Coolier - 新生・東方創想話

大遊戯論 ~ Great Game Theory

2011/01/23 01:10:39
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1.幻想遊戯
Fantasy Game

「チェックメイト」

私はガラス張りのテーブルの上で指を動かし、そう言った。
本来、この机の上には何も存在しない。
酸素だの、窒素だの、空気の塊だのを除けばの話だが……。

何もないはずのテーブルの上で、私は指を動かしている。
本来ならば、それは無意味な動作だ。
掌に三回、人という字を書いて飲み込むぐらい無意味だろう。

しかし、今の私たちにとってこの動作には意味がある。

このガラス張りのテーブルは、立体スクリーンになっている。
そして、そのスクリーンには仮想のチェス盤と仮想の駒が映し出されているのだ。
その仮想の駒に触れ、動かすことで仮想の駒を移動させられる。

駒は単なる映像に過ぎない。
触れた時の感触もない。
それでも、駒はそこに存在していることにされ、それがゲームとして成り立っている。

「ああ、また負けた……やっぱり、チェスじゃ蓮子には勝てないわ」
「良く言うわよ。これで、3勝2敗。私がようやく一歩リードできただけじゃない」

意味のないゲーム。
意味のない動作。
意味のない勝敗。
それでも私は、相方とこの意味のない行動を繰り返し行っていた。


2.Win Impossible
幻想の勝利

大学のカフェで、相方と一緒に軽くお茶をした後、私達は三階にある娯楽室へ向かった。
そこには様々な種類の『ゲーム』が用意され、学生はそこで好きなようにそれを楽しむことが出来る。

「珍しいわよね。いつも蓮子は、ゲームなんて決まりきった解法のあるものは、
 やるだけ無駄だっていうのに。もしかしたら、今日の蓮子は偽者なのかしら?」

私の相方……メリーは少しからかうようにそう言った。

「解法が決まっているのなら、それを探してみるのも学者としては面白いと思ったのよ」
「でも、対戦相手である私は人間よ?次にどんな手で攻めてくるかなんて、分からないじゃない。
 対戦相手がプログラムならまだしも、私とのゲームに解法なんてあるの?」

メリーは少し面白くなさそうな顔をした。
自分を台にチェスの解法を探られていると考えれば、それは当然気分のいいものではないだろうし、
そもそも自分の手……考えを相手が読もうとしているとなれば、当然それは気分が悪い。

「だいぶ昔にね、すでにチェスには必勝法が編み出されているのよ。私は詳細までは知らないけど、
 今じゃあ、絶対にプログラムが人間に負けることは無いそうよ」
「絶対に勝てないゲームって訳ね。そんなものをやって何が楽しいのかしら?私には分からないわね」

絶対に勝てないゲーム……絶対にクリアすることの出来ないゲーム。
確かに、そんなものがあったとして、それが面白いのだろうか?

「そういえば、いつだか見た夢で、心が読める少女に会ったっていう話はしたわよね?
 もし、その子とチェスをすることになったら、絶対に勝てないでしょうね。
 なにせ、考えてることが全部分かってしまうんですから」
「う~ん……なんていうか、それはそもそもゲームの体を成してないような気がするわ」


3.ゲームを開拓する者
Fantasy Research Development

ゲームという言葉は実に古くからある。
今ではゲームといえば、大概がコンピュータゲームの事を指す。
でも、それらが登場する前から、ゲームというものは当然存在していた。

ルールがあって、対戦相手が居て……。
相手と同じ条件の元で、どちらがより早く、定められた目標に到達できるのか?
今日に至るまで、実に多種多様なゲームが生み出され、遊ばれてきた。

その歴史を見て私はよく思うことがある。
人は、実に必死にゲームを作り、そして開拓していったのだな、と。

世界では、日々いろいろな分野の研究がされ、それに伴い各々の技術は上がっていった。
それらには、必ず研究するための目的があり、その目的に沿って彼らは努力している。

ゲームという分野も、同じように多くの人間が研究をし、日々その技術も上げられてきた。
でも、そこで疑問なのは、なぜ人はここまで必死にゲームを作ってきたのか?ということだ。

私はゲームという分野は、研究される対象の中でもきわめて異質だと考えている。
なぜなら、ゲームの技術を上げたところで、それが何の役にも立たないからだ。
私が月の世界や宇宙に思いを馳せるのは、端的に言うと、この地球上に存在するエネルギーだけでは、
この先人類は生き延びれないと感じているからだ。
宇宙開発には、人類の延命という目的がある。医療やITにだって、
そういった『人類の役に立つ』ための目的があるから、研究されているのだ。

しかし、ゲームという分野を開拓したところで、それが人類の役に立つのだろうか?

それがずっと気になって、私は今日、メリーと一緒にゲームをしてみた。
ゲームをすれば、何かその問題が解けるかもしれないと思ったからだ。


4.精神学者メリー
Spirit Scholars Merry

私は、メリーにゲームの疑問を投げかけてみた。
正直言うと、メリーに聞いたところで、私が満足するような回答が得られるとは、あまり期待していなかった。
でも今は、藁にでもすがる気持ちというか、とにかく一人で悶々とするよりはマシだろうと、
それぐらいの気持ちで彼女に問うてみた。

「ちょっと意外ね」

メリーはまず一言目にそういった。
正直、その返答こそが私にとって一番意外だったんだけれど……。

「蓮子ってゲーム嫌いなのに、そのゲームのことで頭を悩ませているなんて」
「別に嫌いって訳じゃないわ。ただ、他人が用意した解法に従って動かされるって言うのが、釈然としないだけよ。
 だって、答えが分かりきってる問題を解かされるほど、学者として退屈なものは無いでしょ?」

メリーはクスリと笑った。

「それが答えよ、蓮子。貴方がずっと疑問に思っていた事の、ね」
「えっ……?」

なんだか拍子抜けしてしまった。メリーは一体、何が言いたいの?

「人は退屈なのが嫌いなの。だから、常に楽しいことを求めるのよ。だから、人はゲームを作るの」
「でも、それだけの理由でここまでゲームが発達するなんて……」

メリーは珍しく、私の言葉を遮って話し始めた。

「蓮子って、いつも研究に熱心じゃない。まあ、最近は虚無主義になっちゃったけど……。
 でも今でも、宇宙や月の事を調べたいと思ってるでしょ?それは何でなの?」
「何でって……月や宇宙には分からないことが沢山あるから、それを知りたいと思うのは学者として当然でしょう?
 分からないことを知れるっていうのは、これ以上ないぐらいの楽しみじゃない」
「それってつまり、分からないからこそ面白いって事でしょ?
 チェスだって同じよ。私が次にどんな手で攻めるか分からない。だから面白いんでしょ?
 必勝法を携えたプログラムは、どんな手で攻めてくるか分かってしまう。
 もっと言うならば、自分がそのプログラムと対峙した時に、自分は絶対に負けてしまうと分かっている。
 そんなチェス、面白くもなんとも無いじゃない?
 つまり、必勝法が分かった時点で、チェスはゲームじゃなくなってしまうの。
 だから、新しいゲームを作るのよ。誰にも必勝法が分からない、新しいゲームを、ね」


5.好奇心の歴史
History of Game

メリーの言いたいことはなんとなく分かってきた。
人は好奇心を満たすために、ゲームを作ってきたということか……。

「人は常に面白いことを求めているの。だから、ゲームは進化し続けてきた。常に新しい面白さを提供するためにね。
 逆に言えば、面白いことがなくなると、人間はダメになってしまうのよ……」
「なるほど……それは、私にも分かるわ。歴史上にもいくつか思い当たることがある」

歴史を振り返ると、本や絵画を贅沢品としてそれを没収し、火にかけた時の権力者が居る。
それは言うならば、権力者により市民は楽しみを奪われたことになる。
その後、彼らの生活がどうなったかは言うまでもない。

後は、時代が進むと『サザエさん症候群』なんてものもある。
これはサザエさんを見終わると、休日の終わりを実感し、無気力になるという症状。
つまり、休日という楽しみの終わりが、人を絶望に追い込む結果、生じた現象と言える。
冗談のようだけれど、実際にこれで体調不良や頭痛を訴える人が居たという。

そう……人は楽しみを奪われるだけで、これほどまでに失墜してしまうのだ。
それだけ、楽しみというものは重要なのだろう。


6.無の境地
No Sense

卯酉新幹線、ヒロシゲの最大の売りであるカレイドスクリーンは、かなりの費用をかけて作られたという。
その額は、新幹線本体よりも高かったという噂があるぐらいだ。
一体なぜ、そこまでしてカレイドスクリーンは作られたのか?

それは、景色という『楽しみ』を乗客に与えるためだ。

もともと、地下を走るヒロシゲに、景色なんて存在しない。
こういうのは、メリーのほうが詳しいけれど、人は何も見えない密室に閉じ込められると気が変になる。
普通の列車に窓が付いているのは、そのためだ。
しかし、ヒロシゲには揺れも音も存在しない。
そこは、何も存在しない空間なのだ。
景色も音も揺れもない……何の刺激の変化も無い、楽しみの無い密閉された空間。
人はそこに閉じ込められることを恐れている。楽しみが無いことを恐れている。
それはなぜなのか?

理由は簡単だ。人は意味が無い事を嫌うから。
人は意味が無いことを気持ち悪がる。
だからこそ、人は意味を問う。

ヒロシゲの中に広がる無の空間。
人はそれを気持ち悪がるのだ。
だからこそ、カレイドスクリーンに映された偽の景色に心を落ち着かせる。
偽の意味、偽の存在……。

人は意味を求めるくせに、その意味の真偽を問う事はしない。
本当であっても嘘であっても良い。
そこに意味があれば、人は落ち着くのだ。


文字だってそうだ。
意味がわかればなんてこと無いのに、読めない文字が出ると気持ち悪く思える。
そこにどんな意味があるかなんて関係ない。
『意味が無い』ことこそが、最大の恐怖なんだ。

私達の存在する世界に、名前の無いものなんて存在しない。
なぜなら、名前が無いと怖いからだ。
なんと読んで良いか判らない、何を言っても伝わらない。
それが、人にとっては怖い。
だから、ありとあらゆるものに名前を付ける。
名前を付けたがある。
そんな文字の羅列に、意味なんて無いのに……。


そう……意味が無いことが恐ろしい。
だからこそ、きっと私は必死に意味を知ろうとしていたんだ。
ゲームが進化していく、その意味を……。


7.年中夢中の好奇心
Crazt Curiosity Year

「ゲームなんて、何の意味も無いもの。その無意味なものが発達していく事が、私には不思議でならなかった。
 正直、気持ち悪く思えた……」
「でも、意味はあるのよ。根本的な意味が。貴方は好奇心でいろいろなものを研究してきた。
 だけれど、ゲームは特別なのよ。その好奇心を刺激するために、開発されているのだから」

好奇心ありきで、研究というものは進められる。
でも、ゲームだけは逆で、好奇心を呼び起こすために研究が進められている。
私には先入観があった。
今まで、研究というのは目的があって、
それに向かうための『好奇心というエネルギー』によって進められるものだと。
だから、ゲームが発達する理由が分からなかった。

だけれど、ゲームは人々の『好奇心というエネルギー』を生むという目的で作られてきた。
言うならば、研究のための燃料である。
仕事を進めていくための、活力である。

それこそが、多くの人間がゲームに魅了されていく理由なのだろう。
自分に好奇心を与えてくれる魔法……それがゲームの存在意義……意味なんだ。


8.戦争世紀の機械電子
Century Wars Machine's

前述したけれど、今日に至ってゲームといえば大概がコンピュータゲームを示す。
そのコンピュータを初めとする、IT技術の発展の陰には、戦争が絡んでいた。

コンピュータが進化していった背景には、軍艦の射撃管制装置の計算に利用するためだったり、
インターネットも、冷戦のさなか、電話中継基地を爆破され、
新たな通信システムの必要性に迫られたアメリカが開発したもの。

技術の発展の裏には、必ずと言っていいほど戦争が絡んでいた。
でもそれは、いつの時代も同じこと。
今だって、そう……。

今日においても繰り返される、ありとあらゆる分野の研究、開発。
その裏にあるのは、競争化社会だ。

他の会社よりも良い製品を……他の国よりも、優れた技術を……。
研究者はそのために、日々研究を続けている。
この競争こそが、戦争なのだ。

今の日本に選ばれた人間だけが居るのも、私達がこの競争化社会という『ふるい』にかけられたからだ。
競争は新たな進化をもたらす。
なぜなら、立ち止まったら負けるからだ。
だから、勝つために私達は必死に進化しようとし続ける。
そうでなければ、この競争化社会で生き延びていけない。


でも、よく考えれば、この競争化社会という構造自体が、一種のゲームになっているのではないだろうか?
一定のルールに従い、対戦相手と競い合う。
そして、その中でどちらがより多くの利益を得ることが出来るのか?
私達は常にそれを問われている。

この場合における対戦相手とは、ライバル企業や他国の研究者だ。
そして、競争化社会のルールとは、いわば法律である。
法というルールの下で、如何に合法的にライバルを出し抜けるのか?
私達学者は、競争化社会というゲームの中で競い合わされている……日々、新たな技術をこの世に残すために……。


9.虚構の現実
Fictional Reality

コンピュータゲームが開発されてから、ゲーム分野において、新たな一つの課題が現れた。
そしてそれは、今でも廃ることの無い課題で、多くのゲーム開発者がそれに向かってゲームを作っている。
その課題とは、一言で言えば『リアリティー』だ。

如何に本物そっくりな演出を再現出来るか?
如何に本物のような世界を作り出すことが出来るか?
如何にプレイヤーに本物と認識させることが出来るか?

それは、今も昔も変わらない、ゲーム分野の課題だ。
リアリティーのあるゲームは評価されるし、無いものはやはり評価も悪い。
(若干、ジャンルには左右されるけれど……)

しかし、リアルを求めすぎた結果、その行き着く先には何があるのだろうか?
本物と変わらない世界が、仮にゲームで再現できたとして、すると何が起こるのか?


現実と虚構……その境界が失われようとしている。
ゲームの行き着く未来は、おそらくそうなんだと私は思う。

ゲームは元々、夢を与えるためのものなんだって誰かが言ってた気がする。
日常では味わえない感動が、ゲームの中では味わえる。
普段感じることの出来ない楽しみが、ゲームの中にある。

私達は、ゲームにそれを求めている。
でも、それにゲームが応えるためには、ゲームがよりリアルでなければいけない。
そうでなければ、私達は感情移入できない。
感情移入できなければ、意味が無いのだから。

でも、ゲームの世界に心の底から本気で感情移入してしまったら……私はこっちの世界に帰ってこれるだろうか?
メリーは、夢と現実世界を行き来しているらしい。
そして時々、夢と現実の区別がついていないかのような発言もする。
私はいつも、メリーがもう夢の世界から帰ってこれなくなるのではないかと心配している。
それと同じように、自分もゲームの世界から帰ってこれなくなるのではないだろうか?


10.無限の解法
Infinite Solution

ここまで来ると、また分からないことが出てくる。

真実とは、一体何なんだろう?
現実に起きたことと、相違ないことだけをそういうのかしら?
ならば、現実とはそもそも何なの?
私達が居るこの世界の事を言うの?
それとも……。

パラレルワールドと言うものがある。
所謂、平行世界だ。
そこには、幾通りもの私達がいる。
世界の数だけ真実がある。

現実に起きたことだけを真実と言うのなら、真実は一つだけではないわ。
それどころか、真実と虚偽の違いなんて無いじゃない。
真実も無い、虚偽も無い。
そこには、意味も存在しない……。

パラレルワールドとして、ゲームの世界が存在するのなら、
ゲームの世界も一つの真実として捉えることが出来る。
つまり、そこには真実も虚構も無い。
ヴァーチャルはリアルであり、リアルはヴァーチャルである。

そうよ、夢はいつか現実になるのだもの。
ゲームの世界だって、いずれ現実となるのだわ。

私はいつも、物理学に精通しているから答えは一つだと思い込んでしまう。
でも、固有ベクトルの解だって無限に存在することがある。
つまり、数学上においても解は必ずしも一つではない。

パラレルワールドの数が無限にあれば、真実もまた無限にあることになる。
つまり、虚構もまた真実である可能性は十二分にあるのだ。


11.幻視の夜
Ghostly Eyes

私はメリーと娯楽室を出て、駅に向かって歩き始めた。
メリーは、一人空を見上げていた。
それを見た私も、空に目をやってみた。

「……今日は、月も見えないわね。これじゃあ、場所も分からないわ」
「月が見えなくても分かるじゃない。ここは学校の前だって」

辺りはすっかり日も暮れていたのだが、生憎と曇り空だったため、月は見えなかった。
ついでに、星も見えないから時間も分からない。

「そういえば、中秋の名月ってよく言うけれど、
 あの時期は雨が多いから実際月は見えないんじゃないかしら?」

メリーが思い出したかのように言った。

「そうね。でも昔の人は、そういうのを雨月って言ってね、実際は月が見えなくても、
 その雲の上の名月を想像してお月見を楽しんだそうよ」
「なんだかもの悲しい話ね。見えない月を楽しむんだから、虚構のお月見じゃない。
 まだ、卯酉新幹線に乗って、偽の満月を眺めているほうがマシだわ」
「でも、そのほうが風流だったのよ。名月そのもを見るよりも、
 丸いものを見て名月を想像するほうが何十倍も美しく感じられる。
 カレイドスクリーンから見える富士山もそうよ。
 実物よりも、虚構の方が綺麗に見えるじゃない?」

メリーはなんだか、つまらなそうな顔をした。

「結局、今も昔も人間って虚構が好きなのねぇ」
「……そうね」
「虚構のお月見なんかして、何の意味があるのかしら。私には理解できないわ……」

意味が無い……。
そう、今の私達から見て、昔の人は意味の無いことを沢山してきた。
そしてそれを風流とか、侘びとか寂びなんて言って、美しいものだとしてきた。

昔の人々は、意味の無いことを楽しんでいた。
そしてその考え方は、今日にもゲームという形で引き継がれている。

クリアしても、対戦相手に勝利しても……何の意味も無い。
それでも私達はそれを楽しんでいる。
それがきっと、現代流の風流なんだろう。
どうも、ビアードと申します。
一応ここでの投稿は二度目となります。

今回はゲームというものを中心に、『意味』というものについて考えてみました。

意味というのはすごく難しいもので、人はよくこれを問います。
自分は東方というゲームを見ていて、そこに登場する彼女達の行動はなんて無意味なんだろうと良く思います。

花映塚では、映姫様が霊夢に対してこんなことを言っていました。
「貴方は大した理由も無く大勢の妖怪を退治してきた」と。

理由が無い、というのはすなわち意味が無いということです。
つまり霊夢は、今まで意味も無く妖怪を退治してきたことになります。

なぜならそれは、『弾幕ごっこ』であり、遊び……いわゆるゲームだからだと思います。
だから意味は無い。


現実の世界には、競争化社会やら何やらでいろいろとドロドロとした問題が山積みになっています。
そういうときに幻想郷を見て、なぜ彼女達はこんなにも平和そうなのだろうかと、疑問に思ったことがあります。
それの答えとして、自分は彼女達の行動に意味が無いからこそ、平和に暮らしているんだと思いました。

彼女達のやっている弾幕ごっこには、遊び以上の意味がありません。
ですが、われわれが競争化社会の中でやっている競争は、遊びではありません。
そこにはそれ以上の意味があり、重みがあります。
だからこそ、どんな手を使ってでも勝とうと考える人が出てきたりして、
不正やら汚職やらというギスギスした話になってきます。

ですが、幻想郷で彼女達はスペルカードルールの元、弾幕ごっこをしています。
そこに不正やら汚職やらは出てきません。
なぜなら、不正をしてまでも勝つ意味が無いからです。

遊び以上に意味が無いからこそ、不正が起こらない。
物語の冒頭で蓮子とメリーがチェスをしていましたが、あれも単純に遊びであり、それ以上の意味がないので、
不正をしてでも勝とうと、二人とも思わないのです。
(お昼代を賭けるとか、それぐらいの重みはあるかもしれませんが……)

えっと、最後に今回の作品全体を通して、
ちょっとゲームに対して否定的なように見えてしまったかもしれません。
ですが、自分はゲームを否定したいのではなく、
むしろ純粋なゲームには意味が無いからこそ良い物なのだと考えています。

それに、自分はゲーム大好き人間なので……ゲームが無いと生きていけません^^;


では、最後にここまで読んでくださってありがとうございます。
また、機会がありましたら。
ビアード
http://
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コメント



0.450簡易評価
7.90名前が無い程度の能力削除
意味がないものを楽しめないと、生きた意味もないのでしょうね。
9.90ネット対戦で回線切って逃げられた削除
なんと読んで良いか判らない→なんと呼んで良いか判らない
では?

遊びもあまりにのめりこむと不正をする人はいますけどね
その人の中ではほかの人には無い意味が生まれてしまったんですかね