Coolier - 新生・東方創想話

博麗腋異変

2011/02/19 00:37:44
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 それらが苦手な方は『戻る』をクリックすることをおすすめします。





 嫌な予感がした。
 胸がざわつくような、まるで心がささくれ立って触れれば猛烈な痒みが襲うかのような感覚。
 しかし実際はそんなことはなく、胸の中心に手をやっても体は何の反応も起こさない。
 一見平和な幻想郷の彼方を睨みつける。
 透き通るような浅葱色の空に、小さくも大きくもない純白の雲が千切れ千切れに浮かんでいる。
 時折吹きつける風には適度な水分が含まれており、先週までの乾いた冷たいそれとは大違いだ。
 ――春が来る。
 ようやく長きに渡って猛威を振るった冬が去り、新たな生命が謳歌する季節がやってくるのだ。
 これからは厚手の毛布に包まって三十分も布団から出られない、なんてことは少なくなるだろう。
 歓迎すべきことだ。冬が特別嫌いではないが、過ごしやすい季節は大歓迎である。
 だというのに――。

「……嫌なものまでやってきそうね」

 持っていた湯飲みを脇に置き、ふうっと静かに溜め息をついた。
 直感した。おそらく面倒がやってくるのだと。しかもそれはこれまでにない規模の『異変』であると。
 誰かが代わりにやってくれないかな、と一瞬腐れ縁のエセ魔法使いの顔が思い浮かぶが、頭を緩やかに振って消した。
 彼女も異変解決に積極的な人物だが、元々これは自分の仕事なのだ。
 あんまり取られるとまたあのうるさい賢者様からお叱りの言葉がくるに違いない。

「さて、お札の追加でもしようかしら。長丁場になりそうだし」

 立ち上がって淡々と書斎に向かう。
 老後はお茶を飲みながらのんびり過ごしたい、というのが博麗霊夢の夢だった。





 準備を整え終わってから丸一日。
 いつものように縁側で緑茶を啜りながら空を眺めていると、それが来た。

 ――ピシリ、と。

 博麗神社全体を覆っている結界が音を立てたのだ。
 それを耳聡く聞きつけた霊夢は素早く湯飲みを置き、御幣を手に境内の中心へ向かった。
 足取りこそのんびりしているものの、意識は冴え切っていて油断は微塵もない。
 いつでもお札を百枚単位で投げる態勢を維持しつつ、三百六十度すべての方角に気を配る。
 そして、来訪者を待った。

 先ほどの音は、別に結界が破れた音というわけではない。
 元々博麗神社には強力な結界がいくつも張ってあるのだが、その内の一つである『妖怪に対する結界』が反応したのだ。
 先代博麗の巫女時までは、近づいた妖怪を撃滅するためのものだったらしい。しかし、代が霊夢に移り変わった時にその効力が何故か妖怪に反応するだけのものになっていた。
 結果的には妖怪に対する守りを弱めたということになるが、霊夢本人に張りなおそうという気はなかった。
 なんせ、客人のほとんどが妖怪だからである。
 それも強大弱小問わず、様々な能力を持つ妖怪が来るため、張りなおそうにも強さの加減が分からないのだ。
 強力な妖怪を退けるほどにすれば弱小妖怪が死ぬかもしれず、逆に弱小妖怪が普通の通れる程度なら今と大差ない。
 というわけで、妖怪が遊びに来た呼び鈴代わりとして今も張られているのだ。

 それが今、鳴ったということ。
 異変の気配を敏感に察知していた霊夢にとって、これから来る妖怪は少なくとも遊びに来た妖怪ではない。
 これまでも霊夢を助けてきた第六感が、鋭く告げていた。
 待つこと一分弱。ようやく霊夢は近づいてくる気配を察知した。
 気配の向き、大きさ。それを深々と吟味して――霊夢は首をかしげた。

「……真正面から? それにこの妖力……怪我をしているの?」

 不可解だった。
 気配の主は予想通り妖怪。ただ、その佇まいが異常だったのだ。
 どうやら相手は博麗神社の階段を一段一段上っているらしかった。そしてその身に宿る妖力は霊夢が知り合った妖怪の中でもトップクラスの高さ。なのに、まるで蜃気楼であるかのように不安定である。
 たぶん相当に消耗している、というのが霊夢の見解だった。
 それでも抜かりなく辺りを見渡し、霊夢は一歩も動かず来訪者を待ち受ける。
 そして、その姿がゆっくり現れた。足を引き摺るように歩き、境内に三歩ほど入ったところで止まった。
 霊夢は一旦訝しむように目を細め――ようやく、彼女が誰であるかを悟った。

「紫!?」

 一瞬にして霊夢の頭から警戒心がぶっ飛び、今にも崩れ落ちそうな女性に駆け寄った。
 お洒落好きな彼女の服はボロボロになっており、杖代わりに使っている傘もところどころ破れている。
 まさしく、満身創痍だった。
 霊夢が自分の元に来るのを待っていたのか、女性――八雲紫は苦しそうに笑みを浮かべた。

「……おはよう、霊夢。ご機嫌は……いかがかしら?」
「何こんな時に暢気なこと言ってんのよ! ほら、さっさと怪我の治療をしないと……!」
「……結構よ。もう間に合わない。それに、ここに来たのは助けてもらいたいからじゃないの」

 紫は霊夢が差し伸べた手を払い除け、毅然と言い放った。
 そして後ずさりするように足を後ろへ運ぶ。あと一歩で階段から転げ落ちてしまう、という場所で立ち止まり。

「霊夢。今回の異変は以前と比べ物にならないほどの規模よ。心してかかりなさい」
「え、ええわかった。でもどういう異変なのよ」
「……が、幻想入りした」
「え? なんて言ったの?」

 紫は苦しそうに顔を歪め、搾り出すように核心の言葉を口にした。



「常識が、幻想入りしたわ」



「――なんですって」

 これにはさすがの霊夢も瞠目し、耳を疑った。
 ――幻想郷には『幻と実体の境界』と『博麗大結界』という二つの結界が張られている。
 前者は、外の世界において勢力の弱まった妖怪や生物や道具などを幻想郷に引き込むというもの。
 後者は、外の世界と幻想郷の往来を遮断するもので、外の世界の『常識』を幻想郷の『非常識』に、外の世界の『非常識』を幻想郷の『常識』に区別する論理的な結界である。
 常識が幻想入りしたということは……。

「紫。大結界のどちらかが壊れたってこと?」
「……いいえ、言葉の通り『常識が幻想入り』してしまったの。外の世界での『常識』が崩壊し、『非常識』が常識に成り代わろうとしている。これを受けて、博麗大結界は今までの『常識』を『非常識』に、『非常識』を『常識』に変換させてしまった」
「なんていうこと……。しかるべき世界の変革だとでもいうの?」
「それは違う!」

 紫は強い口調で断言した。
 荒い息を立てながらも、その瞳は苛烈な意志で満ち溢れている。

「この事態を、望んで引き起こした人物がいる。黒幕ともいうべき存在が」
「そいつを退治すればいいのね?」
「おそらく。ただし、この件は貴女一人でやるしかないわ」
「……どういうこと?」

 霊夢は今まで誰かの助力を望んだことはない。
 満月の消えた夜は目の前にいる八雲紫に連れ出されてのことだったし、地底に赴いた時も助けを『強制』されたのだ。
 故に今回も紫が動けないのなら自分ひとりで行くつもりだった。
 しかし紫はゆっくりと頭を振る。

「ごめんなさい。今やこの世界にとって、異物は貴女なのだから」
「もうちょっと分かるように話しなさ……」

 ここで、霊夢は言葉を切った。
 その理由は、苦悶の表情を浮かべていた紫が突然吐血したからだ。
 いくら負傷しているからといっても、彼女は八雲紫。どんな状況でもこのような無様な姿を見せないはずだった。
 いつにない事態に、霊夢はようやくその深刻さに気がついた。
 せめて背中をさすってやろうと足を踏み出した瞬間。

「来ないで!」

 当の紫に、押し止められた。
 その悲痛な叫びに体が動かなくなる。そして胸のうちに、今まで体験したことのない感情が浮かんできた。
 ――無念だった。
 どこかで信頼していた。妖怪の賢者である八雲紫なら、どれほどの困難に立ち向かおうとも笑って解決するだろうと。
 それは憧れだったのかもしれない。彼女はこの世で唯一女性として完成された――。

「霊夢」
「……何よ」
「本当にごめんなさい」
「謝らないでよ。あんたは何もしちゃいないんだから」
「ええ。この異変に対して、何もできなかった」
「そういう意味じゃなくて……!」
「――霊夢」

 いつの間にやら下がっていた目線を上げると、熟した花弁を思わせる笑顔があった。
 口端から血の筋が流れていて、その顔には死相がありありと浮かんでいる。
 そんな彼女を――霊夢は素直に、綺麗だと思った。

「お願いがあるの。私の死に際は、見ないでちょうだい」
「博麗の巫女の名にかけて、誓うわ」
「ええ。貴女は博麗の巫女。今までにいない、そしてこれからもいない巫女」

 紫が緩やかに、体を後ろに反らした。
 たったそれだけで彼女の体は重力に囚われ、霊夢の視界から消えていく。
 咄嗟に顔を伏せた。それが約束であったし、何より枝から落ちゆく美しき花から目をそらしたかったから。
 刹那が何百倍にも引き伸ばされ、時間の感覚が一時消失する。

 風の囁きが、どこからか聞こえてきた。



「私が愛した、最初で最後の巫女。さようなら、霊夢――」



 霊夢はかっと目を見開き、紫がいた大階段の方向を見た。
 何もなかった。紫の吐いた血すらも消えうせ、いつもと変わらない、滅多に使われない大階段。
 彼女がいた痕跡は何一つ残っていない。まるで、その存在が最初から幻であったかのように。

「…………」

 階段の底を覗きたくなるが、その衝動を必死に堪える。
 視界が徐々にぼやけ、鼻がツンと痛くなる。震えだす全身を両手で抱きしめるようにして押さえた。
 胸の中を荒れ狂う激情が静まるのを、目を閉じたまま待った。
 そして、再び目を開いた時には、いつもの屹然とした博麗霊夢が戻っていた。

「異変解決の第一歩は、やっぱり飛ぶことよね」

 そう呟いて、霊夢は悠々と空を舞った。
 その途中で頬から流れ落ちた一筋の水滴が、乾ききった石畳に落下した。
 ぽつり、と一粒だけ。







 霊夢が怪しい人物を探しながら空を飛んでいると、さっそくそれらしい者を発見した。
 すぐさま急降下し、街道の真ん中で人間の男性と話していた少女に声をかけた。

「ちょっといいかしら? ナズーリン」
「おや、博麗の巫女じゃないか。私に何か用かい?」

 命蓮寺に籍を置くネズミの妖怪、ナズーリンである。
 彼女は「ちょっと待ってくれ」とこちらに断りを入れ、会話をしていた人間に一言二言礼を口にした。
 どういった経緯かは知らないが、それを聞いた男性は笑いながら手を上げて里の方角へ去っていった。
 しばらくナズーリンは彼を見送り、そしてようやくこっちに目を向けた。

「君から声をかけてくるなんて珍しいじゃないか。どういった風の吹き回しだい?」
「あなたこそ、何をやっていたの?」

 霊夢は今までナズーリンは他人と接したがらない性格だと思っていた。
 表立って拒絶することはないが、宴会などの大衆が集まるような状況ではよく喧騒の外で身を置いていたはずだ。
 その疑問に、ナズーリンは少々渋い顔で答えた。

「……他言しないでほしいんだが。実はご主人がまた宝塔を無くしてしまってね」
「また? これで何回目なのよ」
「おいおい、数えてたら今頃私は自分の任務を投げ出しているさ」

 ナズーリンは自嘲するように唇を歪めた。
 その態度には長年において蓄積された疲労のようなものが垣間見える。

「まあともかく、そいつを探して情報を集めてたんだ。ここも人通りは少なくないしね」
「……あんた、ダウザーでしょ? なんだってそんな地道なことしてるのよ」

 この妖怪、ナズーリンは自前のダウジングロッドを使って探し物を見つけるのが得意と聞いている。
 しかし彼女は不思議そうに首をかしげた。

「何を言っているんだね、君は。ダウジングなんて非科学的な手法で探しものができると、本気で思っているのか?」
「――は?」
「情報収集の基本は『足』だよ。紛失までの経緯、状況、行動ルート、あるいは拾得者の特定なんてのは歩いて見つけるものさ。森はネズミに探してもらってるし、私はこうして人や妖怪から情報を集めているんだ」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。探し物を探し当てるのがあんたの能力でしょ?」

 ナズーリンは鼻で笑い、幼子を諭すように言葉を紡いだ。

「能力、ね。たぶん普通の人妖は『特技』と呼ぶんじゃないかな。私がこの才能に突出してるというのは、まあ自覚しているがね。君も能力だなんて夢物語を口にするくらいなら、真面目に働きなよ。じゃあ」

 そう言うと、ナズーリンは呆然と立ち尽くす霊夢を尻目に、空へと飛び立った。
 しかしすぐに振り返り、冷ややかな目を向けてきた。

「博麗の巫女。一つだけ言わせてもらってもいいかな?」
「……なによ」

 口数少なく問う。
 すると、ナズーリンは言った。



「そんなに腋が丸見えの服じゃ着てて恥ずかしいだろ、常識的に考えて」






「……これが、常識の幻想入りの影響なの?」

 霊夢はしばし、ナズーリンが去った方向を見ながら得た情報をまとめた。
 まず分かったのは、常識が幻想入りしたところで幻想郷に住む人物の性格に変化はないということだった。
 今回出会ったナズーリンは霊夢の記憶するナズーリンと寸分違わないように思えた。
 次に相違点として、彼女は能力を使おうとしていなかったことか。
 これが使えないのか使わないのかはさておいて、能力そのものを信じていないようだった。

「外の世界では、能力がない……?」

 以前紫から聞いた話ではたしかに、外の世界の人間の才能には『能力』だなんて分かりやすい形で現出していないらしい。
 だが彼女は普通に空を飛んだ。ネズミは普通飛ばないはずなのに。
 ――いや、周囲を見渡すとちらほらと飛行する人影がある。
 もしかしたら外の世界でも空を飛ぶことが当然なのか、あるいはまったく別の要因か。
 しばらく頭を悩ましても答えは出なかったので、霊夢はすっぱり諦めた。

「情報が足りないわね。もっと回りましょう」

 中途で黒幕を発見したら速攻で潰す形で。
 新たな謎に頭を痛めつつ、霊夢は再び空を飛んだ。







 次に訪れたのは紅魔館である。
 やはり一度異変を起こしたというのもあるが、あそこの当主は非常に退屈を嫌っている。
 加えて、吸血鬼に時間を止めるメイド、七曜の魔女など騒動を起こす人材も豊富なのだ。
 なので、最初に訪れようと思っていた第一容疑者の家だった。
 ひとまず全員の話を聞こうと、重苦しい門の前に立っていた門番、紅美鈴に話しかけた。

「こんにちは。食べれない巫女の登場よ」
「これはこれは霊夢さん。こんな真昼間から何か御用ですか?」
「うん、ちょっと異変について尋ねに来たのよ。ちょっと通してもらえるかしら?」
「駄目です。許可のない人は通しちゃ駄目だって咲夜さんに言われてますもん」

 予想外だった。
 いつもの彼女ならこうして要求すればすぐに通してくれたのだが。

「はあ、どうして異変の時に限って門番の仕事を忠実にこなしてるのよ」
「……その言い方はやめてもらえませんか?」

 何が癇に障ったのか、美鈴が鋭い眼差しで射抜いてきた。
 霊夢は疑問に思いながらひとまず問いかけた。

「なによ、いつもはサボってるけどこんな時くらいしっかりしてるって言いたいの?」
「そんなくだらないことじゃありません! 私が許せないのは……」

 美鈴はびしっとこちらを指差して、宣言した。

「私は門番じゃなくて警備員です!」
「そっち!? というか、あんた以前自分は門番だって名乗ってたじゃない!」
「過去は過去、今は今。ともかく私は警備員で、許可のない人の出入りを禁止する立場にあるんです! 入りたければ事前にお嬢様の許可を貰ってからにしてください」
「あなたをここで倒して、じゃ駄目かしら」

 霊夢はお札の束を右手に、御幣を左手に構えた。
 これだけ戦意を表せば彼女も対応する。あちらに先手を取らせ、自己防衛という形で倒す。
 そういう算段だったのだが、これを見た美鈴は予想外の言葉を叫んだ。

「やめてください! 力ずくで来られると……警察を呼びますよ!」
「警察!? 展開が読めなさ過ぎてむしろ笑えてくるわよ! 武術の達人って設定はどうしたの!?」
「何言ってるんですか。武術を極めたんですから、安易に振るっちゃいけないんですよ」
「今度は正論過ぎる! ……というかちょっと思ったんだけど、自宅を警備する警備員ってどうなのよ」
「自宅の、警備員? それって……嫌っ言わないで!」

 何故か頭を抱えて震えだした。
 よく分からないが渾身の一撃だったらしい。この隙に入るべく、そろ~っと門を跨ごうと……。

「美鈴! めいり~ん! 助けてぇぇぇぇ!」
「!? 咲夜さん!?」

 館の方から、緊急を有するような叫びが響いてきた。
 何事かと思ってそちらに視線を送る。しかしその間に、呼ばれた美鈴は残像が見えるほどの速度で走り去っていた。
 後を追うか否かでしばし思案し――結局、見に行ってみることにした。

「……黒幕がいてくれるといいんだけどな」

 儚い望みに願いを託すように、霊夢はこっそり紅魔館に侵入した。



 事態は思いの他緊迫していた。
 状況はまったく把握できていないが、必死の形相をした咲夜と美鈴の姿で何とか緊迫しているのだと分かった。
 その原因――従者を纏わせながら前方に歩き出そうとしているレミリア・スカーレットに声をかける。

「レミリア。一体何をしてるの?」
「あら霊夢じゃない。霊夢の方から会いに来るなんて珍しいわねぇ」

 その様子は、咲夜と美鈴とは正反対に暢気なものだった。

「いや別に、特に用はないんだけど……どうしたの?」
「霊夢! ちょうど良かった、一緒にお嬢様を止めてちょうだい!」

 主の腰にへばりつく完全で瀟洒なメイド、十六夜咲夜が見たことがないほどの厳しい表情で頼んできた。
 美鈴も、自分より二周り以上小さい相手に顔を真っ赤にしながら抱きついていた。
 それが功を奏してか、レミリアは一歩も動けない状態にあるようだ。

「で、何がどうしたのよ」
「お嬢様がっ、日傘もなしにっ、太陽の下を歩き回りたいって、聞かないのよ!」
「はぁ? レミリア、あんた死にたいの? 吸血鬼が太陽の下って……」
「霊夢、あなたこそ何を言ってるの?」

 レミリアが心底疑問に思ったように、答えた。

「吸血鬼なんて幻想の生物がいるはずないじゃない。常識的に考えて」
「自分の存在全否定!? しかも幻想郷そのものも否定したわよ!?」
「咲夜も変よねぇ。日の光に当たるのは生き物として当然の行動じゃないの」
「それはそうですけど! なんだかとっても嫌な予感がするんです! お願いですから、日傘を使ってください!」
「やーよ。ほら、さっさと離しなさい」

 ずっずっずっ。
 なんと、レミリアは二人がかりで押さえられているのにも関わらず、歩き出したではないか。
 さすが吸血鬼というべきなのだろうが、当の本人は最大の弱点に向かって進んでいるのだから救いがない。

「ほらほら、危ないから。美鈴も早く警備の仕事に戻らなきゃ減給よ?」
「お嬢様の方が危ないのは確定的に明らか! 従者としての魂が叫ぶのです! お嬢様を止めろと!」
「お嬢様! お願いですから、館にお戻りください! 警備やりますから減給だけは!」
「あ、やっと出れた。――うふふ、美しい太陽ね……。時が見えるわ……綺麗……」
「「お嬢様ー!?」」
「あー……そろそろお暇させてもらうわ」

 ここに黒幕はいない――そう確信した霊夢は、足早にこの場を離れようとした。
 しかし灰化しかけているレミリアがそれを見咎め、残念そうに口を尖らせた。

「帰るの? だったら一ついいかしら」
「あ、私も私も」
「ならお嬢様に倣って私も言わせてもらいますわ」
「……なにかしら」

 すると、レミリアたちは声を揃えて言った。



「「「そんなに腋を見せびらかした服を着るのは恥ずかしいでしょ、常識的に考えて」」」







 それ以降も手当たり次第に黒幕を探したのだが、結局はみんなが変だということだけが判明した。
 ここでようやく、紫の言った『この件は貴女一人でやるしかないわ』という言葉が身にしみて理解できた。
 誰一人、この状況を異変だと認識できていないのだ。
 だから誰に会っても何の情報も得られないし、黒幕とやらに行き着くこともない。

「いえ、諦めちゃ駄目ね。異変は私が解決しなくちゃならないんだから」

 気合を入れるべく、自然と下がってきた頬を叩いた。
 ひりひりと覚悟していた以上に痛むが、そのおかげで疲れていた意識が冴えてきたようだ。
 一旦情報を整理するため、今まで会ってきた人たちの言葉を思い出す。


 白玉楼では。

『刀? ああ、持ってないわよ。だってそんなの危ないし、誰かが怪我したらどうするのよ』
『私がご飯を残すの、そんなに意外? 食べ物は自分の胃袋以上の量は詰め込めないじゃない』
『ところで、そんなに堂々と腋を出すのは恥ずかしいでしょう。常識的に考えて』

 永遠亭では。

『なんで跳ねるように歩いてるのかって? だって私はウサギなんだから当然でしょう』
『この異変の黒幕ですって? 残念ながら力になれないわね。私は医者なんだから患者を治すのが最優先だもの』
『ところで、いくら処理が完璧だとしても腋を出すのは恥ずかしいでしょう。常識的に考えて』

 三途の川では。

『悪いねぇ、今は暇じゃないんだ。これから落としたノートを拾った人間と行動しなきゃならんのさ』
『なんだその髭は、ですと? 閻魔といえば立派な髭があるでしょう。私も付けてみたんです。似合いますか?』
『そう、あなたは少し腋を出しすぎている。このままでは常識から外れてしまいますよ』

 守矢神社では。

『ああ、悪いが力になれないね。早苗が泣いてるんだよ。こっちの片をつけなきゃね』
『『せっかく私が幻想入りしたのに、常識まで幻想入りしてどうするんですか』って。困ったもんだよ』
『あんまりこういうことは言いたくないけど……早苗に腋を出さないよう説得してくれない?』

 地霊殿では。

『人の心が読める? そんな力があってたまるものですか。まあ時々、ふっと入ってきますが』
『死体を運ぶのかって? 何言ってるのさ。ちゃんと供養してお墓に入れるのが筋ってもんだろ?』
『ところで、どんなに自信があっても腋を出すのは恥ずかしいことだろうねぇ。常識的に考えて』



 ……思い返しても、大した情報は得られてないことは明白だった。
 唯一の共通点といえば、『腋出しファッションは皆から非難されるほど恥ずかしいもの』ということくらい。
 さすがに博麗霊夢の服装を改めるだけのために、このような異変が起こるはずもない。
 となると、後は今までに会わなかった人物が怪しいということになるが……。
 霊夢はそこまで考え、ポンッと手を叩いた。
 思いついたのだ。これくらい大きな事件が大好きで、ともあれば自ら異変を起こしかねない人間。
 いつもならすぐに首を突っ込むはずだというのに、今回に限っては姿すら見かけないのだ。
 怪しいことこの上なし、というより黒確定である。

「そうね、そういえばおかしいと思ったわ。あれがいつまでも姿を現さない――」

 ここで言葉を切り、無造作に手を真横に突き出した。
 そして一言。

「――二重結界」

 呟いた瞬間、霊夢を囲むようにして二つ折り重なった結界が発現した。
 もとより博麗の巫女は結界術に長けた一族。たとえ血が繋がらなくとも、その特性は脈々と受け継がれている。
 しかも、その中で歴代最強と謳われる霊夢が生み出す結界は非常に強固なもので、並大抵の衝撃ではヒビすらも付けられない。
 それが二つ。並みの攻撃では空気を震わすことすら叶わず、鬼の一撃であろうとも三秒は稼げよう。
 そんな鉄壁を――凄まじい轟音を放つ極太の光線が、いともあっさりと飲み込んだ。







 これを光景として見た者がいたのなら、彼らは口を揃えて『あれは昇竜であった』と言うに違いない。
 実際は化け物茸で生成した魔法の燃料を、ミニ八卦炉に流し込んで発動させたレーザーなのだが。
 霊夢は攻撃が止んだことを確認すると、結界を御幣で叩き割った。
 本来このようなもので破壊されるものではないのだが、先ほどの一撃ですでにボロボロになっていたのだ。
 腕を上げたなぁと他人事のように思いながら、辺りに漂う焦げた匂いに鼻を押さえた。
 そして眼下にいる、黒い三角帽子とエプロンドレスを着た少女に声をかけた。

「ずいぶん上達したじゃない。相変わらず破壊にしか使えなさそうな魔法だけどね」
「そう言われると思って、マスタースパーク一発で部屋が片付くような魔法を目下研究中だぜ」
「比較的簡単じゃない? ほら、それで全部消し飛ばせばいいんだし」
「それもそうだな。今度お前の部屋で試してみるか」
「だが断る」

 少女はふわりと浮かび、こちらと視線が合う高さまで上昇した。
 その顔にはいつもの自信に満ちた笑みが浮かんでおり、相棒の八卦炉を片手で玩んでいる。
 霊夢は少女――霧雨魔理沙に、語気を強めて問う。

「――で、なんだってこんな異変起こしたの」
「そうなんだよな。そいつが謎だ。私もさっきから頭を悩ませている」
「ふざけてるの? 自分でやったことの理由を、自分で分かってないって言うのかしら」
「まったくもって同意見だ。まさかこんな理由でこれほどの大規模な異変が起こせるってのは信じがたいぜ」

 魔理沙は掴みどころのない返答ばかりをする。
 それが、霊夢の苛立ちを加速度的に増加させていった。
 そしてついに、自分の奥底に眠っていた感情が産声を上げながら爆発した。

「魔理沙ぁ! なんで紫を殺した!?」

 ここで、魔理沙の両眼が大きく見開かれた。
 ――それこそ、心底驚いたかのように。

(この反応……魔理沙じゃないの?)

 ついつい犯人ではないかと疑ったところに恋符の一撃。
 このことが彼女をこの異変の首謀者であると思わせたのだが、もしかしたら魔理沙も通りすがりだろうか。
 いやしかし、それならばこちらに攻撃を仕掛けてくるはずがない。
 博麗霊夢に、しかもスペルカード宣言なしで。
 だが、霊夢にはどうも違和感があった。そのことが霊夢に考える時間と魔理沙が話す機会を与えた。
 魔理沙は目を細めて表情を消した。いつも感情の表現を絶やさない彼女にしては珍しい態度だった。

「……霊夢。お前、八雲紫を殺したのか?」
「はぁ? なんで私があいつを殺さなきゃならないのよ。殺したのはこの異変の犯人……」
「だったらお前じゃないか。いつからお前は異変を解決する側から起こす側に転換したんだ?」
「――ちょっと待ちなさい。異変の犯人は、誰だって?」

 今、とんでもなく聞き捨てならない台詞が彼女の口から飛び出した。
 それを再確認するべく聞くと、魔理沙は視線を鋭く答えた。

「博麗霊夢。お前が、この異変を起こした張本人だ」



「――くだらないわね。冗談も休み休み言いなさい」

 一瞬思考が真っ白になり、声が擦れる。それでもこれだけは言った。

「どうして私が異変を起こさなくちゃいけないの? だいたい、なんであんたはこの異変を認識できてるのよ!」
「たしかに、この異変は気づくのが相当難しいだろうな。なんせ、長年一緒にいた私でさえようやく分かったんだから」

 魔理沙は冷静だった。冷静にこちらを見据え、油断なく一挙一動に注目している。
 そのことが、たまらなく悲しかった。

「おかしいと思ったのは朝食を食べ終えたすぐ後だった。前からおかしいと思ってたんだが、見慣れてたし『まあ、あんなのもありじゃないかな』とも思ってたんだ」
「…………」
「でも、不意に気づいたんだ。やっぱりあれは常軌を逸していると。今考えてもやっぱりありえないんだ。しかしそこに大きな疑問が生まれた。何故私は今頃こんなことを言い出すのか、と」
「……頭がどうかしてたんじゃないの?」
「言い得て妙だな。そう、私はどうかしてたんだ。だが正常から異常に変わったわけじゃない。異常が、正常に戻ったんだ。これが今回の異変の全貌だ。今の今まで私は――幻想郷は、博麗霊夢の引き起こした異変に囚われていたんだ」

 魔理沙がゆっくりと腕を上げた。
 その手には八卦炉が握られており、その射線は自分――博麗霊夢に向いていた。
 しかもその瞳は激しい敵愾心に満ちている。全身からは戦意がありありと浮かんでいた。
 決定的だった。霧雨魔理沙は博麗霊夢を、完全に敵視している。

「まるで常識と非常識がひっくり返された気分だぜ。今までありえないと思っていたことが普通で、普通だと思っていたことが実はありえないだなんてな。そしてこんな大きい異変を起こせるのは境界を操る八雲紫か、あるいは博麗大結界を担う――」
「……私、か」
「そうだ。騙していたなんて許せない。でも、それ以上に悲しいんだ。私はお前の友達だと思っていた。たとえどんなにおかしいことを言おうと、変な趣味を持っていたとしても構わない。でもそれを隠していたんならともかく、私の意志を捻じ曲げてまで受け入れさせていたという事実がどうしても悲しい」

 唐突に、魔理沙の瞳から一筋の涙が零れた。
 口は真一文字に引き絞っており、嗚咽を零すまいと必死の努力を重ねているようだった。
 霊夢はそれを見て――ひどく胸が締め付けられた。
 謂れのない犯人扱い。だがそれ以上に、友人にこのような表情を浮かべさせていることが辛かった。
 彼女を何とか慰めようと口を開いたが、出てきたのは無為な吐息ばかり。
 これまで感じたことのないほどの虚脱感が、霊夢を支配していた。

 ――もう、一人で抱え込むのはやめよう。

 不意に、自分の中からそんな声が湧き上がってきた。
 そうだ。魔理沙に全てを話して協力してもらおう。誤解だと懇切丁寧に説明し、助力を願おう。
 博麗霊夢は今まで自分ひとりだと思っていた。自分以外は全員他人だった。
 誰かと一緒にいても一人であるという感覚が拭えず、きっと自分は最後の時までそうなのだと疑わなかった。
 だからこそ異変解決なんていう役目は一人で解決してきたのだ。
 だけどもういいじゃないか。自分をこんなに想ってくれている人に、寄りかかってもいいじゃないか。

 霊夢は決意した。
 これより異変は自分だけで解決するのではなく、目の前にいる少女に手伝ってもらおうと。
 あるいはこれまで一緒に解決したいと言ってくれた人妖と共に空を飛んでみようと。
 霊夢は今、その第一歩を踏み出そうとしていた。

「……ねえ、魔理――」
「どうして言ってくれなかったんだ! 腋出しファッションが好きなんだって!」

 ピシリ、と。
 自分の奥底で何かが砕け散ったような音が確かにした。
 魔理沙はあくまでも悲しみの表情を湛え、懸命に諭してくる。

「そりゃあ、理解されるのは難しいさ! ノースリーブとかならまだしも、腋を完全に開けて無意味な袖を付けるなんて! でもさ、みんなの常識を弄ってまですることじゃないだろ! きっと理解者も出てきたはずだ!」
「…………」
「でも、私は違う! 自分の意見はきちんとお前に伝える! それが対等な友人としての役目だと信じているから!」
「……ああそう。つまり、何が言いたいの?」

 荒れ狂う激情を何とか制し、震えだす声もそのまま問いかけた。
 すると、魔理沙は訴えかけるように、言った。




「そんなに腋の露出した服はありえないだろ、常識的に考えて」




「……お前も腋かぁぁぁぁぁぁぁ!」
「ぎゃああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」





 霊夢は激怒した。

 感情の赴くまま、霊夢はありったけのお札を魔理沙に叩き込んだ。

 魔理沙はあえなく撃墜された。その表情は、どこか安らかのものだった。

 しかし霊夢に安息は訪れない。

 なぜならば、間違っているからだ。それは自分ではない。世界の方が間違っているのである――。



「いいわ、腋を出した服装が間違っているというのであれば――」

 拳を固め、天高く突き出した。
 それは宣戦布告だった。自分を認めてくれない、世界に対してのものだった。
 博麗霊夢はいかなるものにも縛られない。
 ここに今、異変を問答無用で解決する『博麗の巫女』が誕生した。

「まずは、その常識をぶち殺す!」





「どういうことだ? 妙に周囲が騒がしいな」
「そこのワーハクタク! この服を見なさい。これをどう思う?」
「突然何だ? まあそうだな……体を冷やさないためにも、もう少し腋を……」
「そじょぶ(その常識をぶち殺す)!」
「な、何を!? うわああああああああぁぁぁぁぁぁ!」



「……はぁ。紫様、どこに行かれたんだろうか」
「そこの九尾! この服を見なさい。これをどう思う?」
「いきなりだな。ふむ……見てるこっちが寒くなるから、腋を隠すと……」
「そじょぶ(その常識を(ry )!」
「な、にぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!? これほどの力を……!」



「事件の匂いがしますね! さっそく取材に行きましょう」
「そこの天狗! この服を見なさい。これをどう思う?」
「あやや、霊夢さん。それはいつもの服ですか……わ」
「そじょぶ(その(ry )!」
「あややぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!? わ、私は嫌いじゃないですよって言いたかったのに……がく」



「春ですよ~」
「そこの春告精! この服を見なさい。これをどう思う?」
「え? そ、そうですね~。ちょっと腋が開きすぎのような……」
「そじょぶ(そ(ry )!」
「きゃあああああああぁぁぁぁ!? な、なんなのよ~……」















 霊夢は博麗神社の境内に降り立った。
 周囲を見渡しても、妖怪はおろか妖精の姿さえ見えなかった。
 それはある意味当然だろう。
 何故なら、霊夢は先ほど目に付いた者をかたっぱしから殴り倒したからだ。
 しかし霊夢はどうでもよさそうに首を回し、疲れを抜くように軽く体操をする。
 十秒ほどそれを行い、そして凛と正面を見据えた。
 前にあるのは誰もいないはずの博麗神社。加えて、少量のお賽銭しか入っていない賽銭箱である。
 その賽銭箱を親の仇だと言わんばかりに睨みつけ――呼んだ。

「出てきなさい」

 その声が響いた瞬間、博麗神社を覆う大気が震えた。
 決して大音声であったわけではない。ただ、霊夢の身に宿る強大な霊力と怒りに、結界が反応したのだ。
 声というよりもその反応に導かれたように、賽銭箱の上の空間がぱっくりと口を開いた。
 それは死んだはずのすきま妖怪のみが使役できるとされる、スキマと呼ばれるものだった。
 左右に可愛らしいリボンを付けながらも、その奥からは得体の知れない重圧が垣間見える。
 しかしそのようなものは、霊夢には一切通用しなかった。

「早く出て来いってのよ、紫!」
「あらあら、そんなに大声で呼ばなくても聞こえてますわ」

 まるでたった今目覚めたかのように暢気な声がした。
 その一瞬の後、現れたスキマの中から一人の妖艶な女性が這い出てきた。
 そしてふわりと地面に降り立つと、日傘を開きながらにっこりと微笑んだ。
 ――霊夢は表情をぴくりとも動かさない。

「どういうことか説明……しなくてもいいわ。どうせあんたを倒せば解決するんでしょ」
「いやぁね、理由すらも聞いてくれないの?」
「話したければ勝手にどうぞ。どんなに感動的な物語であろうと、私はあんたを許さないから」
「そう……あれは、一万年と二千年前のことだったわ」
「今日の午前六時から始めなさい」
「情緒がないわねぇ。まあいいわ。今日の午前六時……ああ、異変を起こした三分後のことね」
「今日の午前五時五十七分から始めなさい」
「本当に我が侭ね。私の死に涙してくれた博麗霊夢はどこへ行っちゃったのかしら?」

 愉快そうに扇子で口元を隠す紫に、霊夢は猛烈に殺意を込めた視線を送った。
 さらに左手に御幣を下げ、右手にお札を握り締める。博麗霊夢が取る戦闘態勢だった。
 浴びせられる殺気をさらりと受け流しながら、紫はゆっくりと背後のスキマに腰を下ろした。

「霊夢。私は知ってもらいたかっただけよ。貴女は今は少女だけど、いずれ大人になる。いい年をした女性は、決して腋を露出させて往来を歩かないものなの」
「……別にいいじゃない。好きな格好をして、好きに行動していいじゃない! それの何が悪いのよ!」
「そう。自分さえ良ければそれでいいという風潮が、非常識。他人の迷惑を極力かけないようにするのが常識。私はその大切さを知ってもらいたかった。どんなにつまらなくとも、常識は他人との距離を短くして関係を円滑にするものよ」
「ここは幻想郷よ。魔法使いを名乗るシーフに、パパラッチ天狗。呑んべぇちびっ子鬼や食欲大魔神の亡霊姫。――そう、幻想郷には常識のない者しか存在しない! 私ひとり腋を露出させてたって、いいじゃない!」

 ここで初めて、紫の瞳に悲しみの色が宿った。
 彼女の目に映ったのは駄々をこねる幼子か、あるいは自らのアイデンティティーを必死に維持しようとする淑女か。
 そのどちらにしても、紫は負けるわけにはいかなかった。

 ――かつて己が体験した悲劇を、愛しい少女に味わってほしくないから。

 ふと押入れから昔着ていた服を見つけて、喜びのあまり着用。
 ルンルンとスキップしながら自分の式の前でポーズを決めたら、彼女は気絶してしばらく悪夢にうなされたこと。
 しかもあろうことか、目覚めた式は三日間の記憶を完全に失っていた。
 それほどに見苦しかったのかと問い詰めたかったが、おそらく再び記憶を無くすだけだろうと断念した。
 あれだけは。あの断腸たる苦しみだけは、この少女に負わせるわけにはいかない。

「私は……私には、負けられない戦いがある! いくわよ、霊夢!」
「来なさい! 私は私である証明を決して手放したりはしない! たとえ紫、相手があなたであったとしても!」




「霊夢ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」


「紫ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」





 この異変はのちに『博麗腋異変』と呼ばれ、後世まで長く語り継がれることになる――。





 ――はずがない。
どうも、ごはんつぶです。
九作目は……ギャグ? でした。
たまには霊夢が主人公の話でも書いてみようと思って書いたのですが。
……どうしてこうなった。
ああ、一つだけ補足させてもらうと、登場キャラはみんな大好きです。
なんか酷い目に合ってるキャラがいますが、とても好きです。
というより、東方に嫌いなキャラなんていません!
わりとノリで書いたので荒いかもしれませんが、楽しんでいただけたら何よりです。

それでは、ここまで読んでくださってありがとうございました!
ごはんつぶ
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コメント



0.1380簡易評価
2.100名前が無い程度の能力削除
紫さんの昔着ていた服…メリーの服か!
9.100名前が無い程度の能力削除
でも実際冬は寒いよね
12.100名前が無い程度の能力削除
・・・ゆかりん、無茶しやがって
21.100名前が無い程度の能力削除
いやでも、実際あの腋出しは有り得なうわ、なにをするやめr(ピチューン
22.100名前が無い程度の能力削除
さて、ならそろそろ俺も常識をかなぐり捨てるとするか…
というか早苗さんが黒幕じゃなかったのが奇跡に近い
24.100名前が無い程度の能力削除
一時期物議を醸したゆかりんwithセーラー服かな…

>>22
言ってるじゃないか。きっと奇跡が起きたんだよ
もしくは筆者が乗っ取うわなにをするやめ 開海「モーゼの奇跡」
28.80名前が無い程度の能力削除
ゆかりんは少女に決まってるだろ、常識的に考えて…