※拙作「クリスマス前哨戦~発端の在処~」(ジェネリック79)、「Sweet Bitter Christmas」(本作と同作品集)の続きとなります。
「ちょっと、幽香! 何が『私に任せなさい』よ!?
これで何人に『品切れです』って言ってると思ってんの!?」
「知らないわよ!? っていうか、何、今日の売れ行き!?
紅魔館はどうなってるのよ!」
「……あなた、それ、本気で言ってるの?」
来る25日。幽香のお店は、超がつくほど大忙しだった。
次から次へと、ひっきりなしに客がやってくる。それは当然のごとく、『ゆうかりんファンクラブ』の面々から始まり、いつものリピーターに新規顧客が続き、と。ここまでは予想の範囲内であった。
問題は、
「ちょっと、アリス。ザッハトルテはまだ?」
「ご、ごめんなさい、咲夜さん。あの、もう少し待ってください」
「まぁ、いいわ。押しかけたのは私たちなのだから」
話題に出た『紅魔館』の人間が、そこにいることから始まる。
しかし、まだ彼女が――十六夜咲夜女史がいるだけならわかる。問題は、その次だ。
「ちょっと、咲夜。ケーキはまだなの?」
「さくや、おなかすいたー!」
「あ、はい。もう少々お待ちください」
と、館のお嬢様'sまでがそこにいるのが、まず第一の疑問である。
館の経営(そもそも、悪魔の館は経営するものなのかどうかはさておいて)は、ほかの優秀なメイド達に任せて来ているのだろうということは想像が出来た。
しかし、あの館の主力メンバーが、このかき入れ時に三人もいないというのは、少々、おかしな事態である。
もしも館で、何かトラブルがあったらどうするのだろう。そう、誰もが疑問を思い浮かべてしかるべきである。
「出来たわ!」
「こっちよ、こっち!」
「はいはい!」
「えっと、ザッハトルテ二つで……」
「あと、あっちのクッキーとキャンディもちょうだい」
「はい、ありがとうございます」
それを包んで、アリスは咲夜に手渡した。
咲夜は、「ありがとう」とアリスに言うと、お嬢様二人に声をかける。彼女たちは、椅子から立ち上がり、咲夜の元へ。
ちなみに、フランドールの腕の中では、アリスの人形が抱きしめられてじたばたしていた(捕まってるのは上海である)。
「ところで、幽香を呼んでもらっていい?」
「え? あ、はい。ただいま」
厨房で、それこそ目の回るような忙しさのど真ん中を突っ走っている幽香の背中を、アリスは叩いた。
そして、これこれこういう事情なの、と説明をして、彼女を連れて店へと戻っていく。
「何かしら?」
「ありがとう」
「え?」
「すいません、お嬢様方。お先に表で待っていてくれませんか?」
「わかったわ」
「はーい」
「あの、フランドールちゃん。うちの上海、離してもらっていい?」
「いいよ」
未だじたばたしてる上海人形が、ようやくフランドールから解放されて、心なしか、ほっと息をついたように見えた。
お嬢様二人は、傘を手に、店の外へと歩いて行く。
そうして、少しの間を置いてから、咲夜はポケットから二つの手紙を取り出した。
「咲夜さん、これは?」
「お嬢様達から『サンタクロースさんへ』だそうよ」
「……え、えっと、何のことかしら? ねぇ、アリス」
「わかりました。きっちり、サンタクロースさんに手渡します」
「ええ、お願い。
幽香、頑張ってね」
じゃあね、と手を振りながら、咲夜は外へと歩いていった。
意味がわからず――というか、脳が理解することを拒否しているのだろう――佇む幽香へと、アリスは『はい』と手紙を手渡す。
「……もしかして、ばれてた?」
「あなた、もしかしてばれてないと思ってたの?」
「いや、だって、変装とかしてたし……」
「はいはい」
じゃ、引き続き頑張ってね、と厨房に押し戻される。
幽香はオーブンの前に立つ、その前に、ちょっとだけ手紙を開いてみた。中には、子供らしい、かわいい丸文字でいろいろな言葉が綴られている。
それを見ているうちに、自然、笑顔が浮かんでくる彼女であった。
「あの、幽香さん、いらっしゃいますか?」
「こんにちは。幽香さん、いますか?」
「あら、妖夢に鈴仙。いらっしゃい」
「あれ? 鈴仙さん?」
「妖夢ちゃんも?」
続けてやってきたのは、この二人。共に用件は同じなのか、まずは妖夢から、改めて『幽香さんは?』と尋ねる。
「悪いんだけど、今は出られないわ。それどころじゃないのよ」
「表、すごかったですよ」
確かに、と妖夢の後ろで鈴仙がうなずく。
ただいま、幽香のお店の前は長蛇の列だ。ずーっと、遙か彼方に列は続いており、最後尾を預かるゴリアテ人形が『列の最後尾』という立て看板を持って立っているほどである。
「ほんと、あんな下手な変装とかで誰かをだませるって、本気で思ってたのかしら」
「あはは、確かに。
言っちゃ悪いですけど、私、一目でわかっちゃいました」
「私は、幽々子さまから、『こんなサンタクロースだったわよ』って教えられまして」
「で、二人とも、お礼を?」
「はい」
「師匠と姫様からも、『恩を受けた以上、礼はきちんと尽くしなさい』と命じられました」
彼女たちも、吸血鬼のお嬢様達と同じく、手に手紙を持っていた。ちなみに鈴仙が持っている手紙の枚数は相当なもので、小さなボックスの中にどっさりと入っている。
「あとで、私が責任を持って渡しておくわ」
「すいません、アリスさん」
「じゃあ、すいませんついでに、お菓子を買っていきます。並べばいいんですよね?」
「3時間待ちよ」
「……………………………………………」
「あの、アリスさん。私はお願いしていたものを……」
「あ、はいはい。妖夢は、幽香のハーブティーだったわね」
「予約!? その手があったかっ!」
『予約のお客様専用カウンター』の列は、一般カウンターよりはだいぶ短かった。鈴仙はがっくりと肩を落として、「……頑張って三時間並びます」と、店の外に歩いて行く。
悪かったかなぁ、と思いつつも何も出来ない妖夢は、「ご迷惑おかけします」と苦笑いを浮かべたのだった。
「おじゃましま~す」
「あ、えっと……」
「こいしちゃんだよ」
ぶい、とVサインを突き出すこいしは、じっとアリスへと視線を注いだ。
「……あの、何?」
「……83……いや、84のCか……。まだいまいち……」
「……何か言った?」
「別に何でも」
あからさまに、『これから先が楽しみだけど、今は残念』な顔をするこいしに、アリスは顔を引きつらせる。
それはともあれ、こいしは、「これ、お姉ちゃんが幽香さんに渡してきなさい、って」と手紙を取り出した。どうやら、この彼女も目的は同じのようだ。
もっとも、彼女自身は、もしかしたら、例の『サンタクロース』の正体には気づいていないのかもしれないが。
「ありがとう。これ、何の手紙?」
「さあ? 何だろうね」
うふふ、と笑った後、彼女は「甘いにおい~」と鼻をひくひくさせる。
「ねぇ、お姉さん。こいしちゃんはケーキを食べたいのです」
「今なら、外に並んでくれれば、1時間待ちで入れるわよ」
「今、食べたいな~」
「だーめ。うちはお客さんは、知り合いであっても特別扱いしないの」
「ちぇ~」
あんまり残念そうには見えない笑顔を浮かべて、彼女は踵を返した。『じゃ、またくるね』と残して、そのまま、店を後にしようとする。
そんなこいしの後ろ姿に、「歯磨き、忘れないようにね」と、アリスはキャンディをぽいと投げ渡した。
こいしは「もっちろん!」と笑顔を輝かせ、丘の向こうへと走っていく。その足下を包むハイヒールにも、どうやら慣れたようだった。
「幽香のやつ、こんなにたくさんの手紙、一度に読み切れるのかしら」
すでに、カウンターの裏には無数の手紙が積み上がっている。
アリス達の知り合いのみではなく、そこには一般の客からの手紙もあった。もちろん、そのいずれもが、『サンタクロースさん』からプレゼントをもらったもの達だ。
「ほんとにもう。ちゃんと、うまい具合に変装してれば、こんな手間をしなくてすんだのに」
厨房の中から「あっつー!」という悲鳴が聞こえてくる。
さて、今度は何をやらかしたのやら。
苦笑を浮かべるアリスは、仏蘭西人形に永琳の傷薬を渡すと「手当、してあげてね」とお願いするのだった。
「すいません。予約していたクリスマスケーキを取りに来ました」
「いらっしゃい」
段々、日が傾いてくる。
長く伸びる影法師がよく目立つ時刻になって、命蓮寺から遣いが現れた。言うまでもなく、寅丸星である。
「昨日もクリスマスパーティーをしていたって聞きましたけど」
「あはは……。聖が、サンタクロースのプレゼントに感激すると同時に『どうして起こしてくれなかったの!? サンタクロースさんにお礼をしないといけなかったのに!』ってわがまま言い始めまして……」
それを黙らせるために、彼女が大好きな甘いものを出して『釣る』のだと、星は言った。
「ほんと、一輪が泣いてましたよ。『起こしたのに起きなかった』って言っても『起きるまで起こして』って言われて」
「……それはそれは」
「まあ、そういうわけで、もう一度、クリスマスパーティーをして、私たちからプレゼントを渡してあげようかな、と」
先日の『プレゼント』のお返しを聖にもしたいのだ、と彼女は言った。
なるほど、とうなずいて、アリスは『こちらになります』とカウンターの上にホールケーキを置いた。
サイズはかなりのもの。命蓮寺の面々全員で食べてもまだ余るだろうと思われる大きさだ。何でこのサイズを注文したのだろうとは思いつつも、アリスはそれをラッピングして星に手渡す。
「ありがとうございました。
お店の『サンタクロースさん』にもよろしくお伝えください」
「わかりました」
それでは、と一礼して歩いて行く星。
そうして、ドアの向こうで待っていたナズーリンが、彼女の手からケーキを受け取る。直後、その場に、何もないのにつんのめる星の姿を見て、アリスは思わず、『ああ』とうなずいたのだった。
「あ~……疲れた……」
「お疲れ様。幽香」
結局、その日は閉店時刻ぎりぎりまで客足が途絶えることはなかった。
店のプレートを『閉店しました』の面に掛け替えるのとほぼ同時に小町がやってきて、「ありゃりゃ、閉店かい。また明日来るかね」と肩をすくめていたのを、二人は思い出す。
ちなみに、その用事はというと、『四季さまからの言づてさ』と、小町は笑っていた。
「……で、アリス。何この手紙の山」
「サンタクロースさんにお礼だって」
「……何でばれてるのよ」
「だから、ばれないと思ってた?」
「霊夢たちからは来てないじゃない。あと、天人連中」
「……まぁ、霊夢たちはマジで気がついてない可能性があるわね」
霊夢は勘の鋭い人間だが、こと、早苗が絡むとその勘はなまくら刀以上に切れないものになってしまう。早苗は、しっかりしているようで実はちょっと間が抜けているし、魔理沙は気づいていたとしても『めんどくさいな』という理由で礼をするのを後伸ばしにして、いつの間にか忘れるような輩だ。
とりあえず、あとで魔理沙の頭はこづいておこう、とアリスは思った。ほかの二人については、『気づいてないならいっか』と見送ったが。
加えるなら、天人連中こと、天子と衣玖に関しては、唯一と言っていいくらい、幽香が『うまく』プレゼントを渡せた相手だ。手紙もなくて当然である。
「……あ~!」
「何よ、いきなり頭抱えて」
「あんな恥ずかしい格好してたのがばれたと思ったら、頭も抱えたくなるわよ……」
「いいじゃない。誰も笑ってなかったしさ」
「……ま、そうだけどさ」
テーブルに突っ伏していた幽香は、やおら、その場に立ち上がる。
アリスは、「今日は泊まっていくから、お風呂とご飯とベッド、お願いね」と彼女に笑顔を向ける。
「ちょっといい?」
「何?」
「ん……ちょっと」
そのアリスへと、幽香は不思議な返事をした。
首をかしげるアリスをその場に残して、彼女は厨房へと消えていく。
――そうして、待つこと一時間。普段なら30分もしないうちに美味しい料理が出てきてテーブルの上を埋め尽くすというのにだ。
今日はずいぶん時間がかかってるんだな、と思いながら、今日一日、自分たちの仕事を手伝ってくれた人形たちの労をねぎらって、アリスは幽香を待った。
そして――、
「お待たせ」
幽香が持ってきたのは、アリスが思わず『え?』と声を上げる品々だった。
テーブルの上に並べられる数々のパーティー料理。とどめに、この手のパーティーの定番、チキンがどんと置かれた。
「どうかしら。私の腕前は」
「……えっと……これ、どういうこと?」
「どういうこと、って。
アリス、あなた、クリスマスを知らないのかしら」
「いや、それは知ってるけど……」
「なら、いいじゃない。
私、誰かと一緒にクリスマスパーティーなんて初めてなの。付き合いなさい」
「いやだ、って言ったら?」
「ひっぱたくわ」
冗談よ、とアリスは苦笑して、『それじゃ早速』とフォークとナイフを手に取った。
その彼女に「ちょっと待って」と幽香。
どうやら、事前に購入していたものらしい大きなキャンドルを持ってきた彼女は、室内の明かりを消して、そのキャンドルに火をともす。
「キャンドルパーティーって、何か素敵じゃない?」
「いいわね。こういうのも趣があって。
ツリーはないの?」
「あいにく、買おうと思ったら全部売り切れ」
例年になく、今年はクリスマス用のもみの木の発注が多かったらしく、幽香に懇意にしてくれるおじいさん(ゆうかりんファンクラブのゴールドナンバーである)が『すまんのぉ、幽香ちゃん』と、わざわざ頭を下げに来たとのことだった。
「それは残念ね」
「ちなみに、一番大きなもみの木は、紅魔館が買っていったらしいわ」
「財力にものを言わせてるわね」
そういえば、あの館の庭に、でっかいのがあったっけ。
そんなことを思い出しながら、アリスは「じゃ、いいかしら」と尋ねた。
「待ちなさい。そんなに食い意地張ってると、霊夢と間違われるわよ」
その瞬間、どこぞの紅白の巫女は、言いしれぬ殺意に包まれたと言うが、とりあえずそれは関係ないのでよしとする。
幽香は、テーブルの上のワインのコルクを抜くと、それを二人分のグラスについだ。『年代物よ』と、彼女が自慢する通り、グラスからは芳しい香りが漂ってくる。
「きれいな赤ワインね」
「でしょう?」
それじゃ、乾杯。
軽くグラスとグラスを合わせて、二人のクリスマスパーティーがスタートする。
「ほんと、幽香って料理上手よね」
「まぁね。この私に出来ないことなんて何一つないわ」
「そうやって自慢する割には、出来ないことだらけで、私に泣きついてくることも多いくせに」
「な、何のことかしら?」
強がる幽香の頬に汗一筋。
彼女は、それをごまかすためなのか、目の前の料理に手をつける。さすが私、と自画自賛する彼女に、アリスは苦笑した。
「ほんと、あなたへの見方、ずいぶん変わったような気がするわ」
「そう? 私はいつだって最強の妖怪よ」
「ずいぶんとへたれでかわいい最強もあったもんね」
「……うっさいわね」
自覚があるのか、ちょっぴり、彼女は頬を赤くする。
――と、アリスが連れていた人形たちが、連れ添ってどこかへと飛んでいってしまった。
どうしたのかしら、と尋ねる幽香に、アリスは「パーティーを盛り上げるんだって」と言葉を返す。
しばらく待っていると、どこから持ってきたのか、人形たちは手に手に楽器を持って戻ってきた。そうして、仏蘭西人形の指揮で、彼女たちは演奏を始める。
「何か、微妙に不協和音ね」
「そう言わないであげて。みんな頑張ってるんだから」
あなたと一緒よ、とアリス。
それを言われると弱いのか、幽香は肩をすくめて『はいはい』と答えるだけだった。
「……にしても。
今年のサプライズは、本当に驚いたわ。あなたらしくないというか、ある意味、あなたらしいと言うか」
「まぁ……そうね。
い、一応、私だってやろうと思えば何でも出来るってことよ。これで見直したかしら」
「そうね。
そのうち、私の手伝いがなくても、全部、自分で出来そうね」
そうなると、何か寂しいかも。
アリスはつぶやいた。
「前は私に頼りっきりでさ。私がいないと、ほんと、全然、何にも出来なかったのに。
最近は、一応、黒字でお店の経営は出来てるし、少しずつだけど、色んなお客さんも増えてきてるし。私が何かしなくても、何でも出来るようになってきてるし。
今日だって、一応、私は手伝ったけど、あなた一人で頑張ってたようなものだったし」
子供の成長を見守る母親ってこういう気持ちなのかしら。
そんなことをつぶやくアリス。
そして、普段なら、そんなことを言おうものなら「誰が子供なのよ!」と幽香は怒るのだが――、
「……そんなこと、ない」
「そう?」
「いや、まぁ、そんなことはある……んだろうけど……。
だ、だけど、違うのよ。
その……ね。えっと……アリスには……その……か、感謝……してる……わ」
頬を赤くして、ぽつぽつつぶやく幽香。
「私の……わがままとか……その……いつもちゃんと聞いてくれたし……。私に……いつも協力……してくれるし……。
何か……友達っていいなぁ、って……ずっと思ってて……」
だから、それに甘えたくなかった。
消え入りそうなそのつぶやきに、アリスは軽く身を乗り出すと、幽香の頭を優しくなでた。
やめてよ、と幽香は言うのだが、それを振り払ったりはしない。
「友達が成長してるのを見るのって、なんだか嬉しい」
「だから、子供扱いしないでってば」
「この分なら、今度から、本格的に私が手を引いても大丈夫かな?」
「……ダメ」
「そう?」
無言で、小さく首を縦に振る。
何で? とアリスは聞いた。
「……その……何か、遠くなるから……」
「そんなことないわよ。
何なら、いつだって遊びに来てくれたっていいし。私の方からだって遊びに来るし。
遠くなるなんてこと、絶対にないから」
「絶対ダメ!」
「どうして?」
「……甘えてるとか、そういうんじゃなくて……その……」
なんと言ったらいいかわからない。
言葉が出てこなくて、半分、やけになってグラスをあおる。
ワインの香りが、つんと鼻につく。
「私……さ、頑張ってるのよ?」
「うん」
「それなのに……それをアリスに見せられないの……何か悔しいから……」
「そう?
……ああ、そう言われてみればそうかも。今回のだって、全然、気づかなかったし」
「で、でしょ?
だから、アリスはさ、ほら。私と一緒にいてさ、ちゃんと見ててほしいのよ。
あ、そうそう。これが理由。
ね? いいでしょ?」
ちょうどいい言い訳を思いついた、とばかりに幽香は顔を輝かせる。
アリスは、『そうね』とうなずく。
そうして、続けた。
「そこまで私のことを慕ってくれて嬉しいな。私もさ、ほら、友達いないとか言われてたでしょ?
だからね、幽香みたいに私のことを『頼ってくれる』友達が出来たの、すっごく嬉しいの。
自分が必要とされてるのがわかる、って言うのかな。そんな感じで」
けどさ、と続ける。
「やっぱり、それ、私にとっても幽香にとってもよくないような気がするんだよね。
必要以上に依存してるような感じでさ。
だから、やっぱりどこかで自分のスタンス決めておかないといけないと思うんだ。
これがさ、たとえば、恋人とかそんな感じだと、もっと違うんだろうけど……」
ずきん、と胸が痛んだ。
思わず、口を開く。
「じゃ、じゃあ、私と恋人同士になればいいじゃない。
それなら、そんな悩みを持つ必要もなくなるわよ」
どうかしら。名案でしょ?
そう言って、尊大に胸を張る彼女。
彼女の提案に、アリスは『それも面白いかもね』と笑った。そうして、言った。
「……けど、ごめん。私、そういう関係にはなれない。
だって、ほら――」
私、他に好きな人がいるから。
――しん、と部屋の中が静まりかえる。
ふと気がつけば、人形たちも演奏をやめていた。
彼女たちも、じっと、二人を見つめている。心なしか、その表情には緊張の色が漂っていた。
「その人とあなたとどっちが大切とか、そんなことは聞かないでね。私、きっと、答えられないから。
だけど、私は、幽香とは親友でいたいの。一番いい距離を保って、ずっと一緒に頑張っていく友達で。
だから……ごめんね」
顔を伏せ、つぶやくアリス。
幽香は、言う。
「ぷっ……」
思わず、彼女は吹き出していた。
お腹を押さえ、くすくす笑っていた彼女は、やがて我慢が出来なくなったのか、肩を揺すって、大声を上げて笑い始めた。
「ち、ちょっと! 私は真剣なのよ!?
そんなに笑わなくても……!」
「ああ、おかしい!
もう。アリス、あなた、普段の冷静な判断力はどこいったのよ。今の、本気にしたの?」
「……は、はぁ!?
じ、じゃあ、ただの冗談……」
「当然よ。孤高の妖怪をなめないでよね」
「『友達が欲しい』って泣きついてきたくせに!」
「あら、そんなことあったかしら? 私の記憶には残ってないわね」
「……ったくもー!
本気の告白だったのに!」
あなたのこと、心配して損した! とアリスは言った。
また、人形の演奏が始まる。流れるのは、どこか陽気な感じの漂う曲だった。
「アリスが本気で悩んで、真剣な顔をしてるのがおかしくておかしくて。
あなた、そんな顔、似合わないわよ」
「ほんとにもー。変な冗談、やめてよね」
「はいはい。じゃあ、次からは考えておくわ」
「い・ま・か・ら!」
「さあね?」
ひょいと肩をすくめて。
「けど……そうね。
……ありがと。そんな風に、私のこと、考えていてくれて。誰かと友達になるってことが、こんなに幸せなことなんだって知らなかった」
「まぁ……そうよね」
「その友達からのお願い。
私から離れていくのは、まだ少し待ってて。多分、私、まだまだだろうから」
今回のサンタクロースだって大変だったんだから。
彼女は笑いながら言った。
「だから、まだしばらくは、私のことを支えててちょうだい。あ、これ、お願いだからね? 命令じゃないわよ」
「わかった。
友達からのお願いだもの。聞かない理由はないわ」
「そう。よかった。
それじゃ、口直ししましょ」
また新しく、空いたグラスにワインをつぐ。
そうして、二人はグラスを合わせた。『今夜のパーティーは楽しみましょ』。どちらからともなく、その言葉をつぶやいて。
――楽しい時間が流れる。
人形たちの演奏は留処なく続き、二人の会話も途絶えることがなかった。
けれども、時間の流れというものは、誰にだって平等だ。
用意していた料理がなくなり、ワインもなくなり、そしていつしか、キャンドルもその高さをだいぶ低くしてしまう。
「よっと」
「どうしたの?」
「パーティーの締めよ。今、ケーキ持ってくるわ」
「わかった」
二人ともほろ酔い気分で、心なしか、顔が赤い。
幽香も、妖怪らしからぬ千鳥足で厨房へと歩いて行く。
「はい、どうぞ」
戻ってきた彼女が、テーブルの上にデコレーションケーキを置いた。
二人ではとても食べきれないサイズのワンホールケーキを前に、アリスが「ちょっと、多すぎよ」と苦笑する。
「このサイズだからいいのよ」
はい、と幽香はケーキを切り分け、アリスの前に差し出した。
アリスは早速、「頂きます」とそれにフォークを入れる。そうして、それを一口して、『?』と首をかしげた。
「ずいぶんビターなケーキね」
「ビターチョコレートで作ってみたの。色もほら、黒いでしょ?」
「ほんとね」
「普通のケーキとセットで、『Sweet Bitter Christmas』って名前で売ろうかなって思ったんだけど、よく考えたらほろ苦いケーキは子供は嫌いよね」
苦笑しながら、彼女もまた、自分のケーキを口にする。
うわ、苦い。
そんなことをつぶやいて、文字通りの苦笑いを浮かべる幽香に、『もう』とアリスは笑った。
「けど、こういうのもいいんじゃない? 甘いものばっかりじゃなくてね」
「甘いけどほろ苦い、か。なかなか面白いコンセプトね。今度、新作を作る時は考えてみるわ」
「ちゃんと採算がとれるもの、作りなさいよ」
「わかってるわよ」
そんなかしましいお喋りを続けながら、ケーキを半分ほど平らげて、パーティーはお開きとなった。
二人で片付けをして、肩を並べて階段を上っていく。
そうして、『それじゃ、お休み』と彼女たちはそれぞれの部屋の中へと入っていったのだった。
「……ふぅ」
お風呂を終えて、幽香が、改めて部屋に戻ってきたのは、それから2時間ほど後。
すっかり、時刻は深夜。アリスはもう寝てるだろう。
ちなみにどうでもいいが、この建物にはアリスの部屋もあった。経営を手伝ってくれる友人の部屋くらい用意するのが当然でしょ、というのが、その時の幽香の言葉だ。
彼女はベッドに横になる。
「……」
今日のパーティーは楽しかったな。
少し前のことを思い出しながら、顔を笑顔に染める。
また来年も、こんなことが出来るのかな。あ、でも、ちょっと待って。次は2月があったわね。去年はアリスに怒られたから、今年は、またサプライズで私から行動しようっと。
そんなプランを考えているうちに、段々、まぶたが重たくなってくる。
布団の中に潜り込んで、枕に頭を預ける。
心地よい暖かさと柔らかさに、眠気が段々と体を包み込んでいく。
そんな中で。
『私、他に好きな人、いるから』
その言葉が、音声つきで、幽香の脳裏にフラッシュバックした。
「……っ……」
彼女は枕に顔を埋める。
「うっ……ふぐっ……ううっ……!」
その言葉を思い出しただけで、胸が締め付けられる。
思いっきり、大声を上げて泣き出したくなる。
理由なんてわからない。
「うぐっ……! うっ……! ううっ……!」
ぎゅっと枕を抱きしめて、必死に声を殺す。
隣の部屋の友人は、とても鋭い友人だ。きっと、幽香が泣いていたら、眠りの淵からでもすぐに目を覚まして飛んでくるだろう。
今日、彼女は疲れているのだ。
たくさんの客でごった返していた店内で、厨房にこもりっきりだった幽香に代わって、一生懸命、働いてくれたのだ。
今頃、気持ちよく寝ている彼女を起こしてはいけない。
大きな声を上げるなんてもってのほかだった。
「ぐっ……! んっ……! ぐぅ……!」
枕をかみしめて、声を押し殺す。
あふれる涙で、枕が濡れていく。
何で自分が泣いているのかわからない。わからないのに、悲しくて悲しくてたまらなかった。
自分がどうして泣いているのかの理由もわからない、それがさらに頭と心を乱していく。
涙が止まらない。
声が止められない。
「うぅっ……!」
眠いのに寝られなかった。
息が出来ないくらいに苦しかった。
今日は幸せな一日のはずだったのに。
自分にとって、今まで生きてきた中で、最高のメリークリスマスだったはずなのに。
こんなに切ない夜を過ごすなんてことは、想像していなかった。
「ねぇ、幽香」
「何よ」
「あなた、料理、得意だったわよね?」
それは、ある日のアリスの言葉。
アリスが彼女に『友達』宣言してから数日後のこと。
「ええ……一応」
「どれくらい得意?」
「もちろん、お店を開けるレベルよ」
アリスの家に、初めて『友達』として遊びに行った日のこと。
アリスは、そんなことを幽香に尋ねてきた。
胸を張って言葉を返す幽香。アリスは言った。
「じゃあさ、あなた、もっと他人にふれあった方がいいんじゃない?」
「は?」
意味がわからなかった。
思わず聞き返す幽香に、『簡単よ』とアリスは答える。
「あなた、お店を開いてみたらどう? あの魔理沙ですら商売やってるんだから」
「お店……って……どんな?」
「そうね……。どんなお店がいい?」
「え? んっと……」
悩む幽香。その彼女へと、アリスはにこにこと笑顔を向けている。
何だか気恥ずかしくなって、幽香は『ちょっとあっち向いててよ!』と声を上げた。
そうして返したのは、「……喫茶店、かしら」という言葉だった。
「喫茶店?」
「そ、そう。別に、そんな立派じゃなくていいから、お菓子とお茶を提供できるお店……がいいなぁ、なんて。
ち、ちょっと、何よ、その目! 私が、そういうかわいいことを考えたらいけないっての!?」
「ううん、そうじゃなくて。
何で喫茶店なのかなぁ、って」
「それ……は、その……」
言葉には出せなかった。
目の前の、アリスに出してもらった紅茶を見つめながら、『それなら、アリスをお茶に呼べるんじゃないかな、って思ったから』なんて。
「けど、そっか。喫茶店ね。悪くないと思うわ」
「で、でしょう?
けど、それが何か……?」
「お店、やりましょう」
え? と思わず返してしまう幽香を尻目に、アリスはどんどん話を進めてしまう。
そうして、それから一ヶ月後には、幽香が暮らしているひまわり畑に、このお店が出来てしまっていたのだ。
「……これ……」
「どう? こんな感じで」
「以前、何か色々聞いてきたわね……」
――ねぇ、幽香。あなた、どんなお店を経営してみたい?
――お店の中は、どんな作りがいい?
――やっぱり、そこに住むことが出来たら二重に便利よね。
――たとえばこんな感じだったら、あなた、嬉しい?
「……アリス。あなた、これ……」
「私からの、幽香への、初めてのプレゼント、かな?」
その言葉に、幽香は思わず、目を丸くする。
プレゼント。
たった五つの音から作られた言葉なのに、なぜだか、それはとても心に響いた。
「ここで、幽香がさ、喫茶店をやるの。
一杯、お客さんを呼び込んで、あなたが自慢の腕をふるってさ。
そのうちに、辺りの村や町に噂が流れて、やがては幻想郷中から、とか。
それで、みんなが言うのよ。
『美味しかった』『ありがとう』『また来たい』なんてね」
そして。
「あなたはみんなに、『また来てくださいね』って笑うの」
そういう笑顔、出来そう?
アリスの、いたずらっぽい笑みと共に投げかけられる問いかけに、幽香は答えた。
「も、もちろんよ! それくらい楽勝よ!」
「そう。よかった。
お店の経営は、しばらく、私も手伝うから。というか、まずは開店資金の回収よね。
ここまでやって赤字で潰れてもらったらたまらないもの」
「そ、そんなことないわよ。
うん。絶対にないわ」
「どうかな。今のままじゃ、危ないわよ?」
「……そ、それなら、アリス。そうならないように頑張ればいいのよね?」
ええ、とアリスはうなずいた。
「わかった。やる。やってみせるわ!」
「よく言った! それじゃ、いつ開店するかとか、その辺りのこと、決めよ」
ね? と向けられる笑顔。
その笑顔を見た瞬間、幽香は何だか嬉しくなった。
アリスにこんな笑顔を向けられるなんて、友達って、いいものだな、と。
時は流れて、お店の経営も軌道に乗って。
いつしか幽香の周りには、色んな人が増えていく。
最初は昔からの知り合いから。
今度は、その知り合いから知り合いへ。
次は全く知らない輩がお店の噂を聞いてやってくる。
そのたびに、彼女はしどろもどろになりながら彼らを出迎え、アリスに叱られる。
『しっかりしなさいよ、もう!』
そうやって怒られるたびに、アリスに対してすまなく思うのと同時に、何とも言えない気持ちを抱えてきた。
私のことを、ちゃんと見てくれている。
私がダメなときはちゃんと怒ってくれる。私がしっかりやった時は、ちゃんとほめてくれる。
こんな風に、私のことを、この人は見てくれてるんだ。
「ねぇ、アリス」
「何?」
「何か悪いわね。いつも手伝ってもらって」
「……………へぇ」
「何よ」
「いや、幽香がそんなことを言うなんて、珍しいこともあるんだなぁ、って思って」
「私だって、恩義を感じた相手には、一応、誠意は尽くすわよ」
それならいいんだけどね、とアリスは意地悪く笑ったものだ。
そんな彼女の対応にかちんと来て、頬を膨らませてそっぽを向いたものだ。
アリスは笑顔で、『ごめんごめん』と、そんな彼女に謝ってくれたものだった。
いつしか頼っていた。
いつしかすがっていた。
いつしか、そばにいてくれるのを当たり前と感じるようになっていた。
――それに気づいた時、彼女は初めて、自分のことを『嫌い』になった。
かつてはそんなこと、考えもしなかった。この世界は全て自分を中心に回っているのだと思っていた時さえあった。
その考えの過ちを指摘され、それに怒り狂った時さえあった。
それはとりもなおさず、小さな自分を隠してきたから。
本当は小さくて弱い自分を隠して、精一杯、強がってきたから。
今まで、彼女のそばにいた『友人』たちは、そんな彼女に気づいていたのか。それとも、気づいていなかったのか。
誰一人として、彼女の目から見て、『近しいもの』にはなり得なかった。
丁々発止としたやりとりをする、『親しい間柄』ではあったものの、そこから先に進むことはなかった。
そんな日々が寂しくて。
何だか悲しくて。
そうして、ふと訪れたのが、その相手の処。
――何が変わったのだろう。
――何を変えたのだろう。
――何で変わってしまったのだろう。
それがわからないまま、一緒にいたから、彼女にとって、その人はとても都合のいい人になってしまった。
だから、思った。
このままじゃダメだ。変えないといけないんだ、と。
何を、とは考えなかった。
どうせ考えても答えなんて出るわけがないとわかっていたから。
ただ直感的に、このままでは『ダメだ』と考えてしまったのだ。
その理由は?
その問いかけの意味は?
その回答は?
あるわけがない。
「ねぇ、アリス」
「何?」
「もうそろそろクリスマスね」
「ああ、そういえば。
何、いきなりどうしたの? 幽香の方から、そういうイベントの話、するの珍しいわね」
「何をしようかなぁ、って」
そう尋ねる彼女に、アリスは答えてくれた。
「何か楽しくて、あっと驚くこと、やりたいわよね」
その言葉を聞いた瞬間、『それだ!』と思った。
これしかないと、彼女は考えた。
そして、出来るなら……いいや、決して、この人にそれを悟られてはならない、とも。
自分一人でやってこそ意味がある。
自分一人で、それをしっかりとやり遂げてこそ意味があるんだ、と。
――それは、正しく言うのなら、『アリスの力を借りないでやり遂げる』ことにつながる。
私だって頑張れる。
アリスに甘えなくたって。アリスに頼らなくたって、私、頑張れる。
だから――。
そう。
だから――。
『だから、アリス。私のこと、見ていてね』
記憶の底から拾い上げてみれば、そこにあったのは、言葉には出せない感情だった。
何でそんなことを考えているのか、今をもって結論は出ない。
アリスに認めて欲しかったのか。
それとも、彼女に見せつけたかったのか。
何を。
一生懸命頑張る自分の姿を?
違う。
思考は堂々巡りを繰り返して、最初のところに戻ってくる。
私が欲しかったのは友達。
それも、かけがえのない友達。
いつだって、どんな時だって、頼って、頼られて、そばにいられる、一番大切な友達。
ああ、そうか。
――私は、彼女に迷惑をかけていたんだ。
――だけど、自立が出来ないこと、わかっていたんだ。
――じゃあ、何で、今の自分を変えようとしたの?
そう。
もう、答えなんて出ていたはず。
だけど、それが『答え』であるのかどうか。
少なくとも、今の私には、それがわからない――。
「……いい天気ね」
起き上がった幽香は、枕が涙に濡れていることに気づく。
頭の中が、まだぐるぐると回っている。
よくわからない気持ちと心に揺れる自分は、どんな顔をしているのだろう。
ふと、向けた視線のその先に。
「あ……」
店のカウンターと、自分の部屋との往復をすることになったぬいぐるみの姿がある。
いつだって、絶えることのない笑顔を浮かべているそれに手を伸ばして、そして、そっと抱きしめる。
彼女はそうして、ぬいぐるみに向かって、ふっと笑いかける。
ただ、それだけで、何だか少しだけ、自分が『自分』らしくなれたような気がした。
「おはよ」
「おはよう……って」
翌朝。
幽香の代わりに朝食を用意していたアリスが驚きの表情を浮かべて駆け寄ってくる。
「ちょっと、どうしたのよ。目、真っ赤よ? 寝られなかったの?」
「うん? そう?」
「そうよ! 鏡とか見たの!?」
「気にしないでいいわ。
ちょっとね、昨日の夜、いいアイディアが浮かんだのよ。で、それを詰めていたら寝不足になっただけだから」
「……ほんとに?」
「私は嘘をつかないわ」
胸を張る幽香に、アリスは答えない。
じっと、幽香の顔を見つめていた彼女は、やがて、ふぅ、と肩から力を抜いた。
「そうね。幽香は、嘘をつけるほど、度胸がある訳じゃないし」
「そうそう……って、どういう意味よ!?」
「あーあ、心配して損した。
それじゃ、ご飯にしよう。わざわざ用意してあげたんだから、きちんと残さず食べるように」
「ええ、そのつもり。
ついでに、あなたのへたくそな料理の批評もしてあげるわ」
「余計なお世話よ」
そんな冗談を言い合って、二人はテーブルについた。
頂きます、と声をそろえて、目の前の食事を口にする。
「美味しい?」
「まだまだね。この卵焼きは火の通し加減がまだまだだし、こっちのスープは味が薄いし。パンなんてただ焼いただけじゃない」
「……くっ。反論できない……」
「こっち方面なら、私の方が遙かに先輩なんだから。ちゃんと敬うように」
「はいはい。わかったわよ」
ったく、とつぶやいて、アリスは笑った。
それに幽香も笑顔を返す。
……アリスは気づくかな。それとも、気づいたのかな。
笑いながら、幽香は思った。
どことなく、自分の笑顔がぎこちないことを、自分自身で意識していたのだ。
笑顔の中に、どこか切ない、悲しい顔を浮かべて、幽香は言った。
「今日はお店、休みでいい?」
もちろん、アリスは答える。
「だーめ」
ちぇっ、と。
彼女は小さく舌打ちをして、そして、一度顔を伏せる。
次に顔を上げた時には、いつも通りの彼女の笑顔が、そこにあったのだった。
『クリスマスセール継続のお知らせ
本日、25日をもちまして終了しましたクリスマスセールですが、皆さんからのご要望にお応えして、さらに三日間、セール期間を延長することにいたしました。
本セール期間中は、さらに商品のラインナップを充実させてお待ちいたしております。
また、いらして頂けました皆様には、店主からの、心ばかりの贈り物をさせて頂きたいと思います。
是非とも、「かざみ」に足を運んでくださいね。
皆さんのこと、ここでお待ちしております。
執筆:風見幽香(店主)』
「ちょっと、幽香! 何が『私に任せなさい』よ!?
これで何人に『品切れです』って言ってると思ってんの!?」
「知らないわよ!? っていうか、何、今日の売れ行き!?
紅魔館はどうなってるのよ!」
「……あなた、それ、本気で言ってるの?」
来る25日。幽香のお店は、超がつくほど大忙しだった。
次から次へと、ひっきりなしに客がやってくる。それは当然のごとく、『ゆうかりんファンクラブ』の面々から始まり、いつものリピーターに新規顧客が続き、と。ここまでは予想の範囲内であった。
問題は、
「ちょっと、アリス。ザッハトルテはまだ?」
「ご、ごめんなさい、咲夜さん。あの、もう少し待ってください」
「まぁ、いいわ。押しかけたのは私たちなのだから」
話題に出た『紅魔館』の人間が、そこにいることから始まる。
しかし、まだ彼女が――十六夜咲夜女史がいるだけならわかる。問題は、その次だ。
「ちょっと、咲夜。ケーキはまだなの?」
「さくや、おなかすいたー!」
「あ、はい。もう少々お待ちください」
と、館のお嬢様'sまでがそこにいるのが、まず第一の疑問である。
館の経営(そもそも、悪魔の館は経営するものなのかどうかはさておいて)は、ほかの優秀なメイド達に任せて来ているのだろうということは想像が出来た。
しかし、あの館の主力メンバーが、このかき入れ時に三人もいないというのは、少々、おかしな事態である。
もしも館で、何かトラブルがあったらどうするのだろう。そう、誰もが疑問を思い浮かべてしかるべきである。
「出来たわ!」
「こっちよ、こっち!」
「はいはい!」
「えっと、ザッハトルテ二つで……」
「あと、あっちのクッキーとキャンディもちょうだい」
「はい、ありがとうございます」
それを包んで、アリスは咲夜に手渡した。
咲夜は、「ありがとう」とアリスに言うと、お嬢様二人に声をかける。彼女たちは、椅子から立ち上がり、咲夜の元へ。
ちなみに、フランドールの腕の中では、アリスの人形が抱きしめられてじたばたしていた(捕まってるのは上海である)。
「ところで、幽香を呼んでもらっていい?」
「え? あ、はい。ただいま」
厨房で、それこそ目の回るような忙しさのど真ん中を突っ走っている幽香の背中を、アリスは叩いた。
そして、これこれこういう事情なの、と説明をして、彼女を連れて店へと戻っていく。
「何かしら?」
「ありがとう」
「え?」
「すいません、お嬢様方。お先に表で待っていてくれませんか?」
「わかったわ」
「はーい」
「あの、フランドールちゃん。うちの上海、離してもらっていい?」
「いいよ」
未だじたばたしてる上海人形が、ようやくフランドールから解放されて、心なしか、ほっと息をついたように見えた。
お嬢様二人は、傘を手に、店の外へと歩いて行く。
そうして、少しの間を置いてから、咲夜はポケットから二つの手紙を取り出した。
「咲夜さん、これは?」
「お嬢様達から『サンタクロースさんへ』だそうよ」
「……え、えっと、何のことかしら? ねぇ、アリス」
「わかりました。きっちり、サンタクロースさんに手渡します」
「ええ、お願い。
幽香、頑張ってね」
じゃあね、と手を振りながら、咲夜は外へと歩いていった。
意味がわからず――というか、脳が理解することを拒否しているのだろう――佇む幽香へと、アリスは『はい』と手紙を手渡す。
「……もしかして、ばれてた?」
「あなた、もしかしてばれてないと思ってたの?」
「いや、だって、変装とかしてたし……」
「はいはい」
じゃ、引き続き頑張ってね、と厨房に押し戻される。
幽香はオーブンの前に立つ、その前に、ちょっとだけ手紙を開いてみた。中には、子供らしい、かわいい丸文字でいろいろな言葉が綴られている。
それを見ているうちに、自然、笑顔が浮かんでくる彼女であった。
「あの、幽香さん、いらっしゃいますか?」
「こんにちは。幽香さん、いますか?」
「あら、妖夢に鈴仙。いらっしゃい」
「あれ? 鈴仙さん?」
「妖夢ちゃんも?」
続けてやってきたのは、この二人。共に用件は同じなのか、まずは妖夢から、改めて『幽香さんは?』と尋ねる。
「悪いんだけど、今は出られないわ。それどころじゃないのよ」
「表、すごかったですよ」
確かに、と妖夢の後ろで鈴仙がうなずく。
ただいま、幽香のお店の前は長蛇の列だ。ずーっと、遙か彼方に列は続いており、最後尾を預かるゴリアテ人形が『列の最後尾』という立て看板を持って立っているほどである。
「ほんと、あんな下手な変装とかで誰かをだませるって、本気で思ってたのかしら」
「あはは、確かに。
言っちゃ悪いですけど、私、一目でわかっちゃいました」
「私は、幽々子さまから、『こんなサンタクロースだったわよ』って教えられまして」
「で、二人とも、お礼を?」
「はい」
「師匠と姫様からも、『恩を受けた以上、礼はきちんと尽くしなさい』と命じられました」
彼女たちも、吸血鬼のお嬢様達と同じく、手に手紙を持っていた。ちなみに鈴仙が持っている手紙の枚数は相当なもので、小さなボックスの中にどっさりと入っている。
「あとで、私が責任を持って渡しておくわ」
「すいません、アリスさん」
「じゃあ、すいませんついでに、お菓子を買っていきます。並べばいいんですよね?」
「3時間待ちよ」
「……………………………………………」
「あの、アリスさん。私はお願いしていたものを……」
「あ、はいはい。妖夢は、幽香のハーブティーだったわね」
「予約!? その手があったかっ!」
『予約のお客様専用カウンター』の列は、一般カウンターよりはだいぶ短かった。鈴仙はがっくりと肩を落として、「……頑張って三時間並びます」と、店の外に歩いて行く。
悪かったかなぁ、と思いつつも何も出来ない妖夢は、「ご迷惑おかけします」と苦笑いを浮かべたのだった。
「おじゃましま~す」
「あ、えっと……」
「こいしちゃんだよ」
ぶい、とVサインを突き出すこいしは、じっとアリスへと視線を注いだ。
「……あの、何?」
「……83……いや、84のCか……。まだいまいち……」
「……何か言った?」
「別に何でも」
あからさまに、『これから先が楽しみだけど、今は残念』な顔をするこいしに、アリスは顔を引きつらせる。
それはともあれ、こいしは、「これ、お姉ちゃんが幽香さんに渡してきなさい、って」と手紙を取り出した。どうやら、この彼女も目的は同じのようだ。
もっとも、彼女自身は、もしかしたら、例の『サンタクロース』の正体には気づいていないのかもしれないが。
「ありがとう。これ、何の手紙?」
「さあ? 何だろうね」
うふふ、と笑った後、彼女は「甘いにおい~」と鼻をひくひくさせる。
「ねぇ、お姉さん。こいしちゃんはケーキを食べたいのです」
「今なら、外に並んでくれれば、1時間待ちで入れるわよ」
「今、食べたいな~」
「だーめ。うちはお客さんは、知り合いであっても特別扱いしないの」
「ちぇ~」
あんまり残念そうには見えない笑顔を浮かべて、彼女は踵を返した。『じゃ、またくるね』と残して、そのまま、店を後にしようとする。
そんなこいしの後ろ姿に、「歯磨き、忘れないようにね」と、アリスはキャンディをぽいと投げ渡した。
こいしは「もっちろん!」と笑顔を輝かせ、丘の向こうへと走っていく。その足下を包むハイヒールにも、どうやら慣れたようだった。
「幽香のやつ、こんなにたくさんの手紙、一度に読み切れるのかしら」
すでに、カウンターの裏には無数の手紙が積み上がっている。
アリス達の知り合いのみではなく、そこには一般の客からの手紙もあった。もちろん、そのいずれもが、『サンタクロースさん』からプレゼントをもらったもの達だ。
「ほんとにもう。ちゃんと、うまい具合に変装してれば、こんな手間をしなくてすんだのに」
厨房の中から「あっつー!」という悲鳴が聞こえてくる。
さて、今度は何をやらかしたのやら。
苦笑を浮かべるアリスは、仏蘭西人形に永琳の傷薬を渡すと「手当、してあげてね」とお願いするのだった。
「すいません。予約していたクリスマスケーキを取りに来ました」
「いらっしゃい」
段々、日が傾いてくる。
長く伸びる影法師がよく目立つ時刻になって、命蓮寺から遣いが現れた。言うまでもなく、寅丸星である。
「昨日もクリスマスパーティーをしていたって聞きましたけど」
「あはは……。聖が、サンタクロースのプレゼントに感激すると同時に『どうして起こしてくれなかったの!? サンタクロースさんにお礼をしないといけなかったのに!』ってわがまま言い始めまして……」
それを黙らせるために、彼女が大好きな甘いものを出して『釣る』のだと、星は言った。
「ほんと、一輪が泣いてましたよ。『起こしたのに起きなかった』って言っても『起きるまで起こして』って言われて」
「……それはそれは」
「まあ、そういうわけで、もう一度、クリスマスパーティーをして、私たちからプレゼントを渡してあげようかな、と」
先日の『プレゼント』のお返しを聖にもしたいのだ、と彼女は言った。
なるほど、とうなずいて、アリスは『こちらになります』とカウンターの上にホールケーキを置いた。
サイズはかなりのもの。命蓮寺の面々全員で食べてもまだ余るだろうと思われる大きさだ。何でこのサイズを注文したのだろうとは思いつつも、アリスはそれをラッピングして星に手渡す。
「ありがとうございました。
お店の『サンタクロースさん』にもよろしくお伝えください」
「わかりました」
それでは、と一礼して歩いて行く星。
そうして、ドアの向こうで待っていたナズーリンが、彼女の手からケーキを受け取る。直後、その場に、何もないのにつんのめる星の姿を見て、アリスは思わず、『ああ』とうなずいたのだった。
「あ~……疲れた……」
「お疲れ様。幽香」
結局、その日は閉店時刻ぎりぎりまで客足が途絶えることはなかった。
店のプレートを『閉店しました』の面に掛け替えるのとほぼ同時に小町がやってきて、「ありゃりゃ、閉店かい。また明日来るかね」と肩をすくめていたのを、二人は思い出す。
ちなみに、その用事はというと、『四季さまからの言づてさ』と、小町は笑っていた。
「……で、アリス。何この手紙の山」
「サンタクロースさんにお礼だって」
「……何でばれてるのよ」
「だから、ばれないと思ってた?」
「霊夢たちからは来てないじゃない。あと、天人連中」
「……まぁ、霊夢たちはマジで気がついてない可能性があるわね」
霊夢は勘の鋭い人間だが、こと、早苗が絡むとその勘はなまくら刀以上に切れないものになってしまう。早苗は、しっかりしているようで実はちょっと間が抜けているし、魔理沙は気づいていたとしても『めんどくさいな』という理由で礼をするのを後伸ばしにして、いつの間にか忘れるような輩だ。
とりあえず、あとで魔理沙の頭はこづいておこう、とアリスは思った。ほかの二人については、『気づいてないならいっか』と見送ったが。
加えるなら、天人連中こと、天子と衣玖に関しては、唯一と言っていいくらい、幽香が『うまく』プレゼントを渡せた相手だ。手紙もなくて当然である。
「……あ~!」
「何よ、いきなり頭抱えて」
「あんな恥ずかしい格好してたのがばれたと思ったら、頭も抱えたくなるわよ……」
「いいじゃない。誰も笑ってなかったしさ」
「……ま、そうだけどさ」
テーブルに突っ伏していた幽香は、やおら、その場に立ち上がる。
アリスは、「今日は泊まっていくから、お風呂とご飯とベッド、お願いね」と彼女に笑顔を向ける。
「ちょっといい?」
「何?」
「ん……ちょっと」
そのアリスへと、幽香は不思議な返事をした。
首をかしげるアリスをその場に残して、彼女は厨房へと消えていく。
――そうして、待つこと一時間。普段なら30分もしないうちに美味しい料理が出てきてテーブルの上を埋め尽くすというのにだ。
今日はずいぶん時間がかかってるんだな、と思いながら、今日一日、自分たちの仕事を手伝ってくれた人形たちの労をねぎらって、アリスは幽香を待った。
そして――、
「お待たせ」
幽香が持ってきたのは、アリスが思わず『え?』と声を上げる品々だった。
テーブルの上に並べられる数々のパーティー料理。とどめに、この手のパーティーの定番、チキンがどんと置かれた。
「どうかしら。私の腕前は」
「……えっと……これ、どういうこと?」
「どういうこと、って。
アリス、あなた、クリスマスを知らないのかしら」
「いや、それは知ってるけど……」
「なら、いいじゃない。
私、誰かと一緒にクリスマスパーティーなんて初めてなの。付き合いなさい」
「いやだ、って言ったら?」
「ひっぱたくわ」
冗談よ、とアリスは苦笑して、『それじゃ早速』とフォークとナイフを手に取った。
その彼女に「ちょっと待って」と幽香。
どうやら、事前に購入していたものらしい大きなキャンドルを持ってきた彼女は、室内の明かりを消して、そのキャンドルに火をともす。
「キャンドルパーティーって、何か素敵じゃない?」
「いいわね。こういうのも趣があって。
ツリーはないの?」
「あいにく、買おうと思ったら全部売り切れ」
例年になく、今年はクリスマス用のもみの木の発注が多かったらしく、幽香に懇意にしてくれるおじいさん(ゆうかりんファンクラブのゴールドナンバーである)が『すまんのぉ、幽香ちゃん』と、わざわざ頭を下げに来たとのことだった。
「それは残念ね」
「ちなみに、一番大きなもみの木は、紅魔館が買っていったらしいわ」
「財力にものを言わせてるわね」
そういえば、あの館の庭に、でっかいのがあったっけ。
そんなことを思い出しながら、アリスは「じゃ、いいかしら」と尋ねた。
「待ちなさい。そんなに食い意地張ってると、霊夢と間違われるわよ」
その瞬間、どこぞの紅白の巫女は、言いしれぬ殺意に包まれたと言うが、とりあえずそれは関係ないのでよしとする。
幽香は、テーブルの上のワインのコルクを抜くと、それを二人分のグラスについだ。『年代物よ』と、彼女が自慢する通り、グラスからは芳しい香りが漂ってくる。
「きれいな赤ワインね」
「でしょう?」
それじゃ、乾杯。
軽くグラスとグラスを合わせて、二人のクリスマスパーティーがスタートする。
「ほんと、幽香って料理上手よね」
「まぁね。この私に出来ないことなんて何一つないわ」
「そうやって自慢する割には、出来ないことだらけで、私に泣きついてくることも多いくせに」
「な、何のことかしら?」
強がる幽香の頬に汗一筋。
彼女は、それをごまかすためなのか、目の前の料理に手をつける。さすが私、と自画自賛する彼女に、アリスは苦笑した。
「ほんと、あなたへの見方、ずいぶん変わったような気がするわ」
「そう? 私はいつだって最強の妖怪よ」
「ずいぶんとへたれでかわいい最強もあったもんね」
「……うっさいわね」
自覚があるのか、ちょっぴり、彼女は頬を赤くする。
――と、アリスが連れていた人形たちが、連れ添ってどこかへと飛んでいってしまった。
どうしたのかしら、と尋ねる幽香に、アリスは「パーティーを盛り上げるんだって」と言葉を返す。
しばらく待っていると、どこから持ってきたのか、人形たちは手に手に楽器を持って戻ってきた。そうして、仏蘭西人形の指揮で、彼女たちは演奏を始める。
「何か、微妙に不協和音ね」
「そう言わないであげて。みんな頑張ってるんだから」
あなたと一緒よ、とアリス。
それを言われると弱いのか、幽香は肩をすくめて『はいはい』と答えるだけだった。
「……にしても。
今年のサプライズは、本当に驚いたわ。あなたらしくないというか、ある意味、あなたらしいと言うか」
「まぁ……そうね。
い、一応、私だってやろうと思えば何でも出来るってことよ。これで見直したかしら」
「そうね。
そのうち、私の手伝いがなくても、全部、自分で出来そうね」
そうなると、何か寂しいかも。
アリスはつぶやいた。
「前は私に頼りっきりでさ。私がいないと、ほんと、全然、何にも出来なかったのに。
最近は、一応、黒字でお店の経営は出来てるし、少しずつだけど、色んなお客さんも増えてきてるし。私が何かしなくても、何でも出来るようになってきてるし。
今日だって、一応、私は手伝ったけど、あなた一人で頑張ってたようなものだったし」
子供の成長を見守る母親ってこういう気持ちなのかしら。
そんなことをつぶやくアリス。
そして、普段なら、そんなことを言おうものなら「誰が子供なのよ!」と幽香は怒るのだが――、
「……そんなこと、ない」
「そう?」
「いや、まぁ、そんなことはある……んだろうけど……。
だ、だけど、違うのよ。
その……ね。えっと……アリスには……その……か、感謝……してる……わ」
頬を赤くして、ぽつぽつつぶやく幽香。
「私の……わがままとか……その……いつもちゃんと聞いてくれたし……。私に……いつも協力……してくれるし……。
何か……友達っていいなぁ、って……ずっと思ってて……」
だから、それに甘えたくなかった。
消え入りそうなそのつぶやきに、アリスは軽く身を乗り出すと、幽香の頭を優しくなでた。
やめてよ、と幽香は言うのだが、それを振り払ったりはしない。
「友達が成長してるのを見るのって、なんだか嬉しい」
「だから、子供扱いしないでってば」
「この分なら、今度から、本格的に私が手を引いても大丈夫かな?」
「……ダメ」
「そう?」
無言で、小さく首を縦に振る。
何で? とアリスは聞いた。
「……その……何か、遠くなるから……」
「そんなことないわよ。
何なら、いつだって遊びに来てくれたっていいし。私の方からだって遊びに来るし。
遠くなるなんてこと、絶対にないから」
「絶対ダメ!」
「どうして?」
「……甘えてるとか、そういうんじゃなくて……その……」
なんと言ったらいいかわからない。
言葉が出てこなくて、半分、やけになってグラスをあおる。
ワインの香りが、つんと鼻につく。
「私……さ、頑張ってるのよ?」
「うん」
「それなのに……それをアリスに見せられないの……何か悔しいから……」
「そう?
……ああ、そう言われてみればそうかも。今回のだって、全然、気づかなかったし」
「で、でしょ?
だから、アリスはさ、ほら。私と一緒にいてさ、ちゃんと見ててほしいのよ。
あ、そうそう。これが理由。
ね? いいでしょ?」
ちょうどいい言い訳を思いついた、とばかりに幽香は顔を輝かせる。
アリスは、『そうね』とうなずく。
そうして、続けた。
「そこまで私のことを慕ってくれて嬉しいな。私もさ、ほら、友達いないとか言われてたでしょ?
だからね、幽香みたいに私のことを『頼ってくれる』友達が出来たの、すっごく嬉しいの。
自分が必要とされてるのがわかる、って言うのかな。そんな感じで」
けどさ、と続ける。
「やっぱり、それ、私にとっても幽香にとってもよくないような気がするんだよね。
必要以上に依存してるような感じでさ。
だから、やっぱりどこかで自分のスタンス決めておかないといけないと思うんだ。
これがさ、たとえば、恋人とかそんな感じだと、もっと違うんだろうけど……」
ずきん、と胸が痛んだ。
思わず、口を開く。
「じゃ、じゃあ、私と恋人同士になればいいじゃない。
それなら、そんな悩みを持つ必要もなくなるわよ」
どうかしら。名案でしょ?
そう言って、尊大に胸を張る彼女。
彼女の提案に、アリスは『それも面白いかもね』と笑った。そうして、言った。
「……けど、ごめん。私、そういう関係にはなれない。
だって、ほら――」
私、他に好きな人がいるから。
――しん、と部屋の中が静まりかえる。
ふと気がつけば、人形たちも演奏をやめていた。
彼女たちも、じっと、二人を見つめている。心なしか、その表情には緊張の色が漂っていた。
「その人とあなたとどっちが大切とか、そんなことは聞かないでね。私、きっと、答えられないから。
だけど、私は、幽香とは親友でいたいの。一番いい距離を保って、ずっと一緒に頑張っていく友達で。
だから……ごめんね」
顔を伏せ、つぶやくアリス。
幽香は、言う。
「ぷっ……」
思わず、彼女は吹き出していた。
お腹を押さえ、くすくす笑っていた彼女は、やがて我慢が出来なくなったのか、肩を揺すって、大声を上げて笑い始めた。
「ち、ちょっと! 私は真剣なのよ!?
そんなに笑わなくても……!」
「ああ、おかしい!
もう。アリス、あなた、普段の冷静な判断力はどこいったのよ。今の、本気にしたの?」
「……は、はぁ!?
じ、じゃあ、ただの冗談……」
「当然よ。孤高の妖怪をなめないでよね」
「『友達が欲しい』って泣きついてきたくせに!」
「あら、そんなことあったかしら? 私の記憶には残ってないわね」
「……ったくもー!
本気の告白だったのに!」
あなたのこと、心配して損した! とアリスは言った。
また、人形の演奏が始まる。流れるのは、どこか陽気な感じの漂う曲だった。
「アリスが本気で悩んで、真剣な顔をしてるのがおかしくておかしくて。
あなた、そんな顔、似合わないわよ」
「ほんとにもー。変な冗談、やめてよね」
「はいはい。じゃあ、次からは考えておくわ」
「い・ま・か・ら!」
「さあね?」
ひょいと肩をすくめて。
「けど……そうね。
……ありがと。そんな風に、私のこと、考えていてくれて。誰かと友達になるってことが、こんなに幸せなことなんだって知らなかった」
「まぁ……そうよね」
「その友達からのお願い。
私から離れていくのは、まだ少し待ってて。多分、私、まだまだだろうから」
今回のサンタクロースだって大変だったんだから。
彼女は笑いながら言った。
「だから、まだしばらくは、私のことを支えててちょうだい。あ、これ、お願いだからね? 命令じゃないわよ」
「わかった。
友達からのお願いだもの。聞かない理由はないわ」
「そう。よかった。
それじゃ、口直ししましょ」
また新しく、空いたグラスにワインをつぐ。
そうして、二人はグラスを合わせた。『今夜のパーティーは楽しみましょ』。どちらからともなく、その言葉をつぶやいて。
――楽しい時間が流れる。
人形たちの演奏は留処なく続き、二人の会話も途絶えることがなかった。
けれども、時間の流れというものは、誰にだって平等だ。
用意していた料理がなくなり、ワインもなくなり、そしていつしか、キャンドルもその高さをだいぶ低くしてしまう。
「よっと」
「どうしたの?」
「パーティーの締めよ。今、ケーキ持ってくるわ」
「わかった」
二人ともほろ酔い気分で、心なしか、顔が赤い。
幽香も、妖怪らしからぬ千鳥足で厨房へと歩いて行く。
「はい、どうぞ」
戻ってきた彼女が、テーブルの上にデコレーションケーキを置いた。
二人ではとても食べきれないサイズのワンホールケーキを前に、アリスが「ちょっと、多すぎよ」と苦笑する。
「このサイズだからいいのよ」
はい、と幽香はケーキを切り分け、アリスの前に差し出した。
アリスは早速、「頂きます」とそれにフォークを入れる。そうして、それを一口して、『?』と首をかしげた。
「ずいぶんビターなケーキね」
「ビターチョコレートで作ってみたの。色もほら、黒いでしょ?」
「ほんとね」
「普通のケーキとセットで、『Sweet Bitter Christmas』って名前で売ろうかなって思ったんだけど、よく考えたらほろ苦いケーキは子供は嫌いよね」
苦笑しながら、彼女もまた、自分のケーキを口にする。
うわ、苦い。
そんなことをつぶやいて、文字通りの苦笑いを浮かべる幽香に、『もう』とアリスは笑った。
「けど、こういうのもいいんじゃない? 甘いものばっかりじゃなくてね」
「甘いけどほろ苦い、か。なかなか面白いコンセプトね。今度、新作を作る時は考えてみるわ」
「ちゃんと採算がとれるもの、作りなさいよ」
「わかってるわよ」
そんなかしましいお喋りを続けながら、ケーキを半分ほど平らげて、パーティーはお開きとなった。
二人で片付けをして、肩を並べて階段を上っていく。
そうして、『それじゃ、お休み』と彼女たちはそれぞれの部屋の中へと入っていったのだった。
「……ふぅ」
お風呂を終えて、幽香が、改めて部屋に戻ってきたのは、それから2時間ほど後。
すっかり、時刻は深夜。アリスはもう寝てるだろう。
ちなみにどうでもいいが、この建物にはアリスの部屋もあった。経営を手伝ってくれる友人の部屋くらい用意するのが当然でしょ、というのが、その時の幽香の言葉だ。
彼女はベッドに横になる。
「……」
今日のパーティーは楽しかったな。
少し前のことを思い出しながら、顔を笑顔に染める。
また来年も、こんなことが出来るのかな。あ、でも、ちょっと待って。次は2月があったわね。去年はアリスに怒られたから、今年は、またサプライズで私から行動しようっと。
そんなプランを考えているうちに、段々、まぶたが重たくなってくる。
布団の中に潜り込んで、枕に頭を預ける。
心地よい暖かさと柔らかさに、眠気が段々と体を包み込んでいく。
そんな中で。
『私、他に好きな人、いるから』
その言葉が、音声つきで、幽香の脳裏にフラッシュバックした。
「……っ……」
彼女は枕に顔を埋める。
「うっ……ふぐっ……ううっ……!」
その言葉を思い出しただけで、胸が締め付けられる。
思いっきり、大声を上げて泣き出したくなる。
理由なんてわからない。
「うぐっ……! うっ……! ううっ……!」
ぎゅっと枕を抱きしめて、必死に声を殺す。
隣の部屋の友人は、とても鋭い友人だ。きっと、幽香が泣いていたら、眠りの淵からでもすぐに目を覚まして飛んでくるだろう。
今日、彼女は疲れているのだ。
たくさんの客でごった返していた店内で、厨房にこもりっきりだった幽香に代わって、一生懸命、働いてくれたのだ。
今頃、気持ちよく寝ている彼女を起こしてはいけない。
大きな声を上げるなんてもってのほかだった。
「ぐっ……! んっ……! ぐぅ……!」
枕をかみしめて、声を押し殺す。
あふれる涙で、枕が濡れていく。
何で自分が泣いているのかわからない。わからないのに、悲しくて悲しくてたまらなかった。
自分がどうして泣いているのかの理由もわからない、それがさらに頭と心を乱していく。
涙が止まらない。
声が止められない。
「うぅっ……!」
眠いのに寝られなかった。
息が出来ないくらいに苦しかった。
今日は幸せな一日のはずだったのに。
自分にとって、今まで生きてきた中で、最高のメリークリスマスだったはずなのに。
こんなに切ない夜を過ごすなんてことは、想像していなかった。
「ねぇ、幽香」
「何よ」
「あなた、料理、得意だったわよね?」
それは、ある日のアリスの言葉。
アリスが彼女に『友達』宣言してから数日後のこと。
「ええ……一応」
「どれくらい得意?」
「もちろん、お店を開けるレベルよ」
アリスの家に、初めて『友達』として遊びに行った日のこと。
アリスは、そんなことを幽香に尋ねてきた。
胸を張って言葉を返す幽香。アリスは言った。
「じゃあさ、あなた、もっと他人にふれあった方がいいんじゃない?」
「は?」
意味がわからなかった。
思わず聞き返す幽香に、『簡単よ』とアリスは答える。
「あなた、お店を開いてみたらどう? あの魔理沙ですら商売やってるんだから」
「お店……って……どんな?」
「そうね……。どんなお店がいい?」
「え? んっと……」
悩む幽香。その彼女へと、アリスはにこにこと笑顔を向けている。
何だか気恥ずかしくなって、幽香は『ちょっとあっち向いててよ!』と声を上げた。
そうして返したのは、「……喫茶店、かしら」という言葉だった。
「喫茶店?」
「そ、そう。別に、そんな立派じゃなくていいから、お菓子とお茶を提供できるお店……がいいなぁ、なんて。
ち、ちょっと、何よ、その目! 私が、そういうかわいいことを考えたらいけないっての!?」
「ううん、そうじゃなくて。
何で喫茶店なのかなぁ、って」
「それ……は、その……」
言葉には出せなかった。
目の前の、アリスに出してもらった紅茶を見つめながら、『それなら、アリスをお茶に呼べるんじゃないかな、って思ったから』なんて。
「けど、そっか。喫茶店ね。悪くないと思うわ」
「で、でしょう?
けど、それが何か……?」
「お店、やりましょう」
え? と思わず返してしまう幽香を尻目に、アリスはどんどん話を進めてしまう。
そうして、それから一ヶ月後には、幽香が暮らしているひまわり畑に、このお店が出来てしまっていたのだ。
「……これ……」
「どう? こんな感じで」
「以前、何か色々聞いてきたわね……」
――ねぇ、幽香。あなた、どんなお店を経営してみたい?
――お店の中は、どんな作りがいい?
――やっぱり、そこに住むことが出来たら二重に便利よね。
――たとえばこんな感じだったら、あなた、嬉しい?
「……アリス。あなた、これ……」
「私からの、幽香への、初めてのプレゼント、かな?」
その言葉に、幽香は思わず、目を丸くする。
プレゼント。
たった五つの音から作られた言葉なのに、なぜだか、それはとても心に響いた。
「ここで、幽香がさ、喫茶店をやるの。
一杯、お客さんを呼び込んで、あなたが自慢の腕をふるってさ。
そのうちに、辺りの村や町に噂が流れて、やがては幻想郷中から、とか。
それで、みんなが言うのよ。
『美味しかった』『ありがとう』『また来たい』なんてね」
そして。
「あなたはみんなに、『また来てくださいね』って笑うの」
そういう笑顔、出来そう?
アリスの、いたずらっぽい笑みと共に投げかけられる問いかけに、幽香は答えた。
「も、もちろんよ! それくらい楽勝よ!」
「そう。よかった。
お店の経営は、しばらく、私も手伝うから。というか、まずは開店資金の回収よね。
ここまでやって赤字で潰れてもらったらたまらないもの」
「そ、そんなことないわよ。
うん。絶対にないわ」
「どうかな。今のままじゃ、危ないわよ?」
「……そ、それなら、アリス。そうならないように頑張ればいいのよね?」
ええ、とアリスはうなずいた。
「わかった。やる。やってみせるわ!」
「よく言った! それじゃ、いつ開店するかとか、その辺りのこと、決めよ」
ね? と向けられる笑顔。
その笑顔を見た瞬間、幽香は何だか嬉しくなった。
アリスにこんな笑顔を向けられるなんて、友達って、いいものだな、と。
時は流れて、お店の経営も軌道に乗って。
いつしか幽香の周りには、色んな人が増えていく。
最初は昔からの知り合いから。
今度は、その知り合いから知り合いへ。
次は全く知らない輩がお店の噂を聞いてやってくる。
そのたびに、彼女はしどろもどろになりながら彼らを出迎え、アリスに叱られる。
『しっかりしなさいよ、もう!』
そうやって怒られるたびに、アリスに対してすまなく思うのと同時に、何とも言えない気持ちを抱えてきた。
私のことを、ちゃんと見てくれている。
私がダメなときはちゃんと怒ってくれる。私がしっかりやった時は、ちゃんとほめてくれる。
こんな風に、私のことを、この人は見てくれてるんだ。
「ねぇ、アリス」
「何?」
「何か悪いわね。いつも手伝ってもらって」
「……………へぇ」
「何よ」
「いや、幽香がそんなことを言うなんて、珍しいこともあるんだなぁ、って思って」
「私だって、恩義を感じた相手には、一応、誠意は尽くすわよ」
それならいいんだけどね、とアリスは意地悪く笑ったものだ。
そんな彼女の対応にかちんと来て、頬を膨らませてそっぽを向いたものだ。
アリスは笑顔で、『ごめんごめん』と、そんな彼女に謝ってくれたものだった。
いつしか頼っていた。
いつしかすがっていた。
いつしか、そばにいてくれるのを当たり前と感じるようになっていた。
――それに気づいた時、彼女は初めて、自分のことを『嫌い』になった。
かつてはそんなこと、考えもしなかった。この世界は全て自分を中心に回っているのだと思っていた時さえあった。
その考えの過ちを指摘され、それに怒り狂った時さえあった。
それはとりもなおさず、小さな自分を隠してきたから。
本当は小さくて弱い自分を隠して、精一杯、強がってきたから。
今まで、彼女のそばにいた『友人』たちは、そんな彼女に気づいていたのか。それとも、気づいていなかったのか。
誰一人として、彼女の目から見て、『近しいもの』にはなり得なかった。
丁々発止としたやりとりをする、『親しい間柄』ではあったものの、そこから先に進むことはなかった。
そんな日々が寂しくて。
何だか悲しくて。
そうして、ふと訪れたのが、その相手の処。
――何が変わったのだろう。
――何を変えたのだろう。
――何で変わってしまったのだろう。
それがわからないまま、一緒にいたから、彼女にとって、その人はとても都合のいい人になってしまった。
だから、思った。
このままじゃダメだ。変えないといけないんだ、と。
何を、とは考えなかった。
どうせ考えても答えなんて出るわけがないとわかっていたから。
ただ直感的に、このままでは『ダメだ』と考えてしまったのだ。
その理由は?
その問いかけの意味は?
その回答は?
あるわけがない。
「ねぇ、アリス」
「何?」
「もうそろそろクリスマスね」
「ああ、そういえば。
何、いきなりどうしたの? 幽香の方から、そういうイベントの話、するの珍しいわね」
「何をしようかなぁ、って」
そう尋ねる彼女に、アリスは答えてくれた。
「何か楽しくて、あっと驚くこと、やりたいわよね」
その言葉を聞いた瞬間、『それだ!』と思った。
これしかないと、彼女は考えた。
そして、出来るなら……いいや、決して、この人にそれを悟られてはならない、とも。
自分一人でやってこそ意味がある。
自分一人で、それをしっかりとやり遂げてこそ意味があるんだ、と。
――それは、正しく言うのなら、『アリスの力を借りないでやり遂げる』ことにつながる。
私だって頑張れる。
アリスに甘えなくたって。アリスに頼らなくたって、私、頑張れる。
だから――。
そう。
だから――。
『だから、アリス。私のこと、見ていてね』
記憶の底から拾い上げてみれば、そこにあったのは、言葉には出せない感情だった。
何でそんなことを考えているのか、今をもって結論は出ない。
アリスに認めて欲しかったのか。
それとも、彼女に見せつけたかったのか。
何を。
一生懸命頑張る自分の姿を?
違う。
思考は堂々巡りを繰り返して、最初のところに戻ってくる。
私が欲しかったのは友達。
それも、かけがえのない友達。
いつだって、どんな時だって、頼って、頼られて、そばにいられる、一番大切な友達。
ああ、そうか。
――私は、彼女に迷惑をかけていたんだ。
――だけど、自立が出来ないこと、わかっていたんだ。
――じゃあ、何で、今の自分を変えようとしたの?
そう。
もう、答えなんて出ていたはず。
だけど、それが『答え』であるのかどうか。
少なくとも、今の私には、それがわからない――。
「……いい天気ね」
起き上がった幽香は、枕が涙に濡れていることに気づく。
頭の中が、まだぐるぐると回っている。
よくわからない気持ちと心に揺れる自分は、どんな顔をしているのだろう。
ふと、向けた視線のその先に。
「あ……」
店のカウンターと、自分の部屋との往復をすることになったぬいぐるみの姿がある。
いつだって、絶えることのない笑顔を浮かべているそれに手を伸ばして、そして、そっと抱きしめる。
彼女はそうして、ぬいぐるみに向かって、ふっと笑いかける。
ただ、それだけで、何だか少しだけ、自分が『自分』らしくなれたような気がした。
「おはよ」
「おはよう……って」
翌朝。
幽香の代わりに朝食を用意していたアリスが驚きの表情を浮かべて駆け寄ってくる。
「ちょっと、どうしたのよ。目、真っ赤よ? 寝られなかったの?」
「うん? そう?」
「そうよ! 鏡とか見たの!?」
「気にしないでいいわ。
ちょっとね、昨日の夜、いいアイディアが浮かんだのよ。で、それを詰めていたら寝不足になっただけだから」
「……ほんとに?」
「私は嘘をつかないわ」
胸を張る幽香に、アリスは答えない。
じっと、幽香の顔を見つめていた彼女は、やがて、ふぅ、と肩から力を抜いた。
「そうね。幽香は、嘘をつけるほど、度胸がある訳じゃないし」
「そうそう……って、どういう意味よ!?」
「あーあ、心配して損した。
それじゃ、ご飯にしよう。わざわざ用意してあげたんだから、きちんと残さず食べるように」
「ええ、そのつもり。
ついでに、あなたのへたくそな料理の批評もしてあげるわ」
「余計なお世話よ」
そんな冗談を言い合って、二人はテーブルについた。
頂きます、と声をそろえて、目の前の食事を口にする。
「美味しい?」
「まだまだね。この卵焼きは火の通し加減がまだまだだし、こっちのスープは味が薄いし。パンなんてただ焼いただけじゃない」
「……くっ。反論できない……」
「こっち方面なら、私の方が遙かに先輩なんだから。ちゃんと敬うように」
「はいはい。わかったわよ」
ったく、とつぶやいて、アリスは笑った。
それに幽香も笑顔を返す。
……アリスは気づくかな。それとも、気づいたのかな。
笑いながら、幽香は思った。
どことなく、自分の笑顔がぎこちないことを、自分自身で意識していたのだ。
笑顔の中に、どこか切ない、悲しい顔を浮かべて、幽香は言った。
「今日はお店、休みでいい?」
もちろん、アリスは答える。
「だーめ」
ちぇっ、と。
彼女は小さく舌打ちをして、そして、一度顔を伏せる。
次に顔を上げた時には、いつも通りの彼女の笑顔が、そこにあったのだった。
『クリスマスセール継続のお知らせ
本日、25日をもちまして終了しましたクリスマスセールですが、皆さんからのご要望にお応えして、さらに三日間、セール期間を延長することにいたしました。
本セール期間中は、さらに商品のラインナップを充実させてお待ちいたしております。
また、いらして頂けました皆様には、店主からの、心ばかりの贈り物をさせて頂きたいと思います。
是非とも、「かざみ」に足を運んでくださいね。
皆さんのこと、ここでお待ちしております。
執筆:風見幽香(店主)』
これもクリスマスの醍醐味なのかも知れません
真っ赤なおめめのサンタクロースに、幸あれ……
悩み多きゆうかりんかわいい。
幽アリ!! 幽アリ!!
すごく切なくて、ほろ苦い
ゆうかりんには幸せになってほしいです。