Coolier - 新生・東方創想話

博麗神器異変 鏡の章(終)

2011/02/06 19:46:44
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鏡の放った光に吸い込まれるような力を感じて、魔理沙はそこで一度意識を失ってしまった。
しかし、魔理沙はすぐに目を覚まし、何が起こったのかをたしかめるかのように辺りを見回した。
夜の森も、満月も、もうどこにもなかった。
今までいた場所とは明らかに違う。見慣れた石畳、良く知っているあの古ぼけた建物、眩しいくらいの太陽がその風景を鮮明に照らしていた。

「博麗神社……なのか?」

そこは、今朝も訪れた博麗神社そのものであった。雰囲気から細かな装飾までまさにそのものと言っていい。一体どういうことかと考える魔理沙の視線の先に、鏡を持った霊夢の姿があった。

「なるほどな、これはおまえの仕業か」
「如何にも……これは我、博麗三神器最後の一つ、『鏡』の力」

理屈はわからないが、あの鏡が妙な輝きを放ったことは覚えている。おそらくあの時に何かされたのだろう。今まで剣や勾玉の不思議な力を見てきたのだ。もう慌てることもない。
魔理沙は冷静に辺りを注意深く観察して、状況を理解しようとしていた。『鏡』の持つ力のヒントになるものがあればと。
ふと、空を見上げた魔理沙は、そこで意外なものを見つけてしまった。

「なっ……霊夢!?」

鳥居の真上、まるで十字架に磔にされているかのような姿勢で、宙に浮かぶその姿、それは魔理沙の捜し求めいていた霊夢の姿であった。
目の前には鏡を持った霊夢がいる。しかしあれは偽者だ。
ならば、あそこで磔にされている霊夢は本物?
魔理沙はそこで思い直す。よく考えれば、あそこにいる霊夢が本物である保証はどこにもない。あれも偽物である可能性だって十分にあるのだ、と。

「あそこにいるのは本物の博麗霊夢だ」
「っ……騙されないぜ」

まるで心を見透かしたかのような『鏡』の言葉に、魔理沙は少しだけ動揺した。

「騙すつもりはない。あれを我の中、つまりここに取り込むことで、博麗霊夢の体を借り、力を奪うことができたのだ」

我の中、ということは、ここは鏡の中の世界なのか。
そう理解すると同時に、魔理沙は逸る気持ちを抑えるのに必死だった。
やっと、やっと本物の霊夢を見つけたのかもしれないのだ。この時をどれほど待ち望んだことか。
だが、それでも魔理沙は油断しなかった。
まだ気を抜くわけにはいかない。鏡が嘘をついているようには見えないが、確証はどこにもないのだ。
すぐにはその場を動かず『鏡』の姿を睨みつける。『剣』や『勾玉』の時と比べると、あの霊夢はずいぶんと無表情だった。
しかし、瞳の中に微かに宿る憎悪の炎が、彼らと同じ存在であることを感じさせた。
そのまま動けずに、じりじりと長い対峙を続けていると、やがて『鏡』が静かに口を開いた。

「お前は、我らが何故こんなことをしていると思う?」
「……興味がない、と言いたいところだが、それは確かに気になるぜ」

『剣』とは会話がなかった。
『勾玉』と出会い、神器に意思が宿っていることがわかった。少し会話をすることもできたが、結局その想いの全てを聞くことは出来なかった。
『鏡』は無表情だが、今までで一番会話が成立していると言えた。
彼らが何を考えているか、何故こんな異変を起こしているのか、魔理沙は素直に知りたいと思った。思えば、ここにくる直前『鏡』はそんなことを言っていた気がする。

「ふむ。少し、我等の話をさせてもらおう、不意打ちをするつもりはないから楽に聞くといい」

そこまで油断することなくじっとしていた魔理沙だったが、『鏡』のその言葉を聞き、ゆっくりと構えを解いた。
それを見届けた『鏡』は静かに口を開いた。

「我等は元々、博麗の物ではなかった。ある男によって生み出された妖怪を殺すための道具に過ぎなかったのだ。だが、我等の力を嫌った妖怪が徒党を組んで押し寄せ、男は死に、我等も妖怪の手に渡ってしまった。それからしばらくして、その妖怪達は博麗の巫女によって一掃され、我等は博麗神社へと渡ることになったのだ」
「つまりお前達は博麗三神器なんかじゃないってことか?」
「そう、我等は妖怪に家族を殺された男の執念が生み出した、ただの道具に過ぎない」

魔理沙の頭に自分の家に置いてある数々のマジックアイテムが浮かんだ。おそらく神器達もその類なのだろう。
『鏡』は一息つくと、再び語り始める。

「当初、巫女は我等を妖怪退治に使っていた。しかし妖怪を殺すための道具である我等は、妖怪を殺そうとしない博麗の巫女と相性が悪かったのだ。手に余ると判断した巫女は我等を封印した。それから、博麗の巫女が代替わりするにつれて、いつしか我等は忘れられていったのだ」

それは紫にも聞いていた。強力すぎる三神器は封印されたのだと。その封印を霊夢が解いたことからこの異変は始まったのだと。
そこまで話すと『鏡』は再び息をついた。

「我等は長い間待った。いつか我等が役割を果たす時が来ると。博麗の巫女が我等を頼るときが来ると。しかしその時は訪れず、我等の中で妖怪を殺したいという衝動が高まり、博麗の巫女に対する恨みが募り、幻想郷に対する憎悪が膨れ上がっていった。やがて……やがて剣が狂った。それを追うようにして勾玉もおかしくなった。私も自我が曖昧になるのを感じていた。そして先日、博麗霊夢が偶然我等を見つけ、封印を解いたことで我等は目覚め、その狂気を解き放ったのだ」
「狂気を……解き放つ?」
「すなわち、妖怪を殺し、巫女の体を奪い、幻想郷のバランスを大きく崩し、混乱に陥れるということだ」
「…………」

その言葉に魔理沙はただ静かに黙り込んだ。
『鏡』の言葉には、確かに憎しみが込められていた。その憎しみは、おそらく『剣』や『勾玉』そして『鏡』自身の瞳に宿るそれと同じものなのだろう。
自分達の存在意義でもある妖怪を殺すこと、長い年月がその想いを高めた。
自分達を封じた博麗の巫女に対する恨み、長い年月はその想いを募らせた。
自分達を否定する幻想郷に対する憎悪、長い年月でその想いは耐え難いものとなった。
それが狂気となり、こうして多くの妖怪を傷つけ、魔理沙に襲い掛かることになったのだと『鏡』は
言っている。
魔理沙はその話を聞き、そして……
――そして、その話を信じようとはしなかった。

「お前の……お前達の言っていることはおかしいな」
「なんだと?」
「他の奴もお前の考えと変わらないんだよな?」
「そうだ、我等の意思は三位一体と言ってもいい」
「そうか、ならやっぱりお前達の言っていることはおかしい」

淡々と、自分達のことを否定する魔理沙に『鏡』は戸惑った。
一体この人間は何を言っているのだろうか、と。

「我等のどこがおかしいというのだ」
「お前達の行動と、それに対するお前の説明が、おかしいと言ってるんだよ」

そう言いながら、何故か少しだけ悲しそうな瞳で『鏡』を見つめる魔理沙。
その瞳が『鏡』の逆鱗に触れ、その顔に怒りが露わになった。

「貴様に我等の何がわかるというのだ!?『剣』や『勾玉』を打ち倒したからと言って調子にのるな!」
「ほらな、感情的になった。それって私の言葉が無視できなかったってことだろ?」

飄々とそんなことを言ってのける魔理沙。その言葉には迷いが感じられず、『鏡』は少しだけ焦りを覚えた。
そしてそれはもしかしたら『鏡』自身も気づいてないかもしれない、自己の矛盾点を認めているということでもあった。

「…………もうよい、話は終わりだ。貴様を殺して『剣』や『勾玉』も奪い返す!」
「結局そうなるのか……なら、私が勝ったら話を聞いてもらうからなっ!!」

『鏡』は無表情な顔に戻ると、自らの持つ鏡を構えた。
そこから何かを出すつもりなのか。
魔理沙は、悩んだ末、先手を取ることにした。
『勾玉』の時は後手に回って失敗した。
先手必勝、自分はどちらかと言えばそれを得意にしているはずだった。

「最初っから全力でいくぜっ!!マスタァーースパァーーーーク!!!」

八卦炉を懐から取り出すと、勢い良く自分の十八番を放った。
『剣』を打ち倒したその光は、勢い良く『鏡』へと伸びていく。
その光景を『鏡』は無表情な顔のまま見つめて、そして鏡面をマスタースパークに合わせた。

「映せ!!」

『鏡』が叫ぶ。その叫びに呼応するかのように、鏡が一瞬だけ怪しげに輝く。
その刹那、鏡面から溢れんばかりの光の奔流が飛び出してきた。
まるで、魔理沙のマスタースパークを鏡に映したかのように。
二本の輝きが、境内の石畳を抉りながら伸びていく。
二つの奔流はお互いの中央でぶつかり合い、その境界面で激しく火花を散らした。
膨大なエネルギーとエネルギーのぶつかり合い、それは互角のパワーを持っているかのように押し合いを続ける。

しかし、数秒、数十秒と経つにつれて、少しずつその変化は訪れた。
『鏡』の放った光が徐々に魔理沙のスパークを押し返していた。

「このぉぉぉおおおおおおお!!!!」

魔理沙は出力全開で応戦するが、それに合わせて向こうの光も強さを増していく。
凄まじいまでの光が博麗神社全体を満たしていく。
それは太陽の光すら、覆い隠してしまいそうなほど、大きな輝きを持っていた。
迫りくる光は、魔理沙がどれだけ魔力を振り絞っても、留まることを知らなかった。
自分が放ったはずの鮮やかな光の奔流が、魔理沙自身に向かって迫ってくる。
そう、光はまるでマスタースパークを飲み込むかのごとく進んでいき、放たれたときよりも、一層巨大な光となって、八卦炉を構える魔理沙に襲い掛かってくるのだ。
そして遂に、魔理沙の体を飲み込んだかと思うと、勢い良くその向こう側へと突き抜けていった。
やがて、博麗神社の境内に、強烈な爆発音が響きわたる。
それは魔理沙の体を貫いて、その奥の木々をなぎ倒し、巨大な岩をも破砕してようやく止まることになった光の奔流の威力を表しているかのようだった。
爆発がおさまり、立ち込めていた煙が消えると、辺りは一気に静まり返った。

「……終わってしまったか……」

『鏡』は静かに呟いた。その呟きからは、魔理沙を打ち倒した喜びがまったく感じられなかった。
三神器にはそれぞれ役割がある。
攻撃に特化され、力を解放することで周囲に存在する妖怪の体のみを激しく傷つけることができる『剣』
補助に特化され、瞬間的な筋力の増幅により瞬間移動などを行う『勾玉』
防御に特化され、時には敵の力を利用して反撃もこなす『鏡』
魔理沙が取るべき行動は、先手必勝ではなく『勾玉』の時のように、まずは様子を見るべきだったのだ。
だが、それも今さらかと『鏡』は静かに目を閉じかけた。
が、突如その目に溢れんばかりの光が映った。

「ブレイジングゥーーースタァーーーーーーー!!!!!!」

『勾玉』を打ち倒した光の獅子が、視界の向こう側から迫ってきていた。
『鏡』は驚愕していた。あの光を浴びて、まさか立ち上がれるとは思わなかったし、あれだけの力が残っているとは想像もできなかったからだ。
しかしそれも慌てずに対処する。
自分に迫る魔理沙の姿を鏡が映し出し、その中から魔理沙の偽者を生み出した。
『剣』や『勾玉』の霊夢も、大量に生み出した霊夢の幻影も、全て『鏡』の力によるものだった。
生み出された魔理沙の偽者は、本物のそれと同じように『ブレイジングスター』を放ち、その体に光を纏って突撃をはじめた。
二人の魔理沙がぶつかり合い『ブレイジングスター』により発生した光の層が、先ほどと同じように二人の間で火花を散らした。
『鏡』には勝算があった。自分の力は、映し出したもののエネルギーをさらに増幅して複製することができる。だから、魔理沙がどんなことをしてきても、それを跳ね除けることができると。
予想通り本物の魔理沙は押されていた。徐々に偽者の魔理沙が本物を押し返していく。片方の光が徐々に弱まっていく。
だが、魔理沙の心は全く折れていなかった。
こうなるということがわかっていたかのように、弱まっていく光の中で、その瞳は全く揺らいでいなかった。
そして『鏡』は見つけてしまった。魔理沙のその瞳の意味を。彼女の決意の証を。
『ブレイジングスター』で箒にしがみつくような形になっている魔理沙が、何故か片手を離していたのだ。力が弱いのはそれが原因でもあった。
そして、その片手には彼女の切り札でもある八卦炉が握られていた。

「さあ!映せるものなら映してみやがれっ!!」

まさか、と驚愕する『鏡』
その驚愕に向かって、魔理沙の最後の魔法が放たれた。

「くらえええええええ!!!!!ファイナルスパァアアアーーーーーーーーーーーク!!!!!」

『ブレイジングスター』を放ちながら、片手に八卦炉を持ち、そのまま『ファイナルスパーク』を放つ。
それは魔理沙にとっても初めてのことだった。自分でもそんなことをできるとは思っていなかったのだから、『鏡』の驚愕はそれの比ではなかった。あれほど大容量のエネルギーは、かつて妖怪と闘っていたときにも見たことがなかった。
それでも『鏡』はそのエネルギーを映し、複製しようとした。
しかし、限界を超えた力を生み出そうとした鏡に、亀裂が生まれる。その亀裂は、映した力が複製できないということを主張していた。偽者の魔理沙の維持にエネルギーを使っている鏡は、もはや『ファイナルスパーク』を映すほどの余力がなかった。
やがて、偽者の魔理沙が巨大な光の奔流に飲まれ、それと共に本物の魔理沙が『鏡』に向かって突撃してくる。
全身を黄金色に染めて、迫り来る美しいほどの光に『鏡』はあきらめたように、けれどその輝きをじっと見つめて、そしてその光が『鏡』の体を飲み込んでいった。











博麗神社境内、倒れ伏す『鏡』に向かって、ぼろぼろになりながらも、しっかりとした足取りで歩く魔理沙がいた。

「おい……起きろ、約束だ。私の話を聞いてもらうぞ」

『鏡』の側に立ち、そう言った。
その言葉に反応するように、ビクリ、と体が動き、やがて『鏡』はゆっくりと、しかし確実に立ち上がろうとしていた。

「……お前達は確かに憎悪を抱いているんだろうさ……妖怪にも巫女にも、この幻想郷にも」

『鏡』に意識があることを確認した魔理沙はその体が立ち上がろうとするのを見届けながら、自らの話を始めた。

「だけど、それだけじゃ納得できないことがあるんだよな」

魔理沙は今日の出来事を思い返すかのように、目を閉じた。

「『剣』のやつは妖怪を斬りつけたが、結局一人も殺さなかったらしいな。それから『勾玉』のやつは私を狙ってきたな、『剣』の仇を討ちにきたとか言ってたか」

紫の話が正しければ『剣』は怪我を負わせるだけで、誰一人殺せていなかったはずだ。そして『勾玉』が自分に向けて言ったことも、魔理沙は良く覚えていた。そしてその時から、既にわずかな違和感を覚えていたのだ。

「あいつはなんで私だけを狙ったんだ?私を探しながら、妖怪を殺していくことだってできたはずだろ?」

魔理沙は一度そこで言葉を切った。
『鏡』がようやく立ち上がって、こちらを見てきたから。
その瞳に宿っていたはずの憎しみは、ほとんど消えてしまいそうになっていた。それはもう力が残っていないからというだけではあるまい。

「そして、お前だ。私に向かって、ご丁寧に自分達の話をしてきたな。最終的に私達は闘ったが、お前にはそれほど戦闘の意思があったようには思えなかった。それにここはお前の世界なんだろう?私をどうにかすることだって難しくなかったんじゃないのか?さらに言えば、巫女を恨んでいるとお前は言ったが、霊夢を殺してはいないんだろ?」

一息にそこまで喋った魔理沙を『鏡』はただじっと見つめるだけで、何も言おうとはしなかった。
喋る力がもう残っていないのかもしれないと思いつつ、魔理沙は話を進めた。

「私はこう思う。お前達は完全に狂っていたわけじゃない。迷っていたんだ、自分達が幻想郷を滅ぼしていいものか、巫女を殺し、妖怪を殺して、この世界を壊してもいいのか。自分達にその権利があるのかどうか」

人間と妖怪が共存している世界、人間と妖怪が時に手を取り合って、時に反発して生きているこの世界、果たして自分達の気持ちを晴らすために、この世界を壊してしまってもいいのか。それは紛れもなく『鏡』の悩みであり、三神器共有の悩みだった。

「剣が一番狂気が深かったんだろうな、あいつはもうほとんど暴走していた。僅かな自我が、妖怪を殺す剣を鈍らせていたんだろう。そして私がそれを止めた」

そして、魔理沙はひとつの結論を口にする。

「お前達は本当は誰かに止めてもらいたかったんじゃないのか?憎悪を消すことはできない。けれど、幻想郷を破壊することには迷いがある。だから、無理やりにでも止めてくれる誰かを探してたんじゃないか?そのために『勾玉』もお前も、私に会いに来た。『剣』だって、きっと心の中でそう思いながら幻想郷中を渡り歩いていたんだろう」

それは魔理沙の推察にすぎなかった。
真実はどうであるかわからない。
けれど、彼らと闘い、その想いを肌で感じてきた魔理沙は、自分の考えが間違っているとは思えなった。

「そうやってお前達は確かめたかった。自分達が封印されるほどの価値が幻想郷にあるのかどうかを。自分達の存在異議を奪う価値がこの世界にあるのかどうかを。そして自分達を止められるだけのものがいるなら、その時はそれを受け入れようとした」

そして、魔理沙はしっかりと『鏡』の瞳を捉えてこう言った。

「そして何よりも、私が人間だったから、だからお前達はそれを認めることができたんだろう?」

魔理沙は決して答えを求めようとしたわけではなった。
けれどその時、『鏡』は確かに頷いた。
頷いて、そして、涙を流した。
それは霊夢の体を借りて『鏡』が流した最後の涙だった。

「ありがとな……でもってごめん。お前達にこの世界を壊させるわけにはいかないんだ……」

『鏡』はまた頷いた。
頷いたまま、少しの間顔を伏せて、そして、ゆっくりと顔を上げた。
その瞳から涙を流しながら、その表情は微笑みを湛えていた。
そこにいるのは紛れもなく、神器という名のひとつの魂であった。

(……こんなに綺麗なやつだったんだな……)

パキッ、とガラスが割れるような音がしたと思ったその時、魔理沙の視界が二つに割れた。
そうか、と彼女は理解する。
割れた視界の中で『鏡』に向けて最後に一度だけ微笑み返すと、静かにその両目を閉じた。












再び魔理沙が目を開けた時、そこは鏡に飲み込まれる前にいた、魔法の森だった。
既に空には朝日が昇りつつあり、森の暗闇はその日差しでゆっくりと消えはじめていた。
どこか空虚な心のまま、辺りを見回す魔理沙の瞳があるものを見つけた。

「霊夢!!」

自分から数メートルほど離れた位置に倒れている霊夢に向けて、魔理沙は走り出した。
駆けつけて、すぐに側へと座り込んで、彼女の体に触れる。その肌はまるで死人のように冷たかった。

「霊夢!しっかりしろ!!」

魔理沙はその体を何度か揺すり、それから自分の腕に体を乗せて強く抱きしめた。
大丈夫、霊夢は生きているはずだ。『鏡』は霊夢を殺していないはずだ。
そうしてどれくらい抱きしめていただろうか。

「……んぐ…………苦しいわね……」
「っ!!霊夢、大丈夫か、おい!?」
「ん…………魔理沙……なの?」

「霊夢っ」と叫んで魔理沙はその体をさらに強く抱きしめた。
明け方の森に、苦しい、苦しい、と呻く霊夢の声が響き渡る。
そんな二人のすぐ側に、木々の隙間から差し込む朝の日差しに照らされて、わずかに亀裂の入ったその体をきらきらと輝かせる、一枚の鏡が置かれていた。






その後、意識を失ってしまった魔理沙と霊夢を紫が発見し、永遠亭に連れて帰ったのだった。







つい何時間か前まで寝ていたベッドに再び寝かされている魔理沙の側に、紫の姿があった。
異変について、自分が見てきたことの全てを魔理沙が話すと、それっきり二人の間に会話はなかった。話を聞いた紫はまるで眠ってしまったかのように椅子に座って目を閉じており、おかげで魔理沙は、どこか居心地の悪さを感じていた。

「……もしもの話だけれど」
「うん?」

ゆっくりと閉じていた瞳を開いた紫の、その思わせぶりな呟きに魔理沙はすぐに反応した。

「もしも今回の件、神器が原因ということがわかっていたとしても、私はやはり何もしなかったかもしれない」

紫は当初、今回の騒動は霊夢が神託を受けたことが原因だと考えていた。だから手を出さなかったはずなのだが、しかし原因を知ってなお彼女はそんなことを言う。魔理沙は少しだけ考えて、その理由に思い至った。

「あ~……もしかして同情のつもりか?」

紫は少し驚いたような顔で魔理沙を見た後、自嘲気味に笑った。

「その通りよ……あの子達の居場所を奪ったのは私だと言われても否定できないでしょう」

幻想郷を管理している紫は、神器達の憎しみの象徴であるとも言える。紫はそういう意味で、微妙な心情なのだろう。
魔理沙は軽くため息をつくと、紫のおでこに向かってでこぴんをした。

「いたっ、な、なにをするの!?」
「あのなぁ、少なくともあいつらが同情なんてして欲しくないことくらい私でもわかるぞ」

おでこを抑えながら、紫はなぜ、と魔理沙に問う。

「お前に同情されたら、あいつらは本当にただのかわいそうな奴らで終わっちゃうだろ」
「……それなら、私はどうすべきだと言うのかしら?」

魔理沙は少し考えた後、自信満々とばかりにこう言った。

「今度きたらもっと徹底的に叩き潰してやるって思ってればいい」
「…………えっと、それは少しひどくないかしら?」

魔理沙が言っていることの意味が紫にはよくわからなかった。
珍しく自分が優位に立っている気がして魔理沙は嬉しかったのだが、その気持ちを抑えて話を続ける。

「同情よりよっぽど良いんだよ。あいつらは確かに幻想郷を恨んでいる。でも自分達を踏みつけにして作ったのなら、それだけのものを見せてもらわなくては困るとも思っている。幻想郷という世界が善いものであればあいつらだってちょっとは納得もいくだろ。妖怪を根絶やしにするだけじゃとても手に入らないものをその世界が、そこに住む人間が持っているなら、あいつらも認めてくれるはずなんだ。同情なんかしている暇があるなら幻想郷を善くしていく努力をしろ、自分達を踏みつけるだけの価値を見せてみろって、そう思ってるはずだ」

一気に話し終えて、魔理沙は側に置いてあったお茶を口にした。

「それはあの子達に対峙したあなたの考えということ?」
「ああ、別にあいつらから直接聞いたわけじゃない」
「ふむ、なるほど……」

紫はそれを聞いて、何かを納得したように頷いた。

「魔理沙にしては、なかなか面白いことを言うわね」
「むぅ、なんか馬鹿にしてないか?」
「とんでもない。魔理沙の評価は高いわよ、だからこそあなたを待っていたわけだし、今もここに来ているのだから」

魔理沙はなんとなく納得がいかなかったものの、結局は誉め言葉として受け取っておくことにした。

「まぁ感情に振り回されてしまうのがたまに傷かしらね」
「やっぱり馬鹿にしてるな」

紫はふっと笑った。魔理沙の評価は本当に高いのだ。感情に振り回されるのも人間的で魅力的な部分であるとも言える。そういう面があるからこそ、神器の想いも理解してあげられるのだろうし。紫は思う、感情に振り回されて動くというのは、今さら自分には真似することができないことだと。そしてそれは本当に羨ましいことであると思える。

「やはり不思議なものね、人間は」
「そうかよ、私にすればおまえの方がよっぽど不思議だぜ」

クスクスと互いに笑い合う。
うん、大丈夫、私だって感情を失っているわけではないのだから。

「じゃあそろそろお暇するわ」
「ああ、二度と来るな」

紫は一度自宅へのスキマを開くと、それを閉じて白玉桜への道を開いた。
まずは幽々子に会いにいこう。自分が無視を決め込んだ挙句、彼女の大事な従者が傷ついた。そんな自分を彼女は許してくれるだろうか、許してくれなければいくらでも謝ろう。そうして許してもらえたなら、妖夢や藍、橙も交えてお花見でもしましょうか。
そう、たぶん時には感情で行動するのも悪くない。
それともこれも打算なのだろうか。いや、それを考えることこそ、真に打算的ということか。

(ふむ、やはり難しいわね)

最後に、感情のまま生きる魔法使いをちらりと一瞥して、紫は部屋を後にした。その眼差しは、まるで魔理沙に敬意を表しているかのようだった。






紫がいなくなると、部屋は急に静かになってしまった。それがまた居心地が悪くて、魔理沙は声を上げた。

「さて、邪魔者も消えたし……寝るか!」

寝たいときに寝て、起きたいときに起きて、そんで霊夢に会いたくなったら会いにいく。それが私の生き方だ。その人生の途中で、神器のことを思い出す時もあるだろう。

(そしたら思いっ切り胸を張って、幻想郷は良いところだって叫んでやろう)

それが今回神器達が起こした異変に対する霧雨魔理沙なりの答えの表し方だ。
幻想郷で精一杯生きて、死んで、もしも冥界とか、もしくは別のどこかであいつらに会った時に、この世界はお前らの想いを踏み台にする価値のある世界だったぞと胸を張ってちゃんと言えるように。
それがきっと、彼らの望む答えだと信じているから。
だから私はそうできるよう、この世界で楽しく生きてやる。
魔理沙は彼らのことを思い浮かべ、そして固く誓うのだった。
今回で2回目の投稿となりましたビーンと申します。
話の長さや展開等を考慮した結果、ご迷惑かと思いながらも分割して投稿させていただきました。
まだまだ未熟なので、ご指摘、意見、感想など遠慮せずに言っていただけるとありがたいです。
最後まで読んでくださった方、ありがとうございました。
ビーン
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コメント



0.570簡易評価
10.無評価名前が無い程度の能力削除
全部は読まなかったのでフリーレスで失礼。
読んだ範囲で思った事。
展開を急ぎ過ぎたのか描写不足なのか、魔理沙の挙動や話の流れに違和感。
作者様の言う話の長さや展開等を考慮しても分割する必要性は感じられない。
地文の言葉の選び方には魅力を感じる。
13.90名前が無い程度の能力削除
確かにちょっと展開が急すぎたかなあというのは感じました。
でも、面白かったです。魔理沙も紫もキャラがたってて良い感じでした。