Coolier - 新生・東方創想話

育児無しと言われない悪魔達の生活

2011/01/06 20:02:54
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 姉が妖怪を拾ってきた。
 夢月は言ったのだ。姉さんは無責任だから、花を育てるなり何なりして責任感を身につけなさい。
 花と言った。しかし幻月が拾ってきたのは薄汚れた妖怪だった。
 犬でもなく、猫でもなく、人間でもなく、妖怪。
 夢月は戸惑い、自分の発言を過去へと追いやってから尋ねた。
「その子をどうするの?」
 さも当然とばかりに幻月は答える。
「飼うの」





 名も知れぬ森の中。木々を寄せ付けぬように咲いた花畑へ添えられるように、幼き妖怪は捨てられていたらしい。付喪神のように変化して妖怪になるものもいれば、妖怪から産まれる者もいる。中には妖精のように自然発生する輩だって少なくなかった。
 少女は捨てられたのではなく森の中で自然発生したのではないか。夢月の推測は真正面から唐竹割りにされた。
「どうでもいいじゃない。此処に居ることが現実なんだから」
 姉妹が創造した夢幻の世界。世界の中に新しい世界を強引にねじ込ませた、神に対する挑戦状のような空間で、現実とは片腹痛い。だが幻月の言いたい事は理解できる。生まれは関係ない。これから少女をどうするか、そちらの方が大事なのだ。
 夢月は断固として譲らなかった。元の場所へ返してきなさいと。
 食事ならば無尽蔵に作り出せる。この世界で暮らす限り、水や食料で困ることはない。
 問題は姉の方にある。老若男女を問わず、邪魔な者は八つ裂きにして邪魔でないものも八つ裂きにする。好奇心と嗜虐心に残虐性をブレンドした、悪魔の見本市で並べられそうな姉。正直この姉に生き物を飼うような資格は無いと思われた。
 何日後まで生きていられるか。わざわざ幼い少女にサバイバルを要求してもしょうがない。大人しく帰した方が双方の為である。
「でもでも、この子は帰りたくないみたいよ」
 改めて少女に目を向けた。薄汚れた服装は災害に遭ったようで、身体中にまみれた泥がまた汚さを強調している。これで悪臭がすれば叩き出すところを、何故か臭いだけはしなかった。
 不安そうに夢月を見つめながらも、しっかりと両手は幻月のスカートを握りしめている。自分から隠れるように幻月の後ろに回る様子は、あたかも親子のようであった。あくまで見た目は、という限定条件付きだが。
 幼いというのは残酷で無知で無邪気である。自分が何に縋っているのか、その判断すらもままならないのだから。掴んだ藁が牙を剥くなんて、想像もしてないのだろう。
「この子も私に育てられたがっている。そして私も育てたがっている。問題があるようには思えないけど?」
 双方が合意したうえでの判断ならば夢月が口を挟む余地はない。そもそも幻月の目を見ていれば自分の反対が無意味であると分かる。
 自信という言葉すら生ぬるい傲慢の塊。こういう目をしている時の幻月は、飽きるまで止めようとしないのだから。もう何を言っても無駄だろう。
「分かったわ。ただし絶対に殺さないこと」
「はーい」
 返事が良いのは相変わらず。確か以前にも似たような返事をして、三日後に植木鉢ごと花を叩き割っていたのだが。実を付けないから面倒くさくなったというのが、手を土まみれにした理由だった。
 不安しかない。だがせめてもの救いは妖怪であることか。
 人間ならば即死するような攻撃でも、妖怪ならば耐えられるはず。幻月の攻撃は熾烈で容赦がないけれど、人間でないのなら命ぐらいはあると思いたい。出会ったばかりの妖怪に義理も思い入れもないけれど、むやみやたらに命を奪うのはどうかと思っている。
 勿論、妖怪が幻月に危害を加えるようなら今度は夢月の方が容赦はしない。幻月の得意技が虐殺であるように、夢月の得意技は拷問だった。自慢のコレクションも実験台を求めている。もっとも好んで使おうとは思わない。あくまで得意なだけだ。
 願わくば、この妖怪が大人になるまで育ってくれますように。夢月は心から祈り、有ることに気付いて幻月に向き直る。
「ところで姉さん。この妖怪の名前は?」
 待ってましたとばかりに豊満な胸を叩く。どこか得意気だ。
 そういえば、と夢月は思い出す。以前に何匹か幻月は動物を飼っていた経験があるのだ。結末は言わずもがなで、問題はその子達の名前。どうにも幻月はネーミングセンス以前に名前を付けるのが苦手らしく、ついつい見たままの外見を呼び名にしてしまうらしい。
 ブチ、シロ、チャ。名前だけでどんな姿をしていたか、大凡の人は理解してくれるだろう。
 だとすれば今回も。嫌な予感に限って当たるのだった。
「この子の名前は薄汚れた妖怪よ!」
 夢月が頭を捻って幽香という名前を思いつくまで、少女はずっとそう呼ばれていた。





 幽香は生まれたばかりの妖怪らしく、おおよそ知性らしき物は見あたらなかった。言葉も満足に喋ることができず、まずは言語から教える必要があったのだ。
 教養と礼儀に関しては夢月が。本当は幻月も同じぐらい身につけていたのだけど、面倒くさいの一言で全て押し付けられた。では幻月は何を教えていたのかと言えば、そう何を教えていたのだろう。遙か未来の夢月ですら、あの時の姉は何をやっていたのかと首を傾げたという。
 何とか言葉も身に付いてくると、幽香はしきりに幻月にまとわりつくようになった。
「げんげつ、げんげつ」
 涎まみれの手で幻月のスカートを掴んでは、何度も足を払われて転んでいた。高い高いと子供をあやす親はいても、低い低いと足払いを放つ親はいないだろう。しかも手加減ができないものだから、たまに骨もろもと刈り取ることもしばしばあった。
 痛い目を見ておきながら幽香は何度も幻月にひっつき、そして大怪我をして泣きわめく。そこまで幻月が好きなのかと夢月は呆れていたものだが当の本人は、
「あれだけやられても付きまとうなんて。幽香は馬鹿なのね」
 と何故か感心していたから困る。
 ただ風呂は一緒に入っていたし、寝るときも大概同じベッドだった。今までの植物や動物と違って長続きもしている。何だかんだと言いながら、幻月の方も幽香を気に入っているのだろう。
 思ったことは何でもすぐに態度へ出る幻月のこと。飽きたり憎んだりしていれば子供妖怪の消し炭が製作されるのも時間の問題だった。
「このまま幽香が馬鹿になったら困るわ。仕方ない。私も勉強を教えるわよ!」
 興味を持ちすぎるのも面倒な話だ。ある日、幻月は高らかに宣言したのだった。
 この頃には幽香も言葉をしっかりと覚え、読み書きの段階に入ったところだ。幻月とも一定の距離を保ち、面立ちもどことなく成長を見せていた。無邪気な笑顔はなりを潜め、どことなく顔をしかめる回数も増えたように思える。それは主に幻月が馬鹿な事を言った時にするのだが。
 この時も露骨に顔をしかめていた。第一次反抗期だと幻月は悲しんでいたけれど、夢月は幽香も成長したのだと素直に喜んでいた。危険なものを危険だと判断できるくらいには、知性も身に付いてきたらしい。
「さあ幽香ちゃん、お勉強しましょうね。太郎君は林檎を五個持っていました。次郎君は林檎を三個持っていました。さて太郎君はどうやって次郎君を殺したでしょう?」
「姉さん、ちょっとこっちに」
 笑顔の幻月を引き連れ、幽香から遠ざける。
「数字の勉強は良いことよ。だけど問題文がおかしくない?」
「互いに林檎を持った二人の青年。それが出会えば殺し合うのは必至でしょう」
「どんだけ林檎が好きなのよ、太郎と次郎は。仮にそうだったとしても、これは算数の勉強なのよ。大事なのは太郎と次郎の殺し合いじゃないわ」
「三郎と四郎の出番が来たようね」
「名前じゃないの」
 このまま幻月が教育を続ければ、小さな姉が出来上がってしまう。この世に幻月が二人など、想像するだけで自殺を考えてしまいそうだ。
 幸いにも幽香は利発な子で、幻月の話はあまり聞こうとしなかった。当人は不満たらたらだったけれど、夢月は一安心していた。長年を同じ世界で過ごしていれば、多少なりとも情が移るというもの。
 夢月も幽香を自分の娘だと思い、出来れば理知的な子に育って欲しいと願っていたのだ。
 だから勉学を叩き込み、常識的な妖怪になるよう教え込んだ。
 反面、幻月を蔑ろにしていた事は否めない。夢月に後悔する所があるとしたら、この辺りにあるだろう。





 幽香が自分たちと同じぐらいの身長になると、いよいよ幻月が本格的に教育を始めた。全然構って貰えなくなった反動があるのだろう。夢月の目を盗んで幽香を連れ出しては、千尋の谷へと突き落とすような生活が続く。
 ある時の話だ。
「幽香、あそこに鬼がいるわね。ちょっと挨拶してきなさい」
「何で私が……」
「いいからいいから」
 基本的に強いのは幻月だ。幽香は逆らえず、仕方なく言われるがままに鬼へと近づく。厳めしい顔の二人組は幽香の姿を見るや、だらしなく鼻の下を伸ばした。あまり人と接しない幽香は自分の顔立ちが整っているという自覚もなく、どうして鬼達がそんな顔をするのか理解していなかった。
「こんにちは」
「お、おう。こんにちは」
 挨拶はした。これで満足かと振り返ってみれば、幻月が大きな岩をこちらに放り投げていた。咄嗟に避けはしたものの、大柄な鬼達は見事に岩の下敷きになっているではないか。もっともそれで倒れるような連中ではなく、岩を叩き割って怒りで染めた赤ら顔で辺りを睨み付けた。
 幻月は鬼達に向かって、挑発的な口調で言い放つ。
「天下の鬼も情けない。そんな攻撃も避けられないようじゃ、四天王とやらもゴミ屑の集まりなのかしら」
「なんだとてめぇ! 良い度胸じゃねえか、こっちにきやがれ!」
「そこにいるのは私の一番弟子、風見幽香。鬼に尊厳と矜持があるというのなら、まずは弟子から倒してみなさい。私が相手をするのは彼女が倒れてからの話よ」
 言うや否や、颯爽と幻月は姿を消した。まるで霧か幻かと言わんような立ち去り方に、思わず鬼達も言葉を失う。そして幽香も同じく。
「どうするよ、おめぇ」
「どうするって、このまま舐められっぱなしなのは気にくわねえ」
 二人の視線は当然のように幽香へと向けられた。先程のように色気混じりのものではない。そこにあるのは憤怒と殺気。このまま無抵抗を貫けば、おそらく自分は三途の川を渡ってしまう。
 間髪入れず、幽香は逃げ出した。並の妖怪ならば対処できるけれど、いくら何でも鬼を倒すことはできない。しかも二人だ。まともに相手をすれば撲殺されるのは確実だった。
「逃がすか!」
 それこそまさに鬼のような形相で追いかけてくる二人組。森の中を必死で逃げ回る幽香は、もはや自分がどこを走っているのか分からなくなっていた。そのうち次第に追いつめられ、気が付けば十人の鬼が周りを取り囲んでいる。
 森を逃げ回るうちに、援軍を呼ばれてしまったのだろう。中心にいるのは額から角を生やした女性の鬼。一見すると他の男共よりも弱そうなのに、放つ威圧感は誰のものよりも強烈だった。
 下手をすれば幻月にも匹敵している。いまだに頭があがらない幻月並の相手とくれば、これはもう勝負にもならない。
「うちの連中が随分と世話になったみたいだね。あんた、名前は?」
「か、風見幽香」
「聞いたことがないねえ。いきなり喧嘩を吹っかけてきたんだ。さぞや名のある武人か妖怪だと睨んだんだけど。見当違いだったか」
 見下されたようで腹は立つけど、見逃してくれるのなら有り難い。元々、こちらには戦うつもりなど無かったのだ。ただ幻月が勝手に喧嘩を売っただけの話で。
「私は星熊勇儀。ここらの鬼を纏め上げてるもんだ」
 豪快に酒を飲み干し、甘楽甘楽と鬼は笑った。
「興が削がれた今となっては見逃してやってもいいんだけど、そうなると鬼の面子も立たないからねえ。悪いがあんたにはキッチリと決着をつけてもらうよ」
 話がきな臭くなってきた。周りの鬼達もニヤニヤと意地悪い笑みを浮かべている。
「岩をぶつけられたのはどっちだい」
「両方ですぜ」
「ならそっちのお前。この妖怪の相手をしてやれ。ただし殺すなよ。こんな喧嘩で命の奪いなんざするもんじゃない」
「了解でさ」
 勝手に進む話へ待ったをかけられるはずもなく、いつのまにか屈強な鬼が自分の目の前に立ちはだかっていた。周りを取り囲むのは鬼の群れ。逃げ場などあるはずがない。
 だが戦う相手もこれまた鬼。命は取るなと厳命されたようだけど、まともに戦える相手でもない。
 どうすればいい。幽香は悩んでいた。
 幻月は手助けにきてくれる様子もない。ひょっとしたら自分がやったことも忘れて帰ってしまった可能性もある。何度かあったのだ、今までにも。
「考え事とは余裕だね、お嬢ちゃん」
 茶化すような勇儀の言葉に、周りも釣られて笑い出す。
 気に入らない。誰も彼もが自分のことを小馬鹿にしているのだ。我らは鬼だ。鬼に勝てる者などいるはずがない。まるでどこかの誰かの傲慢のように、敗北は有り得ないと信じて疑わないのだ。
 何度も思ってきた。そんな奴らを倒してみたい。そんな奴らを完膚無きまでに倒したら、どんな顔をするのだろうと。
 だけど現実を見ろ。相手は鬼だ。自分よりも遙かに強い鬼だ。
 秘めたる力が解放されたのなら兎も角として、力量の差は明らかだ。戦わずして結果が見えているからこそ、鬼達も余裕綽々なのだ。
 何とかしたい。何とかしたいと願いつつも、気が付けば幽香は一瞬のうちに意識を奪い取られていた。
 目を覚ましたのは三日後のこと。すぐそばには幻月の姿があった。
「おはよう、幽香」
 よっぽど殴ってやろうかと思った。しかしすぐに諦める。
 殴ってどうなるものではない。そもそも自分が殴れるような相手でもないし。
 見慣れない果物の皮をむきながら、幻月は唐突に話を始めた。
「もしも私と夢月ちゃんが川で溺れていたとするわね。絶対に有り得ないけど、例えば溺れていたとする」
 幽香は目を丸くして、幻月の顔を見上げた。
「二人とも限界寸前。今にも濁流に呑まれて死んでしまいそう。だけどどちらかを助けている間に、もう片方は鉄砲水に流されて死んでしまう。助けられるのは一人だけ。さあ、幽香はどちらを助ける?」
「え……あ……」
 突然のことに動揺を隠せない。しかし冷静になったところで答えることは出来なかった。
 夢月は大切な人だ。自分に読み書きや言葉を教えてくれた。料理を作ってくれるのも夢月だ。いわば母親のようなもの。見殺しにすることもできなかった。
 だがそれは幻月も同じ。人でなしで性格も歪んでおり残虐的な悪魔だとしても、どうしても幽香は見捨てることができなかった。幻月は恩人なのだ。生まれたばかりの幽香は弱々しく、自分が何を食べればいいのかも理解していなかった。
 あのまま花畑に放置されていたら、きっと今頃は存在していなかっただろう。こうしていられるのは幻月のおかげ。反抗的な口や態度をとることはあっても、感謝を忘れた日などない。
 だからこそ選べない。母親か恩人か。
 どちらにしろ後悔するし、出来れば二人とも助けたかった。
「絶対にどちらか選ばないといけないの?」
「そうよ」
 幽香は悩んだ。悩んで悩んで、結局答えを出せなかった。
「はい残念。二人とも助けられず、水に流されて死んでしまいました」
 どっぼーん、と巫山戯たように両手を挙げる。
「今の質問にどんな意味があるってのよ。答えなんか出せるわけないじゃない」
 怒り混じりの幽香に対して、幻月はあっさりと答えた。
「え、そう? 私なら答えられるわよ」
「……どうせ、夢月の方なんでしょ」
 幻月にとって何よりも大事なのはたった一人の妹だった。どれだけ大切に思っているのか、側で見ているからこそよく知っている。
 だが幻月は首を左右に振った。
「まだまだだね、幽香は」





 結局答えは教えて貰えず、それどころか再び鬼の中に放り込まれた。
 その度に鬼から殴られ、意識を手放す毎日。まるで三途の川に積まれた石のように、定期的なペースで幽香は鬼にやられ続けた。これにどんな意味があるのか、問いかけたところで幻月は教えてくれない。
 次第に鬼が幽香へ同情するようになり、追い返す手段も優しくなってきた。最後の方は殴られることもなく、気を付けろよと声をかけられる始末だ。鬼も意外と優しい種族なのだなと、ここで感心できるのなら人生を楽に過ごせただろう。
 だが幽香にも矜持はあった。自信があった。
 見下されて同情されるなど、妖怪として恥ずかしいではないか。もう子供ではないのだ。相手が鬼でなかったから、今頃は自分だって抵抗の一つや二つぐらいしているだろう。
 どうして幻月は鬼の中に放り込むのだ。自分が嫌いなのだろうか。
 理解しようとしても出来るはずがない。夢月は言っていた。
「姉さんの気持ちなんて私にも理解できないもの。無理に考えようとせず、素直に従うのが一番よ」
 しかし我慢にも限界がある。いつまでも見下される生活が続くと、そのうち自分は消えてしまうのではないか。そう思うようになってきた。
 そんな、ある日のこと。
 自分と幻月はいつものように木の上で眠っていた。だから周りには壁もなく、大声が聞こえれば普通に目を覚ましてしまう。目を擦りながら起きた二人は、眼下で繰り広げられている光景にしばらくしてから気付いた。
 若い女と子供の二人組。それが野党らしき男達に襲われていたのだ。護衛も無しに物騒なと見てみれば、屈強な男が血まみれになって倒れているではないか。既に護衛が殺されているのだとしたら、女の運命はもう決まっているのも同然だ。
 別に博愛主義でもない幽香からしてみれば、どうということの光景。
 二人の末路など見えている。全てが終わってから、改めて寝ることにしよう。
 しかし幻月は違った。すぐさま飛びおりると、何も言わずに野党達を殺して回った。腕のたつ者もいただろう。力自慢もいただろう。しかし口上も聞かず、生い立ちも無視して幻月は淡々と野党達を殺していった。
 最初は戸惑っていた連中も、すぐさまお粗末な太刀で反撃しようとする。通用するわけないのに。幻月は避けもせず、むしろ殺すペースが上がったようだ。
 気が付けば野党の群れは一人になっていた。
「ち、近づくんじゃねえ!」
 問題は残った一人。男の前には子供を抱えた女の姿があった。
「一歩でも動いてみろ、こいつらの命は保証しねえぞ!」
「あっそ」
 躊躇いはなかった。女と子供もろとも、幻月の腕は男を貫いていた。
 野党の群れは死体の群れに代わり、惨劇だけがそこにあった。
 言葉もなく見つめていた幽香。
 どうして殺したのだ。あの二人を助けようとしたのではなかった。
 血まみれになった自分の腕を観察しながら、ふと木の上に顔を向ける幻月。訝しげな幽香に対し、眠そうな目で答えたという。
「五月蠅かったから」
 なんという。なんという馬鹿げた理由。
 呆れを通りこし、怒りを飛び越え、感心を突き抜けた。
 血まみれの子供がいたのだ。死んでいる方ではない。幻月という名前の子供が、そこにはいたのだ。
 彼女の行動原理は一つしかない。だからこそ夢月も理解を諦めた。
 単純にして、絶対に揺るがない、不変脈動の意志。
 馬鹿馬鹿しい。ああ、本当に自分が馬鹿馬鹿しい。
 幽香は全てを悟り、気が付けば笑っていた。
「ふうん、ご機嫌だね。じゃあ久々に質問しようかな。溺れている私と夢月、どちらかしか助けられないとしたらどっちを助ける?」
 瞳には確信の色がある。自分が正しい答えを導き出すと、心の底から信じているのだろう。
 幽香は気付いていた。もしも幻月を失望させれば、おそらく自分はここで殺される。
 だが自然と震えなかった。恐れもなかった。
 ただ当たり前のように、悠然と幻月を見下した。
「どちらも助ける」
「どちらかしか助けられないの」
「誰がそんな事を決めたのかしら。私はどちらも助けると言ったのよ。だからどちらも助ける。そして二人とも助かる」
 世界が変わったように思えるのは、きっと自分が変わったから。
 やりたいことをやる。言いたいことを言う。
 ただそれだけのことを、どうして自分は悩んでいたのか。今にしてみれば愚かしい限りだ。
 幻月は満足そうに微笑み、血まみれの腕で頭を撫でようとした。
 当然のように、幽香はそれを払う。気持ち悪いではないか、そんな腕。
「ああ、本当に良い子になったね。幽香ちゃんは」
「止めてよ。ちゃん付けされるような年でもないわ」
「分かってるから言ってるの、幽香ちゃん」
 殴ろうとした腕は、あっさりと止められた。気持ちが変わったところで、圧倒的な力量差は埋められるはずもない。
「じゃあ、そろそろ帰ろうか。夢月ちゃんも怒ってる頃だろうし」
「待ちなさい。その前にやっておきたい事があるわ」
「ん?」
 幻月への借りはいずれ返そう。もっと強くなって、誰にも負けない最強を手に入れたら。
 だが今は幻月よりも倒すべき敵がいた。しばらく待ってくれと命令してから、幽香は鬼の群れに足を踏み入れた。連中はいつも同じ場所で宴会をしている。場所を探すのは苦労でもない。
 また恒例の奴がきたと鬼達は笑う。ただ勇儀だけが、興味深そうな目でこちらを見ていた。
 やはり彼女だけは別格か。
「どうした、また放り込まれたのか。可哀相なこった」
「なんなら俺たちに任せてみるか? お前さんを放り込んだ奴を叩きのめしてやるよ」
「はははは、そりゃあいい」
 愉快だと笑う鬼達。幽香は無言で近づいて、とりあえず手近にいた鬼から殴ることにした。
 思い切り拳を振り抜いてみれば、岩を殴ったような手応え。さすがは鬼か。
 幻月の特訓という名前の虐待がなければ、蹲っていたのは幽香の方だろう。
「てめえ!」
 吹き飛ばされた鬼に変わって、別の鬼が立ち上がる。以前の自分なら、これだけの人数を相手には出来ないと諦めていた。
 だけどは今は違う。勿論、冷静に考えればこれだけの鬼を相手に勝てるはずがない。逃げるか謝った方が得策だ。利口な人間ならそうする。
 だが自分は風見幽香だ。幻月に育てられた、薄汚い妖怪なのだ。
 嫌なことは嫌だと言い、腹が立てば相手を殴る。
 単純にして明快な理屈。自分にはそれさえあれば良かった。
「黙っていた私も悪いんだけど、見下されたり同情されたりするのって嫌いなのよね」
 後先など知らない。結果など分からない。
 自分はただ苛ついた。だから殴ればそれでいい。
「だから存分に見下してあげるわ。来なさい、有象無象の鬼の群れ」
 殺気立っていた鬼達はしかし、すぐさま道を譲ることになる。圧迫感の密度が変わった。油断すれば腰が抜けるだろう。
 放っている相手など、確認するまでもない。
 杯を放り投げ、勇儀がこちらへ歩を進める。
「実に面白いじゃないか! 腑抜けた妖怪だと舐めきっていたら、こうも変わるとは。いやはや酒と妖怪は寝かせるに限る」
 唇を噛みしめて、何とか自我を保つ。
 ここで気絶すれば見下されるのは自分だ。そんな無様な真似、出来るはずがなかった。
「こいつら相手じゃあんたも満足しないだろう。いいさ、お前なら相手に不足はない。この星熊勇儀、久々に喧嘩を買おうじゃないか!」
「良いわ、来なさいお山の大将。言っておくけど私の教育は乱暴よ。なにせ育ての親が悪魔なんだからね!」
 幽香と勇儀の戦闘がどうなったのか。決着は語るまでもない。
 ただ一つだけ言えることがあるとすれば、幽香は満足そうに帰っていたということだけだ。





 姉と同じような性格になってしまったのは残念至極の限りだが、それでも幽香は立派に育ってくれた。外見も麗しく、内面も知性的。ああこれで常識的だったら完璧だったのだけど、これはこれで愛らしい。
 幻月はとても満足しているらしく、最近では幽香にベッタリだ。まるで昔の二人を反転したようで、見ているこちらとしては面白くてしょうがない。
 それが嫌だったのか、はたまた思う所があったのか。
 幽香は何気ない口調で告げた。
「そろそろ自分だけで生きていこうと思うの」
 予想はしていた。子供は巣立っていくもの。いつかは自分たちの手から離れていくものだと。
 分かっていても衝撃は大きい。
「何処に行くのかは決めていない。だけどとりあえず、好きなように生きてみるわ」
 籠の中の鳥ではない。窮屈なものなど、幻月の教えが吹き飛ばしてしまった。
 だからこそ彼女は誰よりも自由で、誰よりも我が儘なのだ。
 そうした張本人は愉しそうに、娘の巣立ちを喜んでいる。
「強くなったら戻ってね。その時は本気でやってあげる」
「いいわ。今までも何度か全力で殺されそうになった覚えはあるけど、結局一度も倒せなかったから。もっともっと強くなって、いつかあなたを見下してあげるわ」
「その調子、その調子」
 自分も何か言おうとしたけれど、なかなか上手く言葉にならなかった。何を言っても涙に変わると思ったから、夢月は優しく幽香を抱きしめた。これならば顔も見られずに済むし、自分の思いも深く伝わる。
 幽香も黙って、優しく抱きしめてくれた。
「それじゃ、行くわね」
 名残惜しいが、いつまでも引き留めるわけにはいかない。幻月は手を振り、自分も倣って彼女の背中に手を振り続ける。
 そのまま立ち去るのかと思いきや、振り返ることなく幽香は言った。
「今まで育ててくれてありがとう。夢月お姉ちゃん、幻月お姉ちゃん」
 その後、幽香がどちらに向かったのか。夢月には分からなかった。
 涙が邪魔して見えなかったのだ。
 溢れる雫を拭いながら、それでも手だけは振り続ける。見えなくても、それが伝わると信じて。何度も、何度も夢月は手を振り続けた。
「育てて良かったね」
 姉の言葉に、夢月は力強く頷くのだった。




















 後日、エリーから苦情が届いた。
「なんかうちの館を乗っ取って冬眠を始めた熊のような女がいるんですけど」
 
 
 
 最近になって、毎年姉妹の元に向日葵が送られるようになったとか。
八重結界
http://makiqx.blog53.fc2.com/
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コメント



0.3420簡易評価
9.100名前が無い程度の能力削除
これはいい旧作トリオ。
12.70名前が無い程度の能力削除
ロリ幽香ちゃんと幻月お姉さんだと……これはおいしい
19.100名前が無い程度の能力削除
八重結界さんの話は読んでいて気持ちいいねぇ
ロリ幽香も姉妹も可愛いし文句なく100点だね
21.70名前が無い程度の能力削除
実に面白かったです。こうという設定をあまり持たない幽香の強さは、成程こうした過去があってもおかしくはないかも知れません。人に歴史あり、ではないですが。。。
今の幻想郷で幽香と勇儀が再会したら、どうなるのかな。そんな妄想に浸ってみたり。


文章の話ですが、人称の使い方が少々気になりました。
それぞれ「幻月/姉」、「幽香/自分」が混在しており、読み進めるのに難があるように感じました。特に幽香への視点切替時、最初は幽香の視点だと気付かず混乱しました。
また個人的に、地の文の一人称描写と三人称描写の混在も気になります。明確に区分けされた書き方であれば気になりませんが、本作の場合は一人称の途中途中に三人称が混じっており、キャラクタの心情なのか状況の描写なのかハッキリせず読み難い印象です。

個人的に、実に好みで気持ちの良い話だっただけに、少し残念に感じました。
24.100名前が無い程度の能力削除
なんと悍しく、なんと可愛らしいことか。
27.100名前が無い程度の能力削除
久方ぶりの夢幻姉妹、堪能させていただきました
ううむ、読んでてこう……胃がきゅうっとなるけれどやめられない感じ。まさしく私のイメージした幻月さんそのものです
幽香も格好良かった。勇儀も格好良かった。文句無しです、良い作品をありがとうございました!
45.100名前が無い程度の能力削除
ロリ幽香!ロリ幽香!
48.100シルバー削除
幽香可愛いっす!
52.100名前が無い程度の能力削除
育児無し、いくじなし。
↑このネタ四日前思いついて使おうと思ったんだけどなぁ・・・先越された
59.100かたる削除
幻月がすごく魅力的。幽香ちゃんは数奇な運命をたどって来たんですね……
60.90名前が無い程度の能力削除
歪んでるようでまっすぐ。それでいて無茶苦茶。
割と困ったちゃんだが親譲りなら仕方が無い。
みんな素敵でした。
62.100名前が無い程度の能力削除
東方幻想郷の良作ですね、ありがたい
更に自分の中の夢幻姉妹像とかなり合致していて大満足、またこの姉妹や旧幽香の話を読んでみたいですね
66.100ねじ巻き式ウーパールーパー削除
なんて素敵な幻月ねーさん。
ゆうかりんとのこういう過去はあってもいいと思うんですよね。
67.90名前が無い程度の能力削除
これはいい。ただそれしか言葉がない。
70.90名前が無い程度の能力削除
yoiyoyoiyo
80.100名前が無い程度の能力削除
イイネ