Coolier - 新生・東方創想話

O Holy Night

2010/12/24 22:40:31
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※オリキャラとしてサンタクロースが登場します。





年の瀬が迫る幻想郷。紅魔館では年末恒例の年納めパーテイーの準備に追われていた。決してクリスマスパーティーと呼称しないのは誰に対する配慮か。
会場となっている紅魔館のホールでは咲夜が妖精メイドたちに間断無く指示を飛ばし、館内は常にない騒々しさで満たされていた。

「ねぇ、咲夜、このぬいぐるみ飾ってもいい?」
「えっ?……でかっ」

自身も忙しなく動き回り、そして会場の飾り付けに一段落付いた頃、見計らったように話しかけられた。
振り返った先には、身の丈に倍するほどの大きさの熊のぬいぐるみを抱えたフランドールがいて、思いもしない光景に常には控える素の言葉が漏れてしまった。
それを特別気にした様子もないフランドールは小首を傾げて見上げてくる。咲夜は咳払いを一つ、気を取り直して完全で瀟洒を纏う。

「ええ、もちろんですわ。一番目立つところに飾りましょう」
「うん!」

椅子を一脚用意させ、そこに人形を置く。それにしても大きい人形だと、椅子に置いているにも関わらず殆ど目線の高さの変わらない熊のぬいぐるみを咲夜は興味深そうに眺める。

「この様なぬいぐるみ、お持ちでしたのね」
「うん。昔お姉さまがくれたの」

些細なところが気になるのか、フランドールはぬいぐるみの座る角度を変えて、眺める、そしてまた変えるという風に繰り返してしきりに首を捻る。
横でその行動の一部始終を見る咲夜には何度置きなおしても然したる違いを感じないが、フランドールにはそうでないようだ。よほどこのぬいぐるみがお気に入りなのだろう。

「ふーふふふんふーん……、っと、おはよう。順調そうね」
「おはようございます、お嬢様」
「お姉さま、おはよう!」

鼻歌を歌いながら現れたレミリアは二人に寄って来て周囲を満足げに見渡す。ゆっくりと順に見やり、最後正面に置かれたぬいぐるみを認めた。

「あら、これって……」
「覚えてる?」
「もちろんよ。お腹を痛めて生んだ我が子、忘れるものですか」
「ちーがーうー!」

姉妹でじゃれあう微笑ましい光景に目を細める咲夜は、邪魔しないように一礼して静かに仕事へ戻る。
ひとしきり姉妹の時間を堪能したレミリアは、フランドールの髪を軽く撫でてやってから咲夜の元へ向かった。

「咲夜、幾つか確認したいことがあるのだけど」
「なんでしょうか?」
「招待客へのカードは全部配った?」
「はい、滞りなく」
「料理の準備は?」
「和洋中全て、予定通りに」
「舞台の出し物?」
「プリズムリバー楽団を。既に手配済みです」

抜かりなしである。完全で瀟洒なメイドのパーフェクトな仕事ぶりにレミリアは満足げに頷く。

「それじゃ、あとよろしくね」

そして再び鼻歌を歌いながらレミリアは去っていった。

「お嬢様、リトルドラマーボーイは宗教的過ぎます……」

見送る咲夜の呟きはきっとレミリアには届いていない。
いくら季節とはいえ何故吸血鬼がそのような歌を好んで歌うのか。
そも何故吸血鬼がクリスマスパーティーをやるのか、どれだけ長く使えていてもレミリアの趣味を全て理解することは出来ないだろうなと、咲夜は諦めたように頭を振った。





=====





90年代初頭、ルーマニア。
革命の嵐は既に止み、激動を乗り越えた人々が安堵し、未来への希望を胸に日々の平穏な暮らしに戻って久しい頃。
12月24日。トランシルヴァニア地方に位置する一つの小さな街。その街も多聞に漏れずクリスマスの厳かな雰囲気に包まれ、慎ましくも目を楽しませてくれるイルミネーションの数々が景観を彩っていた。
その日の深夜。街は闇に閉ざされ、家々の窓から明かりが消えうせた夜半、空から舞い降りる奇妙な影があった。
その影はソリを引くトナカイと、ソリに乗る赤い服。サンタクロースであった。
ソリは一軒の家を見定め、その屋根に静かに着地する。
そして煙突から家へと入り、迷うことなく幼子の眠る部屋へと辿り付く。
サンタクロースは担ぐ白い袋からプレゼントを取り出し、よく眠る子供の枕元にそっと置いた。

「メリー・クリスマス。ホゥホゥホゥ」

その子が朝起きたときの喜びようを想像し、僅かに笑う。
それは誰もが知る、だが誰も見たことのない御伽噺。クリスマス・イヴ、良い子のところへプレゼントを運んでくる好々爺の物語にあるままの姿であった。



煙突から出てきたサンタはソリに跨り、次の子供の所へ向かうべく手綱を握る。

「見つけたぞ!美鈴、サンタを捕まえろ!」
「応っ!」
「なんじゃと!?」

手綱を振り上げた瞬間、どこからともなく二つの影が飛び出してきた。
それらは目にも留まらぬ速さで近づき、

「破山砲!」
「不夜城レッド!」

実に罰当たりなことに、全力でサンタを攻撃した。全ては一瞬のことで、サンタクロースは成す術も無く全身でその攻撃を受け止める。
戦果を確認した二人はハイタッチを一つ、こんがりとして焼き目の香ばしいサンタを縄で縛る。
簀巻きにされたサンタは、その上猿轡を嵌められた。
美鈴と呼ばれた女性は唸るサンタを満足げに見やり、そのまま抱え上げてプレゼントの入った袋の横に荷物のようにサンタを納めた。
サンタはこの訳の分からぬ事態に混乱するも、せめてトナカイが抵抗をしてくれたらばと最後の望みを託し視線を送るが、トナカイは女性に優しく撫でられて鼻の下を盛大に伸ばしていた。

「パチェー、帰るよー」

どっかりと我が物顔でソリに腰掛ける少女は何処かに向かって誰かを呼ばう。
まだ誰かいたのかと、サンタの視線が少女の向く方へと移動すると同時に、また一人建物の影から現れた。
パチェ、と呼ばれたその少女はゆったりとした服の裾をはためかせ、フワリと浮かび上がりソリに乗り込む。

「周りにバレてないわよね?」
「当然。私の遮音の魔法は完璧」

不敵に笑う。
手綱を握る女性が掛け声を一つ。三人と大きな荷物を二つ載せたソリは空高く舞い上がり、星空の彼方へと消えていった。





=====





「まずは自己紹介といきましょうか。私は、ここ紅魔館の主、レミリア・スカーレット」
「パチュリー・ノーレッジよ。立場は、客人」
「メイド長の紅美鈴と申します」
「小悪魔です。見ての通り悪魔です」

連れ去られて来た場所はどんな地獄かと思いきや、そこは立派な洋館の一室―恐らくは迎賓室だろう―だった。
縄を解かれ、ソファーに深くゆったりと座ることを許された。目の前に置かれた紅茶からは湯気が立ち上り、鼻孔を擽る芳醇な香りがその質の高さを伺わせた。
一体どんな目に遭わされるのかと戦々恐々としていたサンタはその扱いに少々拍子抜けしてしまう。
至るまでの過程さえ忘れてしまえば、まるで貴族に賓客として招かれた気分だった。

「ワシをどうするつもりじゃ?」

サンタの声に怯えは一切含まれていなかった。それはサンタクロースとしての矜持か。レミリアはその心意気に尊敬の念を抱かないわけでもなかった。

「どうもしない。ただ聞きたいことがあるだけよ」

腰掛けたソファーから僅かに身を乗り出し口を開く。

「何故――」
「ふむ」
「何故、貴様は私の妹のところへ来ない」
「……はっ?」

サンタクロースの起源は四世紀頃の東ローマ帝国、キリスト教の教父聖ニコラウスの――などという薀蓄はこの際どうでもいい。
重要なのは、その者はクリスマス・イヴに良い子にプレゼントを与えてくれる、いなせな親父だということだ。

「ならなんで、私の妹はプレゼントを貰えない?とってもいい娘なのに、ちょっぴり癇癪持ちだけど!」

ずっと地下に幽閉されているフランドール。レミリアは彼女への愛情を一日たりとも忘れ、また薄れさせたことはない。
制御しきれない特異な能力からそれは止むを得ないことではあっても、レミリアは常々フランドールに不自由を強いることを心苦しく思っていた。
色々と問題のある妹ではあっても、レミリアにとっては誰よりも大切な家族。そのフランドールを差し置いて凡百の人の子がプレゼントを貰えるというのは、何となくムカついた。

「……そんなこと言われてもね」

いずれ捕まえて真意を問いただしてやろうと決めていた。そしてこの日、ついにレミリアはサンタをその手中に収めた。
どうなんだと詰め寄るレミリア。だがサンタとしてはそんな事情はあずかり知らぬところであり、

「その妹って、吸血鬼じゃろ?」

激昂するレミリアの調子に合わせるように上下する羽を見やりながら言った。

「…………」
「…………」
「…………だから?」
「な、なんじゃと?」
「サンタはいい子にプレゼントを配る。私の妹はとってもいい娘。なんで貰えないの?」
「いや、じゃからの?」
「えっ、差別?人じゃないから貰えないとか、差別するの?」
「いや、差別とか関係なくての」
「北欧系白人が何様よ。サンタのくせに肌の色で判断する気?」
「肌じゃなくて羽が……」

そして延々と問答が続けられ、それはさながら、魔王を退治に行くことを頷かなければ先へと進めない勇者の様でもあった。



「小悪魔、見なさい。袋はそんなに大きくないのに、中からどんどん物が出てくる。一体どんな仕掛けなのかしら?」
「わ~、すごいですねぇ」

パチュリーと小悪魔は彼女たちをそっちのけでサンタの袋を興味心身に我が物顔で漁っていた。



―――――



決着の見えない問答は、紅茶が冷めてレミリアが新しく入れなおすように求めたところで一旦の休止をみた。

「まぁ、お前さんの言い分は理解できた。その妹さんがどれだけいい娘かってこともじゃ」
「なら!」
「無理じゃよ、ワシの仕事はサンタ協会から貰うリストを見て配るだけじゃもん。余りなんぞあらせん」
「すっごいお役所臭がしますねぇ」

レミリアの傍に控える美鈴は呆れた声を出し、パチュリーは謎に包まれていたサンタの生態を事細かに記録する。

「それ一つ頂戴!」
「君ワシの話聞いてた?」

ずうずうしくも手を差し出すレミリア。
いい加減呆れの入るサンタは、プレゼントを配るだけの仕事のはずがエライ目にあったとため息が出る。パイプでも吸って一息入れたいところだった。
それでも事情は十全に悟った。いきなりの攻撃と拉致には憤懣やる方ない気持ちだが、確かに彼女の言う様にそれ以上のこともされていない。紅茶も美味かった。
吸血鬼といえども家族への愛情は万国共通か、適当に切り上げることもできるのかもしれないが、この妹を想う少女―推定―を前にして、せめて一席設けても罰が当たるわけでもないだろうと思った。

「まぁ、愛する家族へプレゼントを渡したいという真心は素晴しいことじゃて。じゃがな」

こんな綺麗な館では灰皿なんてないだろうなと、禁煙志向の強まる昨今の風潮を嘆いてサンタはしかめっ面を作ってみせる。

「そんな形だけの物を与えられて、その妹さんは喜ぶかいのう?」
「むぅ……それは」
「クリスマスというのは、本来プレゼントを貰うためにあるわけじゃないんじゃ。皆はどうにも忘れがちになるがの。本当に大切なものは、お金や物に代えることはできん」
「……そう、ね」
「まずは相手のために自分の時間を捧げることこそが最も尊い贈り物だと、そうは思わんかね?クリスマスという特別な一日、その時に一年の感謝の気持ちと共に大切な誰かの傍にいてやる。それこそがクリスマスの意義じゃ」
「……このお爺さん何言ってるんです?」
「小悪魔さん、黙って。今いいとこだから」

紅茶の水面に視線を落とすレミリアは沈黙を保つ。
きっと彼女は自分の言葉を正面から受け止めてくれているのだろうと、それを見るサンタの視線は優しげだった。

「妹さんが本当に欲しているものを、もう一度よく考えなさい」

尤もらしいその言葉に、レミリアの想像の翼がはためく。
今もフランドールは地下で一人寂しくしているだろう。今日は聖夜だ、この良き日に、自分こそが彼女の傍にいてやらなければいけない。
お姉さま……。と呟き、一人ケーキに蝋燭をともしてクリスマスキャロルを歌うフランドールを思い浮かべる。
もとより地下にそんなものはないし、吸血鬼である彼女がそのような歌を歌うはずもない。
だが事実などどうでもいいとばかりにレミリアの妄想は留まるところを知らない。
行き着くところまで行った先、フランドールが孤独に泣いている様を見た―妄想の中で―レミリアは轟然と立ち上がった。

「ええ、ええ、そうだわ。物で釣ろうだなんてみっともない。あの娘の心の扉を開いてあげるために私が頑張らないでどうするの!」
「その意気です、お嬢様」
「家族って、いいわねぇ」

今日はフランと一緒にパーティーよ!一人完結し気勢を上げるレミリア。美鈴は横から合いの手を入れ、パチュリーは零れた一筋の涙を拭う。
これこそ正しい家族の形。サンタは満足げに頷き、聖夜にええもん見してもろたわ、とほっこりした。

「ありがとうサンタクロース。お陰で目が覚めたわ」
「なに、これも仕事。それじゃ、ワシは行かせてもらおうか。今夜中にまだ100件以上回らんといかんのでな」
「手間を取らせて悪かったわね。外まで送るわ」
「百件って……」
「私、生まれ変わってもサンタにだけはなりたくありません。元々悪魔ですからその心配もありませんでしょうけど」

サンタの福利厚生は一体どうなているのか、並の営業周りよりもルナティックな密度の仕事に従者揃って戦慄し、同情の念が沸きあがってくる。
外へ向かう道すがら、探究心旺盛なパチュリーはひっきりなしにサンタに質問をぶつけ、気前のいいサンタはその殆どに明瞭な答えを返す。眺めるレミリアたちはその様に苦笑することしきりであった。
そして最も重要な質問、サンタの年収が如何ほどかという点に至ったところで、ソリを置いてある中庭へと到着する。
積もる雪が月明かりに照らされて、そこはいつも見慣れた場所とは思えない、幻想的な雰囲気に包まれていた。

「オレ、いっつもソリ引いてるから鍛えてるんだぜ。どうよ?この逞しい上腕二頭筋。抱かれてみない?」
「やだー、もー」

だがそこにあった光景は、子供の夢を壊すものだった。

「エロトナカイ!人ん家のメイドナンパしてんじゃないわよ!」



―――――



「それじゃあの、吸血鬼のお嬢さん」
「ええ、お仕事頑張ってね」

ひとしきりトナカイを折檻して気分の晴れたレミリアは、そして何故か一緒に折檻していたサンタと奇妙な友情を築いた。二人はがっちりと握手をして別れを告げる。
ボッコボコにされたトナカイが痛ましい面で嘶くが、別に同情は沸いてこない。
サンタはソリに跨り、手綱を強かに打ちつける。

「ハイヨー!スィィルバァァー!」

瞬間、ボキリ、と嫌な音が静謐な中庭に響いた。

『……?』

音のした処を覗き込めば、

「ソリが――」
「――壊れて、る?」

罅が入り、言葉と同時にソリの底面を支えていた足が折れた。
ついでに腰掛けていたソリの箱が継ぎ目から綺麗に割れた。立て付けが悪かったのかもしれない。



………………

…………

……



「めっ、美鈴?今日のご飯何かしら?」
「うぇ!?……え~と、チーズフォンデュです!」
「それは素晴しいわね。そうだわ、妹様のところで皆で食べましょうか」
「美鈴さんのお食事、私大好きです!」

サンタはこれからプレゼント配りに忙しくなるだろう。邪魔しないように、レミリアたちは我先にと屋敷へと戻ろうとする。

「待たんか!これどう見てもお前さんたちのせいじゃろう?!」

だがそうは問屋が卸さない、ではなくサンタが許さない。

「何のことやらサッパリよ、言いがかりは止めてちょうだい」
「開き直るな!どう考えても、お前さんがワシを捕まえたとき暴れたせいじゃろうが!」
「ソリがボロいのが悪いんでしょ!?サンタのソリなら88ミリを軽くはじくくらいに頑丈に作っときなさいよ!」
「今度は逆ギレか!」

喧々囂々。レミリアとサンタは、終いには取っ組み合いを始める始末。
先ほど築いた友情は、降りしきる雪の様に溶けて消えてしまった。

「本当に壊れてますねぇ。っていうか、ボロっ」
「サンタのソリは脆い、と。また一つ新たなトリビアが生まれたわ」
「あの、パチュリー様?さっきからトナカイさんが私に擦り寄ってくるのですが……」
「ロイヤルフレア!」

幻想的な雰囲気はどこへ行ってしまったのか。一気に騒々しくなった中庭は、種族や宗教を超えて尚、どこよりも聖夜に相応しくない場所と相成った。



―――――



「ど~してくれるの!ワシのソリ!ついでにトナカイ!」
「いや、悪かったわよ。でもトナカイは私のせいじゃ……」

結局、醜い争いに収拾が付かず、再び先ほどの部屋まで引き上げた。
額に青筋を立てて怒鳴り声を上げるサンタに、冷静になってみると責任を感じないわけでもないレミリアは強く出ることができない。

「これじゃ子供たちにプレゼントを配れん!ノルマはまだまだ残ってるんじゃぞ!」

壊れたソリとバーベキューにされたトナカイは中庭に打ち捨てられたまま。
特にトナカイが問題であった。ソリは代用が出来たかもしれないが、流石に牽引するトナカイがいないとあってはどうしようもない。
批難の眼差しを向けられるパチュリーだったが、そこは小悪魔を守るためだと胸を張って主張した。

「もうお終いじゃ~、絶対首にされる~、定年間近じゃったのに~、夢の年金暮らしが~」

怒っていたサンタが今度は泣き出した。大の男が泣き崩れる様というのは、正直言ってキモかった。
慰めてやれ、と目配せし合う。そして紅魔館の一番槍、紅美鈴がその大任を負った。負わされた。

「あっ、あの?元気出してください。きっといい事がありますよ、なんたって聖夜なんですから!」
「加害者がどの口で言ってんの!?」

努めて明るい口調で話しかける。だが逆効果だった。
腹のたるんだ赤ジジイの剣幕に、一騎当千の恐れ知らずの武芸者であるはずの美鈴も思わずたじろぐ。

「まだ別れた女房への慰謝料があるんじゃよ!定期購読してる雑誌の支払いももうすぐなんじゃよ!」
「そ、そんなの知りませんよぉ!」

あれもあるこれもある、とサンタの愚痴は延々と続く。彼は計画的な生き方というものを知らないのだろうか。

「新築したマイホームのローンも!……あっ、でも女房出て行ったし、別に売っても――」
「私たちが、変わりに配りましょう!」
「お嬢様!?」
「レミィ?」

一歩前に出て薄い胸を張ってレミリアが言った。
いったいどういうつもりか、パチュリーたちはレミリアを部屋の隅まで連れて行き詰め寄る。

「ちょっとレミィ、なに考えてるのよ」
「いや、仕方ないでしょう。元はといえば私たちのせいなんだから」
「いきなり聞き分けよくならないで下さい。第一、吸血鬼がサンタの真似事なんて聞いたことありませんよ」
「やった、世界初じゃない」
「そも、どうやって配るんですか?ソリはないですし」
「パチェの魔法で一っ飛び。出来るでしょ?」
「出来るけど、ピンポイントで枕元ってのは無理よ」
「人が足りませんよ。私たちだけでやるんですか?」
「美鈴、あとで妖精メイドの中から何人か使えそうなヤツ見繕ってきなさい」

レミリアは決して思いつきで言っているわけではない。方法だけなら確かにそこにあった。
それでも今一乗ってこない彼女たちに、レミリアは眉を顰める。

「貴方たち、ここで知らん振りってのはどうなのよ?人として」
「人じゃないけどね。まぁ、確かに寝覚めの悪い話だけど」
「ですねぇ。そのような無体を働くことは心苦しくあります」
「悪魔の私にどう答えろと……」

やりますか。やりましょう。仕方無しに各々頷く。

「よしっ。ぱぱっと済まして、フランとパーティーよ」

そしてプレゼントを配るべく、紅魔館総出の一大作戦が始まった。



―――――



「え~と、この娘には……クッキングトイ?最近の子供って豪華なもの貰うのねぇ」
「ううん……」
「っと、まずい、起きちゃうわ。早く逃げないと」

この聖なる夜にしんしんと降る雪を掻き分けて空を舞う人ならざる者たち。
神の愛も、聖者の祝福も求めず、それでもただ子供の笑顔のために飛ぶ。

「やった!ちゃんとお願いした通り綺麗なお姉さんが来た!アジアンビューティー!サンタさんありがとー!」
「え、エロガキ!?こいつのどこがいい子なのよ!」

もしその姿を見る者がいたら、彼女たちを何と呼ぶだろうか。悪魔と呼び恐れるだろうか。

「…………」
「…………」
「……頭にこうもりの羽!?ママー!サンタじゃなくてサタンが来ちゃったよー!」
「誰が上手いこと言えと。じゃなくて、脱出です!」

おそらくは違うだろう。では何なのか、それは考えるまでも無い。
誰もが知る、そして夢見た御伽噺の中の存在。

「プレゼントは靴下の中に、っと」
「…………」
「どしたの?」
「子供の寝顔、なんて可愛らしい」
「まるで天使の様ね。そういえば、子供をこんな間近で見るのどれくらい振りかしら」
「ねぇ、攫ってっちゃだめ?」
「ああ、あんたってそういう種類の妖精。でも、だーめ」

枕元にそっとプレゼントを置き立ち去る彼女たち、それはまるで絵本から飛び出してきたようで。

「しっ、死ねる。あとどれだけ魔法使えばいいのよ……」
「ホゥホゥホゥ、馬車馬の様に働く様を眺めながら飲む紅茶は格別じゃのう」

今日この日、間違いなく彼女たちはサンタクロースであった。



―――――



「まさか本当に全部配り終えるとはのぅ」
「きっ、吸血鬼を舐めるんじゃないわよ……」

妖精メイドまで動員して夜を徹して行われた作業はその尽力によって、どうにか日が昇る前に全て完了した。
一人悠々とブランデーを垂らした紅茶を啜るサンタは感心したように呟く。
疲労困憊に肩で息をするレミリアは、それでも不敵に笑った。
一番の功労者であるパチュリーは干からび、げっそりとして、心配そうな小悪魔に抱きかかえられている。
今の痛ましい様に先ほどまでは皆が気遣っていたのだが、小悪魔の胸の中でどこか幸せそうな表情をする彼女を見てどうでもよくなった。

「ご苦労様じゃて。それじゃ、ワシは帰らせてもらうぞい」

残った紅茶を一息で煽り、サンタは腰を上げる。



中庭では、何故かピンピンしているトナカイが待ち構えていた。傷一つない肌、逞しい上腕二頭筋、いやらしく笑うトナカイは、なんだか小ばかにしているようで腹が立った。
魔法を唱えようとするパチュリーを小悪魔は必死で押し留める。
そんな連中をわき目に、ソリの前に立つサンタと、美鈴を傍に控えたレミリアは別れ路に向かい合う。

「しかし、なんだか悪いのぅ。こんなイカしたソリまで貰っちゃって。これ何と言ったか……」
「ケッテンクラートです」
「気にしないで、倉庫でホコリ被ってたやつだし」

昔迷い込んできた人間の兵隊を追っ払ったときに忘れてったやつなの。そう付け加えるレミリア。
街では目立つだけで、使い道といえば遊び道具程度にしかならなかったものだが、まさかここで役立つとは思わなかった。捨てなくてよかったと笑う。
人間工学を考慮されたサドルの形。腰掛けるサンタはその座り心地に、今までの板張りだったソリとの差異に涙する。これで痔を恐れることはない。

「おっと、忘れるところじゃった。お嬢さん、これを受け取ってもらえんかね?」
「えっ?――これって!」

袋からズルポーンと取り出されたそれは、レミリアの身長よりも大きな熊のぬいぐるみ。
不意のことによろけそうになる体を後ろから美鈴に支えられて、驚きに見開かれた瞳でサンタを見やる。

「でも、何故?プレゼントに余分は無いはずじゃ……」
「それはワシが仕事の後に娘に届けてやろうと思って隠してた分じゃ」
「そんなもの貰えないわ。娘さんに悪い」
「いーんじゃよ。どうせ娘はコロラドまで友達とスキー行ってる」

友達と一緒のところにまで来ないで、なんて言われて門前払いされるかもしれん。サンタの瞳から一粒の涙が零れる。気難しい年頃の娘との距離を測りかねる父親の哀しい姿だった。
御伽噺めいた存在であるサンタの生々しい私生活に、レミリアと美鈴も思わずもらい泣きしてしまう。

「愛娘といえど物の有難みの分からん者に与えるよりは、君に譲る方がこのぬいぐるみも喜ぶじゃろう」

せっかくじゃから君の妹さんに。サンタの粋な計らいだった。

「あ、ありがとう……」

まごつきながらも礼を返す。少しどもって仕舞ったことが少し恥ずかしい。

「あっ、そうだわ、お礼に一緒に食事でもどうかしら?」

吸血鬼とサンタ、本来水と油の様に対極した存在ではあるのだが、サンタの代わりを務めたレミリアにしてみれば今更のことだった。
だが思わぬ提案にサンタは驚く。

「本気かの?」
「ええ、貴方さえよければ。美鈴の作る食事は絶品よ」
「むほ、それはそれは」

ローストチキン?パンプキンスープ?デザートにはブッシュ・ド・ノエル?思わず涎が出てそうになる光景を思い浮かべる。
確かに自分はサンタなれど、ここは是非ともご相伴に預かりたいところ。であったが、

「……いや、折角じゃが、止めておこう」
「あら、何故?」

非常に残念そうに、だがきっぱりと断った。

「ワシに気を使ってくれんでも構わんよ。それよりも、君には一緒に居るべき相手がいるじゃろ?」

そう言って似合わないウィンクをするサンタは、やはり御伽噺にあるような愛嬌たっぷりの好々爺だった。





=====





紅魔館の地下。そこはただ一人の者を閉じ込めるだけに存在していた。
ある目的のため殊更に堅牢な作りとなっている、色も無くただ無機質な石造りの壁。
無言の威圧感さえ放つそれはここが人の住まうべき場所ではないと思わせ、一定の間隔で灯る蝋燭の炎だけがかろうじて人の息遣いを教えてくれた。
レミリアはここへ足を運ぶ度、早くフランドールを連れ出さなければならないと覚悟を改める。



ゆっくりと階段を下りて行った先、たどり着いたのは分厚く重々しい扉。その奥では、最愛の妹が一人暮らしている。
軽くノックを三度。触れるような弱弱しいものだったが、もとより地上から隔絶されているこの場所では意外なほど響いた。

「誰?」
「フラン、私よ」
「お姉さま?どうしたの?」

扉を挟んでの会話。フランドールは自分からその扉を開くことは決してない。むしろ開けることを恐れてすらいる。自らの能力を忌まわしいものとして。
だからこそレミリアはやって来る。フランドールは決して一人ではないと教えてやるために。
何と語りかけて扉を開くべきか、勇み足でやってきたレミリアは、そこで自分が何も言葉を用意していなかったことを思い出した。
今日は貴方にプレゼントがあるの。或いは、いい子にしていたご褒美よ。どちらもこの場に相応しい言葉とは思えなかった。
だが傍にいるために言葉を飾る意味などあるのか。結局、そんなところに拘る意味など無いと思い直す。
扉を押し開けようとするレミリアの手に、誰かの手が重なった。振り返ると、そこには意味ありげに頷くパチュリーがいた。
更にもう一手が重なる、今度は美鈴が、そして最後に小悪魔が。
視線を合わせて、皆で頷く。そしてその手に力を込めて、

『メリー・クリスマス!』
「…………はい?」



レミリアはクリスマスなどという人間の習慣には興味を抱かなかった。
宗教的な意味合いから、ではない。純粋にどうでもよかった。騒ぎたいときに騒ぐ。人でない自分にはそれだけでよかったからだ。
だがプレゼントを受け取り満面の笑顔を浮かべるフランドールと共に過ごした一夜に、あのサンタの語ったクリスマスの意義を身をもって理解した。

この日以来、クリスマスは紅魔館にとっても特別な日となった。





=====





日の沈む頃に始まった年納めのパーティー、或いはクリスマスパーティー。
主賓としての挨拶周りを終えたレミリアは、静々と食事を続けるパチュリーの隣に座った。
プリズムリバー楽団の演奏と、洋の東西を越えた料理の数々。集まった人妖はそれぞれ思い思いに食べて、飲んで、騒ぐ。招待された者たちは好き勝手に振舞って、それは宴会でもパーティーでも変わらない。
礼儀や作法などあったものではないが、レミリアも今日ばかりはそれを楽しそうに眺めていた。
そして宴もたけなわ、というところで美鈴が現れ、レミリアたちの座るテーブルに近づく。

「いやぁ、盛況ですね」
「ええ、結構なことだわ。門はもう閉めた?なら貴方も楽しんでいきなさい」
「いえ、折角ですが宿舎に戻ります。お酒と食べ物、あと魔理沙を持って。どうせあの娘はこのあと図書館に忍び込むつもりでしょうから。パチュリー様も仕事を増やされたくありませんでしょう?こちらで酔い潰しておきますよ」

門番隊の娘たちも手薬煉引いて待ち構えていますから。美鈴の気遣いに、パチュリーはとても良い笑顔を返した。

「あれ?あのぬいぐるみ……」

美鈴が愉快そうに頭を巡らし、そこで気付き呟いた。

「ええ、懐かしいでしょ?」
「嫌な事件だったわね」

あの珍妙な夜の思い出が蘇り、苦笑が洩れる。
特大のぬいぐるみの膝に座って、羨望の眼差し受けて上機嫌なフランドール。彼女の笑顔を見ていると、あの日からどれだけの時が経ったかを実感させられる。
そのまま暫し思い出話に花を咲かせていると、メイドの一人が美鈴の傍まで寄って、厨房までお越し下さい、と囁いた。
ここへ来る前に、既に料理と酒の準備をメイドに頼んでいたらしい。
美鈴は一礼をしてレミリアの前を退く。
厨房までの道すがら、霊夢やアリスと雑談に興じる魔理沙を横合いから攫っていく。それを見て美鈴の意図を悟った二人は、助けを求める魔理沙を笑いながら手を振って見送った。
美鈴がその場を去ると、再び喧噪の中静寂に満たされた空間が出来上がった。
もとより口数の少ないパチュリー。更に食事中とあっては、一緒に居るレミリアも会話がない。
だが今更沈黙を気まずく思う間柄でもない二人。それを気にした風でもなく、レミリアはワインを片手にぼんやりとパーティーを眺める。



幻想郷に至るまで、あれから幾度も外の世界でクリスマスを迎えたが、結局サンタクロースと会えたのはあの日だけだった。
クリスマスパーティーを催しているうち、もしかしたらひょっこりとあのサンタが訪ねてきてくれるのではないかとそんな期待もしていた。
彼はどうしているのだろうか、不意に気になった。
だがそこまで考えて、分かりきったことだと頭を振った。今日はイヴ、だからきっと――。



「はぁ……」
「早苗、なんでため息付いてるの?」

不意に気になる光景が目に入った。
喧騒の中一人妙に気落ちした様子の早苗。それを怪訝に思った咲夜が彼女に話しかけている。

「いえね、ここ幻想郷じゃないですか。かぐや姫には会えましたし、だからもしかしたらサンタさんもいるんじゃないかって、期待してたんですけど……」

どこを探してもいませんでした。と肩を落とす早苗。そんなことで落ち込んでいるのかと、咲夜は呆れ顔だった。

「早苗、サンタクロースってのは大人の作り話よ。そんなの元から――」
「いるわよ、サンタは」
「お嬢様?」

吸血鬼に仕えているというのに、どこか現実主義な咲夜は嗜めるように早苗に語って聞かせる。なんとも夢のない娘に育ってしまったものだ。
だからついつい口を挟んでしまう。

「会ったことがあるんですか!?レミリアさん!」
「ええ、もちろん」

打てば響くような早苗の反応。興奮して詰め寄ってくる彼女を、咲夜も少しだけ見習って欲しいとレミリアは思う。

「やっぱりサンタさんはいるんですね!幻想郷にいないということは、まだ外の世界に?!」
「お嬢様、またそのようなこと……」
「本当の話よ、失礼ね。今日はイヴ、だからきっと――」



良い子のため、彼は鋼鉄のソリで世界中を飛び回ってるんじゃないかしら?
6作目です。メリークリスマス。

お読みいただき、ありがとうございました。


※誤字を修正しました。ご指摘ありがとうございます。



結局、今年もサンタさんは私のところへ来ませんでした。どうしてでしょうね。
ビッグ・サミー
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コメント



0.1750簡易評価
3.100名前が無い程度の能力削除
サンタさん待ってます!

面白かったです
13.100名前が無い程度の能力削除
ケッテンクラートwwwドイツでも攻めて来たんかwwww
サンタのキャラが気に入りました
15.100名前が無い程度の能力削除
なんというダメ中年臭がするサンタだw
19.100名前が無い程度の能力削除
サンタが良い味だしてますなぁ。
22.100奇声を発する程度の能力削除
>パチュリー・ノーリッジ
ノーレッジ
サンタさーーん!!やっぱり良い人だ
24.100名前が無い程度の能力削除
氏の作品のテンポが好きです
25.100名前が無い程度の能力削除
凄い! 予想をぶっちぎる面白い話でした。
28.100名前が無い程度の能力削除
アハトに耐え切れるソリは存在するんだろうか…
ああ、幻想入りしてるから現実には無いか

ってかそんなのあったらもうソリじゃなくて戦車持ってきた方が早いよーな
39.100名前が無い程度の能力削除
サンタさんかっこいいよサンタさん
41.80名前が無い程度の能力削除
いちいち出てくる名も無いオリキャラがいい味出してるw
ジジイもトナカイも良かったよw

ただしエロガキ、手前はダメだ
でもクッキングトィよりアジアンビューティーを選ぶのは良いセンスしてると言わざるを(ry