠し、言葉にならない声で弁解するルナサさん。
……だけど、なんだかその言葉が、チクリと私の胸を刺したような気がした。

「た、ただ妖夢の稽古の日記を付けてただけで、そんな深い意味があるわけじゃ……!!」

……ルナサさん。
……なんで、そんな事を言うんですか?

私は、私は……。



「……違うん、ですか……?」



……私は、ルナサさんの事が、大好きなんですよ……?

……初めてルナサさんに声を掛けてもらった、あの時から、ずっと……。





 * * * * * *





今から、20年くらい前だったかな。
その日、私は幽々子様が招待した、プリズムリバー姉妹の演奏会の片付けをしていた。
紫様やいろんな妖怪達が馬鹿騒ぎをするものだから、白玉楼の庭は酷い有様だった。

ああもう、幽々子様も少しは片付ける私の身にもなって下さい。
……ああ、いけないいけない。主に対して何たる不敬。雑念は払わないと。

「あの、ちょっといい?」

不意に、後ろから声を掛けられた。
あれ、今は幽々子様も含めて、みんな騒ぎ疲れて休んでいるはずなんだけどな。
不思議に思って振り返ると、そこには黒い衣装を纏った、黒帽子の金髪の少女が立っていた。

「あれ、あなたは……」

「ルナサ・プリズムリバー。今日は招待していただいてありがとう」

そうだ、さっきまでライブでバイオリンを演奏していた、プリズムリバー姉妹の長女の人だ。

「いえ、お礼でしたら幽々子様の方へお願いします」

「なら、あなたから幽々子嬢に伝えておいて。さっき挨拶に行ったら、疲れて眠っていたから」

ああ、そうですか。それは疲れているんじゃなくて酔っ払っているんだと思います。

「……片付け、大変そうね」

苦笑いを浮かべるルナサさん。
そりゃあ、この酷い有様を見ればそんな顔もしますよね。

「いえ、これが私の務めですから」

大変と言えば、大変。
だけど、それは客人であるルナサさんに言うべき事じゃない。
白玉楼を守る剣として、主の命令はしっかりと遂行しなくちゃいけませんしね。

「……そう」

……何故か、その時ルナサさんは、少し寂しそうな笑顔を浮かべる。
顔は笑っているのだけれど、目が笑ってない。なんだか、今にも涙を流してもおかしくないくらいに、悲しそうに……。

「なら、私も手伝うわ」

ふえっ?

「る、ルナサさん?」

私があっけにとられている間に、あたりに落ちているゴミなんかをひょいひょいと拾っていくルナサさん。

「えっと、どこに捨てればいい?」

「あ、この袋の中に……って!!」

あまりに自然に聞いてくるものだから、うっかり手に持っていたゴミ袋を差し出してしまった。

「どうしたの?」

「客人にそんな事をしてもらわなくても大丈夫ですよ! 私がやりますから!」

若干奪い取るようにして、ルナサさんが持っていたゴミを袋に突っ込む。
ああもう、いい人なんだろうけど、何を考えてるのか判らない人だな!

「……ふふっ」

そして、何故か笑われた。

「ああ、ごめんなさい。ちょっと妹の事を思い出しちゃって」

顔に出てたのかな。

「妹? メルランさんやリリカさんの事ですか?」

ルナサさんの妹、プリズムリバー姉妹次女のメルランさんと三女のリリカさん。
あの二人は、ぱっと見のイメージではルナサさんとは正反対のイメージがあった。
家事とか全然やりそうに見えないのに、なんで私を見て二人の事を思い出したんだろう。

「いえ、違うの。私達の一番下の妹、レイラの事を」

ふえっ?

「もう一人妹さんがいるんですか?」

「ええ、“いた”だけどね」

えっ、それって……。

「私達は、レイラの『離れ離れになった姉に会いたい』と言う思いから生まれた騒霊。
 正確には私達はあの子の姉じゃないんだけど、レイラは私達を慕ってくれたし、私達もあの子の事を、妹だと思っていた」

急にそんな事を語り始めるルナサさん。
こうして話すのは初めてなのに、そんな事を話して大丈夫なのかな……。

「リリカやメルランと違って、あの子は家の事を全部自分でやってたの。幾分かは私も手伝ってたけどね。
 あなたの今のその姿を見てると、そんなレイラの姿と同じに見えるの」

ルナサさんの瞳から、その言葉に嘘がない事が判る。
ルナサさんのその眼は、妹を見守る、優しい姉の眼差しそのものだったから。

「だから……」

「ふえっ?」

ルナサさんが、急に私の手を優しく握る。
突然の事に、なんだか妙に気恥しくなった。

「妖夢、だったよね?」

「えっ、あ、はい……」

誰から聞いたんだろう。幽々子様かな?
私の名前の出所なんてどうでもいい。とにかく、今はルナサさんに集中しよう。

……これからルナサさんが言おうとしている言葉を、聞き逃してはいけない。
私の本能が、そう告げていたから……。



「レイラにも昔言った事だけれど、あまり無理をしすぎては駄目。
 主のために、幽々子嬢のために頑張るあなたは、とても立派。だけど、あなたにはあなたの命がある。
 その命を、もっと自分のために使いなさい。命は一度きりしかないからこそ、とても美しく輝く事が出来るのだから」



……そしてこの言葉によって、私は……。

私はそれからずっと、ルナサさんに思いを寄せる事になった……。



「ふふっ、ごめんなさい。こうして話すのは初めてなのに、こんな説教まがいな事を言って」

「あ、い、いえ……」

なんだろう、胸が凄くドキドキする。
ルナサさんが、凄くカッコいいというか……この人は凄いな、と思わせる何かがあった。
お爺様……師匠とも、そして幽々子様とも違う温かさを、ルナサさんから感じる。
ずっと、この手の温もりを感じていたい、そう思わせる何かが……。

「妖夢、私も片付けを手伝っていいかしら? 私は、あなたの手伝いをしたいから」

「は、はい。それでは……」

驚くほど素直に、私はルナサさんを受け入れた。
さっきまでは、客人の手を煩わせるだなんて以ての外だった。
だけど、ルナサさんにそう言われてしまっては、断る理由が見つからない。

それに、もう少しだけ、ルナサさんに傍にいて欲しいとも思ってしまった。

ルナサさんの温かさを、もう少しだけでいいから……。





そうだ、私はこの時から、ずっとルナサさんに憧れ続けていたんだ。

本当に心が安らぐ、幽々子様ともお爺様とも全然違う、ずっとそばにいて欲しいと思った、そんな温かさを持ったルナサさんに……。

初めて、真に私の事を判ってくれた気がした、ルナサさんに……。


私も、こんな温かい人になれたらいい。

本当に他人の事を思える人に、なれたらいい。



ルナサさんの傍に、ずっといられたら、いいな……。





……でも、私は……。





 * * * * * *





「私は、私は……」

声が震える。
言うまい言うまいとしてきた、ルナサさんへのこの気持ち。
ある理由から言う事が出来なかった、大好きだという気持ちを、抑える事が出来ない。

……もう、駄目だ……。



「私は、ルナサさんの事が好きなんです……」



……20年越しの思いを、私は口にしてしまった。
絶対に、言わないと決めたはずだったのに……。

「よ、妖夢……? それは……」

「友達としても、先生と生徒と言う意味でもありません……。
 一人の人間……半人半霊として、あなたの事が好きなんです!」

視界が、訳も判らず涙で滲む。

なんで、なんで私はこんな事を言っているんだろう。
こんな事を言ったって、ルナサさんが困るだけじゃないか。
それに、私がこの事を言ってしまえば……。

「初めてあなたに出逢って、あなたの温かさに触れて……。
 ずっとずっと、あなたの傍にいられたらいいと思って、そう思い続けて……」

だと言うのに、涙が止まらない。言葉が止まらない。思いが止まらない。

「でも、言えなかったんです。私は、私は……」

駄目、言っては駄目……。
それを言ったら、今までこの思いを封印してきた意味が、本当に無くなってしまう。
ルナサさんを、苦しめたくない。今は笑い話に出来ても、絶対に将来……。

……将来、ルナサさんを悲しませることになってしまうんだから……。



「私は、あなたよりも先に死んでしまうから……」



……ああ、もう……。

「妖……夢……?」

ハッと、私の意識が現実に戻ってくる。
なにを言っているんだ、私は。この事だけは、絶対に言うまいと思っていたはずなのに。

私は半人半霊。私の寿命なんて、騒霊であるルナサさんに比べれば、本当に僅かの時間。
何時か、私とルナサさんは永遠の別れを迎える。ルナサさんにとって、そう遠くない未来に。
だからもし、私がルナサさんに思いを打ち明けて、百万に一つでも思いを受け取めてもらってしまったら……。

……私が死んだ時、ルナサさんを悲しませることになる。
だったら、私のこの思いを封印して、せめて“友達”と言うラインを超えないで……。
それが、私がルナサさんへの思いを隠し続けていた、一番の理由だった……。

「ご、ごめんなさい……私……」

ぼろっ、と、涙が零れる。
馬鹿、なんで泣いてるんだよ、私は……。
泣いたって、ルナサさんを困らせるだけ……。
ほら、今だってルナサさんは、どうしていいのか判らないって言う表情をしてるじゃんか。

「ごめんなさい……ごめんなさい……!」

だと言うのに、涙が止まってくれない。
馬鹿、馬鹿馬鹿……止まって、止まってよぉ……。

こんな、こんな事したって……。

ルナサさん……!!





「『私は、妖夢の事が好きなんだな』」





……えっ?

「『妖夢の傍にいると、凄く心が落ち着く。ずっと妖夢の傍で、あの笑顔を見ていたいと思う。
 あの笑顔は、私だけの特別なものだ。幽々子嬢にも、誰にも、渡したくないとさえ思ってしまう。
 それほどまでに、私は妖夢の事を、愛してしまったんだな』」

それは、日記の続きの言葉……ですか……?

「『でも、この事は此処に書き記すだけにしておこう。
 妖夢には、白玉楼の事もある。幽々子嬢もいる。私には、妖夢の気持ちが何処にあるのか、まだ判らない。
 もしいつか、この思いを伝えられる時が来ればいい。その時は、妖夢は私の心を受け止めてくれるだろか……』」

……そこまで言って、ルナサさんは言葉を止めた。
たぶん、その日の日記はそこで終わりなんだろう。

ルナサさんも、私の事を思ってくれていた……?
でも、私や幽々子様の事を考えて、ずっとその思いを隠していた……?

「……今が、その時なのかもね」

何処か諦めたような、でも心なしか嬉しそうな顔で、ルナサさんは笑う。
その温かなルナサさんの笑顔が、凍りついた私の心を、少しずつ溶かしていってくれているような気がした……。

「妖夢、私は……」

ルナサさん……。



「私は、あなたの事が好き。
 あなたの方が先に死んでしまっても、悲しみに暮れる事になろうとも構わない。
 あなたの生きている、今この時を、あなたと一緒に過ごしたい」



……再び、ぼろぼろと目から涙が零れる。
だけど、なんだかさっきの涙と違う。とても温かくて、この涙なら、ずっと流していてもいい気がする。

「ルナサ……さん……!!」

「確かに、あなたの方が先に死んでしまうかもしれない。
 でも、そうなっても……私はあなたの事を忘れない。私が愛したあなたの事を、何時までも思っている。
 私の心は、何時でもあなたの傍に置いておく。何時までも、私の心にあなたを生かしておきたい。
 だから……だから、あなたの思いも、もう一度聞かせて……」

ルナサさんがそう言ってくれるのが、たまらなく嬉しい。
私がずっと心配していた事も、思いを打ち明けられなかった事も、ルナサさんは全て受け入れてくれた。

ルナサさんは、ちゃんと私に思いを伝えてくれた。
私もちゃんと、ルナサさんと向き合って、今度こそ思いを伝えなくちゃいけない。
私は、ルナサさんの目の前まで足を進める。そして……。

「私は……」

ルナサさん、これが……本当の私の気持ちです……。



「大好きです、ルナサさん。20年前から、ずっと。
 私と一緒に、この時間を生きてください。私に、後悔しないだけの思い出をください」

「ええ、約束するわ。メルランじゃないけど、ハッピーな思い出を、ね」



ルナサさん……!!

「ううっ……」

ありがとう、ございます……!!



「うわあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」



何か、私の中で糸が切れた気がした。
意味も判らず、私は大声で泣いた。

ずっと、ずっと隠し続けてきた思いを、漸くルナサさんに伝える事が出来た。
これだけで、私はもう満足だ。半分人間じゃなかったら、そのまま成仏していたかもしれない。
この涙は、その安心感からなのかな。もう私は、この思いを隠さなくていいんだ。

「妖夢……」

泣き叫ぶ私を、ルナサさんは優しくその腕で包み込んでくれる。
ああ、本当に、私はこの人を好きになって良かった。この人に憧れて、良かった。

本当に、本当に……。



ありがとうございます、ルナサさん……!!





 * * * * * *





「これで、いいんですよね」

扉を一枚挟んだ向こう側、妖夢さんの泣き叫ぶ声が聞こえる。
私の前には、メルランさんとリリカさん、そして幽々子さんが。
小傘さんは未だに昇天しているので、リリカさんの部屋のベッドに寝かせておきました。

「ええ、百点満点よ」

嬉しそうに笑う幽々子さん。その言葉に、嘘はないみたいですね。

「まあ、ちょっと残念ではあるけどね」

メルランさんは、少しだけ物憂げな表情を浮かべる。

「ありがと、早苗。やっと肩の荷が下りた気がするよ」

ふふっ、よく言いますねリリカさん。あのルナサさんの日記の事、あなたが教えたんじゃないですか。

肝試しの準備をしている時、私は最後のこの部屋に何を置いておくかを考えていました。
本当は、何でも良かったんです。怖がる妖夢さんを、ルナサさんがエスコートしてくれる事、それ自体が目的だったわけですから。

ですが、そんな私の元に、リリカさんはルナサさんの日記を持って来たんです。
妖夢さんへの思いを綴った、例の日記を。まあ、中身を勝手に見てしまった事は、ちょっと悪いと思っていますが。
でもあの日記を見た事によって、私の計画は、完成を超えた完成へと到達しました。
あの日記を妖夢さんが見る事になれば、それはきっと、妖夢さんとルナサさんの思いの架け橋になる、と。
そして実際に、その考えは正しかったようですね。
妖夢さんとルナサさん、どっちがあの日記を手にするかの、50%の賭けではありましたけど。
まあ50%であれば、奇跡を呼ぶ私にとっては100%も同然です。

「みなさんも、お化け役お疲れ様でした。メルランさんの時なんか、本当に見ていてハラハラしましたよ」

「そうね~。姉さんにあんなマジギレされるとは思わなかったわ」

今までと変わらない、メルランさんの明るい声。
さっきまではルナサさんの事で少し落ち込んでいたんですが、もう大丈夫そうです。

「守りたいものがある時は、誰だって我を忘れてしまうものですよ。
 それに……メルランさん、あの時本当に妖夢さんを刺そうとしていましたよね?」

メルランさんの肩が、少し跳ねる。
……やっぱり、ですか。メルランさんも、ルナサさんに対する思いは相当なものですね。
なんとなく、判る気はします。ルナサさん、メルランさん、リリカさんは、一番末の妹のレイラさんの思いから生まれた騒霊だと先程リリカさんから聞きました。
姉の事を強く思う心から生まれた騒霊。そんなあなた達が、同じようにルナサさんを愛した事。ある意味、必然じゃないですか。
妖夢さんと同じように、メルランさんも、そしてリリカさんも、ルナサさんの事が好きだった。

でも、ルナサさんは“愛する事”が出来なかった。
姉を愛する思いから生まれた3人の中で、ルナサさんは一番上の姉だったから。
姉をを愛する心を持ちながら、ルナサさんには愛する“姉”がいなかった。

だから、ルナサさんは妖夢さんを、自分が初めて好きになった人を、本気で愛する事が出来た。
そしてそれは同時に、ルナサさんの心が傾いてしまう原因になってしまったんでしょう。
愛する人が存在せず、ずっと誰かを愛したかったルナサさんが、妖夢さんしか見えなくなってしまった事……これもまた、必然な事なのかもしれません。
そんな事だから、メルランさんは妖夢さんに対して、嫉妬してしまったんでしょう。

リリカさんに話してもらわなければ、知らずに終わっていた事ですけどね。

「まったく、だったら妖夢さんとルナサさんの仲を壊しちゃうくらいの事をすればいいじゃないですか」

「それは駄目。姉さんを泣かせる事の方が、私には耐えられないもの」

淀みなく、メルランさんはそう返答した。
ふふっ、判っていますよ。ある意味、だからこそメルランさんは本気で妖夢さんを刺そうとしたんでしょう。
メルランさんがああした事によって、同じようにルナサさんは本気で妖夢さんを守ろうとした。
メルランさんが本気だったからこそ、ルナサさんも本気で妖夢さんを守る事が出来たんです。
少なからずその時の意識は、ルナサさんが思いを伝える切欠になったと思いますよ。
自分がいかに妖夢さんを愛していたのか、それに気付く事が、出来たと思いますから。

……何も考えていなさそうで、ただ能天気でいるかのように見えて、あなたは誰よりも、ルナサさんの幸せを願っていたんですね……。

「でも、誤解しちゃだめですよ? メルランさん、リリカさん」

えっ? と、二人は小さく声を上げる。
ああ、やっぱり判っていなかったんですね。一番大事な事に、あなた達は気付いていないんですよ。
ルナサさんの事を考え過ぎるあまり、あなた達は一つ、見落としている。

「確かに、ルナサさんは妖夢さんの事が大好きです。
 ですが、あなた達だって同じように、ルナサさんに愛されているんです。
 いつか二人が永遠に別れるその時まで、そしてその後も、ルナサさんと妖夢さんを支えてあげるのは……あなた達なんです」

私がそう言うと、呆然とするメルランさんとリリカさん。
まったくもう、ルナサさんも凄く鈍感な方でしたけど、あなた達もいい勝負ですよ。やっぱり姉妹なんですね。

何百年と一緒にいるのに、ルナサさんがあなた達の事を思っていないわけがないでしょう?
ルナサさんは、本当に優しい人です。妖夢さんにあれだけ慕われて、あなた達からも慕われて。
じゃあなんで、そんなに優しい人になれたのか。それは、あなた達が“人を思う心”から生まれた存在だから、ではありません。

きっと、あなた達と一緒にいられたから。あなた達の事を、ずっと気に掛けていたから。
あなた達の事を思い続ける事が出来たからこそ、ルナサさんはあんなに優しい人になれたんですよ。
だって、あなた達は姉妹じゃないですか。家族じゃないですか。姉だから、妹だから、そんなのは関係ありません。

あなた達にいろいろ言う事もあるでしょう。自分で迷惑を掛けているな、と思う事もあるでしょう。
でもそれは全部、ルナサさんが本当にあなた達の事を考えている、何にも変えられない証拠です。

「……ルナサさんと妖夢さんの事、ちゃんと見ていてあげるんですよ? そんな事まで、私に頼まれても困りますからね?」

ふふっ、と私は笑う。
そしてメルランさんとリリカさんも、同じように笑顔を溢した。

「そうね~。早苗にはもう充分、色々やってもらったんだもの」

「此処からは私達がしっかりしないと、妹の名が廃るってもんだよね」

ええ、その通りですよ。



「……あれ? メルラン? リリカ? それに早苗に幽々子嬢も?」



……えっ?

場の空気が、一瞬凍り付く。
私を含めた全員が、ゆっくりと声のした方へと振り向く。
そこには、扉を開いた姿勢のまま首を傾げるルナサさん。そしてその後ろには、涙で眼を赤くした妖夢さんの姿も。
あちゃー、長話が過ぎちゃいましたかね。

「……あっ」

と、あるものが視界に映って、私は思わず声を上げる。
ルナサさんの後ろにいる妖夢さんが、両手でしっかりと、ルナサさんの右手を握っているのが。

……ふふっ、なんだか微笑ましいですね。
さっきまでは、ルナサさんに手を握ってもらっただけで慌てふためいていたのに。
今は自分から、ルナサさんのその手を握れるようになったんですね。

妖夢さん、その心……絶対に忘れないで下さいよ?
ルナサさんの手を握るその両手が、あなた達のこれからの思い出の最初の一歩なんですから。

「……うがーっ! もうヤケだーっ!!
 妖夢!! ルナ姉を泣かしたら許さないかんね!! 私達がずっと見張ってるんだから!!」

「そうね~。そんな事したら、今度こそ右手を私のお人形さんのものにしちゃうから」

「えっ、えっ? ちょ、ど、どういう事ですか!?」

「メルラン、リリカ……」

事態が飲み込めていないのか、混乱中の妖夢さん。
だけどルナサさんはその時、なんとなくだけど、笑っていたような気がしました。

きっと、メルランさんとリリカさんの思いが、ルナサさんには判ったんでしょうね。
二人が自分の事を、大切に思ってくれている事が。
だから二人はこの肝試しで、ちゃんと自分の役割を果たしたんだと。

ほら、その証拠に……。

今のルナサさんの顔、凄く嬉しそうですよ……。



「幽々子さん、あなたは本当に、これで良かったんですか?」

妖夢さんとルナサさんに抱き寄るメルランさんとリリカさん。
彼女達を置いておいて私は、一人輪の外からみんなを見つめる幽々子さんに声を掛ける。

「……ええ、良かったと思ってるわよ?」

……本当ですかね。

「あの二人がルナサさんを好きなのと同じくらいに、妖夢さんの事を好きなんだと思っていましたが」

「ええ、私は妖夢が大好き」

くすくすと、意地の悪い笑みを浮かべる幽々子さん。本当に、何を考えているのかがよく判らない人ですね。
ルナサさんと妖夢さんのあんな姿を見ても、メルランさんと違って全然感情を表に出しませんし。

まあ、なんとなく理由は判るんですけどね。
腹の底は見えないけれど……たぶん、あなたの心もルナサさんや妖夢さんと、一緒のものでしょうから。

そうだ、せっかくだからお返しですよ。幽々子さんには昼間、随分とからかわれましたからね。
この言葉が幽々子さんに効果があるかは判りませんが……それでも、ちょっとでも驚いた表情が見られれば、それでOKです。



「あなたの恋も、叶うといいですね」



……ほんの一瞬だけ、幽々子さんは大きく目を見開いて、今までの余裕たっぷりの表情を崩す。

「……大丈夫よ。私と“あの人”は、あの子たちよりも古い付き合いなんだから」

だけどすぐに、幽々子さんの表情は元に戻る。

そうですか、それは何よりです。
やっぱりあなたには、妖夢さんの他に思い人がいるんですね。
確かに妖夢さんの事も大好きだけれど……それ以上に、あなたには強く思っている人がいる。
それが誰なのかは知りませんが……妖夢さんよりも好きな人なんですから、きっと、本当に大切な人なんでしょう。

「あなたにも、恋の奇跡があらん事を」

「ふふっ、ありがとう、早苗ちゃん」

たぶん二重の意味で、お礼を言われる。
その言葉、それが何よりの私の楽しみなんですよ。
私は始まりを告げる風、東風谷早苗。幻想郷に吹く新しい風に、私はなりたい。
ルナサさんと妖夢さんの恋の架け橋になる事が出来たのであれば、それ以上の幸せは私にはありません。

こうする事で、私はもっともっと幻想郷に馴染んでいく事が出来るんだ。

もっと、もっと沢山の人に笑顔を。

幻想郷の全ての人に、私の奇跡の力を使えればいい。

それがこの私の、私自身の幸せなんですよ……。





 * * * * * *





―― あなたにも、恋の奇跡があらん事を



「……ふふっ、紫の言ったとおり、本当に面白い子だったわね」

夜が明けて、太陽が昇って、今はお昼過ぎくらいかしら。
枯葉の舞う白玉楼の庭を見つめながら、私は一人、縁側に座ってのんびりとしていた。

何時もの白玉楼なら、こんな風に枯葉が舞っている事はないでしょうね。妖夢がしっかりと掃除をしてくれるから。
だけど、今日だけはその妖夢はいない。何故かって……。

「あら、幽々子が一人でいるなんて、珍しいわね」

ぬるり、という音が聞こえてきそうだった。
でも、突然の事にも私は驚かない。だって、この人が白玉楼に来るのは、何時もこんな風に唐突なんだもの。

「今日は妖夢はお休みよ。今頃人間の里で“でーと”でもしているんじゃないかしら」

「それはそれは、どういう風の吹きまわし?」

私の隣で、上半身だけ隙間から身体を出している、私の旧知の友人。

今回の事……早苗ちゃんの事は、山の神様の他に、この八雲紫からも話を聞いていた。
普段は霊夢の話ばかりする紫にとって、それはとても珍しい事だった。
なんでも外の世界から来た人間で、霊夢のように神に仕える巫女……風祝と言うものらしい。
そして紫は、早苗ちゃんと弾幕ごっこを超えた戦いをして、そして敗れた。気になった人は過去作をご覧あれ、とは紫のセリフ。

とにかく、早苗ちゃんがどういう人間であるかは、その話を聞いた二年前くらいから知っていた。
その頃からちょっと興味を持っていたけれど、まさか今になって、こうして私も関わる事になるとはね。
運命って、本当に面白いものよね。

「妖夢ったら、やっとルナサちゃんに告白したのよ」

「あらあら、若いっていいわねぇ」

普段から年寄り呼ばわりされると怒るくせに、こう言う時は自分で年長者ぶるのよね。

「だから今日は、一日ルナサちゃんと遊んでくるように命令しておいたの」

「そう、本当に幽々子にしては珍しいわね」

「あら、その代わり明日からはまた働き詰めよ?」

「今まで通りね、問題ないわ」

紫は小さく笑った。

「それを言うなら紫だって、こんな時間から起きてるなんて珍しいじゃない」

今はまだ昼過ぎ。普段の紫なら、あと1~2時間は寝てると思うけど……。

「幽々子は私の事を何だと思ってるのかしら?」

「睡魔妖怪?」

「藍、幽々子の座布団全部持って行きなさい」

隙間に向かってそう言ったけれど、当然藍ちゃんからの返事はなかった。
紫の事だ、今の事を口実に、後でお仕置きでもするんでしょうね。
藍ちゃん、強く生きなさい。心の中で合掌。

「まあとにかく、私にだって1日くらい早起きする日はあるわよ」

春先だったら意外に思わなかったかもしれないけれど、今は秋よ?
冬眠前の紫が早起きするだなんて、異変の前触れじゃなきゃいいわね。

「それに、あなたが早苗に逢ったって話を聞いたからね。感想をお聞かせ願いたいわ」

あら、そう。
まあ、何となく紫の気持ちも判るけど。あんなに面白い人間、そうそういるものじゃないしね。

「そうね……妖夢がああして前に進む事が出来たのも、全部早苗ちゃんのおかげ。
 そう言えるのに、あの子自身は殆ど何もしてないのよね。私達に助言だけして、後はほったらかし。
 まるでリリカちゃんみたいだけど、何かが決定的に違う気がする。早苗ちゃんは……」

そこで、私の言葉がいったん止まる。
なんだろう、早苗ちゃんの事をなんて表現すればいいのか、上手い言葉が思いつかない。
狡猾だとか、そう言う言葉はいくらでも存在する。でも、なんだかもっと違う言葉がある気がする。
もっと、早苗ちゃんにぴったりの言葉は……。


「神様みたい、でしょ?」


……紫はあっさりと、私が言いたかった言葉を口にした。

「……ええ、その通りね」

そうだ、早苗ちゃんは……神様みたいだ。
自分は何もしない。人に助言は与えるけれど、直接手を下す事はしない。
だと言うのに、結局はみんなを幸せにしてくれる。人が幸せになるための方法を知っている。
……そして、人の幸せを喜んでくれる。他人を幸せにする事で、自分も幸せになる。早苗ちゃんは、それを一番の喜びとしている。

「人間だって言うのに、長生きしている私達なんかより、ずっとずっと神様に近い子だったわね」

「現人神。人でありながら、同時に神である。それがあの子なのよ」

そうね……。
本当の意味で、あの子は神様なんだな。そりゃあ、私なんかよりもずっとずっと、妖夢やルナサちゃんのためになる事を思いつくはずよね。

……現人神……。
それでも、早苗ちゃんは人間。どれだけ神に近くたって、人間である事に変わりはない。

あの子は、私に言った。『あなたにも、恋の奇跡があらん事を』と。

でもね、早苗ちゃん。あなたはそれでいいの?

あなたは本当に、他人の幸せを自分の幸せのように感じられる。
それは、とても立派な事。だってそんなあなたは、自分の事よりも他人の事を一番に考えられるんですもの。

だけど、本当にあなたの幸せはそれだけなの?

あなたにとって、他人の幸せは自分の幸せ。それでも、自分の幸せだって自分の幸せでしょう?
あなたは他人を幸せにしようとするあまり、自分の“本当の幸せ”を見つけていないんじゃない?
神である前に、あなたは普通の人間のはず。他の女の子と変わらない、妖夢と変わらない、幸せを求める人間のはず。
だというのに、他人の事ばかりを考えていて……あなたは大丈夫なの?
勿論、私の杞憂なのかもしれないけれど……。

「ええ、大丈夫よ」

「……人の心は読むものじゃないわよ?」

「何百年幽々子の傍にいると思ってるの? 考えている事くらい、顔を見れば判るわよ」

あら、普段は“何も考えてなさそう”だとか言うくせに、こういう時だけは調子がいいわね。

「でも、早苗はちゃんと、早苗自身の幸せを知っている。
 自分が誰の隣にいる時が幸せなのかを既に知っているからこそ、あの子は他人の事を本気で考えられるのよ。
 妖夢やルナサよりも、あの子はずっとずっと早く、自分の幸せを見つけていた、という事よ」

そう、ならいいのだけれど……。
紫は早苗ちゃんの事を良く知っているわね。あの子の記憶でも覗いた事があるのかしら?

……記憶、か。
生きていた頃の私は、人並みに幸せを求めた事はあったのだろうか。
生きていた頃の事は、私は何も覚えていない。どんな人生を送っていたのか、どんなふうにして死んだのか……さっぱり判らない。

……それでも、たった一つだけ、覚えてる事があったっけ……。
……ああ、そうだ。一つだけ、覚えている。絶対に忘れる事の出来ない、大切な思い出が。
それが、今もまだ追い続けている、私の幸せ……。

「まあ、霊夢とは大違いの、神の従者である事はよく判ったわ」

「あら、霊夢だってそれっぽいところはあるのよ? この間だって……」

あっと、しまった。うっかり霊夢の話を振ってしまった。
こうなると暫くは止まらないのよね。本当に、紫は霊夢に夢中なんだから。
そりゃあ、弾幕ごっことは言え初めて自分を倒した、私達の知る中で最強の人間。興味が湧くのは判るけれど……。


……まったくもう、人の気も知らないで。


「それでね、その時霊夢ったらね……」

笑顔で霊夢の自慢話をする紫。
私はそんな紫の話を、いつも悶々した気持ちで聞いている。

私が追い求めている幸せ。
それは私の生前、たった一人だけ私を『友達』だと言ってくれた、一人の妖怪の傍で生きる事。
どんな人生だったのか全く覚えていないのに、その妖怪だけが私の事を『友達』だと言ってくれたこと、それをハッキリと覚えている。
死んでも、この妖怪の事だけは忘れたくない。きっと、生前の私はそう思ったんだろうな。そして、その願いは叶ったんだと思う。

「ちょっと幽々子? ちゃんと聞いてるの?」

「はいはい、聞いてませんよ~」

「ああもう、幽々子ったら!」

そしてその妖怪の傍に、こうして今私はいる。
その妖怪の心が、一人の人間に奪われなければ、私の幸せは既に叶っていたんでしょうね。

でも、霊夢を恨む事も出来ない。
だって、紫が霊夢をそんなにも熱心に愛する理由は、私達が妖夢とルナサちゃんの幸せを願った理由と、全く同じものだから。

……霊夢も妖夢も、とても儚いから……。

私達と比べれば、ほんの一瞬の時間しか生きられない霊夢。普通の人間よりは長いけれど、やっぱり僅かな時間しか生きられない妖夢。
私やメルランちゃん、リリカちゃんが二人の幸せを願った理由は、妖夢とルナサちゃんに、後悔して欲しくなかったから。
たった数百年という短い一生を、最後の最後まで幸せでいて欲しいから。
その短い時間を、ルナサちゃんなら幸せなものにしてくれると思ったから。
本当に好きな人の傍で、力いっぱいその人生を生き抜いて欲しいから。

……人を死に誘う能力を持つ私が、妖夢にそんな事を願うなんて、酔狂なものよね。

紫が霊夢を愛するのも、妖夢より短い一生しか持っていない、人間であるあの子の幸せを、一番近い場所で見ていたいから。
自分が興味を示した、心惹かれた人間の一生を、その目と記憶に刻み付けておきたいから。

勿論、この話は紫に聞いたわけじゃない。私の勝手な想像。
だけど、紫が私の考えを読めるって言うなら、それは私だって同じ。何百年あなたの事を思い続けていると思ってるのよ。

だから、私の幸せはもうちょっとだけ、先送りにしておこう。
霊夢の一生を見届けた紫を、泣き崩れるであろう紫を傍で支えてあげる。それが、私の役目なんだと思う。
後数十年。なに、紫と過ごしてきた数百年に比べれば、あっという間の時間。
今だけは、霊夢と紫の、二人の幸せを願う事にしよう……。

早苗ちゃん、こんな私でも、妖夢以上に待っているだけの私でも、幸せになる事は出来るのかしら?

……ああ、ごめんなさい。聞くまでもなかったようね。

あなたなら、何の迷いもなく言ってくれるでしょうね。

本当の幸せを知っているという、あなたなら……。



『当然です!』って、ね……。





 * * * * * *





「早苗ー」

守矢神社に帰る途中、急に小傘さんに呼び掛けられた。
因みに、結局小傘さんは明け方ぐらいまで気を失っていたので、昨日ははプリズムリバー家に泊めてもらっていました。神奈子様に連絡は入れています。
それにしても、どれだけ妖夢さんの驚きが快感だったんでしょうか。チクショウ妖夢さんが羨ましい。

「はい、なんでしょうか?」

「早苗って、どんな事をしてる時が一番幸せなの?」

ふえっ?

「……急にどうしたんです? まだ意識がはっきりしていないんですか?」

「いや、そうじゃなくて……」

少し俯く小傘さん。意識がはっきりしているというなら、いったい何を考えているんでしょうか。

「早苗ってさ、いつもいつも他の人の事ばっかり考えてるみたいだから。
 あんまり、自分の事を考えていないような気がして……。早苗はそれでいいのかなって。
 私が人を驚かす事みたいな幸せな事って、早苗にとっては何なんだろうって……」

小傘さんにしては珍しく、とても真面目そうな質問。
意外と、小傘さんも鋭いですね。なんだかんだ言って、妖怪になるほどに生きているだけの事はありますか。
何時もだったら『あなたを虐めている時』とか『子供を愛している時』とか答えるでしょうけど、仕方ないので真面目に答えましょうか。
あ、まあ、今言ったのも真面目ではありますけどね。

「私は、誰かと一緒にいる事が一番好きなんです」

足を止めて、小傘さんの方に向き直る。

「誰かと、一緒にいる事?」

「ええ、そうです。ちょうど、小傘さんが人を驚かす事で幸せになるかのように、私も誰かに笑ってもらえる事が……」

……ううん、ちょっと違いますかね。私は首を振る。
確かに、笑って貰える事も幸せです。一緒に悲しむ事も、時として幸せです。

そう、私は、全部が全部、幸せなんです。

一人でいる時だって、誰かと一緒にいる時だって、楽しい時だって、寂しい時だって、悲しい時でさえも。

私には、いつだって誰かが傍にいてくれた。神奈子様が、諏訪子様が、いろんな人が傍にいてくれた。

私の幸せは、いつも誰がが傍にいてくれる事。どんな時だって、誰かと心が繋がっている事。



そう、私は……。





「私は、この世界に生きている事が幸せなんですよ」





手を大きく広げ、精一杯小傘さんにそれを伝えてみた。

私は、今この世界を生きている。生きていなければ、誰かと共に在るこの幸せを感じられない。寂しさも悲しさも感じられない。
だから、嬉しい事も悲しい事も、全部ひっくるめて、私は幸せなんです。
それに、こんなファンタスティックな世界に、幻想郷に生きていられる事。これが幸せじゃないだなんて、贅沢にもほどがあるってモノですよ!

「生きている、事が……?」

「はい。勿論小傘さん、今こうしてこの場に、あなたと一緒にいる事。それも全部、私の幸せなんですよ」

小傘さんに手を差し出す。
私は小傘さんの事、大好きですからね。子供が好きだからというだけでなく、友達としてあなたの事が大好きです。
あなたの前向きな姿勢は、何時でも明るいあなたの笑顔は、私の心を何時だって光で照らしてくれる。
あなたは神奈子様や諏訪子様とは違った、私の新しい光。あなたと一緒にいられれば、私は自分の幸せを追い続けられる気がするんです。

「……そっか。そういうのも、ありなのかもね」

……小傘さん?

「早苗、私も早苗と一緒にいられるこの時が、凄く幸せだよ!」

弾けんばかりの笑顔を見せて、小傘さんは私の手を取ってくれる。
妖怪だというのに、私とは別の世界の存在のはずなのに、どうしてこんなにも、小傘さんは眩しいんでしょうね。
悔しいけれど、ちょっとだけ吃驚しましたよ。

小傘さんがどういう意味でそう言ってくれたのかは、判りません。
でも願わくば、私と同じ意味であった事を……“友達”だという意味で言ってくれた事を、信じましょう。

だから、私も笑う。
この小傘さんの眩しい笑顔に、少しでも対抗出来るように。
小傘さんの温もりあるこの手に、少しでも同じ温かさを返せるように。

「……さあ、帰りましょう小傘さん。私達の家に」

「うんっ!」

小傘さんの手を取ったまま、私は再び家路を歩き始める。

……この姿、ルナサさんと妖夢さんと同じですね。
ルナサさんが前に立ち、その後ろでしっかりとルナサさんの手を握っていた妖夢さん。
あの二人は“友達”のラインを一歩踏み越えて、二人でその先に進み始めたけど……。

私は……出来れば、そのラインを踏み越えたくはない。少なくとも、今この時は。

だって、まだまだ私には足りないんです。

もっともっと、私は“絆”が欲しいんです。

幻想郷の全ての人と、私は心を繋げたい。

全ての人の、笑顔を見たい。

もっともっと、いろんな人との出会いを、私は体験していきたい。



ああ、今度はどんな人に出会えるんでしょうか!





次に出会う誰かさん、私の奇跡を楽しみにしていてくださいね!










「そう言えば、早苗。神様に頼まれた事はどうしたの?」

「あっ……」


 * * * * * * * * * * * *

今晩は、酢烏賊楓です。私はこのシリーズを1年に1話書くつもりなのか? どうでもいいですね、はい。……いいのか?((
此処のところネット回線がぶっ壊れたりでいろいろ大変でした。どうでもいいですね、はい。

さて、今回の話なんですが……。
……ルナみょんってマイナーカップリングなんですか?((
この話を書くに当たって、いろいろ参考にさせていただこうとタグ検索してみたら「ルナみょん」が0件だったんですが(´・ω・`)
おかしい、ルナサとみょんは二次では仲良し設定をよく見る。だったらルナみょんがあってもいいはず……。

だったら俺が創想話初(あくまでタグ検索内)のルナみょん話を作ってやる!!

とか思いながら書いてたらこんな長くなってしまいました……。どうしてこうなった……こうしてこうなった。
ゆゆみょんが鉄板過ぎるのは判りますとも。でもたまには変化球もいいと思うんだ……。

しかしまあ、『風祝と~』シリーズだというのに早苗さんパートが半分以下だという……。
しかもそのせいかシリアスパートばっかだし……本当にこの話をシリーズにしていいのか……。
これもルナみょんに焦点を絞りすぎたせいですね……反省します……。
次はもっと早苗さんで書ければいいな……。

とにかく、此処までお読みいただきありがとうございました。
ルナみょんもありだな、と思っていただければ幸いです。
ご意見、感想、突っ込み、誤字訂正等ありましたら是非。


【追記】
タグが何故か6個しか入らない……小傘ちゃんの名前が……orz
酢烏賊楓
[email protected]
http://www.geocities.jp/magic_three_map/Kochiyami.html
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コメント



0.700簡易評価
1.100奇声を発する程度の能力削除
とっても素晴らしいお話でした!!感動しました
>タグ
何か半角にすると入ると聞いたことがあるような…(違ったらすいませんorz
5.無評価名前が無い程度の能力削除
何回ふえふえ鳴くのかと
12.100名前が無い程度の能力削除
ルナみょんだと・・・?
自分の求めていたものが今ここに!
ごちそうさまでした。
13.100名前が無い程度の能力削除
酢烏さん待ってましたああ亜!
15.100ゆう削除
いつの間にか新作きてたーっ!
このシリーズ、いつも楽しみに読ませていただいてます。

そしてS苗さんド親切。ルナサ&みょんのほのぼの話、楽しませていただきました。
ゆゆ様も幸せになりますように。
16.100Rスキー削除
昔からのファンです。
相変わらずのギャグの中にあるテーマ性とハートフル・・・。
素晴らしいです!
21.100名前が無い程度の能力削除
6年経って読み返してみても、これ以上のルナみょんに出会えていません。
超亀ながら、人気投票で宣伝させていただきました!